日記と短歌
by papiko
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あのころの恋が本物だったかは分からないけど本気だったよ
 一念発起して、本格的に押し入れの整理をしました。いちばん奥から引っ越し以来開けていなかった段ボールも出てきて、わりと場所をとっていたので、それも思い切って開けました。中身は主に10代のころの日記やら手紙やら捨てられない思い出の品々で、さすがにこれはもう取っておいてもしょうがないだろうというものは思い切って捨て、壊れた携帯やカメラやオルゴールや飛行石のペンダントなど子どもたちのおもちゃになりそうなものはおもちゃ箱行きにし、残ったものは段ボールよりも小ぶりの紙袋に移し替えて、再び押し入れの奥の奥にしまいました。
 段ボールの中にあった日記は、小学校時代のものと、中学時代のものと、高校時代のものがあって、小学校時代と中学校時代のものは、もうほとんど自分から切り離された遠い物語に思えるので、誰に読まれても平気なのですが、高校時代のものは、前回読んだ時点では微妙にまだ生々しい感情が流れ込んできて、誰に読まれても平気と思えなかったため、平気になっているかどうか確かめるために、もう一度読んでみることにしました。そして、もし平気になっていなければ、読まれて困るものを残していても仕方が無いから、捨ててしまおうと思っていました。
 読んでみた結果、前回読んだときに比べると、もう全然、生々しさは消えて、どんな痛々しい記述も、かろうじて笑いながら読めました。内容のほとんどは、部活と勉強と片思いについてのもやもやで、全体的にすさまじい劣等感が漂っていました。彼氏のいる女子たちへの羨望、周りの女子のようにテンポよく切れのある会話ができない自分に対する嫌悪、そして意中の男子から相手にされない悲しみが繰り返し綴られていて、どの日の日記も自意識過剰っぷりが極まっていました。人とうまくテンポよく会話をするのが下手だという思いは、思春期以来ずっと私を悩ませ続けているのだな、じゃあもうこれたぶん一生なんだろうなと、ちょっと諦めが付きました。だってそんなにポンポン適確な言葉って出てこないもんねえ、しょうがないよねえと、高校時代の自分と心の中で慰め合いました。そして、こうやってたまに慰め合ったりできるのだから、やっぱり、捨てずにいようと思いました。わが子が思春期にさしかかったとき、またこのあたりの日記を読み返したら、なにか参考になるかもしれないし。
 高校時代の日記を読んだら、当時よく聴いていた浜崎あゆみが聴きたくなって、久しぶりに聴いてみたら、高校時代に抱いていたもろもろの想いが流れ込んできました。当時、自分の報われない片思いや、見えない未来への不安に浸りたいときは、儚げな声で歌うあゆが最適だったんだよなあ。『vogue』『SEASONS』『A Song for XX』あたりが大好きで、一時期本当によく聴いていました。
 大学時代からはネットで日記を書くようになり、大学2年生の冬からはこのブログでずっと書いています。ノート時代の日記を読んでみて、つくづく自分は、ネットで日記を書くほうが向いていると思いました。人に見られることをまったく意識せずに書き殴った場合、私はすぐ感情が暴走して、どばどば吐き出しすぎて、それでかえって真実の想いからはみ出しかけ離れてしまっている感じがします。ネットでこうして書くことで、暴走を抑えることができ、それなりに考えて体裁を整えながら書くので書きすぎることがなく、真実に近いものを残すことができます。感情を手で鷲づかみにしてドシャッと丼に盛ったものと、お箸やスプーンを使って丁寧に盛り付けしたプレートくらいの違いがあります。どちらもそれぞれに良さと悪さがあるかもしれませんが、どうせ同じ素材を調理して盛り付けるのならば、なるべく綺麗に盛り付けたものを残したいです。



by papiko-gokko | 2017-02-27 23:25 | Diary
歯を磨き顔を洗って服を着てむりやり朝にねじ込む体
 バリバリのハードロックが聴きたくなって、洋楽ロックを聴き漁り、最終的にはニルヴァーナの『Smells Like Teen Spirit』をエンドレスで聴いていました。くすぶっていたムシャクシャモヤモヤが、引っかき回されて吹っ飛ぶようなパワーのある曲。かっこいい! いつもそんなに激しいロックを聴いているわけではないけれど、やっぱり私はロック系の音楽が一番好きみたいです。シャウトとギターの音が、ぼやけた意識にヤスリをかけてくれて、気力が湧きます。

