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日記と短歌


by papiko

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 自分が今、何を考えているのか、何を思っているのか、うまく言葉になりません。いつも違う色形をして別々の部屋にいるはずの感情が、まんなかに集まって、やわらかくこすれあって、似たような形の、似たような温度になっているような。これは、リセットなのだろうか。これまでに抱いたありとあらゆる感情が、一旦、リセットされようとしているのだろうか。心の壁が、牛乳に浸した食パンのようにふにゃふにゃに柔らかく湿っていて、しろくて、誰かにちょっとでも力を加えられたら、ぽたぽただらしなくしずくをたらしながら、ぐしゃんぐしゃんにつぶれてしまいそうな、そんなやわな壁で包まれている今、私にとってなにもかもが、恐ろしくて愉快で。穏やかで和やかな、混沌、混乱、困惑。

 そのせいもあってか、この二ヶ月近く、どうも短歌が不発で、あれこれ短歌の本を読んでみても、相変わらず湿気った花火みたいな短歌しかでなくて、なにかピカッとくるきっかけはないものかと探しあぐねていました。そんな中、昨日ちょうど見ていたテレビで山口百恵特集をやっていて、たくさんのヒット曲が流れ、それを聴いていたら、あぁこういう歌詠みたいなぁと、少しまた、前進できそうな新鮮な力がわいてきました。一緒に見ていた夫も歌謡曲のよさに感動したようで、番組が終わったあとも、夫がずっと前に買ってきた山口百恵さんの2枚組みベストアルバムを引っ張り出して、ふたりで聴いていました。
 歌謡曲って、本当に素敵です。「会いたい」「淋しい」「好き」「ありがとう」と、アクセサリみたいにジャラジャラそれっぽい想いをただ並べ立てて終わらせるようなありがち恋愛ソングとは、ひと味もふた味も違います。届きやすいよう練られた言葉の言い回しや、さりげなく登場する身近なしぐさや小道具によって、短い一曲のなかにひとつの物語と人物像が成り立ち、ゆえに何を歌っているのかが明白で、聞き手はその世界に自分の思い出や憧れを重ね合わせ自然に感情移入しながら、しんみりじっくり心を込めて、でも過剰には込めすぎないで、だれでも気持ちよく歌えるのです。歌詞そのものは一人称でありながら、三人称で書かれた小説を読んでいるようでもあって、聴き終えたあと、思わずため息が漏れます。私もそんな短歌を詠みたいな。心を込めて込めすぎないで、気持ちよく口ずさめる歌。
by papiko-gokko | 2010-06-29 22:00 | Diary | Comments(0)

 土日はずっと、ちょっと食べては横になり、ほとんどうとうとして過ごしました。明日からちゃんと仕事いけるのだろうか。気分の悪さと気だるさは、まだまだ続きそうな気配です。寝過ぎのせいか背中も痛くて、一体なんなんだこの状況はと思いながら過ごしています。

 昨日夫が実家へ帰り、義母や義祖母に、赤ちゃんができたことを話しました。本当は私も行くつもりだったのだけど、長時間の電車移動に耐える自信がなくて、断念しました。
 横浜では実家の車を使うことが出来るため、夫はあちらで普段できないまとめ買いをして、それをどっさり積んだ車で義母と一緒にうちまで帰ってきました。やってきてすぐ、「どう?だいじょうぶ?」と気遣ってくれました。母が遠くにいるから余計、義母の存在をありがたく心強く感じます。これからますますよろしくお願いしますと伝えたら、義母はいえいえと笑って、「あぁ楽しみだわ、すごく楽しみ」と言いながら、トイレに入っていきました。義祖母もすごく喜んでくれたそうです。楽しみにしてくれる人がいっぱいいて、この子が生まれてくるってことは、きっとすばらしくすてきなことなんだ。
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 持って帰ってきた買い物カゴのなかに、私がリクエストした義母の手づくりパンもたくさんはいっていたので、義母を見送ってから、すぐさまふたつ頂きました。のこりは冷凍してあって、いつでも取り出して食べることができます。今朝もみっつレンジで解凍してからオーブンでぱりっとさせました。全然食べないのも一気に食べるのも吐き気に繋がり、今はおなかには少しずつ入れていく食べ方しかできないので、そのパンを一日かけて少しずついただいています。ひとつずつ解凍すればよかったな。
 上の写真は、そんな今朝の食卓。義母の焼いたパンと、義祖母の焼いたマグカップです。マグカップは結婚記念に、ペアで焼いてくださったものです。夫の実家の人達は、どちらかといえば現実主義者な雰囲気で言動も所作もさっぱりクールなのに、それでいて、こんな絵本にでてきそうなパンやカップを日常的に焼いて暮らしているのです。きっと本当に絵本のような暮らしをしている人は、「出窓のある赤い屋根のおうちに住んで、昼間はお庭でいちご摘みして、休憩に切り株に座ってリスさんとお話したいナ」みたいな絵本好き的夢見がち発言など、決してしたりしないのでしょう。私は絵本のような生活を実現できないが故に、絵本っぽい世界にうっとり憧れて、その結果うっかり夢見がちオーラをまき散らしたり口にしたりしてしまうのだなぁと、香ばしいパンにかじりつきながら思い至りました。だって夫の実家の人々にとっては、憧れるまでもなく口にするまでもなく、絵本のような暮らしが当たり前の日常なのだから。
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 買い物カゴのなかには、食べ物だけでなく、数枚の布とミシン糸も入っていました。手芸屋さんへもいってきたようです。妊娠出産関係の本をひとしきり読み終えた夫は、先日再びいくつかの図書館を巡り、今度はどっさりと手芸関係の本を借りてきました。生まれてくる子に彼の手で、よだれかけやおもちゃなどを作ってやるつもりなのです。彼もまた、義母と義祖母の血を継いで、言動は現実的なのに作るものはメルヘンチックなので、きっと赤ちゃんが身につけるのにぴったりな、かわいいのが出来上がることでしょう。
 借りてきた本に載っているものはもどれもこれもかわいくて、なかでも「ちいさな刺しゅう」という本に心を奪われ、寝転がって何度もぱらぱらめくってみています。針と糸と布とミシンを扱うのがゴキブリを殺すのと同じぐらい苦手な私には刺繍なんて逆立ちしてもできない芸当ですが、この手の本はそんな私でも、ただ見ているだけで幸せになれます。縫物や刺繍はできないけれど、子供が生まれるのはちょうど真冬で、編物なら私も好きなので、真夏が過ぎたらいろいろ編み始めたいです。赤ちゃん用だから、よい毛糸を選ばなければ。私に似たら、肌の弱い子かもしれないし。夫に似たら、汗かきだし、通気性のいいのを選ぼう。
by papiko-gokko | 2010-06-27 21:53 | Diary | Comments(0)

