日記と短歌
by papiko
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新しい町、新しい暮らし
 3月17日に引っ越しを終え、ようやく落ち着いて日記を書ける状態になりました。引っ越し直前はもう、荷造りをはじめ何もかもがぎりぎりで、やることが多すぎて、日々てんやわんやでした。新居に着いてからの荷解きはゆっくりしようと思っていたのですが、段ボールが半端にあいた状態で放置していると、長女が勝手に出したり、躓いたりして、いまにも大変な怪我をしそうだったので、引っ越し後も引っ越し前と同じくらい大急ぎで荷解きして、生活を整えました。今日から夫が出勤し、いよいよ岡山での日常がスタートしたところです。
 新居は駅が近く、スーパーもドラッグストアもホームセンターも公園もみんな歩ける距離にあり、それでいて自然も多くのどかな雰囲気で、住みやすさに感動しています。娘の希望していたお花畑もあちらこちらにあって、春の花が咲いています。図書館はちょっと遠くて車かバスで行くことになりますが、絵本の蔵書が充実していて楽しめそうです。まだ住み始めて一週間だけれど、すっかりこの町が好きになりました。これまで車なしで行ける場所がコンビニ一軒と郵便局だけだったので、娘らと歩いて買い物にいけることがなにより嬉しくて、翼が生えたような気分です。今日は次女を抱っこし長女と手をつないでドラッグストアに行って、長女の人生初の歯磨き粉を買いました。
 長女も気に入ったみたいで、毎日すごくお散歩にいきたがるようになりました。これまでは実家の2階で暮らしていて玄関が1階だったのに対し、いまはドアを開けるとすぐそこに玄関があるし、窓から春の日射しが差し込むから、外に出たいという気持ちがかき立てられやすいのでしょう。トイレやお風呂もこれまでより近くなったので、長女もいろいろ自分でやりやすくなったようだし、私がお世話をするのも、うんと楽になりました。
 長女には、春になったら新しいおうちへいくよとずっと話していたから、ついにその新しいおうちに来たんだという感慨もあるらしく、 「あたらしいおうちに、きたねえ」と、時々思い出したようにしみじみと言います。次女も一緒に引っ越したことで、次女も家族の一員であるという意識が強まったらしく、「次女ちゃんもきたねえ」と、嬉しそうに言います。心なしか、引っ越し前よりも仲良くなっていて、今日も私が掃除をしているあいだ、ふたりでおでこをくっつけ合ったりして遊んでいました。次女がご機嫌なときには、声や表情でいろいろお返事をしてくれるようになったので、それも楽しいのでしょう。
 引っ越しのてんやわんやのなかで、長女も次女もそれぞれ確実に成長していて、書きたいことがやまほどあります。文章を書きたい気持ち、短歌を詠みたい気持ちがあふれています。たとえば、私たちの家具の搬出を終え広々とした部屋で、長女がスーパーボールを投げて走り回って遊んでいて、島根で過ごした1年半での成長を感じ、心が震えたこと。島根から岡山へ出発した日、早朝の車で見た朝日が、とてもとても美しくて、なんだか、これから家族4人、愉快に朗らかに暮らしていけそうな、明るい気持ちになったこと。新居の窓が素敵なこと、など、など、その日のうちに、たくさんたくさん、書きたかったなぁ。
 次女が抱っこちゃんなので、なかなか時間がとれないけれど、朝や夜の、子どもが寝ている時間を利用して、これからまた、なるべく日をあけずに、書いていけたらいいなと思います。

