日記と短歌
by papiko
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荷台には小石ふるえる三輪車やさしい人とすれ違いたい
 次女と手をつないで歩いていたら、オシャレな洋服のおばあさんが次女に「可愛いねえ、おててつないで、いいねえ」とにこやかに話しかてくださり、それから最後に私にも「大事にしてあげてねえ」と、優しく声をかけてくださりました。町でちょこっと出会っただけの次女に対して、この子が大事にされていてほしいなと、そんなふうに感じてくださったのだと思うと、嬉しくて、ありがたくて、今日はその一言を、何度も思い出しました。もちろん、もちろん、大事にしますとも。

 子育てのあれこれに疲れて負けそうなとき、高頻度で脳内を流れ出すのは、THE YELLOW MONKEYの曲だったりします。徒労感に苛まれているときは『バラ色の日々』、泣きそうなくらいしんどいときは『BURN』、不安感や孤独感に塞ぎ込んだときは『球根』、ウワアアアと叫びたいときは『パール』が、繰り返し繰り返し頭の中で流れます。
 最初に思い浮かんでくるフレーズもだいたい決まっています。『バラ色の日々』なら「追いかけても追いかけても逃げていく月のように」。『BURN』なら「せめて身体だけはキレイに 可愛い可愛い淋しくはない」と「限りない喜びは遙か遠く 前に進むだけで精一杯」。『球根』なら「土の中で待て命の球根よ悲しいだけ根を増やせ」。『パール』なら「愛情の庭に種はまいたが雨は降るのに花はなかなか・・・」。
 こうしてあげてみると、単純にサビなのも多いですが、なにしろイエモンのサビは、胸にずっしり突き刺さるのです。そういえば最近は『離れるな』の出だしもよく頭の中を回ります。つまり、私はイエモン的な情熱、熱情、情念でもって、子育てしているということなのだろうか。イエモンは10代の頃から好きだったけれど、そこまで深く聴き込んでいなくて知らない曲も結構ありそうなので、今度アルバムを借りてしっかり聴いてみようかなと思います。
 昨日は疲れて頭の中で『BURN』がぐるぐるし、あまりにもぐるぐるが止まらなかったので、思わず子守歌に『BURN』を歌ったら、わりとノリノリで歌っていたにもかかわらず、次女がすんなり寝てくれました(長女は完全無視で日記を執筆していました)。次女はロックが好きなのだなあ。ビートルズもいつも一緒に聴いてくれるし、うれしい。

by papiko-gokko | 2017-10-31 22:47 | Diary | Comments(0)
一粒の雨にも濡れてほしくない君がぽろぽろ涙をこぼす
 長女が最近、熱心に日記を書いています。少し前に買い与えた『ドラえもん おしゃべりにっきちょう』が、いい具合に執筆意欲をかき立ててくれるらしく、ドラえもんに話しかけるかたちで、気分ののった日や楽しいことが盛りだくさんだった日は、何ページにもわたって書いています。書き出しにあらかじめ「ドラえもんあのね」と印字されており、記入欄の横にはドラえもんの挿絵と「今日は何して遊んだ?」などのちょっとした質問も書かれていて、最初のころはその質問に答えていましたが、最近はほぼ質問無視で、自分がドラえもんに聞いてほしいことを、あのねそれでねそれからねと書きまくっています。そして書き終えると必ず、私や夫にも読ませてくれるのです。わが子の日記を読める日がくるなんて、なんだか夢のようです。そのうち読ませてもらえなくなる日がくるのだろうけれど。

