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日記と短歌


by papiko

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 長女の幼稚園で風邪が大流行し、今週ついにインフルエンザがクラスで5人以上になったということで、学級閉鎖になりました。学級閉鎖になった日は、持っていったお弁当を食べずに帰ってきたので、次女にもお弁当を作らないわけにはいかず、小さなお弁当を作って風呂敷で包み、居間にレジャーシートを敷き、ピクニックごっこをして食べました。それだけのことで、子供たちは心から楽しそうな顔をしてくれるので、こちらまで幸せになります。
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 木曜日の休日は、図書館と、そこから比較的近いところにある森林公園へ行きました。最近、寒くてあまり公園へ行けないので、毎週のようにあちこちの図書館へ行っていて、家に借りた本があふれています。今回行った図書館は児童書が充実していて、長女と数冊えらんで借りてみました。すべて読めるかどうかは分からないけれど、そんなことは問題じゃなく、たくさんのなかから選んで借りるというその行為が楽しいのです。
 森林公園は、本当に遊具などのない純粋な森林で、子供たちには退屈だろうかと思いましたが、飛び石があったのでそれですこし遊んだり、枯れ木や木の実を集めたりして、二人ともちゃんと楽しんでいました。幼稚園に行くようになって、長女はお外で遊びを見つけるのがとても上手になった気がします。比較的気温の高い日だったとはいえ、やはりまだまだ外は寒くて、30分ほどで車に戻りました。春が来たら、またおにぎりを持って公園へ行こうと、公園大好きの長女が毎日のように言っています。今年の春は、次女も長女と一緒にかなり遊べるようになっているだろうから、楽しみです。

d0038776_2364812.jpg 今日は、明日がバレンタインということで、夫が出かけているあいだに、子供たちとチョコカップケーキを作りました。去年はたしか次女を抱っこして作った記憶がありますが、今年はしっかり次女も参加し、長女と競い合って混ぜ混ぜしていました。長女はだいぶ役立つようになっていて、チョコを細かく砕く作業や、材料を混ぜる作業をほとんど任せることができました。次女には、ビニール袋に入れた薄力粉とベーキングパウダーをシェイクするお仕事を任せたら、ノリノリでぶんぶん振ってくれました。カップに入れてオーブンレンジで焼いているあいだは、長女が画用紙をハートに切ってカードを作ったり、だんだんふくらんでくるケーキを眺めながら、次女と一緒に「おおきくなーれ!」「おいしくなーれ!」と、ケーキに向かって声援を送っていました。長女のやることをなんでも次女が真似して、真似されると長女がますます盛り上がって、二人でずっとハイテンションでした。
 夫が帰ってくるすこし前にケーキは焼き上がり、すこし冷ましてハート型の箱に入れ終えたところで、夫が帰ってきました。長女はもうすこし箱に装飾などしたかったようで、あたふたして、あわてて隠したので、箱をごてっと落としてしまっていました。そして、夫が手洗いうがいをしているうちに、大慌てでなんとか箱の装飾をして、なにやらわざとらしい演技をしながら戻ってきた夫に、満面の笑みで手渡していました。次女も、バレンタインの意味は分かっていないのでしょうが、長女につられてニコニコ笑顔で夫を見つめていました。パパのことが大好きすぎて叱られるとすぐに大粒の涙を流す長女が、カードに書いた言葉は「おこらないで。だいすき!」でした。パパに内緒で作るのが嬉しくて嬉しくてたまらなかった、純粋な本命チョコレート。私にはない親子イベントなので、なんだか羨ましいです。
 あたたかいうちに食べたいということで、夫と長女は渡してすぐにさっそく一つ食べていました。まだチョコレートを解禁していない次女にも、今日だけは特別ということで、すこし食べさせてやりました。おいしかったみたいで、よかったです。明日は私ももらってみよう。

 『おかあさんといっしょ』のたくみおねえさんが、3月いっぱいで卒業というニュースに、親子でショックを受けています。私が「たくみおねえさん、新しいおねえさんに変わるんだって」と話すと、長女は「なんで?どうしてやめるの?」を繰り返し、「あしたから、毎日録画しといて。そしたら、おねえさんが変わっても、大丈夫だから」と、張り詰めた表情で私に頼み込んできました。長女は0歳のころからほぼ毎日見て育ったし、私もおねえさんのきれいで可愛らしい声が大好きで、何度元気づけられ、助けられ、救われたか分かりません。これからは録画して、感謝の気持ちで見よう。ああ、最後の放送、泣いてしまいそうだ。
by papiko-gokko | 2016-02-13 23:49 | Diary | Comments(0)

