日記と短歌
by papiko
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同じだけ失いながら生きていく大事なものが似ているふたり
 朝、6時半に娘の蹴りと雄たけびで起床。早い時間に寝かしつけるようになって、そのぶん早く起きるようになってしまいました。もう随分長いこと夜型生活を送って来た人間には、健康的すぎて、ついていけません。あまりの眠たさに30分間は起きあがれずひたすら蹴られ続け、仕方なく7時に起きて、ハイテンンションの娘をバウンサーで遊ばせながら、洗濯機をセットしたり、クイックルワイパーをかけたりしました。なんだか優秀な奥様みたいです。
 娘をプレイマットで遊ばせるようになってから、必ず毎日、クイックルワイパーでリビングの床を拭いて、プレイマットにはコロコロするようになりました。ずぼらでだらしのない私がそんなことをするなんて、ちょっとすごいことです。仕事をしていたころは、家の掃除なんて基本的に週末しかやらなかったし、それもほとんど掃除機が中心で、クイックルワイパーは月に2回程度でした。しかし今は、掃除機だと埃が舞って娘を別の部屋に移動させなければならず、夫のいるときにしかかけられないので、もっぱらクイックルワイパーです。ハウスダストがアトピーやぜんそくの原因になると育児書で読んでから、埃を出来る限り溜めないように、今まで埃を溜め放題だった本棚も、なるべくこまめにモップをかけるようになりました。娘が生まれてから、良くも悪くも、神経質になっています。
 9時には遅番出勤の夫が起きてきたので、そこで娘をバトンタッチして、私は再び布団にもぐり、一時間ほど眠りました。娘が隣にいる睡眠といない睡眠とでは、まるで質が違います。娘が隣にいると、寝ていても常に意識の半分で娘の寝息を聞き、からだの半分で娘の体温とうごきを感じていて、どうしても眠りが浅くなります。だからそのぶん、せめてだらだら長く寝たいのに、最近の娘ときたら、早起きでそれすら許してくれません。育児がこんなにも、眠気との戦いだったとは。
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 午後、夫が仕事に出てからは、今日も長い長い、娘との時間。まだ自力でおすわりすることはできないけれど、ねんねばかりでは私も娘も飽きてしまうので、クッションで支えて座らせてみたら、これがとても楽しかったようで、ふぷふぷはわはわ綿あめみたいな声を出しつつ、お気に入りのおもちゃでひとり遊びをしていました。寝ているときのように手渡してやらなくても、自分で手を伸ばしてそばに置かれたたくさんのおもちゃの中から好きなのを手に取れるのが、私にとっても娘にとっても快適です。
 おもちゃで遊ぶ娘の目つきや手つきから、少し前のころよりもずっと明確に、周りのものへの興味関心が強くなっているのがわかります。だからこれからは、座らせたりうつ伏せにしたりして、いろんな角度の視界を楽しませてやろうと思っています。それに実家に帰ったら、お散歩もたくさんしたいです。一足先に実家にいる母が、はりきってベビーカーをレンタルしてくれているので、お散歩準備は万端なのです。チャイルドシートとバウンサーもレンタルしてあるみたいだし、ベビー布団は新品のを買ってくれました。屋根裏部屋から古いおもちゃも探し出して、すでに洗ってあるそうです。嬉しいな。これから実家は私にとって、ただ帰る場所というだけではなく、娘のことをたっぷり可愛がってもらえる場所にもなりました。

 お昼寝をほとんどしないまま夕方になり、娘をバウンサーにのせて、実家に送る荷物を準備したり、ご飯をつくったり、お風呂を洗ったり、バタバタしました。私がじっとパソコンを眺め出すとすぐにぐずって怒りだす娘ですが、部屋を行ったり来たりしてバタバタ動いていると、楽しそうにこちらの様子を見ながら、とてもいい子にしています。動くおかあさん、そんなに楽しいのかな。娘が興味をもって見てくれているのだと思うと、苦手な料理も、ちょっと愉快な気分でできます。娘に背中をむけて料理をしながら、娘の出した声に反応して、「ばあっ!」と振り向くと、一瞬驚いた顔をしたあと、声をたてて笑います。声がするたび振り返り、そのたび娘が大笑いして、ふたりで楽しくなっています。
