日記と短歌
by papiko
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「海のなみは海のなみだのことなの? 」と青いページを膝にひろげて
 夏休みが始まる前は、長女が毎日家にいるなんて一体どう過ごそう・・・と、頭を悩ませましたが、いざ始まって、長女がいる生活に慣れてくると、今度は、これまで幼稚園にいっていたのが遠い夢の出来事のように思えてきて、また9月から幼稚園にいけるんだろうか、まともに送り迎えできるんだろうか・・・と、不安になってきます。幼稚園で日々まとって帰ってきていた砂っぽさやがしゃがしゃした感じがとれて、幼稚園入園前のつるんとした長女に戻ってきている感じがして、この子が幼稚園に通っていたのは本当のことだっけなと、本気で分からなくなります。きっと長女自身も、すでにかなり忘れてきているのでないかと、心配です。忘れすぎないよう、たまにお友だちに会って遊ぶ機会をつくってやらねば。

 一学期のあいだ幼稚園に通っていたときは、おそらく一日を過ごすのでいっぱいいっぱいだったのでしょう。お絵かきもしなかったし、話すことは幼稚園のことがほとんどでした。それが最近、またお絵かきを盛んにするようになり、絵本や図鑑を熱心にめくって自分で読むようになり、話してくれる内容も、具体的な出来事ではなく、考えたことが多くなりました。先日は雲の絵を描きながら「お空の雲は、お日様に、帰っておいでって言われて、お日様のところに帰るんだよ。それでかたちを整えて、またお空に出るんだよ」と教えてくれたし、昨日は、「海のなみって、海のなみだのことなの?」と尋ねてきて、あまりにもはっとしたので、「ロマンチックな発想!」と、その場でのけぞりました。波にも涙にも「なみ」という言葉が入っているので、それで、このふたつは同じ意味の言葉なのかなと考えたという、ただそれだけのことなのですが、それぞれの言葉を音の響きではなく漢字で捉えていた大人の私には、衝撃的な解釈でした。これからは、波を見るたび思い出しそうです。

d0038776_2363315.jpg それから一昨日は、人生初の一句も詠みました。夫が紙にふざけた川柳だか俳句を書いて遊んでいて、それを長女が熱心に見ていたので、「長女ちゃんもやってみたら。『にほんごであそぼ』でやってる、ごもじもじと同じだよ」と、そそのかしてみたら、『おかあさん いっしょにあそぼう たのしくね』という一句を作りました。じつになんのひねりもない句ですが、長女の初めての一句に、おかあさんという言葉が入っていたことが嬉しくて、宝物の言葉になりました。

 一緒に遊ぼう楽しくね。これがなかなか難しい。お母さんはすぐ疲れてしまう。それをすばらしくやってのけてくれているのが、次女です。お姉ちゃん大好きで、ご飯も途中でお姉ちゃんの隣に移動して食べるほど、べったり一緒にいます。とにかく刺激的なのでしょう。不本意な仕打ちを受けて何度泣いても、それでも一緒に遊ぶ様子が、可愛くてたまりません。口癖のように「んにぇったん(おねえちゃん)、んにぇったん」と言っています。
 今日は水遊びがよほど楽しかったようで、水遊びから出たあと、私に「てんてん、ちた!」と、目をキラキラさせて、長女とした遊びを教えてくれました。長女の説明によると、「てんてん」と言いながら水をとばして遊んだそうで、たしかに「てんてん」という次女の声と、長女の大笑いがたびたび響いていました。
 本当に楽しそうに嬉しそうにしているので、夏休みが終わると、次女はものすごく退屈するのではないかと、これもまた心配しています。大人と違って、すぐ新しい状況に慣れるのだろうけれど、数日はぐずるかもしれないなぁ。しかしまだ夏休みは始まったばかりなのだから、終わったあとの心配は8月28日ぐらいから考えることにして、来週をいかにして楽しく過ごすかについて、考えることにします。朝顔、早く咲かないかな。
by papiko-gokko | 2015-07-30 23:30 | Diary
