日記と短歌
by papiko
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2015年最後の日記
 気づけば2015年も、残すところ1時間ほどになりました。クリスマス前に家族全員が結構きつめの風邪を引いてしまい、一時はどうなることかと思いましたが、なんとか回復して予定通り27日から夫の実家である横浜へ行き、昨日帰ってきました。そして明日からは私の実家である出雲へ帰省する予定です。
 横浜帰省の前に私の風邪はほぼ治っていたのですが、鼻水が長引きすぎて副鼻腔炎になってしまい、目の周りと歯茎があまりに痛んだので、横浜で義母に子どもを見てもらって、耳鼻科へ行き抗生物質と痛み止めの薬をもらいました。薬を飲むとウソみたいに痛みが引いて、翌日には一家で近くのスケート場へ行くこともできました。子供たちにとっては初めてのスケート、次女はまだスケート靴のサイズがなくて滑れませんでしたが、長女はなんとか滑る(というより、ほぼ歩く)ことができて、私と夫と交替で長女と滑り、リンクを何周もしました。私も夫も20年ぶりぐらいのスケートだったのだけれど、こういうものは頭が忘れていてもちゃんと体が覚えているらしく、すんなり滑ることができました。
 横浜滞在中には、7歳の姪っ子と3再間近の甥っ子も毎日来てたっぷり遊びました。長女は2歳年上の姪っ子と遊ぶのが嬉しくてたまらない様子で、なんでもまねっこしていました。義母と姪っ子と一緒にパンを作ったり餃子を包んだり、オセロゲームを教わって勝負したりと、楽しい思い出をたくさんたくさん作った長女は、最終日の夜、布団に入ったとたん、「まだ帰りたくないよう!」と泣き出してしまい、「明日はいやだ、明後日帰るのがいいよう」と、なかなか泣き止まなくて大変でした。あまりに泣くのでいったん布団から出てリビングに戻り、夏休みにまた会えるからとみんなに慰められ、義母が出してくれた袋に、オセロゲームと新幹線で食べるお菓子と可愛いハンカチを入れてもらって、それから、「明日の朝、ばばと一緒に新幹線で食べるおにぎりを作ろう」という約束もしてもらって、それでようやく納得し、義母に抱きついて眠りました。こんなふうに帰りたくないと泣いたのは初めてのことで、あやうく私ももらい泣きしてしまいそうでした。泣くほど楽しかったのなら、帰省して本当によかったです。横浜の実家で過ごした4日間は、相変わらず、心地よくて朗らかで、使い込まれた調理器具やセンスのいい食器など一つ一つにほんのり憧れを抱かずにはいられなくて、素敵な時間でした。
 
 そんなこんなで、慌ただしく、一年が終わろうとしてます。振り返ってみると、2015年はとにかく幼稚園中心の一年で、次から次へと行事があり、不安と緊張と感動の連続で、変化に富んでいて、びっくりするくらいあっという間でした。これまで家族以外との関わりがほとんどない生活だったのが、幼稚園のお友だち、お友だちのお母さん、先生と、人間関係が一気に広がって、人付き合いの苦手な私にとっては疲れることも多かったけれど、それでもやっぱり、楽しいことのほうがずっと多かったように感じます。幼稚園という日だまりの場所を手に入れて、私たち親子の暮らしも、明るくすこやかになりました。次女にとっても、幼稚園という場所があることは、日常のとてもいいアクセントになっていると思います。
 今年は私の仕事もほどほどにあって、そういう意味でも、充実した一年でした。テープ起こしの仕事は私の性に合っているなぁと、つくづく感じます。いまはまだ次女が小さくて、あまりたくさん仕事を増やせないけれど、数年後にはもっとたくさんお仕事を受けられるよう、いまできる分量をこなして経験を積み、力をつけていきたいです。 
 それから今年は、ビートルズを聴きまくった一年でした。ビートルズの音楽は、慣れないことだらけでぎくしゃくしっぱなしだった私の心を、いつもほぐして、落ち着かせてくれました。ビートルズにはまったことによって、英語を学ぶことや、子どもに学ばせることに対して、前向きな気持ちが芽生えました。これまでかたくなに、日本人なのだからまずは日本語が大事と思っていたけれど、どちらも言葉なのだから、同じようにすばらしいものなんだと気づきました。ぺらぺらしゃべれるようになることは無理でも、簡単な会話を聞き取れたり、すこしずつ知っている英単語を増やすことができたらすてきだなぁと思います。
