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日記と短歌


by papiko

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 横浜の、夫の実家へ行きました。今回は義祖母や義姉や姪っ子(3歳)もいて、姪っ子が保育園のハロウィンパーティーで着るという衣装を娘に着せて撮影会をしたり、姪っ子の運動会ビデオを見たり、姪っ子がハイハイする娘を追いかけまわしてなんとか一緒に遊ぼうとするのを笑って眺めたり、わいわい賑やかに過ごしました。娘が楽しむというよりは、みんなが娘を楽しむという感じで、娘自身はなにがなんだかわかっていない状態でしたが、それはそれで、とても良い刺激になっただろうと思います。
 特に姪っ子との触れ合いは、見ていて可愛くて、写真を撮りまくりました。数か月前まで、まだ2歳だった姪っ子は、娘を年下の子というよりも生きたおもちゃのような感覚で見ていて、ちょっとヒヤリとするような触り方だったのだけれど、今回は、「これ、ちゅかっていいよー」とおもちゃを貸してくれたり、抱っこで持ち上げようとしたり、うんとおねえさんになっていて、その成長に驚きました。子供って、ほんの数ヶ月で、理解の幅がどんどん変わっていきます。かわいくてやさしいいとこのおねえちゃんがいて、うれしいね、よかったね。これから、いっぱいいっぱい遊べるね。

 そんなふうに、夫の実家へいくと、いつもとても楽しくて幸せな気持ちになれるのだけれど、それなのに、家に帰るといつも激しい自己嫌悪に陥るのは、どうしてだろう。今日は帰ってから夫に「きみはうちの実家にいるとき常に俯き加減で、ずっと娘のほうを見てしゃべってるね」「いつも言葉の最後のほうが小さくなって、最後までちゃんとしゃべらないよね」と言われ、ますます自分にうんざりしました。
 私は家族以外の人の目を見て話すのがどうにもこうにも苦手で、時々ちらっと見る以外、娘が生まれるまでは自分の手やらカバンやら飲みものばかり見てしゃべっていたし、娘が生まれてからは、娘のことばかり見てしゃべってしまいます。人の目をみると、真正面から突風を受けたように息苦しくなって、意識が飛び散って、何の話をしているのか、わからなくなってくるのです。だから向かい合って話すのは苦手で、車に乗りながらとか、横に並んで座って話すほうが好きです。
 しかし、もう人の親なのだし、いつまでもそんな苦手苦手で逃げていては、不誠実な人間と思われても仕方ありません。そんなおどおどした母親の姿、娘の教育にだっていいわけありません。今度夫の実家に行ったときは、意識して目を見るようにがんばろう。こんな当たり前のことにさえ、がんばろう、という言葉を使わなければ実行しづらいなんて、ああ、まったく、自己嫌悪。

 自己嫌悪ついでに、もうひとつ。昨日夫に、「私、母親になって性格とか変わった?」と尋ねたら、「気性が激しくなった」と言われました。これにもまた、自己嫌悪です。母になったら、大きく穏やかになるはずだったのに、おかしいなぁ。自分でも、常にどこか気が立っているのを感じます。それでも、最近少しはマシになってきましたが、生後3カ月ぐらいまでは、娘があまりにも大事すぎて、世界が敵だらけに思えて、ハリネズミ状態でした。きっと娘を守るために必要なのは、そんなトゲトゲしい攻撃的な強さではなく、大きくて柔らかくてあたたかい、座布団のような強さのはず。トゲを抜いて、綿をつめよう。まるく、やわらかくなろう。
 でも、あんまりこうありたいこうありたいと思いすぎても、ふくらむ理想がつづく現実を圧迫して、ついイライラしてしまうから、理想はこまめに整理して、本当の憧れだけ持ち歩こう。これがなかなか、難しい。

 もやもや、ぐるぐる、自己嫌悪な日記を書いてしまった自分にまた自己嫌悪。明日はぴかっと、明るい顔で過ごそう。雨でなければ散歩をして、人や景色や町の仕組みを、肯定しながら歩こう。
by papiko-gokko | 2011-10-30 23:26 | Diary | Comments(0)