夢見がち


 夫が娘たちに、おそろいのワンピースを作ってくれました。
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 地味な色の生地で作ったので、シックすぎてちょっと普段着としては着せにくい感じになりましたが、帰省のときなど、ちょっとおしゃれをしておでかけしたいとき着せるのにちょうどよさそうです。
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d0038776_21591442.jpg 後ろ側が開くようになっていて、交互に色違いのボタンがつけてあり、それからポケットには消しゴム判子で彫ったオリジナルブランド名まで入っているという、どこまでも夫の理想を追求した夢見がちなワンピースです。布選びから始まって、だんだんと形になっていく過程をそばで見ながら楽しみにしていたので、完成したのがよほど嬉しかったのでしょう。出来上がったワンピースを着て無邪気に踊る子供たちを眺めながら、しみじみと、私と夫の気が合う一番の理由は、お互い同じくらいにいつまでも夢見がちで、その夢の同じ方向性も限りなく似ているからなのかもしれないなぁと思いました。あとどのくらいのあいだ、子供たちは私たち夫婦の夢見がちな生き方に、付いてきてくれるのだろう。

d0038776_22173030.jpg 夢見る少女期に突入した長女の夢は、もうすでに私たち夫婦の夢とは少し違ってきていて、いま、キラキラピンクプリンセスワールドに目覚めつつあり、「今度はこういうワンピースをつくってね」と、夫にお姫様の絵(右写真)を描いて渡して、夫を困らせていました。
 今日の買い物でも、長女の新しい運動靴を買おうと靴屋へ行ったら、長女はキャラクターやラメのついたピンク系の靴ばかりを欲しがり、しかしそれは夫の好みとかなり違っていて、2人でしばらくもめていました。そして、「こういうのは靴じゃない、おもちゃだよ。こういうものがほしいなら、あとでおもちゃを買ってあげるから、身につけるものは、おもちゃじゃなくて服と合うものを選ぼうよ」と夫が切々と持論を述べて長女を説得し、靴は持っている洋服と合うものを買って、その代わりに100均で、プリンセスのキラキラしたティアラとネックレスと、ボタンを押すと光る魔法のステッキを買ってやりました。長女は大喜びでそれを身につけ、一日中振り回して遊んでいました。ステッキはケンカにならないよう次女にも買ってやったので、二人でピロピロ魔法をかけつづけていました。
 今日の靴に関してはとりあえずそれで丸く収まりましたが、これからもきっとこの、夢見がち対夢見がちの対決は、激化していくことが予想されます。夢を強要し合うのはよくないので、長女の夢も大事に尊重してやりつつ、親の夢も、押しつけない程度にひっそり叶え続けていけるような平和な方向を、模索していきたいと思います。

 
by papiko-gokko | 2016-01-31 22:49 | 手作り | Comments(0)

いろいろすこし前のめり


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 冬の手前の3連休。土曜日は夫が仕事でいなかったので、すっかり時間をもてあまし、まだ早いよなぁと思いつつ、押し入れからクリスマスツリーを出して、3人で飾り付けをしました。ツリーを組み立てる段階から、長女はもう待ちきれない様子で、袋から飾りを出して「これはなに?」を連発したり、組み立てにてこずっている私に「手伝おうか?」と不必要な手助けをしてきたり、とにかく大はしゃぎでした。
 飾り付けが始まると、長女は私が何も教えなくても、とても器用に、バランスなども見ながら上手に飾っていき、次女も長女の真似をして、飾り付けのまねごとをしていました。次女はまだうまく紐を枝に通すことができないようでしたが、たくさんの飾りを手に持つだけで十分楽しかったようです。わーわー言いながら飾り付けを終え、最後にライトを点灯すると、とても賑やかできらびやかなツリーになり、私も長女も「わあー」と思わず歓声を上げました。これから1ヶ月、ツリーのある毎日を楽しみます。次女がさっそく、赤いボールの飾りを「これ、とんとん(とまと)よー」と言って、いくつももぎ取ってしまいましたが、去年ほどはわけのわからないイタズラをしなくなったので、いまのところなんとか、赤いボール以外は無事に飾られています。

