日記と短歌
by papiko
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伝えたい全部伝えて黙りたいこのからっぽが歌になるまで
 娘、お昼寝中。自由な時間は日記を書くに限ります。日記を書けた日は、それだけで一日が引き締まり、自分らしく生きた気分になれるのです。日記は私の一日にとって、プレゼントに結ぶリボン、花嫁さんが手に持つブーケ。楽しんだ後しみじみ見つめる入場チケットの半券。

 娘が生まれて以来、スカイプが大活躍しています。母とはほぼ毎日、父や妹とも1,2週間に1度ぐらいはスカイプをして、画面越しに娘をあやしてもらっています。娘は常に誰かに見つめられていたいらしく、私が娘に背を向けて掃除など始めるとすぐ怒りだすのですが、娘の前にパソコンをおいてスカイプで母や妹があやしてくれていると、時折パソコンに向かって笑顔を振りまきつつ、ご機嫌で遊んでいてくれるので、その間に掃除をしたりお昼ご飯をささっと食べたりできて、とても助かっています。母の方も、毎日リアルタイムの映像で会えて嬉しいと喜んでいて、いいこと尽くめです。実家が遠いし両親は今海外にいて、それほど頻繁には会えないけれど、スカイプのおかげで顔を見て会話ができて、それほど遠く離れている気がしません。現代の通信技術に感謝。
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 今日は娘と折り紙で遊んでみました。娘の前に何枚かおいたら、すぐさま両手で手に取って、ぐっしゃり握りつぶし、掃除をするみたいに畳に擦りつけたり、ばしんばしん叩きつけたりしていました。色のついている紙のほうが、白い紙より楽しいかなぁと思ったのだけど、これなら白い紙でも同じかな。いやいや、私が娘なら、色紙をぐしゃっとするほうが、やっぱり心躍る気がするし、たまにはこんな贅沢な遊びもよしとしよう。
by papiko-gokko | 2011-07-30 22:46 | Diary
幸せと口にしたとき幸せは手のひらに降る粉雪のよう
 穏やかな心の一日でした。昨日は、おかゆを床にぶちまけてしまったり、ぶちまけたおかゆを拭いていてお米をべしゃっと踏んだあげく机の角で腰を強打したり、なにかとついていなくて、少し気が滅入っていたけれど、もう大丈夫。昨日日記を書けたおかげで頭の中がかなりすっきりしたし、娘の可愛さが、私を長くは落ち込ませてくれません。私のほっぺたってこんなに柔らかい筋肉があったんだなぁと驚くほど、娘の可愛いしぐさや表情に出会うたび、にひゃぁと顔じゅう弛んで笑顔になります。目も口も左右に細くのびてのびきって、そのうち顔の形が横長になりそうです。
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 娘のお気に入りが増えました。リボンです。贈り物にかかっていたリボンを娘にみせたら、目を輝かせて飛びつきました。にょろにょろ揺らすと、大笑いします。そばに置いてやると、手と足で触って絡まりながら楽しんでいます。応用編として、紐を通せるタグのついたおもちゃをいくつかリボンに遠し、操り人形みたいにひょこひょこ動かしてやったら、これもすごく喜んでくれました。遊びを考えるのって、楽しいなぁ。先日つくったおきあがりこぼしでも毎日遊んでくれていて、早くも目と口がはげかかっています。おきあがりこぼしと遊ぶ時の娘は、なぜか若干攻撃的なのです。あの動き、イライラするのだろうか。

 そういえば最近、娘の好みを発見しました。小さな正方形が規則正しく並んでいる模様です。お風呂でずっと上を見上げていると思ったら換気扇の格子をじっと見つめていたり、急にテンションが上がったと思ったら、なにげなく使ったタオルがチェック柄だったり、そばに置いた洗濯かごの編み目をひたすら手のひらで撫で続けていたり、パソコンのキーボードに身を乗り出して食らいつこうとしたり、娘は並ぶ正方形が大好きみたいです。
 