一日じゅう言葉吹雪が舞っている あのねえっとねきいておかあさん
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 長女のベッドを買いました。これまで、ダブルベッドとシングルベッドをくっつけて置き、シングルに私と次女、ダブルに夫と長女が寝ていたのですが、夏の暑さもあってか、長女の寝相があまりにも悪く、夫の睡眠に深刻な支障が出るようになったため、どうせ近いうちに必要になるのだからと、買うことにしたのでした。普通のシングルサイズだと寝室に収まらないため若干小ぶりのセミシングルタイプです。ネットで注文して数日前に届き、日曜日に組み立てました。高さもちょうど同じものを選んだので、これまでのベッドにくっつけて使っています。
 自分のベッドができたことを、長女はとても喜んでいます。しかし、同時にそれは、長女のなかにこれまでもうっすらとあったのであろう心細さを、くっきりと浮かび上がらせてしまったようなのです。夜、初めて自分一人のベッドで寝る前、夫に甘えて絡みつきながら、「パパ、長女が大人になったら、長女のおうちに、おじゃましにきてね。次女ちゃんと来てね。地図を書くからね。」と、急に言い出しました。急にどうしたのだろうと気になって、私が「長女ちゃんは大人になったら遠くに暮らすの?」と聞くと、「だって、お母さんも、大人になって、じいじとばあばとお別れしてるじゃん。○○ちゃんとも○○ちゃんとも(私の妹たち)、お別れして暮らしてるじゃん。だから、長女も、大人になったら、お別れしなくちゃいけないんでしょ」という答えが返ってきました。びっくりして、「べつにお別れしたわけじゃないよ。ただ離ればなれで暮らしてるだけだよ。スカイプしたり、会いにいったりしてるでしょ。」と、説明すると、「だけど、ばらばらに違うところに暮らしてるじゃん」と、まだ釈然としない様子でした。
 私も夫も実家から離れて暮らしていて、親もきょうだいも近くに住んでいないので、長女はそんな親を見て、大人になったら自分も親や妹から離れて暮らさなければいけないんだなぁと、なんとなく心細く思っていたのでしょう。そして自分一人のベッドを買ってもらって、寝る場所が独立したことによって、その、大人になって家族と離れなければならない日というイメージを、より具体的に思い描けてしまったのでしょう。「パパとお母さんは、たまたま離れて暮らしてるけど、一緒に暮らしている人もいっぱいいるし、べつのおうちでも、すぐ近くに住んでいる人もいっぱいいるよ」と言うと、「じゃあ、長女も、そういう人になる。近くのおうちで、窓をあけて、おかあさーんて呼ぶから、はーいって出てきてね」と、言いながら、そのイメージがおもしろかったらしく、自分で笑い転げていました。本当に、そんなふうならいいのになあ。だけど、私と夫の子だから、きっと、自由とか夢とか刺激とか、そういった曖昧な何かを求めて、親から離れていくのだろうな。覚悟しておこう。そして、いま、家族とずっとそばにいたいと思ってくれている長女の心を、宝物にして覚えておこう。
 そんな話をしたあと、初めて自分のベッドに入り、ひとしきりはしゃいだあとで、今度はまた急に「ねえおかあさん、結婚したら、名前が消えちゃうんでしょ」と、言い出しました。「消えるわけじゃないよ、名字というのが変わるだけだよ」と答えると、「だって、おかあさん、もう昔のお名前がないじゃん」と、なおも納得いかない様子でした。4歳の子に何をどこまでどう説明したらいいのか混乱しながら、「結婚したら、結婚した相手の人の名字になる決まりなんだけど、名字の変わらない結婚のしかたもあるんだよ」と話すと、長女は救われたような表情を浮かべて、「じゃあ、長女は、そのしかたでけっこんするわ!そのしかたでけっこんんできるように、ちょっと、おいのりしとくわ!」と、七夕のとき幼稚園で習ったみたいに、手をあわせてお星様にお願い事をしていました。まだ生まれて4年なのに、すでにそんなにも自分の名前にアイデンティティーを感じていたなんて、驚きです。これまで私は、自分の名字が変わっただけだと思っていたけれど、名前が消える、という長女の表現に、少し、はっとさせられました。
