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日記と短歌


by papiko

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 池袋にある豊島区立中央図書館へ、今日はじめて行ってみました。夫のどうしても借りたい本が、今住んでいる区内の図書館にはどこにもなくて、ネットで他の区立図書館の蔵書検索をしてみたら、豊島区の図書館に置いてあることがわかったのです。豊島区在住でなくても図書カードを作れるということで、それならば一刻も早く作りたいと、今日雨が上がるのを見計らって出発しました。
 その図書館は、サンシャインシティ近くにそびえ立つ高層ビルの4階にありました。さすが都会の図書館です。ピカピカに管理の行き届いてるエントランスを入ると、広々として近代的な作りのエレベーターホールがあり、就職活動のころ何度か訪れた、都心の美しすぎるビルを思い出しました。近代的な美しさとはつまり殺風景のことなのだろうかと思わされるような、雑音ゼロの無機質な世界。
 音も立てずにスラスラ登るエスカレータで4階まであがり、扉があくと、そこにはありふれた図書館の風景があって、ほっとしました。図書館まで無機質だったらどうしようかと思いました。この図書館は2007年にできたばかりなのだそうで、館内も蔵書もすっきりキレイで、図書館特有の淀みがなく、検索用パソコンなどの機材も、最新式のものを揃えてある感じがしました。入った直後はその新しさに少し戸惑ったものの、棚の並び方が見やすかったので、初めての場所だったにも関わらずリラックスして本を眺めて歩くことができ、夫がつくったカードで、私も二冊借りました。短歌に関する本と、随筆集。どちらも読みごたえがありそうです。
 図書館の用事が済んだ後は、ちょっと買いものなどして、夫の大好物である西武百貨店屋上のうどんを食べてから、家に帰りました。

 家に帰ってからも、今日はアクティブに過ごしました。昨日からの暖かさに浮かれて、寒い間きちんと出来なかったお風呂掃除を、2時間近くも時間をかけてがんばりました。タイルも浴槽もぴかぴかです。長いこと腰を曲げていたので腰が痛くなり、今、腰痛のとき巻く専用コルセットを巻いています。昨日の半回転ジャンプでも腰に負担をかけてしまったし、私は腰が弱いということを、もっと自覚して生きていかなくては。
 お風呂掃除のあとは、洋服タンスのなかを整理しました。衣替えはまだまだ早いけれど、春らしい淡い色の服を手前のほうへ出し、冬の間たくさん来た濃い色の服を奥のほうへ追いやるという、地味な春準備作業をしました。持っている洋服の数が少ないおかげで、この作業は、切なくなるほどあっという間に終わってしまいました。3月はまだまだ寒い日のほうが多いのだろうけれど、まずは色合いから少しずつ、春に向かって近付こう。
by papiko-gokko | 2010-02-28 01:08 | Diary | Comments(0)

