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日記と短歌


by papiko

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妊婦健診と、娘の質問


 ひと月ぶりの妊婦検診の日でした。あっという間に24週、もう妊娠7ヶ月です。つわりが終わってから、日々がどんどん過ぎて、お腹がどんどん大きくなってきて、鏡を見るたび、ひえーと思います。
 今回は初めて、娘と夫も一緒に検診に行き、みんなでエコーを見ました。以前から見たがっていた夫はとても興味深そうに感心しながら眺めていましたが、娘にはやはり何がなんだか分からなかったらしく、それよりも、私がベッドにお腹を出して横たわっていることのようが気になったようで、「おかあしゃんが、まくらで、ねてるね」と、そればかり繰り返し、数分も経たないうちに、夫の膝から降りたがってぐずり出しました。それで助産師さんが、「お名前は?」とか「いくつ?」とか、いろいろ話しかけてくださったのですが、最近人見知りの内弁慶っぷりが顕著になってきた娘は、自分が話しかけられていると分かるやいなや、固まって黙り込んでしまいました。
 そんな娘に対しても、助産師さんというのはさすがのもので、エコーを見たい夫のことを気遣って、娘を少し離れたところへ連れて行き、口を開かない娘を相手に、しばらくのあいだ積み木遊びをして面倒をみてくださっていました。娘は話しかけられても一向にしゃべろうとしませんでしたが、助産師さんに話しかけられながら積み木をしている状態を、楽しんでいないわけではないという感じが伝わってきました。しゃべったらきっと、もっと楽しいだろうになぁ。家ではずっとしゃべっているのになぁ。そういう時期なのか、そういう性格なのか。私に似てしまったのか。
 普通のエコー検査が終わって、3Dエコー画面に切り替わると、娘も再びそばにやってきて、みんなで赤ちゃんを眺めました。今日見えた赤ちゃんは、目を閉じて指しゃぶりをしていて、おでこから目にかけての雰囲気が、なんともいえず娘によく似ていました。かわいい!3D影像だと、娘にもなんとなく理解ができたらしく、赤ちゃんの真似をして指しゃぶりをしてみせ、先生や助産師さんの笑いをとっていました。
 検査の結果、赤ちゃんはいま逆子らしいけれど、この時期はよくあることらしく、順調に育ってくれているようで、ほっとしました。次回からはまた、2週間ごとの検診になります。うーん、やはり、2人目は早い。帰りの車のなかで、娘がしきりに「おかあしゃん、おなかにおくすり、ぬってもらったの?」とか「あかちゃんがいて、おなかがかゆいから、おくすりをぬったの?」とか、不安そうに尋ねてきました。どうやらエコーのときお腹に塗るジェルを見て、薬を塗っているのかと思ったようです。「あれはお薬じゃないよ。赤ちゃんが見えやすくする、魔法のクリームなんだよ」と答えたら、納得したのか、ふうんという顔をして少し笑いました。

 まだエコーは分からなくても、お腹の赤ちゃんのことは娘にとっても大きな関心事らしく、毎日、赤ちゃんのことについて、いろいろな質問をしてきます。出産が痛いなんて教えた覚えはないのに、「あかちゃんが、うまれるときは、おかあしゃん、いたいの?」と聞いてくることもあり、そんなとき、痛いよと答えるべきかどうか悩みます。できればあまり怖いイメージを抱いて欲しくないから、「ちょっといたいけど、ぜんぜんへいき」と答えていますが、実際に強い陣痛がきたら、私はたぶん猛獣のように暴れるので、それをもし娘に目撃されたら、全然平気じゃないんじゃんと思われそうで心配です。そうならないためにも、今回はなるべく早めに病院へ入りたいなぁ。
 赤ちゃんに関する娘の質問で一番多いのは、「あかちゃんは、きゅうに、おなかのなかに、てくてくって、あるいてきたの?」というものです。なぜ赤ちゃんがいきなりお腹のなかにやってきたのか、そしてどうやってやってきたのか、不思議でしかたないようです。この質問に対する答えは、なかなかうまく出てこなくて、娘が一番嬉しくなる、赤ちゃんに会いたくなる答えにしようと考えて、「きっと、○○(娘)ちゃんに会いたくて、お母さんのお腹の中にきたんじゃない?」と答えたら、「それって、すごいね!」と、満足そうに笑いました。本当、それってすごいことだね。早く会いたいね。夫がそれに付け足して、「赤ちゃんはまだ歩けないから、すいすいって泳いできたのかも」と答えたら、娘はなるほどという表情を浮かべていました。娘とそんなふうに話していると、お腹の赤ちゃんのことが、とてもとても、愛しくなってきます。

