日記と短歌
by papiko
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幸せなこと。怖いこと。遠足のこと。
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 前々から依頼していたぽぽちゃんの洋服を、夫が作ってくれました。長女のちいぽぽちゃんと、次女のぽぽちゃんの、色違いのおそろいで2着作ってくれました。ふたりとも大喜びで、とくに着せ替え遊びの大好きな次女は、しきりに着せたり脱がせたりして楽しんでいます。家族の持ち物のなかに、こうして手作りのものが増えるたび、自分の家族と暮らしへの愛しさがあふれてきます。世界中のどこを探してもこの家にしかないものを、家族であたりまえに共有していることが、とても幸せです。

 長女がお昼寝をしているあいだに次女と知らない町にでかけて次女を見失い、そろそろお昼寝から起きた長女がひとりぼっちで不安がるだろうと思いながら次女を探して名前を呼び続け、おかあさんおかあさんという呼び声に向かって走り続けているところで、ぶわっと目が覚めました。それはとても怖い夢で、動悸がして、背中にびっしょり汗をかいていました。起き上がって横をみると、娘たちはふたりとも布団をはねのけて寝ていて、布団をかけ直しながら現実の感触を取り戻したあとも、しばらく寝付けませんでした。
 いま、私にとって何が怖いって、わが子が自分の見えないところ、助けられない場所で泣いていることほど、怖いことはありません。泣くなら私のところで泣いてほしいし、離れていてそれが無理なときにはせめて、先生だったり、仲の良いお友だちだったり、涙の意味を一緒に考えてくれるだれかのそばで泣いていてほしいと願います。まだ、もう少し大きくなるまでは、一人で泣くことのない世界のなかで、生きていてほしいです。そして、涙の原因ダントツの1位がもうしばらくは、「お母さんに叱られた」だったらいいと思います。

 今週は幼稚園の遠足があり、はじめて長女が私や夫と一緒ではなく、一人で(といっても、もちろん幼稚園みんなと一緒ですが)バスに乗りました。長女は先生に誘導され、少し緊張した面持ちでお友だちと手をつないで乗り込んでいき、バスに乗ってしまったあとはもう姿が見ませんでした。私はほかのお母さんたちと一緒に、まるで異国へ向けて出航する船を見送るかのごとく、出発するバスに手を振って見送りながら、こんなふうに、公共の乗り物に乗ったわが子を見送る日がくるなとは・・・と、ひそかに感極まり、泣きそうになりました。県内のちょっと遠いところまで行くだけの遠足と分かっていても、どうか無事で帰ってきてねと、オーバーに祈らずにはいられませんでした。それは夫も同じだったようで、昼休みにわざわざ電話をかけてきて、「無事に帰ってきたらすぐにメールして」と頼まれました。
 帰りの時間に迎えに行くと、みんなバスで寝ていたのか、ぼやーっとした顔の子が多く、長女もやはりぼやーっとした顔で降りてきました。全員降りてさよならの挨拶が終わり、ばらけたところで「おかえりー」と長女のそばに駆け寄っていくと、長女はしばらく歩いてから、おんぶーといって泣き出したので驚きました。ふだんはこんなこと言わないので、遠足のあいだ、よほど気を張っていたのでしょう。次女がいておんぶはできなかったけれど、次女と長女をそれぞれ両腕にかかえてしばらく歩いたら満足したらしく、降りて麦茶を飲み、そこからは元気を取り戻して歩き始め、運動会とはまた違った緊張の場面が、きっとたくさんあったのだろうなぁと思いながら、そんな長女の後ろを追いかけました。
 長女の話してくれた遠足の話はどれも愉快で、話の中にときどき、お友だちがこんなこといったーというレベルのプチトラブルエピソードもあったけれど、全体的に楽しめたようでした。なかでも長女の心がもっとも踊ったのは、お弁当のあとおやつを食べているとき、年長組の先生が「そのおやつ、先生が子供のころにもあって、先生、大好きだったんよ、いいなあ」と言ってくれたことだったようで、その話を私にも夫にも、繰り返し話していました。どこへ行ったのかはそのうち忘れてしまっても、その先生とお菓子の思い出は、いつまでも長女の記憶に残るような気がします。リュックサックの底や敷物にひっついていた砂も含めて、長女の話してくれたことぜんぶ、私も一緒に覚えておこう。
by papiko-gokko | 2015-10-29 22:05 | 幼稚園生活(長女)
病み上がりの週末。それぞれのブーム。
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 次女の突発性発疹、まだ湿疹は残っているものの、不機嫌きわまりない時期は超えたようで、ほぼ元気になりました。長女もまだ風邪が治りかけで鼻水を出していますが、うるさいくらいに元気です。今年は長女が幼稚園に通い始めたし、これから冬にかけて、子供たちはまた何度も風邪を引くだろうから、よく食べ、よく寝て、抵抗力をつけなくては。
 土日は秋晴れでお出かけ日和だったけれど、病み上がりの今週は、買い物以外おとなしく家で遊んで過ごしました。しばらく高いところに置いてあったヒットくんハウスを遊びやすい場所に出してやると、ふたりとも喜んで、ケンカしながらも遊んでいました。長女は積み木を活用してヒットくんハウスに大きなすべり台を設置したり、パーティーをするための会場設備をしたりと、家全体をコーディネートすることにこだわっていたのに対し、次女は、シルバニアの洋服を着せたり、小物のお鍋でお料理を作ったりと、細かい作業に徹し、かと思えばいきなり家を斜めに傾けてすべてを破壊したりしていて、遊び方にふたりの性格がよく出ていました。

