日記と短歌
by papiko
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秋が来て、動物とふれあい、海で貝を拾い、風邪薬を飲む
 夫が休みの休日。すばらしい秋晴れだったので、市内にある小動物とふれあえる施設と、それから海へ行きました。
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 施設内には、鳥類やウサギなどの小動物のほか、ポニー、ヤギ、牛など大きめの動物も少しいて、動物園ほどの興奮は得られなくても、娘には十分楽しめたようでした。自動販売機で動物のえさが販売されていたので、ウサギ用のを購入して、娘が人生初のえさやりに挑戦しました。最初はこわごわでしたが、だんだんと積極的に手を前に出して、何度か食べてもらうことができたようでした。
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 海では、貝殻を拾ったり、棒で絵を描いたりして遊びました。貝殻はそこらじゅうにたくさん落ちていたのですが、そのほとんどが欠けていて、完全なかたちのものを探すのはなかなかに苦労しました。娘はお気に入りの棒を見つけて、帰る直前までそれを持ち歩き、たまにうっかり手放しては取りに引き返していました。ただの木の棒なのにどこがそんなによかったのか、気に入りすぎて家まで持って帰ると駄々をこねましたが、貝殻をトイレの水道でぴかぴかに洗って持って帰ろうということで妥協してくれました。そして家に帰ってすぐ、貝殻を瓶に入れて遊んでいました。ボタンやフェルトの切れ端など色とりどりのきれいなものを瓶に入れて愛でている乙女チックな夫の影響で、娘もすっかり瓶好きです。
 
 夜になって、急に娘がくしゃみをし始め、鼻水と咳も出だしたので、早めに風邪薬を飲ませました。最近は朝晩冷えるのに娘はいつも布団を蹴飛ばして寝ていて、去年まで素直に着ていたスリーパーも断固拒否の姿勢を崩さないので、風邪を引くのも無理ありません。それに最近、口に手を入れる癖がついてしまっているから、ばい菌が入ってしまったのだろうと思います。あまりひどくならず治りますように。
by papiko-gokko | 2013-10-28 14:02 | Diary
私の仕事。娘の絵。
 先週の土曜から昨日まで、当日締め切り納期の仕事がほぼ毎日届いて、いっぱいいっぱいの一週間でした。今日はようやく開放されて、のんびり眠ってのんびり過ごし、力を取り戻しました。在宅でテープ起こしの仕事を始めてから1年が経ち、仕事内容にとてもやりがいを感じているし、ありがたいことに今のところ毎月何かしらお仕事をいただけているので、これからもこの調子でなんとか続けていきたいのですが、今回のようにちょっと立て続けに急ぎの仕事が入ったりすると、もう娘ひとりでもいっぱいいっぱいの状態になるので、2人目が生まれても同じように続けていけるのか、とても不安です。いまは夫に頼ってなんとか乗り切っていますが、来年以降、本当に、どうなることやら。娘は2年保育の予定で、幼稚園に入るのが再来年になるので、3歳児と0歳児を家で見ながらの来年1年が、おそらく一番大変なのではないかと思います。まだ利用したことがないけれど、来年は一時保育やファミリーサポートなども視野に入れる必要があるかもしれません。在宅で働くという道を選んだからには、いろいろうまく考えて、がんばらなければ。

d0038776_0105124.jpg 最近また、娘の絵に変化が表われました。これまで娘の描く人物は、顔に手足がついている感じのものだったのに、胴体も描くことが増えてきたのです。右の絵のように服を着ている場合には、ボタンがたくさん描かれていることが多く、はだかんぼの絵のときには、必ずちゃんとおちちとおへそが描かれています。娘の絵は毎日見ていたはずなのに、一体どのタイミングで胴体の発見に至ったのか分からなくて、不思議でなりません。
 絵を描くときにはいつも、なにやら創作の絵描き歌をうたっていたり、しきりにおしゃべりしながらペンを動かしていて、自分の世界に没頭しているのが分かります。描くのは人物だけでなく、あるときはさかながたくさん泳いでいたり、雨とかたつむりだったり、かぼちゃの親子だったり、娘の心の友ヒットくんがたくさん並んでいたり、バスや電車だったり、あるいは絵描き歌のコックさんだったり、一枚の紙のなかに、娘の好きなもの、興味のあるものがひしめき合って、物語を織りなしています。少し前まで、一枚の紙に登場するものはせいぜい1~3人ぐらいでしたが、最近は、一枚の紙にたくさんの人物や生き物、食べ物が登場するようになり、絵全体が踊っているようににぎやかです。
