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日記と短歌


by papiko

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 最後の出社日に、営業部の人たちに、感謝の気持ちを込めて贈り物を送ろうと思っていて、今、その贈り物に添える手紙を、ひとりひとりに書いているところです。下書きは既に数日前に済んでいて、昨日と今日で、ようやく8人中4人の手紙を清書し終えました。下書きの段階ではちょっと感傷的な気分になったりしましたが、いざ便箋に書き始めると、字を丁寧に書くことの大変さで、感傷に浸る余裕などありません。
 私は、文字を丁寧に書くことが、どうにもこうにも苦手です。頭の中で文章を組み立てるスピードと、組み立てた文章を文字にするスピードを合わせようとすると、どうしたってどんどん字が雑で汚くなるし、かといって、丁寧な文字で書こうとすると、せっかく頭の中で組み立てたはずの文章が、みるみる淀んでふやけてだいなしになって、書きたいという情熱がしぼんでしまいます。世の中の字がきれいな人たちは、そのあたりのスピード差を、一体どうやって上手くコントロールしているのだろう。パソコンのキーボードは、文章を組み立てるスピードをそのまま保ちながら打つことができるから、私はキーボードで文字を打てる時代に生まれてきて、本当によかったと思います。
 そんなわけなので、今回も下書きはパソコンで打って印刷しました。それを便箋に書き写す清書の段階でも、考えてみればここの言葉はどうなのだろう・・・と、ちょこちょこ修正したりするから、便箋たった一枚ほど書き挙げるのにも、すごく時間がかかってしまいます。その人への思いが強ければ強いほど、書けば書くほど、もっともっと違う伝え方ができるような気がして、強すぎる想いの前では、どんな言葉も、本来の威力を十分に発揮してくれなくて、ひとりの人に文章で気持ちを伝えるということの難しさを思い知ります。もっとも思い入れの強い担当の営業さんへの手紙は、長くなりすぎたり、はしょりすぎたり、真面目になりすぎたり、変におどけすぎたり、句読点を打ち過ぎたりして、下書きでも清書でも、何度も書き直しました。一応なんとか書き終えたものの、まだ何か言い忘れているような、日の暮れた公園の砂場に刺さりっぱなしのスコップがあるのを知っているような、どこかへ駆け戻りたい気持ちが消えてくれません。でもこれはきっと、きりがないことだから、もう、やめておこう。
 便箋一枚で、どのくらい、伝わるかなぁ。なるべくまっすぐやわらかく、届きますように。
by papiko-gokko | 2010-11-30 00:15 | Diary | Comments(0)

