日記と短歌
by papiko
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あの人の声が震わす寝不足の頭の奥に降るふくらし粉
 担当営業さんからかかってきた電話で受話器越しの声に安らぎを覚えるという、過去に例を見ない、思いがけない事件が発生しました。いつもは担当営業さんから電話がかかってきたら、ギギッと耳と喉元を中心に体全体が緊張し、大事な伝達事項を聞き逃さないよう、神経をピリピリさせながらその声を聴きとります。それなのに今日は、「おつかれっす、えっと朝のやつ○○にFAX送って欲しいんすけど番号が・・・」といつもと変わらぬ早口の伝達を聴いている最中に突然、ほぅっと、その声が、眠れない夜のホットミルクのように、湿度を持って私の神経を鎮め、緊張を緩めたのでした。頭はほぅっとなりながらも、手がほとんど自動的にメモをとってくれて、口が反射的に「はい、はい、わかりました」と普段通り返事を繰り返してくれたおかげで、なんとか伝達事項を聞き逃さずにいられましたが、電話を切った後もしばらく安らぎっぱなしで、少し眠気すら襲ってきたほどで、これは本当に、思いがけない事件でした。
 この原因は恐らく、睡眠不足です。昨晩なぜだかいつまでも寝付けなくて、結果的に4時間ぐらいしか睡眠を取れなかったため、今日は一日思考に膜がかかっていて、その膜に担当営業さんの聴き慣れた声が、ふわっとちょうどよく染み込んだのだと思います。睡眠不足のつくる膜は、思いがけないものを染み込み、湿度や温度を与えてしまうものらしい。営業さんの声を緊張せずにふわふわ聴けることは新鮮で嬉しかったけれど、あんまり心地よく染み込みすぎると重要なことを聞き逃して失敗の嵐になりそうだから、平日の睡眠はしっかり取ろうと反省しました。

 ところで今日は朝から浮かれています。なぜなら、B'zのアルバムが11月に発売決定、そして、ライブジムも開催決定!あぁ、この時を待ちわびていました。新しいアルバム、楽しみで楽しみで仕方ありません。久々のライブジム、想い浮かべただけで、胸が高鳴る血がたぎる魂が燃える!興奮のあまり、いつも一緒にライブにいっている友達に、びっくりマークとハートだらけの支離滅裂なメールをしてしまいました。このただならぬ興奮を共有できる人がいるって、楽しいことです。嗚呼、少しでもステージに近いチケットが取れますように。生で聴きたい曲だらけ!
by papiko-gokko | 2009-09-29 23:08 | Diary
心配を口にしたなら馬鹿だなと笑っていてね死の間際にも
 先週金曜日のお昼休みに私を明るい気持ちにしてくれた、同僚のちょっと気になる男の子話が、この土日の間に超ドラマチックな急展開を迎えていて、お昼休み中おにぎり片手に再びその男の子話を聴きながら、思わず、ヒャア!ホントォ!スゴイ!と、女子高生のようにはしゃいでしまいました。話の内容を思いだすと今もまだ、ヒャア!と、心が躍ります。「自分から人を好きになったの、すごい久しぶりだったんですよう」と、高くてよく通る声を彼女なりに一生懸命ひそめて話すそのしぐさも表情もとろけそうに可愛くて、私の好きなこの子に今あたらしい恋をしている男の子がいるのだということを、なんとも嬉しく感じました。まるで自分が恋を見つけでもしたような心の踊り具合です。ふたりはまだ知り合って間もないらしいけれど、早くもときめく共通点がいろいろ見つかっているみたいです。長く楽しい恋愛になりますように。

 帰り道を歩きながら、これといって何も考えることがなかったから、あぁわたしの日々は停滞しているようで進み続けているんだよなぁ・・・と、うっすら思いながら歩きました。肉眼では捉え難い太陽の動きや蕾の開花のように、わからないほどゆるやかな速度で人生は進んでいて、確実に進み続けていて、だから、今日のように、何を考えるともなく、日暮れの帰り道を歩いていると、ふとしたきっかけで、例えば長く聴き続けてきた音楽が流れ出したことで、ちょうどアサガオの一晩かけてひらく様子を倍速で映した映像を眺めるように、ふいにこれまでの大まかな出来事や何でもない一場面がざぁっとすごい速さで頭の中を駆け抜けて、恐いくらいにはっきりと、自分の人生が確実に進んでいるのだという事実に、気付かされたりするのです。
 今日は、大学時代、夫と付き合い始めたばかりのころ感情を上手く伝えられない時によく聴いていた鬼束ちひろ『Arrow of Pain』を聴いていて、はっと、自分が五年彼と付き合って結婚して一年たったというその流れに、気付いたのでした。だからといって感慨にふけったりはしなかったけれど、あぁ生きている生きている生きていると、一生懸命にそれだけ思いました。たまには生きていることについて、オーバーにならなくちゃ、なんだか忘れそうでこわい。