 
by papiko-gokko | 2014-03-24 23:36 | Diary
3月11日に思うこと
 東日本大震災から、今日で3年が経ちました。2時46分が近づくにつれ、時計を見るたび、心臓が押さえつけられているように苦しくなり、3年経っても、あの日に感じた恐怖は、薄れるどころか強まっているようにも感じました。今の次女が、あのときの長女とちょうど同じぐらいなので、それもあってか、今年は去年以上に、あの瞬間のことが、まざまざと蘇ってきました。それに、震災直後は、あまりのことに、現実感がなくて、こんなことが起るなんて信じられなくて、テレビで新しい情報を知るたび「うそでしょ?」という思いばかりが渦巻き、呆然と過ごしていました。だからむしろ、3年経った現在のほうが、あれは本当にあったことなのだ、現実なのだということを、実感できていて、そのぶん、重苦しい恐怖を感じます。
 今年も、長女を膝に乗せ、黙祷しました。あの日も、長女を膝に乗せていたこと、揺れで慌てて立ち上がり、サッシにしがみついたこと、たわむ電線、揺れが収まった数分後に友達親子が来てくれて、ずっと一緒にいてくれたこと、夫が息を切らして帰ってきて、私と長女の顔を見るなり「ああよかった」と膝から崩れ落ちたこと、翌日すぐに義母と義姉と姪が来てくれて、友達も来てくれて、賑やかだったこと、割れた食器類や額縁、当時目にしたニュース影像、2時46分で止まったきり壊れた時計、区から配布された飲料水、3人でひっそり見上げた近所の桜のことなどが、1分間のあいだに、まぶたの裏を駆け巡り、なかなか、目を開けることができませんでした。
 あのとき、まだ首も据わらない0歳1カ月の赤ちゃんだった長女が、いまはやんちゃな3歳になり、何も分からなかったあのころとは違い、今日は地震の影像が出ると、顔をこわばらせたので、まだこの現実を教えるには早いだろうと思い、すぐに消しました。あのとき、一緒に過ごした友達の子が、当時ちょうど3歳で、余震のたび、「また、つよいかぜがふいてるよ」と、恐がっていたのを思い出して、切なくなりました。震災からまだ間もない4月、幼稚園に入園し、初々しい制服姿を見せてくれたあの子が、今年の春には、小学1年生になるのです。この3年のあいだに、子どもたちは、成長しました。その成長が、3年という月日の重みを、苦しくなるほど強烈に、教えてくれます。
 忘れてはいけない、というより、忘れることなど絶対できません。今日改めて、亡くなった方の人数などをニュースで目にして、どうしようもなくやるせない気持ちになり、そうして、半ば無理矢理にたどり着く結論は、とにかく、この命を、真剣に、一生懸命に、生きていこうということ。子どもたちの命を、なにがなんでも、守ろうということ。どうかこんなことが、もう繰り返されませんように。復興が進みますように。
by papiko-gokko | 2014-03-11 23:56 | Diary
新しい私はどこにも生まれない見慣れたおへそのかたちで生きる
 引っ越しまであと10日を切りました。しかし、幼児と乳児のいる毎日では、引っ越し準備がまったくはかどりません。抱っこひものつけすぎと荷造りで、肩こりからくる歯痛に悩まされています。
 今回の新居は夫が一人で岡山へ行って決めてきたので、私はまだ家を見ていないばかりか、新しく住む予定の町にも行ったことがなく、新しい生活のイメージが、いまいち沸いてきません。ただ、あんなふうにしたい、こんなふうになりたい、という思いはたくさんあって、荷造りしながらぼんやり空想にふけっています。
 思い返せば、いつだって私はそうでした。小学3年生の転校でも、中学2年生の転校でも、それから、大学進学で上京したときも、新しい土地ではまったく違う自分になりたい、なってやるんだと、きらきらの自分を想像して、胸を高鳴らせていました。だから、もう、いい加減、分かっているのです。住む土地を変えたところで、ぱっと劇的に自分を変えることなど、できはしないのだということ。新しい自分になど、そう簡単に、なれはしないのだということ。それでもまだ懲りずに、この引っ越しをきっかけに自分を変えたいなぁと思ってしまっている自分がいるのだから呆れます。私は一体、どうなれば満足なのだろうか、どんな最終形態を期待しているのだろうか。
 引っ越したとたんにがらっと変わることはできなくても、住む土地の雰囲気や、その土地で出会う人によって、ゆるやかに変わってはいくことはできるということを、魅力的な街と人に出会えた東京で学びました。だからまた、新しい土地でも、良い出会いがあればいいなと、思っています。とくに娘たちに、すばらしい出会いたくさんあればいいなと思います。
 長女も引っ越しを楽しみにしていて、新居が決まる前から「おはなばたけのとなりのおうちがいいな」と、夢見がちなことを言っていました。いまは、生活のものがどんどん詰め込まれていく段ボール箱に興味津々です。この引っ越しで、私が変わろうが変わるまいが、家族が憂いなく笑っていればそれでいい。楽しく暮らそう。
by papiko-gokko | 2014-03-10 00:22 | Diary
姉妹で予防接種。次女0歳2カ月の記録。
 今日は長女と次女、ふたりそろって予防接種を受けに行きました。次女は注射を刺されたとたん大泣きし、長女は注射を刺されたとたん泣き止み、0歳児らしさと3歳児らしさを発揮していました。大変だったのは長女のほうで、朝、問診票を書くために体温計で熱を測ろうとしたら、それでピンときたらしく「きょう、ちゅうしゃいくの?」と、みるみる不安顔になり、それから出発まで「ちゅうしゃは、あしたいくよう、きょうはいかないよう」と泣きじゃくりながら訴え、むりやり車に乗せてからも、「かえるーおうちへかえるー」と泣き叫び、病院の待合室でもずっと、私の腕のなかで、かえるーかえるーと大暴れしていました。2歳のころは泣かなかったのに、不思議です。それだけ、記憶力と想像力が育ったということか。
 ともあれ、長女は日本脳炎の2回目、次女はヒブと肺炎球菌の1回目を、これで無事打ち終えたので、ほっとしました。これからしばらくは、次女の予防接種ラッシュです。忘れないようにしなくては。

