日記と短歌
by papiko
<   2013年 03月 ( 23 )   > この月の画像一覧
東京の桜が見たい。娘の気持ち。
 いい天気。午後に娘と自転車で遠出して、帰り道、小川沿いに咲く桜を見ました。7分咲きの桜はとてもきれいだったけれど、どうしてだろう。私はやっぱり、桜に関しては、東京でみる桜のほうが、好きみたいです。遠く見渡せば山々があり、周囲にも草花が咲き乱れ田畑の広がるこの土地で咲く桜は、桜だからといって自然界からさほど特別扱いをされていない感じで、あくまでも春の風景の一部分としての桜でしかなく、だから、春風に溶けていきそうなふわっとした存在感に思えます。一方、人が街の景色を作り時を動かしている東京では、春といえばまず桜でした。濃い青空のもと、多くの人に見守られながら、思い出色の扇子を勿体ぶりつつ広げていき、華やかな舞台で各々の思い出に訴えかける魅惑の舞を舞って派手に散っていく、東京の桜のあの感じが、私は好きです。

 2歳になりわがままパワーが日々レベルアップしている娘が、一体なにをどんな具合に考えているんだか知りたくて、そうだ文章にしてみようと思い、『カレーライスと飛行船』に久々に娘の気持ちで日記を書いてみたら、なんとなく自分のなかで、娘が少しわかった気がしました。私はいつも、自分の気持ちや状態を客観視するために文章を書いているようなところがあるから、まだ言葉で気持ちを十分に表すことのできない娘の気持ちを推し量りたいときも、やはり私の場合、娘になったつもりで文章にするという方法が、一番いいのかもしれません。それに、自分の感情にしろ、娘の感情の想像にしろ、独りよがりの文章になりすぎないために、公開している状態で書くほうが私には向いているから、これからも『カレーライスと飛行船』に、たまに娘になって日記を書くということをしてみようと思います。
by papiko-gokko | 2013-03-31 00:22 | Diary
ブランコに揺られ続けてある日ふと次の景色に進みたくなる
 なんと、今日は娘が、1日に1回しかおしっこの失敗をしませんでした。トイレトレーニングを始めて以来、毎日トレーニングパンツを4,5枚は洗濯していたから、それがたった2枚で済むなんて、なんだかさみしいくらいです。うんちは出るまえにちゃんと私に伝えてトイレでできたし、おしっこに関してはまだ自分で行きたいという感覚をつかむのが難しいみたいですが、夕方の1回を除いては、1~2時間ごとに私の誘いでトイレに行ってちゃんとできました。
 今日できたからといって明日もできるわけではなく、きっとまた何度もぶり返しがあって、できる日もあればできない日もあり、そうやって、ブランコみたいに、前へ後ろへと繰り返しぶり返しながら、ふと気がづくと、完全にオムツのいらなくなる日がきているのだろうと思います。実はブランコの揺れは振り子式のエンジン装置で、その原動力でポールも足元の水たまりも含めたブランコ全体がゴゴゴゴとゆっくり前進していて、いつの間にか目の前に、次の景色が広がっている、そんな奇妙で愉快な乗り物に乗っているような、それが娘となにか一つの目標を目指すときの感覚です。

 これも大きな成長の一つなのか、最近娘が、会話のなかで頻繁に、5W1Hを用いるようになりました。主によく使うのは「だれに?」「だれが?」「なにが?」「なにを?」「なにに?」「どこで?」「どこが?」「どこに?」「なんで?」「どうして?」「どうやって?」で、私や夫の言った一言に対して、それらの質問を2つ3つしつこく投げかけてきて、そのたびすぐには答えが出てこずに頭がぐるぐるします。まだ時間の感覚には疎いらしく、「いつ?」は出てこないから、正確には、4W1Hなのかな。娘がそうやってどんどんしゃべるようになってくると、こちらにも知識と瞬発力が求められてくるから、どきどきします。
by papiko-gokko | 2013-03-30 00:07 | Diary
自転車をたくさん漕いで、折り紙をたくさん折った日。