 検診は午前中で終わり、午後は諸々の用事を済ませに出かけて、夕方は今日も棚の整理をして、どさばさ書類を捨てました。今日もすっきり!
by papiko-gokko | 2013-09-26 00:55 | Diary

 9月に入って、秋の衣替えと模様替えを皮切りに、これまでなんとなく捨てられずにいたいらないものを捨てまくる快感に目覚め、毎日どこかしらのなにかしらを整理し捨て続けています。断捨離です。今日は本棚と薬箱を整理して、売る本の目星をつけ、古い薬やもう使うことのなさそうな薬をざんざか捨てました。引っ越しのたびにわりといらないものは捨てているつもりだったけれど、こうして、ただ捨てることを目的とした整理をしてみると、ずいぶんといらないものをその都度トラックに積んでいたのだなぁと驚きます。
 生活に必要なものと本当に好きなものだけの家で暮らしたいという欲求が、捨てれば捨てるほど高まっていきます。そうして、捨てているうちに、自分にとっての本当に必要なもの、好きなものは一体なんなのかが、あぶりだし文字のように、だんだんくっきりと見えてきます。着なくなった服や鞄はかなり思い切って捨てられたけれど、人からもらった手紙は、ほんのささやかなメモみたいなものでさえ一通たりとも捨てる気になれなかった、そういうところから、自分が何を心の拠り所にして生きているのかが分かって、捨てられなかったという結果もまた、私の頭のなかをすっきりさせてくれます。逆に言えば、これまで、そんなことすら分からなくなるほど大事なものとそうじゃないものとが混在した部屋で、私は暮らしていたのでした。
 娘が生まれてから、母親としてではない自分自身を見つめる余裕がずっとなかったから、いま、捨てるという行為で、私は毎日むさぼるように、それをしているのだと思います。自分自身を見つめる余裕がなくなるほど娘のことでいっぱいいっぱいの日々を過ごすうちに、それまでほど自分自身の過去に対する執着がなくなり、数年前の自分なら絶対に捨てられなかった思い出の品々も、迷いなく捨てられるようになりました。捨てる作業をしているときは、普段あまり出さない箱や引き出しを引っ張り出すので、それを娘もおもしろがってそばに寄ってきてのぞき込み、それが日々の遊びの一環になっています。
 2人目が生まれたらまた、ますます余裕がなくなるし、それまでに部屋をすっきりさせて、出産直前には髪の毛もばっさり短く切って、全力で2人の育児に取り組む予定です。絵本や文具やおもちゃなど、自分が子どもを育てる上で大切だと感じているのものをのぞいては、なるべく安易に物を増やさないことをモットーに暮らしていきたいです。さあ、明日は、何を整理しよう。
 
