日記と短歌
by papiko
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初めて絵本で泣いた娘。間違った目的意識の一日。
 山梨のブックオフで買った絵本10冊のなかに、「あんぱんまん」があります。やなせたかしが1981年に出した元祖あんぱんまんで、おなかのすいた旅人や迷子の子供に自分の顔を食べさせてあげて、パンつくりのおじさん(ジャムおじさん)にまた新しい顔を焼いてもらい、再びお腹をすかしている人を探して飛び立っていくという、まさに元祖といった感じのシンプルなお話です。娘もいずれアンパンマンを好きになるのだろうから、その前に元祖を読んであんぱんまんの正義の原点を知っておくのもいいだろうと思い、購入しました。
d0038776_2324416.jpg この絵本、予想通り娘は気に入って、買った日からほぼ毎日読んでいたのですが、昨日、娘とこの絵本との関係が、急変しました。いつも通り娘を膝にのせて読んでいたら、途中で唐突に、激しく泣きだしたのです。それは顔を全部食べられて元気のなくなったあんぱんまんが、急な雨と雷のなか、まっさかさまに大きなえんとつへ墜落していく場面でした。不安をかきたてる文章を半分ぐらい読んだところで、娘はいきなり顔を覆って「ひえええん!」と泣きだし、私にしがみついてきました。
 こんなことは初めてで、まさかそのときは絵本で泣いたなんて思わず、どこか攣ったか目にゴミでも入ったのかと思い、体のあちこち確認しながら「どこ痛いの?読むのやめる?」と言うと、娘は絵本に背を向け泣き声のまま「おむ、おむ」と繰り返し、しがみつかれた状態のまま次のページをめくると、顔のないあんぱんまんに向かってやさしく微笑むジャムおじさんの絵とともに、「それはぱんこうばのえんとつでした」という、ほっとする文章がでてきて、いくらか娘の表情が和らぎ、しがみつく力も弱まって、最後まで読み終えることができました。
 結局そのときはなぜ泣いたのかわからないままでしたが、今日もまた娘が何事もなかったかのように「あんぱんまん」を持ってきたので膝にのせて読んでいたら、また同じページで同じタイミングで突然に顔を覆って泣きだし、「こわいの?」と聞くと「うわい(こわい)」と答え、それで娘は絵本の内容で泣いているのだと確信しました。
 私は墜落するページよりも、その前後のページの、顔のないあんぱんまんが普通に空を飛んでいたり座っていたりする絵のほうが恐いのですが、娘はそれよりも、一生懸命に飛んでいたあんぱんまんがえんとつに墜落する場面のほうが恐いわけで、それはつまり、私よりも娘のほうがずっと物語に入り込んでいるということなのかもしれません。まだまだ娘にはストーリーを楽しむなんて難しいと思っていたけれど、娘なりに物語の動きを理解していて、ページごとにちゃんとハラハラドキドキして、時には泣くほど心を揺り動かされていただなんて、本当に驚きです。それにしても、どうして昨日から突然に、泣くようになったのだろう。もうちょっとお話できるようになったら、あのページについてどう思うのか、娘に聞いてみたいです。

