日記と短歌
by papiko
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夢見がち
 夫が娘たちに、おそろいのワンピースを作ってくれました。
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 地味な色の生地で作ったので、シックすぎてちょっと普段着としては着せにくい感じになりましたが、帰省のときなど、ちょっとおしゃれをしておでかけしたいとき着せるのにちょうどよさそうです。
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d0038776_21591442.jpg 後ろ側が開くようになっていて、交互に色違いのボタンがつけてあり、それからポケットには消しゴム判子で彫ったオリジナルブランド名まで入っているという、どこまでも夫の理想を追求した夢見がちなワンピースです。布選びから始まって、だんだんと形になっていく過程をそばで見ながら楽しみにしていたので、完成したのがよほど嬉しかったのでしょう。出来上がったワンピースを着て無邪気に踊る子供たちを眺めながら、しみじみと、私と夫の気が合う一番の理由は、お互い同じくらいにいつまでも夢見がちで、その夢の同じ方向性も限りなく似ているからなのかもしれないなぁと思いました。あとどのくらいのあいだ、子供たちは私たち夫婦の夢見がちな生き方に、付いてきてくれるのだろう。

d0038776_22173030.jpg 夢見る少女期に突入した長女の夢は、もうすでに私たち夫婦の夢とは少し違ってきていて、いま、キラキラピンクプリンセスワールドに目覚めつつあり、「今度はこういうワンピースをつくってね」と、夫にお姫様の絵(右写真)を描いて渡して、夫を困らせていました。
 今日の買い物でも、長女の新しい運動靴を買おうと靴屋へ行ったら、長女はキャラクターやラメのついたピンク系の靴ばかりを欲しがり、しかしそれは夫の好みとかなり違っていて、2人でしばらくもめていました。そして、「こういうのは靴じゃない、おもちゃだよ。こういうものがほしいなら、あとでおもちゃを買ってあげるから、身につけるものは、おもちゃじゃなくて服と合うものを選ぼうよ」と夫が切々と持論を述べて長女を説得し、靴は持っている洋服と合うものを買って、その代わりに100均で、プリンセスのキラキラしたティアラとネックレスと、ボタンを押すと光る魔法のステッキを買ってやりました。長女は大喜びでそれを身につけ、一日中振り回して遊んでいました。ステッキはケンカにならないよう次女にも買ってやったので、二人でピロピロ魔法をかけつづけていました。
 今日の靴に関してはとりあえずそれで丸く収まりましたが、これからもきっとこの、夢見がち対夢見がちの対決は、激化していくことが予想されます。夢を強要し合うのはよくないので、長女の夢も大事に尊重してやりつつ、親の夢も、押しつけない程度にひっそり叶え続けていけるような平和な方向を、模索していきたいと思います。

 
by papiko-gokko | 2016-01-31 22:49 | 手作り
ただうまく前を向けずにいることを誤魔化すために並べる悩み
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 週末にすこし模様替をして、これまで別のものを置いていた小型デスクを、次女用の机として長女の使っている机の隣に置いてやったところ、とても喜んで座り、お絵かきやらハサミ遊びやら、毎日そこでするようになりました。これまでいつも長女の机に座りたがり、作業をしている長女の邪魔をしたりして困っていたのですが、今後はその心配もありません。
 机を並べてからまもなく、ふたり仲良く並んでしばらく静かに書き物をし、それぞれに、一つ年齢が上がったんだなぁと実感させられるような作品を見せてくれました。
d0038776_11464917.jpg 長女が書き上げたのは、その日の日記。まだ普通の大学ノートでは罫線が狭すぎて書きにくそうなので、小学1年生用のこくごノートを買ってやったところ、とても書きやすかったようで、いつもなかなかうまく書けない字も、上手に書けていました。文字を書き終わると絵も描いて、最近の長女にしては珍しく、色まで塗って丁寧に仕上げました。
 自分が日記の執筆をこよなく愛し日記に日々を支えられて生きているものだから、長女にとっても楽しみや救いの一つになればと思い、これまでも何度か日記を書かせてみようと試みたことはあったのですが、本人の理解が得られず失敗に終わっていました。だから、今回すんなり日記らしい日記を書けて、やはり5歳になると違うんだなぁと、感動しています。日記を書き始めたのは誕生パーティーをした日からで、パーティーの日はまだノートを用意していなかったのでメモ帳に書いて、買ったノートの裏表紙に張っています。パーティーの日から今日まで、4日間続けて書きました。毎日というのはさすがに難しいだろうけれど、今後も日記を書くことが、楽しい習慣の一つになったらいいなと思います。
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 そして、その横で次女が書いていたのが、おばけと風船の絵。「おっちいおばちぇー」「ちっちゃいふうちぇーん」とかなんとか言いながら、いくつもいくつも丸を書いていて、そのなかにいくつか、目や鼻や口と分かるものや、足らしきものを書いていて、驚きました。最初は偶然かと思いましたが、「おめめーおめめーおくちー」と言いながら書いていたので、やはり意識的に書いていたようです。お顔の絵が描けたということは、次女の絵の世界に灯がともったということだと思うので、これから次女の絵がどんなふうに発展していくのか、ものすごく楽しみです。

