日記と短歌
by papiko
サンシャインシティー天井まで届くツリーのそばでブーツを買った
 11月にはいると、出かけるたびお店のあちこちでクリスマスツリーを見かけるようになり、子どもたちが我慢できなくなって、早くも家のクリスマスツリーを出しました。あまり早く出し過ぎるとスペシャル感が薄れるから、12月に入ってから出すつもりだったのにな。ツリーを組み立てて、電飾だけつけたあとは、すべての飾り付けを子どもたちに任せました。次女の背が低いのでどうしても飾りが下に偏りがちではあったものの、なかなかうまい具合に飾ってくれました。まだ0歳だった次女が口に入れないよう、ツリーを倒さないよう細心の注意を払いながら飾り付けをした3年前が懐かしいです。

 サンタさんからのクリスマスプレゼント、長女はまだ確定していなくて、次女は今のところ、頭につけるリボンとボールがいいと言っています。長女は少し前にちらっとニンテンドーDSが欲しいと言っていましたが、長女の性格的に、与えてしまうともうそれで頭がいっぱいになって日常生活に支障がでるのが目に見えているので、まだ時期尚早かなと考えています。そもそも私がゲームをやるとのめり込みすぎて楽しめないタイプなので、長女もそうなのではないかという懸念があるのです。
 小学校2年生のときに買ってもらったゲームボーイは、らんま1/2のソフトの2面がやけに難しくて泣きながら何度も何度もやって最終的にものもらいになったし、小学4年生ぐらいのとき上の妹が買ってもらって二人でやったスーパーファミコンのドンキーコングはもう最後のほうの面がかなり難しくて辛くて手が痛くなって上の妹はもうやめてしまってでもどうしてもクリアせねばとてもやりきれないとやっぱり泣きながらドンキーとディディー両方自分でやって全面クリアしたし、中学校のとき妹たちが買ったプレイステーションでは、ストリートファイターZERO3に挑戦したもののなかなか強くならなくて強い相手にどうしても勝てなくて悔しくて思わずコントローラーを投げて妹たちからドン引きされました。そうやって、一つのソフトで涙を流して燃え尽きるので、それをクリアしたあとは、もうほかのゲームをしようと思えなくなります。どのゲーム機でも、妹たちはたくさんのソフトで楽しんでいたのに、私は一つのソフトをやり終えたあとは、嫌気が差してコントローラーに触りもしなくなるのでした。
 高校のとき、妹たちがドラクエ7をやっていて、そのとき自分は受験生だったのでプレイすることはなく、二人がやっているのをたまに眺めていて、そのときはとても楽しめて、ああそうか、私はプレイせずにこうして眺める人でいればよかったんだなと、そのときやっと気づきました。それ以来、ゲームは眺めるだけの人に徹しています。大人になってから唯一やったのは、夫とやった桃太郎電鉄で、あれはまあなんとかヒートアップしすぎず楽しむことができました。私がそんな経験の持ち主なので、子どもにゲームを買い与えるのが怖いのです。
 今のところまだそこまで本気で欲しがってはいないようなので、今年はとくにリクエストがなければ、ボードゲームかなにかにしようかなと思っています。まだちょっと気が早いけれど、こんなふうにプレゼントについて夫とあれこれ考えるのは、毎年の楽しみです。次女のリボンとボール、どう夢を叶えようかな。
 
 クリスマスが近づくと、東京の街に思いを馳せる時間が長くなります。いつでも東京の街はキラキラしているけれど、とくにクリスマスは、浮かれずにはいられないほど、どこもかしこもキラキラでした。かなり思い出が美化されてきているのかな。そんな気もします。今となっては、東京で過ごした10年間はまるごと青春の思い出みたいになっています。当時はそんなふうに思っていなかったけれど、あのころ身軽で自由だったなあなんて、いろいろなことを思い出します。あのころに戻りたいわけでは決してないのだけれど、もうあんなふうな時代には戻れないんだなあと、少し切なくなります。


