日記と短歌
by papiko
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水溜まりゆらりと避けて月曜の朝は昨日の夢が友達
 月曜日からいきなり月末集計で、頭がついていきませんでした。昨日友達の子供ちゃんと思い切り遊んだひと時があまりにも楽しすぎて、売上だとか粗利だとかの言葉を遠い世界の呪文のように感じてしまい、いやいや違うぞ今の私の現実はこっちだ!と、自分に言い聞かせながら、エクセル画面を睨みつけました。間違いをしていませんように。私がぽわぽわ昨日をひきずっている向かいの席では、担当営業さんが今月の売上を考えながらうぐうぐ唸っていて、その唸り声が野性的でかっこよかったので、今週もがんばろうと思いました。

 あの人は強いとか、弱いとか、簡単に分けられることではないなぁと、自分の弱い瞬間や強い部分に気づくたび、思います。私の中には、強い部分もあれば弱い部分もあって、時期によっても状況によってもその部分は空模様のように変化していくし、一緒にいる人によっても、がらりと変わります。たとえば妹といるときならば強くいられる出来事でも、それが夫といるときだったら簡単に弱音を吐いてしまったり、夫といるときには平気でいられることも、知らない人のなかでは泣きだしそうに心細かったり、決して一定ではないのです。私は、強くいられた時には褒めてほしいし、弱くなってしまったときには叱ったり許したりしてほしいから、あの人は強いから大丈夫とか、弱いから守らなくちゃとか、すっかり決めつけられてしまったら、呼び鈴を鳴らすことの許されないドアがひとつ増えたみたいな寂しさを感じます。強い弱いに限らず、善い悪い、気が合う合わない、好き嫌いなど、二択に逃げずに人と向き合う気力を、なるべくいつでも持っていたいです。
by papiko-gokko | 2009-11-30 22:19 | Diary
きみが手にとって遊べばガラクタも未知の世界を立ち上げる鍵
 大学時代の友達夫婦と子供ちゃんがきて、賑やかな一日でした。二歳になった子供ちゃん、すごい速さで部屋中を走る、走る! 次から次へと不思議な響きの日本語を、しゃべる、しゃべる! とにかく元気のかたまりでした。
 今回の訪問のメインイベントは、夫のつくった消しゴムハンコで子供ちゃんのオリジナルシャツつくったり、夫が以前から依頼されていた友達の家のゴミ箱用ラベルを作ったりすることだったので、夫と友達夫婦がそれに専念している間ずっと、私はうさぎのパペットで右手にかぶせ、うさちゃん役で子供ちゃんと部屋を走り回っていました。「うさぎぃ!いこぉ!」と、子供ちゃんに手をひかれ、台所の冷蔵庫にひっついていたマグネットを採取したり、お風呂場の脱衣場でピクニックしたり、リビングの隣りの暗い部屋にはカエルのおじさん(『ふたりはともだち』のカエルくん人形)が住んでいて意地悪な口を利くので退治に行ったり、加湿器の中にはぶくぶく磁石の魚が泳いでいたり、台所の戸棚には食いしん坊のおばけが住んでいたり、めくるめく大冒険でした。
 そんなふうに夢中で遊んでいると、童心に帰れそうになる瞬間が何度も訪れました。たとえば暗い部屋の扉をそうっとあけて、「あれ、ここはまっくらな町だぞ・・・」「こわーい・・・」と言い合うときなんか、見慣れたその部屋が、急に知らない町に見えて、本気でゾクリとしたりするのです。その懐かしい胸の高まりに、時間を忘れて浸りました。子供のころは部屋中を、どんな世界にも変えることができたなぁ。押し入れは宇宙船に、二段ベッドは船に、階段は電車の座席に、カーペットは海に、コタツは小島になって、その気になればいくらでも大冒険ができたものでした。子供ちゃんがうさちゃんを従えたように、私も妹たちを従えて、何かになりきり、走り回っていました。子供ちゃんがもう少し大きくなったら、もっと本格的なごっこ遊びができて、楽しいだろうなぁ。そのころにも、一緒に遊びたいです。思い切り遊びまくって今はぐったり、心地よい眠気のなかにいます。最高に可愛くて、面白い時間でした。
by papiko-gokko | 2009-11-29 22:07 | Diary
悲しみの根っこも笑えるきっかけも掴みきれずにレモンをしぼる
d0038776_21253668.jpg リンゴケーキを焼きました。パウンドケーキより難しかったけれど、義母からもらったレシピと魔法の粉のおかげで、なんとか成功です。包丁を使うのが苦手な私はリンゴを薄く切れなくて、そこだけ器用な夫にやってもらいましたが、あとは自力でがんばりました。もらった魔法の粉の正体は、シナモンとアーモンドプードルです。シナモンは、薄く切ったリンゴを煮るとき砂糖とレモン汁と一緒に入れ、アーモンドプードルのほうは生地のほうに、卵とバターと小麦粉と共に混ぜ合わせるのです。どちらの粉も、お菓子作りに初めて使いました。味も香りも、一気に本格的になった気がします。楽しかった!