 しかし。こうして、ふたり大人しく並んでお絵かきしていたそのあとで、信じられない事件が起こりました。遊んでいた子供たちのおもちゃがテレビに思い切りぶつかって、画面が壊れてしまったのです。いつもなら、おもちゃを使うときには子ども部屋で遊ばせるのですが、ここ数日はあまりに寒かったので、居間のホットカーペットの上におもちゃを持ってくることを許したら、こんな悲劇が起こってしまいました。やっぱり子ども部屋で遊ばせておけばよかったと後悔しても、時すでに遅し。電源は付くし画面も映ることは映りますが、液晶が割れたために一部に黒い線が入っていて、このまま見続けるのは厳しい状況です。問い合わせたところ修理には6万前後の費用がかかるらしく、いま、どうしようか頭を抱えているところです。約2年前、引っ越しの際に買ったばかりの40型テレビ。ネット契約との抱き合わせで安く買えたとはいえ、高価な買い物でした。それがたった2年で、こんなことになるなんて。
 あまりにもショックすぎて、「もういやだ・・・つかれた・・・」とうなだれていたら、長女に「つかれたって言わないんよ」と窘められ、「わかった、がんばる・・・」と答えたら、「がんばるも、ダメなの!人生は、終わらないんだから」と、また窘められました。ああ、5歳児、おそるべし。つかれることも、がんばることもダメならば、割れてしまったテレビを前にして、お母さん一体、どうすればいいんだ。どう気丈に振る舞えば、終わらない人生のまっただ中で、6万の痛手から立ち直れるんだ。
 立ち直れないうつろな心のまま、次女とふたりでいるとき、次女に頬をこすりつけながら、「次女ちゃん、ずっとお母さんといっしょにいてくれる?」とつぶやいたら、「いちゅも、いゆやにゃいの、いっちょに(いつもいるじゃないの、一緒に)」と、これまたまっすぐ冷静に返されました。なんだか、子供たちのほうが、私よりしっかりと生きているみたいです。私もいつまでも落ち込んでいないで、気持ちを切り替えなければ。起こってしまったものはしかたない。これから気をつけよう。液晶を守るカバーがあるらしいので、今後はそれを付けることにします。
by papiko-gokko | 2016-01-25 23:57 | Diary
長女5歳
 1月22日、長女が5歳の誕生日を迎え、長女本人の希望で、夫が休みの今日、1日遅れの誕生日パーティーをしました。電車1本で行き来できる距離に住んでいる下の妹にも声をかけたら来てくれて、大はしゃぎのパーティーになりました。長女がたこ焼きパーティーをずっとしたがっていたので、お誕生日ディナーのメニューはたこ焼きで、タコのほかに、ウインナーやチーズちくわやお餅やウズラの卵なども入れて、わいわい盛り上がりました。
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 そして今年の誕生日ケーキは初めてドーム型に挑戦し、長女の心の友であるヒットくんケーキにしてみました。クリームの泡立て以外はほとんど器用な夫にやってもらい、ほぼ構想通りに完成。ここをこうしてほしいああしてほしいと、横でわけの分からない無理な注文を言って困らせていた長女も、完成したケーキを見て満足したようです。
 ろうそくを立て、『ハッピーバースデー』の歌をみんなで歌って、長女がろうそくの火を吹き消す姿を見たときは、今年もやっぱりすこし泣きそうになりました。親として、こんなに幸せな瞬間は、なかなかありません。育ってくれた喜びと、育ってしまった切なさで、胸がいっぱいになります。ケーキのろうそくを吹き消したあと、これも長女の希望で、今年はじめてクラッカーを買ってみんなで鳴らしたのですが、赤ちゃん時代から大きな音が苦手な長女は、想像していた通り鳴らす前からびびりまくっていて、そんな姿に笑いながら、ああよかった、まだまだ私のちいさな女の子だ・・・と、ひそかにほっとしている自分がいました。
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 お誕生日プレゼントは、ネットで必死になって探して見つけたシンデレラのお人形セット。長女も次女もなかなかの食いつきで、すぐさま箱から出して遊んでいました。ネットで買ったので質感など写真でしか見ていなくて不安だったのですが、色もサイズもとてもいい具合のお人形で、私もすごく気に入りました。
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 それからもう一つ、毎年恒例の手作りプレゼント。今年はすごろくを贈りました。待ちきれない長女に製作工程をかなり覗き見されていたので、完全なサプライズにはなりませんでしたが、長女は飛び跳ねて喜んでくれて、さっそくみんなでゲームしてみました。途中、次女の邪魔が入ったり、長女が眠たくなってきたのもあって、若干ぐだぐだ気味のゲームになってしまったものの、それなりに盛り上がって、最後はなしくずし的に長女が1番でゴールして終わりました。ゲーム自体は厚紙で作った駒でやったのですが、そのあと長女と次女が、すごろくの上にシンデレラのお人形たちを乗せて遊んでいて、これを駒にしたほうが安定感があっていいかもしれないなと思いました。
 下の妹が帰り、長女とふたりでお風呂にはいっていると、長女が「お誕生日パーティーだった。○○ちゃん(下の妹)が来てくれた。プレゼントいっぱいもらった。ケーキもおいしかった。クラッカーは、こわかったけど、うれしかった。すごろくもした。とってもたのしかった。」と、噛みしめるように語ったので、「それ、そのまま文字にしたら、長女ちゃんの日記になるよ。日記を書くと、読むたびに今日のことを、思い出せるよ。」と言ったら、長女がすっかりその気になり、お風呂上がりに書くことになりました。
 しかし、もう寝る時間になっていて眠たかったのと、それからおそらく、指折り楽しみに楽しみにしていた誕生日パーティーの日が終わってしまう悲しみとで、感情が制御できなくなったらしく、日記を書こうとしたところで、「かこうとしたこと、わすれてしまいそうで、かけないいいいい、おかあさん、てつだってえええ」と、大泣きし始め、夫に怒られてますます泣き、手伝ってやってなんとか書き上げて、泣き止みました。泣いて文字が書けなくて、しかたがないので長女の言ったことを私が書いてやったのですが、最後の一行、「ぱぱは、おこった」というところだけは、自分の文字で書いていました。子どもは夜になるとどうしても疲れるから、1日の終わりに日記を書くというのは、難しいことなのかもしれません。

