日記と短歌
by papiko
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さよなら2014年
 昨日から夫が長期休暇に入り、我が家もいよいよ年末モードになりました。今日は車で少し遠くの大型店に行き、横浜への帰省に向けてお土産を買ったり、新年を迎えるにあたって私と夫もひさびさに新しい服を買ったりしました。それから、来年になると、長女の健康診断や一日入園など、幼稚園に行く日がちょくちょく出てくるので、長女の上履きも買いました。まぶしいほど真っ白な上履き、見ているだけでどきどきします。
 家に帰ってからは、近所のお店で大きな段ボールをもらってきて、帰省の荷造りをしました。子連れ移動だし荷物がそれなりに多いので、大半の荷物は宅配便で送ることにしたのです。あれもこれもと詰め込んで、集荷の予定時刻ぎりぎり間に合いました。集荷のあとは、長女と次女のおそろいリュックに、お菓子とおむつを積めたり、私の鞄に、除菌ティッシュやら、新幹線で遊ばせるために買っておいた折り紙とめいろゲームとノートを積めたりしました。あとは明日、最終チェックをするだけです。

 夜、子どもたちを寝かしつけ終えてリビングに行くと、テレビで『HEY!HEY!HEY!』のスペシャル番組をやっていて、「懐かしい!」を連発しながら見ました。出演していたのが主に90年代にヒットを飛ばした人たちで、当時のトーク影像なんかも流れて、90年代の音楽シーンをこよなく愛する私にとってたまらない内容で、一緒に見ていた夫に「これ、中学んときクラスでこの替え歌が流行って」とか「高校のときの先輩がこの人の大ファンで」とか「あああ受験のときこれを聞いて」とか、興奮気味に語りながら、中高時代の思い出に浸りました。塾のあと友達とCDレンタルショップに行って、シングルランキングの1位から順番に借りまくって、自分で曲順を練りながらMDに録音していたあのころ、音楽を聴くのが楽しかったなぁ。やはり、自分の青春時代に聴いた音楽は格別です。
 ほとんどの曲が、もう20年近くも前だったりして、「そうか、もう90年代って、普通に懐メロなんだ・・・」と夫が切なそうにつぶやいていました。ヒット曲として聴いていた当時と、自分の中身はほとんど何も変わっていないのに、あの時代からもう20年近くも経っていて、90年代が懐メロになっていて、いつのまにか自分も30代で2児の母で、大人として生きているということの、一つ一つの事実が、頭の中でうまくつながらなくて、そのちぐはぐさが、容赦ない時の流れを際立たせ、そこはかとなく恐怖を覚えます。そして、音楽を聴きながら、20年というまとまった過去を、もう明確な思い出とともに振り返ることができるくらい、自分が生きてきたんだということにも、驚きます。
 なんといっても、感動したのは、浜ちゃんが、出演したたくさんの90年代を代表するアーティストたちとともに、『WOW WAR TONIGHT』を歌ったことです。なにしろ当時、中学1年生だった私は、雑誌の切り抜きを集めるほど浜ちゃんの大ファンで、「HEY!HEY!HEY!」は毎週かかさず見ていたし、『WOW WAR TONIGHT』はあまりにも好きすぎてCDを2枚買って、シングルCD用のケースに入れて、大事に大事に眺めていたのでした。だから、まさかの展開に感動して、思わず録画ボタンを押しました。あのころから確実に歳を重ねて、それぞれいろいろな人生経験を積んだ人たちが、かつて出演した人気番組のステージに集まって、ダウンタウンを囲んで、『WOW WAR TONIGHT』を、楽しそうにノリノリで盛り上がって歌っている姿は、その数分だけ、ミリオンセラーだらけだった90年代の賑やかさが蘇ったようで、すさまじくて、胸が熱くなりました。もうとっくに壊れたと思っていた自販機が、何かの拍子にシピピッと通電して強烈な光を放ち、その一瞬の光で無数の思い出が照らし出されたような、そんなまぶしさでした。

 番組が終わったところでちょうど次女が泣き出し、再び寝かしつけに寝室へ行くと、そこには子どもたちがいて、テレビを見ている間ちぐはぐに感じた人生のシーンひとつひとつが、ふたつの寝顔に雪みたいに溶けていき、時の流れに恐怖を感じていた気持ちが、すうっと消えました。そうだ、2014年が終わろうとしている今、私には、この子たちがいるから、なにも怖くない。20年という月日が、この子たちのいるこの場所に、私を連れてきてくれたのだから、それは、ちっとも怖いことではない。私はこれからこの子たちをいつか自立させるために、たくさんすべきことがあるし、してやりたいことがあって、容赦ない時の流れに、ひるんでいる暇なんてない。そう思えたとき、愛してやまない90年代の音楽たちが、私のなかで初めて、「懐メロ」という言葉に、しっくりと当てはまりました。

