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日記と短歌


by papiko

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 感情が、ぐらぐら、ゆらゆら。簡単に泣くし、怒ります。暗いニュースをみて絶望感に打ちひしがれたり、赤ちゃんのCMを見て希望に打ち震えたりします。振れ幅が大きすぎて疲れて、いつもずるずる、眠っていたい気分です。

 聴きたい音楽を聴いている時が、一番落ち着きます。昨日は子守唄を聴きたくなり、youtubeで検索してあれこれ聞いているうちに、夏川りみさんの歌う『五木の子守唄』に出会い、魂がみるみる浄化されていくようなその美声に聞き惚れました。他にもさまざまな曲を歌っておられ、聴いてみるとどれもこれもが素晴らしく、のびやかで透明感のある歌声に魅了されっぱなしでした。こんな美しく歌ってくれる人に歌ってもらえた曲は、幸せだろうなぁ。『童神〜ヤマトグチ〜 』を聴いていたら、ぷわんと、涙があふれてきました。どうしてこんなに涙もろいのだろう。体の中で心臓が、ふたつ動いているからかな。子守唄を聴いていると、はやく子供を抱きたいなぁと、胸がいっぱいになります。今はただ、不思議なお腹を撫で撫でしながら、育て育てと、祈るばかり。
 「五木の子守唄」は、中学のころ合唱部で歌ったから、今でも最初から最後まで歌えます。明るい曲ではないけれど、物悲しい旋律が、子供を寝かしつけるのには、ちょうどいいのかな。まだ何もわからない我が子に歌う時には、ねんね向きの柔らかい言葉にかえて、歌ってやろう。
by papiko-gokko | 2010-07-29 22:27 | Diary | Comments(0)

 引越し業者を決めました。本当は何件かの業者に見積をとって一番安いところに決めようと思っていたのに、今日訪問見積もりにやってきた、自分たちと年齢が変わらない好青年営業マンによる熱い営業トークと、目の前で電卓を叩きながらの巧みな値引き作戦にまんまとやられて、他の業者の見積りを待たずに、決めてしまいました。自分も営業部で営業事務として働いているので、営業マンの仕事のことは知っているつもりでいたけれど、実際に外で客相手に仕事しているときの営業マンというのは、社内にいるときとは比べ物にならない迫力があるのだなぁ。なんだか、平日働く父親の姿を見た時のような、新鮮な感覚でした。決断を迫られてかなり悩み、最終的には、大手だし、キャラクターが可愛いしという、そんな単純な理由で決断を下しました。結局、強いもの、可愛いものに、私の心はころりと転がされます。
 不動産屋さんのほうも、当初の予定では何社か巡ってみるつもりだったのに、結局最初に行った不動産屋さんだけで物件を選んで決めてしまったし、つくづく私たちは、商談事の下手な堪え性のない夫婦だと思います。これまで、社会と契約を交わす場合の相手は大抵年上の人だったのだけれど、私も夫も社会人になって数年が経ち、気づけば契約を交わす相手もまた、同世代の社会人であることが多くなってきました。今回は不動産屋さんで担当の人も、引越し業者の営業の人も、大体自分たちと同じぐらいの年で、だからなんだか、いつかの同級生の今の姿に出会えたようで、身近な存在に感じてしまって、あぁこの人も自分たちと同じような時代を生きてきて、同じように社会でがんばっているのだなぁと思うと、この人になるべくしんどい思いさせたくない・・・という思いに駆られ、相手の人間性を信じたい気持ちでいっぱいになり、私も夫も「うまい話に騙されないぞ!」という最初の疑ってかかる姿勢はすっかり崩れて、いかにも自信なさげな微笑を浮かべつつ、ここにお世話になろうかと、頷き合っているのでした。
 そんなふうに決めてきて、きっと今のところ、ものすごい損もしていなければ、素晴らしい得もしていないのだろうと思います。大きな買い物だから、それなりにお金が動くのはしかたないよなぁと、ある程度は諦めながら、でもできればなるべく抑えたい・・・とも願いつつ、ほどほどの契約を結んでいる感じです。
 引っ越し業者さんが早速段ボール箱を置いていってくれたので、これからたっぷり時間をかけて荷造りができそうです。引っ越しを機に捨てることにした粗大ごみの回収もすでに予約してあるし、先日はブックオフに、大きな紙袋10袋もの大量の本を売りました。そして本を売ったそのお金で、マタニティ用品を買ったりしました。本を売ったお金で何かを買うって、昔の文豪みたいで素敵です。10袋もの本を売ったけれども、それでもわが家の荷物で一番多いのはやっぱり本だと思うので、まずは本から箱詰めを始めようと思います。明日から地道にがんばろう。
by papiko-gokko | 2010-07-27 22:03 | Diary | Comments(0)