 夫が休みだった日曜と月曜は、公園へ連れて行って子どもを遊ばせつつ、年賀状用の写真を撮ったりしました。ふたりとも自由に走り回るし、次女はカメラをまったく意識せずに動き、長女のほうは逆に意識してわざと変な顔をしたり変な動きをしたりするので、どんなに連写してもなかなかまともな写真が撮れず、ふたりをシーソーの片方に乗せて、もう片方に自分が乗って、ぎっこんばったんしながら撮った写真が、なんとか年賀状用のものとして合格しました。本当に親しい人にしか出さないものだから、成長ぶりの分かる最高の1枚を撮りたくて、毎年苦労します。
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 休日は夫がご飯を作ってくれることになっていて、今週は長女も夫と一緒に餃子をつつんだり、餃子ピザの具を乗せたり、おやつの白玉をこねたりと、すごく嬉しそうにいろいろなお手伝いをさせてもらっていました。次女もときどきそばに寄っていってそれを眺め、「次女ちゃんもやるー」と、邪魔をしていました。長女は調理のお手伝いが大好きで、平日私が夕食を作っているときも手伝いたがるのですが、手伝ってもらえることがなかったり手伝ってもらうほどの精神的余裕がないことが多いので、最近は調理で出た野菜屑を渡し、去年サンタさんにもらった子供用包丁で自由に切って遊ばせています。そうして長女がこまかく刻んだ野菜屑はボウルにいれられ、次女がかきまぜて遊んでいます。今年のクリスマスプレゼントも、長女はクッキング系のものがいいかなぁと考えています。クリスマスプレゼントのことを考えながら子供たちの様子を眺めることのできるこの時期、くすぐったくて大好きです。
 せっかくそんなふうに大好きなパパと一緒にお料理して楽しく過ごしていたのに、夕食前、長女はくだらないことで叱られて大泣きし、みんなと食卓を囲めずに、みんながごちそうさまをしてから夜ごはんを一人で食べました。長女は夫に叱られると、私に叱られたときの数倍はげしく取り乱すのです。きっと長女にとって夫は、だれよりも自分を叱ってほしくない、そして自分のことを認めてほしい存在なのでしょう。ひとりで食べるのはとても寂しかったようで、食事の途中で素直に反省して謝り、その後はまた私も夫も次女も長女の食べているそばで過ごしました。長女が叱られているときなどに、ふだん何も考えていないように見える次女が、実はいつもそれとなく場の空気を読んで行動しているのだなぁということが分かります。いつも長女がいるから思う存分にめちゃくちゃなことをしているけれど、長女が泣いて食卓にいなかった今日は、やけにおりこうで、そして明るく「おいちーねー」と繰り返しながら食べていました。2番目の子の能力って、すごいなぁ。そんな、家族だけで過ごした、平和な3連休でした。
by papiko-gokko | 2015-11-23 23:02 | Diary | Comments(0)

秋のピクニック


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 本格的な冬が来るまえに、秋のピクニックをしておこうと、今日は家族で森林公園へ行きました。暑すぎず寒すぎず、雲間からやわらかな日射しの降り注ぐなか、子供たちは広い公園を、元気いっぱい駆け回って、色づいている落ち葉を拾ったり、どんぐりを集めたりして遊びました。どんぐりですべりそうになるほどどっさりどんぐりの落ちている場所もあって、長女も次女も夢中でしゃがみ込んでいました。次女はどんぐりよりもどんぐりの帽子のほうが好きらしく、「ぼうち、あったよ!」と、どんぐりの帽子を次から次へと見つけては袋に入れていました。夫はどんぐりではなくセミの抜け殻を見つけて手のひらに乗せ、次女からは「むし!」と喜ばれ、長女からは「いやー」と遠ざかられていました。
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 歩いているうちに、落ち葉の舞うだれもいない小さな原っぱを見つけたので、そこに敷物を広げてお弁当を食べました。ひさびさのお外弁当はおいしくて、幸せに浸りながら食べていたら、次女が「にゃーにゃ、にゃーにゃいる!」と騒ぎ始め、いったい何が猫に見えたのやらと思っていたら、本当に、数メートル先に猫がいたので驚きました。猫は落ち着き払った様子で座って、こちらをじっと見つめていました。とてもきれいな猫だったので、どこか近所の家で飼われている猫なのではないかと思います。動物好きな次女も、冒険好きの長女も、このすてきな事件に大喜びでした。猫はしばらくじっとしていたあと、すっと木の陰に隠れ、そのうちどこかへいってしまいました。「にゃーにゃ、れんぼちたね!(かくれんぼしたね)」と、次女は猫がいなくなってからも、繰り返し楽しそうに、猫のいたほうを指さしていました。
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 お弁当を食べたあとは、家から持ってきたフラフープや縄跳びやボールなどで少し遊びました。子供たちは、フラフープや縄跳びで電車ごっこをしたり、ボールを投げたり、あれこれ挑戦していました。誰かが何かに挑戦するたび次女が「次女ちゃんもしゅる!」と言って近づいてきて、邪魔されつつも、楽しく体を動かしました。ものすごくひさしぶりに縄跳びを跳んでみたら、自分の体の重さに驚きましたが、何度か跳んでいるうちに力みがとれて、少し感覚が戻ってきました。夫も縄跳びをして「体が!重い!」と衝撃を受けていました。日頃から運動していなければ、年を取るごとに体は重くなる一方なのだろうなぁ。これからは夫婦で意識的に、体を動かさなければ。
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 次女は電車ごっこがとても気に入ったようで、大笑いしながら長女について走っていました。しっかり一緒に遊べるようになってきて、長女も楽しいだろうし、見ているほうの気持ちも、これまでよりずっと愉快です。最近は長女と会話も成り立つようになってきて、かわいい会話に笑ってしまいます。
 お昼をはさんでたっぷり4時間ぐらいは遊んでほどよくくたびれ、帰りがけに西松屋に寄って、子どものタイツやらベストやら何枚か買い、冬支度をしました。秋を満喫したし、あったかい服もそろえたし、これで心置きなく、冬を迎えられます。
by papiko-gokko | 2015-11-15 23:24 | Diary | Comments(0)