 先週末、上の妹が引っ越したのでそのお手伝いを兼ねて兵庫まで遊びにいき、9月に3歳を迎えた姪っ子と長女と次女とで、たっぷり遊びました。この日のことは、長女も、それから夫もしっかり日記を書いているので、もう私は書かなくていいんじゃないかなとも思いましたが、夫と長女の日記を比べると、同じ一日を過ごしていても、視点や心に残っている出来事が全然ちがっていて面白かったので、私も書いてみることにしました。私が心に残ったのは、まずなにより、姪っ子が可愛かったこと。ふわふわほよほよふにふにしていて、攻撃力0のあまい声で「◯おばちゃん、これ、みてー」と、シルバニアのおもちゃを見せてくるその可愛さ。次女とは一学年しか違わないけれど、まだまだ全身に赤ちゃんっぽさが残っているのでした。
 最後、お別れするとき、私たちが車に乗り込むと、妹の旦那さんに抱かれていた姪っ子が手をふりながらふいにポロポロ泣き出して、そのうち大泣きでしゃくりあげながら手をふっていて、その純粋さに、あやうくもらい泣きしそうになりました。車の窓から手をだした長女と、ひっくひっく泣きながら握手してお別れし、長女もおどろいたようで、車が動き出してしばらくしてからも「まだ泣いてるかな、そろそろ泣き止んでるかな」と、何度も気にしていました。そしてその日書いた日記に、姪っ子の泣き顔の挿絵を描いていました。あとから聞いたところによると、そのあと、長女と次女が数日前に出した手紙が届いたことで、なんとか気持ちが立て直せたようです。本当は行く前に届けるつもりで出したお手紙だったのが遅く届いたのでしたが、結果オーライでした。
 上の妹一家とはこれまでも数ヶ月おきに実家やうちなどで会っていましたが、ただ彼女らが大阪に住んでいて車で行くには少し遠かったため、妹一家の自宅に遊びにいったのは、彼女が結婚してから初めてのことでした。だから、夫婦で選んで買ったのであろう家具たちのほどよく統一された色合いや、その中で繰り広げられる上の妹と旦那さんのなにげない会話が、なんだかとても新鮮で、ああちゃんと夫婦でいろいろ考えて、二人らしい心地よい家庭を築いているのだなあと、とてもほっとして嬉しく、少しだけ寂しくなりました。長いこと同じ家で一緒に育った私と妹もお互い大人になって結婚をして、当たり前のことだけれど、もう別々の違う家族なのです。姉妹でもこんなふうに一抹の寂しさを感じるのだから、私たちを育てた両親は、もっと寂しいのだろうか。わが子がそれぞれの家庭を持つときのことなんて今はまだとても想像がつきませんが、ただ、自分の居場所、生きる場所を見つけて幸せに暮らしているのならば、寂しさよりも安堵感や嬉しさのほうが勝るかな、という気はしています。といいつつ、次女がもうすぐ幼稚園へ入ると思うだけで、寂しくてたまらなかったりするのですが。

 こうして書いてみると、やっぱり、夫とも長女とも違う日記が書けたので、書いてよかったです。ドラえもんにがつがつ話しかけていく長女のハツラツとした日記を読んでいて、話しかける気持ちで書くって、書く喜びの基本だよな、書くパワーの源だよな、とつくづく思いました。私もこの日記を、だれかに話しかけるつもりで書いています。それを意識して忘れないようにするための、ですます調でもあるのです。小学1年生のときたまに出た宿題の「先生あのね」で始めるあのね日記が大好きでした。日記を読んだ先生から帰ってくる大きな花丸と、ところどころの波線と、赤ペンのコメントも大好きでした。あのときのハツラツとした執筆意欲を、長女の日記が思い出させてくれます。
 長女はもうすぐ『ドラえもん おしゃべりにっきちょう』を1冊使い切ってしまうので、今度はドラえもん柄の普通のノートを買ってやるつもりです。もう彼女の中で日記の基礎はできあがった感じがするので、次からは普通のノートでもがんがん書けそうです。


by papiko-gokko | 2017-10-31 12:35 | Diary | Comments(0)
伝えたら消えそうだった同じ部屋ちがう窓から見てた三日月
 秋で空が澄んでいるので、最近は月がくっきり見えて、次女が毎晩のように「おかあたん月がでてるよ!」と教えてくれます。次女のおかげで、毎晩月を見上げる時間ができました。

