日記と短歌
by papiko
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まいにちぼうけん
 朝、娘は目を覚ますと、「まいにち、ぼうけーん!」といきなり元気いっぱい叫んで起き上がります。ここ数日、毎日です。これは『いないいないばぁ!』でワンワンとゆうなちゃんが歌う「パチパチパレード」という曲のワンフレーズで、きっとこの「まいにちぼうけん」という言葉は、娘にとって、朝の第一声に定着するほど、いまの人生のテーマそのものなのでしょう。「まいにちぼうけーん!」で始まる一日なんてすばらしいとは思うのですが、ただ、娘が目を覚ますのが、かなり早朝の場合もあるので、そういうときは、いや頼むからもう少し今日の冒険は待ってくれと、泣きそうになります。本当に、一晩寝るとドラクエのように体力が回復する娘が、うらやましい限りです。明日は何時頃から、冒険開始なのだろう。
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 ここのところの娘のヒットくんへの情熱がすさまじいので、夫に頼んで、でっかいヒットくんを作ってもらいました。娘は大喜びで、一緒に滑り台を滑ったり、ラッコのように抱きかかえてごろごろしたり、通常版のフェルトヒットくんと並べたりして、遊んでいます。中側に綿だけでなく、足からお尻にかけてと、手のところにだけ、お手玉なんかに入れるような小さなビーズを入れてあるので、その重みでわりと安定して座らせることができて、だっこしたときにほどよいずっしり感もあります。ひとつこのくらいの大きさの手作り人形がほしかったので、嬉しいです。『こんとあき』の絵本みたいな関係になってくれたらいいな。
 
 今日は歯医者に行きました。約3年ぶりの歯医者です。べつにどこかがとくに痛んだりしたわけではないのですが、虫歯は妊娠中に治したほうがいいと母子手帳などに書いてあったので、重い腰を上げていくことにしました。受診した結果、虫歯は軽いのが一本ほどあって、次回治療の予定です。もっとあちこちぼろぼろかと思っていたので、ほっとしました。
 ひさびさに歯医者にいったので、この機会に、毎晩はめて寝ているマウスピースを新しく作り直してもらうことにしました。以前、寝ているあいだの食いしばりと歯ぎしりが原因で歯と顎が痛くなってしまい、歯医者にそれを相談して対策のために作ってもらったのですが、これももう長いこと使っていてかなり痛んでいたのでした。今日はそのマウスピースをつくるための歯形を取って、歯石をとってもらって、あと歯磨き指導をしてもらって終わりました。
 次回かその次で私の治療ガ終わったら、今度は娘の歯科検診もしてもらおうかなと思っているのですが、娘はすでに歯医者を怖がっていて、「お母さんと一緒に見てもらうか」と聞いただけで、いまにも泣きそうな顔になって「いかない、はいしゃさんいかない」と拒否しました。先日、『はじめてのおつかい』を読んだあとで、「おつかいしてみる?」と冗談で聞いたときも、「いかない、たばこのおじさんがくるからいかない」と泣きそうになっていたし、ちょっと痛いことがあるとすぐ「よしよししてええ」と泣きながらくるし、最近の娘はすごく怖がりの泣き虫です。このまえちょっと湿疹がでて皮膚科にいったときも、可動式のベッドに寝かされてベッドが少し動いたとたん、「こんなふくらむものはいやだー!」と大泣きしたし、歯医者さんのいすでもまた、ものすごく泣くんだろうなぁ。もうちょっと大きくなるまで、検診は待つべきか、どうしたものか。
by papiko-gokko | 2013-07-31 00:06 | 手作り | Comments(0)
お腹の子のこと、仕事のこと、ついていなかった一日と娘のこと。
 妊娠5ヶ月に入り、安定期になりました。二人目は早いと聞くけれど、いまのところ、それほどあまり早いようには感じません。毎日、日常をこなすことで手一杯で、娘のときに比べると、あまりお腹の子にゆったり語りかけたりなんていう時間が持てていないし、娘がいるから常に慎重に暮らすのは難しくて、娘をだっこしないといけない場面もあるし、娘がお腹に向かって思い切り抱きついてきたり、横になっているときに乗っかってこようとしたりしてひやっとすることもあるのですが、それでもお腹の子はたくましく育ってくれているらしく、少しお腹の膨らみが服の上からでも分かるようになってきました。昨日の夜から、もしかしてこれは胎動かな?と思うような、ぐにゅりとした感触がたまにあるのですが、果たして本当に胎動かどうかは分かりません。娘のときは、どうだったっけ。

 今日はなにかとついていない一日でした。まず朝届いた夕方締め切りの仕事がなかなかタチの悪いやつで、午後出勤の夫に娘を午前中ずっと見てもらっていたのですが、午前中ではとても終わらなくて、夫の出勤後はしかたなく娘に大好きな『いないいないばぁ!』のDVDを見せながら仕上げました。娘は、普段見せてもらえないDVDを見ることができて満足げですが、私としては、娘が起きている時間、夫に見てもらえるとき以外はできるかぎり仕事をしたくないので、DVDを見せながら作業しないといけない日は、どうしても、こんなやり方いいんだろうかと、もやもやします。こんなことは月に2、3度のことなので、割り切るようにはしているけれど、これから先、今日みたいなタイプの仕事がもっと増えるようなら、やり方を考えなくてはなりません。在宅で仕事をしてみて難しいなぁと思うのは、時間配分と仕事量の調整です。自分や家族の限界がどこにあるのかまだ分からないし、限界を超えてから調整したのでは遅いし、難しいです。