by papiko-gokko | 2009-11-28 22:15 | Diary
カバン
 私は人を、顔よりカバンで覚えます。今朝、電車でふと向かいの席の人のカバンに目が留まり、あぁこの人とは割りとよく同じ電車の同じ車輌に乗るなぁ・・・とぼんやり思い、自分が人をカバンで認識していることに気付きました。今朝の人以外でも、朝出会う人のカバンを今ぱっと、五種類ぐらいは思い出せます。顔をじろじろ見るわけにはいかないし、洋服は毎日同じじゃないけれど、カバンは毎日ころころ変える人は少ないので、自然と目がいき覚えるのです。
 中学のころは学校指定のカバンがあって誰もが同じだったけれど、それでも私はカバンでその人の特徴を捉えていました。仲のよかった友達が当時使っていたペンケースやノートの柄なんかはすっかり忘れてしまったのに、指定カバンにつけていたキーホルダーや、カバンのかすれ具合などは、ひとりひとり今でも不思議なほど鮮明に思い出せます。好きだった男の子のカバンのへちゃげ具合も砂埃のつき方も、毎日毎日、目に焼き付けていました。
 高校の頃はみんな自由なカバンできていて、クラスメイトの顔をざっと思い浮かべても名前はもうほとんど思い出せないのに、その人が持っていたカバンの雰囲気は、大体思い出せてしまいます。そしてやはり、高校時代も好きだった人のカバンのことは、特にしっかり覚えています。最初は紺色のリュックで、放課後部室へ入って部屋の片隅にそのリュックが置いてあるのを見つけただけで、『あ!今日は部活来てる!』と、心が跳ねたものでした。ある日突然その人のリュックが紺色からオレンジに変わったときは、信号機の色の定義が変わったようなショックを受け、しばらく混乱していました。オレンジに慣れてオレンジにときめくようになるまで、三ヶ月ぐらいはかかった気がします。
 私にとってカバンは、その人をあらわす記号のようなものなのだと思います。カバンの種類によってその人が何を重視しているのか(ブランドだったり、機能性だったり)分かるし、それに、カバンの中身にはその人の秘密が詰まっている感じがします。だから、たとえ家族のカバンでも、「そこのカバンに入ってる○○取って」と言われてカバンに手を入れるときは、見てはいけないものをのぞき見ているようなドギマギした気分になります。以前担当営業さんから、外回りに持って行き忘れたビジネスバッグのなかから資料を探してほしいと電話で頼まれてそのカバンを開けたときなんか、シャツのボタンに手をかけているような緊張感と罪悪感でくらくらして、思わずその日の日記に書いたほどでした。
 そういえば夫に関しても、カバンに関する衝撃的な事件がありました。付き合い始めて間もない頃、当時彼のもっていたショルダーバックの紐が、エスカレーターに載っている最中いきなりびりっとやぶれたのです。カバンの中に本を常時十冊ぐらい入れていたのが原因でした。いつも微妙に体を傾けて歩く人だなぁと、付き合う前から思っていましたが、それがそんなやぶれるほど重たいカバンを提げていたせいだったとは。その後、彼のカバンは一定せず、自分で買ったものよりも、私の買ったカバンを使うことが多いです。あのころほどではなくなったものの、やはり石のように重たい中身です。持っているカバンはどれも思い入れがあって好きだから、やぶれたら困るなぁ。
 
by papiko-gokko | 2009-11-28 00:44 | Diary
木曜日です
 昨日の朝方、下の妹が高い塔から足をすべらせて落下する夢をみて、彼女の名前を声の限りに叫んでいるところで目を覚まし、なんとなく心配な気持ちになっていたら、彼女が昨日からA型インフルエンザにかかってしまったとの連絡が、母から入りました。私の夢センサー、時々すごい性能を発揮するなぁ。彼女にとっては人生初のインフルエンザで、一人暮らしをしているし、とても心配です。母も相当心配らしく、妹のところへ行って看病してやるべきかどうか悩んでいましたが、しかし今、母は保育園勤めで二歳児のクラスを見ているので、妹と少しでも接触した場合は、感染していなくても必ず一週間保育園を休まなくてはならないのだそうです。悩ましいなぁ。
