日記と短歌
by papiko
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可愛い君が好きなもの
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 娘がカバンを持って、おでかけごっこをするようになりました。「いってらっしゃーい」と手を振ると、ドアの前まで歩いていって立ち止り、しばらくドアに触れたり頭をこすりつけたりしてから、満足そうな顔をして私のほうへもどってきて、カバンのなかに入れてあるおもちゃを出して見せたりします。私のところへ戻ってくるたびに、私がまたカバンにひとつ入れるので、カバンはだんだんと重たくなって、娘はそのうちカバンを引きずりながら歩き始めます。小さな体で大きなカバンを引きずる姿がたまらなく可愛くて、私もこの遊びが大好きです。今しか味わえない一歳児というこの時期を、余すところなくしっかり味わい尽くさねば。

 可愛いと言えば、娘がよくしゃべるようになってきて、ひとつ、衝撃的な事実が判明しました。娘は自分の名前を、かわいいちゃんだと思っていたようなのです。娘が生まれてからというもの、きっと私も夫も、娘の名前を呼ぶのと同じぐらいの頻度で、かわいいねぇかわいいなぁかわいい子・・・と、かわいいかわいい連発していたせいで、自分の名前を、かわいいちゃんだと勘違いしてしまったみたいです。鏡に娘を映して、「この子だあれ?」と聞くと、迷いなく「かあいい」と答えるし、食卓に並ぶお茶碗を自分で指さしながら、「パパの」「かぁかの」と言った後、最後に自分のを指さして、「かぁいい」と言ったりするので、もしやこれは勘違いしているのでは・・・と、疑惑が日に日に確信へと変わっていきました。ああ、なんて幸せな勘違い。
 自分以外のものをみても、「かあいいねえ」と言ったりするので、自分だけが世の中で「かわいい」と呼ばれている存在だとは思っていないようなのですが、しかし世の中はナルシストに甘くないので、娘が辛い思いをしないためにも、あなたはかわいいちゃんではないのだということを、しっかり教え直さなければなりません。
 そこで最近は、意識的にはっきりと娘の名前を言うようにしています。今日も寝る前に、この子はだあれ?と娘を指さして何度か答えさせているうちに、やっと、「かあいい」ではなく、自分の名前らしき言葉を言ってくれました。でも、この調子で、娘がちゃんと自分の名前を言えるようになったら、それがまた可愛くて、私も夫も、かわいいかわいい連発してしまうのだろうなぁ。そのときには、可愛いがあくまでも形容詞であることをわからせるために、かわいいのあとに必ず名前を言うように心がけよう。
by papiko-gokko | 2012-07-31 23:58 | Diary | Comments(0)
大きさも色も言い表せなくて「海、きれいね」と子に繰り返す
 引っ越し作業が一段落つき、夫がいる不思議に優雅なこの夏を、家の中で過ごしてしまうのはもったいない気がして、今日も午後から車で出かけ、ナビを頼りに日暮れまでぐるぐるドライブをしました。
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 最初は山道をドライブして、途中で車を停め、吊り橋を渡ってみたりしました。夫は「なにこの状態!」「なにこの景色!」と、へなへな笑いながら写真を撮っていました。私は、広島や岡山方面へ行くときなどによく車で通っていた道だし、吊り橋も子供のころ面白がって渡って遊んだりしたので、それほどの驚きはありませんでしたが、娘が吊り橋でつないだ手を離そうとするので、これまで渡ったなかで一番ハラハラしました。
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 ドライブの最後には、引っ越してきたごあいさつに参拝したいねと夫と話していた出雲大社へ行きました。まず最初に大きなしめ縄のある神楽殿で、娘も一緒に長いこと手をあわせました。神楽殿は結婚式を挙げた場所なので、思い入れもひとしおです。おそらくこれは最近新しくできたものなのですが、神楽殿の柱のところに、手を清めるための、水の湧き出ている手水舎が用意されていて、娘はそこから滴る水が気に入り、だれよりもしっかりと手を清めていました。手水舎だけでなく、神楽殿へ向かう石畳も、なんだかきれいになっていました。
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 本殿は今、「平成の大遷宮」というので改修作業をしていてビニールカバーで覆われ見られないため、仮本殿で、再び手を合わせました。それから、松の並木を通って、大社を離れるまえに、鳥居のまえで撮影をしました。本当は、この鳥居が正門なので、ここから入って松の並木を通って本殿へ参拝し、最後に神楽殿を回るのが正しいルートのようなのですが、今回は駐車場の位置の関係で、反対になってしまったのでした。
 松の並木は時おり涼しい風が吹き抜け、さほど辛くなかったのですが、それでもやはり暑さでへろへろになっていたので、大社正門を出て道を挟んですぐのところにあったカフェで、ソフトクリームを食べました。どーんとそびえ立つ大鳥居から出雲大社正門までの沿道(神門通り)は、ここ数年でどんどん観光地っぽくなっていて、ソフトクリームを食べたあと少し歩いてみたら、縁結びにちなんだお土産屋さんやら、出雲ぜんざい屋さんやら、勾玉屋さんやら、観光に来た人たちが楽しめそうな素敵なお店が、ずらりと軒を連ねていて、感動しました。先週から大社近くの歴史博物館で「神話博しまね」というのもやっていて、町のあちらこちらでチラシやら旗を見るし、島根が観光に力を入れてがんばっているのがわかり、頼もしい気持になりました。
