日記と短歌
by papiko
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ケンカして仲直りして始まりを忘れるぐらい一緒にいたね
 次の検診の月曜日が待ち遠しくて、ふわふわそわそわしています。ちょっとでも身体のどこかが痛かったりすると不安になるし、かといってまったく普段通りでも、本当にお腹のなかに赤ちゃんいるのかなぁと不安になって、とにかく落ち着きません。
 気の早い夫が、図書館から、妊娠出産にまつわる太い実用書やら、妊婦用のレシピ本やら、手づくりぬいぐるみの本やらをわんさか借りてきたので、それをぱらぱらめくりながら、今日はうたた寝を繰り返していました。会社では眠たくならないけれど、家にいると、すぐにうとうとしてしまいます。そのせいか夜は眠りが浅く、夢をたくさん見ます。最近しきりに見るのは、自分や妹の子供のころの夢。子供の私が子供のころとよく似た心で、怒ったり落ち込んだりします。
 夢をよく見るので、起きているときにも、子供のころを思い出すことが増えました。特に、下の妹が赤ちゃんだったころのことを思い出します。生まれてすぐに自分の手で目をひっかき、喧嘩したみたいに片方の瞼を腫らして退院してきたこと、はじめて妹がお風呂につかるところを見たくてはしゃぎすぎ、ストーブでヤケドしてオウオウ泣きながらそれでも入浴シーンを眺めたこと、ご飯を食べさせていたら、ある日いきなり「まんまぁ~」と、低く唸るように発して、「しゃべった!」と大慌てで母に知らせたことこと、などなど。思い出しては、ふふふとひとりでにやけます。私がこれまでの人生でもっとも深く関わった赤ちゃんは六つ離れた下の妹なので、赤ちゃんというとまず、今では二十歳になっている彼女や、彼女をお腹に宿していたときの母を思い出すのです。
 昨日は結婚式のスライドショーでつかった子供時代の写真を眺めて、にやけたり吹き出したりしていました。そこには私や夫の赤ちゃん時代だけでなく、幼い義姉や妹たち達の赤ちゃん時代も写っていて、みんな小さくて可愛くて、誰もが大人になっていることを、忘れてしまいそうでした。上の妹の赤ちゃん時代は、下の妹のように記憶に残ってはないけれど、私はいつもそばにいて、楽しそうに遊んでいて、あぁ記憶にないくらい最初からこの子と一緒に育ったんだなぁと、愛しい気持ちになりました。
 明日もきっとこの調子で、子供のころを思い出したりしながら、ふわふわそわそわ過ごすことになりそうです。
 
by papiko-gokko | 2010-05-29 23:59 | Diary
今の気持ち
 今週からは、先週までの起床時間より30分も早く起きて、20分も早く家をでています。そして普段20分足らずで歩く駅までの道を、たっぷり30分かけて歩き、昨日も今日も、いつもより二本も早い電車に乗りました。時間ぎりぎりで信号を駆け抜けホーム階段を駆け登っていた毎日が、急に遠い日々のように思えます。これまでほとんど利用していなかったエスカレーターも利用して、これから職場へ向かっている人とは思えないような足取りで、ゆるゆる進みました。
 会社では、仕事に集中すると一瞬赤ちゃんのことを忘れかけてしまうし、赤ちゃんのことを考えると仕事が手につかないしで、常に小さく混乱しています。昨日の夜、いつ職場に伝えようまず誰にどう伝えようともじゃもじゃ悩んでいたら、夫に「とにかく今は赤ちゃんのことを最優先に考えてよ」と、きつく言われました。電話で母も、これからは仕事よりも絶対に赤ちゃんを守ることだよと言っていたけれど、今までとは違いすぎるその優先順位に、今はまだ、頭が追いつきません。別にこれまでだって仕事に日常を捧げていたつもりはまったくなかったけれど、なんだかんだで仕事が生活の中心にあったのだと気づきました。
 魔法のステッキを手に入れたとたん、心の中から自然とじゅもんの言葉が沸き上がってくる魔法少女のヒロインみたいに、お腹に赤ちゃんができると、湧き水のごとくどうっと母性本能が溢れ出すものなのかと思っていました。だけど実際は、私の場合、そんなことないみたいです。まだ今は、おなかの中の現象について、可愛いというよりも、畏怖とか尊敬の念に近い感情を抱いています。おなかに手をあてると、映像や理科の教科書で何度も見たことのある地球誕生の場面、火山の噴火する大地に雷が鳴り響き雨がたたきつけるあの場面が浮かんできます。友達が妊娠していたとき、「おなかのなかにいるのは、神さまな気がする。神さまが発生して、それがだんだんおなかのなかで人間に近づいてきて、ほとんど人間になったとき、生まれるんだと思う」と、そんなことを言っていました。そのときの友達の気持が、今とてもわかる気がします。神さまと名づけたいような、計り知れない存在のものが、存在している感覚。しかもそれを、私が守っていくなんて、ますます計り知れない出来事。考えれば考えるほど、実感から遠のいていきます。
 母性は目覚めるものではなく、お腹の子と共に育っていくものなのかなぁ。まだ母性とは言えないかもしれないけれど、陽性反応がでた日から、穏やかながらも日を追うごとに、大切に思う気持は強まってきて、心の中で話しかける頻度も増えてきました。十ヶ月後には一体、どんな想いに出会えるのだろう。
 ともかく、来週月曜日の検診が、楽しみであり、不安でもあり。早ければ心拍が確認できるころみたいだけど、この子は、どうなのだろう。夫と私の子だから、人一倍、我が強くて自意識過剰でひそかに目立ちたがり屋のはず。
