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日記と短歌


by papiko

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 夏休みが終わります。長女とふたりで、あたふた明日の準備をしました。コップ袋が見つからなくてどうしようかと思いましたが、なんとか見つかって、無事、準備は完璧に整いました。
 ここ数日、急に涼しい風が吹き始めて、夏の終わり特有の寂しさにとらわれながら、洗濯物を取り込みます。今年、その感覚がいつも以上に強いのは、この夏に新盆を迎えた祖父のことが、頭をかすめるからかもしれません。夏のあいだは、なんとなくまだ、魂みたいなものがそのあたりを漂っているような気がしていたけれど、お盆が過ぎて、ふいに涼しい風が吹き抜けていくと、いよいよ本当に本格的に、祖父がどこにもいなくなってしまった感じがして、なんでもない瞬間にうっかり涙腺が緩みかけたりして、深く息を吸い込むことでしか、自分の時間を進められなくなります。
 遺品整理をしたとき、祖父の日常的に使っていた引き出しから虫眼鏡が出てきて、ちょうど長女が虫眼鏡を欲しがっていたので、形見にもらって帰りました。自分が子どもの頃、祖父が「か、どげなっちょーかいな」とかなんとかぼやきながら使っていたのを覚えているので、それなりに長く使っていたものだと思います。長女も次女も、日々その虫眼鏡をあちこち持ち歩いて遊び、だから毎日あちこちに転がっています。「片付けなさい」とか「大事にせんと割れてしまうよ」とか注意しつつ、その虫眼鏡を手に取るたび、ああおじいちゃんと話がしたいなぁと苦しくなって、また深く息を吸い込みます。「おじいちゃんにもらった虫眼鏡、長女も次女も、喜んで使っとるよー」という、たったそれだけのことが、もう伝えられない。会えないし、電話もかけられないし、手紙を書いても届かない。人が死ぬということが、こんなにも、どこにもいなくなることなのだと、私はこれまで頭で分かっていたつもりだったけれど、まったく知りませんでした。大事な人には伝えたいことを伝えなければ気が済まない性格の私にとって、これはなかなかすんなり消化できる問題ではなく、こうして日記に書いています。日記を書いたら、なぜだか少し、やるせなさが薄れました。
 私たち家族が1年半ほど一緒に住んだことで、祖父は幸せだっただろうか。むしろ、世帯の違う家族が一つ屋根の下にいるせいで、孤独を深めてはいなかっただろうか。毎晩お風呂上がりに長女と交わす「おやすみなさい」のタッチを、祖父はこよなく愛してくれていたけれど、私は育児に精一杯で、とくに後半は次女を妊娠していたのもあって、祖父のことにまであまり気が回らず、イライラしがちで、きっとあんまり、優しい孫じゃなかったな。お世話上手な上の妹みたいに湿布を貼ってあげたりしなかったし、人懐っこい下の妹みたいに、冗談ではげた頭をぺしぺし叩いて祖父に小突かれ笑い合ったりなんかもしなかった。へらへら笑って頷くばかりの私は、たぶん一番、扱いづらい孫でした。大事な家に、思い切り灯油をこぼして家じゅうを臭くしてしまったこともあったし。あれは、もっときちんと、謝るべきだったなぁ。
 出雲から岡山へ引っ越す前日、祖父のところへ挨拶にいったら、「ほんに、世話んなりました」と、深々と頭を下げられて、胸が痛んだのを思い出します。祖父にとってどうだったのか、今となってはもう分からないけれど、私は1年半、あのとき祖父と暮らせてよかったなと、すごく思っています。長女の幼い記憶にも、祖父の存在がほんの少しは残るであろうことが、嬉しいです。次女にはきっと、長女が話して聞かせることでしょう。長女から聞く祖父の話は、私から聞く話より、ずっと真実味があって、次女の心にも刻まれることでしょう。
by papiko-gokko | 2016-08-31 22:34 | Diary | Comments(0)