# by papiko-gokko | 2017-11-12 22:44 | Diary | Comments(0)
今はもうない部屋の夢あたりまえみたいにくつろぎながら泣いてた
d0038776_22570288.jpg
 11月4日で、次女が3歳10か月を迎えました。まだ若干赤ちゃんっぽいフォルムをしているのに、言うことはもう一丁前なので笑えます。赤ちゃん返りみたいなモードになって甘ったれた声を出すときと、素に戻って長女以上に大人びた女子っぽい口調でペラペラしゃべっているときのギャップも愉快です。
 最近の長女はお絵かきが絶好調で、毎日何枚も何枚も絵を描いています。女の子や、動物や、アンパンマンや、お弁当など、何かもじゃもじゃ独り言を言いながら思いのままに描いています。パズルやブロック、積み木も好きで、毎日それが自分の仕事であるかのように、せっせと遊んでいます。雨の日には、ねんどをしたり、絵の具をしたりして楽しみます。お人形遊びも上手で、着せ替えたり、寝かせたり、女の子らしい遊び方をしています。私があまり相手をしてやらなくても、ちゃんと自分で楽しめるようになり、自分の世界で遊んでいる姿が可愛くて可愛くて、洗濯など畳みながら見ていると、うとうと眠たくなります。
 おうち遊びがとても上手な次女ですが、お出かけももちろん好きで、私が「でかけようか」と言うと「うん!」と、はりきって準備をはじめます。私が出かける直前に携帯やらカギやらを「どこにおいたっけ」と探し出すと、次女は「もー、またー?」と言いながら一緒に探してくれます。最近は次女の体力をつけるため、なるべく自転車を使わず、歩きや三輪車で行くようにしています。もう途中で「だっこ!」と言うことはほとんどなくなり、落ちている葉っぱや小石を拾って三輪車の荷台に入れてみたり、蝶々に手を伸ばしたり、用水路の魚を探したり、空を見上げて飛行機を見つけてはしゃいだり、電車が通ればそれを楽しんだり、散歩の達人になっています。買い物も彼女なりに楽しんでいるようだし、公園へ行けばもちろん喜んで遊具で遊びます。この前はボールを持って行って、ケラケラ大笑いして遊びました。
 毎朝一緒に長女を見送って、一緒にお出かけして、お昼ご飯も一緒に食べて、あれこれしながら一緒に長女を待って、長女の学校行事にも一緒に行って、ずっと一緒に、いつも一緒に、ゆっくりゆっくり流れる時間。あと数ヶ月で次女が幼稚園に入園し、こんなゆるやかな日々ともお別れかと思うと、胸がぎゅっとなります。2年保育にして、この1年ふたりでたっぷり過ごすことができて、本当によかったと、いま心から思います。
 家のどこかにいつでも次女がいて、ドタバタガチャガチャ、笑ったり泣いたり怒ったり、ころころ変わる彼女の喜怒哀楽の相手をするのは大変だけれど愛しいし、連れて行くのが億劫だった公園も、思い返せば、誰もいない公園でお砂場道具を出してふたりひそやかに遊んだ記憶は、宝物になるに違いありません。幼稚園へ行けば、長女がそうであったように、次女の世界も広がって、私とふたりだけの世界だったこの日々の記憶はもう、波にさらわれ沖へ流されていく小枝のように、遠のいていくのでしょう。それが分かっているからよけいに愛しくて、抱きしめすぎてしまいます。怯えやすい心を抱えていつも真剣勝負で生きている次女の所作一つひとつが、可愛くて可愛くて、困ってしまいます。
 こうして月齢ごとに成長記録を書くのは、長女のときと同じく4歳のお誕生日までと決めているので、あともう少しになりました。小さいけれど、次女もやっぱり、育ったのだなぁ。子どもって、育つのだなぁ。明日もたくさん抱っこして髪の毛をなでて、はなしてよおーって言われよう。