 24日の日記に、何通ものメールを頂いて、あんまり嬉しかったので、印刷して、お守りにすることにしました。生まれた子が小学生ぐらいになって、文字が読めるようになり電子メールの仕組みなどお勉強して帰って来た日に、この印刷したメールたちを見せてあげよう。これがあなたの一番最初にもらった電子メールなんだよって、教えてあげよう。
by papiko-gokko | 2010-05-27 00:21 | Diary
喜びに触れる間際の戸惑いに君とはにかむ雨音の中
 赤ちゃんが、できました。生理が遅れて、毎朝計る基礎体温も高温期の体温を保ち続けていたので、土曜日の朝、思いきって妊娠検査薬を試してみたら陽性反応がでて、今日産婦人科を受診し、3ミリほどの胎のうを確認してきました。

 前にも一度生理が遅れて検査薬を試したことがあり、そのときには陰性がでて相当落ち込んだので、今回は、あらかじめなるべく期待しないよう、「陰性であたりまえ陰性であたりまえ…」と自分に言い聞かせながら検査をしました。だから、すうっと陽性のラインが浮かび上がってきたときには、びっくりして信じられなくて、トイレを飛び出し、「大変!大変なことが!」と、夫をたたき起こしました。
 私のただならぬ声に目を覚ました夫は、「えっなに、どうしたの」と、飛び起きました。目をきょときょとさせている夫に「妊娠した・・・」と検査薬を差し出した自分の手が震えていて、自分がすごく動揺していることに気づきました。「マジで!?」と聞き返す夫の声も、「マジみたい」と答えるわたしの声も掠れていて、わたしは体に力が入らずベッドに倒れ込み、夫は「マジかぁ、マジですかぁ、そっかぁ、うわぁ」と、顔を洗うみたいに擦りながら、何度も繰り返していました。そうしてひとしきりうわぁとかひゃぁとか言ったあとで、「でかした」と一言、ドラマみたいに言いました。
 最初の動揺が収まっても、実感はわいてこなくて、興奮で二度寝する気にもなれず、休日にしては随分はやい起床になりました。私も夫も、もっとはしゃぐかと思っていたけれど、なにから考えればいいんだかわからなくて、なんだかぼーっとしていました。早く子供が欲しくて欲しくて、毎月生理予定のころになると期待していたし、妊娠しやすい身体づくりのために漢方やサプリやお茶や色々試してこの日を心待ちにしていたのに、いざ本当に妊娠が発覚すると、こんなにも動揺して実感がわかないものだなんて、不思議です。お腹のなかで、自分と違う命が始まっているなんて、とても想像が追いつきません。喜ぶというよりも、その時はまだ、なんだか、へらへらしてしまいました。
 とりあえず産婦人科に予約をいれて、それから大学時代の友達ふたりにメールをしました。家族や会社へは産婦人科へ行ってから報告しようと前から決めていたけれど、このふたりにはなにはともあれ知ってほしくて、メールしました。するとすぐ、近所に住んでいるほうの友達から電話がかかってきて、「おめでとうー!」と、言ってくれました。はじめてもらった「おめでとう」の言葉に、実感のわかないまま、舞い上がりました。今日は一日家にいると話したら、友達が旦那さんと子供ちゃんも一緒に、遊びにきてくれることになりました。
 子供ちゃんはやってきてすぐ、「あかちゃん、きたのー?おにゃかのにゃかに、いゆのー?」と、目をきらきらさせながら尋ねてきて、なんとも、くすぐったい気持ちになりながら、「うん、きたみたいなの」と答えました。ちょうどお昼時の時間だったので、わいわい食事を食べながら、友達から妊娠に関するいろいろな話を聞きました。近くに住んでいて出産経験もある、なんとも心強い存在です。まだ全然実感がわかないよと言ったら、「私もいまだに、全然実感わかないよー!自分がこれを産んだなんて」といいながら、子供ちゃんの髪をなでなでしました。たとえ実感がわいていなくても、その手つきはしっかりお母さんでした。私もあんなふうに、なれるのかな。
 子供ちゃんとぬいぐるみ遊びをしたり、着せ替え人形をつくって遊んだりしながら、大学時代の話になり、夫が「新しくなった校舎を見にいきたい」と言い出したので、急遽みんなで生まれ変わった出身校を見に行くことになりました。夫がそんなこと言い出すなんて、やはりよっぽど気が動転していたのでしょう。
 私たちの時代に工事がはじまり、プレハブで授業を受け、卒業証書もプレハブで受け取った校舎は、この数年ですっかり生まれ変わっていました。校舎だけでなく、当時は古びて風情のあった最寄り駅も改装されて、爽やかな色で統一された便利な駅に様変わりしていました。駅にも大学にも、私たちが学生時代だったころの面影は、ほとんど残っていませんでした。変わっていないのは、学生さんの雰囲気だけでした。まったく知らない場所になってしまった大学をうろうろ歩きまわって、ぴかぴかの外観に驚き、エレベーター完備に驚き、吹き抜けのフロアに驚き、図書館の美しさに驚き、自分たちの過ごしたプレハブ時代を憂いました。
 子供ちゃんも一緒に歩き、無邪気に遊び回って、私たちの真似をしてトイカメラで風景を写したり、草を摘んだり、高いところを歩いたりしていました。この前までよちよち歩きだった気がするのに、今では走るし飛び跳ねるしよじ登るし、私よりも運動能力がありそうです。ベンチで休憩していたら、1歳ぐらいの女の子をつれたお母さんと出会い、子供ちゃんはその子の方へちょっと遠慮がちに近づいて行き、「なんさいなの?」年齢を尋ねるところから距離を縮めていくという、すぐれたコミュニケーション能力を発揮していました。子供ちゃんは、1歳の子に、「これ、あげるー」と拾った石をプレゼントして、不思議そうに石を握る1歳の子の反応を、じっと観察していました。それから1歳の子のお母さんに「うちの子はまだ吹けないから、これどうぞ」とシャボン玉を貸してもらって、吹かせてもらっていました。シャボン玉は、わぁっと賑やかで眩しくて、5月の空に映えました。子供ちゃんがふうっとシャボン玉を吹くたび、1歳の子は「きゃあー!」と歓声を上げて喜んでいました。友達と1歳の子のお母さんが、「可愛いお名前ですねぇ」「最近やっと、シャボン玉、吹けるようになったとこなんですよう」と、穏やかに会話をするのをそばで聞いていて、私もこんなふうによその子のお母さんと朗らかな会話をできるようになるのだろうか・・・と、早くもそんな心配をしていました。