 3月4日で、次女が生後2カ月を迎えました。体重も増え、起きている時間もかなり長くなってきました。起きているときは、よほどご機嫌なとき以外、人肌を求めて泣くので、抱っこひもが手放せません。ご機嫌なときは、じっとこちらの目を見て、「あーくん、うーくん」とお話してくれて、その声と、歯のないとがった口元の可愛らしさに、日々癒やされています。
 抱っこひもで抱っこしながら長女の世話やら家事やらバタバタしている最中に、ふと胸元を見下ろすと、次女がつぶらな瞳でじーっと私の顔を見上げていて、目が合って数秒すると、お母さんがやっとわたしを見てくれたとでも言うように、ぱあっと笑顔になり、この機を逃すものかとばかりに、あっくんうっくんと、一生懸命私に向かってお話を始めたりして、あぁもっとこの子に時間を捧げたい!と、きゅんきゅんします。メリーやガラガラにもしっかり反応するようになったので、長女と一緒にあやしてみたり、長女のテレビタイムにあやしてみたり、意識的にしていこう。
 長女も、そんなふうに少しずつ人間らしくなってきた次女のことが可愛くてしかたないらしく、「次女ちゃんとふたりであそびたいから、おかあさんはあっちいってて」なんてことを言ってきたりします。ぎゅーっと力いっぱいしたくて、でもあまりできないから、次女にやさしく触ったあと、私の腕をぎゅーっと力一杯掴んで、次女に対するぎゅーっの気持ちを発散させています。
 長女は生まれたときからいままで、肌がつるつるで毛穴の気配を感じさせない子なのですが、次女は毛穴がちゃんとあって、背中や肩に、ふぁさあと産毛が生えており,それがなんだか、けものっぽくて、たまらなく好きです。長女の陶器のようなつるつる感もたまらないけれど、次女のけものっぽい感じもまた、愛しさを倍増させます。髪の毛も長女よりかなり多いし、あまり似ていない姉妹かも・・・と思いきや、寝ている顔や、ふとした表情なんかは、そっくりだったりするし、おもしろいです。ふにゃっとした抱き心地、肌のやわらかさ、乳臭さ、真っ赤なくしゃくしゃの泣き顔、そういう赤ちゃんっぽさのひとつひとつがしみじみと可愛くて、おかしくて、愛しくて、ああこの子を産んでよかったなぁと日々思いながら、赤ちゃんの赤ちゃんらしさ味わっています。長女の性格の激しさに臆することなく、のびのび育ちますように。
by papiko-gokko | 2014-03-06 00:51 | 月齢ごとの成長記録(次女)
0歳、3歳、30歳の現在
 次女が生まれてから長女が、「次女ちゃんはどこからきたの?」とか、「パパはだれのおなかから産まれたの?」とか、「おかあさんずっとむかし、あかちゃんだった?」とか、そんな質問をよくするようになりました。昨日もまた、「次女ちゃんはどこからきたんだろうか」とつぶやいていたので、「じゃあ、長女ちゃんはどこからきたの?」と聞いたら、「さかみちから」と、明確な答えが返ってきました。坂道。それはどんな坂道だろう。長くて、まっすぐで、とても眩しい、そんなイメージ。