 遠藤周作『わたしが・棄てた・女』を、読み終えました。物凄く集中して、私にしてはかなりの速さで読み終えました。いやぁ、面白かったなぁ。面白かったといっても、愉快痛快の面白さではなく、興味や過去や価値観が痺れ揺るがされたという意味での面白さです。内容は最初から最後まで重たく、薄暗い雰囲気の小説でした。
 夢中になって読み終えて、自分はつくづく、薄暗い雰囲気の小説が好きなんだと、再認識しました。そんなふうになったのは、大学生のころからだと思います。太宰治にどっぷりはまったのも、思えば大学一年のころでした。日なたテーブルに揺れる木漏れ日のような明るい活字も嫌いじゃないけれど、それよりも、白い紙に並ぶ黒い活字がまるで、薄暗い部屋に射す西日が埃っぽい床にくっきり落とす窓枠の影のように見える、そういう小説が好き。地下室で蹲っているような真っ暗闇の小説になるとこれはまた辛くて読めなくて、ほどよい薄暗さ選手権では、今のところ吉行淳之介がトップです。
 まだまだありそう、いい薄暗さ。読書の秋は始まったばかりです。
by papiko-gokko | 2009-09-28 22:41 | Diary
浅はかな憧れ集め歩く街みつけ疲れた僕をみつけて
 平凡な日曜日。朝10時ごろにもたもた起きて、パウンドケーキでお腹を膨らませて、予約で回しておいた洗濯を干し、途中ネットをしたり本を読んだりしながら、洗い物やら部屋の掃除やらをして、そうこうしているうちに午後三時をまわり、夫が仕事から帰ってきました。
 帰って来た夫は、左手にマクドナルドの紙袋を抱えていました。そういえば昨日、チキンタツタを食べたいとつぶやいていたなぁ。私のぶんも買ってきてくれていたので、初めてチキンタツタを食べたら、今まで食べたマクドナルドのバーガーのなかで、一番美味しかったです。私はなぜか子供のころからいつもチーズバーガーばかり食べていて、他の味を知らないまま大人になってしまったけれど、こんなメニューもあったとは。大学生のころに知っておけば、学校帰りにもっと通ったのに。せめてこれからは、チーズバーガー以外のバーガーを、色々食べてみようと決意しました。
 マクドナルドを食べた後は、本を読みつつ大相撲を見ました。今日は千秋楽で朝青龍と白鵬の優勝決定戦があり、相撲好きの夫はかじりつきで見ていました。朝青龍と白鵬は二度取り組み、二度目でハラハラドキドキの結構長い取り組みの末に朝青龍が勝ちました。朝青龍は優勝の喜びを顔いっぱいに表し勇ましいガッツポーズをしてみせ、「それは土俵を降りてからしてほしかったぁ!」と解説者の人が言い、白鵬のほうはほとんど表情を変えずに土俵をおりていきました。その一部始終を見届けてから、あぁもう夜かと、私は洗濯物を取り込みました。サッシを開けたら日は暮れていて、涼しい風がすうっと部屋に入ってきました。
 夜は、キムチ鍋を食べました。この秋はじめての鍋です。ほふほふ熱くて辛くて、汗をかきながら食べました。夫は具がほとんどなくなったと、うどんを入れて食べていました。私はお腹がいっぱいすぎて、うどんは一口も食べられませんでした。無念。あぁ、ついに、鍋の季節がきたのか。来週あたり、タンスの衣替えをしなくては。

 昨日図書館で借りた本のうちの一冊、遠藤周作「わたしが・棄てた・女」を夢中で読んでいます。戦後間もなくの東京で生きる若者が主人公の物語で、登場人物にも時代背景にも、ぐいぐい惹き込まれます。一体どういうわけなのか、私は戦後間もなくの東京を描いた小説に惹かれるみたいです。焼け野原になった街には粗末なバラック小屋が並び、闇市が広がり、今では考えられないようないけない商売がはびこって、明日のことなど誰にもわからず、虚無感に苛まれながらも日々を生きていくために誰もが必死でしたたかで、きれい事など通用しなかったその時代、恵まれた現代とは程遠い暮らしなのに、なぜだか現代が舞台の小説よりもずっと、その時代の小説に惹きこまれていくのです。自分は戦争を体験していないにも関わらず、戦争と敗戦を体験した若者の、どこか投げやりで、でも必死に自己を保とうとするその人間味のある姿に、共感を覚えたり、恋心を抱いたりするのです。これはたぶん、時代そのものに惹かれているわけでは決してなくて、ただその時代背景が作り出す退廃的な感じに、惹かれているだけなのかもしれません。実際にその時代を生き抜いてきた人からすれば、ふざけんなこのふぬけ現代人がって怒られてしまうだろうなぁ。
by papiko-gokko | 2009-09-27 23:10 | Diary
座布団をふたつに折って昼寝する幸せ孫の代まで続け
 秋晴れの土曜日。昨日のうちに今日一日分の食材を買いこんであり本当は一日たっぷり引きこもるつもりだったのですが、午前中、遅い朝食のパンをかじりながら『食彩の王国』を見ていたら、そこで檀一雄の文章が紹介されていて、その文章がなんとも凛々しく心地よくて、あぁやっぱりいい文章って素敵だわぁとうっとりしていると、夫も同じように感じたらしく、「あぁ、なんか、ちゃんとした文章読みたくなってきた、図書館いこうか」と言いだし、それで急きょ図書館へ行くことになりました。
 外へ出ると、空気が澄んでいるぶん陽射しがかなり強烈で、しかめっつらで自転車を漕ぎました。しばらく乗っていなかった自転車は後輪の空気が抜けていて、漕いでいる間中、ガッコンガッコン音がしていました。途中の道で、雨ざらしの駐輪場に錆びた空気入れが投げてあるのを夫が発見して、それで入れてみようと試みましたが、空気入れのせいかタイヤのせいか、送りこんだ空気がどこかからすぷんすぷんと抜けてしまって、少しもうまくいきませんでした。パンクだったら困るなぁ。
 ガコンガコンいいつつもなんとか図書館に辿り着き、私は小説とエッセイばかり、すべて文庫で6冊ほど借りました。夫はあちこち歩き回ったらしく、いつものごとく様々なジャンルの面白そうな本を8冊借りていました。なかでも『<悪口>という文化』という本は、日本や世界各国の悪口についての研究が書かれていて、減らず口の夫にぴったりの内容です。ますます彼の悪口テクニックに磨きがかかったらどうしよう。ひっぱたくしかありません。
 図書館から帰ったらすぐ、スーパーで買ってきた焼き鳥と、夫のつくったをおかずでお昼ご飯を食べて、それからは日が暮れるまで、だらだら過ごしました。今日のお菓子と明日の朝ごはん用にバナナパウンドケーキをつくり、オーブンに入れて焼けるまでの45分間、リビングに夫も私も寝転がって座布団を二つに折って枕にし、それぞれに借りてきた本を読んでいたら、だんだんとケーキの焼けるいい匂いが漂ってきて、あぁとても好きな時間の流れ方だなぁ・・・と思いました。こういう休日が、一番いいな。いつの間にか、夫は本に指を挟んで、眠りこけていました。太陽の光りを浴びたし、昼間からビールを飲んでいたから、それで眠たくなったのでしょう。
 夜はクリームシチューでした。当初の予定では牛肉のクリームシチューだったのが、これまた『食彩の王国』の影響で、貝を入れたくなって、ホタテも少し入れました。だけどこれは、イマイチだったなぁ。アサリとかのほうが、美味しかったのかも。貝を食べたい欲求がまだ収まらないので、明日も貝の料理が食べたいです。お酒で蒸したのとか、バター味のとか、美味しそう。
by papiko-gokko | 2009-09-26 22:30 | Diary
いいわけの札だけ立てて捨て去って幾つ花壇を台無しにした
 体調が悪く浮かない気分で過ごしていたら、お昼休みにふたつ年下の同僚が、連休中友達と遊園地で絶叫マシーンに乗った話や、ちょっと気になる男の子についての話を聞かせてくれて、そのきゃぴきゃぴ活き活きした口調に、なんだかすごく新鮮な元気をもらいました。毎日仕事で顔を合わせる以上イラッとすることもたまにはあるけれど、それはたぶんお互い様で、こうして仕事以外の会話をしていると、声を聞いているだけで気持ちが弾んで明るくなれて、あぁ私この子のこと好きだなぁと思います。考え方や言動に可愛さと逞しさの両方を併せ持っている彼女に、同じ女性としてとても魅力を感じます。これからクリスマスに向けて彼女の日々に、キラキラの事件よたくさんたくさん降り注げ。そしてその話をまた、きゃぴきゃぴ活き活き聴けますように。
 今日のお昼休みみたいに、それほど深い仲ではない人と、それほど深入りしない会話を、それほど深く考えずにするのも、気持ちが弾んで楽しいものだなぁと、ようやく思えるようになってきました。ちょっとはコミュニケーション能力が、身についてきたのでしょうか。深い仲の人と深い話をするのはもちろん、楽しくて濃密でかけがえのない時間だけれど、そういう関係ばかりだと、それはそれで思考に偏りがでて、心のバランスが悪くなってしまいます。人生をなめらかドラマチックにするのは、タイミングとバランス。