一寸先はX


 土曜日の賃貸巡りで、新しく住む家を決めました。今、契約のための書類を送ったり送ってもらったりしているところです。まったく妥協点がなかったわけではないけれど、間取りも環境もほぼ自分たちの希望通りだったので、これ以上迷っても仕方がないだろうと、思い切って決めました。実際の住み心地は、住んでみなければわからないので、引っ越すまで不安でいっぱいですが、とにかく腹をくくって気を引き締めて、この家とのお別れ準備を始めます。段ボールだらけになる前に、大好きなこの家の写真を、一部屋ずつ取っておこう。本当に、憧れのままに始めたここでの暮らしは、素敵だったな。笑ったり泣いたり、開け放ったり閉め切ったり、楽しかったな。掃除をするたび、どんどん好きになる家でした。とびきり綺麗にして引っ越そう。

 引っ越しは8月後半の予定で、早速、明日から何件かの引っ越し業者に見積もりに来てもらいます。そのために、今日は部屋の片づけをがんばりました。お腹が張らないように気をつけながらの作業なので、ちょっとでもしんどくなったら横になって身体を休めなければならず、思うように勧められなくて、イライラしてしまいました。まだ時間はたっぷりあるのだから、心を落ち着けて、ゆっくりやろう。頭が混乱して爆発しないよう、順序だてて作業していくための計画表をつくろう。中学校のころから、定期試験の2週間前になると、必ず教科ごとに細かく勉強の計画表を作っていました。計画表の通りにやっていくことで、「どうしよう!」と、大騒ぎすることなく、なんとか試験に臨めたのでした。本当にすぐ焦って「どうしよう!」「もうだめだ!」となる性格なので、大事なことに臨む時には、計画表が不可欠なのです。よし、つくろう。
by papiko-gokko | 2010-07-25 23:02 | Diary | Comments(0)

 暑いです。家に帰ったら電気をつけるよりも先に、エアコンのリモコンを探します。長時間しめ切っていた部屋は、電気のことなど忘れるぐらい、命に関わる暑さになっています。そうして部屋にクーラーが効いてくるにつれ、体がぐったりしてきて、ごっちゃり散らかった部屋の隅っこで、座布団を枕に眠ってしまいます。最近家では、眠ってばかりいます。眠らなくては、育つ命のぶんまで体力を維持できません。
 そんなバテバテの日々のなかでも、お腹は少しずつ少しずつ膨らんできて、風船の気分です。膨らむにつれて色の薄くなっていく風船のように、膨らむほどに自分の底の浅さが見えてくるような気がして、嬉しい半面、ひやひやします。どうしよう、こんな私が親になるなんて。ごっこ遊びじゃないお母さんの始まりだなんて。
 体が変化して、自分の身体じゃないように思えてくるたび、あぁ、この身体は、私のものではあるけれど、太古から続く大きな大きな命の流れの中で、気まぐれに与えられたものに過ぎないのだ、いつかは滅びてどこかへ帰る、返却期限付きのものなのだと、気づいてしまいます。そしてまた、ひやひやします。だけど、自分の体すら思い通りじゃないのなら、この世で一体、なにが思い通りというのだろう。そうか、だからお金という概念が生まれたのか。

 今日は帰り道、お兄ちゃんになりたての少年に出会いました。後ろの方で「あした、退院するよ」という、男の子のはずんだ声が聞こえてきて、退院という単語が気になり、なんとなく背後の会話に注意を向けると、続いて「あらぁ、よかった、どっちだったの?男の子?女の子?」という女性の明るい声が続き、「女の子!」と、男の子がちょっと恥ずかしそうに早口で答えたのでした。そこで私は道を曲がり、曲がったあとからこっそり後ろを振り返ってみたら、幼稚園か小学1年生ぐらいの男の子が、笑顔の口をきゅっと結んで、自転車を押す女性の歩幅にあわせ大またで歩いていました。夏の夕暮れによく似合う、細く日に焼けた足でした。
 新米お兄ちゃん、妹は可愛いものだよ。わがままだったり生意気だったりして、ちっとも思い通りには動いてくれないけれど、それでもなんだかんだで後ろからついてきて真似っこをする、とても可愛いものだよ。

 明日は再び、物件めぐりです。とてもいい物件を見つけたので、できれば明日決めてしまいたいと思っているところです。しっかりしなくては。
 不安なので、B'zと稲葉ソロをひたすら聴いています。もう、音楽を聴いているというより、稲葉さんの声を耳にかぶせている、といったほうが正しいかもしれません。慣れ親しんでいる稲葉さんの声を聴いているだけで落ち着くのです。最近寝てばかりいる私の子守唄も、B'zです。どんな癒し系音楽よりも、今の私には、B'zが一番いい子守唄です。不安で恐くて逃げ腰のとき、稲葉さんの言葉は私にビシッと喝を入れてくれるので、かかせません。
 引越しのあれこれでもやもやしたときは、『Wonderful Opportunity』を聴いて前を向きます。高校受験のころから御世話になっているこの曲は、聴いているだけで、とにかく大丈夫な気がしてくる魔法ソングです。高校のころから同じように感動して元気がでるので、自分の精神構造がまったく変わっていないことがわかる一曲でもあります。だって、あのころからずっとずっと、稲葉さんが超絶にかっこいいんだものな。

