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日記と短歌
by papiko
<   2009年 06月 ( 25 )   > この月の画像一覧
見渡せばみんな何かの真似事だみじかい爪を空色に塗る
 今日は上の妹の誕生日。日曜に買ったプレゼントが届いたと電話があり、「おねえは私を甘やかしすぎだわぁー」と、喜んでくれました。妹だもの、甘やかすさ。私に甘やかすことのできる人なんて、そんなにいないし。
 誕生日ということで、彼女はついにずっと欲しがっていたwii一式を買ったそうです。すごい!wiiで作れる似顔絵を色々とつくって写真を送ってくれたのですが、私の似顔絵も夫の似顔絵もかなりよく特徴がでていて、こんなに似せて作れるものなのかと驚きました。母はちょっとスマートで若めに作ってありました。
 上の妹は今実家にいるので、実家に帰ったら私もwiiを楽しむことができます。楽しみだなぁ。「willスポーツ」というソフトで、母はボーリングとテニスを、父はゴルフを、さっそく楽しんでいるようです。特に母は「本当に打っとるみたいなんよう!」と、受話器越しに興奮が伝わってくるほどの白熱振りでした。
 妹自身ももちろん遊んでいて、wiiフィットの測定により体の重心が後ろ側にあることがわかり、「ゆがんどるんだわぁ」と悩ましげに話していました。私も絶対にゆがんでいるのだろうなぁ。くびれが左右対称じゃないのとか、鏡を見てもわかるぐらいだし。そのほかにも野球のバッティングなどあって、カキンカキン気持ちがいいそうです。ファミリーで楽しめて運動にもなるという素晴らしいゲームを開発した任天堂、すごいなぁ。両親とも身体を動かすのが好きだから、このゲームは長く活躍しそうです。

 wiiを楽しむ様子を聞いて、私が小学4年生ぐらいのころ、初めて家にテレビゲームがやってきた日のことを、懐かしく思い出しました。私たち姉妹の初テレビゲームは、スーパーファミコンです。欲しがったのは上の妹でした。私は小学2年生のころゲームボーイを買ってもらっていたのですが、ひとつのゲームを始めたらその面をクリアするまで悔しくてやめられず、親に叱られ画面に酔って吐き気を催しそれでも泣きじゃくりながら必死で全面クリアをしたという苦い経験があり、最初にやったソフトひとつでもう疲れ果ててゲームというものに懲りてしまった為、テレビゲームを買うことにはあまり積極的ではありませんでした。
 私がゲームボーイでそんなふうになったので、親も子供にゲームを買い与えることに抵抗を感じていたらしく、何度か家族会議をした結果、時間を決めて遊ぶという約束で買うことに決まり、妙に厳粛な雰囲気で家族全員でお店にいってスーパーファミコンを買い求め、それから中古やさんで謎のカートゲームをひとつ買って帰りました。そのとき妹が欲しがっていたのは「マリオカート」だったのですが、売っていなくて仕方なく父の判断で謎のカートになったのです。
 家に帰って家族全員テレビに向かい、焦る気持ちを抑えながら慣れない手つきでコードを接続し、ピコーンと電源が入ったときは、「おお!」と一同一斉に声をあげて、ニヤニヤ画面を見つめました。謎のカートゲームは一人用のゲームだったので、私はゲームを買うのに積極的でなかったくせに、画面がついたとたん早速コントローラーを妹と取り合ったりなんかして、眩しい画面に釘付けでした。それまでだって友達やいとこの家でテレビゲームの画面を見たことはあったけれど、自分の家のテレビに映るゲーム画面は、また別物だったのです。
 謎のカートゲームは、残念ながらマリオカートとはやっぱり全然違っていて、運転する人はマリオやヨッシーやピーチ姫ではなく、リアルタッチな外国人おじさんとナイスバディなお姉さんだったし、単純な競争だけのゲームではなく車のメンテナンスやらなんやら専門的で子供が遊ぶには謎すぎた為、車を壁にぶつけて壊してゲラゲラ笑うという悲惨な遊び方しかできませんでした。車をぶつけて壊すたび、修理するためにヘルメットの人がワラワラとでてくるのが面白くて、ぶつけて壊しては大笑いしていたのでした。子供は残酷です。
 謎のカートに飽き飽きしたころ手に入れたのが、「ドンキーコング」。これは2人でプレイできるゲームだったので、私がドンキーコング、上の妹がディディーコングをつかって、協力しながら進めました。段々レベルが難しくなって同じところで何度か行き詰ると、妹は「ここ今やるのやめようよー他の簡単な面やって命を貯めたりしようよー」と言いだすのに対し、私はまたゲームボーイのときと同じように、「ここをクリアせんことには前にも後ろにも進めんのだ!」と思いつめ、どんどん意地になりました。だから難しいところは全部、妹が簡単なところで貯めた命をつかって、親に叱られ悔し涙を幾度となく流しつつ、私が必死でクリアしました。
 その後ついに念願の「マリオカート」を手に入れ、それから「ドンキーコング2」を手に入れ、しかし私はもう、「ドンキーコング」との戦いで精も根も尽きていたので、ぎりぎりゲームをできる年齢になっていた下の妹に、私の汗がしみこんだコントローラーを譲りました。私のやらなかった「ドンキーコング2」は、ディディーを上の妹が、ディクシーを下の妹がやって、私が進研ゼミなどやっているそばでケラケラ笑いながら、いつのまにか全面クリアしていました。ひたすらクリアすることに命を駆けて必死になりすぎゲームを嫌いになる私と違い、妹たちはゲームの行程そのものを楽しんでプレイできる、優秀な現代っ子だったのです。
 上の妹が小学6年生ぐらいになったころ、スーパーファミコンは役目を終えてプレステになり、それからまた数年後には、プレステ2を手に入れていました。上の妹と下の妹とで、協力して買っていたようです。どちらも私はちょっとさらわせてもらう程度で本気で取り組むことはしませんでしたが、格闘ゲーム「ストⅡ」にだけはちょっとはまってしまって、親指と人差し指の付け根の皮がむけました。
 wiiも、本気でやってしまうとまた悔し涙を流しながらの戦いになりそうだから、ちょこっと遊ばせてもらう程度にしようと思います。
by papiko-gokko | 2009-06-18 21:42 | Diary | Comments(0)
見抜かれているのだろうかコーヒーをかき混ぜる手が鼓動に触れる
 数歩先の塀にとまっていたスズメが、飛び立つ直前ほんの一瞬、クッと顔を動かし空を見上げていました。あれほど自由に飛びまわれるスズメでも、飛ぶ前には空を見上げるのだなぁと思うと、私のなかで少しだけ、鳥と人間の距離が近くなりました。だけど、飛べるスズメの見上げ方は、ただ漠然と見上げる私と違い、なにか目標を見据えてギラッと光っていました。飛べたら飛べたで大変そうだな。

