日記と短歌
by papiko
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2016年を振り返って
 2016年もあとわずかになりました。明日から夫の実家へ帰省するため、これが今年最後の日記になります。そんなわけで、今日は、今年のまとめ日記を書くことにします。

 今年を象徴するものとして、まず、私にとってもっとも大きな出来事だったのは、父方の祖父の死でした。子どもの頃から、眠れない夜など、身近な人の死というものを幾度となく想像しては胸を痛めてきたけれど、実際に体験するそれは、そんな何十回何百回してきた想像なんて、なんの意味もなかったと思えるくらいの、重さと喪失感がありました。自分が生まれたときからある窓の外に立っていた大木が、突然に一本倒れて、その場所に真っ暗な穴が空いたような、そんな感じでした。
 4月の、祖父のお葬式を終えて戻ってきた翌日だったか、ぽかぽかあたたかな園庭で長女が出てくるのを待ちながら、春の日射しの眩しさや、花壇に咲き乱れる花が、こんなに悲しいこともあるのかと、めまいがしました。その後も、祖父の死からしばらくは、季節の移ろいを感じるたび、世間を騒がすニュースを見るたび、美味しいものを食べるたび、嗚呼だけどこの世界にもう祖父はいないのだと、そればかり思って、すきま風のような、遠ざかっていく鈴のような、そんな小さい寂しい音が、ずっと鳴っていました。それでも、四十九日だったり、お盆だったり、それから前回の帰省だったりで、繰り返し仏壇に向かって手を合わせたり、遺品整理をしたりしているうちに、だんだんと、祖父の死が、自分の体だったり、自分の生きている時間軸みたいなものに馴染んできて、今は、寂しい音も、ほとんどしなくなりました。そして、誰かと祖父のことを話すとき、静かな穏やかな気持ちになるようになりました。それは、祖父が生きていたことや、死んでしまったことを忘れてしまったからでは決してなく、そのすべてが、自分の人生に染み込んだからなのだと、思っています。お盆や何回忌などの行事を繰り返しながら、そうやって人は生きていくのだということを、祖父の死が教えてくれました。

 それから、今年はほかにも、なんだかいろいろと、ショックな出来事がありました。買って2年ほどだったテレビの液晶におもちゃがぶつかって壊れたり、長年使っていたHDDが故障して、成長記録の映像データなどが消えてしまったり(ほとんどDVDに焼いたりして保存してあったため、消えたのは次女の0歳時代の数ヶ月分ほどでしたが、ショックでたまりませんでした)、大事な一眼レフカメラが壊れて修理に出したり、自転車でケガをしたり、ほかにもあれこれこまごまと、ショックから学ぶことの多い1年でした。とはいえ、こうして書いてみると、どれもこれも今では笑い話にできる程度のことばかりで、家族みんな、大きなケガも病気もなく、元気に過ごせたのだから、やっぱり、総括すれば、幸せな1年だったよなあと、思います。

 育児に関しては、去年に比べると、長女の聞き分けがよくなったぶん楽になったような、次女のパワーが増してさらに大変になったような、どちらにしても、ふたりとも最高に可愛くて、毎日、可愛いなあと思いながら過ごした1年でした。いつだったか、習い事に関する話をしていたとき、夫から「君は、子育てのことで、なにかと引け目を感じすぎてる」と言われたのが、印象に残っています。確かに、その通りで、私は自分の子育てに、自信がありません。これだけは自信があるぞということが、一つもありません。長女に習い事をさせていないことも、次女を2年保育にしたことも、どちらも夫とよく話し合って考えた末のことなのに、やっぱり、とても不安です。幼稚園の子たちはみんな結構習い事をしているから、不安。最近は3年保育の子が多いから、不安。自分ではなく子どもの人生だから、よけいに、人と違うことは不安です。長女は、今まだそこまで、習い事をしたいと言わないけれど、何かすごくしたいことができたら、そのときは、反対したりせず、できる範囲で、させてやりたいと思います。この前、何か習い事するとしたら何がいいかと聞いたら、しばらく考えたあと「絵が習いたい」と言いました。きっとそれが、長女の一番好きなことであり、自信のあることでもあるのでしょう。そのうち、習わせてみるのもいいかもしれないなと思います。人見知りの次女は、今のところ私から離れるのも知らない子と触れ合うのも嫌で幼稚園に行きたがっていないから、来年1年で、幼稚園へ行きたい気持ちになれるような過ごし方をしたいと思います。最近の様子を見ていると、どうやら、私と離れているときのほうが、おりこうでいられるみたいだし、離れる機会を、作ってみよう。私の歯医者通いなど、ちょうどいい機会かも。
 こんな感じで、もじゃもじゃ悩みながら、育てた1年でした。そして来年もきっと、引き続き、もじゃもじゃ悩みながら育てるのだろうと思います。それが私の、子育てスタイルなのかな。できればもっと自信をもって、引け目なんて感じずに、やっていきたいものですが、子どもたちのことがとても可愛いから、自分の間違った判断のせいで悲しい思いや辛い思いをしてほしくないから、不安です。6年近く子育てをしてきて、わが子というのは、自分の理想通りには育っていかないんだなということも、またその一方で、わが子は自分の思っている以上に、親の生き方の影響を強く受けながら育っていくものなんだということも、学びました。どう子育てしていこうかと考えることは、そのまま、自分がどう生きていこうかと考えることなのだと思います。さあ、来年は、どう生きていこう。なるべくでたらめにならないように、愛して生きよう。