 あまり連絡をとってもかえって疲れさせるだろうかと思いつつ、どうしても気になって妹にメールをしてみたら、今はタミフルを飲んで楽になっているらしく、サークルの仲間が看病しにきてくれたりしているようで、それを聞いて少し安心しました。彼女の持つ仲間同士の爽やかで温かい関係には、感心させられっぱなしです。しんどい期間が一日でも短くて済みますように。タミフルが短期戦で勝利してくれますように。

 夜ごはんを食べたあと、少し久しぶりに、パウンドケーキを焼きました。焼き上がったばかりの熱いケーキを、はふはふ言いながら食べる瞬間ももちろん幸せですが、オーブンレンジで焼き始めて十五分ぐらいから部屋中に漂ってくる香ばしくて甘ったるい香りのなかで別の焼き上がりを待つ時間が、パウンドケーキ作りのなかで一番幸せなひとときです。私は気を抜くとすぐに人生が不安になって焦りたくなってしまうから、意識してこういうひとときを、たくさん日々に含ませよう。
 週末には、初めて林檎ケーキに挑戦してみる予定です。先々週夫の実家へいったとき、義母に作り方を教わって、レシピもコピーしてもらい、「これを入れたら絶対おいしくなる」という、魔法の粉も二種類もらいました。義母はすぐできると言っていましたが、なにしろ義母はおはぎを小豆からつくるほどの本格派お菓子作りをする人だから、私にとっては難しいかもしれません。林檎を砂糖で煮るところからスタートというところからして、難易度が高そうです。せっかく頂いた魔法の粉を無駄にしないよう、がんばろう。
by papiko-gokko | 2009-11-27 00:01 | Diary
君を待つ気配がすでに懐かしい車じゃなくて自転車できて
 気付けば十一月も終わりに近づき、ポストに喪中はがきが届いて、大学時代にお世話になったアルバイト先のご主人が、今年亡くなられていたことを知りました。自分宛てに喪中ハガキが届いたのは初めてで、あぁこれは人生初の喪中はがきだなぁ・・・と、それだけをぼんやり思いながら、玄関にカギを差し、だけどスムーズに開けられなくて、自分の動揺に気付きました。がちゃがちゃ手間取っているうちに、先に帰っていた夫が気付いて、中からあけてくれたので、家に入って手洗いうがいをして、そのはがきと一緒に届いていた別のチラシやら領収書やらを先に見て、最後にもう一度その喪中はがきを何度か読み返して、その色合いと文面を目に焼き付けて、もうどこへいっても会えないようになったのだ、ということを理解し、夫にもはがきのことを伝えると、「なんだか、えらく淡々と告げるね」と言われました。自分でも、どうしてこんなに淡々としているのだろうかと、不思議に思いました。たぶん、喪失に感情を交えるのが恐くて、意識的に、淡々としてしまうのだと思います。そういえば私は祖母が倒れた時も、私の体は震えていたのに、思考のほうは不思議なぐらいに、淡々としていました。
 私がアルバイトしていたころ、ご主人は厨房の奥で、天ぷらをあげていました。おそばをゆでるのが息子さん、丼物とおそばの具をつくるのが奥さん、天ぷらをあげるのがご主人と、持ち場が決まっているのでした。私はそのころ今以上に人見知りが激しくて、息子さんと奥さんとはそれでも時間をかけてだんだん話せるようになったけれど、天ぷらを揚げる場所へは勤務中近づくこともなかったので、ご主人とはほとんど会話を交わしたことがありませんでした。いつだか、出雲そばと東京のそばの違いを話してくださったことが、数少ない会話のなかで、一番印象に残っています。大らかな雰囲気の人で、レジの前に立っていると、たまに厨房からご主人の、がっははと、笑っている声が聞こえてきたりしました。喪中はがきを読んでまず私が思い出したのは、てんぷらをあげる背中と、がっははと笑ったときの声でした。