 最近お酒に酔っていません。たまに飲み会へ参加しても、カシスグレープ二杯ぐらいをちびちび飲んで終わります。大学を卒業して一年目ぐらいまでは、ビールと冷酒のチャンポンをして、歩きなれているはずの池袋駅をさ迷った挙句吐いたりなんかしたこともあったのに、今はもう、よそで日本酒を飲むこと自体をしなくなりました。
 お酒の中では日本酒が一番気持ちよく酔えて、あの、まぶたの重たくなる香りも味も、心臓に直接注ぎ込まれているような火照りもたまらなく好きで、それゆえうっかり飲みすぎてしまい、本性を出してしまいます。そして翌日酔いがさめてから、うわあああああと後悔します。何度か飲み過ぎ、うわああああを体験して懲りて、もう、なるべくは、恥をかきたくなくなりました。だからよそでは、カシスグレープばかり頼みます。
 だけど、お酒の出てくる小説を読んだら、ひさしぶりにふらふらになるほど飲みたい気分になりました。特に仲良くなりたいわけでも理解しあう必要もない相手と、げらげらへらへら小突きあって、野暮な打ち明け話なんかしたいなぁ。ビールの泡とともにはじけてしまう会話。
 
 文章を書くほうに集中しすぎて本を読むことを怠ると、自分の書いた文章が自分の書こうとする文章にまとわりついてきて、うまく書き進められなくなり、しまいには自分の文章でむせ返ってしまいます。数日前からちょっと、そんな状態になりかけていました。あぶない、あぶない。自分の文章に溺れずに自分の文章を書くためには、その何倍も読まなくちゃダメなんだな。大学時代は、書きたければ読めといくら教授に言われてもピンとこなくて聞き流していたけれど、今になって、わかってきました。私みたいな、言葉に酔いやすいタイプの人は特に、他人の文章を読まなくちゃダメだ。
 そんなわけで、「なんか文章の上手な作家さん読みたいんだけどだれだろー?」と夫に尋ねたら、「文章の上手とか下手とか、わからん。自分が読んでいいなと思うのは、上手いかどうかじゃなくて、書かれている内容が、自分の中にある何かしらとシンクロするかどうかだし」と言われ、あぁそうかたしかに・・・と、目からうろことまでは言わないまでも、ちょっと一瞬だけ眼圧が変わるぐらいには、はっとしました。夫は誰より言葉で私を、はっ!と驚かせたり、はぁ?と苛立たせたり、はぁ・・・と憂鬱にさせたりします。
 そうか、自分がすらすら気持ちよく読める文章は、必ずしもその文章が上手だからというわけではなく、内容が大きく関係していたのか。よく考えてみれば、何をもって文章が上手いのか下手なのかなんて、私にもわかりません。それに、いくら美しい文章で書かれていても、その内容が自分の想いや日々や興味とまったくシンクロしていなければ、ぐいぐい引き込まれてはいきません。好きだと思うのは、シンクロすることが書かれているからだったのか。文章を書いていく上で、これは大きな発見です。
 文章が自分の思うようにかけないと、キエエこんなへたくそ文章じゃなにも伝わらんわもうだめ逃げますどうもさようなら!とパソコンの電源を落としたくなるけれど、上手に書こうとすることよりもまず、自分の感じたことを誠実に丁寧に言葉にしていこうとする姿勢を忘れずにいれば、文章としては多少乱れてまずくても、ちゃんと伝わってくれるものなのかもしれません。言葉の力を侮ることなかれ、です。
by papiko-gokko | 2009-09-25 21:51 | Diary
しわくちゃの手でパンを裂き「東京はとおい」と撫でるように呟く
 ぼんやりだらだら、なにもしたくない考えたくないと思っているうちに、日が暮れました。一泊二日の移動で、心身が思いのほか疲れてしまったようです。大切な人に会えたらそれで必ず元気になれるのかといえばそうとも限らず、スムーズに日常に戻れなくなるぐらい、しんどくなることもあって。そんなふうになってしまうのは、今の自分について、自信がないということなのでしょうか。
 普段、ほとんど自分と夫のことしか考えずに生きているから、たまにこうして離れて暮らす大事な人たちと短い時間で一気に関わると、とても満足には大切にしきれなくて、大事に想う感情が容量オーバーを起こしてしまい、離れてからもしばらくは、限られた時間のなかで交わした会話や姿が、断片的に浮かんでは消え、私の居場所を重たくします。「東京は遠いけえなぁ」と、私の手をとり撫でるようにつぶやいた祖母の声、写真を見せながら「足がよけりゃ、もっと奥へ降りて近くで撮ったんじゃけどのう」歯痒そうに言った祖父の写した彼岸花、勇ましくも頼りなくも見えた妹の後ろ姿、新幹線に間に合う電車に乗るため改札に飛び込む私を、「走れ!」「乗れるん!?」と、ハラハラ見送った父と母の眼差し。なんてことない会話や場面なのに、たまにしか会えないから、ひとつひとつ印象深く焼きつくのです。大事な人たちにもちゃんとそれぞれ日常があるのだから、私も私の日常を元気に送っていけばいいのだと、頭ではわかっていても、私はここにいていいのだろうかという気持ちに囚われてしまい、すぐには気持ちを切り替えられません。