 今日は娘が3時半にようやくお昼寝してそのちょうど1時間後に起きたのですが、そのあとが大変でした。今まではいつも目を覚ましてベッドの上で泣きだしたら私が寝室まで迎えに行っていたのですが、今日は初めて、目を覚ました娘がベッドを自力で降りてドアの開いていた寝室を出てから泣き出し、娘を見つけた私が驚いて「わあ!」と大声を出してしまい、それがまず娘の心を乱し、そのあともちょうど調理中で手が離せなかったため寝起きの娘に構ってやれずに機嫌を損ね、身をのけぞらせて泣きし始めてしまい、抱っこをしてもベッドに再びころがしてこちょこちょくすぐってみても、わあわあ泣くばかりで「パイ!」しか言わなくなりました。最近は怒って泣きだすと気分がすっかり切り替わるまで泣きやまず、心が乱れた時のおっぱい欲求具合も、ただならぬものになってきました。
 結局30分ぐらいは泣き続け、しゃくりあげながら『おかあさんといっしょ』を見ているうちにようやく泣きやみ、その後、夕方のお散歩につれていって、今日も2か所の公園で遊ばせました。1時間ほど遊ばせて、これぐらい遊べば寝てくれるだろうと、まだ遊びたがる娘を無理やり抱っこして帰り、ご飯をつくって食べさせ、お風呂でもしっかり疲れてもらおうと、ぬるめのお湯に長く浸かって遊びました。
 そしてお風呂上がり、絵本タイムになり、あぁ今日は何時に寝てくれるのだろう・・・と、そればかり考えている私のところへ、娘がにこにこしながら絵本を持ってきて、読みながらふと、考えてみれば私はこの子を、早く寝かすために育児しているわけではないし、この子だって、早く寝るために一日を暮らしているわけではないじゃないか・・・という、当たり前のことに思い至り、少しでも早く寝かしつけることばかり考えて一日のスケジュールを立てていた自分が、情けなくなりました。引っ越したら家で仕事をする予定だから、それでつい、早く寝るようになってほしいという思いが強まっていました。健康を考えるとあんまり夜更かしさせてはいけないだろうけれど、だからといって、早く寝るために一日を過ごすだなんて、馬鹿げています。娘の貴重な幼児時代を、そんなくだらないスケジュールでしばりつけるなんて、もったいないにもほどがあります。
 そう思ったら、娘との今しかない毎日を、これ以上早く寝かすことに囚われて過ごしてたまるかと、急に大らかな気分になって、娘が読みたがるだけ読み、9時半ぐらいに娘が「ねんね」と言いだしたので寝室へいき、それから結局1時間ぐらいは寝付かず、添い乳しつつ絵本の暗唱をしたりして(子守唄だと娘が一緒に歌うので、最近は、だいたい覚えている絵本の文を話して聞かせることにしていて、娘もそれを気に入っている)、10時半前に寝てくれました。ごめんね、明日はもっともっと、楽しく過ごそう。体力を消耗させるためでなく、すくすく楽しく育むための、散歩をしよう。
by papiko-gokko | 2012-06-30 23:59 | Diary
形には必然性があるという君にまるごと当てはまりたい
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 積み木をかなり高く積めるようになってきました。色を覚え始めたし、そろそろ形や大きさの概念も理解し始めるのだろうかと思い、試しに積み木で「○△□」を教えてみましたが、なんのことやらという顔をしていました。そういえば私は図形って数学の中でも苦手な分野で、サインコサインタンジェントには相当苦しめられたし、立体の話になるともういよいよ頭が混乱して、「次の立体をP・Q・Rの3点で切断した面の面積を求めよ」なんていう問題がでると完全にお手上げで、消しゴムをいくら切り刻んでも、紙をどれほど丸めてみても折り曲げてみてもわけがわからなくて、机で頭を抱えて乗り物酔いを起こしそうになっていました。だから娘ももしかしたら、図形には弱いかもしれません。夫も苦手に違いないし、一体だれが娘に図形の宿題を教えるのだろう。

 今日の娘の就寝時間は、なんとかぎりぎり11時前でした。少しでも早く寝てもらえるよう、午前中の散歩に加えて夕方にも散歩に出かけ、誰もいない公園を2箇所はしごして、階段の昇り降りをしたり、すべり台を滑ったり、砂の地面に足で絵を描いたりして遊び、夕日に長く伸びる影を引きずりつつ大回りして家に帰って、それなりに疲れたはずなのですが、私に似てしまったらしい娘は、夜が更けるほどにテンションが上がって瞳と頬が輝きを増し、お風呂上がりの8時から10時すぎまで、延々と絵本を読み続けました。これはもう、諦めるしかないのだろうか。せめて10時には寝てくれると、助かるのだけどなぁ。
  
by papiko-gokko | 2012-06-30 00:36 | Diary
準備して挑みたいのに重大な事に限って突然決まる
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 夫が一時期凝って大量に作ったフェルト人形(ヒットくん)で、娘がお人形遊びっぽいことをするようになり、今日は箱とハンドタオルをベッドと布団に見立て、並べて寝かしたヒットくんをぽんぽん叩きながら「ねんねんねーよー」と歌って寝かしつけごっこをしていました。さすが、毎晩どれほど子守唄を歌っても一緒に歌おうとするばかりで、ちっとも寝てくれないだけのことはあります。たまに「ねんね!」と怒ったような声を出していたのも、私の真似なのだろうか。
 ここのところずっと娘の生活リズムが乱れ気味で、夜11時半ごろまで寝てくれない日が多くて困っています。今日ひさしぶりに10時前に寝てくれて、ほっとしました。午前中に予防接種(三種混合の一期追加)を受けて、そのうえ午後のお昼寝がたった30分だったので、肉体的にも精神的にも疲れていたのかもしれません。明日はなるべく早い時間に起こして、お昼寝も早い時間帯に済ませて、明日は今日よりも早く寝かしつけられるよう、努力してみよう。