 最近の長女はかくれんぼがブームで、毎日かくれんぼに誘われます。この週末も、何度か付き合わされました。幼稚園でやっているのか、隠れるのが急に上手になっていて、ちょっと前までは、すぐ分かるようなところにばかり隠れて、探していると我慢できずに「ここだよー!ばあー!」と自分から出てきたりしていたのですが、今は私が見つけるまで、笑いを堪えじっと息を殺して隠れていられるようになりました。寝室の布団や、カーテンの中、ドアの影など、難易度の高い隠れ場所を次々に見つけています。
 次女も長女のかくれんぼに参加するのが楽しいようで、長女が隠れると、「次女たんも、れんぼ、ちゅる!」と言って、一緒に探したり隠れたりします。次女の隠れる場所はいつもおきまりで、子供部屋の壁に張り付くだけなのですが、本人は隠れている気満々で、私や長女が大げさに「いたー!」と見つけてあげると喜んでいます。この調子なら、もう少しで私がいなくても姉妹でかくれんぼできるようになりそうです。

 そんな次女のブームは、「これなあに?」と尋ねて答えてもらうことです。とにかく目に映るもの、手に触れるものすべて「これなあに?」と聞いて、名称を知ろうとします。とくに外に出ると、次女にとっては名前の分からないものだらけで、「これなあに」「これなあに」と立て続けに聞いてきて、必死で自転車を漕ぎながら「電信柱だよ」「木だよ」「看板だよ」「用水路だよ」などと答えながら、景色のなかにはこんなにも名称があふれているのだなぁと、新鮮な驚きを感じたりしています。長女もいるときには、長女も一緒に答えてくれるので助かります。お店に入ったときはかなり大変で、カートから身を乗り出して品物すべての名前を知ろうとするので、とても答えきれなくて、「商品だよー商品だねー」と繰り返し、なんとか乗り切りました。家の中にも「これなあに?」は散らばっていて、何かを知りたいというより、とにかく「これなあに?」という質問をしたいために、埃とか食べカスみたいなものまで拾って「これなあに?」と、眉間に皺をよせて聞いてきたりするので、もっとしっかり掃除しなさいと叱られているような気分になりながら、「それはゴミだね・・・」と答えています。
 「これなあに?」と聞かれたときに、私や長女が聞かれたものの名前を教えてやると、その言葉を自分で繰り返して言うことも多く、ああきっと、この子のやわらかい脳は、いまこの瞬間に子の言葉をしっかり吸収したのだろうなぁと、なにかとてもまぶしい瞬間に立ち会ったような気持ちになります。やがてこの「これなあに?」が「どうして?」に変わって、そして今度は最近の長女がよくするような、「じゃあ、○○だった場合はどうなの?」といった感じのさらに複雑な質問へと変化していくのでしょう。そんな子供たちの質問に自分がどう答えるのか、どこまで自分が答えられるか、どこまで答えるのがいいのか、考えるのはとても楽しい作業です。
by papiko-gokko | 2015-10-25 23:35 | Diary
次女の発熱。長女との関係。
 長女の体調が整ったと思ったら、今度は次女がいきなり高熱を出しました。土曜日の夕方、急にくしゃみを連発し始め、どうしたのかなと思ったら、あっという間に体が熱くなってきて、夜、寝かしつけのときには息が荒く、おっぱいを吸うのも苦しげだったので、寝かしつけを中断して抱っこして揺れていたら、その揺れがよくなかったのか、食べたものをすべて吐きました。熱を測ると38度6分ありました。それ以降、本人も具合の悪さを察したらしく、なんとか気持ちを保とうとして、いつも以上におっぱいに執着し、夜中じゅう、頻繁に起きてはおっぱいを吸い続けていました。
 私も次女もあまり眠れないまま朝になり、早朝に熱を測ると39度ありました。しかし日曜なので近所の病院はどこも休診だったため、家で様子を見ることにしました。体は熱く、息は荒く、睡眠も食事もろくに取れずにかなりしんどそうだったので、なんだか見ていられなくて、市販の子供用座薬を買って、昼過ぎに入れてやると、それまでぐずって寝てくれなかったのが、ようやくお昼寝して、起きてからはいくらか楽になった様子で、食事もまあまあ食べ、長女のギャグに笑う余裕も見せていました。長女は自分が体調を崩していたとき、「次女ちゃんと笑ってたら元気がでる」と言っていたので、今度は自分が笑わせる番だと思ったのか、一生懸命にギャグを連発していました。
 月曜日、朝熱を測ると37度6分にまで下がり、長女を幼稚園へ送ってから小児科へ連れて行くと、おそらく突発性発疹でしょうという診断で、解熱剤だけ処方されました。よく見ると、たしかにお腹や背中に、うっすらと発疹が出始めていたのでした。いつもは自転車で送り迎えするのですが、次女を自転車に乗せるのは少し可哀想で、この日はベビーカーで迎えに行きました。すると、長女のお友だち数人が寄ってきて次女に触ろうとし、長女が必死で「かぜだから、だめ!だめだよ!」と次女を守っていて、ちょっと感動しました。
 そして今日、次女の熱はすっかり下がりました。発疹もさほど目立ちません。ただ、ものすごくものすごく不機嫌で、発熱中と変わらないくらい大変でした。突発性発疹は解熱後に機嫌が悪くなると聞いてはいましたが、まさかこれほどまでとは。長女は4歳でかかったので、こんな経験ははじめてでした。とにかくなにもかもが気に入らないらしく、泣いてばかりで、朝も、服を着せたら激怒して泣き、暴れて、あやうく長女の幼稚園に遅れるところだったし、午後のお迎え時間が近づいてきたときも、わあわあ泣いてお昼ご飯を食べたがらず困りました。とにかく、ワンワンとアンパンマン以外のこの世のすべてが気に入らない様子で、今日は何度もワンワンとアンパンマンの力を借りて乗り切りました。もうくたくたです。明日はもうちょっとマシだといいなぁ。
 