 昨日はまだ岡山にいた母と妹のことや祖父母のことについて長電話をしていて夜ごはんの準備をすっかり忘れており、帰って来た夫を失望させました。今日は今日で、朝からどうしようもなく気だるくて、なんとか洗濯物を干したものの部屋の掃除はできないまま、ぐんにゃりぐだらと横になってばかりいて、出勤前の夫に溜め息をつかせました。連休の始まる前、「連休中は専業主婦になるから任せてね」なんて調子のいいことを豪語してしまったものだから、それで余計に夫を落胆させてしまったらしく、あまりのダメっぷりに「なにが専業主婦だよ・・・」と呆れ口調で言われ、その一言で私の気持ちは完全に落ち込みふてくされ、夫が出勤するまで、ずっと口も利かずにふさぎこんでいました。
 今日で連休が終わって明日からは仕事なんだということも、きっと、この気だるさの大きな原因です。平日と休日の連続のなかでどっぷり日常のリズムに浸かって働いていれば平気なのだけど、こうして三日以上の連休が続くと、自分の仕事や会社を客観的に見つめることができてしまって、そうなるともう、いやでいやで仕方なくなってしまいます。甘ったれているなぁ。気合を入れて、私は私の愛する日常のために働くぞ。そして今、誰より身近でそばにいる、夫を大切にしよう。
 
 そういえば、ブザー・ビートの最終回を見ました。私はすっかり忘れていたのですが、夫が録画しておいてくれたので、無事最後まで見ることができました。周りの見えてない莉子の言動は最後までちょっと共感しかねたけれど、きっと直樹は、自分自身が周りに流されやすいから、それゆえ自分の感情で突っ走れる莉子のことを好きになったのかなと思いました。菜月のチアリーダー姿が可愛かったです。応援されたい!たくさん直樹に泣かされたけど、最後に彼女のことを深く想っている人が手を差し伸べてくれて、安心しました。幸せになってほしいです。このドラマですっかり相武紗季さんのファンになりました。またドラマに出てほしいなぁ。
by papiko-gokko | 2009-09-23 22:29 | Diary
岡山二日目
 妹のアラームで目を覚まし、岡山二日目開始。10時からバイトのため8時半には起きたいと言っていた妹は、8時からスヌーズ機能で5分置きにアラームが鳴っているにも関わらず、一向に目を覚ます気配がありません。私はそのスヌーズ攻撃で8時15分ごろには完全に起き、8時半になったら妹を起こそうと、それまでに布団をしまったり顔を洗ったり着替えたりしました。今日は私も彼女と同じ時間に家をでて祖父母のところへ行くことにしているので、それほどのんびりはしていられません。
 8時半になってから「8時半になったよー」とカーテンをあけて妹を起こすと、上の妹から聞いていた通り、彼女はものすごい寝起きの悪さで、目をほとんど閉じたままどすどすと顔を洗いに行きました。その後起きてから10分ぐらいはぶすっと黙っており、触らぬ神に崇りなしと、私は私で勝手に準備をしていたら、そのうちやっと覚醒したらしく、鼻歌を歌いながら髪の毛にアイロンを当て始めました。お化粧も、上の妹ほどではないものの、きちんと念入りで、ファンデーションとリップで終わりの私とは時間のかかり方が違います。いつまでも終わらないので、タイツについた毛玉をちまちま取っていたら、「いくよ」といきなり頭上から声をかけられました。顔をあげると、何時の間にやら妹はすでに準備万端で、バイトのあとにテニスの練習をして帰るらしく、ジャージ姿で、カバンのほかにラケットも背負ってふんぞり返っていました。我が妹ながら、なんと勇ましい。
 あたふたと荷物を抱え、妹の後に続いて家を出発。妹は自転車だったので私は小走りでついていき、岡山駅行きのバス停まで一緒にいって、そのバス停で別れました。割と時間ギリギリだったらしく、バス停に着くやいなや、「じゃ!」という感じで、妹はびゅーんとあっという間に自転車をかっ飛ばして行ってしまいました。小さな体に大きなテニスラケットを重たそうに背負うその後ろ姿は、なんだかいっぱいいっぱいという感じがして、がんばれよーと心の中で思いました。思えば彼女は中学のころから、いつも何かに取り組んでいてスケジュールがみっちりいっぱいいっぱいで、どうやらそうしてハードな毎日を送っている日々のほうがのんびりした日々より好きで楽しいほうみたいなので、まぁきっと、今もなんだかんだで、楽しいのでしょう。いつだか母に無理するなと言われたとき、「無理したいんだけん応援してほしい」と言い返して母を驚かせたそうだし。アスリートになれそうな精神だな。がんばれ。