 昨日の深夜4時半に、長女がいきなり目を覚まし、「すごく楽しい夢を見たんだけど、忘れそうなの、だからどうしても書いておきたいの!」と、寝起きとは思えないはっきりした口調で言って居間へ行き、ときどき書いている長女の絵日記に記してからまた寝室に戻ってきました。しかしその後も寝付けなかったらしく、「楽しい夢だったけど、ちょっと怖い部分もあったの、それが忘れられなくて寝られないの、だからもう起きたいの」と、また、深夜みんなが寝ている部屋で出す声とは到底思えないハキハキした口調でしつこく言い出しました。私も夫も眠くて眠くて、そんな長女の相手をしてやれる状態ではなく、ギリギリ覚醒した頭で「お母さんたちはまだ眠くて起きられないから、どうしても起きたいなら、一人で起きて、あっちでDVDでも見てなさい・・・」と私が言うと、長女は本当に再び5時ごろ居間へ出て行き、しばらくしても戻ってこないので見にいったら、本当にDVDを見ていました。でもさすがにそのうち眠くなるだろうと思い、枕と毛布を居間へ持っていって「眠くなったらここででもいいから寝なさいよ」に言って寝室へ戻ったのですが、長女はその後も寝室へ戻ってくることなく、居間で寝ることもなく、私たちが起きるまで一人で活動していました。
 そして、そんな早起きをしたら今日一日さぞ眠たかろうと思いきや、一度もとくに眠たがらず、夜もいつもと同じように寝付きが悪く、眠たいだろうと思っていつもより30分早く寝かしつけに入ったのに、結局、夜10時すぎにやっと寝ました。そんなに寝付きが悪いのに、私がそばにいないと寝てくれなくて、いったい私はいつになったら毎日1時間以上に及ぶ寝かしつけから解放されるのだろうかと、泣きたくなります。最近、あまりにも寝ないときは、夫の電気スタンドを貸して、眠くなるまで布団の中で本を読んでもいいよと言うようにしています。自分自身寝付きが悪くて、長女と同じくらいの年齢のころ、とにかく寝るのが苦痛で怖くて大嫌いだったので、長女の気持ちが分かるだけに、あまり寝ろ寝ろと言えないのです。
 長女と対照的に、次女は寝付きがよくて、絵本タイムのあと子守歌を2つ3つ歌ってやればそれだけで寝てしまうことがほとんどで、寝付きがいいと寝かしつけってこんなに楽なのかと、驚愕します。寝付きのことはとくにそうですが、その他のいろいろな場面でも、長女というのはやはり、とても難しい子だと感じることが多くあります。たとえば何か思い通りにならないことがあって泣き出したとき、次女はある程度泣き続けて、これ以上泣いてもどうやら無駄だということを悟ると泣き止みますが、長女が3、4歳のころは、一度そうなったらもう絶対に泣き止みませんでした。一時間以上でも泣きました。テレビを見るときも、次女は適当にながら見ができるけれど、長女は一瞬も見逃すまいと食い入るように見るので、絶対にこちらが時間を区切ってやらないと危険です。姉妹とはいえ違う人間なのだから、あまり二人を比べてはいけませんが、どちらのほうが良いとか悪いではなく、長女と次女二人を育てていることで、長女はなかなかに複雑なタイプの子なんだということを、よりはっきり感じるようになりました。
 長女は、常にいろいろなことが気になって考え頭をフル回転させていて、いつでも意識を張り詰めているようにも見え、こんな生き方をしていてこの子は疲れないのだろうかと感じるのですが、本人にとってはそれが自然なことのようで、疲れているそぶりなど見たことがありません。それに、基本的にとてもポジティブだから、叱られても長く落ち込んだりしません。彼女の中には常に伝えたいことや尋ねたいことが溢れているから、ちょっと叱られたからといって、いつまでもいじけていられないのです。なんというか、毎日育てていても、掴みきれない不思議な子です。ときどき、あまりにも不思議すぎて、長女と見つめ合っていると、自分がこれからこの子とどんなふうに向き合っていけばいいのか、分からなくなります。どうであれ、私の子なのだから、考え試し続ける以外の選択肢はありません。

by papiko-gokko | 2017-02-26 00:04 | Diary
何度でも聞きたいサクセスストーリー地名もぜんぶ覚えるくらい
 まだ1カ月以上先の誕生日プレゼントという名目で、去年の暮れに発売された『ザ・ビートルズ EIGHT DAYS A WEEK -The Touring Years Blu-ray スペシャル・エディション』を、買ってしまいました。楽しかった! とにかく夢のように楽しかった! 本編は子どもたちが子ども部屋で遊んでいる時間を見計らってじっくりこそこそ、特典映像のほうは、次女に「ビートルズ届いたんだけど観る?」と言って誘ったら「ちゃんちぇーい、ちゃっちょちゅみよー!(賛成、さっそく観よう)」と言ってくれたので、一緒に観ました。ノリノリで一緒に観てくれる次女、大好きです。この映画は初期のライブ活動に焦点をあてて作られているので、とにかく4人が初々しくて勢いがあって爽やかで、いつまでも画面を眺め続けていたい気分でした。できることなら映画館の大画面で、大音量で観たかったな。
 昨日は映画に心がどっぷり浸かった状態のまま寝たので、空に、アビーロードのあの横断歩道の形をした雲が浮かんでいる夢を観ました。写真を撮ろうと思って、必死でカメラを構えるのだけれど、風が強くてどんどん形が変わってしまい、残念な気持ちになっていたら、横断歩道の形だった雲がそのまま空色のジーンズになって、空から降ってきて、ああそういうことだったのかと、なぜか妙に納得したところまで覚えています。