 そんなわけで、明日はきっと早く寝るので、これが2014年最後の日記になります。今年、この日記を読んでくださった方、ありがとうございました。今年も書きたいことを書き続けることができて、満足です。よいお年を。
by papiko-gokko | 2014-12-30 02:02 | Diary
長女のいない1日。今年1年を振り返って思うこと。
 次女は今、お昼寝しています。そして長女は夫と一緒に、夫の職場の忘年会に行きました。子ども好きの社長さんで、参加した子どもたちも向けのお楽しみも用意されているそうです。長女が1日いないのは、今回と同じように参加した5月のイベント以来のことで、今、ちょっとうろたえるほど自由です。うろたえたからには、日記を書かねばなりません。
 今回も夫が長女を連れて行ってくれると聞いたときは、久しぶりに妨害のない静かな一日を過ごせるのだと思うと、正直もうにやけそうなぐらい嬉しくてたまらなかったのですが、いざいなくなると、静かすぎて調子が狂って、次女とふたりで、もぞもぞ過ごしています。
 午前中、次女が起きているあいだは、絵本を読んだり、お絵かきしたり、ブロックをしたり、写真を撮ったりして、次女とふたりきりの時間を楽しみました。長女がいると、次女向けの絵本ばかり読んであげることができないので、今日はたくさん読みました。赤ちゃんのころの長女は膝に腰掛けて読むのが好きでしたが、次女の場合は、読んでいる人の顔をすごく見たがるので、向かい合って読むほうが集中して聴いてくれるようです。お絵かきとブロック遊びは、相手が私ではどうやら役不足のようで、あまり長続きしませんでした。いつものように、「長女ちゃんがやってあげるから!」とか「そうじゃないよ!」とかいいながら無理矢理に横から入ってくる激しいお姉ちゃんがいないと、次女にはなんだか物足りないようです。ケンカしているように見えても、取り合いっこも遊びのうちなのだなぁ。
 たまにこうして長女がいないと、私も次女も、思いのほか長女の存在に頼って暮らしていたことに気づかされます。家事でちょっと部屋を離れるときや手が離せないとき、次女のそばにはいつも長女がいて、だから安心していられました。長女がいないと、私も次女も、なんだかお互い目配せしあってばかりいます。いつもと距離感が違って、ぎくしゃくします。だけど昨日、長女に「あしたは長女ちゃんいないのかーさみしいなー」と言ったら、「まだ帰ってこないかなーは、言ってもいいけど、さみしいなーは、言っちゃだめなんだよ!」と叱られたので、くれぐれも寂しがらないように、そして次女を寂しがらせないようにしなくては。お昼寝から起きたら、何をしよう。

 次女がまだ寝てくれていて、せっかくたっぷり時間があるので、今日は今年を振り返る日記を、書こうと思います。
 今年は、年の初めに次女が生まれて、夫が無事やりたかった職業に就き、引っ越しをして岡山での暮らしをスタートさせた、とても意味深い1年でした。出産から引っ越しが決まるまでの期間は不安だらけで辛かったけれど、岡山での暮らしは、想像していた以上に快適で、穏やかで、私たちの選択は間違っていなかったんだと、1年間暮らしてみて確信できました。これからどんなことがあるかは誰にも分からないけれど、とりあえず現時点では、この町と今の生活が、とても性に合っています。歩いて行ける距離に一通りのお店と病院が揃っていながら、それでいて基本的には田舎で、用水路に魚や亀が泳いでいたり、田んぼにびっくりするほど大きな鷺がいたり、広々とした空に飛行機雲の延びていくのがどこまでも見えたりする、この環境はまさに、母親になった私の求めていたものでした。
 この町の土地柄なのか、どこへ行っても親切にしていただくことが多くて、散歩していると「かわいいなあ」とか「おねえちゃん、がんばって歩きおるなあ」とか、とても気さくに声をかけてくださるので、そのたび心が和みます。つい先日も、買い物中に長女が手袋を落として、「もう、また落としたの?どこ?」と、つい苛立った声で長女を責めていたら、それに気づいた年配の女の方が、「あそこに落ちとるよ、取ってきてあげらあ」と、駆け足で取ってきてくださって、「2人連れとったら大変じゃわなぁ」と、笑いかけてくださって、その優しさに長女に対する苛立ちがすうっと消えました。こうした優しさに触れるたび、住む家をこの町に決めてよかったなぁとつくづく思います。
 1年を振り返ると言いつつ、住んでいる土地の話ばかりになってしまいましたが、つまりこの1年は、私にとって、岡山での暮らしを味わう1年だったのでした。来年からは長女が幼稚園に通い始めるので、年がら年じゅう朝から晩まで姉妹一緒にそばにいて毎日ひたすら親子で過ごした、今年は最初で最後の貴重な1年でもありました。毎日ベビーカーを押して、長女の手を引いて、近所の道を歩いたなぁ。次女が途中で泣き出したり、長女がだだをこねたり、空を見上げたり、用水路を覗いたり、柿の木を指さしたり、買った卵が割れたりしながら、毎日てくてく、日々の小さな目的を果たすために歩きました。我が家の道を挟んだ向かいの家の窓のところで、でっぷり太った白い猫がよくひなたぼっこしていて、子ども部屋の窓からそれを見るのも、私と長女の楽しみの一つでした。寒くなってきたせいか、そういえば最近あまり見かけません。子どもが2人になって、自分の時間がなくなり、お金のやりくりの難しさも育児の大変さもぐんと増したけれど、その何倍も楽しさが増して、子どもたちと一緒になって笑ったり怒ったりして、毎日はちゃめちゃで愉快です。そう、一言で言い表すならば、今年は愉快な1年でした。
 それにしても、今年のお正月に生まれた次女が、もうじき1歳になるだなんて、信じられません。次女が生まれたのは、もうずっと前のことのような気がしますが、次女を育て初めてまだ4ヶ月ぐらいしか立っていないような気もしています。もう11ヶ月も育てただなんて。ああ、2番目の子は早いと聞いてはいたけれど、これほどまでとは。この1年は、次女の誕生があったからこそ、最高のタイミングで生まれてきて私たち一家を新しい場所へ導いてくれた次女には本当に感謝しています。今年の我が家のMVPです。