 昨日に引き続き、オリンピックの話。フィギアスケートフリーの演技やインタビュー映像、帰ってからニュースや特集でたくさん見ました。浅田真央選手のインタビュー、いつも気丈な彼女があんなに泣いているのを見たのは、今日が初めてでした。ものすごく悔しそうな表情を浮かべて、それでも必死に嗚咽を噛み殺し溢れる涙をぬぐいながら、言い訳ひとつせず、声を絞り出してしっかり答える姿に、胸を打たれました。きっと、喉や心臓がつぶれそうなほど、悔しいのだろうなぁ。悔し涙は、流しても流しても、心の軽くなってくれない、とびきりニガくてしんどい涙です。インタビューから伝わってきた悔しさと想像を絶する努力の影に、またしても涙がにじみました。
 金メダルを取ったキムヨナ選手は、フリーの演技もやはり素晴らしかったです。動きはやわらかなのに力強くて、難しそうな技も、ふわりふわりと舞うようにこなし、約4分の間、疲れることも飽きることもなく、最後までうっとり見入っていられました。日本の鈴木選手と安藤選手も、力いっぱい演じていて、本当に美しく可憐でした。みんな上手にくるっくるっと飛び回るので、自分にも飛べる気がして、先ほどちょっと飛んでみたら、身体は半回転もしなかったうえに、たった一度のジャンプでずうんと腰に負担を感じました。アスリートの人たちは、足腰をとんでもなく鍛え上げているのだなぁ。演技を終えた鈴木選手が感極まって顔を覆った時には、私も急に感極まって、そこでも泣きかけました。
 まったくどうしたことだろう、私はちょっと前まで、そんなに簡単にもらい泣きなんてするほうではなかったのに、今回のオリンピックでは、やたらめったら涙がでます。母はすぐにもらい泣きする人で、一緒にテレビを見ているとしょっちゅう鼻をすする音が聞こえてきて、子供のころは、なんで人が泣いたからって自分まで泣くのだろうかと、不可解に思っていました。そして、自分には自分に縁のない涙の種類だと思っていました。きっと、大人になっていく過程で、自分自身がいっぱい泣いて、そのたびに、こういう涙もあるんだなぁこんな感情もあるんだなぁと知っていき、だんだんと、人の涙をみたときにも、その涙を自分の味わったことのある涙に重ね合わせることができるようになってきて、それでこんなに、もらい泣きしやすくなったのかもしれないなぁと、コタツにはまって、もらい泣きしながら思いました。安っぽい涙と言われればそれまでですが、泣くことと書くことが心を新鮮に保ち続けるための、私にとって一番の力なので、これからも泣いて書いて泣いて書いてしつこく繰り返しながら生きていくつもりです。
 そんなふうにたくさん心を動かされたオリンピックも、あと数日で終わってしまいます。閉会式、楽しみです。

***

 短歌について考えています。先日借りた短歌名言辞典のなかに、「短歌という文芸は集団が生み、集団によって培われ、集団によってうけ継がれてたという特殊性を持っている」(島田修二)という言葉がでてきました。その一方で、「短歌はもっとつきつめた、ひとりぼっちなものだと思う」(河野裕子)という言葉にも出会って、結局のところどうなのかわからず、悶々としています。
 短歌をひとりで続けていくのにはモチベーションを保つのに限界があるから、だから集まり繋がりを求めるのでしょうか。私は、ひとりで続けられることしか、ひとりだろうがなんだろうが続けずにはいられないことしか、続けたくないな。言葉と向き合うとき、私は1日のうちで最も孤独な気持ちになるし、孤独でありたいと思います。先人の詠んだ歌から学ぶ姿勢は忘れずにいたいけれど、あくまでも、独りで学び独りで感銘を受けていたいのです。その姿勢は、間違っているのかな。がんばって、関わり合わなきゃいけないのかな。私はただ、私の歌に私を閉じ込め続けていたいです。
by papiko-gokko | 2010-02-27 00:28 | Diary | Comments(0)

 夫に優しくしたくなり、大きなシュークリームを買って帰ったら、「やけにうれしい!」と、思いのほか喜んでくれました。いつも私はそんなにも、夫に優しくしていないのか。昨日の夜、イライラしていて夫に八つ当たりしてしまったので、シュークリームにはそのお詫びの意味もあったのですが、今日もまたご飯の前に、お互いお腹が空いていたせいで、ものすごくくだらないことから大喧嘩になり、夫は口をへの字にしてニラを切り、私は泣きながら洗い物をしました。結果的に、夜ごはん(鶏肉のちゃんこ鍋)を食べたらお互い怒りが嘘のようにひいて、その後はお腹いっぱいで穏やかに過ごしました。空腹は夫婦喧嘩の元だなぁ。毎日いろいろなことがあるなかで、身近な人を大切にし続けるって、難しいです。

