日記と短歌
by papiko
降り続く雨のせいかな大切なものほど強く振り払いそう
 昨日の夜、ひさしぶりに長女がなかなか寝付けずぐずったので、抱きしめて子守歌を歌いました。小さい頃、毎日歌っていたお決まりの数曲です。4歳ぐらいまでは、毎日かならず全部歌わなければ寝てくれませんでした。歌っている曲はずっと変わらないのに、抱きしめている長女はいつの間にかずいぶん大きくなって、そういえばここ最近は長女にこうして子守歌を歌ってやることが全然なくなっていたなぁと気づき、なんだか泣けてきて、喉がつかえそうになりながら歌いました。
 こんなふうに、赤ちゃんのころから続いていたいろいろなかけがえのない習慣が、ゆるやかにいつの間にやら消えていき、もう何もかもがすっかり遠ざかってから、時の流れにはっとするのだろうか。6歳の長女は、まだギリギリ子守歌を必要とする夜があるらしく、子守歌を一通り歌ってやったら、すぐ眠りに落ちました。よかった、まだ私の子守歌は、彼女の中で、ギリギリ過去になっていない。
 毎晩、おやすみの前、長女に「今日の楽しかったことは何? 」とを尋ねると、「たし算! 」とか「草抜きのとき、アリがお菓子みたいなものを運んでたこと! 」とか、いろいろなことを答えてくれます。そして、今日のつまらなかったことや、残念だったことや、怖かったことなども教えてくれます。今日は「ひき算は、なんか怖い感じがして、たし算より苦手。何かが引かれて無くなるって、ぞわわーって感じ。一体なにが無くなったの?なんで無くなったの?だれがとったの?どこに消えたの?ってミステリーみたいで、ちょっと怖いじゃん」と言っていて、なるほどなあと思いました。長女が数字の世界にそんなドラマを感じながら計算していたとは知りませんでした。ただ単に引き算が今日あまりうまくやれなかったことへの言い訳かもしれませんが、長女の物語はよくこうして、言い訳から生まれるのです。幼稚園のころよりも、出来事や思いを伝えるのが格段にうまくなりました。やはり小学生は違うのだな。次女が起きていると、なかなかゆっくり長女の話を聞くことができないから、このおやすみ前の数分の会話が、とても大切です。

 どんどん成長していく長女の姿が、幼い時期の短さ、かけがえのなさを、日々教えてくれているのだけれど、それでもやっぱり、次女とふたりの時間を、常に楽しみ大切にできるかといえば、そうではなくて。むしろ、次女にまとわりつかれてあれこれ言われて疲れすぎて、ひとりになりたい・・・・・・解放されたい・・・・・・と思い続けているような時もあります。明日はもっと明るく優しく元気に接するようにしよう、たくさん遊んでやろう、と毎日思うのに、3歳児のパワーとワガママにはやっぱり、ついていけなくて、今日は何度も、小さな次女相手にケンカしてしまいました。なんでもかんでも私にしてもらおうとするくせに、言うことは聞かなくて、それでいて常に私のそばを離れようとしない、そんな次女に、体も心もついていけなくて、気が滅入って、ひとりで音楽を聴いていたくなります。今日は午前中、買い物のあと、しばらくお風呂場でおりこうに水遊びをしてくれたので、その時間で家事ができました。そして、さあ休もうと思ったところで「もうでるー」という次女の声がして、そのあとは、お昼ご飯を作っていたら、次女も切りたいというので一緒にウィンナーを切って、お昼のあとは、私が夜ご飯の下ごしらえをしているあいだ、次女はねんどなどしていて、それからお絵かきして、絵の具も出すと言い出して出したけれどもほとんどせず、積み木もして、そのあとはもう、どうだったか、思い出せないくらい、気が滅入ってしまっていました。でもこうして書いてみると、私の気が滅入るほどに、次女はそんなに悪い子だったかな。次女が寝てしまうともう、悪い子だったときのことはもうほとんど忘れて、可愛かったことや、可哀想なことをしてしまった場面ばかり思い出します。昨日も今日も雨で公園に行けなかったから、それで次女もイライラしていたのかな。明日は、朝一で栄養ドリンクを飲んで、元気の出る曲でとにかく元気を出して、七夕飾りを作ったりしよう。夏休みになればまた、長女がいてくれるから、状況も変わってくるだろう。かけがえのないものを大事にし続けるというのは、なんてパワーのいることなのだろう。