 少し前までは、娘とふたりで過ごしている、というよりも、ひとりで娘の面倒をみている、と言ったほうがしっくりきていましたが、今日、バタバタしながら娘と何度も何度も目を合って、そのたびニヤニヤ笑いあい、あぁ私は今、娘とふたりで過ごしているんだなぁと、感じました。
 
 夜は、ドラマを見ながら娘を抱っこで寝かしつけ、ドラマのあと寝室に移動してベッドに寝かしたらやっぱり目を覚ましてしまったので、今度は添い乳をして寝かしつけ、ようやく寝付いたので、今、日記を書いています。よし、最後まで書けた。
by papiko-gokko | 2011-05-30 23:18 | Diary
寄り添ってねんねの時間そよ風が絹糸になる瞬間を待つ
 娘のいる生活がはじまって、4カ月と一週間。ふたりきりの時間が長すぎて、なんだか娘のことを、赤ちゃんというより、頭が大きくてふにゃふにゃでやけに可愛らしい、わが家のみに存在する珍獣のように感じながら育てていましたが、この前の検診でたくさん4カ月の赤ちゃんをみて、わが家にいるのも、4カ月の赤ちゃんというごく一般的な生き物なのだなと、妙に新鮮な気持ちになりました。

 これまで、娘の夜寝る時間はその日の雰囲気によって遅かったり早かったりとバラバラでしたが、育児書に、4カ月くらいからは早寝早起きを心がけ朝と夜の区別をしっかりつけるようにしましょうと書いてあったので、最近は夜9時になったら娘を寝室に連れていき、寝かしつけるようになりました。しかしこれが、なかなかうまくいきません。
 ベッドに寝転び、入眠の儀式として「もうねんね」の絵本を読んでから、そのまま添い乳で寝かしつけ、大体30分から長い時で1時間ぐらい吸わせているうちに寝てくれるのですが、そうっとそうっと、部屋を離れると、かなりの高確率で10分と持たないうちに、「ふぎゃ・・・」と、泣き声が聞こえてきます。仕方なくまた寝室で30分くらい添い乳をして、寝息を立て始めたのを確認してからそうっとそうっと部屋を離れ、さぁ日記を書くぞ!と、パソコンの前に座ったところで、「ふえぇ・・・」と、また泣き声が聞こえてきて、寝室へ逆戻り。この繰り返しで、私の最も文章を書く気分になれる夜10時から深夜1時ぐらいまでの時間が、あっという間に過ぎてしまいます。添い乳をしながら携帯で打つという試みをしたこともありましたが、無理な体勢すぎて筋肉痛になりそうになったので、諦めました。ひとりでねんねできるようになるのは、まだまだ何年も先なのだろうし、夜に書くという習慣を見直す必要がありそうです。

 帰省する日が近づくにつれ、楽しみ半分不安半分で、ふわふわゆらゆら、落ち着きません。帰省する前は、いつも少し心が不安定になります。学生のころから、私にとって帰省は、人生のセーブポイントみたいなものです。帰省することで、一旦日常を生きることから離れ、子供時代の記憶がこびりついた部屋でひと休みしながら、東京で生活を続けてきた自分を、客観的に、それでいて少し感傷的に振り返り、これまでの人生をぼんやりだらだらおさらいし、自分が育った土地の心地よさと息苦しさの両方を胸いっぱいに吸い込んで、さぁまた再び東京で生活するんだぞと、決意を新たにするのです。
 これまでは、そうしていつも東京へ戻ってきたい気持ちになってから戻ってくることができたけれど、今回は大震災があって、あの日から今日までずっと、余震と放射能の恐怖が頭から離れない毎日を送っていたから、島根で一旦その恐怖から解放されてしまったら、二週間後にまた再び東京でがんばるぞという気持ちになれるかどうか、それがとても不安です。東京には、夫と娘とのかけがえのない生活があり、もはや私の人生に欠かすことのできない大事な人たちがいて、そしてなにより東京は、憧れに満ちた私の大好きな場所です。それは震災前も後も変わらないし、大事な人たちに関しては、むしろ震災によって、ますますその大事さを痛感しました。だから、実家に帰ってそのまま東京へ戻りたくなくなるような帰り方は、したくありません。
 出産と震災を経て、今回は一年ぶりとなる帰省です。はじめて娘も一緒に帰る、とても意味深い帰省です。そんな実家での二週間が、いつもそうであるように、東京のことを改めて好きになれる二週間でありますように。故郷と自分の住んでいる場所を、これからも好きでいられますように。