 学校をぐるりと見た後は、外で夜ごはんを食べて帰りました。ちょっと本格派っぽいカレー屋さんで、カレーライスを食べました。おいしかった!夫と友達はナンで食べていたけれど、私は断然ご飯です。あんな美味しいカレーがこの世に存在したとは!カレ―好き魂が燃えました。まだまだ、研究せねば。
 私と夫ふたりで過ごしていたら、動揺しっぱなしでどうしようもない一日になっていた気がするので、友達が来てくれて、楽しく過ごすことができて、本当に助かりました。ありがとう。

 日曜日は、夫とふたりで、ひたすらぼんやりそわそわ過ごしました。私は眠たくて寝たり起きたりを繰り返し、夫は黙々と縫物をしていました。バスケットボールの試合がテレビで流れていて、たまに集中して見ては、その凄まじい試合っぷりに興奮していました。バスケットボールは、かっこいいなぁ。スラムダンクを読みたくなりました。赤ちゃんのことを考えると、まだ嬉しさよりも不安な気持ちのほうが大きくて、弱音をはいては夫を困らせました。

 そして今日、仕事は休みを頂いて、婦人科へ行ってきました。起きてから家をでる時間まで結構余裕があったので、のんびりとNHK教育テレビをみながら朝ごはんを食べました。NHK教育テレビをみると、子供のころ風邪で学校を休んだ日を思い出すけれど、これからは、赤ちゃんと一緒に、これを見たりするんだよなぁ・・・と、ぼんやり思いながら食べました。テレビ画面では、カエルの子が謎の薬草を食べたことにより木に上ってしまい、ケガをしてみんなが心配するという人形劇が繰り広げられていました。この物語をみて子供とどんな話をすればいいのだろうか・・・と思いながら、もりもり食べました。つわりのような症状は今のところほとんどなくて、むしろ普段よりお腹が空くぐらいです。
 予約した婦人科は、これまでに何度か診てもらった婦人科なので、道じゅんも先生の雰囲気もわかっていて、その点ではとても安心でした。診てもらっておいてよかったです。待合室では、これまではいつも漢方の本を読んでいたのだけど、今日ははじめて「たまごクラブ」を手に取ってみました。中をめくると、マタニティ洋服のお洒落な着こなし方とか、出産までのお金の貯め方とか、体操とか、いつも美容室で渡されるような普通の女性雑誌の妊婦版といった感じの内容が満載で、情報量の多さと目新しさに、頭がクラクラしました。
 やがて名前が呼ばれて診察室へ入ると、いつもの先生から「こんにちは、その後、どうですか?」と尋ねられました。私はますます頭がクラクラしながら、基礎体温表を出して、「陽性反応が、でまして」と、伝えました。すると、「おお、それはよかったですね、ではさっそく、診てみましょう」と、すぐ内診に移りました。
 内診台に横たわり、見えますように見えますようにと、ドキドキしながらエコー画面を観ていると、やがて子宮が映し出され、「うーん、まだまだできたばかりで、映らないかもしれないなぁ・・・」と言いながら、先生が何やらぐるぐる角度を変えていきました。そうしてしばらく探してから、「あ、これかな、これだな」と、米粒ほどの小さな黒い部分に、印をつけました。その小さな小さな黒い部分を見ていたら、あぁ本当の本当にいるんだという感動で胸がいっぱいになって、「まだ、できたてほやほやで、3ミリほどですね」と、説明をされても、「うわぁぁ」と答えるのが、やっとでした。「おめでとうございます」と、先生が穏やかな口調で言って、「ありがとうございます」と、答えながら、夢をみているようでした。その後、エコー写真と、出血した場合の緊急連絡先をもらいました。次回の検診は一週間後です。どうかどうか、無事に成長してくれますように。
 帰り道、夫に、「見えたよ」とメールを送ったら、電話がかかってきて、「ひゃー」と繰り返していました。そして、冷蔵庫にニラがあるからニラ玉を作って食べるようにと言われました。これまでも食事について厳しい夫でしたが、これからはますます、厳しくなりそうです。
 
 この日記を書きながらも、まだ実感はわかなかったけれど、今、電話で母に伝えたら、少しだけ、わいてきました。母はすごく喜んで、私や妹を妊娠したときの話になったりして、国際電話なのに、つい長電話をしてしまいました。「とにかく今は無理したらだめよ、赤ちゃんのことを一番に考えて行動しなさいよ」と言われ、ふわふわしていた気持ちが、ちょっと引き締まりました。そうだ、私が守らなくては。自分が母親になるのだと考えても、今はまだ、あまりにも急なことで、ぽかんとしてしまうけれど、自分の両親がおじいちゃんとおばあちゃんになるのだと思うと、それってすごいことだよなぁと、感慨深い気持ちになります。
 まだまだ、不安だらけの時期だから、会社や妹や親戚などに伝えるのは、もう少ししてからにするつもりです。日記にも、今書くべきかどうか迷いましたが、これは日記なのだから書くべきだしなにより今の気持ちをしっかり書き残しておきたいと思ったので、書くことにきめました。生まれて初めて授かった、新しい命。とにかく、一生懸命に、守ろう。
