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日記と短歌


by papiko

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 今日は月末。忙しく、あわただしく働いて、あっという間に帰社時間になりました。帰りの電車でなにげなく外を見やると、強くて紅い西日のせいか、いつも見ているはずの景色がまったく違う街並みに見えて、降りる駅を過ぎてしまったのかと本気で焦ってしまいました。やがて降りる駅の近くにあるパチンコの看板が見えたので、どうやら通り過ぎたわけではないのだということがわかったけれど、その看板すら、妙によそよそしい感じがしました。私はいつも一体、どんな街並みを見ていたのだっけ。急にわからなくなってしまった。
 
***

 夫と私の間で第2次ドラえもんブームが沸き起こっており、ドラえもんドラえもんと言い合っているうちに、夫が「ドラえもんをうちに呼ぼう」と、ついに突拍子もないことを言い出しました。「ぼくらが同時にドラえもんがここにいるかのような日記をかけば、ドラえもんはもう、我が家にいるということになるのではないか」と言うのです。夫はかなり乗り気で、なぜドラえもんが我が家にくることになったのかなど、詳しい裏設定まで考えて、「5月から1カ月間限定で、ふたりともあたかもドラえもんがいるかのような日記を書こう」と、私に提案(ほぼ強制)しました。ドラえもんがいる日記! どうしよう。ドラえもんのいる日常、書いてみたい気はするけれど、でも、この日記はあくまでも本当のことを書く日記だから、日記はこれまで通り日記として書いて、記事ごとに番外編というかおまけみたいな感じで、書いてみようか・・・
by papiko-gokko | 2009-04-30 21:49 | Diary | Comments(0)

 友達が遊びに来ました。久しぶりに来てくれた友達と、つい先日引っ越し手伝いにいったりした友達とその旦那さんと子供の計4人のお客さんで、にぎやかに過ごしました。ここのところよく会っていたからか、子供が微妙に懐いてくれていて、ほとんどの時間をその子と遊んでいたら、あっという間に時間が過ぎていました。可愛いなぁ。会うたびに表情や言葉の数を増やしていく、あの子の成長に夢中です。
 あの子が大きな口をあけてご飯を食べているのを見ていると、それが直接からだの発達と成長に結びついていく感じがして、嬉しくなります。夫も同じことを思ったらしく、「子供がご飯を食べてる姿って、すごくまっとうな感じがするね」と言い、それから続けて「それに比べるとおれたちは一体、なんのためにご飯を食べてるんだろう・・・」なんて虚しいことを言い出したので、「とりあえず明日はたらくためだよ」と答えたら、自分もつられて虚しくなりました。明日のために今日ご飯を食べることができるって、生き物としてなにより幸せなことのはずなのに。平穏すぎる日常のなかにいるときほど、基本的な物事の価値観を腐らせないよう、鈍らせないよう、慎重にまもらなくては。
 大学時代の話をしたり、素敵な誕生日プレゼントをもらったり、友達が買ってきてくれた美味しいチョコレートケーキを食べたり、楽しい一日でした。

 友達と遊ぶと、頭の中が、空っぽに近い状態になります。よくしゃべるからかもしれません。しゃべっているとき、私はたぶん、なにも考えていません。だから、しゃべっているときが一番、適当な言葉をみつけられなくなって、簡単な返答にもつまづきます。しゃべらずにしゃべれたらいいのになぁと、そんな意味のわからない事を思い、それがつまりこうして文章を書くということなのだと気付きました。発する言葉が思考を追いかけるか、思考が言葉をつかまえるか、それだけの違いだけど、私にとっては大違い。
 明日は月末です。ゴールデンウィークの直前で失敗をして落ち込んだりすると、ゴールデンウィーク明け会社へ行くのに相当のエネルギーが必要になりそうだから、なるべく爽やかな心でゴールデンウィークに突入できるよう、集中して仕事をしよう。

***

 お知らせ。下のメニュー欄で公開しているメールアドレスを変更しました。今まで使っていたアドレスだと、なぜか時々、迷惑メールフォルダに普通のメールがまぎれることがあったためです。それがわかってからは、いつも確認していたつもりですが、もし、以前のアドレスにメールを送ってくださった方で、私からお返事させて頂いてないということがあれば、それは迷惑メールフォルダに入ってしまったまま気付けなかったのだと思うので、もしもそういうことがあったのだとしたら、ごめんなさい、御一報頂ければ幸いです。
by papiko-gokko | 2009-04-29 23:08 | Diary | Comments(0)