 退職まではあと一週間ありますが、昨日、営業部で、一足早い送別会をしていただきました。自分ひとりのための送別会なんて生まれて初めてのことで、前日からやけに緊張してしまい、そういえば歓迎会はどんなふうだったかなぁと日記をたどってみたら、2006年4月21日に、歓迎飲み会をしていただいていました。このときは確か、営業部だけでなく新入社員の入った部署合同の会で、新人事務員が私を含め3人いました。そのうちひとりの子は勤めて一年ぐらいで転職し、もう一人の子は別の支社に異動になり、ふたりとももうずっと会っていません。学校と違い、同じタイミングで入社したからといって、一緒に辞めるわけではないんだなぁ。あのときも前日にはえらく緊張していたけれど、あの頃と今とでは心の中がまるで違うなぁと、そんな当たり前のことを思って、しばし感慨に耽っていました。
 送別会の開始予定は19時でしたが、月末近い金曜日でみんな忙しくてなかなか仕事を切り上げることができず、結局1時間もずれこんで、20時すぎからの開始となりました。まずはじめに営業部で一番えらい上司が「4年と8カ月、よくがんばってくれました、ぱぴこさんの仕事の速さには、とても助けられました。これから人数が一人減りますが、まぁこちらはなんとかやっていきますから、心配せず、ゆっくり身体を休めてください」と、私なんかに頂くにはもったいないような丁寧な言葉をくださって、それから「おつかれさまでした!」と、乾杯をしました。私ひとりのためにみんなが発してくれた「おつかれさまでした!」は、これまで交わしたどのおつかれさまよりも深く身にしみて、ぶつけ合うジョッキグラスを、とても重たく感じました。
 それから先は、とにかく楽しくて、嬉しくて、幸せで、なんだかずっと笑っていました。ものすごい勢いでお酒を飲んで酔っぱらっていく営業さんたちの仕事中とは違うやわらかな横顔も、事務員仲間との他愛のない恋愛トークも、みんな今日で最後なんだと思うと、愛しくて眩しくて、トイレに立つのももったいなくて、そこに流れる営業部の雰囲気を、夢中で吸い込んでいました。今回は、担当の営業さんと、これまでで一番ゆっくり話すことができた気がします。話せば話すほど、私とは違う価値観、違う世界で生きていることがわかって、だからこそ魅力的で、話しながら、あぁこの人と長いこと働けたことは本当にラッキーだったなぁと、思いました。
 途中、両手に抱えきれないプレゼントも頂きました。営業部一同からの、ウェディングケーキのように豪華でなんとも可愛らしいぬいぐるみ付きの紙オムツケーキと、それから、担当の営業さんからの、赤ちゃんのための写真立て。頂いたプレゼントを抱えきれなくなって周りに助けられながら、あふれる気持ちも抱えきれなくて、言葉にならなくて、「わぁ」と「ありがとうございます」とを、ひたすら繰り返していました。
 営業さんたちもいよいよお酒がまわって盛り上がり、お酒を飲んでいない私も嬉しさと楽しさのあまり途中から完全に時間を忘れてしまい、「そろそろ、旦那さん、帰ってくる時間なんじゃない・・・?大丈夫?」と、先輩事務員さんから言われてようやく、ハッ!と、自分が時間を把握していないことと、夫に連絡を入れていないことに気付きました。カバンの奥底にいれっぱなしにしていた携帯を慌てて取り出してみると、そこには23:28という時間と、夫からの着信6件新着メール2件という文字が表示された画面が現われ、さぁっと血の気が引いて一気に現実に引き戻され、トイレにかけこんで電話をかけました。しかし、時すでに遅し。もう夫は完全に心を閉ざしていて、「ありえない・・・」と一言、沈みきった声で言われました。その一言から相当の怒りを感じました。
 現実に引き戻された頭で、幹事をしてくれた人に「そろそろ帰らなくては」と伝え、送別会はあっという間に終わりの時を迎えました。締めの挨拶は、みんなからの推薦で、担当の営業さんがしてくださりました。「最初のころは、はっきりいって失敗だらけで、まったくとんでもねぇなと思ってましたけど、それがいつの間にやら、頼んでないことまでやってくれるようになってて、恐い相手に対してでも平気で電話してくれていて、人って変わるんだなぁと、びっくりしてました。今までで一番、助かった事務員さんでした。ありがとうございました。」と、そんな言葉を頂きました。いつも厳しかった担当の営業さんがくださったその一言一言は、私にとって、まるで、夢のようで、夢のようすぎて、コップからあふれこぼれる高級ジュースを見ているような、もうすぐ目覚ましが鳴りだすのを知りながら浅い眠りのなかにいるような、なんだかもう、とにかくもったいなくて、いつまでも聞いていたいのに、耳をふさぎたくもなってしまいました。
 仕事を上手くさばけず帰り道やトイレで泣いていた私に、今日のことを教えてあげたいです。今日頂いた言葉をそのまま聴かせてあげたいです。仕事を辞めたいと思うたび、自分の送別会の様子を漠然と思い描いてみたりしていたけれど、これまでに思い描いたどの送別会よりも、本当の送別会は、素晴らしくて、温かくて、楽しくて、そして、あっという間でした。頂いたプレゼントを抱きしめながら、私はこの日のこの気持ちために働いてきたのかもしれないとさえ、思いました。少し前まで、会社の飲み会ではいつも、緊張を紛らわすためにお酒を飲みまくらずにはいられなかったのに、お酒を一滴も飲まなくても、こんなに幸せな気持ちになれる日がくるなんて。
 しかし、いつまでも夢のようだと浮かれている場合ではありません。夫の怒りを思うと恐ろしく、解散後は、挨拶もそこそこに、慌ててタクシーに乗り込みました。みんなが見送ってくれて、お調子者の営業さんが、「おれのこと、わすれないでくれようー!」と、叫んでいるのが、走り出したタクシーの中まで聞こえてきました。みんなの姿がどんどん離れていって、あぁ私はついにあの人たちのから離れていくのだなぁと、白いシートにぐったり身を預けしんみりしそうになっていたら、人のよさそうな白髪の運転手さんが、「今日は送別会だったの?いいねぇ、みんな、いい人たちだったんだねぇ」と、穏やかに話しかけてくださって、しゅんとしぼみかけていた心が、再びほんわか、ほころびました。「赤ちゃん、生まれたらみんなに見せにいかなくちゃねぇ」と運転手さんに言われて頷きながら、本当に見せに行ったらみんなどんな反応をするのだろうかと、初めてその想像をしてみました。飲み会のときと違って、仕事中はみんな仕事モードでピリピリしていたりするから、ちょっと恐いなぁ。だけど必ず、くどくならない程度に、報告はしよう。
 家に到着して、プレゼントをかかえながら鍵をあけ、恐る恐る家に帰ると、夫が、彼の夕食らしき鍋ラーメンを、一人用鍋でぐつぐつと煮えたぎらせながら、顔をタオルで覆ってうなだれていました。そして、顔もあげず「ありえない」「ゆるせない」と、くぐもった声で言いました。いつもならここで「だってしょうがなかったんだもん」と言い訳をして言い合いになるところですが、今回は、時間を忘れ連絡を入れなかった私が完全に悪いので、正座をして謝り続けました。とても頂いた贈り物を見せたり送別会の話をしたりできる雰囲気ではありませんでした。数回前の「龍馬伝」で、うっかり飲み過ぎて朝帰りした龍馬がお龍にピストルをつきつけられていたけれど、ピストルより煮えたぎる鍋のほうが、恐いです。今回は、謝って、謝って、最後にようやく許してもらいました。でも今度またこういうことをしたら許さないと言われました。携帯電話を、カバンにいれてしまうから、忘れてしまうんだなぁ。あと、マナーモードのままにしていることも多くて、まったく気づかず叱られることもしょっちゅうあります。ポケットに入れると失くしそうで恐いし、首にひっかけるストラップを買おうかな。子どもが生まれると、ますます携帯に意識がいかなくなりそうで恐いです。