 
by papiko-gokko | 2013-09-25 00:19 | Diary

2歳8ヶ月


 今日で娘が2歳8ヶ月になりました。ここのところ、わがままのパワーが増して、やりたいことを駄目と言われたり、したくないことをしなさいと言われたりして自分の思い通りにいかないと、大声で泣いて全身で世界を拒絶し、そうやって一度機嫌を損ねると、気持ちの切り替えも以前ほど簡単ではなくなっていて長時間泣き続けるので、毎日手を焼いています。2歳8ヶ月が全力で親にぶつけてくる反抗は容赦なくて、こちらも全力で挑まねばとても敵うものではなく、私も本気で腹を立て、本気で叱りつけ、本気で言い聞かせ、本気で仲直りしています。イヤイヤパワー全開の2歳児と、余裕を持って冷静に向き合うなんてこと、私には無理です。
 そんなふうに私と本気でぶつかることも多い娘ですが、お腹に赤ちゃんがいることを教えてから、それまで見たことのなかった、優しい面を見せてくれるようにもなりました。自分が赤ちゃんのころに着ていた服や、おもちゃなどを出してきて、「これは、あかちゃんにあげるの」と、嬉しそうに教えてくれたり、私がどこかを痛がっていると、「あかちゃんがいるから、いたいの?」と心配そうに聞いてくれたりします。先日、空腹で私のお腹がぎゅるるるると鳴ったときには、「いま、おなかのあかちゃんが、しゃべったの!?」と、目を丸くして驚き、お腹をぺしぺしさすってくれました。
 早くも赤ちゃんの世話を焼きたがって、赤ちゃん用スプーンで夕食をお腹の赤ちゃんにも食べさせたがるので、「お母さんがご飯を食べると、そのご飯をおなかのなかで赤ちゃんも食べるんだよ」と教えたら、それ以来、私が何か口に運ぶたび、「いま、ごはんが、おかあさんのおくちから、あかちゃんのところへおちて、あかちゃんが、つかまえたねえ」と、楽しそうに言います。どうやら娘のイメージでは、私の食べたものが、ふわふわと赤ちゃんのところへ落ちていって、それを赤ちゃんが手でつかまえて、食べていることになっているようです。へその緒を通じて栄養がいくのだということを、2歳児に分かるように説明するにはどうすればいいのか、まだうまく言葉を見つけられずにいるのと、そのイメージがなんだか可愛らしくて気に入ったので、しばらく、そういうことにしておこうかなと思っています。
 いまのところ、赤ちゃんについて話すときはいつも楽しそうで、マイナスな発言はしていませんが、ただ、昨日と今日、これまでずっと成功していたおしっこを失敗したり、それと同時に、2週間ずっと離れていたおっぱいを、またちょっと欲しがって寝るときに一瞬だけ口に含んだりして、やっぱり娘なりに、いろいろ大きく揺れ動いているのかな、と感じます。これまで以上に泣き虫で甘えん坊になった気もするし、赤ちゃんが生まれるまで、無用なプレッシャーを与えないよう、たっぷり甘えさせてやりたいです。とはいえ、そうやって甘やかしていると調子にのってわがまま言って、結局、厳しく叱らなくちゃいけなくなるんだよなぁ。

 そのほか、このひと月で感じた成長や変化としては、描く絵の世界が広がってすごくおもしろくなったこと、内弁慶と人見知りが顕著になってきたこと、それからお店での、買って買って!が始まったことなどが大きいです。いずれも、娘の、外の世界を見つめる心というものが、だんだんに育ってきていることの表われなのでしょう。親としては、その世界の広がりや深まりを邪魔しないよう、なるべくのびのび見つめて、たくさんのことを感じられるように、サポートできればと思います。いま娘の見つめている世界は、きっと、楽しいことと怖いことで満ちあふれていて、大人には想像のつかないくらいたくさんの色と光が渦巻いていて、果てしない。
 そういえば余談ですが、今日も娘がお風呂で亀と遊びながら、「かめさんがせかいをみているんだよ」と言ったので、「世界ってなに?」と尋ねたら、「せかいは、そらだよ」と答えました。なんだろう、哲学なのだろうか。それとも適当なのだろうか。
by papiko-gokko | 2013-09-22 23:07 | 月齢ごとの成長記録(長女)