 どの物語にもほぼ共通しているのが、パパと、お母さんと、子ども(自分)がでてくるところです。描かれているものが、魚でも、かたつむりでも、ヒットくんでも、かぼちゃでも、必ずそのなかに、パパがいて、お母さんがいて、その子どもがいるのです。一番大きいのがパパ、二番目がお母さん、小さいのが自分。その認識が、いま娘の世界の核を成しているのだなぁと思うと、なんだか、じんとします。これからそこにもう一人、赤ちゃんが加わることで、娘の世界はどれほど大きく変化することだろう。それをこれから、娘の絵が教えてくれそうです。
by papiko-gokko | 2013-10-28 01:04 | Diary
2歳9カ月
d0038776_0111074.jpg 今日で娘が2歳9カ月になりました。このひと月で、描く絵の内容がますます多彩でおもしろくなったり、作詞作曲のへんてこソングを延々と歌いながら踊るようになったり、ごっこ遊びのなかで様々な設定と物語を作り出して楽しむようになったりと、自分の頭の中の世界を、絵や言葉や身体で表すことがとても上手になりました。絵に関しては、少しずつだけれど、描かれた枠のなかに色を塗るということもできるようになってきて、お店でもらった簡単なぬりえや、自分の描いた絵を楽しそうに塗っています。歌は、だんだんリズムやとメロディーラインに合わせて歌えるようになってきて、本人もそれが分かるらしく、これまで以上によく歌うようになりました。
 トイレトーニング二関しては、相変わらず、失敗したり成功したりの繰り返しで、その状態に私も娘も慣れてきて、動じなくなりました。トイレに貼ってあるシール表は、いつの間にやらもう5枚目に突入しています。おっぱいはついにすっかり卒業して、それでもたまに夜寝る前、ちょっとだけと口に含むことがありますが、吸い方も忘れてしまったようで、ごもごもして口から離すようになり、一抹の寂しさを覚えます。あんなに大好きだったのに、本当に、さらっと、忘れちゃうんだなぁ。
 2歳8カ月の変化として何より大きいのは、ここ数日の日記にも書いている通り、イヤイヤ期絶頂期に入ったっぽいことで、これには毎日手を焼いています。しかし、どうしようもなく言うことを聞かないときは大きい声で叱ってもいいことにしようと決めたとたん、私の心に余裕ができたみたいで、そうすると不思議なくらい、今日は大きな声で叱るようなことが一度もなく、仲良く穏やかに過ごすことができました。そんなほんのちょっとのことで、お互いがふっと楽になったりするから、育児ってつくづく奥が深いものだなぁと思います。
 大きな声叱りを解禁したからといって、いつも大きな声を出して叱っていたら大きな声を恐がらなくなってしまうから、なかなか素直に言うことを聞かなかった場合でも、まずは普段のトーンで冷静に語りかけ、それで駄目だったらぬいぐるみやらパペットを使って気分を盛り上げ、それでもまだ駄目だったらちょっと厳しめの声で諭して、それでもどうしてもいよいよ駄目でわあわあ泣いて拒否するような場合だけはとびきり大きな声で叱ろうと、自分のなかで対処の段階を明白に決めたことで、娘のイヤだ!が出るたびに、あぁもうどうしたらいいんだろうとイライラ悩む時間が減って、どんと構えていられるようになりました。私がイライラしていると、それが絶対に娘にも伝わるので、私がどんと構えられるようになったのが、娘にとってもよかったみたいです。私はある程度決まり事のあったほうが生きやすさを感じる人間なので、これからも、自分を縛り付けるためではなく、むしろ自分を楽にするための決まり事を、娘の変化に合わせて決めていこうと、それをまず決めました。そんなこんなで、2歳8カ月は、育児について考えさせられることの多いひと月でした。
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 今日は午前中に買い物に出かけて、市内で(たぶん)唯一ボールプールのあったスーパーにいったら、なんとそのボールプールがなくなっており、ボールプールを楽しみにしていた娘がショックを受けてしまったので、急遽100円均一に寄り、ボールプールで使われている感じの軽いプラスチックボールを3袋ほど買って、段ボールでミニボールプールを作ってやりました。ものすごく小規模なボールプールだけれど、それでも娘は喜んでくれて、興奮気味に遊んでいました。ただ、段ボールのなかにボールが収っていたのはほんの数分で、まもなく段ボールの外にボールを投げる遊びが始まり、部屋中がボールだらけになり、娘は「このおへやは、ボールばたけなのよ」と、はしゃいでいました。覚悟はしていたけれども、この遊びは散らかるなぁ。もう少しボールを買いたそうかとも思いましたが、これ以上散らかるのは恐いので、様子を見ることにします。