 一夜明けた今日、リビングには昨日もらったプレゼントがあって、改めて夢のような時間だったなぁと、幸せな気持ちになりました。仕事はこれまで私にとって、あくまでも辛い現実だったのに、今思い出すと、昨日のことばかりか仕事をしていた日々のことまでもが、はやくも夢の出来事ように思えてきていて、むしろ、これまでそんなの夢のようだと思っていた家事をして過ごす日々のほうが、だんだんと現実味を帯びてきて、専業主婦というものに対する細かい不安をあれこれ感じはじめています。
 送別会の疲れはまだ体に残っていましたが、今日は朝から検診でした。私の風邪がみごとに夫にうつってしまったようで、今日は朝からくしゃみと鼻水でしんどそうだったにもかかわらず、朝早く起きて予約番号を取りに行ってくれました。おかげで今回も待ち時間は少なく、お腹の子も順調でした。検診から帰ってきてからは、再びベッドにもぐってたっぷり眠りました。夜、夫は相変わらず鼻をぐずぐず言わせていたので、今日のご飯わたしが作ろうかと言ったら、「風邪のときは、美味しいものをたべないといけないから、自分でつくる」と、断られました。残酷です。残酷すぎたので、そのあと大喧嘩をして、号泣して、号泣したら、昨日と今日の処理しきれなかった感情が全部でていって、すっきりしました。夫が残酷な言葉を吐く人のおかげで、たまに思う存分号泣できて、助かります。
by papiko-gokko | 2010-11-28 01:08 | Diary | Comments(0)

 身近な人が、恋に破れて泣いていて、少しでもなにか前を向けるような言葉を言えればと、自分の恋の経験のなかで、一番辛くて憎くて悔しかったときの事を思い出してみたけれど、どんなに必死で思い出しても、もうヒリヒリしなくて、どこもズキンとこなくて、ただほのかに懐かしく、私の今いる場所は、一番痛かったときの場所から、いつのまにやらもう随分と遠のいていたのだなぁと気づきました。数年前までは、思い出すたびしっかり痛くて、座りこんでいた冷たい床の感触や、携帯のボタンにめり込みそうだった親指の爪まで、思い出すことができたのに。夫と結婚したことと、お腹の子の存在が、私の過去を一気に遠くへ、遠くて静かで優しい場所へ、押し流してくれた気がします。
 つまり、結局こういう種類の痛みは、たくさんの時が流れるのを、待つしかないということなのかな。でもそんないかにもわかったようなこと、とても言えないし言う気にならないので、とりあえず今は、熱っぽい子の額に手を当てるような気持ちで、なんの解決にもならないけれど少しだけ笑えるかもしれないような内容のメールを、ぽつぽつ送ります。

 会社では、引き継ぎの日々。自分のこれまでしていたことを、他の人がするようになり、営業部と自分との結び目が、日に日に柔らかくほどかれていくのを感じます。完全にほどけてしまう日までに、伝えるべきことを伝えなくてはと思うけれど、ほどけていくほど、気持ちもふわふわしてきて、的確な言葉を掴み損ね、的確な瞬間を拾い損ねてばかりいます。あぁもういいかげん目を覚まさないとなぁ・・・覚まさないとなぁ・・・と思いながら、平日よりかなり遅めに設定した目覚ましアラームを夢うつつで聴いている、日曜の朝みたいな感覚。あぁ、日曜日は短いのに。午前中寝過ぎたら、もうあっという間に夕方で、お魚くわえたどら猫なのに。
by papiko-gokko | 2010-11-24 22:05 | Diary | Comments(0)