 今日は営業さん全員が、いつもよりフォーマルな感じのネクタイを締めて、ビシッと決めていました。取引先で開かれる大事な会合に出席するためです。その会合に営業さん達が出発するころ、自分のデスクで大きなホッチキスと格闘していたら、担当の営業さんが出て行く間際スーツを羽織りながら、「んじゃ、ぱぴこさん、あとお願いしゃっす」とまっすぐ目を見て言ってくれて、ぱあっと心が華やぎました。目を見てお願いしますだなんて、めったにないことなのです。しかもカッコいいスーツの日に言ってもらえるとは、なんてラッキーなんだ! 営業事務冥利に尽きるというものです。
 ウフウフニヤニヤ嬉しくなっているところへ私宛の電話がかかってきて、ウフウフニヤニヤをひきずったまま電話にでたら、その人から「あれれ、ぱぴこさん、今日はなんだか声がちがいますね、素敵です」と言われて、驚きました。気分って電話の声だけでそんなにはっきりと伝わるものなのか。仕事中はどうしても、ウフウフニヤニヤよりも、ウジウジクヨクヨになることのほうが圧倒的に多いから、ウジウジクヨクヨが声に滲まないよう、気をつけようと思います。

 昨日見た『死ぬまでにしたい10のこと』、思っていた以上に暗く、辛い映画でした。最初から最後までしんどくて、余韻に浸るのも辛く、エンドロールの途中で再生を止めてしまいました。死を宣告された主人公の女性が、死ぬまでにしたいこと、しておくべきだと思うことを、10項目ノートに書き出し、それを淡々と実行していくお話です。少し泣いたけれど、それは思わず空を仰ぎ見るような感動の涙ではなく、うつむいて唇をかみ締める悲しみの涙で、あふれ出るというより、じたじた目の周りを濡らすような流れ方でした。この作品に小説で出会っていれば、もっと楽しめたかもしれません。映画は、リアルさを追求したものよりも、どこかファンタジー要素の含まれているもののほうが好きです。
 死ぬまでにしたいこと、私だったらノートにどんな10項目をだろうかと、主人公の行動に照らし合わせながら考えていましたが、恐くてきちんと想像できませんでした。ただひとつ、少なくとも主人公の実行した「夫以外の人と付き合ってみる」ということはしないなぁ。その代わり「過去に自分が片思いをした人達にお願いをして、並んで通学路を歩いてもらう」というのなら、ちょっとありかもしれません。それはかつての自分が熱烈にしてみたかったことなので、かつてを生きた自分に愛を込めて。そうだそれからもうひとつ浮かぶのは、この日記に結末をつけて締めくくること。日記は今日を生きた証しであると同時に、一生をかけて書く遺書みたいなものでもあると思っていて、だから死ぬとなったら、結末が必要です。だけど結末を書くなんてそんなの死ぬほど難しそうだから、まだまだまだまだ死にたくありません。