 島根で暮らすことが決まってから、車の免許を取ったほうがいいと、周りの人たちから口をそろえて言われます。ただ夫と両親だけは、私が車を運転することを想像したとき便利さよりも恐怖感のほうが勝るらしく、あまり積極的には進めてきません。義母からは「こんな絶好の機会はないんだし」と、義祖母からは「ぜったい、取っておいてよかったと思うと気がくるから」と、友達からは「あっちじゃ、車がないと相当きついでしょう」と、言われました。嗚呼、どうしよう。お金も時間もかかるし、免許を取ったとしても私が車を活用できるかどうかもわからないし、そもそも子供のころから注意力散漫とか状況判断が悪いとか視野が狭いとか方向音痴とか鈍くさいとか言われ続けた私が運転するなんて危険極まりない気もするし、かなり悩みます。実際に住み始めたら、取らないと無理!という気分になるのだろうか。だけど、私が娘を乗せた車のハンドルを握るだなんて、考えただけで恐ろしくて、身の毛がよだちます。しばらくは子乗せ自転車でがんばってみようか。ああ、悩ましい。
 

 
by papiko-gokko | 2012-06-28 23:50 | Diary
一泊二日で山梨へ。
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 一泊二日で、義母の実家である山梨へ行ってきました。義母が横浜からうちまで迎えに来てくれて、そこからは夫の運転で2時間の道のりを走りました。娘が起きているときには童謡CDをかけ、寝ているときにはB'zのCDをかけ、2時間は思ったよりもあっという間でした。前日に深夜2時までかかって3枚のCDを作った甲斐がありました。童謡CDをかけると、娘はじーっとものすごく集中して聴き、歌が一曲終わるたび、隣に座っている私に「ねっ」と、なにか共感を求めてきて、子供が隣に乗っているドライブってなんて楽しいのだろうと、心が躍りました。
 義母の実家に行ったのは今回で3回目ですが、いつも、小さい頃から何度も来たことがあるような不思議な感覚にとらわれます。きっと、以前酒屋だったという家の全体的な雰囲気が、お店をしている母の実家に似ているのもあるし、長年使い古された感じの生活用品がたくさん置いてあって、それが自分の人生のなかでも見覚えのあるものばかりだからだと思います。ボーンとなる柱時計や、足踏みミシンや、ダイヤル式の扇風機など、今や昭和を舞台にしたドラマでしか見かけなくなったようなものたちが義祖母の家ではバリバリ現役で活躍していて、ひとつのものを長く使い続けるって素敵だなぁと、壊れたら修理より先に買い替えることを考えてしまうことを反省しました。
 実家に到着して一息ついてから、外でお昼を食べて、お墓参りに行きました。夫が幼稚園に入る前に他界したおじいさん、娘のひいおじいさんに当たる人のお墓です。お墓参りにはこれまで2度来たことがありますが、娘をつれてきたのは今回が初めてだったので、お線香をあげて手を合わせて、それから娘のことをしっかり紹介しておきました。お墓の横には、眠っているご先祖様の名前が年代順に彫られている石碑もあり、天保とか安政といった、普段歴史のなかでしか聞かない年号が当たり前に並んでいることに驚きながら、「この人たちの、誰か一人でも欠けていたら、あなたはここにいないんだよー」と娘につぶやいたら、隣にいた義母が「本当だね、突然ポンとあらわれたわけじゃないもんね。そう考えると、不思議だよねえ」と頷いてくれました。
 去り際に義祖母が、「それじゃあ、おとうさん、また来ますからね」と、普段の溌剌としたしゃべり方とは違う、とても淑やかな口調でお墓に向かって語りかけ、その声が水のようにすうっと墓石へ染み込んでいきました。きっと、いい夫婦だったのだろうなぁ。普段、生活のなかでニュースなどを見て考える「死」は、恐ろしくて悲しくてなんとか避けたいものだけれど、お墓の前で感じる「死」は、静まり返って落ち着いていて、必ず誰にでも訪れる当たり前のものとしてそこにあり、不思議と恐怖感が遠のいていきます。
 お墓参りのあとは、義祖母のきょうだいの家と、義祖父の妹さんの家に行って、娘をお披露目しました。娘が生まれたときからずっと、義祖母はこれがしたくてしたくて仕方なかったのだそうで、ようやく今回お披露目することができて、私もほっとしました。これは数年前の法事でも感じたことですが、山梨の県民性なのか、親戚の人たちがたまたまそうなのか、みんな本当に愉快で個性豊かで気持ちのいい人たちでした。娘は初めて会う人だらけだったにも関わらずほとんど人見知りせず愛想を振りまいて、かわいいかわいいと言ってもらい、上機嫌でした。ただ、どこの家でも、階段を見つけると目の色が変わり、ひたすら昇ろうとしたのには困りました。
