うわのそら papiko.exblog.jp

好きなリンク先を入れてください

日記と短歌


by papiko

<   2015年 05月 ( 7 )   > この月の画像一覧


風邪ひいてねんね


 一昨日の夕方から続いていた長女の発熱が、午後になってようやく下がりました。鼻水も咳もないので熱中症かと思っていましたが、小児科では風邪でしょうと言われました。一昨日の夜中は、体がすごく熱いのに汗をまったくかいていなくて、熱で目が冴えてしまっていたのかやけにらんらんと目を開いて明け方近くまでほとんど寝ずに起きていて、普段は絶対にしないおねしょを3度もしました。昨日はずっと37度台と38度台をいったりきたりしていて、夜、シャワーを浴びさせたのが悪かったのか39度になり、病院で処方された解熱剤を飲ませ、そのおかげかよく寝てくれました。
 解熱剤がよいきっかけになったのか、それ以降はものすごく汗をかけるようになり、朝は髪の毛もパジャマもシーツもびっしょり濡れていたほどでした。朝起きてから、とにかく何か食べさせなければと、ゼリーとジュースをやったら、受け付けなかったらしくびしゃーっと吐いてしまって、吐いたあと、お昼過ぎまでまたひたすら眠り、汗をかき、午後2時ごろに、「おかあさん、つかれたー」と言って起きたとき、体温を測ったら、平熱になっていました。発熱して体内に侵入した悪者と戦い、汗をかいて奪われた体力を睡眠で必死に補って、そして回復するという、非常に分かりやすい過程を見ることができて、なんだか、生命の神秘を感じました。
 一生懸命がんばって戦った幼い体を精一杯いたわってやりたくて、今日は特別になんでも好きなものを好きなときに好きなだけ食べていいよ、アイスでもプリンでもチョコでも、なんでもいいよ、食べたいものがあれば買ってくるよ、と言うと、嬉しそうに、コアラのマーチと、マーブルチョコと、プリンを食べ、さらにそのあとおにぎりとおかゆも食べて、完全復活を遂げました。夕方にはもう、朝の時点でまだ熱があったことが嘘のように、元気いっぱいおしゃべりしたり、次女とじゃれ合ったりしていました。長女が復活したとたん、立ちこめていた雲が、さあっと去って行ったように、家全体が、一気に明るくなりました。健康って、本当に本当に尊いです。
 長女が寝込んでいるあいだ、次女もなんとなく普段と違う感じを察知していたらしく、長女の寝ている寝室に何度も行こうとしたり、リビングで寝転がっている長女にしつこくちょっかいを出したり、それから私が長女のお世話をいつもより熱心にしているのも敏感に感じとって、私の気を引こうと、わざと口に入れてはいけないものを入れたり、お皿の中のものを放ったりなどして叱られ、待ってましたとばかりに「うわあああん」と大泣きして、私にしがみついてきました。ときには抱っこ紐を持ってきて、抱っこをせがんだりもしました。私と長女がべったりで、自分だけのけ者っぽい感じになるのが、嫌だったのでしょう。
 長女が38度以上の熱を出して寝込んだのは、今回は初めてのことで、私も夫もあたふたして、私はあたふたのあまり、なかなか水分を取ろうとしない長女に「ちゃんと水分をとらないからお熱下がらないんだよ!」「病院で点滴しなきゃいけなくなるんだよ!」「幼稚園ずっとお休みしなきゃいけなくなっちゃうよ!」などと厳しく言って追い詰めてしまったりなど、対応の仕方に反省する点がたくさんあります。熱があってしんどいのだから、不安を煽ったりせずに、とにかく優しい言葉で安心させてやるべきなのに、焦る気持ちがつい、厳しい言葉になって出てしまいました。そのせいで長女はあれこれ不安になって眠れなかったのかもしれません。長女はすごく恐がりの不安がりなのに、その子の母を4年もやっていながら、本当に情けないことをしました。これからは絶対そんなことしないよう、肝に銘じておきます。
 入園以来はじめて幼稚園を休まなければならなくなって、長女は「行きたいよう行きたいよう」と大泣きして、せめてお弁当を食べたいと、家でお弁当を食べました。あれこれ嫌なことを言われたりされたりすることがあっても、それより楽しい気持ちのほうがずっと勝っているのだということが、それでよく分かり、なんだか安心しました。ぐったりしている長女をなでながら、今ごろ幼稚園ではどんなことしてるのかなぁ・・・と、長女のいない賑やかな幼稚園のことを想像すると、なんだか泣きそうになりました。土日でしっかり体力回復して、月曜日からはまた元気に通えるはずです。はやく、幼稚園の服を着ている長女が見たいです。
by papiko-gokko | 2015-05-29 23:14 | Diary | Comments(0)

