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日記と短歌


by papiko

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いろいろなこと


 気がつけば、岡山に住み始めてからすでに3年が過ぎ、4度目の春を迎えています。次女が生まれた年の3月に引っ越してきて、最初の1年はこの場所で、0歳児と3歳児を育てながら暮らしていたなんて、その日々がどんなふうだったか、思いだそうとしても、もうほとんど思い出せないのです。二人ともが3歳ずつ小さいわけだから、やっぱり今より、大変だったのかな。それとも気楽だったのかな。当時のことを思いだそうとして最初に浮かんでくるのは、次女をエルゴで抱っこして長女を三輪車に乗せてあちこち散歩していたことと、あるとき、お出かけから帰ってきてすぐに、どういう理由だったか長女が台所で大泣きしていて、私もものすごく大きな声で怒っていた日の風景。たった3歳の子を、どうしてあんなにも怒ったのか、その理由はもう思い出せません。今、目の前に0歳の次女と3歳の長女がいたら、めちゃくちゃに可愛がって甘やかすのに。あのころも今も、子どもたちはこちらの状況に関係なく、常に全力のパワーでぶつかってくるので、いつでもそのすべてを受け止めきれるはずもなく、ときどき大幅にキャパシティを超えて、爆発してしまいます。そういうときには、ドラえもんのタイムマシンで心に余裕のあるときの私を呼んできて、その私に手伝ってもらえたらいいのにと、よく思います。
 3年暮らしてみて、岡山は、とてもいい住み心地のところだと感じています。ネットなんかで県民性を見てみると、排他的とか合理主義とか、あまりいい印象の言葉が出てこなかったりするけれど、私の受ける印象は、まったくそんなことなくて。子どもを連れていると温かな言葉をかけてくれる人も多いし、よそ者だからと言って排除されたような気持ちになったこともありません。つい先日も、地域のお祭りに行って、綿アメを食べたりヨーヨーをしたりして、楽しく過ごしました。
 この土地で住もうと決めて、実際に住民として暮らしてみて、幼稚園や小学校との関わりも経験して知ったのは、暮らしを本当に豊かで確かなものにしてくれるプチ情報というのは、ネットをいくら検索しても出てこなくて、同じ土地で暮らしている人からそれとなく直接に教わるものなのだということです。大抵のことはネットでなんでも調べられると思っていたけれど、それは大きな間違いだったと、この3年間で思い知りました。幼稚園や小学校の細かい慣習、地域のちょっとした行事、近所のお店のことなんかは、身近な人から直接に聞かなければ知り得ないことだらけです。それに、身近な人から直接に教えてもらった情報は、温度と重みがあって頼もしく、安心感があります。私は人付き合いが得意じゃないから、人から情報を得るのも苦手なのですが、長女が幼稚園に入ってからは、それでもなんとかかんとか、人とのつながりをもって、情報をもらいながら暮らしてきました。夫が会社の人からもらってくる地域情報もかなり活用していて、先日行ったお祭りも、会社の人に教えてもらった情報のおかげでスムーズに行くことができました。地に足をつけて生活していくというのは、こういうことなのかもしれないと、学んでいます。