 長女にもっと優しくしよう、もっと甘えさせてやろうと心に誓ってから、いままでのところ、なんとかまだ一度も、声を荒げていません。やればできるじゃないかと、自分で少し驚いています。こちらが優しく穏やかに接することを心がけていると、長女のほうもけんか腰じゃなく、心なしか穏やかににこやかに接してくるようになった気がします。最初は、次女と同じような語りかけを意識していたから、赤ちゃん扱いに近かったけれど、だんだん、4歳の子にちょうどいい甘さ優しさみたいなものが感覚的に分かってきて、無理なく違和感なく、まるい口調で話せるようになりました。
 しかし、だからといって長女がわがままを言わなくなったわけではないので、イラッとして声を荒げたくなる場面はいくらでもあります。そんなときは、ふーっと堪えて、この子はまだ4歳・・・この子はまだ4歳・・・とおまじないのように心の中で唱えて自分を落ち着かせてから、段階を踏んで叱るようにしています。そうすると案外、声を荒げるまでいかなくても、ちょっと厳しくしたぐらいの段階で、言うことを聞いてくれます。ふだん優しく接しているぶん、叱られたくないという思いが、強まるのかもしれません。今日は一度、くだらないことで意地を張って大泣きしましたが、そのときは、意識的にというよりも、単純に次女のことで疲れ果てていて大きな声で叱る元気がなかったので、「どんなに泣いても、だめなものはだめだから。そういうわけで、はい、以上。」とだけ淡々と言って無視していたら、やがて諦めたようでした。ここ数日のやりとりで、いつまでもダラダラ叱らないことも大事だと気づいたので、長女が諦めてからは、また優しくして、仲良く過ごしました。
 そんなわけで、また一つ、長女の関係が新たなフィールドに入ったのを感じています。これまでいつもそうだったように、やがてまた、ようやく到達したこのやり方が通用しなくなるときがくることでしょう。そのときはまた、あーでもないこーでもないと、考えることにします。いまはとにかく、うまくいくやり方が見つかってよかったです。これからも、イラッとしたときは、まだ4歳・・・まだ4歳・・・のおまじないを唱えて、なんとか乗り切りたいと思います。どんなに心がけていても、時間的に余裕がないときや、お腹が空いているときとかは、つい、感情をそのままぶつけてしまうけれど。

 
by papiko-gokko | 2015-10-20 23:41 | Diary
もうすこし君の言葉が全身に到達したら目を閉じるから
 運動会の翌日に吐いて以来、長女の体力がなかなか戻らず、幼稚園には元気で行くものの、帰ってくるとぐったりし、2日ともおやつを食べたあとに、少しお昼寝をしました。お昼寝なんて2歳前にはしなくなっていたので、長女にしてはものすごく珍しいことです。今日はようやくほぼ通常通りに回復して、お昼寝もせず、食事もしっかり食べて、元気に遊んでいたので、ほっとしました。
 運動会だったり旅行だったり、何か強い緊張や興奮が続いたあと、急に元気がなくなって嘔吐し、そのあとうとうと眠ってしまって、しばらくすると回復するこの症状を、自家中毒症、最近の呼ばれ方だと周期性嘔吐症というそうです。手元にある育児書2冊とネットで調べたところ、どれを見ても、その項目が長女の症状にぴったり当てはまりました。神経質な子に多い病気なのだそうで、長女の0歳時代に私が神経質すぎた影響だろうか・・・と不安になりましたが、心細くなるたび開く私の愛読書『育児の百科』の「自家中毒症という病気」という項目に、「デリケートな心情の持ち主ということなのだから、人格にとってなんらマイナスではない」という力強い言葉があり、いくらか救われました。松田道雄先生の、自信と慈愛に満ちた言葉が大好きです。