 このブログについて、些細な報告。これまで、B'zや稲葉さんについて熱く語った日は音楽タグに分類していたけれど、年数が経ち熱く語った日数も増え、B'z関係は別枠でまとめたくなったので、新たにB'z・稲葉さんというタグを増やしました。他にもいろいろ細かく分けたい気もしますが、あんまり分けてもわけがわからなくなりそうだし、どうしたものか。

 
by papiko-gokko | 2011-07-30 00:17 | Diary
腫れぼったい曇りの空に呼びかけるあの日ふたりで名付けた名前
 わかってほしいと思うから辛くなるんだよなぁと、左右から聞こえる寝息に両耳を支配されながら、暗い部屋の真ん中で、昨夜はいつまでも目をひらいて、考えていました。
 自分の一番大事な存在と四六時中向き合うことは、ときどき、修行のようだと感じます。家のことをなかなかうまくさばけない自分が辛くて歯痒くて、なにか大きな存在に、懺悔したくなります。そして、懺悔したい気持ちは、分かってほしい気持ちに変わり、夫が帰ってくるたび、こんなことがあってこんなに大変だったのとついついぺらぺらアピールして、夫がそれをあまり真面目に聞いてくれなかったり、気に障る反応をされたりすると、この人は育児の大変さをわかってない!私が楽をしていると思っているんだ!と勝手に感じて苛立って、ケンカ腰になってしまいます。
 仕事をしていたころは、夫に自分の仕事の大変さをわかってもらおうなんて、別にそれほど思いませんでした。職場に行けば自分と同じような環境で同じような仕事をしている人が周りにたくさんいて、その人たちとは特に言葉を交わさなくとも、日々当たり前に互いの大変さを共有していたから、わかってほしいという欲望は、夫に頼らなくとも職場にいることで自然と満たされていたのだと思います。
 しかし、今、娘のお母さんは、私ひとりで、自分と同じ状態を味わっている人が周りにいないから、だからつい、一番身近な存在である夫に、自分の一日の大変さを、わかってほしくなってしまうのです。私は夫の仕事の大変さをわからないし、夫もわかってくれとは言わないし、たとえわかろうとしたところで、実際に働いてみなければ本当に理解するのは無理なのだから、夫だって、私がいくら大変大変と訴えたところで、こっちだって大変なんだからと、うんざりするばかりでしょう。そんな安っぽいドラマみたいなケンカ、繰り返したくありません。そのためには、考え方を変えなければいけないなと思います。娘が可愛い、それだけで、なにもかも報われるはず。はずなんだけどな。考え方の研究、がんばろう。

