日記と短歌
by papiko
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「かあしゃん」と娘が言えるようになり母さんという人格になる
 曇りの一日。朝、オムツを変えたあと娘がなかなかズボンをはかなくて、しびれを切らして無理やりはかせてようとしても自分ではくと言ってまた脱ぎ、結局1時間ぐらい、下半身オムツ姿で遊んでいました。一体どういうわけで、ズボンをはく決心をつけるのに1時間かかるのだろう。
 ズボンをはいてから、公園へ遊びに行き、すべり台をしたり、ぶらんこをしたり、砂に絵を描いたり、どんぐりを拾ったりして、1時間ほど外で過ごしました。太陽は隠れていたけれど、今日はそれほど風が冷たくなくて、無理に走ったりして身体をあたためる必要がありませんでした。
 公園で何度かお弁当を食べたことによって、公園へ行くと娘はお弁当が食べたくなるらしく、公園でも「おべんとう、たべようよう」と言ったり、家でもご飯の準備を始めるとそばに来て「つくってんの?おべんとうを?」と聞くので、お昼ご飯は娘だけ家でお弁当を食べました。最近食欲旺盛の娘は、もりもりあっという間に完食して、食後にみかんも食べました。
 午後は、毎週金曜にすることに決めている1階の掃除をしたり、絵本を読んだり、絵を描いたりして静かに過ごしました。

 1歳10ヶ月を迎えたあたりから、これまで私のことを「かあか」と呼んでいた娘が、意識的に「かあしゃん」と言うようになり、最近では「かあしゃん」と言うことのほうが増えてきて、それと同時に、おっぱいとの距離が少し変わってきたのを感じています。まだ夜はおっぱいが必要だけれど、昼間はよっぽど不安定にならない限り、欲しがらなくなりました。不安定になって欲しがったときも、服の上から触るだけで落ち着くことがほとんどです。
 それに、おしゃべりができるようになったことで、「おっぱいほちいよ、えーんえーんって、いったねえ」と、おっぱいを欲する自分の様子を、客観的に捉えて言葉にするようにもなりました。出来れば2歳には卒乳させたいと思っていて、だから最近は、「おっぱいは赤ちゃんが飲むんだよ」「2歳になったら、おっぱいバイバイできるかな」と、意識的に話すようにしているので、娘がおっぱいを飲む自分を客観視するようになったのは、それも影響しているのかもしれません。いよいよ、本当にやめるタイミングが近づいているのかな。そう思うと、考えただけで、泣きそうになるほど寂しいです。
by papiko-gokko | 2012-11-30 21:28 | Diary
私はなぜブログに日記を書くのか。娘の愛するおにんぎょう。
 自分はなぜブログで日記を書き続けるのだろうか、ということを、ここ一ヶ月ぐらい、改めて考えていました。そして、ようやくなんとなく、自分のなかで結論が出たので、ぶれないよう、ここに書き記しておくことにします。
 例えば、日々の記録を残すためとかストレス発散のためなのならば、ノートに書くなりワードにでも打ち込むなりすればいいのだし、たくさん人に読んでもらえるような人気ブログを目指したいのならば、もっと人の興味を引くようなセンセーショナルな記事を書くべきだし、ブログを通じて意見交換なり相談なりがしたいなら、人の大ぜい集まる掲示板にでも書き込めばいいし、ネットで人との繋がりを感じたいなら、ブログにコメント欄をつけたり、ツイッターやSNSなども積極的に利用したらいい。だけど、私は、そのどれでもないのです。どれもこれも、少しずつ願望としてないわけではないけれど、それはあくまでも雑念であって、真の目的ではありません。
 では、私がブログで日記を書く理由って一体、なんなのか。それは私が、なんでもかんでもではなく、誰かに聞いてほしいと思ったことを、文章にしたいからです。ブログは私にとって、出来事と感情のごちゃごちゃつまった頭の中から、誰かに聞いてほしいと思うことだけを選ぶ力を与えてくれる、いわば、ろ紙のようなものなのです。その誰かは、画面の向こう側にいる誰かであると同時に、未来の自分でもあって、誰かに聞いてほしいと思って私が書いたことは、同時に、未来の自分に聞いてほしいと思うことでもあって、なんだかチープな表現になってしまうけれど、結局のところこのブログは、未来の自分へ宛てた手紙にほかならないのだと思います。