 2016年もやはり、幼稚園中心の生活になると思いますが、慣れてきたぶん、きっと今年ほど一つ一つのことに緊張せず、力まず、もっと楽しめる気がします。

 最後になりましたが、2015年も、この日記を読んでくださった方、本当にありがとうございました。以前似比べると頻度は落ちてしまったけれど、2015年もなんとか日記を書き続けることができて、幸せでした。こうして日記を書ける日常を、なにより愛しています。
by papiko-gokko | 2015-12-31 23:05 | Diary | Comments(0)
風邪とクリスマスイブ
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 長女と次女に続いて、私まで風邪を引いてしまい、数年ぶりに熱が出たり鼻水が出たりして、風邪ってこんなにしんどい症状なのか・・・と、心身ともに打ちのめされているうちに、クリスマスイブがやってきました。長女はほぼ治り、風邪を引いてからずっと食欲がなく不機嫌だった次女も、今日からようやく食べるようになり、機嫌もさほど悪くなくなりました。私も熱は1日で下がり、いまはまだ鼻詰まりと咳があるものの、だいぶ回復してきています。風邪のしんどさを久々に思い知ったことで、これから夫や子供たちが風邪を引いたときには、もっともっと優しく労ってやろうと、強く思いました。
 クリスマスイブの今日は、部屋の飾り付けをしたり、次女のお昼寝中に長女とケーキ作りをしたりして、クリスマス気分を味わいました。妹からクリスマスのクッキーが届いたり、母と義母からそれぞれ子供たちにクリスマスの贈り物が届いたりして、今日鳴るチャイムは心なしか、いつもより弾んで聞こえました。夫が帰ってきてからごちそうを食べ、ケーキを食べ、お風呂にはいって歯磨きをして、それから子供たちは、クリスマスの絵本を5冊読んで眠りました。長女はサンタさんのプレゼントを楽しみにしながら、次女は「サンタさんきないよ(こないよ)」と他者に対する警戒心を抱きながら、眠っています。去年に比べて、長女はクリスマスの飾り付けもケーキ作りも上手だったし、長女は去年の何倍も、クリスマスの雰囲気を楽しんで、長女と一緒に歌ったり踊ったりしていました。ケーキを食べるときはなぜか「みかん、いいの」と、ケーキに背を向けてミカンを食べていましたが、それもまた、次女なりの楽しみ方なのかもしれません。なにはともあれ、今年も無事に平和なクリスマスイブの1日を送ることができて、幸せでした。
 これから、寝る前には、サンタクロースの大仕事が待っています。ぐっすり寝ているふたりの枕元に、夫と二人で一生懸命に考えて選んだプレゼントを置く瞬間が、楽しみでしかたありません。気に入ってもらえますように。
by papiko-gokko | 2015-12-24 22:23 | Diary | Comments(0)
夢見る頃
 長女の風邪がまたぶり返し、その風邪が次女に移って2週間前の状態に逆戻りしました。風邪を引くと、長女は神経質になり、次女は怒りっぽくなり、どちらも非常にやっかいです。長女のほうがすこし症状が重くて、熱はないものの咳が出てしんどそうなので、昨日は幼稚園を休ませました。今日はマスクをして行ったけれど、やはりまだ本調子ではなさそうです。土日は家でゆっくり過ごして風邪を治すことに専念しよう。

