日記と短歌
by papiko
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2人目の子。スーパー赤ちゃん。
 唐突ですが、2人目の子を授かりました。5月半ばごろからどうもずっと体調が悪くて、いつまでも良くならないどころか悪くなっていき、ついには歯まで痛みだし、歯医者を予約してから、でもそういえば生理が遅れているし歯医者はレントゲンや麻酔があるから一応調べてから行こうと思い、妊娠検査薬を試してみたら陽性で、今日産婦人科を受診して、1センチくらいの体と、ちゅくちゅく動いている心臓を確認してきました。いま、7週あたりだそうで、2週間後にはっきりとした週数や出産予定日を決めましょうとのことでした。
 検査薬で陽性反応がでたとき、驚きの展開にしばらく茫然として、手足が少し震えている状態で部屋に戻って、娘の顔をみたら、涙が出ました。ああ、私のこの子がお姉ちゃんになるのか、という、驚きだか、嬉しさだか、切なさだか、戸惑いだとか、いろいろごちゃまぜの感情で、胸がいっぱいになりました。娘は夕方のEテレを見ていて、アニメでちょうど赤ちゃんを追いかけるシーンがやっていて、テレビを見ながら娘が「あかちゃんはどこなの」と言って、そのテレビの画面と娘の声が、脳裏に焼き付きました。
 10日くらい前から、明らかにこれはつわりじゃないかという症状が出始めていて、眠気と目の疲れがひどく、あらゆるにおいが駄目になり、台所に入るだけで吐き気を催し、甘いものしか食べられない日と、しょっぱいものしか食べられない日とが、1~2日ごとにやってきます。おなかがすくと気持ち悪くなるからつねに何かをおなかに入れていなければならず、しかし胃腸の調子がすこぶる悪く、一度にたくさんは受け付けないので、少しずつ少しずつ食べています。
 それほどはっきりとつわりの症状がでていても、今日検診で実際にエコーを見るまでは、本当におなかにいるのだろうかと、半信半疑の状態でした。今日エコーをみて初めて、「ああ、かわいいな、うれしいな、楽しみだな」と思いました。つわりになっても、2人目ともなればもっと落ち着いた気分で対処できるものかと思っていましたが、第一子のとき「つわりってこんな感じのものなの?」だったのが「つわりって、こんなものだったっけなあ?」に変わっただけで、結局、同じように新鮮です。おそらくはこれが人生最後の妊婦生活になるのだろうから、つわりも含めて、しっかり味わい尽くそう。

 今日の検診で、質問があればと言われたので、卒乳について質問してみました。妊娠が分かったのが、ちょうど卒乳に向けて本格的にあれこれ試してことごとく失敗していたころだったので、妊娠発覚でますます焦り、ネットで調べたら、問題ないという意見もあればすぐさまやめるべきという意見もあって混乱し、こうなったら自分の主治医になった人の意見に従おうと、心に決めていたのです。
 「上の子が、どうしても夜におっぱいを欲しがるのですが、やはりすぐやめたほうがいいのでしょうか」と質問しながら、上の子、という使い慣れない言葉が、自分の口から自然に出てきたことが、とても不思議で、頼もしくも思えました。先生は先生なのだからきっと断乳するように言われるだろうなぁ・・・と、覚悟して聞いたのですが、返ってきた答えは、意外なものでした。「そりゃあ、やめるに越したことはないですけど、上の子には上の子の心情ってもんがあるだろうから、そんな急にやめられるもんでもないし、出血や強い張りがないようなら、続けても、とくに問題はないですよ。たぶん、そのうちやめますから」と、そんなふうなことを言ってくださったのです。さらに、隣にいた助産師さんも、「うちの子も、ずーっと飲んでましたよ、大丈夫、大丈夫」と、言ってくださりました。その言葉は、私を呪縛から解き放ってくれて、すうっと心が軽くなって、本当にうれしくて安心して、思わず「安心しました、ありがとうございます」と3回くらい言ってしまいました。すると先生と助産師さんから、「だいたい、あなたは、キャラクター的に、断乳とかできなさそうだもんね」と言われて、驚きました。恐るべし産科外来。出会ってわずか数分ですでに何かを見抜かれている。
