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日記と短歌


by papiko

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 娘の髪が、ようやくほんのちょびっとだけ、結べるようになりました。姪っ子からもらった赤ちゃん用のゴムで、娘がじっとしているわずかな隙を狙って、なんとか結ぶことができました。すぐにちゅるんと抜けてしまうけれど、これでも大きな進歩です。

 娘が座卓テーブルによじ登るようになって、困っています。何度注意しても登ります。私も子供のころは高いところへよじ登るのが好きで、思い出しただけでもひやっとするようなめちゃくちゃな遊びをしていましたが、我が子がやると、こんなにハラハラすることだったとは。
 これまで、座卓テーブルを本棚にくっつけて置くことで娘が本棚に近づけないようにしていて、ちょうどよい本棚荒らし防止になっていたのですが、よじ登れるようになった今は、ちょっと目を離したすきにどかっとテーブルの上に腰をおろして本棚から文庫本を引っ張り出し、楽しそうに次から次へとカバーを外して満足そうにしています。
 散らかされた本を片づけるのは大変です。手にとった本が気になるたび、つい読みふけってしまって、時間がいくらあっても足りなくなります。先日など、娘が散らかしたブラックジャックを読み始めたら止まらなくなり、集中して読み過ぎて眠れなくなりました。
 このままでは引っ越し準備に差し支えると思い、もう娘の手に届くところにある本を全部ダンボールに詰めてしまおうと、今日一気に本の詰まったダンボールを6箱作って本棚のそばに並べたら、今度は連なったダンボールによじ登ってその上を歩くという新しい遊びが始まりました。ダンボールの上を歩けることによってこれまで手の届かなかった場所にまで手が届くようになり、ますますやっかいなことになっています。1歳児のいる引っ越し準備は、想像以上に難易度が高そうです。

 今日の散歩は公園に行き、滑り台をしたり、砂を両手でじゃじゃと触ったり、アリを見詰めたり、石段を何度も昇り降りしたり、ベンチに座ったりして遊びました。娘はタンポポの花が好きで、今日も公園でタンポポを見つけると、「ぽぽ」と指さし嬉しそうにしていました。言葉の覚え始めって、可愛いなぁ。どこからか、花の部分だけ千切られてすっかりしぼんだタンポポを拾ってきて、「それはもう、しぼんでかれちゃってるから、ポイしとこ」と言ったら、娘はすぐその場でポイと手放すのではなく、ちゃんと公園の脇にある草むらまで走って行ってから、雑草のなかにぽいっと投げました。花は緑の場所にいるものだと、もうわかっているのです。持って帰っても困るからということしか考えずに「ポイしとこ」なんて言ってしまった自分が恥ずかしくなりました。なんてつまらない大人なんだ。娘は今、いろいろな物事の価値観を学んでいる最終なのだから、もっと言葉を選んで語りかけなければ。
by papiko-gokko | 2012-05-31 01:30 | Diary | Comments(0)

 昨日引っ越し業者さんに見積もりに来てもらって、どの業者さんに頼むかを決定し、今日さっそく、頼んだ引っ越し業者さんから、梱包用のダンボールが届きました。引っ越し日は7月17日に決定し、私たちもその日、東京を離れることになりそうです。
 子供のころを含め、つくづく自分は、なにかと引っ越しの多い人生を送っているなぁと思います。生まれてからこれまで、6年以上続けて同じ場所に住んだことがありません。大体、2~4年ごとに住む家を変わっています。10年も20年もひとつの家に住み続けるってどんな感じなのか、想像がつきません。もう家を、体の一部のように感じるのだろうか。
 引っ越しをすると、新しい環境で人生を仕切り直せるから、私は引っ越しできる環境に身を置いているほうが今のところ気が楽で、経済事情的にもマイホームを構えるのはまだまだ先のことになりそうですが、娘が幼稚園にあがってからは、よほどの事情がない限り、親の都合で転校させたりはしないつもりです。転校はいい人生経験になるけれど、それは大人になった今だから言えることで、私自身、幼稚園や学校を変わったばかりの日々は、年齢にかかわらずしんどくて命がけでした。娘に理不尽な思いをさせないよう、住む土地も、住む家も、できる限り娘のことを第一に考えて選択したいです。どこへ住もうと、子供には子供達だけの世界があって、それはもう大人にどうこうできるものではなく、子供はその中で自分の居場所を見つけて生きていくしかないのだけれど。