 数日前から体調を崩していた夫ですが、今日は食欲も戻って、味の濃いお肉をもりもり食べました。ただ、日曜日ごろからひどく膝が痛むのだそうです。なんでも梅雨時は気圧と湿気の影響で、関節痛が起こりやすくなるのだとか。書店の仕事は立ったりしゃがんだりの力仕事だから、元々疲労の溜まっていたところに梅雨の気候が重なって、痛くなってしまったのでしょう。今は防寒用に買った膝サポーターと冷湿布をして、だいぶ楽になったようです。私も寒くなると腰が痛くなるから、関節痛の憂鬱ってよくわかるなぁ。嗚呼、私たちまだ一応20代なのに、こんなことでわかり合うだなんて。
 今回の急な体調不良と膝痛によって、彼は自分の生活態度を反省したそうで、これから健やかに生活していくために、三つの目標を立てていました。①筋肉をつける、②野菜の好き嫌いをなくす、③禁酒する、というものです。うん、いいことだ。今私や夫が考えるべきなのは、死に備えた項目ではなく、生きていくための目標なのです。私も、すぐ3日坊主になってしまうストレッチをがんばろう。
by papiko-gokko | 2009-06-17 22:54 | Diary | Comments(0)
黒鉛の匂いが染みたノートには君の視界が広がっている
 夫の熱は、下がったようです。そもそも実は昨日から、それほど発熱していなかったのかもしれません。うちにあった普通の体温計が壊れており、昨夜は慌てふためきながら、私が毎朝起きてすぐ基礎体温を記録するためにくわえる婦人用基礎体温計を、食事(熱いおかゆ)を食べたあと夫の口につっこんで検温しました。どうやれこれが、いけなかったようです。数値をみたら『38.00℃』と出て、いきなりこんな高熱だなんてどうしよう!と2人ともすっかりうろたえ、それから夫はがっくり気力がなくなり、私はパニック状態に陥ってしまったのでした。
 すっかり重病の気持ちで眠った夫は、今朝も朝食(また熱いおかゆ)を食べた後で再び基礎体温計をくわえ、体は楽になっているというのにやっぱり『38.00℃』と出て落ち込み、会社でその報告メールを見た私は会社のネットで調べた最寄内科の地図をメールして、トイレでこっそり電話もして、半ば強制的に病院へ行かせました。そして診察の結果を聞こうとお昼休みに再びハラハラ電話をしたら、「なんか病院の体温計で、わきの下で測ったら、普通に36.7℃しかなかったんですけど・・・」と、夫が力なく報告してくれました。なんてことだ、2℃近くも違うじゃないか。
 彼は基礎体温計で計ったことをお医者さんに伝えるのがなんとなく恥ずかしかったそうで、「昨夜は38℃熱が出たんです」ということだけを伝え、それならしっかり検査をしたほうがいいということになり、まずインフルエンザ検査をさせられて陰性とわかり、高熱は肺炎の可能性もあるからとレントゲンもとってみたところ極めて健康的な肺が映り、「不思議だ、もし何かあったら、またすぐきてください」と言われて帰ったそうです。私はその結果を聞いて、眠気が襲ってくるほど安心しましたが、夫は「診察料、2800円もしたよ・・・お米が買える値段だよ・・・」と、ほっとするよりむしろ悔しがっていました。2800円で最初に浮かぶのがお米の人と結婚したのか。堅実に生きていけそうです。
 冷静に考えれば、口の中とわきの下ではかなり体温が違うのだろうし、しょうが入りの熱いおかゆを食べた直後の口で正しい体温は測れないはずです。ネットで調べたら、基礎体温計と普通の体温計は用途が違うものだと、しっかり書いてありました。「38度もあったら、いつもはもっとしんどい気がするけどなぁ。この体温計ふつうと違うんじゃないの?」と、検温の結果をしきりにいぶかしんでいた夫に、「これは基礎的な体温を計れる高機能の体温計だから明確で正しいんだよ」と自信満々に答えてしまった自分が、恥ずかしいです。
 熱もなく、咳も鼻もでていませんが、昨日の夜ぐったりとしていて多少オデコが熱かったのは事実で(それは熱じゃなく、しょうが入りのおかゆを食べた直後でぽっぽしていたのだと夫は今さら言っています)、食欲もあまりわかないようなので、やはり本調子ではないのでしょう。そういえば夫は、咳や鼻がでるときよりも、お腹の具合を悪くしたときによく発熱するなぁ。そういう体質なのか。6月に入ってからしょっちゅう「あー温度変化がきついわー体温調整が難しくて疲れるわー」と漏らしていたので、体温調整の疲れがピークに達してしまったのかもしれません。
 病院のあと、夫は仕事へいきました。帰ってきたら、今日は優しく落ち着いた心で、「魔女の宅急便」でキキが熱を出したときのオソノさんみたいに「疲れがでたのよ」と、凛々しくほどよく労わろうと思います。

