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日記と短歌


by papiko

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 覚悟はしていましたが、長女の風邪が治ったと思ったら、今度は土曜の夜に次女が熱を出し、まったく同じ症状の風邪をひきました。日曜日は一日高熱でぐったりして私から離れず、月曜には平熱に戻ったものの、ヘルパンギーナという喉がすごく痛いタイプの夏風邪なのだそうで、食事のたびに大泣きし、遊んでいても急に痛みを感じて泣き出し不機嫌になり、夜中も数十分おきに目を覚まして泣いて、ここ2日は大変でした。昨日の夜あたりから、ようやく落ち着いて寝てくれるようになったものの、まだ喉はすこし痛むようで、食欲は十分に戻りません。
 長女も喉を痛がっていたけれど、次女のように泣いたりはせず、いま思えば、彼女なりに必死で我慢しながら飲んだり食べたりしていたのだなぁと、今更ながら褒めてやりたくなりました。次女はもともとがとても小柄で発育曲線とにらめっこの日々なので、食べられない日が続くと焦ります。ここのところ、いい具合に体重が増えていたけれど、今回の風邪で痩せてしまうだろうなぁ。体重計に乗せるのは、回復して一週間くらいしてからにしよう。

 今日は、ビートルズ来日50周年の日。私が生まれたのは、ビートルズが解散して、ジョン・レノンがこの世を去ってしまった後なのだということに、改めて驚かされます。タイムマシンがあるのならば、1966年6月の東京へ行って、当時の熱気を感じてみたいです。
 私が初めてビートルズを知ったのは、小学校のころです。当時読んでいた『ちびまる子ちゃん』にビートルズの話が出てきて、母に本当にいた人たちなのか聞いたのを覚えています。音楽そのものをきちんと聴いたのは、たしか高校生のころ、親の買ってきた『1』がきっかけでした。そのとき思春期真っ盛りだった私は、歌詞の内容に自分を重ねて感情に浸ることに夢中だったため日本語の曲しか聴いておらず、それに、親の買ってきたCDを素直に聴いて喜ぶ年頃でもなかったため、「ふーん、聴いたことある曲がいっぱいだけど、やっぱなんか昔っぽいー親世代っぽいー」という、今から思えば、ありえない愚かな感想を抱いただけで終わってしまったのでした。なんてもったいない出会い。
 その出会いから約15年後、31歳になった私が、ちょっと洋楽を聴き始めてみようかなと扉をあけたら、そのど真ん中の頂点に燦然と輝くビートルズがいて、一曲聴くごとに射貫かれて、惚れ込んで、もうそこから動けなくなるなんて、自分でも驚きました。思春期もとっくに過ぎて、もう音楽とそこまで衝撃的な出会いをすることはないだろうと、思い込んでいました。ネットでビートルズのめちゃくちゃかっこいい映像を見たときの私は、もうまさに、雷に打たれたような状態で、とんでもない財宝を探し当てたような高揚感で、寝付きが悪くなったほどでした。ビートルズを知ってから、私の世界は、大きくこじ開けられました。ビートルズという最強の眼鏡をかけて周りを見渡してみると、ビートルズを知る以前に聴いていた音楽、見てきたもの、読んできたもの、あれもこれもなにもかもが、ビートルズにつながっていることに気づき、ビートルズを知る前から、私はちゃんとビートルズの延長線状にあるものに惹かれていて、いつかビートルズを私が好きになるのは必然だったのだと、勝手に感動して鳥肌を立てています。
 20代前半までは、わりといろいろなことに夢中になったものだけれど、子どもができてからは、何かに夢中になるということから遠ざかっていたので、ふたたびこんなに夢中になるものに出会えたことが、本当に嬉しいです。まだまだ、こんなに何かを好きになれるんだ、いくらでも夢中になれるんだということを、ビートルズが教えてくれました。ビートルズ眼鏡をかけて見る世界は、おもしろくて刺激的で、ビートルズを通じて、興味の幅が広がっていきます。もう間違いなく、この眼鏡は一生の宝物です。
 
by papiko-gokko | 2016-06-29 00:04 | Diary | Comments(0)