 ノートやワードに書くのでは、誰かに聞いてほしいというほどではなかったことまで緊張感なくだらだら書きすぎてしまい、未来の自分に読んでもらえるような文章ではなくなってしまいます。人気ブログになろうとすると、誰かに聞いてほしいこととはかけ離れたことを書かなくてはならなくて、未来の自分がそっぽを向きます。何かを他人に解決してもらいたくて文章を書いているわけではないので、掲示板に書き込むのも違います。人との繋がりは感じたいけれど、日記を読んでくれている誰かがどんな人物なのかがあまりに明確になり過ぎると、どこかの誰かに聞いてほしいことなのか、明確になったその人だけに聞いてほしいことなのか分からなくなって混乱するから、ツイッターやSNSに手を出すのはやめておきます。
 聞いてほしいと思うことだけを書きたいからブログなんだ、ただそれだけのことなんだ、と気付いたとき、すうっと、目の前が明るく、心が軽くなりました。なんだか、前にも似たようなことを書いたかもしれません。時々こうして、なぜ書くのかということを考えて文章にしないと、軸がぶれそうになってしまうのです。書いて、すごくすっきりしました。

 そんなわけで、今日の、誰かに聞いてほしいこと日記。日記以外の文章が長くなったから、短めにしよう。
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 今日の娘は一日中、夫の作ったヒットくんというフェルト人形で遊んでいました。生まれたときからずっと一緒にいるだけあって、何体もある色とりどりのヒットくんたちが娘は大好きみたいです。
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遊び方は様々で、おべんとうを食べさせたり、引きだしの取ってにひっかけてみたり、自分の脱いだズボンの上に並べたり、透明の入れ物にいれて持ち運んだり、シルバニアファミリーで遊んでいるときにも、うさぎちゃんたちに混じってヒットくんが寝ていたり、お風呂場にも連れて行ったり、とにかくずっとヒットくんを持ち歩いていました。
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最近夫と絡む時間が少なかったから、寂しさをヒットくんで紛らわしているのだろうか。作ったものでこんなに娘が遊んでくれるなんて、夫も嬉しそうにしています。いまは、ヒットくんを作るのと同じような要領で動物を作り始めていて、先日ブタが完成し、それも娘は喜んで遊んでいます。次はゴリラに取りかかっていて、パーツが多くてなかなか苦戦しているようです。なぜブタの次がゴリラなんだろう。ゾウとか、キリンがよかったなぁ。
by papiko-gokko | 2012-11-29 21:36 | Diary
もうすぐ2歳のわがまま具合。寒い日のお出かけと探し物。
 娘のわがままがすごいです。いま娘の行動は、自分でやりたいことと、何が何でもやりたくないことのニ択で、「○○しようね」と言うと、必ずといっていいほど、「じぶんでするの!」か、「やなの!しないの!」のどちらかが返ってきます。指図されることと叱られることが大嫌いで、「○○しなさい」「○○したらだめでしょう」に関しては、言い終わらないうちから力いっぱい反発して、ひどいときには怒って泣きだします。反発されたとき、こちらの心や時間に余裕のあるときは、その力いっぱいの様子がおかしく思えてつい笑ってしまうし、逆に心や時間に余裕のないときは、イライラッとしてつい尖った声を出してしまうし、どちらにしても、もっとしっかり強い心で付き合わなければと思っています。
 どうしようもなく言うことを聞いてくれないときは、娘の好きなうーたん(いないいないばぁ!)やムテ吉(おかあさんといっしょ「ポコポッテイト」)の声真似で言うと、ウソみたいにすんなり言うことを聞いてくれたりして、キャラクターの威力に驚かされます。ほかには、即興で歌にしたり、食事中だったらスプーンを、着替えだったらズボンをしゃべらせてみたりと、芽生えたばかりの意思にしがみついている娘の心をほぐすため、必死であれこれしています。
 そんな感じだから何をするにもとにかく時間がかかり、しかしうっかり「はやく」と急かすと、反発して動かなくなったりするので、「はやく」という言葉を何度も必死で飲みこみながら、「じょうずだねえ」「がんばれー」と言っています。どうしても「はやく」と言いたいときは、「おお、はやいはやい」と、はやし立てて気分をのせる方向でがんばっています。