 普段は自分からテレビをつけることなどほとんどありませんが、今は、自分から積極的にチャンネルを変えてテレビを見ます。バンクーバオリンピック、終わってほしくないと思うほど、楽しんでいます。ネットのせいで影の薄くなりつつあるテレビですが、やはりオリンピックの期間中には、テレビの存在が欠かせません。わが家のパソコン一体型テレビも、かつての威厳を取り戻せとばかりに、様々な国の国旗と選手を映しテレビとしての存在感を放っています。
 単純な私は、オリンピックのために必死に努力してきて本番に挑んでいる人の張りつめた表情やがむしゃらな姿を見ると、震えるほど感動します。なんて美しいんだろうと、感極まってしまいます。メダルにあと一歩のところで届かなかった上村愛子選手の涙にもらい泣きし、スピードスケートでは高木美帆選手らの爽やかで潔い姿勢にスポーツのなんたるかを学び、男子フィギアでは高橋大輔選手のメダルに歓喜し、同時に靴紐がほどけてしまった織田信成選手の最後まで演じ切ったひたむきさや精一杯のインタビューに胸が詰まり、カーリングは相変わらずルールを掴めないまま結果に一喜一憂し、そして昨日は、浅田真央選手の演技終了後の笑顔に、あぁこの子はきっと沢山のやりたいことを我慢してすごくすごく毎日がんばってきたんだろうなぁと目頭が熱くなり、その後演技したキムヨナ選手の可憐さに溜め息が漏れ、カナダのロシェット選手の零した涙にやるせなさがこみ上げてきて泣きました。こんなにも涙ぐんでばかりいるオリンピックは初めてです。本当に、毎日何かしら心を動かされています。
 オリンピック選手のがんばる姿を見ていて頭の中で流れる曲は、『FunnyBunny』(the pillowsの曲ですが、私はELLEGARDENの歌っているほうが好みなので、そちらをリンクしました)。夫が集めているマンガ『SKET DANCE』の6巻にでてきて素敵な歌詞だなぁと思い、どんな歌なんだろうかと聴いてみて、ますます好きになりました。「君の夢が叶うのは誰かのおかげじゃないぜ 風の強い日を選んで走って来た」という歌詞は、私なんかに到底想像できないようなすごい努力をしてオリンピックの大舞台にやってきた選手たちに、ぴったりの言葉だと思います。選手はインタビューで、「みなさんに支えられて」とよく言っているけれど、それよりなにより、まず自分ががんばったからだもの。
 明日はフィギアスケートフリーの演技、楽しみです。会社にいて生で見られないのが残念ですが、日本の選手3人とも、力いっぱい悔いのない演技ができればいいなぁと思います。
by papiko-gokko | 2010-02-25 23:24 | Diary | Comments(0)

 部署は違うけれど関わりの深い上司の奥さんが無事にお子さんを出産したという知らせがきたり、「子供ができたので辞めます」と、私より若い事務員さんが挨拶にきたり、そんなおめでたい報告が立て続けにありました。こういうことって、不思議と立て続けに起こるものだなぁ。妊娠六か月というその事務員さんのお腹は、丘のようになだらかなカーブをつくっていて、その上にそっと置かれた手は、これから母になる人のしみじみとした優しさにあふれていて、そのやわらかな光景に、めまいがしました。出産は、夏真っ盛りの7月予定なのだそうです。いつも笑顔で挨拶をしてくれる穏やかな雰囲気の人だったから、穏やかな家族になることでしょう。さよならのお菓子を受け取りながら、「がんばってください」といった自分の声の、最後の部分が震えました。その事務員さんとはほとんど接点がなかったから寂しさなど感じようもないのに、一体、どうして震えたのだろう。

 仕事をしているときは、基本的に、不機嫌です。電話対応では精一杯の愛されボイスで接しますが、パソコンや書類に向かって黙々と仕事をしている時間は、眉間にしわがよりそうなほど不機嫌です。本当はもっと、朗らかな気持ちで仕事をできたらと思うけれど、不機嫌なくらいのほうが、失敗しないのです。ちくしょおちくしょおこんちきしょおと思いながらやっていると、失敗せずにいられます。働き始めて私が一番よく学んだことは、自分が失敗する人間であるということを自覚して何度も確認することの大切さです。しかし、何度も確認するということは、上機嫌ではできません。上機嫌とは私にとって、突っ走りたい感情のことだからです。だから、不機嫌でいます。

