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日記と短歌


by papiko

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 ちょうどいいサイズの箱が手に入ったので、包装紙を張りつけて、いろんな形の穴をあけて、新作おもちゃを作りました。穴は、積み木の形にあわせて切り抜いてあります。毎月のように届くこどもちゃれんじのダイレクトメールに、丸や四角や三角のブロックを、同じ形の穴が開いたバスに入れるおもちゃの教材が載っていたので、それを参考にして作りました。今のところ入会の予定はありませんが、ダイレクトメールが届いた時には必ず一通り目を通して、ひそかに何かと参考にさせてもらっています。
 出来上がったおもちゃで遊ばせてみたところ、積み木を渡すとせっせと入りそうな場所に突っ込んで遊んでくれはしたものの、割とすぐに飽きてしまいました。少し前に、うさぎの顔を描いた型紙の口をペットボトルのフタマラカスがちょうど入るくらいの大きさにくり抜いたものをつくったときはとても喜んで、「あーん」と言いながらフタマラカスやら明らかに入らない大きさのものやら延々と食べさせて遊んでくれたのですが、今回はお口に「あーん」じゃなくて単純に形の遊びなので、まだちょっと難しいのかもしれません。箱の外から中に積み木を入れる遊びかたのほかにも、箱の内側から指人形をひょこひょこ出したりひっこめたりして、もぐら叩きっぽいことをすることもでき、娘は今のところ、そちらの遊びかたのほうが楽しいみたいです。
 おもちゃ作りは楽しくて、古本屋で絵本を買うのと同じくらいストレス発散になります。作ったもので娘が遊んでくれている姿を眺めては、満足感に浸っています。手作りおもちゃは安上がりな代わりに強度が低いのが難点で、今日さっそく上に乗ろうとして思い切り体重をかけてへちゃげそうになったので、あっという間に壊れてしまいそうです。気に入ってくれるようならまた何度でも作ろう。

 今日は娘が5時半に元気いっぱいで起きて、朝から絵本を何冊も何度も読まされました。ストーブの前で体を小さくして読みながら、寝起きの掠れ声に、絵本は合わないなぁと思いながら、でも読むのをやめると怒って大きな声を出すので、夫と近所の皆さんの眠りを妨げないために、読み続けました。
 最近、娘の声が大きくなって、しかも大きい声を出せば私がなんでも娘の言うことを聞くと思っているふしがあり、ちょっと困っています。何かをして欲しいときには、今の娘がしゃべれる数少ない言葉のひとつ「はい」を最大限に利用して、とにかく「はい!」「はい!」と、お腹から声を出して要求し、思い通りにならないと「はーいーーー!!!はーいーーー!!!」と顔を真っ赤にしながら力いっぱい泣き叫びます。「はーいー!」って怒る赤ちゃんなんて、イクラちゃんぐらいかと思っていました。
 こんなに娘がやたらと「はい」を使うのは、私が普段よく「はい」を使っているからなのだろうかと、今日一日娘に対する自分の発言を意識してみたら、思いのほか多用していて驚きました。例えば何かを渡すとき「はい、どうぞ」、何かを渡されたとき「はい、ありがとう」、ぐずる娘に「はい、わかったわかった」、絵本を読み終えたとき「はい、おしまい」、娘が良いことをしたとき「はい、よくできました」、お出かけ前に「はい、準備完了」、ご飯のとき「はい、いただきます」「はい、ごちそうさま」などなど、一日中はいはいはいはい、事あるごとに言っていました。口癖って、こんなにうつるものなのだなぁ。これからはこうして、娘のおしゃべりから自分の言葉遣いの特徴を気づかされることが、多くなりそうです。
 「うん」「はい」以外の言葉はまだほとんどでませんが、何かを渡してくれるとき、たまに「はい、どじょ(どうぞ)」と、言えるようになりました。それからお風呂に入るとき、「お風呂入る?」と聞くと、「はいゆ」とか「はいしゅっ」とか、答えるようになりました。イヤイヤと首をふる動作も覚えて、時にはこちらの提案をイヤイヤで拒絶することもありますが、まだ今のところ、拒絶を訴える手段は怒り泣きのほうが断然多いです。
 ご飯を食べるときも、歯磨きのときも、自分でスプーンや歯ブラシを持ちたくて、今日も怒り泣きしまくりでした。やりたいという気持ちが日に日に強まっていく一方で、今できることの限界がわかっていないので、それを怒りとして私にぶつけてくるのだろうと思います。きっと、もう少しいろんなことができるようになれば、こんなにすぐ怒るようなことはなくなるのではないかなぁ・・・そうだといいなぁ。
by papiko-gokko | 2012-01-31 23:16 | 手作り | Comments(0)

 夫が休みの日曜日。今日こそ3人で公園へ行って娘に外を歩かせてやろうと思っていたのですが、寒さが厳しい上に風が強くて、また断念しました。春が待ち遠しいです。
 寒さなんてなんのその、娘は今日も元気いっぱいで、泣いたり怒ったりばらまいたり踊ったりと忙しく、なんだかもう、わが家の暴君といった感じです。昨日までは野菜が好きで、なんでも食べていたのに、どうしたことか今日からいきなり、野菜を口に入れるとべえーっと吐き出すようになってしまいました。トマトも、ほうれん草もべえっと吐き出して、今日はほとんど果物(朝のバナナとおやつのみかん)でしかビタミンを摂取していません。これまであまり積極的に食べようとしなかった食パンを、今朝はむっしゃむっしゃと食べたし、どうも味覚に変化が表れてきているようです。これからもこんな感じで変化していくのだろうから、あまり神経質にならず、たくさんある食べ物のなかから嫌いなものを見つけるのでなく、好きなものを増やしていけるように、楽しく美味しくを心がけようと思います。せっかく作ったものをこぼされたり吐き出されたりすると、ついつい、イライラァッとしてしまうけど、そこは深呼吸で乗り切って、がんばろう。
 一日中、娘に振り回されているようでもあり、逆に娘を振り回しているようでもあり、どちらにしても、娘の起きている間はずっと、時間も体もぶんぶんまわって目まぐるしくて、娘が絵本を持ってきて膝の上に座るひと時だけが、台風の目のように、ふうっと穏やかで、その時間が大好きです。お互いに振り回されて振り回して、調子を狂わされまくりながらそれでもやっぱり一緒にいたい、家族ってそういうものだと私は思うから、娘は1歳になって、ますますしっかり家族の一員になったということなのでしょう。大変だけど、この大変さは、後から思い出した時に宝物になるに違いないので、今を存分に味わって愛おしみながら暮らしたいです。と思いつつ、すぐにイライラしてしまうんだよなぁ。
by papiko-gokko | 2012-01-30 01:01 | Diary | Comments(0)