 長女の期待にどれだけ応えることができたか分かりませんが、そんなふうにして、5歳の誕生日お祝いが終わりました。あの日、目覚まし時計のような産声をあげて生まれた長女が、5歳になったのです。この1年で、長女ができるようになったこと、分かるようになったことは、数え切れないくらいあります。なんといっても4月から幼稚園に通いはじめ、集団行動を学び、お友だちを作り、これまでとは比べものにならないくらい、世界の広がった年でした。受け入れられることと、拒絶されること、幼稚園生活で長女はそのどちらも経験して、これまでのように、ただ天真爛漫に生きていける場面ばかりではなくなってきたけれど、それでもまっすぐ、いつも全力で、ほっぺたにあらゆる感情をにじませながら、長女は日々を生きています。
 最近、家でも幼稚園でも、なにかと人の真似をしたがる傾向があり、自分に自信がないのだろうかと、一時期すこし心配になったりもしたのですが、その一方で、ほかの子にできること(逆上がり、一輪車など)がまでうまくできなくても、いじけたり焦ったり悔しがったりしている様子はまったくないので、べつに劣等感などを抱いているわけではないのかな、真似をするのは自分に自信がないからというよりも、単純に、自分と異なる存在に対する興味や憧れからきているだけなのかなと、今は思っています。
 4歳になってからの大きな変化として、3歳までに比べると、お絵かきをしなくなったことがあります。3歳までは、自由な発想で気の向くままに、躍動感あふれる絵を描いていたのですが、4歳になってからは、きちんと正面を向いた、記念写真のような、動きのない絵が多くなりました。とくに最近は、お姫様のような絵を描くことが増えました。3歳までの、のびのびとした動きのある絵が大好きだったので、あの自由な世界観が長女から消えてしまったのかと思うと、ちょっと残念な気もするけれど、これも成長の一つなのでしょうか。
 自由気ままでなくなったかわりに、5歳に近づくにつれ、長女は積極的に外の世界に関心を向け、あらゆる物事を知ろうとし、考えるようになりました。幼稚園や本やテレビで身につけた知識を教えてくれたり、迷路やクイズやパズルにもどんどん挑戦して、頭を使う喜びを味わえるようになりました。人の手に爪のある理由から、地球誕生の不思議に至るまで、生活のなかで、興味の幅は、どんどんどんどん、広がり深まり続けています。最近になって黙読ができるようになり、一人でじっと、絵本や簡単な児童書を読んでいる姿もよく見かけるようになりました。読んでもらうのと、自分と読むとではきっと、見えてくる風景が違っていて、彼女はいま、本棚の絵本と出会い直している最中なのだと思います。
 自分の考えや思ったことをかなり言葉にできるようになったことで、即座に言い訳を考える力がつき、叱るとかならず口ごたえするので、私と本気で言い合うこともしょっちゅうです。たまに、言い負かされそうになることさえあります。知恵がついたことで、ちょっとしたウソをついたり、人のせいにしようとしたりすることもあって、そういうときは、悲しい気持ちになりながら叱ります。子どもはウソをつく生き物だということは、自分も子どもだったことがあるのでよく知っているけれど、やっぱり、わが子が自分にウソをつくのは、悲しいものです。ウソといっても、「ポケットにティッシュとハンカチいれた?」と聞いたとき、入れていないのに怒られたくなくて「いれた」と言う程度のことですが、そういう細かいウソをつかれるたび、ウソをつくのはいけないことだと教えながら、おまえはそんなに正直に生きてきたのかよと、心の中がざわつきます。ウソをつくことは、とても悲しいことなのだということを、長女の小さなウソが、毎回私に教えます。
 知識の深まりとともに、想像力も豊かになっているのでしょう。最近、長女はとてもよく泣きます。悲しいことがあって泣くのではなく、悲しいことを想像して泣くのです。想像する悲しいことはおもに、自分の大好きなものが、この世界から消えてしまうことで、「あの公園は、なくならない?長女が大人になってもずっとずっと、なくならない?」などと、涙声でしつこく聞いてきたりします。それから最近はよく、怖い夢も見るみたいで、この前はいったいどんな夢をみたのか、夜中にいきなり起きて「おかあさん、いなくならない?ずっとずっといなくならない?くるまに、ぶつかっちゃってもいなくならない?」と泣きながら言い、私にしがみついて寝ました。なにかがなくなったりいなくなったりしてしまうことへの怯えは、お正月に祖父に会ってからとくに強まったので、長女なりに、何か強く感じるところがあったのかもしれません。長女がそうした想像で泣くたび、「大好きなものは、そんなに簡単になくなったり、いなくなったりしないから、大丈夫だよ」と諭しています。本当にいつでもそうならいいな、そうでありますようにと思いながら諭しています。
 まだまだ、書き足りないけれど、きりがないので、このくらいにしよう。さあ、これからはじまる、長女、5歳の日々。5歳といえば、もうしっかり自分の気持ちがあって、嬉しかった思い出も、悲しかった思い出も、いくつも残っています。長女もきっと自分の感情をフル稼動して日々を過ごし、4歳のころよりもっともっと、わくわくすること、おもしろいことに出会えることでしょう。長女の5歳時代が、キラキラのびのび輝くよう、5歳という年齢を力いっぱい楽しめるよう、私の間違った言動で長女の自由な魂を縛り付けてしまわないよう、長女にとって自分がどうあるのが一番いいのかを、つねに考えながら、長女と向き合っていきたいです。5歳バンザイ。私の宝物。
by papiko-gokko | 2016-01-24 01:51 | 月齢ごとの成長記録(長女)
ささやかな幸せ寄せ集めた部屋のとるにたらない悲しみの海
 朝、玄関を出たら、雪が舞っていて、「ほらみてごらん!」と、玄関でもたついている子供たちを手招きすると、玄関から出てきた長女は「わあ・・」と息をのんで立ち止まり、次女は「ゆきふっちぇゆねー!」とはしゃいで飛び出しました。寒いのは辛いけれど、長女がずっと雪の結晶を見たがっていたので、降ってくれて嬉しいです。自転車を漕ぎ出すと、雪の粒がパシパシ顔にあたって、思わずひゃーひゃー叫びながら、前のめりの姿勢で漕ぎました。前の椅子では次女が「ほっぺっぺが、ちゅめたいよー」と泣き笑いのような声で言い、後ろの椅子では長女が、「はーっはーっ」としきりに息を吐き出しては、自分の白い息を研究していました。