by papiko-gokko | 2010-05-24 17:22 | Diary
相変わらず意味は分からず歌ってる十五のころに覚えた洋楽
 急な暑さで、体がぐでんぐでんになりました。家に帰ってすぐにシャワーをあび、なんとか元気を取り戻しましたが、昼間はあまりの暑さに、お皿にのったアイスクリームとそのアイスクリームが溶けていくイメージしか浮かんでこなくて、アイス・・・アイス・・・と心でつぶやき続けていました。他の部署では冷房をつけているところも多かったようですが、営業部はなぜか所長からのオッケーがでるまで冷房をつかう自由がないので、しばらく辛い日々が続きそうです。

 最近、夢中で本を読めない日々が続いています。なんとか集中しようとがんばって読んでも、目で追った文字が、アラレみたいにバラバラと頭の表面に散らばるばかりで、意味のある文章として、立ち上がってこないのです。夢中になれるいい本に、出会えていないのかな。
 今読みたいのは、子供に読み聞かせるような語り口調で書かれた、夢と冒険いっぱいのおとぎ話か、もしくは、こびない文体で実直に書かれているノンフィクション。現実によく似たフィクションや、きどって取り繕ったエッセイは、読みたくありません。夢中になれる本、夢中になって探さなくては。

 昨日の夜、なんとなく「ユーアーシックスティーンゴーオーンセーブティーン・・・」と口ずさんでいたら、普段私の鼻歌など冷蔵庫のモーター音ぐらいにしか感じていなさそうな夫が急に「それいい歌、なんて歌」といきなり尋ねてきて、自分のたった今歌った曲が『サウンドオブミュージック』の「もうすぐ17歳」であることを思い出すまでに、少し時間がかかってしまいました。映画自体は一度か二度観ただけですが、中学のころ合唱部でサウンドオブミュージックの歌をたくさん歌ったので、今でも英語で覚えていて歌えるのです。
 夫が珍しく私の好きな歌に興味を持ったことが嬉しくて、この歌だよとyoutubeで聴かせたり、こんな意味なんだよと歌詞を検索して見せたりしていたら、映画を観たくなりました。すごくすごく、楽しい気持ちになれそう!ご機嫌になれそう!合唱部で歌ったサウンドオブミュージックの歌で、「もうすぐ17歳」に並んで好きだったのは「ドレミの歌」でした。発音を覚えられなくて、ドーアディーエフィーメイディアーと、楽譜にカタカナで書きこんでいたなぁ。
 『サウンドオブミュージック』だけでなく、『天使にラブソングを』の曲もいくつか歌いました。この映画も、とても好きです。急に歌い出して不自然だからミュージカルはちょっと・・・と思っていた時期もあったけれど、今はすごく、ミュージカルを観たい気分です。悲しい時も嬉しい時も、ふいに歌い出すような気分でいられる生活がしたいです。大人の年齢になればなるほど、歌を歌うということが、私にとって大切なかけがえのないことになっていきます。合唱部でもうすぐ17歳を歌っていたころ、私はまだ15歳だったのに、もうすぐ17歳どころか、もうすでに27歳だなんて。15歳の私、合唱部で色々な歌を覚えておいてくれてありがとう。
by papiko-gokko | 2010-05-21 23:59 | Diary
祈ること思い込むこと降り積もる過ぎた未来に見た願い事
 気になることのあるときほど、仕事がはかどります。考えないよう思い出さないよう、無心で仕事に打ち込むことができるから。昨日の夜、夫とふざけているうちに調子にのって左手の指5本全部の腹にへんな顔を描いてしまい、そのとき使ったペンがどうやら油性だったために石鹸で洗っても消えなくて困っていたのだけれど、会社で両手をフル活用して働いているうちに、5人ともすっかり消えていました。それぐらい今日はがんばりました。やらなきゃなぁと思いながら後回しにしていた、分厚いファイルの資料を今日がっつり整理して、とても見やすくなりました。これからは毎日指に顔を描いていって、彼らが消えるかどうかを、自分が仕事をがんばったかどうかの判断基準にしようかな。却下。

 一か月ぐらい前から、ルイボスティーを飲み始めました。妊娠したい女性の体にとてもよくて、アトピーにも効き、そのうえイライラを鎮める成分で安眠効果まで期待できるというので、思いきって買ってみました。面倒臭がり屋の私でも飲み続けられるよう、ティーバッグになっているものを選びました。苦くて飲めなかったらどうしようかと思いましたが、ちょっとクセのあるウーロン茶みたいな味で、思いのほか美味しいお茶です。夫は匂いが無理だと顔をしかめ、実家で妹に飲ませたときも「漢方っぽい~」と、あまりよい反応は得られなかったけれど、私はいたって平気で、毎晩おいしく飲んでいます。今はホットでゆっくり飲んでいますが、夏になったら冷やしてごくごく飲もう。
 ルイボスティーを飲んでいると、下腹部が暖かくなる気がするし、肌が痒くなくなる気がするし、心が穏やかになる気がします。思いこみでも構わないんだ、私にとってはまず、そう思えることが大事なんだ。ノンカフェインだから、いくら飲んでも眠れなくなりません。私の場合、カフェインで眠れなくなるのではなく、カフェインが入っているものを飲んでしまったから眠れないだろうという思いこみによって、眠れなくなるのだけれど。叶ってほしいことは、思い込んでもなかなか簡単には叶わないのに、叶ってほしくないことは、思い込むとすぐ本当になってしまいます。未来を見つめ祈るように思い込み、思い込むように祈り、見つめた未来は過去へ過去へと、降り積もります。
by papiko-gokko | 2010-05-20 22:28 | Diary
ひとつだけ君の命と約束を交わそう僕はずっと味方だ