 待ちに待ったB'zのNEWアルバム『C'mon』、昨日届いて、娘と聴き続けています。嗚呼、新しいB'zを聴くときの、この胸の高鳴りときたら。このときめきは、中学生のころからまるで変わりません。今回のアルバムは、ところどころ雲の切れ間から光の筋が射す、日暮れ間際の腫れぼったい曇り空のようなイメージ。歩道橋で、そんな空を眺めながら、湿った頬に風を受けている気持ちになります。
 毎回、アルバムのなかに何曲か、必ずその時の自分の状況に恐いくらいぴったり寄り添ってくるドンピシャソングというのが存在するのですが、今回もやはり、すごいのがありました。『命名』という曲です。題名を見た時から気になっていて、届いてすぐ、一番最初に聴き、あまりのドンピシャソングっぷりに、涙腺と頬とが緩み、同時に娘を抱く腕に力が入りました。今、このタイミングでB'zがこの曲をつくってくれたことに、幸せを感じます。これから先、育児に躓いたときにはこの曲を胸に、娘と向き合おう。この曲があれば、どんな壁でも、乗り越えられる気がします。まったく、稲葉さんはなんで、私がわかりやすい言葉にして教えてほしいと感じていることを、こんなにもわかってくれるのだろう。『命名』のあとが、『ultra soul2011』というのもまた素敵です。娘の生まれた年バージョンのウルトラソウルがあるなんて、ついてる! 娘は最高のB'z運を持って生まれたかもしれません。
 他の収録曲も魅力的で、稲葉節も健在で、『デッドエンド』という曲の「可能か不可能か見きわめたような気になって君の前でも自虐的になります、ごめん」なんて言い回しなど、たまりません。シングル曲では『Don't Wanna Lie 』が大好きで、聴くたび体じゅうの縮こまっている部分が伸びて、まぶしい気持ちになります。アルバムのなかで唯一震災後に歌詞を書いたという表題曲『C'mon』は、震災直後の恐怖と混乱のなかで自分自身が思い知ったことや必死で感じようとしたことに重なり、胸が震えて、唇をかみしめたくなります。
 まだまだ聴き込めていない曲も多くて、それが楽しくて仕方ありません。明日も、娘と聴くぞ!聴いてますます娘のB'z運を高めよう。 
by papiko-gokko | 2011-07-29 00:37 | Diary
目に涙ためてケロリと笑うから君の心は侮れないね
 一ヶ月ぶりに、娘の予防接種を受けにいきました。今回受けたのは、ヒブと肺炎球菌の2回目です。今日の出勤が午後からだった夫にも付き添ってもらい、朝の開院時間にあわせて出発しました。今回の予防接種は自費のため料金の関係でいつもより遠い小児科で、到着するとすでに何人かの患者さんがおられましたが、私たちは娘と患者さんとの接触を避けるために、待合室から少し離れた別の場所へ通され、順番が来るまでそこで待たせてもらえました。ありがたい配慮です。これから何をされるのか分かっていない娘は能天気にふぱふぱおしゃべりしていましたが、私のほうが変に緊張してしまって、夫が隣りにいるにもかかわらず、ほとんど無言で座っていました。
 今回も、娘はやはり、針を打たれて1秒ぐらいしてから、「ぴゃああぁぁ!」と泣きました。この瞬間は、何度経験しても可哀そうで、胸の喉の奥がぐうっとつぶれます。娘の反応でこれまでと違ったのは、一本目の注射が終わったあと、泣いている娘が助けを求めるように、私にしがみついてきたところです。ただびっくりしたのではなく、きっと、突然の痛みやアルコールの刺激が、恐かったのでしょう。いろんなことに、感情を抱けるようになってきているのだと思います。
 しかし、そんなふうに注射への感情を思い切り態度で示しておきながら、今回も、打ち終わって服を着せ終わるころにはもうケロッとしていて、注射したことなんて一瞬にして忘れた様子でぷわぷわおしゃべりをはじめたのでした。0歳児の思考回路って便利だなぁ。夫にあやされ、まだ涙の溜まっている目でニコニコ笑う娘に抱っこひもを取り付けながら、以前、夫と、どうして赤ちゃんにはまだ自我がないのだろうという話をしたことを思い出しました。その時に夫は「まだ赤ちゃんは自分の身に起きたことを思い出として記憶できないからじゃない」と言い、そうか自我とは思い出によって形作られるものなのかと、感心したのを覚えています。
 今の娘にとっては、その時々の出来事と感情が世界のすべてで、そこに「現在」とか「わたし」という中心軸は存在しておらず、今日、注射をして痛くて泣いたことも、前髪を揺らす風のように、その瞬間だけ娘の意識を揺さぶって消え、今日の娘の思い出にはなれませんでした。これがやがて思い出として記憶されるようになり、その思い出のなかに痛くて泣いた「わたし」の姿を発見できるようになったら、今とは比べ物にならないほど、連れていくのも打たせるのも大変になることでしょう。それって、いつぐらいなのだろう。恐いけど楽しみです。娘との暮らしは、恐いけど楽しみと感じることが、いっぱいです。
 家に帰ってから少し遊んで、今、娘は静かにねんねしています。注射は痛かったけど、朝のお散歩いい気持ちだったね。お疲れさま。
 
by papiko-gokko | 2011-07-26 16:08 | Diary
蜂蜜をハチミツと書き洋菓子をスイーツと呼び夢をみている
 娘がついに寝がえりを、完全にマスターしました。目を離したすきにいつの間にかころっと寝返って、うつぶせの姿勢でこちらを見上げていたりして、今日は何度かびっくりさせられました。数日前のムシャクシャは、寝がえりができそうでできないことへの苛立ちだったのか。この調子で腕の力をつけて、ずりばいもできるようになれば、娘の日常は、これまでの何倍も楽しく刺激的になるに違いありません。そうなるとますます目が離せないし、家の安全対策のほうも、万全にせねば。
 
