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日記と短歌
by papiko
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ふたりの七五三
 長女と次女の七五三をしました。着物が実家にあり、ちょうど帰省の予定が七五三の時期でもあったので、今回は写真撮影もお参りも島根でやりました。当初の予定では、写真撮影とお参りを同日に行うつもりだったのですが、やはり七五三シーズンとあって写真スタジオが混み合っており、予約時間を大幅に過ぎてしまったので、仕方なく二日に分けて行いました。
 写真スタジオでは、次女の着物姿と、姉妹のドレス姿、そして家族写真を撮りました。母の提案で、この日は私も着物を着て撮影に臨みました。久々の着物は帯が苦しかったけれど、なんだか背筋が伸びて気持ちがシャンとして、いい気分でした。昔の女の人たちは、毎日こんなふうにシャンとした気分で人生を送っていたのか。着る物が違うだけで、生き方そのものもかなり違ってきそうです。
 長女は三歳のときすでに立派なフォトアルバムを作っているので、今回は次女がメインです。最初に姉妹のドレス写真を撮りました。長女は、三歳のときの撮影のときと同様、カメラマンさんがアンパンマンなどのぬいぐるみを使って子どもたちの気持ちを盛り上げると、そのたび屈託なくニコニコぐふぐふ笑っていました。一方次女のほうは、やはりこれも3年前と同様、警戒心を剥き出しにし、少しも笑わないのでした。3年前は警戒するあまり大泣きして、その大泣き顔で家族写真にも写っているので、それに比べたら、随分お姉さんになったものです。
 さすがはプロのカメラマンさんなだけはあって、どうやらこの子は笑わないらしいとすぐ分かったらしく、次女のソロショットになってからは、ハイテンションで笑わす方法ではなく、クイズを出して質問に答えさせ口元を緩ませるという方法に変わりました。これはとても次女に合っていたようで、ぬいぐるみのことは睨みつけていた次女も、クイズになると、だんだんとリラックスして答えるようになりました。
 ドレスの撮影が終わったあとは、次女が着物に着替え、長女はこの日のために両親が買ってくれたよそいきのワンピースに着替えて、家族写真を撮りました。家族4人が指示された通りのポーズで固まりカメラに向かってかしこまっている感じが妙に可笑しくて、笑いを堪えるのに苦労しました。このときの様子を父がビデオ撮影してくれていて、あとから見てみると、いつもは私か夫どちらかがビデオを撮っているため家族4人全員が映っている映像ってそういえばとても珍しいので、なんだか自分の人生を外側から眺めているような、不思議な気分になりました。あと、前の夜に仕事があって寝不足だったせいもあってか、自分の顔がゲッソリしていてショックでした。寝不足のせいだけじゃなく、3年前の家族写真に比べると、やっぱり、老けたんだろうなあ。精神年齢が、なかなかそれに追いついてきません。
 最後は次女単独の着物写真を撮りました。今回次女が着た着物は、3年前に長女が着て、そしてもっともっと前に、私と私の妹たちも着た着物です。次女で袖を通したのは5人目になりました。同じ着物でも、着る人によって不思議なくらい雰囲気が変わり、長女と次女も、同じ着物を着ている感じがあまりしませんでした。近いうちに姪も着る予定なので、それで6人になります。今度はどんな雰囲気になるのだろう。大事に保存していれば、こうして世代を超えて着られるし、着る人や、ちょっとした小物の変化によって雰囲気もガラッと変わる、着物って魅力的なものだなあと、今回自分も着てみてつくづく思いました。
 写真撮影を終え、お店の人と一緒に、撮った写真の中からフォトアルバムに入れる写真を選び終えたころには、もうみんなくたくたでした。とくに長女はご機嫌斜めでした。主役の次女にちょっとヤキモチをやいていたのだと思います。「あなたは3年前にたっぷり撮ったんだよ」と教えても、覚えていないので、いまいちピンとこないようです。実家に帰ってから、私と次女が着物を脱ぐ前にちょっとだけ床の間で写真を撮りましたが、そのときも長女はわざとふざけて、あまりいい写真が撮れませんでした。自分にもなんとなく身に覚えがあるだけに、そんな長女を叱りながら胸が痛みました。あとから聞いたところによると、このあと、私と夫がいないとき、父が長女とゆっくり話をしてくれたようです。そのおかげか、夕食のときには長女もご機嫌になっていて、両親が用意してくれたご馳走で七五三のお祝いをしました。子どもたちを母がお風呂に入れてくれたので、私は心ゆくまでお酒を飲み、いい気分で眠りました。父が買っていた日本酒が美味しくて、いくらでも飲めました。寒い時期にだらだらと飲む日本酒が大好きです。
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 翌日は、出雲大社にお参りに行きました。私はもう着物を着ず母にスーツを借り、次女だけこの日も着物を着て、両親も一緒に参りました。あいにくの雨模様ではありましたが、雨に煙る出雲大社も、なかなか荘厳な雰囲気で、神様の気配が濃厚に漂っているような気がして、いいものでした。雨にもかかわらず大社は観光客で賑わっていて驚きました。
 今回はただ参るだけでなく、長女と次女の祈祷もしてもらいました。大きな神社なので、一度にたくさんの人を祈祷するらしく、待合室で名前を書いてしばらく待ち、時間がきたら移動して、数十人一緒に祈祷をしてもらいました。なかには私たちと同じような七五三の家族もおられました。祈祷のあとは体を清めるという白い襷をかけて、特別に本殿を間近で拝むこともできました。ふだんはたしかお正月にしか参れないので、うれしかったです。祈祷のあといただいた贈り物には、メダルやいなばのしろうさぎの絵本、お守り、お菓子などが入っていました。大事に飾っておこう。
 お参りから帰ったあとは、お昼を食べて少しゆっくりして、午後三時過ぎには帰路につきました。結果的に、今回は七五三をするためだけに帰省したかたちになりました。本当はもっと実家でのんびりしたかったけれど、翌日は学校や仕事があるので、仕方ありません。次にゆっくり帰れるのは、たぶん春休み。そのときはいろいろ実家のことを手伝いたいです。
 予定変更もあってドタバタではあったけれど、二人の七五三を無事祝うことができて、こんなにありがたいことはありません。子どもたち、すくすく育ってくれて、この日を迎えさせてくれてありがとう。可愛い着物姿、ドレス姿を見せてくれてありがとう。フォトアルバムの完成が待ち遠しいです。

