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日記と短歌


by papiko

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 年末年始の風邪がようやく治ったと思っていたら、また長女から順番に風邪を引いて、私と子供たちはほぼ鼻水だけになったものの、最後に症状の出た夫は、昨日から喉が痛くて唾を飲み込むのも辛いそうです。この時期、幼稚園に通っていて風邪を引かないというのは、難しいのだろうな。今回の風邪がこの冬最後の風邪になるよう、一家で栄養価の高いものを食べて、よく寝て、すこしでも抵抗力を高めよう。

 なかなか決められずにいた今年の目標が、やっと定まりました。小説だけでなく難しい本を読む、そして語彙力を高める、です。この手の目標は、10代のころから繰り返し立てては挫折しているのですが、今回こそは本気でがんばるつもりです。テープ起こしの仕事には語彙力が不可欠だからです。このお仕事を始めてからそろそろ4年になるので、早ければ来年、遅くとも再来年あたりから、だんだんと仕事量を増やしていけるよう動き始めたいと思っていて、そのためには、もっともっと多岐に渡る分野の語彙力と知識を身につけなくてはいけないのです。私と違い、昔からあらゆる分野の本をドサドサ借りて読んでいる夫は、私から見ると、すさまじく語彙力があって、それが羨ましくてなりません。こればっかりは一朝一夕で身につくものではないのだろうから、今年一年かけて、私もいろいろな本を読み、語彙と知識を蓄えて、次のステップへ進むための自信をつけたいです。

 郵便局へ行ったら、「童画のノスタルジーシリーズ」という題名で、いわさきちひろと、酒井駒子の切手が売られていて、あまりのかわいらしさに、思わず二つとも買ってしまいました。そして早速、長女が2枚使いました。酒井駒子は横浜の義母へ、いわさきちひろのほうは私の両親宛てで、長女が書いたお手紙と絵を送りました。私もこの切手で、遠くに暮らすあの人やあの人に手紙を出したいなぁ・・・と思いながら、そうして文面をぼんやり思い浮かべながら、洗い物をしたり洗濯を取り込んだりしているとき、心がとても満ち足りています。出したいと思うだけでこんなに心が満ち足りるなら、いつまでも出さずにいようかなと思うくらいです。出すと返事を待ってしまって、そのぶんだけ満たされなくなるから、出したい手紙の文面を考える楽しみを、もうしばらく味わうことにします。
by papiko-gokko | 2016-02-17 23:32 | Diary | Comments(0)

 先週から怒濤の勢いでテープ起こしの仕事がきて、キーボードを打って打って打ちまくり、昨日ようやく一段落がつきました。仕事の来ない月にはまったく来なかったりするのに、来るときはなぜか何件かどどっと重なることが多くて、睡眠時間が大変なことになったりします。書き起こし作業自体は好きなのでまったく苦ではないのですが、家で仕事をするとなるとどうしても、時間の確保と配分がとても難しくて、けっきょく睡眠時間を削るしかなくなり、毎回そこに苦心します。子供がもう少し大きくなって、学校へ通うようになったり、仕事をしていても子供たち二人で遊んでいてくれるようになったら、もう少しうまくやれるようになるだろうか。

 まだ二人だけで長時間遊ぶのは難しい長女と次女だけれど、よく二人で笑い合うようになってきました。長女が幼稚園で覚えてきたんだか自分で考えたんだかよく分からない、一発ギャグみたいなことをするようになり、私には一瞬たりとも面白くなかったりするそのギャグが、次女にはめちゃくちゃ愉快らしく、「きゃっひー!」と大笑いし、それで長女はますます調子にのって、そのギャグを繰り返し、そのたび次女が「きゃっひー!」と笑っている光景を、最近よく目にします。その次女の笑い方が、林家パー子そっくりなので、林家ペ-・パー子の漫才を見ているような気分になります。自分だけのパー子がいるだなんて、長女はなんて幸せなんだ。