 がくんと気温が下がり、朝晩は特に冷え込みます。今日からホットカーペットのスイッチを入れ、ガスストーブも出しました。ガスストーブには、休日だった夫がガスストーブ専用のセーフティーガードを取り付けてくれました。娘はその柵を気に入って、興味津々で掴まったりガッコンガッコン叩いたりして遊んでいました。今はまだストーブのスイッチをつけていないからいいけれど、つけても遊ぶようでは困るなぁ。

 娘の離乳食が3回になり、毎食毎食、戦いです。9カ月を境にイスに大人しく座ってくれなくなって、後ろを向いたり立ったり、足をテーブルにひっかけて降りようとしたり、いっぱいご飯の入っている口でイスの背もたれをガジガジしたり、もうめちゃくちゃです。大人しく食べさせようと体を抑えつけると、一気に不機嫌になって泣きだし食べてくれなくなるので、仕方なく私が動き回りながら食べさせ、いよいよ食事より遊びのほうに集中しはじめたら、その時点で食事の時間を終わることにしています。とにかく今は座っているのよりたっちしていたいようで、最終的には大抵ごねてイスから降りたがり、降ろして掴まり立ちの状態で食べさせています。お行儀の教育よりもまずは栄養と思って、食べさせることを優先させているけれど、果たしてそれでいいのだろうか。ハイジのロッテンマイヤー夫人がみたら卒倒しそうです。

 食事に限らず、娘がどんどんやんちゃになってきて、これから先のしつけとか、教育のことなど、どんなスタイルでいけばいいのだろうかと色々考えていましたが、ふと、自分の身の丈に合ったしつけをして、自分のわかる範囲で教えていけばいいのだよな・・・と思ったら、かなり気が楽になりました。それ以上のことをやろうとしたら、どうしたって無理がでてきて、不自然になって、イライラしたりして、私も娘も疲れてしまいそうです。

 ここのところ、浅い部分でしか物事を考えることができていない気がして、寝付けない夜中など、わけもなく思考が焦って泡立ちます。軽薄で不誠実なのは一番きらいな生き方で、しかしだからといって、なんでもかんでも深刻に考え過ぎていては身が持たないし、頭と心をバランスよくつかって、浅くなりすぎないよう、偏りすぎないよう、自分の意思や方針を、ショールのようにふわっと纏って暮らしていけたらと思います。
by papiko-gokko | 2011-10-29 00:40 | Diary | Comments(0)

 二週間ごろごろ実家で甘えさせてもらったので、日中を娘とふたりで過ごしながら、こんなに大変だったけと、やることの多さに体がついていきません。床を拭き、食べこぼしを拭き、娘の口の周りや手を拭き、娘の舐めるおもちゃを拭き、おむつ替えでおしりを拭き、自分の手を拭き、食べこぼしを踏んでしまった足の裏を拭き、なんだか一日中、拭いてばかりいる気がします。
 昨日はクレヨンでお絵描き遊びをしたら、知らないうちにカーペットがひどいことになっていて、必死でシミ抜きしたあと丸洗いして干しました。娘の前で絵を描いて見せたところこれまでより興味を示したので、ものは試しとクレヨンを握らせてみたのがいけませんでした。さすがにまだ今の娘に描くという発想はなく、自分でぐしゃぐしゃにした紙の上に、握ったクレヨンをたたき落とすということを繰り返していて、そのときに欠けたクレヨンがカーペットを汚したようです。娘がクレヨンをたたき落とした紙の上には大きさも濃さも様々な点がいくつもでき、もしかしたらこれは前衛芸術かもしれないと思ったので、『宇宙、あるいはその終焉』という前衛的な題名をつけて、保存しておくことにしました。
 娘の動きが激しくなってやんちゃっぷりが増し、おむつ替え中に動くし食事中でも容赦なく顔を擦りつけてきたり汚れた手でしがみついてきたりするのので、汚れてもいいように、母が保育園に勤めていたころ着ていたスモックエプロンをもらいました。これさえあれば恐いものなしです。