 世界は広いのだろうけれど、その世界に対して私の関わることの出来る範囲は、あくまでも狭くて、その狭い世界のなかでさえ、悲しくなることや嬉しくなること、知りたくないことや興味深いことが、抱えきれないほどたくさん、捕らえきれないほどの勢いであって、だから処理しきれないぶんが眠りのなかに流れ込み、夜中に得体の知れない夢を、毎日いくらでも見るのです。そして翌日、その夢を思い出すのにまた時間がかかるから、広い世界に触れられる日は、いつになることやらわかりません。
 それでも子供が生まれれば、その子の目を通して、いやでも新しい世界が、切り開かれていくのだろうか。切り開かれたその傷口は、はじめ痛むのだろうか。吹き込む風がとても優しくのどかなら、傷口は木枠の窓になって、世界を上手に切りとってくれるかもしれないから、なるべく優しくのどかな風の吹くほうを、探して歩いていこう。

 まとまりのない日記になってしまいました。日をあけると、その日のうちに書きたいことが待ち切れずに頭の中で駄々こねて、おれをかけおれをかけと押し合いをして、結果的にこうなってしまいます。修行が足りません。日記の修行ってなんだろう。真の自分から目をそらさないこと、あるいは、自分の都合のいいように自分を解釈すること。できる限りは、前者でいたいです。
by papiko-gokko | 2010-07-23 22:23 | Diary | Comments(0)

 昨日から、賃貸情報と地域情報ばかり検索して見ています。自分ひとりや夫と二人の暮らす場所を決めてきたこれまでと、子供と暮らすこれからとではわけが違うので、衝動で物事を決めやすい私も、さすがにちょっと慎重になります。これまでの家探しでは、駅や職場との距離と、近所にコンビニとスーパーがあるのかどうかだけ大体確認していた程度で、あとはまぁなんとかやっていけるだろうと大雑把に構えていました。しかし今回は、幼稚園や学校、病院や図書館などが歩いていける距離になければならないし、なにより子供の安心して住める町でなくてはいけません。家だって、子供にとって危険が少なく、周りの住民に悩まされることもなく、子供がのびのび遊べるような家を選びたいものです。
 まず、住宅に関しては、地震でも安心な耐震性と、子供が泣いても歌っても近所迷惑にならない防音性のある建物を選びたいというのが大前提としてあり、それから子供は2歳にもなれば家じゅうを元気いっぱいに走るだろうから、走りたい盛りの子に走るなと注意ばかりせずに済むよう1Fのほうがいいのだろうか・・・とか、ある程度長く住むなら部屋数は多いほうがいいかもしれない・・・とか、あれこれ考えています。
 住む地域に関しては、私と夫の職場のこともあってそれほど今住んでいる地域から離れることはないのですが、東京というところは住んでいる人が多い分、ちょっと場所が違うと町の雰囲気がまるで違っていたりするから、新しく住むかもしれない地域の人たちが町の情報を書きこんでいる掲示板を読みあさってみたり、その地域にある小学校のHPを見つけて、学校行事の写真やら教育方針を読んでみたり、グーグルのストリートビューで、歩道の広さや公園の様子など見てみたり、ネットで得られる限りの情報を得ようと、ついつい、夢中になって検索を繰り返してしまいます。
 今どんなに私や夫が慎重に調べ考えて行動してみたところで、子供が自分の心と身体で幼稚園や小学校に通う以上、その子にとって楽しいことばかりの待っている世界なんて絶対にないのだということぐらい、わかってはいるのだけれど、それでも少しでも苦しみが少なく、楽しいことの多い毎日を送ってほしくて、考えても仕方のないことばかり、今から悶々と考えています。私の父や母も、引っ越しのたび悩んだのかなぁと、転勤の多かった子供のころを思い出します。きっと両親なりに精一杯に悩んでくれたのだろうけれど、それでも私は、転勤の引っ越しによってしんどい思いをした時期があって、どうして私はここにいていつまでここから出られないんだろうと、毎日もやもや、駐車場の砂利にずじゃずじゃ足をもぐらせながら歩いました。子供には、なるべくそういう窮屈な思いをさせたくないのです。子供が自分で自分の住む町や通う学校を選べるようになるまで、私と夫でしっかり選んでやらなくちゃと思います。
 あぁ、だけど、結局、今ちょうど空いている物件と自分の希望とが合うかどうかという巡り合わせで決まるのだし、良くも悪くも子供には子供の事情が勝手にできていくのだろうし、住めば都というし、今この時点で考えてもしかたのないことが多すぎて疲れてきたので、そろそろ考えるのを、休もうかな。夢でまで考え続けて、疲れました。大体、産まれてくる子をどんな力加減で抱くのかすら想像のつかない今の私に、小学生ぐらいまで成長した子との生活を思い描くだなんて、とても無理です。よし、少し休もう。
by papiko-gokko | 2010-07-20 22:12 | Diary | Comments(0)