 娘の泣き声が日に日に大音量になり、今朝もそばにいないと怒ってとんでもない大声で泣きじゃくったので、録画しておいた『いないいないばぁ!』を見せながら朝の家事をしました。『いないいないばぁ!』をつけたとたん、それまでグブギャアアと泣いていた娘がぴたっと泣きやんで、ワンワンとゆうなちゃんに、心の底から感謝しました。ありがとう、NHKの幼児向け番組をつくっている人たち。

 泣き方が激しくなるのと並行して、また、おしゃべりの仕方も変わってきました。これまでは、声を出すのを楽しんでいるという感じだったけれど、今は心なしか声に感情がこもっていて、声を出すことで何かを伝えようとしているような、私たちの声の出し方を真似しているような、おしゃべりっぽい声の出し方をするのです。おもしろくて、「へぇ、そんなに、ふぷぷぅな気分なのー?」などと相槌を打つと、すごく嬉しそうな顔をして、きゅんとします。本当におしゃべりしはじめたら、どんなに可愛いことだろう。待ち遠しい!

 6カ月になったのを機に、離乳食も、昨日から一日2回食になりました。これまでに食べた食材は、おかゆ、にんじん、ブロッコリー、じゃがいも、さつまいも、だいこん、トマト、かぼちゃ、りんご、バナナ、豆腐、パン粥、ヨーグルト。今のところ、どれも好き嫌いせずもりもり食べてくれています。ただ、パン粥だけは、若干苦手なようで、二度与えて二度ともイマイチな反応でした。調理の仕方が悪いのだろうか。そろそろ、卵や小魚なんかも、与えてみようかと思います。

 読書をすると、文章を書きたい欲が俄然強まるのですが、昨日の日記にも書いた通り、本はハイペースで読めるのに日記はなかなか書けないという、インプットとアウトプットのバランスが取れない状況になっていて、書きたい欲が消化しきれないまま溜まり続けています。「カレーライスと飛行船」のほうも、毎日更新しようと決意したのに、これもなかなか難しくて、もやもやします。子育てで、外にでられないとか買いものできないとかお洒落できないとか、私の場合そういったストレスは今のところ一切感じていないのですが、ただひとつ、思う存分時間をかけて文章書きたい!という欲求は、かなり切実です。もしも家事も育児もしなくていい完全に自由な一日ができたとしたら、日がな一日パソコンの前に座ってキーボードを打っていたいです。きっと、その文章の中身は、娘のことばかりになるのだろうけれど。
by papiko-gokko | 2011-07-25 22:55 | Diary
娘と夜。夫と休日。
 今、一番のやすらぎタイムは、娘の規則正しい寝息を聞きながらこうして日記を書く時間と、それから、添い乳で寝かしつけながら、読書する時間。娘はすぐに起きてしまうから、日記はなかなか書き進められませんが、娘はなかなか寝付かないから、読書はハイペースで進み、ここ数日は、一日一冊読んでいます。今日読み始めた小説も、あと40ページぐらいなので、また娘が起きてしまえば、今日のうちに読み終わるでしょう。
 まったく、娘はどうしてそんなにも、寝たがらないのだろう。私も子供のころから寝るのが嫌いだったから、私に似てしまったのでしょうか。先が思いやられます。眠れない夜、父と母のまだ起きているリビングからかすかに漏れる明かりとテレビの音にすがりつきながら、子供も夜更かししたいだけしてもよければいいのにと、子供のころ、何度思ったことか。いつまでも寝られずに寝がえりを繰り返しているうちに、父と母の寝る時間になって、歯を磨く音が聞こえ、リビングの明かりが消えたときの、知らない町の踏切に立っているような、心細さと焦りときたら。今でもそのときの気持ちを思い出すと、泣きたくなります。子供のころ、夜は私に凶暴で、目を閉じていなければ、今にも夜に食べられそうで、恐い子守唄が、頭の中をぐるぐるしていました。眠れなければ明かりをつければいいのに、あのころは、妹も一緒に寝ていたし、両親に叱られるしで、とにかく暗い夜の長さと、布団の中で向かい合うしか、なかったのでした。