 昨日から娘が風邪気味で、くしゃみと鼻水がでています。人混みの中を移動して、旅の疲れが出たのでしょう。まだ自分で鼻をかめないから、赤ちゃん用の鼻吸いとり器で頻繁に取ってはいるものの、くしゃみをするとじゅぱんっと勢いよく鼻水がでて、そのたびティッシュやガーゼで拭きっているうちに、鼻の下が赤くなってきてしまいました。熱はないし、食欲もあるので、春先に同じ症状で処方してもらった薬を飲ませて、様子を見ています。ひどくなりませんように。
 本当は、東京に戻ったらすぐにインフルエンザのワクチンを打つつもりで、すでに予約もしていましたが、風邪が治るまで先延ばしです。これからまた満1歳を迎えるころになると、再び予防接種の嵐が始まるので、それまでにさっさとインフルエンザワクチンを打ち終えておかなければ、タイミングを逃してしまいかねません。ニュースでも話題になっているポリオも、散々悩みに悩んだ結果、生ワクチンはやめて自費で不活化ワクチンを打つことに決め、その予約も1月(1月まで予約が埋まっていた)なので、混乱しそうで今から不安です。早くすべてを打ち終えて、安心したい!

 元々「どうしよう」が口癖なほどの心配性ですが、娘が生まれてますますそれに拍車がかかりました。実家であまりにあれこれ心配して気をもむ私を見かねた母からは、「この子が病気やケガでもしたら、あんたは全部それを自分のせいだと思いそうだけど、子供は風邪をひくしケガもするもんなんだけん、なんでもかんでも自分のせいだと思っとったら身が持たんよ」と言われました。
 それからこれも実家で、娘がうんちを踏ん張っている最中、それに気づかず足を掴んでズボンをはかせようとして娘が泣きだし、悪いことをしたなぁと反省して「ごめんよー」と繰り返し謝っていたら、「すぐに謝り過ぎよ。なんでもかんでも謝るのは、この子のためにもよくないよ」とも言われました。相手に「ごめん」と言い過ぎてしまうのは、私の悪い癖です。本当に謝らなければいけない場面で、ごめんの効力がなくなってしまいます。でもなぁ、私ときたら全然ちゃんとできていないことだらけで、ごめんと謝らずにはいられません。なにか、ごめんの代わりに使えて、いい効果のありそうな言葉を探そう。

 
by papiko-gokko | 2011-10-26 23:31 | Diary | Comments(0)

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 横腹に娘の蹴りを食らって目を覚まし、東京での日常が戻ってきました。9カ月に入り、2回食から3回食になったのもあってか、あっという間に時間が過ぎていきました。二週間ぶりに家の中で遊んでいる娘をみていると、体つきも動きも、二週間前より随分しっかりしているのがはっきり分かります。実家でできるようになった、ボール投げと自力でたっちが、今娘の中でブームらしく、今日は一日のほとんどを、投げることと立つことに費やしていたようでした。自分にはとても真似できない、ものすごい運動量です。
 お昼を食べさせて少し遊んでから抱っこで寝かしつけ、すうすう寝息を立て始めたところで、これまでいつもお昼寝の時そうしていたように、そっとバウンサーにのせたら、そのとたん、針山にでも寝かされたかのようにのけぞって大泣きし、何度挑戦してもダメで、結局おふとんで添い乳しながら眠りました。二週間の間に、あれほどお世話になったバウンサーのことが嫌いになったようです。ついにバウンサー卒業の時がきたのか。
 嫌いになったといえば、実家に帰ったころからお風呂のことも嫌いになってしまって、困っています。実家では毎日お風呂のたびに泣いていて、慣れないお風呂のせいかと思っていましたが、東京へ戻ってきてからもやっぱり泣いて、特に顔を洗うのを嫌がります。時期が来れば、また好きになってくれるだろうか。実家ではアヒルのおもちゃなど浮かべたりして、それで多少は気が紛れていたようなので、うちでも何かお風呂用のおもちゃを用意してみようと思います。
 
by papiko-gokko | 2011-10-24 23:28 | Diary | Comments(0)