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 昨日の雨がまだ残るかと思いきや、今日は午後からぱあっと晴れて、娘も「そらがいっぱいでてるからおさんぽいこう」と言ったので、もろもろの用事をしに、自転車で遠出しました。行先のルートに夫の職場があったので夫の昼休憩時間に合わせて家を出て、職場近くの広場で一緒にお弁当を食べました。水筒をテーブルの上に置いたまま来てしまって悔しかったけれど、コートのいらない暖かさのなかで食べるお弁当は格別でした。
 お弁当を食べ終えたあとは、もろもろの用事やら買い物をして、まだ余力があったので、せっかくだからこれもやってしまおうと、当初の予定ではいかないつもりだった場所にまで用事をしにいったら、そこで娘が寝てしまい、右手で娘を抱きかかえ左手で荷物を持ちながら、修行のような数分間を過ごすことになりました。結果的にぐるりと市内を巡ってかなりの距離を自転車で走ったことになり、汗をかいてのどが渇いて、家に向かう最後の一本道は全力疾走して、家に帰ってすぐ、ちょうど昨日冷凍庫の底から発見して表面に出しておいたもらいものの高級アイスクリームを食べて元気回復しました。娘もヨーグルトとクッキーを食べて、元気回復したようでした。
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 3時のおやつで元気回復したあとも、もう活発に動く気にはなれなくて、夕食を作る時間のぎりぎりまで、折り紙で遊びました。昨日の日記に書いた、折り紙の箱で作る入れ子を、どうしても作りたくなったのです。娘は無心に箱を折り続ける私の横で、「なにをちゅくってんの?」と時々こちらに興味を示しつつ、自分の世界でごっこ遊びをしていました。
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 一枚ごとに少しずつ折り紙の大きさを変えて折り、「また、はこちゅくってんの?」と言われながらも折り続け、出来上がった箱は、不器用さとがさつさがにじみ出ているごわついた仕上がりになりましたが、しかし、これが私の指先にできる精一杯なので、満足です。でも、器用な人がやったら、もっとぴしっとしていて、すごくきれいなのだろうなぁ。
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 出来上がったものを娘に渡すと、娘は「おべんとうばこなのね」と、一番小さな箱から順に取り出して石ころを一つずつ入れて、「ちゅぎは、ライオンさんのおべんとうちゅくるんだったんわよ」とかなんとか言いながら、しばらく遊んでくれました。ああ、娘がこうして素直に喜んで遊んでくれるうちに、いろいろ作って幸せをもらおう。
 帰ってきた夫にもこの箱を見せたら、「え、これって、まさか四角いものを作ろうとしてこうなったんじゃないよね」と、半笑いで言われました。娘も10年後くらいにはこんな憎たらしいことを言うようになってしまうのだろうか。本当に本当に、そうならないうちに、たくさん作っておこう。
by papiko-gokko | 2013-03-28 22:17 | Diary
雨の日に折る折り紙は諦めを翼のかたちにしていく作業
 春を含んだ雨のせいか、時間の流れが、のんびりというより、のろのろとしていて、気だるい一日でした。娘もそれは同じだったらしく、今日はいつもより気難しくて、遊ぶと衝突して疲れそうだったから、絵本をたくさん読みました。絵本を読みながら、途中、たまらなく眠たくなって、何度かかくんかくん舟をこぎました。娘もときどき目をこすったり、座り方を変えたりして、眠気を飛ばしていました。ああ、春の雨は重たい。
