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日記と短歌
by papiko
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大人びた誤魔化し子どもじみた主張そんなことよりまずうなだれろ
d0038776_0423961.jpg
 赤ちゃんのぼうし、だんだんと編み上がってきました。記号通りに編んでいけば、できていくものなのだなぁ。かぎ針編み、ちょっと編み方を変えるだけでどんどん違う模様が出来上がってきて、棒針編みとはまたひと味違った楽しさがあります。後もう一息、がんばろう。

 仕事の引き継ぎが大変で、なかなか思うようにはいかなくて、自分とかなりかけ離れたタイプの人に、自分の中にある物事を正確な形で伝えることの難しさ、自分の真意をわかってもらおうとすることのしんどさを、実感しています。ごくごく一部の人を除いて、ほとんどの他人は、話せば話すほど謎めき、遠のきます。
 家に帰るまではくたくただったけれど、夫に「人って大抵、わかり合えないものだよね」とぼやいて、「他人は基本的に、理解してくれないし、理解しがたいものだよ」と同意を得たり、妹と電話をして、妹の職場での困った人の話を聴き、やっぱそういう人ってどこにでもいるもんなんだねぇと、呆れつつ笑いとばしているうちに、ちょっと心が晴れました。誰もかれもと解り合えなくたって、好きな人にわかってもらえて一緒に笑い飛ばせれば、それでいいや。博愛など、私には無理。
by papiko-gokko | 2010-11-13 01:20 | 手作り | Comments(0)
幸福も孤独も同じ金色に染めて十一月並木道
 12月からいなくなる私のいた場所を活用するため、昨日営業部フロアのデスクの配置替えをして、私のものだったデスクも、パソコンも、別の子のものになりました。みんなであれこれいいながらわいわい動かして、席替え直後の小学生みたいな楽しい興奮のあと、みんなが新しい座席についてから、少し離れたところにある応接セットの椅子に腰掛けて新しい営業部を眺めたら、淋しさが押し寄せてきました。私のいない営業部は、こんな感じになるんだなぁと、幽霊のような心地で、眺めていました。仕事の引き継ぎも本格的に始まって、私がいなくなっても大丈夫な体制が、着々と整っていきます。仕事に取りかかるためみんなのいる場所に背を向けて音と声だけ聴いていると、自分の背後にはまだ、配置を変える前の前日までの見慣れた風景があるようで、今までのデスクに私が座ってパソコンを打っている気がして、今度は幽体離脱しているような感覚に陥りながら、自分を含む営業部の情景を、背を向けたまま眺めていました。
 毎日のようにあぁ辞めたいと思いながら働いていたくせに、退職が目前になったとたん、こんなに寂しい気持ちになるなんて、我ながら、単純だなぁ。淋しさと同時に、この場所へ通わなくなる日常が迫ってきていることへの不安がゆらゆらわいてきて、自分がこれまで、この営業部の一員であるということに、どれだけ自分の存在を支えられていたのかを知りました。でも、席替え中、お腹の子供がぐわんぐわん動いて、嬉しそうだったから、この機会に私が仕事を辞めるのは正しい選択なんだと、思うことにします。今、なにより、子育てをしてみたいもの。
 もう、私のデスクはなくなったから、営業さんが外出している間は営業さんのデスクを借り、営業さんがみんないてどのデスクも埋まっているときには、応接セットに腰掛けて、引き継ぎの日々を過ごします。