 検診のあと、夫と一緒に迎えに来てくれた娘に、「おいしゃさんが、○○(娘)ちゃん、おっぱいのんでもいいですよって、いってたよ、よかったねえ」と伝えたら、娘は、とぼけたような、すましたような、笑みをかみ殺したような、複雑な顔をして、もじもじ顎していました。そして夜、その言葉をしっかり覚えていて、「おいしゃさんが、のんでもいいですよっていったから、のむね」と言いながら、私のパジャマの襟元に手をかけました。しばらくは、お医者さんと助産師さんからいただいた言葉を免罪符にして、夜だけおっぱい生活を続けることになりそうです。 
 
 そういえば、第二子ができると、上の子が親よりも先にそれを察知して、不思議なことを言ったりするというようなことをよく聞きますが、娘はとくにありませんでした。ただ、妊娠発覚の時期が、卒乳に向けて本格始動していた時期とほぼかぶっていたせいか、「おねえちゃん」という言葉に過剰反応し、「おねえちゃんじゃない!あかちゃん!」ということが増えて、「あぶぶぶぶー」と赤ちゃんの真似をしたりするようになりました。
 先日、「あかちゃんだからはみがきしない!」と言いだしたので、「あかちゃんはね、おしゃべりもできないし、おえかきもできないんだよ。○○(娘)は、おしゃべりもおえかきもできるのに、あかちゃんなの?スーパーあかちゃんなの?」と言ったら、その、スーパーあかちゃん、という言葉に娘が飛びついて、「○○(娘)は、すーぱーあかちゃんなんだから、おえかきできるけど、はみがきできないの」と、言ってのけました。そしてそれ以来、この「スーパー赤ちゃん」という言葉を、ことあるごとに使うようになりました。赤ちゃんでもない、お姉ちゃんでもない、スーパー赤ちゃんという便利な言葉を、うっかり娘に教えてしまって、これは痛恨のミスでした。
 まあいいか、いつかはおねえちゃんになっちゃうのだから、それまで、スーパー赤ちゃんとの暮らしを楽しもう。
by papiko-gokko | 2013-05-31 22:44 | Diary
初めて流した別れの涙。
 昨夜遅くに下の妹が、今日午後2時すぎに上の妹がきました。これまでずっと実家で飼っていた犬2匹を、四国に住む下の妹が引き取る日が、とうとうやってきたのです。それで数日前から母も実家に滞在していろいろ準備をしていたし、上の妹も手伝いにきたのでした。なるべく暗くなる前にあちらへ到着したいということで、上の妹がきてから1時間もしないうちに、母と、妹たち、そしてこれまでずっと実家で飼っていた犬2匹のゲージを乗せた車は、四国へと向かいました。
 当初の予定では私たち一家も別の車で一緒に行く予定でしたが、それはなくなって、私たちは玄関で見送りました。そしてこの見送りで、娘が初めて、別れの涙を流しました。母の滞在中は、お風呂も入れてもらったし、長い時間遊んでもらったし、それにほんの短い時間だったけれど、妹たちにも娘は遊んでもらって大はしゃぎだったので、自分だけが置いていかれるのが、辛くてたまらなかったようです。「じゃあもう行くからね、またくるからね」と、みんながカバンを持って支度をし始めると、お別れの時間だということが分かったらしく、必死な声で「○○(妹)ちゃん、あそぼうと!おどりをしようよ!」と遊びに誘いはじめ、部屋からなかなか出ようとせず、なかば無理やり玄関の外にでてからは、「○○(娘)もいくー!」とか、「かえらないでー!」とか言いながら本当に悲しそうに泣いて、母や妹たちも、それに私も、つられて涙ぐんでしまいました。下の妹などは、本格的に泣いてしまっていました。
 私たちから車が遠ざかっていくのを見て、娘はますます泣いていて、家に入ってからもしばらく泣いて、プリンを食べて、なんとか気分を立て直しました。ほとばしる悲しみを一休みさせるには、甘いものに限ります。これまで、お別れの場面であんなふうに泣いたことがなかったから、今回の涙には、娘の心の成長を感じました。お別れの寂しさ、遠ざかっていくものを見送る悲しさというものを、こうして幼いころから経験して、知っていくのだなぁ。

 四国までの道中、犬たちはとてもおりこうだったそうで、スムーズに到着し、家に着いてからも落ち着いていて、今のところ、ひと吠えもしていないそうです。一匹は高齢の犬だし、もう一匹は神経質だから、吠え続けるのではないかとか、震え続けるのではないかとか、ともすれば死んでしまうのではないかとか、いろいろ心配していたのですが、無事でほっとしました。