 自分個人に関しては、これはもう、ビートルズの1年でした。ビートルズを聴き、眺め、燃えて癒やされた1年でした。知れば知るほど、聴けば聴くほど、どんどんはまって、はまって、はまってはまって、大好きです。最近やっと、ジョン・レノンのソロも聴き始めていて、ジョンが愛する息子を思って作ったという『beautiful boy』が大好きで、何度も聴いています。この曲をがんばって覚えて、子どもたちの子守歌に歌ってやりたいなあと、本気で考えているところです。まだ、サビのところしか歌えないので、子どもを抱きしめているときなどに、boyをわが子の名前に変えて歌って、ひとりで幸せな気持ちになっています。まったく、ビートルズを好きになったことで、私はどれだけ幸せな気持ちになれていることか。音楽に対しても、英語という言葉に対しても、がらりと、考え方が変わりました。変わったというよりも、これまで自分のなかには存在し得ないと思っていた、あらたな世界が開けた、といったほうが正しいかもしれません。ビートルズを好きになって、世界の見え方が変わりました。色合いが変わりました。来年も、ますます気合いをいれて、いっぱい聴くつもりです。
 ビートルズ以外の個人的なことといえば、やはり、仕事になるでしょうか。仕事は、子育てしながら家でできる、ちょうどいいくらいの分量でできていて、今年もほどよい充実感を得ることができました。テープライターの仕事が、私はとても好きです。自分に向いている仕事を見つけられたぞという喜びが、始めたころから今までずっと持続しています。言葉が難しすぎたり音が悪すぎたりして根を上げそうになる瞬間もあるけれど、それを乗り越えたときの達成感は、真夏のビールに勝るとも劣らないものがあります。この仕事を通じて、日常では触れることのできない世界に触れることができるし、知らなかった言葉をたくさん知ることもできています。来年もどうか順調に、この仕事を続けていけますように。

 ざっと振り返ると、そんな感じの1年でした。学ぶことの多い、いい1年だったなと思います。何か出来事があるたび、そのことについて、それがいいことでも、悪いことでも、夫とたくさん話をしました。どんなことでも、夫に話して、夫が言うことに、共感したり反発したりしました。夫といろいろな話をしているとき、私の心はとても自由でいられる気がします。なんのためらいもなく怒ったり、笑ったりして、自由でいられます。テレビを見ながら毒を吐くのも、子どものことや家のことをだらだら話すのも、車で音楽を聴きながらその音楽についてあれこれ話すのも、とても楽しい、面白い。恋人時代よりも、新婚時代よりも、その楽しさ面白さは断然増しているから、きっとこれからも、一緒に過ごした時間が長くなればなるほど、たぶんその度合いは、高くなっていくのだと思います。今年よりもっと、夫と話すのが楽しく面白くなるのであろう来年が、楽しみです。
by papiko-gokko | 2016-12-29 23:42 | Diary
手をつなごう歌をうたおう人生が君と重なり合ってるうちに
 クリスマスと年越しのあいだの、穏やかな一日。午前中は歯医者へ行き、午後はもたもたと片付けなどして過ごしました。痛かった歯は、今日の治療で無事治療が終わりましたが、まだほかにも虫歯があるらしく、しばらく歯医者通いが続きそうです。子どもたちは歯医者さんのおもちゃでおりこうに遊んでくれていて、前回のように次女が泣くこともなかったので、助かりました。次は年明け、次女ひとりだけ連れて行くことになります。歯の治療って日常をかなり憂鬱にするけれども、大事なことだ、がんばろう。