 今日は有給をもらって、二週間ぶりの妊婦検診にいってきました。今日は夫が仕事で、私ひとりの受診です。ひとりで外へ出かけると、安心できないことだらけで、気持ちが険しくなります。そんな険しい気持ちで歩く時間が好きだった時期もあったけれど、今は、なるべくひとりで外にでたくありません。好きだった時期には、険しさが逞しさや勇ましさへと変化してい、そんな、凛々しくあろうとする自分を愛せたけれど、今の私は、険しくなればなるほど心の中が、狭く貧しくなっていくばかりのようで、そんな保守的な自分は、きらいです。
 予約が11時半だったのに対し、実際に名前を呼ばれたのは3時前で、かなりの待ち時間を、うとうとと過ごしました。「ムーミン谷の11月」を持って行っていたので、しばらく読んでいました。11月に読むのに、これ以上ぴったりな物語はありません。診察室に呼ばれてからお会計までにかかった時間は、待ち時間に比べると、ほんの一瞬でした。お腹の子はいつのまにやら逆子ではなくなっていて、そのほかは、変化がよくわかりませんでした。長い待ち時間でぐったり疲れきっていて、せっかくのエコーもあまり楽しめず、それがお腹の子にも伝わったのか、今日は顔を奥の方へ隠してしまっていて、もらった写真にもほとんど写っていませんでした。ごめんね、また今度はお顔を見せてほしいよ。お腹の子には、事あるごとにごめんねって、そればかり言っている気がするなぁ。貧血改善の鉄剤をもらい、一安心です。
 帰り道、イチョウ並木に夕日が照って、並木道を歩く人たちの姿も含め、額縁に入れられた油絵のような風景が続いていました。ベビーカーを押す若い女性から、銀杏拾いに精を出すおじいさんまで、さまざまな年齢層の、さまざまな事情をもった人たちが、一様に平和な金色に染まっていました。私も周りと同じく平和に染まっているのかと思うと、なんだかほんの一瞬、「ちぇっ」と、舌打ちしたいような気持ちになりました。きっと、朝に食べたパンひとつしか入っていないお腹がぺこぺこに空いていて、一時しのぎの飴を舐めながら、ひとりで歩いていたせいです。気持ちがくさくさしていたのです。
 真っ直ぐのイチョウ並木をしばらく歩くうちに、都会の整備された並木道の秋ではなく、いろいろな強さの赤にそれぞれの速度で染まった、まだらな山の紅葉を見たくなってきました。歩きやすい石畳にはらはらと覆うイチョウのじゅうたんをしゅむしゅむ蹴って歩くのもドラマチックでいいけれど、車でぐねぐね道をのぼって山まで行って、木の葉や小枝をばりばり踏みしめながら、やわらく湿った土の上を歩きたいです。並木道を我がもの顔で飛び交うハトに苦笑しながら歩くのもクールでいいけれど、腰かけようとした切株の上に見たこともない虫を発見して、ぎゃあっと大げさに騒ぎ、面白がったり気味悪がったりしたいです。
by papiko-gokko | 2010-11-11 21:11 | Diary | Comments(0)
雨粒も枯れ葉もマスクもきらきらとおなかのなかに陽だまりがいて
 昨日から編み始めた赤ちゃんのぼうし、今日は一段だけ編み進めました。これまでは、棒針編みでひたすら単純に編みたいところまで編み続ければよいマフラーや帽子ばかり作っていたので、編み記号を見ながらその通りに編むのは、今回が初めてです。編み間違えないように、ひと模様編み進めるごとに、編んだところをシャーペンで塗りつぶしながら編んでいます。大きなものをざくざくと編む棒針編みと違い、かぎ針だと、編み進むにつれて、可愛らしい模様ができあがっていくのが、楽しいです。はやくはやくもっともっとと、ついつい、時間を忘れて編み続けてしまいます。寒い寒い冬の日、はじめてお外へでる時かぶせてやれるよう、上等のぼうしを編めるといいな。