 私が17歳のころに実家で飼い始め、今日まで約13年、ずっと裏庭で暮らしていた犬がいなくなり、祖父は寂しそうです。私は高校生のころほとんど世話をしていなかったし、東京に出てからは帰った時一緒に散歩するくらいで、実際に世話をしたのはこの1年弱ほどでしたが、それでも、裏庭にもう犬がいないのだと思うと、不思議で仕方ありません。なんだか、家の前をいつも流れていた小川が、いきなり埋め立てられたような、そんな違和感があります。この1年で、生き物の世話はすごく大変だということを知りました。娘がいる上に私たちは2階住まい(1階は祖父が住んでいる)だから、犬のところまで行くのにまず一苦労で、もっと愛情を持って接してやりたいと思いながら、そんな余裕なくて、ただただ決められた順序通りに同じ世話を毎日繰り返している感じになってしまっていて、そのことにストレスを感じていました。
 だから、動物をこよなく愛する下の妹が引き取ることになって、正直、ほっとしています。きっとこれまでよりもずっとずっと、幸せに暮らすことでしょう。さきほど妹から届いた写真の犬たちは、まるでもうずっとまえからそうであったかのように、当たり前に室内犬の顔をして、幸せそうにゆったりと、犬用のまるい座布団に座っていました。ああ、よかった。彼らの老後は、きっと安泰だ。
by papiko-gokko | 2013-05-29 23:30 | Diary
母がまだそばにいること閉じそうな目で確認し眠りに落ちる
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 最近の娘の一大ブームは、水性マジックで体のあちこちに顔を描くこと。「このゆびパパをかかなくちゃ」と言いながら、まず自分の左手の指すべてに顔を描き込み、さらに手のひらにもひとつ大きな顔を描き、それではまだまだ飽き足らず、腕やら足にも描きまくり、さらには私や夫の指と手のひらにも毎日必ず、職人のような目で慎重に筆を入れてくれます。手を洗ったり汗をかいたりして薄れてくるたび何度でも描きなおすので、最近は家族みんなお風呂のとき以外、手のひらが顔だらけです。今日は足の裏にも顔が描いてあって、見つけたとき思わず吹き出しました。
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  顔が描けるようになってからお絵かき大好きになった娘の、描きたい欲求は紙の上だけでは収まらず、本当はテーブルや床やおもちゃなどに落書きしたいらしく、でもそんなことが当たり前になっては困るので、やりそうになるたび、「描いていいのは紙と自分の体だけだ!ほかは、描いたら消えないからぜったいだめ!」と教えています。体に描くのもあまり褒められたことではないのだろうけれど、紙以外のもので描いてもいいものなんてほかになくて、欲求を少しでも満たされるならまあいいかと思い、体に描くのはOKにしています。私も手に描くの好きだったし、まあいいか。

 夜、一旦寝たものの嫌な夢でも見て汗びっしょりで泣いて起きてしまった娘は、麦茶をぐびぐび飲んだあとで、やっぱりおっぱいをせがんできて、やるならやるでしっかりやろうと、赤ちゃんみたいに抱っこしてやったら、それはそれは幸せそうな顔で、目を開けたり閉じたりしながら飲んで、最後に、くうーんと、赤ちゃんみたいな甘い声を出して、とろけるように眠りに落ちました。こんなに満足げな顔で眠る娘を、久しぶりに見た気がしました。日中のオムツがこの一週間で急にいらなくなったみたいに、おっぱいも、そのうちすうっと、離れる日がくるのかな。それまでは、吸わせるときは逃げ腰じゃなく、腰を据えてしっかりと、今日みたいに吸わせてやろう。そのほうが、娘はむしろ早く離れるんじゃないかと、今日の娘を見て思いました。

 
by papiko-gokko | 2013-05-26 23:15 | Diary
2歳4ヶ月。親子。
 当日に書き忘れてしまいましたが、5月22日で、娘が2歳4か月になりました。このひと月は、トイレトレーニングと卒乳で、大きな動きのあったひと月でした。トイレトレーニングのほうは、ここのところ暑くなりトイレの回数が減ったこともあり、夜以外はトレーニングパンツで過ごし、ほぼ失敗せず、トイレでできています。まだ、夜もパンツになったり、一人でトイレに行けるようになるのは当分さきになるだろうけれど、これは大きな進歩でした。