 そんな、坂道からやってきたという長女の、今日は3歳児検診がありました。時間が午前中だったので、午後出勤の夫に行ってもらい、私は家で次女とお留守番でした。1歳半検診を受けたのが、ちょうど島根に越してきてすぐで、今度島根を去る間際に再び検診があるというのは、ちょっと感慨深いです。ここに来たときは、まだまだ小さかったのだなぁ。
 どきどきしながら待っていたら、くたくたの夫と元気いっぱいの長女が帰ってきました。夫は待ち時間にくたびれたようです。検診の結果は万事順調ということで、ほっとしました。懸念していた虫歯もいまのところはなく、重点的に磨いたほうがいい部位を教えてもらって帰ってきました。最初の問診で、発達を調べるための保健師さんからの質問には萎縮してしまって答えられなかったそうですが、「じゃあパパに教えてあげて」という保健師さんの素晴らしい助け船のおかげで、無事答えることができたそうです。よかったよかった。長女にどうだったか聞くと、「おとこのこのおともだちが、あおいかーぺっとのところで、はだかんぼで、はだしで、おどってたの。はだぎだけは、きてたけどね」と、教えてくれました。そして、自分はどんなことをされても泣かなかったのだと胸をはりました。よかった、よかった。

 長女と次女は、日に日に仲良しになっています。お風呂に一緒に入るようになってから、お互いにぐんと距離が縮まったみたいです。たしかに、私自身、ふたりをはだかんぼにして、湯船につからせると、ああ、大きさこそ違えど、おんなじちいさな人間なんだなぁと、心が和みました。長女も本能的に、同じ感覚を受けたのかもしれません。
 寝かしつけのとき、少し前まで、長女は次女が一緒だと情緒不安定になって、遊んでしまったり泣いてしまったりでなかなか眠れなかったのですが、最近ついに慣れてきて、むしろ次女も一緒じゃなければ寂しがるほどになり、今日も次女を抱きしめて眠りました。次女はまだ何も分からなくて、長女が寝ようとしていようが泣きたければ泣くので、そんなときは、むりやりおっぱいを含ませる作戦で、なんとか乗り切っています。

 次女はご機嫌なとき、かなり笑うようになりました。相変わらず、不思議にひょうきんな子で、おむつをかえるときも、抱き上げるときも、授乳のときも、くふふと笑いがこみ上げてきます。べつに顔がおもしろいわけでもないのですが(むしろ、トヨエツ似の渋い顔)、見ているとなぜだか、肩の力が抜けて、いろんなことがなんの根拠もなく大丈夫に思えて、深刻ぶって考えるのが馬鹿らしくなるような、まあ楽しく暮らそうじゃないかとのんきに構えていられるような、そんな力があるのです。
 長女は生まれてからいままでずっと、私に澄み切った緊張感を与え続けていて、だから、この現象はとても対称的です。これはきっと、一人目と二人目の違いでもあるのだろうし、ふたりの持って産まれた性格も大きく関係している気がします。長女がくれる緊張感も、次女がくれるのんきさも、私にとってはどちらも素敵で魅力的です。一体どんな姉妹になるのだろう。毎日それが楽しみです。

 毎日、夫がいる時間は引っ越し準備をして、夫のいないときはもう作業なんて無理なので、次女を抱っこひもで抱っこして長女と遊んだり家事をしたりで、何かをじっくり考える余裕もなく、あっという間に夜になります。ああ今日も日記が書けなかったーと思いながら、ベッドのなかで、記録しておきたいことを思い起こすと、それはもう、きりがないほどあって、書かなければあぶくのように消えていくことが大半で、なんとかかたちを捉えたあぶくのぶんだけ、書きたい気持ちがふくらみます。これはもう10代の頃からなのですが、日記を書かないと、思考と行動がどんどんばらばらになっていくような心許なさを感じるので、自分のために、なるべくなら、忙しくても書く時間をつくりたいです。
 この10年は、なんだか本当に、引っ越しばかりしていました。振り返ってみると、ほぼ2年に1回のペースで引っ越しています。この10年に限らず、子どもの頃から転勤族だったので人生のポイントポイントで引っ越しをしていて、5年以上同じ場所に留まったことがありません。だから、今度の住まいにこそは、5年以上暮らしてみたいです。今回の岡山への引っ越しは、1年半前に東京を離れる決意をしたときから念頭にあったことで、これまでのように人生の流れに沿っての引っ越しではなく、未来を見据えて、強い意志でもって、新しい流れをつくる目的でおこないました。夫のしたい仕事、私のしたい子育て、暮らしを、するための引っ越しです。
 はじめは雲を掴むような話だったけれど、なんだかんだで実現したので、強い意志をもって、理想を掲げて、強引に進めば、人生の流れってぐいんと変えられるものなのかもしれないなと、今回思いました。まだ、あらゆることがどうなるか分かりませんが、いまは明るい気持ちです。


 
by papiko-gokko | 2014-03-02 00:10 | Diary


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