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 せっかく出雲大社に来たのだから、日御碕灯台のほうへも行ってみようということになり、車で海を眺めながら山道をぐんぐん登り、日御碕でもたくさん歩きました。灯台は4時半までで日御碕についたのはもう5時をすぎていたため、残念ながら灯台には登れませんでしたが、沿岸の遊歩道を歩いて、波に削られて奇妙な形をしている岩の上にも少し登ってみたりして、日御碕の絶景を満喫しました。砂浜もいいけれど、波が岩にさっぱんさっぱん打ちつけては真っ白いしぶきをあげているのも、なかなかいいものです。
 ところどころ絶壁もあり、下手すると海に落っこちる感じの場所なので、夫はずっとひやひやして、私に絶対娘の手を離さないよう、10回ぐらい注意し、途中、ハラハラしすぎて座り込んでしまったりしていました。私は子供のころ、連れてきてもらうといつも妹と岩をよじ登ったりして遊んでいたので、そんなに恐い場所という認識をしていなかったのですが、確かに、柵も何もなくて、岩の真下は海なので、夫がそうなるのもわかります。娘はしきりによじ登りたがっていましたが、必死で手を離さないようにがんばりました。もう少し大きくなったら、一緒によじのぼって遊ぼうね。娘に海をみせながら、「海、きれいだねえ」と言うと、娘も「うみ、うみ、ちえいねえ」と真似していました。娘の目に、海はどう映っているのだろう。
 日が暮れかかっていたとはいえ、帰るころには、私も夫も、それに娘もへろへろでした。駐車場と日御碕灯台の間の道には、いくつかお店が並んでいましたが、ほとんどがもうシャッターを下ろしていました。ところどころあいていたお店には、貝殻が売っていたりして、娘にひとつ買おうかと思いましたが、自分で選べるようになってからにしようと思いなおして、今回は見せるだけにしました。大社前のお店と違って、日御碕のお店は、私の子供のころとまったくといっていいほど変わっていなくて、派手さや目新しさはないのだけれど、海風で色あせた看板といい、どこからか漂ってくる濃厚な海の香りといい、なんともいえず風情がありました。
 家に帰ったころにはもう日が暮れていて、これだけ半日たっぷり遊んで疲れればさすがに娘も早く寝てくれるだろうと期待していたのですが、娘は普通に10時半まで起きていました。お昼寝も車で少し寝ただけだったのに、なんて元気なのだろう。
 暑かったし、特に夫は長時間の運転で疲れただろうけれど、思い出に残りそうな、楽しい一日になりました。
by papiko-gokko | 2012-07-31 00:45 | Diary | Comments(0)
娘とチャイナ服と祖父。夫のハチの巣退治。
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 朝、娘の着替えを選んでいて、ふと、父が赴任先の中国から帰国したときお土産でくれた子供用のチャイナ服が目に止まったので、試しに着せてみたらぴったりでした。もらったときは、娘がまだまだ小さくて、着られるようになるのは当分先だなぁと思っていたのに、あっという間に手足が伸びて、着られるようになりました。同じく父から帰国のお土産でもらったパンダをもたせたら、すっかりチャイナな雰囲気になって、しばらくそのまま着せて遊ばせました。絹の生地で涼しいし、つるつるすべる手触りなのが楽しかったらしく、娘もまんざらでもなさそうでした。
 せっかくなので祖父にも見せに降りると、手を叩いて面白がって、「祭りに連れていかないけんだねか」と笑いました。娘のおかげで、今のところ、祖父との関係は良好です。引っ越す前に不安だったことのひとつに、祖父との関係もあったので、うまくやっていけそうで安心しました。自分が大人になり祖父は老い、孫として、耳の遠い祖父とどんなことをどんな調子で話せばいいのかわからなくなっていたけれど、そこに娘がいるだけで、にこやかな調子で自然な日常会話を交わすことができます。祖父の部屋にいくたび可愛がってもらえるので、下に降りると、娘も自分から祖父の部屋のほうへ向かって行くようになりました。娘が機嫌よく祖父のところで遊んでくれていると、その間に下の掃除ができて助かります。
 自分のことをまったく年寄り扱いしない、遠慮も配慮も同情もなにもないまっさらな心で甘えてきたりイタズラして困らせたりするひ孫の存在は、祖父にとってすごくすごく、いいものなのだと思います。リハビリに通い始めたばかりのころ、幼稚園のようなことをさせると自嘲気味に話していた手の運動も、娘にやってみせたらとても喜んで真似しようとするので、少し前向きに取り組めるようになったのではないかなぁと、勝手に想像しています。今年の初めごろには眩暈がして起きあがれない日もあって、心身ともに弱っていた祖父ですが、今は元気で週3回リハビリのデイサービスに通い、将棋が一番強くてみんなの大将になっているそうです。祖父は大将になるのが大好きなので、きっと楽しいに違いありません。これからもがんばって腕を磨いて、大将の座を守り続けてほしいです。