 ついていないことは、仕事後から本格的に続きました。仕事を終えておやつを食べてから、1階に降りてお風呂掃除をしていたら、一緒に降りて途中までお風呂掃除を見ていた娘が、いつのまにかお風呂場から出ていて、階段をのぼる音がしたので、あわてて「ちょっとまってー!」とお風呂場から呼び止めたら、それで振り返ってバランスをくずしたのか、ずだだだっという音がして、駆けつけたら、階段下の廊下に仰向けでひっくりかえって、うわー!と大泣きし始めました。幸い、数段ほどだったようで大事には至らず、本人によると「あたまもからだもうたなかったけど、ほっぺたとおみみをうった」だけで済んで、そのほっぺたとお耳も、一応冷やしたけれど、とくにアザになるほどのことではなかったようで、ほっとしました。
 それから、お風呂上がりにご飯の準備をしていたら、娘が残り少ないふりかけをもてあそんでいてテーブルに思い切りばらまいてしまって泣き、食事中には、ふりかけをかけるふりかけをかけるといって泣き、本当はお約束ごとで、ふりかけは2杯目からと決めているのですが、今日はもう機嫌が悪すぎて、私も疲れていて、泣かれるのが辛くて、ばらまいたのでもうほぼ残っていなかったふりかけをかけてやったら、わざとではないけれども、事もあろうにそのごはんを茶碗ごとひっくり返し、パジャマもいすもご飯粒だらけになってまた泣き、新しいご飯をもってきてやったら、またふりかけふりかけと泣き、べつのふりかけを引っ張り出してちょっとかけたところで、それが完全に賞味期限の切れたものだったと気づき、あわててかけるのをやめたら、また泣き、おにぎり用の秘蔵ワカメふりかけをかけてやって、もう半ば無理矢理、泣き止ませました。
 ごはんのあとも、なんだか知らないけれども娘は不機嫌で、なにかを踏んで痛いと泣き、歯磨きをしようとして躓いて泣き、娘のパジャマのご飯粒をとるためにしめらせたガーゼをもってきたら、娘がそのガーゼで私のパジャマを思い切り拭いて私のパジャマが着られないレベルでぬれてしまい、私がついてないんだか、娘がついてないんだか、もうよく分からない感じで、くたくたで、へとへとで、ベッドに入り、絵本を読んで、少しだけおっぱいを口に含んで(ここ数日はもう、飲むという感じではなく、数分ほど口に含んでおしまいで、おっぱいで寝付くということもなくなり、夜中はまったく飲まなくなりました、今度こそ卒乳間近の予感がします)、私のほうがもう耐えられなくて、娘に背中を向けて寝ていたら、娘もそのうち私に背中をくっつけて寝ていました。昨日もそんなふうに寝ていて、寝るまでは、もう早く寝てよ!という気持ちでいっぱいなのだけど、寝てしまうと、ほっとするのと同時に急に心に余裕がでて、私にひっついて眠る娘のことが、たまらなく愛しくなります。
 娘といると、すごくかわいくて、すごくおもしろいのだけれど、同時に、すごく大変で、すごくへとへとになります。今日は私がたちの悪い仕事で疲れていたのと、ついていなかったのもあってか、娘がとにかくいつにもましてわがままでわからんちんで、もう、頭の中がめちゃくちゃになって、本当にちょっと泣きそうになりました。妊娠中のホルモンバランスの影響もあってか、ここのところ、つい、すぐに苛立ってしまうことが多くて、感情的に娘を叱ってしまうことがあって、反省しています。娘にだけは、ぶつけちゃいけないと思いながら、言うことをまるで聞いてくれなかったり、わざと悪いことをされたりすると、どうしても、腹が立って、その感情がそのまま声に出てしまいます。
 しかし、私にかなりの勢いで叱られても、娘がひるむことはめったになく、むしろ、私が怒りを増幅させればさせるほど、しらっとした顔で、ますます悪いことをします。それでいて、「もう、そんな乱暴なことする子のところへは、鬼さんが仲間がいると思って、鬼さんが迎えに来るんだけんね」などと言うと、とたんに涙目になって、「もうしない・・・」と縮こまるのです。鬼とお化けとえんま様(『きょだいな きょだいな』という絵本に出てきた)が、私のどんな激しい怒りよりも怖いようです。親として、もっと怖くなるべきなのか、もっと優しくなるべきなのか、なんだか、よく分かりません。でも、どちらにしても、自分の苛立ち具合で叱り方が変わるようではいけないなとは思います。まだまだ小さい2歳、だけどもういろいろ教えた方がいい2歳、程度が、難しいです。日によって、なんでもかんでも反抗して言うことを聞いてくれない日と、にこにこおりこうの日があって、この違いがどこからくるのかも、よく分かりません。2歳児、難しい。その難しさを、おもしろいと思える日もあれば、心底しんどいと感じる日もあって、私のその違いがどこからくるのかもやっぱりよく分からない、分からないことだらけです。睡眠の具合とか、お腹の具合とか、天気とか、まあたぶんそんなところなのだろうな。