 一昨日タンスが届きました。高さが136センチあり、大小あわせて13個もの引き出しがついていて、今うちにある他のタンスたちに比べると、群を抜いて大きなサイズです。タンスを設置するにあたって、まずは寝室の大幅な模様替えをしました。タンスだけでなく、もうじきベビーベッドもくるので、そのことも考えた配置にするため、ふたりであれこれ考えたり測ったりしながら移動させました。力仕事をはじめると、体が拒否反応を起こしてくしゃみを連発し始める夫ですが、今回は重いものを持てない私と生まれてくる子のために、くしゃみをしながらも、がんばってくれました。
 無事に模様替えが終わり、ほどなくしてタンスが届きました。写真で見たよりも、迫力があり、私のつかっている、これまでわが家で一番大きかったタンスが、とても小さくこじんまりとして見えました。でっかいタンスのほうがあとからきたくせに、親分といった風情で、私のタンスやベッドを見降ろしていました。私も夫も、しばらく「ほう」とか「へえ」とか洩らしながら、その堂々たる風情に圧倒されていました。
 新しい家具の匂いを嗅いでいたら、どうにもわくわくそわそわしてきて、早速、衣類を入れる作業に取りかからずにはいられなくなりました。夫は呆れて「そんなに根詰めずに、ゆっくりやればいいのに」と、チキンラーメンをすすったりミシンをしたりしていたけれど、私は一気にやらないと気が済まない、せっかちなのです。夫の、焦らないのに色々なことに余裕で間に合うところも、目覚ましが鳴ったらサッと目を覚ますのに必ず目覚ましを2個セットして寝るところも、不思議です。なにかそのあたり、かなり違う習性を持っているなぁと感じます。
 まずは夫の衣類からです。これまで夫の衣類は、クローゼットのなかのプラスチックタンスふたつに収納しており、冬服になると容量オーバーであふれ出て引き出しが閉まらなくなることも多く、相当だらしない状態でした。それらをすべて新しいタンスに入れ替えたところ、余裕ですべて収まって、感動しました。まだまだ入れられる引き出しがあったので、これまクローゼットの片すみに無理やり収納していた私のジーンズとスカートや、ベッドに備え付けのタンスに入れていたふたりのパジャマ類も入れました。小さな引き出しには、先日買った赤ちゃんの衣類も入れました。夫の衣類を整理したあとで赤ちゃんの衣類をたたむと、嘘みたいに小さくて、着せ替え人形の洋服みたいに思えました。
 からっぽになったプラスチックタンスふたつは、クローゼットから別部屋の押し入れに移動して、あまり頻繁につかわないけれどいざというとき出しやすいと便利な種類のものを、あれこれ収納しました。ごっちゃりしていたクローゼットは、これで随分とすっきりしました。同じく空いたベッド備え付けのタンスには、夫のいかがわしい小説を入れました。今後ベッドの横にはベビーベッドをひっつけて置く予定なので、いかがわしい小説たちは、しばし封印となります。これまでそれらは、あまりにも堂々と寝室の本棚に並んでいて、私もまぁいいやと気にせずにいたけれど、これから赤ちゃんが生まれたら、親戚がくることなども増えるだろうし、そもそも18歳未満の人が読んではいけないものが0歳児の目に触れれよいわけがないので、ちょうどよい機会でした。
 こうしてタンスのおかげでこれまでわが家の抱えていた収納問題が解決するごとに、脳内で「なんということでしょう・・・」と、劇的ビフォアーアフターのナレーションをしていました。増え続ける衣類に圧迫され風通しの悪かったクローゼットは、ゆったりと洋服を選べる癒しのスペースに、夫の衣類を無理やり詰め込まれ今にも壊れる危険性のあったプラスチックタンスは、便利で安心な押し入れ用タンスとして、生まれ変わりました。
 すべて入れ終えてベッドに寝転び、タンスを改めて眺めると、ほんわか、幸せな気持ちになりました。あの大きなタンスのなかには、3人の衣類が入っているのだなぁと思うと、これから3人家族の日々が始まるのだという実感がわいてきて、衣類の片づけで埃っぽい部屋だというのに、胸がいっぱいになり、思わず深呼吸をしてしまいました。衣類が選びやすくなり、夫も満足しているようでした。

d0038776_1716982.jpg それから今日は、ベビーベッドにとりつけるオルゴールメリーも届きました(右写真はお店のページのもの)。下の妹がつかっていたメリーの愛らしさが忘れられず、メリーにはこだわりたいという思いが強くて、ネットで長い時間をかけて選び、ようやく心奪われるメリーに出会うことができました。ゼンマイ式のオルゴールメリーで、流れる曲は「星に願いを」です。
 ネットでみてみると、メリーとして使い終わったらジムとしても使えたりベビーカーにも取り付け可能だったりする七変化タイプのものや、胎内音など数曲のメロディが入っている電動式のものや、赤ちゃんの泣き声にセンサーが反応して自動的に曲を流し始めるハイテクなものなど、本当にいろいろな種類があって散々迷いましたが、結局、見た目の素朴さ可愛らしさで選びました。これもまた、この前と同様、温かみのある色合いがいいという私の願いと、カラフルなのがいいという夫の願いを叶えてくれていて、私も夫も大満足。ぬいぐるみがフェルトなのも魅力的です。赤ちゃんがどんな反応を示すか、楽しみだなぁ。

