日記と短歌
by papiko
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幻の君が好きです居酒屋で再会なんていらないのです
 昨日は夫が午後出勤だったので、午前中のうちに娘を見てもらって、郵便局へいき、念願だった娘専用の通帳を作ってきました。通常貯金の緑色した通帳と、定額貯金の赤い通帳。ピンと引きしまった真新しさが、なんだか新学期に配られる教科書のように嬉しくて、帰ってからも何度か取り出しては、まだほとんどまっさらなページをぱららとめくってみたり、同じ濃さできちっと印字してある娘の名前を見つめたりしていました。娘の名前が印字されていると、なんの変哲もない通帳すら、たまらなくキュートに思えてきます。
 私も子供のころには親が私の通帳を作ってくれていて、そこにお年玉やお祝いごとでもらったお金を貯金していたものでした。お金がわかるようになってからは、ときどき、記帳したページを見せてもらって、あとどれくらい貯まったらあれを買おう!と、目標を立てたりしていました。自分の通帳からお金をおろして買った初めてのものは、ワープロでした。それまでは、一文字ごとにダイヤルを合わせてがちゃこんがちゃこん打つタイプの、おもちゃのワープロをつかっていたのだけど、小学4年生ぐらいのとき、岡山の祖父が持っていたキーボードで打つワープロを使わせてもらって以来、キーボードを打つということの便利さとカッコよさにすっかり魅了され、自分専用のワープロが、欲しくて欲しくて欲しくて、それからは誕生日もクリスマスもプレゼントをお金にしてもらい、必死で貯金したのでした。
 中学のときには、宇宙のロマンに魅せられて天体望遠鏡を、高校入学のときには、友達の家にあったCDとMDが何枚も入るコンポに憧れて、ビクターのでっかいCDコンポを買いました。天体望遠鏡は使いこなせないまま今も実家の縁側に置いてありますが、ワープロにしろ、CDコンポにしろ、すごく欲しくてがんばって買ったものは、すごく思い出に残っているし、今も自分が大事にしたいものの柱となっている気がします。娘も、お金のことがわかるようになったら、今回つくった通帳で、貯金することを教えようと思います。そして自分の欲しいものを、自分で貯金して買う喜びを知ってほしいです。それまでは、定額貯金の通帳で、こつこつ貯めておくからね。
 郵便局にいたのは三十分ほどで、他の用事も済ませて、一時間ぐらいしてから家に帰ったら、夫が娘を膝にのせて、パソコンしていました。たった一時間ほどなのに、少し離れていただけで、娘に対する新鮮な愛しさがもりもり湧きあがってきて、いっぱい抱きしめ、一緒にシャワーをあびました。毎日仕事から帰った夫が娘にメロメロになる気持ちがわかります。毎日そんな新鮮な愛しさを味わえて、ちょっと羨ましいような。

 午後は、午前中家にいなかったせいか、どんどん時間が過ぎていき、気づけば夕方6時をまわっていました。お散歩に出るのはやめにして、あわてて離乳食作りをはじめ、没頭しているうちにまた1時間が過ぎ、娘に食べさせることができたのは、7時ごろ。この日の離乳食は、じゃがいものポタージュに挑戦しました。ゆでてすりつぶしたジャガイモを、お湯に溶いたベビー用コンソメと粉ミルクと混ぜ合わせ、どろどろにしたものです。味見したらすごく美味しくて自分のおかずにしたいぐらいでしたが、娘にとっては、おかゆとは違うざらざらした感触がちょっと気になったみたいで、半分くらいぶうぶう吐き出していました。しかし吐き出しながらもにこにこふくふく、楽しそうに食べていました。スプーンが大好きみたいです。
 離乳食をやったあとに自分と夫のご飯をつくって、食べ終えたのが8時。それからお風呂を入れたのですが、一度栓の抜けたままで溜めていたため時間をロスして、お風呂に入れることができたのが、9時でした。その後、すぐに寝かそうと思ったのに、おむつをつけるまえにおしっこをぴゃあっとされてしまって、その拭き掃除でまた時間を食い、あれこれしているうちに、10時。しかも全然寝付いてくれなくて、少し寝ては起きるの繰り返しで、結局、しっかり寝ついてくれたのは、深夜1時すぎでした。なんとか日記を少しでも書きたくて、娘に添い乳しながら、携帯に打ち、そのうち眠気に勝てなくなって、パジャマのボタンも携帯も開いたまま、私も寝ていました。
 そろそろ規則正しい生活をと思うのに、私の手際の悪さと、娘の気にしなさによって、ちっともそれがままなりません。いいのだろうか。よくないのだろうな。さて、どこをどう、改善しよう。今、娘はお昼寝中。ちょっと音を立てただけでも起きるので、指先に力を入れて、やわらかなタッチでキーボードを打っています。