 幼稚園ではもうすぐ、クリスマスのお楽しみ会があります。お楽しみ会にはサンタさんがやってくるのだそうで、その話題になるたび、長女は「お母さん、お楽しみ会、本物のサンタさんがくると思う?」と尋ねて私の反応を伺っています。「長女はどう思う?」と聞き返してみると、「先生が、サンタさんの格好、するだけかもしれないって思う」と、イタズラっぽく笑いながら言っていました。クラスのませた子がそんなふうに言っていたのを聞いたのかもしれません。きっと、もしかしたら本当に本物が来るのかも・・・と信じたり、いやでも本物は寝てるときに来るんだし・・・と疑ったりして、ワクワクドキドキしていることでしょう。私も幼稚園のころお楽しみ会でサンタさんがきて、もしや本物!?と思ってよくよく観察したら、ひげの裏地が見えて、布に綿をくっつけたひげだと分かってしまい、ああ本物じゃない・・・とものすごくがっかりした思い出があるので、長女の幼稚園に来るサンタさんは、ぬかりなく本物に近ければいいなぁと思います。
 最近の長女は、夢物語を丸ごとすっぽり信じることのできる時代からはやや抜け出しそうになっているのだけれど、まだまだ信じる力もたっぷり残っていて、ときどき疑い揺れながらも夢の世界を生きています。きっと、無邪気に夢の世界を信じ切っている時期よりも、長女のように、本当かなぁどうなのかなぁと揺れつつも、信じる力のほうが勝っているこの時期が、一番夢見ることに長けていて、一番楽しい気がします。本当かなぁ・・・本当だといいなぁ・・・と、夢の世界に思いを馳せるときめきは、長女くらいの年頃の子の宝物だと思います。
 いつだったか、私がお人形をしゃべらせていたとき、「そんなのお母さんがしゃべらせてるだけじゃーん」と夢のないことを得意げに言ったので、「違うよ。お人形さんは夜中にしか自分でおしゃべりできないから、昼間は、お母さんがお人形さんに声をかしてあげてるだけだよ。そしたらお人形は昼でもしゃべれるんだよ。」と説明したら、どこまで信じたのかは分かりませんが、とにかくその説明を気に入ってくれたようで、それ以来、ごっこ遊びをしているときなど、「お母さん、ちょっとこのお人形さんに声かしてあげてくれない?」と、頼んでくるようになりました。その言葉を聞くたび、ああよかった、まだこの子は夢の世界とぜんぜんさよならしていないんだなと、なんとなく安心します。
 そんな長女なので、サンタさんのこともまだしっかり信じてくれていますが、なにかと細かいことに気づく子なものだから、こちらのちょっとしたミスでバレてしまいそうで、どんなプレゼントがいいかの聞き取り調査方法にしても、隠し場所にしても、去年より緊張感があります。できれば、あと5年くらいは、信じていてほしいなぁ。無理だろうか。

 一方、次女の夢見がち事情のほうはどうなのかというと、もちろんまだサンタさんについて疑いはまったく持っていませんが、信じているがゆえなのか、サンタさんの話題になるたび「サンタさん、きない!(こない)」と、泣きそうな声で叫ぶのです。大変な人見知りで警戒心の強い彼女は、たとえそれがプレゼントをくれるサンタさんであろうとも、見ず知らずの他人には家にあがりこんでほしくないようです。長女が必死で「寝てるあいだに来るだけだから、大丈夫だよ」とか「やさしいおじいさんだよ」とか「プレゼントをくれるだけだよ、すぐ帰るよ」とか言って教えてあげているのですが、それでも次女は「サンタさんきないの!(こないの)」の一点張りで、あまりしつこく言うと泣き出す始末です。当日、枕元に届いているプレゼントを発見したとき、果たして次女は笑うのだろうか、泣くのだろうか。
by papiko-gokko | 2015-12-18 21:13 | Diary | Comments(0)
つかのまひとり土曜日。のんびりの日曜日。
 土曜日の午前中、少し離れた町の病院で市の健康診断を受けるため、夫に子どもたちをお願いして、一人でバスに乗りました。公共の乗り物に乗るなんて、何年ぶりのことだったでしょうか。記憶にあるかぎり、出産してから一度も一人で公共の乗り物には乗っていない気がします。家を出るまでは、面倒で憂鬱でしかたなかったのに、いざバスに乗り込んで動き出すと、行き先が病院であることも忘れて、ウキウキ窓の外を眺めている自分がいました。静かにさせなければいけない人を抱えずに乗るバスは、しずかで自由でのんびりで、何も考えずにただ身を任せていられる贅沢さに酔いしれました。家にいても、子どもが寝ているときなど自由な時間はあるけれど、家だとやらなければいけないことややりたいことがあふれているし、いつ子どもが起きるか分からないので、バスの中のように、時間を贅沢には使えないのです。