 うっすらとではあるけれど、最近、子育ての具体的な目標というか、ひとつの選択肢みたいなものをひとつ見つけて、気持ちがピシッとしました。ピシっとして、気力がわいてきて、私は常に何か具体的な目標が欲しい人間なのかもしれないと気づきました。目指すものがあると元気がでます。なにかに向かってガツガツ生きていきたいのかな。
 その目標を見つけたのとほぼ同時に読んでいた本が、かこさとし著『未来のだるまちゃんへ』という本で、かこさとし氏の興味深い半生や、子どもに対する考え、絵本作家になったきっかけ、絵本づくりに取り組む姿勢などが書かれていて、その内容がすごく心にしみて、それもまた、私を元気にしてくれました。私も子どもとこんなふうに向き合いたい、私もこんなふうに言葉を紡ぎたいと、具体的な理想が見えました。図書館で借りて読んだのだけれど、手元に置いておきたいくらい気に入ってしまいました。こんなに感銘を受けたのはもしかしたら、松田道雄『育児の百科』に出会ったとき以来かもしれない。
 かこさとしの絵本は前から好きで何冊も買っているけれど、この本を読んだことで、すっかりファンになりました。子どものことを舐めてかかっていては面白い絵本なんて作れない、本気の真剣勝負で挑まないと子どもの心には届かない、というような言葉が、本の中で何度も出てきたけれど、これは本当にそうだなと思います。子どものことを舐めてかかっている絵本はすぐ分かるし、やわらかい言葉でかわいい絵で描けば子どもにウケると思ったら大間違いなんだと、子どもといろいろ絵本を読んでいて私もすごく感じます。かこさとしの絵本がおもしろくて子どもを惹きつける理由が、『未来のだるまちゃんへ』を読んでよく分かりました。『おたまじゃくしの101ちゃん』とか『とんぼのうんどうかい』なんて緊張感のあるお話で、毎回読み聞かせする私の声にも熱が入るし、子どもたちも固唾を呑んで聞いています。『どろぼうがっこう』は私が笑ってしまって、つられて子どもも笑います。『まさかりどんがさあたいへん』は、読み終えたあとの達成感がすごい。『とこちゃんはどこ』は何度探しても楽しい。『あさですよ、よるですよ』はページをなかなかめくれないくらいどのページも愉快で可愛い。ほかの本も、どれもこれもが面白くて大好きです。かこさとしと馬場のぼるは、私の中で、読み聞かせが楽しい作家の1位2位を常に争っています。


by papiko-gokko | 2017-04-30 01:12 | Diary | Comments(0)

 はじめての宿題、はじめての参観日、はじめての図書室。はじめてだらけの毎日を、長女は全力で楽しんでいて、帰ってきてからその日の出来事をたくさん話してくれます。給食のメニューや、授業の内容や、先生が言ったことなど、幼稚園のころよりも詳しく細かく話してくれるので、話を聞くのが楽しみです。このままの調子で、楽しく日々を過ごしていけますように。まだ友だちはさほどできていないようですが、それについて焦っている様子もなく、休み時間は自由帳に絵を描いたり、学級文庫を読んだりしていると言っていました。これから遠足などの行事があるなかで、だんだんと新しい友だちができてきたらいいなと思います。今の長女は、新しい友だち云々よりも、小学校で日々体験する新しい出来事や珍しい場所や物のほうに夢中みたいです。

 そんな、新しい春を生きている長女を毎朝早い時間に送り出してから帰ってくるまでは、次女と私ふたりで過ごす長い時間です。幼稚園のころも次女とふたりの時間はあったはずなのですが、今より遅い時間に登園して、早い時間に帰ってきていたし、送り迎えも頻繁な行事もあったので、どちらかといえば長女中心の毎日でした。だから、次女中心でこんなにふたりの時間をたっぷり過ごすのは、次女が生まれてから初めてのことで、なんだか新鮮です。
 ここのところ毎日、午前中は買い物と公園へ行きました。公園では、最近お砂場にハマっていて、次女がケーキを作っているのを、砂場の脇に腰掛けて眺めながら、春の日射しにうつらうつらしています。公園には誰もいなくて、こわいくらいに平和です。今日も、誰もいない朝の公園で、お砂場をして、ブランコして、すべり台して、川縁の道を歩いてカメのひなたぼっこを眺め、タンポポの綿毛を飛ばしながら家に帰りました。次女がしきりに「こかげがない、こかげがない」というので、「木陰ならそこらじゅうにあるよ、これもこれも木陰だよ」と、木の陰を指刺して教えてやると、「ちがう、たんぽぽのこかげ!」と怒りだし、がて「あった!こかげ!」と、タンポポの綿毛に駆け寄っていきました。どうやら、次女の頭の中で、「綿毛」と「木陰」という言葉が、こんがらがっていたようです。今日歩いた道は、綿毛も木陰もたくさんあって、春が充満していたものな。次女といると、こんな可笑しい言葉のやりとりや、メルヘンチックな発言がたくさんあって、話しているとクスクスが止まりません。今の次女は、たぶん人生でもっとも絵本の世界の住人でいられる時期なので、一緒にいると自分も絵本の世界に連れて行ってもらえそうな気分になります。次女がどこにも属さないこの最後の1年、とことんメルヘンチックに過ごそう。