# by papiko-gokko | 2017-06-29 23:50 | Diary
思い出す代わりに私の大好きなその笑い声また聞かせてね
 私と子どもたちと、それから私の両親とともに、比較的近隣に住む母方の祖父母のところへ行きました。祖母は認知症が進んでいて施設にいるので、最初に祖父と会い、一緒にファミレスで昼食を食べてから、祖母の施設を訪問しました。祖父も少し認知症が始まっているそうなのですが、まだ普通に会話もできるし、動きがスローになったことと声が小さくなったこと以外、昔とほとんど変わりません。私がどの孫かを思い出すまでに少し時間がかかったり、私が結婚していることを忘れていたり、そんな感じでたまにちょっと驚くこともあったけれど、思っていたほどの寂しさは感じませんでした。
 基本的に人見知りをしない長女は、祖父の前でも元気いっぱいで、歌をうたったり、覚えたばかりの足し算を披露したりして、祖父はそのたび、子どもの頃私がはしゃいだときにしたのと同じ、ふかふかした笑い声をたて、長女の心を盛り上げました。次女はじっと祖父を見つめて固まっていましたが、人見知り全開で大泣きした前回のようなことはなく、そのうちに慣れて、普段通りのワガママな次女になって、次女のワガママっぷりにもやはり、祖父はふかふか笑いました。
 祖母の施設に行く前に、少しだけ港に寄って、魚釣りをしている人のそばを散歩しました。人懐っこい祖父は、同い年ぐらいのおじいさんに、「釣れますかな」と話しかけて、それからもしばらく世間話で盛り上がっていました。祖父と一緒に、食べ物屋さん以外の場所へ行ったのは、とても久しぶりで、懐かしい感じがしました。子どもの頃は、祖父母の家へ遊びにいくたび、いろいろなところを連れて行ってくれて、おもちゃを買ってくれて、写真をたくさん撮ってくれて、だから祖父母の家に行くのが大好きでした。今でも、祖父母の住居につながっている階段を見ると、これから起こるであろう楽しいことへの期待で胸を膨らませながらその階段をだだだだっと駆け上ったときの気持ちが蘇ってきて、無条件にワクワクします。