 悲しみの感情が、今、心から消えています。身体の真ん中に陽だまりがあって、その陽だまりが、雨も落ち葉も白いマスクも、なにもかもを、きらきら眩しく輝かせるから、それらの持つ本当の意味なんて、今は知ろうとなくても、きれいにみえるのならばそれでいいやと、ふわふわ思えてしまうよう、能天気な心です。そうと思えば、些細なことで、高波の大嵐になることもあって、相変わらず、不安定です。

 あるところで、『小谷美紗子』というシンガーソングライターの方を知って興味を持ち、youtubeで聴けるだけ聴いてみて、椎名林檎や鬼束ちひろを知った時に近い喜びを感じました。こんなにも隠さず飾らずがっつりと表現してくれる女性がいたんだ!という感動。
 今日聴いたなかでは、「オオカミ歌詞)」「照れるような光歌詞)」「こんな風にして終わるもの歌詞)」「火の川歌詞)」に強く惹かれました。少年時代の「君」にまで情熱の蔓を伸ばしてしまう「オオカミ」、この歌詞の気持ち、すごくすごくわかるなぁ。過去と現在のふたりの男の人へ向けた「照れるような光」、一曲でこんなふうに的確に、ふたりの人への想いを歌うことってできるのかと、衝撃を受けました。「こんな風にして終わるもの」は、冷たくなり始めたこの季節の風に、雨粒を送りこむような切なさ。大事な人の大事な恋には、こんな風にして、終わらないでほしい。「火の川」は、恐くて、その恐さが嫉妬に燃えている時の自分そのものに思え、ぞくぞくしました。
 女の人が歌う恋愛の歌は、恐いぐらいのほうが好きです。少なくとも私の抱く恋心は、爽やかでも健気でも美しくもなく、自分でぎょっとするほどに、ねばねばどろどろのマグマだから。恋愛の歌だけでなく、自分や社会をえぐるような視線で歌った「わたしを返して」「自分」にも、共感を覚えました。でも、今の私は、えぐるよりも、ふくらましていたいから、自分でいるために自分をえぐらずにはいられなかった10年前ぐらいに聴けていれば、もっともっと共感できただろうと思います。
 素敵な歌詞を書く人の歌を聴くと、あぁ私もこんな短歌を詠みたい!と強く思います。いろんな歌をとにかく詠もう。
by papiko-gokko | 2010-11-08 23:21 | Diary | Comments(0)
言わなくちゃ 言わなくちゃ できるだけまじめに
d0038776_0121816.jpg 11月になったので、計画通り、基礎練習を終わりにして、赤ちゃんの帽子(ボンネット)を編み始めました。今日は、後頭部のところ、8段目まで編むことができました。一度5段目ぐらいまで編んでから失敗に気づきほどいたりしているうちに、気づけば4時間以上も熱中していて、肩の筋肉がガチガチです。好きなことは、ついつい、根を詰めてしまうなぁ。これからは1時間ごとにタイマーをセットして、意識的に休憩を挟みながらやるようにしよう。これがうまく編めたら、思いきってセレモニードレスに挑戦してみようかと思っています。無事完成しますように!

 スピッツの『とげまる』、昨日訪れた懐かしい街の、当時よく通っていたCD屋さんで買って、今日はじめて聴きました。まだ一度しか聴いていないけれど、これはもう、文句なしに、大好きなアルバム! 歌詞カードを見ながら一通り聴いて、何度もきゅんきゅんふわふわしながら、マサムネさんの選ぶ言葉とつくりだす旋律が、私は本当に大好きなんだなぁと、再確認しました。魂が喜ぶ言葉と旋律が、アルバムに散りばめられています。
 聴いていて最もハッとしたのは、「つぐみ」。シングルとして発売されたときにはあまりきちんと聴けていなくて、今回初めてじっくりと聴き、あぁこういうことを歌っていたのかぁと、感動しました。難しい言葉はひとつも使わず、聴きやすい柔らかなメロディラインで、大事なことを、こんなにもしっかり歌いあげることのできるって、すごい!
