日記と短歌
by papiko
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新しいかばんが欲しい待つ人も行くあてもない雨降りの日は
 久しぶりに雨が降って、公園へ行かずに体力を温存することができたので、ふだん見て見ぬふりをしていた、洗濯機やらお風呂の隅のほうの掃除をしました。洗濯機が磨けば磨くほどピカピカになって、思いのほかいい気持ちでした。こういう掃除は、もっと頻繁にやらなければと、やるたび思うのに、汚れが目視できるようになるまで、つい後回しにしてしまいます。
 雨が降ると、公園大好きの次女もさすがに諦めがつくらしく、今日は一日おとなしく、おうち遊びをしていました。途中いきなり、ハートとリボンのついてる新しいかばんを今すぐどうしても買いに行きたいと泣き出して、でも雨だしもうすぐ長女の帰ってくる時間だし無理だよと言ってもどうしても欲しいと泣き止まず、なんとか泣き止ませるために、画用紙とビニールテープでA4サイズのかばんを作ってやったら、それに自分でハートとリボンを描いて満足してくれました。3歳児のそういうところが大好きです。雨の日には、またなにか作ってやろう。

 小学1年生になったのを機に、夜、次女を寝かしつけるあいだ、長女は読書をするようになりました。毎晩8時に寝室へ行き、8時半前に絵本の読み聞かせを終えて、そのあと次女はいだいたい15分~30分ぐらいで眠りに落ちるので、そのあいだが、長女の読書タイムです。次女がすんなり寝て、まだ9時になっていないときは、9時まで読書をしてもいいことにしています。長女は幼稚園のころから、次女が寝るまで絶対に寝なくて、いつも布団の中で退屈そうにしていたので、読書OKになったのがすごく嬉しいらしく、次女にはない自分だけの特別なそのひとときを満喫しています。これからもずっと、長女にとって読書が必要に迫られてするものでなく、人生の楽しみであり続けてくれるといいなと思います。
 9時になったら、長女の電気スタンドを私がもらって、今度は私が長女のそばで読書をします。少し前までは、私が本を読んでいると気になって眠れないと言って読書をさせてくれませんでしたが、彼女自身に読書タイムができてからは、気持ちに余裕ができたのか、そばにいさえすれば、本を読んでいても構わないというスタンスになってくれました。これが非常にありがたく、長女の寝付きが悪いおかげで、私の読書量が増えました。寝室はほかにすることがなにもないから、読書がはかどります。
 この前図書館で子育てに関する実用書も数冊借りたので、ここ数日はそれらも読んでいます。実用書を読むのはあまり得意ではないのですが、子育て、とくに長女のこれからの育て方についていろいろと考えたくて、借りてみました。そして読んでみた結果、これまでの子育てでわが子の性質に関するデータがある程度蓄積されてきているから、その蓄積データと本の内容の相性が良ければ、これは的を射たことがたくさん書いてある素晴らしい本だな・・・と思うし、逆にわが子にはまったく効果がなさそうな内容であれば、この本に書いてある子育て論は話にならんな・・・と思う、子育ての本というのはつまりそういうものなのだなということが分かりました。それに、何冊か子育ての本を読んだことで、私は自分が思っていたよりもずっと、理想の子育てのかたちを自分の中に持っているのだということも分かりました。だから、その漠然とした理想を、くっきり言葉で表してくれている本に出会うと、手探りで歩いていた暗がりの道にぱっと明かりを灯してもらったような安心感を得ることができました。
 たまに「子育ては千差万別だから育児書なんて読まなくていい」というような言葉を目や耳にして、それは確かにその通りなのかもしれないけれど、その言葉をそのまま鵜呑みにしてまったく一冊の育児本も開こうとさえしないのは、やはりもったいない気がします。数冊の育児書に触れることで、自分の中にある漠然とした理想にはっきり気づくことができたり、わが子はこんなの通用しないなとか、わが子もこのタイプだなとか、そんなふうに、わが子や自分の普段の子育てを客観視して考えることができたりするからです。たとえば今回読んだ本の何冊かにも出てきた「理由をちゃんと説明すれば分かってくれます」というのは、なかなかうちの子に通用しなくて、それはなぜなのだろうと考えたことで、うちの子の場合「どんなに説明されたところで嫌なものは嫌なんだ!」と、理屈の羅列に感情の爆発で反撃してくるんだよなあ、理屈に感情は適わないんだよなあと、結論づけることができました。子育ての本は、情報収集のためでなく、考えるために読むものなのだと思います。


