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日記と短歌


by papiko

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大みそか


 今年最後の日記。午前中買いものに出かけて、おそばとお菓子とお酒とミカンを買って帰りました。年越し準備は万全です。東京で年を越すのは初めてなので、年越し準備というのを、初めて自分でやりました。大みそかの東京は人が少なく、いつもは行列の出来ているスーパーのレジも、今日はすんなり進みました。けれどもその一方で、祝い箸の袋をゆっくりとカゴに入れているおばあさんも見かけて、この街に帰ってきて年越しをする人もいるのだよなぁと、いつも実家で当たり前に用意されていた人数分の祝い箸のことを思いました。
 年越しの場所は違うものの、今年も例年と同じように、紅白歌合戦とダウンタウンの番組を、交互に見ることになりそうです。夫が、紅白歌合戦の順番表を印刷していて、びっくりしました。そんなに紅白が好きな人だったとは。昨日のお酒三杯のうち一杯がワインだったせいか、微妙に二日酔い気味で、頭がもやっとしています。ワインは残るのだなぁ。にもかかわらず、今日もすでに、昼間から夫とビールを飲みました。やっぱり、家で飲むお酒が一番です。夜は日本酒を飲む予定です。平和に一年を終えることができて、よかったなぁ。
 
 今年一年読んでくださった方、本当にありがとうございました。よいお年を。
by papiko-gokko | 2009-12-31 18:23 | Diary | Comments(0)

しあわせ忘年会


 仕事納めの一日を終え、営業部の忘年会がありました。年々、みんなと飲むのが、楽しく嬉しくなっていくなぁ。
 一次会は、こじんまりとしたお洒落な居酒屋さんでした。お料理もお酒も美味しくて、大満足でした。夫の言いつけを守って三杯で我慢しましたが、それでも結構くらっとする程度には酔いました。やはりしばらく禁酒していたからでしょうか。営業さん達は仕事の話をしていたので、私たち事務員は事務員同士で、主に恋愛トークをして甘い気持ちに浸っていました。恋の話は、お酒にとろりと深みを加えてくれます。
 そしてほどよく酔ったところで、カラオケ屋さんに移動して二次会が始まりました。このカラオケが、楽しかった! 担当の営業さんが「B'zのなんでも歌うから適当に入れて」というので『裸足の女神』を歌ってもらったら、それがかっこよすぎて、どうにもこうにもかっこよすぎて、興奮を禁じ得ず身もだえていたら、「じゃあおれも一曲」と、他の営業さんたちも次々にB'zを歌ってくれて、一時B'z祭り状態になって、本当にもうどうしようかと思いました。普段ぴしっとスーツで決めている三十代半ばの営業さんたちが、シャツの襟元を緩ませて熱唱するB'z! あまりにも眩しいその光景にくらくらして、『この光景は夢?もしかして一次会で飲み過ぎて路上で倒れている私が見ている夢?欲望の見せる幻?』と、ちょっと本気で不安になったりしましたが、しかしそれは紛うことなき現実なのでした。特に担当の営業さんの歌うB'zはどれも最高にかっこよくてうっとりしっぱなしで、そのうえ「なんか一緒に歌おうよ」と『TIME』を入れてくれて、一緒にそれを歌い、「あー、○○さんのB'zが聴けて、しあわせです」と思わず口にしたら、「いやこちらこそ、来年もがんばりましょーね」と返してくれて、そのまま遥か彼方へ飛び立ちそうになりました。しあわせですって伝えたくなる相手なんて、そんなに多くはいないから、伝えられてよかったな。伝えたらもっと、しあわせになりました。
 もちろんB'z以外の曲でも盛り上がりました。営業さん達とは微妙に世代がずれていて知らない曲もあったのですが、逆にそれが新鮮で楽しかったです。
 去年の忘年会は「ありがとう」という言葉が溢れたけれど、今回は、「しあわせ」という言葉が溢れた忘年会でした。来年は今年より、失敗しないようがんばろう。がんばろう。
by papiko-gokko | 2009-12-31 00:55 | Diary | Comments(0)