 今日は午前中、娘を眼科につれていきました。まぶたの赤みも腫れもすっかり引いて、もう大丈夫ですと先生から言われ、安心しました。眼科の帰りには、公園で少し遊んで、納豆を買って帰りました。午後、娘がお昼寝から起きたあとは、妹とスカイプをしたり、娘と一緒にEテレの幼児向け番組を見たりして、ゆるゆると過ごしました。『おかあさんといっしょ』の今月の歌「パンパパ・パン」が大好きで、毎日口ずさんでいます。踊りをマスターしたいです。
by papiko-gokko | 2012-05-29 23:56 | Diary | Comments(0)

 娘とふたりで過ごす日曜日。午前中は、娘と徒歩で出かけて、パンとバナナとお団子を買ってから、公園で少し遊んで帰りました。階段の上り下りを10回近く行ない、ベンチに腰掛けて足をぶらぶらさせる遊びを3か所のベンチでやって、それからすべり台を5回ぐらい滑りました。そのうちの4回は娘の体を私が外側から支えつつ滑らせ、最後の1回だけ娘を抱いて私も一緒に滑りました。子供のころ、なんであんなに平気で滑っていたのだろうかと不思議になるくらい、すべり台って恐いです。あんな急でつるつるした斜面を、おしりで滑り降りるなんて、なんて命知らずなんだ。
 午後は娘がお昼寝から起きてから、プリンを作りました。久しぶりのお菓子作りです。カラメルをつくるのが難しかったけれど、美味しく出来上がりました。今、冷蔵庫のなかで4つ冷えていて、そのうちのひとつは私が味見のつもりで半分ぐらい食べてしまいました。あとの半分は夫にあげて、残りの3つは、明日のおやつに食べることにします。明日は夫も休みだから、一緒に食べられます。
 夜、お風呂をあがったあとは、必死で押し入れの整理をしていました。明日は引っ越し業者が2社見積もりに来る予定なので、少しでも押し入れの中身をわかりやすくしておきたかったのです。布団圧縮袋が3枚あったから、かさばる布団を圧縮してみたのだけど、どれも穴があいていて、あれよあれよというまに元の厚みに戻ってしまい、疲労感だけが残りました。娘に上に乗ってもらったりしてがんばったのになぁ。私がああでもないこうでもないと格闘している間ずっと、娘は私のそばに寄ってきたり離れていったり、あっちにいったりこっちにいったり、重ねた布団の上に登ったり降りたりしながら、おりこうで遊んでいてくれました。これから引っ越し準備が本格的に始まると、こうして娘をひとりで遊ばせておかねばならない時間も増えそうですが、今日の様子なら、なんとかなりそうです。作業に集中し過ぎて、娘にけがをさせないよう、それだけは注意しよう。

 娘と散歩して色々詳しくなった近所とも、当たり前に帰宅して過ごしているこの家とも、もうじきさよならです。今度の帰省は、帰省したらそのままそこに住むことになるなんて、それってすごく取り返しのつかないことのような気もして、くらくらします。島根に住み始めたら、東京で過ごした10年分の自分が、魔法が解けるみたいに全部幻になってしまいそうで、東京に10年いたのだという証を、なにか残さなくちゃと、気が急いています。横浜に夫の実家があるというのが、今は心の支えです。これまでそれほど行きたいとも思っていなかった東京の色々な名所をしっかりめぐって写真をとって、会いたい人にちゃんと会って、それから帰ろう。事務員として勤めていたころに担当していた営業さんも会いたい人の一人ですが、今は本社にいないみたいだし、たとえいたとしても、行く勇気がありません。どこかでばったり会えたりしないかなぁ。
by papiko-gokko | 2012-05-28 01:01 | Diary | Comments(0)