横浜帰省


 シルバーウィーク、2拍3日で夫の実家である横浜へ行ってきました。行きの新幹線では、朝早かったにもかかわらずふたりとも眠らず、お菓子やら雑誌やらおもちゃで、なんとかかんとか時間をやり過ごしました。幼児を連れての新幹線は、どうあがいても大変です。
 最寄りの駅まで義母が迎えに来てくれて、実家につくとまもなく、すぐ近所に住んでいる7歳の姪っ子と2歳の甥っ子がきて夜まで遊び、翌日も朝から一緒に遊んで、姪っ子だけ実家にお泊まりもして、とにかく2日間ともべったり過ごしました。 帰省した日は夫の誕生日だったので、長女と姪っ子がデコレーションした手作りケーキで、夫の誕生会をしました。大騒ぎすぎて、だれが祝われているんだかだれを祝っているんだかわけがわからない感じでしたが、思い出に残りそうな誕生日になりました。翌日はみんなで大きな公園へ行って遊び、日差しをたくさん浴びてくたくたになりました。
 2日連続の大騒ぎで私と夫は疲れ果てたけれど、姪っ子と遊ぶのをずっと楽しみにしていた長女は、なにをしているときも、楽しくてたまらなそうな表情をしていました。長女と姪っ子と甥っ子がかたまって同じ遊びをしているなか、次女はまだ小さくてその中に入れないのか、それとも敢えて入らないのか、少し離れたところで黙々と自分のやりたい遊びをしていて、べつにそばにいてもいなくても平気なのかと思いきや、長女と姪っ子と甥っ子だけが義母に連れられて買い物に出かけてしまうと、置いて行かれた悲しみにうちひしがれて、ぽろぽろ涙を流していました。同じ遊びはしていなくても、一緒の空間で遊んでいることで、自分も仲間の一員と感じていたのかもしれません。そんな次女が大好きです。長女も次女も姪っ子も甥っ子も、それぞれにいとこ同士の触れあいを全力で味わっていて、いとこっていいものだなぁと思いました。
 最終日は、新幹線の時間まで、大学時代の友人と会いました。大学時代の友人に対して相変わらず感じる絶大な信頼感と親近感、それから、それにしてもなぜこの人たちはこんな私の友だちであり続けてくれているのだろうかという不思議さに胸を打たれつつ、心地よい会話をしました。最後、長女がどうしてもメリーゴーランドに乗りたいというので、急遽子供たちだけ乗せたら、時間がものすごくぎりぎりになってしまい、駅まで本気でダッシュするという緊急事態になりました。夫は荷物と長女を、私は荷物と次女を抱いて走って走って走り、途中で私が力尽き、夫に荷物を持ってもらって、長女を自分で走らせ、自分も必死で走り、しかし息が切れて足が前に出なくなり、本当に悪い夢のなかにいるんじゃないかと思えるほど足がもつれて走れず、夫の背中がどんどん遠くなり、長女を応援しながら必死で早歩きして、いつも階段では長女に「ゆっくり気をつけて」と言うところを、「走って!急いで走って!」と言い、「かいだんで、はしったら、ころんじゃうんだよ!」と長女は泣きそうになりながら反論しつつ、それでも精一杯がんばって、手すりにつかまりながら早足で降りてくれて、本当に、夢のようなぎりぎりセーフで、新幹線の発車時刻に間に合う電車に乗ることができました。電車に乗ってすぐ空いていた席にどさっと腰を下ろして、私も夫も、息を整えながら、長女のがんばりを褒め称えました。本当に、長女なりに事態を理解して、ものすごくがんばって健気に走ってくれました。1年前の長女では、考えられないことです。
 帰りの新幹線では、さすがに長女も次女も疲れて途中で寝たので、行きよりは楽に過ごすことができました。長女も次女も、私の膝でそれぞれ1時間ぐらい眠りました。眠って力の抜けている長女を抱きかかえながら、こんなふうにこの子を1時間以上もずっと抱っこしているのってひさしぶりのことだなぁ・・・と気づき、とても貴重な時間に思えました。新幹線で寝たおかげで、長女も次女も回復し、岡山駅から自宅の最寄り駅までの在来線では、とてもおりこうにしてくれました。ただ、次女は向かいに座っていたおばあさんに対して勝手に人見知りが発動し、声もたてず涙を流し始めたので驚きました。泣いてはいけないと分かっていても、やっぱり知らない人に対する恐怖心には勝てなかったのでしょう。うっかり共感してもらい泣きしそうになりました。
 あっという間の3日間で、子供たちの大騒ぎには疲れ果てましたが、義母にも義祖母にもすごくよくしていただいて、今回も朗らかで愉快な帰省になりました。つぎはおそらく年末年始の帰省になりそうです。今回も横浜まで行っていながらまた愛する東京に足を踏み入れることができなかったので、つぎこそは、東京に行きたいです。
by papiko-gokko | 2015-09-23 23:26 | Diary | Comments(0)