 横浜から岡山に戻り、長女も次女も軽く体調を崩し、長女はまだ鼻をぐずぐずやっています。あまりの暑さで外に出る気にもならず、そうこうしているうちに、夏休みもあとわずかになりました。最後の2週間は体調不良と暑さでぐだぐだ気味ではありましたが、出雲と横浜の帰省を軸に、それなりに充実した夏休みを送れたのではないでしょうか。長女も次女も、それぞれに、すごく成長したのを感じています。
 次女は夏休み前よりも、断然よくしゃべるようになりました。遊びのなかで長女と立派に会話を成立させ、どうのこうのと口論までするようになったし、私に対しては「なんでカレーはからいの」「なんでよるはねるの」「なんでやさいはかたいの」と、なんでもかんでも質問してきます。悪いことをして叱ると「だっていま、おたあちゃんが~ちないたらでちょ!」などと、一丁前に言い訳もしてきます。時間と記憶の関係もしっかりしてきたようで、ちょっとした思い出話なんかもするようになりました。ただ、滑舌はまだ赤ちゃんで、例えば「さかさま」が「たちゃたま」、「スプーン」が「ちゅぷん」、「するから」が「ちゅるたら」、「いずも」が「いじゅも」、「よこはま」が「よちょたま」などなど、さ行とか行がすべてた行になってしまい、その赤ちゃんぽいしゃべり方も、これから成長するにつれ少しずつ少しずつ消えていってしまうのを知っているから、よけいに可愛くて、ついつい真似したり、わざと聞き返したりしています。
 それから長女とは、より多くのなにげない感情や表情を、共有できるようになってきました。私がおもしろいなと感じたことを、長女もおもしろいと感じていて、目が合ったとたん堪えきれず同時に噴き出したり、同じ事を思い出して笑いが止まらなくなったり。最近たまに、小さな子どもに話しかけるようにでなく、気の合う友だちに話しかけるような感じで長女に話しかけている自分に気づいて、ああ長女とこんなふうに会話できるようになったんだなぁと、長女と自分の関係の変化に驚いたりします。もちろんまだまだ小さな子どもで、叱られてふてくされたり大泣きしたり愚にもつかぬ言い訳をしたりと、相変わらずな部分もあるのだけれど、この夏休み、たくさんの時間を長女と過ごしてみて、母と子ではなく、人間と人間として対等に会話もできるようになってきたことを、実感しました。思い出や笑いを気楽に濃密に共有できる存在が私の人生に増えたのだと思うと、たまらなく愉快な気持ちです。これからもっともっとたくさんのことを話せるようになるのかな。そう思っていたら思春期のころには、親に話せないことのほうが、増えてくるのかな。

 夏休み最後のイベントとして、今日はお友だちが遊びに来ました。長女は昨日からはりきって、お友だちにあげるのだといって、折り紙であれこれ作り、ビニール袋いっぱいに詰め込んで、わくわくしながら枕元にそれを置いて眠りにつき、その様子を見ていて、私は楽しさよりも、なんだか怖くなりました。長女は、自分の表現した愛情はぜんぶそのまま相手に伝わると思っていて、自分がしたことを相手は喜んでくれるにちがいないと信じています。そのまっすぐさが、怖いです。人の心をあまりに無防備にまっすぐ信じている長女が、これから先、表現した愛情がかならずしもそのまま伝わるとは限らず、ときに軽んじられたり拒絶されたりすることもあると、いつか知らなければならないのかと思うと、胸が苦しくなります。
 ただ単にお友だちが来てくれるのが楽しみで、浮かれてあれこれ作ってビニール袋いっぱいに詰め込んでいるだけの長女を見て、そんな暗いことを考えてしまうなんて、我ながらマイナス思考だなぁと思うのですが、あまりにも無防備すぎて、考えずにはいられませんでした。今日、お友だちが遊びにきてすぐに、待ちきれない様子でその贈り物を渡した結果、お友だちの反応はふわっとしたものだったけれど、お友だちのお母さんが、一つ一つ丁寧に見て褒めてくれたので、長女は大満足の様子で、私も嬉しくなりました。お友だちのお母さんの温かさに感謝です。これから先、いつでもそんな温かさに守られながらは生きていかれないけれど、痛みを知るのも人間的成長のために必要だけれど、いまはまだ、もうすこし難しいことを長女が考えられるようになるまで、そんな温かさで、無防備すぎる長女の心を守ってやりたいです。
by papiko-gokko | 2016-08-27 00:24 | Diary | Comments(0)