 後一日で今年の仕事が終わります。商店には門松や注連縄が飾られ始め、今日は私も会社の雰囲気も、昨日以上にふわふわしていました。取引先はすでに休みに入っていたり午前中までで仕事を切り上げたりしていて、だから電話もファックスもほとんどなく、同僚の子と「なんかもうやる気でないー」「頭が完全に年越しモードだー」とぶつくさ言い合いながら仕事しました。明日は月末集計を午前中で片付けて、午後は大掃除になりそうです。ごっちゃりしている机の中を、久々に整理するとするか。時間があったらパソコンの中も整理して、バックアップをとっておこう。
 仕事のあとは、営業部の忘年会です。夫から、三杯以上飲んだら壊れるからやめときなさいと言われましたが、営業さん達がみんな強いので、私もつられてたくさん飲んでしまいそうです。酔わないと、カラオケだって歌えないし。

 そうだ、年を忘れる前に、今年一年を、振り返っておこう。今年の一番大きな出来事は、なんといっても、三月の結婚式でした。準備は何かと大変だったけれど、結婚式の一日は、子供のころから繰り返し想像していたのよりもずっとずっと、素晴らしいものでした。あんなにもずっしり重たい白無垢や色打ち掛けを、いつまでも着ていたくて、今でもあの重みを思い出すだけで、あの日の満ち足りた喜びと感謝の気持ちがよみがえってきます。あぁ、年の変わる前にもう一度、アルバムをひらいて見ようかな。
 結婚式のあとは特に大きな変化もなく、穏やかな日々を送ったなぁという印象です。夫婦生活は恋人関係よりも自分の性にあっているみたいで、たまに喧嘩もしつつ、毎日げらげら笑いながら、楽しく暮らしました。来年もこんなふうに、げらげら笑いながら過ごしたいです。
 そういえば今年は太宰治の生誕百周年ということで作品が映画化され、『ヴィヨンの妻』の舞台挨拶を観に行って豪華な顔触れの俳優さんを生で見られたのも、今年の大きな収穫でした。そのほかにも思い出すイベントごとはいくつかあるのですが、それが今年の出来事だったか去年の出来事だったかが早くも曖昧になってきています。つまりここ数年は、似たような一年を送っているのだな。そんなふうに私は相変わらずだったけれど、友達の子供ちゃんや義姉の姪っ子ちゃんは会うたびに目に見えて成長していて、毎回その変化に感動していました。子供ってすごいなぁ。
 この日記や短歌に関しては、今年もひたすら書いたなー、それなりに詠んだなー、という感じです。今年は書きたい気持ちが空回りして肩に力が入り、それでちょっと疲れてしまったこともあったので、来年は、稲葉さんが言っていた「力は抜いて手は抜かない」をモットーに、力みすぎずふざけ過ぎず、楽しんで続けられたらいいなぁと思います。今日の帰り道、面長の月をみながら、あぁ私は、見えないものや聞こえないものを相手に必死で格闘するよりも、まず、見えるものをしっかりと見て、聞こえる音をじっくりと聞いて、そうして得た実感を言葉にしていくことを大事にしようと、なんだか急にそんなことを強く思いました。実感をうまく言葉にできた時の気持ちよさが好きで、日記を書いたり短歌を詠んだりしているのかもしれません。来年は、どんなことを書いたり詠んだりできるだろう。楽しみです。
 
by papiko-gokko | 2009-12-30 00:18 | Diary | Comments(0)