 次女の誕生日が近づき、アンパンマンのアイスクリームやさんのほかに、毎年恒例の手作りプレゼントとして、パズルと編みぐるみを贈ることになり、数年ぶりに編み物を始めました。パズルは100均で売っている無地パズルに絵を描くつもりで、だけどそれだけでは簡単すぎるので、かぎ針でヒットくんを編んでみることにしました。編みぐるみを作るのは、小学校のころ持っていた編み機のおもちゃ『あむあむたまご』で作ったとき以来です。かぎ針で編むのは初めてで、しかも作るのがヒットくんなので編み図もなく、似たような形のものの編み図を見ながらなんとなくでやっているので、うまくいくのかどうか、まだ全然確信がもてません。うまくできたら、長女の誕生日にも、同じものを編んでやるつもりです。今日はビートルズのアンソロジーDVDを流しながら数段ほど編みました。DVDだと、ビートルズの姿があまりにも素敵で眩しくてかっこよすぎて、手が止まってばかりで、いけません。今度からは音楽だけ流してすることにします。ああ、かっこよかった。苦しいくらいかっこよかった。
by papiko-gokko | 2016-12-28 01:05 | Diary
クリスマス
 クリスマス。真夜中のまだ暗い時間帯に、一度長女が寝ぼけて目を覚まし、私のところにもぞもぞ近づいてきて、「いやな夢をみたの・・・長女のパーティー帽子を捨てられちゃう夢・・・」と、半泣きでささやきました。私は7割ぐらい寝ながら「大丈夫、あれは捨てないから、来年もかぶろう」みたいなことを言い、すると長女は頷いて、もう一度寝ようと布団に潜ろうとしたとき、枕元のクリスマスプレゼントに気づいて、「あっ、おかあさん、みて、ある」と、小さな小さな弾み声で教えてくれました。そんな嬉しそうな声を聞くと、私も思わず「えっほんと?」と起き上がりたい気持ちになりましたが、それで長女が本格的に興奮して覚醒してしまってはいけないので、「ん」とだけ言って、あとは寝たふりをしました。すると長女も、いまはまだ開けてはいけないんだなと思ったらしく、わくわくする気持ちを閉じ込めるみたいに、勢いよくぎゅっと布団を頭までかぶり、そのまま眠った・・・と、私は思っていました。しかし実際は、そうではなかったようです。
 翌朝本人から聞いたところによると、長女がそのまま寝たと思って私が安心して眠りに落ちたあと、長女はやっぱり胸の高鳴りを抑えきれず、次女を起こそうと試みたそうです。次女をツンツンつついたら、深い眠りのなかにいた次女は、パーにしていた手をグーにしただけで、ちっとも起きてくれなかったと、次女の寝顔の物まねとジェスチャーつきで教えてくれました。そのあと、ひとりでプレゼントを開けてみようかともしたそうですが、開け方が分からなくて諦めたとも言っていました。強く結んでおいてよかったです。
 朝、再び目を覚ました長女は、おはようの挨拶も忘れて「もう開けていい?」と私に尋ね、「いいよ」と言うとすぐさまプレゼントを抱えて居間に駆けていきました。まだ寝ぼけていた次女も姉に続き、袋を閉じていたちょうちょ結びをほどいて開けやすいようにしてやると、ふたりで競い合うようにしてプレゼントの中身を確かめ始めました。そしてふたりとも、とてもいい顔をして喜んでくれました。やはり、ふたりとも、メインの一番大きなプレゼントが、一番嬉しかったようで、長女は1日中カメラであれこれ撮り続けていたし、次女は1日中、ぽぽちゃんやロールパンナとメロンパンナに、ぽぽちゃんのおしゃべり弁当を食べさせていました。
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  長女のカメラはなかなかの優れもので、動画もばっちり撮れるし、写真もフレームが選べたり、連続ショットができたり、子どもが喜び大人も楽しめる機能が満載です。私と夫の2ショットもたくさん撮ってくれました。子どもが生まれるまでは写真なんてほとんど撮らなかったため、夫との2ショット写真って実はほとんどなくて、「これからは長女に撮ってもらえるから嬉しいなあ」と言ったら、ふふんと鼻を鳴らしてまたカメラを構えていました。次女のこともいっぱい撮っていて、「長女ちゃんにしか撮れない次女ちゃんの表情が、いろいろ見つかるかもね」と言ったら、ますます撮影に熱が入り、「次女ちゃん!こっち見て笑って!こんなふうに!そうじゃなくて!」と、いろいろ注文を出しながら、気まぐれに動き回る次女を必死で追いかけていました。
 次女のぽぽちゃん弁当も、次女にぴったりのおもちゃだったようです。ぽぽちゃんに食べさせるしぐさをすると、スプーンから、ぽぽちゃんの声が何種類か出るので、そのたびその声に受け答えしながら、延々と、食べさせ続けていました。そんなふうに、かなり気に入って遊んでくれているのですが、「でも、次女は、アンパンマンのアイスやさんがよかったのに」と、急にそんなことも言い出して、親を困惑させました。またすぐ誕生日がくるので、誕生日プレゼントは、アンパンマンのアイスやさんがいいのかな。だけど、世界地図パズルも欲しがっているし、ほかにも喜んで遊びそうなおもちゃはたくさんあるし、悩みます。今日、一度おもちゃを次女に見せて、一番何を欲しがるかを見てみようと、比較的近くにあるおもちゃ屋さんへ連れて行ってみたものの、あれも欲しいこれも欲しい買って買って状態で、結論は出ませんでした。明日あらためて、次女に何が欲しいのか、聞いてみるつもりです。
 おもちゃ屋さん以外は、家でのんびりと過ごし、昨日のごちそうやケーキの残りを食べて、クリスマスらしい一日を過ごしました。これまでのクリスマスは、いつも夫が仕事でいなかったのだけれど、今年は休みだったおかげで、今回初めて、子どもたちがプレゼントを開ける瞬間に立ち会うことができて、喜んでいました。今年の反省点としては、プレゼント包装に選んだのが、わりとカシャカシャ音のなる素材の袋だったため、枕元に置くときもかなり音がしてハラハラしたし、自分や子どもの寝返りでカシャカシャならないか気になって、眠りが浅くなってしまったことです。来年は、音のならなそうな素材を選ぶよう、気をつけよう。
 次は夫の実家(横浜)に帰省して年越し、そして次女の誕生日と、イベントが続きます。体調管理をしっかりして、一家で元気に新しい年を迎えたいです。
  
by papiko-gokko | 2016-12-25 23:17 | Diary
クリスマスイブ
 クリスマス・イブ。起きた瞬間からハイテンションだった子どもたちに朝ご飯を食べさせ、跳ね回るのをなんとか落ち着かせて着替えさせ、夫と子どもたちがスーパーに行っているあいだに、部屋の片付けをしました。スーパーから帰ってきた子どもたちはやっぱりハイテンションで、次女がただいまより先に「けーきの、いちごを、買ってきたのー!」と大きな声で報告してくれました。
 その後図書館へ行って、昼食を食べたあとは、いよいよ子どもたちが待ちに待っていたケーキ作りです。夫が今年もぜったい2段ケーキがいいと言って大きさの違うスポンジを買ってきて、子どもたちと3人で、はりきって作ってくれたので、私は気楽な写真撮影係に徹していました。長女も次女も大はしゃぎで、クリームを塗ったり、イチゴを並べたりしていました。慎重に美しいケーキを仕上げたい夫と、とにかく何かやりたくて前のめりに手を出す子どもたちとのやりとりは、そばで見ていて面白かったです。3人でわーわー言いながらも、イチゴたっぷりの2段ケーキができあがりました。
 ケーキ作りをちょうど終えたころ、横浜の義母から、子どもたち宛てにお菓子のたっぷり詰まった長靴が届き、子どもたちのテンションはまた一段と跳ね上がりました。手作りのチョコケーキと、お手紙も入っていて、幸せな気持ちになりました。贈り物はいつだって嬉しいけれど、やっぱり、クリスマスと誕生日の贈り物は格別です。大事に思ってくれているんだなぁと、安心します。