 長女の朝顔が、ついに芽を出しました。月曜日の朝、歩きながら「朝顔の芽、出てるかなぁ・・・」とつぶやいた私に、長女は確信に満ちた口調で「でてるよ、きっと」と答え、どきどきしながら登園したら、果たして長女の鉢に、美しい双葉がすっくと顔を出していたのでした。ここのところ毎日のように、ネットで朝顔について検索していたので、それが雑草ではなく朝顔の芽だということは、一目見て分かりました。深く植えすぎたせいで土から出るのがみんなより遅かったのか、はたまた先生がこっそり植え直してくれたのか、真相は分かりませんが、とにかく嬉しくて嬉しくて、思わず夫にメールで報告しました。もしも長女だけいつまでも芽が出なかったら、ホームセンターで苗を買ってこようかと、日曜日にこっそり下見までしていたのだけれど、そんなことしなくても大丈夫そうです。ああ、よかった!
 4粒まいた種のうち、月曜日に芽を出していたのは一つだけでしたが、今日見たらまた新たに2つ芽が出ていました。やっぱり、4粒とも深く植えすぎていて、顔を出すのに時間がかかったのでしょうか。自分の植えた種が芽を出すのがこんなに嬉しいものだなんて、そして土から顔を出したばかりの葉っぱが、こんなに美しいものだなんて、32年生きてきて初めて知りました。これまで私は、面倒くさがり屋なのと虫が苦手という理由で、自主的に植物を育てたことがないのですが、今回の喜びを経験して、ちょっと自分でも、ベランダで育ててみたい気持ちになりました。次女もお花が好きみたいだし、来年あたり、簡単そうなお花で、チャレンジしてみようかな。いや、でもやっぱり、私に花の世話なんて、無理だろうなぁ・・・。とにかくまずは、幼稚園でようやく芽を出してくれた朝顔を、大事に育ててみよう。

 今週は、入園してから2回目となる参観日がありました。今回はお弁当の時間を見る参観日で、園児がお弁当の準備をして、いただきますをして、お弁当を食べて、お片付けして、歯磨きをして、そのあと掃き掃除をするというところまでを参観しました。前回に比べると、長女はみんなから遅れず先生の話を聞いて行動できていて、お弁当も上手に食べて、はみがきもみんなと音楽に合わせてしっかりやり、お弁当のあとは仲良しのお友だちとじゃれ合ってとても楽しそうにしていました。たったこの前まで集団生活をしらなかった長女がこれほどできるようになったなんて驚きです。きっと幼稚園では、長女なりに無理したり我慢している部分もあるのだろうから、家でちょっとぐらいワガママすぎても、叱りすぎないようにしようと、一生懸命な後ろ姿を見て思いました。
 前回の参観日では私から離れなかった次女でしたが、日々の送り迎えでもうすっかり幼稚園に慣れたようで、今回は長女のそばにいってちょっかいを出したり、廊下のきんぎょを眺めたり、わりと自由にご機嫌に幼稚園の雰囲気を楽しんでいました。そのおかげか、前回とは比べものにならないくらいリラックスした気分で、長女を眺めたり、次女を追いかけたりして過ごしました。前回は、とにかく周りのお母さんたちと上手に話さなければとか、浮かないようにしなければとか、そういうことばかり考えていて、あまりまともに参観できていなかった気がします。長女だけでなく私も次女も、毎日の積み重ねで幼稚園というものにだんだん慣れてきて、最初は緊張感あふれる非日常だった風景が、気づけばもうほとんど日常の一部になりました。
 これでようやく5月の行事はすべて終わりました。6月もまたいろいろありそうですが、朝顔の芽も出たことだし、なんとか自分たちなりに、やっていけそうです。