 とにかく、高熱じゃなくて安心しました。安心したから、借りてある映画をみます。今日は「死ぬまでにしたい10のこと」という映画を見ます。
by papiko-gokko | 2009-06-16 21:01 | Diary | Comments(0)
元気じゃないと困る
 夫がいきなり発熱。仕事から帰ってきてぐったり横になり、食欲もありませんでした。季節の変わり目に体調を崩しやすい人で、梅雨のこのよくわからない気候に、やられてしまったのでしょう。葛根湯を飲み、総合風邪薬も飲んで眠りましたが、心配です。
 気配りのできない私は、看病がド下手です。夕食の焼き鮭をみた夫から「それ食べられそうにないから、鮭のおかゆにして」と言われて、そこでまずパニック。夫のようにさらりと美味しいおかゆなんかつくれません。だるそうに横たわる夫の命令に従って、鮭と、しょうがと、ニラと、卵と、しらすを入れて、結果的に栄養おかゆにはなったものの、味はイマイチでした。夫は「作り方はめちゃくちゃだったけど、まぁ美味しいよ」と、3分の2ほど食べてくれました。
 それから、薬を探すのもパニックで(もう飲めそうにない昔の薬もいっぱいあって、整理しないとだめだ!)、寝かせるのもパニックで、パニックになると怒り口調になってしまって、「なんで具合悪いのに怒るの」と夫をうんざりさせました。夫が元気じゃないのがイヤで、好物の焼き鮭を食べられないのがイヤで、寝る時間まで一緒にテレビを見られないのがイヤで、イヤでイヤで、残った鮭にラップをかけながら涙ぐむ始末。しんどいのは夫だというのに、なんて面倒くさい妻なんだ。その涙をみた夫から「心配している自分が楽しくなってるんじゃないの」と苛立たしげに言われて、ずんと暗くなりました。そうか、そうか、そう見えたのか。楽しんでなどいるつもりはないけれど、ただ、事情を感情が追い越すと、事情より感情をとってしまう私だから、そう見られても仕方ない。実際それってとても、自己中心的なことだし。
 夫が布団に入ってからも、彼の額に手を当てては、熱いねどうしよう辛そうと、どうでもいいことばかり言って、「君がそんな心配していたら、僕が安心して眠れんよ。せめて君は安心しててよ」と呆れられて、つくづく情けなくなりました。熱が出た時お母さんがしてくれたようには、なかなか、できないものだなぁ。夫の発熱は妻の私に大事件すぎて、母が私にしてくれたように、明るく穏やかな口調で「大丈夫よ、一晩眠れば治るよ」と言いながら、優しく布団をかけてあげたり、全然できませんでした。ここのところずっと元気だったせいで、夫が体調を崩すこともあるんだという当たり前の事を、忘れていて、心の準備が全然できていませんでした。だから気が動転して完全に、感情に飲まれてしまいました。妻失格でした。恋人だったころのほうが、彼が発熱などしても今より冷静でいられた気がするのは、夫がまだ夫ではなくて私が妻ではなくて、夫が帰る場所が、私のところでなくて、お母さんのところだったからかな。
 発熱しても彼の減らず口は健在で、寝る直前まであーだこーだと、体温計が壊れているから熱があるように思えるだけで実際自分は少しもしんどくなくて第一無理に熱を下げるのはよくないのであって・・・と、ペラペラしっかりしゃべっていました。まぁ、大丈夫そうだな。明日は元気になりますように。
 妻としてせめて、明日用におかゆをつくってから寝ようと思います。夫が発熱したそもそもの引き金は、今朝起きたとき、完全に私が掛け布団をとってしまっていたことにある気がしているので、気が重くて、今晩は寝たくありません。今日は掛け布団を別々のにすることになったけれど、でも寝たくありません。なので限界まで起きていようと思います。そんな間違った選択をする、パニック状態継続中。ねないんだねないんだねむい。
by papiko-gokko | 2009-06-16 01:32 | Diary | Comments(0)
くちばしの色はとびきり鮮やかに君の強がりついばむ為の
 父の日の贈り物と、上の妹の誕生日プレゼントを買いに、池袋の西武百貨店へ行きました。
 最初に向かったのは、1Fの化粧品フロア。ここには数多くの化粧品ブランド店が入っていて、妹の好きなブランドも揃っているのです。昨日電話で何が欲しいか聞いたところ、口紅と大きめのチークブラシと言っていたので、まずは最近好きになったという『M.A.C』というブランドで、色白の妹によく似合いそうな、薄紅色の口紅を選びました。それからチークブラシを探して妹が好きな別のブランドをすべて回ってみた結果、『PAUL & JOE BEAUTE』のチークブラシが可愛くて値段もギリギリ予算内だったので、これに決めました。
 チークブラシを選んでいる途中、「マスカラとか付けられますか?このマスカラ、発売と同時にすごい売れてるんですけど、よかったら付けて見られますか?」と美しい店員さんにじっと見つめながら勧められ、たじたじになりながら断りました。マスカラなんてここ最近で付けたのは、成人式と結婚式のときぐらいです。肌が弱くてそのうえ元々面倒臭がりでもある私は、いつも最低限のお化粧しかしません。使っているのはファンケルのファンデーションとチークとリップ、それから牛窓のオリーブ化粧水と下地クリームのみです。しかしデパートの化粧品の店員さんはみんな艶やかな肌に華やかなメイクを施した美しいお姉さま方ばかりで、商品棚には色とりどりの化粧品が美しく並んでおり、香水をつけない私には強烈すぎる匂いがフロア全体に漂っていて、お客さんもバッチリメイクをしている女性ばかりで、自分はひどく場違いな感じがして、デパートの化粧品店へいくと必ず、情けないほど縮こまって挙動不審な人になってしまいます。ろくに化粧もしてない顔でお店をうろついてすいません・・・と謝りたくなります。
 店員さんに話しかけられるたび不必要にぎくしゃくおどおどしてしまう自分が恥ずかしくて、帽子を目深にかぶりますます怪しい人になりながらも、なんとかチークブラシも買って、そそくさと化粧品フロアを後にしました。それから、8Fにあるスポーツ用品売り場へ行き、父の日のプレゼントを買いました。選んだのは、アディダスのポロシャツです。好みのデザインでちょうどよい価格のものをぱっと発見して、これは結構、すんなり決まりました。妹達と贈り物がかぶらないよう事前に打ち合わせもしたので、完璧です。サイズがSかMかわからなくてその場で母に電話をしたら、「胴が長いからMだよ」と言われて、父と身体の作りがよく似ている私は悲しくなりました。
 
