日記と短歌
by papiko
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ためらってためらいすぎてくたびれて眠気がぜんぶ伝えてしまう
 新しいことづくしだった4月も、ついに今日で最後。長女は毎日、まず最初にその日幼稚園であった悲しかったことや残念なことを話し、それからたくさんの楽しかったことや嬉しかったことを、半日かけて少しずつ話してくれます。今日の悲しかったことは、「お腹がいたくてお弁当をぜんぶ食べられなかった」ことと、「なにもしてないのに、男の子が長女のことをちびって言って噛んだ」こと。そして楽しかったことは、「(遊具の)吊り橋を最後まで渡れた」ことと、「おままごとで、お水と葉っぱと砂のコショウのジュースを作って、楽しくて思わずチューリップの歌をうたっちゃった」ことと、「○○チャンに、長女とお友だちになってって言ったら、いいよって笑ってくれて、とっても嬉しかった」ことでした。
 お弁当は、ちょっと便秘気味だったし今日は残すかもなぁと思っていたからさほどショックでもなかったけれど、長女がすごく悲しそうに辛そうに伝えたので、切なくなりました。男の子に噛まれたところは少し赤くなっていて、先生はそのときそばにいなかったらしく、長女の話だけでは実際の状況が分からないので何とも言えないけれど、同じようなことがこれから2度も3度もあるようなら、先生に相談してみようと思います。吊り橋はずっと渡れるようになりたがっていたので、今日は長女にとって、記念すべき1日だったに違いありません。おおままごとのジュース作り、夢中で作っている姿が目に浮かびます。たくさん遊ばせてくれる幼稚園なので、遊ぶのが大好きな長女は、本当にいつも楽しそうで、私も嬉しいです。「お友だちになって」と直球を投げた長女に、笑っていいよと答えてくれた子、ありがとう。いろんな場面で、仲良くしてくれたらいいなぁ。

 そんな具合に毎日いろいろと刺激を受け、平日は精神的に充足しているらしく、帰ってからもわりとご機嫌に過ごしているのですが、なぜか休日になると、ものすごくワガママなことを言って大泣きしたりするのです。昨日は買い物中と夕食のときの2回、思い通りにならなかったことが悔しくてたまらず、地団駄踏んで大泣きし、泣いて泣いて泣きわめき、私も夫も、必死で叱って叱り疲れて、一晩寝ないと立ち直れないほどくたびれました。
 あまりにひどいワガママっぷりだったので、甘やかしすぎたのだろうか、これからはもっと厳しくしなければいけないのだろうかとも思いましたが、夜お布団のなかで、次女を寝かし終えて長女のほうへ行ったら、「幼稚園にないしょで、ちょっとだけ、おっぱいのんでいい?」と言ってきて、ああ、この子なりに幼稚園で我慢して発散できないものを、休日に発散しているのかもしれないなぁと思ったら、今度はむしろ厳しく叱りすぎたような気がしてきて、切なくなって、布団の中でかわいいかわいいと、抱きしめました。長女はもうおっぱいの吸い方なんてとっくに忘れてしまっているので、実際にはちょっと口をつけるだけだったけれど、それで満足したようで、そのまま抱きしめているうちに、寝息が聞こえてきました。
 叱らなければいけないときは叱るにしても、それ以外のときは、幼稚園に慣れるまでしばらく、ちょっと甘すぎるかなと思うぐらいに甘えさせてやろうと、今は思っています。しかしその思いを簡単に覆すワガママパワーを彼女は持っているので、次の休日にはまた、やっぱりもっと厳しくしなければ!と、思うかもしれません。 

 私もようやく、幼稚園というものに慣れてきて、胃が痛くなるほどぎくしゃく緊張していた送り迎えの時間も、だんだんと日常になり、お母さんたちと自然に挨拶を交わせるようになりました。最初のころは、自分以外のお母さんたちはみんなオシャレ上級者で口が達者で仲間がいっぱいいるように見えていたけれど、慣れてきて全体を冷静に見渡せるようになると、大抵の人は別に群れで行動しておらず、淡々と送り迎えをしていて、お母さん同士話すにしても、たまたま隣にいた人と挨拶ついでにちょっとした会話をする程度のことで、自分と似たような雰囲気の人もちらほらいることに気づき、ほっとして、肩の力が抜けました。どうやら私は、テレビやネットで伝え聞いていた「幼稚園ママ」とか「ママ友」という言葉のイメージに飲まれて怯んで、身構えすぎていたようです。当たり前のことですが、ほとんどのお母さんたちは、自分の仲間を増やすためではなく、子供の幼稚園生活を支えるために来ているのだよなと思ったら、気が楽になりました。
 先日は、帰りの会をする前に、親子であさがおの種を植えるというちょっとしたイベントがあり、みんなでわいわいやりながら、そばにいたお母さんと、ほんの一言二言だけれど、和やかに会話を交わしたりもして、このイベントを素直に楽しむことができ、そんなふうにできたことを、とても嬉しく思いました。最初に行事一覧を見たときは、親の参加行事の多さ(といっても、月に2~3度程度)に、正直ちょっとげんなりしたのですが、長女や長女のお友だちと一緒に思い出作りができる貴重な機会なんだなと、今はとても前向きな気持ちで捉えることができています。幼稚園生活というものは、先生と子供だけでなく、親も力を合わせて作り上げていくものだということが、このひと月でよく分かりました。園生活を通していろいろな人と知り合い行動を共にしていく中で、時にはしんどいこともあるかもしれないけれど、これは永遠に続く関係じゃないんだと言い聞かせつつ、なるべく楽に構えて、長女や長女のお友だちの楽しい園生活をサポートするんだという気持ちでやっていきたいです。