 日記はできる限り毎日更新をしたいけれど、「うわのそら」は、書き始めるとどうしても長文を書きたくなって、一日置きとか二日置きの更新がやっとの状態だから、せめて短時間でアップできる「カレーライスと飛行船」のほうだけは、毎日更新するようにしようと、たった今決めました。めまぐるしく成長する娘の毎日を、書きとめよう。
by papiko-gokko | 2011-06-29 16:29 | Diary
幾重の記憶の地層くぐり抜け澄んだ涙が零れおちたよ
 ほとんど誰も傘をさしていない程度のうっすらした霧雨のなか、おおげさに大きな傘をさして、曇り空なのにふたりして帽子をまぶかにかぶって、朝一番に小児科へいき、予防接種を受けてきました。自分が外出するとき帽子をかぶらないと落ち着かないものだから、娘にも必ずかぶせずにはいられません。
 家を出たのが少し早すぎて、到着したときまだ小児科は閉まっていました。開くまで外で待とうかと思いましたが、大通りに面しているため車の交通量がすごくて、排気ガスが心配で、小児科の隣にあるマンションのエントランスに入って、ゆらゆらしながら待機していました。私はこれから、外は楽しいことがいっぱいだねえって、娘に教えなければならない立場なのに、娘を抱っこしていると、なんでもかんでも気がかりになって、必要以上にびくびく怯えてしまいます。排気ガスなんて、現代社会で子育てする限りこれからガンガン吸うのだから、恐がったって仕方ないのにな。
 今日受けた予防接種は、三種混合の三回目と、肺炎球菌の一回目。やはり娘は泣きました。まず左をアルコール消毒して三種混合を打たれ、針を抜く寸前までは泣かなかったのですが、先生が「おっ、泣かないかな?」と言ったのとほぼ同時に、「ひいっ・・・ぴえええええ!」と、泣きだしました。痛くて泣いたというよりも、なんかすごく嫌な感じだったよう!と、されたことにショックを受けたような泣き声でした。それから一回泣きやみかけて、右側をアルコール消毒されたとき、もう一度同じことをされると悟ったのか、今度は打たれる前から「ひいいいい」と泣き続け、打たれてからは、「ひゃああああ」と、辛くて仕方ないような声で泣きました。心なしか、一か月前よりも、感情のこもった泣き方でした。
 次回の予防接種は一ヵ月後、ヒブの二回目と肺炎球菌の二回目を受けに行きます。ヒブと肺炎球菌は任意接種のため毎回お金がかかるのが辛いところですが、命を守るためにとても大事な注射らしいので、受けないわけにはいきません。まだまだ予防接種の日々は続くけれど、がんばろう。

 注射を打つとやはりそれなりに体力を奪われるのか、今日の娘はよく眠ってくれて、掃除がスムーズに進みました。娘がハイハイをはじめるまでに習慣づけなければと、五月ごろから始めた毎日の床拭き掃除、しばらくは面倒でしんどくて、さぼりたいなぁと思いながら嫌々やる日も多かったけれど、最近ようやく私のなかで習慣になってきました。私は面倒くさがり屋の上に、臨機応変に動くということがものすごく苦手な人間だから、物事を日常的にきちんとこなすには、むりやり毎日の習慣に組み込むしかないのです。やらなかった日に、『あぁ今日はやらなかった・・・ああ・・・』ともやもや重たい気分になるようになったら、それは、お風呂や歯磨きと同じように、毎日の習慣に組み込まれた証拠。今は拭き掃除をさぼると、気分が濁って、他のこともやる気がしなくなります。ちょっと極端な気もするけど、私の場合、そんなふうにしなければ、お得意の見ないふりと後回しで、どこまでもだらけてしまうので、とにかく今はいろいろ家事を、習慣づけることに精を出しています。
 今日は天気が悪くて洗濯物を回さなかったから、部屋の整理整頓をしました。娘がハイハイをはじめたとき、今の状態ではまだまだ危険がいっぱいなので、時間のあるときに少しずつ、位置を替えたり蓋をつけたりして対策を練っています。でも今いくらやったところで、実際には、動き始めてみないと、わからないことだらけなのだろうなぁ。今はまだ寝がえりも打てないので、娘が自分で動く姿って、想像がつきません。恐いけど、楽しみです。娘の成長は、これまでにみたどんな物語のつづきよりも、楽しみで楽しみで、つづきを見るためなら、どんなことでもできる気がします。それはもう、ちょっと自分が恐くなるくらい。