 今日は寝る前に「長女にはね、王子さまが二人いるの。それはヒットくんとパパなの」と、話してくれました。どうやらとんでもなくパパとパパの作ったものを愛しているようです。幼稚園という外の世界ができたことによって、家族というものを、少し客観的に捉えることができるようになり、家族を愛する気持ちや、いつかお別れしなくちゃいけないのかなぁという心細さや、家族と同じ名字でいたいという思いが、芽生えたのかもしれません。長女は「さよなら」とか「じゃあね」いう言葉が大嫌いで、遊びのなかや冗談でもその言葉を使うと涙ぐむのですが、ベッドの登場をきっかけにした昨日と今日の会話で、その理由が分かった気がしました。
 最近の長女は、自分が大人になったら・・・という空想話が好きで、今日もまた、大人になったら・・・と話し始めました。だけど今日は、まだベッドのことが尾を引いていたのか「長女は、だんだんいろんなことができるようになって、どんどんおかあさんといっぱい遊べるようになるよ。だけど、大人になったら、おかあさんと遊べなくなっちゃう?」と、最後急に寂しいことを言い出したので、「大人になったら、大人にしかできない、いろんなおもしろいことを一緒にできるようになるよ」と答えたら、「そっかあー、すごーい」と、にこにこしていました。そんな長女の笑顔を見ていると、泣きそうになりました。私といることをこんなに嬉しく思ってくれる子が、目の前にいる幸せ。その子がすくすく育っていく喜び。そしていつかは巣立っていく切なさ。時の流れは止められないけれど、これからは、長女がうんざりして離れたくなるぐらい、しつこく「おかあさんと、ずっと一緒にいようねー、大人になってもずっと遊ぼうねー」と、言い続けようと思います。
by papiko-gokko | 2015-07-27 22:40 | Diary
目覚めれば鎖のように蝉時雨だるい体に巻きついてくる
 夏休みに入って、一週間が過ぎました。まだ朝顔は咲きません。ゾウさんのじょうろを2つ買って、姉妹で毎朝水やりしています。早く咲いてほしくて、置く場所を少し変えてみたり、水の量を増やしてみたり、蔓を巻き付けてみたり、雑草を抜いたりしているのですが、つぼみらしきものがあるのかどうかも、よく分かりません。一輪でいいから、どうか夏休みのうちに咲きますように。子供たちのはしゃぐ顔が見たいです。
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 夏休みにはいってから、長女と次女の仲がぐんと深まりました。夏休みはまた幼稚園入園前の暮らしになるんだなーとぼんやり思っていたのですが、数ヶ月前とは比べものにならないくらい、長女も次女も成長していて、あのころとはまったく違います。昨日は近所の公園で、すべり台の梯子を登り始めた次女を守るようにして長女が後ろから付いていき、次女を抱きかかえてすべってくれました。今日はお風呂場で水遊びをして、最初は少し怖がっていた次女を長女があの手この手で楽しませ、そのうち次女も水に慣れてふたりで笑い転げてながら、ときにはふたりとも黙々と同じ作業に集中しながら、1時間ぐらい遊んでいました。
 そんなふうにいつもそばにいて自分を楽しませてくれる長女に、次女はますます懐いて甘えるようになり、長女はそれが嬉しくて、ますます次女の面倒を見てやろうと意気込み、夜にはパジャマや歯磨きの準備をしてくれました。長女が毎日家にいる日々は、とにかくやかましくてパワーが有り余っていて大変なこともたくさんありますが、仲睦まじい姉妹の様子をたくさん見られるのは、とても幸せです。