夫の誕生日


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 9月20日は夫の誕生日。私より5ヶ月ほど遅れて、今日から彼も、30代の仲間入りです。この5ヶ月間、私が30歳で夫はまだ20代であることを散々自慢されたので、ようやく同じ30歳になって、嬉しいです。娘が大量に描いてくれたお祝いの絵を部屋中に貼って、娘と一緒にケーキを焼いて、シチューを作って、お祝いしました。家族の誰かが誕生日の日は、一日なにかと忙しくて、今日はほとんどの時間を座らずに過ごした気がします。娘も家族の誕生日は特別な日なのだということが分かるようになってきたようで、今日は何をするときも、いつも以上にはしゃいでいました。
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 ケーキは夫のリクエストで、ガトーショコラにしました。娘がなんでも自分でやりたがって大変でしたが、チョコを割る作業やら、粉ふるいやら、思いのほか上手にやってくれて、普通に助かる場面がありました。こうしてだんだん、共同作業ができるようになっていくのかと思うと、わくわくします。そのうち、娘のほうがなんでもテキパキ上手になって、「お母さんはなんでそんなに手際が悪いの?」と、呆れられるようになりそうだなぁ。
 夕食のとき、娘はすぐにケーキを食べたくて、ごはんはいらないとわがままを言って泣き、それでもなんとかかんとかなだめすかしてご飯を食べさせ、ご機嫌にごちそうさまをして、ケーキを食べるときには、ハッピバースデーの歌を歌いました。「ハッピバスデーディアパパ」と歌うべきところを、最初間違えて、「でぃあ、ぱくぱくさん」と、NHKの『いないいないばぁ!』に出てくる大好きなキャラクターの名前を言ってしまいましたが、即座にパパと修正して、めげずに最後まで歌いきりました。私の誕生日のときにはたしかまだひとりで歌いきれなかった気がするので、これはとてもとても大きな成長です。そんなふうにして、平和に誕生日の一日が終わりました。
 思えば夫が20歳の誕生日を迎えたときも、私はすでに夫の恋人で、ともに誕生日を祝っていて、この人の10年分の誕生日を自分はともに過ごしたのだなぁと思うと、感慨深いものがあります。今日から30代夫婦。30代っぽさってどんなものか分からないけれど、とりあえず、相変わらずの感じでいよう。

 
by papiko-gokko | 2013-09-20 23:43 | Diary

秋晴れ公園


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 雲ひとつない秋晴れ。夫が休みだったので、車で1時間ほど行ったところにある、遊具がたくさんの公園へ遊びに行きました。この公園には春に一度行ってとてもおもしろかったので、また秋になったら行こうと決めていたのでした。娘は車を降りるなり、はじけるように元気いっぱい駆け出して、あらゆる遊具を一通り試しました。前回できなかった遊具ができるようになっていたり、逆に前回怖がらなかったことを怖がるようになっていたり、春から秋のあいだでの成長具合がよく分かりました。
 最終的にほぼすべての遊具で遊びましたが、ただ一つ、この公園の核でありシンボルである巨大ローラー滑り台だけは、何度夫が誘っても、最後まで怖がって滑りませんでした。前回夫と一緒に滑ったとき、よほどのスリルを味わったのでしょう。次は、もうちょっとおねえちゃんになってから滑るのだそうです。怖いけれども滑りたい思いもあるようで、幼稚園の遠足で来ていた男の子たちが、歓声を上げながら次々に滑っていくのを、興味津々のまなざしで見つめていました。いまはまだ、遊具で遊ぶときにはそばについていないと危なっかしい娘ですが、あと数年もすれば、親がそばにいなくてもあんなふうに巨大滑り台を滑れるようになっちゃうんだなぁと思うと、少し寂しくなります。
 風はもうすっかり秋なのですが、日差しのほうはまだ夏のパワーで照りつけていたので、帰るころにはもうみんなバテバテで、途中の道の駅でアイスクリームを買って車のなかで食べ、普段、昼寝をしない娘も、さすがに家につく30分前くらいからぐっすり寝ていました。冬になるとまた厚い厚い雲が何重にも空を覆って、太陽を隠してしまうから、秋のうちに、しっかり太陽を享受しておかねばと思います。
by papiko-gokko | 2013-09-19 23:26 | Diary

