日記と短歌
by papiko
恋したくなったら君の髪を切る63年ジョンレノン風
 長女が昨日から風邪気味で、今日は下校後すぐに小児科へ行き風邪薬をもらって、夕食後に飲んだらとても効いたらしく、次女より早く寝てしまいました。気温が落ち着かないし、ちょうど春の疲れも出てくるころなのかもしれません。明日は学校でまた楽しみにしていることがあるみたいだから、今日たっぷり寝て、明日には今日より元気になっていますように。図工で絵の具セットもそろそろ使い始めるみたいで、持って行くのが嬉しくて仕方ないようです。長女が小学校でいろいろなことを学んで帰るようになってから、教育というのはありがたいものだなぁ、今の時代は恵まれているなぁと、つくづく思うようになりました。親には教えきれないこの世界のいろいろな仕組みや歴史や発見を、豊富な教材と体験で日々教えてもらえるなんて、本当に幸せなことです。自分が生徒だったころはそんなことこれっぽっちも考えなかったけれど。

 昨夜は3時ごろまで仕事をして、結局終わらなくて一度眠り、3時間後に目覚ましが鳴って夫と長女を送り出し、次女と朝の公園だけ済ましてから、DVDに子守をしてもらいつつ午前中でなんとか納品できました。これまで自分は、わりとナポレオン並みに寝なくても大丈夫なタイプの人間だと思っていたのですが、どうも最近は違ってきているみたいで、眠くてだるくて頭が痛くて、紅茶のカフェインも栄養ドリンクも効かなくて、公園の砂場では目をあけているのがやっとでした。お昼ご飯を食べたあとは、もうどうにもこうにも辛くて、寝室に遊ぶものでもなんでも持ってきていいからお母さんを少し横にならせてくれと次女に本気でお願いし、次女がおもちゃやら絵本やら色鉛筆やらベッドの上に持ってきて遊んでいる横で、1時間弱、横になってうとうとしていました。ときどき、絵本を読んでくれとしつこく言われて朦朧としながら読んだり、いきなり上に乗られてグエッとなったりしたけれど、それでも1時間うとうとしただけで、ずいぶん回復しました。
 仕事がこない日々が続くと、もっとたくさん仕事したいなあとヤキモキするくせに、いざこうして仕事がくると、たいていの場合、納期が12時間以内とか一両日中だったりするので、とたんに生活の時間配分が慌ただしくなり、あっちにもこっちにもしわ寄せがきて、自分の体も家の中もガタガタになってしまいます。今の私には現状の少し物足りないくらいの量が、ちょうどいいのでしょう。体や家庭を壊すような働き方をしては元も子もないし、焦りは禁物。来年以降、日中に空く時間ができても外に働きに出るのではなく、あくまでも今やっている在宅での仕事量を増やすという方向で動くのならば、自分のさばける量と生活をよくよくイメージして考えて、態勢を整えていかなくてはいけません。

 昨日書けなかったビートルズの話、1日たつと、昨日思い描いていたような情熱ではもう書けなくなってしまう、私の日記なんてそんなものです。iTunesでビートルズプレイリストを再生回数順で並べ替えたら、1位「No Reply」2位「Help」3位「In My Life」で、その後も9位までジョン主導の曲が続いていて、ああ自分の好みはやっぱりジョン寄りなんだなーと思った、ということを、熱く語ろうと思ったのでした。この3曲は実際、大好きすぎて、ほぼ毎日聴いています。ほかにも大好きな曲、いっぱいあるけれど! そんなあれこれは、また、眠くないときに、ダラダラメラメラ書きたいです。

 こんなふうに眠たくて判断力が鈍っていると、ところでこの日記だれに向けてなんのために書いてるの?という、素直な問いが、頭をもたげてしまって、うまくいかない。これまで、いくつものブログの更新が完全に途絶えるのを見てきて、そのたび、書かなくなるのはとても悲しく寂しいことだと思いました。そして、たとえごくたまにだけのぽつぽつ更新でもいいから、ひとつのブログがひとりの人の手によって続いていくことは、優しくてほっとすることだと、思うのです。だから自分もやめない、というわけではないし、自分のこのブログが誰かをほっとさせているなんて思っていないけれど、そういうわけではないのだけれど、パソコンの向こう側の何かを、誰かを信じているから、私はここで書くのでしょう。どこまで信じ続けられるだろうか。