by papiko-gokko | 2011-05-29 01:22 | Diary
4ヶ月検診
 娘の4ヶ月検診にいってきました。受け付け開始が朝9時からで、ちょうど夫が遅番の日だったので、夫にも付き添ってもらいました。保健所までは若干距離があるため、この前のチャイルドシートに続いて今度は人生初の公共機関、路線バスを利用してのお出かけです。家をでる直前にあれこれごたついて、乗る予定だったバスが目の前を横切り遠ざかって行くのを赤信号で足踏みしながら見送り、悔しさのあまり「あなたの携帯を探した時間のせい!」と夫を責めてしまい、しょっぱなから険悪なムードになりましたが、謝ってなんとか仲直りしました。私だって直前でトイレにいったりしたのに夫だけを責めたりして、我ながら酷かったと思います。
 娘が生まれてから家に籠ってばかりいすぎたせいか、もしくは昨日緊張で寝付けなかったせいか、次のバスがくるのを待つ間、陽射しも車の音もガソリンの臭いも、何もかもが刺々しく乱暴に思え、耳たぶとまぶたが、ずんずん重たくなりました。出発のときから、娘を夫が抱っこしてくれていたのですが、このとき私が抱っこしていれば、そこまで気持ちが不安定にはならなかったかもしれません。家の外にいるときは、自分が娘を抱いていなければ、今にも娘に危険が降りかかってきそうで、いくら隣りで夫が抱っこしていても、どうにもこうにも、落ち着かないのです。外での娘を抱っこしていない私は、持ち主の手を離れて海原を漂流している浮き輪みたいです。娘という持ち主を中心に抱えてはじめて、私の体は安定し、進む方向が定まるのです。
 バスに乗るとすぐ、後ろにいたおばあさんから、あら可愛いと話しかけられ、そこでようやく、ギチギチに張りつめていた心が、ほっと弛みました。知らない人だらけの空間で、娘に好意的な目を向けてくれる人がひとりでもいてくれることが、こんなにも心強いなんて。娘はずっといい子で、時折おばあさんに、ニタッと笑いかけたりする余裕すらみせていました。
 
 目的地のバス停で降り、歩いて5分ほどところに、保健所はありました。受付にいくと、すでに娘と同じ1月に産まれた4カ月の赤ちゃんとそのお母さんたちが何人もいました。赤ちゃんたちは、大きさも髪の毛の量も顔もそれぞれ思っていた以上に違っていて、この子たちみんな同じタイミングで育てられているのだなぁと思うとたまらなく愛しく、そんなふうによその赤ちゃんを愛しく思ったぶんだけ、ますます自分の子のことが、特別大事に思えるのでした。お母さんたちはみんなおしゃれで、髪を頭のてっぺんでおだんごにしていたり、ボーダーのシャツをスマートに着こなしていたりしていて、ちょっと怖気づきました。でも、ママ友を作ろう!というような雰囲気ではなくて、一部の積極的な人を除いては誰もが各自淡々と自分の子の面倒を見ている感じだったので、私も精一杯淡々としました。私のように旦那さんや家族の方が付き添っている人も結構いて、思っていたよりもずっと居心地のいい、穏やかな時間が流れていました。
 受付を済ませ、5分ほど待ったところで保健師さんに呼ばれ、あらかじめ書いていった問診票についていくつか質問をされました。せっかくの機会なのだから色々と不安なことを質問すればいいものを、私も夫も「だいじょうぶです」「特にないです」ばかり言っていました。他の席ではほのぼの冗談を言い合ったり世間話っぽいノリで会話が弾んでいたのに、私と夫は、どうしてこういうのが苦手なのだろう。きっと、自意識がどこまでも過剰すぎるのだと思います。3人のなかで娘が一番どんと構えていて、「しっかりしてますね」と言われていました。
 保健師さんとの話の後は、裸になって身長体重胸囲頭囲を測り、お医者さんの検診を受けました。それまで平然としていた娘が、身長を測るあたりから怒りの泣き声をあげはじめ、ウォーリーのネクタイをした朗らかなお医者さんに対しても、始終怒り泣きで抵抗し、おしっこまでひっかけ、泣きやまなかったせいで、首座りのチェックでのけぞってばかりいて、不合格になってしまいました。首座りチェックのみ、7月に再検査にいかねばなりません。先生によれば、体に対して頭のサイズが大きくて持ちあがりにくい(身長体重は成長曲線の下の方なのに、頭だけ上の方)というのもあるそうですが、それでもいつも家では、できていたのに!