 午後はインフルエンザの予防接種を受けに行きました。娘は今回、痛くなかったのか、まったく泣かなくて、しかも終わったあと、余裕の表情でお医者さんに「ありがとうございました」と言ったのでした。おりこうだけど、なんだかちょっと、2歳児らしくなくて、かわいげがないな。来月も泣かずに、すんなり終わることを祈ります。 
by papiko-gokko | 2013-10-23 00:27 | 月齢ごとの成長記録(長女)
大声で叱ることにする。今日の遊び。
 娘がどうにもわがままなときには、いままでよりも厳しく叱ることにしました。本当は、大声で怒鳴りつけて恐怖で黙らせるようなしつけの仕方は避けたくて、だからこれまで、できるかぎり冷静に、理屈で諭して分からそうとしてきました。しかし、最近の娘はもう、一度、いやだ!が発動したら、理屈どうこうではなく、なにがなんでもとにかく親の言うことを聞きたくない!という一心で反抗してくるので、こちらがいくら諭しても、正しいことを言えば言うほどかたくなになるばかりで、無駄なのです。だからもう、大声を解禁することにしました。
 その決断に至ったのは、昨日のことです。昨日の夕食時、わけの分からないわがまま全開の「いやだ!」が発動して、わあわあ大泣きし始め、もう夕食の時間帯ともなると、こちらも冷静に諭す精神力はおろか泣き声に耐えて無視する元気すら残っておらず、もうこの子を黙らせるためには、動物的な本能に恐怖を与えるほかないのだ・・・と思い、その泣き声を打ち消すくらいの大声で、「泣いたって、駄目なもんは、駄目なの!」と、叱りつけたら、娘は一瞬ビクッとして、次の瞬間、ますます泣きながら私にしがみついてきました。そして、「おかあしゃああん、やめてえええ、おかあしゃああん」としばらく泣き続け、しばらくそのまま抱きしめていたら落ち着いて、すんなりと、いやだ!の主張を取り下げた・・・というより、大声の衝撃で何をそんなにいやがっていたのか忘れただけなのかもしれませんが、案外けろりと言うことを聞いて、その後もまったく引きずることなく、普通に過ごしたのでした。大声で叱りつけたりすると、お互いもっと後を引くものだと思っていたけれど、むしろ、お互いパワーを出し切った感じで、笑えちゃって、後味はさっぱりすっきりでした。
 理屈を教えるのももちろん大事だし、図書館で育児書の棚など眺めていると「叱らない子育て」みたいな言葉もちらちら見かけるけれど、少なくとも、短気な私と強情な娘に関して、それはとてもじゃないけど、無理な子育て方法でした。いろいろ理解できるようになってきてはいるものの、まだまだ精神的に未熟で動物的な面も大きい現在の娘には、恐怖が必要なのだと気づきました。これは○○だからしてはいけない、という理屈以前に、この人は本気で怒らせたら恐いんだという、単純な警戒心も、娘の際限ないわがままパワーを抑制するには、必要なのだと気づきました。
 今日も歯磨きのとき、あまりに言うことをきかないので大声を出したら、やっぱりしがみついてきて、私の腕のなかでひとしきり泣いたあと、気が済んだような顔で、すんなり言うことを聞いてくれて、そのあとは仲良く笑って過ごすことができました。腕のなかで泣きながら、「イヤっていってるんだから、やめようよう」と私に訴えたのが、おかしくて、思わず笑ってしまいました。娘からしてみれば、こんなに歯磨きイヤって言っているのにお母さんはどうしてそれを認めてくれないんだろう、という気持ちで泣いているのだなあ。その理由を、イヤだイヤだと泣いている最中にいくら説明しても、娘の心には届かないのだな。だから、今日は泣き止んでから、なぜイヤって言っても歯磨きをしないといけないのかを話しました。それがどの程度娘に届いたかは分からないけれど、少なくとも、わあわあ泣いているときよりは、届いたかなと思います。これからは、どうしようもなく言うことを聞かずに大きな声で泣き出したときは、諭して分からせようとすることを一旦よして、こちらの怒りを全面に押し出した大きな声で、ライオンのように吠えて、空気を転換させることにします。ただ、これは夜中や外でできないから、そういうときはどうすればいいのだろう。
 それにしても、大声で叱りつけると、その恐怖から逃れるために、恐怖を与えた張本人である私にしがみついてくるというのが、なんだかたまらなくて、まだまだ幼いんだなあと実感できて、それまで娘のわがままでどんなにうんざりしていても、ぎゅっと抱きとめずにはいられなくなります。