 卒乳に関しては、アクセルを踏むタイミングを見誤ったのか、お互いにがんばりきれずに、一歩進んで二歩下がるの状態が続いています。しばらくは、少しでも数時間を短縮するために眠くなるぎりぎりまで絵本を読み、眠気のピークでどうしてもおっぱいを欲しがるようなら、そのときはもうあげることにして、娘が自分でやめようと思ってくれるのを待ち、体調と相談しつつ、続けることにします。
 おっぱいはやめられないけれど、とってもおしゃまでおしゃべりの娘は、起きているあいだじゅう、よく歌い、よくしゃべり、よく怒り、よく泣いてよく笑い、言い訳をして、過ごしてます。最近、文字や数字にとても興味を持っていて、家でも外でも、文字や数字を見つけては喜び、先日『おかあさんといっしょ』で流れて以来どっぷりはまっている「すうじのうた」を日々口ずさんでいます。周りにあふれているからなのか、こちらがとくに学ばせようとしなくても、自然と文字や数字に興味を抱いて覚えようとする、人間の脳って不思議だなぁと思います。文字や数字を覚えることで、娘の世界は、ものすごい速さで広がっていくのでしょう。

 昨日から、実家の犬を下の妹の家へ移送する準備のために母が来ていて、娘は大喜びで遊んでもらっています。母は相変わらず喜怒哀楽の激しい人で、怒モードのときに言われたくないことを言われて少し涙が出たりしましたが、基本的には母と話すのが好きなので、仲良く過ごしています。私もいつか、大人になった娘に、言われたくないことを言ってしまったりするのかな。
 小さなころの私は、母を信じ切り頼り切っていたし、それにいまの私は、幼い娘のことを、この世界でだれよりもよく知っているつもりでいます。そんなふうに、幼いころは、身も心もぴったりくっついて近く強くつながっていて、お互いに完全に分かり合っているような気持ちでいたのに、それが、子供が育っていけばいくほど、人生を長くともにすればするほどに、お互いの分からないことが増えていく、親子って、そういうものなのかなぁと思います。だから、完全に分かり合っていた遠い時代の感覚から抜け出せなくて、親なのに(子なのに)どうして分かってくれないの!と衝突してしまうこともあるし、反対に、分からないことが増えたからこそ、一歩離れたところから相手を眺めて優しく接することがようになったところもあります。いま、娘と私の関係はまだ単純なものだけれど、娘が育って感情が複雑化してくると、娘と私も、お互いにいろいろ、分からなくなってくるのだろうな。そんなとき、なるべく、冷静に対処できるといいなと思うけれど、私も喜怒哀楽が激しいので、はやくも少し不安です。
by papiko-gokko | 2013-05-25 22:52 | 月齢ごとの成長記録(長女)
おねえちゃんにならなくていいきみはただ私のかわいい子であればいい
 一昨日、昨日と2日間連続でおっぱいを飲まずに眠ることのできた娘でしたが、今日は、駄目でした。私も娘も、お互いに、頑張りきれませんでした。2日間はおんぶで寝ていたのですが、今日は、娘がいつもより暴れて、それがしんどくて耐え難くなって、降ろしてしまって、なんとか歌やお話で寝かしつけようとしたけれど、やっぱり、くっついて向かい合って横になってしまうと、娘の心はおっぱいでいっぱいになってしまうらしく、「おっぱいのみたいー!おねえちゃんにならなくてもいいからー!」と泣かれてしまって、「そうか、○○(娘)の気持ちはわかったよ、じゃあのみなよ」と、パジャマのボタンを開けてしまいました。娘はいつもよりも強く強く吸い付いてきて、私はそんな娘の汗ばんだ頭を抱きかかえながら、がっくり途方にくれました。あともう一息、あともうひと頑張り、だったのかなぁ。でも、お互いに、2日が限界だったという気もするなぁ。結局、まだ、時期が来ていなかった、ということなのだろうか。
 もしかしたらこの調子でいけるのでは、と本気で思っていたので、頑張りきれなかった自分にかなり落胆してしまって、「がんばれんかった・・・」と言いながら寝室からでてきた私に、夫が「まあ、そう劇的には無理さ」と言ってくれて、その言葉に救われました。たしかに、これまでずっと続けてきた習慣だし、2日飲まなかったからといって、そのままうまくいくのではというのは、考えが甘すぎました。もともと、理想は卒乳だし、できる限り、断乳より卒乳に近い感じを目指して、とらわれすぎないように、ゆっくり、時間をかけて、やることにします。娘が嬉しくなったり向上心が芽生えたりするかと思って、「すごいね、おねえちゃんになったねえ」とか「これができたら、おねえちゃんだよ」などと、「おねえちゃん」という言葉を頻繁に使っていたけれど、その言葉も、おっぱいに関してはとくに、娘を追いつめるだけみたいなので、しばらく禁句にします。まだ2つ残っているおねえちゃんキャンディーも、隠しておきます。