 家以外での夏休みらしい出来事としては、先日長女が幼稚園で仲良くなったお友だちと親子で水遊びのできる公園に行きました。長女を通じての知り合いとのお出かけは初めてのことで、数日前から憂鬱になるほど緊張していたのですが、お友だちのお母さんがとても話しやすい感じの方だったおかげで、思っていたよりもずっと朗らかに過ごすことができました。長女も幼稚園以外の場所でお友だちと遊べて、すごく嬉しそうでした。また一緒に遊ぶ約束もしているので、今はその日が待ち遠しくてしかたないようです。

 幼稚園に通い出してから、家でほとんど絵を描かなくなっていたのですが、夏休みに入ってから、またたくさん絵を描くようになったのも嬉しいです。幼稚園から持って帰ってきた「じゆうがちょう」を見たら、家で毎日あれだけ書いていたヒットくんの姿がどこにも見当たらず、普段の長女の絵のタッチとは微妙に違った女の子の絵や、雑な車やら汽車の絵が描かれていて、長女なりにヒットくんが世間では知られていない存在であることは分かっていて、幼稚園では外向き用の絵を描いて過ごしていたんだな・・・と、もったりした気分になりました。いまはその、外向きから開放されて、のびのびとまたヒットくんを描いています。昨日は絵本を、今日は紙芝居を描いて、読み聞かせてくれました。これから先、彼女の内側と外側の溝は、深まっていくのか、埋まっていくのか。どちらのほうが生きていくのに楽なのか、おもしろいのか、自分らしくいられるのか。自分を好きでいられるのか。どうであれ、ふたりの娘が、自分の生き方や考え方について、悩みながらも根底で絶対的に愛しながら生きていけるような人に、育ってくれたらいいな、そんなふうに育てることができたらいいなぁと思います。
by papiko-gokko | 2015-07-24 23:49 | Diary
気を揉んだあれこれどうにか乗り切って人生初の夏休みくる
 台風が過ぎ、長女にとって人生初の夏休みが始まりました。幼稚園から持って帰った朝顔に水をやりながら、花が咲くのを心待ちにしています。夏休み前からすでに咲いている子もいたけれど、長女の朝顔は芽を出すのがとてもゆっくりだったから、花が咲くのもやっぱりゆっくりなのでしょう。蔓はもうずいぶん伸びてきて、支柱のてっぺんまで届きました。終業式の日にもらってかえった、幼児向けの夏休み冊子が長女の夏休み気分を盛り上げて、毎日カレンダー欄にシールを貼ったり、花火大会やら海やらキャンプやら様々な夏の行事が紹介されているページを、繰り返し眺めたりしています。そんな長女の様子を見ていると、楽しい夏休みにしてやらなくちゃなあと、責任を感じます。
 長女が夏休みに入って毎日家にいることを、次女が思いのほか喜んでいて、これまでとは比べものにならないぐらい、とても仲良く遊ぶようになりました。どちらもご機嫌なときは、わけもなくじゃれあって大笑いしています。次女は長女の変な動きが大好きだし、長女は次女を笑わせるのが大好きなので、ふたりが仲良く遊んでいるときは、とにかく賑やかです。母がよく「次女ちゃんが大きくなって姉妹で遊ぶようになるとすごく楽になるよ」と言っていますが、だんだんとそうなってきている気がします。嬉しいな。この調子なら、日々をびっしり特別な夏行事で埋め尽くさずとも、楽しい夏休みになりそうです。
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d0038776_2233145.jpg 夫の休日だった今日は、夏休みだからというわけでもないけれど、夫の指南を受けて、長女が人生初の縫い物をして、小さな作品を仕上げました。最初は針をもつ手がとてもたどたどしかったけれど、何度かちくちく縫ううちにコツをつかんだらしく、最後のほうは夫の手助けなしで、上手に布と布を縫い付けていました。前々から、自分でヒットくん人形を作りたいと言っていたので、初めて自分で針と糸を使ってものを作ることができたことは、長女にとってとてつもなく大きな喜びだったらしく、自分の作品を片手に「かわいすぎる!」と飛び跳ねていました。今度はヒットくんを作るのだと張り切っています。
 