by papiko-gokko | 2017-05-24 23:21 | Diary
聞いて聞いてだけどこっちを向かないで見て見てだけど問いかけないで
 午前中のうちに公園と買い物を済ませて、午後は長女が帰ってくるまで家でゆっくり過ごすのが、ここのところの日課です。公園ではお砂場遊びを15分ぐらいして、さらりと遊具遊びをして、その辺に転がっていた木の棒で土の上にお絵かきをして、最後に私が足で書いた簡単な迷路とケンケンパをしてから公園を出る(三輪車の場合は三輪車に乗る)というルーティーンができあがっています。私の書いた雑なケンケンパを短い足で一生懸命に跳ぶ次女を見ていると、ああこの子の一日は私次第なのだなぁと、なんだか泣けてきます。そんな代わり映えのない毎日でも次女は飽きないらしく、毎日長女を学校へ送り出すと、一息つく暇もなく「公園いこう!」と騒ぎ出します。
 次女は飽きなくても私は飽きてしまったので、今日は初めて次女と二人で電車に乗って、二駅先にある少し大きな公園まで足を伸ばしてみました。たった二駅の旅だったけれど、いつもの行動範囲をちょっと離れられるだけでも気分爽快で、頭の中でB'zの「ちっぽけな世界で苦しむことはない、ガラクタに埋まるドアを開け」というフレーズを口ずさんでいました。次女も窓の外を見て楽しそうにはしゃいでいました。車を運転できないお母さんだけど、こうして公共の乗り物を利用して、平日だって行こうと思えば遠くへ行けるんだと、次女にも思ってもらえるようにしよう。思えば長女が3歳のときは0歳の次女がいたから、こういうことができなくて、ちょっと可哀想だったなあ。
 二駅先のその公園へはよく、休日に一家で車に乗って行くので、駅を降りて少し歩き、その公園が見えてきたとき、次女は「パパと行く公園だ」と不思議そうに言いました。私も次女と二人だけでその公園にいて、公園の駐車場に自分たちの車が止まっていないことが、なんとも言えず不思議でした。長女も大好きな公園なので、きっと悔しがるだろうなと思いながら、休日よりも空いていて遊びやすい遊具で、次女とひっそりくすくす遊びました。午前中でも日射しが強くて暑くて、そんなに長くは遊べませんでしたが、それでも、二人で遠くの公園まで行けたという事実だけで、私も次女も充分満足していて、公園の近くにある施設に入って少しクールダウンしてから、再び駅に向かって歩きました。
 電車の本数が少ないため乗り過ごさないように早め早めで行動していても、次女と歩いていると、数歩ごとに立ち止まるので、ちっとも進まなくて、行きも帰りもヒヤヒヤしました。好みの花が咲いていれば摘み、小さな虫がいたらしゃがみ込んで凝視し、魚やカメを探して道沿いの用水路をのぞき込み、頭上をヘリコプターが横切ればひっくり返りそうなほど見上げ続け、つくづく子どもは散歩の天才だなぁと、感心してしまいます。
 次女の最近のお気に入りは、塀などによくいる、じっと目を凝らさないと見えないくらい小さな赤い虫で、どこでもいきなりしゃがみ込んでは「あかむちちゃんいるかな」と探し始めます。今日も時間が差し迫っている中それが始まったので困りました。ハエ以上の大きい虫は嫌いな次女だけれど、攻撃性を感じないあかむしさんは大丈夫らしく、砂場でも「あたむちちゃんのおうち」をせっせと作っています。長女が下校するころ外に出て帰ってくるのを待つあいだも、近くの塀やアスファルトをじーっと観察して赤い虫を見つけるのが日課になっています。次女にとっての、まっくろくろすけみたいな存在なのかな。

 暑くなってきたせいか、それともただ単に私の体力が落ちてきているのか、最近、子どもの寝かしつけを終えるともう精も根も尽き果ててしまう日が多くて、そのまま寝てしまったり、なんとか起きられた日でも、ぼーっとネットを眺めて終わってしまい、ブログを書くパワーを作り出せずに日々が過ぎていきます。