by papiko-gokko | 2013-05-22 21:19 | Diary
おんぶして私の裾をぎゅっとしておっぱいなしでねんねした夜
 昨日と今日、娘がなんと、おっぱいを飲まずに眠りました。2日とも、私のおんぶで寝たのです。娘の口から寝ようという言葉が出るまではこちらから寝室に誘わず、娘が寝る気になったところで寝室に連れて行き、それからも横にはならず本当に眠たくてたまらなくなるまで1時間くらいひたすら絵本を読み続けて、いよいよ眠そうだぞとなったらおんぶに切り替えるという作戦が成功しました。
 途中、「おんぶもうしない、おっぱいのむ」と、少し暴れて泣きべそかいたけれども、これまでのような、鬼気迫る泣き方ではなくて、ときどきそうやってふにふに言いながらも、歌をうたったり、お気に入りの絵本のフレーズを繰り返し唱えたりしているうちに、30分くらいで、くたっと、眠りに落ちました。いつも豆電球をつけていたのですが、おんぶだとなぜか「もっとくらくして」と言うので、真っ暗にしました。中途半端に物が見えるより、何も見えないほうが、落ち着くのかな。
 今朝、おっぱい飲まずに寝たご褒美に、先日買ったフェルトのライオン付きの棒キャンディーを、「おねえちゃんキャンディーだよ」と少しだけなめさせてやったら、すごく嬉しそうに舐めていました。物で釣るような育児はよくないのだろうけれど、今回ばかりは、なにかご褒美をやりたかったのです。明日もまた、いっぱい褒めて、舐めさせてやりたいです。
 その一方で、土曜だったか、『おかあさんといっしょ』を見ていたら、キツネのあかちゃんがキツネのおかあさんのおっぱいを飲んでいるシーンが出てきて、私が娘に「あかちゃんがおっぱい飲んでるねえ」となにげなく言ったら、娘はゆっくりこちらを振り向きながら、「○○(娘)も、あかちゃんだよね。おっぱいのむよね」と、いかにも心細げに、自分が間違っていることを言っているんだと自分で感じているのが分かるような声で、笑顔と泣き顔の中間みたいな顔をして言い、言葉に詰まりました。2歳になってからずっと言い聞かせをしてきて、時期も冬から春になり、卒乳へのステップを進めるには今がちょうどいい時期だと思って始めたことだけれど、無理をさせているのだろうか。
 娘がまだ飲みたいのなら、赤ちゃんでいたいのなら、いくらでも赤ちゃん扱いして、いくらでも飲ましてやりたいというのが本音です。1歳半を過ぎたあたりから、娘がおっぱいを飲むのは夜と、目が覚めてしまった夜中や朝方だけで、いま夜の寝かしつけだけはやめるようにがんばっているところだけれど、夜中や朝方に寝ぼけて吸いついてくるのは、まだしばらく許容するつもりです。いきなり取り上げるというのではなくて、まずは夜の寝かしつけから、それをきっかけにして、少しずつ少しずつ、娘の睡眠をおっぱいと切り離していけたらと思っています。私が娘に対して、可哀想だとか申し訳ないとか思うと、きっとそれが伝わって、ますます娘が切ない気持ちになるのだろし、娘がせっかく少しずつがんばっているのだから、ここは無理やり前向きに、がんばってみます。
 今日、ご褒美のキャンディーを少し舐めたあと、残りをしまいながら、「明日も舐められるといいねえ」と話をしたら、娘は元気な声で「もうおねえちゃんだから、おっぱいのまない!」とはっきり宣言をしてくれました。土曜の「あかちゃんだよね」という心細そうな声も、今日の「おねえちゃんだから」という元気な宣言も、どちらも娘の本心なのでしょう。揺れながら、娘なりに、がんばっているのでしょう。だから私もがんばります。悩んで他人の卒乳・断乳法体験談をいくら読んだって、自分たちのベストな方法なんてやっぱり分かるはずなくて、そういった体験談も参考にしつつ、あれこれやって探り探りここまできて、このまま探り探りでやって最終的に探り当てた道が、私たちにとってのベストになるんだろうと、いまは信じます。
by papiko-gokko | 2013-05-21 23:28 | Diary
執着を奪われきみは成長し忘れることで仕返しをする
