日記と短歌
by papiko
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思い出の色を決定するように八月末日アサガオが咲く
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 8月30日、曇り時々晴れの朝、ついに朝顔が一輪、咲きました。カーテンをあけていつものようにベランダの鉢を確認したら、これまでなかった鮮やかな紫色が、ぱっと目に飛び込んできたのです。夏休みが始まった日から毎日毎日待ちわびて夢にまでみたその光景に思わずのけぞり、そして次の瞬間「咲いとるー!」と、叫ばずにはいられませんでした。その叫びを聞いた長女も慌てて窓に駆け寄ってきて、椅子にのってベランダを眺め、「ほんとうだー!」と、叫んでいました。夏休み中の開花はもうほとんど諦めていたので、夏休み中にぎりぎりセーフで咲いてくれたことが、魔法みたいで嬉しくて嬉しくて、朝食を終えるとすぐ、カメラをもってベランダに出て、記念撮影をしました。ようやく咲いてくれた一輪の朝顔は、朝方に降った雨のしずくを花びらに湛え、誇らしげにつやつや輝いていました。夏休み中、いつも長女と一緒に水をあげていた次女も、嬉しそうにしゃがみ込んで朝顔に見入っていました。長女ののんびり朝顔、夏休み中に咲いてくれてありがとう。

 ついに明日で、長女の夏休みが終わります。夏休み最後の日曜である今日は、大坂に住んでいる上の妹一家が岡山にきて、それに合わせて両親と下の妹も集結し、両親の帰国を祝う会食をしました。夫は週の半ばから体調を崩しているめ残念ながら不参加でしたが、夏休み最後の思い出にふさわしい、にぎやかでめでたい一日になりました。みんなが集まってわいわいすることの大好きな長女ははりきって、とても食べ切れそうもない豪華なお子様ランチを前に、おしゃまなおしゃべりが止まらず、「長女ね、今日はかなりいい気分」「長女はね、いま4さい15ヶ月なの」「この、だし入りのプリン(茶碗蒸しのこと)おいしいね」など、おかしなことを言ってはみんなを笑わせ、上機嫌でした。我が道をいく次女は、ふりかけご飯と、長女から分けてもらったお子様ランチのフライドボテトである程度お腹がふくれたあとは、ごろごろ転がって遊んでいました。
 来月1歳になる姪っ子(上の妹の子)は、人見知りが一番はげしい時期で、最初のころ泣いてばかりいましたが、だんだん慣れて、最後はつかまり立ちなどして笑っていました。不思議なことに、長女と次女には最初からまったく人見知りせず、近づくだけでにこにこ笑顔だったので、長女は気をよくして、何度も近づき、愛しそうに撫でていました。次女のほうは、興味はあるもののどう接していいものか分からなかったらしく、それほど自分から近づこうとはしませんでした。お互いにもうちょっと大きくなったら、3人で遊びまわるようになることでしょう。まだしゃべらない、歩かない姪っ子の幼さが、懐かしくて可愛くてたまりませんでした。

 先ほど寝かしつけをしていると、窓の外から、秋の虫の鳴き声が聞こえてきました。思い出だらけの夏が終わります。明日は、幼稚園に持って行くものの準備と、再び始まる送り迎えやめくるめく行事に対する、心の準備もしなければ。入園式の前みたいに、またどきどきしています。長女にとって憂いのない、楽しい2学期になりますように。
by papiko-gokko | 2015-08-30 23:07 | Diary
傾いてすべりこぼれる八月を暑い暑いと手繰って歩く
 長かった夏休みも、ついに残すところ一週間となりました。お盆を境に、蝉の鳴き声がかわり、空が高くなり、急に景色ぜんぶが傾いたように、夏がそこらじゅうからすべりこぼれて、ああ夏って終わるんだなぁということに、いきなり気づいて慌てて振り返る、そんな、残像めぐりの8月末です。