 今日の離乳食は、十倍がゆに、かつおぶしからとっただし汁を少し加えたもの。だしの風味が気に入ったらしく、今までで一番よく食べました。二口目からは、口にスプーンを入れるたび、あまりの美味しさに興奮して、スプーンを噛みしめながら「うまい!」とばかりに手足をぴーん!とのばしていて、ねるねるね~るねの魔女を思い出しました。スプーンを口に入れたときの楽しそうで美味しそうな顔は、無心におっぱいを飲んでいるときの顔とはまた違った、眩しい喜びで私の心をいっぱいにしてくれます。離乳食、楽しい!娘に食べてもらえるのって、嬉しい!
 だし汁もたっぷりできたので、また製氷皿で凍らせました。だしをとった鰹節は卵焼きにして食べたら、とても美味しかったです。いつも当たり前にだしの素を使っていた私が、かつおぶしでだしをとって、そのだし汁を冷凍保存したばかりか、そのうえだしを取った後のかつおぶしで卵焼きなど作ったりする日がくるなんて。三日坊主にならないよう、これも習慣にしてがんばります。
 
by papiko-gokko | 2011-06-28 00:00 | Diary
真っ白なお粥はじめて口にする土の育てた食べ物の味
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 5カ月になったので、昨日から、離乳食を開始しました。まずは、10倍がゆから挑戦です。4ヶ月検診のときに渡されたおかゆの作り方を参考に、炊飯器の真ん中に、お米と水を1:5の割合で入れた湯のみを入れて、大人が食べるご飯と同時におかゆも炊くやり方を試してみました。それから、炊きあがったおかゆを、説明通りに、妹がお祝いでくれた離乳食セットのなかにある専用のこし網でこしたら、すっかりツブが消えて、糊みたいになりました。
 料理は得意じゃないけれど、この一連の作業は、なんだか理科の実験みたいで、すごくすごく、楽しかった! この調子で、ずっと楽しんで作れたらいいなと思います。包丁さばきと味付けには自信がありませんが、こしたり、すったり、つぶしたりといった、ただひたすらに集中して繰り返す系の作業は好きなので、これからしばらくは、楽しめそうです。
 大きめの湯のみで炊いたら結構たくさんできたので、スプーン一杯分ほどお椀に移して食べさせ、残った分は、スプーン一杯ぐらいずつ、製氷皿に入れて冷凍しました。キューブが六つできたので、一日一個ずつ解凍して、味を少しずつ変えたりしながら食べさせようと思います。
 一応、4カ月のうちから、麦茶や果汁でスプーン慣らしはしていたので、娘ははじめての離乳食でもスプーンを嫌がることはなく、むしろ口に入ってくるスプーンの感触を楽しんでいるようで、終始にこにこご機嫌でした。まだ大きく口をあけないし、せっかく口に入ったおかゆも、ぶぶぶうと、ほとんど吐き出して、お口の周りがべちゃべちゃになってしまったけれど、本人はとにかく楽しかったようで、まずそうな顔もしていなかったので、まずは一安心。これから少しずつ少しずつ、お口に入る量も増えてくることでしょう。
 お椀に残ったおかゆを食べてみたら、無味というより、空気よりも透き通った味がして、私なんかがこんな清い味を食べていいのだろうかと思いました。お腹を壊してお粥を食べる時でも、いつも塩や卵で味をつけていたから、おかゆ本来の味がこんなに清いものだったなんて、すっかり忘れていました。
 今日は、昨日冷凍したキューブひとつを解凍して、粉ミルクを溶かしたお湯を少しだけ加えて、ミルクがゆっぽくしてみたら、ぺちゃぺちゃ、楽しそうに食べて(というより、吐き出して)いました。私がスプーンでかきまぜたり、ふうふう冷ましたりしているのも目をキラキラさせて見ているし、離乳食を始める前から、私や夫の食べているところをじーっと見ていたし、食べることの大好きな子になるのかな。これは責任重大です。がんばって、毎日、おいしいたのしい離乳食タイムにしよう。
by papiko-gokko | 2011-06-25 23:48 | Diary
母になる準備運動真夜中の抱っこおっぱいおむつ交換
 娘がようやく寝てくれて、これから日記をかく時間。大事な時間。娘の体は活発に動くようになり、心は自己主張が強くなり、頭は世界への興味にあふれはじめて、もう、とにかくパワフルで、なにがなんだか、すっかり振り回されて、ゆっくりした時間が一切ないまま、夜になりました。
 ご機嫌にひとり遊びしてくれているすきを見計らって、床を拭いたり、洗濯物を干したり取り込んだり、昨日干した布団に掃除機をかけたり(これまで寝室のダブルベッドで3人密着して寝ていたけれど、あまりの暑さに耐えかねて、昨日から和室に布団を3枚敷いて寝ることになった)、少しだけ果汁を与えてぐずる娘の気分転換をしたり、お風呂を洗ったり、そういう小さなひとつひとつのことを終えるまでに、必ず2,3回は泣かれて中断し、しばらく抱っこしたり一緒に遊んだりしているうちに、どんどん時間が過ぎて、あっという間にもう夕方。
 風呂にお湯をためている間にお散歩にでて、帰ってすぐにお風呂に入れて、お風呂をあがるときに足がひっかかって粉末洗剤をぶちまけてしまい、娘におむつだけつけてからぶちまけたのを片付けて、おむつで放置されたことに憤って泣く娘にパジャマを着せて、時計をみたら、もう8時。昨日も今日もこんな感じで正しい時間に夜ご飯を食べ損ねて、寝かしつけのときにおっぱいがでなくては大変と、あわてて白米をかきこんで、夜遅くに帰ってくる夫とそのとき一緒に食べる自分用の夜ごはんを、これまた何度も何度も中断しながらつくって、時計をみたら、9時。もうねんねの時間です。
 みんな、こんな感じなのだろうか。それとも私の要領がとてつもなく悪いのかな。泣かせながらやればいいのかもしれないけれど、集合住宅だからあんまりぎゃんぎゃん泣くと近所迷惑になりそうで恐くて、もう5カ月で重たいのに、抱っこばかりしています。
 そんなてんてこまいな毎日のため、今の私は娘の母親になることで精一杯で、夫のことを想いやる余裕がなくて、しょっちゅうケンカになります。今日も夫のお昼ご飯のことでケンカになりました。夫は気難しいだけで、言っていることは正論で、冷静に考えれば、いつだって私が悪いのです。母と妻とを同時進行するのが、こんなに困難だったとは。妻は、私が私という人格を損なわなければそれでよかったけれど、母は、人格というより、役割だから、今はその役割にまだ慣れなくて、妻としての人格が犠牲になってしまっています。もう少し時間がたてば、妻の人格を保ちつつ母親の役割を果たすことが、できるようになるのだろうか。
 