 検診のあとは、BCG。ここでも娘は泣きましたが、このときの泣きは驚きの泣きで、終わったら割とすぐに泣きやみました。BCGって、あんなに何本もの針を一度にぎゅうっと刺されて、恐ろしいものだなぁ。子供のころの私、よく耐えたものだと思います。娘も0歳でなければ、きっともっと泣いていたでしょう。
 最後は、BCGを乾かしながら、離乳食や歯に関する講習を受けました。もっと待つかと思いましたが、ここまでほとんど待つことなく進んで、あっという間に終わりました。講習は30分ぐらいあり、有意義なものだったに違いないのですが、私は一緒に講習を受けている人の赤ちゃんたちに気を取られてしまって、いまいち集中できませんでした。娘と同じ月齢の子がご近所にこんなにいたんだと実感できることが、嬉しくて愉快で、気持ちが明るくなって、ついつい、ホワイトボードではなく赤ちゃんのことばかり、見つめてしまいました。今日一緒にBCG受けて泣きべそかいたあの子たちのなかに、娘と気の合う子がひとりぐらい、いたら素敵だな。
 講習を終え、7月の首すわり再検査の日程を決めて、無事、4カ月検診終了。帰りのバスでもまた、乗ろうとしていたバスが目の前で行ってしまい、肩を落としましたが、今度は軽い楽しい気持ちで、義母に報告メールを打ちながら待ちました。帰りのバスで、娘はずっと寝ていました。おつかれさま。すごい大冒険だったね。さぁ、いよいよ次は、里帰り。人生初の空飛び体験が待っています。
 
by papiko-gokko | 2011-05-26 19:04 | Diary
君が手を伸ばせば不思議が目を覚ます君が笑えば地球が弾む
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 今日を娘と過ごして、発明した遊びはふたつ。ワイシャツおばけと、パラソルハンガー観覧車。
 ワイシャツおばけは、洗濯物を干す時、ハンガーにかけた夫のワイシャツを上下左右に揺らすだけなのですが、これが、娘に大ウケでした。最初は遊びのつもりじゃなく、普通に夫のワイシャツをカゴから出して干そうとしていたら、それを見ていた娘がいきなり「うっはあ!うっひゃあっ!」と爆笑しはじめ、目の前で「ゆらゆらおばけゆらゆら~ん」と揺らして見せたら、これまでで一番じゃないかというくらい、声をたてて笑ったので、遊びリストに登録しました。洗濯物を干すのはもっと小さかったころから好きだったけれど、今日みたいに爆笑したのは初めてです。ワイシャツの柄が細かい縦ストライプだったから、揺れているのがよくわかって、おもしろかったのかな。タオルにカーテンにストライプのワイシャツ、波打つ動きが大好きみたいです。
 もうひとつ、パラソルハンガー観覧車は、パラソルハンガーに夫の手作りぬいぐるみヒットくんをぶらさげて、娘の前でぐるぐる回すというもので、これもなかなか、よい反応で、しきりに手を伸ばしていました。これはまだまだ色々と応用が効きそうなので、研究しようと思います。ただ回すだけじゃなく、操り人形みたいにもできそう。
 鞠の弾むような声で娘が笑ってくれると、私の心も鞠になって、体ごと飛び跳ねそうになります。夢中で手を伸ばしてくれると、その先にあるものが、ぱっと素晴らしい不思議の芽に変わります。娘が笑ってくれた日、あたらしいものに手を伸ばしてくれた日は、私にとって、とてもいい日です。
 ちなみに、娘が今一番手を伸ばすのは、絵本。絵本のなかの絵を掴もうとして、小さな手で力強く絵をひっかきます。時々、ふっくらした娘の手ならば本当に、絵本の絵を掴めるんじゃないかなんて、真面目に思ったりします。いいなぁ、私も娘の目で、絵本を見つめてみたいなぁ。
by papiko-gokko | 2011-05-26 00:03 | Diary
とりあえずお乳をやって寝かしつけ私この子をどう育てよう
 娘と二人で過ごす長い時間、気持ちの流れが行き詰るたび、抱っこしながら育児関連の掲示板を読みあさったり、同じぐらいの子を育てている人のブログを眺めたりして、心細さをなだめています。娘がお腹にいる頃は、育児に正解なんてないのだし私は私の育て方で育てようなんて思っていたけれど、いざ始まると、そんなふうに思える余裕も自信もまるでなくなって、正解はどこ?どこまでやれば花まるもらえるレベル?と、考え込まずにはいられません。頭でっかちになるのが恐くて、今まで敢えて読まずにいたけれど、やっぱり子育ての本、少し読んでみようかな。迷ったとき、心のよりどころとなる本が一冊、欲しいです。