# by papiko-gokko | 2017-06-08 23:21
雨の日は心の中に虹が出て太鼓のバチで叩いて渡る
 朝から雨降り。長女は長靴を履いて登校しました。私が長靴を出すと「でもみんなあんまり履いてないもん・・・」と、履くのをしぶっていましたが、みんながどうであれ靴下や靴が濡れたら気持ち悪いし体にも悪いからと説得して、キキに「お母さんのホウキを持って行きなさい」と言ったコキリさんもこんな気持ちだったのだろうなと思いながら、しぶしぶ長靴を履いて出て行く長女を見送りました。
 そろそろ長女に『魔女の宅急便』の原作を読み聞かせようかと思って、その前に自分がまずちょっと読んでみようと、ものすごく久しぶりに読み返してみたら、これがもう、面白くて面白くて。やっぱり、この物語は私にとって格別、特別、宝物です。特別だからこそ、子どもに教える時期を間違えたくなくて、慎重になります。どんなにすばらしい本も、読む時期を間違えてしまうと、ぜんぜん心に入ってこなくて、そのまま離れてしまったりして、もったいないことになります。私は小学生のとき夏目漱石の『坊ちゃん』と『我が輩は猫である』を無理して読もうとして、だけど当時の私にはぜんぜん面白さが分からなくて、それから高校の教科書で『こころ』に出会うまでずっと夏目漱石に対して苦手意識を抱いていました。その後、大学時代に課題か何かのきっかけで『坊ちゃん』のほうはとても面白く読めたのですが、未だに『我が輩は猫である』は苦手意識が残ったままで、読めていないのです。他にも結構、私にはそういう本があります。誰にでもそういう経験はあるだろうし、あとからまた何かのきっかけでもう一度出合い直すことができたらいいのですが、『魔女の宅急便』の原作に関しては、できれば最初の出合いで失敗しないよう、慎重に慎重に、時期を見定めたいと思っています。

 雨が降ったので、次女とのんびり、というより、ダラダラ過ごしました。具体的にしたことといえば、絵の具くらいでしょうか。次女は水をたっぷり含んだ筆で、赤と白と黄色が混ざったような淡い線を何本か重ねて描き、それから今度は乾いた筆にどっぺりつけた灰色で、線から少し離れた上のほうに丸いものを描きました。それを見て私が「これは何かな、夕焼けと・・雲かな・・?」と言うと、「違う!太鼓のたたくやつで、虹を叩いてんの!」と、ちょっと怒り口調で教えてくれました。赤と白と黄色の淡い線は虹で、その上にある灰色の丸いものは、太鼓のバチだったようです。言われてみれば、灰色の丸いものには、細い線でちゃんと棒らしきものも描いてありました。虹を叩く太鼓のバチなんて、なんだか長新太の世界。
 そういえば先日読んだ『絵本画家の日記』(著者:長新太)の中で、耄碌して心が子どものようになり子どものような絵が描けるようになるなら早く耄碌したい、とか、子どもの絵に嫉妬する、とか、子どもの絵にはどうしたって敵わないといった内容のことが、繰り返し書いてありました。そういえばかの有名なピカソも晩年に「やっと子どものような絵が描けるようになった」と言ったのだとか。長女のころも思っていましたが、2、3歳児の描く、なんの衒いもない、なんの固定観念にも縛られていない絵というのは、なにかその時期にしか使えない魔法のようなものが混じっていて、ひとたびその時期を過ぎてしまうと、ピカソや長新太くらいの天才でなければ真似できるものではないのでしょう。最近の次女の絵は、見ていて本当に楽しいです。

 今日は夜に仕事が届く予定だったのですが、まだ届きません。だからこうして日記を書いています。久々に毎日連続で更新できていて、軽やかな気分です。4月、5月と、仕事があまり来ませんでした。もう少し受注があるといいのだけどなあと思いつつ、どうすることもできなくて、ただただ、受注がくるのを待つだけです。仕事がちょこちょこあったほうが気晴らしになっていいのだけれど、かといって、多すぎると、今は次女がまだ家にいるからとたんに余裕がなくなって睡眠時間を削るしかなくなったりして大変だし、悩ましいです。今は、ひとつの場所のスタッフとしてのみやっていますが、次女が幼稚園へ入ったら、ほかの会社の求人にも応募してみたりして、仕事を増やしたいなと思っています。試験を受けて仮にどこかに採用してもらえたとしても、どの程度仕事がもらえるか、どの程度稼げるのか分かりませんが、テープ起こしの仕事が好きで性に合っているので、なんとかこの仕事一本で、家計を支えられるくらい稼げるようになりたいです。できるだろうか。難しかったら、そのときにまた考えよう。そんなことを書いていたら仕事が届きました。さあがんばろう。