 3泊4日、夫の実家へ行ってきました。実家のすぐ近くに小学2年の姪と3歳の甥が住んでいて、滞在中はわりと朝から晩まで来ていたので、子どもたちは大喜びで、ひたすら遊び続けていました。折り紙をしたり、義母がビンゴで当てたという『Wii Fit』をしたり、長女が持ってきたドリルをして姪にマル付けをしてもらったりなんかして、長女はとくに、夢中で姪にくっついて遊んでいました。最後の日には姪が泊まって、しかし一緒の部屋では寝られなかったので、それで大泣きして大変でした。そんなに一緒にいるのが楽しいいとこがいて、幸せなことです。

 今回の帰省での一大イベントであった、銀座にランドセルを買いに行くという目的も、果たすことができました。なぜ銀座なのかというと、夫が気に入ったランドセルメーカー(池田屋)の東京支店がそこにしかなかったからであって、銀座にしかない超高級ランドセルだからというわけではありません。あれこれ背負ってみた結果、最終的にオーソドックスな赤色に決まって、夫も長女も満足していたようで、よかったです。ランドセルを背負った姿は、なんだかまだまだちぐはぐな感じだけれど、卒園のころには、しっくりくるようになっているのでしょうか。買ったといっても、商品が届くのは数ヶ月先のことになるそうで、その日が楽しみです。わが子が小学生になるなんて、ランドセルを買う段階になっても、まだぜんぜん信じられません。届いたら、少しは実感がわいてくるのかな。銀座の街にはたくさんの人が歩いていて、テレビの取材を受けている人がいたり、浴衣を着てイベントをしている人がいたり、自撮り棒でしきりに撮影をしている人たちがいたり、まさしくテレビで見る大都会の風景そのものでした。せっかく都内に出たので、本当は別の街にも足を伸ばしてみたかったのだけれど、残念ながら今回それは叶いませんでした。
 それから別の日には、横浜にある動物園ズーラシアにも行ったのですが、なにしろ暑くて、暑いものだから動物が木陰にいる率が高くて見つけにくくて、ただただ疲れ果てて帰るという、これまた残念な結果になってしまいました。やっぱり動物園は、上野動物園が一番好きだなぁ。上野動物園にまた行きたいです。夕方には、次女と私だけで電車に乗って、友だちに会いに行きました。次女と二人で電車に乗るなんて初めてで、とても不思議でした。次女は比較的おりこうにしてくれていて、次女がいることで、私もなんとなく心強くて、この子を連れてきてよかったなぁと思いました。次女は、生まれたときからずっと、いてくれるだけで、不思議な心強さをくれる子です。

 最終日は、新幹線の時間まで時間があったので、乗り継ぎの駅の近くにあった観覧車に乗りました。観覧車の写真や絵を見るたび長女が乗ってみたいと言っていたので、この機会に乗せてやることができてよかったです。次女はわけが分かっていない様子でしたが、長女は「わあーわあー」と、景色を楽しんでいました。高いところがあまり得意でない夫は、なぜか椅子に座っておれずに跪き、時が過ぎるのを待っていました。そういえばこの観覧車には、以前に一度、夫と乗ったことがあります。その日のことは、ちゃんとこの日記にも書いていました(2005/11/11)。そのときもたしか、夫はかなり怖がっていた気がします。恋人時代に乗った観覧車に家族4人で乗るというのはなかなか感慨深いものでしたが、夫はそんな感慨どころではない様子でした。

 その後予定通り新幹線に乗って岡山につき、ここで、まさかの事態に見舞われました。夕方5時過ぎに岡山駅についたら大雨が降っていて、イヤこりゃ大変だなと思いながら自宅へ向かう電車に乗り込んだら、その電車も含めたすべての電車が運転見合わせになったのです。1時間ちかく電車のなかで待っても一向に動く気配がなく、子どもたちは不思議なくらいおりこうで待っていましたが、これ以上電車のなかで待つのは辛いと判断して電車をいったん降り、どう時間をつぶそうかと考え、カラオケで30分ほど歌って駅に戻ってみたものの、まだ電車は動いておらず、近くの飲食店でご飯を食べて帰ってきてみてもやっぱり動いておらず、駅は帰宅できない人で溢れ始め、タクシー乗り場も長蛇の列になっていました。その時点でもうとっくに日が暮れていて、私も夫も、大荷物と子どもを抱えて、半笑いで途方に暮れるしかありませんでした。次女はのんきに「あ、おちゅきしゃまみえたー」と空を指さしたりして、ありがたいことにご機嫌でした。長女も、いまワガママを言ったらダメだと分かっていたのか、おとなしく私たちについて歩いていました。夫とあれこれ考え、バスに乗って母の友だちが住んでいる停留所まで行き、そこからその方に家まで送っていただいて、なんとかかんとか、家にたどり着いたのが、9時半ごろのことでした。本当に本当に助かりました。まさか旅の最後でこんな疲労感を伴う経験をするとは思ってもみませんでしたが、家に帰ることのできたいまとなっては、それも含めて、いい思い出です。忘れられない帰省になりました。
by papiko-gokko | 2016-08-16 22:37 | Diary | Comments(0)