戌の日参り


 今日は戌の日だったので、一家で安産祈願に行ってきました。本当は私の場合8月の戌の日にいくのが正しかったのですが、どうにもこうにも暑くて無理だったので、少し遅くなってしまいました。島根県内の安産祈願はどこがいいのかネットで調べたところ、車で1時間以内にいける範囲に、古事記に出てくる神様が産湯をつかった井戸のある神社があって、そこが安産の神様として知られているとのことだったので、今回はその神社にしてみました。
 娘のときに安産祈願へ行った水天宮と今回とでは、景色も規模もなにもかも違っていて、カーナビを頼りになんとかたどり着いたその神社は、細い田舎道を走ったさきの、田園風景のなかにありました。向かいの田んぼには稲が干してあり、数軒の大きな民家があるほかは、見渡すかぎり、田畑と雑木林と山と電柱だけで、人影はなく、おもしろいほど徹底的に田舎の風景なのでした。
 境内はこじんまりとしていて、目の前をとんぼが飛び交い、遠くからも近くからも、さまざまな虫の羽音と鳴き声が、ひっきりなしに聞こえてきました。そんななか、手に止まる蚊を時折そっと払いつつ、祈祷をしてもらいました。娘はじっと座っていられなくて、途中で夫と少し席を離れたりしましたが、なんとか、無事に安産のお守りをいただきました。
 祈祷のあとは、普通にお賽銭を投げてお参りもしました。娘も神社でどんなふうにするのかをもう覚えたらしく、何も言わなくても、手を合わせて頭をさげ、それから私の真似をして、「げんきに、うまれまちゅよーに!」と大きな声で願ってくれて、ああこの声が神様に届かないはずがない、と、なんだか自信がわいてきました。娘がいれば私は無敵だ。
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 それから、せっかくなので、古事記の神様の井戸も見に行ってみました。井戸は神社から少し歩いたところにひっそりとあり、そのすぐわきには彼岸花が咲いていて、古い木の立て札に書かれた、おそらく井戸の名前と説明なのであろう墨文字は、朽ちた木の色とほぼ同化しいてよく読めず、それがまた一種独特の異様な雰囲気というか、島根っぽさを醸し出していました。ネットの情報によれば、井戸はいまも水が枯れていないのだそうですが、屋根と鎖がしてあって、中を見ることはできませんでした。
 すばらしい秋晴れで空は高く澄み、風がほどよく冷たくて、その風に吹かれて揺れる草花の、夏のむんっとした草いきれとは違う、さらっとした香りがすがすがしくて、ああ秋っていい季節だなぁと、夏に吐いた溜め息を取り戻すくらい、何度も深呼吸しました。いつもと違う感じの道をお散歩できて、娘もとても楽しそうでした。こんな天候のいい日にお参りにいけて、よかったです。 どうか無事、健康に生まれてきますように。
by papiko-gokko | 2013-09-18 00:14 | Diary

捨てたい欲


 昨日より喉の痛みが悪化して辛い一日でしたが、今日も部屋の掃除をがんばりました。昨日は衣類部屋をやったので、今日はその隣の寝室をやりました。引っ越したときから今まで開けないまま、娘のベッド落下防止という名目でベッドの脇に置いてあったダンボール2個をついに片付け、もう何年も前に購入して洗いにくい場所に落ちない汚れがこびりつきここ数年使わないまま置いてあった加湿器の処分を決め、それから、3年前の妊娠中、妊娠事典に「妊娠後期は抱き枕があると快適」と書かれていたのを読んでよく考えもせず購入し、まったく使わずにひたすら邪魔になり続けてきた柱のような抱き枕も、捨てるかリサイクルに出すことにしました。家具を動かしたりもして、見違えるほどすっきりした寝室になりました。
 会社勤めのころ、とくに結婚前は、お金の感覚が現在とかなり違っていて、よく考えもせずいろいろ買っていたものだなぁと思います。いまはとにかく、なにかを欲しがる気持ちより、いらないものを捨ててすっきりさせたい欲求のほうが強いので、この欲求がしぼまないうちに、捨てられるだけ捨てて、売れるものは売って、部屋も心もすっきりさせたいです。捨てるって、買うよりずっと、能動的で攻撃的で気持ちいい。断捨離という言葉が流行ったのも頷けます。いらないものは、いらない。本当に好きなものと、本当に必要なものだけ、あればいい。それが何なのか、自分で分かっている人間でありたいです。