 昨日は長女のお友だちと、お友だちのお母さんの車で、お出かけしました。外はあまりにも寒くて遊べる状態ではなかったので、一人500円ほどで遊べる屋内施設へ行って遊びました。長女はもちろんのこと、次女も喜んで、しばらくすると私から離れて、いろいろな遊具で遊び始めました。少し前に同じようなところへ行ったときは、私から一步も離れようとしなかったのに、成長したものです。お友だちの妹が、ちょうど次女と同じ年齢で、お母さんから離れて平気で遊んでいたので、彼女の存在に刺激されたのかもしれません。2度ほど、よその子の遊んでいる遊具に手を出そうとして威嚇され、私と目があったとたんに、緊張の糸が切れたようにわっと泣きながらしゃがみこんだ場面もありましたが、ひとしきり泣いては立ち直り、長女のお友だちに優しくしてもらったりもして、嬉しそうでした。
 子供たちが遊んでいるあいだ、私はお友だちのお母さんとあれこれしゃべって、わりと楽しい時間を過ごすことができました。最初のころは、極度の人見知りというか、対人恐怖と言ってもいいレベルのそれが発動して、ろくに話せなかったけれど、もう何度か一緒に出かけたり、遊びにきたりしているので、ようやく慣れてきて、相変わらずぎくしゃくしがちではあるものの、会話を楽しめるようになりました。次女も私も、長女のおかげで、すこしずつすこしずつ、人見知りを克服してきている、のだろうか。
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 今日は幼稚園から帰ってから、長女と次女が仲良くビーズ遊びをしていました。次女が思いのほか上手に小さなビーズを通すので、驚きました。女の子らしい遊びが好きな子になるのかな。そうかと思えば、雄叫びをあげて走り回っていたりもするので、まだよく分かりません。次女がサンタさんからもらったクリスマスプレゼントも、ボタンのかたちをしたおもちゃのヒモ通し(写真右側)で、こちらでもよく遊んでくれています。ヒモ通しとしてだけでなく、おままごとやお買い物ごっこにもよく使ってくれていて、日々活躍の場を広げているので、サンタとしては嬉しいです。春がくるまでは、おうち遊びが中心になるから、また種類のちがうビーズも増やしてみたり、長女とは将棋やオセロの腕を磨き合ったりして、新しい遊びをたくさん覚える冬にしたいです。明日はカルタをすると、そういえば長女が言っていました。そろそろ次女も一緒にできるようになるだろうか。まだめちゃくちゃにしてしまうかな。
by papiko-gokko | 2016-01-20 22:29 | Diary
子をきつく叱ったあとに見る夕日
 頭の中が、がちゃついています。1月だし、今年の目標でも考えてみようかと思うのに、目標はおろか、明日の予定すら、まともに考え抜くことができないような有様です。感動的な映画でも見てたくさん涙を流せば、すっきりするだろうか。