 チャイナ服はお昼ご飯のときに脱がせ、その後はなぜか唐突に『魔女の宅急便』を見たりしながら過ごしました。キキの一挙手一投足、なにもかもが可愛かったです。夕方、スーパーに買い物へ行き、娘をおんぶして犬の世話と庭の掃除をして、お風呂に入りました。夕方になるとお腹がすくせいか、娘が私にべったりになってしまって、犬の世話のとき夫に見てもらうということができないのでちょっと大変です。でもいずれ夫が働きだしたら、毎日ひとりでしなければならないのだし、おんぶに慣れなくては。
 夜ごはんのまえに、夫が暑い中、全身長袖長ズボンの上に合羽をきて、ゴム手袋をはめて、麦わら帽子に顔や首を360度覆う網をつけ、長ぐつをはき、虫取り網とスプレーをもって、完全防備の格好で、家の軒下にできたハチの巣を退治にいきました。サウナ状態でがんばって、無事に巣を取り除くことができたそうです。都会っ子なのに、よくがんばってくれました。これで、安心して犬の世話ができます。
by papiko-gokko | 2012-07-29 23:07 | Diary | Comments(0)
そこにある心模様に目を凝らすアメンボみたいなおまえの言葉
 今日は一日家にいて、娘が寝ている間、夫と引っ張り出してきたPS2で、桃太郎電鉄をやったりしました。引っ越してから今日まで、なんだかんだで毎日出かけていたので、一日家でのんびりしたのは、久しぶりでした。

 娘の言葉の世界が広がり、伝えることのできる感情の種類が増えたことで、夏の日差しのようなパワーと、雨のようなひっきりなしの欲求が、私に向かってまっすぐどんどん降り注ぐようになって、朝から晩まで娘の気分に振り回されがちです。そんなことではいけないと思うのですが、涙ぐんだ目でこちらを見上げて両手をのばしながら、「あっこ、ちぃよー(抱っこしてほしいよ)」なんて懸命に訴えられると、ついつい言うことを聞いてしまいます。
 言葉が通じるからこそ感じられる娘の純真さもあって、1歳半の娘が話すわかるようなわからないようなほにゃほにゃした言葉に、毎日きゅんきゅんしています。大半はほにゃほにゃして、語尾だけはっきりしていたりして、よほど一緒に生活していないと意味を聞きとれないようなおしゃべりが多いのですが、ごくたまに驚くほどはっきりと「あっち、いく」とか「まんま、おいちいねえ!」とか「ちゃちゃ、のむ」とか、しゃべることもあって、その、なにかが生まれたようでもあり、なにかが消滅してしまったようでもある瞬間は、私も夫も、はっとして2秒くらい黙ってしまいます。
 そう遠くないうちに、はっきりしたおしゃべりのほうがどんどん増えていき、娘のほにゃほにゃ言葉は聞けなくなっていくのだと思うと、焦ってもしかたないのに、なんだか焦ってしまいます。明日もたくさんおしゃべりしよう。質問したり、質問されたり、答えたり、答えてもらったり、頼まれたり、頼んだり、共感し合ったり、叱ったり怒らせたりしよう。
by papiko-gokko | 2012-07-29 00:07 | Diary | Comments(0)
現実を見ろと言われて目をひらく空は青くて山は緑だ
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 ここのところ、暑さで娘のお散歩がままならなくて、お出かけがショッピングや役所ばかりになっていたので、今日はがんばって早起きし、猛烈な暑さになるまえに、夫と娘と3人で少しだけ土手を散歩しました。まだ7時台だったとはいえ、日射しはもうしっかりと強く、ただ歩いているだけで息が上がって汗ばみました。背が低くて地面に近い娘は、私よりもずっと暑いはずなのに、前へ前へと、元気いっぱい走っていました。アスファルトに3人の壁がくっきりと映り、ときどき私や夫の影で娘の影が隠れたり、わざとぱっと飛びのいてまた娘の影がでてきたりして、娘はそれが不思議で面白くて仕方ないようでした。
 朝ごはんを食べて洗濯をまわしたあとは、こちらの生活でつかう口座を作りに、銀行へ行きました。特にどこで作らなければならないということはなかったので、幼馴染の友達が勤めている銀行へ行ってみたら、すぐこちらに気付いて、「おかえりい!」と笑顔で出てきてくれて、中高時代と変わらないほんわかした口調で、時々娘をあやしてくれたり、近所で今日お祭りがあることを教えてくれたりしながら、最初から最後まで丁寧に対応してくれました。こんなふうに和やかな雰囲気で通帳を作ることができるなんて、地元ならではかもしれません。銀行員の服を着て働く彼女は、一段と美しくかっこよく見えました。人の働く姿というのは、やはり、いいものだなぁ。帰り際、友達は娘に風船をくれて、帰ってからふくらましてやったら、大喜びで遊びました。
 夕方には、土用の丑の日ということで祖父が頼んでくれたうなぎを受け取りに、山のほうの旅館までいきました。ここは祖父が鮎を獲って売っていたころのお得意先で、私たちも小さい頃からよく食べに行っていた馴染み深い場所です。本当にかなり山のなかにあって、旅館のすぐそばを川が流れていたりして、その大自然っぷりに、夫は息をのんでいました。私にとっては懐かしい場所が、夫にとってはことごとく新鮮で、それが私にはまた新鮮だったりします。娘に、山だよ、山だよ、と教えましたが、娘はそれより、自分が乗っていた車のほうが気になるらしく、車を指をさしてぶっぶーばかり言っていました。
 夜は祖父も一緒にうな丼を食べて、お風呂に入り、絵本を読んでいたら、外で花火の音が聞こえたので、3人で外に出てみました。すると、遠くで花火があがっているのが見えました。銀行で友達が教えてくれたお祭りの花火です。私にとってはひさびさの、娘にとっては初めての花火、花火があがってぱらぱらと消えるたび、娘は「あーあ」と言っていました。夜空が汚れたとでも思ったのか、それとも、せっかくきれいなのがあっという間に消えてしまって残念がっているのか、その真意は不明ですが、なんとも娘らしい反応でした。暗くて周りはよく見えなかったけれど、どうやら近所のほうでも、ちらほら外に出て花火を見ている人たちがいたようでした。うなぎを取りに行った帰り、神社の鳥居の向こうにお祭りの屋台が並んでいるのや、浴衣で歩いている女の子の姿を見かけたし、これからはあちらこちらの神社でお祭りが目白押しです。花火は明るくて楽しくて、浴衣姿は涼やかで、夏を楽しみたいという気持ちが盛り上がりました。明日はできれば、ちょっと近所のお祭りに行ってみようかと話しているのですが、夜は娘の機嫌があまりよくなくなってくるので、実現するかどうかはわかりません。行けるといいな。
by papiko-gokko | 2012-07-28 00:23 | Diary | Comments(0)
バテバテバタバタ
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 今日も暑くてバテ気味です。夏ってどうしてこんなにも生きるのが大変なのだろう。毎日なにかしら出かける用事があって、なんとか午前中の涼しいうちに出かけようと思うのだけれど、掃除と洗濯をしていたら10時を過ぎてしまって、結局今日も出かけたのは11時近くの、どんどん暑くなってくる時間帯でした。私が掃除している間、娘はサングラスをかけて遊んでいました。最近、サングラスをかけるのが娘のブームです。