 生活リズムを保つために散歩は欠かせないのだけれど、なにしろ寒くてあまり外を歩く気になれず、昨日と今日は近所の古本屋へいって、昨日7冊、今日また1冊絵本を買いました。娘の好きなせなけいこの絵本と長新太の絵本を5冊(せなけいこ『いやだいやだ』『あーんあーん』『もじゃもじゃ』、長新太『サラダでげんき』『ごめんなさい』)、私の好きな林明子の絵本1冊『おいていかないで』、それから前から欲しかったエッツの『もりのなか』と、外国の作者の絵本を2冊(『カングル・ワングルのぼうし』『あたまのうえにりんごがいくつ?』)買いました。ちなみに最後の2冊は、昨日休みで一緒に散歩をした夫の選んだものです。私はいつも自分が子供のころに慣れ親しんだ絵本や、世間的に有名な絵本にばかりに目が行くのですが、夫はそういった先入観を一切持たずにその場で開いてぱぱっと選んで、「これなんかおもしろそう」と即決し、それが大抵とても素敵な絵本だったりするので、絵本に限らず、本を選ぶセンスに関しては、恋人時代からいつも感心させられっぱなしです。
 最近、古本屋で絵本を買うことがなによりの個人的な楽しみでありストレス発散になっていて、ついにこれまでの本棚に入りきらなくなったので、CDを収納していた棚を開けて、絵本の本棚にしました。最近娘がCDやMDを棚から出すようになって困っていたので、ちょうどいい機会でした。嬉しいことに、今のところ娘も、朝起きてすぐ絵本をよんでとせがみ、夜も数冊読み終えて「もうおしまい」と言うと泣きだすくらい絵本が大好きで、おかげで選ぶのにも張り合いがあります。
 これはつまり、私が楽しんでいると娘にもそれが伝わって楽しくなるし、逆に私が楽しんでいなければ娘も楽しくなれないということなのかもしれません。散歩のとき娘がいつも仏頂面なのは、私が外をあまり楽しめていないからなのかなぁと、責任を感じています。ただ眩しいだけなのかもしれないけれど。暖かくなったら、しっかりお外の歩き心地を体験させてやりたいです。娘と一緒に、少しずつお外の世界と仲良くなろう。
by papiko-gokko | 2012-01-29 00:05 | Diary | Comments(0)

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 出張でタイへ行ってきた父から、お土産にゾウのぬいぐるみが届きました。可愛い!見た瞬間ひと目ぼれしました。魅力的な色合いで描かれたゾウの絵柄の布で出来ていて、重みも形も大きさも絶妙に愛らしく、首には金色の鈴がついていて、リンリン優しい音がします。なんだか、夢のほとりに住んでいそうな、異国情緒漂うロマンチックなゾウ。手にとって眺めるたびにうっとりします。ゾウと同じ柄の布で出来たメガネケースふたつも一緒に届き、それが私と夫へのお土産で、ゾウは娘のものなのですが、今のところ私のほうがこのゾウに夢中です。
 娘はどういうわけか、このゾウに対して若干の敵対心を抱いており、そばに置くと、平手打ちで倒すばかりします。仲良く遊んでいるところを写真に収めたくて何度もそばに置いたのですが、そのたび瞬時に平手打ちし、ひどいときには両耳をつかんで逆さづりにしていました。ひどいです。でも、しつこくゾウで話しかけ続けたら、時々はおままごとのナスビを食べさせたり(鼻に押し付けたり)もしてくれました。そのうち「ゾウさん」というものをしっかり認識できるようになれば、もっと仲良くなってくれるかな。娘の心の友として、ちょうどこれぐらいの大きさのぬいぐるみが欲しかったので、このゾウがそうなってくれたらいいなぁと思います。

 今日は娘に振り回されっぱなしの一日でした。お散歩にでたタイミングが悪かったらしく、郵便局でぐずり始め、その帰りにちょっとだけベビーカーで寝たことによって、帰ってきてからお昼寝をまったくしてくれず、そのせいで夕方からものすごく不機嫌になり、抱っこしていないと泣く状態でご飯を食べさせ、お風呂に入れて、お風呂からあがったらなぜかハイテンションになり、寝かしつけようとしても布団から結局10時すぎまではしゃぎ続けていたのでした。
 いたずらも次から次へと本当にすごくて、夕食を作っているときには、妙に大人しくしているなと思ったら、手の届く棚に入れてあった、そばの乾麺を袋から出して、ばきばきに折ってばらまいていたのでした。ボウルや鍋や本やCDや離乳食やコピー用紙や、とにかくなんでも、手に届く場所に収納してあるものは片っ端から引っ張り出して床にばらまきます。それが自分の使命であるかのように、一生懸命ばらまき尽くします。一日に何度、同じものを元の場所に戻すことか。
 なんだかもう、寝るまで絶え間なく娘の要求に答え続けていた感じで、ランプの精にでもなった気分でした。叶える願いは3つどころじゃないけれど。1歳児のパワー、すごい。しっかりしなければ。明日は夫が休みなので、ちょっと外を歩かせたりして、みなぎるパワーを発散させるつもりです。
by papiko-gokko | 2012-01-27 01:11 | Diary | Comments(0)

