日記と短歌
by papiko
タグ:季節・自然 ( 321 ) タグの人気記事
句読点ぱらぱらと降る雨の日は心を込めてなんにもしない
 雨の一日。朝、目を覚まして雨音に気づき、布団のぬくもりをますます幸せに感じました。晴れの日がしばらく続いて降る雨は、なんだか一休みの句読点のようで、ほっとします。晴れた日は、日が照るうちに布団を干さなければとか、洗濯物も早くまわさなければとか、そろそろお散歩でかけなきゃとか、窓の外を見ては使命感に急き立てられるけれど、雨が降れば、布団干しも洗濯もお散歩も、心おきなく諦められるから、いつもよりゆったりとした気持ちで過ごすことができます。
 雨が関係しているのか、娘は一日ぐずつきがちで、夕食を作っているときも、脚にしがみついて泣いていました。ボウルやらしゃもじやら珍しいものを渡してなんとか遊ばせようとしましたが、今日はどこまでも抱っことおっぱいの気分だったようで、ほとんど遊んでくれませんでした。いつもは集中してみる『いないいないばぁ』と『おかあさんといっしょ』も、秋のしっとりした歌が多かったせいか今日は途中で飽きてしまって、見ながら泣き始めました。やっぱりまだ、明るい楽しい歌のほうが好きなのかな。
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 ところでここのところ、娘の本棚荒らしがひどいです。気づけば文庫本用の本棚でつかまり立ちをしながらばんばか文庫本を出しているので、一日に何度も何度も入れ直すことになります。おかげで本に埃はたまらないけれど、娘の手荒な扱いを受けて、日に日に痛んできています。しかし他に置く場所もないし、まだしていいことと悪いことの区別がつく年齢ではないし、こればっかりはどうしようもありません。あまりにあっぱれな荒しっぷりなので、成長記録のひとつとして、犯行現場を写真に収めておきました。このいたずら、一体いつまで続くのだろう。
 
by papiko-gokko | 2011-10-06 01:20 | Diary | Comments(0)
帆を張って風待ちながら口笛を吹いて心の在り処を探す
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 小春日和のうららかな午後、満を持して、娘と真昼のお散歩をしました。春は低月齢だったのと原発事故のこともあって外に出ることすらほとんどしなかったし、夏は暑さを避けて夕方に出ていたので、光も影もくっきりとした明るい道を歩くことの健全さと楽しさに、心が躍りました。仕事をしていたころ、会社の給湯室の窓からベビーカーを押して歩く女の人が見えるたび、あぁ私も赤ちゃんができたら平日の昼間に赤ちゃんとのんびりお散歩とかしたいなぁ・・・と、ため息ついていたのを思い出します。あのころ平日の真昼は、私にとって外国よりも遠い世界でした。
 風はやさしく陽は暖かく、心も自然と大らかになり、いつも通らない道を通って、これまで足を踏み入れたことのなかった公園に入り、木漏れ日の場所を選んで、昼間散歩の記念に、一枚だけ写真を撮りました。誰もいないかと思ったら、おばあさんがひとりと、サラリーマン風の男性がひとり、それぞれ離れたベンチに腰掛けていました。サラリーマン風の男性は、昼食を食べていて、私の勤めていた会社の営業さん達も、こんな風に外で食べたりしていたのかなぁと、また働いていたころのことを思い出しました。
 お昼時だったこともあってか、真昼の道はどこも人通りが少なく、どこか遠くで木を削る音と、ベビーカーの車輪がジャシャジャシャ回る音だけが聞こえ、穏やか過ぎて心細くて、何度も娘を覗きこみながら歩きました。娘は慣れない眩しさにずっとしかめっ面をしていましたが、夕方とは違う色合いの町を見るのは、きっと刺激的で楽しかったことでしょう。
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 お散歩から帰ったら、午前中に干していたカーペットを取り込み、リビングに敷きました。毎年カーペットを敷くと、あぁ冬がくるのだなぁという気がします。私は肌に、夫は鼻にアレルギーがあるので、敷いてすぐに掃除機をかけてダニ防止スプレーをしてコロコロもして、念入りにアレルギー対策をしました。コロコロをしていると、娘がそれを持ちたくて仕方ないという様子で手を伸ばしてきたので、少しだけ持たせてやったら、満面の笑みでカーペットにたたきつけていました。こわい、こわい。掃除が終わってからも、カーペットという新しい色と素材の登場に娘のテンションはしばらくあがりっぱなしで、わきゃわきゃ楽しそうにハイハイしていました。あなたが生まれて初めておうちに帰ってきた日にも、このカーペットは敷いてあったんだよ。もうすぐあなたの生まれた季節がくるよ。