 今日はとても暑くて、幼稚園から帰ってきてから、長女が熱中症ぎみになってしまいました。体が火照って熱が出ていて、目が潤み、気だるそうです。幼稚園では何度もお茶タイムがあったりして、熱中症対策をしてくださっているようですが、長女はあまり積極的に水分を取りたがらなくて、家に帰ってもあまり飲まなかったので、それがたぶん問題だったのだと思います。食欲はあるので食べられるだけ食べさせて、お茶はあまり飲みたがらないから、ジュースを買って無理矢理にコップ一杯飲ませて、今日は8時半に寝ました。明日の朝、熱が下がっていることを祈るばかりです。今日は作っていた砂のお山を壊されたとかで大泣きしたらしいけれど、そんな出来事があってもやっぱり、幼稚園には行きたいみたいで、「あしたお休みしたくない」と涙声になっていました。どうやら長女はとても泣き虫のほうの子みたいです。私も泣き虫だったし、それに休むのが嫌いだったなぁ。最近の長女は、本当に私とよく似ていて、やきもきします。よく寝て疲れが癒えて、元気になりますように。
by papiko-gokko | 2015-05-26 23:51 | 幼稚園生活(長女) | Comments(0)

少しは寒いわ


 昨日日記を書いたことで頭の中が整理できたのと、週前半にあった親睦会の疲れがようやく癒えたのとで、今日は大変ほがらかに、にこやかに、たくさんのお母さんたちと挨拶を交わすことができました。挨拶だけなら本当にもう慣れてきて気持ちよくできるのですが、ただ、行事やお迎えの待ち時間などでの、ちょっとした立ち話、世間話がうまくできなくて、何を話せばいいのか、どんな相づちを打てばいいのか、どこまで踏み込んでいいのかが、掴めないまま今日に至ります。
 昨日の夜、これまでの人間関係を思い出してみよう・・・と思いながら寝たので、夢の中に、これまで出会ったいろいろな人たちが出てきました。家族、自分の両親や祖父母や妹いとこ、夫の実家の人々、地元の幼馴染み、東京の友人、学校の先生、会社勤め時代に担当していた営業さん、それから大学時代にバイトしていたおそば屋さんまで出てきて、懐かしい気持ちで目を覚ましました。でてきた人はみんな、私が良い関係を築くことができた(と私は思っている)人たちばかりで、自分の人間関係の築き方をおさらいをするのに、ちょうどいい夢でした。
 夢を思い起こして気づいたのは、けっきょく私は、自分がこの人おもしろいな素敵だなと感じた人で、尚且つ自分の駄目な部分をある程度さらけ出しても大丈夫だった人としか、まともに人間関係を築いてこなかったのだな、ということです。苦手な人と無理して関係を築き継続したという経験が、私にはほとんどありません。幼稚園では長女のためにとにかく集団から浮かないよう、自分のイメージする「普通のママ」になろうとしていたけれど、これまでそんなふうに生きてこなかったのに、今さら無理に取り繕ってみたところで、かえってコミュニケーション能力の低さが露呈するだけだということが、1ヶ月半経ってようやく分かりました。
 そう考えると、なんだか諦めがついたというか、いい具合に吹っ切れて、うまくやろうとするのはもうやめようと、急激に気が楽になりました。親睦会のあった日、上の妹にどれほど自分の振る舞いが下手でへこんだかを話したら、「臆病すぎるわ」と言われ、たしかにそうだなと思いました。右も左も分からないのに、とにかくうまくやろうとしすぎて、ガチガチ臆病になってしまっていたのだと思います。
 今日は挨拶のほかに、たまに話しかけてくださるお母さんと帰り際に目が合って、「やっと一週間終わったね」「みんな同じ格好だからどこに自分の子がいるんだか分からなくなるね」みたいな会話を、ほんの30秒ぐらいのことだったけれど、無理なく交わすことができたし、それでもう、十分です。無理にテンションをあげなくても話せる感じの人と、話せそうなときに話せそうなことを話すことができれば、私はそれで十分です。どうあがいたって私は、輪になってワイワイお話できるタイプではないのだということが、この1ヶ月半の日々と昨日見た夢のおさらいで、よくよく分かったのです。
 お迎えの時など、輪になってワイワイしている人たちを見ると、これまでいつも、自分はどうしてあんなふうにできないのだろうかと焦っていたけれど、もう焦ったりしません。どうしてもなにも、それが私なのだから、どうしようもないのです。そこを努力して取り繕って変えようとすると、口内炎が治らなくなるので、感じの悪い人にならないようにだけ気をつけて、あとは無理せず、ありのままの姿の4分の1ぐらいは見せつつ、母として長女の幼稚園生活を見守りたいと思います。人と世間話ができなくても、次女がいるおかげでそれほど手持ちぶさたにはならないから、本当に助かります。親睦会のときも、次女がいてくれて、どれほど心強かったことか。次女バンザイの毎日です。
 なにはともあれ一週間、今週も家族みんな、よくがんばりました。長女はしっかり元気に通ったし、私は送り迎えと行事をがんばったし、次女はその存在で私を日々支えてくれたし、夫は長女や私の要領を得ないもやもや話をよく聞いてくれました。土日のあいだに朝顔の芽が、出ますように。
by papiko-gokko | 2015-05-22 12:07 | Diary | Comments(0)