 今日のおでかけでは、娘のおまるを買いました。まだ1歳半なのでオムツはずれは難しいかもしれませんが、最近、おしっこやうんちがでたとき、「ちっち」と教えてくれたり、自分でおむつを持ってくるようになって、トイレトレーニングは夏がいいとも聞くので、ちょっと座らせてみるのもいいかもしれないと思い、買ってみました。子供用の補助便座にもなるタイプのものなので、長く使えそうです。家に帰って箱から出すと、娘は興味津津で「ちっち」と言いながら腰かけてみたりしていました。今日は結局一度も使いませんでしたが、どれくらいで、できるようになるかな。娘の様子を見つつ、気長にやってみます。
 おまるのほかに、犬のお世話用のものをいくつか買いました。犬の世話、可愛いけれどもやはり大変で、夫と話し合いながら、道具を買い足したりして、私たちのやりやすい方法を探しています。娘も犬たちに日に日に慣れてきて、名前を呼んだり撫でたりするようになりました。犬たちを可愛がるとき、無意識に娘を可愛がるときの気持ちと同じになっていて、じゃあかあさんもう行くからねなどと、犬に対してうっかり自分のことを「かあさん」と言ってしまったりします。相手が人であっても動物であっても、その命を慈しむ感情は、心の同じ部分から溢れてくるのだなぁと、娘を片腕で抱きつつ犬に餌をやりながら思いました。

 そんな感じで、なんだかんだと毎日あちこち買物に出かけていますが、私が基本的に人の顔を見ずに歩くのもあってか、今のところ、まだ知り合いには一人も会っていません。時々、もしかして知り合いかも?と目に止まる人が、大抵、自分より10歳ぐらい若かったりして、そんなわけないじゃないかと、心の中で苦笑します。地元を離れてからもう10年が経っていることを頭ではわかっていながら、ついつい、10年前の感覚で、20歳前後の人に目が向いてしまうのです。地元を離れてからもちょくちょく会った友達を除いては、10年で一体どんなふうに変わっているのか、想像がつきません。私もそれなりに変わっているのだろうから、相手も気付かない可能性が高いし、そもそも当時からあまりたくさんの人と仲良くするタイプではなかったので、このまま知り合いにばったり巡り会うことはないのかもしれません。そのほうが気が楽でいいけれど、ちょっと寂しい気もします。
 

 
by papiko-gokko | 2012-07-27 00:26 | Diary | Comments(0)
引っ越して一週間
 夏バテか引っ越し疲れかホルモンバランスか、今日は朝からめまいがして、一日出かけずに家にいました。まだ生活がふわふわしているので、自分のなかで決めごとを作って、実行するようにしています。例えば、月水金の週3回は祖父がリハビリに行くので、その曜日の祖父がいない間に一階の掃除をすると決めていて、今日はじめて本格的にそれを実行しました。決めごとにしてしまえば、守らなければもやもやするから守るようになり、守っているうちにどんなことでも習慣になり、習慣になればもう、こっちのもんです。