 そんな、自分にとっても子どもにとって新しい毎日の中で、私の世界は広がったり狭まったり、理想が近づいたり遠のいたりを繰り返しながら、いろいろなことを、悩むともなく悩んでいます。本当はどんなふうに生きたいのか、どんな自分になりたいのか、それもよく分からない、いい加減、分かりたいのだけど。先日あった参観日のあとの懇談会で、自己紹介があって、私は相変わらずオドオドギクシャクしてほんの一言言うのが精一杯だったのに、ほかのお母さんたちはみんな、母親らしく落ち着いていて、自然体で、気負いなくスラスラ話せていて、一体みんな、いつの間にそんなふうに大人になれたのだろうかと、つくづく疑問に思いました。誰もがみんな子どもだったはずなのに、どのタイミングで大人のしゃべり方を身につけ、自意識とうまく折り合いをつけ、母親らしさを身につけたのだろうか。そして私は何度ぐらい必要な場面でハンドルを切り損ねてきたのだろう。会社勤めで営業事務をしていた頃、電話対応をよくしていたので、電話だとわりと大人の女性らしい対応ができたりもするのですが、目の前に人がいると、オドオドが出てまるきり駄目です。母親がいつまでもオドオドギクシャクしていては子どもに申し訳ないので、表面だけでも母親らしい落ちついた雰囲気をまとえるようになりたいです。とはいえ、小学校は、幼稚園に比べるとかなり親の参加しなければならないような場面が少なそうで、親同士の関わりもさほどなさそうなので、ありがたいです。来年からはまた次女の幼稚園が始まるので、それまでになんとか母親の落ち着きみたいなものを身につけて挑みたいです。



by papiko-gokko | 2017-04-25 23:02 | Diary | Comments(0)