 あぁ、どうにも火曜日は憂鬱で、いけません。まだ火曜日かぁ・・・と思うたび、いつまでもいつまでも平日が続いていきそうで、ぐったりします。永遠って、火曜日の感覚に、似ているのかもしれないな。
by papiko-gokko | 2010-02-23 23:57 | Diary | Comments(0)

 洗面台の前で夫が、髪をくしゃくしゃにしたり顔の角度を変えたりしながら、「どうしよう、おれ、かっこいいなぁ」とか「なんかもう、びっくりするぐらいかわいいよね」とか、大真面目に言っていました。これはよくある日常的な光景ですが、今日その様子を改めて見ていて、あぁこの人ってナルシストなんだなぁと、しみじみ思いました。
 実際にびっくりするぐらいかわいいかどうかはともかくとして、自分を好きで自信があるのは、いいことだと思います。少なくとも私は、自分で自分を好きな人のことが好きです。それも無意識にではなく、意識的に自分を好きでいようとしている人、そしてそのための努力を惜しまない人、なにより、自分を好きでいることを恥ずかしがらない人が好きです。そういう人のそばにいると、安心するのです。私が必要以上にこの人を肯定しなくても、この人はちゃんと自分で自分を肯定して生きていける人なのだという安心感。本当に自信のある人は、やたらめったら自慢話なんてしないし、きっと自信過剰になる心配もありません。
 そんなナルシストの夫に、「私はナルシストだと思う?」と尋ねたら、「自分を好きでなかったら、毎日のように日記書いて公開しないだろうよ」と言われました。そうか、私もやっぱり、自分が好きなのか。過去に戻って引っ叩いてやりたいと思うこともあるけれど、それも自分への愛情なのか。私の場合、自分が好き、というより、自分が生きているという出来事がかなり好き、なのかもしれません。ナルシスト夫婦ばんざい。
by papiko-gokko | 2010-02-22 23:10 | Diary | Comments(0)

 広々とした田園の向こうに、大きな虹のかかる夢をみました。なんだか、いいことがありそうです。その前だか後には、ものすごい剣幕で怒っている夢もみたけれど。
 最近、心の中で、世の中や自分自身に対する漠然とした喜びと怒りが、渦を巻いて共存しています。互いが互いを打ち消すことはなく、むしろ互いを燃料にしながら、ごうごう勢いを増していきます。そして、渦と渦の擦れ合う場所で発生した稲妻が、明け方の夢にピシャリと落ちて、その印象を鮮烈にするのです。
 
 B’zのライブが近づいて、わくわくが止まりません。わくわくしすぎて、平常心ではB’zを聴けなくなってきました。ライブにはもう何度もいったことがあるというのに、ライブが近づくとやっぱり、生稲葉さんを見られる日がくるなんてうそみたい・・・夢みたい・・・と、何度もチケットやサイトを確認してしまいます。あぁ、はやく東京ドームの光のなかで「B’zのライブジムにようこそ!」を、聴きたい! 稲葉さん、今回もかっこいいんだろうなぁ。それはもう、気絶しそうに、かっこいいんだろうなぁ。あまりの眩しさに、涙がでちゃうんだろうなぁ。憧れてやまない大好きな存在があることが、私のなんでもない日々を、こんなにも楽しく感動的にしてくれます。
 B’zといえば、毎年この季節になると必ず聴くのは『』。「奪う勇気を捨てた者たちは・・・」で始まる、許されぬ恋の重たいバラード、大好きです。最初から最後まで、比喩ではなく本当に心臓がミシミシ痛くなるほどのどうしようもない切なさが敷き詰められていて、B’zの数ある許されぬ恋ソングのなかで、一番好きな曲です。こんな歌詞を書けてしまう稲葉さんは、かつて一体どれほど苦しい恋をしたのだろう。ちょうどいい季節だし、ライブで歌ってくれないかなぁ。

 『龍馬伝』今週も素敵でした。福山龍馬、歩いているだけで絵になります。今週は弥太郎もいっぱい出たので、食事の手が止まって夫に叱られるほど夢中で観ました。これから弥太郎がどんなふうにのし上がっていくのか、龍馬の今後と同じぐらい楽しみです。
by papiko-gokko | 2010-02-21 23:07 | Diary | Comments(0)