けっこんかい


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 8月8日は結婚記念日でした。会社帰りに夫と駅で待ち合わせして区役所に入籍届を出した日から、今年で7年になります。7年経ったということよりも、あのころ東京で愉快に暮らし働いていた私たちが、いま岡山で2人の子を育てているという、その変化にくらくらします。そんな変化に富んだ7年をともに過ごしていながら、私が7年前もいまも変わらず私のままでいられるのだから、夫が私にとってベストパートナーなのは間違いありません。とはいえ、7年も経てば私も夫も、あのころに比べるといろいろなことを経験して、すこし大人になりました。その変化がお互いにとって良いものか悪いものかは分からないけれど、子供を育てるために必要な変化だったことは確かです。
 一昨日、寝る前の布団で長女に「明日は結婚記念日なんだよー、パパとおかあさんが結婚した日なんだよ」と教えると、長女は思いのほか目を輝かせて布団から跳ね起き、「じゃあ、おいわいの、けっこんかいを、しようね!長女と次女ちゃんが、おどってあげるね! それで、パパとおかあさんのすてきな絵も描いてあげるね! それで、お花を摘んできてあげるね! それで、きれいなハートとかほしのいっぱいついたスカートをぬってあげるね!」と、ベッドの上をぴょんぴょこ歩き回りながら言いました。
 そして翌日、長女は一番に目を覚まし、鼻歌交じりにまたベッドの上をぴょんぴょこ歩き回ってみんなを起こし、ぱっちり目を覚ました次女と一緒に、ベッドの上で本当に、お祝いの踊りを踊ってくれました。私と夫はまだ寝ていたくて、半分ぐらいしか目があかなくて、寝転んだ姿勢のままだったけれど、一曲終わるごとに拍手をしました。長女はすっかりアイドルになりきって謎の創作ソングを歌い、次女はそのそばで、わけもわからずはしゃいで、はしゃぎすぎて最後すこしおっぱいを吐きました。そんな眠たい早朝の、はちゃめちゃで幸せなひとときでした。
 それから、絵も描いてくれました。「おうさまのパパとおうじょさまのおかあさん」なのだそうで、絵の具もつかってたっぷり時間をかけて描いてくれました。本当は同じ絵のなかに、「ぷりんしぇすの長女と次女ちゃん」も描きたかったらしいのですが、入りきらなかったため、2枚目の紙に、いま途中まで描いているところです。ぷりんしぇすの完成、楽しみです。
 子供ができてからは、結婚記念日といっても記念日らしいことはできなくなり、まあしかたないよなぁと思っていましたが、今年はこうして4歳になった長女がお祝いをしてくれて、とても感動しました。自分たちの結婚記念日を、子供たちから祝ってもらえるなんて、しかもこんな小さいころに祝ってもらえるなんて、思ってもいなかったのです。子供たちに結婚を祝ってもらえることが、こんなに嬉しいことなんだということも、今日初めて知りました。そのうち、思春期がきたり勉強や部活で忙しくなったりして、親の結婚記念日どころじゃなくなるころには、また夫と二人でゆったり記念日を祝えるようになっていることでしょう。それまでは、子供たちと一緒ににぎやかにこの日を過ごせたら、それが一番だなと思います。
by papiko-gokko | 2015-08-10 00:10 | Diary | Comments(0)

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 車で大きな公園に行きました。青空の下、子どもたちは大いに躍動し、遊んでいました。幼稚園で日々鍛えられている長女はもう、私たちがべったりくっついていなくてもどんどんいろいろな遊具に挑戦して楽しめるようになっていて、だけどやっぱり、そばで見ていてやると、嬉しそうに「おかあさん見て見て!」と、得意げに吊り橋を渡ってみせたりしていました。次女のほうは、かなり長いあいだ、持って行った三輪車にまたがっていました。長女にはもう少し小さくなったこの三輪車を、次女がすっかり気に入って、自分のものと心に決めたらしく、長女が乗ると怒るようになってしまいました。そろそろ、長女に自転車を買ってやらねばいけないのかな。
 公園にはたくさんの親子がいて、「おかあさーん!」「ママ-!」と、子どもたちが自分の母親を呼ぶ声があちこちから聞こえてきて、これだけたくさん子供がいるなかで、私に向かって「おかあさん」と呼んでくれる子供は、この世に2人だけなんだなぁ・・・と思いながら、自分の子供を見ていました。
 最近、長女の「おかあさん!おかあさん!」攻撃があまりにもすごくて、もう呼ばれるだけでうんざりしてしまったり、つい冷たくあしらってしまったりして、そんな自分が嫌で、毎晩寝かしつけたあと、あの場面ではどうすればよかったのだろう、あのときはどう言えばよかったのだろうと、悩んでいます。いまの長女と向き合うには、すぐにイラッと声を荒げない忍耐力と、的確な言葉と行動を瞬時に示すことの出来る瞬発力が必要だと感じるのですが、現時点の私にはそのどちらも足りていません。4歳の時点でこんなに難しく感じるなんて、これから先が不安ですが、親として、悩めるだけ悩んでみることにします。
 しかしここのところはどうも悩みすぎていたみたいで、昨日も今日も長女に「ねえおかあさん、わらって。もっとわらってほしい。」と言われてしまいました。それなりに笑っていたと思うのですが、たしかに大笑いは少なめだったかもしれないなぁ。長女は私や夫や次女が大笑いするのが大好きなので、みんなを笑わそうとしてふざけすぎて叱られたりするのです。まだ、どこからどこまでが叱られない範囲なのかの判断をつけるのが、4歳には難しいのだろうか。こちらもまた、甘えさせる度合い、叱る度合いの判断をつけかねているので、お互い手探りなのかもしれません。もうすぐ夏休みになるし、イライラ怒ってばかりのお母さんにならないよう、心地よい親子関係を探り当てたいです。
 公園にいったあとは、図書館にもいって、大人の本と子供の絵本を借りました。最近は次女もものすごく絵本に対して積極的で、次女の絵本もたくさん借りました。それから、赤ちゃん用品店で、次女のハイチェアを買いました。これまで大人用の椅子に取り付けるタイプのものを使っていたのですが、暴れん坊の次女は椅子ごと落下したり、変な座り方ばかりしたりして、どうにも良くなかったので、買うことを決意したのでした。座らせてみると、自分の椅子にご満悦の様子で、いつもよりは落ち着いて食べてくれたような気がしました。そのあと100円ショップにも行って長女のほしがっていたトランプを買ったので、帰ってから次女がお昼寝をしているあいだ、夫と長女と3人で神経衰弱をしたりして遊びました。長女もだいたい理解してゲームをすることができ、飛び跳ねて喜んでいました。私は夫に負けて、自分の記憶力の無さにショックを受けました。それから長女は夫と一緒におだんごを作ったりして、大好きなパパとの時間を満喫していました。夫に優しくしてもらっているときの長女は、こちらまで幸せな気分になるほど嬉しそうです。長女も次女も楽しそうに過ごしていて、ふたりは寝る直前までゲラゲラじゃれ合っていて、なかなか寝なくて困ったけれど、よい休日でした。