スリッパ王


 会社で履いている室内用スリッパで、家まで帰ってしまいました。帰る前に履き替えるのを忘れるのはしょっちゅうなのですが、大体タイムカードを押したあたりで気づくのに、今日は電車に乗ってしばらくしてから、はっと、足元だけが妙にまったりと家の中にいるみたいなリラックス状態なのに気づき、また電車を降りて引き返すのもあほらしくて、そのまま徒歩20分の道のりを、室内用スリッパで歩いて帰りました。
 私の使っている室内用スリッパはユニクロのもので、低反発でふかふかとても心地よいのですが、外を歩くにはふかふかしすぎていて、何度も転びそうになりました。室内用スリッパでアスファルトの上を歩くのはみすぼらしい気持ちになるのかと思いきや、実はまったく逆で、締め付けのない足元が常にふかふかと軽く柔らかいので、屋外を歩いているという感覚が薄れ、街じゅうが自分の家のなかみたいな錯覚が起って、王様が広い広い庭園を歩いているような、悠々とした気持ちになっていました。スーパーマーケットに入った時も、やぁやっとるかねと庶民の生活を視察している気分で、33円のもやしだけ買って帰りました。
 足元を人に見られたら不思議に思われそうで恥ずかしくて、両足ひどい靴ずれと捻挫をしていて室内用スリッパでなければ歩けないんですよという演技をひそかにしながら歩きました。ナチュラルに演じられていたかな。室内用スリッパでガムやうんちなど踏んだらたぶん眠れないほど落ち込むので、ずっと下ばかりみて歩いていました。いつもよりずっと、スリルのある20分間でした。ドラえもんの道具に、なんでもない退屈な道のりを、ものすごいスリル満点の冒険のように感じさせてくれる道具というのがありましたが、私の室内用スリッパも、まさにそんな感じでした。この調子で、「どこでもドア」になりそうなものも見つけられないかなぁ。はい、グーグルアース。
 こんなうっかりミスをしてしまったのはきっと、もうすぐ今年が終わるからです。もうすぐそこまで来年がきているのだと思うと、どうにもこうにもそわそわして、脳内で勝手にカウントダウンを始めてしまっています。落ち着かないのは私だけではないらしく、社内の雰囲気もどことなくさわさわしているし、取引先に電話をすると電話の向こうもまた、さわさわとしていました。明日が仕事納めの会社も多いようなので、集計やら大掃除やらに追われているのでしょう。私はあと2日、がんばろう。はやく仕事納めして、忘年会でお酒が飲みたいです。別にお酒がなければ生きていけないほどお酒が好きというわけではなく、飲まないなら飲まないで普段は全然平気なのですが、禁酒をはじめたとたんに飲み会が増えてそのたびお酒を我慢していたので、そんなふうに飲めない飲み会なんかに参加しちゃうとやっぱり、飲みたさが一気に跳ね上がってしまいます。今はもう、飲みたくて酔いたくて、仕方ありません。年末年始思う存分にめでたいお酒を飲んで、それからはまた潔く、お酒としばらくお別れしよう。
by papiko-gokko | 2009-12-28 21:46 | Diary | Comments(0)

d0038776_23111956.jpg 先日ニトリで注文した本棚ふたつが届きました。思っていたよりもしっかりとした板でサイズも大きく、夫と必死になって組み立てました。技術家庭科がどの教科よりも苦手だった私は、ネジを締めようとするとことごとく曲がってしまい、最終的にほとんど全部夫にやらせてしまいました。
 組み立て終えてみると、特に大きいほうの本棚は、なんとも立派な佇まい!さすがお値段以上のニトリです。リビングにおいて、我が家の最も偉い本棚として使用することにしました。早速、お気に入りの本やよく使う辞書や雑誌などを並べてみて、その静かで明るい景色を、うっとり眺めています。まだまだ並べられるスぺースがあって、からっぽの段を眺めていると、本を買いたい欲求がむくむくと湧いてきました。
 本棚に本を運んだり並べたりする夫の手つきはいかにも手慣れていて、普段はひょろひょろしているのに、本を持ち運びするときはなんだか妙に頼もしく力持ちに見えて、いつもこんなふうに書店員しているんだなぁと、少しだけ惚れ直しました。しかし、せっかく買った本棚のうち、小さいスライド式本棚のほうを、彼の愛してやまないピンク色のいかがわしい本で埋め尽くされてしまったので、今は幻滅しています。