 月に一度、どうしようもなくカップ焼きそばを食べたくなる日があって、今日がまさにその日だったので、会社帰りにUFOを買って帰りました。この日記を書き終えたら、食べる予定です。どうしてもどうしても、食べたい。私をこんな気持ちにする食べ物は、カップ焼きそばとカレーライスぐらいです。

 寝つきをよくするために、最近は毎晩、図書館で借りたヒーリング系音楽を聴きます。何曲もあるなかで、声の入っている音楽ばかり選んで聴いています。歌声のない音楽とある音楽を何度か交互に聴いてみて、私の魂を燃えあがらせてくれるのも鎮めてくれる一番の音色は、人の歌声なのだと気付きました。歌声のない音楽は、なんだか私にとって、枕のないベッドのようで、例えどんなに最高級の羽根布団でも、大人気の低反発マットでも、そこに枕がなければ、安心して寝転がれないのです。フィットする枕があってはじめて、そのベッドに身をゆだねることができます。

 5月11日の日記について、ふたりの方からメールを頂きました。
 ひとりの方から頂いたメールの一行目には、『どんなときにも変わらず必ず肯定するのは、その人の「存在」』とあって、存在というその言葉の的確さに、はっとしました。その人の存在を肯定したうえで、間違っていると思うときには、指摘するのが味方の役割でもある思うと、そのメールは続き、味方の例として、「龍馬伝」の竜馬と武市半平太のことがあげられていて、そのふたりを思い浮かべてみたら、もやもやとして掴めなかった「味方」のイメージを、すうっと捉えることができました。お互いに違った信念を持つようになってからも、決して、互いを敵だとは言い合わなかったふたり。このまえの放送でも、竜馬は武市半平太を救いたくて、一生懸命に武市が土佐に戻ろうとするのを止めていました。味方だからこその反対意見でした。それでも土佐に戻ることを選んだ武市は別れ際、竜馬に「わしはおまえを、嫌ったことはなかった」と、優しい表情で言っていました。まさに、存在を肯定し合っているふたりです。
 それから、もうひとりの方からのメールには、『「生半可な覚悟」は 逆を言えば 「息をするより当たり前」な事なのではないか』とあって、この言葉にもまた、はっとしました。自分がなにがなんでも味方でいたいと思う相手は、同時に、どうしたって味方でおらずにはいられない相手でもあります。自分が中学生ぐらいのころ、ちょうど同年代の少年による殺傷事件がいくつかあり、少年犯罪に関する特集を真剣に観ていた母が、「殺人は絶対に許されることじゃないけど、もしもあんたがこの事件の加害者だったとしたら、お父さんとお母さんだけは、最後の最後まであんたの味方でしかいられないと思う」と、言っていたのを思い出しました。
 その方のメールは、味方の意味を考えるヒントとしてB'zのLOVE & CHAINという曲にでてくる「愛するというのは信じるということであっても 相手のすべてに寛容であるということではない」という言葉をあげたうえで、『時に誰かに頼る事はあっても 基本的には自分の力で立っていたい』と続き、あぁまさにその通りだ・・・と、目の覚める思いがしました。味方でいたい相手が自力で進んでいこうとするその姿を、信じて見守ることの大切さを、私はすぐに忘れてしまいます。ちょっとふらついただけで、大丈夫?どうした?なにが必要?と駆け寄っては自分の無力を思い知り、ドラえもんのポケットが自分についていないことを、悔しがるのです。B'zのBrotherhoodには「いざというとき手を差し伸べられるかどうかなんだ」という言葉もでてきます。これは私が人間関係で行き詰るたびに、思い出す言葉です。味方でいることと、過保護になることとは、大きく違うんだ。
 味方の意味について考えるのは、そのまま、愛の意味について考えることだったんだなぁと、頂いたメールを読んで思いました。私の好きなドラマや音楽を例にあげながら、その人のなかにある味方についての考え方を示していただけたことが、嬉しかったです。とても嬉しかったから、思わず日記に書きました。ブログという形で、日記を書いていて、よかった。
by papiko-gokko | 2010-05-19 22:58 | Diary
建て付けの悪い事務所の窓を開け風を待つとき故郷が欲しい
 眠たくてやたらめったら瞬きを繰り返すまぶたの裏から、魂がひゅらひゅら抜け出して、気が付けば窓の外を漂っていそうな、生ぬるい空気の一日。郵便を出しに外へでたら、日差しが強くて風がいい香りで、めまいがしました。五月の風って毎年、こんなにもたくさんの香りをたっぷり含んで吹くものだったっけ。焦げたアスファルトや草花やタイヤの匂いに混じり、誰かが零したのか、ぶどうジュースの甘ったるい匂いも風にのって漂ってきました。「お日さま」とか「お天道さま」とかいう呼び方がぴったり似合う五月真昼の太陽の下、今頃近所の公園では、まだ幼稚園へいかない小さな子供らが、甲高い声をあげて走り回っているのだろうなぁと、その光景を想像して、すこし気が遠くなるのを感じながら、会社に戻っていつもと同じ仕事をしました。
 昨日も一か月前も一年前も、いつも同じような仕事をしていて、だけど頭の中で考えていることは、どんどん変わっていきます。変わらない生活のなかで想いがどんどん変わっていくのと、生活がめまぐるしく変わるなかで同じことを思い続けるのと、どっちが実のある生活だろう・・・などと、わざと難しく考え悩むふりをしてみたりしながら、のろのろ家に帰り、少しネットをしてご飯をたべて、夫とレンタルしたDVDを返却しにいって、こうして日記をかいて、今日も平和に過ごしています。夫のつくった豚汁が、とても美味しかったです。夫は豚汁のことを、トンジルと発音しますが、わが家ではみんなブタジルと発音していました。正式名称はどちらなのだろう。