 1年を振り返り終えたというのに、次女はまだお昼寝から起きません。引き続き自由すぎてうろたえています。次女が寝ているからドタバタ部屋の掃除はできないし、いや、しようと思えばできることもあるけれど、せっかくの自由時間だから家事以外のことをしたいし、でも、うろたえすぎていて家事以外思いつかないし、日記を書き終えたあと、どう過ごそう。一人暮らしをしていたころから、一人で時間を使うのが苦手です。一人の時間にしたいことって、こうして文章を書くこと以外、実はそれほどないのだと、いま気づきました。困った。やることがないので、ファイリングしないまま溜まっている長女の絵の整理でもしようか。幼稚園入園に向けて、長女をだらしない子にしないために、まずは親がその手本を示さなければと、いま、あちこちの整理整頓と部屋の片付けを、私なりにがんばっているところです。よし、整理整頓をすることに決めました。それにしても、長女がいないと異様なほど静かです。長女、まだ帰ってこないかなー。
by papiko-gokko | 2014-12-27 14:56 | Diary
0歳と3歳のクリスマス
 待ちに待ったクリスマス。イブの昨日は、部屋の飾り付けをしたり、ごちそうやケーキを作ったり、子どもたちとわくわくどたばた、動き回っていました。飾り付け中、長女は踊りながら、クリスマスソングを歌い続けていました。去年もだいぶ分かっている感じでしたが、今年はもうしっかりと完全に理解していて、体中でわくわくを表現していました。なにがなんだかまだ分からない次女も、そんな長女につられてテンションがあがり、ふたりでわきゃわきゃ楽しそうにしていました。幼い頃は私も妹たちと、特別に朝からずっと点灯しているクリスマスツリーの前で、歌って踊ってはしゃぎまわっていたなぁ。台所でだんだんと出来上がっていくごちそうの匂いが、サンタさんの鈴の音を連れてくるようで、ときどき耳を澄ましては、「なんかいまリンリン聞こえた気がする」などと、母に報告したりして、全身全霊かけて、クリスマスの空気を味わっていました。
 飾り付けの星にハサミを入れているとき、それからローストチキンに味付けをしているとき、ケーキにクリームを塗っているとき、テーブルにごちそうを並べているとき、そして、子どもの枕元にプレゼントをそっと置いたとき、ふっと、どうしようもなく、泣きたくなりました。クリスマスの思い出には、その年ごとの自分が包まれていた幸せが凝縮されていて、今年こうして子どもと過ごすクリスマスの幸せな風景ひとつひとつが、自分の子ども時代に味わった幸せなクリスマスの風景と重なり、その思い出の遠さが、こんなふうに過ごせるクリスマスはそう何年も続くわけじゃないんだなぁということを、私に気づかせてしまうから、幸せを感じれば感じるほどに、泣きたくなりました。だいたい私は、幸せを感じるときほど、悲しいことを考えて、浮かれすぎないようにバランスを取ろうとする、悪い癖があるのです。クリスマスにはその悪い癖が最大限に発揮されて、何度も泣きそうになりました。子どもたちが、サンタさんを信じてくれているクリスマスは、親にとって、こんなに宝物だったなんて、知りませんでした。

 そして今日、クリスマスの朝。まず長女が目をさまし、横を向いて寝ていたので先に次女の枕元のほうに気づいて、「あ、次女ちゃんにサンタさんきた」と言ったあと、あわてて自分の枕元も確認して、「あ、長女ちゃんのもあった!」と、飛び起きました。すでに出勤した夫に報告するためにビデオを回しつつ、長女が包装紙を開けるのを手伝い、長女と一緒に「わあ!」と驚きました。今年のプレゼントは、子供用のクッキングセット。子どもの手にぴったりのサイズで作られている包丁、まな板、ピーラー、お玉、マッシャー、フライ返し、型抜きなどが入っています。最近よくお手伝いをしてくれるようになって、お料理に興味があるようなので、このプレゼントに決めました。長女は「わあ、型抜きもある、ちょうどクッキーつくろうと思ってた」などと言いながら、喜んでくれました。
 まもなく次女も目を覚まし、早く次女のほうも開けたくて仕方の無かった長女が、包みを開けました。中からは、ぶたのパペットと、それから小さな赤い椅子が出てきました。いつも長女のローチェアによじ登っていたので、椅子に決めたのでした。袋から出てきたのが椅子だと分かると、次女はすぐさまよじのぼっていました。パペットで話しかけると声を出して笑ってくれたし、こちらもどうやら喜んでくれたようです。
 サンタさんのプレゼントのほかにも、じいじばあば(私の両親)から、長女には図鑑(小学館の『ふしぎの図鑑』『くらべる図鑑』)、次女にはワンピースと動物のリュックサックをもらいました。『ふしぎの図鑑』はちょうどいまの長女にぴったりだったようで、結構熱心に読んで、載っていた温泉たまごを一緒に作ってみたり(失敗してしまった)、絵の具のまぜる実験をやってみたりしました。それから、次女のもらったリュックサックがすごく可愛くて、可愛すぎて長女も気に入ってどうしても欲しくてふてくされるという事件もありました。まったく、こういうところも幼いころの自分と妹の関係を見ているようで、愛しいような苦々しいような気持ちです。この問題は、放っておくと次女が辛い目に合いそうだったので、お年玉として長女にも今度おそろいのものを買って貰うことになり、解決しました。サンタさんから次女への椅子に対してもなにやら少し複雑な思いがあるようだったし、長女が嫉妬心をもう少しコントロールできるようになるまでは、長女のためにも次女のためにも、なんでもおそろいでプレゼントするほうがいいのかもしれません。三姉妹を育てた母もそう言っていたし、私も経験上、かなりそう思います。来年のクリスマスは、そのあたりも考慮して決めよう。
 長女は今日、サンタさんからのプレゼントで、さっそくお料理を作りました。お昼はちくわと卵の炒め物を、夜は味噌汁を作りました。味噌汁には、型抜きのニンジンを入れたりもしました。まだまだ見ていないとあぶなっかしいけれど、がんばっていました。