 そんな明るい次女が、数日前から、急に怖がりになりました。始まりは、テレビを見ていたときのことです。これまで平気で見ていたはずのキャラクターに突如として怯えだし、大泣きしながら私に抱きついてきて、消すまで泣き続けていました。その日以来、夜寝る前になると、電気を消して子守歌を口ずさんだとたん、ひいいいんと、泣き出すようになり、そうなるともう、おっぱいでも泣き止まず、抱っこでなければ寝なくなりました。夜に泣いた原因はどうやら、いつも歌う子守歌の一曲だということが分かったので、その歌を歌わないようにしたら、あまり泣かなくなりました。昨日はお風呂で長女と水遊びをさせようとしたら、見慣れないミニプールや、どばどばと水を溜める音が怖かったみたいで、大泣きしました。
 テレビにしてもお風呂にしても子守歌にしても、これまではまったく怖がっていなかった上に、大人からすると一体なにが怖いのか分からないようなものを急に怖がるので、なんだかぞわっとしてきて、ああたしかに、この世には、当たり前のような顔をして存在している奇妙なものがあふれているよな・・・と、何も怖がらずに平然としている自分が何よりも奇妙に思えてきます。たしか長女にもこんなふうに極度に怖がりになった時期があったので、これは成長の一過程なのかもしれません。これまでぼんやりとしか認識していなかった世界が、急激に具体性のある姿かたちを帯びながら意識に侵入してきて、「これは一体なんだろう?」という感情があふれてあふれすぎて受け止めきれないものがでてきて、それが怯えにつながるのかなと、勝手に想像しています。

 長女のことでは、毎日悩んでいます。先週個人懇談があり、幼稚園では、入園当初に比べると、自分のことを自分でできるようになり、集団行動も理解し、お友だちもできてみんなと楽しく生活できているようで安心したのですが、家ではとてもわがままで要求が多くて、傍若無人の王様みたいな態度のときもあります。
 かと思えば先週一時期、ちょっと叱られたらすぐ「ごめんなさーい」と演技じみた口調で言ったり、悪いことをしたわけでもないタイミングで「ごめんなさい」と、ちょっと嬉しそうに言うようになったときがありました。そんな日が2日くらい続いた夜、どうしてそんなに「ごめんなさい」ばかり言うのかと聞いたら、長女は、「だって、おりこうさんになりたいんだもの」と言いました。続けて私が「おりこうってどんな子のことなの?」と聞くと、「お母さんに、叱られない子のこと」という、こわい返事が返ってきました。
 私も小学生の高学年のころ、親に叱られない良い子になりたくて無理をした時期があったので、これは良くない感じだぞと思い、その日の夜は、いつになくたくさん話をしました。そして、お母さんは謝ってほしくて叱っているわけじゃないんだよということ、叱られない子がおりこうなんじゃなくて、叱られたときにどうして叱られたのか考えられる子がおりこうなんだよということ、子供は知らないことがたくさんあるんだから大人に叱られて大きくなるものなんだよということなどを、必死で話して聞かせました。4歳の長女に、どの程度伝わったかは分からないけれど、長女はときおり質問をしたりしながら真剣に話を聞いてくれて、その夜を境に、やたらめったら謝る時期は終わりました。
 この一連の出来事で、長女はもう話し合いのできる年齢になったのだなという感慨と、長女の子育ては、こうしてときどき話し合ってお互いの気持ちをじっくり確かめ合う必要のある、新しい段階に入ったのだなという責任を感じました。話を聞いてやることの大切さを、最近の長女を見ていると、とても感じます。しかしその時間を十分に確保できている自信がありません。長女のわがままが過ぎるときは、叱って叱って体力を消耗するまえに、10分でもいいから、次女の邪魔が入らない環境で話しのできる時間を作るようにしたいです。
 
by papiko-gokko | 2015-07-12 00:43 | Diary | Comments(0)

ただ近況を書きこぼす


 今週はなんだか気分が沈みがちで、やる気がでなくて、何をやってもつまらなく感じていたのですが、今日仕事がきて1時間ほどテープ起こし作業に没頭したら、不思議なくらい心が軽くなり、頭の中がクリアになりました。普段の生活では、何をしていても家族のことや幼稚園のことを常にぐるぐる考えているけれど、仕事中だけは、否が応でも書き起こしている音声の内容だけに集中するので、たとえほんの1時間のことでも、散歩やショッピングよりよほど気晴らしになるみたいです。それに私は、キーボードを打ち込む作業がとことん好きで、キーボードを打ちまくっていると、それが仕事であっても、ストレス発散になるようです。大変なこともあるけれど、こんなに自分に合ったお仕事をすることができて、つくづく幸せだなぁと思います。長く続けていけるよう、がんばろう。