 妹と別れて、岡山駅行きのバスの時間をみると30分以上もまだ来ない感じだったので、歩けるところまで歩こうと決め、日傘をさしてふらふら歩きました。空は高く晴れ渡り、畑沿いには彼岸花が美しく咲き、気持ちのいい散歩でした。ただ、歩いても歩いても一向に駅が近づいてくる気配はなく、どこまでいってものどかで、30分ぐらい歩いてから、これ以上進むと本格的に迷ってしまいそうだな・・・と観念し、バス停を見つけてバスに乗りました。それから10分ぐらいで駅につきましたが、たぶん最初から大人しくバスに乗っていたほうが、早かったかもしれません。
 岡山駅についてから、、少しだけ駅の地下街などを歩きました。両親には、実家の最寄り駅へ12時ごろ行くと伝えてあってそれには十分時間があったし、敬老の日の贈り物をまだ用意していなかったので、その買い物をしたかったのです。
 地下街を歩きながら、あぁ岡山って好きだなぁとしみじみ思いました。ほどよく都会で、ほどよく田舎。ほどよくお洒落で、ほどよく素朴。ほどよく空が広くて、ほどよく交通機関が便利。何もかもが私にとって、ほどよいものに感じます。それに、駅員さんや店員さんの人柄も、からっとしていてなんだか大らかな感じがします。方言の影響でそう思えるだけなのか、もしくはやはり、山陽の晴れの国だからだろうか・・・と、山陰の雲いずる国で生ま育った私は、もじゃもじゃ考えながら歩きました。
 敬老の日の贈り物は、駅の地下から繋がっているデパートで見つけたハンカチに決めました。祖父にはしぶい柄の入ったシルバーのハンカチ、祖母には全体に花の刺繍が入った水色のハンカチです。様々な種類がありましたが、祖父と祖母のイメージでぱっと、ほとんど迷うことなく選びました。

 岡山駅から電車で祖父母宅の最寄駅まで行き、改札を抜けて階段を降りると、父と母と、それから祖母が迎えに来てくれていました。「おばあちゃんが少しぼけてきたかも」という話を少し前に母から聞いていたから、もし自分を忘れられていても泣かないようにしなくてはと覚悟していたのですが、祖母は、私に気付くやいなやパッと手を挙げ、私がひさしぶりーと祖母のほうへ駆けよったら、「久しぶりじゃなぁ、結婚式ぶりじゃがなぁ」と言いながら、きゅっと腕を組んできました。それから、「旦那さんと仲良くしおるん?やさしゅうて、ええ人でからよかったがぁ」と、ちょっといたずらっぽく声をひそめて言いました。ああ、よかった。忘れられてなかった、結婚式のことも、夫のことも、ちゃんと覚えてくれていた。ちょっと拍子抜けしてすごくほっとして、泣きそうになりながら、「うんいつも優しい、仲良くしとる」と答えました。祖母の久しぶりは、たぶん今までもらった久しぶりの中で、一番嬉しい久しぶりでした。
 おまんじゅう屋さんをしている祖父母の家は商店街にあります。車が家のすぐそばまできたところで「このへんも、もう、えろうさみしゅうなったが」と窓の外を眺めながら祖母がいい、外を見やると確かに、ほとんどのお店のシャッターが閉まっていました。子供のころはまだまだ活気があり、音楽が鳴り花飾りが揺れて、本屋さんへもおもちゃ屋さんへもスーパーへも歩いて5分もかからずにいけることが私にはすごく新鮮で、用もないのに祖母や母と商店街を歩いたものです。あんなに華やかだった商店街はシャッターで灰色の通りとなり、閉館した遊園地のような寂しさが漂っていました。
 家につくと、祖父がコーヒーを入れて待っていました。足が悪いため、家で待っていてくれたのでした。ちょうどこの連休に帰省していた従弟も来ていて、みんなでお茶を飲みながら、祖父の撮った写真を見たりしました。東京土産の人形焼きと、それから敬老の日のハンカチを渡したら、祖父も祖母も喜んでくれて、特に祖母は、「おばあちゃん大好きな色じゃ、なんでわたしがこの色を好きいうて分かったん?」と、繰り返し洋服やカバンに合わせたりして、喜んでくれました。ああ、選んでよかった。
 一段落してから、従弟は友達との約束があるということでお別れし、祖父母と両親と5人で、お昼ご飯を食べに出かけました。ボリュームたっぷりの和食でした。途中、耳の遠い祖母が会話を聴きとるために補聴器をつけると補聴器を取り出し、しかしなぜだか調子が悪くて耳に近付けるとキュイーンと音がしてしまい、祖父が調整してもなおらず、父がやってみてもなおらず、次に私がいじっているうちになんとか音が止んで、そのとき試しに私も始めて補聴器をつけてみたのですが、これが想像以上の優れもので驚きました。空気中を漂う音を液体にして聴覚に流し込んだように、全体の音がくっきりと聞こえるのです。どんな仕組みなのだろう。すごい発明があるんだなぁ。
 食事が済んでひと心地つき、時計をみると時刻は3時。確か新幹線の時間は4時半だったっけなぁ・・・と思って念のためチケットを確認したら4時3分発だったので、一同「えええ!?」となり、慌ててお店をでて、最寄りの駅まで車で送ってもらいました。車を降りて別れ際に祖父が、お小遣いをくれました。会うたびお小遣いをくれて、なんだかいいのかなぁと思いながら、今回もニコニコもらってしまいました。26歳にもなっていいのかな・・・といいつつ、同じこと、16歳のころにも思っていたような。まぁ、いいか。甘えさせてもらおう。大事につかおう。
 その後駅へいったら、ちょうど電車がついたところで、父がマッハで切符をかってくれて、「走れ!」という父の声と「えええ乗れるん!?」という母の声を背にダッシュし、「そっち逆だ!」という父の声で向きを変えて再びダッシュし、きていた電車にギリギリで飛び乗って、無事間に合う時間に岡山駅へ到着することができました。
 新幹線に乗ってちょうど動き出したところで下の妹から電話がかかり、「今新幹線で電話できんけどどうした?」メールをしたら、「朝はイライラしてごめん!東京バナナ喜んでもらえたよありがとう!」という返信が届きました。妹のお土産に持っていった東京バナナ、他のお菓子や果物(母が持ってきたらしい)も色々あってひとりじゃ食べきれそうにない様子だったから、バイト先に持って行ってみんなで食べてもらったらと、朝、不機嫌な妹に無理やり持たせたのです。いらないお世話だったかなぁと少し心配していたから、安心しました。
d0038776_0242956.jpg 妹のメールにほっとして、その後両親にも無事乗ったことを報告し、B'zを聴きながらうとうと眠って帰りました。行きも帰りも、ずっとB'zを聴いていました。B'zを聴いていると、どこにいても誰と関わっていても変わらない、自分の貫くべきことに、気付き続けていられます。なぜだろう。中学時代からずっと聴いている音楽だからかな。それとも単純に、稲葉さんが大好きだからかな。そんな帰り道の新幹線、とっていた新幹線の切符をよくみたらなんと178号だったので、思わず写真をとりました。岡山で178号だなんて、素敵。
 かなり慌ただしくて疲れたけれど、会いたい人に会えて、行きたい場所へいけて、意義ある二日間でした。
 