 夏がきて、気力体力の消耗が激しくなり、私はますますビートルズを聴いています。ビートルズにはまりすぎて、この半年ぐらいビートルズばかり聴いているので、子供たちも結構ビートルズのメロディーを覚えました。この調子で聴かせていればもしかして自然と英語が聴き取れる子になるかも・・・と、ほんのすこし淡い期待をしたのですが、『LOVE ME DO』の出だし「Love, love me do」を「はーなーみずー」と歌い、『She loves you』のサビ「She loves you, yeah, yeah, yeah」を「きどっとるねーいえいいえいー」と歌っている長女なので、空耳力は高まるかもしれませんが、英語力の向上は残念ながら期待できそうにありません。
 私も、歌詞を見ながら聴くときには、中高時代に習った文法などを思い出したり検索したりしてちょっと勉強してみたりしているのですが、やっぱり難しくて、英語が聞き取れて意味も分かったらもっと音楽を聴くのが楽しいだろうなぁ、せめて英単語やイディオムがもっと頭にはいっていればいいのになぁ・・・と、ぼんやり思います。受験生のときは必死で頭にたたき込んだけれど、もうすっかり忘れてしまって、基本的な文法さえも怪しい始末です。英語に限らず、語学力のある人に憧れます。今度実家に帰ったら、高校時代に使っていた英語の参考書を、引っ張り出してみようかな。そんなことしても、やっぱり、無駄かなぁ。
by papiko-gokko | 2015-07-20 23:02 | 手作り
大人って憂えたほどは悪くなく思い描いたほど良くもない
 週末、長女のワガママがあまりにひどく、夫婦でうちひしがれました。2週連続で親の買い物に付き合わせてしまったので、それが気に入らなかったのかもしれませんが、長女にも欲しがっていたペンを買ってやったり、店内の遊戯スペースで遊ぶ時間を作ったりして、それなりにバランスを取ったつもりでした。しかし、長女にとっては、バランスなどまったくとれていなかったようで、もっともっと自分に時間と思いをかけろとばかりに面倒な要求を繰り返し、お店で大泣きもして、恥ずかしい思いをしました。
 いつもいつもこんなにワガママなわけではないので、こちらの余裕のなさと連動しているのかなとか、幼稚園のストレスを発散しているのかなとか、無敵の可愛い盛りの次女にヤキモチを焼いているのかなとか、いろいろ原因を考えてみると、どれも当てはまっている気もするし、それほどでもない気もして、明確な答えは見つかりません。
 ただ一つ、週末の戦いで疲れ尽きた果てに、悟ったことがあります。それは、4歳児と感情で戦っても勝てない、ということです。これまで、目には目を作戦で、長女のワガママが暴走して感情をぶつけてきたときには、こちらも同じぐらい強い感情で立ち向かうことで、長女の間違いやこちらの思いを分からせようとしていました。しかし、4歳児がぶつけてくる感情の激しさたるや、とても大人に太刀打ちできるものではありません。ぶつけてきた感情に、こちらの感情をぶつけ返せば返すほど火に油を注ぐかたちとなり、感情の渦にのまれながら全力で喚く長女に、最後にはもう、「わかったから、とにかくだまって!もううるさいから!近所迷惑に!なるから!」と、繰り返すだけになります。
 だからもう、目には目を感情には感情を作戦は、やめることにしました。長女のワガママが暴走したときには、心よりまず、頭を使ってみることにします。感情の激しさでは幼児に敵わなくても、大人には思考力という、これまでの人生で培ってきた武器があるじゃないかと、気づいたのです。ならばそれを、最大限に使わねば。感情VS頭脳の戦いならば、勝ち目はあると踏みました。