 長女は最近、笑ってばかりいます。幼稚園に通い始めて2ヶ月経ち、世界の捉え方が柔軟になって、いまの長女は、なんでもかんでも、面白くて可笑しくてしかたがないようなのです。お腹をツンとつついただけでも大笑いするので、笑わせたくて、こちらまでおどけた気分になってきます。くだらない替え歌を作って笑い、おしりだのおならだの言って笑い、声真似をして笑い、実に幼稚園児らしくなってきました。幼稚園生活によって理解度が深まったのか、もしくはただ単に笑いの沸点が下がったのか、幼児番組を見て笑うことも増えました。最近はよく、オフロスキーのやることに大ウケしています。
 一方次女は、とんでもないいたずらばかりします。長女の机を荒らしまくってすべて床に落としたり、一瞬の隙に眼鏡をねじ曲げたり、幼稚園に持って行くポケットティッシュをすべて袋から出したり、壁に飾ってあった絵やあいうえお表をびりびりに破いたり(次女の手が届かないところに貼ってあったのだけれど、机にのぼってやっていた)、それから今日はままごとキッチンの、オーブンのドアを破壊しました。めきめきっとものすごい音がして振り向いたら、蝶番ごと取れていました。どこにでもよじ登るようになったし、力も知恵も付いたので、やることがすさまじいです。それでも、何をされても腹が立たないのだから、1歳児の可愛さってすごいな。

 今月から、長女は通信講座をすることになりました。幼稚園から帰ってきてから夕ご飯までの時間、どうもだらだら過ごしがちで、何か習い事をさせてみようかとも一瞬考えたのですが、やはり月謝が高いし、今のところこれといって本気で習いたがっているものもなく、長女自身も幼稚園のあとは家でのんびり過ごしたい様子なので、習い事の代わりということで、通信講座をやってみることにしたのでした。調べてみると通信講座にもいろいろとあり、口コミを見たり資料を取り寄せるなどして悩んだ結果、私も夫も長女もドラえもんが好きなので、ドラゼミにしてみました。早速届いて、長女は大喜びしています。長女にとってはまだまだお勉強も遊びの一つという感覚で、これまでも市販のドリルやネットで印刷できるプリントを喜んでやっていたので、きっと通信講座も楽しくやれるのではないかと思います。成績アップのためではなく、あくまでも幼稚園から帰ってからの時間に張り合いを持たせ、長女の日常をより楽しいものすることが目的なので、無理強いはせずに、一緒に遊び感覚でやっていきたいです。
 長女にばかり届いたので、次女がものすごく羨ましがって、ちょっと荒れていました。来月号が届くときには、次女にも同時に渡せるよう、幼児雑誌か何かを買っておくことにします。次女にもしっかりと自意識が出てきたので、何も分からなかった0歳時代のようにはいかなくなってきました。ぜったい差をつけないように、どちらの想いも同じだけ尊重するように、親として最大限にやらなければ。
by papiko-gokko | 2015-06-13 01:13 | Diary | Comments(0)

今年を振り返る


 クリスマスが終わり、あとは大掃除をして、年明けを待つばかりとなりました。明後日にはベビーベッドが届くので、第2子誕生間近であるという実感が、私にも夫にも、それに娘にも、ますます沸いてくることでしょう。娘が生まれてからは毎年そう感じていますが、今年はまた一段と長く感じた一年でした。とくに、妊娠が分かってつわりが始まってから、そのまま夏ばてに移行し涼しくなって体力回復するまでの数ヶ月は、毎日が修行のようでした。
 振り返ってみると、今年はひたすら、娘の育児と、テープ起こしの在宅仕事に励んだ一年でした。2歳になった娘と向き合う日々は、1歳のころより複雑な面が多くて、だからこそおもしろくて、たくさん一緒に笑ったり怒ったりして、娘のいろいろな新しい表情を知って、たくさんの目覚ましい成長を見て、産声を聞いた瞬間から最高に大好きな娘のことが、もっともっともっと大好きになりました。妊娠で身体がきつかったことも多かったけれど、基本的に、楽しく子育てできたなと思います。それから、テープ起こしの仕事のほうも、娘の成長と夫の協力のおかげで、去年よりたくさんのお仕事を受けることができ、ますますやりがいを感じるようになりました。産後もできる限り早く復帰して、経験値をあげて、長く続けられるよう、基板をつくっていきたいです。
 娘との1年を振り返っているうちに、これまで自分ではあまりそんなつもりなかったのですが、私は自分の子育てというものに対して、わりと明確な理想を持っているのだということが、分かってきました。それはもう、幻想といわれてもしかたないようなレベルの理想なのですが、いまのところ、その、幻想に限りなく近い理想の世界を、私は娘と作り上げて、生きることができている気がします。それが果たして、社会的世間的な目で見て、良いことなのか、悪いことなのかは、分かりません。分からないけれど、私にとっては、この上なく心地よい状態です。
 まだもうしばらく先ですが、幼稚園へ行くようになれば、娘はきっと、私の勝手に作り出した理想郷から飛び出して、これまで見たこともなかったいろいろな世界に飛び込み、どんどんたくましくなっていって、私はそれを、寂しく感じることでしょう。だけど、そうでなくては困ります。興味深い新しい世界を見つけたとき、心置きなく飛び出せる場所があることは、子どもの心の冒険にかかせないことだと思うから、いつか近いうちに飛び出されることを覚悟で、私は今後も黙々と、私の思い描く理想郷を構築し、整備し続けようと思います。
 来年はきっと、わが家にとって、いろいろな意味で、正念場の一年になりそうです。怖じ気づかないよう、へこたれないよう、腹をくくって挑みます。