 先日、次女と手をつないで歩いていたら、向こうから歩いてきたおじいさんが、すれ違う間際、次女のほうを見てふっと優しい顔になり温かい目を向けてくれて、それがとても、幸せでした。この町に、私の生んだ子どもたちを好意的な目で見てくれる人がいるんだと思うだけで、この町が好きになり、心穏やかに生きていけそうな気持ちになります。なかなかのレベルの人見知りなのに、守られていたい、突き放されたくない、という思いは人一倍強いのです。
 自分から積極的に人付き合いをするほうではないので、この町に住み始めて3年経ってもなお町に馴染めている自信はないのですが、長女が幼稚園、そして今は小学校に通っているおかげで、そこから私もなんとか町や人とつながることができています。今月は、ついに次女の幼稚園説明会もあって、ひさびさに行ってきました。次女もいよいよ来年からは、本格的にこの町の子として生きていくのです。
 説明会当日、長女のときほどではなかったものの、やはり私はガチガチに緊張して、手足が冷えっぱなしで、何度もトイレに行きました。長女のときは雨で、0歳児の次女をエルゴで抱っこして、長女と手をつないで、傘をさして行ったのを覚えています。あれから3年経って、あのとき0歳だった子が、幼稚園に入園するなんて。漫画を読んでいて「あれ、今ページ抜かしたかな」と戻ってページ番号を確認したら別に1ページも抜かしてなかったみたいな、そんな気分。
 次女はいい具合に幼稚園を楽しみにしはじめているので、この調子で入園できればいいなと思います。ひさびさの幼稚園ママたちの雰囲気に、私のほうが圧倒されて、ああやっぱりなんかすごいだめだこの感じ・・と、1時間足らずのあいだに心が折れかけました。どんなに苦手でも、母として次女のために、朗らかに気丈であらねば。次女は私の心の揺れを敏感に察知する子だから、母として大人として、なおさら気持ちをしっかりもとう。

 最近、手塚治虫の『火の鳥』を、図書館で借りて読み始めました。以前から『ブラックジャック』は大好きで家に全巻あるので、それをなんとなく読み返していたら、面白くて面白くて面白すぎて、作品への想いが燃え広がって、ほかの作品にもチャレンジしてみたくなったのでした。それで、前々から読んでみたいと思っていた『火の鳥』をついに読み始めました。寝かしつけの添い寝中に毎日ちょっとずつちょっとずつ読んで、今やっと、黎明編と未来編の2冊を読み終えたところです。これはとんでもないものを読み始めてしまった・・・と、ゾワゾワがとまりません。藤子・F・不二雄のSF短編を読んでいたときと同じ恐ろしさです。あまりにも壮大で、すさまじくて、とても自分ひとりの脳みそでは、処理しきれないような内容です。だから、夫にも読んでくれ読んでくれと催促して、読み始めてもらいました。これはもう、一人では抱えきれないので、夫にも読んでもらって、語らわなければ気が済みません。