つかれている


 春の遠足やら保護者親睦会やら、次から次へと行事があって、今日やっとなんでもない平日の、なんでもない午後を過ごすことができ、幸せでした。なんでもない日がなにより好きです。行事のたび、自分のコミュニケーション能力の低さに、打ちのめされています。人と自然に目を合わせて会話をつなげる、ただそれだけのことが、どうして私にはこんなに難しいのだろう。なぜだかこんな私によく声をかけてくださる方も一人いて、嬉しいのだけれど、私なんかと話していて楽しいのだろうかいや楽しくないだろう・・・と、申し訳なくなります。もっと肩の力を抜いて、楽しくやっていけるようになりたいです。学生時代や社会人時代、どうやって人間関係を築いてきたのか、思い出すところから始めてみよう。
 今朝は長女を幼稚園まで送ったあと、次女とのんびり散歩しながら帰りました。次女は葉っぱを拾って「あっぱ、あっぱ」、車や自転車を指さし「ぶーぶ」と、景色の中から言える言葉を見つけては繰り返し、とても楽しそうでした。まだ言えないけれど、お花も好きみたいで、毎日しきりに花壇を指さします。そのたび私が「きれいねえー、かわいいねえー」と言うので、次女も「ねえ-、ねえー」と言うようになりました。家に帰ってからも、お昼ご飯の時間まで、絵本を読んだりして、言葉を覚え始めた次女の可愛さをたっぷり味わいました。
 長女は幼稚園で仲良しのお友だちもできて、それなりい楽しく通っているようで、今週はさほど愚痴や泣き言も言わず、楽しかった話のほうをたくさん聞かせてくれています。先日してくれたお話の中には、「今日間違えて、先生のこと、間違えてお母さんて呼びそうになって、おか・・・かごはん、お弁当に入ってるかなーって、言ったの」なんていう、愉快なエピソードもありました。幼稚園でいろいろな言葉遣いを覚えてきて、「めっちゃ」とか「ちょー」とか使ったりして、私や夫をぎょっとさせています。今年流行している芸人さんの「あったかいんだからぁ~」も、幼稚園で覚えて帰ってきて歌うようになりました。手足の力も、心なしか強くなって、怒り方に迫力が出ました。長女の勢いに怯まないよう、私も強くならなければ。
 今、気がかりなのは、5月に植えた朝顔のこと。同じクラスの他の子はみんな芽が出たのに、長女だけまだ芽を出していないのです。私の植え方が悪かったのか、水のやり方が下手なのか、原因は分かりませんが、毎朝送っていったとき一緒に水をあげるのに、長女の鉢だけいつまでも寂しくて、胸が苦しくなります。夜中にトトロがきて、夢だけど夢じゃなかったやつをやってくれないかなーと、毎日思います。しかしこればっかりは、水をやる以外、どうしてやることもできません。これからきっと、こんなふうに、痛みと時間を共有する以外どうしてやることもできないような出来事がたくさんあるんだということを、この朝顔の鉢に教えられている気がします。長女は今のところさほど気に病んでいないようですが、1日も早く芽が出るか、先生がこっそり何かしらの手を打ってくれるのを、祈るばかりです。
 そろそろ幼稚園のある日常に慣れてきたとはいえ、長女もまだ情緒不安定な部分があるし、私もどうすればいいのか分からないことだらけなので、ビートルズの「Let It Be」に、日々癒やされています。なんてすばらしい歌。
by papiko-gokko | 2015-05-21 23:49 | 幼稚園生活(長女) | Comments(0)