 長女を小学校へ送り出してから、次女を鏡の前に座らせて散髪しました。背中までのびていた髪を肩くらいまで切り、切り終えたあと遊んでいる次女のほうを何げなく見たら、その後ろ姿が3歳のころの長女にそっくりで、今日次女の着ていた服が長女の3歳時代によく着ていたワンピースだったのもあってか、3歳のころの長女が目の前に現れたような気がして、不意打ちの強烈な懐かしさに、涙があふれて慌てました。
 幼いわが子と過ごせる時間はなんて儚く束の間なのだろうかと、母親になって6年目の今、初めて本格的に実感しています。ほんの数年前に生まれた子が小学生になったという事実、そして自分が小学生の親になったという事実に、まだ頭がついていけなくて、何かの冗談みたいで、長女と一緒にランドセルを開いて明日の準備をしながら、ぼーっとしてしまいます。
 幼稚園に入園したときも、もう幼稚園なんだなあという感慨はもちろんあったけれど、毎日送り迎えで一緒に幼稚園へ行っていたし、その日どんなことをして過ごしたのか降園連絡で先生が必ず話してくださったし、親の参加する行事も頻繁にあったから、さほど長女が遠くへ行ってしまった感じはしませんでした。園に通っていてもまだまだ長女の人生は私の人生の内側にあって、そこからはみ出すことなく生きていて、そういう意味では、幼稚園生活も赤ちゃん時代から続く暮らしの延長線上にありました。
 しかし、今はもう、違います。玄関で元気に「いってきます」を言えて、そこから一人でたったか家から遠ざかっていけるようになったら、その子の人生はもう、親の人生の内側になどない。長女はついに私の人生から飛び出して、彼女自身の人生を力強く歩きはじめました。まだ夜一人で寝られないし、シャツのボタンの一番上をはずすのは手間取るし、相変わらずの泣き虫だけれど、それでもやっぱり、赤ちゃんのころから続いていた一心同体の日々とは、もう本当にお別れなのです。ランドセルを背負い、日に日に自信を帯びていくその後ろ姿を、嬉しく苦しい気持ちで見送っている私は、長女の背中に心が追いつくまで、あともう少し時間がかかりそうです。
 しかも、長女の成長に気を取られていたら、今日は次女にまで、革新的な成長が訪れました。生まれてはじめて一日一度も失敗することなく、トイレで排泄ができたのです。これまでは、トイレに行くことも、トレーニングパンツを履くことさえ拒んでいたのに、今日いったい、何がきっかけになったのか、いきなりできるようになりました。しかも私が声をかけなくても、トイレに行きたくなると自分から「トイレいってみる」と言うのです。昨日までの次女からは考えられない成長で、成功するたび拍手して抱きしめて喜びました。
 春がきて、子どもたちがそれぞれにめざましい成長をして、私はそれを喜びながら戸惑って、大きな声で泣きたい気分になりながら、子どもたちの髪の毛を洗い、乾かし、保湿クリームを塗っています。長女は自分の人生を歩き出したから、その人生を全力で守ってサポートしながら、私の知らない場所で過ごした話を毎日たくさん聞かせてもらおう。そして、あと1年間、私と家で過ごすことにしたこの小さな次女との時間を、大切に大切に大切にしよう。どんなに大切に過ごしたつもりでも、振り返ればあっという間なのだろうけれど。この子はいつまでも赤ちゃんみたいだなあなんて、自分にそんな暗示をかけながら過ごしていたけれど、そんな次女もいよいよオムツ卒業です。子どもが受け取る春のパワーってすごい。

by papiko-gokko | 2017-04-17 22:06 | Diary | Comments(0)

 長女が小学校に入学し、毎日はりきって通い始めました。入学式の日、教室の椅子にちょこんと腰掛けている子どもたちは、みんなちんまり小さくて、これから一体どうなるのだろうかと目をきょときょとさせていて、はじめてお外に出たヒヨコたちみたいでした。卒園式のときにはみんなあんなに大きく立派に見えたのに、不思議です。長女は朝から緊張していて、教室でもほぼ無表情で、やはり目を大きく開いて座っていました。私たちが体育館へ行ったあと、入学式のためのちょっとした練習をしていたようで、家に帰ってから、「小学校での最初に習った言葉は『は』だったよ。校長先生のお話に『はい』ってお返事する練習を最初にしたから」と教えてくれました。晴れやかな春の始まりの「は」、すてきじゃないか。
 小学校の上級生たちは、長女とたった4、5歳しか違わないとは思えないほどしっかりしていて、礼儀正しくて、いろいろな場面で挨拶や案内をしてくれて、感心しきりでした。私はあんなにしっかりとした礼儀正しい小学生ではなかった気がします。長女も数年後には、あんなに立派になれるのだろうか。