 毎日一緒に幼稚園の送り迎えをしている次女も、もうすっかり幼稚園に慣れ、お姉ちゃんは幼稚園に行くものだということを認識しているようです。朝、長女がもたもたしていると、靴下を持ってきてくれたり、まだ早いのに、鞄と帽子を持ってきてくれたりして、世話を焼いています。毎日決まった時間に決まった場所へ2回お出かけするようになったこの日々を、次女はどんなふうに感じているのだろう。私と二人で過ごす時間は、次女にとってどんなふうなのだろう。あまり楽しくないのなら、もっと楽しくしてやりたいな。長女を送り届けたあとの帰り道など、つい無口になってしまうから、意識的に語りかけるようにしよう。
 この前も書きましたが、私の知らない世界で過ごす時間を持つ長女や夫と違い、24時間いつでも私とくっついて行動している次女の存在が、私の日常のバランスをうまい具合に保ってくれているのを、最近すごく感じています。すぐにぐずぐず言って、ちょっと不安になったりするとすぐおっぱいをほしがって、相変わらずの偏食で、人見知りで、持ってきた絵本を読んでやらないと大泣きして、なかなかに気むずかしい子だけれど、それらの面倒なことすべてが、私の日常の大事なアクセントです。
by papiko-gokko | 2015-04-29 23:17 | 幼稚園生活(長女)
葉桜になってはじめの1歩から2、3歩はやくも靴擦れしそう
 今週も無事、長女は休まず幼稚園に通うことができました。話を聞いていると、毎日ちがった名前のお友だちが出てきて愉快です。お弁当も始まり、ネットでお弁当を紹介しているサイトを眺めて、見よう見まねでそれっぽいお弁当作りに励んでいます。夫のお弁当に比べて、あっという間にいっぱいになるので、配置や大きさにも頭を使います。初めてお弁当を持っていった日、帰ってきてからお弁当を開けたらきれいにからっぽになっていて、お友だちや先生と一緒に、張り切って食べたのだろうなぁと思うと、それだけでもう泣きそうになりました。立派です。
 週の半ばには初めての参観日もあって、一緒にカブトを作ったり、自己紹介をしあったりしました。先生が子どもたちに向けて「おかたづけしましょう」「トイレにいきましょう」など新しい指示を出すたび、長女はみんなからちょっと遅れたりしながらも、一生懸命についていっていました。これまでの送り迎えや帰ってきてからの様子では、わりと平気で飄々と通っているように思っていたけれど、本当は長女なりに気を張って、みんなと同じにできるよう、精一杯がんばっているんだなぁということが、参観日でよく分かりました。それに、参観日というのは、ただ我が子を見るものだと思っていましたが、幼稚園の参観日は、同じクラスの子たちみんなと触れ合う機会なのだということも分かりました。なにしろ始めてだったので、私はうまくふれあえなかったけれど、ほかのお母さんたちは、長女にも気さくに声をかけてくれていて、見習わなければと思いました。
 私は相変わらずまだ送り迎えの時間の雰囲気に慣れることができず、お迎えに行って教室の前で待っているときなど、誰に話しかけることもできずに、いつも場違いのような気持ちで佇んでいますが、ほかのお母さんたちのように、あっという間に仲良くなってタメ口で世間話をするような芸当、私にはとてもできないので、ゆっくり馴染んでいけるよう、馴染めなくてもせめてあんまり浮かないよう、最低限、長女に迷惑をかけないよう、にこやかな挨拶をがんばります。
 幼稚園には慣れないけれど、次女とふたりで過ごす時間には、もうずいぶん慣れてきました。まだほとんどしゃべらない次女との時間は、とても静かで、音楽をかけながら洗濯を干したり、絵本を読んだり、絵を描かせてみたり、ボールを転がしたりして、かつて長女が1歳のころにしていたような、夢のように平和なひとときを過ごしています。ふたりでいるときの次女は私にべったりで、どこへ行くにも着いてきます。まだ、ふたりきりという状況に慣れていなくて、不安なのかもしれません。送り迎えにも一緒に行って、いつでも私とくっついて行動を共にしている次女が、今は可愛くて仕方ありません。新しいことずくめの日々のなかで、次女を抱いているだけでなんとなく精神的に救われるような場面がたくさんあって、そのたびふわふわの髪に自分の顔をこすりつけながら、ああこの子を産んでよかった・・・と、思うのです。次女とも早くおしゃべりしてみたいなぁ。だけどまだまだ、赤ちゃんでいてほしいなぁ。
 長女のお弁当が始まってからは、お迎えの前にお昼寝もさせるようになったので、次女とふたりどころか、1人の時間も確保できるようになりました。せっかく手に入れた一人時間だから、ぼんやりと過ごしたくなくて、昨日はお弁当用のチーズカツをたくさん作って冷凍保存するという、私にしては優秀な過ごし方をしました。撮りためた写真の整理や、押し入れの整理や、調べ物など、1人の時間ができたらやりたいと思っていたことがいろいろあるので、これから日々、平日1日1時間前後の1人時間を、大事に過ごそうと思います。
 今日は数日ぶりに長女が1日家にいて相手をしたので、くたくたになりました。早くも夏休みが心配です。長女が幼稚園に行くようになり、長女がある程度幼稚園でパワーを使って帰ってきてくれるようになったことと、数時間離れるようになったこととによって、長女に対して余裕が生まれ、優しい気持ちで接することができるようになって、叱る回数がぐんと減りました。長女自身も、私に対して反抗的な態度を取ることが減ったような気がします。やはり子供にも自我とか意思が出てくると、少しの時間離れて過ごすことが大切になってくるのだなぁと痛感しています。今日は1日一緒にいたので、いっぱい叱ってしまいました。せっかくの日曜日なのだから、明日はもっと笑顔で過ごそう。