 昨日高熱を出して寝込んだ長女でしたが、夜中の時点ではまだ熱かった体が、朝方には波が引くように下がり、まどろむ長女の頬とおでこと首元に触れながら、すこやかなぬくもりに戻っていることに、胸をなで下ろしました。子どもが高熱を出したときのあの攻撃的な体の熱さは、何度味わってもギョッとします。まだ喉は痛むようですが、食欲も戻ったし、普段通りの大きな声ではしゃぐ元気もあるようで、長女が元気になって次女も朝から大喜びし、ふたりでベッドの上を転げ回っていました。この調子で順調に回復すれば、月曜日からまた幼稚園へ行けそうです。
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 雨の日はえのぐ日和です。次女は筆と手で気の向くままにべたべたぐるぐる、長女は最近はまっている切り絵を使って、ステンシルみたいなことをして遊びました。
 二人が夢中で絵の具をしているあいだ、私は適当に相手をしつつ、夫が図書館で借りた『ガラスの仮面』を読んでいました。私は演劇部員だった高校時代に、部室に置いてあったものを一度読んだことがあり、そのときめちゃくちゃ面白かったので、まだ読んだことがないという夫にも勧めたところ、図書館で借りて夫も夢中で読んでいました。私も一度読んだことがあるとはいえ前半のほうだけだし、もうずっと前のことだから内容も忘れていたので、今回ひさびさの『ガラスの仮面に』また面白すぎて熱中してしまい、はっと顔をあげたら、おもに次女によって、テーブルまわりが絵の具とバケツの水でびちゃびちゃになっていました。
 この漫画を読んでいると、演劇部時代のことをふわふわ思い出します。私は集団で何か一つのことに取り組むのがあまり得意なほうではないから、修学旅行やら体育祭やら、そういったクラス単位の学校行事が楽しい思い出としては記憶に残っていることはほぼないのですが、演劇部の活動だけは、いま思い返すと、楽しかったな、やってよかったなと思えます。当時の日記を読み返してみると、辛い悲しい苦しい腹が立つと、そんな記述のほうがよほど多いのに、時の流れは偉大です。顧問の先生は好きじゃなかったけれど、みんなで一つの舞台を作り上げるのは、楽しかったな。あんな経験はもう、したくても二度とできないのだろうな。もう二度とできないというその思いが、記憶を楽しい思い出に変えているのかもしれません。大人が語る青春時代の思い出が、やけにキラキラ輝くのは、そういうわけなのか。なんだ、そういうことだったのか。
by papiko-gokko | 2016-06-24 22:57 | Diary | Comments(0)

 ここのところずっと日記を書いていないなと、前に書いた記事の日にちを見たら、10日前のことでした。たった10日書かないだけで、ずいぶん書いていないと思えるうちは、まだ大丈夫。心はここにつながっている。何日もキーボードを打たないでいると、タイピング速度が落ちてしまいそうで、そうなると仕事にも支障がでるので、なるべく毎日、キーボードを打つ時間を作らなくてはと思います。それに、いま打っていると、打てば打つほど脳に刺激がいっている感じがして、そうして画面に文字を並べれば並べるほど、心が解き放たれていく感じがして、とても気持ちがいいので、日々をすこやかに過ごすために、私にとってこのタイピングという動作は欠かせないものなのだと思います。

 この10日間、子供たちが寝たあとの時間、日記を書かず何をしていたのかといえば、ひたすらビートルズを見たり、ビートルズを聴いたり、ビートルズを読んだりして、ビートルズにどっぷり浸かって過ごしていました。夏バテ気味でやる気が起きなくても、ビートルズに触れているときだけは、心が元気でいられるのでした。子供たちから「またビートルズだし」「これも、ビートルでちょ」と言われながら、ビートルズ愛を深めた一週間でした。今月は、ビートルズが武道館で初の日本公演をしてちょうど50周年ということで、BSがあれこれ特番をしてくれていて、楽しみが倍増しています。
 図書館で予約した本も届いて、読み始めています。一番期待していた『ノルウェーの森』は、春樹節がやっぱりどうしても肌に合わなくて、上巻で挫折してしまいました。いまはジョージ・ハリスンの自伝を読んでいます。なかなか興味深くて、はっとする言葉も多くて、ジョージのことがますます好きになりそうです。