by papiko-gokko | 2013-07-29 00:21 | Diary | Comments(0)
犬の死
 私が高校生のころからずっと実家で飼っていて、ついこの前の5月に四国に住む下の妹が引き取った犬親子の、親のほうが、24日の朝、永眠しました。15歳だったので、犬としては、十分に長生きできたのだと思います。死の知らせを受けてすぐ、火葬のまえにお別れのスカイプをしました。大好きだったバスタオルにくるまれて眠る彼女は、びっくりするほどきれいな、安らかな顔をしていました。短いあいだだったけれど、晩年を一番愛する飼い主のもと、幸せだったに違いありません。なにより食べることが大好きだったので、口元にいつも食べていたえさのお皿を置いてあって、それを見た娘が、「ねんねしながら食べてるねえ」と無邪気に笑いました。
 若いころからなにかと小さな病気をした犬で、去年には大きな手術をしたし、今年に入ったあたりからは、歩き方にもうかなり老化が見られて、寝ていることが増えたので、いよいよ最期が近いのかもしれないということはだれもが感じていました。それで、犬たちをもっとも愛する下の妹が、後悔したくないから最期まで世話をして看取りたいと覚悟を決めて引き取ったのすが、実際に四国へ行ってからはつい二週間まえまでは普通に元気でいて、急に痙攣が始まり、そこから、昼夜逆転して夜中に歩き回ったりなどの異常行動が3日ほど見られ、そして昨日の夜中に、痙攣をきっかけにして、そのまま息を引き取ったそうです。異常行動の現われていた3日間は、もう妹の呼びかけにも応じなくなってきていて、だけど死の前日だけは、ちゃんと分かって、元気にお散歩もしたそうです。
 24日の朝、かつて犬とともに住みいまはあちこち別の場所に住んでいる家族みんなとそれぞれスカイプでお別れをしたあと、妹はお昼頃ひとりで火葬場までいって、告別もして、お骨を入れ物に入れて帰り、飼い主の役目を立派に果たしました。だけど、一晩経って一気にその反動がきたようで、職場でどうにも涙がとまらなくなって、早退させてもらったそうです。心配でスカイプをしたら、もう泣いてはいなかったけれど、もうちょっと長く一緒にいたかった、会いたいと、力なく言っていました。息子犬もやはり元気がないらしく、しばらくいなくなった母親を探しまわっていたようですが、だんだんと分かってきてからは、妹にすごく甘えるようになって、スカイプ中もずっと、妹のそばにべったりくっついていました。
 長いあいだ実家で一緒に多感な時期を過ごし成長をともにしてきた妹たちに比べると、私はもう高校生だったから、そのころは帰ってきたときなどに挨拶を交わす程度の間柄で、大学で上京してからは帰省のときに散歩に付き合うくらいでした。だから一番濃い付き合いをしたのは、去年の夏から再び実家に住み始めてお世話を引き受けた今年の5月までの約10ヶ月です。その10ヶ月で、愛情が増したかというと、正直それほどでもなくて、むしろ、生き物の世話ってなんて大変なんだろうと思い知り、自分はペットと暮らすのに向かない性格なんだと、つくづく感じました。
 だから、死んだと知ったときも、お別れのスカイプをしたときも、火葬して、あんなに柔らかかったのにもう骨になってしまったよと聞いたときも、涙は出ませんでした。娘がそばにいたということもあるけれど、こんな愛情の薄い私なんかが泣くのは嘘っぽいと感じて、冷静でいようと思っていました。それなのに、夕方、妹が普段通り散歩をして帰ってきて、一枚の写真を送ってきて、その写真を見たら、初めて涙が出てきました。それは、雲の写真で、そのかたちが、元気なころ、両耳を風になびかせて土手を元気いっぱい走っていた姿そのもので、本当にびっくりするほどそのもので、その雲以外には雲がまったくなく、しかもその雲が浮かんでいたのは火葬場のほうだったみたいで、ああ、雲になったのかー、と思ったら、涙があふれました。
 泣いたのはその写真をみたときだけだったけれど、24日は一日、頭の芯が、ぼーっとしていました。悲しい、とか、寂しい、とか、そういう具体的な感情ではなく、ただ、これまで自分の日常風景を成り立たせていたパーツのひとつが、すとんと抜け落ちて、全体のバランスがくずれて、ざわざわと波打っているような、そんな心の状態でした。これまで当たり前に存在していたものが、ある日を境にいなくなって二度と会えなくなるということは、それだけでもう、どんなことよりも衝撃的なことで、だれもが必ずいつかはいなくなる世界で、自分が、顔と名前と性格をもち、他者の世界に介入しながら存在しているということが、どれほどものすごいことなのか、なんだか、そういうことをぼんやり考えました。
 2日経ち、妹も少し落ち着いたようで、仕事にもいけて、泣かずにいられるようになったけれど、ただ、もう会えないことが不思議でしかたがないと言っていました。本当に、不思議です。どこを探してもいないというのが、やけに不思議です。不思議出不思議でしかたないから、魂が雲になって自由な空にのぼっていったんだと、結局そんなふうに考えるのが一番しっくりきて、そこに落ち着いています。