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 スーパーへ行くと、ちらほら、クリスマスケーキの予約用カタログが置かれるようになったので、先日からそれを持ち帰り、娘と一緒にハサミで切ってケーキやさんごっこをしています。クリスマスケーキは見ているだけでわくわく幸せな気分になれるので、私も楽しくて、今日は段ボールに貼り付けて遊びました。
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 夕方には、お散歩に出て、土手を思い切り走ったり、公園で少し遊んだりしました。今日のお散歩中、娘はとても楽しそうで、私もうれしくなりました。娘の楽しそうな顔が大好きです。
by papiko-gokko | 2013-10-22 00:44 | Diary
イヤイヤ期か赤ちゃん返りか性格か
 先々週あたりから、娘の、いやだ!しない!じぶんで!パワーが大変なことになっていて、悪い魔術にでもかかっているのだろうかと思うほどとにかく親の言うことを聞かず、自分の主張を曲げず、何ひとつスムーズにいかなくて、私も夫も、日々へとへとになっています。手洗いも、着替えも、トイレも、こちらからの提案は、なんでもかんでも、「いやだ!」「しない!」と突っぱねて、言えば言うほどかたくなに拒んで逃げ回り、捕まえてむりやりやろうとすると、「やめてええ!たすけてええ!いやだああ!」と、火のついたタバコでも押しつけられているかのような形相で泣きわめき、こちらが提案を取り下げるまで泣き続けるのです。そういうときの泣き声というのは、もう、聞いているだけで骨の髄までぐったり疲れるもので、頭がぐわんぐわんしてきて、泣き声の聞こえないところまで逃げ出したくなります。
 親の言うことを素直に聞き入れることは、娘にとってプライドの大変傷つくことであるらしく、注意されるのが大嫌いで、たとえば食事のとき左手でお皿を押さえていないことを注意しても、指摘するとわざとますます左手を隠してわざと行儀の悪い食べ方をし出します。それに、親の一存で自分のことを決定されることも気に入らないらしく、私がタンスで娘に着せる洋服を選んでいると、「じぶんでえらぶから!」と私の手を払いのけ、わけのわからない服を引っ張り出し、自信満々に季節外れのコーディネートして、毎朝ほぼ必ず波乱が起ります。
 なんでもがそんな調子なので、もう、何かを提案して「いやだ!」が始まったら、本気でやりあって泣かれるのを想像しただけでげんなりして、「じゃあもうしらん、もう好きにしな・・・」という言葉を、一日に4、5回は言うようになりました。そうやってしばらく無視をすることが、いまの娘にはもっとも有効なのだということも分かってきました。無視しているうちに、大抵は娘が自分のなかでなんらかの折り合いをつけ、まあいまなら言うこと聞いてやってもいいけど?みたいなスタンスで近寄ってくるので、泣きわめかれるよりは省エネで、ひとつの事を終えることができます。
 しかし、その、「好きにしな」さえも、まったく効かない時間帯があります。それは、真夜中です。夢のなかでも娘はいろいろ親ともめているらしく、夢のなかで親に叶えてもらえなかった主張を抱えたまま目を覚まし、それを、寝ぼけた状態で現実の私にぶつけてくるのです。一昨日の夜中は、3時ごろに目を覚ますなり「じてんしゃがいいー!じてんしゃにのるんだってばー!」と泣き出し、夢であることを分からせるためにリビングに連れて行ってもなお、「じてんしゃにのるんだってえええ、おりるー、したにおりるー」と主張を曲げず、しかたなく下の部屋まで降りて、いまが真夜中で自転車に乗るのはどうしたって不可能であるということを娘が理解し「うえに、あがろっか」と言うまで、20分ぐらい、玄関の横の部屋で正座をして過ごしました。
 それから今朝は早朝に、「はっぱ・・・はっぱはどこよ・・・はっぱはどこにあるのよお・・・」と目を覚まし、「お外にあるよ」と答えると、「とりにいこうようー」と泣きだして、「あとでお散歩のときにね」と言ってももう駄目で、「いまがいいよう、いまとりにいこうよう」と泣き続け、こちらとしてはもう、睡眠を妨害された上に泣かれ続けたのでは頭がどうにかなってしまいそうになるので、「わかったよ!じゃあいま取りににいけばいいんでしょ、取りに行けば!いくよ!」と、乱暴に娘の手を引いて下まで降り、寒いなか外に出て、庭の葉っぱを一枚ちぎって娘に渡しました。そうすると娘は、こちらが腹を立てていることなどおかまいなしで、願いが叶った喜びでうれしそうに笑い、その葉っぱを大事そうにもって、素直に家の中に入ったのでした。