 こんななんでもない日記ブログでも、こうして人目に触れる場所で書く以上、書き上げるにはそれなりのパワーを使います。だれも読んでいないかもしれないけれど、だれかが読んでくれているかもしれない、という思いがあるから、がんばって気合いを入れて姿勢を正して書こうと思えるのです。人目に触れる場所に書くパワーが出ないからといって、だれの目にも触れないノートに書こうとすると、私の場合、本来のだらしなさとマイナス思考と自己愛が暴走してグロテスクに混ざり合って、まともな記録になりません。私は、人目に触れることを意識して初めて、文章として成り立つものを書くことができるタイプの人間なのだと、ノートに記録を残そうとするたび思い知ります。もし仮に、ネットのない時代に生まれていたとしても、人目に触れることを前提としての日記しか、書けなかったに違いありません。私の書くものはいつだって、聞いて聞いてが原動力の、やかましい文章です。それ以外の文章の書き方が、私には分からないし、教えてもらったところで、たぶんうまくできないでしょう。聞いてほしいことがなかったら、もう文章なんて書かなくていい。そして生きているということは、聞いてほしいことだらけ。



by papiko-gokko | 2017-05-19 23:01 | Diary
どうすればいいか教えて泣きながら九九を覚えたあの日の私
 長女が帰宅してから数時間の過ごし方が、まだうまく定まりません。長女が帰ってくるまで、静かな湖をのんびりゆっくり進んでいたような時間が、長女の帰宅したとたん、激流川下りになります。家に帰ってきて、おやつを食べてからお勉強タイムに入りますが、小学校で味わった興奮をそのまま身体中に充満させて帰ってきている長女は、どうも落ち着きがなくて、集中力が持続しません。計算の途中で、学校の出来事を話し始めたりします。次女がそばでやかましくしないように、お勉強タイムは次女にも大人しく塗り絵をやらせたりなどしているけれど、それでもやっぱり、次女の塗り絵のほうが楽しそうに見えて、気になってしまうようです。
 幼稚園のころお勉強はドラゼミだけだったので、わりと短時間で集中してできていました。しかし、今は学校でも勉強しているし、宿題もあるし、ドラゼミも難しくなったから、やはり幼稚園のころと同じモチベーションで机に向かうのは難しいようです。本人にやる気がないわけでないので、私のやり方次第なのかもしれません。家庭学習の指南書を読んでみようか。
 とにかく今週の長女は、毎日学校から帰って寝るまでずっとハイテンションで、歌ったり踊ったり次女にちょっかいを出したりひたすら無駄に動き回って、「ちょっと落ち着きなさい」と何度言ったか分かりません。長女の頭の中で、その日吸収した新しい世界が手当たり次第に楽器を持って不協和音の大合奏を繰り広げているような、そんなハチャメチャで危うい印象を受けます。
 学校は幼稚園より机にじっと座っている時間が長いから、体の動かし方が足りなくて、ムズムズするのだろうか。帰宅後いっしょにラジオ体操でもしてみようか、いや、そんなことしたらますます興奮してしまいそう。そして私だけがラジオ体操したぶんだけ無駄に疲れそうだからそんなものは却下だ。本当にまったく、どうすれば落ち着かせることができるのだろう。座禅でも組ませたいくらいです。まだ小学校生活は始まったばかりだし、そのうち落ち着くのだろうか。落ち着かなければ困ります。寝るまでハイなので、もともと悪い寝付きもより一層悪くなっていて、寝付くまでそばにいてやらないと泣くから、こちらも泣きたくなります。今日も先ほどまで、泣きたくなりながら太宰治を読んでいました。この機会に、読み直すことにしたのです。なかなか寝ないから、どんどん読み直せそう。
 自分が小学1年生のときは落ち着きがあっただろうかと遠い記憶を探ってみると、日暮れまで土手や空き地を駆け回っていたこと、泣きながら宿題をやったこと、クラスで落とし物の女王だったことなど、とても落ち着きがあったとは思えないエピソードばかりが思い出されてきました。同い年ぐらいのころを比べれば、長女のほうがよほどちゃんと机に座っています。私なんて、算数の宿題のたびに泣いていました。計算ドリルという言葉を聞いただけで、未だに気が重くなります。音読の宿題は大好きだったけれど、計算ドリルは、あれはもう、泣いていた記憶しかない。