 そんなふうに過ぎたクリスマスの一日。長女は何度も、「サンタさんきたんだねえ・・・」「サンタさん、きてくれたねえ・・・」と、しみじみ繰り返し、次女はひたすら新しい自分の椅子によじ登っていました。0歳と3歳のクリスマス、いっぱい笑って、わくわくして、楽しかったです。
by papiko-gokko | 2014-12-25 23:31 | Diary
長女3歳11ヶ月
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 長女が今日で3歳11ヶ月を迎えました。あとひと月で、なんと4歳になります。長女にそのことを教えると、「くひー!」と喜びの声をあげていました。彼女はもうずいぶん前から、4歳になる日をものすごく楽しみにしているのです。
 いつもそうなのですが、わがまま炸裂の時期が一段落すると、それ以前よりも少し、言動がおねえさんになります。今もまた、先週でわがままな時期が落ち着いて、おっと驚くほど成長を感じる発言をするようになりました。夫と私が軽く言い争いをしていると、すぐにそれを察して「もう、ケンカはやめて!」と、ドラマの子役みたいな口調で制したり、出かける前に私が暖房のスイッチを切っていたら「ホットカーペットも切った?」と確認を促したり、「この道は○○へ行く道でしょ」と私より道順を覚えていたりなど、もう大人のすることや考えていることをなんでも分かっているような様子で、たったこの前まで赤ちゃんだった子だなんて嘘みたいです。
 今日は冷たい風の吹くなかお出かけをして、途中で長女のコートのボタンがひとつ外れていることに気づき、手袋を外してボタンを直し始めたら、「さむくない?」と言って、手袋している彼女の両手を、私の素手にそっと重ねて、ふんわり包み込んでくれました。その小さな両手と言葉は、ランプに火をともしたように、体中をぽうっと明るくあたたかくしてくれて、ああ、やさしい子に育ってくれているなぁと、嬉しくて嬉しくて、少しだけわざと時間をかけてボタンをとめました。
 それから午後、部屋の片付け中に私がレゴブロックの入った箱に思い切り足を突っ込んで躓いたときも、はっと振り向いて「いたくなかった?」と心配してくれたし、Eテレ鑑賞中に次女がごてんと転んで少し泣いたときも、テレビの画面を眺めつつ、ほとんど無意識の感じで、ずっと次女の頭をさすってやっていました。今日はそんなふうに、長女の思いやりに気づく場面が、たくさんありました。
 もちろん、言うこと聞かずの強情っぱりのわからんちんな部分も多々あって、今日も数回きつく叱ったけれど、誰かが痛かったり寒かったりしたとき、即座にその人の感情に寄り添う心が育っているのならば、本当のところ、それだけでもう、いまは十分のような気もしています。ペンのフタをしめるのを忘れてばかりでも、食事のとき三角食べができなくても、着替えに時間がかかっても、顔を石鹸で洗うのが怖くても、思い通りにならないとすぐ涙が出ても、次女に負けないくらい甘えん坊のだっこ虫でも、大丈夫だから、自信を持って4歳になったらいいよと、長女に言ってやりたいです。
 3歳の長女と過ごす、いよいよ最後の1ヶ月。年末年始できっと慌ただしく過ぎていきそうだけれど、できるだけ大事に味わおう。
 