 この曲は夫に対する気持ちの歌だなぁと思ったので、夫の着信メロディにしようかと思ったけれど、聴かせたら「すごい催眠効果」とあくびをされたので、やめました。夫が聴く盆踊りの歌とかクラシックなどを聴くと今度は私が一瞬で眠たくなるし、音楽の趣味が合わなくて残念です。お腹の子は、お腹に置いていた歌詞カードがポンッとはねるほど動いていたので、どうやらお気に入りの様子です。
 他の曲もどれもこれも良くて、これから聴けば聴くほどどんどん好きになっていきそうで、明日の朝、聴きながら会社にいくのが楽しみです。懐かしい街で買った、お腹に子供がいる時に出たアルバム、とても印象深い一枚になりそう。
by papiko-gokko | 2010-11-08 00:36 | 手作り | Comments(0)
思い出巡りと未来の買い物
 電車に乗って、大学1、2年のころ住んでいた街へ、夫と出かけました。私は編み物の道具、夫は布が欲しくて、その街にはちょうど大きな手芸屋さんがあるので、それならせっかくだから子供が生まれる前に久々にあの街へ行ってみようかということになったのです。大学3年生で街を離れてからは、3年前に一度行ってみたきりで、そのときにもあれこれ懐かしみながら歩いたのを覚えていますが、今回もやはり見るものすべてが懐かしく、「付き合いたてのころはこのドトールによく来たね」「ここのレストランで撮った写真を、彼氏ができたとお母さんに見せたわ」「付き合う前にこのブックオフの踊り場でばったり会ったね」と、甘酸っぱい日々をにやにや思い出しながら歩きました。まだお互いのことをよく知らなったころの思い出は、よく知っている今になって考えると、どちらも無理していたのがわかって可笑しくて、にやにやします。あの頃の夫はタバコを吸って、視線を煙のほうへ泳がせて、きどっていました。私は肌荒れが気になって、アセロラドリンクばかり飲みすぎ胃が荒れて、しょっちゅう口内炎が出来ていました。
 カラオケ店やゲームセンターや若者向けのチェーン店が並ぶ駅前商店街は、大学1年生当時の私にとってギラギラとどぎつく、毎日身体を固くしながら、誰に対して強がっていたのか、必死で街に慣れているふりしてセカセカ歩いていました。お店はいくつか入れ換わっていたものの、商店街全体の雰囲気はあのころと変わっておらず、漂う匂いもあのころのままで、なんだか当時にタイムスリップしたようで、ヘッドフォンで椎名林檎をガンガン聴きながら吉野屋の袋をさげて前かがみに歩いていた当時の自分と、今にもすれ違いそうな気がしました。
 住んだことのない夫にとってこの街は、主に私との思い出の街という印象が強いようですが、私にとっては、初めての一人暮らしで孤独と戦った街という印象のほうが強く、夫と付き合う前、大学にぼんやり通いながら、有り余る時間のなかで、どんな価値観を持って生きていけばいいのかすっかり見失い途方に暮れていた日々を思い出します。憧れだった一人暮らしは想像以上に退屈で寂しくて、自分以外に音を発する人のいない部屋はあまりに静かすぎて、何でも自由にできるはずなのになにもする気になれず、大学に行く時間以外は、人との繋がりを求め明け方までネットばかりしていました。大学では私以外みんな充実した輝かしい日々を過ごしているようにみえて、サークルやバイトに忙しそうな周りの人の様子を見ては、私もいつまでもこのままじゃいけないよなぁと反省し、バイト募集の張り紙を探して歩き、時には勇気を振り絞り「募集してませんか?」と直接お店に聞いて「してません」と言われてとぼとぼ帰り、ますますネットに依存していく毎日でした。そんな冴えない日々の最中にいきなり夫と付き合い始め、その日から街の景色も、利用するお店もまるで変わったのでした。この街は私に、親元を離れて生きることの心細さと、恋人と並んで歩くことの幸せを教えてくれた、かけがえのない場所なのです。