 しかし今日は、ビートルズに触れる時間がまったくありませんでした。長女が久しぶりに38度超えの高熱を出して、幼稚園を休んだのです。午前中に小児科へ連れて行くと、夏かぜと判断を受け、解熱剤を処方されました。小児科ではいつもならおもちゃで遊ぶのに今日は私にずっと抱きついたまま「ごろんしたい」とつぶやいていて、食欲もなく、小児科から帰ったあと熱も39度を超えていたので、昼前に解熱剤を飲ませると、一時的に普段と変わらないくらい元気になり、そのあいだになんとかおかゆを一杯とパンを食べさせることができました。
 そのあとしばらく、いま長女がはまっているクロスワードパズルを少しやったりしていたのですが、解熱剤を服用して3時間ぐらい経つと、シンデレラの魔法が解けるみたいにしゅるしゅると、急に元気がなくなり、やがてみるみる熱があがってきました。解熱剤で一時的に元気になったことで、もう治ったと勘違いしはしゃいで体力を使ってしまったため、ふたたび熱が上がってきたとき、心身共によけい辛かったようです。解熱剤の使い方って難しいなぁ。もともと寝るのが嫌いな子なので、しんどいだろうに寝室で寝ようとはせず、一日ずっと居間でごろごろとDVDを見るなどして過ごし、夕方におかゆとハンバーグを少し食べ、カルピスを少し飲んで、夜7時半にようやく布団にはいりました。喉が痛くてほとんどの飲物を拒否し、唯一、カルピスだけは飲んでくれます。それでもちびちびしか飲んでくれないので、脱水症状にならないか心配です。今夜たっぷりぐっすり眠って、明日には下がりますように。
 長女様子がいつもとかなり違うのが、次女にも分かるらしく、いつも以上に長女にべったりで、とにかくそばにいてはしゃいでいました。次女がいくらはしゃいでも、いつものように長女がのってこないので、気を惹こうとますます必死ではしゃいで、ちょっとテンションがおかしくなっていたほどです。だるそうに寝転がっている長女の頭に「なおれなおれ」と魔法をかけたり、「まだ、おねちゅなの?」と顔をのぞきこんだり、気になってしかたがないようでした。そして夜、長女が先に寝室へ行って寝てしまうと、「おねえちゃんと一緒がいいんだもん!おねえちゃんとあそぶんだもん!」と、大泣きしました。いつも次女がつくったおままごとのごはんを、だれよりも美味しそうに食べてくれる長女に、おままごとのケーキを食べさせたくて、それはそれはたいへんな大号泣でした。明日は遊べますように。
by papiko-gokko | 2016-06-23 23:12 | Comments(0)

 梅雨に入り、雨の日の送り迎えは大変です。普段は自転車に乗せていくのですが、雨の日は転ばずに運転する自信がないため、長女と次女にカッパを着せて、自分もカッパを着て、傘をさして歩きます。大人の足で歩けば10分もかからない距離なのですが、長女も次女も、水たまりという水たまりをとにかくじゃぶじゃぶ通らなければ気が済まなくて、とくに次女は、じゃぶじゃぶしだすとなかなか進まないので、いつもの倍以上の時間がかかります。しかもいきなり歩き疲れて「だっこ!」が始まり、傘をさしながら抱っこで歩いていると、腕がぷるぷるしてきます。去年は大人しく最初から抱っこ紐で抱っこされていたので、まだずっと楽でした。次女がどんどん手に負えなくなってきた一方で、長女は去年に比べると、かなりしっかり歩けるようになりました。水たまりじゃぶじゃぶも、次女ほどメチャクチャなことはしません。水が長靴に入らない程度のじゃぶじゃぶを、ちゃんと心得ています。次女の大変さでつい見落としがちだけれど、ここのところ、長女はお姉ちゃんになったなぁと、今日、数歩前をすっすと歩く後ろ姿を見て、思いました。