by papiko-gokko | 2017-11-30 22:59 | Diary | Comments(2)
夜空でも見にいきましょう情報の交換じゃなく会話がしたい
 次女と交わした、今日のベスト質疑応答記録。

次女:(テレビでニュースを見ながら)テレビがなかったらどうなるの?
私:新聞を読んだりしていろいろな出来事を知るかな。
次女:新聞もなかったらどうなるの?
私:人とお話したりして、いろんなこと教えてもらうかな。
次女:じゃあ、テレビも新聞も誰もいなかったらどうなるの?
私:それは、だいぶつらいな・・・困るね
次女:そうしたら、お天気を見たらいいんだよ。

 お天気。思わず感心して「なるほどー!」と言いました。何もかもなくなったとき、最後に人が見るのはは、確かに、お天気なのかもしれない。空を見上げて、空模様から情報を得るのかもしれない。なんだか、まだ記憶に新しい『火の鳥』未来編で地球にただ一人生き残った山之辺とか、鳳凰編で最後に我王が眺めて涙をこぼした日の出の場面を思い出すような返答です。私や次女と、どうなるのどうなるのと問答合戦しているうちに、次女もいろいろ、自分で考えるようになってきたようです。何もないときは、お天気を見たらいいんだよ。うん、なんとなく、いい言葉。