 買い物が終わってから、仕事が終わってそのまま池袋へやってきた夫と落ち合い、池袋からひと駅ほど離れたところで、立ち食いうどんを食べました。美味しいと紹介されていたところで、前々から一度行ってみようと話していたのです。立ち食いは初体験で、疲れていたので最初は気が進みませんでしたが、とても美味しかったため自分が立っていることなどすっかり忘れて、夢中でたいらげました。立ち食い経験をしたことで、またひとつ、東京人らしさを手に入れた気がします。今にも雨の降りだしそうな梅雨空の下、すぐそばで電車の通り過ぎていく音を聴き足元に振動を感じながら頂いたうどんは、なんとも粋で絶品でした。
 そのあと、近くにある古本屋にもいってみましたが、ここでは残念ながら収穫がありませんでした。大きな古本屋さんだから期待していたのに、中にはいってみたら、半分以上がCDやDVDやゲームだったのでした。本よりも、ゲームやDVDのほうが、持ち主の世界で古くなるのが早いのかな。
by papiko-gokko | 2009-06-14 21:01 | Diary | Comments(0)
公園の時計みやれば夜空から届き続ける昔の光
 お昼休み、宇宙のはるか600光年かなたにある大きな星がもうすぐ爆発するかもしれないというニュースをネットで見つけて興味をそそられ、それから仕事中ずっと、宇宙について考えていました。宇宙には大いなるロマンを感じるけれど、同時に底抜けの恐怖も感じます。宇宙が恐いのは、宇宙のイメージがそのまま、死のイメージと繋がっているからです。小学6年生ぐらいのころだったか、将来は天文学者になるのもいいかもな・・・と、考えていたことがありました。単純に星を見るのが好きだったし、宇宙に関する番組にはいつも心をときめかせていたし、それに、天文学者になって宇宙のことを知り尽くせば、死も怖くなくなるのではないかという思いも、少なからずあったような気がします。
 残念ながら私の頭脳では、天文学はおろか、中学で天体を習いだしたとたんに挫折し、太陽の日周運動やら月の満ち欠けのしくみすらチンプンカンプンで、父にゴムボールと爪楊枝を使って説明してもらってもやっぱり分からず、泣きながら試験勉強したほど苦手分野になったので、ただ星にロマンを感じる人でいようと早々に諦めたのですが、しかし、そのころの名残で、実は実家に、天体望遠鏡があります。星がとにかく見たいんだと両親にねだり、自分の貯金と誕生日プレゼントでもらったお金を合わせて買ったのでした。買うならちゃんとしたのがいいだろうという父の提案で、子供用の小さいのではなく割とがっちりした、かっこいい天体望遠鏡です。
 天体望遠鏡を買ったばかりのころはよく、父と近所の土手までいって、月と木星(たぶん)を見たりしました。どちらもしっかりと見えて、特に月はクレーターがはっきりと見えたので、興奮したのを覚えています。天体望遠鏡でみると、月の表面はかなり眩しくてあまり長くは見ていられませんでしたが、少し目を離して休んでは何度ものぞきました。やがて受験が始まり高校生になり忙しくなり、天体望遠鏡を持ち出す事はほとんどなくなりました。しかし使わなくなってからもそれは自分の部屋のど真ん中にどんっと置いてあって、そのロマンチックな構造が私を満足させました。部屋に宇宙を飼っているような、壮大な気分でした。今から思えば、ちょっと不思議な女学生だったのかも。
 あの天体望遠鏡は今、縁側の隅っこでひっそり埃をかぶっていて、大晦日の大掃除のたび「まったくぱぴこは使いこなせんのにこんなん欲しがって、お父さんもその気になっていいやつを買って・・・」と母を呆れさせています。でも腐るもんじゃないから、子供ができたら、父と一緒に毎年天体望遠鏡を持って土手にいって、「見えているあれは実は何万光年前の光でね、地球人にとっての宇宙の果てはつまり、光の届く距離であって、本当の果てではないんだ・・・」とかなんとか語り合いながら天体観測したらいいのです。そうすればそのうち「出雲のおじいちゃんとこには天体望遠鏡があるんだぜ!」と、子供がわくわく友達に自慢して、あの天体望遠鏡が再びヒーローの座に返り咲くことでしょう。でも、「こんな20世紀末の天体望遠鏡なんかつまらないぜ!」とか生意気なことを言ったらどうしよう。というかそもそも、なんで私のなかで自分の子供は男の子だということになっているのだろう。
 とにかくそんなわけで、私は天文学者になれず、天体望遠鏡の活用もわが子に託すことにしたので、今も宇宙が恐いままでいます。宇宙が拡大しているのだとすれば、私たち個々の存在はどんどん小さくなってるのか!とか、宇宙は永遠で無限なら一体ここは宇宙にとって、いつごろのどこらへんなんだろう!とか、死もまた宇宙の一部なのだろうかそれとも死は宇宙ですらないのだろうか!とか、考えれば考えるほど、頭の中が、ぐわんぐわんしてきます。月の満ち欠けの理解すら難しい頭でそんなことを考えたら、ぐわんぐわんするに決まっています。