by papiko-gokko | 2014-12-22 23:06 | 月齢ごとの成長記録(長女)
赤ちゃんの時代を終えて人生の記憶のしっぽをいま生きている
 イヤイヤ期の始まった2歳ごろからこれまで、長女はずっと、わがままが炸裂する時期とちょっと落ち着く時期を繰り返していて、今また、わがままな時期に入っています。風邪の治りかけで鼻が出るので苛立つのか、寒くて外遊びがあまりできないからストレスが溜まっているのか、理由はよく分かりませんが、やたらめったら甘えてしつこくだっこをせがんだり、叱られるようなことばかりしたりして、私をくたくたにします。我が儘が炸裂する時期は、一人遊びをぜんぜんしなくなり、とにかく一日中、お母さん見てお母さん来てお母さんお母さんと大きな声で呼び続けるので、「ちょっと待って」とか「今は無理よ」とか「あとでね」とか、なるべくなら言いたくない種類の言葉を繰り返し放ってしまい、こんなんじゃ駄目だもっと優しく楽しいお母さんでいようと、意識的に顔いっぱいの笑顔を作って相手をしてみるものの、娘に対して、作らなければ笑顔になれないことが悲しくて、そんな笑顔はずるずる崩れ、結局また次の瞬間には「ちょっと待って」「あとでね」を繰り返しながら、良くないよなぁ駄目だよなぁと思いながら、一日を終えました。
 次女に対しては、いたずらされても泣かれてもいくらでも笑顔でいられたのに、長女のわがままに対しては、どうしても眉間に皺を寄せてばかりでした。長女にもそれが伝わるのでしょう。私に甘やかしてほしくて、おぎゃあおぎゃあと、わざと赤ちゃんの泣き方を真似して泣き、だけどそんなふうにしてわざと泣けば泣くほど、もう無邪気な赤ちゃん時代は完全に終わってしまったんだということがはっきりするばかりで、その泣き方を可愛いと思ってやれないことが辛くて、耳をふさぎたくなりました。長女には長女の、3歳なりの可愛さがあって、赤ちゃんの真似なんてしないほうが、ずっとずっと可愛いのだから、力いっぱい3歳でいて欲しいのです。そのためには私が、3歳の長女を、もっともっと、赤ちゃんに対するのと同じように、無条件に可愛がらなくてはいけないのだろうか。だけど、赤ちゃんと同じように無条件に可愛がっていたのでは成り立たないようなことを、次から次へとしでかすのが3歳児なわけで、どうしたって0歳の次女に対してよりも、3歳の長女に対してのほうが厳しくなるし、分かっていて悪いことをするぶん、苛立ちもします。どうしたものか。あと3ヶ月ちょっとで幼稚園なので、幼稚園に行くようになれば、いろいろまた変わってくるのかなと、期待しています。

 もうすぐ4歳になる長女の言動は、幼い頃の自分にそっくりなところがたくさん出てきて、ああこの子は今、泣きそうだからわざとへらへら笑っているのだろうなぁとか、引っ込みがつかなくなってるんだろうなぁとか、感情の動きが手にとるように分かって、それと同時に、そのとき自分の両親がどんな気持ちでそんな私を見ていたのかも分かり、すこし苦しくなります。
 一昨日『魔女の宅急便』を見たあとで、「どうやったら、キキみたいに、スカートがふわっとまいあがるのかな。このワンピースは広がらないのかな」と言いながら、ぐるぐる部屋を回って必死でスカートをふくらまそうとしていたのなんかも、小さなころの自分を見ているようでした。私もあの、ふんわり風にはためく謎の素材のワンピースに憧れたもので、同じものに憧れていることがたまらなく愛しくなって、くるくる回る長女を、思わず抱きしめて、回転を止めてしまいました。
 今の長女の愛しさは、そういうところにあるのです。かなり断片的ではあるけれど、当時の出来事や風景などの思い出がぎりぎりうっすら残っている、そんな人生の記憶のしっぽにあたる時期を、今まさに生きている長女を見ていると、幼少時代を追体験しているようで、長女のちょっとした言葉や行動に、ぐわんと感情が突き動かされます。これからますます、長女は私に似てくるのだろうか。それともだんだん違ってくるのだろうか。

 なんだか、まとまらない日記になりました。明日は今日より朗らかに過ごせますように。
by papiko-gokko | 2014-12-17 23:39 | Diary
世の中のしくみが変われば変わるほど私はここでこのままでいる
 週末に下の妹が泊まりに来て、長女は飛びはね大喜び、次女は人見知りで大泣きでした。最初は大泣きしたものの、会って30分もすれば慣れて、長女と一緒に遊んでもらっていたのですが、一晩寝るとまた元通りで、しばらく泣きながら私にしがみついていました。どうやら次女は、長女より人見知りが激しいようです。低月齢のころから愛想が良くて人懐っこい子なのに、こんなに人見知りをするとは意外でした。しかし、長女がいまそうであるように、次女もそう遠くないうちに下の妹のことを大好きになって、長女と一緒にはしゃぐようになることでしょう。下の妹は大学時代岡山に住んでいて知り合いが多く、何かと岡山に用事があってうちにも来るので、顔を覚えて慣れるのも早そうです。
 夜、子どもたちが寝てから、妹と夫と3人で、テレビを見ながらとりとめのない会話をして過ごし、自分より6歳も若い妹のさまざまな発言に、共感したり驚嘆したりしながら、このひとときは、私の人生のなかで、わりと貴重な時間なのだろうなと、ぼんやり思いました。私や上の妹が結婚して、それ以前のように3姉妹だけでぐだぐだと夜更かししたりして過ごす時間がなくなっていったように、いつかは下の妹も結婚して、いまのように、私と夫と3人でのんびり過ごすようなことはできなくなるかもしれません。それはそれで、また新しい楽しい時間が生まれるのだろうけれど、まだ結婚していない妹との時間って貴重なんだなと、上の妹が結婚したとき寂しくてしみじみ思ったのでした。私たち3姉妹は、生き方も趣味も三者三様かなり違っていて、もし姉妹じゃなければきっと、それほど親しくならなかったと思うから、だからこそ、姉妹として出会えてよかったなぁと思います。
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 夫が子どもたちに布おもちゃを作ってくれました。長女が生まれる直前にたくさん作っていたフェルトとボタンのおもちゃの、ニューバージョンです。今度はフェルトではなく、布にキルト芯を入れて作ってあるのだそうで、フェルトよりぴしっとしたさわり心地で、いろいろな模様があるのがかわいいです。夫は布を買うのが好きで、中途半端に残った端切れがたくさんあったので、それを減らすのにちょうどいいおもちゃでした。
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 子どもたちはこの新しいおもちゃを気に入ったようで、とくに長女が喜んで、さっそくこれまであったフェルトバージョンとつなげて遊んでいました。このおもちゃは、長女が0歳のころからずっと遊び続けていて、次女もずっと遊んでいて、ヒットくん人形と同じぐらい、わが家にかかせない風景になっています。フェルトのほうはかなり毛羽だってくたびれてきているので、もっとたくさん作って欲しいです。
by papiko-gokko | 2014-12-16 23:39 | 手作り
私以外の家族が風邪を引いた一週間
 週の前半で夫が、後半からは子どもたちが風邪気味になり、私だけが元気な一週間でした。子どもたちは木曜に小児科へ連れて行って薬をもらい、昨日と今日でほとんど治りました。
 母乳の免疫が効いたのか、次女はちょっと鼻水と咳が出る程度でしたが、長女と夫は鼻水がすごくて、病院に連れて行った日は37度3分ほど微熱もあり、普段に比べるとなんとなく動きが鈍くて口数も少なく(なにしろ普段がすごいので)、鼻声でぽってりぽってりしゃべり、瞳がとろんと潤んで頬も赤らみ、手を握ると熱く湿っていて、なんだかちょっと全体的に、いまよりもっと小さかったころの長女を思い出させるような雰囲気があって、早く治ることを願いつつも、こんな長女もたまにはかわいいな・・・と、風邪引き長女のお世話をこっそり楽しんでいる自分がいました。
 子どもの頃、風邪を引いて熱が出ると、両親がいつもの3倍増しぐらいで優しくしてくれて、熱のとき限定でしてくれるすり下ろしリンゴを食べながら、風邪を引くのもたまにはいいかも・・・と、心の隅っこでこっそり思っていたものですが、自分が親になって今度は看病する側の立場で、まったく同じようなことを思うようになるなんて。あのころ、もしかしたらあのころの両親も、そうだったのかな。あの3倍増しの優しさには、そんな想いが潜んでいたのかな。