 感じたことを全部書こうとしたら、長くなりすぎてしまいました。修行がたりん。
by papiko-gokko | 2009-09-21 22:39 | Diary
岡山一日目
 一泊二日で、岡山へ行ってきました。

 朝九時ごろの新幹線に乗り、お昼頃には岡山駅に到着。岡山までは新幹線一本でいけるから、出雲への帰省に比べると格段に楽です。駅についたらすぐ、母の実家に帰省中の両親と、岡山の大学に通う下の妹と合流して、ひそかに行ってみたいなぁと思っていた、妹のバイト先のレストランへお昼ご飯を食べに行きました。駅からちょっと離れたところにあるそのお店は、外装も店内の雰囲気も物凄くお洒落で店長の強いこだわりが感じられ、妹がこんな素敵なところでバイトなんてちゃんと勤まってるのだろうかと不安になるほどでした。
 妹から勧められたランチを頂いたら、これがまた、美味しいこと美味しいこと。さすが、バイトを探し始めたときから「賄いが美味しいとこがいい」と言っていた妹の選んだ場所なだけはあります。前日お腹の調子が悪かったにも関わらず、もりもりぺろりと平らげました。父も母も、美味しい美味しいと喜んで食べながら、「こんな素敵なところでこの子は本当にちゃんとできとるんかねえ」「叱られてばっかじゃないん?」と、冗談半分本気半分で、妹をからかっていました。妹はそんな両親の問いかけに、「前失敗して泣いとったら、賄いにデザートつけてくれた」と、ちょっとふくれたような口調で、でも嬉しそうに答えていました。わざわざ厨房から出てきて挨拶してくださったシェフも店長も気さくで温和な感じで、食事を運んでくれたバイトの子たちはみんな優しげで、妹がこのお店で可愛がってもらっていることが、ひと目でわかりました。まったく、相当わがままな子なのに、優しい大人たちに囲まれて働けて、賄いもおいしくて、よかったなぁ。

 お昼ごはんを食べた後は、ちょっとどこか観光しようかということになり、車に乗って、備前にある「閑谷学校」へいってみました。江戸時代、日本で初めてできた庶民学校で、当時は庶民が学校へ通える時代ではなかったので、とても画期的なことだったのだそうです。「そういえばなんか教科書にのっとったわ」と勉強のできる妹は言っていましたが、物覚えの悪い私はそんなのちっとも覚えてなくて、始めて知りました。岡山ってすごいのだな!
 学校は、山の中にあって、滝の音が空まで響く、広くて静かな場所にありました。滝に交じってどこからともなく笛の音が聞こえ、あたりを見渡したら、滝のすぐそばの岩陰で謎の青年が背を丸めて横笛を吹いていました。かつて授業の行われていた大きな講堂に入ることができて、受付で貸し出された説明カセット入りラジカセを再生しながら、ゆっくり見て歩きました。床が、学期末ワックスがけした直後の教室みたいにぴかぴか光っていて、かつて学んだ生徒たちが日々てとてと雑巾がけをしていたのだろうなぁと想像すると、学校という場所のもつ本来の楽しさを、思い出せそうな気がしました。妹も同じような感想をもったようで、「ここで昔の人が学んどった姿を想像すると、なんか面白いね」と笑っていました。
 城好きの父は、学校の敷地を囲う、大小様々な形の岩をうまい具合に組み合わせて作られている石垣を撫でながら、「昔の人間はすごい」と、しきりに感動していました。父は石垣を見ると必ず「機械のない時代にこれほどのものをつくった、昔の人ってのはすごい」と、熱く語ります。うーん、確かにすごいとは思うけれど、父ほどには熱くロマンを感じられないや・・・。母もパンフレットを見ながら、「へぇ」「きれいねえ」と、丁寧に眺めていたようでした。それから、ソフトクリームを食べていました。母は出先でソフトクリームを見つけると、必ずといっていいほど食べたがります。
 そんな長閑な観光でしたが、途中、悲劇が起こりました。妹が携帯で写真を撮っていたら、手が滑ったらしく、画面をひらいた状態で思い切り落っことし、打ちどころが悪くて液晶が壊れたのです。その瞬間から、感情を隠せない妹のテンションはわかりやすく急降下し、観光が終わったらすみやかに携帯ショップへ向かいました。ショップで症状をみてもらい、妹の携帯は一旦入院することとなり、2週間ほどは代用の携帯をつかうことになりました。「あーつかいにくいー」と言いつつも、受け取って1時間もたたないうちにその代用携帯をちゃかちゃか使いこなしていたのには驚きました。私も携帯が壊れて2週間代用携帯だったことがあったけれど、最後まで使いこなせなかった記憶があります。