もうすぐ連休


 今朝からノドが痛みます。昨日は会社でやたらとくしゃみが出たし、風邪を引き始めているのかもしれません。葛根湯を飲んで、今日は早く眠ろう。すでにもう、1時近いけど。

 ゴールデンウィーク、帰省するだろうとばかり思っていた下の妹が、実家へは帰らず大学の仲間と旅行に行くことが判明しました。今年大学2年生になった彼女は、テニスサークルの活動をますます活発にしながら、賄い付きのレストランでアルバイトも始め、冬には長野へスノボにいったり、夏には四国で合宿したりと、めくるめく充実した日々を送っています。どうやら素敵な恋人もいるようだし、楽しそうで安心しているのですが、その一方で、寂しさも湧いてきます。
 6歳離れて生まれた下の妹は、私にとってとてつもなく可愛い存在で、いつもべたべたネコ可愛がりして甘やかし、6年先輩としてのアドバイスも惜しみませんでした。妹が保育園にあがったときも、小学校になったときも、中学校になったときも、可愛い可愛いと思う気持ちは変わらなくて、彼女が節目を迎えるたび、一体いつになったら私はこの子を可愛がりすぎなくなるんだろう、もしかしておばあちゃんになってもずっと同じまま可愛がるんだろうか・・・と、ぼんやり不安になったりさえしていました。
 だけどついに、そんな小さな妹との関係も変わる時が来たみたいです。可愛い可愛い妹は、大学に入ってお酒を飲むようになって、ひとり暮らしも板についてきて、もうなでなでしたい今までの妹とはちょっと違う、娘さんになりました。今の彼女を上手に可愛がり甘やかすのは恋人で、彼女に人生のアドバイスを与えるのはサークルの仲間やバイトの先輩で、彼女の勉強していることは、私の頭では到底理解できそうもない、難しい生物みたいなことです。あぁ、大学生になったとたん、みるみる大人になっちゃって、6歳も年下だったのに、いつのまにやら対等に話せるようになっちゃって、私の知らないことをいっぱい、取り入れちゃって。
 私も下の妹もいないゴールデンウィークは、両親にとって初めてです。去年の5月は、家族で旅行にいきました。今思えば、結婚する前に家族5人で旅行ができて、本当によかったと思います。そのときのことを思い出すと余計に、私はともかく下の妹まで帰らないとなると両親は寂しいんじゃないかと、特に母のことが心配になって、電話をかけたら元気そうでした。連休は父の言っていた通り、鳥取城へ行くみたいです。
 私がいくら心配したってしなくたって、月日の経過とともに家族のかたちは変わっていって、でも、それは決して、悲しむべきことじゃない。悲しがったら悲しくなるから、悲しんではいけない。そう頭ではわかっているのだけど、いつまでも続く気がしていたものが、続かないんだと気付くことは、やっぱり悲しくて、うまく感情を切り替えられません。お城へ行く両親にとっても、仕事がきつそうな上の妹にとっても、青春真っ盛りの下の妹にとっても、楽しい連休でありますように。
by papiko-gokko | 2009-04-29 00:54 | Diary | Comments(0)

父が帰った日


 金曜からきていた父が、今日夕方の飛行機で帰りました。夫は早朝から仕事にでかけ、9時ごろにのろのろと起きるとすでに父が起きていて、背広姿でテーブルの椅子に妙にちんまりと足をすぼめて腰かけテレビを見ており、「おまえはよく寝るなぁ」と言って笑いました。自分の家で起きたら父がいるって、なにやら妙な感覚で、一瞬、自分の家という自覚よりも父の存在感のほうが勝り、実家にいるような錯覚を起こしました。
 父は朝パンを食べない人だから、寝ぼけながらお味噌汁と卵焼きだけ作って、あとは昨日の残りを温めて、二人で並んでカチャカチャ、朝食をとりました。父とふたりで朝食なんて、一体いつぶりだったろう。ぽそぽそと会話は交わしたけれど、眠くてほとんど覚えていません。
 ご飯が済んで私が洗い物を始めると、父は私におずおずと工具のある場所を聞き、おもむろに食卓の椅子をひっくりかえして何を始めたのかと思ったら、昨日の夜私が「最近なんか椅子のネジがゆるんどるっぽくて、ぐらぐらするー」と言ったのを覚えていて、全部の椅子を締め直してくれていたのでした。家ではなかなかそういうことを進んでやらなくて、母に叱られているというのに。ぐらついていた棚の留め具も締め直してくれて、とても助かりました。
 私が洗い物を終えて洗濯を干しはじめたころ、ネジを締め終えた父は手持無沙汰になったらしく、ゴルフの素振りやら野球のピッチングやら、しきりにやっていました。我が家で過ごす父ときたら最初から最後までもじもじと居心地悪そうで、どこに座っていても不安そうな様子で、私と夫がバタバタ動き始めると自分もなんとなく立つだけ立って素振りをはじめたりして、もーここにお母さんもいればいいのになぁと何度も思いました。母がいれば父はもっと、いつものお父さんらしくふるまえただろうに。娘夫婦の家って父親にとって、そんなに緊張するものなのでしょうか。それとも私の対応が悪かったのかな。父は周りを笑わそうとして、くだらないおやじギャグやらレッドカーペットあたりで仕入れた若手のギャグをちょこちょことふんだんに挟んでくる人で、普段は母がゲラゲラ笑ったり「もうそれ飽きたけんやめて!」と言ったりなにかしら反応するのだけど、母がいないと私はどう反応していいかわからなくて割とスルーしていたので、それでしょんぼりなったのだろうか。だとしたら、可愛そうです。冷たい娘で申し訳ないけども、お母さんが笑えば、それでいいとしてよねお父さん。