 アジサイが色づき始めて、気付けば5月ももう終わり。突然ですが、この夏、東京を離れることになりました。娘が幼稚園に入るまでの2年間、島根の実家で暮らします。
 経緯を話すと長くなるのですが、書かずにいるのもなんだかもやもやするので、書くことにします。現在、両親は父の赴任先で暮らしていて、下の妹も県外で働いているため、実家には祖父と上の妹とそれから犬が住んでいます。ところが、もうじきその妹が家を出ていくことになり、これまで妹がしてくれていた犬の世話などの問題をはじめ、細かい問題がいろいろと出てきて、ゴールデンウィークあたりからずっと、どうしたものかと話し合いを続けていたものの、なかなか解決策が出ないまま、妹の出ていく日だけが刻一刻と近づいてきていました。 
 そんな先の見えない状態が、急展開を迎えたのは、つい一週間前のことです。夫が、「じゃあ、俺らが、島根へ行こうか」と、そんなことを、冗談ともまじめともとれる口調で、ふいに言いだしたのです。初めは冗談かと思って聞き流していたのですが、話しているうちに、これはどうも本気だということがわかり、両親にそれを伝えたところ、初めはそんなまさかと驚いて、特に仕事をどうするんだと心配していたものの、そのあたりのことも含め何度か話すうちに、私たち夫婦が住んでくれるならそんなありがたいことはないということになり、、話が急速に具体性を帯びてきて、先日お泊まりした際、義母にも経緯を話して理解を得て、たった一週間のうちに、私たちが一家で島根に暮らすという、急展開が決定したのでした。
 ひ孫が一緒に住み始めると知って、祖父も喜んでいるそうです。我が家は二世帯住宅で、祖父が一階、私たち一家が二階に住むことになります。祖父は耳が遠かったり体が弱っていたりはするものの、今のところ一通りの生活をひとりでできるし、リハビリのデイサービスにも通っているし、市の人も定期的に来てくれたり、近所には世話やきの叔母もいるので、私たちが祖父の生活に積極的にかかわることはなさそうですが、娘の顔を一日一度は見せに行ったり、可能なときは一緒にお茶を飲んだりぐらいの孝行はできればいいかなと考えています。

 再び実家で暮らす日がくるなんてことは、思いもよらないことだったけれど、遠くないうちになにかしら生活に変化があるかもしれないな、という予感はありました。実は今年の春あたりから、夫が転職を考えはじめていて、実際に求人情報を見たりしていたのです。もの作りの現場で働きたい、というのが夫の希望で、しかし、もの作りとなると一般的に勤め先は工場になり、工場は都心よりむしろ都下や地方のほうが多いから、転職することになったら、少し田舎にいくかもしれないな、それならそれでいいなぁ、と、ぼんやり思っていました。
 また、私自身も、娘が生まれて以来、都会で生きていく自信をどんどん失っていき、自分の生まれ育ったのと似た環境で子供を育てたいという思いが、強まってきていました。だからこれは、私にとっても夫にとっても、そしてきっと娘にとっても、ちょうどいい機会だったのかなと思っています。
 この2年間は、家賃が発生しないぶん、雇用形態や賃金にそれほどこだわらず余裕を持って仕事を選べると思うから、やりたい職種の世界でしっかり手に職をつけて、後の仕事選びに繋げていけるような働き方ができたらと考えています。それに私も、この機会に、在宅でテープ起こしの仕事を少しずつ始めてみることに決めました。2年間、私も夫もそれぞれの目標をもって働いて、できるだけ貯蓄をして、今後の暮らしの土台を作っていけたらと思っています。それに、なんといっても娘には、たくさんの自然を味わわせてやりたいです。

 島根に行くことが決まった時、想像して最も心が乱れたのは、今身近にいる大事な人たちの反応でした。
 義母は初め驚いて、やはり仕事のことを一番に心配していましたが、話すうちに理解してくれて、義祖母や義理姉たちにも、すごく上手に説明をしてくれました。それに、あとからメールで「どこにいても、元気に幸せに暮らしていてくれれば、親は嬉しいよ」と言ってくれて、その一行に泣きました。そして、結婚式のとき、しめくくりの挨拶で、司会の方から「息子さんを今日まで育てられてどうでしたか」と訊かれ、一言「とってもおもしろかったです」とほがらかに答えたことを思い出しました。私も、大人になった我が子を、そんなふうにおおらかな目で見つめられるような子育てがしたいです。
 それから、いつも一家で遊びに来てくれる友達は、最初の一行で、「それはにぱぴこたちにとって、とてもいい選択だと思う」と、言ってくれました。それから、「私たちの年代で子供がいる家族の生活環境はまだこれから固まって行く途中だと思うから、一番楽しくなかよく過ごせる道を探して、いろんなことをしていいんだ」と、言ってくれました。それはもう、できることなら、メールの文をまるごとここに書きうつしたいくらい、心打たれる、力強くて優しくて、思慮深い文章で、こんな文章を私のために打ってくれる人と私は友達になれたのだと思うと、嬉しくて誇らしくて、それだけでもう、東京で暮らした10年間が輝いた気がしました。メールを何度も読み返して、最後の「大丈夫、応援してます。きっときっと楽しいよ。」という言葉をかみしめて、前を向いていこうと、やっとはっきり腹をくくるができました。
 大学時代、もうひとりすごく仲の良かった子がいて、その子にもメールをしたら、すぐに、「あした、6月の仕事のシフトを確認しておく」と返信がきました。シンプルなそのメールに、彼女らしい、清らかでためらいのない友情の形を感じて、かっこよさにしびれながら、きっとこの子とも、距離が離れたからと言って、関係性が変わることはないだろうと、その短い文面から、確信することができました。
 本当に、東京での出会いは、夫との出会いも含め、宝物なんて言葉じゃまだまだ足りない、私の人生の芯となり翼となるような、かけがえのないものです。だから、離れることになったけれど、私が東京に出てきたことは、文句なしの大正解だったと、胸を張って言えます。