 夕焼け間際の濃い青空に、入道雲が見えました。夏です。梅雨明け宣言と時を同じくして、今日からつわりが急激に軽くなりました。レトルトのカレーライスを一人前、美味しく食べることができたのです。カレーライスを美味しく食べられたということは、いつもの私に戻ったも同然です。一時期はゼリーすら食べたくなかったりして、もしかしてずっとこのまま私は、パンと冷たいおそばとゼリーしか食べられなくなるんじゃないかとさえ思ったけれど、嬉しいことも辛いことも悲しいことも面白いこともどんなこともなにもかも、終わりが来るんだなぁ。今はただ、このままぶり返さないことを、祈るばかりです。

 つわりが明けたのはいいのだけれど、なんだか情緒不安定みたいで、自分で自分の有り様に呆れます。もともと感情の起伏が激しいほうなのに加え、劇的変化を日々繰り返しているという身体のホルモンバランスの影響もあるのか、つんと突かれただけで爆発します。涙腺が、公園の水飲み場並みに、誰からでもひねられることのできる状態になっていて、何を観ていても聞いていても、いきなり不意打ちで涙腺が緩み、涙ぐみます。「12週あたりから赤ちゃんの脳が働き始めてお母さんの感情が伝わるようになるから穏やかな心で過ごしましょう」と、妊娠大事典に書いてあったのに、こんなことでいいのだろうか。
 こんな私の状態によって最も不憫なのは夫で、私の感情の荒波をざぱんざぱん真っ向からかぶりながら、そんな私に戸惑い呆れ怒りながらも労わってくれるその様子が可哀そうで、追い詰められて、また涙がでてきます。洗濯やらなにやらあまりにがんばってくれるので、そんなにがんばらなくていいよ電池が切れそうで恐いよと言ったら、「おれは電池で動いていません」と答えました。そう言いながら夕方に、リポビタンDを飲んでいました。自分のお腹にいるわけじゃない命を労わるのは、お腹にいるのを労わるのとは、また違った大変さなのだろうな。
 命を宿すと、心のふんばりは強くなるのかと思っていたのに、私の心は日に日に弱く、というより、やわに、なっていくような気がします。どんなことも嬉しい、どんなことも悲しい、それはもう、まるで抱えきれないくらいに。

 今日はわが家に、新しい冷蔵庫がやってきました。これまで使っていたのが壊れたわけではないはないのだけれど、ふたり暮らしにギリギリ対応できるぐらいの大きさで、子供ができるとなるとちょっと小さすぎるということで、エコポント制度のあるうちに買おうということになったのです。ありがたいことに、この冷蔵庫を買うにあたって、義母がかなりのカンパをしてくれました。親っていうのは、まったく、いくつになっても本当にありがたいものだなぁ。私はそんなありがたい親になる自信、全然ないけれど。
 新しい冷蔵庫は今までのものとは比べ物にならないほど大きくて、ハイテクです。氷が勝手にできたり、熱いものを瞬時に冷凍できたり、プラズマの力で除菌をしたり、覚えきれないほどあれこれ機能があります。氷ができるのを、夫がとにかく喜んでいます。氷があると、すぐに氷枕ができて便利だな。
 これまで使っていた冷蔵庫は、できる限りピカピカにして、今日宅配便の人に預けました。岡山で一人暮らしをする下の妹が、もらってくれることになったのです。彼女もまた、ちょうどこれまで使っていた冷蔵庫が小さすぎてうんざりしていたところだったということで、これはお互いにとってラッキーでした。3人暮らしには小さすぎる冷蔵庫だけれど、うたい文句が「同棲や自炊中心の一人暮らしに最適の大きさ」という、妹がこれまで持っていた一人暮らし用よりはちょっと大きめサイズの冷蔵庫なので、基本的に自炊をしていて彼氏もしょっちゅう遊びにきている妹には、最適のはずです。出雲の祖母にもらった就職祝いで買った冷蔵庫だから、祖母から誰より可愛がってもらっていた下の妹の元に送ることが出来て、そういう意味でもよかったです。まだまだ壊れずガンガン動いて冷やして、下の妹の生活を支えておくれ。
by papiko-gokko | 2010-07-17 22:56 | Diary | Comments(0)