 下の妹が帰省できるのはお盆のころになるので、そのとき、長らく住み慣れた実家の庭に、お墓を作ることになっています。しゃべらない犬の気持ちは分からないけれど、我が子と生涯ともに暮らし、若いころには広々としただれもいない土手を、リードぎりぎりまで伸ばして力いっぱい駆け、晩年は最愛の飼い主のもとでおだやかに暮らし、とても幸せな犬生だったのだろうと、信じることにします。どうぞ安らかに。
by papiko-gokko | 2013-07-25 22:47 | Diary | Comments(0)
約束が夕焼け色に似てきたらそろそろ夏が終わるのだろう
 夏バテしています。つわりの吐き気はほぼなくなってきたのにも関わらず、食欲がわかなくて、身体がだるくて、なんでだろうなぁおかしいなぁと原因を探るうちに、そういえば自分は夏が大の苦手なのだと思い出しました。あまり汗をかけない体質みたいで、身体に熱がたまってしまい、すぐに頭が痛くなったり具合が悪くなるのです。かといって、クーラーを効かせすぎると、今度は冷えでお腹や腰が痛くなるので、28度設定で、扇風機をまわして日々をしのいでいます。とくに辛いのは夜で、私はクーラーをかけて寝たいのですが、汗をかける夫と娘は、クーラーをかけると冷えすぎるようで、だから、たまに少しだけつけては消すという感じで、なんとかかんとか朝を迎えています。冷夏になると野菜の値段があがって困るけれども、このさき、涼しい日が一日でも多い夏になってほしいと、願わずにはいられません。

 今日は午前中に娘を夫に見てもらって仕事を終わらせ、午後は娘とべったり過ごしました。昨日の祭りの疲れが少し残っているらしい娘は、いつもよりべたべたくたくたと私にくっついてきて、それにいつもよりなぜか打たれ弱くて、些細なことですぐ泣きました。昨日の祭りのいったい何が、それほどまでに娘の心を疲弊させたのだろう。普段と少し違ったテンションの大人たちや、浮かれた場の雰囲気が、怖かったのかな。夜に外に出ることがめったにないから、夜に外に出たというだけで、娘にとっては大きな冒険だったのかもしれません。昨日のお祭りで買ったヨーヨーで私が遊んで見せたときなど、「われちゃうから!あそばないで!もたないでえ!」と泣きながら逃げだして、驚きました。風船の大好きな娘なら、ヨーヨーもぜったい喜ぶと思ったのに、2歳半の心を読むのは難しいです。
by papiko-gokko | 2013-07-23 21:32 | Diary | Comments(0)
2歳半の成長。今年初の夏祭り。
 娘が今日で2歳半になりました。2歳半。なかなかに感慨深い響きです。この半年で、娘の言語と理解の世界はぐんぐん深まり広がって、できなかったことがたくさんできるようになりました。とくにこのひと月で、その成長ぶりが目に見えて発揮され始めた気がします。たとえば生活面では、夏のパジャマ(ボタンなしシャツと半ズボン)をひとりで着られるようになったし、トイレもかなり失敗が減りました。
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 遊びの面でも日々の成長がめざましく、お絵かきでは、顔だけでなく手足を描いたり、表情や物語性のある絵を描くようになりました。最近は写真を撮るのも楽しいみたいで、娘用にしているデジカメで、毎日いろいろ撮ってはそれを見返して、意外な物が映り込んでいるのを発見すると大笑いしています。それから読書では、これまで集中の続かなかったような、ある程度の想像力が必要な物語の絵本も楽しめるようになったし、たまに、ひらがなや数字の拾い読みをして遊ぶようにもなりました。
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 最近なにより大好きで毎日している遊びは、ヒットくんのおうち作り。ヒットくんは夫が数年前に手縫いで大量生産したフェルト人形で、そのヒットくん人形のために、積み木でおうちをつくって、そこにヒットくんをたくさん住ませてあれこれ言いながら暮らすという遊びを、延々とやっています。おうちを娘一人の力で作るのはまだ難しいようで、ここのところ、一日に10回くらいは、「おかあちゃん、ヒットくんのおうちつくって」と言われ、私はもうこの遊びに飽きてしまいましたが、娘はまだまだ飽きそうもありません。
 また半年後には、なんとお姉さんになっているであろう娘。どんなふうに変化していくのか楽しみだし、きっとこれから、私のお腹の変化や、まわりの人の様子などで、不安な気持ちになることも多いに違いないから、なんとかその不安を和らげて、娘が気持ちよく前向きにお姉さんになる日を迎えられるように、うまくサポートしなければと、責任を感じています。

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 今日は、近所の神社でお祭りがあったので、初めて浴衣を着せて、お祭りに行ってきました。今日あることなどちっとも知らなかったのですが、午後3時すぎにお知らせの花火らしきものがあがり、え!どこであるんだろう!と、慌ててネットで調べて、しかしそれらしきものがなにも見当たらず、過去の記憶をたぐり寄せて、あそこのお祭りだ!と、気づくことができました。この情報化社会でも、地元の情報というのは案外ネットには出ていなくて、昔ながらの回覧板であったり、張り紙で確認することがほとんどです。