 そんなわけで今日、「ジュースを3杯おかわりしたい!」というワガママを長女が言ったとき、さっそく頭脳戦を挑んでみました。いつもだったら、「3杯も飲んだらお腹が痛くなってしまうから、1杯だけだよ」と答えて、「えーやだやだ3杯じゃないといやだ」「ダメなものはダメ!」「やだやだ」「いけません!」「うわああん!」となるのですが、今日は頭を使って、「いいこと考えた、じゃあ、3回にわけて、注いであげる」と、コップに注ぐとき、1回で注いでしまわずに、「1かい、2かい、3かい」と数えながら、3回に区切って入れました。まさかと思ったら、長女はそれで納得して、満足げに飲んでいました。これはもう、分数という概念を25年ぐらい前に会得していた、大人である私の完全勝利でした。
 このジュースの勝利で、頭を使うことの有利性と同時に、もう一つ、分かったことがありました。長女のワガママは、本当にそれがしたくて言っているわけではない場合が多いということです。ジュースの場合も、本当に3杯おかわりしたくて言ったわけではなく、そのワガママを、私が聞き入れてくれるか、誠実に対応してくれるどうかを試しているだけで、だから、3回に分けて注ぐという聞き入れかたで、満足したのでしょう。幼稚園では思い通りにならないことが多いのだろうし、家では自分より親に依存して生きている次女を見ているから、親に自分の言うことを聞き入れてほしい、自分のために動いてほしいという欲求が、いまとても、強いのだと思います。そのことが分かれば、ますます、ワガママの暴走を食い止めることは、難しくないように思えてきました。
 今日は頭を使って、なんとか私は感情的にならず、ほがらかに1日を終えることができました。明日もがんばって、そんな1日を目指します。ただ、この頭脳戦は、本当によく考えてやらなければ、ただその場その場で長女の機嫌を取っているだけになりかねないので、そこは注意しなければと思います。
by papiko-gokko | 2015-07-13 23:16 | Diary
これ以上蛇口をひねれば泣くだろう飛沫をあびて向き合う時間
 先週から怒濤の勢いでテープ起こしの仕事がきて、キーボードを打って打って打ちまくり、昨日ようやく一段落がつきました。仕事の来ない月にはまったく来なかったりするのに、来るときはなぜか何件かどどっと重なることが多くて、睡眠時間が大変なことになったりします。書き起こし作業自体は好きなのでまったく苦ではないのですが、家で仕事をするとなるとどうしても、時間の確保と配分がとても難しくて、けっきょく睡眠時間を削るしかなくなり、毎回そこに苦心します。子供がもう少し大きくなって、学校へ通うようになったり、仕事をしていても子供たち二人で遊んでいてくれるようになったら、もう少しうまくやれるようになるだろうか。

 まだ二人だけで長時間遊ぶのは難しい長女と次女だけれど、よく二人で笑い合うようになってきました。長女が幼稚園で覚えてきたんだか自分で考えたんだかよく分からない、一発ギャグみたいなことをするようになり、私には一瞬たりとも面白くなかったりするそのギャグが、次女にはめちゃくちゃ愉快らしく、「きゃっひー!」と大笑いし、それで長女はますます調子にのって、そのギャグを繰り返し、そのたび次女が「きゃっひー!」と笑っている光景を、最近よく目にします。その次女の笑い方が、林家パー子そっくりなので、林家ペ-・パー子の漫才を見ているような気分になります。自分だけのパー子がいるだなんて、長女はなんて幸せなんだ。

 そんな明るい次女が、数日前から、急に怖がりになりました。始まりは、テレビを見ていたときのことです。これまで平気で見ていたはずのキャラクターに突如として怯えだし、大泣きしながら私に抱きついてきて、消すまで泣き続けていました。その日以来、夜寝る前になると、電気を消して子守歌を口ずさんだとたん、ひいいいんと、泣き出すようになり、そうなるともう、おっぱいでも泣き止まず、抱っこでなければ寝なくなりました。夜に泣いた原因はどうやら、いつも歌う子守歌の一曲だということが分かったので、その歌を歌わないようにしたら、あまり泣かなくなりました。昨日はお風呂で長女と水遊びをさせようとしたら、見慣れないミニプールや、どばどばと水を溜める音が怖かったみたいで、大泣きしました。