by papiko-gokko | 2017-10-26 01:11 | Diary | Comments(0)
水色のクレヨン強く走らせて今日見た空の素肌に触る
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 最近、次女の描く絵には、よく青空が登場します。頭の上に青や水色でシャシャシャーっと空を描くのです。そういえば次女は毎朝天気予報を気にして、洗濯物を外に出そうとサッシを開けると必ず邪魔な位置に割り込んできて、空を見上げています。外で遊ぶときも、次女は小さな体全部で大きな空を感じながら遊んでいるのでしょう。踏みしめている大地より、触れることのできない空の存在感のほうが、次女にとっては大きいのかな。自分の手で描くことで、空に触れているのかな。同じ年齢のころ、長女はあまり空を描かなくて、すべり台とかブランコとか、遊具をよく描いていました。長女の絵も次女の絵も大好きで、壁にたくさん貼っています。
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 たくさん貼りすぎて、テープだとはがれてきたとき汚らしくなるので、とくにお気に入りの絵は額縁に入れて飾ったりして、居間の壁がかなりにぎやかなことになっています。賃貸で画鋲は刺せないから、あれこれ工夫して、網にひっかけています。本当は、まだまだ飾りたい絵がたくさんあるのだけれど、きりがないので、ファイルに保存しています。そのファイルもたまりに溜まって、二人合わせて10冊近くあります。唯一無二すぎて、一体この先どうしたものか。今の時代、スキャンしてデータ化すればいいのだろうけれど、どうしても捨てられなくて、溜まる一方です。
by papiko-gokko | 2017-10-12 22:35 | Diary | Comments(0)
赤ちゃん返りと将来の夢。
 10月4日で、次女が3歳9か月を迎えました。いよいよ4歳が近づいてきたなあと感じます。それなのに、いや、それゆえなのか、最近の次女は、ちょっとおかしいのです。赤ちゃん返りというのでしょうか、まるで自分の成長を拒むかのように、わざと幼い行動をとることが増えました。
 たとえば、急にハイハイしてみたり、赤ちゃん言葉でしゃべったり、赤ちゃんのころにつけていたよだれかけを着けてお出かけの時も頑なに外さなかったり、赤ちゃんのころにかぶっていた窮屈な帽子をむりやりかぶり続けたり、赤ちゃんのころに着ていた服を着たいと大泣きしたり、「赤ちゃんだっこして」と赤ちゃんみたいな抱っこの仕方を何度も要求したり。
 赤ちゃん返りというと、下の子ができたとき上のお姉ちゃんやお兄ちゃんがなるものだと思っていましたが、次女には下の子なんてできていないのに、どうしてこんなことになったのでしょうか。逆に長女の場合、次女が生まれてからも、とくに赤ちゃん返りみたいなことがほとんどなかったので、予想外のタイミングで初めて経験する赤ちゃん返りっぽい現象に、戸惑っています。
 下の子がいない次女にとって憧れの対象は赤ちゃん時代の自分自身であるらしく、最近は赤ちゃんのころの自分の映像や写真を見るのが大好きで、見たあとはすっかり赤ちゃんに戻ってしまいます。赤ちゃんに戻った次女も、そりゃあ懐かしいやら可笑しいやらで可愛いけれども、でも成長を拒んでいるように思えるのは、ちょっと寂しいし、心配です。おそらく、来年からは幼稚園に行くというプレッシャーが原因になっているのかもしれません。
 長女が通っていた時代から送り迎えで日々幼稚園の様子を見てきた次女にとって、幼稚園とは大きなお兄さんお姉さんがいく場所なのです。その、大きなお兄さんお姉さんが通っていた場所に、来年から自分が通うのだということに、次女はただならぬプレッシャーを感じているようです。実際、幼稚園の話になると、とたんに次女は情緒不安定になって、足をバタバタさせたり、声を荒げたりします。なにより、私と離れることが、不安でしかたないようです。
 とはいえ、決して幼稚園に行きたくないわけではなく、前回はじめて園庭開放で遊んで以来、次の園庭開放を楽しみにしているし、「4さいになったあの幼稚園いくんだ」と、嬉しそうに長女や夫に話していることもあります。楽しみな気持ちと不安な気持ち、お姉さんになりたい気持ちとまだまだ赤ちゃんでいたい気持ちとのあいだで、日々揺れて揺れて、その結果、赤ちゃん返りっぽい状態になっているのでしょう。できることなら、不安を取り除いてやって、もっと楽な気持ちで入園できるようにしてやりたいけれど、どうすればいいのか分かりません。園庭開放などに連れて行って、少しずつ自信をつけていって、馴らしていくしかないのかな。
 赤ちゃん返りをしていないときの次女は、とてもお姉さんらしくなってきていて、私と二人でいるときは甘えて赤ちゃんみたいになっていることが多いのですが、長女とふたりで遊んでいるときなどは等身大の自然体の次女になっているので、ほっとします。長女が学校の先生ごっこにハマっていて、次女向けにテストをつくるので、それを一生懸命といたり、長女の不思議ワールドな授業を真剣に受けたりして、立派な教え子になっています。最近はなんとなく、私といるときより、長女といるときのほうが、心が安定している気がします。ここのところ私が苛立ちぎみで低空飛行だったので、そのせいもあるのかな。反省します。
 次女はどうやら人の心に敏感みたいで、次女の表情や言動から、私の感情がそのまま次女に流れ込んでいるような感覚を、よく味わいます。私が心を落ち着けて、どんと構えていなければ、次女はますます不安になってしまうだろうから、次女のためにも、穏やかな心でいなくては。アロマとかすればいいのかもしれないけれど、匂い全般があまり得意じゃないから、本を読んだり、音楽を聴いたり、自分の心が穏やかになれることを見つけて、なるべくそこに時間をかけられるように暮らそう。それにこうして文章を書くことも、私にとっては大事です。昨日長女と将来の夢の話になったとき「おかあさんは、子育てが終わったら、何になりたい?」と聞かれ、うーんと考えた末に、「今のお仕事をずっと続けたい。それから、文章をいっぱい書きたい」と答えた自分がいて、そんな自分に自分で、ふーんやっぱりそうなのかーと思いました。
 ちなみに長女の将来の夢は、これまでずっと「おかあさん」だけでしたが、このたびついに「作家さんにもなりたい」と言い出しました。ああ、やっぱり、私と夫の子は、こちらが何も言わなくても、そういう夢を持つようになるのだなあ・・・と、思わずしみじみしました。作家になりたい理由が「夜おそくまで起きていられるから」というのも、長女らしくて笑えます。そして次女はアイドルになりたいそうです。作家とアイドルかあ。ふたりともすてき。夢ごと大好き。