 何も無かった先週に比べ、今週は、何かと動きのある夏休みを送っています。
 日曜は下の妹が来て、みんなでたこ焼きなど食べながら、テレビで甲子園を観戦しました。私と妹が応援していた高校は負けてしまったけれど、爽やかで美しい、胸の熱くなる試合でした。それから火曜日には、幼稚園で仲良しのお友だちが遊びに来て、賑やかな一日を過ごしました。わが家にやってきた初めての男の子で、男の子が家でどんなふうに遊ぶのかまったく想像がつかず私も長女もドキドキしていましたが、男の子だからといってそこまで遊び方が違うということはなく、ずっと楽しそうに子どもらしくはしゃいで遊んでいました。。去年も今年も同じクラスの二人は、なんとなく性格の似ているところがあり、波長が合うようです。こうして異性を意識せずに遊べるのって、何歳ぐらいまでなのだろう。次女も積極的に遊びに参加して、男の子に可愛がってもらって、嬉しそうでした。
 昨日と今日は、うちにあるなかで一番大きなスーツケースに荷物を詰め込んだり、部屋を片付けたりして、旅の支度でバタバタ盛り上がっていました。明日から数日、夫の実家である横浜へ、半年ぶりの帰省をするのです。春からずっとこの日を待ちわびていた長女はそわそわしっぱなしで、自分のリュックサックに、お菓子をたくさんと、本を2冊と、なぜか虫眼鏡を入れて、リュックと胸をぱんぱんに膨らませていました。今回の帰省では、東京にあるお店でランドセル決めをするという重要なミッションがあります。今どきは色も性能もいろいろあって迷いますが、長女自身が気に入って、心から喜んで背負えるものを選べたらいいなと思います。せっかく東京へ出るのだから、できることなら、電車に乗っていろいろな街を味わいたいけれど、暑いし、子ども連れだし、無理だろうなぁ。東京には、会いたい人もたくさんいますが、それもなかなか。もう少し子どもが大きくなったら、東京の、どんな風景を見せようか。そもそも私の好きだった東京は、どんなところだったっけ。思い出が眩しくなりすぎていて、実際どうだったのか、輪郭が掴めなくなくなってきました。それくらい、楽しい10年間だったということか。とにかく、ひさしぶりの横浜、ひさしぶりの東京、すごく楽しみです。
by papiko-gokko | 2016-08-12 00:08 | Diary | Comments(0)