 今日は太陽がたまにしか顔を出さず、風も強く冷たくて、できることなら一日家にいたかったけれど、昨日雨で出かけられなかった娘のストレスを発散させねばと思い、午前中に少しだけ、お散歩に出ました。出かける準備が整うまでに、娘とひと悶着もふた悶着もありながら出て、公園で30分ほど遊びました。じっとしていると寒くて寒くて、走ったり跳んだり跳ねたりコサックダンスを踊ったりしていたら、身体がいくらかあったまりました。私がいつも以上に活動的に動くので、娘が喜んで、一緒に真似してコサックダンスを踊りました。誰も見ていないと思って踊っていたら、割と近くで工事をしていて、警備員のおじさんが腕を組んでこちらを見ていました。
 しかしいくら走っても踊ってもやはり寒くて、娘も寒かったらしく今日はさほど嫌がらずに公園を出てくれて、『北風小僧の寒太郎』を歌いながら帰りました。私が歌うと、娘が正しいタイミングで「かんたろー!」としっかり合いの手を入れてくれて、すごく楽しくなりました。一緒に歌いながら歩けるようになるなんて、なんだかもう、書いても書いても追いつかないくらい、どんどん成長していくなぁ。

 午後は部屋で探し物をしていました。私が探し物をしていると、娘も一緒になって探してくれて、私が探していたのは紙だったのだけど、娘はなぜかカエルを探していると思い込んでいて、「カエル、あったの?」と何度も聞いてきました。途中、懐中電灯を使って探していて、娘と少し懐中電灯で遊んだりして、そのうちその懐中電灯をどこへ置いたかわからなくなり、娘に「懐中電灯、しらない?」と聞いたら、「かあしゃんに、どうぞって、したよ」とはっきり言われて、そう言われると確かにそんな気がして、探し物を探すための懐中電灯を探すというバカっぽい状態になり、しばらく探したら、私が置いたとしか思えない場所で見つかりました。娘は、ちゃんと自分の身の潔白を私に主張していたのでした。本当にちゃんと会話ができているのだなぁと、ここでもまた、成長を感じて驚きました。

 朝6時半に起きたのに、かたくなにお昼寝をしなかったので、夜は6時にこてっと寝ました。昨日からはじめた編み物、目をとばしてしまってやり直しになってしまったから、これから編み始めます。
by papiko-gokko | 2012-11-28 23:13 | Diary
今年も編み物を始めたこと。娘が気難しいこと。
 今年も編み物を始めることにしました。あんまり時間がないから今年は無理かなぁと諦めかけていたのだけれど、寒くなるにつれ、うずうずと編み物したい欲が湧いてきて、居ても立ってもいられなくなりました。思えば数年前から、毎年何かしらを編んでいます。娘ができるまでは自分や夫の帽子やマフラーを棒針で編み、娘がお腹にできた年からはかぎ針編みも始めて、一昨年は出産後の退院とお宮参り用のボンネットを、去年はクマの帽子を編みました。今年はまた2年ぶりに棒針で、娘にニット帽を編む予定です。男の子と間違われないような、ひらひらのついた女の子らしいかたちのニット帽、そんなひらひらが果たして娘に似合うかどうか分かりませんが、とにかく作ってみます。
 毛糸と針を引出しから出して並べていたら、初めて毛糸玉をみた娘が興味深げに近づいてきたので、だいだい色の毛糸を少し切って「はい、ラーメン一丁上がり!」とおままごとのお椀に入れると、「あーめん、あーめん」と喜んで遊び始めました。今現在、そうやって娘が一人遊びをしてくれている間に、一段だけ編んだところでストップしています。今夜寝るまでに、どこまで進められるかな。出来ればクリスマスの完成を目指したいところです。

 今日はそんな感じで、毛糸をいじって遊んだり、折り紙をしたり、私が古い手紙の整理をしている横で娘はシールを貼ったり、静かに過ごしました。ただ、娘が最近すごく気難しくなっていて、熱いお茶を冷まそうとして氷を入れたら怒り、脱衣所でパジャマを着せるときズボンからじゃないと怒り、階段を抱っこであがったら自分であがるといって泣き続けて階段の下まで引き返し、そうやって、とにかく自分の意にそぐわないことがあると解決するまで目いっぱい泣いて怒るから、振り回されてしまって、今日も結構疲れました。これが、イヤイヤ期、というやつなのか。この気難しさが、性格でないことを祈ります。

 
by papiko-gokko | 2012-11-27 20:40 | Diary
高いとこよじ登ってはジャンプして身体と地面の関係を知る