 しかし、長女がデリケートな心情の持ち主なのだとしたら、私はここのところ、長女に厳しく接しすぎていた気がします。今回の引き金になったのは運動会の疲労だったけれど、日々幼稚園で運動会に向けて精一杯がんばって帰ってきていた長女に対して、私は厳しい口調であれしなさいそれやめなさいと叱って、知らず知らずのうちに、長女の家庭生活から貴重な安らぎを奪い、疲労をよけいに蓄積させてしまっていたのかもしれません。運動会でのダンスなどを思い出してみても、早生まれでこれまで集団生活をまったく知らなかった長女が、みんなと同じように踊れるようになるまで、どんなにいろいろなことを考えながら一生懸命がんばったか、もっともっと、考えてやるべきだったなぁと、いまさらながら思います。なんか楽しそうにやってるなーくらいにしか考えていなかった自分が情けなくなります。家でもっと優しくして、ゆっくりくつろがせてやれば、状況は違ったかもしれません。
 じつは先日、運動会を見に来た母からも、「最近、長女ちゃんに対する口調が厳しいんじゃない? 次女ちゃんに優しく話しかけてるぶん、よけいに際立つから、気をつけたほうがいいよ」と注意されました。たしかに最近の私は、長女に対して、大人に対するのと同じような口調でしゃべってしまうことも多かったし、長女が何か悪いことをしたときには、ほとんど段階を踏まずすぐに低い怖い声で叱ってしまっていました。とくに、両親のいるときや、夫の実家や、幼稚園などでほかのお母さんがいるときなどはとくに、長女をワガママな子だと思われるのがイヤで、よけいに厳しくしてしまうところがありました。子どもの気持ちになって考えてみれば、周りに他者の目があるときこそ、親に叱られたくないだろうに、叱られている自分を見せたくないだろうに。悪いことは悪いと分からせなければならない、大人の言うことを聞かない子にしてはいけない、という思いが、ここのところの私は強すぎて、長女の感情を二の次にしてしまっていました。

 長女がダウンしてようやくそのことに思い至って反省し、今はとにかく、甘く優しく穏やかに接するようにしています。次女に語りかけるのと同じように語りかけるよう、意識しています。身長が100センチになったことを喜んだり、早く年長さんになりたがったりしているから、大きいおねえさん扱いしたほうが喜ぶのではないかなんて勝手に思っていたけれど、まだたったの4歳で、幼稚園で精一杯背伸びしてがんばって帰ってきている長女をおねえさん扱いすることが、長女にとって嬉しいことのはずないことぐらい、ちょっと考えれば分かることでした。甘く優しく接していると、長女はとても嬉しそうに甘えてきて、昨日は膝の上で甘えたままお昼寝をしました。甘く優しくしたからといって、いまのところワガママが増したということもなく、むしろ、叱られない日々っていいなぁ・・・とでも思ったのか、叱られるようなことはあまりしつこくせず、穏やかな関係が保たれています。
 物事の善悪だとか、生活のマナーだとか、そういうことは親だけでなく、幼稚園の先生に教わったり、お友だちとの関わり合いの中でも学ぶことができるけれど、幼い子どもを手放しで全力で甘えさせてやることができるのは、親だけなのだから、少なくとも私の子に限っては間違いなくそうなのだから、まずはなによりそれを重要視して、そこだけは抜け落ちないようにして子育てしなければいけないということ、それがどれだけ子どものメンタルにとって大事なのかということを、今回のことで学びました。親として大事なことは数え切れないけれど、なによりもまず、私は、甘えたいときに全力で甘えさせてやれる親でありたいです。
 昨日までと違い、今日は気力体力ともにほぼ完全回復して、パワーが全開になってきたので、やはり甘く優しくばかりではいられなくて、厳しく叱らざるを得ない場面もありましたが、そんなときは、段階を踏むことをサボらず、何が何でも一発でスパッと言うことを聞かせなければダメなんだという思いに、とらわれすぎないようにしたいです。『育児の百科』の「ききわけのない子」という項目に出てきた、「要求をどの程度までみたしてやり、どこで拒否するかは、その場その場で、母親が決定することである。母親の母親としての能力は、それを即興的に芸術家のように、決定していくところにある。」という文章をつねに心にとめて、子供たち専門の子育て芸術家をめざします。

 最近の長女は、ものすごくいろいろなことを考えているようで、夕食の時間など穏やかなひとときが訪れると、ゆっくりたっぷり話してくれます。どうやら長女は、抱いた感情がすぐさま顔や言葉に出るタイプではなく、いったん心の深いところまで落として、じわじわ混ぜて溶かして分析してから、ゆっくり外側に出していくタイプの子だということが分かってきました。だから、幼稚園での長女は、だれかと楽しくおしゃべりしているとき以外、わりと無表情で、目を見開いて何かを考えているような顔をしていることがよくあります。幼稚園でももっとがさつに思いを表情に出してもいいんだよと、言いたくなるときがあります。
 そんな長女のお話を、うんうんと話を聞いていると、相づちをうつごとに、絡まっていた長女の意識がだんだんとほどけていき、ゆたゆたとお湯にたゆたう長い髪のように、長女の内側にあるお話が、あたたまりながら広がっていくのが分かって、ゆっくりしずかに話を聞くことの大切さを実感します。私自身が子どもの頃、母に話を聞いてもらうことが大好きで、話すことで救われていた子どもだったから、長女にとって、私もそういう存在になれたらいいなと思います。
by papiko-gokko | 2015-10-16 12:34 | Diary
園庭に愛のシャッター降り注ぎビニールまとった園児らが舞う
 朝、水道の蛇口をひねると、キンと冷たい水が出て、思わずお湯をひねりたくなりました。自転車を漕いでいると、どこからともなく、金木犀の香りが漂ってきました。そこかしこに、子どもの喜ぶ赤い実がなり、日に日に秋が深まっています。