 私と夫のケンカなどまだ理解できるはずもなく、今日も元気いっぱい無邪気に生きる娘は、毎日、新たな感覚と出会います。昨日はザルに出会いました。料理中、ぐずりだした娘にザルを触らせてやったら、そのジャジュッとした感触がえらく面白かったらしく、ちょっと触っては「ひゃふう!」と、興奮の声を発していました。それから今日は、お風呂で「水(お湯)」の存在を発見しました。これまでは、お風呂に入って私の腕のなかで足を動かすことはあっても、手はほとんど動かしていませんでした。それが、数日前から、浴槽に手をのばすようになり、そして今日、水面に向って手を思い切りふりおろし、「ぱしゃ!」とお湯が跳ねたとき、娘はどうやら、水と水面と水しぶきの存在を、一気に発見したようです。ひとたび発見すると面白くて仕方ないらしく、繰り返しばしゃんばしゃんやりはじめ、私も楽しくなって「そうよ、これが、ウォーターよ!」と、思わずサリバン先生口調になりました。
 それから、おっぱいの再発見というのも、最近しているみたいです。今までは本能でおっぱいを求めていたのが、最近はただそれだけでなく、楽しみのひとつとしてみているようで、お風呂のときなどしきりに触ってくるし、授乳のときにも、おっぱいを出すと、吸いつくまえにまず目でそれを確かめて、にやっと笑います。
 娘をみていると、赤ちゃんの「学ぶ」は、まったく知らないことを頭に入れることではなくて、本能でぼんやり知っていることを、発達してきた五感と大脳の力で改めて発見し、触れたり舐めたりして確かめる行為なのだと、感じます。今は手足と舌が発見の窓口になっているけれど、これから先、今度は言葉が発見の窓口になり、またもう一度たくさんのことを発見するのでしょう。そう思うと、毎日、責任重大だなぁ。今は遊ぶ時間!とくっきり決めてがっつり遊ぶということはなかなかうまくできないでいるけれど、生活の全部が今の娘には遊びのようだから、発見させよう!と力まずに、生活を楽しもうと思います。
by papiko-gokko | 2011-06-23 23:16 | Diary
暮らすこと。書くこと。
 今日で、娘は5カ月になりました。そろそろ、離乳食をはじめる時期です。私のおっぱいだけで生きていた濃厚な日々ともお別れかと思うと、少し寂しいような。昨日と今日は暑かったので、離乳食用のスプーンでベビー麦茶をあげたら、スプーンを口に入れるたび、ふんふん鼻を鳴らして喜びながら飲んでいました。はじめてあげた時は、まずそうに口からぐぶぐぶとほとんどこぼしてしまったけれど、今では大好きみたいです。余ったぶんを哺乳瓶に入れてやったら、なんと自ら哺乳瓶を持って、乳首を口に含みました。飲んでいるというより、噛んで遊んでいるという感じでしたが、大きな哺乳瓶を一生懸命両手で持つその姿が、成長のあかしに思えて可愛くて、何枚も写真を撮りました。