 朝からずっと雨の一日。午前中はいろいろと家事が溜まっていたので娘に『となりのトトロ』を見せたり、童謡音楽をかけて踊ったりして過ごしました。娘はいま、手を洗う時に使う踏み台の上で踊ったり、そこからジャンプして降りることにはまっていて、踏み台をいろんなところに移動してそれをやっています。ステージみたいな少し高い場所で声を出したり体を動かしたりするのって、きっと本能的に気持ちのいいものなのだな。
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 午後は、主に折り紙をして遊びました。娘の小麦ねんどブームが去って、いまは折り紙ブームがきています。娘はまだ折り紙を折れないけれど、私が折る手の動きを真似して、一生懸命に丸めて、「でんでんち(でんでんむし)よ」とか「きいろいの、ぱんよ」とか教えてくれます。今日は折り紙べんとうを作ったり、クリスマスも近いということで、折り紙で星を作って、その星に絵を描いたり、広告で折った大きなかぶとに星を貼り付けて星の帽子にしたりして遊びました。星の帽子は、びっくりするほど娘にまったくウケなくて、かぶらせるたび無表情で頭を傾けて帽子を落とし、そのまま自分の遊びを続行していました。そうか、かぶとは駄目だったか。女の子だから、カチューシャみたいなのを作れば喜んでくれるだろうか。ピンク色の折り紙で、明日挑戦してみよう。
 それから、上の妹や母とスカイプもしました。最近、スカイプで娘が相手と言葉で会話できるようになって、誰もがスカイプの時間をより楽しめるようになりました。スカイプがなければ、本当に夫以外の人と会話のない日々なので、母や妹とのスカイプがほどよい息抜きになっていて、助かっています。
 お昼寝を拒否してしなかった娘は、やはり夕方ごろからぐずりだし、ご飯とお風呂を早めに済ませて、6時には寝てしまいました。うーん、やっぱり、少しでもお昼寝をしたほうが、一日をしっかり楽しめると思うなぁ。しかし、最近、嫌なことは何が何でも嫌みたいなので、本当に毎日、どうしたもんかなぁと思いながら一日を終えています。
by papiko-gokko | 2012-11-26 21:05
寝不足の一日
 今月はあまり仕事が来ていなかったのだけど、昨日久々にがっつりと来て、朝4時までかかって、朝寝坊したいところだったのですが、娘がいつも通り7時すぎに元気いっぱい起きたので、今日は寝不足です。
 午前中、ぼーっとした頭で土手沿いの道をお散歩していたら、運動部の男子高校生20人ぐらいがジョギングをしていて、通り過ぎざまに全員から、「んっちわー!」と挨拶をされ、娘とふたりで「こんにちはあ」と返しながら、10代の男子と久々に会話を交わしてしまった!と、内心ものすごくどぎまぎしました。ざっざとあっという間に通り過ぎて行った背中を、娘と2人で「はやいねえ」と見送っていたら、彼らのうちの数人が、おもむろに羽織っていた揃いのジャージをばっと脱いで空高く掲げたかと思うと、次々に土手の傾斜へ放り投げて、そのまま走り去っていきました。雨上がりの空に白鳥のごとく空に舞ったジャージと、湿った土手の斜面に無造作に放られた何着かのそれがあまりにも爽やかすぎて、絵になり過ぎて、これは夢なのだろうかと本気で疑いました。土手の上では、漫画に出てくるような強面コーチが、トップウォッチを握りしめ腕を組んで立っていました。こんにちはと挨拶したら、「はい、こんにちは、はい」と、先生らしいお返事をいただき、生徒のような気分になりました。
 午後は、しんどくなってきて、まったく昼寝そしそうにない娘に昨日録画した『おかあさんといっしょ』のファミリーコンサートを見せておいて、ちょっと私だけ昼寝させてもらおうと思ったのですが、私も娘と同じでお昼寝が苦手なため結局寝られなくて、結局一緒に観てしまいました。このファミリーコンサート、『うたとおどりのくるくるしょうてんがい』という題名で、昨日の放送中にも録画しながら一緒に見たのですが、最初から最後まですごく面白くて楽しくて、本当に素晴らしくて、1時間ずっと、私も娘も目がテレビにくぎ付けになっていました。娘が好きな歌が次々にかかったし、物語も親しみやすくて退屈しなかったし、いままで見たおかあさんといっしょの舞台公演のなかでも、ダントツで大好きです。おにいさんもおねえさんもキラキラ輝いていて、ますますおかあさんといっしょのファンになってしまいました。ちなみに私はだいすけおにいさん派、娘はムテキチ派です。いつか絶対、コンサートに行きたい!