 一歳になったのを境に、娘の喜怒哀楽が、日を追うごとに激しくなっています。特に「怒」をものすごく表すようになりました。お腹が空いて怒り、食べるのに飽きて遊びたくなって怒り、おもちゃが思うように取り出せなくて怒り、私の姿が見えないと怒り、高いところに登って降りられなくなって怒り、眠たくなって怒り、目が覚めて怒り、なんだか事あるごとに怒った声を出しては私に不満を訴えています。
 きっと、行動や理解の範囲が広がるにつれ欲求の種類もぐんと増え、だけどまだそれを言葉にする力がないから、それがストレスを生み、怒った声になるのでしょう。おもちゃを持ってきてこちらに差し出しながら、じっとこちらの顔を見て「うんにょ、んて、どう、でちっ、」と、具体的な何かを必死に伝えようとしているのが、すごくわかるので、「これであそぶの?」とか「開けて欲しいの?」とか、こちらもなるべく具体的な問いかけで返すようにして、娘にうんうん思い切り頷かせることで娘のストレスを減らすようにしています。それに、体を動かしてストレス発散できるように、これまで私の使っていたパソコンデスクを片付けたりなどして、少しでも部屋を広く使えるように、試行錯誤しているところです。0歳の時代とはまた違った大変さ難しさが、早くもでてきたなぁ。

 雪がほとんど溶けたので、今日は朝一番で予防接種に行ってきました。今回受けたのは、MR一期と肺炎球菌の追加接種です。娘は刺されたとき泣いたものの、打ち方がうまかったのか、割とすぐに泣きやみました。お会計のとき、がんばったごほうびにミルキーの棒付きキャンディーをくれて、私の小さいころ通っていた小児科でも、診察が終わるといつもミルキーの棒付きキャンディーがもらえて、行く前からそれを楽しみにしていたのを、うっすらと思い出しました。あまりにキャンディーがほしくて、診察の最中に「ぺこちゃんのあめどこにおいてあるの?」と聞いた記憶があります。子どもって、小さなことでも全力で期待して、全力で喜んだりがっかりしたりするから、大変だけど張り合いがあって面白いです。
 せっかく頂いたものの娘はまだキャンディーを舐められないので、このキャンディーは私がそのうち気分の滅入りそうなとき舐めることにします。
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 午後、お昼寝から起きたあとは、娘とおままごとをして遊びました。両親から、娘のお誕生日プレゼントに、木製のおままごとセットが届いたのです。おなべや包丁やまな板やオタマ、それから切れるお野菜がいくつかと、お皿にフォークとスプーンもついていて、箱から出しながら子供みたいにわくわくしました。私の子供のころはプラスチックが主流だった気がするけど、最近のは頑丈な木製で、すごいなぁ。娘もとても気に入ったようで、野菜をぬいぐるみに食べさせたり、お鍋のふたを開けたり閉めたり、フォークをかじったりして、寝る直前までずっと遊んでいました。すてきなプレゼント、よかったね。明日も遊ぶのが楽しみです。
by papiko-gokko | 2012-01-26 01:24 | Diary | Comments(0)

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 娘が1歳になりました。私と夫からの誕生日プレゼントは、ふたりでつくった絵本。娘が主役のお話です。1月に入ってすぐに作り始めていたのですが、なかなか作業が進まず、結局今日の午後までかかってしまい、娘の誕生日なのに私も夫も絵本作りに必死すぎて娘にかまってやれず、娘が不機嫌になってしまったりしました。それでもなんとか夕食前には完成して、渡すことができました。読んでやったものの、反応は、いまいち。必死で作業していたときにはあれほど触りたがった絵本にはほとんど興味を示さず、てってこてってこ歩いていってしまいました。無念。手作りのプレゼントを無邪気に受け取ってくれるのなんて今だけだろうから今のうちにと思って、思う存分やったけれど、1歳になりたての娘にはまだ、邪気もない代わりに、気遣いというものもないのでした。そのうち読んでくれますように。
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 それからもうひとつ、大きなおもちゃ箱もプレゼントしました。ネットで選んだシンプルな木製ベンチボックスに、安全対策を兼ね夫にフェルトで装飾してもらったら、思いのほかメルヘンチックな箱に変身しました。娘はおもちゃを漁るだけでなく、この上に自力でよじのぼったり、箱の中に入ったりして遊びます。上から降りることと中から出ることはまだできないので、この遊びをしているときには、ひと時も目が離せません。
 1月22日はカレーライスの日なので、夜ごはんはみんなでカレーライスを食べました。以前はカレーライスなんて食べたら即効でおっぱいが詰まってカチカチになってしまっていましたが、この一年間授乳し続けたことで今はもうしっかり乳腺が開き、チョコレート以外なら何を食べてももう詰まらなくなりました。詰まってばかりいたころは、きつかったなぁ。食後には、プリンでお祝いしました。プリンは玉子と粉ミルクにほんの少しのお砂糖を混ぜてつくったのですが、やはり味が薄くて、私と夫は蜂蜜をかけて食べました。娘の口にもあわなかったらしく、ひと口目はぺっと吐き出し、その後もしぶしぶ口を開くといった感じで、結局5さじぐらいしか食べてくれませんでした。ネットであれこれ調べて作ったのに、またしても、無念。
 でも、いいのです。娘が元気に1歳を迎えてくれたのだから、それだけでもう、今日は最高なのです。1歳のお誕生日、本当に本当に、おめでとう!