 ビートルズが好きになりすぎて、これまでの趣味そのものが、根こそぎ変わりそうな勢いで、影響を受けています。これまで、行ってみたい国を問われても、はっきりとしたものがなかったのですが、いまは断然イギリスのリバプールになりました。
 ビートルズ関連の番組があると知ればカレンダーに書き込み、暇さえあればビートルズ関連のサイトを眺め、短歌が一段落してしまったいま、情熱のやり場に困っています。とにかく、何か行動に移さなければ、情熱が有り余って頭がぼーっとしてくるので、楽譜でも買って、家にあるキーボードでピアノの練習をしてみようかとか、Eテレの英語番組を録画して勉強してみようかとか、そんなことを本気で考えています。
 それから先ほど、図書館で、ビートルズが登場する小説を数冊、予約してみました。有名な村上春樹の『ノルウェーの森』も借りて見ました。村上春樹、2冊くらいしか読んだことなくて、どちらかというと苦手意識が強かったのですが、ビートルズに関連しているとなると話は変わってくるのです。一度、頭をまっさらにして、苦手意識を消して、挑んでみるつもりです。他の小説も、面白そうで楽しみです。
 何かを猛烈に好きになるということは、こういうことだったなぁと、懐かしいような、新鮮なような気持ちです。
by papiko-gokko | 2016-06-13 23:23 | Diary | Comments(0)

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 6月4日で、次女が2歳5ヶ月を迎えました。あと1ヶ月ほどで、2歳半になってしまいます。なんて早いのでしょう。ついつい、赤ちゃんの気分で接しているけれど、もう、2歳が半分終わりそうだなんて。
 最近の次女は、ひょうきんもの度がアップして、日々家族を笑わせてくれています。へんなものを頭にかぶって闊歩したり、へんな響きの言葉を発明したり、次から次へと天然で面白いことをしたり言ったりするので、不意打ちで爆笑させられたりします。他者に対する警戒心は相変わらず強い子ですが、家の中ではじつに自由に天真爛漫に、大きな声で泣いて笑って怒って歌って過ごしています。そのぜんぶを見ることができている今は、なんて幸せなんだろうかと、時々しみじみ思います。オムツ一丁に赤い冬の帽子をかぶって「ありのぉーままのぉーしゅがたみせるのよおー!」と『let it go』を熱唱しているのを目撃したときは、もはや感動しました。
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 一人遊びをしてくれるようになり、1日に合計で30分くらいは、黙々と遊んでいる時間がある気がします。ぽぽちゃんやヒットくんのお世話をしたり、ピアノを弾きながらでたらめソングを歌ったり、絵を描いたり、セロハンテープをひたすら何かに貼り付けたりなど、次女は自分で遊びを見つけるのがわりと上手です。お絵かきでは、マルや目と口のほかに、長女のまねっこをして、ひらがならしきものをよく書くようになりました。長女が毎日なにかしら文字を書いているので、次女もそれを見て、絵の一部のように、記憶しているようです。一番よく書く文字が「の」で、のをいくつも書いている日もありました。それから先日は、ドラえもんを描いていました(上の絵の右下あたり)。輪郭はないけれど、なんの絵か尋ねたら、「どやえもん。おしげをかいたでちょ」と、教えてくれました。長女のときもそうだったけれど、2~3歳の子が描く絵って、頭の中にある世界の印象がそのまま率直に絵に表れて、すごくおもしろいです。
 長女と大の仲良しで、毎朝、幼稚園へ送るとき、「次女ちゃんもいきたい」とぐずるので、困っているほどです。とにかくずっと長女と一緒にいたいのよ、それにほぼ毎日のように降園前の園庭開放タイムに遊んでいるので、次女にとって幼稚園が楽しいものという印象になっているのでしょう。ただ、長女は今年で卒園してしまうから、長女のいない幼稚園に、次女が抵抗なく通えるかどうか、それが心配です。最近は長女が幼稚園に、工作や遊びで使うプリンのカップやら空き箱やらをせっせと持っていくので、次女も真似して、空箱が出るたび「こえ、ようちえん、もっていく」などと言うようになりました。本当に、私よりも夫よりも、長女の影響を強く強く受けて、真似して生きています。口調もそっくりになってきて、「やだよーだ」なんて生意気な言い方をしたりします。
 そんな次女のことが、私はとにかく可愛くて可愛くて、まだまだ離れたくない気持ちでいっぱいなのです。もう来月、2歳半になるなんて。ここ数日、次女は寝るのがちょっと嫌いになっていて、寝る前になると「ねない!」とごねて困らせ、一昨日などは真夜中に起きて「ねないんだもん」と言いだし、1時間も抱っこしていました。
 これは長女にも言えることなのですが、真夜中に目の覚めてしまった子が、暗闇のなかで、半分寝ぼけながらも、目を大きく開いてじっと私の顔を見つめてくるときの目は、新生児のときの瞳そのもので、はっとさせられます。どんなに大きくなっても、ここにいるこの子は、あのとき生まれたあの子なんだなぁと、当たり前のことに気づかされます。あのときと同じ瞳で、同じ必要性を感じながら、この子は私を見つめ続けているのだと思うと、泣きたくなるほど愛しくなります。
by papiko-gokko | 2016-06-10 23:21 | 月齢ごとの成長記録(次女) | Comments(0)