 夫がごちそうも作ってくれて、これでパーティーの準備はほぼ完了。しかし今日は、パーティーの前に、一大行事があったのです。私の母が、長女と次女に、しまじろうのクリスマスコンサートのチケットをプレゼントしてくれていて、それが今日の夕方からなのでした。長女はずっと楽しみにしていました。一方、次女は着ぐるみを怖がるので、直前まで「みない」と言っていて、一緒に観るのは無理かもしれないと思っていました。ところが今朝、『しまじろうのわお』を見たことで、気が変わったようで、私と長女と次女、3人で観劇することになりました。
 市民会館まで夫に送ってもらい、開場時間とほぼ同時ぐらいにつくと、長女はもうはやる気持ちを抑えきれず、人だかりのできている入り口に向かって走り出しました。次女は私にしがみついていました。長女ほどでなないけれど、私も開演前の高揚した雰囲気に圧倒されどきどきしながらチケットを切ってもらい、座席を探しました。母がとってくれたのは2階席です。3人でほろほろとたどり着いた自分たちの座席は、見晴らしがよくて、舞台全体が見渡せて、とてもいいすばらしい席でした。舞台までの距離はあったけれど、着ぐるみをちょっと怖がる次女には、ちょうどよかった気がします。前回『白雪姫』を長女と観に行ったとき、長女は2階でも観てみたいと言っていたので、人生初の2階席に喜んでいました。
 席に座ってちょっとしたら、歌のお姉さんがでてきて、軽く歌ったり踊ったりして、子どもたちの退屈と緊張をほぐしてくれました。長女も次女も、チケットを切ってもらったときに配られた紙製の鈴を、嬉しそうに振って、さっそく楽しんでいる様子で、ほっとしました。子どもが怖がらないように、開演の仕方も、普通の劇とは違い、客席の明かりが急に落ちたりせず、まずお姉さんが出てきてから、ゆっくり舞台の幕があがって、舞台がすっかり明るくなって子どもたちの目が舞台に向いてから、徐々に客席の明かりが落ちていくという方法で、次女がもし泣くとしたら暗くなるときだろうと思っていたので、さすがだなぁと感心しました。私はあの、開始直前のブザー音と暗くなるときの緊張感も大好きだけれど、本当にありがたい配慮でした。
 舞台の幕が上がると、私は、もうほとんど反射的に涙ぐんでいました。つくづく、自分は舞台に弱いのだなと思います。幕が上がって、ぱあっと舞台が音と光に満ちるともう、それだけでもう駄目です。やけに感動的な気持ちになるのです。ましてや今回の舞台は、子どもたちが毎週テレビで観てよく知っている、大好きなキャラクター。そのしまじろうが舞台の前で、わが子の目の前に現れてくれたことがもう嬉しくて、長女と次女の感動と興奮がそのまま自分に流れ込んでくるようで、開演早々に胸がいっぱいになってしまって、長女が何かはしゃいだ様子で私に話しかけてきても、もう感動でふるふるして喉がつまって、頷くのが精一杯でした。
 上演時間は1時間くらいで、あいだに休憩もありました。心温まるストーリーと、いくつかのかわいいクイズと、楽しい歌がたくさんの舞台で、長女はもちろんのこと、次女もめちゃくちゃ楽しんでいました。声を出す場面では、長女も次女も、元気いっぱい声を出し、鈴を振る場面では、舞台に向かって目をキラキラさせながら振っていました。途中、2階席にしまじろうが来てくれた場面もあって、間近でしまじろうを観ることもできました。近くで見たら次女は泣くかなと思っていたけれど、そのころにはもうすっかり舞台の世界に心が入り込んでいたようで、ちっとも泣いたり怖がったりしませんでした。本当に、最初から最後まで次女が怖がるどころか楽しんで、ときには声を出して大笑いしながら観てくれたので、しまじろうのすごさと、次女の成長を同じくらい感じました。2階席だったおかげで、舞台の上だけでなく、会場全体の楽しい雰囲気も見渡すことができ、子どもたちの気分もますます盛り上がったのではないかと思います。
 最後には、スペシャルアンコールもあり、そこでまた、私は泣きそうになりました。舞台の幕が上がる瞬間と、アンコール、カーテンコール系の瞬間に、とても弱いのです。夢の始まりと夢の終わりがこれほどはっきりしている場所が、ほかにあるだろうか。ああ、やっぱりいい、舞台はいい。また子どもと一緒に、いろんな劇を見にいきたいです。私はこれまで、しまじろうを好きでも嫌いでもなかったので、行く前はそこまで期待していなかったのだけれど、子どもたちと同じくらい、私も楽しむことができました。可愛くて楽しくてきれいで感動的で、クリスマスイブに子どもたちと観るのに、最高のコンサートでした。母に感謝です。

 終わる時間に合わせて夫に迎えに来てもらい、夜7時ごろには家について、昨日から岡山に来ている母と岡山在住の下の妹も家に呼び、賑やかにクリスマスパーティーをしました。ふたりの大好きなゲストと向かい合って座った子どもたちは、本当に幸せそうな顔をして、はしゃぎながらごちそうを食べていました。母と妹がケンタッキーを買ってきてくれて、ひさしぶりにケンタッキーを食べました。おいしかった! 子どもたちにとっては、人生初のケンタッキーです。長女は前歯が抜けているので、ちょっと食べにくそうだったけれど、ふたりともよく食べました。ごちそうのあとには、ボリュームたっぷりの2段ケーキもしっかり食べました。長女は幼稚園で作って持って帰ってきたパーティー帽子をかぶって、もりもり頬張ってました。次女の強い要望で、ケーキを食べる前にろうそくの吹き消しもあり、子どもたちふたりで力を合わせて吹き消しました。
 9時半ごろには母と妹が帰り、それから、子どもたちをお風呂に入れて、クリスマスの絵本を3冊読んで、布団に入る時間自体はいつもより1時間くらい遅い時間になってしまったけれど、ふたりとも疲れ切っていたようで、10時すぎには寝息を立て始めました。枕元に、おおきな靴下を置いて寝ています。だけどどうしよう、サンタさんのプレゼントは、その靴下にも入らない大きさだ。お風呂のなかで「今日は楽しかったねえ」と長女に言うと、長女は赤いほっぺたをますます赤くしながら「うん、夢の一日だった!」と言いました。そんなイブを送れたのなら、よかった! きっともうすぐサンタさんがくるころです。明日の子どもたちの顔が、楽しみです。
by papiko-gokko | 2016-12-24 23:58 | Diary
あの人が知らない人と住んでいる住所で漢字を三つ覚える
 昨日の夜中、次女が急に耳を痛がって泣き出し、朝までずっと寝たり起きて泣いたりを繰り返していたので、朝一で慌てて小児科へ駆け込みました。ちょうど耳鼻科が休みだったためかかりつけの小児科で診てもらったのですが、丁寧に診ていただいて、軽い中耳炎になっていると言われ、抗生物質を出してもらいました。まだ自分でうまく鼻をかめないため、鼻吸いもしてもらって、かなりすっきりしたのではないかと思います(吸ってもらっている最中は大泣きだったけれど)。抗生物質が効いたのか、午後には痛みも治まったらしく、元気に過ごしていて、ほっとしました。長女は中耳炎になったことがなく、初めてのことだったので焦りました。