 次女のなにげない言葉が、私をはっと感動させたり、励ましてくれることは、本当に、毎日のようにあります。たとえば先日、長女を時間ギリギリでスイミングに送っていったあと、忘れ物はなかっただろうかとか、あの格好で寒くなかっただろうかとか、ちょっとお腹に何か入れてからいかせたかったとか、あれこれ心配事で頭の中をいっぱいにしながら歩いていたら、そんな私の顔を見上げて次女がにっこりしながら「おねえちゃん、うれしそうだったね」と言い、その一言で、ガチャガチャ暴れていたすべての心配事が、すうっと、消えていきました。私は、忘れ物なく時間に間に合うよう長女を送り届けることだけで精一杯で、長女の表情をよく見る余裕などなかったのだけれど、次女はちゃんと見ていて、それを私に、教えるともなしに教えてくれたのでした。そっか、うれしそうだったのか、ならよかった、きっとなんの憂いもなく、ちゃんと楽しく泳いで帰ってくるねと、みるみる穏やかな気持ちになって、送り届ける前からずっと高鳴っていた鼓動とか、より続けていた眉間の皺が、すーっと静まりました。
 次女の不思議なパワーは、産まれたときから、いや、お腹にいるときから、やっぱりずっとすごいのです。次女本人は、心配性で警戒心が強い子なのに、なぜなのか、そばにいるだけで、「大丈夫」という気持ちにさせてくれる子です。長女出産後、わりとすぐに東日本大震災があって、エア被災なんて言葉までできて、私の頭の中はうまく言葉に出来ない不安と恐怖で埋め尽くされていて、「大丈夫。ぜったい大丈夫」という言葉を、いつもいつも求めていました。そんなお母さんだったから、次女はお腹の中から不思議な大丈夫パワーをたっぷり抱えて産まれてきてくれたのかなあなんて、今日ふと思いました。長女の幼稚園時代も、次女の存在に、どれほど救われたことか。次女が産まれたときからいつもしてくれているように、私も心配性の次女に、ありあまるほどの「大丈夫」をあげたいです。
 そういえば、次女のおかげで、最近はよく月を見ています。今はとても細い月です。月って毎日出ていて、しかも毎日かたちが変わるんだなー、すごいなーと、そんなことに改めて驚きながら眺めています。

by papiko-gokko | 2017-11-22 22:41 | Diary | Comments(0)
「お母さんお茶がなかったらどうなるの?」お茶を飲むたび聞く3歳児
 この一週間で一気に気温が下がって、こたつを出しました。子どもたちが小さいのでここ数年はこたつを封印していたのですが、今年は私も夫もどうにも我慢できなくなり、そろそろ大丈夫だろうとむりやり考えて、出すことにしました。結果的に、あまり大丈夫ではない感じで、すでにカバーを何度か洗濯したり、ファブリーズをしたりしています。
 しかし、そんなこともうどうでもいいくらい、やっぱりこたつは気持ちいい。もう、一度入ると気持ちよすぎて動けなくなるので、逆にそれが原動力になり、これが終わったらこたつに入れる!と自分に言い聞かせながら、やるべきことを集中して片づけられるようになりました。朝、夫と長女を送り出したあと、洗濯を回して、次女とふたりでこたつにもぐり、Eテレを眺めながらもたもた朝食を食べている時間が大好きです。
 布団も気持ちがいいし、眼鏡を曇らせながら飲むホットココアも最高だし、熱々の鍋やうどんやラーメンも美味しいし、マフラーや手袋もあったかいし、冬は「ああ・・・しあわせ・・・」と思える瞬間が多いところが好きです。あたたかいものに触れるたび生命が喜ぶので、ああ生きてるんだなあ、血がめぐっているのだなあと実感できます。時間がたっぷりあれば、編み物でもしてますます幸せ度数を高めたいのだけれど、なかなか、そんな時間は作れそうもありません。

 最近次女はよく、「○○がなかったらどうなるの?」という質問をしてきます。「おくちがなかったらどうなるの?」「お茶がなかったらどうなるの?」「道がなかったらどうなるの?」「机がなかったらどうなるの?」「布団がなかったらどうなるの?」などなど、毎日いくつもいくつも、なかったらどうなるのか、次女と二人で話し合わねばなりません。何かを見たり使ったりして、ああこれがあってよかったなあと自分が感じるたび、じゃあなかったらどうなるんだろうと、不安になるのでしょうか。ちょっと心配性すぎるなあとも思いますが、そうやって、一つひとつの物事について丁寧に考えるのは、次女のいいところでもあるのかもしれません。
 そんな質問をされるたび、パンがなければお菓子を食べればいいじゃない的なマリー・アントワネット方式の返答をしてみることもあれば、これがあるから助かるよね、ありがたいよねと、その存在のありがたみをしみじみ分かち合ってみることもあります。マリー・アントワネット方式の返答をした場合、「じゃあ、お菓子がなかったらどうするの?」と、どんどん深みにはまっていくので、考えるのが面倒で、最近は、ありがたみを分かち合うほうに逃げてしまっています。
 一方、長女は次女にそういう質問をされるたび、積極的にマリー・アントワネット方式を楽しんで、次女にどんどん新しい発想を返していくので、すごいなーと思いながら聞いています。もしかしたら次女は、なかったらどうしようと不安だから聞くのではなく、長女としているように、言葉遊び感覚で、あれがなかったらこうすればいい、じゃあこれがなかったらどうするの、これがなかったらこうすればいい、という繰り返しの会話を、楽しみたいだけなのかな。じゃあもうそれは、長女に任せよう。