 1歳を迎えた感慨は、昨日の日記で書いたので、今日の日記では、兼ねてから書こうと思っていた、一年前の今日のことを、ここに書きたいと思います。書く、といっても、下書きはほとんど出産後の1ヶ月で書きあげていて、ただ、推敲する時間がなくてアップするのを伸ばしているうちに、アップするタイミングを失ってしまい、この際だから1年後の誕生日にアップしようと決めていたのでした。記事がちょっと長くなってしまいますが、今日を逃すともう本当にアップできそうにないので、今日、アップしてしまいます。
 
 そんなわけで、以下、一年前の今日のこと。

 2011年1月22日、土曜の朝。その日は予定日前最後の検診の日でした。検診は午前中のうちにさらりと終わり、一週間以内には産まれるでしょうという言葉を頂いて、病院をでたのが、午前9時半ごろのことでした。
 10時にならないと病院近くのお店が開かないので、図書館に寄って、「365日バースデイケーキ事典」という本を見つけて夫と眺めたのが、とても印象に残っています。それは本の名前通り365日分の誕生ケーキが写真入りで紹介されている本で、ほとんどの日がケーキだったのに、私の誕生日はアイスクリーム、夫の日はクッキーサンドだったので、この流れでいくと我が子もケーキじゃない日に生まれるのではと、予定日である1月24日をみてみたところ、その日は星型クッキーで、やっぱ予定日生まれかぁ!と、夫と透明の声で笑ったりしていました。22日も、見ておけばよかったな。
 その後スーパーで買い物をして、11時ごろには帰宅しました。買い物の途中、何度かお腹がもやもや痛かったり、腰のあたりにずんとした重みを感じたりしつつも、まさかそれが陣痛の始まりだなんて、そのときはまるで考えもしませんでした。家に帰って天ぷらそばを食べ終え、そのころからなんとなく、ひどい生理痛のような下痢のような痛みが、15分置きぐらいに起こり始めました。それを夫に言うと、「それって陣痛なんじゃないの?」と、顔を強張らせていましたが、しかし私は、ここのところ便秘ぎみだからたぶんそのせいだろうと、まだまだのんきに構えていました。
 やがて夫は昼寝をはじめ、私はバラエティーを見ながら、繰り返しやってくる痛みを記録し始めました。間隔は微妙に縮まったり延びたりを繰り返しつつもほぼ10分置きになり、しかもその痛みは確実にレベルアップしていっていて、それでもなぜか私は、たぶんこれは便秘の痛みだ・・・と思い続けていました。しかし、痛みは容赦なく強まってきて、そのうち普通の状態では堪えられなくなり、やがて痛みがくるたび「フー、フー」と、本で予習していた陣痛用の呼吸法を実践しはじめている自分がいました。ヒッヒッフーは練習してもうまくできなかったので、練習で一番しっくりきた、フーフーを、ひたすら繰り返しました。
 午後3時ごろ、目を覚ました夫が痛みの記録をみて、「これはきっと陣痛だよ!病院に連絡すべきだよ!」とあわてふためいて言うので、そこではじめて病院に「陣痛がきてるかもしれません」と、電話をしてみました。しかし、夫いわくピザの注文でもするような口調だったというその伝え方は、助産師さんにもまだま余裕だなと思われたらしく、「感覚が常に10分を切って立てなくなりそうなほど痛くなったらきてください」と言われてしまいました。
 そんなわけでその後も、バラエティーをみながらひたすら「フー!フー!」と痛みを逃しつづけ、午後6時ごろからは、いよいよ声を漏らさずにはいられないくらい痛くなってきました。それでも私はまだ便秘の可能性にこだわっており、痛みと痛みの間にトイレを往復して、往復の途中で痛みに襲われしゃがみこんだりしていました。今から思えば、この時点で立てなくなるほどの痛みだったんだと思います。
 そんな私の様子を気にしつつも、夫は相撲をみはじめました。私は画面をみる余裕もなく、コタツのコードをつかんだり、テーブルをがりがり引っ掻いたりして、痛みに耐えていました。そんな痛みの真っ只中にいるとき、テレビから「ガガ丸」という力士名がきこえてきて、フーフー言いながら、「ガガまるって!」と、思わずツッコミを入れ、夫に笑われました。一生忘れられない力士名です。
 午後6時半。これほど痛ければ、さすがに今日入院になるかもと思いはじめ、夫にお風呂を入れてもらい、お風呂に入りました。襲い来る痛みで途中シャワーを壊しそうになりながら、きちんと湯舟にも浸かりました。痛みの合間を見計らってお風呂からあがると、夫が夜ご飯の準備を整えていました。今夜は鍋ラーメン。私はとても食べられる状態じゃなかったので、夫だけが食べました。そのあたりからもう、痛みは引っ切りなしにやってきていて、テレビの音も、夫がラーメンをすする音も、立ち上る湯気もにおいも、もはやなにもかもが不快で、痛みがくるたび、怒った猫みたいに「フウウゥぅ!フウウウウ!」と繰り返しながら、コードやら座布団やら、てあたり次第握りしめていました。
 夫がラーメンをすするたび、吐き気がして部屋が歪んで見え始め、あぁもう無理だとりあえず病院いってなんとかしてもらおう・・・と、2度目の電話をしたのが午後6時45分ごろのことでした。その時も電話をかけている間は妙に冷静で(しかし夫によると少し怒り口調だったそう)、またしても余裕と思われてしまい、「ゆっくりご飯をたべて、お風呂はいってから、30分後くらいにきてください。まだまだのようなら、一旦帰っていただきますが、ご了承いただけますね?」と言われ、嗚呼きっとやっぱりただの便秘ですって薬出されて帰されるんだろうな恥ずかしいな・・・と思いながら、夫に最終的な入院準備を整えてもらい、タクシーの手配もしてもらいました。痛みと痛みのわずかな合間、緊張した顔で一生懸命準備する夫のことを、可愛いなぁ頼もしいなぁと思いました。