 景色を楽しんだり、病院の地図を確かめたり、帰りは子供たちと車で迎えに来てくれることになっている夫に、「車の中で、子どもにお菓子を食べさせておけば、おとなしく乗っているかも」とメールをしたりしているうちに、バスは30分ほどで目的の停車場へ着きました。長女は心配ないのですが、次女は車ですぐ暴れたがるので、これまで私のいない状態で乗ったことがなかったのです。
 バスの停車場から病院までは、500メートルあるかないかぐらいのものだったのですが、地図が読めない私は、出だしでいきなり反対に歩き出してしまい、しばらく迷って歩き回って、なんとかたどり着きました。子どもを連れていないと、道に迷うのもまた、気楽で楽しいのでした。混んでいるかと思って、開院時間ちょうどぐらいに到着できるバスで行ったのですが、着いてみるとぜんぜん混んでいなくて、拍子抜けするほどあっという間に診察が終わりました。
 検診の詳しい結果は後日ですが、とりあえず見たところ異常なしということで一安心し、晴れ晴れした気持ちで病院を出て、夫に連絡し、迎えに来てもらうことになっている最寄りの駅まで歩きました。病院から駅までは1㎞弱の道のりも、やはり若干迷いましたが、ひさびさの身軽さが嬉しくて、知らない町の景色に胸が躍って、年甲斐もなくスキップしてしまいそうなほど楽しくて、駅が見えたときには、ああもう着いてしまった・・・と、少しがっかりしてしまったほどでした。
 駅についてから、お腹が空いていることに気づき、朝いそいで出たのでほとんど何も食べていなかったので、駅前のコンビニに入って、うめのおにぎりと麦茶を買いました。一人でコンビニに入って、自分のためだけの食べ物と飲物を買ったのなんて、一体いつぶりだろうかと、ここでもまた、ひさびさの感覚に打ち震えました。東京時代、会社で働いていたころは、毎日こうして一人で公共の乗り物に乗ったり、一人でコンビニに入ってお昼ご飯を買ったり、一人で駅から会社まで歩いていたなんて、遙か遠い別の世界の物語のように思えます。実際、過ぎ去った日々ほど遠いものはないのか。
 コンビニを出て、みどりの窓口であらかじめネット予約しておいた帰省の切符を発券し終えたところで、夫の車がロータリーに到着し、車に乗り込むと、後部座席に子供たちが並んで座り、ふだんはちょっとずつしか食べさせてもらえないお菓子を袋ごと抱えて、しあわせそうに食べていました。そんなふたりを見るとたちまち、お昼食べないかもしれないなとか、3時のおやつは控えめにいなければとか、頭が母親モードに切り替わり、まだ食べていないコンビニの梅干しおにぎりとお茶が、なんだかシンデレラのガラスの靴のようで、あわただしくも大事に味わいました。
 合流したあとはみんなで買い物をしたり、久しぶりに回転寿司に行ったりして、家族との休日を楽しみました。お店はどこもすっかりクリスマスモードで、子供たちがツリーやサンタさんを見つけるたび喜んでいました。サンタさんのプレゼントも決まったし、イブの日が待ち遠しいです。

d0038776_2137982.jpg 日曜日は、のんびり家で過ごしました。長女は夫の指導のもと、裁縫に挑戦して、念願だったヒットくんを作りました。裁断と、手の縫い付けは夫がやりましたが、ボタン付けと顔の刺繍はほぼ長女が自分でやり、体の縫い付けも、途中でだれて夫に手伝ってもらってはいましたが、かなりがんばっていました。長女によると、このヒットくんの名前は「おさんぽくん」なのだそうです。おさんぽくんは、さっそく子ども部屋にいるほかのヒットくんたちに挨拶を済ませて、仲間入りしました。
 次女はハサミに目覚めて、子供用ハサミで、折り紙をちゃきちゃき切りまくっていました。次女がハサミ遊びをしているときはハラハラするし、切りくずで部屋がおそろしく汚れますが、夢中でやっているので、我慢です。冬ということもあり、長女も次女も、机に向かってなにか描いたり作ったりする時間が、最近増えました。子どもが机に向かって何かに一生懸命取り組んでいる姿が、私はとても好きです。わが子に限らず、何かを創作している人の横顔や手先に、強く引きつけられます。