 本棚組み立てのほかに、今日は大掃除もまたがんばりました。台所と洗面所の水周りを重点的にやって、ぴかぴかです。あとは、お風呂とトイレをやれば、とりあえずは完了です。今年は初めて東京で年越しをするので、鏡餅(プラスチック製で、中に本物の小さなおもちが入っているもの)と、小ぶりのしめ縄も買いました。あと三日仕事にいって忘年会して、大晦日を待つのみ。12月って本当に、慌ただしいなぁ。

 大掃除をしながら、クリスマスプレゼントにもらったスピーカーで、音楽を聴いていました。youtubeで手当たり次第、いつも聴かないような音楽もいろいろと聴いてみました。暗い歌もあれば明るい歌もあり、私は世の中の闇をえぐるような暗い歌より、日々のささやかな幸せを抱きしめるような歌のほうが、聴きたいし覚えて歌いたいと思いました。
 それからひさしぶりに、大黒摩季も聴きました。担当の営業さんが大黒摩季を好きだと話していたからです。担当の営業さんはB’zも好きだし、音楽の趣味が似ているみたいです。『ら・ら・ら』を聴いたら、中学時代にベッドで寝ころんで聴いていた時の甘酸っぱさが、部屋の空気ごと舞い戻ってきて、その一方で担当営業さんのことも浮かんで、時間軸が揺れました。「人の心裏の裏はただの表だったりして」という歌詞は、聴くたびはっとさせられて好きです。仕事納めの日に忘年会があり、二次会は全員強制参加でカラオケなので、一次会でほどよく酔っぱらっておいて、B’zの曲と『ら・ら・ら』を歌いたいです。年末年始は、禁酒を一時休止です。なんかもう、ものすごく、飲みたいんだもの。
by papiko-gokko | 2009-12-27 23:42 | Diary | Comments(0)

 朝っぱらから、玄関のカギを重たく感じるほどに落ち込んで、私に一番よく効く気つけ薬「ultra soul」を頭の中に繰り返し流し込みながらがんばって出勤したら、優しい人に優しく接され、とにかく自分も、まわりに対して、優しくあろうと、思いました。ありがとう、優しい人。事情を何も話さなくても、適量の優しさをくれる人。

 立ち直り方のわからないことは、これまでいくらでもあって、そのたび私はちゃんと立ち直ったのではなく、ただ止まらない時間の流れに居場所を圧されて座っていられる椅子がどんどん流されて、生き抜くためにはそこから立ち退くしかなくなって、よろめきながら立ち退いて、おずおずと歩き出して、また何かの拍子に落ち込んでしゃがんで、時間が流れて立ち退いて、またよろよろ歩いて、そんなふうにしてなんとかやってきたような気がします。ちゃんと元通りに立ち直ってまっすぐ歩き出したことなんて、案外、少ないのかもしれません。

 わかりやすい成果がなければどうしても、ふと気を抜いたとたん、馬鹿馬鹿しさや虚しさが意識の底を吹き抜けるから、淡々と続けること、繰り返すことは、たまにものすごく、しんどいです。誰かのためにしているわけじゃない、けれども、じゃあ自分のためになっているのかというと、それもあまり実感できない、そんな日常的行為のひとつひとつ。わたしは特別な力を持っているわけじゃないから、どうしようもなく非力だから、だからせめて、続けて繰り返して積み重ねていくしかないのだと、自分に言い聞かせながら、人生のなかでいくつかのことを、やめずにいます。この日記もそのひとつ。ただ楽しいだけじゃ、それはそれで続かないと思うから、ちょっとしんどいぐらいが、いいのかな。そういうことにしておこう。しんどくてもやめられないことが、本当にやりたいこと。