 親戚のうちからの帰りに、ブックオフに寄り、絵本を10冊買いました。夫の言った通り素晴らしい品ぞろえで興奮しました。欲しい本や素敵な絵本がたくさん手に入って嬉しいです。夜は手巻きすしを食べ(海苔好きの娘は海苔ばかり食べ)、お風呂に入って、夜10時半には布団に入ったものの、興奮気味の娘はなかなか寝付かず、0時近くまで大ハッスルしていました。移動もあって疲れただろうに、まったく元気でびっくりします。
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 翌日、午前中にお土産を買いに出かけてから、午後お昼過ぎには山梨を出て、横浜へ向かいました。ちょうど今、夫の叔父が出張で横浜の家にきていて、せっかくだから娘を叔父にも会わせようということになったのです。横浜についたのが3時ごろで、義母がいろいろと用事を済ませている間に、私と夫は夜ごはんの下準備をして、娘はテレビを見たりして遊んでいました。
 そのうちに、義母が姪っ子を保育園まで迎えに行き(毎週月曜日は義母が迎えに行って夜まで預かることになっている)、姪っ子が帰ってくると、娘は大喜びでそばに寄って行きました。3歳半の姪っ子は、初めはなんとなく気恥ずかしさがあって、わざと娘のことが目に入らないようなそぶりでいましたが、娘がしつこく近づくうちに観念して、一緒に遊び始めました。一緒に遊ぶといっても、3歳と1歳では、まだ何かひとつの遊びを一緒にするというのが難しいらしく、娘が一方的に姪っ子のまねをしたり、姪っ子が一方的に娘のお世話を焼いてみたりして、危なっかしいながらも楽しそうでした。おもちゃを与えると必ずといっていいほど取り合いになり、そうなると恐いもの知らずの娘が勝利してしまうので、そうならないように気を使いました。あともう2年ずつぐらい年が大きくなれば、一緒に遊べるようになるかな。
 夜6時前には叔父が仕事から帰ってきて、娘と初対面をしました。叔父は夫とどこか似たような雰囲気を纏いつつ、「初めて会えたと思ったらもう歩いてる」と笑いました。みんなで夕食を食べて、そのあとは食後のお茶を飲みながら談笑したり、叔父が難しいパズルをあっという間に解いてみんなを驚かせたりしました。横浜の家は、いついっても朗らかなのでした。
 夜8時すぎ、娘がぐずりだしたのをきっかけに再び車に乗って東京の家に向かい、家に到着したのは夜9時半ごろでした。娘はよほどへとへとになったらしく、車の中ですぐに寝て、到着後一旦目を覚ましたものの、「ねんねねんね」と泣き、お風呂も入らずにそのまま寝てしまいました。さすがの娘も、2日間慣れないことだらけで、疲れ果てたようです。私も疲れていて、11時半には眠りました。
 この2日間で刺激をたっぷり受け、娘はきっとまたひとつ大きく成長したに違いありません。移動と出会いでくたくたに疲れたけれど、いっぱい笑って、会話して、とても楽しい2日間でした。
by papiko-gokko | 2012-06-26 22:32 | Diary
お客さまの来た一日
 今日は出産まで勤めていた会社で、一番仲の良かった同僚が遊びに来てくれました。島根に帰ることになったからその前に一度会いたいと伝えたら、時間をつくって会いに来てくれたのでした。
 1年ぶりに会った彼女は、一段と美しくなっていて、頬にさした桃色のチークから、ぱぁっと女性らしさのオーラが広がっていくようで、本気で息をのみました。最近、私ときたら日焼け止めしか塗らない日が多くて、髪の毛も娘のことをなんやらかんやらしているうちにいつのまにか変な形で乾いてしまっているようなありさまで、こうして美しくしている人に会うたび、そんな自分を反省します。
 娘も人見知りをほとんどすることなく、割と勝手に遊んでくれていたので、適当に相手をしながら、彼女の恋愛話と、会社の近況話をたくさんしました。仕事は相変わらずいろいろと大変そうで、常に自分に正直で真剣にひたむきで生きている彼女には、やはり何かと苦労が絶えないようですが、そういう人が馬鹿を見るような世の中であってほしくはないから、仕事でも恋愛でも、最後には絶対、彼女に笑ってほしいです。
 彼女は、私が勤めた会社で、唯一心を開いて話すことのできた女性なので、会っておくことができて本当によかったです。本当は担当していた営業さんにもすごく会いたいけれど、今は本社にいないし、いたとしても行く勇気がないので、営業さんのことは、このまま大事な思い出にします。