 長女が夏休み前に持って帰った夏休みの冊子に、夏休みの思い出の写真やチケットなどを貼りましょうというページがあり、夏休み明けに提出することになっているので、今日は夏休み中に撮った写真を何枚かセレクトして印刷し、少し切ったりして、長女と一緒にぺたぺた貼りつけ、思い出のページを完成させました。お菓子作りやお料理の写真、初めてお裁縫したときの写真、島根の実家で遊んでいる写真、海の写真、朝顔に水をやっている写真、お風呂で水遊びをしている写真など、夏休みの思い出がぎゅっと詰まったそのページを眺めていると、人生初の夏休み、なんだかいろいろなことがあったなぁ・・・と、感慨深くなります。だらだらとしてしまった日もあったけれど、それなりに夏休みを楽しみながら過ごせたひと月半だったのではないかと思います。ちなみに、朝顔はなんと、まだ咲きません。ただ、昨日つぼみを発見しました。もう望みは薄いかもしれないけれど、一輪でいいから夏休み中に咲いてくれたら、この夏に悔いはありません。
 お盆過ぎてからの一週間は、長女が一番仲良しになった幼稚園のお友だちと親子でふれあいイベントに参加したり、うちに遊びにきてもらったりなどして過ごし、少しずつ幼稚園の感覚を思い出させるようにしています。お友だちのお母さんはとても親切で明るくて話しやすい人なので、この人にはできるだけ嫌われたくない・・・あわよくばそれなりに好かれたい・・・願わくば大事な存在と思われたい・・・と、びくびく考えながら、ほがらかな会話のキャッチボールに励んでいます。子育てについて身近に話せる人がいるというのは、やはり良いものです。私の好きな短歌に『観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日我には一生 (栗木 京子)』という有名な歌がありますが、自分と親しくしてくれる人と向き合うとき、いつもこの歌が思い浮かびます。私の悪いくせで、一人の人が自分と仲良くしてくれると、たちまちその人が世界のすべてになりがちなので、過度な期待をしないよう、重い人にならぬよう、くれぐれも気をつけて、子供たちの邪魔にならない、ほがらかな関係を持続したいです。
by papiko-gokko | 2015-08-24 23:36 | Diary
ふるさとの海の青さが出て行った私の意地をまあるく浚う
 夫のお盆休み、12日から3泊4日で島根の実家に帰省しました。1歳半から3歳までの1年半を実家で過ごした長女は、その当時の記憶こそ残っていないものの、たくさんの写真や映像から、すてきな思い出がいっぱいの場所というイメージをもっていて、夏休みが始まったときから今回の帰省を楽しみにしていました。
 今回の帰省には、一つ特別なことがありました。数年前から海外赴任していた父の赴任期間が終わり、先日ついに両親そろって本帰国したのです。そんなわけなので、帰省した初日の夜ご飯のとき両親に、おかえりとおつかれさまの気持ちを込めて、花束を贈りました。長女が「おかえり」と言いながら、彼女の両手でやっと抱えられる大きさの花束を渡すと、父も母も目を丸くして驚き、それから涙ぐんで喜んでくれました。海外で働くこと、暮らすことの大変さなんて、海外旅行すらしたことのない私には想像もつきませんが、文化の違う土地で、食生活を工夫したり、一生懸命に言語を学んだり習い事をしたりして、さまざまな面で努力をしていたのは知っていたので、両親の涙を見たら、おつかれさまという気持ちでいっぱいになり、私も少し涙が出ました。無事に帰ってきてくれて、本当に嬉しいです。これからはもう父も母も海外ではなくずっと日本にいるのだなと思うと、長いあいだ忘れていた安心感に包まれます。
 私たちの帰省した翌日には下の妹も帰ってきて、ますます賑やかになりました。14日には午前中プールに行って泳ぎ(実際に泳いだのは夫と長女と下の妹だけで、私と次女と両親は見学)、午後は買い物嫌いの父以外のみんなでショッピングセンターへ行きました。歩いていたら、中学時代の友人に声をかけられて、「わああひさしぶり!」と思わず彼女の手を握り、そんな自分に驚きました。なんだか無性に嬉しかったのです。きっといま、長女の幼稚園という新しい世界が私にできたので、懐かしい友人の顔をみて、本能的にほっとしたのだと思います。島根に住んでいた1年半のあいだはそれほど会いたいと思わなかったのに、今はなんだか、中高時代の友人が恋しいです。方言丸出しでしゃべりたい気分です。