 携帯ショップで時間をつかってしまったので、夜ごはんは簡単に済ませて、夜7時半ごろには妹のマンションに到着。父と母も、母の実家に戻る前に一旦妹のところで休憩することにしました。妹の部屋には相変わらずぬいぐるみがたくさんあり、それから、面白キャラクターのキーホルダーやら地域限定のお菓子やらがカラフルに散らかって、なんとも妹らしい、落ち着きのない部屋でした。
 さぁちょっと休憩しようかというところで、またしても、悲劇に遭遇。午前中、上の妹がテニスの練習に行っている間に父と母が妹の部屋へいき、泊まる私のために軽く掃除をしたり洗濯物をまわしたりしていたらしく、その洗濯物が悲劇にあっていました。洗い終えてさぁ干そうと洗濯機をあけたら、全体が紙屑だらけになっており、しかもその紙屑の正体は妹のバイトエプロンに入っていたバイトのメモ帳だったのです。その時は私が岡山駅に到着する時間が差し迫っていた為とりあえずそのまま干してみたものの、夜帰ってきて見てみるとやっぱり紙屑は乾いてもこびりついたままで、ベランダでちょっとはたいたぐらいではとれないほどの状態でした。しかたなく父が再び車を走らせ100円均一でガムテープを買ってきて、家に帰って全員でそれをまるめ、それからしばらく黙々と、ジャッジャッカジャッジャカ、木端微塵になって衣服に張り付いたメモ帳の残骸をガムテープにひっつけて取り除く作業に勤しみました。これは、あまりに虚しい作業でした。妹はメモ帳の喪失を嘆くかと思いきや、「もう大体覚えとるけん別にいい」と、案外平然としていました。普段はわがままでありながら、機嫌を損ねてもしょうがないところではスパッと割り切る、そのへんが彼女の生き上手なところで、しょうがないことほどどろどろこだわる私の見習うべきところです。
 ある程度メモ帳残骸がとれたところで、父と母は母の実家のほうへ戻っていきました。妹は試合も近く次の日はバイトもあってあまり夜更かしはできなかったけれど、眠る時間がくるまで、上の妹に電話をしたり、パソコンに入っていたサークルの写真や動画をたくさん見せてもらったりして過ごしました。テニスの試合の写真や、合宿ではしゃいでいる写真、飲み会でみんな顔がまっかな写真など、とにかく楽しそうな場面ばかりです。「この先輩、ちょー面白いに」「この人、すげえ可愛いくてモテルけんな」「この子、酔っぱらうとキス魔でやばいし」と、笑いながら無邪気に説明する妹は眩しくて、妹以外は知らない子たちなのに、愛しくなりました。すごいなぁ。妹には、こんなふうに写真を撮り合える仲間がいるんだなぁ。裏表のない子だから、私に接するのと同じような調子でサークルのみんなにも接して、楽しくやっているのでしょう。人づきあいが苦手で距離を保たずにいられない私には、体験できなかった青春の真っ只中に、妹は今いるようです。動画では、妹が仲間と面白い仮装をして躍っていました。いかにも大学生の悪ふざけらしくて面白かったし、大変切れのある上手なダンスでした。
 いろいろな動画を見ている途中でパソコンが重くなり、「最近すぐ固まるにか!」と、妹がまたわかりやすく不機嫌になりだしたので、空き容量を見てみたらかなり残りが少なくなっており、出来る範囲で圧縮したり移動したりして容量を増やす作業をがんばっていたら、その間にお風呂に入って出てきた妹がのんきな口調で「この前なんかウイルスがはいって、パソコンにめっちゃ詳しい先輩に頼んで、直してもらったにー」と話し、「なんだぁそんなら私が中途半端にいじるより、先輩に見てもらって、容量をふやす作業とかしてもらったほうが賢明だわ」と、それ以上触るのをよしました。そうだよ、遠くの姉より近くの先輩だよ。妹の大学にはいろいろな学部があって、いろいろなことが得意な先輩がいるのだもの。うまく頼ってたまに頼られて、快適に生きていくのだよ。可愛い彼氏が妹の部屋のカーテンレールを直している場面の写真なんかもあったし、なんだかいろいろ、大丈夫そう。
 明日はバイトがあるということで、一時前には就寝。私がマウスピースをつけ、携帯の目覚ましをセットして目を閉じたあとも、妹はしばらく携帯電話をいじっていたようでした。コミュニケーションをする相手の多い人は大変だなぁ。彼女はサバサバしているようでいて実は究極の寂しがり屋なので、とにかく仲間をつくって、コミュニケーションをとっていなければならない子なのです。私だったら、妹と同じ生活をしたら一週間で疲労困憊して、誰も私を知る人のいない街へ、夫にだけ行き先を知らせて、逃避行するだろうなぁ。
 布団を準備しようと布団ケースをあけたとき、実家にいたころによく見かけた敷き布団と掛け布団がでてきて、なんだか愛しさがこみ上げました。そうか、この布団、妹の家に今はあるのか。どんなに私の知らない世界を身につけ仲間を増やそうと、同じ親の元で育って、同じ実家からの荷物をたくさんの持たせてもらって生きている、あなたは私の妹だね。
by papiko-gokko | 2009-09-20 00:47 | Diary
まんまるのケーキ切り分け笑いあう貴方と共に生きていくこと
d0038776_21105938.jpg 夫の誕生日を明日にひかえ、一日早い誕生お祝いをしました。ちょうど最近お菓子作りに目覚めたところなので、この機会に、初のホールケーキに挑戦することを決意し、図書館で借りたケーキレシピのなかから夫に選んでもらった結果、チョコレートケーキを作ることになりました。
 レシピによく目を通してみるとハンドミキサーが必要だということが判明し、急きょ電気屋さんでを購入して、いざ、ケーキ作り開始。チョコとバターを細かく切って湯煎で溶かして薄力粉と生クリームとラムを加えて泡だて器でかき混ぜ、別のボウルで卵黄とお砂糖をふわふわになるまでハンドミキサーでかき混ぜ、また別のボウルで卵白とお砂糖をメレンゲになるまでハンドミキサーでかき混ぜ、最後にみっつをあわせてヘラでかき混ぜ、とにかくひたすらかき混ぜ続けました。
 ボウルを三つも使うことになるとは予想外で、途中、時間がかかりすぎてチョコとバターのボウルが二層に分裂し始めてしまい、卵黄と卵白のほうを夫に手伝ってもらったら、「その使い方おかしいよ」と口出ししたり、「ちょっとやらせなよ」と私よりはるかに上手い手つきで混ぜたりして私の神経を逆なでしたため、夫のお祝いにも関わらず彼に暴言を吐き一時険悪なムードになったりしましたが、ぶつくさ言いつつオーブンに入れ、40分間焼き上がりを待ち、いい香りが漂ってくるにつれて機嫌もなおり、だんだん膨らんでくる様子を、交互に見に行ったりしていました。
 出来上がったケーキは、底がちょっと焦げていたものの、思っていたよりはちゃんと写真の通りにできました。お菓子って、ちゃんと期待にこたえてくれるなぁ。よく冷ましてから粉糖をふって、完成。夜ごはんのあとに食べたら、あれだけひたすらかき混ぜただけのことはあって、しゅわんしゅわんした柔らかな生地で、感動的に美味しかったです。夫も気に入ってくれました。難しくてややこしくて途中で嫌いになりかけたけれど、作ってよかったです。お菓子作り、ますます好きになりました。楽しかった!