 コンサートを観終わったあとは、娘がまたなかなかうんちが出にくくて泣いて泣き疲れてお昼寝したり、起きてすぐうんちが出てホッとしたと思ったら、今度は派手に転んでおでこに立派なたんこぶができたり、椅子から落ちたり、次から次へとなかなかに辛い思いをして、いっぱい泣きました。こんなに痛い目が続いたのは、私が寝不足で、娘に対する注意力が低下していたせいかもしれません。娘の相手は、寝不足では十分にやれないのだということがよく分かりました。それに、冬になってから便秘気味の日が多いから、食物繊維のものを食べさせたり、水分を増やしたりして、もっと本気で対策をしなくてはと反省しました。
 お昼寝をした娘は10時まで元気いっぱい起きていて、10時過ぎにむりやり寝かしつけました。この日記を書き終わったら、私ももう寝ることにします。
by papiko-gokko | 2012-11-25 00:10 | Diary
1歳10ヶ月。お弁当日和。
 今日で娘が1歳10ヶ月になりました。このひと月での一番の変化は、単純な受け答え以上の、長い会話が成り立つようになったことです。理解できないかなぁと思って語りかけたことをちゃんと理解して受け答えしたり、自分の欲求を言葉に変えて誘ったり拒否したり指示したり、状況や過去の出来事を順序立てて語ったり、「○○するの?」と疑問形で物事を尋ねて確認したり、そんなふうに、言葉というものを、伝達と表現の手段として器用に操るようになりました。まだ発音は拙くて聞きとるのが大変だし、接続詞が抜けたり間違っていたりすることも多いけれど、そういうのも含め、娘とのおしゃべりは、可愛くて面白くて、なんだかもう、最高に素敵です。一緒にいるのがこれまで以上に楽しくて、2人でいる時間、私もよくしゃべるようになりました。
 おしゃべり以外にも、エジソン箸で上手に食べることができるようになったり、ズボンを自分ではけたり、手を洗うとき自分で手をこすり合わせたり、自主的にお片づけをしたり、生活のなかでできることがたくさん増えました。しかし、それでお世話が楽になったかというとまだそうとは言えなくて、お風呂のときに自分のパジャマは絶対に自分で抱えて持っていかなければ気がすまなくて階段が危なかったり、出かけるときには自分もカバンを必ず持たなくてはならなかったり(そして数分で邪魔になって私に渡す)、歯磨きも自分でやりたがってなかなか仕上げ磨きをさせてくれなかったり、かえって時間がかかるようになったことも多く、日々忍耐力を試されています。
 最近の娘はお絵かきと歌が大好きで、遊んでいるときも、好きな歌をほにゃほにゃ口ずさんでいたりします。それに、この世のすべての物に名前があるように、すべてのものに歌があると思っているらしく、興味を持ったものについてなんでも「うたう?」と言ってきて、ちょうどいい歌を知らない場合、知らないでは許してくれないので、ボタンの歌やらサイの歌やらご飯粒の歌やら、いろいろと即興で作って歌いました。踊りも大好きで、音楽をかけるとしきりに手を叩きながら飛び跳ねています。何曲かは、必ず私も一緒に踊らなければならなくて、何度も踊っているうちに、だんだん息が上がらなくなってきました。いい運動になっているみたいです。
 これからますます寒くなって外で遊べる日も少なくなるけれど、1歳10ヶ月も、ご機嫌に過ごしたいです。
 今日はぽかぽか小春日和の一日。山陰では、晴れマークが出ていても、大抵の場合、雲で覆われた空のところどころにひょろっと青空がのぞく程度のことが多いのですが、今日は青空に白い雲が浮かんでいる、正統な晴れでした。だからはりきってお弁当を作ってお出かけしました。最近娘が遊びのなかで「おべんとう」という言葉をよく口にしたり、公園でもベンチを見るたび「おべんとうおいちいね」などと言うので、本格的な冬が来る前に一度、外でお弁当を食べるということをしておきたかったのです。
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 公園に行くまえに自転車でスーパーへ行き、そのまま自転車で近所の公園に行って、少しだけ遊んでから、早めのお弁当を食べました。娘も私ももりもり食べて、食べ終わったころに公園の近所に住んでおられるおじいさんが、杖をつきつきラジオ片手にやってきて話しかけられ、少しだけお話をしました。私の祖父のことを知っている人で、若いころは一緒に地区の運動会ではりきったものだという話を聞いて、なんともいえず、切なくなりました。祖父も、そのおじいさんも、そのころは杖なんてもちろんいらなくて、みんなから頼られる存在で、力強く駆けて、快活にしゃべって笑って、飲み過ぎなんて気にせず飲んで酔っぱらったのだろうな。祖父は耳が悪いのですが、そのおじいさんは目のほうが悪くなって、それでテレビや新聞が見られないからラジオを聴いているとのことでした。