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 そんなふたりが、一つだけ力を合わせて意欲的に取り組んだのが、折り紙遊び。机と椅子と、それから小さい折り紙で、お弁当箱も作って、少し前に作った3人家族の指人形を座らせたら、娘が喜んで遊んでくれました。とくに蓋のできるお弁当箱を気に入ってくれたみたいで、何度も開けたり閉めたりしていました。そういえば私も子供のころ、動物とかお花とかよりも、スリッパや箱やお財布などといった生活雑貨を作ってもらうのが好きだったっけ。
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 明日も雨でおうち遊びの一日になりそうだから、折り紙の本を見ながら、生活雑貨をあれこれ作ってみようと思います。いつか『きょうはなんのひ?』にでてくるような、箱を開けるたびその中にひと回り小さな箱が入っていて、その箱のなかにまたひと周り小さい箱が入っていて、最後にすごく小さな箱が出てくる入れ子みたいなのを作ってみたくて、子供のころから何度か挑戦しているのですが、いかんせん不器用で、まだ成功したことがありません。明日ものすごく余力があれば、また挑戦してみよう。
by papiko-gokko | 2013-03-27 22:03 | 手作り
覚えてて2歳の春はブランコにふたり揺られて桜を見たの
 やわらかな陽射しの1日。明日からは雨になりそうだから、今日しっかり外遊びをさせておこうと、午前中に家事を済ませて、午後お昼を食べたあと公園に行きました。天気予報では気温が低いと出ていたけれど、空気は冷たくても陽射しが暖かくて、あまり寒さは感じませんでした。道端には、名前を知らないたくさんの花が咲いていて、娘に「これはなんのはな?」と聞かれるたび、「なんだろうねえ、むらさきだねえ、ちいさいねえ」と、色やらかたちやら言ってごまかしました。これは早急に、草花辞典を手に入れねば。なるべくカラー写真がたくさんあって、小さくて、分厚いのを。
 3月も終わりに差し掛かり、小学生が春休みに入ったようで、近くにある2つの公園のうち一方では、男の子たちが活発に野球かなにかをしていて、娘がいくと邪魔になりそうだしお互い危ないかもしれないなぁと思い、誰もいないほうの公園へ行きました。公園に誰もいないことが、私も娘も、当たり前になりすぎていて、たまに誰かが遊んでいると、自分の家の庭で誰かが遊んでいたくらいの衝撃を受けてしまいます。
 公園では、お砂場で遊んだり、ブランコしたり、鬼ごっこみたいなことをしたりしました。公園につくと必ずまずは滑り台にのぼりますが、それは娘にとって公園への挨拶みたいなものみたいで、最近は最初の1回を滑り終えたら、もう滑ろうとしません。ひとしきり走り回ったあと、ふたりで乗れる横長の大きなブランコに並んで乗って足で小さく揺らしながら、公園に何本か経っている桜の木の、ちらほら開き始めている花を眺めていると、ふたりの時間がゆっくりたっぷり流れていく感じがして、ああ、なんかこういうの、いいなぁ・・・と、幸せな気持ちになりました。まだ2歳の娘の記憶にこの風景はきっと残らないけれど、だからよけいに甘く愛しい時間なのです。将来、私だけが娘に語ってやることのできる、ふたりで過ごした毎日のこと、ふたりで見た風景のこと、それは私の、いまのところ、人生で最大級の宝物です。
 家に帰ってからは、おやつを食べて、母と少しスカイプで話したり、粘土をしたり、絵本を読んだりしているうちに夕方になり、私は夕食作りを、娘は箱にいろんなものを詰め込んでそのなかに自分も入ったりまた出たりなどしておりこうに一人遊びをしてくれていました。夜は夫が帰ってきて、喧嘩をしたり仲直りをしたりご飯を食べたりお風呂に入ったり、娘のおしゃべりで大笑いしたり、ハイテンションで歌う娘をビデオ撮影したりして、あっという間に時間が過ぎていきました。そんな普通の、どちらかといえばいい日よりの1日でした。
by papiko-gokko | 2013-03-26 22:34 | Diary
だれも皆おまえの小さな要求に応えるためにいるわけじゃない