 今、当時を思い出しながら、とても残念な気持ちになっています。悲しい、という言葉をつかっていいほどには、ご主人との直接的な係わり合いが、あまりにも少なかったからです。もっと距離を縮めることはできたはずなのに、それをしなかった自分が、残念でなりません。この残念な想いを、私はこれからの人生で、何度もいろんな人に対して、繰り返すのでしょうか。好意と親しみを抱いていながらも、ドラマの登場人物を見るような眼で人を眺めて、距離を縮めようとしないまま、踏み込めないまま、離れてしまった人たちが、すでに私には、たくさんいるような気がします。もう距離を縮めることができなくなってはじめて、こうして残念な気持を味わうなんて、なんて、もったいないのだろう。
 はがきには奥さんの文字で、「おそば食べにきてください」と書かれていて、その優しい心遣いに、胸がつぶれそうでした。最後のアルバイト日、最後のお給料袋に「セーターでも買ってください」と手紙を添えていつもより多いお金を入れてくださったときと、変わらない文字でした。お蕎麦屋さんから今住んでいる場所はそれほど離れているわけではなく、行こうと思えばいくらでも行ける距離で、実際、たびたび、あぁまた行きたいなぁ食べたいなぁ・・・とは思っていたのに、得意の人見知りと出不精で、実行に移さないまま、こんなはがきを受け取ってしまったことが残念でなりません。自分に腹が立ちます。ふらっと立ち寄れば、あのころとなんら変わらない様子のお蕎麦屋さんが、いつまでもいつまでも、あるような気がしていました。今でも、そんな気がしています。教室も、部室も、バイト先も、今いる会社も、一つ残らず変わっていくことに、どんな関係にも時間に限りがあるのだということに、私は何度気づかされても、また忘れて、いつまでも同じなのだという錯覚に、とらわれたまま、年を重ねていくつもりなのかな。

 この日記を書いている途中で、高校時代の友達から、メールが届きました。友達の勤め先に高校時代の国語の先生がきたそうで、「ぱぴこちゃんの話で盛り上がったよ」と、教えてくれたのでした。その先生は、おかっぱ頭に大きなピアスをして、文学少女がそのまま年をとった感じの、不思議なオーラを発している、とても小柄な先生でした。大学受験のころ、私が受けると決めた文芸学科は二次試験が作文だった為、三年生の時その先生に、特別に作文の指導をして頂いて、とてもお世話になりました。無事に受かった時は、一番最初にお礼を言いに行ったのを覚えています。
 元気にしておられるのならばよかった・・・会いたいな・・・、なんて、友達からメールがくるまで、ほとんど忘れていたのに、今、あのころのことを、急に懐かしく思い出しています。友達がその先生に、「ぱぴこちゃんは結婚して東京の人になったんです」と言ったら、「あの子は東京へ出たらもう帰ってこないだろうと思ってました」と言っていたのだそうです。どうしてそう思ったのだろう。あのころはまだ、東京の人と結婚するだなんて、考えてもいなかったのに。
 会いたいなぁと思いながら、自分から会いに行こうとはしない、私はたぶん、薄情です。薄情だから、「懐かしい」なんて言葉を、簡単に口にできるのです。懐かしむことで、会った気持ちになってしまう、本当にはもう、懐かしいその人は、同じ場所にはいないのに、いまでもあの先生が、同じ職員室の同じ位置の机に、座っているような気がして、そう思っていたくて、今現在どの学校でどうしているのかを知りたいとは思わない、こんな私は、人と向き合うこと対して不真面目で、薄情なのだと思います。たぶん、いつまでもこのままでいたら、何度も取り返しのつかない後悔をしてしまう。今みたいに、後悔してしまう。
by papiko-gokko | 2009-11-26 00:05 | Diary
足首を撫でるさざ波なまぬるく水平線に溶けだす螺旋
 紅葉と大仏を見に、夫と鎌倉へ行きました。人生初の鎌倉です。出かける前、昨日から微妙に喉の乾燥を訴えている夫に玄関で無理矢理マスクをつけさせたら、とんでもなく怪しげな人になって、我が夫ながらぎょっとしました。彼は目力が強いので、鼻と口を覆うと、ギロォッと目の存在感が非常に際立って、目があったとたん魂を吸われて石にされそうな眼差しになるのです。結局彼はあれこれ屁理屈をこねて駅へつくまえにマスクをはずしてしまいました。喉の乾燥は心配だったけれど、内心ほっとしました。