 明るい日差しの中を歩いて疲れたのか、今日は夕方からずっとぐずって、なんと7時半にねんねしました。いつもは9時半から10時半の間なのに、太陽の力ってすごい。明日、早朝に起こされそうで恐いです。
by papiko-gokko | 2011-10-04 22:39 | Diary | Comments(0)
顔をみて声たて笑う人間を産んで育てることの重たさ
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 取り込んだ洗濯物から、ひんやり秋の匂い。娘に着せる洋服も長袖になり、まだ丈が長すぎておばけみたいになっている袖を折って手を出してやりながら、自分の手つきと娘の小さな手が、幼いころ母に折ってもらっていた時の、くすぐったいようなじれったいような懐かしい感覚と重なって、ああ今わたしすごくお母さんっぽいことしてるなぁ・・・と、ひとりで感慨にふけったりしました。
 
 今日は以前勤めていた会社の同僚の子が遊びに来る予定でしたが、数日前から風邪をこじらせてしまったと連絡があって、残念ながら延期になりました。急に寒くなったものなぁ。私も夫も人付合いが苦手でほとんど人が来ない家なので、昨日、気合いを入れて掃除をしたり、お菓子を買ったり、娘に何を着せようか考えたりしてソワソワ待っていたので、なんだかぽかんと気が抜けてしまって、いつもと同じ娘と二人の時間が、いつも以上に寂しく静かに感じられて、音楽をかけても静けさを追い出すことができず、娘が昼寝に入ってから自分の簡単な昼食を用意し、散らかしっぱなしのおもちゃをぼんやり眺めつつ、音を立てないようそろりそろりと箸を動かしていると、なんだか、誰もいない教室でぽつんと給食を食べているような気分になり、くじけそうになりました。これもきっと、秋のせいです。
 だけど、夕方にベビーカーでゆっくり散歩をしたら、そんな寂しい気持ちはなくなりました。途中で仕事帰りの夫と待ち合わせて、夕日の色が雲に染み込んでいくのを眺めながら、いつもより長く歩きました。娘は時々思い出したように、空に向かって何やら声を出していました。やっと過ごしやすい気温になったことだし、娘といっぱいお出かけしよう。図書館とか、おもちゃ屋さんとか、広い公園とか、いろいろ行こう。娘の世界をひろげよう。
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 食後のはみがき、手に持たせてやると、自分で上手にできるようになりました。みがくというよりは、カミカミしているだけですが、嫌がらずに口の中へ入れてくれるだけでも、こちらとしてはありがたいです。赤ちゃん用はみがきで、ブラシ部分がゴムになっており、とても噛み心地がいいみたいです。誤って喉をつかないようにブラシと持ち手の間に輪っかをとりつけることが出来るので安心です。人間って、トイレよりもお着替えよりも先に、歯磨きを覚えるのだなぁ。
by papiko-gokko | 2011-09-24 22:49 | Diary | Comments(0)
台風と夫の誕生日
 台風が東京を直撃し、今日は一日中家にいました(台風でなくても、いつもほぼ一日中家にいますが)。ちょうど夫も休みの日だったのは救いでした。正午あたりから徐々に雨足が強まってきて、窓の外やニュースを見ながら、過ぎ去っていくのを待ちました。夕方の6時ごろがピークで、一時は体がこわばるほど、どぅわんどぅわん激しい風が吹いていましたが、今はもう穏やかで、鈴虫の泣き声が聞こえるほどです。
 一番風のすごかったとき、娘は台風なんてどこ吹く風ですやすや眠り続け、義母と近所に住むいつもの友達がメールをくれて、出雲の祖父も電話をくれて、震災の日を思い出しました。気にしてくれる人がいること、不安を分かち助け合える人がいること、それがどれほど心強くありがたいことか、今年は本当に、何度も何度も、思い知らされています。
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 9月20日が夫の誕生日で、昨日は遅番でお祝いできなかったため、今日一日遅れのお祝いに、ガトーショコラケーキを焼きました。お菓子作りをしたのは父の日以来で、道具と材料を棚や冷蔵庫から出してテーブルに並べる段階から、わくわく胸が躍りました。計量するのも、ヘラや泡立て器で混ぜるのも、型に流し込むのも好きだけど、なんといっても、ハンドミキサーをウィンウィン高速回転させてメレンゲをつくっているときの、あの刺激的な気だるさがたまらなく好きです。刺激的な気だるさは、お菓子作りの醍醐味だと思います。焼きあがった後は、父の日のチョコレートケーキと同様に、今回も粉砂糖でデコレーションをしました。28歳の誕生日なので、『28』です。
 誕生日プレゼントはネットで充電式のスタンドを注文したのですが、台風の影響で配達が遅れていて、今日渡すことはできませんでした。夫が今枕元で使っている電気スタンドはコード式で、娘がすぐ触ろうとするので、危ないのです。明日には届くといいな。