 今週は時間の流れが速くて、あっという間に明日は金曜日です。なんだか、漫然と過ごしてしまった一週間でした。頭の中で、同時にたくさんの人がしゃべっているような感じで、何も考えがまとまらないまま、朝から夜になりました。
 今週のビッグニュースといえば、次女が虫歯の治療をすることができたことでしょうか。1歳半検診のときに1箇所だけ初期虫歯が見つかってしまい、まだ小さすぎて治療が難しいから3歳ごろになったら治療しましょうということで、これまでずっと3カ月に一度フッ素と進行止めを塗るだけの処置を繰り返していました。そのおかげでそれ以上虫歯が酷くなることはなかったけれど、やはり七五三までにはきちんと治してやりたくて、3歳になってから毎日、ハミガキのときに歯医者さんごっこをしながら磨いたり、「今度の歯医者さんでお口の虫歯さんやっつけてもらおうね」と繰り返し言い聞かせていました。それがよかったのか、これまではフッ素を塗ってもらうだけでも泣いていたのに、今回は最初から最後まで一度も泣かず、怖がったり弱音を吐くこともなく、私の膝の上でちゃんと口をあけて、治療中ずっと大人しくしていました。ほんの小さな虫歯だったので、麻酔もなく、ちょっとだけ削って埋めるだけですぐ治療は終わりました。それにしたって、まさかこんなに大人しく治療ができるとは思っていなかったので、驚いています。いつもは人見知りで弱虫で泣き虫の次女だけれど、一度自分で納得して腹をくくると、強い子なのかもしれません。家に帰ってから、「次女ちゃんががんばったから、もう虫歯さんいなくなったよ!おめでとう!」とたくさん褒めてやると、満足げに鏡で自分の歯を眺めていました。私も夫も歯が弱いので、これからもまったく虫歯なしで生きていくのは難しいかもしれないけれど、できる限り虫歯を作らないよう、日々のハミガキと定期的な検診をがんばります。
 それから今日は、10日ぶりぐらいに、ディズニー・イングリッシュをやりました。去年の暮れに思い切って買った東京書籍が出版している英語教材です。最近は買ったばかりのころほど頻繁にやらなくなってしまったものの、長女も次女も、それなりに楽しんでいます。長女はおもにソングブックで、体の部位や、月や、曜日など簡単な単語をいくつか覚えました。次女はまだ、英語と日本語の境目もあやふやな感じで、単純に音が出るのを面白がって真似している感じです。せっかくいい教材があっても、やらなければ宝の持ち腐れになってしまうから、日にちが空いたなと思ったら、意識的に「ディズニーイングリッシュやろうか」と声をかけてみたりしています。私が英語の先生ならば、きっともっとうまくこの教材を活用して教えらるのだろうけれど、私のボロボロの英語力では、一緒に単語の当てっこゲームをしたり、発音を真似してみたり、歌をうたってみたり、現時点ではそれが精一杯です。もう少し大きくなったら、まだほとんど手を付けていないテキスト類にも取り組めるようになるだろうか。私にうまくそのサポートができるだろうか。英語に限らず、親が教えられることの限界を感じることが増えてきました。親はあくまでも親であって、先生にはなれないのかな、寂しいな。小学校に入って、生活が落ち着いてきたら、何か習い事をさせてやるのもいいかもしれないと思っています。どんなことよりも、子どもたちの人生が大事です。だから、子どもたちの人生に光を灯せるような選択をしていきたいです。

by papiko-gokko | 2017-02-23 23:43 | Diary
補助輪がついてたころはあんなにも仲良しだったくせに自転車め
 充実した週末。土曜日は、午後に私の両親と下の妹が遊びにきて、うちで一緒に夕食を食べました。両親が来週から友だちと旅行へ行くため下の妹に犬を預けに来て、そのついでに孫たちの顔を見に来たようです。夕食までの時間は、長女の生活発表会を撮影したものを見せたりして、のんびり過ごしました。長女は生活発表会の映像をみんなに見せたがっていたので、両親と下の妹に見てもらえて、かわいいかわいいと言ってもらえて、大満足の様子でした。母は去年の生活発表会を見に来ていたので、子どもたちの成長ぶりに驚いていました。生活発表会ですっかり気をよくした長女は、小学校グッズを全部見せたり、最後には、制服をどうしても着てみせたいと言いだし、制服を着て上靴まで履いてランドセルを背負い、またかわいいかわいいとスマホで撮影してもらったりしてご満悦でした。
 夕食は父がお寿司をおごってくれたので、お寿司大好きな夫のテンションが上がり、みんなのお酒が進んで、とても楽しい夕食になりました。結婚したばかりのころに比べて、夫と両親(と妹)とで本当に楽しく飲めるようになったなあと、そのことがとても嬉しく、幸せです。そういえば私は横浜に帰省したとき、義母や義姉一家との時間をいつも楽しんでいるけれど、夫のように相手を楽しませることができているかというと、自信がありません。自分が楽しんでいるということは、相手も少なくとも不愉快ではないだろうと、信じたい。