 
by papiko-gokko | 2013-12-27 00:13 | Diary | Comments(0)

 妊娠5ヶ月に入り、安定期になりました。二人目は早いと聞くけれど、いまのところ、それほどあまり早いようには感じません。毎日、日常をこなすことで手一杯で、娘のときに比べると、あまりお腹の子にゆったり語りかけたりなんていう時間が持てていないし、娘がいるから常に慎重に暮らすのは難しくて、娘をだっこしないといけない場面もあるし、娘がお腹に向かって思い切り抱きついてきたり、横になっているときに乗っかってこようとしたりしてひやっとすることもあるのですが、それでもお腹の子はたくましく育ってくれているらしく、少しお腹の膨らみが服の上からでも分かるようになってきました。昨日の夜から、もしかしてこれは胎動かな?と思うような、ぐにゅりとした感触がたまにあるのですが、果たして本当に胎動かどうかは分かりません。娘のときは、どうだったっけ。

 今日はなにかとついていない一日でした。まず朝届いた夕方締め切りの仕事がなかなかタチの悪いやつで、午後出勤の夫に娘を午前中ずっと見てもらっていたのですが、午前中ではとても終わらなくて、夫の出勤後はしかたなく娘に大好きな『いないいないばぁ!』のDVDを見せながら仕上げました。娘は、普段見せてもらえないDVDを見ることができて満足げですが、私としては、娘が起きている時間、夫に見てもらえるとき以外はできるかぎり仕事をしたくないので、DVDを見せながら作業しないといけない日は、どうしても、こんなやり方いいんだろうかと、もやもやします。こんなことは月に2、3度のことなので、割り切るようにはしているけれど、これから先、今日みたいなタイプの仕事がもっと増えるようなら、やり方を考えなくてはなりません。在宅で仕事をしてみて難しいなぁと思うのは、時間配分と仕事量の調整です。自分や家族の限界がどこにあるのかまだ分からないし、限界を超えてから調整したのでは遅いし、難しいです。
 ついていないことは、仕事後から本格的に続きました。仕事を終えておやつを食べてから、1階に降りてお風呂掃除をしていたら、一緒に降りて途中までお風呂掃除を見ていた娘が、いつのまにかお風呂場から出ていて、階段をのぼる音がしたので、あわてて「ちょっとまってー!」とお風呂場から呼び止めたら、それで振り返ってバランスをくずしたのか、ずだだだっという音がして、駆けつけたら、階段下の廊下に仰向けでひっくりかえって、うわー!と大泣きし始めました。幸い、数段ほどだったようで大事には至らず、本人によると「あたまもからだもうたなかったけど、ほっぺたとおみみをうった」だけで済んで、そのほっぺたとお耳も、一応冷やしたけれど、とくにアザになるほどのことではなかったようで、ほっとしました。
 それから、お風呂上がりにご飯の準備をしていたら、娘が残り少ないふりかけをもてあそんでいてテーブルに思い切りばらまいてしまって泣き、食事中には、ふりかけをかけるふりかけをかけるといって泣き、本当はお約束ごとで、ふりかけは2杯目からと決めているのですが、今日はもう機嫌が悪すぎて、私も疲れていて、泣かれるのが辛くて、ばらまいたのでもうほぼ残っていなかったふりかけをかけてやったら、わざとではないけれども、事もあろうにそのごはんを茶碗ごとひっくり返し、パジャマもいすもご飯粒だらけになってまた泣き、新しいご飯をもってきてやったら、またふりかけふりかけと泣き、べつのふりかけを引っ張り出してちょっとかけたところで、それが完全に賞味期限の切れたものだったと気づき、あわててかけるのをやめたら、また泣き、おにぎり用の秘蔵ワカメふりかけをかけてやって、もう半ば無理矢理、泣き止ませました。