 この真夜中や早朝の寝ぼけケースはもう、本当に最強にたちが悪くて、寝ぼけていて本能向きだしのぶん、覚醒時以上に聞き分けがなくなっているので、数日前など夫婦共々追い詰められて夫婦喧嘩に発展したほどでした。イヤイヤ期だかなんだか知らないけれども、なにも真夜中に親を起こしてまで反抗することないじゃないか。これはもう、この時期が過ぎるのを待つしかないのだろうか。
 いまが、イヤイヤ期のピークなのかもしれませんが、指しゃぶりが始まったのもちょうど先々週あたりからなので、単純にイヤイヤ期だからというだけでななく、赤ちゃん返りみたいなものも混じって,余計にひどい状態になっているのかもしれないなぁと思います。ひどいと言っても、もちろん24時間つねにひどいわけではなく、反抗的な態度を取っているとき以外は、相変わらず天使のように思える愛しい我が子で、だからこそ、そう思えなくなるひとときがあるのが辛いです。私も夫も娘が大好きなので、日々これでもかというほど愛し可愛がっているつもりだけれど、私のお腹が大きいことで、やはりいろいろ、我慢させているのだろうか。娘の精神を不安定にさせてしまうようなことを、したり言ったりしてしまっているのだろうか。
 娘が生まれて以来ずっと、きっといまが一番大変な時期なのかも・・・という思いと、いまが一番可愛い時期なのかも・・・という思いを、育児の場面場面で抱きながらやってきて、いまもやっぱり、言うことを聞いてくれなくてしんどいときには、あぁいまこそ一番大変な時期なのかもしれない・・・と思うし、素直で可愛いときには、あぁいまが一番かわいい時期なのかも・・・と思います。結局、いつの時期にも、違った可愛さと大変さがあって、それはもう、比べられるものではなく、娘が私の我が子である限り、大変さも可愛さも、いまが一番であり続けるのだろうなと思います。そうなってくるとこちらとしては、その時々で、その一番大変で一番可愛い娘に対して、ベストを尽くし続けるしかないわけで、つまり、今日の日記の結論、明日も、がんばろう。
by papiko-gokko | 2013-10-19 23:20 | Diary
勇気をだして
 家族で1時間ほど、カラオケをしました。夫がいきなり、みんなで行こうと言い出したのです。これには驚きました。20歳でつきあい始めてから娘を妊娠するまで、私が何度ふたりで行ってみようよと誘っても、カラオケの何が楽しいのかまったく理解できないから絶対に行かないと、かたくなに拒否し続けてきた夫が、自分から行こうと言い出すなんて。
 カラオケに行こうと思うきっかけを彼に与えたのは、やなせたかし氏の死でした。哀悼の意を込めて、アンパンマンの歌をカラオケで歌いたいというのです。アンパンマン、娘がまだ戦いのシーンを怖がってアニメをほとんど見ていないため私もあまり詳しくないのですが、夫は娘が生まれる前からやなせたかし氏に憧れていて、著書も読んでいたし、CDも聴いていたし、生きているうちに会いたいとまで言っていたので、本当に心からそう思ったのでしょう。
 いつか娘と一緒にカラオケにいけたらいいなぁとは思っていたけれど、まさかこんなに早くそれが叶うとは思っていなくて、どきどきしながら3人でカラオケ店に入りました。そのカラオケ店は、私が高校生のころ、ときどき部活仲間などと来ていた場所で、お店の名前は変わっていたものの、中の構造や雰囲気はまったく変わっていませんでした。中学2年生のとき、珍しいプリクラがこのお店にあるというので、みんなで来て、「こんなとこで先輩に会ったらまじでやばいけん、早く撮って出よう」と、みんなでいそいそ撮った思い出なんかもありますが、そこにプリクラはもうありませんでした。時代を感じます。高校生のときには、部活に入ってすぐ、先輩たちが入部祝いということでこのカラオケ店へ連れて行ってくれて、男の先輩が、ラルクを本物そっくりな歌い方で熱唱して、私がB'zを好きだと言ったら、B'zの曲をラルクな感じで歌ってくれたのも、懐かしい思い出です。
 思い出話はさておき、今日のカラオケ。まず1曲目は、娘の心をつかむために、『いないいないばぁっ!』の曲を私が歌い、つぎに夫が「アンパンマンのマーチ」を歌いました。高校時代以来一度もカラオケ店に足を踏み入れず生きてきた夫は、タッチパネル式のリモコンが初めてで、数字を入力して転送するものだと思っていて、戸惑っていました。しかし歌い出すと、なんでいままでカラオケにいかなかったんだろうと思うほど、のびのび楽しそうに歌っていました。よっぽど歌が下手で行きたくないのかと思っていたけれど、そんなこともなく、パパの大熱唱に娘も大喜びしていました。アンパンマンの映像が流れたので、それも楽しかったようです。