 今日は一家で久しぶりに、岡山に住んでいる母方の祖父に会いに行きました。祖父や周りの人の都合が分からないので行くタイミングが掴めず、比較的近くに住んでいながらなかなか会いにいけていなかったのですが、今日母が岡山に来たので、祖父と母の昼食に合流するかたちで、ファミレスに集合しました。下の妹も来ていて、長女は大喜びでした。しかし次女は人見知りが炸裂して、体をこわばらせ私にしがみついて大泣きし、一度ファミレスの外に出て落ち着かせねばなりませんでした。私たちはすでに昼食を食べていたので、ポテトとデザートを頼みました。長女は、いつも食べてみたいと言っていた念願のパフェを食べて、幸せそうでした。最初は大泣きしていた次女も、そのうち慣れて、夫の頼んだポテトを勢いよく食べていました。みんなの食事代は、祖父がおごってくれました。
 祖父は前回会ったときよりもさらに少し痩せて皺も増えて、会話のレスポンスが遅くなったなあと感じたけれど、それでもこちらの言ったことに対する受け答えはしっかりしていて、笑うときの感じなど、昔のおじいちゃんと変わりませんでした。もっと積極的に会話をすればいいと思うのだけれど、何を話したらいいのか分からなくて、せっかく会ったのに、私は笑っているのが精一杯でした。父方の祖父に対しても、私はいつもそうでした。人と話すのが苦手だということは、あらゆる場面で本当にたくさんの後悔を生むなあ・・・と思います。でもこればっかりは、私の性分だから、どうしようもない。せめて、会話以外の部分で、思いを伝えていく努力をします。別れ際、私が「それじゃあ、おじいちゃん、よいお年を」と言うと、祖父は最後に、「楽しかった。会いに来てくれて、ありがとう。」と言ってくれました。自分の不甲斐なさを感じたけれど、長女と次女に祖父を会わせたかったし、会いに行ってよかったです。

 長女が冬休みに入り、明日はいよいよクリスマスイブです。先ほど夫と一緒に、サンタさんのプレゼントをおそろいの包装袋に入れました。楽しみでたまりません。
by papiko-gokko | 2016-12-24 01:51 | Diary
今日の日を体ぜんぶで生きている明日を手繰る鼓動と呼吸
 月曜日に抜歯し、2日間、痛みと飢えに耐え鬱々と過ごしていました。ああ、痛かった、あまりにも痛かった。抜いたのは、ちゃんと並びきらず一本だけ列から外れて後ろに生えてしまっていた前歯で、いつか抜きましょうと、歯医者へ行くたび言われていました。今回、その歯のすぐそばの歯が虫歯になり、その歯を抜かないことには虫歯の歯の治療がままならないということで、ついに抜くことになったのでした。麻酔を何本も打ったけれど、抜くときはやっぱり痛くて、思わず「いらい(痛い)」と言ってしまいました。しかしそこでなんとか取り乱さずにがんばれたのは、ちょうどそのとき、待合室の遊び場で長女と遊んでいた次女が泣き出し(長女がトイレに行ったので不安になったらしい)、歯科助士さんが私のところに連れて来てくださったからでした。ここで私が悶絶していたらトラウマになってしまうと思い、なんとか冷静さを装いましたが、それでもどうしたって苦悶の表情にはなってしまい、顔が次女に見えていなければいいなと思いながら耐えていました。この歯医者さんは、子どもの遊ぶスペースがしっかり作ってあって、泣いたときには歯科助士さんがすぐに抱っこして連れてきてくださるので、本当に助かります。
 これまで親知らずを2度抜いているので、これで抜歯は3度目ですが、何度体験しても、抜歯のあとの痛みというのは、辛いものです。麻酔が切れるにつれずきんずきんと疼きだし、痛み止めを飲むと、痛みの核みたいなものがぼわんと何かに包まれてしばらく日常生活が送れるようになるけれど、数時間してまた痛み止めの効果が薄れてくると、またずきんずきん痛みの核がはっきりしてきて、痛みのことしか考えられなくなってきます。痛み止めの数は限られているし、飲んでいい量も間隔も決まっているので、痛みに耐えるしかない数時間というのが一日に何度かあり、もうそうなると、憂鬱で、無気力で、イライラして、悲しくて、まともな思考ができなくなります。ふだんこんな継続的な痛みと向き合うことがあまりないので、人の思考も動きも支配してしまう痛みの恐ろしさと、自分の精神力の弱さを思い知った2日間でした。痛みと腫れで食事も取れなくて、2日間、ウィダーインゼリーとプリンとヨーグルトとお豆腐とおかゆとうどんで空腹を紛らわせながら過ごしました。ほとんど何も食べられていない気持ちでいたけれど、こうして書いてみると、なんだかんだで、いろいろ食べている気もします。
 抜歯から3日たった今日は、ようやく痛みがかなり引いて、少し気になる程度にまで回復しました。固いものはまだちょっときついけれど、白米や柔らかいおかずなら食べられるようになり、嬉しくて、はりきって、ほくほくやわらかいカボチャクリームグラタンを作ったら、とても美味しくできたのに、家族にまさかの不評で落ち込みました。ほかのおかずも、2日ぶりに一緒に食べられるのが嬉しくて、わくわく作ったのに、いまいちの売れ行きでした。昨日や一昨日、味見もできない口とギリギリの精神状態のなかやっつけ仕事で作った豚丼や鶏とサツマイモの甘辛炒めのほうが、むしろよく食べてくれたほどでした。それに対して、今日はとても楽しく作ったのに、残されてしまって、洗い物をしながら泣きたくなるほど悲しかったです。料理ってなんだろうな。子どもの苦手な野菜も、食べやすいように細かく刻んだりしてみているのに、食べてくれないときは頑なに食べないし、難しいものです。
 抜歯後2日間でいちばん大変だったのは、絵本の読み聞かせ時間でした。口を動かすのもつらいのに、次女の絵本と長女の児童書を読むのは、何かの修行のようでした。最近、次女の選ぶ本も長いものが多くなってきたので、少なくとも30分は読み続けなくてはならないのです。風邪で喉がかれていようが歯を抜いて出血していようがお構いなしの子どもたちが、恐くもあり、そんなにも本好きに育ってくれたのなら、嬉しくもあり、複雑な気持ちで、いつもよりずっと小さい声で、小さい口で、ぽそぽそ読みました。今日はもう痛くなくなったので、はりきって読むぞと思ったら、今日次女の選んだ本は短いものばかりでした。なんだろう。