 夫が休みの一日。午前中は夫に娘を連れてでてもらって今日中の仕事を終わらせ、午後はとくになんの予定もなく、3人でひとつのテーブルを囲い、絵を描いたり本を開いたりして、のどかに過ごしました。娘はなわとびをしている絵を描いたり、夫の持ってきた辞書をめくって「ん」を探したりして遊び、夫は紙に思いついた言葉を書きつけ、私はそんなふたりの紙を眺めつつ、眠くてどろどろと手悪さ程度の絵ばかりを描き、時間はゆっくりゆっくり流れて、そろそろおやつの時間かなと時計をみたらまだ2時半で、こんなふうに過ごせる人たちが家族で、嬉しいなぁと思いました。気心の知れた人のそばで、一緒に何かをだらだらと書いたり描いたりして過ごす時間って、平和で、愉快で、思わぬ発見があったりして、大好きです。私と夫はたぶん、ずっとおじいさんおばあさんになってもそんなふうにして過ごすのだろうけれど、はたして娘は、いつまでそれに付き合ってくれるかな。

 先日からしきりに書いている卒乳。今日もやっぱり娘はおっぱいを飲みました。昨日と同じく、お話したり、夫がおんぶをしたり、新生児のころから寝かしつけのときよく聴いていた中島みゆきのCDを流したり、思いつく限りの寝かしつけを試したけれど、最後の最後、眠気がピークに達したところで、「おっぱい」という言葉がでてきて、昨日みたいに大号泣させるのはもう嫌だったので、そこでゲームセットということにして、おっぱいをやったら、すとんと眠りに落ちました。娘のおっぱいタイムは、もう本当にこの数分だけです(夜中に起きて吸うことはあるけれど)。
 昨日、日記を書いたあと、夫とも話したりして、いろいろ考えて、今後のとりあえずの方針を決めました。これまで、2歳になってからはずっと言い聞かせをしてきたけれど、どうもそれは娘には逆効果というか、いまそれをやるとかえって執着するということが分かったので、「おっぱいをやめよう」関連の言葉はもう言わないようにして、だけど、こちらから与えるということもせず、寝かしつけは、昨日や今日のように、どんなに時間がかかってもできる限り別の方法をためし、それでもだめで眠気がピークに達し娘の口からおっぱいという単語しかでなくなったら、もう、その日はそこで諦めて、与えるということを、とりあえず1ヶ月くらい、繰り返してみることにします。そうやって毎日いろいろ試しているうちに、何か娘がすとんと眠りに落ちる究極の入眠法に出会えるかもしれないし、娘のおっぱいへの執着心が薄れていくかもしれません。
 それからもう一つ、それと並行して、おっぱいの絵本を作ろうかなと考えています。娘の心に一番語りかけることのできるものは、やはり、絵本かなと思うし、絵本なら、私や夫が直接語りかけるのよりは娘が反発しないのではないかという期待もあります。なるべくなら、娘が悲しくならないような、感傷的でない、楽しくて前向きで、おっぱいやめた世界ってウキウキドキドキ最高じゃないか!と思える内容にしたいのですが、私が考えるとどうしてもつい感傷的なほうにいきそうなので、夫にも協力してもらおうと思います。
 私が卒乳で頭がいっぱいになりすぎたり後ろ向きになったら、娘もきっと後ろ向きになって不安になって、ますますおっぱいおっぱいになるだろうから、前向きに、それとなく、がんばります。
by papiko-gokko | 2013-05-19 22:28 | Diary
世界一見るのが辛い泣き顔を母親として見つめ続ける
 今夜も娘を、結果的に泣かせてしまいました。卒乳なんだか断乳なんだか、もう、分からなくなってきています。今日行ったお店で娘が棒付きキャンディーを見ていたので、「これは、おねえちゃんキャンディーだよ。おっぱい飲まずにねんねできたら、なめられるんだよ」と言いながら買いました。3本のキャンディーと一緒に、フェルトでできたライオンのぬいぐるみのついた棒が花束のように束ねられているもので、とてもかわいくて、これならいけるかもと、わらにもすがる思いでした。
 夜になるまでは、私がそのキャンディーをみせるたび、「○○(娘)は、もうおねえちゃんなったから、おっぱいのまないんだから」と、少し泣きそうな声で宣言していて、夜、布団に入ってからも、おっぱいは欲しがらず、絵本を読んだり、ベッドで飛び跳ねたり、キャンディーのライオンさんを私がもって、そのライオンが主人公のお話を聞かせたりして、1時間くらい過ごしました。だけど、眠たくなってくると、やっぱり駄目でした。夫のおんぶでいよいよ眠気がピークに達し、降りる降りると泣きだし、最後は、「おっぱいのむー!おかあちゃんのおっぱい、のみたいのー!」と、顔をくちゃくちゃにして、体をのけぞらせて、理不尽な仕打ちが悲しくて悔しくて仕方ないといった様子で泣き出しました。それでもう、私も泣いてしまって、泣きながらあげてしまいました。ものすごく泣いたあとだから、娘はなかなか寝付かず、これまで以上におっぱいに執着している感じで、なかなか口から離しませんでした。娘が、やめたほうがいいんだなって分かっていて、だけどやっぱり夜は吸わなければ眠れなくて、小さな心で葛藤して、苦しんでいるのが分かるから、辛くて、こっちまで泣いてしまいます。