 住んでいる町から鎌倉までは、電車を乗り継ぎ約一時間半。乗りなれた電車をつかって東京駅まででてくると、一気に旅行気分になってきました。新幹線の表示を見ると、ここからならいつでもどこへでもいけるんだ!と、自由への憧れがはしゃぎだし、同時に、ここからならいつでも実家へ帰れてしまうんだよなぁ・・・という、後ずさりの心も、ゆらりと火の玉みたいに通りすぎていきます。
 東京駅から横須賀線に乗って、五十分ほどで鎌倉駅に到着。今日は行楽日和で、車内もホームも混み合っていました。ホームに下りてすぐ、こんもり低い山がみえ、遠くへきたぞ!という感じがして、嬉しくなりました。島根とよく似た景色があるだけで、よその土地にも親しみがわきます。ホームから見えたなだらかな山は、なんだか座り慣れた座布団のようで、よそのうちで自分のうちにあるのと同じ座布団を差し出されたような安心感に包まれました。山のある風景は私にとって、いつ覚えたのか分からないぐらい小さなころに何度も聴いた子守唄にも似ています。一番奥が落ち着くのです。
 鎌倉駅の改札をでてすぐのところに、「鶴岡八幡宮」と書かれた赤い鳥居があり、その先には小町通りという商店街が続いていて、まず私たちは鶴岡八幡宮へ向かってその通りを歩きだしました。小町通りには、和菓子屋さんやら民芸品やさんやら、観光地っぽいお店が並んでおり、同じような観光地である出雲大社の周辺とどこか似ていたけれど、出雲大社近くに並ぶお店のぽてっとした素朴さ静けさに比べると、どの店構えも凝っていて華やかで、やはりここも関東なんだなぁ・・・と思いました。
d0038776_20324238.jpg 夫は事前に下調べをしていたお店で、食べたいといっていたみたらしだんごを買っていました。私はなんとなく入ってみた石のお店で、勾玉のペンダントを買いました。勾玉は出雲地方の名産でもありますが、こういうものって観光にいったときじゃないとなかなか買えないものだから、あえて鎌倉で買ってみました。いくつか種類のあるなかで、私が選んだのは、ブルーゴールドストーンという、星空を閉じ込めたみたいな石です。「未来を明るくしてくれる石」と書いてあったので選びました。ネットで調べてみると、「自己表現の石、感性を磨く石」ともあって、ますます気に入りました。飛行石っぽくて素敵です。子供のころから現在に至るまで、この手のお店に入ると必ず、飛行石っぽいペンダントに惹かれてしまいます。
 小町通りを抜けると間もなく鶴岡八幡宮に到着しました。朱色をした美しいお宮でした。お互いの写真をもじもじとり合いながら中へ進み、長い階段を上り、お賽銭を投げお参りをして、それからおみくじを引きました。私は吉、夫は小吉で、どちらも「がんばればいいことあるから真っ当に生きなさい」というような内容の結果でした。産児という項目だけ私も夫も同じで「名付けに注意」とありました。どう注意すればいいのだろう。おみくじにはそれぞれ和歌が添えられていて、私の和歌は『春風の吹くとはなしに梅の花咲けるあしたは著るくぞありける』というものでした。
 本当はここで紅葉を楽しもうと思っていたのですが、残念ながら鎌倉のイチョウはまだ黄緑色で、他の木々もそれほど紅葉しておらず、しかしその代わりに、七五三の着物や袴を着た小さな子供たちがたくさんいて、彼らの可愛らしさを存分に楽しみました。着物の女の子より、袴の男の子の人数のほうが多かったのは、やはり武士の神様だからでしょうか。私たちのころ袴を着る男の子は珍しかった気がするけれど、最近の男の子たちは、みんな袴を着るのだなぁ。袴姿でてこてこ走る五歳の男の子があんなにたまらん可愛らしさだったとは。男の子ができたら絶対うちも袴を着せようと、お宮をでながら固く誓いあいました。