 今回も前回と同じように、にやにやしみじみ思い出巡りをして、手芸屋さんで買い物をしてから、当時私も夫もよく利用していたブックオフへ寄って、たくさん本を買いました。よさげな文学全集が105円だったので、読みたいというよりは本棚に並べたいという目的で、好きな作家のものを4冊ほど買いました。臙脂色の箱が、それっぽくて素敵です。それから、絵本も数冊買いました。満足。

 ブックオフで満足してから思い出の街を離れ、再び電車に乗って、電気屋さんのある街で降りました。ガスファンヒーターとビデオカメラを買うためです。ガスファンヒーターは、ちょうどいい感じのものが在庫処分でお手頃価格になっていたので、その場で購入を決定。明後日届けてもらうことにしました。あとはガス屋さんに来てもらって工事をしてもらえば、あったかい冬を過ごすことができます。真冬に赤ちゃんがやってくるので、これまでのようにエアコンとコタツだけでは心細くて、色々調べた結果、わが家にはガスファンヒーターが一番あっているという結論に達したのでした。エアコンのようには空気を乾燥させず電気代もかからないというし、長い目で見て、これはきっと正しい決断だったに違いない。子供が生まれるので安全なのがいいのですがと聞いたら、最近のはどれも安全ですとのことでした。空気が悪くなったら自動的に止まる仕組みや、8時間つけっぱなしだと勝手に止まる仕組みなど、きちんとついているそうです。はやくガスファンヒーターの温かさを体感したいなぁ。
 ビデオカメラは、説明だけ聞いて帰りました。買う目的は、お腹の子が生まれてから成長を撮るためです。私の子供のころ、家にはビデオカメラなんてなかったので、電化製品好きである岡山の祖父が持っていた当時の大きなビデオカメラで撮ってもらったものが何本かあります。そこに映っている私は、手をお菓子でべたべたにして「手を洗ってきなさい」と言われ「うえぇー?」と顔をしかめたり、しゃっくりしながらこいのぼりの歌をエンドレスで歌い続けたり、「おなかいっぱいーうんこいっぱいー」と謎の節をつけてぼやきつつ滑り台を逆さにすべっていたり、妹を撮っているカメラに向かって「おねーちゃんも、うつっとるー?、ねぇいま、うつっとるー?」と自己主張したり、なんというか、一言でいうと、とてもアホでした。お腹の子も、アホな映像がいろいろと撮れるのでしょうか。そんなにあれこれ機能はいらないから、それなりにいい画質で撮れて、素人でも使いやすくて、持って行くのと持って帰るのを忘れにくいものがいいです。
by papiko-gokko | 2010-11-06 22:49 | Diary | Comments(0)
告げられた帰宅時間に予約した炊飯ジャーが唸り始める
 下の妹に、リクルートバッグを買ってやりました。大学3年生の秋を迎え、来週ついに初めて説明会に参加するそうで、「リクルート用のバッグ、持ってたら送ってほしい」と頼まれたのでした。そういえば、私が就職活動を始めなくちゃと、近くの量販店で安いスーツとバッグと靴を揃えたのも、ちょうどこのくらいの時期だった気がします。妹は私の時の経験を生かして、母と入学式用のスーツを買う際にリクルートでも使えるタイプのものを買ったそうで、バッグだけ新しく必要とのことでした。妹って何事も、姉に比べて無駄が少ないなぁ。
 私と下の妹は6歳離れているから、もうあの日々は6年も前のことになるのかぁ・・・と感慨にふけりつつ、クローゼットの奥から当時のリクルートバッグを取りだしてみたものの、私の就職活動で使っていたバッグは、冷静に眺めれば眺めるほど、イマイチなデザインです。ネット通販を見てみると、今時のリクルートバッグはどれもスタイリッシュで内側の作りも凝っており仕切りやポケットが豊富なのに対し、私が量販店で買った黒いバッグは、磁石のボタンがひとつ付いているだけなので簡単にガバリと開いてしまうし、、リクルートで使うには底の幅がありすぎて寸胴に見えるし、内側には申し訳程度のポケットがひとつついているだけで、整理整頓に不向きです。