 この土日はおもに家でのんびりと過ごしました。もうすぐ5歳になる長女は、最近できるようになった遊びが一気に増えて、手芸屋さんの詰め放題で買ったビーズで首飾りを作ったり、夫と将棋をしたり、キーボードのレッスンモードをつかってピアノのおけいこみたいなことをしてみたり、パーティーごっこといって折り紙で部屋をかざったり、あれこれ楽しそうに遊んでいました。将棋は、以前からサンタさんのクリスマスプレゼントで、子どもや初心者でも分かりやすいよう駒に動き方が書いてあり、そのおかげで本将棋のルールをわりとすんなり覚えて、勝負を楽しめるようになりました。秋頃から将棋をしていたいと言っていたわりに、最初にプレゼントをあけたときは、あまり心が躍らなかったらしく、「今年はちょっと、喜びにくいものが届いちゃった・・・」と、つぶやいていたのですが、いまは喜んで遊んでくれているので、ほっとしています。
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 次女も次女で、長女が夫と将棋をしているあいだ、私と子ども部屋で動物とおままごとをしたり、長女の真似をしてピアノを弾いて遊んだりして、楽しく遊んでいました。幼稚園に行っていない日は、どうしても姉妹げんかが増えるので、長女と次女を離ればなれで過ごさせる時間が必要です。

 そんなふうに、わりと平和な休日を過ごしていたのですが、なぜか夕食のときだけ、土日とも、長女の態度がひどく悪くて、今日はとくに、二日連続だったので、カンカンになって叱りました。私も夫も、作った人の気持ちを考えない長女の態度に、心底うんざりして、悲しくて、腹が立ったのでした。だけど、長女が眠ってから考えると、まだ小さいのに、厳しく叱りすぎたかなぁと、可哀想になって、泣きたい気持ちになります。土日は夫が食事を作ってくれるので、せっかく作った夕食をちゃんと食べなかったことを夫はとくに怒っていて、「パパが許してくれる魔法があったらいいのに」と、長女は言っていました。まだそんなことを言ってしまうくらい、小さいのだよなぁと思うと、やっぱりすこし、厳しく叱りすぎた気もします。つい、ダメなことは分かってるはずなのになんてそんなことわざとするの?と、腹が立ってしまうけれど、うまく言葉にできない何かを伝えるためには、ダメと分かっていることをわざとしなければいけないくらい、まだまだ幼いのだということまで、もう少し考えてやるべきでした。
 食事中、私はどうしても次女のお世話にいきがちで長女のことはわりと夫に任せているし、次女は奔放な食べ方をしているのに、長女のほうは、マナーの悪い食べ方をすると、私や夫から指摘されるので、そういうのも、原因の一つなのかなぁと、いま振り返ってみて思います。いま長女と次女が向き合って食べているので、席順を変えてみるとか、長女への声かけをもっと盛んに且つ優しくするとか、食事のときの交流の仕方を、もう少し考えてみます。
by papiko-gokko | 2016-01-18 00:09 | Diary
姉妹。シンデレラ。
 次女が2歳になったのを境に、姉妹で遊ぶ時間がぐんと増えました。どちらかが子ども部屋へ行くと、かならずもう一方もついていって、二人でなにやらがしゃがしゃ遊び始めます。二人だけの世界でどうのこうのと会話しながら、ブロックを組み立てていたり、ぽぽちゃんのお世話をしていたり、バスタオルをジャングルジムにかけておうちを作っていたり、日々いろいろな遊びを開拓しているようです。そんな二人の様子をそばで眺めたいけれど、私が見える場所にいると、子供たちの意識がまるで変わってしまって、遊びの世界が台無しになるので、そういうときは隣の部屋で、声だけ聞いて楽しんでいます。
 親のいる前では、なにかと取り合いっこをする二人ですが、親のいない子ども部屋で遊んでいるときには、どうやらお互い衝突が起きないよう知恵をしぼるらしく、しばらくはケンカの声も聞こえてきません。以前はすぐにどちらかが泣いて、数分ももたなかったので、二人とも成長したのだなぁと、嬉しくなります。次女の破天荒な振る舞いに長女が振り回されるときもあれば、長女の強引な理屈に次女が丸め込まれるときもあり、どちらのほうが我慢しているということはなく、どちらも威張ったり威張られたりで、ワガママ同士どっこいどっこいの関係を築けているのではないかと思います。
 赤ちゃんのころから次女は長女のことが大好きでなんでも真似っこしたがるし、それに長女も、大事なシールを荒らされたりして次女に困らされつつもやっぱり次女が好きみたいで、自分に嬉しいことをしてもらえると、「次女ちゃんにもしてあげて」「次女ちゃんにも同じのあげて」と、かならず言うのです。長女のそういう姉らしい優しさに触れるたび、次女は幸せ者だなぁと思います。