 ああ、そうだ、ビートルズへ想いに関するなんでもない話もだらだら書きたかったのだけれど、それはまた明日、書けたらいいな。

# by papiko-gokko | 2017-06-07 23:01 | Diary
子の遊ぶ砂場の脇で本を読み3ページ目でケーキができる
 今日も朝から次女に急かされ公園へ。行ったのは、公園のすぐ近くに川があり、向こう岸の雑木林あたりからウグイスの鳴き声が響いてきて、晴れた日には浅瀬の飛び石の上でカメが甲羅干しをしている、いちばんお気に入りの公園です。お砂場セットとシャボン玉を自転車の荷台に積んで行きました。早い時間なのもあってか、たいてい誰もいません。ある時、公園を見渡しつつ私が「だれもいないねえ」とつぶやいたら、「でも、いるけどね」と次女が言い、次女にしか見えない何かがいるのだろうかとゾッとして思わず「ええっ?」と聞き返すと、砂場に忘れられていたシャベルを指さして「ほら、シャベルちゃん」と真顔で教えてくれました。知らない誰かの忘れ物とか、たまに飛んできてひとしきりフェンスでチュンチュン囀りまた去って行く雀とか、次女が怖がらずに観察できる砂粒くらいの小さな虫とか、誰も遊んでいる子がいない公園でも、次女にとってはちっとも寂しくない、愉快な世界が広がっているようです。今日もお砂場で、楽しそうにせっせと遊んでいました。
 昨日、次女がお砂場遊びをしているあいだ、そばで葉書を書いてみたら、なんだかとても豊かでのどかな気持ちになれたので、今日はメモ帳と鉛筆と本を、リュックにひそかに忍ばせて行きました。お砂場を始めると次女は私がとくに相手をしなくてもわりと一人で遊んでくれるので、ただそばに座ってぼーっと見ているだけでは、退屈なのです。まず最初に、メモ帳と鉛筆を出して、砂場遊びをしている次女や、公園の木をスケッチしてみたりしました。ふだんスケッチなんてしないので、笑いがこみ上げてくるほど下手でしたが、次女とふたりでいる今しかできない過ごし方ができた感じがして、満ち足りた気持ちになりました。しかしやっぱり下手すぎてすぐに飽きてしまったので、そのあとは本を読みました。途中、次女が作った砂のケーキを食べたり、水をくんでくるのを手伝ったりして、3ページほどしか読めませんでしたが、夜、電気スタンドの淡い明かりで読むのとはまるで違う感じで、太陽の光で読む活字は、キリッと凜々しく見えました。昨日の夜に読んでいた本の続きだなんて思えないくらい印象が違いました。なんにしても、お日様の光のもとで何かを書いたり読んだりするのは、気持ちのいいものです。考えてみれば、外で太陽の光を浴びながら文字や絵をかくということを、もうずいぶんやっていませんでした。こんなことができるのは、暑すぎず寒すぎないこの時期だけです。もっと早く気づけばよかったな。
 お砂場のあと、公園の水道でお砂場セットを洗おうとしたら、大きめのカミキリムシがいて、次女がびっくりして砂場セットをその場にぶちまけてしまいました。私も「わ!!」と声をあげました。あんな大きな虫、久しぶりに見ました。怯えつつなんとか砂場セットを洗い、少しだけシャボン玉をしたり(カミキリムシの動揺がお互い残っていたのと、風が強すぎたのとであまり盛り上がらなかった)、鉄棒にぶらさがったり、ブランコをしたりしてから、大回りして川沿いの道を通り、カメの甲羅干しを見てから、買い物をして帰りました。今日はカメのそばに鴨っぽい鳥もいました。明日は雨が降るようだけど、雨のときなど、カメはどこでどうしているのだろうか。
 自分は人からどう思われているだろうかとか、世間的に見てどうなのだろうかとか、この場面においてどう動くのが正しいのだろうかとか、そういう恐怖感不安感をできるかぎり頭から追い出して、自分の好きな世界、やってみたいことに意識を集中させさえしていれば、心はとても穏やかでいられます。だから、次女とふたりでいるときぐらいは、できるかぎり、そんなふうに生きていけたらと思います。なんだか最近、生き方について、あれこれ考えてばかりいるような。生きるとは何かなどと考えていない瞬間にこそ人生の真実はある、というようなことを、だれかの本で最近、読んだのだけど、なんだったか忘れてしまいました。これから布団の中で思いだそう。

 長女が学校から帰ってきてからは、また宿題のときに泣かしてしまいました。昨日は計算を集中してしなくて叱って泣きましたが、今日は鉛筆の持ち方が悪くて指摘したら泣きました。勉強に関しては、わりとちょっと厳しく言っただけで泣いてへそを曲げてしまうのです。親が子どもに勉学を教えるというのは、難しいのだなあと、本当に毎日実感しています。何度持ち方を直そうとしても、矯正具を買ってみたりしても、「だってこのほうが書きやすいんだもん」と、頑固にへんな持ち方をして書くので、腹が立つやら情けないやら可笑しいやらです。2歳ごろ絵を描き始めたころから持ち方はへんてこで、でも、あんまり指摘して絵を描くのが嫌いになってしまったり、せっかく生まれるはずだった傑作を台無しにしてしまったりしたくなかったから、あまり指摘せずにいました。その結果、今も相変わらずへんてこな持ち方なので、苦労しています。困ったなあ。本人が直そうと思わなければ、こういうのは直らないだろうし。毎日泣いていては本当に勉強が嫌いになってしまうので、明日は泣かさないようにしたいです。



# by papiko-gokko | 2017-06-06 23:51 | Diary


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