 東京での生活は、なかなかにハードで、はやくも疲れはじめています。実家では、自分の他にも常にだれかが家にいて娘を気にかけてくれていて、そんな日々にすっかり慣れて甘えていたので、急にまた自分一人であれもこれも気にかけなければいけない生活に戻って、まだ体も心もついていけていないみたいです。娘のことは最高に可愛くて、ふたりで過ごす時間は宝物のはずなのに、なんで、しんどく感じてしまうのかな。娘の屈託ない笑顔をみていると、絶対に幸せでいなくちゃと思い、そうして、幸せでいるということすら義務のように捕らえてしまっている自分のつまらなさにうんざりして、ふいに苛立ち、夫に八つ当たりして、困らせています。優しく、楽しく、おおらかに、暮らしたいな。

 なぜ、日記を書いて公開するのだろうか。その理由が、自分のなかではっきりしている時期と、曖昧になっている時期があり、今は、曖昧になっている時期。あたらしい理由を探す時期です。
 一人暮らしを始めたばかりでとにかく寂しかったころは、自分が確かにここで毎日を生きているのだということを実感したくて、存在している証拠がほしくて書いていました。それから夫と付き合い始めて、たいして忙しくもない大学と週に2日ほどのバイトという生ぬるい日々のなかにいた所謂モラトリアム期間は、自分の暮らしとそこから生まれる思考を客観視するために書いていました。社会人になってからは、文章を書くという行為を続けるための手段として書いていました。娘がお腹にできてから出産までは、とにかくこの出来事を記録を残したいという一心で、書いていました。どんな理由であれ、日記を書くという行為はいつも、書かなければ気づけなかった色々なことに、気づかせてくれます。
 そんなふうに、書く理由が少しずつ変化していく一方で、公開している理由として常に一貫しているのは、公開することで、書く必要のないことを書きすぎないでいられるし、緊張感をもって文章を書けるからです。思いつくままに好き勝手書くのではなく、自分のできる最大限の力で、言葉を選んで書くことができるから、あとで読み返した時、ノートに殴り書きする日記のように、自分で自分の吐いた言葉に傷ついたりすることが、ほとんどありません。そうか、つまり私は、過去の私になるべく傷つけられないために公開しているのかもしれません。
 私は私の日記を、常に、ただただ私のために、書き、公開してきました。これからもきっと、そうなのだと思います。誰かのために書くことができれば、それはどんなにか張り合いがあって素晴らしいことだろうと思うけれど、私にそんな器はないから、これからも、私のために書きます。書かなければ気づけないこと気づくために、書き続けます。
 これから、母として娘を育てていく毎日のなかで、この日記を続けていく、なにかあたらしい理由が必要です。ただの成長記録ではなくて、私が私のために続ける理由を、見つけよう。
by papiko-gokko | 2011-06-22 17:41 | 月齢ごとの成長記録(長女)
出雲から東京へ。
 昨日、家族三人東京へ戻ってきました。二週間ぶりに帰ったわが家は、引っ越した日と同じ匂いがして、なんだか恋人の家に初めてお邪魔した時のような新鮮な気分で、見慣れた部屋を見渡しました。「出雲いくまえに、すごい掃除しといたから」と夫が言っていたわりには、床に埃が落ちていたりお風呂がカビていたりして、やっぱりこの家には私がいないとだめだなぁと、自分のだらしなさを棚に上げつつ、呆れるふりしてこっそり得意になりました。
 二週間前に東京を発つ時は、余震や放射能のことで頭がいっぱいの毎日にかなりくたびれていて、やっとそういう日々からしばらく離れられるという後ろ向きな気持ちだったから、二週間後、前向きに東京へ戻れるのかどうか、すごく不安でした。でも、家に戻って、カバンを置いて、娘を抱っこしながら窓をあけて、私の中に湧いてきたのは、よしまたここで暮らすんだという、明るく弾んだ前向きな気持ちで、そう思えたことに、ほっとしました。やはり、自分の家は、最高に居心地がよくて、頭も心も活発に働きます。わが家には、私と夫が悩んで選んだ家具や家電や食器があり、自分で考えて決めた収納場所があり、続けていくべき生活があり、実家のほわほわした心地よさとはまた違う、地の足のついた心地よさがあります。実家は私の外側、わが家は私の内側にある、どちらも大事な居場所です。