 その日の夜には、遠くでやっているお祭りの花火を眺めながら、手持ち花火をしたりもしました。実家の夜は、暗闇が本気の漆黒すぎて、星が降るほど見えすぎて、山と川が生み出す静けさはあまりにも圧倒的すぎて、いまにも妖怪に出くわしそうな気配のなか、いきなり草陰でウシガエルがブベエーブベエーと鳴いたりするので、長女はすっかり怯え、花火の最中もこわいこわいと涙目で、次女も長女につられて「こあい、こあい」と泣きかけていました。建物がないから風が強くて、ロウソクに火をともすことができず、ライターで花火に直接火をつけて、その花火の火をべつの花火につけるという方式でやったため、火を絶やさないために大忙しの花火になりました。
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 15日の午前中には、海を見にいきました。当初の予定では、ドライブがてら車から眺めるだけのつもりでしたが、海水浴場は思っていたほど混雑しておらず、車を止めることができたので、少しだけ砂浜で遊びました。日本海は青々と澄み切っていて、みんな気持ちよさそうでした。長女は下の妹と一緒にばしゃばしゃ走り回ったり、砂の山を作ったりして、海を満喫していました。次女は少し怖がりながらも興味津々で、夫にしがみつきながら、波の感覚を足で味わっていました。
 家でもプールでも海でも、とにかく両親や下の妹が子供たちの相手をしてくれて、とくに長女はべったり甘えて、夜もじいじばあばの布団で寝たので、私はかなり楽をさせてもらいました。やさしい大人たちに囲まれて、長女はいつもより少しわがままになっていたけれど、私と夫以外に長女のわがままを許してくれる大人がいることで、私と夫は安心して長女を叱ることができ、こういうのっていいなぁと思いました。長女もきっと、やさしい大人たちにたっぷり許されながら、羽を伸ばすことができたことでしょう。ふだんなら、ダメに決まってるでしょと買ってもらえないジュースを買ってもらったり、100円を入れて動く乗り物に乗せてもらったり、浮き輪やねんどを買ってもらったり、長女にとっては夢のようなことがたくさん叶った日々でした。
 4日間、長女はずっと興奮状態で、とにかく楽しめるだけ楽しみまくるぞという気迫に満ちていました。次女も、最初だけ人見知りして泣いていたけれど、実家のおもちゃが気に入って、毎日夢中で遊んでいました。下の妹が連れてきた犬にも興味津々で、何度も見にいっていました。ふたりとも全力で楽しんで、帰りの車では1時間ぐらい爆睡していました。それでも長女には足りなかったようで、家に帰ってから、「もっと遊びたかった。赤ちゃんのころはどうしてずっとあの家にいられたのに、いまは帰らなくちゃいけないの?」と泣きべそかいていました。次女も激動の4日間を終えて処理しきれない感情があったらしく、ひさしぶりに激しい夜泣きをしました。今日もまだ、一家全員疲れが残っていて、長女は一度だけ吐き、次女はずっと不機嫌で、夫と私も体のこわばりが取れ切れていません。それくらい、全力で楽しんだ4日間でした。どこへ行ってもお盆でもさほど混雑していないし、そこらじゅうに広がっている自然の風景が言葉を失うほど美しいし、島根って観光にもってこいの場所だなと、今回つくづく思いました。私の生まれ育った場所で、子供たちがこれから楽しい思い出をたくさん作って、島根を愛してくれたらいいなぁと、自分はきちんと愛しきていないくせに、願っています。
by papiko-gokko | 2015-08-16 23:23 | Diary
けっこんかい
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 8月8日は結婚記念日でした。会社帰りに夫と駅で待ち合わせして区役所に入籍届を出した日から、今年で7年になります。7年経ったということよりも、あのころ東京で愉快に暮らし働いていた私たちが、いま岡山で2人の子を育てているという、その変化にくらくらします。そんな変化に富んだ7年をともに過ごしていながら、私が7年前もいまも変わらず私のままでいられるのだから、夫が私にとってベストパートナーなのは間違いありません。とはいえ、7年も経てば私も夫も、あのころに比べるといろいろなことを経験して、すこし大人になりました。その変化がお互いにとって良いものか悪いものかは分からないけれど、子供を育てるために必要な変化だったことは確かです。