 
by papiko-gokko | 2011-09-22 00:48 | Diary | Comments(0)
「あ、虹だ」「わ、本当だ」あちこちで赤信号の交差点にて
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 夕方、仕事が休みだった夫も一緒にベビーカーを押して散歩に出かけたら、台風の余韻が残る薄暗い雲の切れ間に虹を見つけて、思わず「あ、虹!」と指さしました。夫は私の指差した方へしばらく目を泳がせてから「わ、本当だ」と驚いたあと、「あんなのよく見つけるねえ」と笑ったけれど、その少しあと赤信号の交差点で立ち止まった時、同じように立ち止まった人たちが、それぞれの立ち位置から空を指差し、同じ方向を見上げていました。声までは聞こえなかったけれど、きっと誰もが「あ、虹!」「わ、本当だ」と、言っていたのでしょう。この町に住む人たちは虹を見つける人たちなのだと思うと、やわらかい気持ちになりました。虹をみたのなんて、本当に久しぶりで、久しぶりすぎて、虹がすぐ消えてしまうものだということすら忘れていて、買いものをしてから外へ出たらもうどこにも虹がなくて、なんだかもったいないことをしたような気分になりました。きれいだったなぁ。カメラを持っていても写真を撮りたくないくらい、うっすらきれいな色でした。

 娘の動きが、どんどん活発になっています。ずりばいはまだ相変わらず前に進めず、後進と回転のみですが、その二つの動きを巧みに使って、じりじりと目的の場所へ辿り着けるようになっています。おすわりしながら手をついておしりを弾ませつつ少しずつ少しずつ前進し、いつの間にかおすわりのままの状態で50センチぐらい移動していることもあります。おすわりでじっと遊んでいるのかと思いきや、ほんの少し目を離した隙に瞬間移動していてティッシュ箱からティッシュを出しまくっていたりなんかするので、油断できません。
 そうして動くことで筋肉が発達してきているようで、ここ数日の間に足の力でかなりおしりがあがるようになり、もうすぐずりばいから正式なハイハイの姿勢になりそうです。うつぶせの姿勢からお座りの姿勢になったり、お座りの姿勢から両手をついてハイハイの姿勢になったりもできるようになりました。これで前に進めるようになったら、いよいよ本格的に、はちゃめちゃ赤ちゃんパワーが炸裂することでしょう。