 私が抜歯をした翌日、長女の前歯がころんと健やかに、また一つ抜けました。これで7本目です。7本抜けて、生えてきたのはまだ2本だけなので、かなりの歯抜け状態で、それもまた可愛いです。歯が抜けそうだったせいか、ここのところの長女は情緒不安定で、お友だちが遊びに来たとき、私がその子を褒めるとそれだけでふてたり、姪っ子のちょっとした思いやりエピソードを夫に話していたら「長女だって○○してあげたじゃん!」と大泣きしたりしました。私が誰か長女以外の子どもを褒めると、自分と比べられて自分が劣っていると言われたように感じてしまうのでしょうか。そんなつもりはまったくないのだけれど、これからは気をつけようと思います。お友だちの親同士で話すときなど、つい「うちの子はまだぜんぜん駄目だから」みたいな論調になってしまいがちだけれど、長女はもう、そういう何げない会話で傷ついてしまう年頃になってきているのだから、ぜったい言わないようにします。ほかの子を褒めたからといってそれはあなたをけなしているわけではないのだよということは、今日話して聞かせたけれど、それだって大人でもたまにもやっとする場面もあるような難しいことだから、褒めるときは、本人のいないところで褒めるようにするか、必ず両方を褒めるようにします。
by papiko-gokko | 2016-12-21 23:43 | Diary
分け合えるものはなんでも分け合ってそれでも寝顔は別々の顔
 覚悟はしていましたが、やはり今度は、次女が風邪をもらい、咳と鼻水で不機嫌に過ごしています。昨日の夜中から熱っぽく、朝測ったら微熱があって、苦しそうな咳もしていたので、朝一で小児科へ行って薬をもらいました。数日前まで長女が飲んでいるのを羨ましそうに見ていた桃色の粉薬を、今度は次女がヨーグルトやウィダーインゼリーに混ぜて、満足げに服用し、それを長女が羨ましそうに見ています。
 病院へ行ったあと、私は急ぎの仕事をしてしまわねばならなかったので、子どもたちにDVDを見てもらって仕上げました。そのあいだも、風邪気味の次女はぐずぐずとまとわりついてきて、次女を膝に乗せながらなんとか終わらせました。こういうことができるのが自宅で働けることのありがたさであり、大変さでもあるのかなと思います。次女に引っ張られたのか、今日は長女までいつもより甘えんぼで、仕事が終わったあとは、一日中私にまとわりついて、何度も抱っこやおんぶをせがまれました。
 お昼ご飯を食べたあとは、暖房の効いた部屋で、ちょっとぼーっとなりながら折り紙でクリスマス飾りを作ったりして、のんびり楽しく過ごしました。長女は幼稚園でお友だちが作っていたというリースを作りたがり、ネットで作り方を調べて、一緒に作りました。それから、サンタさんや星も作っていました。私が教えていたときにはあまりうまくできなかったのに、幼稚園で折り紙をやるようになったとたん、すごく上手にいろいろなものを折れるようになりました。やはり何事も、親が教えるのと、先生が教えるのとでは、ぜんぜん違うのかな。次女は、私が輪っかをつなげた飾りをつくっていたら一緒にやりたがり、のり付け作業にはまって、「あしたもこれつくる?」と、何度も聞いてきました。もう折り紙がなくなってしまったので、明日100均に行って買うつもりです。そのとき、こっそりサンタプレゼント用の包装紙も選ばなくては。
 夕方になると、次女は風邪と薬からくる眠気でますます機嫌が悪くなり、長女もうんざりしている様子だったので、こういうときは何か楽しいことで時間を早く過ぎさせるのが一番だと思い、夕食の料理を手伝わせました。キャベツをちぎってもらったり、卵をまぜてもらったりして、まず一品、卵とキャベツのコンソメスープのできあがり。それから、ニンジンのグラッセは、長女が自分ひとりで全部やりたいとはりきったので、皮むきも、輪切りも、お鍋に入れてお砂糖やバターなどと一緒に煮込むのも、全部やってもらいました。すべて自分ひとりで作れたことが、長女はものすごく嬉しかったみたいで、味見しておいしいと跳びはね、火を消したあとも何度もお鍋を眺め、夫が帰ってくるなり報告していました。そしてメインのハンバーグは、ふたりにまるめるところをやってもらいました。次女は小さい小さいおだんごみたいなのを作ったので、あっという間に焼けたそれは、お弁当用に冷凍しました。長女はわりと上手に小判型のハンバーグを作れるようになっていました。そうこうしているうちに、ぐずぐずしていた次女の機嫌もなんとか持ち直したのでした。
 午前中は仕事で子どもたちのお守りをDVDにしてもらってしまったけれど、そのぶん、午後はがっつり触れ合って過ごしたので、午前中の減点と午後の加点で50点ぐらいの日だったかな・・・と、自分で思っています。
by papiko-gokko | 2016-12-18 00:28 | Diary
ポケットにつっこんだ手が心地よい行き交う愛を会釈で避ける
 幼稚園を2日休んでほぼ復活した長女は、今日から元気に登園しました。長女が風邪で熱を出し動けなくなると、自分がいろいろな場面で長女に頼るようになっていることに気づかされます。最近の長女は、タイマーが鳴ったらお風呂の蛇口を止めてくれたり、ティッシュとってと言ったらぱぱっと取ってきてくれたりなど、小さなお手伝いをよくしてくれるようになりました。次女が面倒なことを言ったときなど、「ちょっと長女ちゃん、次女ちゃんに○○してやってよ」と、次女のことをしてもらうこともよくあります。そんな長女が風邪を引いて寝ていると、私も次女も、調子が狂ってしまいました。洋服をタンスに入れたり、脱いだパジャマを洗濯機に入れたり、食べたあとの食器も片付けるようになったり、どんどん自分でできることが増えてきた今だからこそ、熱を出してしゅるしゅると何もできないねんねの長女に戻ると、それがなんだか可愛くて可笑しくて、ついつい、赤ちゃんのころみたいに猫なで声を出して可愛がったりしてしまいます。