 引っ越しでドタバタしたにも関わらず、娘は体調を崩すこともなく、夜泣きなどもしないで、元気いっぱい過ごしていますが、ただ、これまで以上に私に対して甘えん坊になり、抱っこやおっぱいをせがむ回数が激増しました。甘えてくれるのはすごく可愛いけれど、ちょっと部屋をでただけで「かぁかいないーかぁかおいでー」と不安げな表情を浮かべたり、おっぱいを拒んだら顔を真っ赤にして大声で泣いたりすることもあって、もう勘弁してよと言いたくなるときもあります。やはり娘なりに生活の変化に戸惑っているのだろうな。
 夫は今のところ島根を気に入ってくれているようで、道を覚えるために、昨日も今日も、夕方に自転車で出かけました。今日は遠くの図書館まで行って、さっそく貸出カードを作り、数冊本を借りてきていました。
by papiko-gokko | 2012-07-25 23:54 | Diary | Comments(0)
海とカーナビ
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 せわしない日々の真っただ中で、娘が1歳半を迎えました。この一ヶ月、山梨へ行ったり、横浜へ行ったり、それから出雲に引っ越したりして、たくさんの人と触れ合い、娘は精神的に、大きく成長しました。「パパ、いない」「にゃお、いる」「ぽぽ(おさんぽ)、いく、」「ちゃちゃ、おむ(おちゃ飲む)」などなど、二言の文節で伝えることも増えたし、表情も豊かになりました。それに、たくさんの人から笑顔で迎え入れられ優しくされたからでしょう、とても人懐っこくなりました。そんな娘を見ていると、これからますます、しっかりしなくてはと思います。

 昨日は海へ行き、少しだけ波に触りました。平日とはいえ、夏休みなので海は海水浴客でそれなりににぎわっていて、夏真っ盛りの風景でした。娘は次々に打ち寄せる波の迫力に怖気づき、波を触らそうとしても私の手を握ったまま、動こうとしませんでした。サンダルに水着で、しっかり濡れる態勢で挑めば、海や波の捉え方も、また違ってくるかもしれません。
 今日は、カーナビを買いに行きました。こちらでの移動はもっぱら車になるのですが、私も夫も超がつくほどの方向音痴のため、カーナビなしではどこへも行けないという結論に達したのでした。これで、どこへでも行けます。どこへ行くあてもないのだけれど、ナビが案内してくれるのならば、行きたい場所も見つかるでしょう。とにかく毎日、暑くて暑くて暑くて、なかなかアクティブな気分になれないけれど、カーナビがあると思うと、少しは気力もわいてくるでしょう。苦手な夏を、カーナビとともに乗り切ろう。

 今は、家の掃除と、犬の世話が一日で一番息の上がる運動になっています。一軒家の留守を預かるとなると、自分たちの使っている2階の掃除をするだけでなく、下の階のの掃除もすることになっているし、使っていない部屋に風を通したりもしなければだし、庭の草木に水をやったり、それに犬たちの世話と犬小屋の掃除もあるので、今までよりも重労働です。車移動が多くて運動不足になりがちだから、ちょうどいいことかもしれません。今の時点ではまだなにをするにも戸惑いがちなので、自分たちの生活スタイルを確立して気持ちよく暮らせるよう、いろいろと創意工夫が必要そうです。まずは、そのためにはまず、軒下にあるハチの巣の駆除について、考えなければ。
by papiko-gokko | 2012-07-25 00:00 | 月齢ごとの成長記録(長女) | Comments(0)
思い出という名の雑草引っこ抜きここを私の居住地とする
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 引っ越し作業を一通り終え、ようやく新しい日常を始める準備が整いました。
 