 夫は1時間のあいだにアンパンマンの曲を3曲も歌い、改めて聴くと、どの曲も歌詞がすばらしくて、歌う夫と踊る娘の写真を撮りながら、しみじみと聴き入りました。アニメは見ていないけれど、原作絵本の『あんぱんまん』は私も娘も好きで、ぱんづくりのおじさん(ジャムおじさん)が飛び立つアンパンマンに向かって叫ぶ「がんばらなくっちゃ、あんぱんまん」という台詞は、がんばらなくっちゃいけないとき、心のなかでよく唱えます。納得いくよう生きるには、やはり、がんばらなくっちゃいかん。
 私も娘の好きな子どもの歌ばかりを一生懸命選んで歌ったのですが、選んだ大抵の歌のキーが私には高くて、裏声になってしまって、そうすると声が通らないので盛り上げることができず、娘はもう、まったく隠すことなく、つまらなそうにしていてへこみました。娘が0歳のころ子守歌によく歌っていた「狼になりたい」を歌ったときには、オオカミというキーワードがまずかったのか、私が歌っているあいだじゅう、「おおかみなんかこわくない、こわくない・・・」と、3びきの子ブタの歌を念仏のように唱え続けて私の歌を妨害しました。ひどいです。
 そんなこともありつつ、娘は1時間ずっとそれなりに初めてのカラオケを楽しんでいたようでしたが、マイクを持たせても、まだマイクに向かって大きな声を出して歌うのは難しかったようで、おもにリズムに合わせて踊っていました。最後はみんなでトトロの「さんぽ」を歌い、娘は部屋のなかを行進していました。なんだかあっという間でへんてこな1時間だったけれど、3人で歌って、楽しかったです。夫も、なんか思ってたより楽しかった!と、やや興奮気味に言っていました。また赤ちゃんが生まれたらしばらくいけなくなるけれど、その赤ちゃんが娘くらいになったら、また行こう。
by papiko-gokko | 2013-10-19 00:53 | Diary
音もなく水面に散って流れ去る心をもたぬものの静けさ
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 午前中、天気の崩れる前にお外遊びをしておこうと、出勤前の夫も一緒に、車で遊べる河原へ行きました。たしか春以来なので、久しぶりの川遊びです。長靴を履かせ、念のためにズボンの着替えとタオルも持って行って、大正解でした。娘はこれまでで一番積極的に川のなかへ入っていき、袖を濡らし長靴のなかを水でぶがぶがにしながら、水の冷たさや石の感触を楽しんでいました。やはり、定期的に同じ場所へ連れて行くと、成長具合が分かります。一体だれがいつなんのために作るのか、いつ行ってもこの河原には、大きめの石で小さな囲いを作ってある場所があり、そこの中でなら安心して娘を遊ばせることができるので、助かっています。
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 ひとしきりじゃぶじゃぶを楽しんだあとは、夫と娘が競い合って川に石を投げたり、夫と娘とふたりで指先に水をつけて乾いた石の上に顔を描いたりして、私はそれを写真やビデオに収めながら、久しぶりの川遊びを楽しみました。弱い風が吹くたび向こう岸の山から、はらはらと無数の葉っぱが舞い散っては音もなく水面に落ち、しぶきや光と同化しながら瞬く間に流されていき、その一部始終が、どこまでも静かで滞りなくて、いつまでも見ていたくなる、はかなくて美しい光景でした。自分の生活リズムとはかけ離れた、何万年も前から同じように繰り返されてきたのであろう、自然の大きな大きな段取りを目にすると、それだけで、圧倒されます。
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 河原では1時間弱遊び、そのあと土手をあがったところに広がっているだだっ広い原っぱを走ったりしてもうひと遊びしてから、お昼前に帰りました。娘はお昼ご飯もお外で食べたかったようで、お弁当お弁当と言い続けて、夫がお昼に娘にだけ特別にお弁当を作ってあげて、娘を喜ばせていました。
 昨日の夜、東京の自分たちが暮らしていたあたりの地図を眺めながら、東京生活楽しかったよね・・・便利だったよね・・・やっぱぜんぜん違うよね・・・と夫としみじみ言い合っていたところですが、私が自分の子どもの頃に体験した楽しいことを、娘にもさせてやりたいという思いは、東京にいたころからあったから、それができている今は、娘にとっても娘を育てる私にとっても、いい環境なのだよなと、今日遊ぶ娘を見ながら思いました。2歳の時代を島根で過ごせてよかったです。
by papiko-gokko | 2013-10-16 00:21
しゃべっても黙ってもふたり散歩道どこにでもある小枝を拾う