 同僚の子を見送ってからまもなく、いつもの友達と子供ちゃんが来て、短い時間でしたが、大ハッスルで遊びました。子供ちゃんが、娘にどうしても会いたいと言って、来てくれたのです。そんな風に言ってくれるおねえちゃんが身近にいるなんて、娘は本当に幸せだなぁ。娘は会うたび子供ちゃんのことが大好きになるようで、今日も追いかけまわして真似っこばかりしていました。じゃれあう2人の様子は本当に可愛くて愉快で、引き離すのが心苦しいです。

 明日は、1泊2日で山梨の、義母の実家へ行ってきます。今はもう一年のほとんどを横浜の家で過ごしている義祖母が、夏とお正月のころだけ山梨の家に帰るのだそうで、東京から離れる前に一度娘を山梨へ連れて行きたかったし、山梨にいる親戚への顔見せもまだできていなかったので、この機会に行くことになりました。義母の車でいくので、B'zのドライブ用CDの完成を急がねばなりません。ああ、迷う。10枚ぐらい作りたい。
by papiko-gokko | 2012-06-23 23:11 | Diary
すくすくと育つおまえの指し示す未来わたしが守りたいもの
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 今日で娘が1歳5ヶ月を迎えました。家でも外でも毎日なにかによじ登りながら、元気いっぱい暮らしています。

 この1ヶ月で最も成長が目覚ましかったのは、言葉の発達です。動物の絵や写真を見せると、指さしながらいろいろな動物の名前や鳴き声を言えるようになったし、体の部位も随分覚えて「おみみはどこ?」などと質問すると、その箇所に触りながら「みみ」「めめ」「てて」「ぺっぺ(ほっぺ)」「あんよ」と言ったり、背中やお尻などまだ言えなくても触って示せるようになりました。生活の中でも、「いたい」「おいちー」「ねみゅい(ねむい)」「ちい(欲しい)」「たい(したい)」「こあい(恐い)」「いやい(嫌い)」「き、だいっき(すき、だいすき)」「あっち」「こっち」「っこ(抱っこ)」「んぶ(おんぶ)」などなど、想いや欲求を伝える言葉の数がどんどん増えてきました。
 ここ一週間くらいで、日本語は会話の語尾が意思表示の大半を背負っているということを1歳児なりに理解し始めたらしく、「お昼寝する?」と聞けば「る(する)」「ない(しない)」、「オムツはく?」と聞けば「く(はく)」「ない(履かない)」のように、語尾を使い分けてはっきり意思表示するようにもなって、会話の幅がぐんと広がりました。それから昨日ついに、「まんまおいち(まんま美味しい)」「ぱいちい(おっぱい欲しい)」と、文節のおしゃべりも聞かせてくれました。娘のおしゃべりを聞いていると、人間ってこうして母国語のしくみを習得していくのだなぁと、興味深くてわくわくします。
 言葉の幅が広がってきてことで、歌も少しずつ歌えるようになってきました。ボタンを押すと童謡の流れるおもちゃにあわせて、母音をを長く伸ばすところだけ真似して歌います。例えばあめふりだと、「あめあめふれふれかあさんが じゃのめでおむかえうれしいな」の、「がー」と、「なー」だけ、チューリップだと、「さいた さいた チューリップのはなが」の、「たー」と「がー」だけ、メロディに声をのせて歌います。それ以外の箇所も本人は歌っているつもりでいるらしく、メロディにあわせて体を動かしながらなにやらほわほわ声を出しています。私は小さい頃ひたすら童謡を歌い続けていてうるさいほどだったらしいから、そのうち娘もそうなるかもしれません。

 食事の様子は相変わらずはちゃめちゃで、スプーンを使って食べられるようにはなったものの、まだまだこぼすし、食べたくないものはなかなか食べてくれないし、まだ中身があるお皿を「ないない」と言って私に押し付けたりするし、途中で椅子から抜け出そうとしたりするので、食べ終わるまでに私がかなり体力を消耗します。
 この前わざと食後の麦茶をこぼしたときは、必死で恐ろしくしつこく叱りました。今こそ真剣に叱らなければ!と思えば思うほど、叱られるのを覚悟してわざと目をそらしたりしている娘の様子に笑いがこみあげてきてしまって、頬がひくひくして困ります。真剣な顔って苦手です。それでいて、間が悪いとちょっとしたイタズラにムカっときて必要以上に厳しい口調で叱ってしまうこともあって、こちらにも感情がある以上、悪さの度合いに応じて常にちょうどいい厳しさで叱るのって難しいなぁと、叱るたびに戸惑います。
 ねんねのほうも、気温の変化が激しいせいかなかなかリズムが整わず、お昼寝をせずに夜すごく早く寝て朝5時ごろ起きてしまう日もあれば、夜11時半ごろにようやく寝付いて朝8時半すぎまで布団のなかでうとうとしてる日もあります。幼稚園に行くまでは、ずっとこんな感じなのかなぁ。健康に害がないなら、まぁ、いいか。