 これまで私は人生を、自分の足元に繋がる一本の道と捉えていたけれど、これからの人生は、夫と娘と自分いう三本の柱を元にして、立体的に捉え考えていかなければならないのだと思います。ただ自分がどう生きたいかにだけ耳を澄ましていては、これからはもう、進んでいけません。夫と娘にとっての自分はどうありたいか、どんな家庭をつくりたいか、子育てでなにを重視するか、どこに時間とお金を使うか、いろんなことを、同時進行で考えていかなくては。

 とにかく、まずはとりあえず、明日、娘とどう過ごそう。

 フジテレビのドラマ『名前をなくした女神』がおもしろくて、毎週夢中です。ママ友ってあんなに恐ろしいものなのか!幼稚園って、あんなシリアスな場所だったのか!こわい!これから子供を育てていく身として、いろいろ考えさせられることの多いドラマです。
by papiko-gokko | 2011-05-24 23:58 | Diary
夕焼けの残りを探す帰り道もう少しだけ今日を見てたい
 昨日は扇風機が必要だったのに、今日は肌寒くて、靴下をはいています。
 午前中、今日も娘はプレイマットの上でたくさん遊びました。今、娘のブームは、鏡に映る自分にパンチすることと、自分で自分の足を掴むことと、それから、バスタオル遊びです。寝ころんでいる娘のそばに立って、顔や体の上でバスタオルをゆらゆら揺らしてやると、「ひゅあ!」「うちゃ!」と感性をあげて喜びます。ゆらゆらだけでは単調になるので、時折バスタオルから「ばあ!」と顔をだして驚かせたり、変な効果音をつけて体の上に落下させたりすると、「ぬひひうっひい!」と、ハイテンションで笑います。娘がハイテンションで笑うと、こちらまでハイテンションになって、ますます遊びに熱が入り、気づいたら、当の娘は飽きてよそ見をはじめ、私だけがハイテンションでタオルとじゃれあっているということも、少なくありません。どんなものがおもちゃになるかわからくて、赤ちゃんの反応って、おもしろいなぁ。
 午後は娘がお昼寝から起きてから、帰国して岡山の実家にいる母と、岡山の祖父母と、少しだけスカイプをしました。祖父母は相変わらずにこやかで、画面に向かって手をふっていました。ひ孫を見せるために母が祖父のパソコンにもスカイプを入れたのですが、祖父母はスカイプに慣れていないので、いつも会話をするというより、ただ画面でお互いの笑顔を見つめあうという感じになります。祖父母が手をふると、子供のころ、岡山から出雲へ帰る時、車の窓ごし手を振り合っていたのを思い出し、画面が窓になったような気がしてきます。本当に、一枚隔てた向こう側に、いるような気がしてきます。娘はご機嫌で祖父母の映る画面に向かってにこにこ笑い、「おおきゅうなった」「ええ顔しとる」と、祖父母もにこにこ笑っていました。離れていながらリアルタイムで笑顔を交わしあえるなんて、スカイプって、すばらしい。
 夜、ご飯を食べてたら、急にお腹が苦しくなり、先ほどまでベッドで横になっていました。どうもここのところ、胃腸が弱っています。最近あれこれ不安で思いつめすぎて、胃にキリキリ負担をかけていたので、そのせいかもしれません。私が横になっていると、娘がだんだん不機嫌になり、やがて泣きだしてしまい、だけどしんどくていつものようにあやすこともできず、そんな自分がもどかしく、腹がたちました。娘が生まれてからというもの、娘のことで頭がいっぱいで、自分の体のことが二の次三の次になっていましたが、そうではなく、これからは娘のためにも、自分の体をしっかり労わらなければ。まだひとりじゃなにもできない子供がいるのに、考え事で胃を痛めている場合ではありませんでした。反省。お母さんの私、心も体ももっともっと、逞しく大らかにならなければ。
by papiko-gokko | 2011-05-23 22:38 | Diary
今日で4カ月