 八幡宮を出た後は再び小町通りを通って鎌倉駅まで戻り、江ノ電に乗って、大仏のある長谷駅まで行きました。駅をでると、徒歩三分で由比ガ浜へも行けるという表示があり、じゃあ行ってみよう!と、大仏のまえに由比ガ浜へ行きました。
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  晴れ渡った秋の由比ガ浜は、陽射しをシャラシャラ反射させて透明に輝き、サーファーの影が海鳥のように点々と浮かんでいました。太平洋を見たのは、一体いつぶりだろうなぁ。ブーツで砂浜を歩いたのは初めてで、なんだか雪道をサンダルで歩いているような、チグハグな気分でした。海原の上空では、魚を狙っているのかトンビが何羽も周回しながら甲高く鳴いていました。せっかくだからと波打ち際まで近付いて海水に少し触り、それからなんのへんてつもない貝殻をひろい、「その貝、スーパーで売ってるよ」と夫に言われながらも、とりあえずカバンに入れて持ち帰りました。彼にはロマンが足りないのです。貝殻を拾ってこそのシーサイドメモリーなのです。
 それからここで一枚だけ、人に頼んでツーショット写真を撮ってもらいました。私も夫も恐ろしく人見知りで自意識過剰気味なため、鶴岡八幡宮ではどうしても人に頼む勇気がでず、お互いを撮り合った写真しか撮れなかったのですが、由比ガ浜が夫に力を与えたのか、優しげな女性に「撮っていただけますか」とお願いすることができました。一枚だけでもツーショットを撮れて、満足です。
 海は故郷にもあるけれど、山と違い、海には親しみを感じたことがありません。地元の海に対しても、親しみという感情は湧かないのです。海は、それが日本海であっても太平洋であっても、親しみよりももっと遠くて暗いところで、DNAがほどかれて、まるはだかの命を晒して立っているような、清々しくて寂しくて少し恐ろしい感覚になります。山は魂の寄り添う場所、海は魂のほどかれる場所、というイメージを、今日新しい山と海に出会って、ぼんやり抱きました。
 由比ガ浜に満足したあとは、いよいよ高徳院の鎌倉大仏です。
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 入場料を払って入ってすぐのところに、想像よりも十倍ぐらいでっかい大仏が、青空と低い山を背景にどかんと座っていて、「でかい!でっかい!」と思わず写真を何枚も何枚も撮りました。表情は変わらないのに、やたらめったら撮ってしまいました。私は奈良の大仏も見たことがないので、こんな大きな大仏を見たのは、生まれて初めてでした。こんな大きな大仏を作ったなんて、昔の人、すごい!ピラミッドをつくった人に負けないぐらいすごいに違いない!観光マップの写真ではぶすっとした顔に見えた大仏でしたが、実際に見上げる大仏は、なんとも穏やかな、安らかな表情をしていて、自然と手を合わせ、目を閉じて拝みたくなるのでした。どんな話も、ゆっくり聴いてくれそうな、どんな嘆きも、受けとめてくれそうな様子でした。大きかったなぁ。
 大仏の前でお賽銭をして手を合わせ、ぐるりとその立派な様子を堪能してから高徳院を後にし、帰路に就く前にちょっと一休みしようと、すぐ近くにあった甘味処に入りました。そこはお客さんが十人も入れば満員の小さなお店で、私と夫の座った一番隅っこの席の窓枠に、「オバマ大統領が幼少時に大仏にいった際立ち寄ったお店です」という色紙が、ものすごく控え目に立てかけてありました。「これ、外にもっと大々的に飾るべきすごいことの気がするね」と話しながら、私はクリームあんみつを、夫はクリームみつまめを頂きました。抹茶もセットでついてきて、なんとも幸せなひとときでした。
 あんみつで一息ついてから、あとは再び鎌倉駅へ戻り、そこから家まで、回転寿司屋さんで持ち帰りのお寿司だけ買って、まっすぐ帰りました。ひさびさにアクティブな休日を過ごして、私も夫もくたくたです。紅葉にはまだちょっと早かったけれど、よく晴れて、気持ちのいい秋の遠足でした。
by papiko-gokko | 2009-11-23 21:55 | Diary