 タクシーは5分ほどで到着し、私はやっとの思いでコートを着て靴を履いて、腹部を刺された刑事みたいに、前かがみでよたよた乗り込みました。それでも歩けているわけだから「歩けないほどの痛み」とは違うはずで、きっと追い返されるのだろうな・・・胃腸薬をもらってお終いなのだろうな・・・と、あくまでも便秘という考えに固執しながら、移動中も襲いくる痛みに、シートベルトをぎゅうぎゅう握りしめながら、フウウウフウウウと、耐えていました。見慣れた街の明かりが、ぐわんぐわんスローモーションで歪んで見えました。
 病院へ到着し、夫に受付をしてもらって、産婦人科病棟へ。その間にも何度か痛みの波があり、そのたびしゃがみ込んで、怒った猫の声で痛みを逃しました。産婦人科病棟へつくとすぐ陣痛室へ通され、さばさばした口調の助産師さんに案内されるままにベッドにころがり、パジャマに着替えて、内診を受けました。これは便秘ですねと言われるのを覚悟して待っていたら、「すごいすごい、子宮口もう7ミリ開いている!相当家でがんばったのね、我慢強いのねえ!」と、助産師さんに驚かれ、私も驚きました。便秘じゃなかった!
 分娩室の準備をしてきますと助産師さんが陣痛室から離れていた間にも、陣痛は容赦なくやってきて、私は捕らえられた獣のように、ベッドの柵を掴んでガコンガコンしながら、フウウウフウウウと耐えました。途中で助産師さんから「は―!って声を出したほうが楽かも」と言われ、その通りにしてみたら、ものすごく楽になって、それからはずっと、はー!はー!と、言っていました。
 痛みが押し寄せるたび、私の体じゅうを支配していた感情は、怒りでした。腹が立つとかイライラするとはまったく違う、もっともっと原始的で野性的な、近づくものにみな牙をむくような怒りです。怒り以外の感情では、痛みや恐怖に負けてしまうということを、本能がわかっていたのだと思います。
 そんな私のそばで、夫はいつでも水分補給できるよう、ポカリスエットのペットボトルにストローを挿したりして準備していました。しかし、陣痛室でそのポカリを口にすることはなく、陣痛室に入って30分と経たないうちに、車いすにのせられ、分娩室へ移動となったのでした。移動の直前、夫が慌てて飲まそうとしてくれましたが、口に何かを入れられる状態ではなかったので、一瞬ストローに口をつけただけで、飲めませんでした。血が苦手な夫は立ち会いを希望しておらず、ここで離れ離れになりました。分娩室には、ドラマでよくみるあのイスが照明で照らされていて、座ってみると、歯医者さんと手術室の中間みたいな感じでした。
 そのころにはもう余裕がまったくなくなっていましたが、分娩台にあがって少ししてから、「旦那さんから、これを渡してって言われたんですけど・・・」と、助産師さんから戸惑い顔で、私が毎晩寝る時に歯ぎしり防止ではめているマウスピースを渡されたときは、非日常のなかにいきなり現われた日常グッズに我に返って気が抜けて、思わずちょっと笑ってしまいました。分娩室ではさぞ歯を食いしばるだろうと思った夫が、気を利かせてくれたようです。しかし、いきむときの力の入れ方は歯を食いしばる力の入れ方とはまったく違っていたので、はめることはありませんでした。ポカリにしろマウスピースにしろ、結果的に夫が用意してくれたものを使うことはなかったけれど、夫のそんな一生懸命の空回りが、私をリラックスさせてくれました。
 強い痛みが襲ってくるたび何度かいきんでいるうちに破水して、それからはもう、ただただ、野性でした。いきむときには、私ってこんな声がでるのかと驚くような、地鳴りのような唸り声でいきんでいました。最後のほうは、恥もなにもなくなって、耐えられない!と感じたら、なんの躊躇いもなく、幼い子供のように、「いたいー!やだー!もうやだー!」と、叫んでいました。そのときの私の声の出し方は、まだ物心つく前、自分が泣くことで周りの人が困ったり悲しんだり呆れたりするだなんて思いもせず、ただ泣きたい衝動のままに泣いていたころの私、そのものでした。親になるその寸前で、自分が小さな子供に戻るだなんて、なんだか変な感じです。私が叫ぶたびに、「いたいよねえ」「つらいよねえ」「そりゃ痛いよ、赤ちゃんがもう、すぐそこまで出てきてるんだもん」「でもすごく上手だよ」と、助産師さんが優しく力強く声をかけてくれて、それがますます、私を小さな子供へと帰していきました。物心ついてからぐっと我慢したぶんの叫びを、分娩室で全部出しきったような気がします。