by papiko-gokko | 2010-05-17 23:33 | Diary
途切れない想いと生まれたての決意五月の風に絡めて贈る
 夫のいない休日。午前中は家じゅうの窓を網戸にして、部屋の掃除をがんばりました。すべての部屋に掃除機をかけ終えて、寝室で掃除機をカチリととめたら、日を浴びた土と緑の香りを絡ませた5月の風が、レースのカーテンをふくらませながら、さぁっと部屋と私を撫でて、魔法にかかったようにとろんと気持ちよくなり、思わず掃除機を手放して、ベッドにばたんと倒れ込みました。あおむけに寝そべったまま窓の外を見やると、ちょうど窓のすぐそばに植わっている木の葉っぱが、シャタシャタかすかな音を立てて擦れ合い、そのたび葉と葉の間から覗く小さな青空の形が変わりました。正午近くの陽射しと風を受けて輝く葉っぱを眺めているうちに、自分が寝そべっているのはベッドではなく、日なたの原っぱのような気持ちがしてきて、洗濯機が完了の電子音を鳴らすまで、しばらくそうしていました。リビングで洗濯を干していたら、テーブルに置いてあった数枚のコピー用紙がはらりと、机から光を浴びてスローモーションで滑り落ち、なんだかその一瞬が映画のワンシーンのように詩的で、そのあと窓を閉めるまで、落ちたままにしておきました。5月の風はいいなぁ。物語をつれてくる。

 午後は、3本借りた映画のうち最後の1本、『レナードの朝』を観ました。ハッピーエンドとは程遠い、とても重たい映画でした。見終わってから、実話に基づく映画だということをネットで知り、ますます気持ちが沈みました。
 嗜眠性脳炎の後遺症で体も表情も感情も意志も動かず、映画にでてきた言葉を借りていうと「人間の抜け殻」状態で長い年月を過ごしたレナードをはじめとする患者20人に、ドクター・セイヤーがパーキンソン氏病に使う薬を投与することによって、彼らの意識や体の機能を再び目覚めさせることに成功するものの、最終的にはその薬に対する耐性ができてしまい、すべての患者がまた元の状態に戻ってしまうという物語。この映画の内容は、私には、受け止めきれませんでした。『ショーシャンクの空に』も重たかったけれど、自分の生活とはかけ離れた世界だったから、それほど追い詰められずに見ることができました。しかしこの映画は私に、もう何年も植物状態で生きている祖母の姿を思い出させ、辛くて仕方ありませんでした。
 昨日ちょうど、久々に祖母の夢をみたのです。それは誰かの誕生日かなにかを祝う日の、家族全員の集う食事風景で、誰もがいつもの場所に座り、あたりまえに祖母もいて、母とふたりで忙しく配膳をしていました。目の前には祖母のよく作ってくれた五目御飯とすまし汁があって、おすましには、以前私が好きだと言って以来必ず入れてくれた鞠の形のハンペンが入っていました。夢の私は「なんだ祖母はそういえば元気になったんだっけ」とのんきに思う一方で、「この人と意志の疎通が取れるうちに、このおすましや混ぜご飯が美味しいこと、しっかり伝えとかないと」と思い詰めながら、その懐かしい味を味わいました。目が覚めた直後は、夢の中で感じた香りも味もまだ鮮明に残っていて、本当に食べることができたような気持ちでした。
 こういった祖母の夢をみたあとはいつも、たった一日でいいから本当に意識が戻ってくれれば、たくさんの感謝と愛情を伝えられるなぁと、寝起きの頭で思います。だけど、この映画を観てしまった今、もうそんなふうには、思えそうにありません。本当にほんの一時、奇跡が起こったとして、それが本当に幸せなことなのかどうか、わからなくなりました。祖母がいま目を覚ましてたとしても、そこには意識を失うまえともう随分かわった世界があって、祖母のいないことが当たり前になった生活を送る人たちがいて、年を重ねた自分自身と祖父がいて、それでも、映画のレナードのように、生きる幸せを、改めて実感できるのかどうか。
 今の私には、受け止めきれない映画だったけれど、ロビン・ウイリアムズの演技がとても素敵で、この人のでている映画を、もっと見たいと思いました。ちなみにこれまで見た映画のなかでは、『フック』と『ジュマンジ』が大好きです。つまりやっぱり私は、そういう映画のほうが好きなのだと思います。今度借りるときには、フックやジュマンジのような、スリリングでファンタジックなのを借りよう。
by papiko-gokko | 2010-05-17 00:00 | Diary
おなかいっぱい
 夫の実家へ行きました。最寄駅近くに美味しいお寿司屋さんがあるということで、今回は実家へいくまえに、夫と義母と三人で、お寿司を頂きました。人気店でいつも行列ができているというそのお寿司屋さんは、今日もやはり20分ぐらい外で待ち、中に入ると、小さな店内にはカウンターしかなく、むろんお寿司は回転しておらず、カウンターの向こう側で、いかにも頑固そうな白髪短髪の板前さんが、口をへの字にまげて、お寿司をにぎっていました。回転させず目の前でにぎるお寿司屋さん、テレビでは見たことがあったけれど、実際に入ったのは初めてです。