 長女のほうも日々育っていて、最近スイミングに通い始めました。ドラゼミを除いては、人生初の習い事です。お友だちが習っている話を聞いて自分も習いたくなったらしく、今までになく真剣に訴えてきたので、夫と話し合って、習わせてみることにしました。これまで、漠然と「なにか習い事してみたいな」くらいのことを言ったことはあったけれど、この習い事がしたい!とはっきり言ったのは初めてだったし、それに今年の夏はプールに連れて行くたびすごく楽しそうで、泳げるようになろうとがんばって自力で練習したりもしていたので、とりあえず泳げるようになるまで、少なくとも低学年のうちくらいは、本人が辞めたがらないかぎり通わせてみようかなと思います。こうして長女の世界がまた一つ広がり、私のほうはまた一つ心配ごとが増えた感じです。まだまだ始めたばかりで全然泳げないけれど、果たしてすんなり泳げるようになるのだろうか。同じグループの仲間とうまくやっていけるだろうか。先生の言うことをちゃんと聞けるだろうか。心配だなあ。

 長女と次女。性格がおもしろいほど違うので、こちらの心配の種類も違っています。長女はマイワールドすぎて周りがよく見えていないところが心配、次女は周りのことを気にしすぎるところが心配。どちらの子にも、私のやっかいな性質が違った具合に遺伝しているので、とにかく、あれこれあれこれ心配です。


# by papiko-gokko | 2017-11-09 22:51 | 月齢ごとの成長記録(次女) | Comments(0)
貝殻を拾うあなたと波に手をひたす私の指先に砂
d0038776_23402608.jpg
 秋の海へ。空気が澄んで遠くの島まで見え、海原はきらきら眩しく反射して、すがすがしい海でした。浜辺に何艘か小舟が置いてあったので、『モアナと伝説の海』のモアナのようにその船に飛び乗り、海へ漕ぎ出したくなりました。長女は波打ち際までいって海をじっと眺めたり、寄せる波に手をつけたりして海を楽しみ、次女は足下に落ちている貝殻や松ぼっくりを拾うのに夢中でした。次女の小さなポケットに、貝殻のかけらは入ったけれど、松ぼっくりは入らなくて、ずっと握りしめていました。

 好きという気持ちだけでは、世の中うまく渡っていけない、生きて抜いていけないと、10代のころあたりから幾度となく聞かされてきたし、自分自身が大人になってからは、度々それを実感しながら生きてきました。だけど、強情で融通の利かない私は、それでも34年間、何かを好きという自分の感情を、何よりの指標として生きました。ひとたび好きだと感じる心をを手放してしまえば、自分の人生を束ねているものがたちまちほどけて、バラバラになって、私はもうどこへ進むことも戻ることもできなくなります。たまに、なんかもうどうでもいいやと全ての好きを手放しかけては、重要な枠組みがガクガクと崩れ傾いていく感覚に恐怖し、あわてて拾い直すのです。
 好きという気持ちだけでは生きていけなくても、好きという気持ちがなければ、私は自分の人生をまともに生きられません。自分の人生を愛しながら生きていくために必要な気力、活力、原動力、情熱、そういったあらゆる力が、好きという気持ちから湧き上がってくるのだから、これからも好きという気持ちにしがみついて生きていくしかないし、好きという気持ちに貪欲であり続けなければなりません。物心つく前、ディズニー映画のピーターパンに夢中になって毎日その存在に近づくことばかり考えていたあのころから、ずっとずっとそうだったから、どうやらこれはもう変えられない生き方です。何があったというわけでもないけれど、そんなことを、ここ数日、考えていました。

# by papiko-gokko | 2017-11-05 00:33 | Diary | Comments(0)


検索

カテゴリ
このブログについて
Diary
月齢ごとの成長記録(次女)
月齢ごとの成長記録(長女)
幼稚園生活(長女)
手作り
短歌まとめ

以前の記事
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
2005年 03月
2005年 02月
2005年 01月
2004年 12月
2004年 11月
2004年 10月
2004年 09月
2004年 08月
2004年 07月
2004年 06月
2004年 05月
2004年 04月
2004年 03月
2004年 02月
2004年 01月
2001年 01月

タグ
(1146)
(848)
(525)
(329)
(321)
(290)
(258)
(254)
(226)
(206)
(198)
(150)
(147)
(146)
(146)
(144)
(143)
(127)
(123)
(118)

外部リンク