 活動的な一日。午前中は、生まれて初めて、産婦人科を受診しました。区から届いていた子宮がん検診無料クーポンの期限が迫っていたので、この機会に色々調べてもらおうと、二週間ぐらい前、思い切って予約を入れたのです。地図が読めなくて案の定道に迷いましたが、走ったおかげでなんとか間にあいました。
 院内に入るや否やなんとも言えない居心地の悪さを感じ、しばらくしてからそれは、受付の人も受診者も含めて待合室に女性(しかも比較的若い)しかいないからだと気付きました。若い女性しかいない空間は、どうにも苦手です。彼女らにとって私の様子はどこか苛立たしくて不愉快に違いない・・・という被害妄想に陥ってしまいます。誰も人のことなど気にしちゃいないと、頭ではわかっているのだけれど。
 居心地の悪さと緊張で問診票を記入する手に力が入らず、へろへろ書き終えソファの隅で縮こまっていると、ほどなくして診察室へ呼ばれました。予約がいっぱいだったのもあってか、診察は緊張する間もなく、事務的な感じでさらさら進んでいきました。無駄な不安や恥じらいなどを感じさせないように、敢えて事務的にしているのかもしれません。事務的ではあったものの、看護師さんたちの口調には温かみがあり、安心して言われた通り動くことができました。
 問診票の「子供が欲しい」という欄に丸をつけていたので、がん検診をしたあと、子宮と卵巣に問題がないかも、エコーに映して見せてくれました。これまで、ネットなどで子宮のエコー写真を見たことはありましたが、自分自身の子宮を見たのはもちろん初めてで、写真で見たのと同じ形のものがモニターに映し出されたことに、思いがけず深い感動を覚えました。これは、宇宙へ旅立った宇宙飛行士が初めてロケットの窓から肉眼で地球を眺めときの感動に、きっと似ているような気がします。あぁ、あるんだなぁ、という感動。子宮のあとはまるい空洞が映し出され、「これが卵巣、左側の卵巣で、排卵しようとして成長している卵がありますよ」と説明され、それにもまた感動しました。自分の命を生きながら、その身体の中で毎月、別の命の元を育てているなんて、考えれば考えるほど、自分の身体が不思議です。
 検査が終わったあとは、持参した3カ月分の基礎体温計表を見てもらってお話を聴いたり、それからホルモンバランスを見るために、採血もされました。2週間後、また来てくださいと言われたので、きっとそのとき結果を教えてもらえそうです。お医者さんに診てもらうと、やっぱり、安心するなぁ。しっかりとした口調で説明してくださるお医者さんで、私もしっかり自分の身体と向き合っていかなくては!という、前向きな気持ちにさせられました。抵抗があってなかなかいけなかったけれど、これからは、もう大丈夫です。なにも異常がありませんように。

 午後は夫とバスに乗り、図書館で借りた本を返しに、隣町まで行きました。行きも帰りも、バスのなかには陽が射し、ぽかぽかと春そのもので、一昨日雪が降ったのなんて嘘みたいでした。雪が降ったこともそのあとカラリと晴れたことも次々過去の出来事にして、街じゅうが、春へ春へとひらいていきます。
 今日は返すだけのつもりが、私は三冊、夫は7冊と、それから祭囃子のCDを5枚も借りていました。今書いている小説に祭りが深くかかわっているので、祭囃子を聴きながら書くのだそうです。家に帰って聴いてみたら夫のツボにはまったらしく、毎日の出勤でも聴くことにすると言って、iPodにも入れていました。無表情でイヤホンをして祭囃子を聴きながら淡々と歩く人、ちょっと、こわい。