 板前さんの背後には、大小様々な包丁が、ずらりと立てかけてありました。特にメニューは書かれておらず、他のお客さんと同じように自分たちも「にぎり」を注文したら、板前さんは刃渡りが30センチほどもある長い包丁でネタを切り分け、すばやい動作でシャリをにぎって、慣れた手つきで、私たちの前に用意されていた漆塗りのお皿にひょいっひょいっと、お寿司を乗せていきました。食べようとしてからお醤油皿がないことに気付き、周りをみると誰の前にもないので、高級店というのはそういうものなのか・・・と、口にいれると、なぜだかちゃんとお醤油が程よくついていて、美味しい味が口いっぱい広がりました。ひと品食べ終えると、板前さんがまた目の前で次のネタをにぎり、ひょいっとお皿に乗せてくれて、なんどかそれを繰り返すうちに、お皿に乗せる直前、板前さんがヘラでお寿司ネタに、ちょちょいと醤油をつけているのがわかりました。夫はこれが気に食わなかったようですが、私はいつも醤油をつけすぎるので、必ず丁度いい具合に醤油をつけてくれるこの仕組みはとても助かりました。休みなく動く板前さんの太い指先は桜色をしていて、ひと品切り終えるごとに布巾でしゅっと吹く包丁やまな板も常にピカピカ美しく、この世で最も清潔感のある手は、板前さんの手かもしれない・・・と、ぼんやり思いながら見ていました。
 店内は終始静かで、かすかな緊張感が漂っていて、ここでお寿司に対する冒涜的行為をうっかりしてしまっては大変だ・・・と、精一杯行儀よく食べました。お皿にひとつぶずつ残ってしまったイクラもちゃんと食べました。お店を出た後、夫は「確かにおいしかったけど、あの、美味しいのが前提みたいな雰囲気が気に食わなかった」と、言っていました。彼は大抵、外食をするとなにかしら文句を言います。何に対しても割と気難しい人ですが、殊に食事に関することについては、超がつくほどこだわりが強く気難しいので、大変です。
 実家についてから、デザートに義母の手作りケーキを頂き、まもなく義姉と姪っ子がやってきたので、帰る時間がくるまで姪っ子と遊んで過ごしました。姪っ子は、この前あったときよりもずっと言葉を発するようになっていました。最初は前回以上に人見知りをして、眉間にしわを寄せ怯えた目で私と夫を見ていましたが、夫がペンと紙を出してきて絵をかきはじめると、とたんに表情が緩み、近寄ってきました。私もペンを借り、アンパンマンを書いて、「これなぁに?」と尋ねたら、姪っ子はすぐに「アンパンパン!」と元気いっぱいに答えてくれました。1~2歳の子とコミュニケーションをとることが増えてから、アンパンマンの偉大さを実感しています。友達の子らも姪っ子も、小さな子はみんな、アンパンマンが大好きなのです。すごいよアンパンマン。
 今日はカメラを持っていなかったので、そのかわりにずっと、紙とペンでもって、彼女とのコミュニケーションをはかっていました。何かそうした小道具がないと、うまくコミュニケーションとれません。姪っ子は、絵によって「わんわん!」「にゃぁ!」と反応してくれたり、首をかしげながら指をさしたりしました。子供と絵を描くのは、楽しいなぁ。自分が幼いころにも大人に絵を書いてもらっていたのを思い出します。なにか描いてとせがむと、母はキャンディキャンディのような少女マンガっぽい絵を、父は手塚治のひょうたんつぎか写実的なオオカミとタカの絵ばかりを、祖母は童謡の挿し絵みたいな、おちょぼ口をしたおかっぱ頭の女の子を、いつも描いてくれました。誰の描く絵も、大好きでした。
 会うたび表情豊かになり、動きが活発になり、言葉の増えていく姪っ子は、可愛くて可愛くて、ぎゅっと抱きしめたくなるけれど、もし泣かれちゃったら恐いなぁと思うとそれができなくて、ほっぺをぷにぷにするのが精一杯で、歯痒いです。私の体は、あんまり抱かれ心地がよくなさそうだし。姪っ子や友達の子の、お母さん大好きな様子を見るたびに、私も自分の子が欲しいなぁという気持ちが高まります。
 帰りぎわ、手作りピザや手作りパンを、紙袋いっぱいにもらいました。私たちがいるときに焼いてくれて、一切れだけ焼き立てを食べたら、これがまた、美味しい!義母の料理とお菓子作りの腕前は、レストランを開けるレベルです。なにを食べてもすごく美味しくて、その美味しさだけでもう、私は義母に対してすっかり安心するのです。お寿司屋さんの美味しさは、私を緊張させたけれど、義母の美味しさはいつも、私を安心させてくれます。人にそんな感情を抱かせるような美味しさのものを作れる人って、いいなぁ。
 夜ごはんに、さっそくピザをお腹いっぱい食べました。たくさん食べた一日でした。
by papiko-gokko | 2010-05-16 00:28 | Diary
過ぎた日にバッテンつけていくだけのカレンダーにも愛着がわく
 夫の左目が、ものもらいになりました。一昨日の夜、「なんか目がちかちかする」といっていて、昨日帰ってきたら、まぶたが少し腫れていました。今朝になって腫れはますますひどくなり、戦い後のボクサーみたいになっています。彼の目はペンで線を引いたのではないかと思うほどのくっきり二重なので、腫れると二重が地形図の等高線みたいにぐにゃりと曲がって、どのあたりがどの程度腫れているのかがよく分かります。腫れても一重にならないなんて、なんて強力な二重なんだろう。一瞬なにかの拍子に二重になると誰かにそれを見せなくては気が済まないほど稀にしか二重にならない年中一重の私には、想像のつかない強力さです。
 私は子供のころ疲れるとしょっちゅうものもらいになっていたし、最近でも二年に一度ぐらいはなるのですが、夫は生まれて始めての経験らしく、「眼科にいったほうがいいだろうか・・・」と、腫れた目を鏡に映しながらうろたえていました。「それぐらいの腫れならものもらい用の目薬を買ってきて数日させば治ると思うよ」と教えたら、膨れたまぶたで不安そうに私の顔を観るので、思わず笑ってしまいました。可笑しいというより、可愛くて、笑ってしまいました。彼が手足に怪我をしたり、顔にできものができたりすると、なぜだか彼に対する愛しさが増して、子供みたいに扱いたくなります。母性本能なのかな。薬がどんどん効いて、早く治りますように。