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 そんな話をしていたら、座っていることに飽きた娘が無邪気におじいさんに「ばいばーい」と手を振りだし、それを合図に私もおじいさんも立ちあがり、お別れしました。もっとお話を聴きたかったような、これ以上聴くのは辛かったような、微妙な気持ちでした。おじいさんと別れたあとは、砂場でケーキを作ったり、すべり台を何度も何度も滑ったりして遊びました。12時半をまわっても娘は一向に飽きる気配がなく、さすがにくたびれてきて、もう帰ろうよと言っても「あえんないの!」と拒否され、すべり台の前で、「それで最後だよ」「もっかい!」という会話を、10回以上繰り返しました。あまりにも帰ろうとしないから、私が物陰に隠れて帰ったふりをして娘をおびき寄せる作戦をしたら、「かあちゃーん、えーんえーん」と泣きまねをはじめ、仕方なくちらっと姿を見せたら、娘がこちらを見てにやっと笑って、また背を向けて遊び始めました。なんてこった、演技で親を騙すとは。
 最終的には、ほぼ無理やり公園から連れ出し、自転車に乗らない歩くとごねるので、片手で手を繋いで片手で自転車を押して歩き、だけど横断歩道だけはさすがに危険だから、無理やり押し込んで暴れるのを力づくで押さえながら渡りました。自転車は荷物が乗せられて便利だけれど、乗らないと言いだしたときが大変です。
 午後はひさびさにお昼寝をして(でもやっぱりリビングで)、それから、『魔女の宅急便』を見せつつ夕食を作りました。これまでずっと感情移入してきたキキが、ここにきてついに、感情移入の対象ではなくなり、完全に13年後の娘を見つめる気持ちで見ている自分がいて、ちょっとショックでした。それにしても、何度見ても、素晴らしい。大好きです。娘は、途中から遊び始めたけれど、割と大人しく見てくれていました。ああ、娘の髪の毛がキキくらいまでのびたら、赤いリボンを付けたいなぁ。そして紺色のワンピースを着せたいなぁ。
by papiko-gokko | 2012-11-22 22:46 | 月齢ごとの成長記録(長女)
ポケットが赤い木の実でふくらんだおまえひとりの詩人になろう
 曇りときどき晴れの一日。午前中は、家事を済ませてから10時すぎにお出かけという晴れの日のお決まりパターンで、歩いて行ける郵便局と公園に行きました。郵便局では、いつも対応してくださる局員さんが、赤い風船をくれました。そこにちょうど局の関係者の方が来られて、「女の子さんですか?」と、にこやかに話しかけてくださったりして、暖房の効いた小さな郵便局の中で、ほのぼのしたひと時を過ごしました。娘はよその人から必ずといっていいほど男の子と間違えられるのだけど、今日は最初から女の子と言ってもらえて、嬉しかったです。
 郵便局でもらった風船を右のポケットに入れて、公園まで、空や柿の木や田んぼの脇の雑草や畑を指さして、たくさん言葉を交わしながら歩きました。娘がなんにでも興味を示し、言葉をどんどん吸収するので、一歩一歩、退屈の瞬間がありません。そうして歩きながら、この時期って、子育てのなかでもすごく貴重で短くて幸せなひと時なのだろうなぁと、しみじみ思いました。
 公園には今日も誰もいなくて、ふたりでのんびり30分くらい遊びました。家から徒歩5分で行けるこの公園、ゲートボールもできるような広々とした敷地内に、すべり台とブランコと鉄棒と砂場があって、いくつかのベンチのほかに、切株をかたち度った椅子とテーブルもあり、とても遊ばせやすくて気に入っています。もう何度か来ているので、丸太のベンチでよくジュースを飲むことも、この前きたときブランコに水たまりがあったことも、砂場でケーキを作ったことも、娘は全部しっかり覚えていて、「じゅーちゅ、おいちいねえって」とか「みゆたまい、ないねえ」とか「けえち、ちゃっちゃった(ケーキ、なくなっちゃった)ねえ」とか、一つ一つ確認するようにつぶやいていました。今日は砂場セットを持って来ていなくて砂遊びはできなかったけれど、その代わりちょうどいい木の枝が落ちていたので、枝で地面に線路の絵を描いて、砂場とベンチを駅にして、線路の上を走って遊びました。娘は途中から興奮のあまり、線路を無視してめちゃくちゃに走っていました。
 最後は、すべり台とブランコとベンチと地面と木の枝にばいばいして公園をでて、またあれこれお話しながら家まで帰りました。途中で、赤い実が落ちているのを見つけて、娘に手渡したら、ぽろぽろと手からこぼれおちて困っていたので、今度は左のポケットに、その赤い実を入れました。右に風船左に木の実、ああ、なんてメルヘンチックな世界。そんなかわいい世界を本気で生きている娘と過ごせるって、たまらなく愉快です。赤い実をポケットに入れて歩き始めて少しして、娘が道に飛び出していた木の枝でつまずいて転んでしまいました。大したことはなかったのだけれど、ちょっとだけ膝小僧をすりむいて泣きました。昨日、親指の皮が少し向けて痛がったとき「これでもういたくないよ」とばんそうこうを張ってやったら、「いたいない、いたいない」と思いのほか喜んだので、それを思い出して、「いたいいたい」と泣きじゃくる娘に「じゃあおうち帰って、おひざにばんそうこうぺたりしよう」を言ったら、案の定、娘はぴたりと泣きやみました。