 言葉にしないほうがいいのかもしれないようなことは、言葉にしなければいいのでしょう。だけど、言葉にせずにはいられないことが、言葉にしないほうがいいかもしれないようなことだった場合は、どうすれば。私が絵描きだったなら、キャンバスいっぱいに心模様をひろげることができたのに。私が作曲家だったなら、旋律のなかに心の動きを流し込めたのに。だけどぼくにはピアノがない、絵の具箱も実家の暗い屋根裏部屋で眠り続けて、あるのは時間と言葉だけ。そんな私が、心を言葉で救ってやるには、どうすれば。
 そうだ、言葉と時間をもてあますなら、それを詩歌に注ごう。言葉にしないほうがいいかもしれなくて言葉にせずにはいられないことのために、詩歌があるのだったと、今、思い出しました。世界に詩歌があってよかったなぁと思いながら、昭和期の詩人の作品をぎゅっと詰め込んである本をとりだし、ぱらぱらとめくったら、あっというまに欲しかった表現の感じをいくつも発見して引きこまれ、目が覚めました。私ももっと、もっと切実に、きれいに、魅力的に、的確に、表現したいです。寝るまで今日はこの本を読みます。あぁ、だけど、年賀状もやらなくちゃ。現実め。

 とにかく、そんなこんなで、悲しい気持ちの一日だったから、ジャムパンを買ってかえって、かぶりついたら、どんより深刻ぶっていた悲しみが、チープで可愛いものになりました。悲しいことのあった日は、安いジャムパンのチャチな甘みと酸味が好きです。ジャムおじさんは、悲しい心でいる人に、優しいおじさんなのだろうな。ちなみにジャムおじさんの作ったパンのなかでは、カレーパンマンが好きです。意外と一番、言うことを聞いてくれそうだから。
by papiko-gokko | 2009-12-25 22:52 | Diary | Comments(0)

メリイクリスマス


クリスマスイブの帰り道、おなじみのスーパーへいくと、七月に笹の葉の飾ってあった場所に大きなツリーが飾られ、アップテンポのクリスマスソングが流れる店内は赤と緑のリボンで鮮やかに彩られて、ひときわ目立つテーブルに山積みで置かれていたチキンのパックを、前を歩く人たちが次々とカゴに入れていきました。我が家は夫がチキンとケーキを買って帰ることになっていたから、私はその他の食材だけ買って、サンタの帽子をかぶった店員さんにお金を払い、すっかり仕事モードから解放された、ふわふわの気持ちでお店を出ました。駅のホームではケンタッキーの大きな筒を持った子連れの女性とすれ違い、改札を出てすぐのところでは、高そうなシャンパンの長細い紙袋を片手にさげた背の高い男の人が街人を探しきょろきょろしていました。駅前のコンビニでは、若々しいサンタさんが、寒空の下、声を張り上げてチキンとケーキを売っていました。
 クリスマスの街は、明るくて楽しくて、なんだか、泣きたくなります。道行く人たちの幸せのかたちって、普段はほとんど目に見えないものだから、クリスマスイブの日、こうしてそれが目に見えると、ひとりひとりの大事に抱える幸せの尊さに、泣きたくなります。いつもとどこか空気の違う気のする帰り道を歩きながら、あぁ人の幸せは涙ぐましいのだ・・・と、また、去年のクリスマスと同じことを想い、去年と同じように、胸がいっぱいになりました。そして、太宰治の『メリイクリスマス』を思い出しました。 「東京は相変らず。以前と少しも変らない。」
 家に帰ると、夫が一足はやく帰っていて、お鍋をかきまわしていました。お鍋のなかに私の買ってきたマッシュルームを加えて、チーズを散らして、オーブンに入れて、グラタンの完成。我が家の今年のクリスマスは、グラタンとチキンでお祝いしました。近くの美味しいケーキ屋さんで予約したケーキも食べました。少し照れくさくて、しみじみ嬉しいイブでした。
 今はケーキを食べ終えて、年賀状を必死で書いているところです。明日までに出さなければならないのに、まだ半分も仕上がっていない!私は今まで一体、何をしていたのだろう。早くしなければともやもや悩むということを、コタツにもぐりこんでしていたのだな。がんばろう。
by papiko-gokko | 2009-12-24 23:50 | Diary | Comments(0)