 最近、こうして一気にあれこれ買いまくっているのは、自分のお給料がもらえているうちに、自分の買いたいと思っていた赤ちゃん用品と生活雑貨を、しっかり揃えておきたいからです。ネットでクレジットカードの明細をみたら、来月と再来月の引き落とし予定額が割と恐ろしいことになっていましたが、いいのです、いいのです。「私のお金で買うから」と、堂々と大きな買い物をできる期間は、もうあとわずかなのだから、今しかできないことなのだから、いいのです。普段、夫に「どうしてそんなにお金をつかわないの」と言われるほど物を買わない私なので、最後ぐらいは、いいのです。これは最後の打ち上げ花火なのです。いいのだろうかと物凄く思っているので、いいのですと、何度も書きます。いいのです。
by papiko-gokko | 2010-11-23 17:43 | Diary | Comments(0)

 父の出張に同行して数日間ほど日本に帰国していた母から、岡山の祖父母の近況を知らせるメールが届いていて、静かな気持ちになりました。
 少し前から物忘れや不思議な発言が目立ち始め、今年の中ごろに検査をしてアルツハイマーと診断された岡山の祖母は、やはり性格に少しずつ変化が表れていて、子どもに帰って行っている感じがしたそうです。「悲しいけれど、今までのほんわかした感じではなく」と、書いてありました。ドラマやドキュメントで、そういう状態になっているご老人を見たことはあるけれど、実際に接したことはありません。私は、ほんわかした祖母のことが大好きだったから、きっと、会えば、傷つくのだろうなぁ、と思います。私も傷つくし、祖母の、子どもに帰っていない部分も、傷つくのかもしれません。
 子どものころは、会うたびに「おおきゅうなったなぁ」と驚いてくれて、中学生ぐらいになってからは、身につけているものをいつも「可愛いなぁ」「素敵じゃなぁ」と、手に取って触れながら褒めてくれて、結婚式で初めて会った夫のことも「男前じゃなぁ」「ええ人を見つけたなぁ」と、べた褒めしてくれた祖母。祖父と自分との馴れ初めや、父と母との結婚に至るまでのエピソードの数々や、それから、東京大空襲のときちょうど東京に住んでいた祖母のガラスを割って逃げた壮絶な戦争体験などを、繰り返し聴かせてくれた祖母。いつも優しくて穏やかで乙女チックで、少しとぼけたところが可愛くて、声を荒げているところなど、これまで見たことがありません。
 だけどそういえばただ一度だけ、10歳ぐらいのころだったか、祖母の前で、母に乱暴な言葉を投げてしまったとき、祖母は少しの間、妹たちにだけ優しくして、いつものように私と会話をしてくれませんでした。そのとき、あぁ、私はおばあちゃんの目の前で、おばあちゃんの大事な娘に冷たくしてしまったんだ、と、自分のしたことを、すごく後悔しました。そのときまで、自分ばがりが大事にされる側の人間だと思っていて、母もまた、誰かから大事にされている人間のひとりであることを、私はわかっていなかったのだと思います。
 子どものころから、いつも私と妹を親のいないところへこっそり呼んでお小遣いを握らせてくれていた祖母が、ある時はじめて誰にもこっそりお小遣いを握らせなくて、その代わりみたいに祖父がくれて、あとから母に「最近、おばあちゃんはものを失くすけん、財布を持たせられんで、全部おじいちゃんが管理しとるんよ」と聴き、そのときはじめて、祖母の老いを実感し、不安になりました。それがもう、2年前ぐらいのことだから、今、だんだんと子どもに帰り始めていることも、ごく、自然なことなのだと思わなければならないのでしょう。
 祖母がだんだんと変わっていく日常のなかで、祖父はとてもしっかり生活していたということも、母のメールには書いてありました。家事などもこなして、自立している様子だったそうです。祖父母は羨ましくなるような仲良し夫婦で、ふたりでお店を営み支え合って生きてきたふたりだから、祖父の苦悩は相当のものだと思うのに、自立しているなんて、偉いなぁ。
 岡山の祖父の今を知り、思い出すのは、出雲の祖父のこと。祖母が突然に意識を失くした日から、祖父は一年くらいずっと立ち直れなくて、すっかり痩せてぼんやりとして、そんな祖父を見るたび、祖母の不在を強く強く感じずにはいられなかったけれど、時が流れるにつれて回復していき、今では、祖母のいない生活を祖父なりに成り立たせて、規則正しい生活をしています。その規則正しさのなかに、意識のない祖母のいる病院へのお見舞いも含まれていて、決して欠かすことはありません。
 今の私は、夫がいなくなったらなんて、地球が滅亡したらと考えるよりも恐ろしくて、出雲と岡山の祖父が、それぞれ一体どんな気持ちでいるのなのか、想像もつきません。年を重ねることは、心の強くなることなのだろうか、弱くなることなのだろうか。大事なことが増えることなのだろうか、減ることなのだろうか。メールを読んで祖父母のことを思い、ひとつわかったのは、年を重ねるということは、受け入れるしかないこと、受け入れなければならないことが、増えていくことなのだなぁと、ということです。
 次に祖父母と会う時、私は赤ちゃんを抱っこしているはずで、赤ちゃんを抱っこしている私は、祖父母の目に、どう映るのだろうかと、想像してみます。それは幸せで、たったこの前まで、遠い未来の出来事のように思っていた、壮大な想像です。できれば、子どもに帰りそうな祖母にも、ひいおばあちゃんとして、抱っこしてもらえるといいな。ひいおじいちゃんひいおばあちゃんになったばかりの祖父母と一緒に、いっぱいいっぱい写真を撮ろう。ビデオもまわして、どんな言葉をかけてもらったのかも、記録しておこう。岡山の祖父は素晴らしいカメラ技術の持ち主だから、祖父にもいっぱい撮ってもらおう。