 そんな感じで今日もぐわんぐわんが会社を出るまで続き、会社をでて風に吹かれたら、さらっとおさまりました。宇宙のことはどうであれ、ここは地球で日本で東京で、電車は時間通りに到着をして、駅を出ればいつもと変わらない街があって、確かな日常が流れているのだということを、思い出したからです。竜巻に巻き込まれてとんでもない方向へぶっとんでいた思考が、ようやく正しい位置に着地した気分でした。
 商店を歩いていたら、閉まっている事のほうが多い時計屋さんが珍しく開店していて、レトロなサスペンダーをしたまんまるおしりのおじいさんが、どれもこれも違う時間を指している大小様々の壁掛け時計を、ハタキでホフホフはたいていました。何万光年という単位で宇宙に散らばる時空と、今この小さな時計屋さんで好き勝手に刻まれている地球時間と、違いは一体なんだろう。私はここで地球の日本時間で生きていて、遠い星のずっと昔に生まれた光を見ていて、その遠く離れた別の星の惑星では宇宙人が、今私を照らす太陽の何万年も昔の光をみているかもしれなくて・・・それが一体どういうことなのか、全然さっぱりわからないけれど、なにがどうであれ、私にとって親しい地球の時間のことに関しては、この時計屋さんのおじいさんが守ってくれているような気がして、わからないままひとまず安心して、まるいおしりとレトロなサスペンダーを、頼もしく思いました。
 ああ、私が物語の主人公だったら、サスペンダーのおじいさんに声をかけて、お店の中を見せてもらったりして、そのなかでお気に入りの小さな時計を見つけたりして、その時計の時間が実は何万光年むこうの宇宙時間だったして、地球上にあともう一つだけ存在するというその宇宙時間時計を持っている男の子と巡り合うことで冒険が始まったりするのだろうけれど、金曜日の仕事を終えた事務員の私は、ただそんな妄想をしながらそのまま通り過ぎました。そうしてしばらく歩いたところにある花屋さんのサッシ戸に、習字で書かれた『かわいい子猫を差し上げます』という張り紙をみつけ、一体この花屋さんにどんな子猫が迷い込んだというのだろう・・・と、今度は宇宙とはまったく違う妄想をしながら、まっすぐ家に帰りました。宇宙が広がっても縮小しても、時空がどう絡まりあっていても、私は私の家に帰ります。
by papiko-gokko | 2009-06-12 22:45 | Diary | Comments(0)
お別れに君の口ぐせもらいます他には何も盗めなかった
 朝は、淡々と雨。首にぶら下げているiPodが濡れないように、大きめの傘をさして歩きます。夫の働く書店にあった忘れ傘のひとつで、いつまでも落とし主が現れないということで、ある雨の日に夫がさして帰ってきました。本屋さんで傘を忘れる人は、きっと、晴れやかな本と出会えた人なのだろうな。
 私は家に携帯を忘れても取りに帰りませんが、iPodを忘れたら、割と離れていても取りに帰ります。音楽欠乏症で死んだりはしないのでノーミュージックノーライフではないけれど、欠乏すると感情のすべりが悪くなって生きづらいから、ノーミュージックシンドイライフです。今日も音楽ありがとう。傘が大きいと傘に降る雨粒の量も多くなり、雨音にしっかり閉じ込められている感じがして、聴いている音楽を邪魔されることなく、だらだら心地よく歩けます。
 帰る頃には雨が上がって西日が強く射し、その明るさに浮かれてしまい、傘を会社にわすれて帰りました。すでに大きな傘を2本も忘れて帰っていて、夫に叱られたので、明日3本持って帰らなくてはなりません。梅雨め。