 一昨日、寝る前の布団で長女に「明日は結婚記念日なんだよー、パパとおかあさんが結婚した日なんだよ」と教えると、長女は思いのほか目を輝かせて布団から跳ね起き、「じゃあ、おいわいの、けっこんかいを、しようね!長女と次女ちゃんが、おどってあげるね! それで、パパとおかあさんのすてきな絵も描いてあげるね! それで、お花を摘んできてあげるね! それで、きれいなハートとかほしのいっぱいついたスカートをぬってあげるね!」と、ベッドの上をぴょんぴょこ歩き回りながら言いました。
 そして翌日、長女は一番に目を覚まし、鼻歌交じりにまたベッドの上をぴょんぴょこ歩き回ってみんなを起こし、ぱっちり目を覚ました次女と一緒に、ベッドの上で本当に、お祝いの踊りを踊ってくれました。私と夫はまだ寝ていたくて、半分ぐらいしか目があかなくて、寝転んだ姿勢のままだったけれど、一曲終わるごとに拍手をしました。長女はすっかりアイドルになりきって謎の創作ソングを歌い、次女はそのそばで、わけもわからずはしゃいで、はしゃぎすぎて最後すこしおっぱいを吐きました。そんな眠たい早朝の、はちゃめちゃで幸せなひとときでした。
 それから、絵も描いてくれました。「おうさまのパパとおうじょさまのおかあさん」なのだそうで、絵の具もつかってたっぷり時間をかけて描いてくれました。本当は同じ絵のなかに、「ぷりんしぇすの長女と次女ちゃん」も描きたかったらしいのですが、入りきらなかったため、2枚目の紙に、いま途中まで描いているところです。ぷりんしぇすの完成、楽しみです。
 子供ができてからは、結婚記念日といっても記念日らしいことはできなくなり、まあしかたないよなぁと思っていましたが、今年はこうして4歳になった長女がお祝いをしてくれて、とても感動しました。自分たちの結婚記念日を、子供たちから祝ってもらえるなんて、しかもこんな小さいころに祝ってもらえるなんて、思ってもいなかったのです。子供たちに結婚を祝ってもらえることが、こんなに嬉しいことなんだということも、今日初めて知りました。そのうち、思春期がきたり勉強や部活で忙しくなったりして、親の結婚記念日どころじゃなくなるころには、また夫と二人でゆったり記念日を祝えるようになっていることでしょう。それまでは、子供たちと一緒ににぎやかにこの日を過ごせたら、それが一番だなと思います。
by papiko-gokko | 2015-08-10 00:10 | Diary
子をふたり乗せて漕ぎ出す自転車の笑いたくなるペダルの重み
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 暑いからといって家にばかりいては気が滅入ってくるので、今日は自転車で本屋に行き、長女にドリルを、次女に『いないいないばあっ』の幼児雑誌を買いました。午前中にもかかわらずかなり暑くてくらくらになったけれど、ほどよい気晴らしにもなりました。帰宅後はすぐお風呂に水をため水遊びをさせ、そのあいだに私も体を休めました。
 午後は買ってきたドリルをしたり、テレビにビデオカメラを接続して、電気屋でよくあるようにテレビ画面にビデオの録画画面を映し、テレビ画面に子供たちの姿を映して喜ばせたりして遊びました。テレビ画面に自分の姿がリアルタイムで映るのが、子供たちにはおもしろくてたまらないようで、とくに長女は大興奮し、歌のお姉さんになりきって、おもちゃのマイクを持って歌ったり踊ったりしていました。
 夏休みの一日一日が、こんな感じで、なんとかかんとか愉快に過ぎていきます。明日は絵の具でもして、また楽しく過ごせたらいいなと思います。夏は私のもっとも苦手な季節だけれど、長女の初めての夏休みが、つまらない退屈な日々にならないよう、元気をだして暮らします。今日は寝る前に長女から「お母さん、これからもずっとずっとずーっと、いつも長女のお世話をしてね!」と言われ、笑ってしまいました。いつまでそんなふうに求めてくれるのかな。