 ちょっと日付けをさかのぼり、夫が出雲へきたのは、17日の夜。私と母と娘の三人で空港へ迎えに行きました。娘は夫をみて泣かなかったものの、はじめのうちは笑いもしなくて、車の中で不機嫌になり、途中で止まって授乳をしたりしました。夫によれば、家に帰ってしばらくあやしているうちに、「はっ」と思い出したような顔を顔をしたそうです。
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 18日は、私と夫と娘と、それから仕事が休みだった上の妹とで、夫が行きたがっていた出雲大社を参拝しました。私と娘は、二度目の参拝です。写真は、その日のお出かけスタイル(帰りの車にて撮影)。母が買ってくれた白い帽子とスミレ色のお洋服に、夫が二週間の間に作ってくれたスタイとカバンという、愛情たっぷりスタイルです。カバンのなかには替えのスタイが入っていて、なんとも便利。これからはこれが、おでかけの定番スタイルになりそうです。
 日曜日だったとはいえ、夏休みでもないのに出雲大社は混んでいて、あぁここって観光地なんだなぁとびっくりしました。パワースポットというのがブームになって、ますます人が来るようになったそうです。家を出たときには雨が降りそうだったのに、出雲大社についたころには青空がのぞいていて、私があまりに娘の日焼けを気にしながら歩くので、夫と妹に呆れられました。実家にいる間、母にも何度となく、「気にしすぎ」「神経質すぎ」と言われたなぁ。どうすれば、気にしすぎなくなれるのだろう。娘に関しては何事も、「し過ぎやり過ぎ」の基準がわからなくなります。
 夜には、祖父も一緒に、この日がちょうど誕生日だった上の妹の誕生日を祝いました。実家で誰かの誕生日をお祝いしたのは久しぶりでした。
 19日は、母に空港まで送ってもらいました。車の中で母は、「また今度は秋だね」「また秋に会えるものね」と、何度も繰り返していました。また秋に会えるという楽しみな気持ちと、秋まで会えないんだという寂しさとが、母の心をいっぱいにしていたのでしょう。別れぎわ、母は絶対泣くのだろうなと思ったら、やっぱり目をしょぼしょぼさせて、そそくさといなくなりました。そのあと今回はじめて、屋上から、私たちの飛行機が飛び立つのを見送ったそうです。そんなことしたら、ますます泣けてくるだろうに。家に帰ってからは、なるべく寂しさを感じないよう、娘が座りやすいようにしていたソファの位置などを、あわてて元通りにしたと言っていました。新生児のときのお別れよりも、もっと寂しかったみたいです。はやくまた、会わせてあげたいな。
 
 今日は夫が朝から仕事の日で、二週間ぶりに、娘とふたりきりの一日を過ごしました。実家でも感じていましたが、家に帰ってみると、この二週間での娘の成長と発達が改めてよくわかり、驚いています。赤ちゃんって、本当にすごい。バウンサーにのせてみると、明らかに大きくなっているのがわかるし、騒がしい中にいたせいか声もでっかくなったし、表情もますます豊かになったし、それに、これまで泣いていたことで泣かなくなっていたり、逆に、泣かなかったことで泣くようになっていたりもします。ひいおじいちゃん、ひいおばあちゃん、おじいちゃん、おばあちゃん、それから若いおばちゃんふたりにたっぷり抱っこしてもらってあやしてもらって、きっと体にも脳みそにも、たくさん刺激を受けたのだろうなぁ。私にとっても娘にとっても、素敵な二週間でした。
d0038776_19531240.jpg 急に生活が変わって落ち着かないのか、今日の娘はあまり機嫌がよくなくて、お乳を飲んでもお昼寝をしてもおもちゃを持たせても、なんだか物足りないような顔をしながら、こぶしをしゃぶってばかりいます。今日はそんな娘を抱っこひもで抱っこして、必死でチョコケーキをつくりました。昨日できなかった、父の日です。母の日にカーネーションをもらったので、そのお返しも兼ねて。途中、娘が暴れてチョコレートまみれのヘラがぶっとんだり、バターが落っこちたり、粉が散乱したり、いろいろありましたが、なんとか完成しました。デコレーションは、型を切り抜いた紙ごしに粉砂糖を降りかけたものです。せっかくナイスアイデアだと思ったのに、いかんせん、センスがなくて、この残念な完成度。
 いつもありがとう。やっぱり、パパのいる毎日が、一番いいね。
by papiko-gokko | 2011-06-20 19:44 | 手作り
思い出はインクの染みたペンケース古い机の引き出しの中
 今日はいよいよ、夫が実家へくる日。数時間後、母と車で空港へ、夫を迎えに行きます。もうすぐ夫に会える嬉しさと、あと二日ほどで実家とお別れしなければならない寂しさが渦巻いて、朝から時間が、ゆっくりゆっくり流れています。
 私と娘は今、高校卒業まで私が使っていた部屋で寝ています。壁には中二のころに張ったB'zのポスターがそのままの場所にあり、勉強机のひきだしには、インクのしみたペンケースや、キャラクターのポーチ、おみやげにもらったキーホルダーや、進研ゼミの付録、好きな色だけちびた色鉛筆なんかが、がちゃがちゃはいっていて、そんな、思い出が部屋ごとホルマリン漬けされているような場所にいると、妙に落ち着いてしまって、前を向く気力が奪われていく気がします。何処へも進まないほうが、幸せでいられるような気分になってしまいます。
 思い出は危険物。その、埃っぽくてべたつく感触に、私は何度も繰り返し、けじめをつけなけれて進まなければ。実家という、どこへも進まなくても穏やかでいられる場所に数日ほど身を置くことで、その度いろんな過去にけじめをつけて、小さくしきりなおすのです。
 夫が帰ってきたら、今夜のご飯は焼肉です。おなかをしっかり空かせて待とう。二週間後に会う娘はきっと、大きくなっているのだろうなぁ。二週間、夫がひとりでがんばってくれたおかげで、娘を家族や親戚に会わせることができて嬉しかったし、母や妹にお世話もたくさんしてもらって心身ともに休まったし、なにより、実家の事を久し振りに素直に居心地の良い場所と思えました。ありがとう。また東京で、楽しくがんばろう。
 