 日曜日の今日は、車に自転車と三輪車を積んで広い公園へ行きました。長女がまだ補助輪なしの自転車に乗れないので、今週から練習を開始することにしたのです。おそるおそる自転車にまたがる姿を見ていると、努力の末に出来なかったことが出来るようになることで得られる大きな喜びを、小学校入学前にひとつ胸に刻んでから、新しい世界へ送り出したいという想いが、ふつふつと湧き上がってきて、徐々に練習に熱が入ってきました。最初は夫にやってもらうつもりでしたが、夫は優しくて、優しすぎてじれったかったので、途中からはほとんど私がスパルタでやりました。後ろで長女の自転車を支えながら「すぐ足をつかない!」「怖がらない!」「まっすぐ前を見て!」「はいもう1回!」「もっと漕ぐ!漕いで漕いで漕いで漕ぎ続けて!」と指示を飛ばす私の声はわれながら厳しかったけれど、それくらい厳しくしないと、長女はどうのこうのと言い訳を考えてがんばらないのが分かっていたので、言い訳を考えるすきを与えないくらい、とにかく何度もペダルを回させました。気温はあまり高くなかったものの、空は雲一つない晴天で、長女の自転車を支えながら走っていたら、あっという間に汗ばんできました。
 結局、長女の集中力と私の体力の限界がほぼ同時にきて、乗れるようにはならなかったけれど、最初よりは感覚を掴んだのではないかと思います。スパルタ特訓のあと、私はベンチで休み、長女と次女は夫に見守られつつ、公園の遊具でひとしきり遊びました。私から解放されて、長女はのびのび楽しそうに、にこにこ笑顔で遊んでいました。小さいころから、本当に公園が大好きな子です。次女も長女にくっついて、一緒にできそうなことは一緒にやり、これは難易度が高そうだなと思ったことは無理せずそばで眺め、長女も次女をほどほどにフォローしながら、うまく二人で遊んでいました。まだちょっと危なっかしいけれど、長いあいだ夢にみていた、姉妹だけで遊んでくれる年齢に、達しつつあるようです。
 ベンチに腰掛けていても、しばらく汗が噴き出して、コートを脱いで座り、ごくごくお茶を飲みました。こんなに汗をかいたも、喉が渇いたのも、夏以来のような気がします。私はとても寒がりの冷え症で、冬はどうあがいても寒いのだから厚着をして縮こまっているしかないのだと思っていたけれど、ちょっと動いただけで、寒がりの私でも、こんなにぽかぽかあったかくなって、気持ちの良い汗をかけるなんて。ふだん、いかに自分が運動していないかが分かります。力の限り息を弾ませ走ったら、頭の中に常備しているモヤモヤウジウジが、いともたやすく汗と一緒に蒸発していって、身も心も軽く爽やかになったような、そんな気さえしました。急に運動をしたので、きっと明日か明後日あたり、筋肉痛やら腰痛やらになりそうだけど、それにしても、運動って、すばらしい。毎日汗をかくくらいの運動をすれば、冷え症も治りそうです。心身の健康のため、これからは一日一回汗をかくよう、心がけてみようかな。


by papiko-gokko | 2017-02-19 23:04 | Diary
泣きながらそれでもあとをついてくる母親だからただそれだけで
 昨日とは打って変わって、今日はつらい気持ちの一日でした。長女のワガママが久しぶりに炸裂して、しかも炸裂したのが幼稚園の帰り際で、ほかの子がいる前で容赦なく大泣きしたので、情けなくて、恥ずかしくて、落ち込みました。人前で大声で泣くのは恥ずかしいという感覚が、まだこの子にはないのかという驚きもありました。今回ワガママが炸裂してしまったのは、長女だけに原因があるわけでなく、今日ちょうどいくつかの特殊な要因が重なって、長女がどうしてもワガママを言わずにはおれない状況になってしまい、だから、ある程度は仕方ないと思って、ギリギリまで長女の主張を受け入れていたけれど、物事には限度があります。
 それに、幼稚園の提示した決まりを守らない人が私は嫌いなのに、今日いくつかの要因が重なったことで、長女が幼稚園の決まりを守らない子になりそうになったのが、耐えられませんでした。自分の子どもが、平気で決まりを破るような子になったら、悲しいです。ガチガチ堅苦しく生きて欲しいとは思わないけれど、幼稚園などの集団生活での決まりは、みんなが快適に気持ちよく暮らすために考えられたものなのだから、当たり前の感覚として、守る子に育ってほしいです。誰かが決まりを破れば、そのしわ寄せは真面目にやっている人のところへいくのだと気づいてほしい、そしてそれが平気な人には、絶対なってほしくない。もし、どうしても守りたくない決まりがあったのなら、その決まりを破る以外の方法を見つけようとしてほしい、けれど、そんな私にもできないようなことを、子どもに求めてはいけないか。
 家に帰ってから、しばらくはあまりに落ち込んでいて、長女と口を利きたくなくて、話さずにいたけれど、最後は愛しさのほうが勝って、寝る前に抱きしめました。そして、今日のことを話しました。決まりは守らないといけないということも、話したけれど、どれくらい伝わっただろうか。そもそも、私の伝えたことは、正しかったのだろうか。本当はもっともっと、その場で強く叱らなければいけなかったのかもしれません。だけど、人前でそんなに強く叱れるほど私は自分の教育に自信がないし、それに同級生がいる前で叱られるのは私も子どもの頃すごく嫌だったから長女にもあまりしたくなかったし。最初から最後まで、どうしたらいいか、分かりませんでした。分からなすぎて、情けなかったです。母親としての自分の情けなさに、腹が立ちました。私がもっと堂々としていれば、長女のワガママは炸裂しなかったかもしれないと思うと、体中かきむしりたくなるほど、自分に腹が立ちました。
 どうして私は、自分の子の育て方が、こんなに分からなくなるのだろうか。どうしてこんなに毎日、うろたえっぱなしなのだろうか。堂々とした母親になりたいです。しかし、思春期頃から私という人間にはもうオドオド精神が染み付いていて、このオドオドは、そう簡単に、消えてくれそうもありません。オドオドしながら堂々とする方法はないものか。