 1歳6ヶ月を迎える来月はもう東京にいないなんて、なんだか信じられません。この子の人生は、これからどんなふうにひらかれていくのだろう。私と夫が娘を導いていくというよりは、私と夫が娘の存在に導かれているように感じます。導かれるという言葉は、場合によってはそのまま「ふりまわされる」という言葉にも言い換えられるかもしれないけれど、そんなふうに思ったことは今まで一度もなく、だからやっぱり、望んで導かれています。

 
by papiko-gokko | 2012-06-22 15:50 | 月齢ごとの成長記録(長女)
娘のけがと引っ越し作業
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 とにかく高いところへよじ登るのが大好きで、テーブルでも椅子でも自分が登れる高さだと、すきを見ては素早くよじ登ってしまう娘が、今日は荷造りを終えたダンボールによじ登り、そばに来てほしかったらしく「パパー」と呼び、パパがそばにやってきたのとほぼ同時にバランスを崩して落ち、ドアの縁でおでこを強かに打ちました。
 ダンボール箱という低い位置からの落下だったし、すぐに泣いて出血もなく、幸い大事には至らなかったものの、直角の場所に思い切り打ちつけてしまったため、おでこの右側に切り傷のような内出血ができてしまいました。これまでたんこぶは幾度となくできてきましたが、切り傷のような内出血は初めてだったので私も夫も動揺し、特に夫は取り乱して、自分のせいではないのに「ごめんねえ、ごめんねえ、だいじょうぶかなあ、ごめんねえ」と、本当に泣きそうな声で出勤の直前まで謝っていました。
 私も、娘が目の前で痛い思いをすると、ああもうちょっと私が早く反応していれば防げたのに!と、胸が押しつぶされそうなほど責任を感じて「ごめんねえ」とつい謝ってしまうのですが、両親そろっていつまでもそんなことでは、痛い思いをしたらなんでもそれを誰かのせいにしてしまう子になってしまいます。なので夫に、「パパのせいじゃないんだからそれ以上謝ったらダメ」と忠告してみたものの、取り乱しっぱなしの夫は「いやあもっとすばやく反応して支えてあげていればこんなことには・・・ごめんねえ・・・」と、もう泣きやんでへっちゃらの顔で遊び始めている娘に謝り続けていました。バン!と派手な音がしたし、よほどショックだったのでしょう。心配でしかたなかったらしく、出勤して仕事が始まる前に、「だいじょうぶ?げんきにしてる?」と電話をしてきました。