 姉妹で一緒に過ごす時間が増えたことで、昨日あたりから長女と次女のケンカ頻度が増えてきたので、そのへんの対策も練らなくては。長女は強引だし、次女は生意気だし、どっちもどっちのふたりです。
by papiko-gokko | 2015-08-06 23:24 | Diary
蔓ばかり伸びて咲かない朝顔と時間ばかりがある夏休み
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 蔓ばかりのびて、なかなか咲いてくれない朝顔。ネットで原因を検索しては、置き場所を変えてみたり、蔓を少し切ってみたりしているのだけれど、咲いてくれません。毎朝、祈るような気持ちで、カーテンをあけてベランダの朝顔を見ます。私にガーデニングの知識があれば、もっとすみやかに、たくさん咲かせることができたのだろうか。咲かない朝顔が、幼稚園での私の保護者としてのダメっぷりを象徴しているようにも思えてきて、長女に申し訳なくなります。2学期はもっとがんばろう。

 夏休み、暑すぎてどこへも出かけられず、家の中でいかに楽しく新鮮に退屈せず過ごすか、模索の日々です。午前中は水遊びを日課として、午後は折り紙でお菓子やお弁当を作ってみたり、食事の準備をあれこれ手伝わせてみたり、次女のお昼寝中にプリン作りをしてみたり、使っていないパソコンでローマ字入力の練習をさせてみたり、毎日ひとつは新しいことをという目標をかかげで過ごしていますが、早くもネタが尽きてきました。探せばいくらでもあると分かっているけれど、暑すぎて、パワーが湧きません。夕方になると、子供たちのいつまでも高いテンションに疲れてきて、つい、「あーもーうるさいなあ」などと、冷たい言葉を投げてしまい、子供らの浮かべる悲しげな表情に、あぁまたやってしまった・・・と、打ちのめされます。洗濯物を別の部屋に持って行きがてら、ふと玄関の鏡を見れば、髪がぼさぼさで覇気の無い不機嫌な顔の母親が映っていて、ああもうこんなの理想の母親像とぜんぜん違うと、慌てて目をそらします。ハツラツとまではいかなくとも、なるべく明るい表情のお母さんでいたいです。いたいのだけれどもとにかく暑い、あまりにも暑い。

 長い夏休みというたっぷりとした時間のなかで、長女はいま、時の流れとか、日々の移り変わりのようなものにとても興味をもっていて、時間に関する質問をよくしてくるようになりました。昨日の夜は、いきなり「長女はいつか、赤ちゃんに戻ってしまうの?」と質問してきて、輪廻転生みたいな概念のことを言っているのだろうかと驚き、どうしてそんなふうに思ったのか尋ねると、「だって、時間がいっぱいありすぎるから」という答えが返ってきました。夏休みということもあってよけい膨大に感じる時間の流れは、これから一体どこへ向かっていくのだろうかと考えたとき、そのような発想になったのでしょうか。「違うよ、時間は戻らないから、赤ちゃんにはもうならないよ。時間が経てば経つほど、長女ちゃんはこれからどんどん、大人になるために大きくなっていくんだよ」と答えると、長女は嬉しそうにしていました。
 それから、これも時間についての興味の一貫なのか、じいじとばあばが私の両親であることとか、そのじいじとばあばにもまたお父さんお母さんがいるということなどにも、とても興味を抱いているようです。これも昨日の夜なのですが、いつものようにひとしきり、じいじとばあばが私のお父さんとお母さんなんだという話をしたあと、長女は天井を見つめながら淡々と、「時間が経ってお母さんが生まれて、時間が経って大人になって、時間が経って結婚して、時間が経って長女ちゃんが生まれて、時間が経って大人になるんだね、時間が経って」と、詩みたいなことをつぶやきました。そのつぶやきを聞いて、時間が経つということと、それにともなって変化していくことについて、長女が感じている不思議さと、少しの怖さに、巻き込まれたような感覚になりました。