by papiko-gokko | 2017-02-16 23:06 | Diary
何でもない日
 寒さが和らいだからか、なんとなく、気持ちのいい一日。朝、長女を幼稚園に送り届けたあと、そのまま自転車で次女とショッピングセンターに寄りました。開店時間前に着いたため駐車場はまだガラガラで、人の気配も声もなく、広々としたアスファルト全体が朝日を強く反射して、地面の上を歩いている気がしなくなり、このままふわふわ過去か未来か、もしくは見たことのない場所へ、たどり着いてしまいそうでした。駐輪場に自転車を停め、開店時間になるまで10分程度、次女とお店の回りを散歩しました。朝の空気はまだ冷たかったけれど、日射しは暖かく、田舎道を次女とふたりでのんびり歩ける幸せを噛みしめました。
 お店をぐるりと一周近くしたころにはお店が開いたので、開店直後のまだ空いている店内を回って、長女のポケットティッシュと、長女がなくした歯ブラシキャップと、それから、長女が卒園式ではくのにちょうどよさそうなフリル付きの白靴下を買いました。ポケットティッシュといえば、いつも幼稚園から帰った直後の長女の衣服や髪の毛から、イチゴのような謎の甘い香りが漂っていて、これはいったいなんの匂いなのだろうとずっと不思議だったのですが、あれは香りつきポケットティッシュの香りなんだと、今日ティッシュを選んでいて気づきました。女の子たちがみんな香りつきポケットティッシュを持ってきているから、園全体がそこはかとなく甘い香りに包まれているのかもしれません。これが小学生になると匂いつき消しゴムになり、中学生になるとシーブリーズとかになるのか。
 買い物を終えて帰るころには、気温もだいぶ上がってきていて、次女が三輪車とシャボン玉をしたいと言うので、久しぶりにお外で三輪車とシャボン玉をしました。秋に植えたチューリップに水もやりました。1月の終わりごろに芽を出したチューリップ、だんだん伸びてきています。長女の鉢植えからも、次女の鉢植えからも、それぞれ3つずつ芽を出しています。残りの4つは、これから出るのか、それとも出ないのか。どちらの鉢も同じ数だけ出たらいいなと思います。次女は三輪車を漕ぐのがだいぶうまくなっていました。そして相変わらずシャボン玉で異様なほどテンションが上がり、ギャヒェギャヒェ大笑いで追いかけ回していました。
 お外遊びのあとは、家で15分ほど子どものDVDタイム。そのあいだに私は家事をと思っていたのだけれど、次女が私の膝で見ると言って聞かないので、次女を膝に乗せ、本を読んで過ごしました。いま読んでいるのは『寺山修司からの手紙』で、なかなかスムーズには読み進められなくてもう何週間もかけながらちょっとずつちょっとずつ読んでいるのですが、とても面白い本です。読んだあとはいつも、魅力的な教授の講義を受けたあとのような満足感があります。書き手の何げない生活習慣や生々しい息づかいが感じられるこういう本、好きだなあ。
 DVDタイムが終わると、今度は粘土をしました。次女が粘土をしている横で、私は洗濯物を畳んだり、合間で一緒にねんどをしたりしていました。小さい音でビートルズをかけていたら、次女が「もっと音を大きくちてよ、びーとるじゅ」と言ってくれたので、喜んで音量を上げました。
 粘土に飽きたところでお片付けをしてお昼ご飯を食べ、私は洗い物と掃除機に取りかかり、そのそばで次女はほろほろ一人遊びをしていました。一人遊びのときも、基本的に次女はずっとしゃべっています。知らない人の前では、あんなにも固く口を閉ざすのに。
 そうこうしているうちに長女をお迎えに行く時間になり、次女と歩いて幼稚園へ向かいました。昼過ぎの空気はもうすっかりぽかぽか春のようで、いつもより少し薄手のコートで行きました。暖かいと、誰の心も和むのか、今日は行きがけに二人のお母さんに話しかけられて、少しずつだけれど世間話をしました。幼稚園のママたち、3人以上の集団になるととたんに威圧感があって私の苦手意識がピークに達するのですが、今日のように、歩きながら一対一で話すぶんには、朗らかで話やすい人がほとんどで、ほんの数分のささやかな会話でも、嬉しくなります。
 長女が家に帰ってきてからは、おやつの時間になるまで、学用品の名前シール貼りをしました。のんびりやるつもりでいましたが、長女が毎日気にして、早くしてほしがるので、仕方なく急ピッチで進めています。ドラゼミでもらったシールや、義姉が入学祝いとしてくれたテプラが大活躍していて、今のところ、楽しく作業できています。さんすうセットのおはじきや数え棒が、いちばん大変でした。新品の学用品の数々を、長女は毎日手に取って嬉しそうに眺め、「お母さん、さんすうセットちょっとだけ出していい?」とか「えのぐセットちょっとだけ見ていい?」と聞いては私に駄目と言われてふくれっ面をしています。きっと私もそうだったのだろうな。
 おやつのあとは、夜ご飯になるまでわりと姉妹で仲良く遊んでいました。最近、本当に仲良しです。寝る前など、「かわいいーだいすきでたまらなーい」と互いに言い合いながらじゃれ合っていました。仲良く遊ぶようになったぶんだけ、ケンカの数も増えたけれど、どんなに大泣きしても大抵10分以内に仲直りして引きずらないから、幼い姉妹ってそこがいいんだなよあとつくづく思います。
 夫が帰って夕食を終え、大騒ぎでお風呂に入り、湯船で長女と次女が発案した謎のどしゃばしゃゲームに付き合い、お風呂上がりにすぐ自分と子どもたちに保湿クリームを塗り、夫に子どもたちの髪を乾かしてもらい、歯磨きをして、いつものことながら、夕食後はジェットコースターのように時間が過ぎていきます。歯磨きを終え、パパにおやすみをしてスリーパーを着て布団に入り、寝かしつけの絵本を開いたときにようやく、ジェットコースターが終わるのです。最近夜の絵本を読むときは、私を真ん中にして3人でひとつの布団に入り、仰向けに寝転んだ状態で読むようになりました。手がだるいけれど、3人で入ると布団はたちまちあったかくなって、いい具合です。
 ここ数日読んでいる本の中に『こぶたくん』という絵本があって、読みながら、たぶん誰よりも私自身が楽しんでいます。主人公のこぶたくんと妹のアマンダが、ちょうど長女と次女ぐらいの年頃で、やることなすこと長女と次女にそっくりなのです。こぶたくんの言動はそのまま長女だし、アマンダも今の次女そのもので、そしてそれに対するかあさんの反応もまた自分を見ているようで、読みながら笑いそうになります。絵本の中に出てくるこぶたくんたちが子どもたちや自分とそっくりというだけで、どうしてこんなに心がほぐれて、愉快な気持ちになれるのだろう。なかなか客観的に見つめられない自分たちの姿とそっくりのお話が、やさしい言葉とやわらかな絵で表されていて、それだけで、自分たちの日常まるごとその物語に包み込んでもらえたような、手をつないでもらえたような、安心感をもらえます。今日読んだ「ポテトちゃん」というお話、最後のかあさんの涙に共感しすぎて、一緒に泣きそうでした。こぶたくんのかあさんと、文通したいです。
 そんなふうに、今日はとくに何があったというわけではないけれど、日記にしっかり書き留めておきたくなる、特上の何でもない日でした。何でもない日バンザイです。