 荷造りしたダンボール箱に娘がよじ登るようになったのは今に始まったことではなく、いつかこんな危ないことが起こるだろうと恐れていました。これ以上の危険はなんとしても避けなければと、夫とどうしたものかと対策を練って、これまで娘の遊ぶスペースとしていた和室にダンボール置き場に変更し、娘のおもちゃや絵本をすべてリビングに持ってくることにしました。
 夫が出勤前にすぐさまリビングにあったダンボールを和室に、和室にあったおもちゃ箱をリビングに運んでくれたので、私は夫が出勤したあとで、絵本を移動したり、新たな荷造りをしたりしました。和室にどんどんおいていけるのだと思うと、荷造りがはかどって、今日は5箱も作り、ちょっと腰が痛くなりました。あとは、タンスの中身と、食器や調理器具類と、娘のおもちゃと、夫のパソコンデスク周りです。じわりじわりと日常が、箱詰めされていきます。
 荷造り中は、普段娘の手に届かない場所にあったものを箱詰めするためついそのへんにおいてしまったりするので、これまでの引っ越しの何倍も気を使いながら進めていこうと思います。
by papiko-gokko | 2012-06-22 01:01 | Diary
見つからなかった水たまり
 夜中のうちに台風が去り、午前中、娘と新品の長靴をもって散歩に出かけました。昨晩あれほど激しく降ったのだから、先日水たまりを見つけた公園に行けば、絶対に水たまりができているだろうと思って、水たまりで遊ぶ娘を撮影しようと一眼レフまで首にかけて意気揚々と出かけたのですが、ついてみると、水たまりはおろか、湿っている場所すらありませんでした。そうか、強風のときに降る雨は、風でびゅわびゅわ飛ばされて地面に着地しないから、水たまりにならないのか。
 公園の入り口で娘とがっくり肩を落としていたら、公園のベンチで休んでいた、工事現場のおじさんに声をかけられて、「こわがらなくたっていいよ、ほら優しい目してるだろ、パパとどっちがハンサムだい?」と、大きなサングラスをはずしてよく日に焼けた凛々しい顔でにかっと微笑まれ、サングラスという慣れないアイテムのせいか娘がその場で硬直してしまい、私もどう答えればいいのか戸惑って、「わあ、どっちが、かっこいいだろうねえ」とかなんとか言いながら、えへえへうふうふ笑いつつ娘の反応をうかがっていました。娘はおじさんをじっと見つめたままなかなかその場を動こうとせず、おじさんから「どうした、しっかり遊びなさい」と、親戚のおじさんみたいな人懐っこい口調で何度か言われて、ようやく安心したらしく、いつも遊ぶ階段のほうへ歩きだしました。
 今近所の建設現場で働いているおじさんたちは、こんなふうに優しくてきさくな人が多いです。公園に向かう途中、別の場所で休憩していた現場のおじさんにも「長靴もってお散歩かぁ、いいなぁ、がはは」と豪快な感じで話しかけれたし、いつも同じ場所に立っているガードマンのおじさんとは、もう随分前からすっかり仲良しになって、散歩のたび「こんにちは」と挨拶を交わし合うようになりました。娘が歩きだす前から私と娘のお散歩を毎日見ているので、この前、目の前で娘がとてとて走ったとき、「歩くのが早くなったなぁ」と言ってくれたりもしました。自分たちの日々を知っていてくれる人がいるのって、やっぱり嬉しいものです。
 せっかく持ってきた長靴で少しでも遊ばせてやりたくて、公園を出たあとも、水たまりを探しながら歩きました。しかし、道に落ちているのは昨日の風で飛ばされたらしき枝や葉っぱばかりで、アスファルトはどこもすっかり乾ききり、水たまりの気配はどこにもありませんでした。娘はひときわ大きな葉っぱを拾って、「っぱ、っぱ」と喜んでいました。まだ少し風が強く、何度か帽子が飛ばされそうになり、娘のは一度飛ばされて、最後のほうはもうかぶらずに歩きました。帽子をかぶっていないと、娘の薄い短いほわほわの毛が、風に吹かれて一斉に逆立ち、とても涼しげでした。
 結局水たまりは見つけることができずに帰り、汗びっしょりの娘をシャワーで流しているとき、そうだ!と明暗が浮かんで、娘を湯船に入れ、数センチほどお湯を張って、娘の足に長靴を履かせてみました。娘は初め戸惑っていましたが、「ぴちゃぴちゃしてごらん」と私が足踏みして見せたら、すぐに理解してちゃぷちゃぷはじめ、その感触に歓声をあげながら遊んでいました。長靴の正しい使い方がなかなかできないでいるけれど、まぁ、いいってことにしておこう。
 午後になると、暑くて暑くて、娘もお昼寝のあと汗びっしょりで起きて、再び水浴びさせました。今日は網戸と扇風機でなんとかしのぎましたが、もう限界です。クーラーをつけたいです。娘もオムツのところが蒸れて汗もになってしまったし、これ以上暑くなるようなら、クーラー解禁しよう。
by papiko-gokko | 2012-06-21 00:11 | Diary
東京で憧れを追うありふれた劇の上演時間が終わる
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 関東が台風の暴風域に入り、風がごうごう唸っています。娘もいつもと違う外の様子が気になるらしく、眠たそうにしているのになかなか寝付きませんでした。
 昨日、娘に初めて長靴を買いました。ワンワンとウータンのついた赤い長靴です。娘は見た瞬間に気に入ってすぐ履きたがり、練習を兼ねて家の中で遊ばせていたら、いつの間にか、自力で履けるようになっていました。子供用長靴、小さくてぴかぴかで夢のように可愛いくて、外に出すのがもったいないような気さえしてきます。
 長靴を履いた娘に「いってらっしゃーい」と手を振ると、娘も「ばいばーい」と手を振って、3メートル先の扉のところまでがっぽがっぽ歩き、しばらくそこで立ち止ってなにやらしてから、また私のところへがっぽがっぽ戻ってくるという遊びを、今日は何度も繰り返しました。長靴を履いて歩く3メートルは、きっと娘にとって、大冒険なのだろうな。少し大きめサイズにしたので、途中で脱げてしまうことも多く、それがまた娘にとっては楽しいらしく、「あーあ、ちゃっちゃったー(ぬげちゃった)」と、にこにこ嬉しそうに履き直します。早く雨上がりの日にお散歩して、大きな水たまりを思う存分歩かせてやりたいです。