 入学式の翌日からは集団登校で、上級生のお兄さんお姉さんたちと一緒に通っています。最初の日は嬉しくて興奮しすぎてお腹が痛くなったようですが、学校に着いたら治ったそうです。まったく、興奮しやすい子だから心配です。初日だけ、班長さんに挨拶するため集合場所まで付き添って一緒に行きましたが、翌日はもう、自分一人で行けるのが嬉しくて誇らしくてたまらない様子で「いってきまーす!」と元気いっぱい手を振って、振り返りもせず、ランドセルを揺らしながら集合場所までまっすぐ走って行きました。私はまだまだ気が気じゃなくて、長女が上級生たちと一緒に並んで歩きだし、角を曲がって見えなくなるまで、家の前で眺めています。ずっと見ているのだから、一度くらい振り返ってくれたらいいのに、長女はちっとも振り返ってくれなくて、そんな長女に、安心感と寂しさが入り交じります。そういえば長女は、走れるようになったころから、一度てこてこ走り出したら、ちっともこちらを振り返らない子だったものな。幼稚園に入園したてのころも、ぜんぜん振り返ってくれなかったものな。
 帰りはしばらくのあいだだけ、先生が決められた場所まで1年生を引率して帰ってきてくれるので、その場所まで親が迎えに行っています。長女はそれが少し不満なようで、初日は「はやく最後まで自分で帰ってみたいのにー」などと文句を言っていましたが、そう言いつつも、私を見つけると嬉しそうに駆け寄ってきてくれます。今のところ、不安はまったく口にしておらず、心細げなそぶりも一切なく、とにかくなにもかもが面白いみたいで、学校で習ったことを嬉々として教えてくれるし、翌日の準備もウキウキしながらやっているけれど、やはり相当疲れてはいるようで、今日は8時半に寝てしまったし、ちょっと不機嫌で次女に冷たくしたり、かと思えば異様にテンションが高かったり、食事のお行儀がやけに悪くなったりと、落ち着きません。家でただ待っているだけの私も、どうしているだろうかと落ち着かなくて今週は疲れているのだから、長女はさぞやくたくたなのでしょう。あと明日一日がんばって、土日のお休みは、緊張のほぐれるような過ごし方ができればいいなと思います。バンザイ新一年生。


by papiko-gokko | 2017-04-13 21:56 | Diary | Comments(0)

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 誕生日のプレゼントに、妹たちがグラニフのビートルズTシャツを贈ってくれました。嬉しい! どちらともスーパーかっこいい!こんなに私を幸せな気持ちにしてくれるTシャツは、ほかにない!
 嬉しすぎて、今日さっそく、アビーロードのほうのチュニックを着て美容院へ行きました。どちらかといえば苦手な美容院でも、アビーロードを着ているというだけで、気分は上々です。今回の美容院はなんと約1年ぶりで、私の最長記録です。単純に行くタイミングを作れなかったのと、なんとなく短くする気が起こらなかったのとで、1年間漠然と伸ばし続け、気づけばボブからロングの長さになっていました。そして卒園式のとき、オシャレな髪のまとめ方を習得しようとして、動画を見ながらいろいろな方法を必死で試して練習したにもかかわらず、どれもこれも全然うまくできなくて、結局かろうじて形になったのが、もっとも初級編のクルリンパねじり結びだけだったことにより、ああこれはもう、やっぱり私はロングヘアをオシャレに使いこなせるタイプではないんだなと悟り、入学式前に短くすることにしたのでした。
 肩甲骨より長かった髪を、一気に顎の少し下あたりまでバッサリ切って、今とても頭が軽いです。ここのところ気が重かったのは、頭が重かったせいかもしれないとさえ思います。家族で自分以外みんな私がカットしていて誰も美容院へ行かないものだから、ついつられてだらだら行かずにいたけれど、やはり定期的に行って、ちゃんと頭を軽くしてもらわないと駄目だなと、今更ながら反省しています。頭も心も、本当にすっきりしました。