からっぽの卵をじっとあたためてひび割れるのは私の心
 急な寒さに耐えかねて、遠赤外線の電気ストーブを買いました。我が家に備え付けの暖房は、少し古い型らしくちょっとつけただけで電機代が跳ね上がり、そのうえ風力が強すぎて肌がバリバリに乾燥するので、よほどの寒さでない限りは付けないことにしているのです。しかしやはり、コタツだけでは辛くなってきました。去年までは一体どうやって乗り越えていたのだろう。
 電気屋さんではガスファンヒーターも勧められて少し迷いましたが、今住んでいるマンションは石油ストーブの使用が禁止されていてガスストーブも使ってもいいのかどうか不安だったし、私も夫も基本的に家では同じ場所にじっと座っていて寝るまでほとんど動かないので、今のところ部屋全体を暖めるようなファンヒーターは必要ないと判断し、結局すぐそばに置いて使う電気ストーブにしました。
 家に帰ってさっそくつけてみると、まもなくじんわり熱を発し始め、ふたりで手をかざして「あったかい!」と連呼していました。冬に感じるあったかさは、そのまま幸福感になって心を満たします。今もすぐそばでぽかぽか、私の背中を温めてくれています。回転式なので、私のいる場所も夫のいる場所も、均等に温まります。買ってよかったなぁ。これで寒さ対策は万全。あとひとつ解決すべき面倒な冬問題は、窓の結露。去年買った結露防止のスプレーを窓に吹きかけて窓全体になじませるという作業を、天気がよくて元気のある日にがんばります。カーテンがカビてしまう前に、やらなくては。冬は静かにいそがしい。

 今朝、NHKで漁業を営む海の男たちのドキュメントをしていて、遅い朝食を食べながら見ていました。漁業の仕事そのものに密着しているものではなく、嵐がきて漁業がお休みの日の男たちに密着しているのが面白く、新鮮でした。嵐の日の漁師たちは、その逞しい手でパチンコを楽しんだり、広い肩を寄せ合い飲み屋で会議を開いたり、銭湯で日に焼けた素肌を癒したり、夜はスナックで厳しい表情を和らげたりして、くつろいでいました。彼らはどこへいってもお店の人から、「いらっしゃい」ではなく「おかえりぃー」と迎えられていて、なんだか、沖へでる仕事の過酷さを感じました。海の男たちにとって、漁業が休みになる嵐の日は、なにより心の安らぐひと時なのだそうです。
 男たちのなかのひとりに、もうすぐ結婚する彼女のいる若者がいて、その若者の彼女は漁業船を見送りにはいかないのだと言い、その理由を尋ねられた彼女の「新幹線や車ならすぐ見えなくなるけれど、海は、ゆっくりゆっくり遠ざかっていく船がずうーっと遠くまで見えてしまうから、それが寂しくて見送れない」という答えが印象的でした。そうか、船は一番、見送るのが辛い乗り物なのかもしれないなぁ。愛する人の乗る船がずぅーっと遠ざかって小さくなって水平線の向こうへ消えていくまで見送るなんて、想像しただけで苦しくなります。漁師の妻は、海にでている夫の帰りを待つことに、慣れていくものなのでしょうか。待つのが苦手な私には、とても耐えられそうにありません。同じ船に乗っている夫を待つ妻同士、絆も深まっていくのだろうなぁ。そんな、私の生きている日常とは、まったく違う日常のなかで、毎日食卓にあがる魚たちは釣られているのだなぁ。漁師さんと漁師さんを帰り待つ妻たちの強さに感謝。

 そういえば、一昨日まで大好きなカレーライスが美味しく食べられなかったのは、やはり体調不良の前触れでした。昨日ずうんと心身ともに落っこちて一日コタツにもぐって暮らし、そのおかげで、今日はほぼ回復しています。あぁ、このままカレーを嫌いになるのかと思うとあまりに悲しくて、二日にわたり日記に書いてしまうほど動揺しましたが、原因がわかって、本当にほっとしました。カレーはその身を呈して、私に体調不良の波が押し寄せていることを知らせてくれていたのか。ありがとう!これからも食べ続けます。
by papiko-gokko | 2009-11-22 16:33 | Diary
足元に濡れた落ち葉が膜を張る誰も知らない明け方の雨