 17日は朝早くから搬出作業が始まり、正午すぎには部屋がからっぽになりました。義母も朝早くから手伝いに来てくれました。お昼、引っ越し業者さんが帰ってから、義母が作ってきてくれたお弁当を食べました。からあげと、焼き鮭と、トマトとおにぎりの、美味しい美味しいお弁当を、なにもない部屋の真ん中に広げて食べました。お昼を終えてしばらくしてから、引き渡しの立ち会い検査をする人たちがきて、検査をしている途中で、いつもの友達一家の、旦那さんと子供ちゃんが、見送りにきてくれました。子供ちゃんの幼稚園から直接きてくれたようで、幼稚園の服を着ていました。娘と子供ちゃんは、押し入れでかくれんぼをしたり、この前までダンボールだらけで狭かった畳の部屋を走り回ったりして、検査が終わるまで遊びました。楽しそうに遊ぶふたりを見ていると、泣けて泣けて、少し本当に涙がでてきて、焦りました。
 検査を終えて鍵を渡したら、業者の人たちから鍵はこちらでかけておきますのでと言われて、家の中から、追い出されるようにして、部屋を出ました。たった数秒前まで自分たちの家だったのに、玄関先で業者の人に「ありがとうございましたー」とぶっきらぼうに言われながらドアを閉めるなんて、なんだか、なにかを踏みにじられたような気持ちになりました。閉めるべきカギを渡すってことは、賃貸に住むっていうのは、つまり、そういうことなのか。
 空港までは義母の車で送ってもらうことになっており、家をでて、義母の車に乗り込む前に、子供ちゃんと旦那さんと、炎天下のなかバイバイをしました。旦那さんが別れ際に私と交わした最後の会話が、「あっちにも、ブックオフってあるんですか?」という質問で、それがいかにも旦那さんらしくて、しみじみと、あぁいい出会いをしたよなぁと思いました。外は暑くて、立っているだけで汗が噴き出してきて、そんななか見送りに来てくれたことが嬉しくて、また泣きそうになりました。子供ちゃんと娘とのバイバイは、いつまでも続きそうで、切り上げて、車に乗りました。振り返ったら、旦那さんが子供ちゃんを乗せた自転車にまたがりながらUターンさせているのが見えて、もっともっとなにかを伝えたかったような気持ちになりました。
 空港までの道には、これぞ東京といったようなビルがそびえていて、レインボーブリッジを渡るころには、お台場やら東京タワーやらスカイツリーやら、キラキラの東京が次から次へと目に飛び込んできました。私はこのキラキラの世界を、どのくらい楽しめただろう、どのくらい、ものにできたのだろう。引っ越しで疲れ切った娘は、車の中でずっと寝ていたけれど、レインボーブリッジの途中で目を覚まして、眩しそうにしていました。
 空港では結構時間に余裕があったので、少し早めの夜ご飯を食べたりして過ごし、手荷物検査の場所で義母とも別れました。義母は「じゃあね」と、いつもと同じ感じで手を振って、だけど、私たちが手荷物検査をしている間もずっと外で立っていて、私たちが検査場を離れる瞬間まで手を振ってくれていました。
 飛行機に乗り込むと、空港でハッスルしていた娘は再び眠り始めてくれて、あっという間に1時間半が経ちました。夫がやたらめったら恐がって、文庫の同じページを睨みつけたまま青ざめ続けていたことを除けば、実に快適なフライトでした。
 家に着いたのは夜8時すぎで、引っ越しのために帰国した母と、同じく引っ越しの手伝いのために帰省してくれた上の妹と、祖父と一緒にご飯を食べたあと、その日は家具の置き場所を軽く決めるだけして寝ました。まだそのときは、この家に住むのだという実感はまるでなく、いつもの帰省と変わらない気持ちでした。

 翌日18日の朝から搬入作業が始まり、どんどんどんどん運び込まれて、お昼過ぎには終わりました。2階のリビングと寝室を私たちが使うことになっているのですが、その時点では、家具とダンボールで埋め尽くされていて、とても生活できる状態ではなく、そこから昨日の昼ごろまで、母に娘を見てもらいつつ、夫とひたすら荷解き作業をしていました。遊べるスペースがないうえに私も夫もかまってやれないため、娘の精神が不安定になってきて、一昨日は抱っこを求められっぱなしでしたが、そんな娘のためにも少しでも早く終わらせたくて、片手で抱っこしつつ、作業を続けました。特に絵本とおもちゃに関しては、最初の2日間で必死になってすべて出しました。
 今回大変だったのは、ただ荷解きするだけでなく、それと平行して、実家でこれまで使っていた、私たちの生活には不要のものなどをダンボールに詰めたり捨てたりする作業もしなければならないことでした。これまでリビングにあった大きな家具は私たちが来る前に母が便利屋さんを頼んで下の階に移動してくれていたし、押し入れなども空けてくれていたのですが、なにしろ母は部屋にあれこれ飾るのが好きだし、思い出のものはなんでも取っておきたい人なので、なにかと物が溢れていてまだまだ片づけきれていない部分が多く、長い年月をかけて部屋中に根を張り繁殖を続けてきた思い出という名の雑草を引っこ抜くように、飾ってあった額縁を取り、カレンダーを取り換え、土産物の置き物を取り除き、造花の花瓶を取り除き、部屋全体を私たち一家のカラーへと変えて行きました。母にとってそれは内心複雑なことなのだろうけれど、私たちの住みやすいように全部はずして好きにしていいと言ってくれているので、思い切ってやりました。家は、住んでいる人が心地よいようにしなくては。