 手塚治虫の『火の鳥』を、1か月以上かかってようやく読み終えました。とんでもないものに手を出してしまったなと思いながら、どの巻も夢中で読みました。夫も一緒に読んで、ずっと二人で盛り上がっていたので、長女と次女も火の鳥を覚えてしまいました。夫にいたっては火の鳥を題材にした4コマ漫画まで描いていて、それが個人的にとても面白かったので、この人と結婚してよかったと思いました。嗚呼、面白かった。またほかの手塚作品を読みたいけれど、ちょっと休もう。


by papiko-gokko | 2017-11-21 22:46 | Diary | Comments(0)
ある日の姉妹会話。
 お昼に長女と次女がしていた会話が、おもしろかったので、それだけどうしても記録しておきたくて。

次女:お茶がなかったらどうする?
長女:お水を飲む
次女:お水もなかったらどうする?
長女:牛乳を飲む
次女:牛乳も、ジュースもなかったらどうする?
長女:果物をしぼって飲む
次女:果物がなかったらどうする?
長女:空に向かって口をあけて雨粒を飲む
次女:雨が降らなかったらどうする?
長女:お日さまがたくさん照ったら果物がたくさんできる。リンゴとかさ。
次女:でも、リンゴの木に登れなかったらどうする?
長女:晴れたら牛も元気が出て牛乳をいっぱい出すしさ。ジュース屋さんもやる気を出すだろうしさ。
次女:へえー。

 こうして書くと、なんだかマザーグースの詩みたい。心配性の次女とポジティブシンキングな長女の性格がよく表れている会話だなあと思いながら聞いていました。二人の会話はいつも、荒唐無稽なようで理屈が通っていたりして、おかしいです。

by papiko-gokko | 2017-11-19 01:43 | Diary | Comments(0)
サンシャインシティー天井まで届くツリーのそばでブーツを買った
 11月にはいると、出かけるたびお店のあちこちでクリスマスツリーを見かけるようになり、子どもたちが我慢できなくなって、早くも家のクリスマスツリーを出しました。あまり早く出し過ぎるとスペシャル感が薄れるから、12月に入ってから出すつもりだったのにな。ツリーを組み立てて、電飾だけつけたあとは、すべての飾り付けを子どもたちに任せました。次女の背が低いのでどうしても飾りが下に偏りがちではあったものの、なかなかうまい具合に飾ってくれました。まだ0歳だった次女が口に入れないよう、ツリーを倒さないよう細心の注意を払いながら飾り付けをした3年前が懐かしいです。

 サンタさんからのクリスマスプレゼント、長女はまだ確定していなくて、次女は今のところ、頭につけるリボンとボールがいいと言っています。長女は少し前にちらっとニンテンドーDSが欲しいと言っていましたが、長女の性格的に、与えてしまうともうそれで頭がいっぱいになって日常生活に支障がでるのが目に見えているので、まだ時期尚早かなと考えています。そもそも私がゲームをやるとのめり込みすぎて楽しめないタイプなので、長女もそうなのではないかという懸念があるのです。
 小学校2年生のときに買ってもらったゲームボーイは、らんま1/2のソフトの2面がやけに難しくて泣きながら何度も何度もやって最終的にものもらいになったし、小学4年生ぐらいのとき上の妹が買ってもらって二人でやったスーパーファミコンのドンキーコングはもう最後のほうの面がかなり難しくて辛くて手が痛くなって上の妹はもうやめてしまってでもどうしてもクリアせねばとてもやりきれないとやっぱり泣きながらドンキーとディディー両方自分でやって全面クリアしたし、中学校のとき妹たちが買ったプレイステーションでは、ストリートファイターZERO3に挑戦したもののなかなか強くならなくて強い相手にどうしても勝てなくて悔しくて思わずコントローラーを投げて妹たちからドン引きされました。そうやって、一つのソフトで涙を流して燃え尽きるので、それをクリアしたあとは、もうほかのゲームをしようと思えなくなります。どのゲーム機でも、妹たちはたくさんのソフトで楽しんでいたのに、私は一つのソフトをやり終えたあとは、嫌気が差してコントローラーに触りもしなくなるのでした。
 高校のとき、妹たちがドラクエ7をやっていて、そのとき自分は受験生だったのでプレイすることはなく、二人がやっているのをたまに眺めていて、そのときはとても楽しめて、ああそうか、私はプレイせずにこうして眺める人でいればよかったんだなと、そのときやっと気づきました。それ以来、ゲームは眺めるだけの人に徹しています。大人になってから唯一やったのは、夫とやった桃太郎電鉄で、あれはまあなんとかヒートアップしすぎず楽しむことができました。私がそんな経験の持ち主なので、子どもにゲームを買い与えるのが怖いのです。
 今のところまだそこまで本気で欲しがってはいないようなので、今年はとくにリクエストがなければ、ボードゲームかなにかにしようかなと思っています。まだちょっと気が早いけれど、こんなふうにプレゼントについて夫とあれこれ考えるのは、毎年の楽しみです。次女のリボンとボール、どう夢を叶えようかな。
 