 祖母の施設は和やかな雰囲気の場所でしたが、それでもやはり、ふだんの暮らしとはまったく違う空気が漂っていて、緊張しました。子どもたちはたぶん、私以上にそれを敏感に感じ取って、緊張していたようです。祖母はちょうどお昼寝中だったけれど、職員の方に起こしてもらい、私たちを見ると「あらいらっしゃい」と言いました。もうずっと前から、私のことは分からなくなっていて、母や父のことも分かっているのかいないのか微妙なところですが、寝起きにもかかわらず、ご機嫌で迎え入れてくれました。
 職員さんが祖母をベッドから車椅子に移してくれようとするとき、祖母は急に「いたーい!」とか「いやあー!」と子どもみたいな大声で言ったので、子どもに返るって本当なんだなあと、これには少し驚きました。しかし、かと思えば、祖父を見て「おとうさん(祖父のこと。昔からそう呼ぶ)、これえ」と、祖父のひげが伸びているのを気にして眉をしかめたり、子どもたちを指さして「おとうさん、うちに、このこら一緒に連れていったらええが」と、昔の口調そのままに提案したりなど、急に大人の顔に戻ったりもして、不思議でした。どうやら、祖父に対して話すときは、すっと大人の妻になるようです。私や子どもたちが誰なのかを認識していなくても、子どもたちを見て「かわええなあ、かわええ子じゃなあ」としきりに可愛がってくれて、長女のほっぺたを触ったり、次女のいたずらを見て声を立てて笑ったりしました。
 子どもたちは、ふだんお年寄りと関わることが少ないので、さすがの長女もここでは萎縮して、ずっと黙っていましたが、決して暗い表情ではなく、緊張気味ながらもずっと微笑して祖母のそばにいて、そんな長女を頼もしく思いました。次女は、前回玄関で大泣きして入れなかったのだけれど、今回は私にしがみついてなんとか入り、泣かずに対面して、最後は握手もできました。
 認知症になって私を忘れてしまった祖母と初めて対面したときは、自分の一部が削れたように悲しくて寂しくて涙がにじんだけれど、今はもう、悲しくありません。初めて会ったような顔で私を見る祖母に「孫の○○だよ、これはひ孫の○○と○○だよ、こんにちは」といいながら、祖母のぶんまで、自分自身が何かを再認識しているような、新鮮な気持ちになれます。悲しいことのはずなのに、もうちっとも悲しくないのは、祖母が少しも悲しそうではないからかもしれません。以前よりずっと小さくなった体で、母に髪の毛を撫でられながら、子どものようなつぶらな瞳でみんなを見つめ、祖父に対してだけは、キリッと急に妻の顔になる、そんな祖母は、決して、不幸に見えませんでした。大人になったり可愛らしい子どもになったりする祖母を見ていて、ちょうど先日読んだ『魔女の宅急便その2』に出てきた、トンボのこんな言葉を思い出しました。
「たぶん、あのおばあちゃん、自分の時間をもってるんだよ、自分だけの・・・・・・。ぼく、いくつもつくってみてさ、みんなそれぞれ、自分の時間をもってるんだって思ったんだ。いもはいもの時間、ありはありの時間。人は、かってに自分の時間でいろんなこと考えるから、へんに思ったりするんだよ」
 今の祖母もまさに、そんな感じです。祖母の内側にある、祖母にしか分からない時間のなかを生きていて、それはおそらく、とても穏やかな世界なのだろうということが、祖母の表情から分かりました。私たちは日々、進んでいく一方の時間軸をなぞって生きているけれど、祖母は、そんな外側の時間軸とは無関係な、祖母の内側だけにある、水晶玉のようにまんまるいかたちをした、人生の欠片が集まってできた時間の結晶のなかを、ぐるりふわふわぐるりふわふわ漂いながら生きているのではないかと思います。私たちは今日、そんな祖母のまるい時間に、ほんの少し触れることができたのかな。帰り際、次女と一緒に祖母と握手をしたとき、祖母の手は赤ちゃんみたいに柔らかく温かくて、驚いたのと同時に、ほんわか優しい気持ちになりました。
 きっともう、今日私たちに会ったことを祖母は忘れているし、祖父もはっきりとは覚えていないのかもしれません。だけど、それを寂しいことだとは、少しも思いません。会っていたそのときには、祖父も祖母も笑っていて、その笑い声は、昔と変わらなかったし、忘れられてしまっても、私や子どもたちの中に、祖父母の血が流れていることに変わりはないのだと思えば、寂しくなどありません。それに、たとえいろいろなことを忘れてしまっていても、この世であたたかい手をして生きてくれている、今日それを感じられただけで、自分の命があたたまるのを感じました。行く前は、正直ちょっと億劫だったのだけれど、会いに行けてよかったです。
 

# by papiko-gokko | 2017-06-25 21:06 | Diary
表現
 今日は日記を書かないつもりでいたのだけれど、Siaの『Big Girls Cry』と『Chandelier』を繰り返し聴いていたら、なんか書かなきゃ!という気持ちになりました。珍しく、youtubeを張ったりまでして。


 最近、女性アーティストに出会いたくていろいろ聴いていたら、Siaに出会いました。ハスキーでパワフルな歌声も詞もすてきだし、それに、ミュージックビデオに出てくるダンサーのすさまじさに釘付けになります。こんなふうに、感情を歌声にすべて流し込むようにして歌い上げることができたら、身体中から感情を迸らせて踊ることができたら、どんなにすばらしいだろうかと、うっとりします。だけどそんなこと、私にはできない。『Big Girls Cry』なんて、なんだか自分を見ているような気さえしてくるけれど、こんな表現、とてもできない。学生時代、現代詩の講義の一貫で、前衛芸術の舞踊みたいなものを観賞したことがあり、そのときはホールまで行って生で見たにもかかわらずあまり心を動かされなかったのですが、今、このミュージックビデオを見ていると、ぐわんぐわん心が動かされ、教授が学生にあの舞踊を見せて伝えたかったことが、やっと理解できました。たとえば言葉で、こういうものを表現しようとするとき、やはりそれは、詩になるのでしょう。Siaの歌声のように、ダンサーのように、もっともっと自由に、のびやかに、力強く、言葉で感情を表現できたら、どんなにすばらしいだろう。どうすれば、それができるのだろう。

# by papiko-gokko | 2017-06-21 23:06 | Diary


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