東京に戻りました


 東京へ戻ってきました。久々のわが家、落ち着きます。実家は実家でくつろげる場所だけれど、やっぱり私が心底落ち着けるのは、自分の選んだものに囲まれているわが家だなぁと、帰省から戻るたびに実感します。
 悪天候の影響か、離陸着陸共に時間がかかり、最終的に飛行機が50分ほど遅れましたが、娘が途中から眠ってくれたおかげで、それほど疲れることはありませんでした。実家から空港までは母が車で見送ってくれたし、羽田では夫が待ってくれて、助かりました。

 母の車で空港の駐車場につき、娘を抱いて車から降り横断歩道を渡る時、ほんの一瞬、母が無意識な感じで私の手をとり、その力加減や手触りの懐かしさと変わらない安心感に、はっとしました。母は一瞬私の手を引いて渡ろうとしたあと、28歳の娘の手をひいて横断歩道を渡るなんてそういえば変だわと思ったのか、「手をつないでみたりなんかしてね」と茶化していたけれど、その一瞬に味わった絶対的な安心感が私を子供の心に戻し、誰とも手を繋がずに歩くことの心細さが、しばらく消えませんでした。大人になった今、母の手は私よりも小さいのに、それでも、母はいつまでもどこまでも母で、生まれてきたときから培われてきた絶対的な安心感は、ほんの一瞬手を握っただけで、吹きあげられる落ち葉のように蘇るのでした。娘にとっては私の手が、これから絶対的な安心になっていくのだろうか。そういう手になれるだろうか。
 羽田空港について夫を見つけたときは、母から得た安心感とはまた別の、くすぐったい安心感が胸を満たしました。うとうとしていた娘は、夫をみてもしばらくぼんやりしていましたが、そのうち目が覚めて思い出したらしく、にこっと笑顔をみせて、夫の心をわしづかみにしていました。
 
 家につくと、娘はしばらくのろのろハイハイして、そのうちいつもそうしていたように、本棚で本を漁り始めました。二週間離れていたけれど、家のことも夫のことも、ちゃんと覚えていたようです。旅の疲れでちょっとハイになっているようで、今は夫と遊びながら、やたらゲラゲラ笑っています。
 先ほど娘と一緒に遅いお昼寝をしている間に、夫がご飯の支度もお風呂の支度もしてくれました。ありがたい!今日は早めにしっかり眠って、明日からまた、家事と育児と、がんばるぞ。
by papiko-gokko | 2011-10-23 20:07 | Diary | Comments(0)

帰省最終日、海へ。


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 今日で娘は生後9か月になりました。そして明日はいよいよ東京へ戻る日です。出雲にいる間に、娘の運動能力にはますます磨きがかかり、つかまり立ちやつたい歩きはもはや朝飯前、お座りの状態から自分の力で立ち上がって、そのまま5秒ぐらい何も持たずに立っていられるようにもなりました。
 今日は東京へ送る分のお米を精米しにいき、帰りの車で娘が眠ってしまったので、そのまましばらく海までドライブしました。娘にとって人生初めての海です。ほら海だよと見せたけれど、娘にはまだ、海の青さも大きさもわからないようで、ただ眩しそうに目を細めていました。穏やかな波の音がざんざん心地よくて、薄曇りの空を反射する海原のコバルトブルーが目に染みて、海だよ、ほら海だよ、これが海だよ、と、娘に向かってというより、ほとんど自分に向かって何度もつぶやいていました。精米の場所は山の中だったのに、そこから30分も車を走らせれば海があるなんて、つくづく自分は自然の豊かな土地で生まれ育ったのだなぁと思います。
 今、荷造りを終え、母に娘を見てもらいつつ、この日記を書きました。何もしなくても洗面所のタオルが新しく取り換えられていたり、ちょうどいい時間にごはんが炊けていたりする毎日は今日まで。明日からまた、夫と娘と三人家族で、私の暮らしが始まります。心配事は尽きないけれど、強く優しく暮らしていこう。夫に早く会いたいです。飛行機が揺れませんように。 
by papiko-gokko | 2011-10-22 14:38 | 月齢ごとの成長記録(長女) | Comments(0)