 そういえば、昨日の夜中、長女も次女も寝言を言いました。長女は半分目をあけてこちらを見ながら「おかあさん、小学校の絵の具セットに、お名前シール、貼ってくれた?」と言い、次女は目を閉じたまま夢の中で「いやだ!おかあさんのおひざで食べるの!」と怒っていました。どちらも、私に求めていることが、分かりやすく寝言に出ています。今日はどちらの要求にも、それなりに応えられたかな。明日も私は、長女の小学校準備を抜かりなく進め、次女のそばにたっぷりいよう。

by papiko-gokko | 2017-02-15 23:32
チョコレート溶かしはじめてから気づく告げないほうがたぶん幸せ
 バレンタインデー。去年はちょうど日曜日だったのでまったく知らなかったのですが、幼稚園にはどうやら友チョコ文化が浸透しているらしく、今日お迎えにいったら、数名のお友だちから長女がクッキーをもらいました。びっくりして周りを見てみれば、何人ものお母さんたちが、小分け包装したクッキーなどのたくさん入った紙袋を持って立っていて、それを子どもたちが渡し歩いているのでした。想像だにしなかった目の前の光景に唖然としていたら、長女に「どうして?なんで今日はクッキーをくれるの?どうしてお母さんは持ってきてないの?」と言われ、これはもう、うろたえるほかありませんでした。
 そうなのか、最近のバレンタインって、そうなのか。好きな男子のことを思ってただドキドキときめきたいだけときめいていればいいものだと思っていたけれど、最近は愛情表現の方向が女同士の友情関係にまで及んで、より複雑な世界になっていたのか。長女は、自分もやりたかったのにと少しふくれていました。いろいろと疎い母で申し訳ないです。いただいたクッキーはどれもハイクオリティーの手作りで、子どもたちはおやつの時間に大喜びで食べました。お返しは、手作りをする自信はないので、なにか可愛らしいちょっとしたものを、近所とネットで探し求めてみます。
 帰宅後は、幼稚園での衝撃を引きずりつつ、兼ねてから予定していた、わが家のチョコ作りをしました。普通の型抜きチョコと、ガトーショコラ。どちらも夫へのものです。子どもたちが一生懸命、チョコを割ったり溶かしたりしてくれて、スムーズに作ることができました。長女も次女も、去年に比べると、めちゃくちゃせずお手伝いできるようになったなあと思います。この調子なら、二人だけで作れるようになるのも、時間の問題かもしれません。
 夜は、『カルテット』を夫と一緒に楽しく鑑賞しました。数年前にはまった『最高の離婚』と同じくらい面白いです。夫と音楽や小説の趣味はあまり似ていないけれど、ドラマと漫画の趣味はわりと似ていて、一緒に楽しめるので嬉しいです。