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 娘は今日で生後4カ月、私は母親4ヶ月になりました。昨日から、新生児のころ寝かせていたクーファンを開き、プレイマットにして遊ばせています。ベッドではあまり長く遊ばないのに、プレイマットの上だと、不思議とよく遊んでくれます。柵で仕切られていないのがいいのかな。ただ、常にそばで私が見ていなければ、5分と経たないうちに不機嫌になってきてしまうため、相変わらず、寝ている時以外ずっと娘にべったりです。意志表示ができるようになってくるにつれ、どんどん甘えん坊になってきました。ぎゅっと腕を掴まれたりじっと見つめられたり呼ぶような声を出したりして甘えられると、可愛くて嬉しくて、とろけそうになります。我が子を甘やかさないで育てるって、簡単なことじゃないんだなぁ。

 ここ数日、この大変な年に生まれてきた娘の未来について、今いくら不安がったところで結論のでないことなのにぐるぐる考え過ぎて、ネットであれこれ情報を仕入れすぎて、不安が日に日に膨らんで、どうにかなりそうになっていました。娘と過ごしていると、細切れにしか落ち着いて物を考えられる時間がないため、じっくり順序立てて考え結論をだすということができなくて、ぽっと時間が出来るたびに、小説の同じ行を何度も読んでしまう時みたいに、同じことを何度も何度も繰り返し考えてしまい、考えていることは同じことのはずなのに、何度も考えるうちに、なんだかどんどん深刻なことに思えてきて、気が滅入るのでした。気が滅入って、不安を口にせずにはいられなくて、夫に話しては呆れられ、そうして呆れられることで少し冷静さを取り戻し、だけどやっぱり、またあれこれ調べて恐くなる、その繰り返しでした。
 そしてついに今日、考え疲れて、飽和状態になって、ぼろぼろ泣いたら、少し吹っ切れました。腹をくくることができました。娘のためにできないことなんてないのだから、私と夫がついている限り、娘は大丈夫。すこやかな笑顔を、ぜったいぜったい守る、結局のところ、それだけだ。
by papiko-gokko | 2011-05-23 00:40 | 月齢ごとの成長記録(長女)
人生2度目の予防接種
 午前中、近所の小児科へ、予防接種にいってきました。夫が遅番の日だったので、付き添ってもらうこともできたのですが、少しずつ娘と二人で行動することにも慣れなければと思い、今日はひとりで娘を連れていきました。
 抱っこひで抱っこされた娘はカエルの麦わら帽を深くかぶり、緊張気味の表情で、怪訝そうにまわりの景色を見ていました。外に連れ出すことに対する私の不安が伝わってしまっているからか、外に出てもあまり楽しそうではありません。特に車の音が不快だったらしく、車が近くを通り過ぎるたび、びくっと身体を固くしていました。娘は家の中でも大体に大きな音が嫌いで、紙の破れる音、カーテンをしゃっと引く音、水をじゃばっとかける音、買い物袋のがさがさする音、食器の触れあう音など、大きな生活音をことごとく嫌って、眉間にしわを寄せたり、泣いたりします。紙の音や買い物袋の音は、赤ちゃんなら誰でも好きなものとばかり思っていたのにな。
 開院時間5分前に行ったにもかかわらず、小児科の待合室には数名の人がいて、受付をしている時、みんなが娘の方をチラチラ見たような気がしました。自意識過剰だろうか。人がいた割にはほとんど待たず診察室に呼ばれました。娘はお腹にあてられた聴診器を不思議そうに見つめ、続いて口に棒を入れられ喉をみられるときには、まずそうな顔をして先生の手を払おうとしました。最近、払いのけるというしぐさをよくします。
 診察の結果は問題なしで、いざ注射開始。まず右手に三種混合を打たれ、娘の顔がみるみる歪んで「びゃああぁ!!」と抗議の泣き声をあげ、続けて左手にヒブを打たれ、「ぶぎゃああ!」と、ますます激しく怒りの泣き声をあげました。2度もチクリと痛いことされちゃ、そりゃあ腹が立つよなぁ。注射の間、私は少しでも娘の気をそらそうと、「すぐおわるよーもうおわるよーいたかったねー」と、娘に話しかけていました。そうしないと、なんだかつられて泣きそうでした。前回夫も一緒だった時には、目をそらしまくる夫と子供らしく泣いた娘の様子が可笑しくて笑ったのに、娘とふたりだと、娘に感情移入しすぎてしまうようです。注射の最中は大泣きした娘でしたが、その後衣服を整え診察室をでるころには、もうけろっと泣きやんでいました。さすが0歳。1歳や2歳になってくると、こうはいかないのだろうなぁ。