 
by papiko-gokko | 2015-06-28 23:54 | Diary | Comments(0)

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 父の日、長女と次女が作ったカードをプレゼントしました。飛び出す絵と手紙を長女が書き、周りのシールは長女と次女が一緒に貼りました。2週間前に作って以来、早く渡したくて渡したくて、毎日あとどのくらいで父の日かと私に聞き続けた長女は、ようやくやってきた父の日当日の朝、起きてすぐさま、まだ布団の中にいる夫に渡していました。去年に比べると、しっかり父の日のコンセプトを理解し、気持ちを込めてプレゼントをすることができるようになったなぁと感心します。夫はとろけそうな顔で喜んでいました。長女は超がつくほどパパ大好き人間に育っているので、そのパパにプレゼントを贈れるのが、嬉しくて楽しくてたまらない様子でした。もう少ししたら、私が手を貸さなくても、次女とふたりでアイデアを出し合って何か作ったり買ったりするようになるのでしょうか。手を貸さなくてよくなっても、ふたりの会話に、参加したいな。

 幼稚園に関することで、4月や5月ほどは疲れなくなりました。慣れってすごい。幼稚園というところは、どこまでも健全な明るさの保たれている場所で、子供たちはみんな天真爛漫で、先生たちも溌剌としていて、その場所に毎日通っていると、自然とこちらも、うつむきがちでくよくよもじもじなんてしていられなくて、幼稚園の雰囲気のおかげで、それなりに明るく挨拶を交わせる人になりました。こんな人見知りの私にも、同じクラスのお母さんたちがちょこちょこ話しかけてくださったりするし、長女にも、登園したときや帰りがけに、いろいろな子が、「長女ちゃん、おはよう!」「長女ちゃん、ばいばい!」と声をかけてくれて、そのたび嬉しい気持ちに包まれます。最初のころは長女のことで頭がいっぱいで、クラスの子のことはあまり見えていなかったけれど、最近は、同じ幼稚園に通っている子たちみんなみんな、かわいく感じるようになりました。
 去年までの私たち親子は、家から一步でたらそこは、自分たちの素性も名前も知らない人しかいない世界がどこまでも広がっているという状況だったから、こうして、私や子どもたちの顔や名前を覚えてくれて、同じ園の仲間として当たり前に話しかけてくれる人たちがたくさんいる空間が、家の外に一つできたことが、とても新鮮で、眩しくて、なんだかまだ少し、夢のようでさえあります。この町に住み始めてもう1年以上が経ちますが、長女が幼稚園に通い始めたことで、町の風景がまるで違って見えるようになり、この町の一員として暮らしているという感覚が、強くなりました。面倒だなぁと感じてしまうこともあるけれど、町の中に私たち親子の存在を受け入れ安全を守ってくれようとする場所が一つできた安心感は、何者にも代えがたいものがあります。
 慣れてきたとはいえ、まだ通い始めて2ヶ月ほどなので、全貌は掴めていません。幼稚園とは一体どういうところなのか、一年かけて学んで、次女のときには余裕綽々でなんでもこなす母になりたいです。