by papiko-gokko | 2015-04-25 23:11 | 幼稚園生活(長女)
せめてコスモス色ならいいのにね
 今週も長女は、元気いっぱい幼稚園に通っています。聞かせてくれるお話の中に、お友だちの名前がちらほら出てくるようになり、それがなんとも嬉しいです。今日は帰りの会で、男の子たちとじゃれ合ってケラケラ笑っていました。本人の話によれば、叩く子がいたり、おもちゃの取り合いでケンカをして泣いたりもしたみたいだけれど、様子を見ている限り、基本的にはタフに楽しく過ごしているようです。「幼稚園もう慣れたよ」という本人の言葉通り、長女はあっという間に幼稚園児っぽくなってきました。
 幼稚園に慣れるまでに時間がかかりそうなのは、むしろ私のほうです。なにしろ会社勤めを辞めてからこれまでの4年間、心ゆくまで人と関わらずに生きていたので、もともと乏しかった社交性がますます退化してしまい、毎日の送り迎えだけで、ものすごいエネルギーを消費します。すれ違うお母さん方と挨拶を交わすことすら、最初はガチガチに緊張して、「おはようございます」と言うつもりが、口ごもりすぎて「はんご・・ざいまぁ・・・」みたいになって、端から見るとたぶん「飯盒タイマー・・・飯盒タイマー・・・」とぼやきながらうつむき加減に歩いている妙な人になっていました。それでも一週間経ってようやく少し慣れ、「・・はよ・・ざいまあーす」ぐらいまでは、相手に聞こえるレベルで、微笑すら浮かべて言えるようになりました。さらさらとうまくおしゃべりはできなくても、とにかく挨拶だけはきちんと、なるべく爽やかにしようと、それを当面の目標にします。
 お母さんたちは、なんだかみんなおしゃれで、今風のファッションで小綺麗にしておられて、これからは私も浮かない程度にちゃんとしなくてはと、髪の毛にアイロンを当ててみたり、会社を辞めてから一度も着ずにしわくちゃになっていたカーディガンをハンガーにかけてしわ伸ばししてみたり、これだけでメイクした感じになれるよと妹が教えてくれたBBクリームを買ってみたりして、あたふたしています。昨日帰ってから長女に「おかあさん、もっとレースとかリボンのいっぱいついてる服を着てくださいって、先生が言うかもよ」と言われて、本気でうろたえました。私の着ている服はだいたい無地で、紺かグレイかベージュかクリーム色系なので、きっとよそのお母さんたちを見て、うちのお母さんってなんか地味かも・・・と心配になったのでしょう。これからも、長女が恥ずかしい思いをしない程度に小綺麗にはしていこうと思っていますが、いくら子供に言われたからといって、自分の趣味を変えるつもりはないので、今度また同じことを言われたら、「服には人それぞれに趣味があって、大人は自分の趣味に合った服を自由に着ていいのだよ」と、教えようと思います。
 今週の終わりからは、いよいよお弁当が始まります。それから参観日があったり、一緒に朝顔の種を植える日があったり、行事も次々にあります。なんだかんだで毎月2回ぐらいは親子で参加する行事があるようなので、長女と一緒に行事の一つ一つを楽しめるよう、怖じ気づかず前向きな気持ちで参加したいです。幼稚園、たった2年だものな。一緒にしっかり思い出つくろう。
by papiko-gokko | 2015-04-21 23:17 | 幼稚園生活(長女)
幼稚園に通い始めた長女
 長女が幼稚園に通い始めた一週間が無事に終わりました。なにもかもが新しくて、まぶしい一週間でした。木曜日の夜にどっと疲れがきたらしく、少し体調を崩しかけて夜に一度吐き、眠くてもう目が開かないと言ってかなり早く寝ましたが、翌朝には元気になって、なんとか休まず一週間通うことができました。初日の見送りでは私のほうが泣いてしまいましたが、2日目からはもう感傷的にならず、次女との時間を大事に過ごすことに意識を持っていくことができました。私があれこれ考えなくても、幼稚園が長女にたくさん刺激を与え楽しませてくれているのだと思うと、毎日ものすごく気が楽になりました。
 長女が幼稚園に行っている3時間のあいだ、次女は普段お姉ちゃんがいるとなかなか自由に使わせてもらえないブロックやぽぽちゃん人形で遊んだり、私にひたすら付いて回ったりして、マイペースに過ごしています。さほど寂しそうということはないけれど、長女が帰ってくるとやっぱりすごく嬉しいみたいで、家に帰ってすぐのお昼ご飯のときなど、向かいに座っている長女から目を離さず、長女のやることなすことおもしろくてしかたなさそうに、長女が何か言うたび声を立てて笑っています。

 お迎えの時間に幼稚園へいくと、まだ最初なので、親も教室に入って、帰りの会に参加します。会といっても、先生から、今日どんなことをしたのか、明日はどんなことをするのかなど、簡単な伝達事項を聞いて、さよならの挨拶をするという、それだけなのですが、そのたった数分も、長女を含め半数ぐらいの子が、まだじっとしていられないのでした。親がいると、余計にそうなるのかもしれません。入園式の日からはっちゃけていたのは長女だけでしたが、現時点で先生のお話中おりこうさんにしていられないのは、どうやら長女だけではなかったみたいで、少しほっとしました。
 長女のクラスは、長女と同じ4歳から入った子が半分、3歳から通っている子が半分で、3歳から通っている子のなかに一人、なんだか長女のことを気にかけてくれているっぽい子がいます。昨日は帰りの会のとき長女の帽子が見つからなくてあたふたしていたら、その子がどこからか長女の帽子を持ってきてくれました。記憶が正しければ、その子は体験入園のときに「この子何歳?いつ生まれ?」と聞いてきた子です。一昨日の朝靴箱の前で会ったとき、「この子な、昨日○×△(←聞き取れなかった)しとったんで、じゃけ、うちが叱ってやったわ、えっと、○○(長女)ちゃん」と、私に教えてくれて、話の最後に、長女ちゃん、と、長女の名前を言ってくれたことがすごく嬉しくて、何か言いたかったけれど、もう次の瞬間には教室のほうへ走っていっていました。長女の名前を呼んでくれた最初の子。ありがとう。