 今回は注射の前によだれかぶれのところを診てもらって、弱いステロイドの処方箋を出されたので、一旦家に帰って娘に授乳をしてから、再びひとりで、近くの薬局へおくすりを受け取りに行きました。娘の保険証と処方箋を薬局に提出して、はじめて受け取る娘のお薬。外の世界で母親として何か提出したり受け取ったりすると、母親になったことをまた改めて実感します。長椅子に座り母子手帳を眺めつつ薬が処方されるのを待ちながら、子供の頃には私の母もこうして私や妹のお薬をせっせともらってきてたんだなぁと、あのころ当たり前にそばで見ていた、受付でお金を払う母の横顔や、一緒に並んで診察を待った小児科の待合室など思い出しました。私たちがすぐに退屈してうずうずしだすから、母のカバンにはいつも、紙とえんぴつと飴玉が入っていたっけ。
 予防接種で心身ともにかなり疲れたようで、今日の娘はとてもよく眠り、起きている間は抱っこしないとぐずぐず泣きます。まだまだ打つ注射はいっぱいあって先は長いけど、がんばろうね。娘にとってはたまったもんじゃないのだろうけれど、私はちょっと、スタンプラリーみたいで楽しくもあったりします。よし、次は来週、BCGだ!
by papiko-gokko | 2011-05-19 21:28 | Diary
故郷の話をしよう春風を古い決意にはらませながら
 娘のほっぺのよだれかぶれ、悪化はしていないもののなかなか良くもならなくて、寝ている時に顔をかかないよう、ずっと娘の手を握りながら寝ているため、ここのところ寝不足ぎみです。寝不足が続くと、精神状態が不安定になり、夫に八つ当たりしてしまいます。一昨日の夜は、お宮参りの疲れもあってイライラが爆発し、夫の心が折れた時に必ず口からこぼれる言葉「信じられない」「理屈になってない」のふたつを、何度も力なく言わせてしまいました。
 よだれかぶれのことも、他のいろいろなことも、周りからどんなに気にしすぎだと言われても、娘のことは、なにからなにまで気がかりで、自分のこと以上に臆病になり、なにをするにも自信がもてません。だから夫のなんでもない一言でも、自分のやりかたを責められているような気がして、キリキリしてしまいます。よくないな。育児で後悔したくない、という思いが、あまりに強すぎるのかもしれません。しかし、娘に何かあったら、それは私の責任なのだから、なるようになるさだなんて、とても思えません。採取した蝶々の羽をピンセットでつまむような気持ちで、娘の今日と向き合っています。

 娘を寝かしつけるため、久々に怒涛のB'zメドレーを歌いまくっていたら、だんだん力がみなぎってきて、同時に、私が私以外の何物でもないということを、強く強く感じました。
 実家にいたころの私、大学生だったころの私、勤めていたころの私。それぞれに今とはかけ離れた日常を送っていた私の人生に、一貫して変わらぬ距離感で寄り添い続けてくれた数少ない存在のひとつが、B'zです。中学生のころからずっと大好きで、影響を受け励まされ続けてきたB'z。今そのB'zを口ずさんだことで、出産という個人的大事件によって、整理されていない写真みたいにバラバラになっていた過去の「私」が、今の私にぴったり重なりひとつの「私」となり、島根で育ち憧れの東京で学び就職して結婚した私が、この子を産んだのだ、と、そんな当たり前の事実を、ようやくひと繋がりにして飲み込むことができました。
 これまで生きてきた自分の姿をひきつれてこれからを生きていくために、もはやB'zは欠かせない存在のようです。今年のライブはさすがに諦めるけれど、また絶対に行くぞ!ゆくゆくは娘を連れて行く!あぁ、はやく行きたいなぁ。

 昨日ぐずぐずしっぱなしだった娘ですが、今日は朝からご機嫌で、午前中2度もしっかりうんちして(一度目で可愛いお洋服が台無し、抱っこひもも若干被害)、今はぐふぅぐふぅと寝息をたててお昼寝しています。昼寝中の顔はなんだか妙に険しくて、天使の寝顔というよりは、眠れる珍獣といった感じです。
 明日は予防接種があるので、いつも以上に、風邪をひかないよう体温調節に気を遣います。本当は昨日行く予定だったのですが、必要な書類が昨日までに届かなかったため、明日に変えてもらいました。明日は、三種混合の2回目と、ヒブの1回目です。また泣くかな。できればついでに、よだれかぶれのところも、診てもらおう。