 今日は朝から夕方近くまでずっとひとつの仕事に没頭していて、いつもより時間の流れを速く感じました。担当営業さんから営業会議でつかう資料を頼まれたのです。人の手配とか予定の確保とか急な発注とか、そういった遠隔操作系テキパキ業務は苦手ですが、一人で黙々と進められる資料作りの仕事は好きです。だから、頼まれると燃えます。今日もメラメラとエクセルに我が魂を打ち込みました。今日頼まれた資料はA4サイズ1枚にまとめなければならなっかった為、大きさの調整や配置に苦労して、それで夕方近くまでかかってしまいました。疲れたけれど、できあがったのをプリントアウトして、付箋を付け営業さんの机に置いたときは、充実感があって、気持ちよかったです。
 気持ち良かったからついうっかり、心の重心を仕事に捧げそうになりましたが、ほどよく不愉快なこともあったおかげで、ドライな距離を取り戻せました。どんな考え方をしたところで、私の生活は、家計も予定も、仕事によって組み立てられているのだから、だからこそ、心の重心は別のところに置いて生きたいです。

***

 いつまでたっても私の方言が抜けないので、ついに最近、夫に私の言葉づかいがうつってきました。これはなかなか、嬉しい気分です。これからもどんどん、彼の美しき横浜っ子標準語を、岡山弁と広島弁もまじっている出雲弁(母が岡山弁であり、広島には一時期住んでいた為)という私の中国地方言葉で、染めあげてゆこうと決意しました。
 私はいつも好きな人の口癖を見つけると、それを自分の口癖にしていました。小学のころは、「しちゃろっか」。中学のころは、「えっとですね」。高校のときは「まぁね」。片思いばかりだった私がこっそり盗んで自分のものにできるものといえば、好きな人の口癖ぐらいだったのです。
 そんなふうに長いあいだ盗む側だったので、自分の言葉を盗まれる側になるというのが、なんとも言えずいい気分です。ちなみに夫の口癖は「さてと」ですが、これに関しては盗む必要がなかったため、自分の口癖にはなっていません。
by papiko-gokko | 2009-06-11 21:28 | Diary | Comments(0)
いい加減しゃべり疲れているけれどまだ相づちの数が足りない
 醜い感情に、今日は一日、支配されていました。担当の営業さんが、営業部の中で一番新人の事務員さんを褒めて、その瞬間に、営業さんのことも、その子のことも、嫌になりました。母親が自分の前でよその子を褒めた時みたいに、いじけた気持ちになりました。幼稚だなぁ。
 私には、自分の内側に閉じ込めたいものと、自分の外側へ突き放したいものがあって、だけどなかなか、思うようにはいきません。突き放したいものほど踏み込んでくるし、閉じ込めたいものほど、見向きもせずに走り去ってしまいます。

 家に帰って、youtubeでただひたすらに稲葉さんを見つめていたら、高校時代の後輩の子から電話があって、彼女の可愛い声を聞いているうちに、硬直していた心が、やわらかくほぐれていきました。懐かしい人の声って、それだけで優しくて、安心できて、不思議です。離れている人にもっと積極的に、電話をしたくなりました。
by papiko-gokko | 2009-06-10 00:21 | Diary | Comments(0)
眠るまでお話してよ僕だけがよく知っているあの物語
 気だるい月曜日。半分目を閉じっぱなしの頭で、なんとか1日過ごしました。仕事の電話番号を押すプッシュ音と、仕事の伝達をする自分の声が、遠くで響いているようでした。あぁ、眠たかった。担当営業さんも、「月曜はねみぃー」と言っていて、営業さんも一緒なんだなぁと思うと、自分の内側を覆うだるんとした眠気も、そう悪くないような気がしてきました。共通点の少ない集まりだから、せめて月曜日は気だるさを、金曜日には浮かれ気分を、共有しようじゃないか。