 時間というものに興味を持つようになってから、「一日は、続いていくの?」とか、「続くっていうのは、どういうことなの?」という質問をよく長女がするようになったので、最近は毎日、夜、絵本タイムを終えて寝室の電気を消したあと、その一日の出来事を、日記を書くような気持ちで話して聞かせるようになりました。もともとは、昔話や創作話をしていたのですが、長女と次女が実際に過ごした一日の出来事を話したほうが、自分も楽しく話せるし、長女も喜ぶことが分かったのです。朝起きたところから順番に、思い出せるかぎり一日の出来事を話していると、忘れかけていたことも鮮明に思い出すことができ、何もなかったような気がしていた今日だけれど、こうしてみるといろいろなことがあったんだなぁ・・・と、楽しくなります。こうして毎日、その日一日を話すうちに、一日が続いていくんだということが長女にも分かってきたらしく、お話をせがむとき「昨日のつづきのお話をして」と言うようになりました。続いていくことの喜びを、寝る前こうしていつも一緒に噛みしめています。
by papiko-gokko | 2015-08-05 23:16 | Diary
次女1歳7ヶ月
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 次女が1歳7ヶ月を迎えました。「いやな(イヤだ)!」が口癖になり、日々、力いっぱい自己主張をしながら生きています。このひと月で単語がたくさん増え、最近では「ぱぱ、ばいばい」「おちゃ、おむ(のむ)」「まんま、る(いる・たべる)」「んにぇたん(おねえちゃん)、あっち」「んち、た(うんち、でた)」などなど、二言続けてしゃべるようにもなりました。まだうまく発音できない言葉は、最後の一文字だけ発音して伝えようともします。今日は、「お姉ちゃんに、ありがとうだよ」と教えたら、「う!」と、心を込めて言っていました。そんなうふうにだんだん会話が成立してきたので、長女も嬉しいみたいで、以前より果敢に話しかけ、コミュニケーションをとりながら遊ぶようになりました。
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 夏休みということで、長女のまねっこがますます盛んになり、その様子がおかしくて可愛くて、妹ってたまらない生き物だなぁと思いながら眺めています。たとえば、長女が自分の描いた絵をもって「お母さん、見て見て!」と私のところに来ると、すぐその後ろから同じように紙をもって走ってきて、「たーたん、いていて(お母さん、見て見て)!」と、殴り書きの絵を見せてくれるし、長女が楽器を持って歌い出せば、そのそばでマラカスやらタンバリンやら振りながら、「にょーにょー」とか「りゃりゃりゃー」とか、一緒になって歌っています。そうやって真似ばかりするくせにケンカもしょっちゅうで、一日に何度もケンカの仲裁をしなければなりません。早く自分たちで解決できるようになればいいなと思います。
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 気性が荒いわりに、好きな遊びは、ぽぽちゃんのお世話だったり、ハンカチをたたむことだったり、おままごとだったり、引き出しの出し入れだったり、カバンにあれこれ詰め込んで鼻歌交じりに歩くことだったりと、わりと女の子らしかったりします。長女の髪を結んでいると、ゴムをもってきて、「んま、んま(くま、くま)」と、くまさんみたいに頭の上でふたつお団子結びしてくれるようせがみます。結び方だけでなく、ゴムにもこだわりがあるようで、私が適当に選んだゴムだと許してくれません。長女とはまた違ったこだわり方をする子です。
 それほど髪型にこだわっておきながら、食事の途中おもむろに全裸になろうとするのは、いかがなものかと思います。暑いせいなのか、食べこぼしで汚れたり湿ったりしたのが嫌なのか(エプロンは0歳時代からしたがらないため、いつも汚れる)、いきなり脱ぎ始め、食事の半分ぐらいはおむつ一丁で食べています。いまは夏だからいいものの、寒くなってからもこの癖が直らないようでは困ります。食はやっぱり細いけれども、以前よりは食べるようになりました。相変わらず、トマトと海苔とチーズと豆と鶏肉とプリンをこよなく愛しています。