 今日の長女はもう元気すぎて、ここ数日風邪気味で外に出られなかったストレスからか、わがままに暴れて私と夫に叱られてばかりでした。発熱中のおとなしさがすでに懐かしいです。まだ病み上がりだし、なるべくなら叱りたくなんてにけれど、優しい顔ばかり見せていると、子どもというものはすぐにどこまでも調子にのるということが、育てていてよく分かったので、叱らないわけにはいきません。
 初めて本格的な怖い大きな声で長女を叱ったときは、まっしろなお皿にピシッと亀裂が走ったような衝撃と悲しみが体の中にいつまでも残りましたが、いまはもう、怖い声で叱ることも、珍しいことではなくなってしまいました。怖い声を出してこちらが本当に怒っているのだということを感じさせなければ、叱られているという現実と、まともに向き合おうとせず、へらへらその場をごまかそうとするので、そうするしかないのです。たぶん、私が叱りたくない以上に叱られたくない長女は、私が本気を出して怒ったとき以外は叱られているとカウントしたくなくて、言うことを聞くということは叱られているということを認めたことになってしまうから、それでちょっとやそっと注意したぐらいでは言うことを聞かないのではないかと、自分の子どもの頃の気持ちを必死で思い出しつつ、分析しています。最初の注意で言うことを聞いておけばきつく叱られずに済むのにという親の理屈が、私も通用しない子どもでした。

 長女より軽い症状で風邪が治った次女は、一昨日から、夫と長女がしきりに鼻をかんでいたのを見てその行動を学習し、自分でティッシュを鼻のところに当てて、しゅーんと鼻をかむ真似をするようになりました。赤ちゃんの真似っこ能力って、すごい!次女は最近こんな感じで、2番目ならではのかわいらしさを発揮するようになってきて、たまりません。

 久しぶりにブログのタイトル画像を変更しました。長いあいだ長女の1歳半ごろの写真でしたが、やっと次女も一緒に映っている写真に変えることができて、満足です。差し替えるためにブログの設定画面をいじっていたら、自分でホームページを作っていたころのわくわく感を思い出しました。ホームページを作るのが流行った時代に、ちょうどたっぷり時間のある大学生だったのは、思えば幸せなことだったなぁ。センスはなかったけれど、自分なりにやり方を勉強して自分だけの場所を作り出す感じが、楽しかったです。
by papiko-gokko | 2014-12-13 01:37 | Diary
クッキー。「子どもたち」。
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 長女の強い強い希望で、クッキー作りをしました。数日前からずっと作りたがっていて、しかし私がなかなか乗り気になれず、無塩バターを切らしていたことを理由に先延ばしにしていたのですが、昨日買ったことによりその理由が通用しなくなり、そのことをしっかり把握している長女が「昨日バター買ったからつくれるよね、今日がいい、今日つくる、今日、今日じゃないとやだ」と、三角巾とエプロンまで自分で準備して、作らないなんてありえないという空気を作り出したので、観念して作ることにしました。
 長女の希望で今回はココア生地とプレーン生地でぐるぐる巻きクッキーです。巻いている段階では、とてもうまくいくようには思えなかったのですが、切ってみたらそれなりにぐるぐる巻きになっていて感動しました。日頃、長女とねんど遊びで同じようなものを作っていた成果でしょうか。長女が型抜きもしたがったので、余った生地で型抜きしたり、手でかたちを作したりもしました。彼女もまた、いつもねんどでしているだけのことはあって、上手にやっていました。
 焼き上がったクッキーを見せると、長女はもちろんのこと、次女もなんだかテンションがあがっていました。早く食べられるようになるといいね。私がそうだったように、たぶんそう遠くないうちに、長女が次女を助手にして、子どもたちだけでお菓子作りに挑戦できるようになるのだろうな。子どもたちが力を合わせて作ったお菓子、食べられる日が楽しみです。