 今、三冊借りたなかの一冊、『短歌名言辞典』という本を、付箋を貼りつつ読んでいます。平安から現代までの歌人や評論家が短歌について述べた名言をまとめてあって、ページをめくるたび、はっとする言葉に出くわしっぱなしです。これは、借りてよかった! 辞典と名のつくだけあってそれなりに分厚く、期限内に全部読むのはしんどそうなので、これはそのうち古本屋さんでちゃんと買って、手元に置いておきたいです。
 以下は、今日付箋を貼ったなかで、特に印象に残った言葉(敬称略)。
『歌は、私に人生というたたかいの太鼓のひびきであった』小名木綱夫
『言葉は単純なほどよく、思いは深いほどよい。』三枝浩樹
『おそらくうたとは、映像ではなく、思想ではなく、リズムによってこそ永遠の時間を獲得する心の状態であるだろう。』菱川義夫
『私の歌はその時々の私の命の破片である。』若山牧水
『歌人とは、かつてかくも美しかった日本語の証人たらうとして生きるべきものである。』塚本邦雄
『僕たちが短歌をえらんだのは、あの「王様ごっこ」や「恋愛ごっこ」のたのしさへのあこがれの変形なのである。』寺山修司
『歌はヒューマンドキュメントとしての意味がなければならない。』木保修
『誰かの為に、何かの為に、という大義名分では決して短歌は作れるものではない。短歌はもっとつきつめた、ひとりぼっちなものだと思う。』河野裕子
『表現とは、むなしいものであり、それゆえに、いとおしい人間の作業と思って居ります。』斎藤史
 
by papiko-gokko | 2010-02-20 22:53 | Diary | Comments(0)

 朝には雪が降っていたのに、お昼すぎにはカラッと晴れて、青空が広がっていました。東京の空は、切り替えが早いなぁ。そして、東京の雪は儚いなぁ。ほとんど積もっていないのに、出かける間際、心配性の夫から「気をつけなさいよ」と五回ぐらい言われました。

 先ほどから、外で猫が、不思議な声で鳴いています。そろそろ、盛りの時期なのでしょうか。そういえば私の顔も、去年の今頃から荒れたあたりがまた、最近だんだんカサカサ痒くなってきました。会社では、「花粉がもう飛んでるっぽい」と、鼻をぐずぐず言わせている人もいます。そんなふうに、ところどころで春の気配はしているけれど、まだまだ寒くて、身体はかたく強張ったままです。早く春のぽかぽか陽気に、歩幅を狂わされたいなぁ。

 人に本を貸す、ということを、久しぶりにしました。会社の子が「最近ちょっと気になる人ができて、江國香織とか恋愛小説を読みたい気分になって」なんてロマンチックなことを言うので、そんならうちにいっぱいあるから持ってきます!と、、数冊選び持って行ったのでした。貸した本を、今ごろ彼女が読んでいるのかもしれないと思うと、たまならなく、そわそわします。自分がその本を読んだのはもう随分前で、ほとんど内容も思い出せなかったのに、今自分の貸したそれを読んでいる人がいるのだと思うと、思い出せなかった内容が急に思い出せてきて、自分が読み返しているような気分にすらなってきます。気に入ってもらえますように。
 
by papiko-gokko | 2010-02-19 00:06 | Diary | Comments(0)

 嬉しいことと悲しいことが、頭の中で重なり合ってぶつかり合って、感情に大波小波を作りだし、気を抜くとその絶え間ない揺れにたちまち酔ってきて、ここからおろしてくれ!と暴れだしたくなります。そんなときは、愛する太宰治を読みます。太宰治の文章は、私の揺れに寄り添いながら、酔いをますます深めていって、やがて私を気持ちよくしてくれます。

 少し前に一念発起して投稿してみた短歌が二首、それぞれ別のところで入選をしました。大きな賞ではないけれど、久しぶりのことで、とても嬉しいです。こうしてたまに目に留めて頂くようなことがあると、これからはもっと色々なところへ応募してみよう!と意気込むのですが、そうして応募してみて何度か箸にも棒にもかからないことが続くと、もうそれだけでいじけてやる気が削がれてしまって、またしばらく投稿をやめてしまうということを、短歌を詠みはじめて以来ずっと、長いスパンで繰り返しています。
 短歌を詠むことは大好きなのですが、結社だったり「ネット歌人」という呼び方での繋がりだったりに対する抵抗感がどうしても拭えずにいて、その結果、柔軟に繋がりを広げ歌で交流し高め合っている人たちを羨ましく眺めながら、自分の歌に溺れ続けている私です。短歌を好きでいるために、このやり方はそう簡単に変えられそうにないから、せめて、自分に応募できそうなところがあれば応募するようにして、結果と向き合い身の程を知り、そしてたまには自分の短歌にご褒美をあげられるよう、がんばりたいです。それが今の私にできる、自分の短歌を大切にするための一番のやり方だと思っています。そのためにはまず、自分の好きなことに対して保守的すぎるこの性格を、なんとかしなければ。