 ごはんのあとも、なんだか知らないけれども娘は不機嫌で、なにかを踏んで痛いと泣き、歯磨きをしようとして躓いて泣き、娘のパジャマのご飯粒をとるためにしめらせたガーゼをもってきたら、娘がそのガーゼで私のパジャマを思い切り拭いて私のパジャマが着られないレベルでぬれてしまい、私がついてないんだか、娘がついてないんだか、もうよく分からない感じで、くたくたで、へとへとで、ベッドに入り、絵本を読んで、少しだけおっぱいを口に含んで(ここ数日はもう、飲むという感じではなく、数分ほど口に含んでおしまいで、おっぱいで寝付くということもなくなり、夜中はまったく飲まなくなりました、今度こそ卒乳間近の予感がします)、私のほうがもう耐えられなくて、娘に背中を向けて寝ていたら、娘もそのうち私に背中をくっつけて寝ていました。昨日もそんなふうに寝ていて、寝るまでは、もう早く寝てよ!という気持ちでいっぱいなのだけど、寝てしまうと、ほっとするのと同時に急に心に余裕がでて、私にひっついて眠る娘のことが、たまらなく愛しくなります。
 娘といると、すごくかわいくて、すごくおもしろいのだけれど、同時に、すごく大変で、すごくへとへとになります。今日は私がたちの悪い仕事で疲れていたのと、ついていなかったのもあってか、娘がとにかくいつにもましてわがままでわからんちんで、もう、頭の中がめちゃくちゃになって、本当にちょっと泣きそうになりました。妊娠中のホルモンバランスの影響もあってか、ここのところ、つい、すぐに苛立ってしまうことが多くて、感情的に娘を叱ってしまうことがあって、反省しています。娘にだけは、ぶつけちゃいけないと思いながら、言うことをまるで聞いてくれなかったり、わざと悪いことをされたりすると、どうしても、腹が立って、その感情がそのまま声に出てしまいます。
 しかし、私にかなりの勢いで叱られても、娘がひるむことはめったになく、むしろ、私が怒りを増幅させればさせるほど、しらっとした顔で、ますます悪いことをします。それでいて、「もう、そんな乱暴なことする子のところへは、鬼さんが仲間がいると思って、鬼さんが迎えに来るんだけんね」などと言うと、とたんに涙目になって、「もうしない・・・」と縮こまるのです。鬼とお化けとえんま様(『きょだいな きょだいな』という絵本に出てきた)が、私のどんな激しい怒りよりも怖いようです。親として、もっと怖くなるべきなのか、もっと優しくなるべきなのか、なんだか、よく分かりません。でも、どちらにしても、自分の苛立ち具合で叱り方が変わるようではいけないなとは思います。まだまだ小さい2歳、だけどもういろいろ教えた方がいい2歳、程度が、難しいです。日によって、なんでもかんでも反抗して言うことを聞いてくれない日と、にこにこおりこうの日があって、この違いがどこからくるのかも、よく分かりません。2歳児、難しい。その難しさを、おもしろいと思える日もあれば、心底しんどいと感じる日もあって、私のその違いがどこからくるのかもやっぱりよく分からない、分からないことだらけです。睡眠の具合とか、お腹の具合とか、天気とか、まあたぶんそんなところなのだろうな。
by papiko-gokko | 2013-07-29 00:21 | Diary | Comments(0)

 2013年の初仕事がきて、ひたすらキーボードを打った一日。大抵の場合は翌日以降が締め切りなので、夜に娘が寝てから作業できるのですが、日曜に受ける仕事だけは当日締め切りのことが多くて、いつもは休日の夫に娘を見ていてもらっています。しかし、今日は夫が急に出勤になったため、仕方なく娘に2時間余りビデオを見せたり、そばで遊ばせたりしながらやって、なんとかかんとか納品希望時間に間にあわせることができました。
 こんなことは初めてでどうなることか思いましたが、娘は何度か絵本を読んでとせがんできた以外ずっと大人しくおりこうで遊んでくれていて、すごく助かりました。少し前なら、こんなことは絶対に無理だったはずです。成長したのだなぁ。どてっと転んだような音がして仕事野手を止めふり向くと、「だいじょうぶよ。いたいの、とんでけーしたのから、だいじょうぶだのよ」と言いながら近寄ってきたりして、たまらなく健気でした。娘が退屈しないように、普段は隠してあった30色のクレパスを出したり、つみきもブロックも全部出してやったので、仕事が終わったころには、部屋がめちゃくちゃになっていて、ああ、あのときこれでこんな遊びしてたんだなぁ、こんな絵を描いてたんだなぁ、こんな絵本読んでたんだなぁ・・・と、娘が一人で遊んでいる様子を思い浮かべながら片づけていると、愛しさが込み上げてきました。今日おりこうにしてくれていたお礼に、明日は嫌がられるくらいべったりしよう。