d0038776_2244585.jpg まだちょっと早いけれど、こいのぼりを作りました。車の窓から人形店の店頭でたなびく屋根より高い大きなこいのぼりを見て以来、娘がこいのぼりに夢中になって、何度も「こいのぼおり、つくって!」と頼まれていたので、トイレットペーパーの芯と折り紙で、ネットの画像を参考にしながら作りました。胴体には娘がちぎった折り紙で飾り付けをして、一応、いっしょに作ったということにしましたが、作り始めて5分もたたないうちに、娘は興味を失い、ほぼ別のことをして遊んでいました。そして、1時間くらいかけて完成したものを手渡したとき、最初に言った言葉は、「かざりが、ついてないじゃんよ」という一言でした。かざりというのは、こいのぼりたちと一緒におよいでいる色とりどりのひらひら(吹き流しという名前らしい)のことで、それがないことが気に入らないようでした。だって、トイレットペーパーの芯、3つしかなかったんだ。
 その後も娘がこの手作りこいのぼりに興味を示すことはあまりなく、夫が100円均一で見つけて買ったナイロン製のこいのぼりのほうが気に入ったみたいで、こいのぼりの歌を歌いながら振り回していました。娘が欲しかったのは、こいのぼりっぽいかたちのものではなくて、こいのぼりのように風にたなびくものだったのだなぁ。来年はなびくようなのを作ろう。もう少しすると、あちらこちらの家でこいのぼりが飾られるだろうから、散歩しながら見つけるのが楽しみです。

 今日は近所のコンビニと郵便局まで散歩して、コンビニでも郵便局でも、これまでにはなかった娘の行動に驚かされました。コンビニでは、レジで商品(娘のプリン)を袋に入れてもらっているとき、娘が店員さんに向かって「それ、○○(娘)にくだちゃい!」と手をのばし、郵便局では、以前この郵便局でキャンディーをもらったのを覚えいて、私が用紙を記入している横で「アメちゃん、くだちゃい!アメちゃん、くだちゃーい!」と、局員さんに向かって催促をしたのです。これには面喰いました。
 そんないきなりの催促に対して、コンビニの店員さんは「はい、どうぞ」と、大人にするのと同じように娘に渡してくださったのですが、ただ郵便局のほうでは、今回いた局員さんが新しい人で、前回キャンディーをくださった郵便局の奥さんではなかったので、娘の希望通りにはなりませんでした。もしこれでまたキャンディーをもらっていたら、もらうのがあたりまえになってしまっていただろうから、よかったです。郵便局を出てからも、娘はアメちゃんアメちゃんと言っていて、あのアメちゃんはこちらから催促してもらうようなものではないのだということをどう説明すればいいのか分からず、「アメちゃんは、いつももらえるものじゃないんだよ、たまに、とくべつにもらえるものなんだよ」とだけ教えました。でもあんまり、分かっていないのだろうなぁ。だれもが自分の要求に応じて動き自分に優しくしてくれるものと思い込んで生きていることの、なんと危なっかしいことか。
 これまではこんなこと一度もなかったので、コンビニにしても郵便局にしても、娘が大人の人にあんなに物おじせず話しかけるなんて、本当に驚きました。たくさん言葉を覚えて、私や夫などと会話を日々交わしているうちに、自分の言葉は他者に通じて理解してもらえるのだという自信が生まれて、それが今日の行動になったのかなと思います。それはとても嬉しい成長で大事なことだけれど、相手に言葉が通じることと、その真意が伝わり理解されることとは、まったく別の次元の話なのだということを、これからちょっと痛い目にあって、学ばなければいけないなぁ。
by papiko-gokko | 2013-03-25 22:57 | Diary
逃げたいというほどじゃないただ少し荷物を水に浮かべ休みたい