 そんな感じでお産は順調に進み、もう無理!本格的に無理!と思っていたころ女医さんが現われて、素早い動作で何かを行ない、炎を擦りつけられているような痛みがふいに消えて、小さくてだけど力強い産声が響き渡って、「ほら、こっちみて」という助産師さんの声に、顔をあげて足元の方を見てみると、桃色のおしりと細い手足が、光そのもののような眩しさで目に飛び込んできました。それを見た時は、もうただただ、ああ、うまれた、ああ、ちゃんと泣いた、と、安堵しました。分娩台にあがってから、1時間もかからずに生まれてきてくれた、安産でした。
 この病院ではカンガルーケア―というものを実施していて、事前のアンケートで「希望する」に○をつけたので、生まれてすぐに、とりあげた助産師さんがまだ濡れているような状態の裸の娘を私の胸の上にのせてくれて、私はぼうっとした頭で、しばらくその重みと体温を味わいました。そのとき感じたことは、出産直後に書いた日記がすべてで、それ以上書くと、嘘になりそうなので、やめておきます。
 そんななかで分娩後の処置が行なわれて、その最中に、他の助産師さんから「旦那さんに来てもらいますか?」と尋ねられ、私は「夫は血が苦手なので、処置が終わってからでお願いします」と、たった数秒前まで幼い子供のような声で野性の叫びをしていた人間とは思えない冷静さで、ちょっと笑顔さえ浮かべながら答えていて、そんな自分を不思議に思いました。
 それからどのくらい時間が経ったのか、このあたりは曖昧なのですが、娘は一旦体を拭いたりするためどこかへ連れて行かれました。娘が胸の上からいなくなると同時に、下腹部に強い生理痛のような痛みを感じ始めました。子宮の収縮剤を点滴されて、子宮が縮んでいく痛みでした。同時に、すごい震えが襲ってきて、「なんかすごい震えてきました」と助産師さんに伝えたら、「うん、それは武者震いだね」と言いながら、電気毛布をかけてくれました。武者震いなんて、このときが人生初でした。しばらくして、娘が再び連れてこられて私の胸の上に寝かされると、なぜだかふうっと下腹部の痛みが遠のき、震えも収まりました。娘は今度は裸ではなく、真っ白なタオルにくるまれていました。 
 やがて分娩室に夫が入ってきて、私の胸の上に眠る生まれたての子を、ふたりでまじまじと見つめました。タクシーで病院に向かった時点では、まさか、その日のうちに生まれるだなんて思っていなくて、私も夫も、まるで実感がわかないままでした。なにもかもが嘘みたいに小さな娘は、頭が冷えないようレモン色のニット帽をかぶせられ、腕には心音を確かめるための機械をつけられていて、今にもどうにかなってしまいそうな危うさがあり、私も夫も、恐る恐る触っていました。娘はずっと眩しそうに目をとじていて、布団で光を遮断してやると、そうっと目をひらきました。生まれたての娘の瞳は、雨上がりの曇り空のような青みがかった灰色をしていました。
 そうして1時間ぐらい、分娩室でゆっくり過ごさせてもらってから、今後のスケジュールの説明を受け、病室へ移動しました。分娩台で寝ていたときにはわからなかったけれど、体を起こした瞬間、マラソンを走ったあとみたいなものすごい疲労感が押し寄せてきて、心臓がばくばく、頭はぐるぐる、とても歩ける状態ではなく、助産師さんに支えてもらって、やっとの思いで車いすに座りました。すごいスピードでお産が進んだため、出血が普通より多めだったのだそうです。
 病室に移ったのは夜の11時ごろで、もうとっくに面会時間である夜8時をを過ぎていたので、夫は荷物の整理だけしてから、帰って行きました。私は、枕元に夫が置いてくれた、義母手作りのあんパンとおにぎりをひとかじりして、陣痛のとき飲む予定だったポカリスエットを飲み、目を閉じました。体は疲れ切っているのに、全然眠れそうもなくて、すごく日記を書きたくなって、携帯で打ちはじめたものの、やはり疲労で長い文章は打てず、ほんの短い文章を打って、この文章を日記にアップしてほしいと、夫にメールで送りました。体はくたくたのはずなのに、頭は冴えて絶えず文章を組み立て続け、結局朝まで結局一睡もできず、時折足音の響く病院の音に耳を澄ましていました。はやく娘に会いたくて会いたくて、朝の授乳時間が待ち遠しくてしかたありませんでした。人生で一番といっていいくらい、強くまっすぐ朝を待ったあの日の心を、今も時々思い出しては、娘が常にそばにいて抱きしめられる喜びに浸ります。

 以上が私の、2011年1月22日の記録です。一年後の今日、こうして振り返りながらこの記事をアップできたことを、幸せに思います。よし、明日から1歳児の子育て、がんばるぞ。
by papiko-gokko | 2012-01-22 23:15 | 月齢ごとの成長記録(長女) | Comments(0)

 娘の、0歳さいごの一日。ちょっと遅めの新年会ということで、いつもの友達一家がやってきて、にぎやかに過ごしました。娘は楽しそうに4歳の子供ちゃんのあとをひたすらついて回り、大ハッスルしていました。娘が生まれてから最初に遊びに来てくれたとき、まだ娘は生後1カ月でベビーベッドにねんねしていて、まだ幼稚園に通いだす前だった子供ちゃんが足の裏を恐る恐るつんつんしても、ほとんど無反応だったのに、今は、あのころの何倍も活発に動き回る子供ちゃんの一挙一動に、同じくあのころの何倍も動きまわるようになった娘は、興味津々です。0歳さいごの日を、こうして友達一家と過ごせたのは、とても感慨深いことでした。明日から1歳の時を生きていく娘にとって、今日の交流はすごくいい刺激になったと思います。

 0歳の娘と過ごした一年間は、とにかく娘のことがすべてで、楽しくて苦しくて、面白くてしんどくて、愉快で不安で、人間にはこんなにも強い感情があったのかと自分で自分の心に驚くことが、幾度となくありました。
 生後2ヶ月ごろまでは、毎日がとにかく長くて、ふたりでミルクの膜に包まれているような濃厚な時間のなかにいました。そのころ、娘の口元と私の胸元からは、いつも、むせ返るような甘ったるいおっぱいの香りが漂っていました。
 3ヶ月を過ぎて表情や動きが出てくるにつれて一日をそれほど長く感じなくなり、おすわりやずりばいをし始めたころから、日に日に毎日が目まぐるしくなっていきました。一緒に遊べるようになってきて、おもちゃを作る楽しさに目覚めたり、だんだんと絵本も聞いてくれるようになって、一緒に絵本を読む幸せも味わえるようになりました。
 立って歩くようになってからは、様々な欲求も出てきて、もう、てんやわんやしているうちに、あっという間に夕方がくるようになりました。バイバイやいただきますなどの動作をするのが可愛くて、いろんなことを教えては、おりこうおりこうと、頭をなでなでしています。まだ髪の毛は薄いものの、それでもふわふわ生えていて、後頭部に顔をこすりつけると、とろんとするほどいい気持ちです。

 ああ、0歳さいごの日記には、もっともっと、もっともっと、書きたいことがあったはずなのだけど、いざその日がやってくると、胸がいっぱいで、うまく言葉になりません。ぎこちなくなってしまいます。
 生まれてきてくれて、一年間すくすくと育ってくれて、本当にありがとう。この一年間で娘の見せてくれた成長のひとつひとつが、私に世界一の喜びと感動をくれました。0歳の娘と過ごした濃厚な日々の記憶は、私の一生の宝物です。ありがとう。
 明日はプレゼントを渡して、歌をうたって、写真をとって、3人で一日じゅうお祝いしよう。ケーキはもう食べたから、大きなプリンをつくろう。

 
by papiko-gokko | 2012-01-21 23:52 | Diary | Comments(0)