 土曜も日曜、心地よく過ごすことのできた、よい週末でした。 そろそろ年末に向けて、あれこれ忙しくなってきます。クリスマスとお正月だけでもせわしないのに、我が家の場合、子供たちの誕生日も近づいてきて、恒例になっている誕生日絵本の作成もそろそろ始めたいところです。普通の絵本はもう何冊も作ったから、今年は次女が布絵本、長女はすごろくにしようかと考えているところです。去年長女につくったカルタは大成功で、いまでもよく遊んでいるので、すごろくもそうなるよう、趣向を凝らすつもりです。
by papiko-gokko | 2015-12-13 22:08 | Diary | Comments(0)
雨上がり夜空のような水たまり光らせ進む赤い長靴
 お昼ごろ、そろそろ雨が止んだだろうかと窓の外を見てみたら、雨雲と雨雲のあいだから青空が見え、細かい雨粒が日射しを受けて、金色にけぶっていました。黒くぬれたアスファルトの大きな水たまりに雨粒が落ちるたび、瞬く星のようにチラチラ反射して光り、真昼の世界に夜空が一部はがれ落ちてきたようでした。
 そのとき流れていたのがちょうどビートルズの『Across The Universe』で、目の前の幻想的な景色とマッチして、とろけそうな心地がしました。最近大好きでよく聴いているこの曲も、調べてみるとやはりジョン・レノンの作品で、どうやら私の耳と心がジョン・レノンびいきなのは間違いなさそうです。でも私が好きなのはあくまでビートルズ時代のジョン・レノンの声とメロディだから、やはりポール・マッカートニーの存在あってこそなのだろうな。聴けば聴くほど、二人の偉大さに飲み込まれます。晴れの日も聴いているけれど、雨の日にはよりビートルズの曲で耳を満たしたくなります。私の勝手なイメージだけれど、ビートルズの曲にはなんとなく、晴天よりも、曇りや雨のほうが似合う気がします。

 子供たちは、今日も元気でワガママで、可愛くて。長女はテレビを見る時間じゃないときに、どうしてもDVDを見たいと駄々をこね、ひさびさに耳が痛くなるほどの大号泣で、30分ぐらい泣き続けました。どんなに泣いてもダメなものはダメなのと言うと、「言うことを聞いて!長女の言うことを聞いてよ!」と、ぽろぽろ涙をこぼしました。あなたの言うことを聞けるときには聞くけれど、いまDVDを見たいという主張は聞けないよと答えると、「いまが、一番言うことを聞いてほしいときなの!これが一番、聞いてほしいことなの!」と、全力で訴えてきました。そうこうしているうちに夕方のテレビタイムになり、ようやく泣き止んで落ち着いたので、あんなに泣いてワガママ言ったことをごめんなさいしようかと問うと、「でも、ごめんなさいって言うと、長女は病気になってしまうの」と言って、最後まで謝りませんでした。なかなかのものです。5歳に近づき、またひとつ難しくなってきました。あまり抑圧してはいけないと思うけれど、泣きわめくからといって言うことを聞くわけにはいかないし、どのくらい厳しくすればいいのか、甘えさせていいのか、最近、毎日考えます。
 次女は今日も基本的にはご機嫌で、よくしゃべりよく歌い、絵を描いて手をマジックまみれにしたり、おままごとをしたりして、自由気ままに遊んでいました。長女が大泣きしていたときも、「おねえちゃん、ないてるね」と一応気にしつつも、ブロック遊びを楽しんでいました。そして、テレビの時間になってテレビをつけたときには、「おねえちゃん、ワンワンよ」と、テレビが始まったことを姉に教えて、しつこく泣き続ける姉を泣き止ませようとしていました。私が痛がったりするとかならず「だいじょうぶ?」と聞いてくれるし、自由気ままにやっているようでいて、わりと全体の空気に気を配っているようなところもあります。今日は朝まだ雨が残っていて、幼稚園まで徒歩で送ったので、雨の日のお散歩が大好きな次女は、大喜びの大興奮でした。長靴で水たまりをじゃぶじゃぶやりながら歩くのが大好きなのです。夜、寝る直前に日焼け止めを塗るというイタズラも、ちょっと目を離したすきにしでかしたりしました。