 今日は夫が休みだったので、夫に娘を見てもらっていないとできない種類の掃除をしたり、離乳食の冷凍ストックをつくったり、本棚の整理をしたりしているうちに、一日が終わっていました。ご飯はお昼も夜も夫が作ってくれて、それだけでも随分と助かったというのに、心待ちにしていた夫の休日があまりにもあっけなく終わってしまった悲しみに打ちのめされ、もっと夫がいろいろ手伝ってくれたらよかったのに!と、つい思ってしまい、イライラをぶつけてケンカになりました。夫は働いているのだから、休日はゆっくり過ごしてもらいたいと思っているはずが、自分ばかりが動き回っていると、どうしても、私ばっかり!と、腹が立ってきてしまいます。ダメだなぁ。専業主婦としての自覚を持たなくては。

 嗚呼、娘が、泣きだしました。添い乳の読書をして、今日はもう眠ります。がっつり日記、書きたいなぁ。
by papiko-gokko | 2011-07-25 00:40 | Diary
今日で生後半年
 娘が生まれて、今日で半年。娘は六ヶ月の赤ちゃんになりました。なにもできないふにゃふにゃだった生き物が、半年のあいだにむくむく太り、笑うことや怒ることや、泣いて主張することを覚え、おもちゃを掴めるようになり、おすわりするようになり、人見知りも始まり、おっぱいじゃない食べ物を、口にするようになりました。この半年間で、私と娘は、あらゆる感情の波を共有して、大の仲良しになりました。
 震災の影響もあって、新生児のころから最初の三ヶ月間は果てしなく長く感じましたが、四ヵ月に入ってからは、あっという間だったように思います。とにかく娘のことが最優先で、自分の時間がないというより、娘のことが気にならない瞬間がなく、自分のことに関しては、自分がひとりの人間であることを忘れそうになるくらい後回しでいい加減で、自分のことで一生懸命にケアしたところといえば、おっぱいぐらいでした。自分のありったけの力と時間と感情は、大根おろしのようにすりおろされてびしゃびしゃ娘に降りそそぎ、ふたりの時間のすみずみにへばりついて水っぽく満たし満たされながら、自分が今どんな姿形をしているのかなんてどうでもいいことに思えた、そんな半年間でした。