 長女がディズニーの『シンデレラ』にどっぷりはまり、ここ数日、毎日のように見ています。レンタルなのであと数日で返さなければならないのですが、こんなに好きなら、そのうちDVDを買ってやってもいいかなぁと思っているところです。一緒に借りた『リトルマーメイド』と『ピーターパン』に関しては、どちらも悪役が怖いという理由で、最後まで見ることができませんでした。フック船長を怖いと思ったことなんて私は一度もなくて、いつも妹とゲラゲラ笑って見ていたのだけれど、夫も子どもの頃、敵が怖くて戦隊ものを見ることができなかったらしいので、長女の心のかたちは夫と似ているのかもしれません。私の初恋の人ピーターパンの魅力について熱く語り合いたかったのに、残念です。
 そんな状態なので、もうすぐ長女の誕生日ということでプレゼントの希望を聞くと、長女はどうしてもシンデレラのおもちゃがほしいと言い、必死で探しました。お店にもネットショップにも、なかなか長女と夫の眼鏡に適うものがなく、最終的に輸入品までネットであれこれ調べて、ようやく昨日これだというものを発見し、夫と長女の同意を得て、購入に至りました。王子様や継母や魔法使いも入っているシンデレラのお人形セット、届くのが楽しみです。
 毎年恒例の手作りプレゼントのほうも、作業を進めているところです。今年はすごろくです。次女の布絵本ほどは手間がかからないのではないかと思っていますが、果たしてどんなものができあがるのだろう。長女がすごく楽しみにしてくれているので、がんばらなければ。

 
by papiko-gokko | 2016-01-12 23:56 | Diary
日常と、あこがれ。
 夫の仕事も長女の幼稚園もはじまって、日常が戻ってきました。年末年始、あまりにも非日常を過ごしたので、スムーズに日常を取り戻す自信がなかったのですが、朝、目覚ましで起きて、夫のお弁当を作り始め、フライパンに卵液を流し込んだら、同じ速度で、日常の感覚も全身にじゅーっと流れ込んできて、それをきっかけに、これから始まる1日に向けて、なんとか自分の意識をチューニングすることができました。
 ひさびさの幼稚園に長女は緊張していたようで、朝、園門で園長先生に「あけましておめでとうございます」と挨拶をされても、うまく声が出せなかったらしく、目を伏せたまま、こくっと頷いていました。園門で見送ったあと、大丈夫だろうかと見ていたら、また仲良しのお友だちが教室から出てきて、長女のほうに駆け寄ってきてくれて、それで長女の体の力が抜けたのが、後ろ姿からでもはっきりと分かったので、安心しました。迎えに行ったときにはもうすっかり緊張が解けていて、たこ揚げや、羽根つきや、コマ回しや、福笑いや、郵便屋さんごっこなどして遊んだことを教えてくれました。家ではあまりしてやれなかったお正月らしい遊びをしてくれて、ありがたいです。

 今日は午後、長女の強い希望でレンタルショップへ行き、ディズニーの『シンデレラ』を借りました。最近、昔話やおとぎ話に興味があって、毎日「昔話して」お話をせがまれるのです。日本の昔話も好きなようですが、出雲に帰省中、ディズニーのシンデレラ城のおもちゃで遊んだのをきっかけに、シンデレラにすごく興味を持ち、どうしてもディズニーのシンデレラを見たいと言い出したのでした。『シンデレラ』は私も子どもの頃に見てうっとりしたので、長女にも見せたいとはずっと思っていて、たしか1年ぐらいまえに一度見せたのですが、そのときは途中で飽きてしまった記憶があります。しかし今回は、本人の強い希望で借りただけのことはあり、最後まで飽きずに見続けることができました。
 私も家事をしつつ見ていて、魔法使いの魔法でシンデレラがお姫様になるシーンで、涙があふれてきて驚きました。子どものころ、このシーンを見るたび、なんて素敵なんだろう・・・と心をときめかせていたのを思い出し、きっといま、長女はあのころの私と同じような気持ちで見ているのだろうなと思うと、なぜだか無性に胸がいっぱいになって、涙ぐんでいました。魔法で変身することや、自由に空を飛べることに対して、少女時代に抱いたまっすぐで熱いあこがれは、その後の経験でどんなに裏切られても、現実を知って諦めていても、胸の奥の奥の奥にある絶対こわれないケースの中で、ちゃんとそのまま守られていたのだと、夢中で画面を見つめる長女の横顔と、あふれてきた涙に、気づかされました。少女時代に私が抱いて今も変わらずにいるあこがれの世界を、長女はこれからどんどん知っていくのだと思うと、たまらなくわくわくします。『シンデレラ』と一緒に、私がディズニーで一番大好きな『ピーターパン』と、長女の希望で『リトル・マーメイド』も借りたので、それを見せるのも楽しみです。
 もうすぐ長女の誕生日で、長女はなにやら、乙女チックなものが欲しいらしく、プリキュアのグッズなどに興味を示しているのですが、プリキュアって実は、敵の存在が苦手でほとんど見ていなくて、せいぜいプリキュア印のレトルトカレーをたまに買うぐらいの距離感なので、おもちゃを買ってもいまいちな気がするし、それよりは、ディズニープリンセスの何か乙女チックなものがあれば、それにしてもいいかなぁと思っています。長女はどのお姫様を、一番好きになるのだろう。長女がお姫様に憧れる年頃になったことが、なんだか嬉しいです。