 家に帰って冷蔵庫をあけたら、皮の綺麗に剝かれた枇杷が三つ、冷やしてありました。感動的です。最近夫はランプの精のように、私が口にする願い事を叶えようとしてくれます。さっそく一口食べてみたら、これがもう、まさに求めていた味そのもので、酸味を含む爽やかな甘みがたまらず、その後はもう無我夢中でむしゃぶりついて、3つ一気に平らげてしまいました。美味しかった! まだあとふたつ、剝いていないのが残っているので、これは明日のお楽しみにとっておきます。運のいいことにちょうど今が枇杷のシーズンのようで、スーパーにいけばあるみたいです。食べたい時期に食べたい味の果物が、ちゃんと生るようにできているんだなぁ。枇杷がこんなに美味しい果物だったなんて、子供のころの私はちっとも気づきませんでした。柿と枇杷とイチジクは学校からの帰り道によく生っていて、熟れすぎたのが道に落ちてつぶれていることがよくあるという、そんなイメージしかありませんでした。今から思えば、随分と実り豊かな道です。枇杷の木のある庭が欲しいです。

 ところで今日は寝不足です。夜12時には布団に入って割りとすんなり眠りに付いたのですが、真夜中に目が覚めて、そのまま寝付けなくなってしまいました。起きたついでにトイレにいってから時計をみると、3時45分で、あぁ今ごろサッカー盛り上がってるんだろうなぁ・・・とぼんやり思いつつ再び眠ろうとしたのですが、目を閉じて数分もしないうちに、同じマンションの上階から若い男女の「うあーー!」という叫び声が聞こえてきて、それに驚き、一気に眠りから遠ざかってしまいました。どうやらサッカー観戦をしていたようで、常にわぁわぁ騒いでいるのではなく、むしろほとんどの時間は静まり返っていて、数分おきにいきなり「ああー!」とか「おおおー!」とか、大きな声があがるのです。はじめは無視して眠ろうと試みたものの、そのうち、なんだか声があがるたび、え、入れたの!?入れられたの!?と気になりだして、寝付こうにも寝付けず、結局5時ごろ、何かの拍子にうっすら目を覚ました夫に「なんか上の人たちがサッカーで盛り上がってるんだけど、どうなっとるんだろう」と話しかけ、ふたりで起きてテレビをつけてみることになりました。そのとき日本は2-1で勝っていて、もうすぐ後半も終了というところでした。そこれは勝つねよかったよかったと一安心でテレビを消し、そのまま眠ろうとしていたらまたしばらくして「あぎゃー!」と叫び声があがり、ええ!?と思わず再びテレビをつけたら、今度は日本が3点目を入れたところでした。すごい。夜中に起きて見るから今日は会社から帰ったらまず仮眠を取るのだと、はりきりメールを送ってきていた父も、大喜びで見ていたに違いありません。試合を見るぞと言っていた営業さんたちも、今日は眠たそうにしながらも清々しい顔をしていました。あぁ、勝ってよかった。
 寝付くまでにかなり時間のかかるほうなので、隣人の騒がしい声でせっかく眠りに着いたのを起こされたりしたら、普段の私なら猛烈に腹を立てていたはずですが、今回だけは、まぁいいかぁと、寛大な気持ちでした。近所迷惑は決していいことではないけれど、4年に一度のお祭りだし、おかげで興奮を味わえたし。直前まで冷めたことを言ったりしつつ、はじまるとなんだかんだで盛り上がってしまう、そういう人間らしさは、私の心を楽しく、明るくしてくれます。この前読んでいた漫画に「人間はどんなときに最も感動するか知ってる?人間らしさに出会ったときよ」というセリフが出てきて印象に残ったのだけど、本当にその通りだと思います。もちろん、自分や周りの人間らしさにうんざりすることも日常ではしょっちゅうあるけれど、人間として生まれ生きてきて、人間社会に生きる人間であることから離れられない私である以上、根っこでは人間らしさを愛していたくて、だから、愛すべき人間らしさに出会えると、嬉しくなったり、切なくなったりして、心を動かされます。上の階の人たちが、昔からのファンなのかにわかファンなのかは知る由もないけれど、面白かったのなら、今日の寝不足は、まぁいいや。でも毎日あんなふうに騒がれてはマンション全体の信用にかかわってきて困るので、本当に今回だけですように。