帰省8日目


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 帰省してから、毎日お出かけしたりお客さんが来たりと何かしら行事があり、あっという間に一週間が過ぎました。「パパと離れている間にあんまり成長しないでね・・・」という夫の願いをよそに、娘はこの一週間で、またできることが増えました。テーブルやソファに掴まりしっかりとした足取りでつたい歩きができるようになったし、それから、ボール遊びも上手になりました。やわらかいボールを座っている娘のほうへ転がしてやると、両手でそれを素早くキャッチして、それからつまむようにして片手で持ち、こちらに向かってぽんっと力強く投げ返してきます。娘の投げ返してきたボールを、私が身を乗り出してオーバーリアクションでキャッチすると、娘はそれが楽しいらしく、声を立てて笑います。
 一週間の間に、最初のころはじっと睨んでばかりいた祖父(娘のひいおじいちゃん)ともずいぶん打ち解けて、にこにこ笑顔をみせては、祖父を喜ばせています。祖父はつい足腰が痛いことも忘れ屈みこんで娘のお相手をし、立ち上がるときにアイタタタと顔をゆがめて、妹に呆れられながらさすってもらっていました。娘がテーブルをバンバン叩けば「こな(この子)は音楽の秀才だが」と言い、娘がテーブルで力強くつかまり立ちしているのを見れば「こなは体操の選手になぁわ」と言い、私たちを笑わせながら、娘の未来にきらきら明るい眼差しをくれます。
 東京へ戻る日まで、あと一週間弱。前半は人との交流が盛りだくさんで刺激的だったから、後半は家でのんびりと過ごすつもりです。
by papiko-gokko | 2011-10-18 16:57 | Diary | Comments(0)

帰省5日目


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 帰省してからあっという間に5日間が過ぎ、娘もすっかり実家の雰囲気に慣れて、毎日楽しそうにハイハイとつかまり立ちで動き回っています。母がおむつを替えたり離乳食を作ったりしてくれるし、妹もいるときには常に娘を見ていてくれるので、私は毎日かなり楽をさせてもらっています。
 昨日は、妹たちに挟まれながら初めてピアノに触らせてもらって、とても楽しそうでした。妹がポロロロンと片手で簡単な曲を演奏すると、その手をじっと見つめながら音を聴き、そのうち自分でも鍵盤を両手で叩いたりして、音がでるのを面白がっていました。おばちゃま二人にたっぷり可愛がってもらえて、よかったね。
 実家で最もにぎやかな存在である下の妹は、相変わらずバイトやら卒論やらで忙しいらしく、昨日岡山に戻ってしまったので、家は少しさみしく静かになりましたが、今日は高校時代の後輩の子が会いに来てくれたり、明日もまた友達が来ることになっていたり、毎日なにかしら行事があり、刺激的な毎日です。
 後輩の子は、高校時代の可愛らしさを保ちつつも大人っぽい雰囲気になっていて、甘い香りがして、会ってしばらくはドキドキそわそわしました。娘ははじめ少し人見知りしたものの、すぐに慣れて、ご機嫌で遊んでもらっていました。自分や同じ部活だった子たちの、高校時代の話や、最近の話をして、しみじみと時の流れを感じました。高校時代なんて、少し前までは、たったこの前のことのように感じていたけれど、今はもう、目を細めてそうっと息を吹きかけなければ、思い出せないことばかりです。
 明日も娘はまた初めての出会いをして、顔を見て声を聴いて匂いをかいで、新しい刺激を受けることでしょう。東京に戻ってくるころには、精神的にぐんと成長していそうです。
by papiko-gokko | 2011-10-15 18:33 | Diary | Comments(0)