 
by papiko-gokko | 2016-01-07 23:17 | Diary
2歳の誕生日
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 今日は1日遅れで、次女の誕生日祝いをしました。私と夫からの誕生日プレゼントは、電池式で吠えたり歩いたりする、犬のぬいぐるみです。動物が好きで、ホームセンターへ連れて行くと必ず動物コーナーに行き、道で犬や猫とすれ違うたびはしゃぐ次女なので、このプレゼントは大正解だったようで、包装紙から出てくるとバンザイして喜び、動き出すと、長女と一緒に大笑いして転げ回っていました。たまに取り合いになったりしていたけれど、思っていたほど長女がヤキモチを焼いて機嫌を損ねることもなく、二人で仲良く、えさをやってみたり、お散歩させてみたり、ねんねさせてみたりして遊んでいました。
 それからもう一つ、年末年始、両方の実家にも持っていき、夫が主体となってひたすら縫い続けていたお誕生日の布絵本も、昼前になんとか完成して、渡すことができました。
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 タイトルはシンプルに、『おたんじょうびのおくりもの』。たった8ページほどの絵本ですが、布絵本を作るのが、こんなに大変な作業だとは思いませんでした。当初の予想を上回る、かなりの力作です。
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 不器用な私は何をやっても下手で、器用な夫にかなりがんばってもらいました。今回、長女にも絵を描いてもらった部分があるし、それに、両方の実家で作業をしたこともあって、私と夫だけでなく、義母と、母と、それから下の妹にも一部の刺繍を手伝ってもらい、たくさんの人の愛情をもらった絵本になりました。次女の好きな、ボタンや、マジックテープや、スナップボタンなどで、遊べる仕掛けになっています。スナップボタンはまだ難しかったようで苦労していましたが、ほかのページでは上手に遊ぶことができました。長女も、自分がやりたくてしかたないらしく、「こうやるんだよ」と、しきりに手をのばしていました。
 夜は夫の作ったごちそうでお祝いし、それから、私と長女が一緒に作った、でっかいプリンでお祝いをしました。次女はスポンジケーキよりもプリンのほうが好きなのです。ババロアの型でプリンを作り、生クリームとイチゴをトッピングしたら、それなりに豪華な感じに仕上がって、プリン自体の味もおいしくて、大満足でした。次女は、今日が自分の特別な1日なんだということを、なんとなく理解しているらしく、「次女ちゃんのケーキ」とはしゃいで、トッピングされていたイチゴをたくさん食べました。1年前の誕生日はまだまったく何も分かっていない感じだったのに、子どもの成長って、本当にすごいものです。長女もご機嫌で誕生日の歌をうたってあげて、プリンも一番大きい一切れを食べました。私は長女くらいのころ、妹の誕生日になるとヤキモチを焼いて不機嫌になっていたので、朝から「お祝いのためにまず部屋を片付けよう!」などとはりきり、率先して次女を祝ってくれた長女の姿に感動しました。家族みんなの祝福を受け、次女は口のまわりとワンピースをべちゃべちゃに汚して、にこにこ笑っていました。

 ああ、それにしても。ちいさなちいさなわが家の次女が、2歳になっただなんて。たったこのまえ、0歳じゃなくなったことに驚いたと思ったのに、もう2歳だなんて。誕生日を迎えるまで、次女に「もうすぐ2歳だね」と言うと「2さい、ないもん!」と、なぜか怒っていた次女ですが、誕生日を迎えた日に「次女ちゃん、2歳になったね、おめでとう」と言うと、怒らず「うん」と頷いて、誇らしげに自分の指で2を作ろうとしました。まだうまく作れなくて、最後は結局ただのパーになってしまうのだけれど、自覚に満ちたその様子は、もうしっかりと2歳児でした。
 2歳を迎えた次女は、早口でしゅわしゅわほしょほしょ、聞き取れるような聞き取れないような不思議な言葉をしゃべっています。可愛くてたまりません。小柄だし、トイレトレーニングはまだ進んでいないし、卒乳もできていなくて、だっこだっこの甘えん坊で、まだまだ赤ちゃんの領域を抜けていませんが、自分ではお姉ちゃんと同じことがなんでもできると思っています。しゃべり方といい、負けん気の強い性格といい、ブラックジャックのピノコによく似ています。
 すでにイヤイヤ期が始まっているようで、指図や命令が大嫌いな次女は、日々、「いやだもん!」と「こっち、いいんだもん!」と、独自のルールで生き抜こうとしています。それから、年齢的なものなのか、性格なのか、長女とおもちゃの取り合いを日常的に経験しながら遊んでいるからなのか、所有欲が強いみたいで、なんでも「次女ちゃんのだもん」と、自分のものにしたがるところがあります。だから、「これは、次女ちゃんのだよ」と言って渡してやると、嬉しそうにします。私に似て、独占欲の強い子になるのだろうか。
 次女の体重と身長はいつも成長曲線ギリギリで、2歳までになんとか9キロになってほしいといつも思っていて、だけど毎日はかるたび8.8とか8.9ばかりで、次女が「はってんきゅー」と覚えるくらいその数字が続いていたのですが、今日はかったら、夢に見た9.0キロが、ついに表示されました。そう、次女にはそういう不思議な力が、お腹にいたころからあるのです。プチ奇跡を起こす力があるのです。