 クリスマスが近づくと、東京の街に思いを馳せる時間が長くなります。いつでも東京の街はキラキラしているけれど、とくにクリスマスは、浮かれずにはいられないほど、どこもかしこもキラキラでした。かなり思い出が美化されてきているのかな。そんな気もします。今となっては、東京で過ごした10年間はまるごと青春の思い出みたいになっています。当時はそんなふうに思っていなかったけれど、あのころ身軽で自由だったなあなんて、いろいろなことを思い出します。あのころに戻りたいわけでは決してないのだけれど、もうあんなふうな時代には戻れないんだなあと、少し切なくなります。


by papiko-gokko | 2017-11-12 22:44 | Diary | Comments(0)
今はもうない部屋の夢あたりまえみたいにくつろぎながら泣いてた
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 11月4日で、次女が3歳10か月を迎えました。まだ若干赤ちゃんっぽいフォルムをしているのに、言うことはもう一丁前なので笑えます。赤ちゃん返りみたいなモードになって甘ったれた声を出すときと、素に戻って長女以上に大人びた女子っぽい口調でペラペラしゃべっているときのギャップも愉快です。
 最近の長女はお絵かきが絶好調で、毎日何枚も何枚も絵を描いています。女の子や、動物や、アンパンマンや、お弁当など、何かもじゃもじゃ独り言を言いながら思いのままに描いています。パズルやブロック、積み木も好きで、毎日それが自分の仕事であるかのように、せっせと遊んでいます。雨の日には、ねんどをしたり、絵の具をしたりして楽しみます。お人形遊びも上手で、着せ替えたり、寝かせたり、女の子らしい遊び方をしています。私があまり相手をしてやらなくても、ちゃんと自分で楽しめるようになり、自分の世界で遊んでいる姿が可愛くて可愛くて、洗濯など畳みながら見ていると、うとうと眠たくなります。
 おうち遊びがとても上手な次女ですが、お出かけももちろん好きで、私が「でかけようか」と言うと「うん!」と、はりきって準備をはじめます。私が出かける直前に携帯やらカギやらを「どこにおいたっけ」と探し出すと、次女は「もー、またー?」と言いながら一緒に探してくれます。最近は次女の体力をつけるため、なるべく自転車を使わず、歩きや三輪車で行くようにしています。もう途中で「だっこ!」と言うことはほとんどなくなり、落ちている葉っぱや小石を拾って三輪車の荷台に入れてみたり、蝶々に手を伸ばしたり、用水路の魚を探したり、空を見上げて飛行機を見つけてはしゃいだり、電車が通ればそれを楽しんだり、散歩の達人になっています。買い物も彼女なりに楽しんでいるようだし、公園へ行けばもちろん喜んで遊具で遊びます。この前はボールを持って行って、ケラケラ大笑いして遊びました。
 毎朝一緒に長女を見送って、一緒にお出かけして、お昼ご飯も一緒に食べて、あれこれしながら一緒に長女を待って、長女の学校行事にも一緒に行って、ずっと一緒に、いつも一緒に、ゆっくりゆっくり流れる時間。あと数ヶ月で次女が幼稚園に入園し、こんなゆるやかな日々ともお別れかと思うと、胸がぎゅっとなります。2年保育にして、この1年ふたりでたっぷり過ごすことができて、本当によかったと、いま心から思います。
 家のどこかにいつでも次女がいて、ドタバタガチャガチャ、笑ったり泣いたり怒ったり、ころころ変わる彼女の喜怒哀楽の相手をするのは大変だけれど愛しいし、連れて行くのが億劫だった公園も、思い返せば、誰もいない公園でお砂場道具を出してふたりひそやかに遊んだ記憶は、宝物になるに違いありません。幼稚園へ行けば、長女がそうであったように、次女の世界も広がって、私とふたりだけの世界だったこの日々の記憶はもう、波にさらわれ沖へ流されていく小枝のように、遠のいていくのでしょう。それが分かっているからよけいに愛しくて、抱きしめすぎてしまいます。怯えやすい心を抱えていつも真剣勝負で生きている次女の所作一つひとつが、可愛くて可愛くて、困ってしまいます。
 こうして月齢ごとに成長記録を書くのは、長女のときと同じく4歳のお誕生日までと決めているので、あともう少しになりました。小さいけれど、次女もやっぱり、育ったのだなぁ。子どもって、育つのだなぁ。明日もたくさん抱っこして髪の毛をなでて、はなしてよおーって言われよう。