 この3人のうちの、誰か一人でも、一言目に「寂しい」という言葉を言っていたら、私は、引っ越すまでも引っ越してからも、何度もその言葉を思い出して、胸がつぶれそうになったことでしょう。だけど、私の大事なひとたちは、その一言を、言わないでくれました。私が逆の立場だったら、一言目にも二言目にも、寂しいと、言ってしまうに違いありません。だけど、私の大事な人たちは、そんなやわな人たちではありませんでした。人を送り出す姿勢を、学んだ気がします。
 きっと、義母も、ふたりの友達も、自分の生き方に、きちんと、自信を持って暮らしているのだと思います。自信をもって暮らすということは、人を見下し高みに立つとでも、派手な自慢話が尽きないことでもなく、自分の人生を冷静に見つめて、そのなかに、自分はこのやり方でいいのだと確信できる何かを見出しながら生きていくことのできる人のことだと思います。そういう生き方をしている人は、人を気持ちよく送り出すことのできる人なのだと思います。私もそんなふうに、なれるだろうか。

 長い日記になりました。東京を離れることになって、東京への想いが、毎日毎日、あふれてきます。10年住んで、少し疲れてしまったけれど、10年前より、ずっとずっと、愛しているのです。そんな想いも、これからしばらく、ここに書き遺していくつもりでいます。生活が変わることへの、覚悟はいまいちできていないけれど、不安より希望のほうが今は、大きいから、きっと大丈夫です。

 今日は、メールをくれたその友達がいつものように一家で遊びに来て、いっぱい遊びました。子供ちゃんが、娘の絵と、それから私の絵を描いてくれました。私の絵を描いてくれたのは初めてで、あとちょっとで泣いてしまうところでした。大事にします。娘は子供ちゃんのことが大好きで、抱きついたり追いかけまわしたり真似っ子したり、あまりにしつこかったり積み木を崩してしまったりして子供ちゃんのご機嫌を損ねてしまったときも、とにかくずっと楽しそうにしていました。そんなふうに大はしゃぎで遊んだあと、帰り際に子供ちゃんから、「どうして引っ越しちゃうの?」と聞かれて、言葉に詰まりました。なんて説明したらいいのだろうな。引っ越しって、引っ越すほうも引っ越されるほうも、どんな理由であれ、子供にとっては理不尽な出来事です。子供ちゃんは幼稚園があるから、平日は無理だけれど、引っ越す日まで、できるだけたくさん会って、娘と子供ちゃんを、たくさん遊びたいです。
by papiko-gokko | 2012-05-27 00:18 | Diary | Comments(0)