by papiko-gokko | 2011-06-17 16:04 | Diary
出雲での日々
 帰省してから一週間が過ぎました。現在大学4年生で忙しい下の妹は、大事なゼミにでるため数日前に岡山へ戻り、そして今朝、父が駐在先である中国へ戻りました。今週末には夫が飛行機でやってきて実家で2泊し、来週の日曜、夫と娘と共に、私も東京へ戻ります。その数日後に母も父の元へ戻って、再びそれぞれの場所でそれぞれの日常がはじまります。何度味わっても、両親や妹たちとのさよならは辛くて切なくて、一緒に過ごすつかの間の日々と、それぞれ別の場所で過ごす日常と、どちらのほうが自然なのか、わからなくなります。
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 昨日は、父に娘をみてもらい、母と上の妹と三人でベビー用品店へ行って、実家で使う食器とおもちゃを買ってもらいました。まだ離乳食ははじめていないから今回食器は必要ないけれど、スプーンの練習にときどき麦茶など飲ませているので、これからのことも考えて、ミッフィーのスプーンとフォークとスープ皿を、買ってもらいました。おもちゃは、押すとプープーなる昔ながらのうさぎちゃんと、母が「これ喜びそう」と選んだ、謎めいた形のガラガラです。今のところ、娘はガラガラのほうを気に入っていて、激しく振ったりかじったりして遊び続けています。
 家に帰ったら、父がげっそりした顔で、娘を抱いて窓辺に佇んでいました。私達が出かけた直後はご機嫌だったようですが、やがて部屋に父しかいないことに気づいて、泣き出してしまったそうです。泣いたらすぐ電話してといっていたのに、父は急いで帰って事故でもしたら大変だからと電話をせずにがんばって、暑いのだろうかと服のボタンをあけたり、のどが渇いたのだろうかと哺乳瓶で何かを飲ませかけてやめたり、祖父のところへ連れて行ってふたりであやしたり、必死で面倒をみてくれていたのでした。雨音を聞かせたら少しだけ泣き止んだという娘を、帰って直ぐ抱きしめると、娘はしゃくりあげながら、一瞬にして眠りました。眠くて、だけど不安で眠れなくて、泣いていたのかもしれません。そんなに泣くとは思わず、父には悪いことをしてしまいました。過ぎてしまえば、それもいい思い出になるかな。
 
 今日は叔母といとこが娘を見に来たり、夕方には娘をベビーカーに乗せ、ふたりで少しお散歩をしたりしました。空は曇っていたけれど、風は涼しく澄んでいて、山も夕焼けも美しく、出雲っていい所だなぁと、素直な心で思いました。
 家を出て以来、実家をこんなにも居心地良く感じたのも、出雲をいいところだなぁと素直に思えたのも、はじめてのことです。これはきっと、様々な場面で、娘が盾になってくれているおかげです。最近どんなことを話せばいいのかわからなくて戸惑っていた祖父とのやりとりも、娘を抱いていれば、私達も赤ちゃんのころに聴いたという祖父お得意の歌や手拍子が娘を喜ばせ、みんな笑顔になって、会話なんていらなくなります。なんとなく緊張してあまりスムーズに話せない親戚の人との関係も、娘の無邪気な笑顔があれば、私がなにも言わなくても、和やかな雰囲気になります。これまで寂しさ抜きには眺められなかった故郷の風景も、娘と一緒に眺めれば、これから語りたい思い出と教えたい遊びに溢れて、楽しい気持になります。