 しかし、そんな半年間を過ごした結果、もともと強くない肌があちこち痒くなりはじめ、汗をかく季節になっていよいよひどくなってしまいました。そんなわけで今日は、皮膚科に行くなら涼しくなった今しかないと急きょ決めて、大急ぎで準備し、地図をコピーして、娘とふたりで出かけました。
 なるべく待たなくていいようにと朝一で行ったのですが、考えることはみんな同じらしく、しかも夏休みに突入していて、院内はすでに混雑しており、初診で予約なしだった私は、結局、1時間半も待つことになりました。3~5歳くらいのやんちゃ盛りの子供たちが待ちくたびれて走り回ったり絵本を読んでとせがんだりと騒々しいなか、まだ騒ぎ方の分からない娘は、私の膝の上で、抱っこひもなどいじりつつ、時折すぐそばを走る子供たちのことを不思議そうに目で追いながら、大人しくしていてくれました。
 しかし、ちょうど1時間くらい待ったころ、娘の背中からほわぁっと怪しいにおいが漂ってきて、恐る恐る持ち上げおしりに鼻を近づけると、明らかにうんちをしているにおいがしました。外出先でうんちをしたのは、今回がはじめてのことです。院内にはおむつ台がなく、受付の人が教えてくれた近くのショッピングモールまで行って、慌てておむつを替えました。こういうときに限ってかなりの量で、洋服にもちょっとついてしまっていて、替えの服は持っていなかったので、汚れた部分にハンカチを挟み、肌に触れないようにしました。抱っこひもを常に装着していれば、服がうんちで汚れているのは見えないし、汚れが他へ付くこともないので、ギリギリセーフです。それにしても、着替えを持って行かなかったのは大失敗でした。反省。
 おむつを替えて病院へ戻ると、少ししてから娘と同じぐらいの赤ちゃんが隣りに座り、娘は興味津々でその子のことを見ていました。そしてその子がぐずるたび、なんとなく落ち着かない様子で、私の顔を仰ぎ見たりしていました。やっぱり、自分と同年代の人の言動って、赤ちゃんでも気になるものなのか。
 だんだんと娘が腕の中でじたばた動き出し、私も待ちくたびれてあくびが連発しはじめたころ、ようやく診察室に呼ばれ、痒いところを診てもらって、処方する薬の塗り方の説明を受けたり、薬を塗っていても大丈夫な授乳方法(おっぱいもかぶれているため)を教えていただいたりしました。その間、娘は看護師さんにあやされて、とてもいい子にしていました。最近すごく人見知りをするのに、泣かせないなんて、さすが看護師さんです。今までいろいろな皮膚科にかかりましたが、こんなにじっくり話をしてくれた先生は初めてでした。
 帰るころには11時を過ぎており、涼しいといってもさすがにこの時間は暑いだろうかと思いきや、外に出るとむしろ朝より日が陰り、冷たい風が吹いていて、少し肌寒いくらいでした。やがて娘は抱っこひもの中で寝息を立て始め、私はおなかがぺこぺこで、妊娠中のウォーキングのときと同じ道を、寒かったあのころを思い出しながら早歩きで帰りました。抱えている娘はもう、お腹にいたころの約三倍の重さです。
 帰ってすぐ、シャワーをあび、うんちのついたもろもろを洗濯機に入れて回し、今日は六ヶ月の記念日だからと、頂き物の上等なお洋服を着せたら、30分もたたないうちに、再び大量のうんちをしてまたしても汚してしまい、結局いつもの洋服を着せて、二度目の洗濯機を回しました。

 抱っこしながらの早歩きと長い待ち時間で、私はへとへとに疲れましたが、娘は今日の外出がとても楽しかったようで、帰ってから先ほどお昼寝に入るまで、ひゃふひゃふご機嫌でした。今日は付き合ってくれてありがとう。六ヶ月おめでとう。次の半年は、もっともっと、目まぐるしいのかな。ときどき今より少し成長している夢をみるくらい、その成長が楽しみです。
 
by papiko-gokko | 2011-07-22 21:59 | 月齢ごとの成長記録(長女)
この星が君をひたすら幸せにするためだけにあればいいのに
 昨日から、娘がムシャクシャしているようです。ちょっと自分の意にそぐわないことがあると、たちまち表情が険しくなり、ウキャアアと手足をじたばたさせて泣きだすのです。これは恐らく、お座りの姿勢がちょっとできるようになったことによって今までよりもぐんと視界が広がって、自分の手で触れてみたいものが部屋中あちこち無限にあることを知り、心には好奇心が溢れ、ぷにぷに太った手足にはパワーがみなぎっているというのに、まだ自力でハイハイも寝がえりもできないから、自分で自由に動くことができないことへの苛立ちが、日に日に強まっているせいだと思います。その苛立ちを原動力に、寝がえりやずりばいができるようになるといいのですが、今はうつ伏せにしてみても怒って泣くばかりで、動けるようになるのは、まだもうちょっと先なのかもしれません。
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 台風だからお散歩で気分転換するということもできず、少しでも娘のムシャクシャを解消しようと、おきあがりこぼしっぽいものを作ってみました。空っぽになったウェットティッシュ入れに画用紙を巻いて、両面に違う表情の目と口をくっつけ、中に重りを入れただけの簡単なものですが、押すと一丁前にごろんごろん揺れます。参考にしたサイトでは茶筒でつくっていて、重りに粘土を使っていましたが、うちに今粘土がないので、粘土の代わりに、凍っていない保冷剤を使いました。中に鈴もひとつ入っていて、揺れるたびリロンリロンと音が鳴り、楽しさを演出します。
 娘が『いないいないばぁ!』を見ている間にこのおもちゃを作り、見終わってから与えてみたところ、最初は嬉しそうに手を伸ばして遊んでくれましたが、5分ぐらい遊んでいるうちにやっぱりなんだかムシャクシャしてきたらしく、怒り始めました。ムシャクシャしているときに、おきあがりこぼしのような、進むでも戻るでもない、何が変わるわけでもない単調な動きのおもちゃは、かえって逆効果だったかもしれません。しかしせっかく作ったのだから、しつこく明日も遊ばせて見ようと思います。
 