 私と夫を一瞬にして魅了した赤ちゃん用品ブランド『BOBO』のオンラインショップから、注文していた抱っこひも・ポンチョ・ガラガラが一昨日届き、それから今日、ガス屋さんがきて、ガスファンヒーターを設置してくれました。ちゃくちゃくと、ちゃくちゃくと、赤ちゃんを迎える準備が、整っていきます。
 まだ風邪が完治しないので、げほげほ咳こみながら、抱っこひもを身につけてみました。いろいろな抱き方・背負い方があるようで、慣れるまでは、難しそうです。生まれるまでに練習して、慣れておかなくては。まだ新しくて肩紐が少し硬く、軽くてごわごわする抱っこひもと悪戦苦闘しながら、ふと、はじめてランドセルを背負った日のことを思い出しました。岡山の祖父母が入学お祝いに贈ってくれて、そういえばそれが届いた時も、私は体調を崩していて(インフルエンザ)、げほげほ咳こみながら、まだ新品で肩紐が硬くごわごわする、からっぽのランドセルを背負ってみたのでした。なんだろう、私には、新しく背負うものが届く時に体調を崩す法則でもあるのだろうか。ランドセルの肩ひもがまもなく肩に馴染んだように、抱っこひもも、馴染むのかな。馴染むといいな。
by papiko-gokko | 2010-11-20 20:10 | Diary | Comments(0)

ぼうし完成


 かぎ針編みの初作品、赤ちゃんのぼうし(ボンネット)が完成しました。
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 左の写真が開いたところ、右の写真が、紐を結んだところです。カタログの見本写真ほど美しい編み目模様にはならなかったけれど、あったかそうで可愛いので、大満足。かぎ針の基礎本で鎖編みを学び始めた段階では、カタログの見本写真や編み図を見ても、とても自分で編めるようになるとは思えず、カタログ買うの早まったかなぁと若干後悔すらしていましたが、それでもなんとか一作品、完成させることができました。基礎さえ身につけてしまえば、編めるものなんだなぁ。
 今度は同じ色の毛糸で、セレモニードレスに挑戦します。帽子に比べてずっと大きいし、難易度も高そうですが、せっかく帽子を作ったのだから、がんばってみようと思います。あぁ、編み物はやっぱり、楽しいなぁ。

 昨日栄養満点のお粥をたべて、一昨日に引き続きマスクをして加湿器ぽこぽこさせて厚着で眠ったところ、その甲斐あってか、昨日に比べて風邪が随分よくなりました。一昨日昨日と苦しめられたのどの痛みは消え、その代わりに今は、声がかれて咳がでます。子どものころから、風邪をひいたらとにかく風邪薬を飲んでいたので、風邪薬無しでもちゃんと治ってきたことに、ちょっと感動しました。そうか、これが自然治癒力というやつなのか。栄養と睡眠って偉大だなぁ。あとは、夫に感染らないことを、祈るばかりです。
by papiko-gokko | 2010-11-18 23:53 | 手作り | Comments(0)

 昨日から、風邪をひいてしまいました。喉をやられて、唾を飲むのも痛い状態です。
 妊娠中には風邪薬が飲めないからせめて漢方でもと、会社帰りにドラッグストアへ寄り、薬剤師さんらしき白衣の女性に、「妊娠中でも飲める風邪の漢方はありますか」と尋ねたら、「お医者さんからの指示があれば、葛根湯などお出しするのですが、自己判断で飲むのはやはり辞めた方がいいので、お医者さんからの指示なしでは、漢方もお勧めできないんです」と、なんとも申し訳なさそうにされてしまいました。白衣の人から薬を出してもらえばそれだけでなんとなく元気のでてくる私なのに、漢方もダメだなんて、心細すぎます。
 仕方なくドラッグストアでは龍角散のど飴だけ買って、それだけでは不安だったので、夫にもコンビニで売っている医薬部外品のトローチを買ってきてもらいました。ところがそのトローチにも、「妊娠授乳中の方はお医者さんに相談」とあり、いよいよ途方にくれてしまい、あとはもう睡眠に頼るしかないと、加湿器をぼこぼこ稼働させ、マスクをつけて、いつもより厚着をして眠りにつきました。
 そんな努力も虚しく、今朝になったら、昨日よりもさらに痛みが増していて声もでず、いよいよ心細くなって、近所の内科を受診しました。しかし、そのお医者さんからも困り顔で、「妊娠中の方には、私からは、うがい薬ぐらいしか出せないんですよ」と言われてしまいました。妊娠8カ月なら飲める薬はいろいろあるそうなのですが、産婦人科医の判断がなければ、処方できないのだそうです。妊娠中に風邪をひくって、こういうことなのだなぁと、思い知りました。診てもらったついでに昨日買ったトローチを見せて「これ、お医者さんに相談してくださいとあるのですが、舐めていいものでしょうか」と尋ねたら、「あぁ、のど飴やトローチぐらいなら大丈夫だと思いますよ」と、すんなりOKをもらえて、これにはほっとしました。舐めていいのかな・・・と思いながら恐る恐る舐めるのと、大丈夫と思って舐めるのとでは、効き目が違う気がします。うがい薬も処方してもらい、いくらか不安が和らぎました。
 薬を飲めないかわりに、夫が、ニラと生姜と玉子のおかゆや、のどによい大根おろしたっぷりのうどんをつくってくれたので、それを食べて、風邪と戦う力を高めています。それから今年夏バテの時に上の妹が送ってくれた「キヨーレオピン」というにんにくの錠剤も飲みました。これは説明書きに「妊娠授乳期などの栄養補給」と書いてあるので、安心して飲めます。風邪薬を飲まないで風邪を治すなんて初めてで、どれほど長引くのか想像もつきませんが、自分の免疫力を信じます。どうか明日には、いくらかマシになっていますように。