 長女は毎日、その日幼稚園であった出来事を、帰り道やお昼ご飯のときに、お話してくれました。トイレに3回も行ったこと(トイレはとても可愛くしてあるので、それが見たくて何度も行ったのでしょう)、うさぎさんを見たこと、たんぽぽにお砂をかけてごちそうを作ったこと、おうちにあるのと違うブロックでお城を作ったこと、しらない歌をうたったこと、お外遊びでジャングルジムとすべり台をしたこと、うがいを毎日すること、髪にリボンをつけた子とお友だちになったこと、などなど、長女の話してくれるエピソード一つ一つが、私にとっては、その言葉の響きそのままでとっておきたい宝物です。
 初日から私と離れることをまったく寂しがっている様子のなかった長女でしたが、最初の日は家に帰ってから、「おかあさん、(お迎えに)来るのけっこう遅かったよね。何してたの?洗濯物に時間がかかっちゃったの?」と、ぷんすか言われました。さすがに初日は時間が長く感じたようです。自分がいないあいだ、私と次女が何をしているのか気になるらしく、昨日は「おかあさんって、長女が幼稚園にいるあいだ、本当におうちに帰ってるの?本当は幼稚園で、長女ちゃんに見つからないように隠れてるんじゃないの?」と、おもしろそうに言われました。長女なりに、私と次女の時間に自分が存在しない数時間があることが、不思議なのでしょう。これまでずうっと一緒にいたものなぁ。

 まだたった数日しか通っていないのに、すでに幼稚園で学んだことが、長女をきらきら幼児に変身させつつあります。何より驚いたのが、挨拶ができるようになったことです。帰りの会ではいつも「さよおなら!」と大きな声で言っているし(なぜかみんなより一歩前に出て言う・・・目立ちたがり屋なのだろうか)、登園のときには、門の前で挨拶していた園長先生にも、教室で待っていた担任の先生にも「おはようございます!!」と元気いっぱい言っていました。それに今日、お散歩中に通りすがりのおばあさんが挨拶してくださったときにも、「こんにちは!」と、ちゃんと挨拶を返したのです。これまで何度私が教えても、恥ずかしがって上手に挨拶を返せなかった長女が、たった数日でこんな変身を遂げるなんて。幼稚園ってすごい。集団ってすごい。幼稚園は、限られた子供時代に、力いっぱいのびのびと子供でいる方法を教えてくれる場所なんだなぁと、長女を見ていて思います。

 来週もまた、たくさんのことを吸収して、お話してくれるのだろうと思うと、待ち遠しいです。どうか来週も陰りなく、楽しく元気に通えますように。
by papiko-gokko | 2015-04-19 00:55 | 幼稚園生活(長女)
長女、入園
 まだ少し丈の長い真新しい制服を着て、長女が幼稚園に通い始めました。
 入園式の前日になっても、わが子が幼稚園に通い始めるという実感が湧いてこなくて、パラレルワールドの出来事のようで、思わず夫とふたりで、長女の赤ちゃんのころや、2、3歳のころの映像を見たりしました。あんなおしゃべりの長女にもしゃべらないころがあったんだなぁとか、こんなに髪の毛少なかったんだなぁとか、思うことはいろいろあったけれど、それでもやっぱり、実感は湧いてきませんでした。

 そんなふうに、ふわふわした気持ちのまま迎えた入園式当日。長女は「今日はどんな一日になるんだろう!」と言って胸を高鳴らせながら朝ご飯を食べ、制服を着せるとますますテンションが上がって、「もう幼稚園!今日から幼稚園!」と、部屋を跳び回り、その後ろを次女が、通園鞄を持って追いかけていました。
 式に出かけるまえに、家の近くで記念撮影をしました。雨上がりのベンチにシートを敷いて腰掛けた、少し緊張気味の面持ちの長女が数枚と、その横に夫や私が座った写真、そのそばをわけも分からず歩き回るぶれた次女の写真を撮りました。
 幼稚園につくとすぐ、長女は名札とお花を胸につけてもらって何組になったのかを教わり、名札を着けてくれた先生が「さあ、これで、長女ちゃんは○○幼稚園の子になりましたよ」と言ってくださって、まるで呪文にかかったように、そのときから本当に、私の子が正真正銘の幼稚園児になった気がしました。
 長女にはその日からちゃんと長女の名前が書かれた靴箱があり、教室の中にはちゃんと長女の名前の書かれたロッカーがありました。長女はもう、この幼稚園のお客様ではなくなったのです。教室のロッカーに鞄や帽子などの持ち物を入れてから、案内に従って、入園式の行われるお遊戯室へ行き、席に着いたり、写真撮影などしているうちに、入園式が始まりました。そこからはもう、ハラハラの連続でした.長女ときたら、目立つことをするのです。式の途中で舞台に上がったり(ほかにも何人か上がっていましたが、長女もしっかりその一人でした・・・)、お母さんと離れて座っているのが辛くて泣いている新入園児のところへ歩いて行って頭をなでてみたり、どう見ても目立ってしまっていました。そんななか、年長の子たちが、「わからないことがあったら、なんでもきいてね、教えてあげるからねえ」というような内容の歌を歌ってくれて、年長さんてなんてしっかりしていて優しいんだろう!と、涙ぐみました。長女も来年の今頃には、そんな歌をしっかり歌える年長さんに、なれているのだろうか。式の間ずっと、微妙にぐずり気味だった次女も、年長さんのお歌のあいだは、じっと静かに聞いていました。