 娘はおもちゃとおもちゃじゃないものがそばにあると、必ずと言っていいほど、おもちゃじゃないほうに手を伸ばします。特に今は、文庫本と、扇風機やパソコンから伸びているコードと、おしり拭きケースが大好きで、なんとしても触ろうとします。文庫本とおしり拭きケースはまだしも、コードは危険なので困ります。コンセントカバーはしたけれど、コードはどうすればいいのだろう。
 遊ぶためのおもちゃがちゃんとあるのに、なぜおもちゃじゃないもので遊ぼうとするのだろう。おもちゃじゃないものは、遊びかたのある程度決まっているおもちゃに比べて、思いがけない動きをしたり、何種類もの音が出たりするのが面白いのかな。子供にとってのいいおもちゃってなんだろうと、日々考えています。私の趣味だけで選んでもつまらないだろうし、かといって娘の欲しがるものをなんでもかんでも与えればいいというものでもないのだろうし。おもちゃ、おもちゃ、おもちゃ。今、娘のおもちゃと遊びについて考えている時と、娘に見せたい場所について考えている時が、一番わくわくします。
by papiko-gokko | 2011-09-04 22:55 | Diary | Comments(0)
おすわりができて乳歯が生えてきて人生初の夏が過ぎゆく
 午前中、網戸ごしに涼しい風が吹き込み、セミの鳴き声が大きくなったり小さくなったりしながら聞こえ続け、事故防止の網をかけた扇風機が弱の力で空気を回して、布団をあげたばかりの畳には娘がぺたんと座っていて、ふわふわ膨らむカーテンを不思議そうに見つめながらおもちゃを口に運び、私はそんな娘の様子をみながら朝の家事をして、洗濯物を外に出そうと網戸を開ければ空の高さに秋の近さを知り、こうして娘と過ごす今年の夏は、もう二度とないのだと思ったとたん、見えるもの聞こえるもののすべてが、儚い幻のように感じられて、柔らかな娘の体をぎゅうぎゅう抱きしめたら、娘はうきゃふぎゃと生えかけの前歯をのぞかせて笑いました。いっぱい成長した夏だったね。八月最後の日となる明日は、七ヶ月検診の予定です。どれくらい大きくなったかな。

 娘を食べてしまいたくなったときは、キスの嵐と、おでこごっつんこと、鼻と鼻すりすりと、それから、ほっぺっぺをします。「おかあさんといっしょ」のともだち8人というコーナーで、キャラクターたちがほっぺとほっぺをひっつけて「ほっぺっぺーほっぺっぺー」と言っていて、それがなんとも可愛くて、私も娘を相手に「ほっぺっぺーほっぺっぺー」と言いながら、ほっぺをひっつけています。娘は喜ぶ時もあれば、うっとおしそうにする時もあり、うっとおしがられるのもまた楽しくて、毎日何度もほっぺっぺします。肌のぬくもりや毛の感触が気持ちよくて、つくづく、哺乳類バンザイと思います。これから寒い季節になると、べたべたひっつきもっつきするのが、ますます気持ちよくなりそう。秋、待ち遠しいです。

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by papiko-gokko | 2011-08-30 21:46 | Diary | Comments(0)
汗だくでビニールプール膨らましせっせと水を張り遊ばせる
 暑い毎日が続きます。娘の夏対策に、ふとんに敷くひんやりジェルマットと、おうちで遊べる直径50センチほどのビニールプールを買いました。ひんやりジェルマットは、寝ころぶと背中やふくらはぎがほどよくひんやり気持ちがよくて、寝かしつけのとき添い乳で娘とべったりひっついて寝ころんでいても、いつものように汗が噴き出してきませんでした。自分と夫のぶんも欲しいくらいです。

 ビニールプールでも、今日のお昼にさっそく遊んでみました。夫は仕事で、せっかくの初プールをひとりで用意してやるのはなんとなく寂しかったので、母とスカイプを繋いで、中継しながらやりました。床の上にレジャーシートを敷いて、お鍋でせっせとプールにお湯を張って、はだかんぼにした娘をすわらせると、娘はなんだか緊張気味に、そろりそろりと手足をのばして、ビニールの感触を確かめていました。まだしっかりおすわりできないから、片方の手で娘の腰を支えつつ、もう片方の手やじょうろで、体にぱしゃぱしゃお水をかけてやると、娘は気持ちよさそうに、ぷはぷは言っていました。その様子を画面の向こうで笑いながら見ていた母が、「あんたたちもプールが大好きだったけんねえ、庭で、パラソルたてて遊ばせとったよ」と、懐かしそうに言いました。
 おうち用のプール、小さなころ大好きでした。娘に買ったのよりもっと大きな赤いプールで、近所の子も一緒になって遊んでいる写真が何枚もあります。プールの底に描かれていた絵が、水と太陽の光でゆらゆら揺れてなんだか違う絵に見えたことや、ビニール越しに手足やおしりで感じた砂のじゃぐじゃぐした感触や、縁に体重をかけ過ぎてプールの形がゆがみ水がこぼれでそうになるスリルや、プールからこぼれた水がどんどん蒸発していく匂い、それから、夢中で遊ぶ私たちのそばを、短いキュロットスカートにサンダルで、タオルやらホースやら持って動き回っている母の若い足を、強い陽射しの印象とともに思い出します。あんな大きなプールをふくらませるのも、水を張るのも大変だっただろうなぁと、今でこそ思いますが、小さなころはそんなことこれっぽっちも思いもせずに、だんだん膨らんでいくのが楽しそうで、「わたしがふくらましたいー!」と邪魔したり、「はやくはやく!」と、せかしたり、まったく自由奔放のやりたい放題でした。
 娘はまだ自分で水遊びできないから、プールは10分ほどで終わりましたが、ちょっとぐらい汗疹対策にはなったかなと思います。プールの水は、レジャーシートごとサッシ戸までひきずっていって、ベランダに流しました。自分の遊んでいないプールの水を、へっぴり腰のガニ股でざばーっと流しながら、あぁ親って大変な重労働だ・・・と思いました。親になってから、へっぴり腰のガニ股で何かをしていることが、多い気がします。