 稲葉さんのソロシングル、聴きました。まだ、よくわかりません。稲葉さんのソロは、大体いつも私にとって、一度や二度聴いたぐらいで飲み干せない種類のものなのです。wonderlandは3年ぐらいかかったし、マグマなんて、はっとそのよさに気づくまでに、10年もかかりました。
 稲葉さん自身は、ソロとB’zとで特に分けていないと言っておられたけれど、私にとっては、やはり全然違う種類のものです。B’zが即効性のある湿布だったり栄養ドリンクだったり喉ぬーるスプレーだったりだとしたら、稲葉さんのソロは、ワクチン注射のようなものなのです。注射を打たれているときは、なんのこっちゃとよくわからないのだけど、ある日、自分が何かしらの悩みや困難のなかに立たされてモヤモヤに捕らわれた時、これはなんだろう一体どう思えばいいのだろう・・・と思ううちに、はっとその数年前に聴いたようなワクチンソングが頭に思い浮かび、初めてのモヤモヤに押しつぶされないよう、長いこと意味のわからなかった歌詞がそのとき初めて心模様の抗体となって、私の思考を支えてくれるのです。
 今回のこのソロシングルも、どうやらワクチンみたいで、今の私にはまだ、未知の想いが詰まっているようです。いつかこの想いを味わった時、きっとこの歌がはっと思い浮かんで、抗体になってくれることでしょう。それまで定期的に聴いて、効果を切らさないようにしておこう。
 限定版にはDVDも入っていて、最新の稲葉さんを見つめることができました。相変わらずかっこいいです。最新の稲葉さん映像を見るといつも、ちょっとだけ、気まずいような、決まりが悪いような気持ちになります。新しい映像ごとに毎回少しずつ、稲葉さんのイメージがかわるからです。今まで好きって言ってた稲葉さんとこの稲葉さんと私が好きなのはどっちなんだっけ?と、心が揺れます。結局最終的には、全部好きです!という結論に達するので、その気まずさもほんのひとときのことだし、そのひとときの揺れがまた、好きだったりするのですが。
by papiko-gokko | 2010-06-26 00:49 | Diary | Comments(0)

 夕暮れ時の帰り道、つるりと眩しい頭にかりゆし姿のおじいさんが、青い半透明のゾウさんじょうろで庭先のアサガオに水をやっているのに出会い、その涼しげな水音に、あぁ夏がくるんだなぁと思いました。うちの実家には赤いぞうさんじょうろがあって、子供のころにはお風呂で遊んでいたけれど、あれは今も倉庫かどこかに、転がっているのだろうか。私もひとつ鉢植えを買って、あのじょうろで日暮れのころに、シャラシャラ水をやりたいな。
 夏の夕暮れ道は静かです。涼しくて過ごしやすい時間帯で、日も長いから他の季節より人がたくさん行き来しているのに、それでも、他の季節には感じない静けさを、夏の日暮れには感じます。ごちゃごちゃ家やお店のひしめき合っている細い道だから、人っ子ひとりいないうす暗い景色よりも、西日の中で静かに歩いたり水をやったりしている人々のいる景色のほうが、かえって静かに感じます。夕焼けの中にいる人は静かです。