 ハラハラしっぱなしの式が終わったあとは、教室で担任の先生のお話を聞きました。そのときにもまた長女は、何を思ったのかいきなり匍匐前進を始めて先生を困らせ悪目立ちし、最後に先生がみんなに向かってさよならの挨拶をすると、長女は先生に向かって「じゃ、また明日もくるからね!」と、元気いっぱい気さくに言い放ったのでした。入園式当日からこんなにそこまで目立つだなんて、これから一体どうなるんだろうと、自由すぎる長女に頭がくらくらしましたが、しかし、端から見てどんなに突拍子がないように見えても、長女の行動にはいつも何かしら理由があるのです。舞台に立ったのも、匍匐前進も、きっとただの衝動ではなく、なにかしら長女なりの考えがあってのことで、あとから聞いたら舞台に上がったのは、私と夫に、長女の姿がよく見えないと思ったからだと言っていました。まだ長女は集団行動を知らなくて、入園式の場でも、パパとお母さんと自分という構図で世界を捉えてしまった結果、そういう目立つ行動に出てしまったのだと思います。それは間違った行動なのだということは、これからの幼稚園生活で、学んでくれることでしょう。長女なら学べるだろうと信じます。
 幼稚園を出ると、私も夫も、それから長女もどっと疲れが出たようで、長女は夫の抱っこで家まで帰りました。萎縮はしていなかったけれど、やっぱり彼女なりに、緊張はしていたんだろうな。

 そして、入園式の翌日からは、いよいよ通園が始まりました。次女を抱っこ紐で抱っこして、長女と手をつないで幼稚園まで行き、教室の前まで一緒に付き添って、靴を上履きに履き替えたら、長女はすんなり私から離れて、教室に入っていきました。私のそばに立っていたお母さんが、長女と同じ教室に入っていったお子さんに向かって、「先生の言うことよく聞いてねー!楽しんでねー!」と明るく大きな声で言っていて、私もまったく同じことを、長女に伝えたい気持ちだったのだけれど、教室からじっとこちらを見ている長女と目が合ったら、とたんに喉が詰まって、言葉がでなくて、笑って手を振るのが精一杯でした。私のそばにいたお母さんの声が、長女にも届いていればいいなと思いました。私が手を振ったのを見届けると、長女はふっと子どもたちのなかに混じっていき、見えなくなりました。悲しそうなわけでも、辛そうなわけでもない、ただ、今日からそうなんだなと納得しているような表情でした。だいたいいつも、長女はそうです。出産のときも、長女は泣かず、面会に来るといつも納得しているような顔をして帰っていました。
 幼稚園の門を出て、歩き出すと、とたんに、猛烈に寂しくて、さみしい!と叫びそうなほど寂しくて、涙が出てきて、次女の頭に顔をこすりつけながら歩きました。家に帰ると、リビングに座っていた大きいヒットくん人形と目が合って、ついに幼稚園いってしまったねえと言っているような寂しげな顔に見えて、また涙が出てきました。長女が幼稚園に行き始めたら、長女がいるとできないことをいろいろやろうと思っていたのに、いざその時がくると、長女がいないとできないことばかりが思い浮かんで、長女がいるとできないことなんて、何もないじゃないかと思えてくるのでした。
 たかが幼稚園で、大げさですが、この喪失感にも似た寂しさは、ただ単に、いまここに長女がいないという寂しさだけではなく、これまでどこにも属さず何の肩書きも持たず、ただただ私の娘であった長女が、とうとう、幼稚園という世界の一員になり、私と夫だけのものではなくなったのだという寂しさなのだと思います。その寂しさは、そのまま喜びでもあるのだけれど、今日はどうしても寂しさのほうが勝っていて、まだしばらくは午前中だけだから離れているのはたった3時間ほどなのに、その3時間が、とても長く感じました。楽しんでいるだろうか、寒くないだろうか、暑くないだろうか、着替え袋を入れた場所が分かっただろうかと、心配なことがいくらでも浮かんできて、時間の流れをますます遅くしました。
 。3時間のあいだ、私は洗濯を干したり部屋の掃除をしたり本棚の整理をしたりして、そのそばで次女は、いつも長女になかなか貸してもらえない、ぽぽちゃん人形で遊んだり、ヒットくんに抱きついたり、思う存分絵本を出して、私に読んでくれとせがんだりして、5冊くらい読んでやりました。最初の1時間はのびのびと遊んでいた次女でしたが、だんだんと退屈になってきたのか、抱っこしていなければぐずるようになりました。寂しさを感じていたのかどうかはよく分かりませんが、違和感はあったのでしょう。
 11時半すぎに長女を迎えに行くと、出てくるなり長女はトイレに行くと言い出し、これから帰りの会というのに、私と長女だけトイレに行って、帰りの会に出られませんでした。トイレから戻ってくると、先生が帰りの会で伝えたことを伝えに来てくださって、そのあと、「長女ちゃんは、やりたいことがいっぱいいっぱいあるみたいで」と、にこにこ教えてくださりました。それだけでもう、長女がどういうことを言ったのか、だいたい想像がつきました。
 長女に話を聞くと、帰り道では、「あんまり遊べなかったよ。長女が歌いたいっていった歌、歌わせてもらえなかったし、ブロックもできなかったし、お絵かきもできなかったし・・・」と、不満を口にしていた長女でしたが、お昼ご飯を食べるころには機嫌が直ったようで、楽しかったお話をたくさん聞かせてくれました。チューリップのうたを歌ったこと、みんなでうがいをしたこと、痛いことする子もいたこと、お友だちみんなでトイレにいったこと、などなど、刺激がいっぱいの楽しい一日だったようでした。話を聞くと、どうやら先生に、あれがしたいこれがしたいと、自分の要望を率直に伝えて、困らせたのだろうなぁ。良くも悪くも、長女は自分のやりたいこと、してみたいことが常に明確にある子で、それに向かってまっすぐに行動しようとするのです。しかしそれでは世の中渡っていけないのだよということを、幼稚園はしっかり教えてくれることでしょう。自分のやりたいことだけを追求することが、どうして自分勝手な行動として批判されるのかということは、やはり家庭より集団のほうが、より実感として学ぶことができるのだろうと思います。