by papiko-gokko | 2017-02-14 23:43 | Diary
上履きを忘れた私ひとりだけ廊下が長く固く冷たい
 何かとやるべきことが多くて気を張っていた一週間が、なんとか終わりました。3学期になってからは幼稚園だけでなく小学校に行く予定もちょこちょこ入ってくるようになり、行事の前には緊張しすぎて動悸を抑えるツボをネットで調べたりしています。
 これまで自分は、わりと神経が図太いというか、メンタルが強いほうだと思っていたのですが、子どもが生まれてからというもの、あれやこれや怯えっぱなしで、それが疑わしくなってきました。昨日も締め切りが間近に迫っているプリントをまだ出していなかったことに気づいて「たいへん!!」思わず大声を出して慌てていたら、夫に「いちいち動揺しすぎ」と呆れられました。
 だいたいに私は、おっちょこちょいとかドジッ子とかそんな可愛いレベルでなく、いろいろと衝撃的なヘマをする人間なので、自分のことなら自分が痛い目にあうだけで済むけれど、子どものこととなると、被害を受けるのは子どもだから、失敗するのが、ものすごく怖いのです。私が失敗することよりも、失敗したらどうしようと親がオドオドしてばかりいるほうが、子どもにとってよほど悪影響であることぐらい、頭では分かっているのだけれど。子育てしていると、頭で分かっていても体現できないことに、次から次へとぶつかります。
 失敗が怖いので、いつも行事の前には、数日前から緊張してそのことで頭がいっぱいになるのに、それでいて準備は万端でなく、どうでもいいことばかりもじゃもじゃ考えて、肝心なことが抜け落ちていたりします。体験入学の日など、こともあろうに長女の上履きを忘れていきました。長女に自分で持って行かせようと本人に袋を持たせていたら、玄関で靴を履くときに手から離し、そのまま置いて家を出てしまったのです。みんなが上履きを履いている中、一人靴下で歩く長女を見て、最後に確認してやればよかった、もしくは私が鞄に入れていけばよかったと、泣きたくなりました。そして自分が高校入試の日にも上履きを忘れて、母と慌てて取りに帰ったのを思い出しました。自分だけ上履きを忘れたときのあの独特の情けなさ、恥ずかしさ、孤独感を、長女も味わうのかと思うと胸が痛みましたが、長女は自分が忘れたのだからしょうがないと割り切ったらしく、最初だけちょっと「どうすればいいの?」と心細げにしていたものの、靴下でもくじけることなく、始まってしまえばさほど気にする様子もなく、ちゃんと楽しんだようでした。
 その日家に帰ったあと、長女に「学校、緊張した?ドキドキした?」と聞くと少し考えてから首を横に振り、「じゃあ、ワクワクした?」と聞くと、今度は力強く首を縦に振り、「ワクワクだけした!」と言いました。どうやら長女は今のところ、物事をとても前向きに、愉快になるほうに、元気のでるほうに考えることのできる子に育っているみたいです。私も、些細なことで動揺して動悸を抑えるツボを調べていないで、「わくわくだけした!」と言えるように、気持ちを持っていきたいです。
 学用品の名前記入やら、文具など必要なものの買い出しやら、これから入学に向けて、いよいよ動き出します。考え出すとすぐ不安がふくらんできますが、そんなときには、「ドキドキじゃなく、ワクワクだけ!」を、自分の中の合い言葉にして、前を向くようにします。そして大事なことが抜け落ちて失敗しないよう、入学までにやることリストと買うものリストを作って、頭を一度、整理しておこう。



by papiko-gokko | 2017-02-10 23:30 | Diary
私から見える世界の半分が君の背後に広がっている
 幼稚園関係の行事が立て続けに差し迫ってきたりすると、相変わらず私の心は逃げ場を求め、最大の癒やしであり刺激でもあるビートルズにのめり込んでいきます。具体的に何が辛いというわけでもないのだけれど、母親たちの集団がどうしてもどうしても苦手で、比喩でなく本当にめまいや耳鳴りがしてきたりするので、それを回避するためには、自分の好きなもののほうに向かって、全力で心を逃がすしかありません。急激にしんどくなったときには、次女をぎゅっと抱きしめて髪の毛を撫でながら耳元で「次女ちゃん大好き・・・次女ちゃん大好き・・・」とつぶやくと、だいぶ楽になります。そんなとき、次女はどう思っているのだろう。あともうちょっと、卒園に向けて何かと行事が続くけれども、がんばろう。
 
 そんなわけで、ビートルズの話。ビートルズで最近聴いているのは、中期のアルバム『SGT. PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND』『MAGICAL MYSTERY TOUR』『ホワイトアルバム』です。ビートルズにはまったばかりのころは初期のアルバムが聴きやすく感じて大好きで、それから成熟したビートルズを感じられる後期のアルバムにもだんだんはまっていったのですが、中期のアルバムは、すさまじすぎて、これまで自分が聴いてきた曲とはひと味もふた味も違いすぎて、聴くたび「なんかすごい!でもすごすぎてよく分からない!」となり、最近になるまで、ほかのアルバムに比べると聴く回数が少なめでした。
 しかしここにきてようやく、はまりました。『I am Sam』を観たのがきっかけとなり、自然に中期アルバムの雰囲気に、耳も心もどんどん馴染んで、最初に感じたすさまじさも、いつの間にか心地よさに変わりました。これまで分からなかった曲が、プレゼントのリボンをほどくようにするすると理解できて、リボンがほどけたその箱の中からあふれ出してくる輝きに、改めて感動し、しびれています。
 思えば私は、中期アルバムを聴くとき、サイケデリックという言葉に縛られすぎていたのかもしれません。このサイケデリックというものが一体どういうものなのかを理解できなければ、中期のアルバムは理解できないのだと、勝手に思い込んでいました。だけど、『I am Sam』を観て、中期アルバムの曲としてでなく、ただ純粋に物語中に流れる音楽としてその曲たちに触れることができたことで、曲そのものに感動し、自分の中にあった呪縛が解け、とたんに中期のアルバムも、力まず聴けるようになりました。とくに映画の中でサムの友だちアニーが『Lucy in the Sky with Diamonds』について言った「バカな評論家たちは LSD のことだと言ったの。でもジョンは "息子のジュリアンの絵で友達のルーシーを描いた" と」という言葉は、サムだけでなく、私の心もほぐしてくれました。
 本当にまったく、ビートルズは、どの時期もすばらしすぎて、どの時期にもそれぞれ輝きがあって、とんでもないです。こんなとんでもないものを大好きになってしまったので、毎日、とんでもなくビートルズのことを考えています。