 いま、「子どもたち」と打ちながら、満ち足りた気持ちになりました。「子どもたち」という言葉を打ったり口に出したりするたび、ほへえと頬が緩みそうになります。子どもの頃、父が私たちを「おーい、子どもたち」と呼んでいて、大人になったいまでも、3人が集まっていると「おい、子どもたち」と、やっぱりそんなふうに呼ぶときがあって、もう子どもじゃないのにお父さんはいつまでもまったくと思っていましたが、いまは、そんなふうに呼びたい気持ちが、よく分かります。「おーい子どもたち」と呼ぶと、思い思いの反応を示し近寄ってきたりこなかったりする自分の子どもが3人いる、その楽しさ、おもしろさを、父は呼ぶたびかみしめているのかもしれません。
 母は私たちのことを「子どもたち」とはあまり呼ばないけれど、子どもたちのうちの一人を呼ぶとき、姉妹の名前をはちゃめちゃに呼び間違えては、おかしそうに楽しそうに笑います。自分の子どもの名前が、呼び間違えるほどの数あるというのもまた、笑っちゃうほど満ち足りた気持ちをくれるのだということも、自分が長女と次女(さらには姪っ子まで)をしばしば呼び間違えるようになったいまは、よく分かります。
 子どもたち、かわいい。名前を呼び違えると、かわいさが絡まっておかしくて、ますますかわいい。