 長女が幼稚園に通い始めてひと月が経ちました。幼稚園の服を着ている長女の姿に、ようやく少し慣れてきましたが、集団の中にいる様子にはまだ慣れなくて、お迎えに行くたび、いつもハラハラします。彼女が幼稚園でどんなふうに過ごしているのか、家での様子を見ていてもうまく想像できないのですが、今日は親子でのちょっとした行事があって、長女がちゃんとみんなと一緒に列になって移動したり、座って話を聞いているのを見て、たった1ヶ月で、こんなにも集団行動ができるようになるものなのだなぁと、感心しました。
 入園したてのころの長女は「自分はついに幼稚園児になったんだ!」という興奮を漲らせていましたが、それは連休明けと同時に冷めたようで、今は日々淡々と幼稚園服に着替えて通っています。帰ってきてから長女がする幼稚園の話は、「○○ちゃんがすぐに怒る」とか「○○ちゃんが叩いた」とか「~したかったのに、できなかった」とか「だれも仲間にいれてくれなかった」などと、どちらかというとネガティブな出来事のほうが多くて、聞いていると気が滅入ってしまうのですが、本当に辛いことばかりならば幼稚園に行きたがらないだろうから、嫌なこともありつつ、基本的には楽しんでいるのだろうと、考えるようにいています。そうしないと、長女に言っていることをすべて真に受けていたら、泣きながら先生に電話してしまいそうです。
 たしか私も小さいころは、楽しかったことより、悲しかったことや辛かったことのほうをピックアップして、母になんでもかんでも話していた気がします。そうすることで親に何かを解決してほしいわけでも、強く同情してほしいわけでもなく、ただ親に何もかも聞いてもらうことで、心のもやもやをすっきりさせていたのでした。だから長女もきっと、そんな感じなのかなと思います。
 昨日長女が帰ってきてから、長女がいつものように悲しかった出来事を語ったあと、「今日は楽しいことと悲しいこと、どっちが多かった?」と聞いたら、「楽しいこと」という答えが返ってきて、ほっとしました。仲良しの子もできてきているみたいだし、孤立しているというようなことは、なさそうです。長女は悲しかったことを話すとき、それはもう情感たっぷりに、ともすれば声を震わせ目を潤ませながら話すので、聞いているとまるで一日中そんな感じだったみたいに思えるけれど、実際には、長い時間の中のほんのひとときの出来事で、そのひとときの出来事と想いを心にしっかりとひっかけて帰ってきて、私にそっくりそのまま引き渡すところまでが、長女の幼稚園生活なのでしょう。
 長女が悲しい話をしたとき、私まで長女と一緒になってナイーブになって途方に暮れてもしょうがないので、かつて母にしてもらったように、とにかく長女の気が済むまで話を聞いてやって、一緒に考えたり、できるアドバイスはしてみたり、探り探りで、やっていくことにします。いつか機会があれば、先生に、実際の長女の園での様子を聞いてみたいなぁとも思っています。とにかく楽しんで通ってほしい、本当にただただそれだけです。

 ゴールデンウィーク明けに長女が風邪を引き、長女はもう治ったのですが、今度は次女がその風邪をもらって、咳と鼻水が出て、すこぶる不機嫌です。今日は1日、泣いていない時間のほうが少ないくらいよく泣きました。それはそれは悔しそうに、力強く泣きました。ゴールデンウィークの前あたりから、とにかく抱っこ抱っこで、精神的に不安定の様子だし、私もお腹を壊して口内炎もできているし、なんだか幼稚園に行っている長女より、送り迎えと時々の行事にしか参加していない私と次女のほうがぼろぼろです。次女と私も、自分の思いと無関係にあれやこれやと予定の入る慌ただしいこの日々に、順応していかなくては。家事にしても、幼稚園でのあれこれも、もっとうまいことやれるはずなのにな・・・と思うことだらけです。生活がまだまだ、幼稚園という未知なる世界を受け入れきれず、全体的にぎくしゃくぎくしゃくしています。
by papiko-gokko | 2015-05-11 23:56 | 幼稚園生活(長女) | Comments(0)