 今回買ったジェルマットとミニプールを活用して、就寝時間と午前中だけでもなんとかクーラーを使わずに過ごせたらと思うのだけど、私は暑さにめっぽう弱いし、娘にも無理をさせるわけにはいかないし、現実は厳しそうです。
by papiko-gokko | 2011-07-03 00:24 | Diary | Comments(0)
まだ立てぬ足を必死に突っ張って母の太腿踏みしめている
 あの恐ろしい地震から一ヶ月。今日も大きめの余震があり、娘を抱いてじっと揺れが収まるのを待ちました。揺れが治まった後も、原発に異常はないという報道を聞くまでは、全身強張り、娘を抱く手の震えが止まりませんでした。自分を落ち着けるために、だいじょうぶだよだいじょうぶと、うわごとのように娘に向って繰り返していました。

 地震の直後にうちへ来て一緒に過ごしてくれた友達一家が、昨日もうちへきていました。一か月前と違ったのは、誰もがコートを着ていなかったことと、それから子供ちゃんが、真新しい制服を着ていたこと。昨日は子供ちゃんの入園式だったのです。子供ちゃんの髪の毛や買ってきてくれたケーキの袋には、桜の花びらがついていました。紺色の制服に、桜は本当によく似合います。子供ちゃんに話しかけられた娘はにこにこして、一か月前よりもずっといい反応をしていました。一か月前の地震直後、片手で抱いて家の中を右往左往していたときはまだぐらぐらしていた頭も、今ではかなりしっかり据わってきています。 地震以来、何をどう考えて行動していけばいいのかわからず、戸惑いっぱなし、呆然としっぱなしで、現実感を持てないまま過ぎた一ヶ月だったけれど、ふたりの子供の成長が、一ヶ月経ったのだということを、私に実感させてくれました。