 週末、祖父の四十九日法要のため、一泊二日で実家に帰省しました。夫は仕事で行けなかったため、行きは妹の車に同乗させてもらい、帰りは子供たちと3人電車に乗って帰りました。昨日まで疲れを引きずっていましたが、今日になってようやく元気回復です。
 祖父の死から1ヶ月以上が過ぎ、もう祖父のいない世界に心が馴染んできていたと思っていたけれど、いざ実家に帰って、まだそのままにしてある祖父の部屋を見ると、そこに祖父が座っていないことや、祖父の「おかえり」がないことが、不思議で仕方ないのでした。祖父のいつもいた部屋に私たち一家の荷物を置いたため、衣類を取りに行くときなどちょくちょく祖父の部屋に入り、そのたび頭の芯がぼんやりしました。祖父の座っていた大きな椅子に座ってみると、テレビのところにずらずらと飾ってある孫やひ孫の写真がよく見えて、いつもこうやって眺めていたのかなぁと思いながら、自分や自分の存在を無条件に受け入れ愛してくれる人が一人減った寂しさを、噛みしめました。一番古い写真は、下の妹の七五三のときの写真で、祖父はこの写真が大好きでした。襖のそばの帽子掛けには、帽子とカバンもかかっていて、この帽子とカバンを使う人はもうここに帰ってこないのだということが、やっぱりどうにも、不思議でした。使いかけのハンドクリームとか、湿布とか、なにげない祖父の持ち物ひとつひとつ、目にするたび手に取るたびに、「置いてけぼり」という言葉が浮かんで、どんどん部屋に充満していきました。
 四十九日法要は通夜と同じく自宅で行われ、お坊さんがお経を読むあいだ、次女はぐずったので、上の妹と1歳の姪っ子と一緒に別の部屋で過ごしました。長女はほとんど参加しました。前回のように取り乱すことはなく、淡々と参加していました。その後、お墓に移動してお線香をあげ、お正月に行ったのと同じ、祖父が好きだった旅館で会食をしました。お正月やお盆などこの旅館で会食するとき、これまで、父が単身赴任でいなかったり、私や妹や従姉妹が遠くに住んでいていなかったりしたことはあったけれど、祖父がいなかったことは一度もなかったので、やっぱり、ここでも祖父の不在を強く感じました旅館の女将さんから「大将、今日は賑やかでいいね」と声をかけられて、まんざらでもなさそうに頷く祖父が座っていそうで、いまこの瞬間くらい、ここに祖父がいればいいのにと、単純にそう思いました。
 旅館についたころには、前半の儀式でもう疲れてきていた子供たちがだれはじめ、とくに長女がわがままで、私も苛立ってつい厳しく叱ってしまい、父の挨拶が終わる直前に長女が大声で泣き出すというハプニングがあったり、ある程度お腹がふくれると長女も次女もじっとしていられなくなってきたので、しかたなく部屋の外へ出て、しばらく旅館を探険して過ごしたりしました。もう5歳の長女には、親戚の人のまえでぐらい、ちょっとかっこつけるくらいの気持ちでちゃんとしていてほしいと思うのに、ぜんぜんかっこつけてくれないので、情けなくて、くたびれました。
 旅館の窓からは、新緑の山を背景に大きな川の流れる美しい景色がよく見えて、私がぼーっとそれを見ていたら、従姉妹が隣にきて、「すごいね。なつかしい。」と言いました。「そうだね、ずっと見てきた景色だよねえ・・・」と応えながら、なんとなく、私はこの会話をずっと忘れないだろうと思いました。2つ年下のこの従姉妹とも、子どもの頃からよく、一緒にこの旅館に来ていました。お正月だったりお盆だったりの集まりはいつもこの旅館でわいわい食事をし、大人たちより早く食べ終わった私と妹と従姉妹は、座敷をころげまわったり、旅館を探険したりして、時間をつぶしたものでした。私よりずっと背も高くて、喪服姿でいつにも増して大人っぽい従姉妹が、なつかしいと、おそらく私と同じようなことを思い出しながら、一緒に景色を眺めてくれたことが、温かくて、慰められました。大人になってからは子どもの頃ほど関わらなくなってしまっていたけれど、生まれたときからおじいちゃんに愛してもらった、同じ孫だものな。
 無事に四十九日が終わり、両親は、とてもほっとしたようです。まだ新盆があるけれど、ひとまず、四十九日までしなければならなかったあれこれからは解放されて、肩の荷が下りたのではないかと思います。前回の葬儀のときといい、今回といい、さまざまな打ち合わせと準備をして、動き回って、たくさんの人に気を遣って、父も母も、かなり大変そうでした。こんなによくしてもらって、祖父は喜んでいることでしょう。満足げに日本酒をすする祖父の横顔が浮かんできます。