 週末に長女の幼稚園で開催された運動会は、ほのぼのとしてあたたかく、とても愉快なものでした。客席の場所取りなど殺伐とした感じになるのかなと怯えていましたが、いざ行ってみると、園児の数自体がそれほど多い園ではないので、のどかなものでした。私たちは次女もいたので、一応後ろのほうに敷物は敷いたものの、ほとんど立ってあちこち移動しながら過ごしました。長女の晴れ姿を見るため、私の両親と下の妹もかけつけて、あっちでもこっちでもカメラを構え、あらゆる角度から長女の勇姿をカメラに収めました。
 競技中も待っている間も、長女の顔はキラキラして、運動会を心から楽しんでいるようすでした。私たちの存在に気づくたび手をふってくれて、かけっこ的な競技のときまで、こちらに手を振りながらふわふわ走るという余裕っぷりで、ほかの子より速く走ろうという発想がないようでした。家でもたくさん見せてくれていたダンスは、可愛らしい衣装をまとってニコニコしながら、時折こちらに目配せしつつ、みんなと一緒にとても上手に踊っていました。そばにいたクラスの子となにやら可笑しくてたまらなそうに笑っていたりして、ああすごく、この子はいま、大丈夫なんだなぁ・・・と、幸せな気持ちになりました。整列するときにはきちんと整列し、お返事し、体操し、入園式のときからは考えられないほどしっかり集団行動ができていました。
 参加型の競技もそれなりにあって、祖父母と一緒に参加する玉入れには父が、親子競技には夫が、そして親子ダンスには私が参加しました。来年には次女も、未就園児として参加できるかもしれません。今年も参加しようと思えばできたようなのですが、私も次女も人見知りすぎて、参加しそびれてしまいました。来年はお互い、殻をやぶってがんばろう。
 ふだんの参観日では、なかなか長女のクラス以外の子たちの様子を見る機会が少ないのですが、運動会では、年少さんや年長さんの様子も見ることができました。まだあまりよく分かっていないなりに駆け回っている様子がなんとも可愛らしい年少さん、はにかみながら力いっぱいがんばる年中さん、難しい競技やダンスをこなしてみせる誇り高き年長さん、みんなそれぞれに、きらきら輝いていました。本当に、「きらきら」という言葉が、繰り返し頭に浮かんでくるくらい、みんながきらきらぴかぴかしていました。

 運動会が終わって家に帰ったあとも、長女はご褒美として幼稚園からもらったメダルやらグッズをみんなに見せて喜び、がんばったご褒美にと母が買ってきてくれたケーキをみんなで食べてはしゃぎ、興奮冷めやらぬ様子でした。夜はさすがに疲れて早く寝てくれるかと思いきや、いつもと同じ時間に寝て、翌朝いつもより早く起き、元気だなぁと思っていたら、その日の午後にいきなり「だるい・・・おなかいたい・・・」と不調を訴え初め、、夕方おんぶしてやっていたら、私の背中めがけて思い切り嘔吐しました。気力体力ともに限界を超えるといきなり嘔吐するというのは、1歳半ごろぐらいからなので、この現象ではもうそれほど焦らなくなりました。嘔吐したあとはよく眠り、次の朝にはほぼ回復していました。人生初の運動会、限界を超えるくらい全力で、本当によくがんばりました。まぶしくて、すてきな運動会でした。

  
by papiko-gokko | 2015-10-13 23:36 | 幼稚園生活(長女)
人生のトップを常に突っ走る私を先導するのは私
 このブログを今どのくらいの方が定期的に見てくださっているのか分かりませんが、一昨日ひさしぶりにカテゴリーなどをいじったとき操作を間違えたようで、昨日ほぼ丸一日、とんでもなく昔の記事がいくつか、トップに表示されていました。もし、狐につままれたような気持ちになった方がおられたら、大変失礼しました。このブログを書き始めて約11年になりますが、こんなことは初めてで、本当に驚きました。昨日の夜に開いたら、今日は営業部の飲み会・・・という書き出しの記事が目に飛び込んできて、営業部!?飲み会!?誰が!?と、気が動転して、慌てて元に戻しました。
 ずっと昔の記事が、あたかも今日の出来事を書いた記事のようアップされてるというなんとも奇妙な状態に、ぞわっとしました。遠い昔に起こった出来事が、今日の日付でアップされていても、私を知らない人にとってはなんら違和感なく、そのまま今日の出来事として読まれてしまうのだと思うと、なんだか、こうしてネット上で日々を書き留めることのあやうさみたいなものを感じます。あるいはもしかしたら、日記の日付がはちゃめちゃに逆流しているパラレルワールドがどこかにあって、営業部の飲み会に参加している私がいるんじゃないか・・・なんて、そんな怖い想像までしてしまいました。ああ、けれども考えてみれば、私の人生はたった一つ、常にここにしか存在しないことのほうが、実はものすごく不思議なことにも思えてきます。ともあれ、元に戻すことができてよかったです。これから書くのは、正真正銘、今日の出来事。