 長女と次女、それぞれがそれぞれらしさを存分に発揮した1日で、なんだかとてもくたびれました。
by papiko-gokko | 2015-12-11 23:10 | Diary | Comments(0)
長女には言い過ぎないように、次女にはもっと言うように。
 子供たちの風邪が、ようやく治りました。長女は先週の金曜と今週の月曜日に幼稚園を休んだので、数日ぶりの登園となった火曜の朝はなんとなく気だるそうで、緊張気味でもありました。そんな長女を見ていると、2日も休んでしまったけれどちゃんとすぐクラスに馴染めるだろうかと私まで不安になってきて、下駄箱に向かってふわふわ歩いて行く長女の後ろ姿をハラハラしながら眺めていたら、一番仲良しのお友だちが長女のところへニコニコ笑顔で駆け寄ってきてくれて、ちょうど下駄箱のほうに出てきた担任の先生も「あ、長女ちゃーん!」と、これ以上ないくらい明るく優しい声で出迎えてくれて、それで長女の緊張も、私の不安も、すーっとほどけたのでした。長女にとって幼稚園は、きっと、ときに我慢や緊張を強いられることもあるけれど、基本的にはとてもゆかいであたたかな場所なのだろうと、先生とお友だちに話しかけられながら靴を履き替える長女を見ていて思いました。

 幼稚園ではそんなふうにやさしく接してもらっているというのに、私ときたら、風邪のあいだは優しく接することのできていた長女に、治ったとたん、つい厳しく接してしまっていて、反省しています。もちろん間違ったことをしたときには叱らなければいけないけれど、いきなり強くではなく、まずは優しく穏やかに、段階を踏みながら・・・と、頭ではいつも思っているのに、どうしても、何度も注意していることを目の前でしたり、朝の準備をことさらにもたもたしたり、こちらの発言を無視されたりすると、瞬間的にイラッとして尖った声を出してしまいます。
 昨日は次女と長女が、買ったばかりの手ピカジェルで髪をスタイリングして遊ぶという信じられない悪行をし、主犯はあきらかに次女だったのですが、長女のほうを強く叱ってしまいました。あなたは悪いってこと分かってたはずでしょうとか、あなたが使ったあと下に置いてたから次女が触ったんでしょうとか、どうしてすぐお母さんに報告してくれなかったのとか、ああこんな偏った叱り方はダメだよくないと思いながら、ガミガミ口が止まりませんでした。
 ひとしきり叱り終わったあと、改めてすごく反省して、何度か長女に謝ろうとしたのだけれど、どうしても、「ごめんね」の一言を、言えないまま1日が終わってしまいました。子どもの頃、自分が悪いと思っているときほど、なかなか親に「ごめんなさい」を言えなかったけれど、親が子どもに謝るのもまた、それと同じぐらい、もしかしたらそれ以上に、難しいことのように感じます。ちょっと失敗をしたときなんかは、「ごめんごめん!」といつも普通に謝っているけれど、叱り方を間違っていまったような場合、下手に謝って親をなめるようになっても困るしな、とか、もう忘れちゃってることをわざわざ蒸し返すのもなんだかな、とか、あれこれ考えすぎて、謝るのを躊躇してしまいます。謝ることによって、親がいつも正しく叱っているわけではないのだとを幼い子どもに気づかせることは、子育てをより複雑なものにしかねないけれど、それでもやっぱり、間違ったときには、相手が子どもであっても、きちっと目を見て謝るべきだったなぁと、謝り損ねた今、つくづく思います。今度間違ったときには、きちんと謝ろう。それでもしも親を見下すような態度を取ったとしたら、それは私が謝ったことが問題なのではなく、日々の関わり方そのものに問題があるのだと思うから、そのときは根本から考え直します。