 映画「ショーシャンクの空に」を観ました。映画好きの人たちの間でとても人気の高い映画であるということ以外、ほとんどなんの前知識もない状態で借りたので、ショーシャンクというのが人の名前だと思っていたのですが、観はじめてからそれが刑務所の名前だと気付き、これは思っていたよりもかなりしんどそうな感じだぞ・・・と、気持ちを引き締めました。
 冒頭で主人公アンディが無実の罪により終身刑を言い渡されてから、刑務所の職員から乱暴な扱いを受けたり、狭くて暗い牢屋に入れられたり、埃っぽい食堂で美味しくないご飯を食べたり、達の悪い囚人から暴力を受けたりという、刑務所での辛いシーンがしばらく続き、はじめのうちは、刑務所で一生を送ることの過酷さを描く物語かと思いながら、痛そうなシーンでもなるべく目をそらさない努力をしていました。
 ところが、物語が進んでいくうちに、この物語の伝えたいことは別にあるのだということに気づきました。牢屋に入れられて完全な管理下に置かれている暮らしは確かに辛そうだし、しっかりと労働時間もあるようだったけれど、日がな一日刑務所にいる彼らには暇な時間もそれなりにあり、高い高い塀の内側にある広場で、囚人仲間とキャッチボールをしたり、ひそやかな趣味に没頭したり、談笑したり読書をしたり、たまには古い映画の鑑賞もしたり、そんな穏やかで淡々とした日々のシーンが、だんだんと増えてきました。牢屋に入れられるほどの罪を犯した人たちとは思えないほど、誰もが安らいだ表情で、ぼんやり暮らしているのでした。
 そんななか、50年間をショーシャンク刑務所で過ごした末に仮釈放された老人ブルックスが、一般社会で生活するための仕事や住む場所を与えられていたにも関わらず、社会に対する心細さと孤独感を募らせ自殺してしまいます。それを知った囚人仲間のレッドが言った「塀を見ろ。最初は憎み、しだいに慣れ、長い月日の間に頼るようになる。50年もいればそうなる。終身刑は人を廃人にする刑罰だ。」という言葉によって、私のこれまで抱いていた終身刑のイメージが、180°変わりました。塀の内側よりも、私たちの暮らす塀の外側での暮らしのほうが、生きる苦しみに満ちているなんて、そんなこと考えたこともなかったのに。塀の外には、人生を進めていくためのいくつもの選択があり、人生を狂わせかねない欲望があり、置いていかれそうなほどめまぐるしく変わっていく時代の変化があります。ブルックスは、壁の内側で管理されて過ごすうちに、そうした選択や欲望と向き合う力を、すっかり奪われてしまったのでした。ブルックスの悲しすぎるエピソードは、いつかテレビで観た、生活苦のために小さな罪を繰り返しては刑務所に入ることを繰り返す老人が増えているというニュースを思い出させ、ますます辛い気持ちになりました。
 ブルックスの死以降、あまりにも暗い辛い気持ちになって、もう続きを観るのが嫌になりました。だけどせっかく借りたんだからと、がんばって観続けました。がんばって観ているうちに、主人公アンディがだんだん刑務所内で学力や銀行に関する知識を認められていき、彼にしかできない仕事や居場所を得るようになりました。そして、このままアンディも塀の中の生活に甘んじてしまうのだろうかと思いきや、彼は長年で築いた立場と信用をたくみに利用して、ある時ついに、脱獄を成功させるのです。他の囚人が壁の中の生活に慣れ切っているなか、彼だけは、外の世界への希望を失うことなく、20年も、脱獄の穴を掘り続けたのでした。
 塀の外を恐れていたレッドもやがて仮釈放され、塀の内側にいたころの堂々とした佇まいが嘘のように、心細げな背中をした、寂しく孤独な男になりました。しかし、レッドは自殺しませんでした。アンディに会いに行くことで、外側の世界に、希望を見出すことができたのです。彼らが美しい砂浜で再会を果たすラストシーンは、あぁやっぱり、それでもやっぱり、シャバの世界のほうが最高に決まっている!!と、思わせてくれるような、それまでの刑務所シーンではまったくなかった色鮮やかな映像で、美しい海の色に見惚れながら、あぁよかった!と、心底安心しました。もしもこの映画が最後まで私たちの生きている世界を肯定してくれなかったら、私はこの映画に「私の好みではない映画だった」という感想しか抱けないところでした。最後の最後で、観てよかった!と思わせてくれる映画でした。
 ただ、刑罰の意味とか、人間の尊厳とか、普段は考えない難しいことを、長時間にわたって考えて、あまりにも慣れない思考回路をつかって、かなり疲れてしまいました。この映画を観たことによって、自分は現実の過酷さを直視させる映画よりも、どこか非現実的非日常的で、ファンタジックな物語のほうが、心のすみずみまでつかって楽しめるんだなぁということに、改めて気づかされました。現実的で難しい内容の物語には、映画よりも、自分のテンポで読み進めていける小説で触れるほうが、性に合っているみたいです。今度借りるときには、それを念頭において選ぼう。そして、楽しい映画の合間合間で、たまにまたこういうずっしり重たい映画も楽しもうと思います。
 3作借りたうちのあと一作は、どんな物語なのだろう。題名は「レナードの朝」。ショーシャンクのそばにあったので、これも重たいのかなぁ。ロビン・ウイリアムスが出るし、あたたかい物語ならいいな。ハッピーエンドですように。
by papiko-gokko | 2010-05-14 22:17 | Diary


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