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 すっかり泣きやんでからご機嫌で家に帰ると、娘はすぐさまばんそうこうの箱を手に取り、一枚だして「いたいない、いたいない」と渡してきました。膝小僧のけがは全然ばんそうこうを貼るほどではなかったのですが、仕方なく貼ってやるとやはり喜んで、「いたい、ないねえ、いたいない」と、ずぼんをまくりあげては何度も眺めていました。そうか、ばんそうこうが、そんなに楽しいのか。
 お昼はホットケーキ。これには理由があって、昨日、暴れて自転車に乗ってくれなかったとき、なんとか乗ってもらおうと必死で考えて「アンパンマンのケーキを買ってあげるから!」なんてことを口走り、そのときはまったく聞いていなかったように見えた娘が、実はそれをしっかり覚えていて、「ケーキ、あんまんまんの」と、何度か言ったので、嘘をつくわけにもいかなくなり、ホットケーキでアンパンマンっぽいものを作ることにしたのでした。しかし、大きなホットケーキに、小さい3つのホットケーキをのせて鼻とほっぺにして、ジャムで目と眉毛と口を描くという漠然とした計画で焼き始めたところ、ひっくりかえすのを待てない娘に急かされてまだべちゃべちゃな状態で何度もめくったり戻したりしたため小さい3つはどれもいびつな形になり、ジャムで描いた目はイチゴジャムなので充血しており、まゆげと口は不機嫌な感じになり、とてもアンパンマンとは言えない感じの出来上がりになってしまいました。娘はそれをアンパンマンと思ってくれたのかくれなかったのか、ノーコメントで鼻からもりもり食べました。果たして私は、嘘をつかなかったことに、なったのだろうか。娘はいま、私の何十倍何百倍もの集中力でもって世界に耳を傾けているのだから、小さいからといってその場しのぎで適当な事を言ったりしてはいけないのだなぁと、最近すごく思います。
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 ホットケーキでお腹いっぱいになったあとは、時間と材料とやる気がちょうどいい具合にあったから、新しくおもちゃを作りました。穴と同じ形の積み木を入れて遊ぶおもちゃです。娘が1歳になったばかりのころに一度同じようなものを作って(2012.1.31の日記参照)、もうとっくの昔に壊れたので、新しく作り直したのでした。前に作ったときにはまだあまりうまく遊べなくて、今回はどうかなと思ったら、前よりはうまく遊べたものの、どうも娘は、同じ形に入れるというこの遊びがあまり得意じゃないのか、取り組んでいるうちに行き詰って苛立ってくるらしく、だんだんと扱いが荒くなってきて、最終的には苛立ちのあまり積み木を投げて叱られて、箱に背を向けてしまいました。私も図形は苦手だったから、むしゃくしゃしてくる気持ちは分かります。積み木を投げるのも無理ありません。そのうち楽しんでもらえるようになるまで、壊れませんように。
 ポケットの中の木の実と風船のことは、私も娘もお風呂のころまですっかり忘れて過ごし、5時ごろに娘が寝そうになってしまい、そのとき無理やり起こしてご飯を食べさせて、お風呂に入る直前で風船のことを思い出して、お風呂に入りながら遊ぼうねと約束し、お風呂上がりに少し遊んで、少し絵本を読んでから、8時に眠りました。昨日は過酷で理不尽な思いをさせてしまったけれど、そのぶん、今日は楽しいことをいっぱいできたかなと思います。 
by papiko-gokko | 2012-11-20 23:18 | 手作り
娘に過酷で理不尽な思いをさせてしまった一日
 反省の一日。午前中、晴れていたので、公園へ連れて行ったものの、2日間うんちの出ていない娘は、どうもお腹がうずうずするらしく、動きが鈍くて、そのうち、動かなくなってしまいました。便秘気味のとき、娘はいつもこうなってしまうのです。動かなくなると、私がそばにくることさえ拒み、抱っこも嫌がります。外でこの状態になってしまったのは初めてで、困っているうちに、だんだんと空が曇ってきて、風も冷たくなり、じっとしていては風邪をひいてしまいそうだったので、公園を出ることにしました。
 しかし、この状態になったときの娘は、おしりが気持ち悪いせいか座ることをものすごく嫌い、だから自転車に乗りたがらず、必死で降りようとして泣きながらあばれ、とても乗せてこげる状態ではなくて、子乗せシートの上で暴れる娘を片手で必死で押さえ、もう片方の手で自転車を押しながら、サーカスみたいな状態でしばらく歩きましたが、どうにもこうにも危険だったので、「じゃあ歩くの?」と、自転車から降ろしたら、「あるくの」と、娘は私のよこを、いつもより小さな歩幅でゆっくり歩き始めました。