もっとも、ランドセル時代からポケットがいくつ付いていようとカバンの中が常にぐしゃぐしゃで、ありとあらゆるチャックを開けっぱなしの私には、磁石のボタンひとつのこの寸胴カバンが性にあっていたようで、就職活動中だけでなく入社後もしばらく使っていました。そのうえ、使わなくなってからは随分長い間、雑な仕舞い方をしていたので、埃をかぶって薄汚れ、形も崩れてしまって、余計に見栄えが悪くなってしまったのかもしれません。これから輝かしい人生の選択をする下の妹に、そんな使い古しをやる気にはなれなくて、ネットで見つけたお手頃価格のリクルートバッグを注文することにしたのでした。
 まだどんな職場でどんな仕事をやりたいのかも、今住んでいる街で探すのか地元で探すのかも定まっていない状態で、焦りと悩みは尽きないようです。私は4年生の12月まで決まらなかったけれどそれでもなんとかなったから、まだまだ全然あせらなくて大丈夫だよマイペースでやりなよと常々言って聞かせてはいるものの、今の就職活動はますます厳しさを増しているようだし、とても心配です。活動中には嫌な思いもするだろうし、悔し涙は避けられないだろうけれど、どうかくじけずがんばって、納得のいく職場とのご縁が結ばれますように。

 6年前の今頃就職活動しなくちゃと焦り始めていた私は、6年後の今、あと一ヶ月足らずで会社を辞めることになり、これまで毎日目にしてきた当たり前の風景がいちいち愛しく感じながら、いつものように働いています。最近、担当の営業さんがやけに優しく接してくれて、その扱い慣れない優しさに胸の奥がぎゅうっと絞られ、受け答えしながら、泣きそうになってしまいます。昨日は他の営業さんとの会話のなかで、「ぱぴこさんはもうカリスマ事務員ですから」と言ってくれて、冗談だとしても嬉しすぎて、うまく言葉を返せずに、にへらにへらと首をふるのが精一杯でした。
 あなたが育ててくれたのです。周りからドSの俺様と評される担当営業さんは、「努力とか一生懸命とかそういう姿勢はどうでもいい、仕事が出来るか出来ないかがすべて」という考え方の人なので、入社したばかりのころから割と容赦なく厳しくて、失敗しては鋭い口調で指摘を受け、時には露骨に冷たくされ、世間知らずで甘ったれた自意識ばかり一人前だった私はそのたび叩きのめされて、トイレで悔し涙を流したり、ひとりカラオケで発散したりしたものでした。そうして流した涙も、ワンドリンク制のカラオケルームで毎回仕方なく頼んだ390円のウーロン茶も、決して無駄ではなかったのだなぁと、最後の最後で思わせてくれる人と働けて、本当によかったです。なんてったって、かっこいいし。

 妊娠という未知の波が、私を優しく揺らし続けます。これまで、私なりに様々な波にのったりのまれたりしてきたけれど、未だかつて、これほど大きくうねる波に身を預けたことが、あっただろうか。この大きなうねりのなかで私が流す涙は、何かが足りなくてそれを補うために流す涙ではなく、きっとこれはむしろ、今までに味わったことがないほどに満ち足りていて、手に負えないほど足りすぎたものが、あふれ出ているのだと思います。自分の中にもう一つ命があって、それが日々大きくなるのだから、何かが足りすぎてしまうのも、自然なことなのかな。このうねりが最高潮に達して、お腹の子が産声をあげたとき、私には、どんな世界が見えるのだろう。どんなことをまず、思うのだろう。今一番の楽しみは、そのことです。
by papiko-gokko | 2010-11-04 22:40 | Diary | Comments(0)
ぐわんぐわん
 タンスを買いました。横幅150、高さ139の、大きなタンスです。これから家族も増えるし、引っ越してからクローゼットが小さくなり、夫の衣類を収納する場所が少なくて困っていたところだったので、これから生まれる子と夫の共同タンスということで、思い切って大きいサイズを買いました。わが家へ実際発送されるのは20日ごろの予定です。待ち遠しいなぁ。このタンスをきっかけに、赤ちゃんを迎えられるような家の配置に、だんだんと変えていきたいです。