 家族や親戚のみんなに娘を可愛がってもらいながら暮らす毎日は、のどかで楽で安心で、これから東京へ戻ってから、色々な不安のなかでまた娘とふたりの部屋で長い時間を過ごす日々を、ちゃんとはじめられるのか、不安になってきています。でもきっと、夫の顔をみたら、そんな不安は吹き飛ぶはず。
by papiko-gokko | 2011-06-11 15:49 | Diary
岡山へ
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 家族みんなで岡山の祖父母に会ってきました。高速道路をひたすら走り、二度の休憩をはさんで片道約三時間半の長旅です。そんなに長く娘と車に乗るのは初めてなので、緊張してあれこれトラブルを想定しながら準備をするうちに、日帰りなのに泊まりがけのような大荷物になりました。結果的に、行きも帰りも娘はほぼ大人しく寝ていたり、ガラガラで遊んだりしながらいい子でいてくれて、荷物のほとんどは使わずに済みました。パーキングエリアでは、初めて授乳室で授乳をして、ちょうどいいタイミングでお腹を満たしてやることができました。
 約二年ぶりに会った祖父母は、ある程度覚悟していたものの、それでも少しショックを受けるほど、顔も動きも年を取っていて、家のなかも、全体的にどことなく汚れて古び、子供のころ遊び回った思い出のイメージとは、かなりのずれが生じていました。祖母が家の掃除や料理をだんだんできなくなってきており、祖父も足が悪いので、そろそろヘルパーさんに来てもらおうという話になっているそうです。慣れ親しんだ模様のじゅうたんには目に見える大きさのゴミが落ちていて、私たちの幼い頃に撮った古い写真が幼い頃と変わらない場所で埃をかぶっていて、この部屋にいると、なにもかもが急速に過去になっていくようで、久々に会えた喜びよりも変わってしまったことへの悲しみのほうが勝ってしまい、祖父とも祖母とも、自分からはほとんど話ができませんでした。かけがえのない人の老いを目の当たりにするのは、恐いです。
 懐かしさよりも変化が目に付くその部屋で、テーブルを囲んでお茶を飲みながら、祖父と祖母に娘を抱っこしてもらって、写真をたくさん撮りました。祖父も祖母も、かわいいかわいいと言いながら、最高にいい笑顔で映ってくれました。日帰りなのであまり長い時間は滞在できず、祖母がそれをひどく寂しがって、車に乗り込む直前まで、泊まっていけばいいとか、一緒に温泉へでもいこうとかと言って、祖父と母を困らせていました。
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 長距離移動で娘を連れて行っていいものか迷ったけれど、後から後悔しないためにも、行って本当によかったです。両親と私と娘と妹達という大人数で乗る車も久々で、賑やかな車内が懐かしくもあり、娘がいることで新鮮でもあり、とても楽しかったです。車の窓からは大山や段々畑や広々とした田んぼが見えて、そのほのぼのとして力強い景色に見惚れながら、中国地方ってやっぱりいいなぁと思いました。私の心の奥の奥に、染み付いている風景。この素晴らしい景色が、誰からも奪われることがありませんように。
by papiko-gokko | 2011-06-09 22:41 | Diary
今日のこと、このごろのこと
 母と既視感のあるサスペンスをみたり、妹と懐かしいテレビゲームをしたり、つかの間のんびり続く毎日。頭の芯がぼんやりしていて、その代わり、東京にいるときには眠っている部分が、冴え渡っています。
 娘はいつも誰かにあやされて、毎日いきいき楽しそう。実家の賑やかさにもすっかり慣れ、どんなに騒がしい状態のなかでも平気で眠るようになりました。東京に戻ったらまた、ほんのちょっとの音や光で目を覚ます子に逆戻りするのかな。実家は昔ながらの日本家屋で風通しがよく、網戸ごしの涼しい風とカーテン越しのやわらかな日差しが、東京で引きこもってばかりいた娘の白い肌を、少しずつ強く健やかにしてくれている気がします。
 出雲での日々が長くなるにつれ、東京での日々が、私の人生とは別の物語のように思えてきて、どこからどこまでが私の頭の中で思い出として処理されている出来事なのかわからなくなります。家を出るまでずっと使っていた勉強机の引き出しに、時間がとまったまま仕舞われている文具や日記や切り抜きや演劇無事代の台本を、懐かしさよりも気恥ずかしさをやたらと強く感じつつ、引っ張り出してはにやにやしてみたりして、時の流れを確認しています。

今日は出雲の神さまに、娘が生まれた報告をしに、出雲大社へ参拝しました。本殿が工事中なのが残念でしたが、お参りできて、娘のお守りも買って、写真もたくさん撮ることができて、満足です。私達が生まれたときからずっとそうしてきたように、娘も人生の大事な区切りや勝負事のたび、お参りしたいです。
 明日は日帰りで、岡山に住む母方の祖父母に会いに行きます。ここでもしっかり写真を撮ろう。
by papiko-gokko | 2011-06-08 16:05 | Diary


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