 娘の、うたのおにいさんへの恋心のようなものが、日に日に深まってきているようです。昨日の『おかあさんといっしょ』は、お正月の特別編で、「チム・チム・チェリー」「トロイカ」など世界の有名な歌をいろいろ歌ってくれて、ふたりして聴き惚れていたら、「エーデルワイス」のとき、娘の小さなハートが熱い思いでいっぱいになったらしく、画面のだいすけおにいさんに向かって、「だいしゅきの!だいしゅけおにいしゃん、だいしゅきなんだの!」と、いきなり叫んだのです。あまりに驚いて笑ってしまいましたが、私が笑っていても娘の目は画面にくぎ付けで、ゆらゆら小さく体を揺すりながら、「だいしゅけおにいしゃんと、ダンスしてるんだ」と、うっとりつぶやいていました。2歳前の子が、こんなにも誰かを大好きになるだなんて、知りませんでした。だいすけおにいさんへの「大好き」は、私や夫に言ってくれる大好きと、違うものなのだろうか、まだそんな種類分けまではしていないのだろうか。いずれにせよ、誰かや何かを大好きになるのは最高に素敵なことだから、どんどん大好きを増やしていってほしいです。ファミリーコンサートのチケット、なんとしてもがんばって取らなければ。
by papiko-gokko | 2013-01-07 00:24 | Diary | Comments(0)

 昨日は急ぎの仕事がきたので、娘に夫に娘を見てもらったりしながら、割と一日仕事をしていて、あっという間に一日が終わりました。今月もほどほどにお仕事をもらえて、現在の生活にちょうどいい分量なので、たまに睡眠時間を削りつつも、体を壊さない程度でがんばれています。一つ仕事を納品終えたときの爽快感は格別で、がんばれることがあるって、幸せだなぁと思います。がんばらなければならないことが明確にあるときよりも、何をどうがんばれないいのか分からないときのほうが、私は体も心も辛く重たくなります。来月も、がんばりたいからがんばろう。

 今日は娘と自転車で駅まで出かけて、駅と直結しているショッピングセンターで買い物をしました。目的のものをなかなか見つけられなくてうろうろしていたら、娘が店内の丸テーブルを指さして、「まんま、ここで」と言い出しました。今年の夏に一度だけ、この丸テーブルでお菓子を食べたことがあったので、娘はそれをちゃんと覚えていたのでしょう。私も少し休憩したかったので、娘が気に入っているアンパンマンクッキーを買ってから丸テーブルに座り、持ってきた麦茶と一緒に、1枚だけそこで食べさせました。
 娘はクッキーを半分ほど黙々とかじり、食べかけのそれをテーブルの上に直接置こうとしたので、慌ててポケットティッシュを一枚出して娘の前に敷くと、娘はそのティッシュの上に、そっと食べかけのクッキーを置きました。私のほうから「クッキーをここに置きなさい」と指図したわけではないのに、娘が自分で考えて、ちゃんとティッシュをお皿がわりだと認識したことが新鮮で、私は娘という付属品を連れ歩いているのではなく、もうじき2歳を迎える一人の女の子と、一緒にお出かけしているだなぁと気付き、その瞬間から、お出かけが何倍も楽しく愉快になりました。
 自転車をこぎながら話しかけると、分かるような分からないような言葉でちゃんとなにかしら応えてくれるし、気持ちがいいと「歌おう?」と誘ってきたりするし、目的地に到着するとすぐさまヘルメットを外したがって「これを!」と私を急かすし、はちゃめちゃながらも、しっかりとした意思があり心の揺れがあり思考している娘は、もう、赤ちゃんじゃありません。ちょっと寂しい気もするけれど、小さな女の子のお母さんになったんだなぁと思うと、たまらなく嬉しくなります。そうか、うちの子は、女の子だったんだ!