 私が妊娠して以来、母は私や妹の生まれたころのことをしきりに思い出すらしく、電話やメッセンジャーをするたび、その話で盛り上がります。たとえば、私が予定日より2週間以上も早く生まれて数日ほど保育器に入れられ、そのあいだ母は普通病棟で過ごしたこと。私が保育器をでて母が産後病棟へ移ったら、そこは他の病棟とは全く雰囲気の違うバラ色の世界だったこと。初めての授乳で私がいきなり40CCもの母乳をぐびぐびと飲んで、周りのみんなから驚かれたこと。私も妹がたまにお乳を吸いながら寝てしまったときには、ほっぺをつついたりつねったりして起こしたこと。生まれた私を見て、この子の子育ては誰にも邪魔させないぞと強く思ったこと。などなど。これまで何度か聞いたことのある話でも、自分が妊娠してから聞くと、全然ちがって聞こえるから不思議です。話を聞きながら、しみじみ「かわいいのだろうねぇ」と言ったら、「可愛いなんてもんじゃない、宝よ宝」と興奮気味に言われました。宝かぁ。今だって、いろんな人の存在や思い出を宝物だと思っているけれど、それとはまた異質の宝なのでしょうか。楽しみだなぁ、生まれる宝。

 私としたことが、23日に稲葉さんのソロシングルが出ていたというのに、発売日に購入するのを忘れてしまい、今日あわてて、通勤でCDショップの前を通る夫に買って帰ってくれるよう頼みました。まだ帰ってきてはいないけれど、限定版のほうを無事にゲットしてくれたようで、一安心です。早く聴きたいなぁ。稲葉さんはあまりにもかっこよすぎて、なんだかもう、稲葉さんの新しい歌を聴ける瞬間を待つこの時間すらカッコいいので、ときめきすぎて大変です。ソロライブのチケットは見事に落選して取れませんでしたが、もうすぐDVDも出るし、今年の夏もB'zと稲葉ソロで乗り切ろうと思います。

 今、短歌を考えていたら、急にビワが思い浮かんで、無性に食べたくなりました。あぁ、ビワが食べたい。枇杷しか食べたくない。ここに枇杷があればいいのに。そういえば何か春先に読んだ小説で、枇杷ばかり食べる妊婦がでてきたような記憶があります。せっかく読んでもすぐに作家も題名も忘れてしまうから、こういうときに、残念です。枇杷にありつけないのなら、せめて枇杷のでてくるあの小説を読みたいなぁ。
by papiko-gokko | 2010-06-24 22:52 | Diary | Comments(0)

 なるべく日をあけずに日記を書くという、ただそれだけのことが、こんなにままならなくなるなんて。文章を書くことが、こんなにもパワーを必要とすることだったなんて。自分にとって大切なことに対してほど、きっと、良質で濃厚なパワーをたっぷり、つかう仕組みになっているのなだなぁ。身体がそういう仕組みなのだとしたら、今はお腹にとんでもなく大切なものがいるのだから、パワー不足に陥るのも、仕方のないことなのか。
 だけど、一行も書かなかった日が多くなればなるほど、文章を書くこととの距離が開いていきそうで、自分の書きたい感じの文章を書けなくなっていきそうで、どうにも恐いので、少しずつでもいいから、なるべくこまめに書きたいです。つわりの時期が終わったら、また以前のように嬉々としてパソコンに向えるようになるだろうか。ハイテンションで打ちまくりたい!書きたいことを書きたいぶんだけ書きたいように書きたいよ。

 先週末は、東京に愛しの妹たちが来訪し、わが家に二泊三日して東京を満喫し、嵐のように去って行きました。初日に、乗る予定だった時間の飛行機が雲が多すぎて欠航となり急遽その次の便でくることになるというアクシデントはありましたが、それ以外は計画通りに進んで、本当にあっという間の三日間でした。
 来た当日は、妹たちふたりだけで新宿やら東京駅やらでお目当てのお店に行き、買いものをしてから池袋で落ち合いました。その日は上の妹の誕生日でもあったので、デパ地下でケーキを買って帰り、ろうそくを立てて、みんなでお祝いしました。妹の誕生日に直接お祝いできたのなんて、私が上京して以来、初めてのことかもしれません。
 二日目は大型アウトレットへ行き、ふたりともわんさか買いものをしていました。当初の予定では私はお留守番だったのですが、朝の時点で割と元気だったの一緒に行くことにしました。しかし到着してみると案の定しんどくなり、ほとんど夫とベンチに腰掛けて過ごしていました。家に帰ってから、夫と妹たちは、ワールドカップで盛り上がったり、買ってきたものを着てはしゃいだりしていたけれど、私は家に着くと同時に頭痛と目眩がとまらなくなって、家に帰ってからずっと横になっていました。やがてテレビの音すら辛くなってきて、早々に寝室にひっこみ寝ていたら、妹たちがやってきてベッドに腰掛け、「つわりそんなしんどいでー」「大丈夫かやー」と心配しながら、頭をなでたりしてくれました。そのとき半分眠りかけていた私の意識は朦朧としていて、あぁきっと「フランダースの犬」の最後のシーンでネロが妖精たちに囲まれているときは、きっとこんな、やわらかな心地がしたんだろうな・・・と、なでられながらうつらうつら思いました。妹たちは小さいころとほとんどなにも変わらないけれど、気配や声や感触は、子供のころよりもずっと、やわらかくやさしくなったなぁ。
 三日目は、夫と妹ふたりで、東京タワーへ行きました。洋楽好きの上の妹の今回一番の目的は、東京タワーで開催されている、マイケルジャクソンのメモリアル展示だったのです。私は前日の反省を生かし、大人しくお留守番をして、ちょくちょく電話をしては、夫から状況を聴きました。はじめのほうはワクワクしていた夫の声が、時間の経過とともに、疲れていくのがわかり、申し訳なくなりました。マイケルジャクソンの展示は素晴らしかったようで、上の妹は涙すら流したそうです。グッズも大量に買ったようで、荷物持ちの夫は大変だったことでしょう。東京タワーのあとは、羽田へ行き、妹たちの飛行機時間がくるまで、夫も付き添ってくれました。そのころにはかなりくたくただったようですが、がんばってくれました。
 家に到着してから、妹たちからそれぞれメールが届きました。ふたりとものメールに「また行きたい」とあって、嬉しくなりました。せっかく姉が東京にいるのだから、これからもイベントごとのたびにどんどん来て、どんどん楽しんで帰ってほしいです。ふたりとも家に帰ればそれぞれしんどいことも多い日常らしく、「あぁーずっと現実逃避してたいー」と言い合っていたけれど、帰ったら帰ったで、そんな現実と折り合いをつけつつ、なんとかやっていくことでしょう。なるべく楽しい日々ですように。今度会う時には、それぞれどんな状況になっているかな。