夫の実家に一泊


 昨日から夫の実家へ行き、一泊して帰ってきました。おとといの夜、さぁ寝ようというときに夫が突如おなかを壊して何度もおう吐し、一時は行くことが危ぶまれたのですが、ウイルス性ではなくただの食あたりだったようで、悪いものを全部出してしまったら翌日にはなんとか回復したので、おなかが空っぽで体力を失ったよたよたの夫と共に電車を乗り継ぎ、なんとか横浜まで到着することができました。
 今回はお泊まりということで義姉夫婦と姪っ子も来ていて、にぎやかな夜ごはんでした。しかし夫はまだ本調子じゃなくて、夫の大好物のお寿司がでたのに、2切れぐらいしか食べることができず、不憫でした。食あたりって恐ろしい。これからの季節、娘の食事も、ますます気をつけなければ。
 いつもは姪っ子が娘のほうへ喜んで寄って行き、楽しそうにじゃれあって遊んでいたふたりでしたが、今回はちょっと様子が違いました。夫の実家にあるおもちゃは全部姪っ子の買ってもらったものなので、娘がそれを使っていると、姪っ子としてはやはり複雑な気持ちになるらしく、なんでもすぐ取り合いになり、そうなるともう止めても無駄で、かえってお互いかたくなになるだけで、結局、怒って泣いてでも奪おうとするわからんちんの娘のほうが押し気味でした。わからんちんのわがもの顔のいとこは誰からも叱られずに、パパとママからもやばぁばからも口ぐちに「ちょっとだけ、かしてあげようね」と言われ我慢を強いられた3歳半の姪っ子は、じっと一点をにらみつけて、なにかを必死に耐えているようで、その気持ちが痛いほどわかって、泣きそうになりました。
 きっと、これまでは娘がまだ赤ちゃん赤ちゃんしていたから、自分よりもずっと小さな別物の存在だと思って接していたのに、それがだんだん幼児っぽくなってきて、明確な意思を持っておもちゃで遊んだり愛想を振りまいたりしているのを目の当たりにして、この子は自分と同じ立場の存在なのだと気付き、姪っ子のなかに、焦りや戸惑いが生まれたのだと思います。姪っ子の小さな心が、いとこと仲良く遊びたいという想いと、いつもは自分ひとり可愛がってもらえておもちゃも好きに使えるばぁばの家を、可愛い可愛いとちやほやされている下の子に踏み荒らされることへの苛立ちとで、激しく揺れているのがわかり、だけど私にはどうすることもできませんでした。こういうとき、娘ばかりを叱るのも違うと思うし、姪っ子を叱ることはできないし、優しく言い聞かせたところでケンカしているときに大人のそんな声は火に油を注ぐだけだし、これはもう、子供同士で繰り返しぶつかってわかるしかないことなのでしょう。
 食事の後、娘が寝かしつけてからは、しばらくみんなでテレビを見て過ごし、夜は早めに布団に入ったものの興奮でなかなか寝付けず、そのうえ娘が5時半に起きてしまい、今も寝不足です。前日も夫の体調不良で朝5時ごろまで眠れなかったし、私はつくづく睡眠が下手だなぁと思います。久々に一泊してゆっくり過ごし、色々と込み入った話もできて、充実の二日間でした。
by papiko-gokko | 2012-05-25 00:23 | Diary | Comments(0)

1歳4ヶ月


 娘が今日で、1歳4ヶ月を迎えました。
 このひと月では、ゴールデンウィークの帰省を境に、言葉や表情やしぐさの数が、季節を迎えて一気に咲く野の花みたいに、ばあっと増えました。声を出すのが大好きになり、ひとりで遊んでいるときも、なにやら「ほっちゃいよーたいたいのーよー」と、宇宙語をしゃべりながら、空想の世界に入り込んでぬいぐるみを動かしたりするようになりました。私はその世界を邪魔しないよう、笑いそうになるのを必死でこらえて、興味のないふりをしています。私も子供のころ、夢中で遊んでいるとき大人にそれをニヤニヤ見られるのは、なんだか恥ずかしくて嫌なものでした。
 言葉にも音符にも縛られず、娘の口から気まぐれにふわふわとこぼれ続ける宇宙語は、木々のさざめきのようでもあり、小鳥のさえずりのようでもあり、空気に溶け込むその心地よい音のなかに、時々きらっと、はじめて発したと思われる言葉が混じっていたりします。今はそれを見つけるのが私の大きな楽しみのひとつになっていて、宝探しの気分で娘の声を聞いています。
 ごあいさつも上手になってきて、今日は「おはよう」と朝の挨拶をしたら、「あーよー」と返してくれました。こんにちはは、「んっちゃー」といいながら頭をさげ、おやすみはまだ言えないから、変わりにいつも「ばいばあい」と言いながら手を振ります。ごめんなさいやありがとうも、まだ言えないけれど、悪いことをしたときに「ごめんなさいしよう」と言うと、頭をさげるようになりました。
 理解度が増すにつれ、キャラクターものへの興味も高まってきており、今は「いないいばいばぁ!」のワンワンとウータンが大好きなので、娘に何かをお願いしたりがんばらせたりしたいときには、ワンワンパペットが絶大な効果を発揮してくれます。今一番活躍しているのはご飯のときで、ワンワンを使わずに「食べようね」などと言うと、「食事中わたしに言うこと聴いてほしかったらワンワン通してちょうだい」とばかりに、ふてぶてしくパペットのほうを指さします。これはちょっと、困ったことになりました。
 それから最近、お手伝いをしてくれるようになりました。テーブルを片づけていると一緒に運んでくれたり、畳み終えて重ねた洗濯物を、前が見えなくなるほど両手いっぱいかかえて、タンスのある部屋まで一緒に持ってきてくれたりします。精一杯役に立とうとしているけなげな様子と、役目を果たした時の得意顔がたまらなく可愛くて、「ありがとう!」と、頭をなでたり抱きしめたりして褒めると、ものすごく嬉しそうな顔をします。人間ってこんなに小さいころから、役に立つことをして褒められたいと思う生き物なのだなぁ。
 まだねんねのときにはおっぱいを必ず飲みますが、お風呂上がりは、飲んだり飲まなかったりするようになりました。ねんねのときも、おっぱいを吸いながらでは寝つけずに、子守唄と抱っこで寝る日も多くなりました。むりやりやめさせる勇気はないので、少しずつ少しずつ減らしていって、1歳半~2歳までの間に完全に卒業できればいいなと思っています。
 