 両親が駐在先に戻った数日後に、上の妹と下の妹が入れ替わりで来て1泊ずつして帰ったりして、今週も賑やかな一週間でした。ふたりとも、滞在中は娘とたっぷり遊んでくれて、私も身体を休めることができたし、なにより、娘は最高に楽しそうでした。来ていた人が帰ってしまうと、いつもものすごく寂しそうな顔をして、しばらくぼんやりしているのだけれど、今回はたっぷり遊んでもらったという満足感が大きかったらしく、少ししたら元気を取り戻していました。ただ、昨日妹と妹の犬と賑やかに散歩した道を、今日の夕方私とふたりで散歩したときは、どことなく寂しそうでした。外に出ると私も娘も口数が少なくなるので、今日はなるべくしゃべるようにしていたけれど、しゃべっても黙っても、走っても歩いても、どうにも寂しい散歩道でした。その寂しさが、そのまま娘への愛しさとなり、「○○(娘)ちゃん大好き」、と繰り返し言いながら歩きました。娘はまだほの明るい空に浮かぶ白い三日月を見つけて何度も指さしながら歩きました。
 散歩途中、いつもの公園にも行きました。だれもいないことがほとんどの公園ですが、今日はひと組ほど3人兄弟の親子連れが賑やかに遊んでいて、娘はおじけづくかと思いきや、「おともだちとあそぶ!」と迷いなく公園に入っていきました。妹たちにいっぱい遊んでもらったことで、他者に対する意識が少し変わったのかもしれません。途中、2歳くらいの子が娘に近づいてきて、じっとこちらを見ていたので、娘に「こんにちはっていってごらん」と言ったら、「こんにちわ!」と大きな声で言いました。すごい!相手の子は、そのままてててっと娘から離れていってしまったので、それ以上の会話は生まれなかったけれど、今日は娘が同じくらいの子にしっかり挨拶できた記念すべき日になりました。私もがんばらなくては。

 
by papiko-gokko | 2013-10-14 23:22 | Diary
妊婦生活後半戦
 一昨日妊婦健診があり、尿蛋白と浮腫のプラスが出てしまって、減塩を心がけるよう指導を受けました。これ以上ひどくなって入院などになったら大変なので、本気で取り組まねばなりません。これが人生最後の妊娠になる可能性が高いから、今回は妊婦生活をたっぷりじっくり楽しみたいと思っていたのですが、つわりが終わっても身体がしんどくてなかなかパワーが出なかったり、情緒不安定気味だったり、ここに書いていないあれこれも含め何かとマイナートラブルが多くて、妊婦生活を楽しむ余裕がなかなか持てずに過ごしています。妊娠も出産も、2人目は1人目よりも、一度経験しているぶん楽だろうと思っていましたが、この調子だと、出産も2人目のほうがしんどそうな気がするので、いまからちょっと覚悟しています。とにかく元気に生まれてきてくれさえすれば万々歳だから、それだけ願って、あと数ヶ月、乗り切ろう。そしてできれば、楽しもう。
 運動不足と不安解消のために、一週間前くらいから、安産体操を始めました。娘のときにやっていたメニューとほぼ同じで、いつも懐かしい気持ちになりながらやっています。まだ本格的なウォーキングはしていませんが、今日も娘と散歩をして、ゆっくり長く歩きました。バッタを追いかけたり、石ころを拾ったり、木の枝を引きずったり、娘とのお散歩はまっすぐではなく、じぐざくゆらゆら走ったり止まったりしゃがみ込んだり飛び越したり、まるで一定の速度ではないので、私の運動になっているのかどうか怪しいところですが、気分転換になって楽しいです。11月は、過ごしやすい日が多いといいなぁ。
 
by papiko-gokko | 2013-10-11 23:46 | Diary
娘の鋭い指摘。借りた絵本。新しいチャイルドシート。
 最近、娘が私に鋭い言葉を投げかけてきます。たとえば先日、夫が娘の頭にタオルを巻いてターバンみたいにしてやったところ娘がそれをとても気に入り、別の日に「おかあしゃん、たおる、あたまにまいて」と、私のところにタオルを持ってきたので、「パパみたいにうまくできるかなぁ」とつぶやきながらタオルを受け取ったら、「おかあしゃんは、なんでもにがてなの?」と、真顔で質問されてしまいました。たしかに、細かい作業を頼まれるたび、「そういうの、おかあさん苦手だから、パパのほうがきっと上手だから、パパにやってもらって」と、言っている気がします。注意力散漫で不器用でなにかと苦手意識の強い私だけれど、少なくとも娘のまえでは「苦手」という言葉をあまり出さないで、なんでも前向きに挑戦するようにしよう。