 
by papiko-gokko | 2016-06-07 11:10 | Diary | Comments(0)

ビートルズで短歌10


 ビートルズで短歌第10弾。ついに今日で最後です。ちょうどきりのいい数字になりました。今回は、シングルのみの発売など、アルバム未収録の曲を集めた『パスト・マスターズ』から数曲。We Can Work it Outは、歌も好きだし、ビートルズのPVの中で一番好きな映像でもあります。ジョンとポールが仲よさそうにしていると、どうしてこんなに嬉しい気持ちになるのだろう。

I Want To Hold your Hand
もう隠すなんて無理だよこの恋を伝えて君の手を握りたい

This Boy
あんなやつ君を泣かすに決まってる戻ってきてよ僕のところへ

We Can Work it Out
人生は短いケンカなんてよそう僕らはきっとうまくいくから

Hey Jude
そう悪く考えるなよ受け入れてみれば視界が開けてくるさ

Don't Let Me Down
君だけが真実の恋お願いだ僕をがっかりさせないでくれ

 ああ、楽しかった。今日で終わってしまうのが、とても寂しいです。図書館で借りた『ビートルズ全詩集』を傍らに置いて、曲を聴きつつ歌詞を読みながら、ひっかかった英単語の意味を調べたりして、そこから短歌に使えそうな言葉を探すという作業が、とても楽しくて、夢中で取り組んだ日々でした。高校時代はなかなか単語が覚えられなくて、構文なんかも難しくて、楽しんで学ぶというよりもひたすら頭にたたき込む感じだったけれど、模試のためでなく自分の詠みたい歌のために、こうして単語の意味を味わいながら英語と触れ合ってみると、外国語を学ぶってこんなに楽しいことなんだなぁと、新鮮な驚きに胸が高鳴りました。
 自分自身ももっと英語を学んでみたいと思ったし、それに、子供たちにも、英語を楽しんで学んでもらいたいという思いが、ふつふつと沸いてきています。通信教材や習い事などで本格的に学ばせようというほどの熱意は今のところないのだけれど、なんとなく、本や音楽やテレビを通して、日々のなかに、英語をほわほわ漂わせることができたら、そのうち学校で英語を習い始めても、楽しく学べるのではないかな・・・なんて、勉学はそんな甘いもんじゃないよな、やっぱり。でも、将来英語の授業に役立つかどうかはべつとして、子供たちと一緒に、英語との距離を少しでも縮めていけたらと、それは本気で思っています。カタカナ英語しかしゃべれない私と、カラオケで『let it be』を歌ったときサビの「レリピーレリピー」以外の部分すべてをハミングで歌い通した夫と、ビートルズを聴かせるとかならず何かしら空耳フレーズを発見する長女と、「ちゅみき(積み木)はえいごで、ちゅぃむぃんくぃん~だよ」などといきなり自信たっぷりに言い出す次女ですが、なんとか距離を、縮めていけたらと思います。
by papiko-gokko | 2016-06-03 11:59 | Diary | Comments(0)

ビートルズで短歌9