 勉強というと、自分がいちばん勉強をがんばっていた中高時代のイメージがつい浮かんで、無意識のうちに長女にそれを求めてしまっているようなところがあるのかもしれません。なんでこの子は宿題くらいちゃんと落ち着いてできないんだ!と、つい苛立ってしまったときには、泣きべそかきながら計算ドリルをやっていた私のことを、思い出すようにしよう。親にさんざん迷惑かけながら宿題をやっていた、落とし物女王だった自分を思い出そう。小学1年生のころの私は、本物の箒さえ手に入れば空を飛べると思っていたし、修行を積めば乱馬になれると思っていて、修行ノートをつくって本気で修行をしていました。まだまだ小学1年生の頭の中なんて、そんなものなのだということを、忘れないようにしよう。なんなら1年生のころの私の写真でも、そばに飾っておこうか。

by papiko-gokko | 2017-05-11 23:26 | Diary
なにげない落書きにさえ容赦なく時の流れが刻み込まれる
 5時間授業を終えて長女が学校から帰ってくる時間が、わりと16時前だったりして、着替えておやつを食べて宿題とドラゼミをして、夫が帰ってきてご飯を食べてお風呂に入ったら、もうあっという間に寝る時間で、一緒に過ごす時間の短さに、驚きます。小学校になったら一緒に過ごす時間ってこんなに短くなるのか。やはり、幼稚園までとは何もかもがまるで違います。もう、長女は長女の世界を生きている。
 今日は雨が降っていたから、次女と一日家から出ずに、戸棚の整理などして過ごしました。紙類を整理していると、長女が2,3歳のころに絵を描いたノートやら、4歳ごろにやったワークなんかが出てきて、子どもと過ごす一日をどんなに長く感じようと、時間は止まることなく確実に流れ続けているんだな・・・と、ぼんやり思ってすこし怖くなって、次女をぎゅうっと抱きしめました。

 子どもが大きくなって、社会と触れ合うようになってくるにつれて、「人は人、自分は自分。よそはよそ、うちはうち!」という言葉を、子どもにも自分自身にも、言い聞かせる場面が増えてきました。周りと比べすぎて、目指す方向がぶれないようにしなくてはと思います。その一方で、私が周りのことに疎すぎるせいで長女に無駄な精神的負担を負わせてしまうようなことがないようにしなくてはとも思います。それから、私の能力が至らないせいで、たとえば、私のアイロンがけが下手なせいで給食当番のとき子どもが恥をかくようなことにはならないようにしなくてはとか、そんなことも思います。要は、小学生の親であることに、まだまだ緊張しているのです。長女のサポートをするどころか、足手まといになっちゃったらどうしようかと、身構えているのです。昨日は勇気を出して、幼稚園時代に親しくなった先輩ママに連絡をとり、よく分からなくて困っていたことをいくつか教えてもらいました。とても親切な方で、いろいろ細かく教えてくださって、ずいぶん気持ちが軽くなりました。親切な人って、尊いなあ。
 長女もきっと、まだまだ緊張の中にいるのだろうけれど、宿題もそれ以外のお勉強も、本当によくがんばっています。今のところ、お勉強することがとても楽しいみたいで、何よりです。この調子で勉強に励んで、学門を武器にして好きな世界に突き進んでいけたらいいな・・・なんて、ひらがなとすうじのお勉強が始まったばかりの段階なのに、遠い未来をあれこれ思い描いています。過度な期待をしてプレッシャーを与えないよう、それでいてやる気を盛り上げられるよう、絶妙な力加減で応援するって、どうやらすごく難しい。今日は口を出しすぎて怒らせてしまいました。大きくなってくるにつれて、この力加減はどんどん難しくなってくるのだろうな。私なんて中学3年生のころ、勉強の「べ」という言葉を言っただけで、キッと目がつり上がっていたそうです。どうしても第一志望の高校に入りたくて中3のときはいわゆるガリ勉状態で、いつもピリピリしていました。親には勉強のことについて一言も口を出してほしくなかったのを覚えています。長女もそうなるのだろうか。どうしよう。いやいや、そんな先のことよりも、今日の長女が明日の時間割をちゃんと準備できているのか、そのことをまず心配しよう。私と似てボーッとしたところのある子なので、毎日心配です。

by papiko-gokko | 2017-05-09 22:56 | Diary
今年のゴールデンウィーク。次女3歳4カ月。