 そういえば、今回の風邪で、不思議なことがふたつ。まずひとつは、お腹の子が、いつも以上に元気いっぱい動くこと。しんどくて横になっている時間が多いからそう感じるだけかもしれませんが、昨日からぐるぐるにょきにょき動きまくっています。風邪と戦うために食べたニラやにんにく錠剤のパワーが、全部この子にいっちゃっているのかも。
 それからもうひとつは、風邪をひく数日前に、母が私の風邪をなぜか察知していたこと。土曜日、ちょっと鼻がむずがゆくて、ちょっと喉がカサカサするのは感じていて、でもそれは空気の乾燥によるものだろうと自分では思いこんでいて、風邪の初期症状だったなんて思いもよらなかったのですが、その日電話で話した母からは、ほんの少ししゃべっただけで「なんか風邪ひきそうな声だよ、あんた今日もう寝なさい」と言われたのでした。なぜ私にわからなかったことを、電話の声だけでわかったりするのだろう。時たま母が娘たちの心身に対して発揮するこうした感知能力には、驚かされます。私も親になったら、そんな能力が身につくのだろうか。

 風邪なのに、日記を書いてしまいました。日記をかけるということは、大丈夫ということだな。よし、よかった。
by papiko-gokko | 2010-11-17 22:02 | Diary | Comments(0)

 今日会社で、私はある人に敵視されても仕方ない行動をとりました。私はその人にとっての、悪者となりました。その人からは明日から、嫌われるかもしれません。でもこれは、私の、事な大好きな人の今後を守るために、どうしてもせずにはいられなかったことだから、後悔していません。もうじき辞める職場で、最後の最後で誰かから嫌われて辞めるのは残念だけれど、恐くはありません。大事な大好きな人の今後を守ろうとしないまま辞めた自分を自ら嫌い悔やみ続けることのほうが、よっぽど恐いです。
 私を、無害の良い人にすることができる人は、いくらでもいます。でも、私を誰かにとっての敵に、悪者にすることができる人は、生まれてからこれまで出会った人のなかで、ごくごくわずかです。本当にその人のことが大事で好きで、その人のためなら誰に嫌われたっていい、立場がどうなったっていいと思えた時、はじめて私は、悪者になることができます。中島みゆき『空と君のあいだに』にある「君が笑ってくれるなら僕は悪にでもなる」という歌詞。それを私に実践させた人との出会いを、私は一生ものと位置付けます。
by papiko-gokko | 2010-11-15 22:13 | Diary | Comments(0)

ひとりで黙々日曜日


 気づけば朝から晩まで一日中、家の片付けと掃除ををしていました。こまめに休憩をしたり、ご飯やおやつの時間もたっぷりとっていたら、あっという間に夫の帰ってくる時間になっていました。赤ちゃんのやってくる日も近づき、「安全・清潔・取り出しやすい」をテーマに、家具の位置や物の配置を、あれこれ考えていて、今日も掃除をしながらちょっと変えてみたりしたので、それでますます時間がかかりました。

 退職後の専業主婦デビューに向けて、休みの日には料理にも、なるべく真面目に取り組むようにしています。お菓子作りではそんなに失敗しないのだから、料理でもお菓子のときと同じようにレシピをしっかり見てレシピ通り作ってみようと決め、本やネットのレシピに忠実に作るようにしたら、夫がおいしいと言ってくれるようになりました。
 夫も母も友達も、料理をするときにはレシピではなく冷蔵庫の中身で作るものを決めて、調味料も味見しながら足して作っているから、私もなんとかその真似をしようとしていたけれど、悲しいことに、いつまでたっても私には、それが上手にできません。一人暮らしのころから数えれば、料理をするようになってもう随分になるにも関わらず、何と何を合わせればどんな味になるのか、どのくらい入れれば丁度いいのか、未だにわからないのです。これはもう、味のセンスがないのだと認めて、初心に帰って、レシピ通りの料理をつくったほうが、誰にとってもよさそうです。検索すればいくらでもレシピに出会えるネットのある時代で、よかったなぁ。