by papiko-gokko | 2017-10-09 00:29 | 月齢ごとの成長記録(次女) | Comments(0)
あき
 子どもたちと一緒にチューリップを植えました。去年と同じように、長女と次女、それぞれ5株ずつ、それぞれのプランターに植えました。今年の春は半分ぐらいしか咲かなかったけれど、来年の春は、たくさん花を咲かせてくれますように。長女のリクエストでひと株だけ、バラみたいな感じの花が咲くというチューリップの球根も植えてみました。果たして、どんなのが咲くのだろうか。
 今日は冬用布団も出したし、これからの季節放っておくと大変なことになる結露対策のシートも窓に貼りました。衣替えもほぼ終わり、この一週間で、着々と冬支度を整えています。冬支度を整えていると、ああ私もちゃんと動物らしく生きているなあと、活力が湧いてきます。春から夏より、秋から冬への変化のほうが好きです。

by papiko-gokko | 2017-10-05 22:38 | Diary | Comments(0)
新しいクレヨン。長女の忘れ物と癇癪。
 昨日は泣いてばかりいた次女でしたが、今日は朝からご機嫌に過ごしていました。よかったよかった。文具の安いお店に言ったので、前々から新調したいと思っていたクレヨンを買ってやりました。次女は真新しいクレヨンが、描くたびちびていくのを気にしながらも、たくさん絵を描いたり塗り絵をしたりして楽しんでいました。

 二日連続で長女に忘れ物を届けに行きました。昨日は雨の中を自転車で、今日は次女が三輪車で行きたいと言い張ったため、学校の手前まできこきこ三輪車で行きました。直接教室へ行ってはいけない決まりなので、職員室におられる先生に手渡すだけですが、今ごろこの校舎のどこかで長女ががんばっているのだなと思うと、もう充分、普段は見ることのできない昼間の長女に触れることができたような気持ちになりました。二日とも一緒に行った次女も、なんだか重要な任務を果たしたような満足げな顔をしていました。それにしても、二日連続で忘れ物をするなんて、私そっくりで困ります。私は忘れ物と落とし物の癖が、ついに直らないままここまできてしまいました。長女もそうなるのだろうか。