 とにかくそんなふうに、初日は過ぎたようでした。 おおむね、楽しかったみたいです。まだまだ、始まったばかりの園生活。これから、家庭訪問や参観日など、イベントが目白押しです。どうなることか。とにかく、楽しく通ってくれれば、それ以上のことはありません。明日も楽しめますように。長女の好きなことが、一つでも多くできますように。
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 最後に、この絵は、入園式から帰ったあと、長女が描いたもの。折り紙の桜も散って、みんな嬉しそう。入園、ばんざい。幼稚園の子になれて、ばんざい。
by papiko-gokko | 2015-04-15 23:50 | 幼稚園生活(長女)
火にかけた牛乳みたいな次女のおしゃべり
 次女がしきりに、おもしろいおしゃべりをするようになりました。ぴしょぴしょぴしょーとか、びえびえびえーとか、ぷわぷわぷわーなど、唇を動かすのを楽しんでいるようなおしゃべりです。自分の声がどんなふうに響くのか実験でもしているのか、高い声だったり低い声だったり、裏声だったりだみ声だったり、うねるようだったりはじけるようだったり、人間ってこんなにいろんな声が出るんだなーと、感心してしまうほど、いろいろな声を出しています。家族のおしゃべりの響きを、次女なりに真似しているのかもしれません。
 現時点での意味のある発語は「わんわん」「まんま」「ぱぱ」「いたい」などまだほんのわずかですが、こちらの言うことはもう何でも理解していて、伝えたいこともたくさん抱えていそうなので、今の不思議なおしゃべりが意味のある言葉になるのは、もうきっと時間の問題です。最近の次女のおしゃべりは、お鍋で火にかけた牛乳が沸騰して膜を張る直前の、ぶわぶわぐわぐわしたあの感じに、とてもよく似ています。きっと、膜が張ったと思ったらとたんに吹きこぼれる牛乳みたいに、あるときを境に、次女の口からため込んでいた言葉があふれ出すのではないかと、そのときをとても楽しみにしています。しかしその一方で、しゃべり出したらもう消えてしまうに違いない現在のおもしろいおしゃべりも捨てがたいので、貴重なぶわぶわおしゃべりの数々を、日々小刻みに録画しているところです。
 そういえばここのところ、日に日に読める絵本も増えてきました。少し前は、何冊かの絵本以外、興味を示さなかったけれど、いまはいろいろなタイプの絵本を楽しんで最後まで聞けるようになって、自分で選んで持ってくることもあります。1ページ1ページから、こちらの想像を遙かに上回る勢いで、言葉と世界を吸収しているのでしょう。今は寝る前に次女向けの絵本を1冊か2冊読んで、そのあと次女を寝かしつつ長女向けの絵本や児童書を数冊読むというスタイルですが、長女が幼稚園へ通い始めたら、日中にもゆったりとした気持ちで、次女だけに向けて絵本を読んでやりたいです。
by papiko-gokko | 2015-04-12 01:13
スプーンでかぼちゃの種を取りながら大事なことに気がつきかけた
 長女の幼稚園入園まで一週間を切って、もろもろの準備も佳境に入っています。今日は下着や靴下やハンカチにサインペンで名前を書いて、布に文字を書くことの難しさを知りました。夫が名前の消しゴムはんこを彫ってくれたので、それも試してみましたが、布にうまく押すためにはそれなりの技術を要するようで、けっきょく衣類は手書きに落ち着きました。
 入園直前の長女は、これまで通り、だいたいご機嫌に、ときどき不機嫌に、ごっこ遊びやお絵かきに興じながら過ごしています。神経質でいろいろやっかいなワガママを言うのは相変わらずですが、もうすぐ幼稚園なんだという意識からか、教えてもいないのに、こちらの言うことに対して「はい!」と、よいお返事するようになり、「幼稚園にいっても大丈夫なように練習しとかないと」などと言って、いろいろ難しいことに挑戦するようにもなりました。
 最近ではたまに子供部屋のドアを閉めて次女を立ち入り禁止にして、積み木でお城や塔などを一生懸命に作っています。以前は、一度崩れたら、うわーんと泣いてそこでおしまいだったけれど、昨日や今日は、がしゃーんと派手に崩れる音がしても、子供部屋から出てこず、また黙々と作り続けて、完成してからその作品を誇らしげに見せてくれました。長女と次女がケンカをするのは大抵、長女がそんなふうに一生懸命に作ったり作ろうとしているものを、次女が壊そうとしたときです。なるべく邪魔させないようにはしているけれど、一瞬の隙に壊してしまったりして、長女が大泣きします。もうちょっと次女が分かるようになれば、こんなこともなくなるのかな。でも今度は、一緒に作りたがって、やっぱりケンカになりそうです。
 それから、長女は人が大笑いするのが、すごく好きなんだなぁということに、ここ数日で気づきました。長女が言ったことややったことで私や夫が大笑いすると、ぱっと目が輝いてはじけるように笑い出すし、次女を笑わせるのも大好きで、次女を笑わせるためなら、全力でありとあらゆることをして、次女が笑うと何度でもそれを繰り返し、ふたりで笑い転げています。必死で笑わせようとしているのに思ったほど笑ってくれないと、しょんぼりしています。今日は長女が三輪車を漕いでいたら、次女も三輪車にのりたがり、乗せたらものすごく喜んで笑ったので、長女もそれが嬉しかったみたいで、「押すほうが楽しい」と言って、次女を乗せた三輪車を押してあげていました。少し前の長女なら貸してあげなかったと思うので、お姉ちゃんになったんだなぁと感心しました。
 