 いよいよ長女の運動会目前となりました。今日は運動会準備ということで、準備の手伝いに行きました。私は次女がいるので大きな作業はできずひたすら草むしりをしていましたが、先生とお母さんたちが力を合わせてがんばり、園庭には入場門が置かれ、万国旗も飾られ、テントも立ち、砂も馴らされて、すっかり運動会の空気が出来上がっていました。先日の踊りの練習と同様、準備とかめんどくさい・・・と行くまで思っていましたが、可愛らしい入場門や青空にはためく色とりどりの万国旗を見上げていると、むくむく気分が盛り上がってきて、思い出に残る楽しい運動会になるといいな!と、胸が熱くなりました。
 家に帰ってからも長女は、「運動会の力をためるために!」と、運動会で踊るダンスやら歌ううたを、歌い続けています。「ついに明日が本番だね」と言うと、「本番ってなに?」と首をかしげていて、ああそうか、この子にとってこれは、人生初の本番なのだなぁと気づきました。「本番っていうのは、毎日一生懸命に練習した成果を、みんなに見てもらう日のことだよ」と教えると、「えー!あしたがほんものの運動会かー!」と、嬉しそうにしていました。人生初の本番、長女はちゃんとできるかな。緊張して動けなくなるようなタイプではなさそうだけれど、入園式のときみたいに冷汗かくような自由人っぷりをまた発揮したら、どうしよう。早生まれだから、かけっこなどはどうしても不利かもしれないけれど、楽しく走れるだろうか。緊張します。
by papiko-gokko | 2015-10-09 17:32
長女の成長
 今日は運動会で踊るという親子フォークダンスの練習があり、親子全員で園庭に広がって踊りました。行くまでは、練習なんか面倒だなぁ・・・と思っていましたが、いざ踊りを習ってみんなで踊ってみると楽しくて、自分のお母さんと手をつないで踊る子供たちの嬉しそうな顔とはしゃぎ声に、ちょっと胸と目頭が熱くなっている自分がいて、驚きました。恥ずかしそうな子、得意げな子、お調子者の子、みんなそれぞれに嬉しそうに、一生懸命手足を動かして踊っていました。これが中学生ぐらいになったら、わざとダラダラ踊ったりするようになるだなんて。長女もちょっとはにかみながら、家で私に何度か見せてくれていたダンスを上手に踊って、私をリードしてくれました。みんなで手をつないで輪を作ったあと、中心に集まって小さな輪になるとき、ぐーっとみんなの距離が縮まるのが面白いらしく、子供たちがみんな笑い出し、長女もケラケラ笑っていて、子供たちの笑い声のなかに、わが子の笑い声が混ざっているって、すてきなことだなぁと思いました。

 日々運動会の練習で疲れているはずなのに、帰りの会のあと30分ほどある園庭開放でも、長女は毎日、解放終了時間ギリギリまで、元気いっぱい走り回って遊んでいます。クラスのお友だちと、ごっこ遊びのようなことをしたり、一緒に遊具で遊んだり、競い合って逆上がりの練習をしたりと、とにかく楽しそうです。2学期になってからの長女は、もうすっかり園の活発な雰囲気に溶け込んで、1学期のころより、ぐんとたくましく、園児らしくなりました。それが頼もしくもあり、少し、寂しくもあります。1学期のころの、まだなんとなく幼稚園と馴染み切れていなかった危なっかしい長女も好きでした。
 これまでひたすら自分の世界で生きていた長女が、お友だちと同じ制服を着て同じことをして遊ぶ楽しさを知ったことで、なんでもお友だちのまねっこしたがるようになりました。幼稚園でいるものを買いに行くといつも、仲良しの子と同じティッシュ、同じお弁当の中身、同じ傘などを欲しがります。「同じだとどっちのか分からなくなるし、つまらんよ」と言うと、「でも、なんでもいっしょがいいの!」と怒ります。今日は「今度お弁当にサンドイッチいれてね。お友だちはみんなサンドイッチなんだよ。長女だけ違うんだからね」と、いかにも園児らしい論法で、サンドイッチを所望してきました。そんなに全員サンドイッチなはずはないと思い、「今日は、だれとだれがサンドイッチだった?」といじわるな質問で返したら、「えっとね、○○ちゃんと、○○くんと、○○ちゃんと・・・」と、思いつく限りの名前を挙げていました。園庭開放時間に遊んでいるのを見ていても、かなりお友だちの言動のまねっこをしているようです。お友だちのすることなすことすべてが新鮮で、キラキラ輝いて見えるのでしょう。あんまり真似ばかりしてお友だちを怒らせやしないか心配ですが、怒られたら怒られたことで学ぶのだろうし、まねっこブームを経て、自分らしさや自分の好みを、しっかり見つけてくれたらいいなと思います。