 夜、ひさしぶりに長女が癇癪を起こして大泣きしました。あまりにも悪い態度を繰り返したので叱ったら、大声で泣き、手足をばたばたして暴れ、こちらのどんな言葉にも反抗的な言葉を返してくるのでした。6年間育てているとさすがに私もこういうときの長女の扱い方に慣れてきていて、少し前までの私だったら、長女と同じテンションで張り合って同じくらい激高していましたが、それをしても長女がどんどん興奮してお互いボロボロになって眠るのが遅くなるだけだということがこれまでの経験でよくよく分かっているので、今日はとにかく冷静に穏やかに、調子に乗らせない程度に優しく接し、長女の感情の炸裂を受け止め、長女の気が済んできたなと感じたら、お話しようよと言って寝室に連れて行き(寝ようと誘うと眠くないもんと言って泣き出す)、横になってだらだら関係ない話をして、完全に落ち着きを取り戻してきたら、子守歌を歌い、それでなんとか今日は、普段とほぼ変わらない時間に寝かし終えることができました。少し前までの私だったら、プラス1時間はかかっていたと思います。きっと学校でもいろいろあるのだろうし、たまに何かのきっかけでウワーッと泣いて暴れて憂さを晴らしたいこともあるのでしょう。たいへん迷惑ですが、母親なので、がんばって受け止めるしかありません。
 長女が今日のような感情爆発状態になるたび、長女を出産したときの、白く静かな授乳室を思い出します。控えめな音でジブリのオルゴールが流れていて、それを聞きながら、不器用に授乳クッションを動かしつつ、必死で慣れない授乳をしていました。長女がワーワー泣いて生意気な言葉を吐いている真っ最中に、なぜだか、あのときの、静かで穏やかな空間を思い出すのです。あのときのあの子がこの子なんだなと思うと、どんなに生意気な態度をとっていても、なんだかクスッと笑えてきて、そして、ああ感情がハチャメチャになっているこの子をなんとかしてやらなくちゃと、冷静に思えます。あの授乳室は、長女と私の親子関係の原点なのかもしれません。

by papiko-gokko | 2017-10-04 00:08 | Diary | Comments(0)
Tell me why you cried
 季節の変わり目からくる情緒不安定か、今日は朝から次女が泣いてばかりいて、私も悲しくなった一日。長女が学校から帰る時間帯になると、GPSで位置情報を確認して、最後から二番目の曲がり角をまがるころを見計らって、いつものように今日も次女と、家の前へ。雨の中、私は傘、次女は雨合羽を着て、長靴で水たまりをじゃぶじゃぶしながら待っていたら、明るい黄色い傘をさし、あちこちよそ見しながら小走りで帰ってくる長女が見え、次女は大喜びで駆け寄っていきました。雨の日でも長女はハツラツとしていて、やけに天真爛漫で、なんだかんだと屈託無くしゃべり続け笑い転げるので、泣いてばかりいた次女も、つられて悲しくなっていた私も、元気になりました。長女のおかげで、朝からほとんど聞けていなかった次女の大笑いを、今日も聞くことができました。長女の存在は偉大です。長女がいない時間帯も、次女に楽しく過ごてほしくて、私なりに工夫しているつもりで、ちょこちょこ電車ででかけてみたりもしているのだけれど、それでも雨が降っただけで、次女は泣いてしまう。今日はもう、なんでもかんでも悲しかったらしく、朝から嫌な夢を見たと言ってしくしく泣き、お腹がすいたと言ってぐずぐず泣き、食べ過ぎてお腹が痛いと言ってうじうじ泣き、つみきを出してと地団駄踏んで泣き、もう小さくなったお気に入りの服をまだ着たいと言ってぽろぽろ泣いていました。とにかく泣きたかったのか。ああ、そういえば、絵描き歌をしているときだけは、笑っていたかな。明日はもっと笑って過ごせますように。長女がそうしているように、次女を楽しませるためには、私自身も本気で楽しまなきゃと思うのだけれど、私は今、何をすれば自分の心が楽しくなるのか、いまいちよく分からないので悩みます。好きな音楽を心ゆくまで聴いているときいちばん魂にパワーが溢れる感じがするので、毎日のように「ジョンがしゅき」と伝えてくれる次女と、いろいろ音楽を探究してみようか。いい音の出るスピーカーがほしいなあ。
by papiko-gokko | 2017-10-02 23:49 | Diary | Comments(0)


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