 お祝いの夕食とケーキを食べながら、『おもひでぽろぽろ』を観賞しました。25歳最後の夜に、夫が見たいと言いだしたのです。この映画、少し前に見たばかりだというのに、オープニングからもうツーンと泣きそうで、エンディングでは泣きました。誰かが死んでしまうでも、病気になってしまうでもなく、むしろ面白おかしいお話がつまっているような物語なのに、どうしてこんなに泣けるのだろう。懐かしさで泣けるくらい、私も夫も、生きてきたんだなぁ。
 『おもひでぽろぽろ』にでてくる小学五年生の思い出シーンは、なんだか鼻の頭をタンポポでくすぐられているような気分になります。エピソードのひとつひとつ、あぁこんな子クラスにいたなぁ、あぁ親からこんな風に叱られたことあったなぁ、あぁこんな苦々しい想いしたことあったなぁと、小学五年だった自分に対する愛しさや、その当時を懐かしいと感じるほどあの頃から遠ざかった今の自分の命に対する切なさがこみ上げてきて、笑いだしたくも、泣きだしたくもなるのです。そんなふうに、悲しい思い出ではなく、可笑しい思い出で泣けるということは、自分の人生や、自分を育んできた周りの人たちことを、愛せているということなのかな。
 小学五年生。そういえば何かに迷ったり、決断を迫られたりしているとき、後ろから私に声をかけてくるのは、小学五年生ぐらいの私のような気がします。大人になるということを初めてリアルに意識し始めたあのころに、思い描いた夢やぶつかった壁、組み立てた理想や出会った混乱が、今の私の、あらゆる決定の核になっています。まだまだ心が無防備で、なんでも真正面から見つめすぎていたあのころの、印象深い出来事やクラスメイトのこと、私も思いだせる限り思いだして、文章にまとめてみたいなぁ。やっと文章にできる程度に、当時の自分との距離が離れた気がします。よし、書こう。
by papiko-gokko | 2009-09-19 22:22 | Diary
考えチュウ
 「じっくり考える」ということをしていない自分に気づいて、考えなくちゃととりあえず、頭を抱えてみました。でも、やっぱり考え事は始まりません。頭を抱えたその指先にあたる髪の毛について、ぱさついとるわぁとぼんやり思う程度です。積極的に考えたいことは見当たらず、考えたくないことのほうがはるかに多くて、考えたくないことを考えようとすると、歯がじわんと痛みだしてしまいます。
 考え事に集中できないから、つい、テレビやネットに流れ続けるわかりやすい情報を見極めることなくだらだらと取り込み、その結果、頭の中に項目ばかりが増えていきます。考えないから項目の中身は一向に育っていかないまま、重みも深みも表情もない、ただ人の目を引きたいだけの項目が、ひょろひょろふら、ドミノのようにずらりと並んで、些細な衝撃でバランスを崩し、そのまま一気にドミノ倒しが起こり、あれよあれよという間に台無し、考えないままつぶれていきます。こんなことでは、いけません。
 考え事の項目は、ひとつふたつで十分。情報じゃなく、歯の痛まない考え事を探すために、本を読もう。内容自体は今の自分の日常からは離れていて、だけど本質的な部分ではリンクしているような、間接キス的考え事を探します。
by papiko-gokko | 2009-09-18 20:08 | Diary


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