 今朝も寒くて、完全コタツ人間化しそうだったけれど、その欲望になんとか打ち勝って、今日は大掃除をがんばりました。今日やったのは、リビングのワックスがけと、キッチンのガス周り磨きです。窓をあけてやらなくちゃならないので、フリースを着てお腹にカイロをはって、家の中なのにマフラーを巻いてニット帽をかぶって、冬眠準備の昆虫みたいにせわしなく動き回りました。とりあえず一番気になっていたことはこれでなんとか片づいたから、明日は穏やかな気持ちでクリスマスケーキを食べられそうです。
 母が季節の行事を好きな人で、子供のころから行事のひとつひとつにはしゃいで育ったから、親元を離れた今でもやっぱり、行事の日にはそれなりのことをちゃんとやらないと、季節のなかに重大な忘れ物をしたまま通り過ぎてしまったような心もとない気持ちになって、次へ進もうとする足が絡まります。「クリスチャンじゃないのに」とか「商業主義に踊らされて」という言葉に出会うと、そのたび頭の軽さを冷笑されているみたいで一瞬悲しくなるけれど、行事を楽しむことは、決して頭の軽いことじゃない、とても人間らしい、優しくて力強い行為だと私は思うから、クリスマスのお祝いとか、年末の大掃除とか、お正月の初詣とか、そういう一年の行事に対しては、いつまでも素直でいたいです。普段は悪い情報に踊らされないよう一生懸命に気をつけて生きているのだから、行事のときぐらい、楽しく踊らされようじゃないか。
 そんなわけで、この日記を書き終えたら、年賀状づくりをがんばります。夫に虎の消しゴムハンコを彫ってもらったので、今年はハンコの年賀状です。

 大掃除を一通り終えたところにアマゾンで頼んでいた中古のCDが届き、すぐパソコンに取り入れて聴いていたら、「これで聴いたら」と、夫がおもむろに大きな袋を差し出してきました。そこから出てきたのはなんと、パソコンに接続できるスピーカー! 夫からの、一日早いクリスマスプレゼントなのでした。いつもパソコンで音楽を聴いているのだけれど、パソコンのスピーカーではどうしても音がイマイチで、パソコンに接続できるスピーカーが欲しいなぁと、電気屋さんへ行くたびぼやいていたので、最高に嬉しいです。早速接続して聴いたみると、瑞々しい音がぶわぁっと飛び出してきて、スピーカーから風がまきおこったような錯覚を起こし、思わず顔を蓋いました。低音を調整するキーもあり、今は低音を利かせながら、iTunesに入れてある大好きな歌をかたっぱしから聴いているところです。あふれだす音は今までと比べ物にならないぐらい広くて深くて、全身に響き渡って、大好きな歌のお風呂につかっているみたいな、満ち足りた気分です。ベリーナイスハッピーセレクション。
by papiko-gokko | 2009-12-23 21:57 | Diary | Comments(0)

 本棚は28日に届くようです。それまでに本以外の大掃除を終わらせておきたいなぁ・・・と思いつつ、うっかりコタツで一時間寝てしまい、その後もだるさが抜けなくて、今日は何もできませんでした。帰り道が寒くて寒くて、帰ってすぐコタツにもぐって一生懸命に温めているうちに心地よくなってきて、そのまま夢の世界にいってしまいます。温まりながら、よし数分コタツにもぐってしっかり温まったら年賀状の住所かくんだぞ!と、決意表明としてペン立てから油性ペンを抜き取り、そのままそれを握り締めて寝ていました。あぁ、もうすぐ今年が終わるというのに、寒くて眠くて、何もできません。