帰省一日目


 昨日帰省しました。娘は空港へ向かう電車で少しぐずったものの、飛行機ではずっと寝ていてくれて、助かりました。空港までは、夫が付き添ってくれました。別れ際は寂しくて、夫への愛しさと執着心が普段の何倍にも膨れ上がります。さっと走っていってお土産を買ってきてくれたり、オムツを替えてくれたり、そういうことひとつひとつが感動的に映り、なんて心地よく心強い存在なのだろう!!と、どんどん離れがたくなります。ゲートをくぐる直前、娘が夫の服をきゅっと掴んだときには、自分がものすごくひどいことをしている気がして、胸が締め付けられました。今度は三人で帰れたらいいな。

 実家では思っていたほど人見知りせず、しばらく警戒心と興味をむき出しにした目で母や妹や祖父をまじまじと見つめては私の胸に顔をうずめるということを繰り返し、そのうちだんだんとその表情が柔らかくなってきて、はじめのうちは私にしがみついていた手の力も徐々に弱まり、リビングに座らせると部屋を動き回り始めました。いつもと違う環境で、鼻息荒くあっちにハイハイこっちにハイハイ、つかまれそうなところを見つけてはたっちしてきょろきょろ落ち着かず、みんなからワイワイかまってもらって、寝る直前までずっと上機嫌の興奮気味でした。普段は三人暮らしで一日の大半は私とふたりだから、こんなにたくさんの人に囲まれて賑やかに過ごすのは、さぞ刺激的なことでしょう。みんながわっと一度に笑うと、娘も楽しそうに、身体を弾ませて笑います。

 今日は実家用のバギーと椅子を買いに行ったり、親戚のうちへ顔見せにいったりしました。車の窓から見慣れた町並みを眺めていると、なんだか、自分の指紋をじっくり眺めているような気分になります。出雲の空は薄曇りで、妹が「いかにも出雲って感じの天気」と言っていました。
by papiko-gokko | 2011-10-12 17:38 | Diary | Comments(0)

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 一週間前からかぎ針で編んでいたクマ帽子が完成しました。
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かぶせるとこんな感じ。もっとのんびり時間をかけて編むつもりが、編み始めると夢中になってしまって、毎日夜遅くまで編み、昨日は休みの夫に娘を見てもらって、午後からずっと編み続けていました。編み物はどんどん熱中してしまうから、同時に二つのことをできない私が育児しながら編み物をするというのは、かなり無理がありました。これを編んだだけでもう、ひどい肩こりと寝不足です。今年はこれだけでやめておこう。

 明日から約二週間、帰省します。娘が生まれてから、二度目の帰省です。娘に会うために、母は一足早く帰国し、大学生の下の妹も帰ってきて、今日はみんなで部屋の片付けと安全対策をしてくれたそうです。6月に初めて連れて帰ったときはまだおすわりも寝がえりもまだだったけれど、今回はもう動き回るので、いつもと違う環境で怪我をしないよう、注意しなければなりません。うちにはない階段や玄関の段差には、特に気をつけなければ。
 今回、夫は来ないので、二週間離れ離れになります。そう思うと、たった二週間が長く感じられて、普段なんとなく今ここで続いている自分の日常を自分がいかに愛しているか、夫と過ごすのがどんなに好きかを思い知ります。そういうことに気づかせてくれるきっかけとして、帰省は欠かせない区切りです。夫と離れることへの寂しさや罪悪感で胸が締め付けられる半面、久々に娘の面倒をたっぷり見てもらえる安堵感で心は軽く、なんだか給水ポイントに到達したような気分です。この次の給水ポイントは春先あたりかなぁ。10月の出雲だなんて久しぶりの気がするので、神有月の気配を存分に味わって来ようと思います。といいつつ、実家に住んでいたころは、毎年そんなのほとんど意識せず過ごしていたのだけれど。
by papiko-gokko | 2011-10-10 22:41 | 手作り | Comments(0)