 先週紹介状を書いてもらった総合病院の産婦人科を、はじめて受診しました。今日はちょうど夫が休みの日だったので、彼も一緒に行くことになりました。総合病院ということでかなり混むことが予想され、予約なしの初診は待ち時間がすごいことになりそうだったので、少しでも早く終わるように、朝6時半に起き、朝一番のバスで病院へいって、ほぼ整理券発行開始時間に到着し、15番というかなり早い番号を取ることに成功しました。そのかいあって、総合受付でのカルテの受取りから最後の会計までの間で待っていた時間は、あわせて1時間ぐらいで済んだのではないかと思います。
 産婦人科の待合室は、これまで行っていた婦人科専門のクリニックとはまた違った雰囲気で、お腹の大きな妊婦さんや、それから、まだ退院して間もないのであろう新生児の赤ちゃんを連れたお母さんもいて、出産というものが身近にあるのを感じました。新生児を見たのは久しぶりだったので、その小ささと、生まれて間もない子特有の迫力に、息をのみました。あんなふうな生きものを、私もこれから生むなんて。平日ということもあってか、待合室には夫のほかに男性がいなくて、なんとなく気まずく、一番後ろの端っこに座りました。しかし夫は全然気にしていないふうで、掲示物などを興味深げに眺めていました。やがて、いつの間にやら夫の隣の隣に、私たちと同年代ぐらいの男性が座っているのに気付き、それで私もようやく落ち着きました。
 さすがは総合病院なだけあって診察室がいくつもあり、待合室で待っていると、まず「何番診察室の前でお待ちください」というような呼ばれ方をして待合室から診察室の前に移動し、それからまたしばらく待ってから、ようやく診察なのでした。話しにくいお医者さんだったら嫌だなぁと緊張していたのだけど、その不安は、診察室へ入って数分も経たないうちに消えました。重い扉の向こうに座っていたのは、以前通っていたクリニックの先生と似た雰囲気の、ほのぼのとしたおじいさん先生で、とてもにこやに体調のことなど聞いてくれて、ここのところ一番の悩みであったお通じのことを、するする、しゃべることができました。こういうことは、聞いてもらうだけで随分安心します。夫に対しても、私に対するのと同じにこやかさで、ほのぼのと話してくださったのも、嬉しく思いました。
 そのほかには、問診票に書いた心房中核欠損の手術について聞かれ、4歳のとき手術で完治して以来まったく問題なく生活していることを告げたら、「でも、普通の生活と、出産でかかる心臓の負担とはまた違うから、一応、一度循環器科にもかかって診察してもらっときましょうね」と言われ、そのときは少し、ショックを受けました。すっかり完治はしていても、やっぱり、病気があって手術をしたことには変わりないんだなぁ。なんだか、長い間ポケットに入っていたビー玉の重みに、ふいに気づかされたような気分です。とはいえ、総合病院を選んだのは、やはり心臓のことが心のどこかで少し気がかりだったという理由もあるので、先生からそんなふうに言われるということは、やはり総合病院にして正解だったのだと、改めて思いました。健康診断でも引っかかったことがないし、大丈夫だとは思うけれど、普段いかない科を受診するのは緊張します。でも、自分と我が子の命のためだ、がんばろう。
 そんなふうにお話をして、これまでのクリニックでの検査結果などにも目を通してもらい、内診台で少し診察をうけてから、部屋を移動して、待ちに待った赤ちゃんのエコーを観る時間になりました。これまでのクリニックはエコーも内診で行なっていたのですが、今回からは、ドラマやドキュメンタリーでもよく見るような、お腹に何かにゅるにゅると当てながら赤ちゃんの様子を観る、腹部エコーになりました。夫にとっては、初めての生エコー画面で、夫が一番楽しみにしていたことだったので、入り口でまごつく夫に「旦那さんもどうぞ」と言ってもらえて、安心しました。
 エコーが映ってすぐ、先生が「あっ、動いてるねぇ、ふふふ」と楽しそうに言い、画面をじっと見ていたら、もうすっかり手足らしきもののしっかりとある赤ちゃんが、ひゃくひゃくっと、突っつかれたトカゲみたいに動いたのがわかって、私も夫も、おおお!と歓声をあげました。これまでのエコーで動いていたのは心臓だけだったので、もう身体が動いているなんて、びっくりです。お腹の中で、あんなふうに動いているなんて。それから今回、初めて赤ちゃんの心音も聞くことができました。大きさはまだ6センチほどで、そんな小さな胎児の心音なんて、聞くことができてもせいぜい時計の秒針みたいな感じなのだろうと思いきや、とんでもない、機械を通じて聞こえてきたのは、どっ!どっ!どっ!どっ!という、なんとも力強い心音でした。あまりに力強すぎて、最初は自分の心音かと思ったほどですが、先生がはっきり、「赤ちゃんの、心音ですよ」と教えてくれました。そして、「ふふふ、元気そうですねぇ」と、楽しそうに笑いました。先生自身が、そうして楽しそうに嬉しそうにエコーを映してくれると、私も嬉しくなりました。ここは病院だけどこれは病気じゃなく、すごく嬉しい楽しいことなんだなぁと、実感することができました。
 「じゃあこれおみやげです」とエコー写真をもらい、再び診察室に戻って次回予約する日を決め、これで今日の診察は終わりました。会計を待ちながら、「やっぱエコーみると、今ここにいるのは3人なんだなぁって、実感するわ・・・」と、夫が感慨深げに言っていました。3人。私は自分のお腹にいても、まだそこまではっきり数字では、実感できないなぁ。ふたりの間にとんでもなくすごい存在がある、というのはわかるのだけど。
 はじめての総合病院は、患者さんが多いし産科もあるぶん、みんな忙しそうではあったけれど、だからといって冷たい感じはまったくなく、ちゃんと説明もしてもらえたし、ゆっくり聞きたいことを聞くことができて、ほっとしました。白い巨塔みたいなピリピリムードだったらどうしようかと思いましたが、少なくとも産婦人科は、全体的に和やかでした。あと、総合受付に、嵐の桜井くんに似ている人がいたのも素敵でした。あぁ、とにかく、自分にとって居心地の悪そうな病院ではなかったから、よかったよかった。これから起こる私の人生の一代事件について、どうぞよろしく。
 