 これからも、しばらく余震は続くのだろうし、原発も時間がかかりそうだし、恐がっていてもしかたないから、注意しつつ普段通りの生活をするしかないと、頭ではわかっていても、余震や原発ニュースのたびに、心が乱れて、普通の状態でいられなくなります。被災地の人間でもないのに弱音を吐いてる場合じゃないぞと自分で自分を叱ってみたところで、どうしたって恐いものは恐い、しんどいものはしんどいです。楽しいものであるはずの可愛いベッドメリーが、揺れている気がするたびに睨みつけるものになっていることが、悲しいです。一番好きな季節である春を、心から満喫できないことが、悔しいです。
 でもこればっかりは、耐えるしかない、どうしようもないこと。だから、もうここに、地震と原発に関する恐怖や不安を書くのは、ひかえることにします。そして、今後もここを書き続けるためにも、自分の日常をとにかく愛して、書きたいと思える日常を暮らそうと、思います。書きたい詠みたいと思える毎日が、私の愛せる日常なんだと、今回のことで知りました。
by papiko-gokko | 2011-04-12 23:01 | Diary | Comments(0)
私の体験した地震。
 恐ろしい、恐ろしい、恐ろしい地震。これまで生きてきた中で、もっとも恐ろしくて、心細い体験でした。
 揺れを感じたのは、授乳を終え、ご機嫌の娘を膝にのせて戯れながら金八先生の再放送をみているとき。ゆさゆさ小さく揺れはじめ、嫌な感じの揺れだなと、娘を抱いて立ちあがりベランダのある窓の方へ向って歩くうち、みるみる揺れが強くなり、これまで聞いたことの内容な音につつまれ、片手で娘を抱いたまま、もう片方の手で窓をあけ、揺れが収まるまで、目を見開いてサッシにしがみついていました。揺れでパソコンのキーボードが落下したとき、これはただ事ではないと、あまりの恐怖に、喉の奥から声にならない声が漏れました。長い長い揺れでした。
 揺れが収まり、部屋に目をやると、本棚から本が落ち、全身鏡が倒れ、飲んでいたお茶のカップも落下して、お茶が携帯電話の上にこぼれていました。今連絡が取れなくなったら大変と、娘を抱いていないほうの手で携帯をとり、がむしゃらに服へ擦りつけました。恐怖と焦りで、息が上がっていました。操作してみると携帯は無事に動いたので、即座に夫へ電話をかけました。しかし、繋がりません。これでますます事の重大さに気付き、どうしよう、どうしよう、どうしようで、頭の中がいっぱいになり、荒い息を吐きながら部屋を動き回っていました。テレビは緊急特番に切り替わり、慌ただしい様子で、「落ち着いてください」と言う言葉を繰り返しており、繰り返されれば繰り返されるほどとんでもないことになったという思いが強まって、冷静さを失い、本の散乱している部屋のなかを、右往左往している自分がいました。まだ何もわからない娘は、片手できつく抱かれたまま、目をぱちぱちさせ、「あう」「うー」と、相変わらずご機嫌な声をだしていました。
 ニュースで次々と情報が伝えら、その間にも小さな揺れが続き、とにかく、誰かと話をしたいと、震える片手でマウスを握り、メッセンジャーを立ち上げて、母に「すごいじしん、こわい」と話しかけました。母がすぐに応対したので、しばらく、こわいよ、どうしようと、漢字変換する余裕もなく、ほとんどひらがなで打ちまくりました。現在中国にいる母も、日本のテレビチャンネルをみて大変な地震が起こったことを知り、「家のなかにいたら大丈夫よ」「外に人はいるの?」「外にでたほうがよさそうならでなさいね」「しっかり」と、励ましてくれました。
 そうするうちにも余震は続き、一度強い揺れがきて、再びサッシをあけると、窓の外に、抱き合って揺れに耐えている女性ふたりがいました。動揺は膨らむばかりで、私も誰かと抱き合いたい、と、強く思いました。もっともっと同じマンションの人と親しくなっておけばよかったと、心の底から思いました。外に出たほうがいいのか家にいたほうがいいのかもわからず、もうとにかく恐くて心細くて、「だれかといたいよ、だれかのいるところにいきたいよ」と、母に打った、そのときでした。チャイムが鳴ったのです。だれかがきてくれた!と、大慌てで玄関へ走りドアをあけると、そこにいたのは、ご近所に住んでいる友達一家の、旦那さんと子供ちゃんでした。嬉しくて、嬉しくて、とにかく安心して、緊張の糸が切れて、「うれしいー!」と、鳥の雄たけびみたいな変な声で泣きました。友達のうちはうちと逆でお母さんのほうがお仕事へでてお父さんのほうが家にいるためその日も旦那さんと子供ちゃんが家にいて、地震のあと私が娘とふたりで家にいることを思い出し、ふたりで来てくれたのです。この訪問に、どんなに救われたことか。
 来てくれてからは、次第に気持ちが落ち着いてきて、物の散乱していない和室でコタツに入り、テレビを見て呆然となったり、私も旦那さんもそれぞれの知り合いにメールを打ったりしていました。娘はずっと泣くこともなく、腕の中でいい子にしており、子供ちゃんも、何が起こったかを理解するにはまだ少し幼いようで、いつもと変わらず、娘をかまったり、ぬいぐるみを出したりして遊んでいました。その間にも余震はたびたびあり、揺れを感じるたびに、小さく揺れるベッドメリーのほうをみながら、収まるのを待っていました。
 どれくらいしてからか、夫がバタバタと帰ってきて、和室に入ってくるなり、「ああぁよかった」と、ひざから崩れました。生まれて間もない子がいることを知っている上司が、自転車通勤の夫に、一度家の様子をみに帰ってこいと言ってくださったそうです。全速力で自転車をこいで帰って来た夫は汗だくで、息を切らしながら、よかったよかったと、娘を抱っこしました。旦那さんが来てくれていたことで、夫もすごく安心したようで、ありがとう、よろしくと、再び仕事へ戻って行きました。夫の勤め先は本屋さんなので、本がすべて本棚から落ちていて、これからそれらを元に戻す作業をしなければならないとのことでした。
 夫が帰ってきてからまた少しして、今度は旦那さんの奥さん、つまり私の友達が、職場から直接うちへやってきました。メールも電話も通じなかったけれど、ツイッターでうちにいることを伝えることができ、スムーズにうちへ向かってもらえたのでした。ツイッター、今まで使わずにきたけれど、私もアカウント取ろうかと、今回のことで思いました。友達一家は、その後、夫の帰宅時間まで、ずっと一緒にいてくれました。自分たちの家も片付けなどあって大変だろうに、いてくれました。
 夫が帰ってきてからは、ずっとニュースをみながら、家の片づけをしました。食器棚の中で、数枚の食器が割れていました。これが割れたら悲しいねとついこの前話していたムーミンのマグカップも、割れてしまいました。落下した壁掛け時計は、地震のあった時間で止まっていて、あのときの恐ろしさが鮮明に蘇り、戦慄しました。テレビから流れる映像や数字は、信じられないものばかりで、私も夫も、恐さと悲しさで、気持ちがどんどん沈みました。
 その日は、寝る前に、転倒防止のつい立て棒のネジを締め直したり、非常用持ち出しリュックを整理して玄関先に置いたりしてから、布団に入りました。娘はいつも通りおっぱいを飲んでは腕の中で眠り、ベッドにおこうとするとぐずって再びおっぱいを口に含んでそのまま眠っていました。娘がいつも通りであることが、救いでもあり、切なくもあり、いつも通りであればあるほどに、この子のことだけは守らないとと、緊張が高まりました。