 明日は午前中の幼稚園が終わったあと、そのまま長女の友だちが遊びにくる予定で、一緒にお昼食べるカレーを大量に作っておきました。お友だちが遊びに来るのはもう何度も経験したことなのですが、何度経験しても慣れません。お誘いを受けて約束をした瞬間からその当日が来るまでずっと、一定の緊張感が続きます。前日までは掃除やら食べ物の準備やらで楽しみな気持ちより億劫さが勝ってしまうけれど、お友だちがくると子どもたちはすごく喜ぶし、当日になってしまえば私も楽しく過ごしてあっという間に時間が過ぎていくので、きっと明日も楽しいでしょう。お友だちのお母さんと、残り少ない園生活のことや、小学校の話などできたらいいなと思います。

 子どもたちのクリスマスプレゼントが決まりました。夫とネット通販の画面を見ながらあれこれ話し合い、ふたりとも当初の予定とはまったく違うものになりました。長女には、ロールパンナのぬいぐるみと子ども向けデジカメとアナ雪の手鏡、次女には、メロンパンナのぬいぐるみとぽぽちゃんのおしゃべりお弁当とアンパンマンのポシェットです。メインはそれぞれ、デジカメとおしゃべり弁当です。ロールパンナとメロンパンナは、ふたりがよくごっこ遊びでなりきっているキャラクターなので付けました。それからアナ雪の手鏡は、予算的に次女が3つになったため、長女も3つあったほうがいいだろうということで、おまけに付けました。
 すべてネットで注文したので、あとは届いたときいかにバレないよう自然に押し入れに隠すか、そして100均でちょうどいい包装紙を買ってうまく包装できるかどうかに、今年の成功がかかっています。まだ長女はサンタさんを信じ切っていて、お楽しみ会で幼稚園にくるサンタさんのことも本物だと思っています。今年もそのままの心でクリスマスプレゼントを受け取ってもらえるよう、細心の注意を払って行動しなければ。まだまだもう数年は、サンタさんでいたいです。ああ、わくわく、待ち遠しい。
by papiko-gokko | 2016-12-15 22:39 | Diary
気がつけば思い出だらけ園庭の水たまりからあふれ出す声
 長女が風邪をこじらせ、発熱。今日はお休みしました。午前中に病院で薬をもらい、午後からはちょうど長女の幼稚園で個人懇談がある日で、熱の長女を雨の中歩かせるわけにもいかず、長女だけ家でお留守番させて、次女とふたりで懇談に行ってきました。行き先は幼稚園なのに、行きも帰りも次女とふたりなのが、なんだか不思議で、雨だったこともあり、夢の中の出来事のように思えました。
 懇談では先生から、長女の幼稚園での様子を、いろいろ教えていただきました。仲良しのお友だちとのおままごと遊びにはまっていて、包丁の使い方が上手になってきたこと、最近では竹馬や縄跳びにも挑戦していること、運動会の練習では、最初なかなかうまくできなかった動きを顔を真っ赤にしてがんばって、みんなに拍手してもらえたこと、先生のお話の途中で集中が途切れがちなところがあるけれど、絵本の時間はいつも最後まで真剣に聞いていること、お絵かきや物作りが得意なこと、わりと男の子と気が合ってお弁当の時間などにグループでひとりだけ女の子になっても楽しそうに笑っていること、歌が好きなこと、最初のころは怖じ気づいてうまく参加できなかったしっぽ取りゲームや鬼ごっこにも積極的に参加できるようになったことなどなど、話したのはほんの10分程度だったのに、先生の言葉から、春から冬までに長女が過ごした園生活と、長女の楽しそうな顔やがんばっている姿が、スライドショーのようにありありと浮かんできて、長女がその場にいなかったこともあってか、涙が出そうになりました。先生がずっと長女のことをよく見てくださっていたことが、よく伝わってくるお話でした。
 壁には、子どもたちが水彩画で描いたらしいクリスマスツリーの絵が飾られていて、棚の上には、もうじきあるお楽しみ会で使うのであろう手作りパーティー帽子も並んでいて、長女はいつも、私と離れている時間、この教室や園庭で、先生やお友だちと、力いっぱい精いっぱい楽しく過ごしているのだなぁと思うと、幼稚園に対して、感謝の気持ちでいっぱいになりました。卒園がだんだんと近づいてくるにつれ、幼稚園に対する愛着みたいなものが湧いてきます。うんざりすることも多かったはずなのに、今日は、ストーブでぬくもった教室も、くもった水槽も、廊下にあった大きなツリーも、雨に濡れて水たまりだらけの園庭も、なにもかもが、あたたかく潤んで見えました。
 懇談を終えて、次女とまた雨の道を帰り、近所のドラッグストアで、風邪引きの長女のために甘いジュースやのどあめなどを買って帰りました。長女は寝転んでDVDを見ていて、赤いほっぺをしていました。これまで、10分程度のお留守番はしたことがありましたが、今日は生まれて初めて、1時間近くのお留守番でした。そんなに長く一人でいられるようになったなんて、大きくなったものです。物騒な世の中なので、できるかぎりお留守番などさせたくないけれど、今日のような場合に、ちゃんと一人でお留守番できるようになったのは、かなり助かります。昨日の歯医者での次女といい、今日の長女といい、私がそばにいなくては何もできない子たちではどんどんなくなっていっているのを、ひしひしと感じます。