 昨日つくったカレーライスが、やっぱりイマイチ、美味しくないのです。一晩寝かせた今日は、昨日より美味しくなっているはずなのに。順序通りてきぱきカレーライスをつくって、「美味しい!とてつもなく美味しい!」と夢中でたいらげるのは、気分が落ち込んだり落ち着かなかったりするときの私にとって、とても重要な儀式なので、つくったカレーライスを美味しく食べられないだなんて、これはかなりの緊急事態です。美味しいカレーライスの味を思い出そうとすればするほど、カレーを食べたい気持ちが遠のきます。
 夫は「別にいつもと同じ」と普通に食べてくれるので、それがせめてもの救いです。それにしても、5皿分にしておけばよかったなぁ。もっとつくればよかった!と思うことはあっても、もっと少なく作ればよかったと思ったことなんて、これまで一度もありませんでした。このまま、カレーライスを嫌いになってしまったらどうしよう。カレーライスを嫌いになったら、私はおにぎりが一番好きな人になってしまいます。おにぎりにはいつまでも、私の二番目に好きな食べ物でいてほしいです。好きなものを好きじゃなくなるかもしれないのは、その瞬間に気付いてしまうのは、なんだって、どうしようもなく、悲しいなぁ。どうかこれは一時の気の迷いであって、年のせいではありませんように。懲りずに明日も挑戦します。

 好きな食べ物の王様カレーライスには見離されてしまった(私の味覚が見離した?)けれど、好きな音楽の王者B’zは、私を見離さないでいてくれるので、今日も聴きまくっています。いつもB’zの新しいオリジナルアルバムがでてから一カ月は、ひたすらそればかりを聴きまくるのです。新しいオリジナルアルバムを手にすることは、私にとって、部屋のカーテンを変えるのと同じぐらい、がらりと心模様の変わることです。心のカーテンを新しく変えると、見える景色もがらりと変わってきます。いつも素敵なカーテンをありがとう、おかげでいつも世界が新鮮。

 今日は仕事に集中できず、不注意な失敗をいくつかしました。いくつか不注意な失敗をすると、それまで長い間かけてちまちまと積み重ねた信用が、一気にすべて台無しになるような気がします。集中力の限界をあざ笑うジェンガのように、あっというまに崩れます。あぁ、またやりなおし。このやりなおし作業はもう、かれこれ四年間やってきたから、上手です。やりなおすことに費やした時間だったとは、思いたくないけれど。これでは少しは最初より高く、積み重なっていますように。

 
by papiko-gokko | 2009-11-21 00:12 | Diary
みじかい日記
 朝の気温がぐんと下がって、今日からマフラーを巻きました。風が冷たく吐く息は白く、駅まで徒歩20分の道のりが、いつもより長く険しく感じました。だけど、B’zの新しいアルバムを聴きながら歩いているので、少しも辛くはありません。新しいオリジナルアルバムは、日々を楽しくしてくれるなぁ。

 大好きなカレーライスを、自信満々で10皿分もつくったのに、先ほど食べてみたら、なんだかこれまで感じたことのないような、妙な味がしました。これまでカレーライスだけは、失敗したことがなかったのに。ただ、そのあと食べたヨーグルトも、なんだか妙な味に感じたので、私の味覚がちょっとおかしくなっている可能性もあります。カレーライスもヨーグルトも、いつもぱくぱく食べられるはずなのに、今日は必死で食べました。
 今、帰って来た夫に、「へんな味かも」とカレーライスを出したところ、「いつもと同じ普通に美味しい」と、もりもり食べています。私の味覚どうしたのだろう。寒さのせいでしょうか。
 
 『アメトーーク』でアンタッチャブルのふたりが、人見知り克服法を話していて、割と勉強になりました。人見知り、克服したいです。
by papiko-gokko | 2009-11-20 00:11 | Diary


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