 このお祭りは、神社の境内だけでやっている小規模なもので、道路を通行止めにしてやる大規模なものに比べると人も出店の数も少なく、娘にお祭りというものの雰囲気を味わわせるのに、ちょうどいい感じでした。お祭り会場につくと、娘は出店が珍しくて仕方なかったようで、目を見開いてきょろきょろしていました。とくに、スーパーボール掬いや、いろいろなかたちの風船を売っているお店などに釘付けでした。とはいえ、まだ何かがほしいとごねるほどのようなことはなく、まず参拝をして、それからさらっと出店を眺めて、一応なにか一つ記念にということで、ヨーヨー釣りをしました。夫が挑戦して、失敗して、でも一つもらうことができ、せっかくもらったのに、娘は驚くほど無反応でした。風船は大好きだから、喜ぶと思ったのに、どうしたことだろう。
 人が少ないとはいえ、お祭りだからやはりそれなりに賑わっていて、とくに中学生らしき男女は盛り上がっていて、娘の浴衣もだんだん崩れてきて、私も疲れてきたので、太鼓の演奏を少しだけ見てから、空の明るいうちに帰りました。帰りぎわに橋で、真っ赤な夕日が西の山へ沈んでいき、その反対側の空で、大きな月が、東の山から、ぬぬぬと顔を出しはじめ、そうしてみるみるまんまるく露わになっていく様子を見て、夫と感動しながら歩きました。沈むのと昇るのを、同時進行で見たのは初めてでした。
 家に帰って浴衣を脱ぎ、しばらく待っていたら、花火が打ち上がったので、見えるところまで歩いて行って、少しだけ見ました。娘はてっきり喜ぶかと思ったのですが、花火よりも、夜の闇が怖かったようで、「くらくてこわいよ、おうちにかえろうよ」と泣き出してしまいました。これまで、花火の歌を歌ったり、絵を描いたりして、気分を高めていただけに、とても残念でした。でも、子どもってそんなものだよな。まだ花火を見せる機会はたくさんあるので、再チャレンジしたいと思います。今日は誰もいないところで見たから、よけいに怖かったのかもしれません。
 花火から帰ったあと、「お祭りたのしかった?」と聞いたら、娘は、「たのしかったけど、たのしくなかった」と答えました。これは最近娘がよく使う論調で、いつもはそれ以上聞かないのですが、今日はもう少し聞いてみたくて、「どういうところが楽しかった?」と聞いたら、「おみせがいっぱいあって、たのしかった」と言い、続いて、「じゃあ、どういうところが楽しくなかった?」と聞いたら、「おかあしゃんとパパと、あるいてたら、ひとがきたのが、たのしくなかった」と言いました。お店はよかったけど、人混みを歩くのはちょっと嫌だった、ということなのかな。たしかに、娘の背丈だと、ちょっとの人混みも大迫力で、疲れそうです。ましてや、お祭りでテンションのあがっている人たちの足取りなので、怖かったのかもしれません。
 花火と人混みは楽しくなかったようだけれども、それも含めて、お祭りというものを、娘に経験させることができて、満足です。あとはできれば御神輿を、見せてやりたいなぁ。
by papiko-gokko | 2013-07-22 23:19 | 月齢ごとの成長記録(長女) | Comments(0)
娘とスポーツ観戦。娘と絵本。
 夕方、『おかあさんといっしょ』の時間が近づいたのでテレビをつけたら、BSでバルセロナ世界水泳のシンクロナイズドスイミングをやっていて、ブルーに輝くプールのなかで、自在に体を回転させ足をすらりと高く掲げてては沈んでいくその姿に、娘がたちまち釘付けになり、おかあさんといっしょよりこっちが見たいというので、30分ほど一緒に見ました。娘は見ながらソファに寝そべって足をあげ、「こうやってるよね!」と、さっそくシンクロのまねっこしていました。私も子どもの頃、やったなぁ、シンクロごっことフィギアスケートごっこ。ちょうど昨日プールにいったばかりだったので、余計に興味を惹かれたのでしょう。こんなふうに、娘の実体験と、絵本やテレビから知識を得るタイミングとがうまい具合にかみ合うと、なんとなく、得したような気分になります。
 娘はだいたいにスポーツ観戦が好きなのか、お風呂のあと祖父におやすみなさいを言いに部屋へ行ったときも、テレビで大相撲をやっていると取り組みが終わるまでじっと見ているし、たまに夫がサッカーなど見ていると、「これはサッカーでしょ!」と嬉しそうに指さしています。外側の世界に対する理解の幅が広がってきているのを感じるし、もうそろそろ、Eテレの幼児番組だけでなく、スポーツや大人向けの音楽番組など、たまに見せてみるといいのかもしれません。実体験と知識のバランスを崩さないように気をつけながら、少しずつ、見せるものの幅を広げてみよう。

 絵本を読んでいても、最近、娘の理解の幅が広がってきていることを感じます。0歳代から1歳前半のころは、ストーリー性よりも、どちらかというと、同じ展開の反復を喜んでいましたが、だんだんとストーリー性のあるものも楽しめるようになってきて、最近ではそれなりに文章量のあるものでも、理解して聞けるようになってきました。その一方で、0歳のころから読んでいた赤ちゃん向けの絵本も変わらず好きで、よくこれ読んでと持ってきます。『いないいないばぁ』を読むといまでも0歳のころと同じように声を出して笑うし、0歳のころから読んでいる絵本はもう娘がすっかり言葉を覚えているから、一緒に声を出して読んだりできるのも楽しいようです。