by papiko-gokko | 2012-05-22 23:20 | 月齢ごとの成長記録(長女) | Comments(0)

 昨日はひさびさに友達一家がうちにきて、夜までわいわい過ごしました。4歳半になった子供ちゃんは、娘と並ぶとうんと背が高くて、可憐な女の子で、だけど遊びだすとやんちゃでパワフルで、大人の考えつかないような突拍子もない遊びを開発したり、娘と一緒にダンボールに入ってはしゃいだりして、あっという間に時間が過ぎて行きました。
 夜ごはんは夫が作ってくれたので、みんなでテレビをみて談笑しつつ夜ごはんを食べながら、しみじみと、こういう時間を過ごせる人がいるっていいなぁと思いました。私も夫も友達が少ないのに、そのものすごく少ない友達のひとりと、こうして肩ひじ張らずに家族ぐるみの心地よい付き合いをできるなんて、本当に恵まれています。
 今、その友達のおなかの中には、新しい命が宿っていて、まだ全然おなかが目立たないというのに、触りたくてうずうずしました。自分が妊娠出産を経験するまでは、妊婦さんのおなかをみると、不思議で神聖な印象を抱くと同時に、どこか、未知なるものへの恐怖みたいなものも感じていました。しかし、娘を生んでみてからは、妊娠中の甘く静かな幸福感や、そのおなかのなかで育つ命の可愛らしさや愛しさがはっきりわかるので、赤ちゃん可愛い!はやく会いたい!という気持ちで胸がいっぱいになって、たまらない気持になります。

 今日は娘と一日、べたべたして過ごしました。感触が気持ちがいいので、つい抱きしめてばかりいます。最近、ワンワンのパペットに褒められながらでないとご飯を食べたがらないので、ちょっと困っています。お絵かきのときには、ワンワンに絵を描いてとせがんできて、ワンワンにクレヨンを握らせて必死でリンゴの絵を描いたら、ちょっとワンワンが汚れてしまいました。ショックです。ワンワンのパペットは朝から晩までなにかと出番が多くていっぱい使っているので、クレヨン以外にも汚れていそうです。あすにでも、ネットに入れて洗おう。わんわんが乾くまでは、ほかのパペットにがんばってもらって、その間にワンワンと同じぐらい好きになってもらって、ワンワンの負担を減らしたいと思います。
by papiko-gokko | 2012-05-21 22:15 | Diary | Comments(0)