 病院のあとは、病院近くのショッピングモールで買いものとお昼ご飯を済ませてから、不動産屋さんへ行きました。行動的な一日です。不動産やさんでは、二件ほど物件を見せてもらいました。間取りを観て私も夫も惚れていたほうの物件は、やはりなかなかよかったです。へんてこな間取りなので、家具をどう配置するかかなり迷いますが、ここに決めてもいいかもしれないな・・・と思っています。ただ、焦りは禁物ということで、もうちょっと検討することにしました。しばらくは落ち着かない日々になりそうだなぁ。

 そんなこんなで、一日気を張っていたので、今日はくたくたです。赤ちゃんも、ひゃくひゃく動いて、疲れたことでしょう。今夜はたっぷり眠ろうね。
 
by papiko-gokko | 2010-07-15 22:11 | Diary | Comments(0)

 12週に入り、体がだんだん、変化をしてきているのを感じます。お腹はそれほどでもないけれど、目に見えて胸が大きくなりました。通常の時にはAカップのブラジャーですら余裕のある悲しい胸なので、女性らしい豊かな胸を期間限定で体験できるのはとても嬉しいことのはずのだけれど、なぜだか嬉しさと同時に、水に射す影のような悲しみがゆらゆらと沸いてきて、そんな心に戸惑いました。
 戸惑いながら、この悲しみはなんだろうかと考えているうちに、小学五年生の私が浮かんできて、あぁこれは、二次性徴が始まった日の悲しみに似ている、と気づきました。ある日いきなり胸がこりこりして痛くなり、親と大騒ぎして調べた末にそれが胸の膨らみ始める合図なのだとわかった夜、私は天井の電灯をぼんやり見つめながら、これからどんなふうに膨らんでいくのだろうかと、手のひらでまだまるで平べったい胸の上におわんの形をつくってみて、それをどんどんふくらましてみてから、なぜだか暗澹たる気持ちになっていました。取り返しの付かないことになったと、急に今までのこと何もかもを、遠くに感じました。
 こうしなくちゃ!と一度思ったら即座に行動しなくては気がすまない性格の母が、その翌日ぐらいに慌てて私を買い物につれていき、そこで柔らかな綿で出来た子供用のスポーツブラを買わされたのを覚えています。初めてのランドセルや制服はあんなに嬉しかったはずだのに、はじめてのブラジャーは、嬉しいよりも後ろめたくて、ブラジャーでもタンクトップでもないその中途半端な感じが気恥ずかしくて、なんでもいいからこの変化を冗談で誤魔化したい気持ちでいっぱいでした。
 学校へしていくのはどうにもこうにも抵抗があり、体育の時間などに注意してみてみると、クラスにはまだスポーツブラなんてしている子全然いなくて、私よりずっと発育の早い子たちもまだ普通のタンクトップで、「まだ誰もしてないのに」と母の説得を試み、「でも女の子の胸はきちんと守らんといけん」と母も主張を曲げず、結局小学生の間は、それぐらいの多感な年齢の子の為に作られたのであろう、胸の部分がガーゼで二重になっていたり目立たない程度のカップが入っていたりするタンクトップで落ち着いたのでした。
 結局スポーツブラをつけるようになったのは、中学2年生になってからです。どういう話の流れからか、「今度みんなでスポブラを買いにいこうよ」となって、6人ぐらいのみんなでぞろぞろ自転車をこぎ、ジャスコへと出向いたのでした。きっとみんな、親と買いにいくのは気恥ずかしくて、でもひとりで買う勇気もなくて、仲良しの友達と、お菓子を買うような感覚でわいわい買ってしまいたかったのだと思います。ジャスコの下着売り場では、しかしそれほどわいわいすることもなく、みんなそそくさと自分のサイズにあったものを選んで、会計を済ませていました。私もあんまり熱心に選ぶのが恥ずかしくて、ろくに見もせずに買いました。
 買い終えた後はみんなほっとして、誰からともなくすぐそばにあったルーズソックス売り場へ移り、当時全盛期を迎えていたルーズソックスをあれこれ眺めてわいわいしました。そして、せっかくだからとみんな一足ずつ買いました。比較的おとなしいグループの私たちだったので、ギャル系の子が履いていたようなだぼんだぼんのではなく、ちょっとだけくしゃくしゃっとなる程度のものを買って、それも結局、ほとんど学校へは履いていかなかったような気がします。ルーズソックスを履いていくというのは当時の私たちにとって、教師と先輩とクラスの派手グループの子たちに対する挑発、宣戦布告に値する行為だったので、保持するというだけでも大変なことで、それが精一杯なのでした。少し話がそれてしまいましたが、ともかくこうしてようやくその翌日から、晴れて堂々とスポーツブラをつけることができるようになり、胸が痛くなった日に母から買ってもらったスポーツブラも日の目を見る事ができたのでした。
 その後、思いのほか成長しなかった私の胸が、今再び、変化を見せています。今もっている下着では辛くなってきて、マタニティーブラなるものを買いにいかなくてはなりません。もし母が近くに住んでいたら、妊娠が分かったとたん慌てて私を連れ出し、買いに出かけたのではないかと思うと、笑えてきます。
 五ヶ月の戌の日めがけて、母は日本に帰郷する予定だそうです。ただ、母方の祖父母のいる岡山の実家や、妹のところや、出雲の実家にも滞在して、東京へ来るのは最後のほうになるそうなので、9月になるかもしれません。腹帯買っていくからと、張り切っています。そうやって周りが張り切ってくれると、私はそんなに気を張らなくてもいいかぁと思えて、安心します。母のことだから、あれこれ先回りしてしなくていい心配をあれこれしていそうだけど、はやく会って話がしたいな。
by papiko-gokko | 2010-07-13 21:45 | Diary | Comments(0)