by papiko-gokko | 2011-07-21 23:01 | 手作り
整わない生活リズムと遊びの研究
 一応努力はしているのですが、娘の生活リズムが、なかなか整いません。夜は娘がなかなか寝付かなかったり、一度寝付いていても夫が帰宅すると同時に目を覚まして元気100倍になってしまったり、朝は夜中の授乳の影響で私が睡眠欲に勝てず、娘をむりやり巻き込んで二度寝してしまったり。せめて授乳時間だけでもなるべく一定にしようと思うのですが、娘の機嫌次第で、それすら崩れてしまいます。集団生活に入らないうちは、とりあえずは睡眠時間と栄養が足りていれば、いいのだろうか。やっぱりきちんと今から、早寝早起きしないとよくないのだろうか。子育てしていると、不安と疑問が次から次へと湧いて心の余裕を奪っていくけれど、誰にどう答えをもらえれば、私は満足するのだろう。
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 娘と過ごす長い長い時間を、少しでも楽しく過ごせるように、そして娘が少しでもちゃんと疲れて夜スムーズに寝てくれるように、毎日遊びの研究に励んでいます。今日は、大型の遊び道具をつくってみました。部屋に備え付けてある物干し用リングに、私の妊娠中夫が一心不乱に大量生産したフェルトのおもちゃを鎖状にして吊るし、バンボに腰掛けた娘の手がちょうど届くくらいの位置に、ガラガラを入れた買い物袋(口に入れることを見越して除菌ウェットティッシュで消毒済み)を括りつけたものです。カラフルで、触ると揺れる、音がする、形が変わるという、娘の四大興奮要素をとり入れた、この大型アトラクション。イスに乗ったりしゃがみ込んだり必死で作った甲斐あって、娘はすぐさま目を輝かせ、がしゃがしゃぐわぐわ、ちぎれそうなほど激しくゆすって、夢中で遊んでくれました。
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 それからもうひとつ。洗濯かごの中が、今の娘にとって最高の遊び場であることもわかりました。おすわりの姿勢が大好きだけどまだ支えなしには長時間座れない娘の体を、洗濯かごのカーブが、ちょうどいい具合に支えてくれるのです。洗濯かごの編み目ごしに見る景色も面白いらしく、カゴの中できょろきょろとあたりを見回しています。
 しかし、本人がどんなに気に入っていても、あんまり長い時間入れておくのは何となくよくない気がして、今日は掃除をする間だけ、カゴの中にいてもらいました。娘と一緒にお気に入りのおもちゃもいくつか入れておいたら、黙々と遊んでくれていて、とても助かりました。そんなわけで、洗濯かごも、遊びのひとつに追加です。