 これまで私は、教科書が1年ごとに変わるのと同じように、0歳、1歳、2歳と進むにつれて、読む絵本は変わっていくものなのだと思っていました。しかし、娘の読書を見ていて、読む絵本というのは、年齢とともに変わっていくのではなく、年齢とともに、楽しめる絵本の範囲がどんどん広がっていくものなのだということに気づかされました。これは絵本に限らず、読書全般に言えることなのかもしれません。それに気づいて、ますます、絵本をもっともっと集めたい欲が高まってきました。
by papiko-gokko | 2013-07-20 23:43 | Diary | Comments(0)
娘の人生初プール
 今日は夫が休みで、私の仕事も一段落したので、娘を人生初のプールに連れて行ってきました。妊婦の私はまだ安定期前ということで大事をとって見学ということになり、ガラス張りの2階席で、更衣室から娘と夫が出てくるのを待ち構えていました。
 水玉水着にピンクの水泳帽をかぶった娘は、夫に手を引かれてやや緊張気味の面持ちでプールサイドに現われ、しばらく佇んだのち、夫にひっついておそるおそる子供用プールのなかへ入っていきました。お風呂でもない、海でも川でもない、水のたくさんある広い空間は、娘の目に、さぞかし不思議なものとして映ったことでしょう。お風呂で練習したとおりに娘は浮き輪をはめて、夫がそれを手で支えて、しばらく浮かんでいるうちに、緊張気味だった娘の表情がだんだんと和らいできて、かたまっていた手足も自分で動かし始め、5分もたったころには、もうすっかり楽しそうな顔をしていました。ほんの数分のうちに起った、娘の大きな驚きと戸惑い、そしてそこから新しい楽しさの発見へと続くめまぐるしい表情の変化がまぶしくて、ああ、子どもっていいなぁと思いました。
 夏休み直前の平日ということもあり、娘のほかに子ども連れのお客さんは2組ほどしかおらず、あとはトレーニングや健康促進目的で利用している大人がほとんどで、ガラス越しに見ている限りでは、とても和やかな雰囲気でした。施設内には流れるプールもあって、浅いプールで慣れたあとは、娘が浮き輪の上にのり、夫がそれを支えるかたちで、流れるプールを何周もしていました。ふたりともとても気持ちがよさそうで、見ていると眠たくなってきて困りました。泳ぎは苦手だけれど、やっぱり夏のプールというのは、気持ちがいいのだろうなぁ。気づけばもう10年以上水着というものを着ていないので、感覚を忘れてしまいました。
 夫と娘はたっぷり1時間ほど泳ぎ、小さい子向けの滑り台もすべって、遊びきって、大満足の表情で更衣室から出てきました。プールあがりの夫と娘は、プール直後特有の心地よさげなぐったり感をまとっていて、受付前のソファでジュースを飲み、少し体力回復させてから、お昼ご飯を買って家に帰りました。人生初のプールに入ったのだから、今日はさすがの娘もお昼寝するかと思いきや、昼寝をしたのは夫だけで、娘は普通に夜9時まで元気いっぱい起きていました。なんて体力のある子なんだ。
 今年の夏の目標のひとつだった、娘のプール初体験が果たせてよかったです。つぎは、浴衣と花火だ!
by papiko-gokko | 2013-07-19 22:35 | Diary | Comments(0)
人生に興味を持って生きるためなにはともあれ日記を書こう
 今月は仕事の受注がこれまでになく多くて、ほぼ毎日、娘の寝ている時間を仕事に使うことになるため、日記から遠ざかっていました。今日はひさびさに仕事から解放されたので、喜び勇んでブログ画面を開いたところです。私にとって、日記を書くことは、自分の人生に興味を持つということで、その日記を公開するということは、どこかに私の人生を肯定的に見つめてくれる人がいるかもしれないと信じることだから、日記を書かない日が続くと、自分の人生への興味や執着心がどうしても薄れてしまって、考えなくてもいいことを考えなくなってきて、目の前の育児と、仕事の進捗具合と、貯蓄計算で頭がいっぱいの、若干つねにいらだっている、無自覚で無趣味な人間になってしまいます。だから、仕事が立て込んだときも、睡眠時間を削ってでも、やはり、自分のために、日記は書いたほうがいいなと、今回すごく思いました。駄目です、文章を書かなくては。どんな内容であれ書かなくては。

 昨日から今日の夕方まで所用で上の妹が来ていて、娘とたっぷり遊んでくれました。おかげで仕事もはかどって、今日ものんびり過ごせて、助かりました。娘はひさびさのゲストに大喜びで、妹にべったりで、いつもは頭が痛くなるほど連発される「おかあしゃん」攻撃もまったくなく、昨日の夜など、妹と娘が寝室で絵本を読んでいるところへ行ったら、「おかあしゃんはこっちにこないで、あっちであらいものしてて」と言われました。積み木とか、ねんどとか、お絵かきとか、遊びの種類は普段私とするものと変わらなくても、妹と私とでは、遊び方も、作り出すものも、描く絵のタッチも、ぜんぜん違っていて、それが娘にはすごくおもしろかったようです。娘がすごく楽しそうで、嬉しそうで、私も幸せでした。妹に感謝。