by papiko-gokko | 2017-02-07 23:30 | Diary
次女3歳1カ月と、二人で聴くビートルズ。
 次女が3歳になって、今日で1カ月になりました。3歳になってからの次女は、自己主張と甘ったれが暴走しがちで、毎日くたびれます。思えば長女も3歳のころが一番ワガママで自己主張が暴走して大変だったような気がします。一度「いやだ!」モードに突入すると、なんでもかんでも「いやだ!」になるし、大声で泣いて主張を通そうとするし、急いでほしいときに限って自分でやりたがったり変なところにこだわって次の段階に進めなかったり。にっちもさっちもいかないこの感じ、数年前にもあったなあ・・・と、思わず苦笑いしてしまうことが多々あります。長女で同じような感じを一度体験しているからといって、次女のワガママにうまく対処できるかというと、決してそんなことはなく、やっぱり長女のときと同じように、腹が立つし疲れてため息が出ます。
 それから最近は3歳児らしく、なんでもかんでも「どうして」と質問してくるようになりました。「どうしてトイレにはクーラーがないの」「お豆は何でできてるの」「お水は何でできてるの」「どうしてパパはお仕事いくの」「ぬいぐるみはどうして目を閉じないの」「雨はどうして降るの」「夜はどうして寝るの」などなど、口を開けば質問と言ってもいいくらい、次女の口からは、日々はてなが溢れてきます。とっさにうまく答えられない質問だらけだけれど、次女と一緒に頭を働かせて考えるようにしよう。
 卒乳はほぼ完了しました。ただ、なかなか生まれてから3年続いた習慣を完全になくすのは難しいらしく、寝る前に必ず10秒だけ吸います。この10秒チャージさえ終われば、それ以上欲しがることはなく、子守歌で寝てくれます。これはもう、卒乳したと見なしていいのかな。いいってことにしておこう。
 卒乳したことが関係あるのか、ここのところ、わりとよく食べるようになりました。体つきもちょっと、しっかりしてきた気がします。体がしっかりしてきたことで、動きも活発になり、高いところから飛び降りたり、公園でも長女にくっついて難しいことに挑戦したりするようになってきました。小柄なぶん、小回りが利くのかもしれません。
 長女の遊び相手もしっかり務まるようになってきて、少し前までに比べると、かなり長い時間、長女と子ども部屋にこもって、ごっこ遊びなどするようになりました。一人でも、ご機嫌なときは、どうのこうのと独り言を言いつつ、遊んでいます。ふだんは自分のことを名前で呼ぶのに、ごっこ遊び中は「あたち」「おれ」「ぼく」など、いろいろな一人称を使い分けて役柄になりきっています。よく、どちらがお母さん役をするかでもめていますが、放っておくと二人でなんだかんだと話し合い解決して遊び始めることも増えました。

 何より嬉しいことに、最近の次女は、私とべったり一緒にいる影響で、積極的にビートルズを好きになってきてくれています。長女が幼稚園に行って次女と二人になってから、私が「何か音楽かけようかな」と言うと、「びーとるにしようよ」と言ってくれるのです(あまりに長くかけすぎると「ねんどちゃんの声が聞こえないから、そろそろびーとる消して」などと言われてしまうけれど)。長女はあまり私の音楽の影響を受けてくれなくて、どちらかというと夫の聴く曲のほうが好みのようなので、次女が私寄りになってくれて嬉しいです。100均で買ったおもちゃのギターの構え方もどことなくジョンっぽくて(ギターの位置が高く、ちょっとがに股)、かっこよかったので『Please Please Me』をリクエストしたら、照れながら「たもんたもーん」と歌ってくれました。
 一昨日の午前中は、次女と一緒にビートルズのDVDを観ながらお絵かきしました。好きなものを一緒に楽しんで観てくれる人がいるって、最高に幸せです。『let it be』のMVが流れると、カメラをまっすぐ見つめながら歌うポールを見て「この人、どうしたのかな。寂しいのかな。」と不思議そうに言うので、驚きました。この歌が解散間際に出た曲だということも、その当時のビートルズがどういう状態だったかという背景もしらないのに、2014年に生まれた3歳の子に、この曲を歌っていたときの寂しさが伝わってしまうなんて、ビートルズってやっぱりすごい。この調子で、次女と共にビートルズ愛をますます深めていきたいです。



by papiko-gokko | 2017-02-04 23:46 | 月齢ごとの成長記録(次女)


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