 GWが終わります。遠出の旅行はしなかったけれど、家族でカラオケに行ったり、あちこち買い物に出たり、録画していた映画を観たり、公園へ行って、少し前に買ったワンタッチテントを初めて広げ、その中でおにぎりを食べたり、毎日それなりに楽しく充実した過ごし方ができました。何より、長女が自転車に乗れるようになったのが、今年のGWのハイライトです。4日には母の実家の用事で岡山に来ていた私の両親がうちにも遊びに来て「子どもたちの面倒を見とくからふたりでデートしておいで」と言ってくれたので、夫とふたりで2時間ほどデートをしました。ふたりだけで2時間も外出するなんてあまりに久しぶりすぎて、デートがどういうものだったのかすらおぼつかず、結局ショッピングモールをぶらぶらしただけで終わってしまいましたが、それでもかなり気持ちが若返った気がします。ショッピングモールでは、私の夏用肌着2着と、それから夫は具合のいい文鎮を見つけて2つ買っていました。洋裁をするときにあると便利なのだそうです。子どもたちを連れていないだけで、移動も買い物も何もかもがスムーズで、声を荒げる必要が一切なくて、ふだん自分たちがどれだけ子どもたちにパワーを使っているのが分かりました。最近子どもたちはディズニー映画『塔の上のラプンツェル』にハマっているので、お土産にラプンツェルのメモ帳を2つ買い、それから2時間面倒をみてもらった両親には、オシャレっぽいパン屋さんのパンを買って帰りました。
 今年のGW、子どもたちは毎日やかましくてパワフルで、夜もなかなか寝なくて、毎日くたくたになったけれど、わが家らしいかたちで過ごせた、心地よい数日間でした。
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 GWのあいだに、次女が3歳4カ月を迎えました。今日はそのことを書かなくては。この1カ月でのいちばんの成長は、オムツをいきなり卒業したことです。前日までは、パンツをはいてみるのも、トイレに座ってみるのも拒絶していたのに、ふいに、「ちっち、行ってみる」という言葉が出て、座らせてみたらすんなり成功し、そのときから今日まで、失敗はたったの2回くらいです。勢いがありすぎてちょっとこぼしてしまったり、最近では、外出するたび行きたくないのに「ちっち行ってみる」と必ずトイレに座ってみなければ気が済まなくてウンザリさせられたりもしていますが、もうオムツは夜寝るときだけしか絶対にはかず、立派にパンツ生活を送っています。夜間もオムツを濡らしていない日がほとんどなので、今うちにあるオムツがなくなったら、夜間もパンツにしてみようかなと考えているところです。
 今回のオムツ卒業と、それから3歳になってすぐできた卒乳とで、次女がどういう子なのかが、とてもよく分かりました。次女は、心身の準備が整っていない中途半端な状態で前に踏み出すことが、きっと大嫌いなのです。そして、自分の準備が整っているかどうかを、自分でとてもよく分かっている子なのだと思います。だから、卒乳も、準備が整うまでは断固として飲み続け、「3歳になったらバイバイしようね」という私の言葉通り、心身の準備をちゃんと3歳に合わせて整えたらしく、ちょっと泣いただけですんなり離れることができました。トイレトレーニングも、もうできると自分で確信を持てるまではオムツをはき続け、ちゃんと自分の準備が整ったタイミングで「ちっち、行ってみる」という言葉を発し、一瞬でオムツとの決別を成し遂げました。次女というのは、どうやらそういう子のようです。
 長女は、オムツも卒乳も、もっとゆっくりじっくり、段階を踏んでいました。それは、私が長女のときのほうが熱心に働きかけていて、次女のときはわりと気楽に構えていたからという要因もあるかもしれませんが、もともとの性格の違いも、少なからずあるのではないかと思います。今、次女はまだ、自分の中で幼稚園へ行く心身の準備が整っていないらしくて、長女がわざと「来年からは次女ちゃんも幼稚園へ行くんだからね」などと言うと、「ちだう(違う)! いたない(行かない)! おたあちゃんだいちゅちだたら(お母さん大好きだから)、ずっとおうちにいるの!」と、怒りの反撃をします。そういう発言を聞くと、来年から大丈夫だろうかと不安になりますが、卒乳やオムツ卒業の様子を見る限りでは、なんだかんだ言いながらも、この1年のあいだでしっかりコンディションを整え心の準備をして、入園の日には立派に腹をくくって門をくぐるんじゃないかなとも思っています。次女の心の準備の手助けになるような暮らしを心がけよう。