 振り返ってみると、1歳の次女の子育ては、最高に愉快でした。次女がいてくれたおかげで、長女が幼稚園にいっても寂しくないし、次女の存在に助けられて、苦手な幼稚園の行事も、笑顔でこなすことができました。次女がわが家の一員としていてくれることが、うれしくてたまりません。2歳の次女の子育て、わくわくします。2歳の次女は、どんなプチ奇跡を起こすのだろう。キラキラの成長を見せてくれてありがとう。バンザイ2歳。
by papiko-gokko | 2016-01-06 00:04 | 月齢ごとの成長記録(次女)
もうすぐでたぶん完成してしまう君の星座を瞼に宿す
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 元日から私の実家、出雲に帰省して、今日のお昼過ぎに帰ってきました。くたくたです。
 出雲では、両親と、上の妹一家と、下の妹と、それから今年が最後のお正月になる可能性が高い祖父を交えて、子どもの頃にみんなでよく行っていた思い出の料亭で会食をし、にぎやかなお正月を過ごしました。現在入院していて、2日間特別に外泊許可をもらった祖父は、やはり病でかなり痩せていたけれど、気持ちだけでも元気でいようとしているのか、声はむしろ入院前よりも張りがあるくらいでした。耳がすっかり遠くなっていて、会話はほとんどできなかったけれど、長女の絵を褒めたり、次女とボールなげ遊びをしたり、人見知り真っ盛りの姪っ子に泣かれたりしながら、満足そうに目を細めていました。
 そんなふうに一見元気そうに見える祖父がもうすぐいなくなるのかと思うと、悲しいというよりも不思議で、ぼんやりした気持ちになりました。余命を宣告されたからといって、人の性格はそうそう変わるものではないらしく、祖父は良くも悪くも相変わらずで、だけど、なんだかこれまでのように、祖父の悪い部分に対して腹を立てたり、逆に良い部分を愛おしく感じたり、そういった個人的な感情はもう湧いてこず、良いも悪いもなく、ただただ、祖父という人間の全体像を、全神経で捉えようとしている自分がいました。
 それはちょうど星空を眺めているようで、遠い昔の思い出や、つい最近の出来事が、それぞれの強さでこちらに向かって光を放ち、一等星級の光から六等星級の光まで、ぜんぶぜんぶが瞼の裏に広がって、私が見てきた祖父という人間が、星座のように浮かび上がってくるのでした。もうすぐで完成してしまう、瞼の裏のこの星座を、私はこれから、だれにどうして語ろうか。
 祖父が病院へもどるとき、車の窓をあけて祖父と長い握手を交わした長女は、何かを感じ取ったのか、「またお見舞いに行きたい」と、泣きそうな声で言いました。これから病状がどうなるか分からないし、またあたたかくなったら、お見舞いにいけるうちに、いっておきたいです。
 祖父が病院へ戻った翌日も、両親と下の妹と私たち一家と上の妹一家とで、わいわいわやわや過ごしました。自分の実家は、夫の実家よりも、人に対しても土地に対しても思うところがいろいろとありすぎるぶん、ある意味ものすごく疲れます。今回も、あれこれ気を揉んでへとへとになりました。だけど、どんなにへとへとになっても、また帰りたい、また帰ろうという思いは、帰るたびにあたらしく更新され続けていくから、やっぱり実家と実家に集う人々は、私にとって、かけがえのない存在です。

 そして今日、1月4日は、次女の誕生日なのです。2歳になったのです。しかし今日は、長旅でどうにもくたびれてしまって、夫と一緒に制作中の誕生日絵本(今年は布絵本)も今日までに間に合わなかったので、明日までに完成させて、明日お祝いをする予定です。だから次女の成長記録や、お誕生日のことについては、次の日記でまた、腰を据えてじっくり書きたいです。

 そんなこんなで、慌ただしく迎えた2016年。あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。2016年の抱負は、旅の疲れがとれてから考えることにします。
by papiko-gokko | 2016-01-04 21:23 | Diary


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