 テレビにしてもお風呂にしても子守歌にしても、これまではまったく怖がっていなかった上に、大人からすると一体なにが怖いのか分からないようなものを急に怖がるので、なんだかぞわっとしてきて、ああたしかに、この世には、当たり前のような顔をして存在している奇妙なものがあふれているよな・・・と、何も怖がらずに平然としている自分が何よりも奇妙に思えてきます。たしか長女にもこんなふうに極度に怖がりになった時期があったので、これは成長の一過程なのかもしれません。これまでぼんやりとしか認識していなかった世界が、急激に具体性のある姿かたちを帯びながら意識に侵入してきて、「これは一体なんだろう?」という感情があふれてあふれすぎて受け止めきれないものがでてきて、それが怯えにつながるのかなと、勝手に想像しています。

 長女のことでは、毎日悩んでいます。先週個人懇談があり、幼稚園では、入園当初に比べると、自分のことを自分でできるようになり、集団行動も理解し、お友だちもできてみんなと楽しく生活できているようで安心したのですが、家ではとてもわがままで要求が多くて、傍若無人の王様みたいな態度のときもあります。
 かと思えば先週一時期、ちょっと叱られたらすぐ「ごめんなさーい」と演技じみた口調で言ったり、悪いことをしたわけでもないタイミングで「ごめんなさい」と、ちょっと嬉しそうに言うようになったときがありました。そんな日が2日くらい続いた夜、どうしてそんなに「ごめんなさい」ばかり言うのかと聞いたら、長女は、「だって、おりこうさんになりたいんだもの」と言いました。続けて私が「おりこうってどんな子のことなの?」と聞くと、「お母さんに、叱られない子のこと」という、こわい返事が返ってきました。
 私も小学生の高学年のころ、親に叱られない良い子になりたくて無理をした時期があったので、これは良くない感じだぞと思い、その日の夜は、いつになくたくさん話をしました。そして、お母さんは謝ってほしくて叱っているわけじゃないんだよということ、叱られない子がおりこうなんじゃなくて、叱られたときにどうして叱られたのか考えられる子がおりこうなんだよということ、子供は知らないことがたくさんあるんだから大人に叱られて大きくなるものなんだよということなどを、必死で話して聞かせました。4歳の長女に、どの程度伝わったかは分からないけれど、長女はときおり質問をしたりしながら真剣に話を聞いてくれて、その夜を境に、やたらめったら謝る時期は終わりました。
 この一連の出来事で、長女はもう話し合いのできる年齢になったのだなという感慨と、長女の子育ては、こうしてときどき話し合ってお互いの気持ちをじっくり確かめ合う必要のある、新しい段階に入ったのだなという責任を感じました。話を聞いてやることの大切さを、最近の長女を見ていると、とても感じます。しかしその時間を十分に確保できている自信がありません。長女のわがままが過ぎるときは、叱って叱って体力を消耗するまえに、10分でもいいから、次女の邪魔が入らない環境で話しのできる時間を作るようにしたいです。
 
by papiko-gokko | 2015-07-12 00:43 | Diary
次女1歳半の記録
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 次女が1歳半を迎えました。ここのところは、毎日スポンジのように言葉を吸収して、どんどん語彙が増えてきています。覚えた言葉を口に出して言うのが楽しいみたいで、着替えを渡せばズボンを指さし「じゅぼん!じゅぼん!」と、私にその言葉を教えようとしているみたいに繰り返し、「そうだね、ズボンだねえ」と答えると、満足げにまた「じゅぼん、じゅぼん」としばらくつぶやいています。フライパンを見ると「じゅーじゅー」と言ったり、日焼け止めを持ってきて「にゅる(塗る)?」と聞いてきたり、いつの間に覚えたのだろうかと不思議になるような言葉もひょいひょい飛び出すようになりました。きっと、私と長女の会話を聞いて、覚えているのでしょう。それから、これまでこちらの言っていることに対する返答が、首を振るか指さすかのどちらかだったのですが、数日前から、はっきり「うん」「いや」と言うようになり、一気に意思の疎通が取れるようになり、会話の幅が広がりました。会話ができるようになるのはもちろん嬉しいけれど、赤ちゃんじゃなくなってしまう感じが、少し寂しくもあります。