 帰ってから、映画「ビッグ・フィッシュ」を見ました。我が家にはDVDのデッキがないためパソコンのDVDプレイヤーで見ており、これはそのパソコンをぐおっと抱きしめたくなるほど、面白い映画でした。人の一生が愛しくて愛しくて、抱えきれなくなって、最後の15分はもう字幕が感動的な模様に見えるぐらい、ぼろんぼろん泣いていました。
 大切な人に語る思い出は、愉快で奇妙で優しくて、晴れやかなのがいい。たとえそれが、作り話を含んでいたとしても。重要なのは、それが正しい事実かどうかではなく、その思い出話に、本人の心がこもっているかどうかなんだ。自分だけの特別な思い出話を持ち、それを語り聞かせる人がいるということは、なんて嬉しいことだろう。
 映画を見ているうちに、だんだんと自分はこの物語を知っているような気がしてきて、最後のほうの展開でようやく、随分前にこの作品の原作を読んだことがあるぞと思い出しました。しかしもう内容をほとんど覚えていなかったのもあって、次々に展開していくエピソードひとつひとつの印象が鮮烈だったし、登場人物もみんな特徴的で、ほとんど初めて出会う物語として楽しめました。原作は全体的に薄暗い印象で、父と子の物語を外側からそっと覗いている感じだったのに対し、映画のほうは眩しいぐらい色彩豊かで、自分自身が様々な出来事を体験し、いろいろな人たちと出会っている気分になり、同時に、自分自身の父親と向き合っている気持ちにもなれました。
 嗚呼、あんなお父さん、素敵だなぁ。私の夫はホラ吹きで、架空のエピソードを本当みたいに語る才能があるので、将来、あんな父親になれるかもしれません。そのときは、私も一緒にその物語を聴こう。
 ティム・バートン監督の作品で涙を流したのは、これで2度目です。「シザーハンズ」でもラストにかけて私の泣きやすいツボをぎゅんっと掴まれ射抜かれて、今日と同じぐらいぼろんぼろん泣きました。それから少し前に見た「チャーリーとチョコレート工場」も、泣きはしなかったけれど、ぐんぐん世界に惹きこまれて、ラストでは張りさけそうなほど満ち足りた気持ちになっていました。他の作品も見てみたいなぁ。

 私にとって映画は、換気扇を入れずに秋刀魚を焼いて煙たくなった部屋の窓を開け放ったときみたいに、ぶわっと一気に感情を解き放ってくれる効果があるみたいです。だから見終わった直後は頭のなかが澄んで、自由な心を手に入れたような気分になれます。うん、やはり、夫の帰りの遅い日を利用して映画を見るのは、ぼんやり帰りを待って過ごすのよりも、ずっといいことっぽいぞ。歩いて15分のTUTAYAへ行くのを面倒がらずに、半額セールのときなどを狙って、積極的に借りていこうと思います。
by papiko-gokko | 2009-06-08 22:55 | Diary | Comments(0)
淡々とやりすごせない打ち消した熱が湿った窓枠を這う
 サッカーで日本代表が勝ってW杯出場が決まったおかげで、昨晩は夫と仲直りができました。ちょうど試合が始まる直前に喧嘩をして、もはや世界は破滅へ向かうばかりであろうと思っていたところへ上の妹から電話があり、へらへら長電話しているうちに不愉快だった気分が晴れて、電話を切った後、後半13分あたりから夫とともに試合観戦し、審判に腹を立てたりしているうちに喧嘩していたことなど完全に忘れて、ロスタイムのときには相手にボールが渡るたびにヒィヒィ叫び、試合終了と同時に、ほっと喜びを分かち合いました。
 妹が電話で父も夢中で観戦中だといっていたので、無事に決まってさぞかし喜んでいることでしょう。「ドーハの悲劇」のときの父が、私はいまだに忘れられません。朝起きたら、徹夜で試合を観戦したらしき父が、クマのできた目で青白い顔をして、どんより食卓に座っていたのでした。その後しばらくは試合がニュースで流れるたび「見たくないぃ」とチャンネルを変えていて、これはどうやらよほどすごい悲劇だったらしい・・・と、当時小学生だった私も大きなショックを受けたので、今でもあの、相手ゴールが決まった瞬間にがっくりと倒れ込むラモス選手や中山選手の映像が映るたび、その姿があの朝の父と重なって、背筋がぞくっとします。だから無事に決まって、本当に安心しました。

 今日は一日家のことをして過ごし、夫が仕事から帰ってきてから、もっさりしていた夫の髪を切りました。椅子の下に新聞紙を広げ、夏に向けて涼しいようにザクザク全体を軽くして、夫の要望にも適度に答えつつ、最終的に自分好みのかたちに仕上がったので、満足です。夫の髪を切っていると、独占欲というか、支配欲みたいなものが、ざくりざくりと満たされます。すこし恐くていい気持ち。

 もやもやキリキリ心の奥に、周りの人や事象に対する不安とか不満とか不快感は常にあって、だけどそれを言葉にすることは敵を作ることで、敵を作れば勝とうとしてしまって危険だから、黙ることに専念します。嫌いなもの、バカにしたいもの、腹の立つもの、恐いもの、たくさんあって増え続けるそれらが、視野の広がりとか柔軟な思考を阻止しているのかもしれないけれど、そういったものの存在が私の道しるべになっているのも確かだから、消し去ることはできません。人々のなかで、好きも嫌いも快も不快も打ち消さず、表に出すこともせず、生ぬるさを維持して淡々と生きていくのは、楽そうなのにしんどくて、ものすごくパワーのいることだなぁ。
 日曜日の夜は憂鬱なので、そんなことばかりぐるぐると考えます。だけどさっき少し外へでたら、夜風が気持ちよくて、アイスクリームを食べながら歩いて、少し気持ちが晴れました。
by papiko-gokko | 2009-06-07 23:11 | Diary | Comments(0)


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