 朝、カーテンをあけたら雪が降っていて、思わず「雪がふってるよ!」と、大きな声で夫と娘を呼びました。「えーいやだなぁ」と憂い顔を浮かべる出勤前の夫の横で、娘は私の腕に抱かれながら目をくりくりさせて雪を眺め、指さしたりしながら、きひきひっと笑っていました。娘の好きな絵本「このいろなあに」にでてくる切り絵の「しろしろ、しろいゆき」と、今日窓の外でしんしんと降っていたあわ雪、娘の中で一致したのだろうか。まだそこまで理解するのは、無理なのかなぁ。

 今日は娘が生まれて初めて、ごはんのおかわりをしました。いつもは「おなかいっぱいになった?」と聞くと、頷いたり手を合わせてごちそうさましたりするのに、今日はそのどちらもせず、手に持たせているフォークをガジガジし続けるので、試しに「まだたべたいの?」と聞いてみたら、こくんと頷いたのでした。初めてのことに驚きながらお茶碗半分ぐらいおかわりを持ってきたら、ぱくぱくほとんどたいらげました。すごい!
 食べるときと食べないときの差が、最近大きくなってきた気がします。食べたいものと食べたくないものもはっきりしてきて、昨日はコンソメスープとごはんと野菜のお皿を3つ並べて「どれが食べたい?」と聞いたら、コンソメスープのお皿ばかり指さしていました。自分で食べたい欲も高まり、今日はフォークでブロッコリーを一生懸命に掬っては口に運ぼうとし、たまにうまく口まで運べて褒めてやると、口の中のブロッコリーをのぞかせながら、にたぁっと嬉しそうに笑っていました。食べこぼしがすごいので毎回くたくたになるけれど、娘の食事は愉快です。

 前日の記事に書いた『育児の百科』、暇さえあれば好きな箇所から読み、そのたび松田道雄先生のことが、大好きになっています。一言一言が力強くて温かくて、なんだか、松田先生の小児科で丸イスに腰かけて向かい合い、ずうっとゆっくり話を聞いてもらっているような、赤ちゃんを大胆に抱きあげて優しく手当てするその大きな手に、すっかり身を預けているような、豊かで穏やかな気持ちになります。
 私がこんなにも心を打たれるのは、きっとこの本が、自分の主義主張を世に知らしめるためでもなければ、富や名声を得るためでもなく、ただ一心に、子どもと子どもを育てる親のために書かれた本だからなのだと思います。読者の不安な心に限りなく寄り添い親身になって語り、文章からこれほどまでに著者の「まごころ」がにじみ出ている本が、この世に、この国に、あったんだ。もう、その事実だけで幸せで、胸がいっぱいになります。
 この先生が、すでにお亡くなりになっているのが、寂しくて残念で仕方ありません。私はどちらかというとちょっと古め(昭和初期ぐらい)の作家が好きなので、亡くなっている作者の本を読むことは多いですが、こんなふうに、生きていてくれたらと切実に感じたのは初めてです。他の本も読みたくて、夫とふたりして図書館で予約をしまくっています。この人の言葉で教えてもらいたいこと、聞いてみたいことが、たくさんあります。娘が一歳を目前にしている今、この本に出会えてよかった。本当によかった。
by papiko-gokko | 2012-01-20 22:18 | Diary | Comments(0)

 午前中のうちに家事をちゃっちゃか片付けることができたので、一番陽射しの温かい11時すぎ、いい気分で散歩に出かけました。今日の行き先は図書館です。予約していた育児書2冊とエッセイ2冊を受け取ってから、スーパーでコピー用紙を買って帰りました。
 家に帰ってから、娘のお昼寝時間に借りた育児書のうちの一冊、松田道雄『定本 育児の百科』を少し読み、その文体の頼もしさにぐいぐい引き込まれて、あっという間にこの著者のファンになりました。図書館で受け取ったときには、辞書のような太さと重さに怯んで、読めないかも・・・と思ったけれど、最初のページ「この本のよみかた」の一文目に書かれていた「一度に全部よむにはおよばない。1ヶ月になったら1ヶ月のところを、1歳になったら1歳のところをよめばよい。」という清々しい一文に惚れ惚れとして心がほどけ、その言いつけ通りに11ヶ月~1歳という章から読み始めてみたら、1ページ読んだだけで「この本買いたい!」と思うほど、とりこになってしまったのでした。
 1歳までは月齢ごとに章分けされ、それ以降は年齢別で分けてあり、それぞれの時期の母親が出会うであろう様々な不安について細かく的確に触れた上で、それについて「心配することはない」「こうすればよい」といった、断定的な言い回しで指南してくれる感じが、不安だらけの心に染み渡り、たまらなく心地よいのです。大きくてシワシワの豊かな手で、背中をそっと支えてもらえたような絶大な安心感。人柄の見えてくる文体って、こういう文章のことを言うのだなぁと思います。11ヶ月から1歳の章で最も感動して涙が出そうになったのは、『お誕生日ばんざい』という項の、こんな文章。
 誕生日おめでとう。
 1年間の育児で母親としておおくのことをまなばれたと思う。赤ちゃんも成長したけれども、両親も人間として成長されたことを信じる。
 1年をふりかえって、母親の心にもっともふかくきざみこまれたことは、この子にはこの子の個性があるということにちがいない。その個性を世界じゅうでいちばんよく知っているのは、自分をおいてほかにないという自信も生まれたと思う。その自信をいちばん大切にしてほしい。 
 人間は自分の生命を生きるのだ。いきいきと、楽しく生きるのだ。生命をくみたてる個々の特徴、たとえば小食、たとえばたんがたまりやすい、がどうあろうと、生命をいきいきと楽しく生かすことに支障がなければ、意に介することはない。小食をなおすために生きるな、たんをとるために生きるな。
 小食であることが、赤ちゃんの日々の楽しさをどれだけ妨げているか。少しぐらいせきがでても、赤ちゃんは元気で遊んでいるではないか。無理にきらいなごはんをやろうとして、赤ちゃんのあそびたいという意志を押さえつけないがいい。せきどめの注射に通って、満員の待合室に赤ちゃんの活動力を閉じこめないがいい。
 赤ちゃんの意志と活動力とは、もっと大きな、全生命のために、ついやされるべきだ。赤ちゃんの楽しみは、常に全生命の活動のなかにある。赤ちゃんの意志は、もっと大きい目標に向かって、鼓舞されねばならぬ。
 赤ちゃんとともに生きる母親が、その全生命をつねに新鮮に、つねに楽しく生きることが、赤ちゃんのまわりをつねに明るくする。近所の奥さんは遺伝子のちがう子を育てているのだ。長い間かけて自分流に成功しているのを初対面の医者に何がわかる。
 「なんじはなんじの道をすすめ。人びとをしていうにまかせよ。」(ダンテ)
  なんて力強くて、清々しい文章でしょうか。こんなふうに何かをはっきりと断定してくれる、正々堂々とした凛々しく歯切れのよい文章に、私は飢えていたのだと、この文章を読んだ時はっきり気づきました。そこかしこに責任逃れの逃げ道を作ってあるような薄くてべたつく文章を読むのは、もう、こりごりだったのです。本気で自分の信じたいものを見つけたかったら、ネットで検索窓に文字を打ち込んで出てきたページをずるずると拾うのではなく、やっぱり、辞書ほどのずっしりした一冊の本を手にとり開かなければならないのだと、今、痛感しています。とはいえ、この育児書を借りるきっかけをくれたのは、ネットで育児のことを検索しているときに見つけたブログだし、ここにこうして感動を表すことができるのもネットのおかげなので、ネットはネットで私にとって欠かせないものであることには変わりありません。
 また、本の冒頭にはこんな文章もありました。
自分は人間ができていないから、赤ちゃんをそだてる資格がないと思うのにも賛成できない。人間は完成するものでないし、完成に近づいたとしても、そのころには子どもをそだてられない。だが親になることは、人間を完成に近づける機会であることにまちがいない。子どもの側からすれば、あまり自信のある親は、よい親ではない。子どもといっしょに人生を探求し、いっしょに育ってくれる親がいい。
 似たような趣旨のことを言っている文章にはネット上の育児サイトや他の育児本でも何度か目にしたけれど、この、きっぱりとした文体で読むことで、初めてその意味がずんっと胸の奥まで届いて、ああ、そうだなぁ、そうなんだなぁと、まっすぐ頷くことができました。
 感動して、夫にも何ページか見せたら、夫もすごく気に入って、なんと、買うことになりました。私の借りた大型本はもう絶版になっているため、中古で買う予定です。もっと早く出会いたかったけど、でも、出会えてよかった!借りている期間で読み切るのは無理そうなので、買ってじっくり味わいながら読みたいと思います。
by papiko-gokko | 2012-01-18 23:49 | Diary | Comments(0)