 そして昨日は、検診にいってきました。今回は初期検査ということで、採血をしたり、血圧や体重測定をしたりしました。採血の結果は後日でて、血圧は特になにも言われず、体重も妊娠する前とまったくかわっていませんでした。これからだんだん、赤ちゃんのぶんが、増えていくのかな。
 初期検査のあとは、今回もエコーを映してもらえて、また一回り大きくなったお腹の子を見ることができました。二週間前までは、もやっとした丸い物体だったのが、今はくっきり、胴体と頭との間にくっきりとクビレがあります。しかも今回はじめて、手足らしき突起もちょこんちょこんと見えて、人間に近づきつつあるそのフォルムに感動し、思わず「すごーい・・・」とつぶやきました。それから、へその緒っぽい紐も見えました。もうすでに、私の食べたものがあそこからあの子へ流れていっているのだろうか。
 次回は二週間後。二週間後の検診で、産科のある病院へ紹介状を書いてもらって、その次からは病院を移ることになります。里帰りはせず、比較的家の近くにある総合病院で生むことに決めました。なにしろ里は遠いので。総合病院となると、これまでのように毎回エコーを見せてくれたりということは難しいかもしれないけれど、なるべく話しやすい、いい先生に出会えるといいなぁ。

 今日は、背中が痛くて、会社でも家でも、背中をさすってばかりいます。それに、夜になると吐き気と胃腸の膨張感がひどくなります。朝のほうがひどいという人が多いみたいなのに、どうして私は夜なのだろう。横になっていると楽なので、これを書き終えたら、布団に入ります。
by papiko-gokko | 2010-06-22 23:54 | Diary | Comments(0)

 朝、会社でほんの少量の出血に気づき、慌てていつも行っている婦人科へ電話をしたら、なるべく早く来るようにと言われたので、急きょ会社を早退して、冷静に冷静にと自分に言い聞かせながら、病院へいきました。先生がすぐにエコーを映し「赤ちゃんは元気に心臓動いてますし、発育してますから、心配ありませんよ」と言ってくださって、その言葉を聞いたときは、そのまま眠りに落ちそうなくらい、ほっとしました。そして、画面に映っているまだまだ小さな自分の子を、かわいいなぁ、と思いました。エコーをみるたび、すごいなぁ不思議だなぁとは毎回思うけれど、ただ単純に、かわいいなぁ、と思ったのは初めてです。かわいいなぁ、生きててくれて、かわいいなぁ。
 ごく少量の出血は妊娠初期によくあることで問題ない場合が多く、三人に一人もの割合で経験するのだそうですが、先生からは「お仕事は大変なんですか?あんまり、無理しないでほしいです」とも、今まで以上に厳しい口調で言われました。確かに少し、無理をしていたかもしれません。仕事内容も通勤の道も、これまで平気だったはずのことが日に日にしんどくなってきていて、にも関わらず、なるべく前と同じように働こうとしてしまっていました。今回、すごく怖かったから、もうとにかく、疲れないように、自分を甘やかすようにしようと、反省しました。私と同じぐらい怖かったであろう夫からも、「先生の言葉は赤ちゃんの言葉だと思いなさい」と言われました。
 それにしても、いきなり顔面蒼白の震え声で「体調が優れないので早退させてください」と伝えられた営業部所長や周りにいた人達は、びっくりしたことでしょう。私のただならぬ様子に所長が「送っていこうか?」と聞いてくれたことや、みんなが仕事の手を休めて「お大事に」と声をかけてくれたことを、とてもありがたくあたたかく感じました。仕事では相容れないこともあるけれど、みんな出会えてよかったと曇りなく思える、魅力的で離れがたい人達だなぁ。
 妊娠していることは今のところ、営業部所長と、直属の上司である担当営業さんと、それから直接的に迷惑をかけることになる営業事務員仲間にだけ伝えてあります。みんな、さりげなく気を遣ってくれて、おかげでしんどくても働けています。時期を見て他の営業さんにも報告するつもりですが、これだけ休んだり早退したりしていたら、もうわかるかもしれません。でもやっぱりもう少し落ち着くまでは、今の状態でいさせてもらおう。
 