 今日はそんな新しい髪型と、アビーロードTシャツで、家族に一週間遅れの誕生日パーティーをしてもらいました。お祝い好きの長女など昨日からすでにはりきって、フライングでお手製のバースデーカードをくれました。今日も長女はずっとウキウキした調子で、私が美容院へ行っているあいだに夫と長女と次女とでお店に行ってプレゼントを買ってくれていたらしく、家に帰ってすぐ、また次女の誕生日のときと同じように、アナ雪の『エルサのサプライズ』を真似をして、糸をたどってプレゼントにたどり着くサプライズをしてくれました。
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 長女がこっそりドタドタ大慌てで準備した糸をたどっていくと、寝室の窓辺に、可愛い丸い箱が置いてあって、開けると中から、私の大好物カレーライスのキーホルダーと、昨日一度フライングでもらったバースデーカードと、絵と、絵と、それからなぜか、私がなくして困っていたレシピメモ帳が出てきました。一つ私が箱から出してリアクションをするたび、長女も次女も飛び跳ねてギャヒャギャギャはしゃいでいました。そんな子どもたちを抱きしめながら、プレゼントって贈るほうも贈られるほうもワクワクして、最高だなあと思いました。カレーライスのキーホルダー、リアルで美味しそうです。鞄につけよう。カードは部屋に飾ろう。お手紙は大事にしまっておこう。
 夜には、夫がシューマイを作ってくれて、美味しくて何個食べたか分からないくらいたくさん食べました。誕生日ケーキは、夫と子どもたちの手作りで、たっぷりイチゴが乗っていて、色とりどりのチョコチップもかかっていて、甘くて柔らかくてカラフルで、一口ごとに頬がゆるみました。ハピバースデーの歌をみんなで歌ってくれて、クラッカーも鳴らしてくれて、くす玉まで用意されて、34歳になっただけなのにとちょっとこっ恥ずかしくもありましたが、みんなにニコニコ祝ってもらえて、とてもとても幸せでした。そして、私はほかの誰よりも、家族に優しくあろうと思いました。私の愛情を、絶え間なくこの人たちに注ごうと思いました。

 そういえばこの春から、新聞を取り始めることにしました。これまで、ニュースはネットで読めるからまあいいかと、取っていなかったのですが、やはりネットニュースだと、よほど意識しなければ自分の興味のあるニュースばかりクリックしてダラダラ読んでしまうし、それにテープ起こしの仕事は、『記者ハンドブック』に則った正しい表記と語彙力を身につけることがとても大事なので、今後の仕事のためにもやはりしっかり新聞を読みたいと思い、夫も新聞を取りたがっていたので、取り始めることにしました。明日から届く予定です。全国紙と地方紙どちらにしようか迷って、地元のちょっとした出来事も知ることができたほうが楽しいだろうと意見が一致し、地元紙に決めました。今からすでに、明日の朝が楽しみです。毎日じっくり読んで表記と語彙を身につけて、『記者ハンドブック』や辞書を開かなくても自信をもって打てる言葉を一つでも多く増やしたいです。

by papiko-gokko | 2017-04-08 23:22 | Diary | Comments(0)

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 実家から戻ってきたら、チューリップが咲いていました。長女の鉢と次女の鉢、どちらもまず最初に咲いたのはピンクのチューリップで、いつものように水をやりに出たら、先に見にいっていた子どもたちが大きな声で「チューリップさいたー!」と興奮ぎみに駆け戻ってきて、大喜びしていました。次はどちらの鉢も、紫色が咲きそうになっています。チューリップというのは、色によって開花時期が違うものなのだろうか。みごと入学前のタイミングで咲いてくれて、ありがとうチューリップ。新しい生活が始まろうとしている今、あれこれ不安で暇さえあればモヤモヤビクビクしてしまって、気持ちが塞ぎがちですが、秋に植えてちゃんと春に咲いてくれたこの花を見ていると、元気が出ます。とにもかくにも、一日一日、生きていくのだ。

 春休み後半に入り、私も子どもたちもだれてきて、私は些細なことでイライラしがちだし、子どもたちはしょっちゅうくだらないことでケンカしています。ますます次女が強くなってきて、長女が泣かされる割合が増えました。長女は次女と真っ向からやり合うよりも、泣いて親にすがりついたほうが楽だし得だと思っているふしがあるので、最近は長女が泣いても、「知らんよふたりで解決しなさい」と言うようにしています。明らかに理不尽な争いが起こっているときには親の仲裁が必要だけれど、どっちもどっちだなと思えるようなケンカがほとんどなので、そういうときはもう最近、なるべく知らんぷりしています。
 家の中では二人とも活発なのに、二人とも外で知らない大人に挨拶するのはやけに苦手で、道行く人や店員さんに話しかけられたりすると、じっと相手の顔を見たまま、もしくは目を伏せたまま、固まってしまいます。親が洒落に鳴らないレベルの人見知りだと、やはり子どももそうなってしまうのだろうか。それでも私は努力して、道でもお店でも挨拶するようにしているのだけれど、全身から醸し出される人見知りオーラ、人苦手オーラは、消せないのだろうな。長女に関しては、これから小学校で先生や上級生などたくさんの人と関わっていく中で、だんだんと大人にも慣れていってくれることを期待しています。次女は、とりあえずもうしばらく、私と一緒に人見知り街道を歩いてもらうことにします。