 ビートルズ短歌第9弾。今日は『let it be』から数首。このアルバムも、大好きです。こんなにすばらしいバンドがこのアルバムで解散だなんて信じられない・・・という気持ちにもなるし、最後を飾るのにふさわしいアルバムだなぁ・・・とも感じて、解散についてあれこれ思いを馳せつつ聴いて短歌を詠みました。ジョージの作品の中で私がひそかに一番好きな「I Me Mine」が入っていたり、聴くたびにぼうっと不思議な気持ちになる「Across the universe」や、もはや賛美歌のようにさえ感じるほど心を芯から癒やしてくれる「let it be」が入っていたり、つくづくすばらしいアルバムです。
 毎回すごく楽しんでやっていたビートルズ短歌ですが、次回で最後になる予定です。寂しいなぁ。

Two of Us
僕たちは同じ記憶を抱きしめて行くあてもなく家路をたどる

Across the universe
なにものも僕の世界は変えられない言葉はあふれ心はめぐる

I Me Mine
俺が、俺が、俺が、みんな自分のことばかり口にしているたぶん死ぬまで

Let it be
そのうちにきっと答えは見つかるさ今あるがままそのままでいい

The Long And Winding Road
あなたへの長くくねったこの道をふたたび僕は歩き始める
by papiko-gokko | 2016-06-02 23:06 | Comments(0)

ビートルズで短歌8


 今日のビートルズ短歌は、『Abbey Road』から数曲。とても好きなアルバムです。ジョージのSomethingとHere Come The Sunは、聴くたび優しく慰められたような気持ちになって、どちらも思い入れの強い曲です。それから、リンゴのOctopus's Gardenが、大好きです。リンゴの曲の中では、ダントツでこれが好きです。明るい曲調なのだけど、疲れているときほど、この曲を聴くと泣きそうになるのです。海の底のオクトパスガーデンで、私ものんびりしてみたいな。竜宮城みたいなところなのかな。Oh! Darlingは、B'zの二人が最初の顔合わせのセッションで歌ったというエピソードで知っていて、これもまた思い入れの強い、大好きな曲です。この曲を愛する人に歌ってもらえたら、うっとり幸せだろうなあと思います。

Something
分からない分からないけど信じてる僕は君から離れたくない

Oh! Darling
お願いだ信じてほしい君なしじゃ生きていけない僕の言葉を

Octopus's Garden
深い深い海底にあるタコたちの庭でのんびり君と住みたい

Here Come The Sun
太陽がもうすぐ登るだからもう大丈夫だよ雪解けのとき

Golden Slumbers/Carry That Weight
子守歌うたってあげよう金色の眠りと笑顔の目覚めを君に
君はこの重荷を背負い生きていく長い時間を生きていくのだ
by papiko-gokko | 2016-06-01 13:41 | Diary | Comments(0)