 翌日も夫が仕事で、娘とふたりきりでいるのがどうしても恐くて、友達の家にいかせてもらおうかと思っていたら、友達一家が再びきてくれました。それに、義母も急きょ、顔をみにきてくれました。義母と一緒に、実家に泊まっていた義姉と姪っ子もやってきました。義姉は職場が都内にあり、電車がとまって帰れず、義母が車で迎えに行って、実家に泊まったのだそうです。帰れないというのは、とても恐かっただろうと思います。
 友達も義母もお昼ごろにきたので、みんなでお昼ご飯を食べました。義母より一足早くきていた友達が、料理のへたな私の代わりにてきぱきとステキパスタを作ってくれて、友達一家と、義母と義姉と姪っ子と、わいわいがやがや食べました。おかげで、心細さは少しもなく、その間続いていたのであろう余震も感じることなく、楽しく過ごすことができました。人と人との繋がりの尊さ、寄り添う人のいることの喜び、ありがたみを、これほどまでに強く感じたことは、ありません。人づきあいが苦手だなんて、そんなのは平和だから言っていられることなのだと、思い知りました。
 お昼ご飯のあと、3歳の子供ちゃんと、2歳の姪っ子と、それから0歳のうちの娘とを並ばせて、写真を撮ったりしました。3人とも、本当に可愛い、大事な大事な子供たちです。この子たちが可愛ければ可愛いほど、今日本のあちこちで恐ろしいことが起こっているという現実が、辛く重たく、たまらなくなります。 
 義母と義姉と姪っ子は1時間ほどの滞在で帰り、友達一家は、この日もまた夫の帰宅時間近くまでいてくれました。いつかきっときっと、大事な場面で恩返しをしたいです。人は人によってこんなにも救われるのだということを、今回、友達一家が教えてくれました。
 夫が帰ってきてからは、ニュースを見て過ごしました。地震発生当日よりもさらに厳しい、信じがたい現実が、次々と報道され、一体何を思えばいいのか、あまりのことに、何も手に着きませんでした。テレビの前で、授乳と抱っこばかりしていました。