 クッキーの味は、それなりにおいしかったです。2枚でけっこうお腹いっぱいになりました。
by papiko-gokko | 2014-12-08 23:36 | 手作り
ドロップにしたい
 昨日からがくんと気温が下がり、それでも空はからっと青くて明るくて、去年、日本海側の島根で過ごした過酷な冬を思い出しました。日本海側の冬の過酷さはきっと住んだ者にしか分かりません。冬の気候がこれほど違えば、日本海側と太平洋側とで、少なからず人間性も変わってくるだろうなぁと思います。
 とはいえ、いくらお日様が出ていても、今日は風がものすごく冷たくて、ベビーカーで次女が泣き出し、長女も風が吹くたびベビーカーの後ろに隠れて体を縮こまらせていたので、図書館で今日が返却だった本を返し予約の本を受け取って、ついでにクリスマスの絵本を借りて、あとはどこにも寄らず、さむいさむいと言い合いながら帰りました。
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 帰宅後は、積み木、ねんど、折り紙、室内滑り台、楽器、お絵かきなどなど、家のなかでできる遊びを一通りして過ごしました。これからの季節、どうしても家で遊ぶ時間が長くなるけれど、ちょうど寒くなってきたタイミングで子供たちが姉妹で遊んでくれるようになったので、楽しく過ごせそうです。調子のいいときには、私がとくに何もしなくても、ふたりで勝手に盛り上がり始めて、延々と滑り台をふたりでぶつかりながら滑っていたり、楽器を鳴らしていたりして、何がそんなに楽しいんだか私には理解ができないタイミングでふたりとも声を立てて笑っていて、わが家に、私と夫の踏み込めない世界が出来上がりつつあることに、感動を覚えます。
 ただ、仲良くやってるなーと思って子供部屋から出て行くと、ほんの数分で、「おかあさあああん、けんかになっちゃったよー!」と、仲裁を求める長女の叫び声がしたり、もしくは次女の怒りの泣き声が聞こえてきたりして、まだまだふたりで長時間仲良くとはいかないようです。
 それでも、最近は心なしか取り合いっこのケンカが減りました。長女が次女の持っているもので遊びたいとき、ぱっと手を伸ばす前に、必ず「かして」とか「ちょうだい」と言えるようになったし、ときには別の似たおもちゃで我慢をしたり、もしくは次女に別のおもちゃを渡して交換というかたちを取るなど、長女なりに考えて、平和な関係を保つ努力をするようになったのです。
 そうやって考えるようになったということは、ストレスも溜まるということで、ちょっとしたきっかけで急に悪い子になってわざとしつこく叱られるようなことをしたり、甘えん坊になって、だっこを要求したりします。昨日と今日は、寒さもあってか、たくさんだっこをせがまれて、だっこしてやると、足をばたばたさせて喜びました。次女に比べるともうずいぶん大きく重くて、あと何年ぐらいこうやってだっこしてやれるのかな、いくつぐらいまで、だっこをせがんでくれるのかな、と、寝る前に布団の中で考えていたら、だっこだっことせがまれたとき「いまは無理だよ」と断ったのが、もったいなくて仕方なくなるのでした。
 幼い子供たちがこんなに私を求めてくれる日々はあっという間に過ぎてしまうんだと、常にそう自分に言い聞かせなければ、かけがえのない大切な今であることをすぐ忘れてしまうし、それに、息切れしてやってられない気分になったりもするから、「あっという間に過ぎてしまう今なんだ、かけがえのない今なんだ」と、半ば呪文のように唱え、唱えすぎて切なくなって、たまに泣きそうになったりします。
 ふたりとも、可愛くて、可愛くて、この可愛さを溶かして固めてドロップにして、やがて子供たちが成長して私から離れていったとき、たまにそのドロップを取り出してなめて、いま目の前で繰り広げられている可愛さを、まるごとそのまま味わえたらいいのになぁ・・・と思いながら、子供たちを見ています。でもそんなことは不可能だから、写真を撮って録画して、それからこうしてここで、私にできるありったけの言葉でもって、出来事と気持ちを記録しています。でも足りない、まだまだ足りない。足りないなぁ。
by papiko-gokko | 2014-12-07 00:49 | Diary
次女生後11ヶ月
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 次女が生後11ヶ月を迎えました。激しかった後追いが少し落ち着いてきて、私のそばにいなくても、楽しいことおもしろいことを見つけるのが上手になりました。簡単な言葉はもう伝わるし、こちらの表情や声色を読み取る力もついてきたらしく、今日、ご飯のときわざとコップを投げるといういたずらをしたときに、ちょっと怖い声で「こら!め!だめ!」叱ったら、ものすごく悔しそうに両目を固く閉じ、体をのけぞらせて泣き出しました。ちょっと前までなら、叱ってもけろっとしていたのに、これは大きな成長です。
 意思の疎通がとれるようになってきたことで、長女の遊び相手も務まるようになり、ご機嫌なときなら15分~30分くらい、ふたりで仲良く遊んでいてくれるので、家事がはかどって助かります。最近の好きな遊びは、滑り台によじ登ること、そして滑り台のてっぺんに腰掛けて長女の遊びを眺めつつ、わーわー声を出し続けること、小さなおもちゃを入れ物のなかに入れたりひっくり返したりすること、引き出しを開けて中のものを出すこと、積み木を打ち鳴らしたり長女の積み上げたのを壊すこと、などなどです。
 これまでの遊びは、とにかく口に入れることが中心で、なんでも手にした次の瞬間には口に入れていましたが、最近は手に取ったあと、まずはよく眺めてみたり、振ってみたり、打ち鳴らしてみたりしたのちに、最終審査として口に入れるようになりました。やっぱり最終的には口に入れるので目は離せないのですが、これも大きな成長の証だろうと思います。
 まねっこ遊びもよくするようになり、口に手をあてて「あわわわ-」とやってみせると喜んで同じように手を口にあて「あわーわー」とやるし、いないいないばあも大好きで「ばあああ!(ばあ)」と言うし、名前を呼ぶと、「あああい!!(はーい)」と、元気いっぱい手をあげてくれます。ご飯のときには、私が「あーん」と言うと、「あー!!」と、でっかい口をあけてくれます。とにかく次女は声がでかくて豪快で、感じるがまま思うがままに生きている感じで、彼女が何かに戸惑っているのを、いまのところ見たことがありません。
 このひと月で、一番うれしく感じた成長は、絵本を楽しめるようになったことです。少し前までは、読み聞かせようとしても、絵本を絵本と認識していない感じで、すぐに視線が絵本から離れて別のことをし始めたりしていましたが、いまは、1ページめくるごとに声を立てて笑い、自分でめくろうとしたりもします。長女は次女と同じくらいのころ、私が何かやらせない限り、何か考えているような顔でじいっと静かに見ている子で、声を立てて笑うということはそんなになかったので、同じ絵本でも、子供によってこんなに反応が違うんだなぁと、毎回驚いています。理屈でものを考える長女、感情で動く次女、なのかな。ページをめくるたびに、本当に楽しそうに笑うので、何がそんなにおもしろいの?と尋ねたくなるほどです。
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 最近は長女のことがますます大好きで、なんでも真似したくて、長女が子供部屋へ行けば必ずついて行くし、長女がお絵かきを始めれば自分もえんぴつを持って、力強く書き殴り始めます。折り紙を長女がしていると、一緒になってなんだか折ろうとするし、長女が風船をぽんぽんすれば、ひっくり返りそうなほど上を見上げて手を伸ばすし、テレビを見るのもいつも一緒だし、夜中に目を覚ましたときにも長女を起こそうとするし、とにかくお姉ちゃん大好きの様子です。食事のとき積極的に自分でスプーンを持って食べたがるのも、きっと長女と同じように食べたいからだと思います。もちろん常に仲良しなわけではなく、しょっちゅう喧嘩しておもちゃの取り合いもしていて、自分の持っているものを取られそうになると、絶対に奪われるもんかとばかりに大きな声で威嚇して、0歳児とは思えないような強い力でおもちゃを握りしめ、しっかり同等に張り合っています。
 体は相変わらず小さめで、体重も身長も成長曲線ぎりぎりですが、性格が豪快で声がでかいので、か弱い感じはまったくしません。しかし、あと1ヶ月で1歳だなんて、そんな感じもまた、まったくしません。これは体が小さめだからではなく、たぶん下の子だからなのだと思いますが、まだ生後4ヶ月ぐらいの気分です。0歳時代が、あとたった1ヶ月だなんて、どうしよう。かわいいかわいいほにゃほにゃ0歳時代。全力で味わおう。
 1歳の誕生日に向けて、手作り絵本にも今日から着手しています。長女も毎年あげているので、次女にももちろん、作る予定です。次女には次女の性格にあった感じで考えていて、もうすでに内容は出来上がりました。きっと声を立てて笑ってくれるはず。楽しみです。


 
by papiko-gokko | 2014-12-04 23:15 | 月齢ごとの成長記録(次女)


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