 毎日くたくたになりながらやって、今日ようやくすべての箱を開け終わり、午後には母が父の元へ戻っていって、夫と娘との、新しい日常が始まりました。これまでと違うことといえば、一階に祖父が暮らしていること、車での移動が多くなったこと、生協を始めたこと、毎日することのひとつに犬の世話が加わったことぐらいでしょうか。それ以外は、変わらないはずだし、変わらなければいいなと思っています。部屋が片付いたことで娘も落ち着いて、今日は一日穏やかに過ごしました。車で母を見送った帰り、娘が寝たのでそのまましばらく市内をドライブしました。よく知っている町ではあるけれど、住むのは10年ぶりのことで、新入りのような古株のような微妙な気分で、昔から変わらない懐かしい場所や新しくできた道を眺めました。自分が卒業した中学高校の制服を着ている子と普通にすれ違う土地に、もう一度住むことになるとは、本当に、思わなかったなぁ。
 飼っている犬2匹の世話は思いのほか楽しくて、3人で朝と夕方に餌をやったり、掃除をしたりしながら、可愛がっています。娘が生まれてから、生き物への愛着が増して、犬のことを、ますます可愛く思うようになりました。祖父との関係も、娘が祖父になついて祖父をメロメロにしているおかげで、良好です。耳が遠いのでコミュニケーションを取るのに多少難儀しますが、まぁなんとかなるかなと思っています。
 今は、前向きでもない、後ろ向きでもない、まだ、ふわふわとした心地ですが、少しでもはやく、新しい娘の日常を整えてやれるよう、一日のリズムを作って行きたいです。
by papiko-gokko | 2012-07-21 23:20 | Diary | Comments(0)
別れには種類があると知らぬ子の「バイバイ」夕焼けだからバイバイ
 歯磨きとトイレットペーパーとオムツと明日の服と持っていくカバン以外のほぼすべてがダンボールに詰められ、部屋はもはや、私たちの住んだ部屋ではなくなりつつあります。明日、往復ではない飛行機チケットで、東京を離れるなんて、いまだに少し信じられません。少し眺めの帰省のような気がしてしまって、今回のはもうそんなのじゃないんだぞと、自分に言い聞かせています。明日この家のカギを返したら、もう東京には家がなくなるのです。
 冷蔵庫のなかを空っぽにしなければならないため、いつもの友達一家のうちに中身の一部を引き取ってもらうことになり、夕方に3人で家まで行きました。最後に娘と子供ちゃんを遊ばせることができて、友達夫婦と話すことができて、嬉しかったです。こんなとき、なにをしゃべればいいのかわからなくて、ろくに会話をできなかったけれど、別れ際に、旦那さんが夕焼けの中で写真を撮ってくれて、子供ちゃんのおどけに娘がけたけた笑って、笑顔で別れることができました。子供ちゃんの元気いっぱいのバイバイに、胸が詰まりました。次に会うのは、おそらく年が明けてから、友達の赤ちゃんが生まれてから、会いに行くつもりです。

 今は、とても不安な気持ちでいます。なにが不安なのかと問われると、具体的な答えがうまく見つからないのですが、これまで東京にいてほとんど頓着せずにいた、親戚づきあいや近所づきあいをうまくやれるのだろうかとか、夫と娘に島根の暮らしが合うのだろうかとか、とにかくいろいろ、とても不安です。 娘が幼稚園になるまでの約一年半を島根の実家で過ごし、そのあとどうなるかが今のところまったく見当がつかないというのも、どうしたって不安です。きっと不安がりたいだけなんだよと言われて、確かに私はそういうところのある人間なので、結局そういうことなのかもしれないけれど、そう思ってみたところで、やはり、不安は不安です。島根へは、実家の事情もあって住むことにしたのですが、それはちょうどいいタイミングで訪れたきっかけに過ぎず、私も夫も、田舎で娘を育てたいという思いが強まっていたところだったから行くのであって、だから、あっちへいったら、幸せに暮らせる生活の形を、3人で力を合わせて探すこと、これに尽きます。よし、そうだ、力を合わせて暮らそう。書いているうちに、元気がでてきました。家族3人で力を合わせたら、どうであれ、幸せに決まっています。


 そんなわけで、私の東京、最終回。最後は駅名ではなく、これまで住んだ家編。東京で、どこが一番好きだったかって、いつの日も、自分の家ほど大好きな場所はありませんでした。

■大学1年~2年(ワンルーム)
 ユニットバスに、申し訳程度の小さなシンクとガスコンロひとつ。今から思えば、かなり狭い部屋でしたが、それでも、一人でいると、がらんとして、小さなこたつテーブルの上で常に起動しているパソコンモニターの光が心のよりどころでした。水色のカーテンに水色の布団カバーを選んでしまったせいで、余計にさみしげな部屋になっていました。4階で、エレベーターがついていたものの、なんとなくひとりで乗るのが恐くて、いつも階段を駆け上がっていました。オートロックではなかったので、ドアの前を誰かが通る足音のするたび、びくびくしていました。
 夫と付き合うようになってから初めて部屋に呼んだのもこの家です。始めてきた日、飲み物がコーヒーでも紅茶でもなく、コンビニで買ったペットボトルのお茶だったことに衝撃を受けたそうで、家にまともなティーセットがないことに驚愕し、クリスマスプレゼントに、ランチョンマットとティーセットをくれました。このときから、私の生活力を育てるための、夫の長い長い戦いが始まったのでした。