 妹が帰ったあと、窓の外を見ていて、娘が初めて自分の目で私よりさきにお月様を見つけて、「おつきさまだ」と指さしました。夏になってから、毎日、一番大きな窓から、西の空の夕焼けを見ます。私よりさきに娘が窓のほうへ行って、「ゆうやけ!」と教えてくれる日も多く、だけどその場合たいていはまだ夕焼けより一歩手前の空だから、ふたりで、待つともなしに日暮れを待ちます。毎日同じようなリズムで過ぎていくなかで、毎日ちがうかたちをしている夕焼けを、日々少しずつ成長していく娘とふたりで眺めるこのひとときを、とても大切に思います。同じリズムで繰り返すことと、毎日ちがうことと、だんだん変わっていくこと、それらの三つが、ちょうどいい具合の量と濃度で、日常を形作っていき、そういう日々が続くことが、私の理想なのかなと、いま、これを書きながら思いました。

 
by papiko-gokko | 2013-07-16 21:53 | Diary | Comments(0)
夏の虫とじぇじぇじぇとスピッツと検診
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 梅雨が明けて、日中はもう外で遊べないので、昨日はお風呂で水遊びをして過ごし、今日は夫が夕方散歩に連れ出してくれました。夕方といっても、日が落ちるまで待つと19時ごろになるし、日暮れ時は虫が多いから、本当は朝のほうがいいのだろうけれど、7時ごろ起きたらもうすでにお日様がカンカンで、いかにも暑そうで、とても出る気になれません。夏の過ごし方、難しいです。
 暑くなってから、庭あたりにいる虫たちもかなり活動的になっているらしく、洗濯物の取り込みちょっと窓を開けたすきに、昨日は蜂が、今日はカナブンが入ってきて、大騒ぎでした。蜂は怖いのですぐさま死にもの狂いで撃退しましたが、今日のカナブンは、外に出そうとしてもうまく出てくれなくて、まあ刺さないからいいかということで、まだどこかに潜んでいます。害のない虫まで撃退しようとは思わないけれど、どうにもこうにも、虫のあの謎めいたフォルムと、ビビビビビ!という激しい羽音が苦手で、できることなら、関わり合わずに生きていきたいと思っています。網戸に貼る虫よけとか、急いでいろいろやらなくては。

 娘が朝早起きになったおかげで、NHKの『あまちゃん』を毎朝欠かさず見る習慣ができて、その影響で、ついに娘が「じぇじぇじぇ!」と言うようになりました。昨日など、「じぇじぇじぇ!絵ぇ、かくべ!」と、完全に主人公の女の子のしゃべり方を真似していて驚きました。テレビの影響ってすごい。いま私の見ているドラマは『あまちゃん』と『八重の桜』だけで、あとは娘と毎日『いないいないばぁ』と『おかあさんといっしょ』を見ているのと、たまに夫と一緒に『ドキュメント72時間』を見るだけなので、気づけばNHK系列の番組しか見ていません。たまに夫が民放を見ていてCMが流れると、どのCMも始めてみるものばかりで、浦島太郎状態です。
 『あまちゃん』のほかはNHKのEテレだけを日々見て育っている娘は、今日、『おかあさんといっしょ』を見たあと、「よしおにいさんもしゅき(だ)し、だいしゅけおにいしゃんもしゅき(だ)し、りょうほうともがしゅき。よしおにいしゃんは、ちゅうがえりするし、だいしゅけおにいさんは、おこったかおはどんなかおのとき、かわいいし・・・」と言っていました。2歳にして、頭の中がママレードボーイみたいなことになっていて、大変そうです。

 午前中、部屋の片づけをしながら久しぶりにスピッツをかけたら、クーラーのほどよく効いた7月の部屋という条件にぴったりフィットしてすごく素敵で、うっとりしながらクイックルワイパーをかけました。いつも、童謡以外の音楽をかけると「これはいやだ」と言う娘も、今日はとくに拒否せず、聞いていたのかいないのか、自分の世界で遊んでいました。
 先日の交際10周年の日、お昼ご飯を食べたうどん屋さんで、インストゥルメンタルの「ロビンソン」が流れて、スピッツといえば夫と付き合い始めたころから学生時代にものすごく熱心に聴いていて、なかでも「ロビンソン」は思い入れの強い曲だったので、ちょうど10周年の日に偶然聴けたことが嬉しくて、運命を感じて、ひさびさにスピッツをじっくり聴いてみたくなったのでした。
 スピッツの曲の、抒情的な歌詞、心にそのまましみこんでくる声、郷愁を誘うメロディ、なにもかも素敵で、歌の中にあふれる切ない恋心に、ぽうっとします。そして、そんなふうにスピッツの歌詞に心を打たれるたび、大学の卒論でスピッツの歌詞研究をしなかったことが悔やまれてきます。私はゼミで詩歌を専攻していて、だから、ぜひともそのころ毎日聴いていたスピッツの歌詞で論文を書きたかったのですが、先生に反対されてすんなり諦めてしまいました。あのときの自分に、あとからじんわり後悔するから、意地でもスピッツで書け!と言ってやりたいです。当時の自分が実際に書き上げた無難な卒論を読み返してみたいと思ったことは今まで一度もありませんが、あのころの私が全力で書けば、どんなスピッツ論文になったのか、それはすごく読んでみたいです。