 最近はまっていることは、玄関で靴を履くこと。目を離すとすぐ玄関に座り込んで靴をいじっているので、困ってしまいます。靴下をはいたり、帽子をかぶったりといったお出かけ準備全般が好きのようで、「お姉ちゃんお迎えにいこうか」というと、喜び勇んで帽子をかぶり、靴下を引き出しから持ってきて、鼻歌を歌いながら自分で履き、日焼け止めを持ってきて、私よりもてきぱきと準備をします。しかも、日焼け止めを塗ったあと、私がそのまま放置していたら、引き出しの中にちゃんとそれをしまってくれたりまでします。元の場所に戻すという、私のとても苦手とする行為を、1歳半にして自然にこなす次女、なんとも頼もしいです。
 好きな遊びは、おままごとや、おでかけごっこや、長女の真似をして踊ることなどです。長女が幼稚園で覚えてきた踊りを日々披露するので、一緒になってきゃっきゃと歓声を上げながら踊っています。お絵かきも好きで、クレヨンでぐいぐいびゅうびゅう、見ていて気持ちの良くなるような、迷いのない手つきで描いています。迷いがなさすぎて、壁や畳にまで描いてしまうのが悩みの種です。それから絵本も好きで、しきりにせがむようになりました。読んでやると、嬉しそうに絵を指さして知っている言葉を繰り返し、なんだか読むたび言葉を吸収している感じがして、嬉しくなります。しかし、いま、空前の紙ビリビリやぶりブームがきているので、うっかりすると絵本もやぶかれそうになり、図書館で借りた絵本は、次女用のものも読むとき以外高いところおいています。
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 相変わらずお姉ちゃんが大好きで、なんでも同じことをしたがり、長女がドラゼミをしているときには、次女にもドラえもんぬりえなどを与えて一緒に見てやらなければ気が済みません。だいぶ長女と対等に遊べるようになってきて、長女と同じ場面でおもしろがって、一緒に大笑いしていることも増えました。私が長女を笑わそうとしてちょっかいを出すと、長女は大笑いしたあとに必ず「同じことを次女ちゃんにもやってあげて」と言うので、同じことを次女にもしてやると、次女も長女に負けないくらい大笑いして、その笑っている次女を見てまた長女も大笑いします。そうやって、同じことで大笑いするのが、二人とも楽しいみたいです。寝かしつけのときなどは、私が何もしていなくても、二人でゲラゲラじゃれあっていて、なかなか眠りモードになってくれないのは困るけれど、姉妹で笑いころげているのを見ていると、なんとも幸せな気持ちになります。
 小食だけれどもお菓子が大好きで、長女が食べるので与えないわけにもいかず、チョコ以外はだいたい一緒に食べていて、虫歯が気になる今日このごろです。私も夫もあまり歯は強くないので、気をつけてやらなければ。
 ついこの前、1歳になったと思ったら、もう1歳半だなんて、信じられません。成長曲線ぎりぎりの小柄だし、まだまだ赤ちゃんだと思って育てているけれど、1年前の写真を見るとぜんぜん違っていて、ああもう赤ちゃんじゃなくなってきているんだなぁと、気づかされます。ああ、いつまでも愛でていたい。ふんわりしっとりとした抱き心地を、いつまでも味わっていたい。成長を喜びつつも、毎日そんなふうに思いながら抱きしめています。
by papiko-gokko | 2015-07-05 01:27 | 月齢ごとの成長記録(次女)


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