 ああ、駄目だ。こんな情けないことでは。もう、これ以上、今日のような中途半端なことをして無駄に娘を泣かすのは可哀想すぎるから、卒乳から断乳に方針を切り替えて、3日3晩泣かしてでも断乳にするか、それとも、一旦フリダシに戻って、おっぱいをやめようといった発言を完全に封印して、娘の心が自然と変わるまで、しばらく様子を見るか。自分の体のことを考えると、もうやめるべきだけれど、ここまで続けてきた以上、いまさら娘の心を踏みにじることはしたくないし、だけど、いつかは必ずやめる日がくるのだし。ぐるぐるぐるぐる、そんな同じことばかり考えています。ここ数日、ネットで卒乳や断乳の体験談をいろいろ読み漁ってみたけれど、どんなに体験談を知ったところで、私の娘はこの世に一人で、ある程度の参考にはなっても、同じようにはいかないのだよな。私が考えて、実行するしかないのだよな。
by papiko-gokko | 2013-05-18 23:03 | Diary
2歳児の世界はじゆう晴れの日に長靴はいてシャボン玉吹く
 午前中は図書館へ行き、絵本をたくさん借りました。そのなかで、娘は五味太郎『だれかがいます』という絵本をものすごく気に入って、大笑いして、今日一日で10回以上読みました。五味太郎作品の持つ力って、やっぱりすごいなぁ。どの絵本も、ちょっとした工夫とユーモアで、ぐっと幼い子の興味を引き付けて、絵の面白さで大人も子供も笑わせてくれます。図書館だと、買うときほど考えすぎずにあらゆる絵本を借りてみることができるから、借りた本を読み聞かせると、娘の好みが改めて分かり、参考になります。買うのと借りるのと、バランスよく利用しよう。
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 午後は娘の遊びに付き合って、娘の編み出すかわいい世界を満喫しました。「ロールケーキ、ちゅくってあげるね。まだ、クリームがはいってないから、くんくんいいにおいってするだけよ」と言いながら、いろんなクレヨンで紙いっぱいにぐるぐる描いて遊んだり、おままごとのお皿をソファの上にずらりと並べて、そこにゴムやら、折り紙やら、石やら、タイルやらたくさん入れて、「おきゃくさま、こないかしらー」と、私がぬいぐるみのお客さんを連れてくるのを待ったり、以前購入した幼児雑誌付録のひもとおしおもちゃに夢中で取り組み、全部通して「しゅごいでしょう!」と見せてくれたり、ブレーメンの音楽隊の歌を気に入って繰り返し聴いたり、そんなことをして過ごしました。娘の遊びが、最近どんどんキラキラしてきて、あぁなんて素敵な世界を生きているのだろうかと、心を奪われます。娘の日常が、愛しくて愛しくてたまりません。

 寝かしつけは、今日も卒乳に向けて、苦労の夜になりました。娘が言ってこない限り、こちらからはもう一切おっぱい関連の言葉を言わないようにして、できればなんとか娘がそのままおっぱいなしで寝てくれることを祈りつつ、ぬいぐるみをたくさん並べてみたり、耳かきをしてみたり、帰宅した夫に協力してもらっておんぶをしたり抱っこをしたり、折り紙で作ったパクパクで話しかけたり、歌ったり、思いつく限りのことをしてみたのですが、いつまでたっても一向に寝る気配がなく、11時すぎになってついに眠気がピークに達したところで、やっぱり、おっぱい・・・と言いだし、私がすぐに出さずにいると、顔をゆがめて泣き出し、もう、その顔を見ると、私も涙が出てきて、やっぱり最後はおっぱいで眠りました。
 娘の場合、昼間は完全に飲んでいなくて、本当に寝るときだけだから、おっぱいは精神安定剤というよりも、もう本当にただの、睡眠導入のための欠かせない儀式なのだと思います。だから、新たな睡眠の儀式を確立することさえできれば、離れていくのではないかと思います。ここまでやってきたのだから、できることなら、娘が納得してやめるまで、いつまででもあげたいけれど、やっぱり最近、どうしても体がしんどくなってきて、できればそろそろ・・・という思いを隠せません。娘のためにどうするのがいいのか分かるのは、娘の性格をいまのところこの世で一番知っている私しかいないのだから、私がしっかり考えなくては。よいかたちを考えなくては。