 夫のいない日曜日。掃除と洗濯だけ済まし、あとはぼんやり賃貸情報を眺めて過ごしました。夏の終わりには、たぶんこの家を出るのです。約3年過ごしたこの家は、東京へでてきてから住んだ家のなかでも一番好きで心地よく、帰りたい、出かけたくない家でした。はじめて内見で訪れた日、夫はキッチンの広さに、私は江國香織っぽいリビングの窓にひと目ぼれして、そのまま即決してしまった、ふたりにとっては最高に素敵な家でした。その家を出ていくのは、ものすごく惜しいのですが、家族が増えるにあたっての諸々の事情で、こればっかりは、仕方ありません。
 そんなわけで、ここのところ賃貸情報をネットであれこれ見ていて、昨日、なんとも面白い間取りの魅力的な物件を一件発見し、間取図と写真数枚だけで私も夫もすっかり気に入ってしまって、早速取り扱っている仲介業者さんに電話を入れ、数日後に内見の予約をしました。同じような条件の物件があれば、そちらも合わせて見せてもらう予定です。本当は安定期に入ってから動き出そうと思っていたのだけど、運命の出会いかもしれない物件をすでに見つけてしまったのだから、これもまた、仕方ないのです。
 こんなふうに、日々が少し大きく動き出そうとするときに決まって思い出すのは、『魔女の宅急便』のオープニングで、キキがラジオの天気予報を聴いて旅立ちの日を今日と決め、慌ただしく出発準備が始まるシーン。旅立ちとか、結婚とか、引っ越しとか、そういう人生の大きな選択ほど、勢いとタイミングによって決まっていくことが多いなぁと、自分のこれまでを思い返して思います。内側からの勢いと、外側からのタイミングが、それはもう、「偶然」とか「運命」という言葉で濁すほかない種類の計り知れない力でぶつかり交わって、ぐいんと人生に吹く新しい風向きを作り出して、あとはもう、その風にとにかく乗ってみるしかなくて。受ける大学を決めたころから、私は人生の重大な選択を、旅立ちの日のキキのように、決めてきた気がします。きっとそれでこれまでなんとかなってきたのは、そんな勢いまかせの私を、周りがうまくフォローしてくれたからのだろうということを、忘れてはいけないけれど。
 いきなり今日を出発と決め、両親やジジの戸惑いをものともせずに荷造りを始めるキキの、「贈り物のフタを開けるときみたいに、わくわくしてるわ」という言葉が、今の私の気持ち、そのままです。年齢的にはきっともう、おソノさんなんだけど(そういえば妊娠もしているし!)、いくつになっても心にキキを、キキへの憧れと親しみを抱きしめて生きていたいです。そしていつでも、「落ち込むこともあるけれど、私この町が好きです」と言える日々を送りたいです。
 あぁ、一昨日テレビで『耳を澄ませば』を見て思う存分ひりひりきゅんきゅんしたばかりだというのに、『魔女の宅急便』が観たくて観たくて、仕方なくなりました。
by papiko-gokko | 2010-07-11 22:19 | Diary | Comments(0)