 オムツ卒業以外では、少しずつ遊びのなかで、ひらがなを覚え始めました。自分の名前の最初の文字や、それから文字を覚える前からよく書いていた「の」、「い」など、覚え始めています。ひらがなを覚えるのには、長女のときと同じで、戸田幸四郎の『あいうえおえほん』と、私が子どものころから使っている30年物のひらがなつみきが、とても役立っています。つみきと絵本両方を見ながら、ひらがな探しをしたりして遊ぶのが、最近のブームです。
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 お絵かきも大好きで、毎日なにか描いています。最近は体もわりとしっかり描くようになりました。手より足より先に、まず洋服のボタンを描くようになったのは、興味深いことです。髪の毛を描き忘れても、ボタンは絶対に描き忘れません。目に睫毛を描いたりするのも、長女にはなかった特徴です。長女よりも、乙女チックな心を持っているのだろうか。長女は男の子みたいなところが結構あるものな。
 それから、ごっこ遊びも大好きです。長女がごっこ遊びに付き合ってくれると大喜びの大はしゃぎで遊ぶし、ひとりのときでも、黙々とぽぽちゃんのお世話をしたり、小さなお人形たちを何体ももにょもにょ会話させて、自分の世界に没頭して遊んでいることがよくあります。ぽぽちゃんの髪の毛をといたり、歯磨きをしてあげたり、ディズニープリンセスの雑誌の付録についていたコンパクトでお化粧のまねごとをしたり、ごっこ遊びもどことなく、長女より女の子っぽい感じです。
 絵本に自分でストーリーをつけて読むのも、ここ最近のお気に入り遊びのようです。絵本をめくりながら、以前に読んでもらって覚えている内容と、絵からの連想とを混ぜ合わせたオリジナルストーリーを、延々とぺちゃくちゃしゃべって、最後は大抵「ちょちて、とうとう~ちてちまいちた!おちまい!」で終わります。実際には明記されていない登場人物の名前も勝手につけて、そのへんてこなネーミングセンスに思わず噴き出してしまったりします。でも、私が聞いていることがバレると、照れるのか急にふざけだして面白くなくなってしまうので、必死でバレないように、こっそり耳をそばだてています。文字が完全に読めるようになると、このへんてこオリジナルストーリーが聞けなくなるのかと思うと、寂しいです。今のうちに、お腹いっぱい聞いておこう。
 お外では、砂遊びが大好きで、砂場に連れて行くと、夢中でいくらでも遊びます。ブランコやすべり台などの遊具も大好きで、私が思っているよりずっと活発に、高いところへ上ったりできるようになってきていて、つい赤ちゃんのころみたいに手で支えてやろうとすると「できるよ!」と怒られます。
 そんな感じの、3歳4カ月。毎日、ワガママです。とてもワガママなので、長女と同じくらい強い調子で叱ることも増えてきました。うちでいちばん小さな彼女のことは、相変わらず可愛くて仕方ないけれど、もう赤ちゃん扱いはできません。連休も終わって、長女の小学校も本格的になり、次女とふたりの時間ももっと増えてきます。さあ、どう過ごそう。明日から毎日、知恵を絞ります。ともかく、いろいろなところへ、出向こう。


by papiko-gokko | 2017-05-07 23:02 | 月齢ごとの成長記録(次女)
もし空を飛べたらきっとこんなふう初めて一人で乗れた自転車
 5月になりました。長女が小学校に入学してもうすぐ1カ月です。少し前までは、ランドセルを背負っている姿が何かの冗談みたいに思えていましたが、最近はもう、幼稚園に通っていたころが遠い昔のことに思えてきました。長女は毎日はりきっていて、宿題も翌日の準備も楽しそうにやっています。長女はやる気満々だというのに、私ときたら体操服のゼッケン位置を微妙に間違えていたり、夏スカートの注文が遅くなったりして、反省しきりです。毎日、何枚もプリントを持って帰るので、今まで使っていたファイルでは間に合いそうもありません。大事なプリントを見落としたり無くしたりしないよう、仕分けできる収納グッズを探してみよう。
 7時半前に長女を送り出してから長女が帰ってくるまで、次女とふたりで過ごす時間が、毎日とても長くて、退屈しないようにするのが大変です。買い物や公園から帰ってきたあとは、お絵かきしたり、ワガママを叱ったり、粘土したり、ワガママを叱ったり、パズルしたり、ワガママを叱ったり、絵本を読んだり、ワガママを叱ったり、歌ったり、ほのぼのいらいらほのぼのいらいらぽかぽかうとうと、春の陽気も手伝って、眠気との戦いの時間が幾度となくやっています。3歳児を満足させるのは容易でないけれど、来年入園したとき、次女があらゆる面で引け目を感じることなく、なるべくすんなり園生活に入っていけるように、いろいろな遊びをしたり、歌をうたったり、ひらがなにも触れたりして、知識と経験の基盤をつくっておきたいなと思っています。