 それから最近、Eテレの『いないいないばぁっ』でよく笑うようになりました。ワンワンとうーたんが大好きで、ペンと紙を用意するとかならず「わんわん!うーたん!」とせがんできて、一日に10回ぐらい描かされます。『いないいないばぁっ』のあのワンワン以外はワンワンと認めないらしく、ほかの普通の犬を描くと怒ります。ワンワンの絵描き歌を歌いながら描くと、キャッハーと歓声をあげて喜びます。
 そんな、喜怒哀楽の激しい次女の、1歳7ヶ月の夏。とてつもなく暑い夏。
by papiko-gokko | 2015-08-04 23:44 | 月齢ごとの成長記録(次女)
ささやかな息切れ
 「子供より親が大事、と思いたい。子供よりも、その親のほうが弱いのだ。」
 太宰治の『桜桃』に出てくるこの言葉が、ときどきふうっと、匂いのように漂ってきて、しゃがみ込みたい気持ちになります。たとえば洗濯物を干し終えてカゴを持ち上げたときだったり、わーわー言いながら子供たちをお風呂に入れている最中だったり、子乗せ自転車のバランスをとりつつ信号待ちをしているときだったり、息切れのサインみたいに思い出します。
 大学生のころ読んだときは、なるほどなあぐらいにしか思わなかったこの言葉に、いまは飲み込まれそうなほど共感している自分がいます。子供のことは、何よりも大事で、可愛くて可愛くて、どんなことでもしてやりたいという思いは本当で、だから毎日、できるかぎりのことはしているつもりだけれど、どうしても、そこまでしてやらなきゃだめなのか・・・?と、逃げ出したくなるときがあるのです。とくに幼稚園が始まってからは、子供のための行事や交流が増えて怯みっぱなしだし、それに、幼稚園のお母さんたちはみんな、子供のためにとても前向きに活発にがんばっているように見えて、私はそこまでしてやれないや・・・と、落ち込むこともあります。子供ができて親になり、その子がどんなに可愛くても、強くなれない部分、克服できない部分はやっぱりあるのだと、そんなとき思い知ります。
 『桜桃』の最後、酒屋で桜桃がでて、子供に食べさせたらさぞかし喜ぶだろうなぁと考えながら、まずそうにそれを食べ続けるシーンが、大好きです。私も子供ができてから、自分ひとりで美味しいものを食べたときにはどうしても、ああこれ、子供に食べさせたら喜ぶだろうなぁと、思わずにはいられなくなりました。それはたとえ子供が大人になり家を出てからも変わらないようで、父はいまだに母とふたりで美味しいものを食べるたび「ふたりだけで食べるのは、もったいないな」と言い、そのたび母が「あの子たちはあの子たちで食べとるから大丈夫」と諭さねばならないそうです。もう、そんなふうに思わずにはいられない時点で、子供より親のほうが弱い気がします。だからたまには、子供より親が大事と、思いたい、思いたいけど、子供は容赦してくれない。そして大事でたまらない。
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 今日は夫が長女を連れて出かけてくれたので、次女とふたりでのんびり過ごしました。次女もおでかけが大好きなので、一緒に出かけたかったらしく、夫と長女が靴をはき始めると大泣きして、しばらく寂しそうにしていましたが、そのうちあきらめがついたのか、いつもならお姉ちゃんの目があってのびのびと遊べないようなおもちゃを思う存分つかって、生き生きと遊んでいました。お姉ちゃん大好きでいつもそばにくっついて遊んではいるけれど、やはり妹という立場上、この子なりにいろいろと思い通りにいかないことを我慢しているのでしょう。たまにはこうして、一人でのびのびと遊ばせてやるのも、お互いにとって大切なのだろうなと、今日の様子を見ていて思いました。
by papiko-gokko | 2015-08-01 00:17 | Diary


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