 そういえば、当日に書きそびれましたが、4月4日で次女が3歳3ヵ月になりました。振り返ってみると、この1ヵ月はいろいろとありすぎて、次女の成長をゆっくり見ることができていなかったなあと思います。長女の卒園式で人生初の託児経験をしたり、帰省で姪っ子と一週間過ごして末っ子ではない状態を経験したり、彼女を成長させる要素満載の1ヵ月だったはずです。
 3歳になってからますます意思や自己主張がはっきりしきて、長女と衝突することも増えました。とくに多いのがおもちゃの取り合いで、取られたくないときは、長女を大声で威嚇して、自分の引き出しにしまい込んだり部屋に閉じこもったりして、なんとしても自分のものにしようとします。たまに、長女のものまでそんなふうにして自分のものにしようとすることがあるので、それはドロボウさんのすることで、恥ずかしくてみっともないことだよと、強く厳しく教えているところです。こればっかりは、人としてきちんと教えておかなくては。
 春になったのでトイレトレーニングを進めるために、次女と一緒に選んだ、可愛いトイレマットと蓋カバーとスリッパのセットを買ってセッティングしたのですが、次女はかたくなに、トレーニングパンツをはいてくれません。どうしてはきたくないのかと聞くと「だってパンツでおしっこおもらししちゃうの、いやなんだもん」と言っていました。ずっと赤ちゃんのままでいたくてオムツでいるのかと思っていたけれど、実はそうではなく、プライドが高すぎて、オムツを脱げないのか。お漏らししても大丈夫なパンツだからいいんだよと言っても、今日も昨日も「いやだー!」と泣いて駄目でした。あまり無理にはかせようとすると逆効果かもしれないので、なにか別の作戦を考えることにします。トイレ、せっかく可愛くしたのにな。長女が喜んでいるみたいだから、まあいいか。ディズニーのアリスのセットで、夢のように可愛いのです。トイレに行くたび『不思議の国のアリス』の映画が見たくなります。
 いつまでも可愛い可愛い末っ子でいてほしいけれど、春休みで長女もずっといるからちょっとストレスも溜まるのか、とにかくワガママで、最近は本気で腹が立つようになりました。長女よりもむしろ次女に本気で腹が立つ回数が増えているような気さえします。ここのところ私の心が不安定で苛立ち気味なのが、余計によくないのかな。やはり、2歳までと違って、3歳になってくると、可愛い可愛いだけでは、いろいろ乗り切れなくなってきます。春だし、がんばろう。

by papiko-gokko | 2017-04-08 00:35 | 月齢ごとの成長記録(次女) | Comments(0)