by papiko-gokko | 2013-05-18 00:33 | Diary
カレーライスと、「ん」。
 気温の変動に体がついていかず、どうにもこうにも気だるくて、夫にも覇気がないと言われています。こんなときはカレーライスに限ると思い立ち、今日の晩御飯はカレーライスにしました。ここ数日続いている半端な暑さでしゃきっとしない身体が、猛烈に辛いものを求めていて、カレーもとびきり辛いのにしようと辛口のルーを入れて作ったのだけれど、思ったほど辛くならず、どうしても辛いのが食べたくて、タバスコをふりかけました。ちょっと酸味が出てしまったけれど、口のなかが求めていた辛さで満ちて、汗と元気が湧いてきました。今年の夏は、辛い食べ物で乗り切ろうと思います。

 娘がひらがなの「ん」を、読めるようになりました。ほかの文字はまだ読めないのに、なぜか、「ん」だけ読めるようになって、絵本に「ん」がでてくると、指差して「ん」と言います。谷川俊太郎の『あいうえおうた』という絵本が最近お気に入りで、繰り返し読むうちに五十音を自然と覚えて言うようになり、しかしまだ発音するだけで文字を読めるわけではないので、その段階で、なぜ「ん」だけ読めるようになったのか、不思議で仕方ありません。『あいうえおうた』の「ん」のページが、よほど印象的だったのだろうか。
 「ん」が読めるということが、娘にはとても嬉しいらしく、「このなかに、んはあるかな」と、今日は絵本の題名のなかから「ん」を探す遊びをしていて、一緒に探してみると、○○えほん、○○ちゃん、○○くん、ようちえん、おべんとう、おかあさん、あかちゃん、などなど、絵本の題名に「ん」は結構でてくるのが分かりました。もしかしたら、それで親しみやすかったのかもしれません。
 数字も1から10までは数えるようになり、時計にも興味を持ち始め、そういう成長が、嬉しいような、でも少し、もったいないような、複雑な気持ちでいます。文字や数字や時計とは、否が応でもこれからずーっと付き合っていかなければならないのだから、せめてその必要に迫られるまでのわずかなひと時くらいは、そういったものから解放された世界でのびのびふわふわ暮らしていたらいいのになぁと、思ってしまいます。でも、それは親側の勝手な解釈で、いま、いろいろなこと覚えたい盛りの娘にとって、身の回りにある文字や数字に触れることは、おもしろいかたちの石を見つけるのと同じくらい新鮮な発見で、すごく楽しい遊びのひとつなのでしょう。
 小学2年生くらいになると、漢字や九九がなかなか覚えられなくて泣くこともあるだろうけれど(私は記憶に残るほど泣いた、声の響き渡るお風呂で、七の段と八の段を唱えながら泣いた)、いまの段階ではまだ、そんなに娘が追いつめられるような事態にはならないだろうから、遊びのなかで、石を拾うみたいに言葉や数字と触れ合って、窮屈じゃない程度に仲良くなって、のびのびふわふわ、暮らせたらいいなぁ、と思います。

 そういえば、昨日、卒乳を思わせるような態度を示した娘ですが、今日はなんの迷いもなくねんねのおっぱいを要求してきて、「でも、昨日、最後って言わなかった?」と聞いてみると、「まだ最後だよ」という返答が返ってきました。まだ最後ってどういう意味だろうと思い、真意を確かめずにはおれなくて、「まだ最後って?まだ最後の途中ってこと?」と聞くと、少し考えたのち、「まださいごのとちゅうってこと」と答えました。そうか、娘はまだ昨日に引き続き最後のおっぱいを吸っている最中で、最後のおっぱいの「最後」というのは、数日または数か月に及ぶ長い期間のことを指していたのか。なんて便利な言い訳なんだ。飲むのは本当にねんねのときだけだし、虫歯は心配だけれど、いまのところはなさそうだし、もう、ここまで待ったのだから、いまさら焦らず、しばらくはとやかく言わずに、娘とおっぱいの関係を静観することにします。
by papiko-gokko | 2013-05-15 23:58 | Diary


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