 いよいよ引っ越しまで一ヶ月を切り、本格的に荷造りをしなければならないのですが、昨日から夏バテモードになってきて、なかなかやる気がでません。アイスクリームと麦茶ばっかり口に含んで寝転がっていたい気分です。
 今日は引っ越し準備の最中、ダンボールに腰掛けて、ついつい、めぞん一刻を熟読してしまいました。大学生1年生のときに近所のブックオフで買い揃えて初めて読み、それ以来ずっと青春のバイブルだっためぞん一刻。日常に大きな変化があったときや、悩み事を抱え込んだとき、事あるごとこの漫画を読んで、その時々の気分にぴったりな場面に心ゆくまで感情移入していたから、今改めて読むと、物語や登場人物の表情の中に、自分のかつて抱いた感情がしみこみ過ぎていて、ところどころ読み飛ばしたくなるほどの息苦しさを覚えました。なにかしらの想いをかかえて読みふけっている過去の自分たちに、「ついに東京を離れることになったよ」と伝えたら、どんな顔をするだろう。
 めぞん一刻の舞台である東久留米へは、一度か二度用事で行ったことがあるけれど、ゆっくり町を歩いたことはないから、できることなら東京を離れる前に、もう一度行ってみたいです。同じく大好きな漫画「らんま1/2」と「うる星やつら」の舞台は練馬で、上京して初めて西武池袋線の窓から練馬の街並みを見たとき、わぁこれほど屋根が密集していれば、乱馬のようにひょいひょう屋根の上を走り回れるわけだ!そういうことだったのか!と、心の底から感動したのを今もはっきり覚えています。
 東京は私にとって、本や漫画で読んだ世界が目の前に広がっている!という高揚感を味わうことのできる、本当に、憧れの場所で、その風景のなかに自分が住めているというだけで、嬉しかったのでした。つまり、一言で言ってしまえば、いわゆる、夢見がちな、痛い子、だったのだな。だけど、とても楽しかったから、それでいいのです。東久留米に一刻館はないし、練馬には天道道場も面堂邸もないと、暮らしてよくよくわかったけれど、なんだかあるような気がする風景にはたくさん出会えて、そういうのがすごく嬉しかったから、それで十分、満足です。

 
by papiko-gokko | 2012-06-19 23:22 | Diary
そっくりが縦にも横にも連なって予測できない明日をつくる
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 夫が休みの一日。午前中は古本屋で絵本を3冊ほど買って、スーパーで軽く買い物をしたあと、石畳と階段のある原っぱで娘を遊ばせました。数日前に通りかかって発見した運動施設の裏庭にある原っぱで、道路に面していないためひっそりと静まり返っていて、蝶々や小鳥がのどかに飛び交い、娘を遊ばせるのにもってこいの場所です。娘は原っぱをこころゆくまで駆けまわり、階段を昇ったり降りたりしていました。都会にも、探せばこんな静かで広々した場所が、きっといくらでもあるのです。だから、私が東京での子育てに行き詰まりを感じていたのは、決して環境のせいではなく、私が東京という場所に対して、いつまでたっても憧れることと萎縮することしかできずにいるからなのだと思います。その証拠に、私の知っている東京の子供たちは、ちゃんとのびのび育っています。
 午後、娘は一向に昼寝をしてくれず、夫と交互に娘の相手をしつつ、私はお風呂掃除を、夫はパソコンデスクの解体をしました。梅雨入りしたとたん、待ってましたとばかりにお風呂場がカビに侵食されてしまい、一刻も早くカビキラーしたかったので、今日マスクとメガネを装着して必死でピカピカにしました。これからの季節、気を抜けないなぁ。
 結局お昼寝しなかった娘は、夜ごはんのころになって急に電池切れ状態になり、慌ててお風呂に入れてご飯を食べさせましたが、ご飯のときはもうかっくんかっくん船をこいでいて、ほとんどまともに食べてくれませんでした。とろんとろんの娘を寝室に寝かし、自分たちが夕食を終えたところで娘が起きて泣きだし、元気満タンで10時半まで起きていて、やっと寝たかと思ったら30分としないうちに汗びっしょりで起き、しばらくぐずってリビングに行きたがり、まだ腰の座らないい頃よくしていたように、姿見の前で抱っこしてゆらゆらしつつ夫と小声で話していたら、そのうち寝てくれました。暑くて寝心地が悪かったのと、パパから離れたくなかったのとで、なかなかうまく寝付けなかったようです。休みの日はとにかくパパと離れたくないみたいです。
 長時間抱っこしているとどんどん腕が疲れてきて、重たいー重たいーと言っていたら、夫が「毎日大変だね、本当に自分の時間がないんだなと今日一日過ごして思ったよ」と労いの言葉をくれて、腕の疲れがふっと軽くなりました。たまにこういう言葉をもらえるだけで、ずっと前向きにがんばれます。
  

  
by papiko-gokko | 2012-06-19 00:17 | Diary


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