 風邪薬を飲んで、赤い顔をして寝た長女。明日はよくなりますように。そういえば風邪薬も、いつのまにか、粉薬を水で飲めるようになりました。ちょっと前まではシロップだったし、粉になってからもしばらくは、ゼリーにまぜないと飲めなかったのに、すごいな。そんな長女を見て、最近次女はよく、「長女ちゃんみたいになりたい!」と言うようになりました。憧れのお姉ちゃんになれているなんて、すごい!
by papiko-gokko | 2016-12-13 22:26 | 幼稚園生活(長女)
カラオケと、公園と、歯医者
 土日とも、一家でのおでかけを楽しんだ週末でした。土曜日はカラオケに行き、おのおの歌いたい歌をたっぷり歌いました。できることならビートルズばかり歌いたいのだけれど、やっぱり英語で歌うのはすごく難しくて、歌うたび舌の回らなさに落ち込みます。青春時代から歌い慣れている90年代のヒットソングたちは、どれも気持ちよく歌えました。長女はアナ雪やアンパンマンやドラえもんを熱唱し、その横で次女は気まぐれにマイクを握ったり放棄したりして、遊び回っていました。夫がカラオケに目覚めてくれたおかげで、こうしてちょくちょく家族でいけるようになって嬉しいです。
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 日曜日はおにぎりを持って、長女がずっと行きたがっていた大きな遊具のある公園へ行きました。到着するなり、長女は子どもたちの群がる大きな遊具に一目散。次女も長女を追いかけ雄叫びを上げながら走るものの、あっという間に距離が離れて、それからは私と夫と一緒に歩き出しました。公園で一緒に遊べるようになるには、あともうちょっと、次女が活発に動けるようにならなければ難しいようです。長女が大きな遊具に夢中でよじ登ったりすべったりしているあいだ、長女の監視は夫に任せて、次女と私は、小さい子向けの遊具で、ほのぼのと遊びました。まだ長女と一緒に遊ぶのは難しいものの、次女も次女なりに発達していて、短い手足を力いっぱい使って、まだ無理だと思っていた鎖の梯子を上りきりました。次女が一人で上りきれたことに対して、嬉しさよりも、寂しさのほうを多く感じてしまったのは、私が次女の幼さに依存している証拠かな。いつもそばにお母さんがいないと駄目な次女でいてほしいと、思ってしまう。
 空気は冷たかったけれど気持ちのいい晴天で、芝生の上にシートを敷いてお弁当を食べました。長女も次女もおにぎりを口いっぱい頬張って、ご満悦でした。そんな子どもたちの顔を見て、私も夫も幸せでした。だれかが凧をあげていて、長女も次女も、夢中でそれを目で追いながら食べていました。凧揚げ、そういえばまだしてやったことがないなぁ。

 月曜日の今日は、下の前歯がにわかに痛み出し、歯医者へ行きました。子どもたちは三ヶ月ごとに検診とフッ素を塗ってもらいに行っているので、歯医者自体は久々ではなかったのですが、私は2年以上前に銀歯が取れて以来の通院です。そのとき長女は3歳、次女がまだ0歳の2か月か3か月くらいで、子どもの遊びスペースにまだ首の据わらない次女を寝かせ、そのそばで長女向けのDVDを流してもらって、治療中ずっと、歯科助手さんにふたりを見ていただいました。あれから2年以上経った今回、3歳だった長女はもう年長さんで幼稚園に行っていて、ねんねだった次女は自分の足でたったか遊びスペースへ行き、おもちゃを出して嬉しそうに遊んでいました。てっきり私にべったりひっついて治療中も診察室に付いてくるだろうと思っていたのに、一度も診察室に来ることなく、1時間近くものあいだ、一人でおりこうに遊んでくれていて、これには驚き、その成長ぶりにまたちょっと、寂しくもなってしまいました。
 虫歯の度合いはなかなかに深刻で、今日神経を抜きました。そんなになるまで痛みを感じなかったとは。今も、痛み止めを飲んでいるのに、じんじん痛みます。明日には治まりますように。簡単な治療で終わらない気配がするので、まだしばらくは通院になりそうです。通院は憂鬱だけれど、次女がおりこうで待ってくれることが分かったので、安心して通えます。次回は来週、長女もいる時間になりました。長女も一緒なら、ますます安心です。ただ、くれぐれも姉妹ケンカをしないよう、事前に言っておかなくては。
by papiko-gokko | 2016-12-12 23:48 | Diary


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