 娘をしっかり疲れさせたければ、そろそろ勇気を振り絞って児童館へでも連れて行けばいいのかもしれないけれど、なにしろ暑いし、それに、よその小奇麗なお母さんに話しかけられてしどろもどろになり、最終的に居場所を探しあぐねてそそくさと退散する自分が目に浮かぶので、恐くていけません。今のところは、家で楽しく遊べているし、子供同士の触れ合いはいとこや友達の子供ちゃんとできているし、児童館デビューは、もうしばらく、先延ばしにしようと思います。児童館に連れて行かないぶん、おうちを楽しい遊び場にできるよう、全力で取り組みます。
by papiko-gokko | 2011-07-19 23:34 | Diary
どんな夢みて笑ったの母さんの知らない世界もう持ってるの
 毎日娘が紙で遊ぶので、ゴミ箱が紙くずでいっぱいです。娘に遊ばせている紙は、夫が職場から持って帰ったFAX用紙。FAXの機械を入れ替えて、それまで使っていた紙が使えなくなったので、落書き用にもらったのだそうです。薄いから娘の手でもぐしゃぐしゃにしやすいし、ぴらぴらがしゃがしゃ派手な音が出るし、ちょっと舐めてもすぐに溶けてしまわない素材なので、大変重宝しています。たまに力がうまい具合に加わって、ビリリッと紙がやぶれると、こんなことって起こり得るの!?というような、驚きの表情を見せた後、大笑いします。
 紙ほどではありませんが、タオルも好きで、朝目を覚まして、ふと横を見やると、すでに目を覚ましていた娘が、真剣な面持ちでタオルケットと戯れていたりします。お昼寝でも、最近は目が覚めるとまずとりあえず、お腹の上にかけていたハンドタオルを手に持って、寝ぼけまなこでもちゃもちゃいじります。
 紙にしてもタオルにしても、自分が手を動かせば動かすほど形が変わるのが楽しいのだろうなぁ。紙やタオルと格闘しているときの娘は本当に真剣そのもので、一体どんなことを考えているのか、頭の中を覗いてみたくなります。「これは一体なんだろう?」で、溢れているのかな。赤ちゃんの頭に浮かぶハテナマークを集めたら、立派な哲学書ができそうです。

 紙やタオルを与えていればひたすら遊び続けてくれるとはいえ、それではこちらが飽きてくるので、今日はボールで遊ぶ時間も作りました。中に鈴の入った、お手玉よりもちょっと大きいくらいのボールで、娘にはまだまるい形が掴みにくいらしく、掴もうとしては手を滑らせて、遠くへ転がしてしまいます。まだ動くことができない娘は、遠くへ転がって行くボールと、なんとも切なげな目で見つめ、私が再び娘の方へ転がしてやると、必死に体を乗り出して、ボールを掴もうとします。少しずつおすわりの姿勢ができるようになって、遊びの幅がぐんと増えたから、これで動けるようになったら、彼女の世界はもっともっと、何倍も何十倍も楽しくなることでしょう。その日が来るのが待ち遠しいね。家の安全対策、もうそろそろ、急ピッチで進めなくては。
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 昨日は夫が休みだったので、午後、一番暑い時間帯に、部屋の中でプールをしました。プールはこれまでにも何度かやりましたが、いつも夫は仕事だったため、夫も一緒にしたのは今回が初めてで、ひとりで準備するのに比べて断然楽でした。これからもプールは、夫のいるときにしよう。
 娘はまだプールを楽しめるほど水への理解が進んでいないようで、最初はいつも戸惑いの表情を浮かべ、湯治にきた人のようにただただじっと浸かっていますが、じょうろでお水をかけたりしているうちに、ちょっとずつ水を楽しむ気持ちになるらしく、じょうろから零れる水に向かって手をのばしたり、プールのなかで足を動かしたりしはじめます。今のところ、水を恐がることは一切なく、顔にかかっても平気なので、頭のてっぺんからじょうろで水をかけてやったら、気持ちよさそうに目を閉じていました。
 今年はすっぽんぽんでやったけれど、来年は、水着を着せてやってもいいかもしれません。来年の今頃にはもうあんよができるようになっていて、室内でプールするのは、難しいかなぁ。うちはマンションでお庭がないし、ベランダは狭いし私が苦手(自分の家なのに外の世界に晒されているという微妙なあの空間はどうにも息苦しい)から、お風呂でやることになりそうです。

 紙、タオル、ボール、水。興味を抱くことがそのまま遊びになるのを見ているのは面白くて、日々「遊び」の本質を娘に教えられています。娘の視点でみると、この世界は、ときめきだらけです。
by papiko-gokko | 2011-07-19 00:37 | Diary


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