 午後、ご飯を食べてお昼寝の時間になってもなかなか寝たがらず、寝室に行くのを大泣きして嫌がって、結局、ソファーで寝ました。激しく泣けばワガママが通ると思っている節があっていけません。実際、いまはほとんどそれで通っているし。もう言葉も分かるようになってきて、赤ちゃんじゃなくなっているのだから、厳しくするところは厳しくしなければなと、反省しているところです。
 お昼寝は1時間したものの、ソファーでは熟睡できなかったようで、夜はさすがにいつもより少しだけ早く寝てくれました。連日自転車をこいでいるからか、夜には体がくたびれていて、今日を合わせて4日連続で、娘を寝かしつけながら自分も寝てしまいました。なかなか寝る体制にならない娘を眠りに誘うには、寝たふりをするのが最も効果的だから、寝たふりをしているうちに、本当に寝てしまいます。娘が寝たあとの夜更かしをこよなく愛しているのに、困ったな。

  
by papiko-gokko | 2012-10-29 23:33 | Diary | Comments(0)

真夜中の懺悔


 娘にひどいことをしました。できる限り早く仕上げて欲しいという仕事が入って、そのためには夜娘に少しでも早く寝てほしくて、そのためにお昼寝を短めで起こしたり、しっかり散歩をしたり、手を尽くしたのですが、結局ちっとも寝てくれなくて、おっぱいをやりながらどんなに歌い続けても、寝る位置を変えてみたりしてもだめで、娘は立って踊りだしたり、夫のいるリビングへの脱走を試みたりする始末で、もう、なんだか、歯がゆくて泣けてきて、どうしていいかわからなくなったのです。
 寝かしつけ開始から1時間がたとうとするころ、娘が何度目かの脱走を開始し、ついにぷつんと我慢の糸が切れて、ベッドの上を楽しそうに歩く娘の両脇を掴み、「お願いだから、寝てよ!」と、ベッドに、半ば強く押し倒すような感じで、むりやりに寝かしました。その強い力で娘の体は勢いよく倒れ、娘ははじめそれも遊びの延長かと思ったらしく、ちょっと驚きの表情をのぞかせつつも笑っていたけれど、私がものすごく怒っていることに気付くと、すっと笑顔が消えて戸惑いの表情になり、続いて私が「ねえどうして寝ないの!寝て!」と、これ以上ないほど鋭い涙交じりの声で叱りつけたら、その顔がみるみる歪んで、「ふええええん」と、泣きだしました。それは、いつものような、ワガママを通したいときの元気な泣き方ではなく、不安で悲しくて震えているような泣き方でした。最初から不機嫌なのがどんどん崩れて泣き顔になるのより、ご機嫌だった顔が、ある一瞬のことでみるみる涙に変わっていく顔のほうがずっと苦しくて悲しくて行き場がなくて、それは私が一番みたくない子供の表情なのに、娘に、その泣かせ方をしてしまいました。寝られないのは仕方がないことなのに、私も寝付きが悪いから、それはすごくよくわかっているはずなのに、ひどい叱り方をして、泣かしてしまいました。
 娘の泣き声と私の起こった声で、夫が驚いてやってきて、「娘は見とくから、もう仕事やりなよ」と言いました。夫がきたことで、私も娘も安心して、娘は泣きやんで夫に甘え、私は娘の手を握って泣き出してしまいました。「ごめんねーごめんねー」と、みっともなく泣きじゃくる私を見て、娘はまた戸惑いの表情を浮かべながら、時々ちょっと、へへへと笑っていました。娘の前で、そんなふうに泣いたのは初めてで、泣きやんだあと、娘に顔を見つめられながら、「えーんえーん」と真似されました。子供の前で泣くなんて、ダメだよなぁ、やっちゃいけないことだよなぁ。
 結局、娘はそのことで完全に目が覚めてしまって、11時半ぐらいまで、夫と遊んでいました。そのあいだ、私は仕事をして、おかげで、2時半には終わることができ、寝る前に、どうしてもここで懺悔したくて、この日記を書き始めました。最初から、夫を頼ればよかったのに、意地を張って、娘のまえで爆発してしまうなんて、最低です。在宅で仕事をはじめるにあたって、娘にだけは、寂しい思いさせないようにしよう、これまでと同じように過ごせるようにしようと心に誓ったのに、早くもひどいことしてしまいました。どんなに反省しても、もう事実は消えません。もう一度こんなことをしたら、もう仕事を受けるのをやめる覚悟です。テープ起こしの仕事は大変だけれども楽しくて、続けたいから、もう二度と、絶対に、仕事のことで娘を泣かしたりしません。ちゃんと夫を頼るようにします。
 そんな、情けない、真夜中の懺悔。書き終えたら、眠たくなりました。

 
by papiko-gokko | 2012-09-13 03:28 | Diary | Comments(0)