 幼稚園での天真爛漫な姿とは打って変わって、家での長女は、ちょっと生意気です。昨日、なかなかご飯を食べたがらない次女のそばで、ぬいぐるみを動かしながら「次女ちゃんが、上手にたべるところを、みたいなぁー」なんてやっていたとき、向かいの席でそれを見ていた長女が、おかしそうに笑いながら「そんなの、おかあさんがただしゃべってるだけじゃん」と言いました。わざわざそんなことを言うあたりがいかにも幼児らしくて笑えるのですが、それにしても、生意気になったものです。きっと長女もぬいぐるみで話かけてほしくてわざとそんなことを言ったのだと思うので、長女に向かってぬいぐるみの声で、「ちがうよ。ぼくはおもちゃだから、いまは、おかあさんの力をかりておしゃべりしてるけど、長女ちゃんたちが寝ている夜中には、自分でしゃべったり動いたりできるんだよ。しらないのー?」と言ったら、長女は、ああなるほどそういうことか・・・というような顔をして、目をキラキラさせながら、あれこれぬいぐるみに向かって話しかけてきました。こんな言葉で目を輝かせるなんて、長女もやっぱり、まだまだ幼いのです。
 最近は、ついに背丈が100センチになったことが嬉しくて嬉しくて、ことあるごとに「100センチになったから、ここも届くようになったんだ」と、いろいろな場所に手を伸ばしてみせてくれます。早生まれでしかもどちらかといえば小柄な長女は、幼稚園で自分より大きな子たちをたくさん見ているから、自分も早く大きくなりたくて、いろんなことが早くできるようになりたくて、「小学生になったらできるようになる?」ばかり言っています。小さな女の子である長女が可愛くて、そんなに急いで大きくならなくてもいいのになぁ、焦ってできるようにならなくてもいいのになぁ・・・と、つい思ってしまうけれど、大きくなりたい!できるようになりたい!という長女の思いを、大事にしてやらなくちゃと思います。
 身長が100センチになっても抱っこが大好きで、しょっちゅう次女と競い合って抱っこ抱っこと言っています。100センチになっても、抱っこしたときの感触は変わらなくて、ああこれは私の子だなぁと、安心します。幼稚園で日々すらっとした年長さんを見ているから、長女もあっという間に大きくなっていくのだということを実感して、長女がまだ小さいことに、安心してしまったりします。小さいとはいえ、次女よりはもうずっと重たくて長くは抱っこできなくなったから、そのぶんしょっちゅう抱きしめよう。
by papiko-gokko | 2015-10-07 23:04 | 幼稚園生活(長女)
次女1歳9ヶ月
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 10月4日で、次女が1歳9ヶ月を迎えました。自我の芽生えがめざましく、日々ワガママの範囲を広げて、家族みんなを振り回している今日この頃です。いつも抱っこか寝ているかで、いることを忘れそうなほど大人しかった0歳の低月齢時代が、遠い遠い昔のことに思えます。お茶飲む?と聞けば「ぎゅうにゅう、いい!(牛乳がいい)」と言い、「パンどうぞ」と差し出せば「ぎり、いい!(おにぎりがいい)」と言い、「ズボンはこうか」と言えば「こっち、いい!(こっちがいい)」と、シャツを先に着たがり、とにかく何から何まで、私の言う通りには動きたくないようです。あなたの言いなりになってたまるかという気迫が、口調の激しさから伝わってきます。
 自分で選んで決定したいという欲求が急速に出てきていて、洋服も自分で選びたがります。しかし彼女の洋服選びの基準は可愛いか否かだけで、季節も天候もその日の予定もまったく関係なく、真っ昼間に平気でお気に入りのパジャマを引っ張り出して着始めたりするので、困ったものです。そんなときは、「ほら、こっち、うさぎさんがいる」とか「こっちのほうが、リボンがついてて可愛いよ」とかなんとか言って、必死でまともな服に着替えさせなければなりません。長女を幼稚園に送っていく時間が迫っているときなど、かなりイライラしてしまって、何でもぽやぽや無抵抗に着せられていたころの次女が懐かしくなります。
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 それから、一度なにか要求が始まると、どんなにこちらが別の提案をしても、頑として聞き入れないようにもなってきました。先日は、長女を送り届けて帰る途中で雨が降り出し慌てて家に帰ったのですが、次女がどうしても雨ガッパを着て長靴を履いて出かけたいと言い出して聞かなくなり、玄関で大泣きされると近所迷惑になるので、しかたがなくカッパと長靴で外に出て、すぐ近所のお店で38円の豆腐を買って帰りました。次女の手足は短くてカッパと長靴姿ではまだうまく歩けず、玄関で転んで鼻の頭をすりむきましたが、それでも彼女は満足げでした。
 絵本をやぶってしまったり、ガスコンロのスイッチに手を伸ばしたり、壁に落書きしようとしたり、便器に手をつっこもうとしたり、そういった長女がやらなかったようなレベルのイタズラをわりとするので、あまりにもひどいには、長女を叱るのと同じぐらいの厳しい怖い声で叱ります。長女が次女と同じぐらいのころにはまだ長女をそんな声で叱ったことなどなく、2歳のころ初めて怖い声で叱って、私も長女も恐怖と悲しみのあまりしばらく落ち込んだ思い出がありますが、次女はもう長女を叱る私の声で聞き慣れているので、ちょっとやそっと怖い声を出したぐらいでは怯えず、最高潮の怖い声で怒ると、怖がってというよりも、よくも私を叱ったなという顔で、怒って大音量で泣き出します。そして、なかなか泣き止みません。あれだけ泣いて声が枯れないのが本当に不思議です。お隣さんと壁が隣接していない作りの家でよかったです。