 洗濯を干し終え、お茶を入れて父としばらくテレビを見ながらテレビの内容について会話をしたりしていましたが、父は素振りをしたり一度詰めたカバンをもう一度開いてみたりと落ち着かない様子だったので、まだ時間が少し早かったけれど、家をでることにしました。
 電車へ乗ると父はすぐ、必ずしっかり吊革につかまります。満員電車の、似合わない人だなぁ。電車で池袋まででて、そこでひとまず昼食を食べようということになり、西武百貨店の屋上にある人気のうどん屋さんで、おろしうどんを食べました。天気はよかったものの風が強くて、あまりゆっくり食べられなかったのが残念です。屋上は子連れの家族で賑わっていて、隣にいた子供がコテンと椅子から転がり落ちてウワァアアンと泣きだしてしまい、母親が泣く子供を抱き上げて手足を拭いてやり、父親が「ほら大丈夫大丈夫!泣いてると、アイスクリームがとけちゃうぞ!」と、声をかけていました。その様子を横目で見ながら小声で「お前の小さいころにもよくあったパターンだな」と言い笑った父の顔をみると、ちょっと無精ひげが生え始めていました。うちで、剃ってくればよかったのに。お母さん、お父さんがだらしないです。子供の泣き声を聞きながら暴風の中でうどんをすすっているうちに、私も、ウワァアアンと泣きたい気持ちになりました。

 うどんを食べ終えて、西武百貨店地下のお菓子売り場で母へのお土産を買い、それでも飛行機の時間まではまだ随分と時間があって、父をひとりで東京へ放るのはなんだか気がひけたので、駅の近くにある喫茶店へ入りました。父と2人で喫茶店なんて、初めてのことだったと思います。父は普通のコーヒーを、私は紅茶フロートを頼んで、そこで30分ぐらい時間をつぶしました。妹のことや、母のことを話しました。母や妹のことを話しているときが、私も父も、一番視線が落ち着くのでした。お互いのことを話すのは、どうしてだか恥ずかしくて気づまりで、怒ったような、どうでもいいことを話すような口調になってしまいます。例えば父から「東京へきてから何年だ?」と尋ねられ、燃えるごみの日は水曜だよというような口調で「もう今年で8年だよ」と答え、それで話が終わってしまうという調子でした。
 母や妹の話が一段落すると、父は窓の外の行き交う人の群れを見ながら、「こうして見とると、いろんな姿の人がおるもんだなぁ」とつぶやいたり、単身赴任をしていた期間の長さに触れて「おやじがおらんくても子供は育つんだなぁ・・・」なんてしみじみ言ったり、「貯金はしとかんといけんで」と語ったりしました。私が紅茶フロートのアイスをうまく掬えずにまごついていたら、喜々としてうまい掬い方を教えてくれて、掬ってもらったアイスクリームを食べながら、あぁ、そうか、子供のころ、お父さんはいつでも私に何か、世界の仕組みや歴史を教える口調で話しかける人だったけれど、今こうして大人になって結婚もして父の知らない生活をしている私に、父として一体何を教えたらいいのか、わからなくなって戸惑っているのかもしれないなぁ・・・と、こっそり気づきました。大人になった私は、今度は外の世界のことじゃなく、お父さんが内側で今楽しいと思うことや、しんどいと思うことや、考えることなんかを、教えてほしいんだよ。そんなこと、こっ恥ずかしくてとても言えないけれど。
 最後は、ゴールデンウィークの話になって、お母さんどっかに行きたがってるだろうから連れて行ってあげなよーと話したら、「鳥取の城を攻めてみようかとは思っとる、日帰りだが」と言っていました。私が「えー、1泊したらいいのに」と言うと、うーんと困っていたようです。というか、またお城へいくのか・・・。母もよく飽きないなぁと思いますが、母は、父の行きたいところ(城とか城跡とか資料館)へどこへでも付いていく人のようです。そういえば私も、夫の行きたいところ(古本屋とか文具屋とか手芸店とか)へ、結構ついていきます。夫の行きたいところへ行くと、夫がわくわくはしゃいで、積極的になって、その積極性に引きずられるのが、おもしろいからです。母もそうなのかな。