 昨日赤ちゃん用品店で買ったブランケットの色合いがとても気に入って、他にも何かあるのだろうかとブランド名を検索してみたら、なんとも可愛らしい公式サイトがでてきました。『BOBO』という、ペルーっぽいデザインのブランドです。やわらかであたたかみのある色合いがいいという私の願いと、カラフルなのがいいという夫の願いがみごとに同時に叶えられていて、好みのど真ん中すぎて、ふたりで大興奮しながらサイトを眺めました。これまで、私が好きなのは北欧系の色合いなのかなぁと思いつつ、でもなにかちょっと違う気もしていて、このサイトをみて、あぁ私が好きなのは南米のほうだったんだ!とわかりました。「コンドルが飛んでいく」を聴くと不思議なくらい胸が締め付けられ郷愁に駆られるし、私の前世は、マチュピチュの生き物だったのかもしれません。
 あまりにも可愛くて、すっかり興奮してしまって、ポンチョ抱っこひもガラガラを、買ってしまいました。抱っこひも、しっかり勉強してから買うつもりだったのに、もうこれしかない!と、私も夫も、他の抱っこひもが考えられなくなってしまいました。どうか失敗でありませんように。
 これからも、とっておきの日の洋服や、はじめてのお食事セットなど、BOBOで揃えたいです。かわいい!
by papiko-gokko | 2010-11-15 00:49 | Diary | Comments(0)

赤ちゃんを迎える準備


 3歳児の親である友達に付き合ってもらい、友達と子供ちゃんと私と夫の4人で、赤ちゃんグッズを揃えに行きました。 まず向ったのは、衣類コーナー。友達のアドバイスを受けながら、何種類かの新生児用肌着が数枚入っているセットを2種類と、それから、その上に着る洋服を5枚ほど選びました。お店に入る前から、「あかちゃんのようふく、えらんであげるねー!」とはりきっていた子供ちゃんも、「これ、かわいいよー」と、あれこれ持ってきてくれました。洋服のほかには、ミトンと帽子も買いました。スタイも欲しかったのですが、あまりしっくりくるものがなかったし、友達もすぐにはそんなに使わないと言っていたので、今回買うのはやめておくことにしました。
 衣類をみたあとは、布団類のコーナーで、布団の8点セットと、魅力的な色合いにひと目ぼれしたブランケットを買いました。それから、リビングに寝かせておく用として、初めて見た時から絶対欲しい!と思っていた、クーファンとクーファンスタンドも思い切って購入しました。なんだかんだで、大きな買い物になりました。
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 それから、抱っこ紐やベビーカー、衛生用品のコーナーなども順番に見て回り、衛生用品のコーナーで、爪切りや髪ブラシや鼻水吸いなどの入った赤ちゃん用おていれセットと、30秒で測れる体温計を買いました。ベビーローションやお風呂用石鹸なども気になりましたが、これに関しては、どんな種類があるのかをまた勉強して、追々揃えていく予定です。肌質が私に似れば肌の弱い子である可能性が高いから、肌を洗うもの・肌に塗るものに関しては、特にしっかり選ばなくては。抱っこひもも一瞬買ってしまおうかと迷いましたが、これもやはり、もう少し勉強してから買うことにしました。ベビーカーも、次回に持ち越しです。
 布団やらクーファンやらも買ってすっかり大荷物になったので、帰りはタクシーにしました。貴重な情報を教えてくれた友達にも、最後までぐずることもなく一緒に選んだりしてくれた子供ちゃんにも、大感謝です。品数の多さや機能性に圧倒されるばかりの私と夫に、友達がしっかり付き添ってくれて、必要なものと必要でないもの、たくさんあった方がいいものとひとつあれば十分なもの、質を重視したほうがいいものと安くても全然使えるものなど、実際に商品を見ながらひとつひとつ教えれくれたので、混乱して夫婦喧嘩になったりすることもなく、楽しみながらも冷静に選ぶことができ、まったく大助かりでした。妊娠してからというもの、事あるごとに、経験のある友達がいることの心強さやありがたみを実感しています。私もしっかり経験しよう。
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 家に帰ってから、さっそくクーファンを部屋に置いてみたら、お店でみていたときよりもますます可愛く優しく感じて、夫としばらくにやにや眺めていました。なんともふかふか気持ちよさそうで、私も小さくなって寝てみたい気分です。それから衣類も出して並べてみて、自分たちの家に赤ちゃん服があるという事実を楽しみました。来週にはタンスも届くし、ファンヒーターのためにガス屋さんにも来てもらうし、着々と準備が整っていきます。部屋の整理を本格的にはじめなくては。
 
by papiko-gokko | 2010-11-13 23:17 | Diary | Comments(0)