 庭のチューリップがもう終わってしまったので、昨日は次女とふたりでホームセンターへ行き、花の苗を2株ほど買って、ベランダに植えました。鮮やかな黄色のマリーゴールドと、ブルーベリー色とワインレッド色のペチュニアです。次女は大はしゃぎで子供用のスコップを持ち、土を入れ替えたり、水をやったり手伝ってくれました。幼稚園へ入れば鉢植えのお世話をしたりもするだろうから、これもいい経験になるのかななどと思いつつ、せっせとやりました。
 次女が行く予定の幼稚園は3年保育で入れる人のほうが多いので、3年保育で入園した子はもう幼稚園でいろいろしているんだという焦りがどうしても心のどこかにあって、幼稚園では・・・幼稚園なら・・・と、生活の中でつい幼稚園のことを意識しすぎているかもしれないと、この日記を書いていて気づきました。早生まれだし、オムツも最近やっと外れたところだし、次女の性格的にも2年保育のほうが無理なく行けるだろうと、それはもう私と夫で判断して決めたことなのだから、腹をくくって、あまり幼稚園にとらわれず、自分たちのペースで最後の1年を楽しむほうが、次女にとっても私にとっても有意義なのだろうな。そんなふうに過ごしたいな。自信がないから、すぐ焦ります。この1年はむしろ、幼稚園ではできないこと、例えば電車に乗って隣町の図書館へ行ってみたりとか、そんなことをしてみよう。
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 GW初日の今日は、広い公園へ行って、長女の自転車練習をしました。夫はスパルタ練習ができない人なので、前回と同じく私が鬼コーチとなり、長女の自転車のハンドルやサドルを支えながら、公園の隅から隅へ、何度も何度も走って走って、一度休憩をはさんでから、また走って走って、そしてついに、乗れるようになりました。サドルを持って支えながら長女のこぐ速さに合わせて走っていたら、ある瞬間に、まるで自転車が浮いたみたいに、ふわっと両手が軽くなって、これはもしかしたらと、そっとサドルから手を離してみたところ、すーっとそのまま、よろけることなく自力でこいでいったのです。嬉しくて嬉しくて、「こげてる、一人でこげてるよ!」と長女の横へ走っていったら、一瞬私のほうを見ておどろいた顔をしたあと、満面の笑みを浮かべ、それから慌てて地面に足を着き、わたわた止まりました。最初練習しはじめたときは、とても今日中に乗れるようにはならなそうな様子だったので、それは本当に劇的で、感激して、あやうく泣くところでした。初めて寝返りしたときも、お座りしたときも、タッチしたときも、歩いたときも、それぞれに感動はあった気がするけれど、こんなに一緒に練習をがんばって汗を流してできるようになったことは、たぶんこれが初めてです。こんな気持ちのいい達成感を長女と一緒に味わえたことが嬉しいです。
 一度こげるようになったら、それでもうほぼ感覚をつかんだようで、最初だけ支えてやれば、どこまでも一人でこいで、ニコニコしながら乗っていました。風を受けて自転車をこぐ嬉しそうなその横顔は、きっと長女が大人になっても忘れません。一度だけ急ブレーキをかけすぎて思い切り転び泣いたけれど、基本的に慎重な子なので、前回と今回の練習を通して、転んだのはその一度だけでした。最初のこぎ出しはまだ難しいようで、成功したり失敗したりを繰り返し、最後まで苦戦していました。止まり方や曲がり方もまだまだ危なっかしいので、またあまり間をあけずに練習をして、今日身につけた感覚をより確かなものにしたいです。お勉強にしても、自転車にしても、なんでも辛そうにではなく、楽しそうにがんばる長女が大好きです。この子の可能性を引き出すことができるなら、どんなことでもしてやりたいと、思わずにはいられない笑顔です。

by papiko-gokko | 2017-05-04 00:01 | Diary


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