 喫茶店をでても、まだ羽田へ向かうには少し早すぎる時間で、ちょっとだけジュンク堂へも行きました。建物を見て「こんなひろかったら選べんわ」と言うので、4階の歴史のコーナーと3階の歴史小説のコーナーへまっすぐ連れて行きましたが、父はうろうろするばかりでなかなか手に取ろうとせず、古代出雲の歴史本を見つけた時が、一番にこにこ指さしたりして、嬉しかったみたいです。あとはゆらゆら背表紙を眺めながら、「最近目が悪くなって、本を読まんくなっていけんなぁ・・・」と、ため息交じりにつぶやいているばかりでした。
 ジュンク堂を出ると、父がまたため息交じりで「おれもそろそろ、生き方を考えんといけんなぁ」なんて言いだして、一体どうしたのかと驚きました。ええ?と聞き返すと、父は「最近、本を読まんでいけん」とまた本屋で言っていたことを繰り返し、そういえば自分も初めてジュンク堂へいったとき世の中の本の多さに圧倒されて、そんなことをしきりに思ったことを思い出しました。それに東京に慣れていなかったころは街へでるたび、私も私のスタイルを見つけなくてはと力んでいた覚えがあります。私はともかく、お父さんは別にそんなふうに思うことないのに。思考が似ているのでしょうか。東京の街を歩く父は、のびのび泳いでいた池から色とりどりの熱帯魚のいる水槽に離された金魚のように、心地悪そうでした。父はつくづく、出雲の人です。

 ジュンク堂を出たころにはさすがにもうそろそろいい時間になってきたので、JRの改札まで見送りました。別れ際、父は人の波によろめきながらも、にこにこと手を振りました。思えば東京へきてからずっと、父はにこにこしていた気がします。それは出雲で見るにこにことはちょっと違う、はにかみに近いにこにこでした。扱い方に戸惑いながらも、いつまでも父であり続けようとしてくれている父のことが、大好きです。
 家に帰ってから夫と夜ご飯の準備をしていると、父からなぜだか夫の携帯のほうに電話がかかってきました。無事についたようです。電話を変わってもらうと、自分の家に帰った父はいつもの威勢のいい父の様子に戻っており、後ろでなにやら笑っている母の声がしていました。よかったよかった。母は、しぼみかけた父の自信を盛り上げる天才なので、東京で疲れた父を元気にしてやってほしいです。
by papiko-gokko | 2009-04-26 22:24 | Diary | Comments(0)

 昨日、出張で東京へきた父と会社が終わってすぐに渋谷で待ち合わせ、夫も含めた三人で、神宮球場へ東京ヤクルトスワローズ対横浜ベイスターズの試合を見に行きました。本当は今日土曜日に行く予定でいたのですが、天気予報を見る限り雨で中止の可能性が極めて高いということで、4時ごろに会社のパソコンで天気予報を確認してから予定変更を決意し、急きょ、金曜日の試合を見に行こうと夫と父にメールをしたのでした。