 最近、家事育児の合間合間で、漫画を読んでいます。読める時間が途切れ途切れにしかないので、ある程度の集中力を要する小説を読むのはしんどいけれど、漫画ならちょっとずつちょっとずつ読むのでも、さほどストレスを感じずに楽しめます。
 少し前には、もう何度も読み返した『めぞん一刻』をまた1巻から読み直して、最終巻のほうでは、これまで読み返したなかで一番といっていいほど涙ぐみました。まったく、なんてすばらしい漫画なのだろう。すばらしすぎて一人では抱えきれなくて、誰かと朝まで語り合いたい気分になります。
 それから先週は、長女がどらゼミを始めた影響で『ドラえもん』の漫画に興味を示し、本棚から何巻も引っ張り出してきたので、何となく私もそれを手に取って読んでみたら、これがまた面白くて、いつの間にか長女より熱中して読んでいました。示唆に富んでいて、風刺も効いていて、歴史や科学などあらゆる知識が盛り込まれていて、生きにくい社会をなんとか生き抜くためのヒントもそここにちりばめられていて、それでいて説教臭さはまったくなく、ちゃんと子供目線で描かれていて、この漫画の何気ない1コマ1コマに、一体どれだけたくさんの子供が、救われたり学んだり元気づけられたりして大きくなったことだろうと、『ドラえもん』のもつ懐の深さに、改めて感動しました。小学生くらいになったら、長女にもぜひ読んでほしいです。
 そして昨日は、福満しげゆき『うちの妻ってどうでしょう?』の7巻を買って読みました。1巻から読んでいたので、7巻が最終巻と知り、悲しくてたまりません。『僕の小規模な失敗』を読んではまり、『僕な小規模な生活』シリーズのほうも大好きでずっと読んでいたのに、こちらもどうやら終わってしまったみたいで、これからこの人のエッセイ漫画を読めないなんて、本当に寂しいです。またどこかで、エッセイ漫画を描いてくれたら嬉しいけれど、難しいのだろうか。この人が描くこの人の人生を、もっとずっと読み続けたかったのに、残念です。いつか復活しますように。以前エッセイを読んだときにも書きましたが(2014/8/30)、強烈なシンパシーを感じる思い入れの強い作家さんなので、これからも応援したいです。
by papiko-gokko | 2015-06-21 23:57 | Diary | Comments(0)

 夫が休みの一日。次女をお昼寝させてから、半年ぶりに美容院へ行きました。今回初めて行く美容院だったので、普段のお散歩で歩かない道を通り、見知らぬ喫茶店や新興住宅街などを通っていると、近所のはずなのに、なんだか、自分をとてもよそ者に感じました。もう岡山に住み始めて1年が経ったけれど、よそ者気分はまだ抜けません。しかし考えてみれば、子供の頃から引っ越しが多くて5年以上同じ土地に暮らした経験のほとんどない私に、よそ者じゃない気分で過ごしていた時代なんて、あったのだろうか。がっつり地元の人間、というものに、私はまだなったことがありません。できればこれからも、あまりなりたくはないのですが、そうもいかなくなってくるのかな、もう32歳だし。そう、32歳。今月の3日で私は、32歳になったのでした。2という数字は、1よりも後戻りできない現実的な重みがあり、ずしんときます。30を超えたあたりから、自分の年齢に実感が持てなくなってきましたが、実感がわかなくても自覚だけは持って生きなければと思います。
 美容院は1時間ほどで終わり、「長さはあまり変えず、こぎれいにしてください」という私の注文通り、ぼさぼさになっていた髪がすっきりまとまりました。子どもたちと離れて美容院で過ごす1時間はさぞやゆったりリラックスできることだろうと思っていましたが、そういえば自分は家の外でリラックスできるタイプではなかったことを思い出しました。いつも子供と一緒にいすぎて、もはや子供といないときの自分は、身軽だけれどアンバランスで無防備で、まるで自信がなくなります。
 帰り道、家の近所の桜並木がとてもきれいだったから、思わず夫に電話をかけて、子供たちと一緒にでてきてもらい、一緒に少し花見をしました。次女はお昼寝から起きたばかりでぶすっとしていて、長女はもう小さくなってしまってあったサンダルを引っ張り出して無理矢理に履いていて、夫はカメラをぶら下げていて、3人を見て、駆け出しそうなほどほっとしました。いつもこの桜並木を通るたび、「春には桜のトンネルになるんだよ」と話していたので、長女は「ついに桜のトンネルになったね!」と喜んで走り、最初はぶすっとしていた次女も、やがて靴を履いてきゃっきゃと歩き出しました。一人でしずかに歩くのよりも、いまはやっぱり、子どもたちに、ほらここタンポポ、だとか、そこ歩いちゃだめよ、だとか、あれこれ言いながら歩くほうが、楽しいです。2時間ぐらい離れたから、よけいにそう思いました。
 夜は、夫と長女の手作りケーキで、2日遅れの誕生日祝いをしてくれました。私が美容院に行っているあいだに、作ってくれていたのでした。夫と長女が何度もハッピーバースデーを歌ってくれて、おめでとうとたくさん言ってくれて、長女と一緒にろうそくを吹き消し、次女にもイチゴを食べさせながら、美味しいケーキをいただきました。これ以上ない、幸せな誕生日でした。長女があまりにも屈託なくまっすぐ祝ってくれて、純粋さに胸を打たれました。まだ人から拒絶されたことのない長女の愛情表現は、本当に心配になるほどまっすぐです。これから先、いろいろなことがあるだろうけれど、それでもいつまでもこんなふうに、まっすぐ人を祝える長女でいてくれたら、いいな。
 寝かしつけは今日も相変わらず時間がかかって、叱ってしまったけれど、すてきな一日でした。
by papiko-gokko | 2015-04-06 00:02 | Diary | Comments(0)