 そんな、自己主張炸裂中の次女ですが、内弁慶っぷりは相変わらずで、他者のいる場所へいくと、とたんに大人しい女の子になり、幼稚園でも「おとなしいなぁ」と、いろんなお母さんに言われるほどです。園児に話しかけられるのはわりと平気のようですが、園児のお母さんに話しかけられるのはダメらしく、ぐっと顔がこわばります。帰りの会が終わったあと、少しだけ園庭で遊べる園庭開放の時間があって、未就園のきょうだいも園児に混じって遊んでいるのですが、次女は私にぴったりくっついて離れず、長女たちの遊んでいるところへも混ざろうとせず「らんこ、る(ブランコする)」と、長いあいだ無言でブランコに揺られています。無言ではあるけれども、園児たちの様子を見ているのは楽しいようで、わりと嬉しそうな顔をして揺られています。
 今日は誰もいない公園へ連れて行ったら、歓声を上げながら長女のあとを追いかけて、すべり台やらブランコやら活発にこなしていました。幼稚園では長女とまったく絡もうとしないのに、誰もいない公園では、こんなにも長女と楽しく遊ぶんだなぁと、少し驚きました。幼稚園服を着て自分以外のお友だちと遊んでいる長女には、何か近寄りがたいのでしょうか。その気持ち、なんとなく分かるような気もします。
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 好きな遊びは、おままごとやお人形遊びで、最近は「ねんねんねー」と、ぽぽちゃん人形を寝かしつけたりして遊んでいます。ブロックや積み木もたまにやりますが、まだあまり長続きしません。それどころか、長女が一生懸命につくっている積み木の作品を倒して長女を泣かしたりします。一緒に遊びたいというアプローチなのか、倒すのがおもしろいのか分かりませんが、人の作ったものを壊すのは良くないことだというのを、そろそろ分かるべきだと思うので、最近はその都度叱るようにしています。が、叱るとますます、腹を立ててエスカレートすることも多いので、次女の場合、叱り方をもう少し考えたほうがいいのかもしれません。 
 最近は、テレビの音楽に合わせて歌をうたったり、長女が幼稚園で覚えてきた踊りを真似して、一緒に踊ったりもするようになりました。「おかあさんといっしょ」で流れていた9月の歌がとても好きで、毎日歌っていました。長女のときに比べると、ふたりで歌の絵本を見ながら一緒に歌をうたうような時間をあまり作れていないので、次女が歌を歌えるようになったこれからは、もっともっと一緒に歌う時間を作りたいです。
 布を畳んだりするのも好きで、私が洗濯物をしていると、お手伝いをしてくれます。畳んだ洗濯物をタンスのある場所まで運んでいると、残りの洗濯物を体中つかって必死で抱えて付いてくるのが、可愛くて大好きです。

 おしゃべりは自己主張とともに増えてきて、だけどまだまだ、彼女の内なる主張をこちらにしっかり伝えるには足りていないようで、うまく伝えられないもどかしさに怒っているような場面も,最近よくあります。家族の言った言葉をしきりに真似したり、私が冷蔵庫の野菜室を開けていると「にんじんは?とん(トマト)は?ないの?」などと質問をしてきたり、「ちーず、ちょうだいよ」と要求してきたりして、会話っぽいものもできるようになってきました。
 次女の「ちょうだい」の発音は「all right」にそっくりで、「おちゃ、ちょーだい」と言うと、「that's all right」と言っているように聞こえます。もしやビートルズの影響でしょうか。それから可愛いキャラクターが好きで、名前を一生懸命言おうとするのですが、キティーちゃんも、ミッフィーちゃんも、ミニーちゃんも、ムーミンも、次女が言うとぜんぶ「てぃってぃー」になります。くまのキャラクターは、リラックマでもルルロロでもなんでも、「んま」で統一されています。まだまだ拙い発音が、可愛くておかしくて、すべて録音しておきたくなります。

 食事はまあまあ、以前に比べたら、食べるようになりました。始めるつもりのまったくなかったトイレトレーニングも次女の主張で始まってしまいましたが、はちゃめちゃで、まだまだ当分は難しそうです。歯磨きは毎日、できる限り食後にやって、できなかったときには拭くようにしています。身長も体重も、成長曲線ギリギリだけれど、少しずつ少しずつ、次女なりの速度で増えています。

 そんな、1歳9ヶ月。もうすぐ2歳という感じが、いよいよしてきました。1歳時代、なんてあっという間なんだろう。末っ子らしく甘えん坊で、いまだに後追いもすごくて、つねに私が見える場所にいないとダメで、まだまだ赤ちゃんっぽいところもあるけれど、自分でやりたがる、なんでもイヤと言う、言い出したら聞かないなど、2歳に向けてどうやら典型的なイヤイヤ期が始まったようなので、気合いを入れて、次女との良い向き合い方を探りながら過ごそうと思います。
by papiko-gokko | 2015-10-04 01:02 | 月齢ごとの成長記録(次女)


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