 今住んでいるマンションにちょうど同じタイミングで入居したご近所さんのご夫婦が、ふいに遠くへ引っ越してゆきました。数日前、私のいないときに挨拶に来られたようで、「騒がしくするかもしれませんが」とお菓子をくださって、だけど少しも騒がしくないまま、私が会社へいっているうちにすべてが終わって、駐車場からいつもの車がなくなっていました。あぁ引っ越したのかとベランダのほうを見上げると、いつも見えていた鉢植えの影も見当たらず、当たり前のことながら、どの部屋にも明かりは灯っていませんでした。
 いつも、家のなかでつい大きい声をだしてしまうたび、わぁ今の聞こえたかも・・・とひそかに恥ずかしくなったりして、今日も何時もの調子で、少し大きな声で夫の名前を呼んだ後、声大きすぎたかも!と一瞬恥ずかしくなった後、そうかもういないんだった・・・と思い出し、誰もいない木枯らしの並木にひとり立っているような、圧倒的な淋しさに襲われました。そのご夫婦とふれあったのは、引っ越して来た日にお互い挨拶をしたのと、一度だけ洗濯物がうちのベランダへ飛んできていて玄関先で渡したのだけで、それ以降は特に関わり合うこともなかったのに、不思議です。自分が思っている以上に、存在を意識しながら過ごしていたんだなぁ。
 そうじゃなくても閉鎖的だった私と夫の生活が、一番身近で唯一名前を知り合っていたご近所さんに去られ、ますます外の世界から遮断され隔離されたようになって、宙を漂っている気分です。人がひとつの場所から去るってこういうことなんだ。しばらくは、あぁもういないんだっけという実感を、繰り返しては淋しくなりそうです。頂いたお菓子、美味しくてあっという間に食べてしまいました。名前以外、何も知らないままだったけど、お元気で。
by papiko-gokko | 2009-12-22 01:10 | Diary | Comments(0)

 ニトリで本棚をふたつ注文しました。ひとつは文庫を200冊収納できる背の低いスライド式本棚、もうひとつは400冊収納できる、背の高い本格的な本棚です。我が家には今本棚が大小合わせて4か所あるのですが、夫が次から次へと買ってくるのでもうとっくの昔にすっかりぎゅうぎゅうで取り出せないほどの状態になってしまいました。それでも容赦なく増え続ける本たちは、部屋中のなるべく目につきにくいあちこちの場所で不安定に積み重なって日々少しずつ成長を続けており、掃除のたびに倒してはイライラ再び積み上げて、もういよいよ困って来たので、私と夫のささやかなボーナスを出し合って、一気にふたつ買うことに決めたのでした。本棚ばかりがやたら多い家になってしまうけれど、積み重なった本タワーが部屋のあちこちにサボテンみたく生えている家よりは、素敵なはずです。本棚がきて本を収納できないことには、大掃除をやる気も起こらない!大掃除をしないと、爽やかな気持で年が越せない!一刻もはやく届きますように。

 今日は昨日の疲れが出て頭がくらくらしていたので、部屋の掃除以外なにもせずに過ごしました。夜は夫と、M-1グランプリをわくわく見ました。年末のお祭り気分を楽しめる、貴重な番組のひとつです。優勝はできなかったけれど、今年も笑い飯は素敵でした。鳥人に会いたいです。

 ひねくれものは好きだけど、平気でしらけたことを言う人はきらいです。ある時電車の中で、自分が少し楽しみにしていた番組について、あんなのなにが楽しいんだろうというような内容のことをものすごくしらけた感じで話している人がいて、こっちまで急にしらけてしまい、悲しくなりました。好き嫌いや興味関心の違いがあるのは当然のことだけれど、誰かにとっての楽しいことや大事なことを、ところ構わず大した考えもなしに「なにがいいわけ」と、しらけ切った目をしていともたやすく言い放ってしまえるのは、それはひねくれているというよりも、ただ想像力と思いやりが欠けているだけじゃないかと思います。しらけた目は、攻撃的な目よりもむしろ、人の気持ちを踏みにじり辱め追い詰めたりするのだと、知ってしらけているのかな。
 気に食わないなら気に食わないで、しっかり眉間にしわを寄せて心の底から否定的意見を述べたらいいし、ただよくわからないだけなら、ちょっと努力してわかろうとするか、わかりたくないというなら、わざわざしらけていることを主張しなくとも、勝手に無関心でいればいいと思います。と、こうして書いていることを、しらけた目で読んでいる人もいるのだろうと、いつも想像しながら、私は日記を書いています。
by papiko-gokko | 2009-12-20 23:21 | Diary | Comments(0)