次女1歳4ヶ月の記録


d0038776_23174397.jpg
 5月4日で、次女が生後1歳4ヶ月を迎えました。このひと月は、日々幼稚園の送り迎えやイベントがあったり、ゴールデンウィークで親戚と触れ合ったりしたことで、これまでとは比べものにならないほどたくさんの刺激を受けました。とくに、7ヶ月の姪っ子と遊んだゴールデンウィークを経て、1歳児としての自覚が芽生えたらしく、急激に成長したのを感じます。小柄なのでおむつはまだMサイズだけれど、もう何も分からない赤ちゃんではありません。
 言葉はまだそれほど増えていないけれど、こちらの言っていることに対する理解力は明らかに増していて、もうほとんどなんでも分かっているんじゃないかと思うくらいです。長女のときは、発語と理解力がほぼ比例して増していたので、何をどのくらい理解しているのかがわりと分かりやすかったのですが、次女の場合は、発語はさほど変わらないまま理解力のほうがぐんぐん伸びてきているので、理解していることに気づかずつい赤ちゃん扱いしてしまい、何かの拍子に、あれれもうそんなことも理解しているのかと、はっとさせられることが多くあります。どうやら今のところ、しゃべる必要性をあまり感じずに暮らしているようですが、手を振りながら「ばいばーい」と言い合ったり、首をかしげて「ねー」「ねー」と言い合ったりすると、とても楽しそうに笑うので、同じ言語で通じ合える楽しさが、だんだんと分かってきたのかなと感じています。昨日あたりから、何か不思議に感じるようなことがあるたび、「え?」「へ?」「ほ?」と、疑問符の付いた言葉を頻繁に発するようになり、今なにかを考えたのだなというのが、こちらに伝わりやすくなりました。
 好きな遊びは、子供部屋にあるおもちゃ全部。ブロック、積み木、おままごと、ぽぽちゃん人形のお世話などなど、長女のやっていることをなんでも真似してやっています。とくにぽぽちゃんのことがとても好きなようで、お洋服を着せたり、なにやらお布団のようにハンカチをかぶせたりしています。一応ぽぽちゃんは長女のものなので、よく取り合いになっていて、来年の誕生日にでも、同じようなお世話人形を買ってやったほうがいいかなぁと考えているところです。最近では、1歳児向けの大きなレゴブロックを、引き離すだけでなく、なんとかくっつけられるようにもなりました。それから積み木も積み上げられるようになり、今日は、長女と一緒に積み木を上手に積み上げて、崩れるたびにふたりで「きゃー!」と大声を出すという遊びを繰り返していました。訳が分からないなりにふたりの間でルールがあったりして、なんだか幼児同士の遊びらしくなってきたなぁと感じます。
 どうやら彼女はとてもおしゃれさんなので、長女の髪を結んでいると必ず自分も結んでほしがって髪留めを自分で頭にくっつけようとします。髪留めに限らず、身につけるものへの興味が高くて、靴下やズボンがそばにあると、自分ではこうとします。ズボンはまだ自力で履けないけれど、足を通すところまではできるようになりました。靴下は右側だけなら自力で履けるらしく、いつの間にか右側だけ履いて遊んでいたり、たまに右側に両方の靴下を履いて歩きにくそうにしていることもあります。布製品に触れているのが好きなのか、ハンドタオルを黙々と触って遊んでいることもあります。
 ふたりで過ごす時間が増えた影響からか、私が何をしているのかということを意識しながら行動するようになり、たたんだ洗濯物をしまう場所に運んでいると、自分が持てるだけの量を抱えてよたよた一緒に運んでくれたり、でかける準備をしていると自分の帽子を探し出してきてかぶったりなど、随分しっかり者になってきました。長女が幼稚園準備に手間取っていると、せっせと帽子や鞄を長女のそばまで持ってきて、世話を焼いたりなんかもしています。
 我が家の末っ子としての次女の活躍は、日々計り知れません。今日は長女が私と夫に叱られてわんわん泣いて、泣き止んだあともぶすっとして、私も叱り疲れて、長女と向き合いながら場の空気にうんざりしていたら、ふいに次女が私と長女のあいだにきて、長女の鼻の穴に指を突っ込み、思わず私も長女もぶっと吹き出して、一気に場の空気が和み、お互いに素直な気持ちになれたという一幕がありました。私もよく、親に叱られて意地を張ってどうしようもなくなっているとき、妹たちのそういう何気ないおかしな振る舞いに、助けられたことが何度となくありました。無自覚ながらも次女は末っ子らしく常に家族全体の空気を常に読み、全体がいい具合にまとまるように振る舞っているのかもしれません。次女が我が家の一員になってまだ1年と4ヶ月しか経っていないだなんて信じられないくらい、もう絶対にいなくては成り立たない、尊い存在です。
by papiko-gokko | 2015-05-09 00:12 | 月齢ごとの成長記録(次女) | Comments(0)