 またその翌日には、お腹が大きくなったため私のパジャマのずぼんがずれて下着が見えていたとき、それを娘に指摘され、「恥ずかしいー」と言いながら直していたら、「おかあしゃんは、はずかしいだらけなの?」と、これまた真顔で言われました。ちょっと、日々の自分の言動を、反省せずにはいられません。娘がこちらの問いかけに対して即座に反応できなかったとき最近よく発する「あ、ごめん、ぼーっとしてた」という言葉も、考えてみれば、あきらかに私のまねです。
 私は娘にとって、なんでも苦手で、恥ずかしいことだらけの、ぼーっとした母親なのか。毎日、私の着る服を選んでくれたり、私がとめ忘れていたパジャマの一番下のボタンをとめてくれたり、なにかと世話を焼いてくれるのは、私がいかにも頼りない母親だからなのだろうな。しっかり者のお姉ちゃんになりそうです。

 今日は夫が休みだったので、車で図書館と買い物へ出かけました。今日行った図書館は絵本の蔵書が豊富な図書館で、車で30分弱かかるので、近所の図書館ほどそう頻繁にはいけないのですが、そろそろ新しい絵本が読みたくなったのでいきました。絵本が豊富なだけでなく、館内全体の雰囲気もとてもよくて、大人にも子どもにも選びやすい配置で絵本が並べてあり、動物をかたどった可愛らしい子供用テーブルがあったり、木製パズルやマジックテープで遊べる手作りタペストリーなどが置いてあったりと、小さな子どもも退屈することなく静かに過ごせる工夫がたくさん見られ、娘が騒がないよう気を揉むことなく、お互いにお互いの時間を楽しみながら、ゆっくり選ぶことができます。この図書館へ行くたび、家から一番近い図書館も、こんな感じならいいのになぁ・・・といつも思います。
 この図書館へ行ったのは一月ぶりぐらいだったので、嬉しくて、読んでみたい絵本だらけで困ってしまって、必死で抑制して、25冊ほど借りました。とくに外国の作家さんの絵本の蔵書が素敵で、目を奪われる絵本がいっぱいで、次から次へと籠に入れながら歩き、そのあいだに娘も自分の目に留まった絵本を入れてきて、あっという間に30冊を越えていました。最高に満ち足りた、幸せなひとときでした。

 図書館のあとの買い物では、食料品のほか、娘用の新しいチャイルドシートを買いました。これまで娘の使っていたチャイルドシートは赤ちゃんから使えるタイプのものなので第2子用にして、娘のほうを、赤ちゃん向けほどごてごてしていないお姉ちゃん向けのシンプルなチャイルドシートに変えることにしたのでした。赤ちゃんから使えるタイプに比べると、3歳ごろからのものはずっとお手頃価格で、ほっとしました。試しにさっそく取り付けて走ってみたところ、乗り心地は問題なさそうだし、ベルトの装着もこれまでよりずっと簡単だし、なにより車内がすっきりとして視界が開けて感じられ、娘も嬉しそうに澄ました顔で乗っていました。ただ、降ろすときの勝手がこれまでと違ったものだから、シートごとバランスを崩して車から落っこちてしまいました。幸い怪我はありませんでしたが、今後は気をつけなければ。

 家に帰ってからは、ひたすら借りた絵本を読んでいました。娘は『おばけやしきにおひっこし』という絵本を気に入って、何度も読まされました。かわいいおばけと魔女の女の子のでてくるお話です。娘は基本的におばけを怖がっているけれど、嫌ってはいないようで、お絵かきでもよく「かわいいおばけ」を描くし、遊びの中にも、「かわいいおばけ」がでてきます。夜にでてくるおばけが、こわいおばけだったらいやだけれど、かわいいおばけとなら、お友だちになれるかもしれないなぁ、なってみたいなぁ、とか、そんなことを考えているのかもしれません。
 それからもう一冊、娘みずから図書館で選んだ『いもうとがウサギいっぴきたべちゃった』という絵本も気に入って、何度も読まされました。これは、なんというか、マザーグース的なグロテスクさ、シュールさがあって、私と夫はあまり受け付けなかったのですが、子どもというのは不思議なもので、ただ可愛いとか優しいだけでなく、このような奇妙でどこか残酷で得体の知れない雰囲気の絵本に、惹かれるところがあるようです。たしかに私も、『はじめてのおるすばん』にでてくるぎょろ目の絵とか、恐くて嫌だったはずなのに何度も何度も見ていたなぁ。
 絵本はいくらでも本棚に欲しいので、本当は、図書館で借りるのではなく、買ってわが家の蔵書にしたいのですが、金銭的にそれはなかなか難しいし、図書館で絵本を借りると、お金を出しては買わないようなタイプの絵本もどんどん借りて読めて、思わぬ発見があり、それはそれでおもしろいです。明日も借りた絵本を読もう。
by papiko-gokko | 2013-10-09 00:26 | Diary


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