 長女のほうも日々育っていて、最近スイミングに通い始めました。ドラゼミを除いては、人生初の習い事です。お友だちが習っている話を聞いて自分も習いたくなったらしく、今までになく真剣に訴えてきたので、夫と話し合って、習わせてみることにしました。これまで、漠然と「なにか習い事してみたいな」くらいのことを言ったことはあったけれど、この習い事がしたい!とはっきり言ったのは初めてだったし、それに今年の夏はプールに連れて行くたびすごく楽しそうで、泳げるようになろうとがんばって自力で練習したりもしていたので、とりあえず泳げるようになるまで、少なくとも低学年のうちくらいは、本人が辞めたがらないかぎり通わせてみようかなと思います。こうして長女の世界がまた一つ広がり、私のほうはまた一つ心配ごとが増えた感じです。まだまだ始めたばかりで全然泳げないけれど、果たしてすんなり泳げるようになるのだろうか。同じグループの仲間とうまくやっていけるだろうか。先生の言うことをちゃんと聞けるだろうか。心配だなあ。

 長女と次女。性格がおもしろいほど違うので、こちらの心配の種類も違っています。長女はマイワールドすぎて周りがよく見えていないところが心配、次女は周りのことを気にしすぎるところが心配。どちらの子にも、私のやっかいな性質が違った具合に遺伝しているので、とにかく、あれこれあれこれ心配です。


by papiko-gokko | 2017-11-09 22:51 | 月齢ごとの成長記録(次女) | Comments(0)
貝殻を拾うあなたと波に手をひたす私の指先に砂
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 秋の海へ。空気が澄んで遠くの島まで見え、海原はきらきら眩しく反射して、すがすがしい海でした。浜辺に何艘か小舟が置いてあったので、『モアナと伝説の海』のモアナのようにその船に飛び乗り、海へ漕ぎ出したくなりました。長女は波打ち際までいって海をじっと眺めたり、寄せる波に手をつけたりして海を楽しみ、次女は足下に落ちている貝殻や松ぼっくりを拾うのに夢中でした。次女の小さなポケットに、貝殻のかけらは入ったけれど、松ぼっくりは入らなくて、ずっと握りしめていました。

 好きという気持ちだけでは、世の中うまく渡っていけない、生きて抜いていけないと、10代のころあたりから幾度となく聞かされてきたし、自分自身が大人になってからは、度々それを実感しながら生きてきました。だけど、強情で融通の利かない私は、それでも34年間、何かを好きという自分の感情を、何よりの指標として生きました。ひとたび好きだと感じる心をを手放してしまえば、自分の人生を束ねているものがたちまちほどけて、バラバラになって、私はもうどこへ進むことも戻ることもできなくなります。たまに、なんかもうどうでもいいやと全ての好きを手放しかけては、重要な枠組みがガクガクと崩れ傾いていく感覚に恐怖し、あわてて拾い直すのです。
 好きという気持ちだけでは生きていけなくても、好きという気持ちがなければ、私は自分の人生をまともに生きられません。自分の人生を愛しながら生きていくために必要な気力、活力、原動力、情熱、そういったあらゆる力が、好きという気持ちから湧き上がってくるのだから、これからも好きという気持ちにしがみついて生きていくしかないし、好きという気持ちに貪欲であり続けなければなりません。物心つく前、ディズニー映画のピーターパンに夢中になって毎日その存在に近づくことばかり考えていたあのころから、ずっとずっとそうだったから、どうやらこれはもう変えられない生き方です。何があったというわけでもないけれど、そんなことを、ここ数日、考えていました。

by papiko-gokko | 2017-11-05 00:33 | Diary | Comments(0)


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