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 先日祖父からもらった大きなクマのぬいぐるみ(リラックマ)、娘がとても気に入って、いろんな遊び方をしています。抱っこしたり背負ったり、椅子に座らせておままごとのごはんを食べさせたり、かと思えば、金太郎よろしくクマにまたがりお馬のけいこをしたり、折り紙のかぶとをかぶせてみたり、マイカーに乗せて部屋中ドライブしたり、私がクマを動かしてボール遊びしたり、パパが動かしてかくれんぼしたり、傍らに座らせて一緒に絵本を読んだり、なんでも一緒にしていました。絵本を読んでいるときには、クマさんの絵がでてくるたびに、傍らのクマにその絵を見せようとして、絵本を一生懸命に傾けていました。
 1歳児って、本当にやることなすことすべてが愉快でけなげで可愛くて、四六時中ビデオ撮影して記録しておきたいくらいです。もちろん、なかなか寝てくれないときや、外出先でダダをこねたりしたときは、心底腹の立つこともあるけれど、一日を終えて振り返ってみると、それも含めて笑えてしまうのだから、娘にはかないません。
 クマと仲良くしている姿を祖父に見せたくて、抱っこして部屋にいったら、「今度は赤い人形さんを買っちゃあけんな」と言っていました。赤い人形さんってなんだろう。ちょっと、響きがこわい。でも、楽しみです。

 昨日は仕事で使う資料を借りに一家で遠方の図書館まで出向き(市内の図書館にはなかったため)、今日は今日で、今日中納品の仕事が急に入って、慌ただしい二日間でした。来週も忙しくなりそうで、ありがたいです。今日はさすがに急で、お昼寝時間だけでは終われなかったので、終わるまで夫に娘を見てもらいましたが、今のところ大抵は、娘が寝てからの時間を仕事にあてることででなんとかなっています。できる限り夫に頼らず時間をやりくりできるようにならなくては。まだまだ、新しい仕事がくるたび緊張してしばらく手足が冷たくなるけれど、早く慣れて、この仕事を生活の一部にしたいです。
by papiko-gokko | 2012-09-09 00:08 | Diary | Comments(0)

 晴れたり雨がふったり、不安定な一日。午前中は麦わら帽子をかぶって軍手をはめて、祖父に頼まれた庭の草刈りに精を出し、午後は自転車で娘と外出し、ほどよく体を動かし汗を流した一日でした。暑さが少しずつ少しずつ和らいで、動きやすくなっています。
 自転車で田んぼの脇を通ると、稲刈りを直前に控えた稲穂の芳ばしい匂いがして、ああ稲穂ってそういえばこんな匂いだったっけなぁと、ペダルを踏む力を少しゆるめながら走りました。娘はヘルメットをかぶるのを嫌がって、「おーちーいいよー(ぼうしがいいよ)」とずっとぐずっていて、風景も匂いもあまり目に入っていないようでした。この辺のお母さんたちは、自転車にのせるとき、ヘルメットをかぶせるのだろうか。こちらでは、大人はみんな当たり前に車と免許を持っていて、自転車といえば中高生の乗り物であるらしく、子乗せ自転車はめったに見かけません。せっかく、自転車で走るのにもってこいの気持ちいい道が、そこらじゅうにあるのにな。今日の行き先は近所の親戚でしたが、涼しくなったら娘を乗せて、もっともっと遠くまで行ってみるつもりです。

 テープ起こしのお仕事をもらっているところから、次の仕事がいつごろ入るかについて書かれたメールが届き、読みながらわくわくしている自分がいました。ひとつ納品を終えるたび、私はこの仕事が好きだぞという実感が、強まってきています。パソコンの前で言葉と格闘しながらキーボードを叩き続けるという行為は、この世で一番といってもいいくらい私の大好きな作業で、私の数少ない趣味特技を、この仕事でなら最大限に活かしていける気がして、それがたまらなく嬉しいのです。
 書き起こし内容の資料になる本を借りたり、聞き取りにくい言葉を何度も聞き返しながらそこに当てはまる言葉を類推したり、聞きとれたものの意味がわからない言葉を検索して調べたりするのも楽しいし、それに、普通に生活していればおそらく聞くことも読むこともなかったであろうインタビューや講義を聞けるのも魅力的です。私は保守的で積極的に世界を広げようとしない性分だから、仕事を通じて世界が広げることができるのは、とてもありがたいことです。
 今はまだ、1時間分の音声を書き起こすのに7時間くらいかかりますが、そのうちもっともっと早く正確に起こせるようになって、娘のお世話が楽になったら、だんだんと仕事量を増やしていきたいです。仕事である以上、色々としんどいこともあるだろうけれど、出産で前の仕事を辞めてから、自分で働いてお金を稼ぐことの気持ちよさをしみじみと知ったから、この仕事はできるだけずっと辞めないで、細く長く続けていけたらと思います。
by papiko-gokko | 2012-09-05 23:34 | Diary | Comments(0)