 アラームの音で目を覚ますと、全身がぐだぁと重たくて、まだ続きそうだった夢とこれから始まろうとする今日の時間がぐるぐる思考と筋肉に巻きついてきて、小人に体中をしばりつけられたガリバーみたいに、べったり寝そべったまま、しばらく動けませんでした。夏は苦手です。やっぱり今年も苦手です。妊娠11週目にはいり、そろそろつわりが終わるころかと思いきや、ここ数日、むしろ強まっているような気がするのも、夏のせいだと思います。夏め、夏め、おまえはなんてむし暑いんだ。梅雨め、梅雨め、傘が毎日重たいよ。
 暑いししんどいしで、休みの日はひたすら寝てばかりいてしまうのに、それでも会社へいくと、嘘みたいに体が動くのだから、不思議です。タイムカードを押したら仕事モードになるよう、この数年で身体と頭にすっかり刷り込まれたみたいです。家にいる時よりずっとつわりの症状も軽く、たまに気分が悪くなったらクッキーを一枚食べるとすぐ収まります。もうここで働ける時間は限られているのだと思うから、余計に仕事をがんばりたくなります。最初は苦手だったのにいつのまにか大好きになった担当営業さんの元で仕事をできる時間が、すごくすごく、貴重に思えます。
 そういえば担当営業さんは、一か月ぐらい前のある日、いきなり私に「いちごポッキー好き?」と聞いてきて、いちごポッキーを3箱もくれました。パチンコの景品だそうです。普段お菓子をくれたりする人ではないから、なんだかすごくびっくりして嬉しくて、もらったポッキーをお昼に営業事務のみんなに配って回っていたら、ひとりの子から「きっと妊娠のお祝いですよ、○○さん恥ずかしがり屋だから」と言われ、ますます嬉しくなって、一日ふわふわしていました。ただの気まぐれかもしれないけれど、あげる人がいくらでもいるなかで、私にくれたことが、嬉しかったなぁ。仕事をやめてもこれからずっと、いちごポッキーを食べるたび、その日の嬉しい気持ちを、私は思い出すでしょう。
 
 7月8日は恋愛記念日。夫と付き合うことになった日から、今日で7年が経ちました。明日から8年目です。雨が降ったりやんだりして、雲が低く、湿気の多い日で、じゃあ付き合いましょうとなってから、ぎくしゃく校門まで歩き、ふたりで並んでバスに座り、ほぼ初めてのまともな会話をぼつぼつ交わしながら、大学から駅まで数分の道を揺られました。私は自分の腕ばかり見ていました。夫もなにか、私じゃないほうを見ていました。話していた内容は、出身地とか、そんな当たり障りのないことだった気がします。あれはもう、7年前なのか。
 当たり前だけどそのときは、7年後に結婚していてふたりの子供を妊娠しているなんて、想像できませんでした。ただただ、突然のことにびっくりして、この人どういうつもりなんだろう、いつ私のダメっぷりに気づいて嫌われるんだろうと、それだけでした。夫が私のいかなるダメっぷりにもくじけず果敢に改善を試みるやたら我慢強い人であることに気付くまでは、不安でしかたのない日々でした。結婚するまでは、なんだかんだでずっと不安だった気もします。私は安心したがりだから、結婚できてよかったです。

 7年目の記念日だからなのか、今日、はじめてごくごく自然に、心の中でお腹の子に話しかけました。iPadに関するニュース記事を読みながら、「パパのお仕事はこれから一体どうなっていくんでしょうかねぇ」と、胎児に向かってぼんやりと、そんな世知辛いことを語りかけてしまっていたのでした。これからはもっと、楽しい可愛いことを、いっぱい語りかけよう。気分の沈むニュースとはしばらく、距離をおこうかな。
 お腹の子のことを考えると、宇宙が思い浮かびます。お腹の子は今、誰よりも私に近い、私の体内にいるのに、なぜだか、イメージのへその緒をたどると、遠い遠い宇宙が浮かんでくるのです。それは、死について思う時と同じ、暗く無限にひろがる宇宙のイメージです。これまで、宇宙は私にとって死の世界のイメージなのだと思っていたけれど、そうではなく、生死、生命そのもののイメージなのかもしれません。
 小さな恒星を回る小さな惑星の、長い歴史のあるひとときに生きたほんの小さな人間ひとりが、無限大の宇宙という存在と触れ合うことができるのは、ごく身近な生と死のまえでだけなのか。赤ちゃんは宇宙からの贈り物、というよりも、背中が夜空に溶けて吸い込まれるような寂しさにとらわれながら、自分自身の命が宇宙の一部なのだということを、実感してしまうような、そんな感覚で、宇宙の無限を思います。
by papiko-gokko | 2010-07-08 22:51 | Diary | Comments(0)