 うちのすぐ近所に実家のある幼馴染が久しぶりに帰省していて、私の娘を見たいとメールをくれたので、娘の散歩中に出てきてもらって、一緒に土手を散歩をしました。彼は4歳の姪っ子を連れていて、娘は一瞬恥ずかしがったものの、すぐに慣れて、その子の摘んだ花を欲しがったり、「かけっこしよう!」と走り出した女の子のあとを必死で追いかけたりしていました。2歳児も4歳児もまだ愛想笑いをしないものらしく、初めてであった2人がお互いに笑顔を交わすことは最後までなかったけれど、そのかわり、つくしやねこじゃらしやクローバーを、数えきれないほど交換し合い、娘の三輪車の荷台と女の子のポケットは、草花でいっぱいになりました。表情を変えない娘の心情はいまいち読み取りにくかったけれど、別れ際には「おともだちも、おうちにかえろうよ」と、自分の家に手招きして、娘がこの出会いをとても喜んだことがよく分かりました。すごく透き通った雰囲気の優しい女の子で、私が娘でも、この小さなお姉さんを好きになるだろうなぁと思いました。
 4歳の子の動きは活発で、私だったら絶対気に留めないような枝をどこからか見つけてきたり、私だったら絶対飛び越えようと思わない溝を飛び越えたりして、娘はそんな女の子に夢中で、やっぱり私がどんなに頭を働かせてがんばっても、子供同士の遊びでなければ切り開けない世界というのが、数限りなくあるのだなぁと、2人の様子を見ていて思いました。4月には今日遊んだ女の子と同い年のいとこや、私の友達の子供たちと遊ぶ機会もあるし、これらのことをきっかけにして、この春からは少しずつ同年代の子たちと触れ合う機会を増やしていきたいです。それは、将来集団生活に入ったときに困らないために、というよりも、そうすることが今現在の娘にとって楽しい嬉しいことなのだということが、今日のことでよく分かったからです。将来のための準備運動とか思うとカチコチに構えてしまってうまくやれないことも、単純に今の娘を楽しませるための方法の一つだと思えば、怖がらずにやれる気がします。気負いすぎずに、がんばろう。

 今日も今日とて、娘の主張と反抗は種類と勢いを増していく一方で、振り回されっぱなしでした。それはもう朝起きて3分後から始まり、トイレじゃなくおまるでおしっこがしたいと言ってオムツ姿で大号泣し、もうおまるは片付けてしまったのでその要求を聞き入れることはできず、しばらく泣かれ続けましたが、朝ごはんの支度が整うと、けろっと忘れていました。あれだけ泣いてぴたっと泣き止めるって、いったいどういう能力なのだろう。
 今日の娘は一日を通してそんな調子で、夕方にはくたくたになって、夫からのメールへの返信もついつっけんどんになって「何かあったの?」と心配させてしまいました。娘の要求を受け入れられない理由を娘に向かって必死に言い聞かせる自分の声が、そんなつもりないのにキンキンとがって聞こえ、それが娘の泣き声と重なって、頭の中でぐわんぐわん響いて渦を巻き、途中からもう自分が何を言っているんだか分からなくなってきて、ため息と深呼吸の中間ぐらいの呼吸を数度して、ぶち切れそうになるのを抑えました。だめだなぁ、私は心が狭くて気が短くて。いつでももっとゆったりした気持ちで娘と向かい合えたらと思うのに、すぐに余裕をなくします。明日は朝から仕事がくる予定で夫を娘に見てもらうから、娘と離れるその時間で、気持ちを少しリセットできたらと思います。
by papiko-gokko | 2013-03-23 22:44 | Diary
容赦なく風は吹くから走るほど手を伸ばすほどただ思い知る
 娘が2歳2ヶ月を迎えました。このひと月で、娘はいちだんと自己主張が強くなり、頑固になりました。ちんぷんかんぷんの言い訳や口ごたえをするようにもなって、それが面白いやら腹が立つやら感心するやら、早くも言い負かされそうになっています。お着替えや食事やトイレなど、生活の場面場面でわけのわからないこだわりを見せて我を通そうとするので、「もう好きにしなさい」と、毎日何度言っているかわかりません。
 手先が器用になって、ボタンをとめたり、洗濯をたたんだり、紙をちぎったり、ハサミを使ったり、顔っぽい絵を描けるようになったのも、このひと月の大きな成長でした。まだ集中力があまり続かなくて、20分くらいが限度だけれど、これがもう少し続くようになると、自分ひとりの力で作品と呼べるようなものを、作れるようになってくるのかなと思います。そのときがすごく楽しみです。