 そんな、入園直前の長女の記録。良くも悪くも、今の長女はまっすぐで、心のままに生きています。幼稚園に通ったらいろいろと、見違えるほど変わるのかな。それともそれほど変わらないのかな。私が緊張しても仕方ないのに、緊張しています。わくわくどきどきそわそわして、何度も入園のしおりを読み返しています。
by papiko-gokko | 2015-04-08 23:28 | Diary
寝顔から今日一日を折りたたむ愛しそびれた場面もあった
 夫が休みの一日。次女をお昼寝させてから、半年ぶりに美容院へ行きました。今回初めて行く美容院だったので、普段のお散歩で歩かない道を通り、見知らぬ喫茶店や新興住宅街などを通っていると、近所のはずなのに、なんだか、自分をとてもよそ者に感じました。もう岡山に住み始めて1年が経ったけれど、よそ者気分はまだ抜けません。しかし考えてみれば、子供の頃から引っ越しが多くて5年以上同じ土地に暮らした経験のほとんどない私に、よそ者じゃない気分で過ごしていた時代なんて、あったのだろうか。がっつり地元の人間、というものに、私はまだなったことがありません。できればこれからも、あまりなりたくはないのですが、そうもいかなくなってくるのかな、もう32歳だし。そう、32歳。今月の3日で私は、32歳になったのでした。2という数字は、1よりも後戻りできない現実的な重みがあり、ずしんときます。30を超えたあたりから、自分の年齢に実感が持てなくなってきましたが、実感がわかなくても自覚だけは持って生きなければと思います。
 美容院は1時間ほどで終わり、「長さはあまり変えず、こぎれいにしてください」という私の注文通り、ぼさぼさになっていた髪がすっきりまとまりました。子どもたちと離れて美容院で過ごす1時間はさぞやゆったりリラックスできることだろうと思っていましたが、そういえば自分は家の外でリラックスできるタイプではなかったことを思い出しました。いつも子供と一緒にいすぎて、もはや子供といないときの自分は、身軽だけれどアンバランスで無防備で、まるで自信がなくなります。
 帰り道、家の近所の桜並木がとてもきれいだったから、思わず夫に電話をかけて、子供たちと一緒にでてきてもらい、一緒に少し花見をしました。次女はお昼寝から起きたばかりでぶすっとしていて、長女はもう小さくなってしまってあったサンダルを引っ張り出して無理矢理に履いていて、夫はカメラをぶら下げていて、3人を見て、駆け出しそうなほどほっとしました。いつもこの桜並木を通るたび、「春には桜のトンネルになるんだよ」と話していたので、長女は「ついに桜のトンネルになったね!」と喜んで走り、最初はぶすっとしていた次女も、やがて靴を履いてきゃっきゃと歩き出しました。一人でしずかに歩くのよりも、いまはやっぱり、子どもたちに、ほらここタンポポ、だとか、そこ歩いちゃだめよ、だとか、あれこれ言いながら歩くほうが、楽しいです。2時間ぐらい離れたから、よけいにそう思いました。
 夜は、夫と長女の手作りケーキで、2日遅れの誕生日祝いをしてくれました。私が美容院に行っているあいだに、作ってくれていたのでした。夫と長女が何度もハッピーバースデーを歌ってくれて、おめでとうとたくさん言ってくれて、長女と一緒にろうそくを吹き消し、次女にもイチゴを食べさせながら、美味しいケーキをいただきました。これ以上ない、幸せな誕生日でした。長女があまりにも屈託なくまっすぐ祝ってくれて、純粋さに胸を打たれました。まだ人から拒絶されたことのない長女の愛情表現は、本当に心配になるほどまっすぐです。これから先、いろいろなことがあるだろうけれど、それでもいつまでもこんなふうに、まっすぐ人を祝える長女でいてくれたら、いいな。
 寝かしつけは今日も相変わらず時間がかかって、叱ってしまったけれど、すてきな一日でした。
by papiko-gokko | 2015-04-06 00:02 | Diary
本当のことはしらない聞こえないくらいの声で大好きと言う
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 次女が1歳3ヶ月を迎えました。言葉はまだあまり出ていませんが、主張はものすごくはっきりしていて、首を振ったり、指さしたり、大きな声を出したりして、全力で欲求を表現しています。長女の遊び相手もかなり務まるようになり、ふたりともがご機嫌なときには、なんだかよく分からないことをして大笑いしながら遊んでいます。長女は次女が声をたてて笑うのが嬉しくてたまらないらしく、次女を笑わせるために、ありとあらゆることをして、しすぎて私に怒られたりしています。ケンカもしょっちゅうしていますが、どちらかがわあーっと泣いても、数分後にはもう忘れて遊んでいたりするので、幼い姉妹ってそういうところがいいよなぁとつくづく思います。