 
by papiko-gokko | 2013-09-15 23:40 | Diary

 今日は一日、夫とともに、衣類部屋の整理をがんばりました。今週の初めからの部屋の部屋の大々的な整理を始めていて埃が舞っているので、その影響なのか、もしくは娘の風邪がうつったのか、私も夫も昨日から喉が痛くなり、今日もふたりで痛い痛いと言いながらマスクをしてがんばりました。とくに夫は鼻炎があって埃に弱いので、くしゃみを連発して汗をだくだく流しながら重たい段ボールを運んだり家具を動かしたりしてくれました。おかげで、これまで奥のほうにあって取り出せなかった赤ちゃん服やらほ乳瓶を取り出すことができたし、部屋もかなりすっきりしました。
 なにしろかつては2世代同居で7人家族の住んでいた実家なわけで、いまも祖父は1階に住んでいるし、2階には両親や妹たちの置いていっているものたちが、物置や屋根裏部屋に収りきらないほどあるのです。これまでは、私たちが衣類部屋として使っている部屋にも両親と妹のものが置いてあったのですが、第2子が生まれるのを機に、衣類部屋にあった両親や妹たちの所持品は、ほとんど使っていない1階の部屋に移動させてもらいました。これで2階の見える部分のものは、ほぼ私たち一家のものだけになり、それがとても嬉しくて、満足しています。
 妊娠すると芽生える巣作り本能というやつなのか、とにかく、きれいで快適ですっきり心地よい生活空間にしたいという思いがいま渦巻いています。自分の家ではないから自由にできない部分も多いけれど、やれるだけやってみたいです。先日に引き続き、今日もゴミ袋2袋分ぐらいの衣類やら鞄をリサイクルに出したし、この調子で、今度の引っ越しまでに、不要なものをどんどん捨てて荷物を減らすつもりです。

 荷物を減らすと言いながら、今日はひとつ、大きな買い物もしました。夫は鼻炎だし、夫に似ている娘もどうやら埃に弱そうだし、私は敏感肌で花粉の季節になると顔のアトピーが出るし、それにこれから赤ちゃんも生まれることだし、皮膚や粘膜が弱点である自分たちにはいまこそ高性能の空気清浄機が必要なのだという話が、埃の舞う部屋のなかで急激に盛り上がり、ちょうどいまならシーズンオフで安くなっているかもしれないということで、電気屋さんにいってみたところ、自分たちが求めていた程度に高性能のものが在庫処分で50パーセントオフになっていたので、思い切って購入しました。ひさびさの大きな買い物です。ずっと欲しかったので、嬉しくて嬉しくて、空気のきれいさによって変わる光の色を、意味もなく見つめ続けています。メンテナンスをこまめにして、大事に使おう。
 家に帰ってさっそく稼動させてみると、すぐさまさわやかいい空気!これまで使っていた空気清浄機よりかなりパワーがあって、機能も充実しています。日中はリビングで、いまは寝室に移動させて、娘の睡眠に快適な空気を提供してくれています。加湿機能もあるので、冬にはそれも利用するつもりです。ああ、空気清浄機、嬉しい!毎日愛でよう。

 私と夫が部屋のことに夢中で、娘の相手をあまりしてやれなかったので、今日の娘は大変に不機嫌でした。やめなさいと言ったことをわざと繰り返し、生意気な言葉をわざと使い、ご飯の途中で席を立ち、なんでもかんでもいやだいやだと言って、すぐ泣いて、まったく悪い子でした。明日は悪い子になる暇がないくらい可愛がってやろう。
by papiko-gokko | 2013-09-14 22:20 | Diary

娘の描くもの


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 娘の描く絵に、バリエーションがでてきました。上の2枚は今朝描いた絵で、うさぎさん。魚以外の動物を、こんなふうにしっかり描いたのは初めてです。丁寧にお耳のなかをピンクで塗ってあったり、ほっぺたや口の中の構造まで描き込まれていたり、ああ子どもって、目に見えるものをまっすぐそのまま見て吸収しているのだなぁと、驚かされます。右のうさぎさんはお母さんうさぎで、見えにくいけれど、お腹から生まれたばかりの小さな赤ちゃんうさぎも描かれています。
 左下の絵は、昨日描いたくらげなのですが、注目すべきは、海という背景が描かれているところです。こんなふうにはっきりと背景を描いたのはこれが初めてで、感動してしばらく本棚のところに飾っていました。それから、右下の絵は、石ころちゃんたち。笑っていたり、驚いていたり、眼鏡をかけていたり、いろんな表情を描き分けるようになりました。
 娘が描きたいときいつでも描けるように、というより、正直に言えば、そのほうが片付けが楽だからというずぼらな理由で、座卓の真ん中にはつねに画材一式の入っている箱と白い紙の入っている籠が並べて置いてあり、娘はそこで気ままにクレヨンやらえんぴつやら散らかしてお絵かきしています。私は娘の描く絵を見るのが楽しくて大好きなので、娘が何か描いていると近づいていきたくなるのですが、でも、私が近くで見ていたり、描いて欲しいものをリクエストしたりすると、なぜだか、あまり乗り気で絵を描いてくれません。うさぎにしてもクラゲにしても石ころちゃんたちにしても、みんな私が家事をしているときなど気づかないうちに描いていた絵でした。なんだろう、娘はプレッシャーに弱いのだろうか。それとも夫に似て、期待されたりリクエストされたりすると、とたんにやる気がなくなるへそ曲がりなのだろうか。たぶん、後者の気がします。