 風邪引きのあいだものすごく不機嫌だった次女は、ここのところ、人が変わったように、すこぶるご機嫌です。家族の言ったことをオウムのように真似して言ってみたり、テレビの歌を聞こえるままに歌いながら踊ったり、言葉の織りなす世界をどんどんぎゅんぎゅん吸収しているのが分かります。こちらの言っていることを理解する力も急激に高まっていて、言葉でなぜそうなのか説明すると、納得してくれることも増えました。いつも何か欲しいものがあったとき、「次女ちゃんの、○○、ないー」というので、これまではそれで出してやっていたのですが、今日ふと、もうこの子にはちゃんと言えば分かるのではないかと思い、「ないーじゃなくて、ほしいときは、ちょうだいって言うんだよ」と教えたら、ぱっと表情が明るくなって、「○○、ちょうだい」と、すぐに言い直しました。言葉で言うと伝わるということが、増えてきました。我が家で一番小さくてほにょほにょしているから、ついいつまでも何も分からない赤ちゃん扱いしてしまうけれど、これからはもう一人の女の子として向き合い、生きていくための基本的なあれこれを、言葉と行動でどんどん教えていける段階に入っているのだと、今日はっきり気づかされました。
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 そういえば今日は初めて、次女が工作みたいなことをしました。ペンで色を塗った厚紙を円錐型にまるめたものを、「ちゃんちゃちゃんのぼうちよ(サンタさんの帽子)」とかぶってみせたのです。長女がはがきに絵を描きはじめたのを見た次女が自分もやりたいと言ったので厚紙をあげたら、サンタさんの帽子になりました。こんなものを作るようになるなんて、感動です。帽子だけでなく、今日描いた絵も、これまでとは一味違うもので、ただグシャグシャペンを動かすのではなく、ゆっくりじっくりとまるっぽい形を描いてから、そのなかに考え考え、いくつかの点を描き込んでいました。まだ顔にはなっていないけれど、顔っぽいものを描きたがっているのがすごく伝わってきます。これから彼女がどんな絵を描くようになるのか、すごく楽しみです。ちなみに長女は今すこしスランプらしく、「描こうとしても、描きたいものが描けない」と言っていたので、「そういうときは、描いて描いて描きまくるんだよ」とウルスラ助言をしたら、「そっか!」と目を輝かせていました。あしたも子供たちが描きたい絵を思う存分、描けますように。
by papiko-gokko | 2015-12-10 23:02 | Diary | Comments(0)
姉妹で風邪。次女1歳11ヶ月。
 先週から、長女と次女がほぼ同時に風邪を引き、とくに長女のほうがこじらせてしまって金曜ついに熱を出し、2学期に入ってから初めて幼稚園を休みました。土曜の日中には下がっていたものの、また夜になると38度前後の熱が出て、夜中もしんどそうに何度か目を覚ましていました。熱があるとふだんは見えないものが見えるらしく、これまでまったく気にしたこともなかったような、電灯のカバーごしに透けて見えるかすかな埃の影をひどく怖がり「顔にみえる」と大泣きしたり、いきなり目を開けて「りんごの色が、違う・・・!」と忌々しげにつぶやいたりして、なんとも言えず不安でした。日曜日には熱が下がったものの、咳と鼻水で寝苦しかったらしく夜中に何度か起きていたし、今日になってもまだ咳がひどかったので、今日も念のため幼稚園を休ませました。明日にはもうかなりよくなって、元気に通えることでしょう。
 もうほとんど咳もでなくなった次女も、昨日まではひどいしゃがれ声になっていました。先週は幼稚園の行事が多くて、次女も連れて行かないわけにいかず、風邪気味でかなり不機嫌だった次女は、いつもの何倍も私にべったりでぐずっていました。長女がいまの次女くらいのときは、ちょっとでも体の具合が悪そうなら一切の外出を控えて静養したものですが、お姉ちゃんがいるとそういうわけにもいかなくて、下の子は大変だなぁと思います。ぜったい当時の長女より過酷な環境で生きているので、打たれ強くなりそうです。

 そんな風邪引きのまっただ中だった12月4日、次女が1歳11ヶ月を迎えました。なんと、残すところあと1ヶ月で、2歳になるのです。信じられません。まだまだ1歳になりたてのような気分です。たったこの前、首が据わったと思ったのに、気づけば歩いて走ってしゃべっているだなんて。