久しぶりの帰省


 ゴールデンウィーク、2泊3日で出雲の実家に帰省しました。引っ越し以来、1年以上ぶりの出雲です。長女は出雲に住んでいた1年半のことをすでにほとんど覚えていないようですが、当時の写真を見るたび出雲に行きたがっていたので、それはそれは楽しみにしていて、毎朝「あと何日で出雲に行く日?」と尋ねていました。
 行きはそれなりに渋滞して5時間かかりましたが、興奮気味の長女は一睡もせず、出雲の見慣れた景色を懐かしがる夫を真似して「なつかしー」なんて言っていました。私も出雲に帰れば懐かしさを感じるかと思っていましたが、なぜかこれまでで一番と言っていいぐらい、少しも懐かしくありませんでした。ただ、ここに一家で住んでいた時期があったなんて嘘みたいだなーという、不思議さだけがありました。初めて上京して浮かれていた大学時代のようには単純に、故郷なつかしいわーあったかいわーだいじだわーとは、思えなくなっている自分がいます。
 実家にはすでに母と下の妹が帰ってきていて(父は仕事のため今回不在)、それから祖父も待ちかねていました。出雲に住んでいた時期、長女は毎晩寝る前に祖父に挨拶をしていたので、成長した長女にすごく会いたがっていたのでした。長女は祖父のことをどの程度覚えているのか分かりませんが、「おじいちゃん、おぼえてるよ!」と言って、祖父を喜ばせていました。実際に、祖父の部屋の座卓にお菓子の入ったお皿がいつも置いてあって、たまにそのお菓子をもらっていたということは、記憶に残っていたようで、子供の記憶っておもしろいなぁと思います。
 到着するとまず、長女は前々から楽しみにしていた実家にある私や妹たちのおもちゃ(シルバニアや、リカちゃんハウスや、おままごとなど、とにかくいろいろある)でひとしきり遊びました。次女も初めて見るおもちゃの数々に目を輝かせながら遊んでいました。次女はわりと場所見知りするのだけれど、なぜか実家ではまったく場所見知りせず、最初から慣れ親しんでいる場所のように、歩き回っていました。生まれてから生後2ヶ月ごろまで住んでいた場所だということが、本能的に分かるのでしょうか。実家の階段や洗面台を使っていると、まだ小さかった長女を世話していたときのことが蘇ってきて、やっぱりなんだか、ここで子供を育てていた時期があるなんて嘘みたいだなーと思いました。どうしてこんなに住んでいた実感がないのだろうか。あの1年半は一体、私にとって何だったのだろう。長女が生まれてからの、東京での1年半と、岡山での1年との間で、ふわふわ漂っています。
 夕方には長女だけ、母と下の妹と一緒に近所の土手まで、犬の散歩に出かけました。この土手も写真によく映っているので長女は行きたかったらしく、母の話によると長女は「ずっとここに、きたかったんだー!」と、嬉しそうに満面の笑みで駆け回っていたそうです。住んでいたころは私もよく、長女と土手を散歩したものでした。いつでも風が強くて、見晴らしが良すぎて、引き返す以外の目的地がどこにもなくて寂しくて、途方に暮れてしまうような散歩道でした。だけどあのころも長女は、嬉しそうに楽しそうに歩いていたっけ。
 夜には上の妹一家もやってきて、姪っ子(生後7ヶ月)とも数ヶ月ぶりの再会を果たしました。いつも上の妹とスカイプしていて姪っ子が映るたび、思わず画面に触れながら「さわりたいなー、あいたいなー」と言っていた長女は、たまらなく嬉しそうに近づいて、だけど私の言いつけをぎりぎり守ってそっとそっと、ぷくぷくの姪っ子に触れていました。人見知りの始まった姪っ子は、最初泣いてばかりいたけれど、翌日にはもうみんなに慣れて、私が抱っこしても泣かなくなり、時折笑顔も見せてくれるようになりました。姪っ子と次女は半年以上離れているけれど、大きさはもうほとんど一緒で、抱っこすると姪っ子のほうがずっしり重たいくらいでした。しかし大きくても抱き心地はまだまだふにゃふにゃ赤ちゃんで、懐かしさがこみ上げてきました。