by papiko-gokko | 2011-05-18 15:28 | Diary
お宮参り
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 よく晴れた日曜日。横浜から義母がきて、家から車で15分ほどのところにある神社まで、お宮参りにいってきました。義母の車には、普段姪っ子の使っているチャイルドシートがついているので、今回娘も、人生初のチャイルドシート体験をしました。乗せられた直後は、不安そうに泣いていましたが、走り出すと泣きやみ、やがて心地よさそうに、うとうと眠り始めました。バウンサーと同じで、ほどよい振動が眠気を誘うようです。
 途中でコンビニに寄って初穂料を入れるのし袋と筆ペンを買い、神社の駐車場に到着してから、母が買ってくれたベビードレスと妊娠中に編んだボンネット帽子で、娘をおめかししました。出産した病院を退院した日と同じスタイルです。着せてみると、ベビードレスはもう小さくて首元が閉まらず、退院時に大きすぎてライオンみたいになっていたボンネット帽子は、ちょうどぴったりサイズになっていました。すごいスピードで、大きくなったものだなぁ。特に頭の成長には驚きです。足には、会社の先輩がくださったベビーシューズを履かせました。初ベビーシューズ、まだちょっと大きくて何度も脱げてしまったけれど、靴を履かせたことで、この子はいずれ歩く生き物なのだということを、実感することができました。
 神社の境内は木漏れ日に溢れ、涼しい風がさわさわ吹き抜け、何人かの参拝客が、一様にゆっくりゆったり歩いていました。祈祷の受付を済ませて写真撮影をしていたら、娘がおばあさんから話しかけられ、にこにこと愛想を振りまきました。そんなまさか、夫と私から、社交性のある子供が生まれるとは。そんなまさか。
 まもなく社殿に案内されて、私が娘を膝に抱えて三人並んで座り、祈祷が始まりました。中は、クーラーがかかっているわけでもないのに、外よりひんやり澄んでいて、息を深く吸い込むと、思わずその場にごろんと寝そべりたくなるような、心の和む懐かしい匂いがしました。神社やお寺の匂いって、どうしてこんなに落ち着くのだろう。どんどん太鼓がなり、神主さんが神様に通じそうなのびやかな声でお祈りをして、私たちも玉串を捧げてお祈りをしました。その間ずっと、娘はいい子で、きょろきょろとあたりを見回していました。いつもと全く違う空気と色合いの世界、おもしろかったことでしょう。
 祈祷を終えて再び社殿の外にでると、また参拝に来たいたおじいさんやおばあさんから次々と話しかけられ、赤ちゃんの持つ引力に驚きました。知らない人に話しかけられるのはどちらかというと相当苦手ですが、誰もが私にではなく娘を見ているし、娘を可愛いと言ってもらえるのは素直にとても嬉しいし、私がなにかうまいこと言えなくても娘が愛想をふりまいてくれるので、ちっとも苦ではありませんでした。娘の存在が、私をこれまでよりも少しだけ社交的にしてくれています。
 祈祷のとき神主さんから戴いたお守りのなかに、福寿箸が入っていたので、帰ってきてから、またお食い初めっぽいことをしました。今回は、お昼ご飯のおそばを、おはしで口につけてやりました。娘は、おっぱいを飲む時のとろんとした目をして、ちろっと舐めました。お宮参り、おつかれさま。神様どうかこの子をお守りください。
 お昼ご飯中、義母に抱っこされ甘えているうちに娘はとろとろと眠たくなり、ぐずりだしたので最終的に私が抱っこひもで寝かしつけて、そのまま4時間眠り続けました。お日様を浴びて、かなり疲れたようです。義母が帰ってから、いつの間にか、その横で、夫もいびきをかいていました。そしてこれは絶好のチャンスと、私は日記を書いています。お宮参り、無事に済んで、一安心。次は火曜日に予防接種、来週には4ヶ月検診、そしてその次の週には、娘を連れての初里帰りが待っています。
by papiko-gokko | 2011-05-15 16:52 | Diary


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