 たっぷり一週間、子どもたちと一緒に実家に帰省していました。春休みを楽しく乗り切るための手段です。上の妹と帰る日を合わせて、2歳の姪っ子とともに、賑やかな一週間を過ごしました。ふだんと違う人たちとの生活で気疲れもしたけれど、子どもたちは最高に楽しそうだったし、私も娘たちもいろいろ買ってもらったりしてすっかり甘えさせてもらったし、なにより孫に囲まれて嬉しそうな両親のニコニコ顔をたくさん見ることができて、充実した一週間でした。私や妹の子どもたちを見ていると、自分たちの子育て時代を思い出すらしく、あなたもこうだった、あのときこんなふうだったと、いくらでもエピソードが出てきて、恥ずかしいほどでした。両親によれば、私が日々手を焼いている長女の性格は、私そっくりな部分なのだそうです。「言うことを一度で素直に聞いたことなんかなかったよ」と言われてしまいました。長女とそっくりな子ども時代の自分のエピソードを聞くと、ほっとするような、ますます不安になるような、複雑な気持ちになります。
 2歳の姪っ子は人見知り真っ盛りで、ずっとママ(上の妹)にべったりでしたが、長女も次女も、肌が白くて髪の毛がふわふわでか細い声でふしゃふしゃしゃべる2歳のいとこが可愛くて可愛くてたまらないらしく、嫌がっているときまでそばにいって一緒に遊ぼうとしたり、長女と次女とで姪っ子の隣の席を取り合ったりして、そういういざこざ一つひとつを宥めるのが大変でした。もうちょっと和やかに子どもだけで遊べるようになったらいいのだけれど、それにはあと少しだけ、みんなが幼すぎるようです。あと2年か3年もすれば、子どもたちだけで遊べるようになるかな。そうなったら楽だし子どもたちも楽しいだろうな。
 今回長女は、私が小学生のころに買ったボードゲームの「人生ゲーム」にはまって、ほぼ毎日相手をさせられました。株だとか約束手形だとか、給料だとか、その辺はまだ理解できていなさそうでしたが、一コマ一コマ事件の起こるこの壮大なすごろくは、6歳の長女にも充分に面白かったようです。たしかに、久しぶりにやってみるとなかなか面白くて、いつも最初はいやいや付き合っていたはずが、気づけば一緒になって楽しんでいました。最終日の前日に夫が迎えに来てくれて、下の妹も帰ってきたので、その日は夫と下の妹も交えて、大勢で人生ゲームをしました。私は銀行係で大忙しでした。
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 岡山へ帰る日、途中で少し寄り道をして、長女が2歳になるよりもっと小さいころ行った森林公園に行きました。当時、短い手足で一生懸命によじのぼっていた石をぴょんぴょん跳んで駆けていく長女は、もうすっかり少女で、時の流れを感じずにはいられませんでした。なにしろ、あのころまだこの世に存在すらしていなかった次女が、もうあの当時の長女より大きくなっているのだから、時間がたっているのも当然といえば当然です。だけどなぜだか、かつて一度だけ来たことのある懐かしい場所には、そのとき流れていた時間がそのまま置かれているような気がして、現在の自分たちがそこに再び足を踏み入れたことによって、止まっていた時間が勢いよく転がり出してしまったような、そうして転がりながらみるみる崩れていく泥団子を見ているような、すこし怖い感覚に襲われました。当時、とても長女一人ではクリアできなかった巨大迷路を、今回は長女が先頭で歩き、そのあとを次女がきゃっきゃと付いていき、みごと出口まで行き着きました。入れなかった洞穴に入り、一人では滑れなかった長いすべり台を、何度も一人で滑りました。
 寄り道して遊んだにもかかわらず、岡山に向かう車中で二人とも一睡もしてくれず、最後までわーわー言いながら帰りました。帰省の直前には長女が体調を崩していましたが、帰ってきてからは次女が風邪を引き、今日は一度だけ嘔吐もしました。しかし吐いたらすっきりしたらしく、午後からはわりと元気に遊んでいました。長女も次女もずっと体調万全とはいえなかったけれど、全力で楽しんだ一週間でした。
 そして、そうこうしているうちに私は昨日で34歳になり、長女はもうすぐ、いよいよ入学です。準備がどこまで進んでいたか、この一週間であやふやになっているので、もう一度チェックしなくては。あれこれ気がかりで、そわそわざわざわ、落ち着きません。明日はまた長女と一緒に、小学校まで歩いてみようと思います。ああ、いろいろと、緊張する。


by papiko-gokko | 2017-04-04 23:12 | Comments(0)