■大学3年~4年(1K)
 セキュリティー面での不安から、今度はオートロック付きの学生マンションに住みました。ユニットバスではなくなり、きちんとした洗面所もあって、最初の家より随分暮らしやすくなりました。コンロは前の家と同じくひとつだったけれど、前よりはまな板をおけるスペースもできて、当時恋人だった夫がくるたび、パスタをゆでたりして簡単な料理をするようになりました。私はというと、相変わらず、バイトで賄いをもらえる日と夫の来る日を除いて、レトルトとお惣菜に頼る日がほとんどでした。友達いわく、冷蔵庫にはいつも冷凍タコ焼きがあったとのことで、確かにあのころ、たこ焼きもやたら食べていた気がします。あと、このころから肌が荒れだしたため、一生懸命アセロラドリンクを飲んでいました。私はベランダという場所があまり好きではないのだけれど、この家に関しては、街の雰囲気そのものが心地よくて好きだったので、たまに夫とベランダに出て、民家やお店の並ぶ路地を眺めながら語らったりもしていました。将来を漠然と憂いつつも、自由気ままな時代でした。

■社会人1年目~2年目の途中(1K)
 再びオートロックではない、普通のマンションに引っ越しました。ユニットバスではなかったし台所は広かったけれど、灰色のドアに真四角の絨毯部屋に真っ白な壁で、どことなく面白みには欠けていました。
 本当は社会人になると同時に同棲をしたかったのだけれど、社会人を1年間してしっかり自立して暮らせるようになってからでないとダメだと両親に反対され、でもどうしてもそばで生活をしたかったため、夫(まだ恋人)と同じマンションの別の号室に住むという、奇妙な形をとりました。最初のうちは、なんだか『のだめカンタービレ』みたいで楽しいかもなんて浮かれていましたが、結局どちらかの家にいることが多くなり、家賃がもったいなくて、2年目の途中で、私が家を引き払い、夫のほうに家具を無理やり運び込んで、引っ越し資金が貯まるまでの数ヶ月、ものすごく狭い中で数ヶ月ほど同棲生活をしました。社会人1年目という精神的にきついころだったこともあり、一番ケンカをしたのは、この家に住んでいた時期だった気がします。

■社会人2年目の途中~社会人5年目の夏まで(2LDK)
 夫と正式に同棲生活を開始した、記念すべき家です。最も好きだった家といっていいかもしれません。ふたりで家選びをして、最後に見せてもらったこの家に一目惚れし、多少予算オーバーだったものの、どうしても住みたくて、ふたりとも働いながら旅行も外食もショッピングもあまりしないのだから家ぐらいちょっと贅沢したっていいじゃないかと、決めてしまいました。これまで住んだところとは比べ物にならないほど広くて、タイルや床の色などひとつひとつに趣きがあって、リビングには窓がたくさんあってきらきら木漏れ日が降り注ぎ、まるで小説に出てくる部屋のようで、嬉しくて仕方ありませんでした。この家にあわせて、家具もいくつか買いました。
 同棲を1年したのちに入籍し、その約2年後にはお腹に娘もできて、結婚と妊娠という、人生の大きな節目のときを過ごした家でもあります。駅から徒歩20分ほど離れていて、その20分の道のりを、短歌を考えたり音楽を聞いたりしながら歩く、仕事帰りの時間が好きでした。古い商店街を歩いて、橋を渡って、坂を昇った途中にあるというのも、物語っぽくて好きでした。本当に、できることならいつまでも住んでいたいと思ったくらい、大好きな家でした。

■社会人5年目の夏~今日まで(3DK)
 妊娠時代も含め、娘を中心とした家族の思い出が詰まった家です。ごくありふれた3DKで、とりたてて情緒のある家ではないけれど、娘が生まれてから写真を撮りまくっていたので、この家ほど写真を撮られた家はほかにありません。臨月のおなかを抱えて、安産のため拭き掃除に励んだこと、生まれたての娘を抱いて病院から帰ってきた日の真っ青な空、母のいた産後3週間、こわごわ入れていたお風呂、まだ寝返りも打てない小さな小さな娘を夫とふたりでかわいいかわいいと見つめてばかりいたこと、震災直後たくさんの人が訪ねてきてくれたこと、動き始めた娘のために繰り返し起き場所を変えた家具たち、初めて畳みでハイハイして慌ててビデオを回したこと、ある日お風呂場までハイハイしてきて驚いたこと、お部屋のなかでミニプールをしたこと、拭いても拭いても娘が食べこぼす床、ベランダから外を眺めた雨の日、近所にあったいくつかの公園、娘とふたりで時間をもてあましながら、夫の帰りを待った長い長い時間。この家には、そんな思い出が詰まっています。きっと、後々、写真を見るたび、たまらなく懐かしくなることでしょう。

 以上、私の東京でした。書いたこと以外にも、東京タワーに何度か行ったこととか、クレヨンハウスとか、他にも色々、記憶が駅名と直結していなくて書きそびれてしまったものも多くて、思い出し始めると、きりがありません。きりがないほどたくさんの思い出をくれた東京を愛しています。さようなら東京。また来るよ。
by papiko-gokko | 2012-07-17 01:02 | Diary | Comments(0)


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