 最近の一番の悩みは、食が細いことです。食べたいものを食べたいようにしか食べなくて、食べたくないものは、どんなにスプーンで口に運んでも、口をへの字に曲げ首を左右に振って拒否します。掴み食べが好きなので、もう汚れるのは諦めて、なんでも掴み食べさせていますが、それでも積極的に食べてくれるものは限られています。いまのところ、積極的に食べてくれるものは、海苔、ヨーグルト、トマト、リンゴ、イチゴ、レーズン、魚、肉、魚肉ソーセージ、イチゴ、アイスクリーム、せんべいなど。こうして書いてみると、それなりに好きなものがあることが分かって、ちょっと安心しました。パンやご飯は、あまりたくさん食べてくれません。それから卵や牛乳も、せっかくアレルギー反応がでなくなったのに、いまいち好きではないようです。本当に好きなものだけを口に入れたいらしく、たとえばほぐした魚をご飯にまぜても魚だけを手で食べるし、レーズンパンを与えても、レーズンだけを器用に取り出して食べます。長女はなんでも食べていたので、好みがはっきりしている次女に戸惑いますが、いろいろなものを食べさせて、好物を増やしてやりたいです。
 好き嫌いがはっきりしているのは、食べ物だけではありません。絵本の好みもすごくはっきりしています。好きな絵本は、声をたてて笑いながら聞いて何度も読んでほしがり、興味のわかない絵本は、なんだか苛立たしげに閉じてしまうのです。これに関しても、長女はどんな本もおとなしく最後まで聞いていたので、ふたりの違いに驚いています。いま次女が好きな絵本は、『いないいないばあ』『かお・かお・どんなかお』『おひさまあはは』『もこ もこもこ』『くつくつあるけ』『のせてのせて』『いいおかお』です。そのほかの絵本は、大抵途中で閉じてしまいます。このラインナップを見ただけでは、次女の好きな絵本の傾向がいまいち掴めないので、まだまだいろいろ読んでみて、研究を続けるつもりです。
d0038776_0542369.jpg 基本的に気性が荒くいつも若干怒っている感じで乱暴ぎみな次女ですが、その一方で、乙女っぽいところもあります。鞄をもって歩いたり、帽子をかぶったり、髪飾りをつけたがったり、髪をくしでといたりするのが、どうやら好きみたいなのです。昨日は帽子が好きすぎて、2こかぶって歩いていたし、今日も室内で帽子をかぶって遊んでいました。一番好きな帽子は、長女の幼稚園帽子のようですが、入園前に汚されては困るので、いまは隠してあります。お洋服にも興味があるようで、朝着る服を用意すると、自分で体にあてて、着てみようとしています。この前、新しい服を買ってやったときには、すごく嬉しそうに着て、いっちょまえに裾をつかんで見せたりしていました。おしゃれさんになりそうです。
 これまではつねに長女と一緒に過ごしてきた次女ですが、もうすぐ長女が幼稚園に行くので、そうすると、私とふたりで過ごす時間ができるようになります。長女のいない数時間は、これまでしてやれなかったぶんまで、次女だけにたっぷり時間を捧げたいなぁと、いまから楽しみにしています。きっとこれまで見えていなかった新しい一面が見えてくる気がします。
by papiko-gokko | 2015-04-04 23:52 | 月齢ごとの成長記録(次女)
ビートルズを聴いている春
 4月になりました。キャベツを千切りしていたら、どうしようもなく憂鬱な気分になってきて、それに比例するようにキャベツが太くなってきて、やがてまな板からぼさぼさこぼれて、ついに手が止まって、しばらくそのままぼーっとしてしまいました。春は大好きな季節なのに、近所の桜も咲いたというのに、今年はどうも心が躍りません。あと約2週間で長女の幼稚園が始まるのだと考えると、もう長いこと忘れていた、新学期前特有の気の重さが襲ってきます。制服を着て、門をくぐって、ひとたび上履きをはいてしまえば、あとはもうなんてことなく、流れのままに日々が始まっていくのだと、分かっているのだけれど、「上履き」という、その言葉ひとつ思い浮かべただけで、あああと布団に潜り込んでしまいそうな、この感じ。ああ、久しぶりの、こんな春。まだ名前を書いていないものもあるから、書かなくては。いろいろ、確認しなくては。楽しまなくては。長女の待ちに待った、楽しい楽しい幼稚園が始まるのだから。楽しもう、楽しもうと、もやもやするたび唱えます。

 ここのところ、ビートルズばかり聴いています。いろいろな洋楽を聴いてみるつもりが、結局ビートルズにどっぷりはまって、図書館で借りられるだけCDを予約して、聴き漁っています。聴いてみると本当にいろいろな曲調の歌があって、まったく飽きません。ノリノリの曲も、バラード調の曲も、おしゃれな曲も、ちょっとふざけた感じの曲も、ぜんぶ最高で、慰められます。ビートルズに触れる機会はこれまでにもいくらでもあって、両親が聴いていたのを一緒に聴いたこともあったし、英語の授業で流す先生もいたりしたし、CMなんかでもたびたび聴いているので、CDを聴いていると聴き馴染みのある曲がいっぱいあるのですが、これまでどんなに身の回りで流れていても、自分にとってビートルズな完全に自分の外側にあった音楽でした。それがいま、強烈な魅力に気づいたとたん、ものすごい勢いで内側に流れ込んできて、感動がとまりません。
 これまで、試みに日中に私の好きな曲を流すと、長女が「子供の曲のほうがいい」と言って嫌がったり、私がうるさく感じたりして、あまり長くかけていられなかったのですが、ビートルズはなぜか長女も嫌がらなくて、私もまったくうるさく感じないので、日中もなんとなく静かな時間が訪れたときには、小さな音で流しています。覚えやすいメロディーの曲ではたまに口ずさむようにもなって、「Let It Be」はえるひーえるひー、「Yellow Submarine」はようそこりんーと、聞こえたままに歌っています。「Hey Jude」は最後のラララのところを気に入って、「らららなら分かるから歌えるよ」と、流れるたびに歌っています。一緒に聴ける音楽が見つかって、嬉しいです。
by papiko-gokko | 2015-04-01 23:51 | Diary


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