 街へ買い物に出た母が、ベビー服を二着ほど、思わず買ってしまったと言っていました。ピンクとレモン色なのだそうで、楽しみです。ベビー服屋さんにはセレモニードレスもあったようで、セレモニードレスはどうするのと気にしていました。相変わらず、気が早いなぁ。子供のころから、母はいつも先回りして娘の人生についてあれこれ気を揉んでいるのです。セレモニードレスは、かぎ針で編めれば編みたいし、無理だったら買おうと思っていて、でも、そのことを伝えてしまって編めなかったらなんとなく決まりが悪いので、それは秘密にしたまま、「考えとくわー」とだけ答えました。母の買ったベビー服は、今、洗って部屋に干してあるようで、「かわいくて、見ているだけで幸せになるよ」と言っていて、その光景を思い浮かべ、私も幸せな気分になりました。嗚呼、がんばって、この世にこの子を生まなくちゃ。

 一昨日あたりから、情緒が非常に不安定です。仕事のことも気になるし、貧血と言われたことも気になるし、家のことも気になるし、いろんなことが気になりすぎて、なにもする気になりません。そんなときに限って、夫が私の感情を巧みに逆なでするので、けんかになって疲れます。怒ったり泣いたりしたらお腹の子に申し訳ないと思いながら、そう思うと余計にますます荒れ狂います。
 私のおだやかな妊婦ライフは、一体いつ訪れるのだろう。そもそも、妊娠に穏やかなイメージを抱いていたこと自体が、間違いだったのかな。大体、こんな不可思議な現象の真っ只中にいて、何かにつけてオーバーな私が、穏やかでいられるはずありません。この子がお腹にできたばかりのころは、まだ画面に映らないような子が心臓を動かして生きていることにまず震え、エコーで姿が見えるようになりお腹の膨らみが分かり始めてからは、自分のなかでどんどん成長していく命があることに毎回驚き、そしてその現象にようやく慣れてきた今は、この子がもうじきこの世に生まれ出てくるのだ、私が生むのだということに、緊張と興奮と、それから、少しの恐怖を覚えているところです。
 いつだったか友達が「妊娠している状態にようやく慣れたと思ったら頃に生まれてくるよ」と言ってました。まさに、その通りかもしれません。お腹の中にいるこの子と過ごした期間が長くなるにつれ、なんだか、これからいつまでもいつまでも、この子はおなかの中で育ち続けるような気がしてしまって、この子がこの世界にでてくる日がくるなんておとぎ話みたいで、生んだときから、おなかの子は、完全に私と違うひとりの人間となり、私とちがう魂をもって私とちがう人生を歩みだすのかと思うと、そこに大きな喜びを感じる反面、ほんの少しだけ、生んでしまうのがもったいないような、寂しいような気すら沸いてくるのです。今はこの子の命を私が独り占めしているけれど、生まれてきたその瞬間からは、もう違います。これほどまでにこの子と一体でいられるのは今だけなんだと思うと、残りの3カ月たらずを、しっかりたっぷり味わいながら暮らしたい気持ちが強まります。
 そんな状態のなかで、妊娠以外のことを考えるのが、億劫になってしまっていて、おなかの子とふたりで、誰も知らない丘で寝っころがって、誰の声も届かないところで、静かに生まれてくる日を待ちたいような気分になったりします。本当の本当は、不安で不安で仕方なくて、いつでも誰かに気遣っていてもらわないと、まるで成り立たない状態のくせに、わがままなのです。はやく抱きしめたいな。
by papiko-gokko | 2010-11-02 23:58 | Diary | Comments(0)


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