 ごっこ遊びも上手になって、ぬいぐみたちを自分でしゃべらせながら、みんなでおでかけをする遊びをしたり、食べ物をふるまったりして遊んでいます。ごっこ遊び中に限らず、頭の中につねに問答の台本があるようで、私や夫にも「~って言って」「~は?」と、しょっちゅうセリフをあてがってきます。ああ、だけど、娘よ、自分の言ってほしいことを、なかなかそう簡単には言ってもらえないのが、人生というものなのだよ。だからこそ時々、思いもよらないうれしい言葉をもらえることもあるし、その逆もまたあるのだよ。
 ここのところ身長も少しのびて、体型がまた赤ちゃんから女の子へと一歩近づきました。とはいえ、まだまだ体のあちこちに赤ちゃんっぽいぷにぷにも残っていて、とくにほっぺたのぷにぷにっぷりはすごいので、このぷにぷにがなくなるまで、毎日欠かさずぷにぷにを味わいたいと思います。

 今日は久しぶりに公園でお弁当を食べました。出かける直前まで、自転車で少し遠くまで行くつもりでいたのだけれど、お昼前から急に風が強まってきたため、歩いて近所の公園に行くことにしました。一昨日から日中トレーニングパンツで過ごしている娘は、もう極力オムツをはきたくないらしく、「おでかけのときはオムツにしようね」と言っても「オムツじゃない!ぱんちゅを、はくの!」と言って譲らず、仕方なく、オムツの上にトレーニングパンツをはくということで落ち着きました。
 外に出てみると、風は冷たいというほどでもないけれど、あたたかいともいえない、いかにも3月らしいあいまいな風で、時折強くぶわぁっと吹きつけました。公園へ向かう道すがら、娘は足元の落ち葉を拾っては私のコートのポケットに突っ込み、風が吹くたびその落ち葉たちがころころ高速で転げまわって、娘はそれを追いかけて走りまわり、だけど娘の足ではとても追いつけず、あきらめてこちらへ戻ってきた娘の顔は、笑っているかと思いきや眉毛も唇も歪んでいて、私のそばに戻ってくるなり、「はっぱが、つかまらないよおー!」と、泣き出してしまいました。風にころげる葉っぱ相手にまさかそこまで本気のハンティングをしていたとは思わなかったから、可笑しくて可笑しくて、泣いている娘を抱っこしてなだめながら、笑いがこみあげてくるのをこらえきれませんでした。
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 公園に着くころには娘も泣き止み、風を避けられる屋根と壁のあるベンチスペースで、さっそくお弁当を広げて食べました。娘は家だとトマトの薄皮を剥かなければ食べられないのに、なぜか外なら薄皮があっても一口でぺろりと食べられます。私も少し手伝ってお弁当はからっぽになり、デザートのイチゴもぱくぱく完食しました。外でお弁当を食べている娘を見るのが、私はとても好きで、泣きそうになります。なんの疑いもなく、私の決めた場所で、私の作ったお弁当を、私の決めた時間に食べているこの子に、私はこれからどれだけのことをしてやれるだろうかと、胸がいっぱいになります。
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 お昼を食べ終わったあとは、公園で40分くらい遊びました。風は少し強かったけれど、遊べないほどではなかったから、お砂場セットを持ってくるのを忘れて、「とりにかえるの」と娘がごね出したので、それは絶対に嫌だと思い、砂場に穴を掘って「ここがおなべだよ!」と言いながら穴の中に花びらやら葉っぱやら入れて枝で混ぜるしぐさをしてみせ強引に信じ込ませたら、娘もその気になってくれて、穴でおりょうりごっこ(娘曰く、イチゴジャム作り)を始めました。それから、誰もいない広々としたグラウンドに道やお店やおうちの絵を描いて遊んだりもしました。