 家に帰ってからは、本を読んでいました。暑いのでスパスパ小気味よく進む文章が読みたいと思い、本棚から選んだのは夫がずっと前に買った関川夏央「白樺たちの大正」。やっぱりこの人の文章は読んでいて気持ちがいいし、文学と時代の関係性や当時を生きた文豪の人間味あふれる描写に、ぐんぐんひきつけられていきます。この人の本を読むと、いつも遠い存在に感じている時代や文豪や歌人のことを、まるで隣に住んでいるおじさんみたいに身近に感じさせてくれるから、なんだか文学のテーマパークに行ったみたいな気持ちになれるのです。このテーマパーク内の乗り物に実際に乗るためには、その作家の本を手に取らないといけないわけで、関川夏央氏の本はあくまでも、テーマパークの入場券とパンフレットに過ぎないのだけれど、このテーマパークは入場しただけでもう大興奮だし、パンフレットがまた、眺めているだけで最高に楽しかったりするのです。妊娠関係の本は夫が熱心に読んでくれているので、私はつわりの晴れるまで、このテーマパークで遊んでいようと思います。
by papiko-gokko | 2010-06-17 19:16 | Diary | Comments(0)

母子手帳


 待ちに待った検診の日。お腹の子は、順調に育っていました。エコー画像には、この前よりの何倍も大きくなった姿が映し出されて、真ん中で、じゃぐじゃぐ心臓が動いていました。大きさは13ミリだそうです。先生から「たぶんこっちが頭ですね」と言われて、よく見ると確かに、かすかなくびれがあるのがわかりました。すごいなぁ、私のなかに私と別の頭と心臓があるなんて。すごい。今は七週目で、八週目である来週は、いよいよ感染症を調べる血液検査や血圧測定などといった、妊娠初期検査を受けます。看護師さんから検査に関する細かい説明を受け、それまでに母子手帳をもらっておいてくださいと言われました。
 先生からよく育ってますよと言ってもらえたし、ようやく初期検査や母子手帳の段階に進むことができたし、今日はこれまでの検診で一番、明るく嬉しい気持ちになれた気がします。いつもは長く感じる病院から家までの道のりが、今日はあっという間に思えました。けたたましい音を立てて遥か上空を過ぎていくヘリコプターも、日なたのアスファルトを忙しげに駆け回るアリも、回収されていないゴミ袋をつつくカラスさえも、地球の織り成す愉快で頼もしい命のしぶきに思えて、歌いだしそうになりながら歩きました。
 一度家に帰って体を休めてから、さっそく区役所(正しくは一番近所にある出張所)へいってきました。今日のように有休を取った平日でなければ時間内にいけないし、なにより、早く受け取りたかったので、強い日差しの照るなか、日傘をさして出かけました。区役所の人に差し出された簡単な書類を一枚ほど書いて、番号札を渡されるような軽さで、さくっと母子手帳は手渡されました。手渡された袋のなかには、母子手帳だけでなく、いくつかのプリントや、マタニティマークのキーホルダーや、それから父子手帳なんていうものまで入っていました。
 家に帰ってから、まず、マタニティマークのキーホルダーを、通勤かばんにつけました。でも、通勤の電車は比較的空いているし、今のところ常に周りの配慮が必要なほどの重いつわりじゃないので、普段はかばんの内側に引っ込ませておいて、満員電車や人込みなど配慮してもらわないと辛いというときだけ、見えるように付けようかと思います。
 母子手帳は、パスポートみたいなものかと思っていたけれど、思っていたよりもずっと分厚くて、透明カバーもついている立派なものでした。中を見てみるとあれこれ書き込む欄がたくさんあり、一緒に入っていたプリントにも、妊娠中のことや生まれてからのことなどいろいろ書かれていて、あぁ考えなくちゃいけないことがいっぱいだなぁ…とだんだん気が遠くなり、そのまま少し寝ていました。最近、いきなり眠りに落ちるので、自分で自分にびっくりします。意識からではなく、体から沈み込んでいくように眠ります。
 やがて夫が帰ってきて、苦笑しながら父子手帳を見ていました。エコー写真も見せたら、寝不足の目を擦りながら、くびれがあるのに感動していました。夫が寝不足なのは、昨晩ふたりでカメルーン戦をみて大興奮したからです。私は朝ゆっくりだったけれど、夫は早起きせねばならないにも関わらず一緒に起きていたのでした。カメルーン戦、一点を取ってからが長かった! こういうとき必ず思い出すのは、ドーハの悲劇のときの父。朝起きたら、赤い目をした父がげっそり肩を落として座っていたことが、忘れられません。それからこれは夢かもしれないけれど、真夜中に「うっそだろおっっぉう!」という悲痛な叫びで目を覚まし、襖の隙間から、頭をかかえてうなだれている父を見たような、そんな記憶もうっすらあるのです。あんな父は二度と見たくないので、あの悲劇は繰り返してほしくなくて、一生懸命に応援しました。あまりの興奮に、つわりを忘れたほどでした。勝つってやっぱり嬉しい!
 次の日本戦は、夫とそれから、妹たちも一緒に見る予定です。金曜日にふたり揃って遊びにくることが、ゴールデンウィークのころから決まっていたのです。妹たちを迎えるために、夫が風呂掃除をして、布団も干してくれました。まさか妹が来るころ自分が妊娠しているなんて、決まったときには思いもよらなかったけれど、最近しきりに幼い頃のふたりの夢を見るし、このタイミングで会えるのは、とても嬉しいです。来たら、エコーを見せよう。どんな反応するだろう。待ち遠しいなぁ。
by papiko-gokko | 2010-06-15 23:11 | Diary | Comments(0)