 夫の休みだった今日は、日常を取り戻すということに、専念しました。いつものようにご飯を食べて、娘を初めてベビーカーに乗せて、ほんの少し散歩にでたりしました。外はぽかぽかよく晴れて、公園では子供たちが、いつも通り遊んでいました。すぐ隣の家の瓦が落ちていて、お昼頃、それを直しているような音が聞こえました。ニュースでは、ますます酷い状況が流れ、見れば見るほど辛くなります。私は日常を取り戻すことができたけれど、日常を取り戻せなくなった人が大勢いるのだと思うと、悲しみと恐怖で、目の前が暗くなります。しかし、私が暗くなったところで、被災地の人にとって何のプラスにもならないのだからと、自分の日常に目を向けようとするけれど、とても楽しい気持ちにもなれません。何を思えばいいのだろう。思えばなんてどうでもいいから、何をすればいいのだろう、何が出来るのだろうと、それを考えるべきなのか。だけど、あの映像を見てしまうと、なにもできない、と、やっぱり、目の前が暗くなります。今は、祈ります。これ以上ひどくならないことを、とにかく祈ります。
by papiko-gokko | 2011-03-13 22:32 | Diary | Comments(0)
まだ春を知らぬ我が子がまず冬の眩しさを見る窓ごしの雪
 朝、カーテンの向こうが眩しくて、開いてみれば、思いがけない雪景色。昨日の夜、窓の外で、どささ、どばたた、と何かが屋根から落ちるような音が何度かして、「ネコが屋根から落ちたのかな」「でも泣き声しないね」なんて夫と言い合っていましたが、あれは、雪ずりの音だったのか。まだ外に出せないし目のよく見えていない娘には、残念ながら雪の冷たさも白さも教えられないけれど、カーテン越しに、いつもと違う眩しさだけは、伝わったかな。来年は雪を一緒に触りたいです。その次の年には、一緒に雪の上を歩きたいです。

 昨晩、娘は奇跡的によく寝てくれて、おかげで睡眠不足がかなり解消しました。そのかわり、今日は午後からずっと不機嫌で、抱っこしていないと怒って泣くモードになり、お乳をやったり着替えさせてみたりして、先ほどようやく落ち着きました。今夜はどんな夜になることやら。
 まだ言葉をもたない娘との日々がはじまり、私のなかで、音楽の重要性が、ますます増しました。普通にしゃべるよりも、歌うようにしゃべるほうが娘の耳に届く気がするし、歌いながらあやした方が、泣きやんでくれる気がします。本当にただ気がするだけで、気のせいかもしれないけれど、なにより、歌っていると私自身の心が軽く柔らかくなるので、娘がぎゃあっと激しく泣いて心が強張りそうになったら、歌を歌います。歌を歌うようになったら、娘につられて泣きそうになることもなくなりました。
 今、一番よく歌うのは、童謡『七つの子』です。余裕のあるときはスピッツやB’zなども歌いますが、ぎゃんぎゃん泣いてしまってとにかく何かを歌わなくちゃというときは、自然と『七つの子』が口をついてでています。きっと歌詞に「なぜなくの?」という言葉が入っているからだと思います。なぜ泣くの!?と頭の中で思うと、途方に暮れてしまうけれど、その言葉をこの童謡に紛れこませて歌うと、すうっと気持ちが落ち着いて、「カラスは山に、可愛い七つの子があるからよ」「可愛い、可愛いとカラスはなくの、可愛い、可愛いとなくんだよ」「まるい目をした、いい子だよ」と歌い続けるうちに、ほんわか優しい気持ちになれます。娘も心なしか、この歌が一番すんなり泣きやんでくれる気がします。小さなころから知っていた歌だけど、こんなに優しい気持ちになれる曲だったなんて、知らなかったなぁ。

 そういえば、今日は娘が、声をたてて笑いました。笑ったといっても、新生児の笑いは反射的なもので、感情の笑いではないそうなのですが、そうと頭で分かっていても、娘の顔がにこにこっとなると、嬉しくてにやけてしまいます。今日は、ひゃひゃひゃ!と、可笑しくてたまらないような笑い方をしたので、私もつられて吹きだしました。まるでなにか可笑しい夢でも見ているみたいな、唐突な笑い方でした。あぁ、早く感情の笑顔をみてみたいなぁ。
by papiko-gokko | 2011-02-15 23:24 | Diary | Comments(0)


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