 次女が少しずつ片言を話すようになったので、長女のことをどう呼ばせるかについて夫と話し合い、プレッシャーにならないように名前で呼ばせるのもいいんじゃないかと私は思っていたのですが、「次女は、長女のことを、おねえちゃんと呼べるのは、世界で次女ちゃんだけなんだから、おねえちゃんって呼ぶのがいいと思う」という夫の言葉で、なるほどたしかにと思い、「お姉ちゃん」と呼ばせることに決まりました。まだ次女がおねえちゃんと呼ぶことはできないけれど、その話し合いのあと、次女に抱きつかれたとき、長女は抱き返しながら、「ふふふ、おねえちゃんっていいなあ!」と、お姉ちゃんの喜びをかみしめていました。
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 ここ数日で、次女はよちよちどんどこ歩くようになりました。それはとても嬉しいのですが、歩くようになるということは転ぶようにもなるということで、毎日どこかしらぶつけて怪我しています。昨日は唇をテーブルにぶつけてを少し血が出たし、今日はテレビ台に向かってひっくり返って頭を打ち、流血というほどではなかったけれど、ほんの少し血がにじみました。家具の配置など、これまで以上に気をつけなければなりません。
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 次女が歩くようになるのと並行して、長女は毎日、ものすごい勢いでお絵かきをしています。最近はよく、眠っている自分が見ている夢の絵を描くようになりました。自分というものの輪郭をはっきり意識し、自分の身に起こった出来事や抱いた思いなどを、かなり相対化して捉えることができるようになってきているのが、絵を見たり話を聞いたりしていると、分かります。叱ったときに言い返してくる言葉なども、ぎょっとするほど理屈っぽくなってきて、3歳時代の「だってなんだかいやなんだもん!」という態度ではなく、「なぜあなたに私がそこまで従わなければならないのか理解しがたいので従いたくありません!」という確固たる意思をもって反抗してくるので、一瞬くじけそうになります。4歳は記憶のスタート地点。これまで私と世界を共通し、同じ物語のなかで遊んでいた長女が、ついに私から離れて、彼女個人の独立した物語を紡ぎはじめたのを、強く感じます。
 長女も次女も、そんなふうに日々、書き切れないほどの速度で、変化し成長していきます。先日長女が次女に、「大きくなったら抱っこしてあげるからね」と言っていたので、「長女ちゃんが大きくなったら、次女ちゃんも一緒に大きくなるんだよ。姉妹ってそうやって、一緒に大人になっていくんだよ」と教えながら、自分の言った言葉に、自分ではっとしたりしました。私も妹たちと一緒に大きくなりました。子供の頃と同じようなことで笑ったり苛立ったりしながら、いつのまにやら、それぞれ大人になっていました。一緒に大人になっていく存在があるのって、たまにやっかいなこともあるけれど、やっぱり心強くて、楽しいです。親として、それを見るのも楽しいです。

d0038776_015537.jpg 今日はバレンタイン。数日前に、バレンタインの日はパパにチョコレートを作ろうねと長女を誘ったら、「バレンタインて、パパの誕生日のことなの?」と不思議そうに聞かれたので、「バレンタインは、女のひとが、大好きな男のひとに、チョコレートをあげる日なんだよ」と教えました。すると長女は少し考えてから、「長女は、長女の知ってる人のこと、みんな大好きなんだよ」と言い、それを聞いた私も夫も、思わず口をそろえて、「すてき!」と言いました。自分の知ってる人のことみんな大好きだなんて、長女の世界は、なんてハッピーなんだろう。
 今年のチョコは簡単なチョコタルトで、チョコレートの上にかける粉と包装は長女がお小遣いで買い、次女がお昼寝しているあいだに作りました。まだ隠し事や内緒話ができない長女も、バレンタインのチョコはパパに内緒で作ったほうがいいんだということはなんとなく分かっていて、「パパ、バレンタインだから、これからチョコをとかすから、見ないで」と小声で耳打ちしたので、夫はにやにや外出し、なんとか、帰ってくるまでに完成させることができました。ハートのかたちに切った画用紙に、長女はメッセージを、まだわけの分かっていない次女はぐしゃぐしゃを描きました。チョコをもらって、ふたりの娘に抱きつかれて、夫はとても幸せそうでした。あと数年もすれば、私があれこれ用意しなくても、姉妹で相談してパパにあげるようになるのかな。そんなふたりに育つといいなと思います。
by papiko-gokko | 2015-02-15 00:22 | Diary | Comments(0)