 このとき、娘の状態を最優先してこのまままっすぐ家に帰ればまだよかったのです。しかし私は、そうしませんでした。夕飯用にスーパーで買わなければならないものがあって、娘を歩かせている状態で、家と逆方向に進んでしまったのです。これが、大失敗でした。便秘のお腹が気持ち悪い娘の歩みはすごく遅くて、、車の通りの比較的多い場所だから手を繋ごうとするのに嫌がって振り払い、でも横断歩道はさすがに危なくて無理やり手をひっぱれば転んでしまい、ふてくされて立ち止ったきり歩こうとしない娘に必死で呼びかけているとクラクションを鳴らされ、どうすればいいのか分からなくて「ねえお願いだから歩いて!」と、ついきつい声で言ってしまい、そうこうしているうちに空はどんどん暗くなり、木枯らしが枯れ葉を巻き上げながら容赦なく吹きつけて娘の鼻は寒さであからみ、スーパーはもうすぐそこに見えているのに、一向に近づきませんでした。
 それでもなんとかスーパーの50メートル先のガソリンスタンド前まで歩いてきて、そこでまた娘が立ち止り、そのとき、風でのぼりがはためいて娘の顔を直撃し、驚いて大泣きしてしまい、それでようやく、どうして私は娘にこんな過酷な想いをさせてまでスーパーに行こうとしているのだろうかと、スーパーに行くことを諦める決心がつき、泣きじゃくる娘を無理やり子乗せシートに乗せ、暴れるのを押さえつけて力づくでベルトを締め、100メートル先にあるスーパーに背を向けて、自宅へ向けて自転車を走らせました。家に帰りつくまで、娘はずっと泣いていて、そのうえ、ついに雨が降り出し、ごめんね、ごめんね、もうすぐ家だからね、と言いながら、強風で髪をぼさぼさにしてこぎました。
 家に帰っても、娘は断続的に泣き続けていて、お腹が苦しそうで見ていられなくて、結局、小児科へいって、浣腸をしてもらいました。そうしたら、無事に排泄できたみたいで、すうっと、機嫌が直りました。今日のような、2日便秘をしているような日は、外に連れ出すにしても、徒歩圏内にしなくてはいけないなぁと、大反省しました。お腹の具合が悪いのに、きっとうんちがでたくてお尻も痛かったんだろうに、自転車に乗せなければならなかったり、木枯らしの中を歩かせたり、きつい声で急かしたり、本当に過酷で理不尽な思いをさせてしまいました。冷たい風に吹かれながら私の数歩後ろを赤い鼻してほとほと歩いていた娘の姿を思い出すと、けなげで不憫で、胸が締め付けられます。母として、私はもっとしっかり、強く、賢く、冷静にならなくては。
by papiko-gokko | 2012-11-19 21:31 | Diary
三瓶山
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 夫の休日。晴れたので車で遠出して、三瓶山へ紅葉狩りに行きました。少し時期が遅かったようで、もうすでにほとんどの葉が散ってしまった木が目立ちましたが、だあれもいないキャンプ場のある林を3人で歩いて、松ぼっくりやまるいどんぐりを拾ったり、大きな葉っぱでお面を作ったり、折れて落ちていた小枝で遊んだりして、秋の山を楽しみました。足元は雨を吸った土と落ち葉でふわふわ柔らかく、娘が転んでも安心でした。
 林のなかには本格的なアスレチックもあって、まだできない娘の代わりに、夫と私ががんばりました。しかし、ちょっと網に足をかけただけで、怖くて足がすくんで、全然昔みたいにできませんでした。小学生のころはいまより手足が短かったにも関わらず、平気でひょいひょいチャレンジしていたのに、いつの間にか、自分の運動能力にすっかり自信が無くなって、臆病になってしまいました。網を登り終え、ひどいへっぴり腰で木のはしごを降りながら、もしこれで足を踏み外して骨折でもしたら一体娘の面倒をだれがみるんだ・・・と、泣きそうでした。いまの私に、娘の面倒を見られなくなるほどの苦痛はないのです。
 日が射していたとはいえ外はやはり寒かったので、ベンチでおやつを食べたあと、キャンプ場の近くにある自然博物館に入りました。着いたのがちょうどプラネタリウムの上映時間だったのですが、娘が普通の大きさの声で「おちゅきさま、いないねえ!」「きらきらねえ!」とか言い出してしまったので、ほんの1,2分ほど見てそそくさと退出しました。一瞬だったけれど、綺麗で幻想的でした。子供のころ、初めてここでプラネタリウムを見たときは、天井いっぱいに映像が映し出されるスケールの大きさに、感動したっけなぁ。その他の展示物に関しては、私はもう子供のころから何度もきているので、新鮮味がありませんでしたが、娘は、触れる動物のはく製や木のおもちゃなど、それなりに楽しんだようでした。
 車で遠くまで行くと、自分たちは家族3人でどこへでも行けて、家族3人ならどこへ行ったって愉快なんだな、ということが再認識できて、元気がでます。移動中、娘が寝ている間だけスピッツのアルバム「ハチミツ」をかけたら、夫と恋人同士だった学生時代をキラキラ思い出して、あのとき東京の片隅の商店街を歩いていた恋人と自分が、いま車でぐねぐねと島根の山道を走っているなんて、人生ってまったくわけのわからない不思議なものだなと思いました。そして、これまでいろんなことを一緒に経験してきたこの人と、これからもいろんなことを経験したいなと思いました。最近、些細なことでついつい、喧嘩をしてしまうけど、仲良くしよう。
by papiko-gokko | 2012-11-19 01:02 | Diary


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