 娘の風邪でここ数日お散歩を控えていましたが、ひきこもりすぎると私も娘もストレスがたまってよくないので、今日は散歩をしました。行き先は郵便局。娘のもらったお年玉を娘の通帳に貯金しました。途中、娘より小さい赤ちゃんを抱っこした女性がきて、ふと赤ちゃんの足元を見やると、ニットで編んだシューズを履いていました。冬は寒いからと思って、私も娘にシューズをはかせていますが、まだ外を歩かないうちは、ちゃんとした外用のシューズじゃなく、あんなの履かせてやるとよかったんだなぁ。
 郵便局を出たら、今度は娘と同じくらいかちょっと大きいくらいの女の子が、よちよち歩きでゆるいスロープをのぼってきて、後ろからついてきていたおかあさんが「わーすごいね、坂ものぼれちゃうんだあ」と、驚いていました。それを見たらなんだか、うちの子もそろそろお外を歩かせなければ!と、闘志に近い焦りがメラメラ湧いてきて、急きょ家の近くの公園に寄って、生まれて初めて地面の上を歩かせてみることにしました。
 ベビーカーのベルトをはずし、娘をよいしょと地面に降ろそうとすると、予期せぬ出来事に驚いたのか、最初はまったく立とうとせずにゆっくりしりもちをつき、そのまま片手で虹を描くようにしてじゃっじゃと足元の砂を触りました。娘が生まれて初めて触れた地面です。せっかくだから気の済むまで触らせてやりたい気もしたけれど、触った手を口に入れてはいけないから、すぐ抱きあげておしりの砂をぺんぺん払ってからもう一度ゆっくり地面に降ろしてやりました。すると今度はしっかり立ったものの立ちつくしたまま歩きだそうとはせず、不安げな顔で私の足にしがみついてきたので、両方のを繋いで誘導してやると、一歩一歩、ゆっくりと歩きだしました。そうして何歩か進むうちに地面を歩く感覚に慣れてきたようで、繋いでいた手を離したたら、てってってっと上手にひとりで歩くことができました。地面には娘の可愛らしい影がくっきり映り、その影に覆いかぶさるようにして、私の大きな影がついてきました。去年の今頃はまだ、私のお腹の中だったのに、しっかり自分の影をつれて歩いているなんて、成長したものだなぁ。ころころまるまるした影があんまり可愛くて、地面から剥がして持って帰れたらいいのにと思いました。
 手で支えながらですが、すべり台も2,3度ほど滑りました。娘が好きな『みんなでね』という絵本に、「みんなでね、おすべりしたの」という場面あがり、その場面を読むたび、この子にも本物のすべり台をはやく体験させたいなと思っていて、今日ついにその想いを叶えることができました。すべらせている間、ずっと娘は神妙な顔をしていました。まだ絵本の場面と実際の自分の行為とを繋げるのは難しいようです。今度はブランコにも乗ってみようね。恐がるかな、喜ぶかな。
 家に帰ってから夫に、初めて歩いたことをメールで報告して、お昼ごはんを食べて、お昼寝。起きてからはお歌をうたい踊りを踊り、帰ってきたパパとひとしきりじゃれあい、夜ごはんを食べてまた遊び、お風呂に入って絵本を読んで、1時間近くおっぱいを吸ってねんねしました。鼻水はまだとまらないけれど、今日も一日元気いっぱいいたずらいっぱいの一日でした。
by papiko-gokko | 2012-01-17 22:56 | Diary | Comments(0)