 公園からの帰り道、「おしっこ」と娘が言い、オムツでしちゃうかなぁと思いつつ一応「じゃあおうちに帰ったらしようね」と言いながら帰り、家に帰ってからオムツを脱いでみたらおしっこはしていなくて、ちゃんとトイレでできました。その後も夕方まではトイレでできて、パンツを変えずにいられました。ただ、4時を過ぎたあたりからは、一時間おきにトイレにいっていてもパンツでしてしまって、でもオムツははかなくて、結局今日も昨日と同じくらいパンツとズボンを交換しました。明日はどうなるかな。シールを何枚貼れるかな。

 
by papiko-gokko | 2013-03-22 23:02 | 月齢ごとの成長記録(長女)
説明のうまくできない正しさを大人の顔で泣く子に示す
 今日もわがまま炸裂の娘。何をするにも、とにかく言うことを聞いてくれませんでした。なんだか、反抗的な日と聞き分けの良い日が一日交代になっている気がします。娘の反抗の一つ一つを、すべて受け入れて娘の思うがままにさせるわけにはもちろんいかないし、かといって、なんでもかんでも叱って抑え従わせるのもよくない気がして、だから、そのときどきで、叱ってでもやめさせるべきか、こちらが折れて娘の好きにさせるべきか、短時間で判断しないといけません。これが私には難しいのです。たとえば今日だと、サイズが小さくなったため箪笥から出しておいたズボンを目ざとく見つけて「これきるの!」と、私の用意したズボンをかたくなに拒否したときは、まぁいいかぁと思って、娘の好きにさせました。娘は七分丈になったぴちぴちのズボンをはいて、なぜか大喜びでした。一方、お昼ご飯のとき、チャーハンを作ったのに「ふりかけごはんがいい!!」と言って途中から食べなくなって、そのときは「じゃあ食べなくていいです」と、ぼろぼろ泣かれても何度言われても、ふりかけごはんは出しませんでした。
 それが正しかったのかどうか分からないけれど、集団生活に入ったとき困るだろうと思うことは叱ろうと、それを一つの判断基準にしています。大人になって自立してしまえば、好きなものだけ食べて生きることもある程度は可能だけれど、小中学校では給食があって、泣いてもわめいてもその日の献立は変わらないのだから、泣いたからって簡単にふりかけごはんを出しちゃダメなんだと、自分に必死で言い聞かせました。だけど、集団生活をなるべく苦しまず乗り切るためのしつけって、正しいのだろうか。ほかにこれといった判断基準が見つからないから、ついそこに照準を合わせているけれど、それでいいのだろうか。食べたくないものを我慢して食べさせるより、食べたくないというのならさっさと片付けてそのときに食べたいものを出してやって楽しく食べることのほうが、実はよっぽど有意義で大切なことような気もするし、でもやっぱり、出されたものにきちんと向き合って食べるということも大事だし、考えれば考えるほど、分からなくなります。
 2歳児に教えられることなんてまだまだ限られていて、それでいて人格形成への影響はすごく大きい時期なのだろうから、きっと、厳しくしすぎるのも甘やかしすぎるのも危険な年齢で、その適度なバランスが分からなくて、どうなんだろうどうなんだろうと思いっぱなしです。それってどうなんだろう。どうなんだろう。誰かに教えてほしいけれど、本当は、娘の育児に関して誰にも道など示されたくない、私の娘は私の決めたやり方で育てんだ、という、意固地な思いもあって、どうなんだろうが止まりません。

 毎週楽しみに観ていた『最高の離婚』が最終回でした。始まってすぐのころ食べ始めたビスケットを、ひとかじりほどして最後まで忘れるほど集中してみました。ハッピーエンドでよかった!夫婦っていいなと思える終わり方でよかった!おかしくて切なくて、素敵なドラマでした。ロケ地に行ってみたいなぁ。東京っていいなぁ。
by papiko-gokko | 2013-03-21 23:30 | Diary
このあいだたっちした子が駆け回り空飛ぶことに憧れている