 朝、リオ五輪の開会式を、子どもたちと一緒に見ました。競技に特別熱心なわけではないのですが、開会式を見るのは子どもの頃から大好きです。4年前のロンドンのとき長女はまだ1歳半で、私たちは出雲で暮らしていて、4年後にはもっといろいろ一緒に感想を言い合いながら見たりできるのかなぁと、ぼんやりこの日を想像していました。8年前の北京五輪のときには、合わせたわけではないのですが開会式の日に夫と入籍届けを提出し、覚えやすくていいねと言い合いながら、東京の家で開会式を見ていました。そのさらに4年前のアテネ五輪のときも私は東京に住んでいて、ちょうど泊まりに来ていた友だちと開会式を眺めながら、20代前半らしいフワフワしたおしゃべりをしていました。そんなふうに、オリンピックごとの記憶をたどっていくと、自分のこれまでの人生を、紙芝居のように分かりやすくたどることができて、ちょっと楽しくなります。
 個人的オリンピック紙芝居の第1ページ、私が思い出せるオリンピックのもっとも古い記憶は、おそらく私が小学生低学年だったバルセロナぐらいです。開会式のセレモニーを始めてちゃんと見て感動し、その後の行進では、新しい国が登場するたび父がその国や国旗についての知識をなにやら熱心に解説してくれて、すごいなぁ世界には国がこんなにあるのかぁーと、子どもらしく驚きながら眺めていました。まだその当時は、日本を含め、わりと多くの国が手足をそろえ前を見据えてピシピシと行進しており、それに対してアメリカは、当時からすでに手を振ったりなんかしなからラフに自由に歩いていて、父が「アメリカは自由の国だなあ」と言ったことが、とくに強く印象に残っています。
 長女にとって、今回のリオ五輪は、オリンピック紙芝居の第1ページになる可能性もあるのだから、私も父のように熱心に解説しようと、密かに意気込んでいました。セレモニーが始まると、長女も次女も、興味深そうにじっとテレビを見つめていました。生命の誕生や、国の始まりを表現しているところまで、長女は私にあれこれ質問しながら、熱心に見ていたようでした。しかし、内容が、戦争と平和や、環境問題という、難しい話になってくると、やはりまだ5歳の長女には難しかったのか、飽きて子ども部屋へ行ってしまいました。残念だけど、無理矢理見せるものでもないし、仕方がありません。残念ですがそのあとはリアルタイムで見るのを諦めて、普段通り散歩に出かけて水遊びをさせて、そのあとネットのニュースサイトで、日本の行進風景や、聖火のシーンなどをちょっとだけ見せました。うーん、まだちょっと、長女の第1ページには、早かったか。4年後こそは、第1ページになるかもしれません。第1ページが自国開催だなんて、なんだかすごい。

 そうだ、8月4日で、次女が2歳7ヶ月を迎えたので、そのことも今日、書いておきたいのでした。
 最近の次女は、とにかく、しゃべります。そして大声で泣き、大声で笑い、やっぱり抱っこが大好きです。私がつい甘やかしてすぐ抱き上げるので、いつまでも甘ったれです。
 一昨日の「泣くとなんで、はなみじゅがでゆの(鼻水が出るの)」という質問は、涙と鼻水だらけの次女が生まれて初めてした、まともな質問でした。夏休みで長女がいるので、しゃべることが増えて、おしゃべりに磨きがかかってきています。「~だけれども・・・」とか「それなのに~」とか、接続詞を巧みに使うようになり、一度に伝えられる出来事や思いが増えました。
 とにかく長女と遊んでいたいらしく、長女を「○○してあしょぼうよ」と誘って、ちょっと待ってとか今ダメとか言われるたび、「あしょんでくれなぁいっていったぁー」と、私の前で泣き崩れています。次女はもっと小さいころから、泣き崩れるのが上手な子だったなぁ。次女が長女のことをこんなに大好きなのは、家族のなかで、じつは一番次女に優しくて、あらゆることを次女と共有してくれる、もっとも距離の近い存在が、長女だからなのかもしれないなぁと、夏休みのふたりを見ていて気づきました。私や夫よりも、長女は次女に優しい気がします。もちろんケンカもするけれど、今のところはおもちゃの取り合いなどの簡単なケンカばかりだし、どんなに次女に腹を立てても、次女を罵倒したりはしなくて、私に泣きついてくるだけだし、ケンカしてもケロッと仲直りして大笑いしています。いつまでも、そんな姉妹でいてくれたらいいなぁと、仲良くしているふたりを見るたび思います。
 トイレトレーニングはまったく進んでいません。本人にいまいち、やる気が見られないのです。長女のときにやったシール貼りも試みましたが、あまり効果はありませんでした。ただ、2日間くらいトレーニングパンツをはかせていたことで、おしっこが出てしまったあとに、報告してくるようにはなりました。夏になったら本格的にやろうと思っていたくせに、いざ夏がくると暑くて母子ともにやる気がでないので、この夏は、あまり本気を出さないことにしました。幼稚園が心配ではあるけれど、それまでには、まあ、なんとかなるだろう。
 ご飯は、夏休みになってから、よく食べるようになりました。毎日の散歩と水遊び、それから部屋で長女とケラケラ遊び回っているのがいいのかもしれません。ただ、もう2歳7ヶ月だというのにすぐ掴み食べしてしまうので、もうちょっと積極的にスプーンやフォークや箸を使わせるようにしなくてはと思っているところです。いまエジソン箸を使っているのですが、長女のときは喜んで使っていたのに、次女はどうも指を穴に入れるのが面倒なようで、スプーンやフォークを好んで使います。実家で普通の箸を持たせたら、わりと使っていたので、もう普通の箸にしてしまったほうがいいのかもしれません。箸ひとつとっても姉妹で違っていて、戸惑うけれども面白いです。
 次女は自分のことをまだ赤ちゃんだと思っていて、夜、寝かしつけの絵本を選ばせるといつも、赤ちゃん向けゾーンからばかり選んできていたので、今日は私が選ぶことにして、そろそろこんなのも楽しめるんじゃないですかという絵本を数冊提案してみたら、なんだおもしろいじゃんという顔で聞いていました。長女が選ぶ本にはまだちょっとついていけないことも多いけれど、赤ちゃん向けじゃない絵本も、これからどんどん読んでいってやりたいと思っています。長女がだんだん手にとらなくなってきた絵本を、ふたたび次女に読めるのは、とても嬉しいです。
by papiko-gokko | 2016-08-06 23:44 | 月齢ごとの成長記録(次女) | Comments(0)