 昨日は妊婦健診でした。おなかの子は順調で、今回も3D映像に感銘を受けました。娘のときにも見ることができたらよかったなぁ。次回の妊婦健診は1カ月後です。そのころには性別も分かるのだろうか。どちらのほうがいいということはとくにないけれど、すごく気になります。
by papiko-gokko | 2013-07-11 23:20 | Diary | Comments(0)
夫と交際10周年の日と、水族館。
 7月8日は夫との交際記念日。今日で夫と付き合い始めた日から、10年が経ちました。まさしく青天の霹靂だったあの日のことをしみじみと思い出し、夫と記憶の答え合わせをしたりして、そうだったっけ、そうだったよねと、にやにやしています。
 当時のことを思い出すと、かならず一緒に浮かんでくるのが、たぶんもう前にも書きましたが、ちょうど付き合い始めたころに発売されたB’zの『野性のENERGY』です。あまりにもそのころの自分そのもので、稲葉さんは超能力者なのか!と本気で思ったほどでした。友達を作るのも新しい世界に飛び込むのも苦手なくせに、憧れだけて上京して、寂しくて寂しくて、どんどん堕落していく自分の生活が情けなくて、そんなさなかのことだったから、あの日は本当に、海底からいきなり眩しい砂浜に引き揚げられたような、自意識という名の風圧で内側から開けることのできなかったドアをこじ開けられたような、そんな感じで、くらくらして、並んで歩いたバス停までの数百メートル、足元がおぼつきませんでした。
 付き合い始めた日から10年のあいだに、卒業したり就職したり結婚したり子供ができたり二人目を妊娠したり、本当にいろいろと重大なことが起り続けているけれど、ケンカの内容やお互いの言いぶんや仲直りのきっかけは、10年前からほとんど変わっていないような気もして、どんなにいろんなことがあっても、そういう部分というのは変わらないものなんだなと、おかしくなります。10年前はまだ猫をかぶっていておとなしかったので、険悪になってもいまほど活発に言い返しませんでしたが、その代わりいまより陰険な方法で長々と怒りと悲しみを表現していたので、短期爆発で終わるいまのほうが平和で健康的だと思います。
 そんなケンカの方法も含め、10年経ってよかったなぁと思うのは、一緒にいることが、最初のころよりもずっとずっと愉快で快適で、気楽になったこと、そして、こんな日々は一緒にいる限りきっとこれからも続くのだろうと、安心して思えるようになったことです。10年一緒にいればさすがにお互いのことがある程度はよく分かっているし、出来事を共有するなかでお互いに似てきた部分もあるから、同じことで面白がれるし、最初のころみたいに小さなことが不安でキリキリすることはなくなって、どんと構えていられるようになりました。だから、私と夫の関係をそんなふうにしてくれた、10年という時間の流れとたくさんの出来事に感謝したいです。
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 今日は夫の仕事が休みだったので、10周年ということで、少し遠出して、娘の喜びそうな小型の水族館みたいなところへ行きました。去年の夏にも行ったところです。どこへ行こうかといろいろ悩みましたが、けっきょく今は、娘の喜びそうなところが自分たちにとっても嬉しいところなので、水族館に決まりました。
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 娘は去年よりずっと興味津々で、真剣なまなざしで水槽を眺め、「このさかなはなんていうなまえ?」と質問して親をあたふたさせ、ザリガニに触れるコーナーでは水面に向かって手を伸ばしていました(さすがにつかめなかったけれど)。同じ場所でも、1年後くらいに連れてくると、成長がはっきりと分かって面白いものだなぁと思いました。進路の最後のほうにはエイがいて、なぜかエイのおなかを見ると、私は爆笑してしまう習性があって、今日もひとりでけたけた笑ってしまいました。なにがそんなにおかしいのか、自分でもわかりません。前世でエイのおなかのような顔をした人と、何かよほど面白いことでもあったのだろうか。ひとしきり大笑いしたあと、最後にお土産コーナーで、お風呂で遊べるゼンマイ式のカメのおもちゃを買って帰りました。何の関係もないけれど、10周年記念です。
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 帰りがけ、宍道湖を通ったので、野原に降りて、少しだけ眺めました。時間帯が正午前で、ものすごく暑くて、でも風があったのでなんとか立っていられました。真っ白な雲が山の上のほうにだけぽくぽく浮かんでいて、湖と平野部の上はもう見渡す限りの青空で、青と緑の景色がどこまでもどこまでも、視界を超えて広がっていくようでした。夫と付き合い始めた10年前の夏は冷夏で、7月8日もときおり霧雨が降っていて、七分袖を着ていましたが、今年の夏は、暑くなりそうです。
by papiko-gokko | 2013-07-08 23:18 | Diary | Comments(0)


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