 娘の目の腫れが、今日になって少し落ち着いてきました。昨日はまだ腫れが全然ひかなくて、夫と相談してやはり専門の先生に診てもらおうということになり、結局眼科へ連れて行きました。小児科の先生を信頼していないわけでは決してないのだけれど、はっきりと病名を診断されていない状態でよくならないのはどうにも不安で、さらなる安心を求めずにはいられなかったのでした。
 眼科は幸いそれほど込んでおらず、15分ほどの待ち時間で診てもらうことができました。眼科の先生は、やはり目が専門なだけあって、見てすぐに、「あぁこれはねえ、長くかかるんですよ」と、図を取り出して詳しく説明してくださりました。まぶたの腫れは、虫さされでもじんましんでもなく、「霰粒腫」というもので、脂肪を分泌する腺が詰まって、そのために腫れてしまったのだそうです。疲れたり寝不足だったりしたときになりやすく、完治に少し時間はかかるけれど、恐がる病気ではないとのことでした。4月の中頃から何かとイベントごとの多いあわただしい日々が続いていたので、娘も疲れが出たのでしょう。視界に問題のでる病気ではないこと、他人やもう片方の目に感染することはないこと、小児科でもらった目薬をさし続けてよいことなど、気になっていたことすべて、こちらから質問するまでもなく教えてくださって、すごく安心しました。なにより、病名をはっきり診断してもらえたことで、娘の目の腫れを見ても、落ち着いていられるようになりました。どんな些細な症状でも、その原因がわからないっていうのは、恐いものです。
 一週間後にもう一度みせてくださいと言われたので、それまでは小児科でもらった目薬を朝昼晩さすのですが、娘が怖がってなかなかうまい具合にいかず、毎回何滴も無駄にしてしまいます。あんまりむりやりやって泣かれてしまっては、せっかくさした目薬が流れてしまうし、子供の点眼って難しいです。私も小さいころよくものもらいになっていたけれど、どうやってさしてもらっていたんだろう。そういえば、母にさしてもらうと強引に目をひらかせるから恐くて、父だと水滴が落ちてくるまでにふるふる震えてすごく時間がかかるからそれも嫌で、とにかくどちらにしても嫌がって困らせていたような記憶が、うっすらと今よみがえってきました。今から思えば、父も母もうまくさせるよう一生懸命だったろうに、それを拒絶して困らせて、つくづく子供っていうのはわからんちんな生き物だなぁと思います。だからこそ、可愛いのだけど。はやく目の腫れていない娘の顔がみたいです。
by papiko-gokko | 2012-05-19 01:48 | Diary | Comments(0)

 娘が寝ている時間は、ずっとスピッツを聴いています。やわらかくて優しい音楽に心を浸していると、すうっと雑音が消え、自分の夢とか身の回りの現実を、落ち着いた気持ちで愛することができます。今もぼんやり聴きながら、スピッツは私にとって、ゴーグルみたいだなぁと思いました。水中で目を開けているのは痛いし、よく見えないから恐いけれど、ゴーグルをはめることで、目を開けていられるようになり、クリアに見渡すことができて、安心するのです。
 昔だったら、ヘッドフォンをつけて大音量で聴くところですが、娘が泣き出したのに気付かないといけないので、いつも小さな音で聞いていて、ちょっともの足りません。ライブにもう一度、行ってみたいなぁ。今度は娘も一緒に行けたら、最高。

 娘の瞼の腫れは今日も治らず、むしろちょっと悪化していたので、今日は一番近い行きつけの小児科へ行って、目薬を処方してもらいました。虫さされなのかものもらいなのか、はっきりしなくてもやもやします。明日ますますひどくなるようなら、小児科ではなく、眼科へ行ってみようかな。やたらめったらいろんな病院へ行けばいいというものでもないのだろうけれど、顔を見るたびどうにも不憫で、少しでも早く治してやりたくて、気が急いてしまいます。本人は特に痛がったり痒がったりする様子もなく、元気いっぱいなのですが、これ以上腫れては、視界が悪くなったりしそうで、それも心配です。目薬をさそうとすると暴れてなかなか命中しないので、また別の病院へ行ってこれ以上目薬が増えても困りそうだし、どうしたものか。明日には少しでもよくなっていますように。

 人間ごっこの短歌10首ほどアップしました。前回の更新から約3ヶ月間で詠んだ中で、10首しか納得のいく歌が詠めていないのは、ちょっと問題かもしれません。日々と自分の内面を落ち着いて眺めることができていない証拠です。せめて20首のこしたかった。次の更新めざしてがんばろう。言葉と向き合うことをやめたら、私は芯のない鉛筆みたいになってしまうから、がんばらなくちゃだめです。
by papiko-gokko | 2012-05-18 00:08 | Diary | Comments(0)