 今日の娘は、朝からなんだか眠たそうで、だけど機嫌はどちらかといえばよく、たまにぐずってまとわりついてきつつも、楽しそうに過ごしていました。昨日ほどはイヤイヤの反発も激しくなくて、一緒に変な踊りをして大笑いしたり、両手に手袋をしてぱくぱくさんとぱくこさん(『いないいないばぁ』に出てくる手袋のキャラクター)の声で絵本を読んだり、ちぎり絵をしたり、昨日よりはしっかり遊んでやれたかなと思います。毎日同じようなことをしていても、一日一日、娘の機嫌も私のやる気も全然違っているから、昨日と今日とでは、まるで違った一日になります。
 トイレトレーニングのほうは昨日に引き続きパンツをはかせてみた結果、2勝2敗、パンツを2枚濡らして、最後の履き替えでは私が疲れてしまって、オムツにしました。この1週間で、娘のトイレタイミングがだいたい1時間半から2時間ごとだというのは分かったのですが、もっと間隔の短いときもあって、こればっかりは、娘が自分で教えられるようになるまで、どうしようもなさそうです。これまでずっと当たり前にオムツだったものを、いきなりパンツにしたってうまくいくはずないのだよな。私は一つの目標ができるとついそれで頭がいっぱいになって視野が狭まり気が立つので、トイレトレーニングに真剣に取り組みすぎるとそれが子育ての中心になって娘にものすごくプレッシャーを与えてしまいそうなので、そうならないように、あまりいつまでにとか期間を意識せずに、なるべく遊びの一つみたいな感覚でやれるように、自分を保ちたいです。

 先日、珍しくレンタルショップに行って、何作かDVDを借りました。一番の目的は、今週月曜にどうしても日中しないといけない仕事が1本あったため、そのあいだ娘に見ていてもらう映画を借りることで、ディズニーの『ピーターパン』と『くまのプーさん』と『シンデレラ』を借りました。プーさんは動物がたくさん出て確実に現在の娘が好きそうだし、ディズニーの『ピーターパン』は私の初恋の人で子供のころ大好きだった映画だし、『シンデレラ』には女の子の憧れの基本が詰まっていると思うので、ディズニー映画を見せるならまずはこの3つだろうと、前々から決めていたのでした。
 仕事中に見せたのは一番集中して見てくれそうな『くまのプーさん』で、これはやはり最後まで真剣に見入っていました。『ピーターパン』のほうは、その日寝不足気味だったのもあって、途中の、インディアンに捕まったあたりで寝てしまっていました。残念です。少し前から娘の心にも空を飛ぶことへの憧れが芽生え始めていて、ぬいぐるみを手でふわふわ飛ばしたりしているから、ティンカーベルの粉でみんなが飛び立つシーンなんてすごく興奮するかと思ったのだけど、まだストーリーを理解するのが少し難しかったのかな。『シンデレラ』はまだ見せていないので、どんな反応をするのか楽しみです。頭にピンを付けたり、長いエプロンをしたりするのが好きになってきたから、ねずみがドレスを作るシーンや、魔法でぱあっときらきらのドレス姿になるシーンなど、うっとりするのではないかな。
 借りに行った日、新作が4作で1000円というのをやっていたので、大人の見る映画も借りてみました。そのなかでいまのところ見たのは、『テルマエ・ロマエ』と『おおかみこどもの雨と雪』です。テルマエ・ロマエは原作に負けず劣らず面白くて、笑いながら見ました。古代ローマ人の阿部寛がかっこよかったです。『おおかみこどもの雨と雪』は、胸の苦しくなる場面がたくさんありました。我が子の愛しさとか、育児の様子とか、小さかった我が子がどんどん育ち巣立っていく様子とかを、こうして作品として見せられると、もうそれだけで泣けてしまいます。見終わったあと、目を覚まして寝ぼけ眼で「おかあちゃん」と私を求めた娘を寝かしつけながら、ああこの子の子育てを焦るなんてすごくもったいないよなぁ、これでもかってほどじっくりゆっくり育てていきたいなぁ、と思いました。
by papiko-gokko | 2013-03-21 00:36 | Diary


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