 昨日から、娘はちょっとかぜ気味です。先日も少しお腹の調子が悪かったし、季節の変わり目は体調を崩しやすいみたいです。いつもと同じで、鼻水が出る以外は、熱も咳もなく元気ですが、食欲が少しなかったり、いつもより甘えんぼだったり、やはり本調子ではないのが分かります。ひどくならずに治りますように。
by papiko-gokko | 2013-09-13 00:37 | Diary

 いま、頭のなかも部屋のなかもごちゃごちゃしていて、だからせめて部屋のなかだけでもすっきりさせようと、いろいろ計画中です。まず今日は、服をゴミ袋2袋分くらい、リサイクルショップに出しました。前回の引っ越し前にかなり捨てたはずなのですが、なにしろそれまでまったく捨てずにいて、中学高校時代から着ているようなものもかなりあったので、10~5年以上前に買ったもので、現在もうほとんど着ていない服や着すぎてぼろぼろになっている服を中心に、思い切って手放しました。
 私のタンスに長年居座りもう見飽きていた衣類たちが、リサイクルショップのカウンターに出した瞬間から、店員さんの手慣れた手つきで、てきぱきさばさば扱われ、急に商品らしくよそよそしくなっていくのを見ていると、飽きて手放したおもちゃでよその子が遊び始めたとたん、急にまたそのおもちゃで遊びたくなった子どものような、暗い未練と憎たらしさを感じましたが、お店を出てしまうと、もう、どんな服を売ったんだか忘れてしまって、とてもすっきりした気分になりました。
 お店に行く前、売る服のポケットを確認したとき、ジャケットから、2002年の10月に当時住んでいた町のブックオフで500円のコミックを1冊買ったというレシートが出てきて、ああこれはたぶん、いまも本棚の目立つところに並べてある愛蔵版『めぞん一刻』だなぁと、大学1年生の自分に思いをはせました。そうか、『めぞん一刻』を集めていたときの私は、あんなにも垢抜けないジャケットを着ていたのか。服のセンスの乏しさは、いまも健在だけれども。
 今回は本当にかなり売ってしまって、まともに着られる服がいよいよ減りましたが、よほど運命を感じるほど気に入った品に出会わない限りは、買い足さないと心に誓っています。来年には出産もあるし、引っ越しも予定しているから、お金はなるべく使いたくないし、少しでも無駄な荷物は減らして、動きやすい状態でいたほうがいいのです。それがいまの私にとっては、前向きな生き方です。
 手放すことにした服のなかで、夫が洋服作りの生地として使いたいといったものだけは、売らずに裁断して、夫に再利用してもらうことにしました。私のうまく着こなせなかった服たちが、娘のかわいい服やら鞄に生まれ変わったら素敵です。そういうもののなかで暮らしたいです。夫が作るものは、服でもおもちゃでもなんでも、私の気持ちを明るく楽しくしてくれます。すべてが遠いこの場所で、しゃべりたくないことばかりをしゃべっているような、どうしようもなく息苦しい気持ちになることが多くて、そんなとき、夫が新しいなにかを作り出すと、胸に立ちこめている停滞感が、ぱっと晴れて、自分の好きな世界観や価値観を思い出し、救われます。
 自分だけの漠然とした憧れと、一家の具体的な計画を、バランスよく保ちつつ、わが子の幸せを最大の宝物として全力で守り、周りに惑わされず、ともかく、日々いろいろなことを楽しんでよく笑いながら、まじめに、まっとうに、前向きに暮らしていくこと。手放す服を選びながら、そういうことを考えました。週末の三連休で、見違えるほど、ごちゃごちゃの部屋をすっきりさせる予定です。

  
by papiko-gokko | 2013-09-12 00:02 | Diary