 朝、起きたら娘の左目が腫れていて、慌てて一番近くの小児科へ連れて行ったら今日は休診日で、一度帰って自転車に乗り換え、二番目によく行く小児科へ行きました。てっきりものもらいか何かで目薬を出されるのかと思っていたら、これは虫さされかじんましんでしょうと言われ、軟膏を処方されました。確かに、目やにも充血もないし、特にかゆがってこすったりもいないので、ものもらいとは違いそうです。動物園で蚊かなにかに刺されたのかな。家に帰ってすぐ塗ってみましたが、即効性のあるものではないらしく、今日は一日腫れていました。娘はまったく気にしていないようなので、とりあえず様子を見ようと思います。

 午後、お昼寝のあと、二度目のお散歩に出かけたものの、2時半というもっとも暑い時間帯だったため、私がすぐにばててしまいました。しかし娘は元気いっぱいでなかなか帰りたがらず、じりじり日射しの降り注ぐなか、公園の階段を何度ものぼったり降りたりして、私もふらふらそれに付き添いました。それでいて、家から公園までの道はまったく歩こうとせず、行きも帰りもほとんど抱っこで、最初から最後まで、修行のような散歩になりました。
 散歩のあと、3時のおやつはとにかく冷たくて甘いものが欲しくなり、なにか娘と今すぐ作って食べられるようなものはないだろうかと、冷たいデザート系のお菓子が載っているレシピなど開いてみたものの、今うちにはゼラチンも生クリームもないし、あったとしても作ってすぐに食べられるようなのはなかなかなくて、どうしたものかとゾンビのように台所をうろうろしているうちに、ふっとバナナが目に入り、これだ!と思いついて、ミキサーでバナナと牛乳のミックスジュースを作りました。娘にボタンをおさせると、ミキサーは目の前でキュイイインと勢いよく回り始め、娘は一瞬びくっと退き、そのまま目を丸くして見つめていました。小さい頃、私もミキサーを夢中で眺めていたっけ。
 30秒ほどであっという間にとろんと泡立ったミックスジュースができあがり、娘の目の高さでコップに注いで、ふたりで飲みました。バナナの甘みと牛乳の冷たさと、それからぶおぶおした口触りが最高で、あまりの美味しさに、私は一気に飲み干してしまいました。娘も気に入ったらしく、短い時間でコップ一杯飲み干して、さらにおかわりを求めました。簡単で、栄養もあって美味しくて、ミックスジュースって、素晴らしい。
 外で遊んでジュースもおかわりして飲んで、口の周りに白いおひげをつくった娘は、なんだか満足そうでした。娘をしっかり遊ばせて栄養のある食べ物をたくさん食べさせることのできた日は、それだけで、とても充実した一日を過ごせたように思えます。今日は公園の階段とミックスジュースのおかげで、充実感を得ることができました。たまにはもう少し大きな充実感が、欲しいような、まったく欲しくないような。

 夜、お風呂あがりに絵本を読んでいて、娘の成長に驚くことがありました。『きんぎょがにげた』という絵本で、これまでは絵の中からきんぎょを探すという意味をまだ理解しきれていなくて、全然関係ないものや絵本以外のも場所を指指したりしていたのが、今日2週間ぶりぐらいに読んだら、なんと「いたいた!」と言いながら、ちゃんときんぎょを指さすようになっていたのです。本人も、そうやって見つけられるようになったのが嬉しいらしく、何度も何度も読んでとせがまれ、時には、わざと間違えて私の反応を楽しんだりもしていました。
 それから、『わたしのワンピース』を読んだら、文章中の自分で発音ができる言葉だけを、私が読むより先に言ったりするようになっていました。例えば「まっしろなきれ、ふわふわって、そらからおちてきた」では「ふあふあー」と、「おはなばたけをさんぽするの、だあいすき」では「だあーっいっちー」と、私が読む前に言うのです。私が読む前に言えるということは、娘はもう、この絵にはこの言葉というふうに、絵本の文章が頭に入っているということで、これにも驚きました。幼児の記憶力ってすごいです。
 こうして反応がでてくると、ますます、絵本を読むのが楽しくなります。

 寝る前、歯磨きを嫌がり、なかなか口を開いてくれなくて、だけどお気に入りのパペットを手にはめてやったら、すんなり磨かせてくれました。お茶を飲んでくれないときも、ズボンをはいてくれないときも、パペットを手にはめて語りかけると、大抵はすんなり言うことを聞いてくれます。単純なんだか、複雑なんだか。
by papiko-gokko | 2012-05-17 00:30 | Diary | Comments(0)