 パンばかり食べています。スパイシーな食べ物もついに食べられなくなり、夫がせっかく作ってくれた大豆入りカレーライスは、約半分が冷凍庫で眠ることになりました。パンのほかにすんなり食べられるのは、今のところ、スナック菓子と、チキンラーメンぐらい。あと、冷たいプチトマトがあると、食べにくいものでもなんとか飲み込めたりします。
 これがつわりというものなのだと頭ではわかっていても、こわいです。日に日にだるくなる体や、ニオイだけでむあっと気分の悪くなる感じや、そういうひとつひとつが、私を不安にします。せめて、心臓を打ち育ってる赤ちゃんの様子を常にエコーで見ていることができればいいのにな。
 お腹のなかに命があることの重大さや責任をまだ十分自分のものにできないまま、体の具合はどんどん変わり、赤ちゃんの存在どころか、自分の体すら自分のものじゃないように思えてきて、手の甲に浮く青白い血管を、ぼうっと眺めていたりします。すごく嬉しくて待ち望んでいたことが起こっているのに、時々、ぐわっと暴力的な気持ち悪さや目眩に襲われたりすると、未知なるものに自分の体を乗っ取られたみたいに感じてしまう瞬間もあって、そんな自分の心にショックを受けます。私よしっかり受け止めろ、ここにいるのは未知なるものではない、望んで望んで授かった、自分と夫の子供なのだ。乗っ取られているのではない、全身全霊かけて、育んでいるのだ。
 はやく検診に行く火曜日になって、またエコー検査で赤ちゃんの姿と動く心臓をみたいです。はやくお腹が膨らんで、胎動を感じるようになりたいです。はやくこの手で我が子を抱きしめて、母乳を与えたいです。せっかちなお母さんでいけないな。でもお父さんだってせっかちで、早くも育児書を読み耽っているのです。そのうち妊娠というものにもなれて、ふたりとも落ち着くのかな。

 今日は「龍馬伝」の日。新撰組が登場してから、ますます幕末っぽくなってきました。歴史の苦手な私が唯一読み切った長編歴史小説は司馬遼太郎「燃えよ剣」で、そのときは、若者たちの熱い志しや仲間を思う気持ちや命のはかなさに何度も涙を流し、新撰組ってなんて美しいんだと、心酔していました。しかし、この龍馬伝に出てくる新撰組は、「燃えよ剣」で抱いていた凛々しくもはかなげなイメージとはまったく異なり、なんとも薄気味悪くて物騒で、揃いの旗や羽織りも恐ろしく、出てくるたびにゾッとします。歴史上の人物っていうのは、角度が違うとこんなにも違って見えるものなのだなぁ。原田泰造さん、篤姫で演じた大久保利通も今回の近藤勇も、ぴったりでびっくりします。この人の厳しい表情には何か得体の知れない迫力があるから、歴史を動かした人を演じるのに向いているのかもしれません。嗚呼、これからどうなっていくのだろう!武市半平太の運命が今一番気がかりです。龍馬伝、楽しい!
by papiko-gokko | 2010-06-13 21:57 | Diary | Comments(0)