 最近の次女は、「イヤイヤ期」とか「魔の2歳児」という言葉を頭に思い浮かべずにはいられないような勢いで、芽生えたての自我を力いっぱいぶつけてくるようになりました。パジャマを脱ぎたくないだとか、家の鍵を自分がやりたいだとか、ヘルメットを自分で装着したいだとか、行動の一つ一つで自分のやり方を貫こうとし、思い通りにならないと、「いやぁぁー!」と全身つかって声が枯れるほど泣きじゃくります。今日などは、食事中に椅子の上で立っていたので私と夫が注意すると、わざと立ったり座ったりを繰り返し、そのうえ足をどんどん踏みならしたりして、反抗的な態度をとり続けました。
 それから、この1ヶ月で、次女はかなりよくしゃべるようになりました。こちらの言っていることはもうしっかり理解していて、しっかり受け答えしてきます。長女の真似をして「○○なんだもん!」とか「○○だってば!」とか、そんなおませな言葉まで使うようになってきました。まだまだ発音がほにゃほにゃなのに、彼女のなかでは、もう家族と同等にしゃべれているつもりらしく、私たちと同じ早さでしゃべろうとするので、「おかあちゃん、こえにはんちょーちょはゆんられれちょーらいよ!」みたいな感じで、半分ぐらい宇宙語になっていることもありますが、その意味を長女と力を合わせて解読するのが楽しかったりもします。年が近いせいか、私よりも長女のほうがよく次女の宇宙語を理解して、「絆創膏が貼りたいってことじゃない?」などと、教えてくれたりします。そんなふうに理解力のある長女のおかげか、二人は本当によく会話をしながら遊ぶようになりました。長女の言ったことや歌ったことを次女が真似しながら後ろをついて歩き回ったり、一緒にカーテンの影に隠れてなにやらゲラゲラ笑ったり、楽しそうです。
 ご飯はだいぶよく食べるようになってきましたが、体重も身長も相変わらず成長曲線ギリギリで、急激な変化はありませんが、少しずつ少しずつ、大きくはなっているはずです。いつもではないけれど、お菓子を食べたあとなど、ちゃんとお皿を片付けてくれたりするのは、次女のとてもおりこうなところです。トイレトレーニングは停滞中で、たまに彼女の気まぐれでトイレにまたがることもありますが、基本的にはオムツで用を足している日々です。またあたたかくなったら、本腰を据えて始めるつもりです。
 最近はお絵かきが好きで、自分で目や口を描こうとするようになりました。まだうまく描けなくてかたちにならないけれど、なんとなく丸っぽいものを描き、そこに「これ、おめめよ」などと言いながら、点を打っていきます。もう少ししたら、お顔が描けるようになるのかな。楽しみです。 ボタン遊びもするようになり、たまに自分で止めたりはずしたりできるようになりました。ファスナーも、自分であげたがります。今日は始めて、自分でみかんの皮も剥きました。きっといま、次女はなんでも挑戦したいときで、とくに手先を使うちょっとむずかしい作業に達成感を抱く時期なのだと思うので、クリスマスのプレゼントは、細かい作業のできるものにしようと考えています。
 そんなふうに、どんどん2歳児らしくなってきている反面、おっぱいに対する執着が増しているという、困った事態も起こっています。一時期は、お昼寝と夜の寝かしつけのときだけになりかけていたのに、私がうっかり、「2歳になったら、おっぱいバイバイする?」という不用意な発言をしてしまったばっかりに、「次女ちゃん、おっぱいバイバイしないよ」と宣言し、それ以来、ことあるごとに「おっぱいちょうだいよう」と、欲しがってしがみつくようになってしまいました。そろそろ卒乳できると思っていたのに、まだまだ先は長そうです。どうしたものか。
 1年前に比べて、ぐんとおねえさんになった部分と、まだまだ相変わらず赤ちゃんの部分、両方かかえて、あと1ヶ月で2歳です。たったこの前、長女が2歳だったのに、次女が2歳になるだなんて、くらくらします。次女が1歳でいてくれるラスト1ヶ月、赤ちゃんっぽさをこれでもかというほど堪能しておこう。
by papiko-gokko | 2015-12-07 22:34 | 月齢ごとの成長記録(次女) | Comments(0)


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