 毎日が、長いです。夏休みだから、毎日なにかしら新しい楽しみを子どもたちに体験させてやりたくて、あれこれ考えて提案したり、水遊び道具を作ったり、ずっと仕舞ってあったカードゲームを出してみたりして、一日一日が、ジョッキ一杯のミックスジュースを飲み干すように、ゆっくりたっぷり濃厚にやっとこさ過ぎていきます。
 姉妹で遊んでくれる時間もあるのですが、やはりまだ短くて、すぐに「おかあさん!きて!」「おたーちゃん!ちて!」が始まり、なんだかほぼ一日中呼ばれています。呼ばれすぎて夕方頃にはいい加減うんざりしてきますが、子どもが大きくなって私に頼らなくなったら、こんな夏もあったことを懐かしく思うのだろうしな・・・と自分に言い聞かせて、長女の作ったレゴ作品を見て褒めたり、次女の作ったおままごとのお料理を食べたり、手紙を書くと言い出した長女に便箋を用意したり、次女のオムツを替えたりしています。
 今日は長女の髪を切りました。肩より長く伸びていて量も増え、本人はまだ伸ばしたいと言っていましたが、私はあまり凝った結び方をしてやれないし、結んでも長女はすぐほどいてしまって、首のあたりに汗をかいて痒そうにしていることも多かったので、髪の短い女の子もとても可愛いよと長女を説得して、顎くらいまで短く切りました。おかっぱというほどではないけれど、ずいぶん短くさっぱりしました。左右には軽くレイヤーを入れて丸みをもたせたりして、われながら、素人にしてはなかなかうまい具合に切れたと思います。30分以上かかってしまったので最後のほうは「もういいよー」とうんざり気味でしたが、前回切ったときに比べるとずっと大人しくじっとしてくれて、成長を感じました。長女も気に入ってくれたみたいで、「早くパパに見せたいなあ」と言いながら、何度も鏡の前で頭を揺らしていました。女の子です。
 次女は今日お昼寝をしそこなって、夜ご飯のあと、私が洗い物をしていたら、畳の上で寝てしまっていて、夫が慌てて歯磨きをして寝室へ連れて行ったら、そのまま寝ました。次女の執着が強いのと私が寂しいのとで、まだ夜寝るときだけは乳離れができていない次女ですが、ここのところの様子を見ていると、今日のようにおっぱいなしで寝ることもちらほらあって、もういよいよ卒乳が近づいてきているのを感じます。寂しいけれど、思い切りビールや日本酒を飲める日も遠くないのだと思うと、嬉しさのほうが勝ります。
 それにしても、夏休みはまだ前半なのか。長女が園から持って帰って世話しているプチトマトは、気まぐれな世話で何度か枯れかけながらも命からがら生き延びて、たくさん実をつけています。明日あたり、また収穫しようか。幼稚園で実っていたころのほうが実が大きくて甘かった気がするのですが、何が問題なのだろう。日当たりか、水か。去年のアサガオに引き続き、やはり植物を育てるのはどうも得意ではありません。お盆に数日、夫の実家へ帰省するので、そのあいだに枯れてしまわないか心配です。昨日、帰省の新幹線で遊ぶための幼児雑誌やらドリルを買って、長女のワクワク感は日に日に高まってきています。私もつられて日に日にワクワクしてきました。
by papiko-gokko | 2016-08-04 23:14 | Comments(0)