 日記を書きたい・・・と思いながら、パソコンの電源すらつける気力が起こらずに、会社から帰ってご飯とお風呂だけ済ませ、早々と横になる日々が続いています。体が常に、やすみたいやすみたいと、命令を発している感じがします。会社にいる間は、それでもなんとかしゃんとしていられるけれど、家に帰ると、一気にぐだっと緊張が解け、眠気が襲ってきます。目も疲れやすくてこれまでのようにパソコンに長く向かえないため、まずはぐだぐだノートに下書きしてから、完成したものを猛スピードで打ちこんでいくことにしました。そうすることで、パソコンに向かう時間が短時間で済むようになりました。しんどくても向かっていられる鉛筆とノートって、偉大だなぁ。いかなる状況でも、どんな方法を使ってでも、文章を書くことから離れたくないし、書くならこの場所で書き続けたいのです。
 食べ物は、今のところ、スパイシーなものが一番食べやすいみたいで、お昼にはキーマカレーのパンを美味しく食べきることができました。やっぱりカレーは素晴らしい食べ物です。夜は、夫が作っておいてくれたこしょうたっぷりのチャーハンを食べました。お腹がすくと気分が悪くなるので、会社ではクラッカーを、家ではポテトチップスやクロワッサンをちょびちょび食べてお腹をからっぽにしないようにしています。これからまた、どんどん味覚が変わってくるのだろうか。ピーマンもニンジンも子どもの頃からパクパク食べて、これだけはどうしても食べられないという経験のまったくない人生を送ってきたので、今の特殊な状態には戸惑いっぱなしです。
 子どものいる友達が、私のことをとても気にかけてくれていて、妊娠経験者の彼女がメールでくれる一言一言に、何冊も借りた本や、ネットの情報や、私と同じ立場である夫との会話では得ることのできない種類の安心と前向きな気持ちをもらっています。つわりに対するイメージと実際に感じるそれとのギャップについてや、次の検診までのなんとも不安な気持ちをわかってくれて、今日は会社のトイレで読みながら泣きそうになりました。私は彼女のお腹がぐんぐん大きくなっていくとき、ただただ驚くばかりで、何もできなかったなぁ。これから経験する一つ一つの変化と気持ちをしっかりかみしめて、いつか自分の周りの大事な人が妊娠したとき、私も友達のような心強い存在になりたいです。
 その友達が、今度一緒に母子手帳ケースを見に行こうと言ってくれていて、母子手帳という言葉の響きに、ふわふわ希望がわきました。はやくもらいたいなぁ、母子手帳。妊娠してから毎晩、今日も育ちましたように、明日も育ちますようにと、ふとんの中で祈ります。この子のペースですくすく、育ちますように。お腹の中で育つ間に、生まれてきたら教えたい、この世の楽しいこと嬉しいことを山ほどいっぱい、頭と心に集めてあっためておくからね。
by papiko-gokko | 2010-06-10 21:45 | Diary | Comments(0)

 三度目の検診。超音波でようやく赤ちゃんの姿が見えて、心拍が確認できました。まだ小さなまるい固まりにしか見えない赤ちゃんの真ん中で、心臓が、じゅわっじゅわっと、微かだけれど確かに動いているのが見えました。お医者さんから「これでひとまず安心ですね」と言われ、かなりほっとしたけれど、私のなかで私のじゃない心臓が動き始めているのだと思うと、ますます、妊娠していることへの緊張感が高まりもしました。嬉しいぶんだけ、こわいです。
 次回はまた一週間後、火曜日です。前回受けた尿検査では、妊娠反応を示す数値がまだあがりきっていなかったため、今回も尿検査をして、次回その結果が良好で赤ちゃんも順調に育っていれば、母子手帳のもらい方や妊娠初期検査についてお話しますと言われました。また不安で落ち着かない、長い一週間のはじまりです。はやく時間よ過ぎてくれ。
 一昨日あたりから、つわりっぽい症状が増してきて、気だるさが続き、パソコンに向かうとすぐ疲れ、食べられるものも限られてきました。今の時点で難無く食べられたのは、リンゴ、クラッカー、アイス、にんじん、玉子スープ、みそ汁、冷たい塩おにぎり(あったかい白米はどうにも無理)、それからなぜか一番おいしく食べられるのが、冷凍食品のビビンバです。あとは無理すれば少しぐらい食べられたりしますが、肉と魚に関してはニオイも見るのも考えるのも辛い感じです。これまで好き嫌いがなかったので、好き嫌いをする夫を責めていたけれど、食べたくないものを無理に食べるのがこんなに辛いことだったなんて、はじめて知りました。
 夫は日々楽しそうに図書館で借りてきた赤ちゃん関連の本を眺めていますが、私はまだ不安のほうが大きくて、そんな楽しい気持ちにはなれません。一日一日を、とても長く感じます。あれこれ考えたってしょうがないし、気楽に構えていようと思うのだけれど、体がこうも気だるいと、ついつい思考もマイナスに傾いてしまいます。だからせめて夫には、これからも気楽に楽しくいてほしいです。
 今日は病院へ行くため有休をとりましたが、明日からはいつも通り仕事の日々です。会社ではパソコンを使うし横になれないので体は辛いけれど、精神的には働いているほうが気が紛れていいかもしれません。無理はしないでがんばろう。
by papiko-gokko | 2010-06-07 18:13 | Diary | Comments(0)