 いつも所作の荒い次女が姪っ子に何かしたらどうしようかとハラハラしていましたが、次女は思いのほか姪っ子に対して友好的で、普段のような攻撃性はまったくなく、姪っ子を興味深そうに見つめ、時にはにこにこ指さし、お互い慣れてくると、そばで平和に遊んだりもしていました。会って間もないときに、次女が姪っ子のほうに手を伸ばしたとき、思わず私と母が「だめだめっ」と大きな声を出したので、次女は自分が怒られたと感じて大泣きしてしまい、しばらく悲しくて仕方なさそうにぽろぽろ涙を流して泣いていて、悪いことをしたなぁと反省しました。次女はまだしゃべらないけれど、こちらが思っているよりもずっといろいろなことを分かっているのだと、その泣き方を見て思いました。
 翌日はみんなで一緒に、長女が写真を見るたび行きたがっていた大きな公園に行きました。これは今回の帰省の目的と言っていいぐらい、長女がもっとも楽しみにしていたことなので、 長女は大興奮で遊具という遊具を味わい尽くしていました。住んでいたころは、まだできなかった遊具たちも、今の長女はひょいひょいこなし、もうそばに付いていなくても平気で高いところまで上り、長いすべり台も一人ですべり、成長を感じました。引っ越す直前にきたとき、まだ生後2ヶ月で抱っこだった次女も、今回は靴を履いて歩き回り、いくつかの遊具で遊びました。まだ遊べない姪っ子は、長女の吹くシャボン玉をまぶしげに見たりしていました。数年後にはこの公園を、いとこで駆け回ることでしょう。
 その日の夜はすき焼きをして、祖父も呼びみんなでわいわい食べました。夫は上の妹の旦那さん(義弟、というのか)との友好を深めるべく、果敢に話しかけていました。義弟は人見知りらしく緊張していたけれど、やがて慣れて、和やかに話していました。食後にはプレステ2を引っ張り出してきて、ドラゴンボールや桃太郎電鉄をやっていました。長女は生まれて初めて目にするテレビゲームの画面を食い入るように見つめ、「これは、どっちかが、やっつけられるんだね」と、必死で理解しようとしていました。母と長女はやがて隣の部屋へいって眠り(長女は2日とも私たちとではなく、母と下の妹と同じ部屋で寝ました)、私も姪っ子と下の妹が寝ている下の部屋に降り、うとうとしながら、上の階で時々どっとわき起こる笑い声を、幸せな気持ちで聞いていました。そのうちあの笑い声の中に、下の妹の旦那さんの声も加わるのかな。
 最終日の午前中は、長女がちょっとぐずっていた(軽くお腹を壊したのと、寝不足と、帰りたくないのとで)ので、私は家で長女の面倒を見つつ片付けをし、ほかの人たちは買い物、そしてなぜか夫と義弟と下の妹が、義弟の持ってきていたバドミントンを少しだけして爽やかな汗を流してから、レンタカーで来ていた上の妹一家は、返す時間があるため私たちより一足早く、帰路につきました。見送りのとき、玄関で集合写真も撮りました。集合写真を撮るときの、微妙な居心地悪さはなんだろう。どこに立っていても立ち位置を間違えている気がしてしまいます。
 私たち一家も、お昼ご飯を食べて少ししてから、車に乗り込みました。土手でも遊んだし、公園にも行けたし、おもちゃでも遊んだし、長女は大満足だったことでしょう。次女も明らかに、来た時よりちょっと成長しました。年下の子と触れ合ったり、たくさんの人に名前を呼ばれたことで、いろいろと彼女なりに自覚が芽生えたのでしょう。姪っ子に触れようとして泣いたあのときを境に、泣き方が赤ちゃんじゃなく幼児っぽくなったし、こちらの言っていることに対する反応も、ますますはっきりした感じがします。
 明日からは幼稚園ですが、長女はどうもちょっと疲れが出たらしく、熱っぽかったり咳がでたりと体調が思わしくないので、心配です。本人は行きたがっているので、明日回復することを祈るばかりです。
by papiko-gokko | 2015-05-06 23:21 | Diary | Comments(0)