 そんなわけで、今日も短歌を詠みました。主に日記の題名から選んで「人間ごっこ」の短歌ページほうにアップしている短歌が、もうじきひそかに目標としていた千首に到達しそうなので、ラストスパートということで、今日はたくさん詠みました。千首目は、千をつかった短歌にしたいなぁ。

***ラストスパート短歌***

くだものを積極的に取りましょうアダムとイブをお手本にして

教室のおへそは君の後頭部わたしの視線へその緒になれ

熱唱を採点されて冷やされる魂タバコくさい箱の中

甘ったれ飽きて眠たい我々は称えるよりも叩くのが好き

カーテンじゃ隠しきれない真夜中が朝に向かって青ざめていく

結論を急ぐ芋虫しばるにも葉っぱが揺れてしょうがないんだ

ノンアイロンシャツ大活躍わたしだって働いてんのが口ぐせの妻

目標をむりやり四字熟語に沈め貼り出されてた夢まみれの日

蟻んこのように僕らは整然と甘さ求めて働くのです

ねぇねぇねぇねぇ振り向いてなぁなぁなぁなぁいいだろう螺旋計画

「思いやりない」と冷たく睨まれてお前にだけは言われたくない

掃除機をかけはじめると文庫本抱いてうろうろ土曜日の朝

携帯を二つに割ったエピソード話した人はこれでふたり目

コピー機に八つ当たりして精神の平和を保つ事務員の午後
by papiko-gokko | 2010-02-16 23:12 | Diary | Comments(0)

 B'zのライブチケットが届きました。3月4日東京ドームです。チケットが届くと、ライブにいくのだ!という実感が急激に湧いてきて、居ても立っても居られないワクワク感で胸がふくらみ、B'z愛が早くも爆発しそうになりました。楽しみです。楽しみで楽しみで、チケットを眺めるたび頬が緩み、腰の力が抜けてきます。あぁ、約2年ぶりの生稲葉さん、楽しみだなぁ。少しでも近くで見られますように。これからライブまでの数週間は、ひたすらB'zを聴きまくらねば。

d0038776_22484071.jpg 今日はバレンタインデーなので、チョコレートケーキを作りました。チョコを湯煎にかけるのが苦手で、今回も苦戦しましたが、少し前に、夫の実家から荷物を送ってもらったときそれと一緒に義母が添えて送ってくれた、絶対失敗しないチョコケーキのレシピでやったら、なんとか失敗せずに焼けました。
 完成したチョコケーキにメッセージカードを添えてテーブルの上に置いておいたら、仕事から帰ってそれを見た夫が「グヒャドュヒョ」と、新たな悪事を思いついた悪魔のような笑い声をたてました。そして「この大きさの紙にこの太さのペンで文字を書くのはどう考えてもおかしい」と言いました。ロマンがありません。でも、ケーキは気に入ってくれたので、満足です。
 彼は職場でも、チョコをもらってきました。包装をちょっと乱暴にビリビリ破いて開けたら、中には四角いチョコが澄まして整然と並んでいました。箱の中に美しく収まっているチョコって、ひとつ取ろうと選ぶ指先を緊張させるから、余計に美味しそうで、ずるいなぁ。今日はケーキを作りながら余った板チョコを食べまくってしまったので、明日戴こうと思います。夫がもらった綺麗なチョコを、妻はどんな気持ちで食べるのが正解なのだろう。
by papiko-gokko | 2010-02-15 01:10 | Diary | Comments(0)