 神宮球場に到着したのは5回表あたりで、すでに横浜に1点取られていました。気温が低かったにも関わらず、父と夫は「球場だとビールが進む」と言い合いながらたくさんビールを飲んでいました。私は、近くでピッチング練習をしていた、球界のキムタクこと五十嵐投手の写真を、何枚も取っていました。
 試合は「投手戦」というやつで、お互いに点数が入らないままどんどん進んでいき、9回表横浜の攻撃で、ピッチャーがフォアボールを3人も出して、そのあとカキーンとヒットを打たれて、2点も追加されてしまいました。これはもう完全にあきらめムードになるんだろうと思いきや、9回裏のヤクルトの攻撃になると、ヤクルト側の人たちは、これまで以上に一生懸命応援をはじめ、その熱心な姿に心を打たれ、あぁ、諦めない人の姿は尊いなぁ、諦めることはかっこ悪いことなのだなぁと、すぐに投げ出して諦めたようなことを口走る自分を反省しました。
 結局9回裏に点数は入らず、最後のアウトをとられたとき、ヤクルト側全体から、「あぁあーー」と、大きな大きなため息が漏れました。そしてそのため息のなかを、試合終了と同時に速やかに、勝った選手も負けた選手も駆け足でベンチへ戻っていきました。プロ野球選手という仕事も、大変だなぁと思います。球場で仕事をすれば絶対に、勝つか負けるかして、勝った日も負けた日も、その球団のプロ選手であり続けなければならないのだから。勝つことも負けることもない私の仕事とは、比べ物にならない精神力が必要なのだろうなぁ。張り合いがあって羨ましい気もするけれど、そんな浮き沈みの激しい日常、自分にはとてもやっていけそうにありません。
 試合を終えて、仕事帰りに来たっぽいスーツの人たちや、ヤクルトのユニフォームを着こんだ女性グループや、帽子をかぶった子供たちがぞろぞろ一斉に出口へと歩いていきながら、「やぁー、浜の番長はやっぱすごいよなぁ」「青木の調子がなー」「いやー、最後の失点は痛かった」と、負けた感想を悔しそうに、だけどそれでいてとても楽しそうな口調で、みんな口ぐちに言い合っていました。球場へ見に行くほどのヤクルトファンであれば、負けたりしたらもう激怒して「やってられっか!くそったれ!」とか言いながら荒々しく球場を後にするものかと思っていたけれど、ほとんどの人は、球団のファンである前に野球というもののファンだから、野球を見た後は、勝っても負けても、楽しいのだと気付きました。負けそうな試合でも最後の最後まで一生懸命に応援して、負けても朗らかに笑いながら語り合うなんて、スポーツを愛する人たちってなんだか、清々しい! 同じ会場で同じチームを応援するうちに自然と生まれる一体感が、試合後のそんな雰囲気を作っているのかもしれません。あの一体感が、私はなんともいえず好きです。

 試合が思ったよりも早く終わったのでちょっと一杯やって帰ろうかということになって、夫と私の通った大学のある駅周辺で、ほのぼのお酒を飲んでから帰りました。熱燗を飲むと、野球観戦でかなり冷えていた体が芯まであったまって、幸せでした。やっぱり冷たいのより、あったかいのが好きだな、私。冷たいのは飲みすぎるし。あたたかいお酒と食べ物でお腹を満たして外へ出ると霧雨が細かく降っていて、「これだけ寒ければ裸になる気も起らんかったろうにねぇ」と言い合いながら帰りました。

***

 そして今日は、何処へ行こうかとあれこれ悩んだ結果、恵比寿ガーデンプレイスへ行きました。父は江戸城のなんとかいうところへ行きたかったようですが、雨では楽しめそうにないということで、ビヤガーデンでゆっくり飲んだり食べたりしようということになったのです。
 こんなに気温が下がるとは思っていなかった父はかなりの薄着で、夫にジャケットを貸してもらってもなお寒そうだったので、恵比寿へいくまえに、嫌がる父を無理やりユニクロへ連れて行き、シャツを1枚買わせました。都会っ子の夫と違い、買い物が苦手で着るものも母まかせでいる父は、ユニクロに入ってもよたよたと歩きまわるばかりで、「なんでもいいに」と、まったく自分で選ぼうともせず、結局夫が選んだのを買うことになりました。
 不思議なもので、母と一緒にいるときの父は、堂々として頼りがいがある人に見えるのに、母と離れてひとりたたずむ父は、気が弱そうで心細げな人に見えます。だからでしょうか、父単体を見ていると、普段の自分の父に対する想いよりも、むしろ、「あなたの夫がここで不安そうにしていますよ、お母さん・・・」という想いが大きくなります。夫と結婚をしてから、父をただ父としてでなく、母の夫というひとりの男性として見ることが、多くなり、母と電話で会話をするときも、母としてよりも、父の妻という意識で話すことが増えました。孫ができたら今度はまた、母親同士として話すようになるのかな。それも楽しみです。

 恵比寿ガーデンプレイスについたら、お腹がすくまでもう少し時間がかかりそうだったので、サッポロビール本社にある恵比寿麦酒記念館へ行ってみました。無料で入ることができ、巨大な缶ビールのモチーフが置いてあったり、製造の過程が解りやすく映像や模型で紹介されていたり、歴代のポスターが展示してあったりして、なかなかに見ごたえがあり、面白かったです。4種類のビールの飲み比べ(これは有料)というのもあって、飲み比べてみた結果、夫と私はスタンダードなサッポロビールが一番好きだという結果になりました。エビスビール好きの父は、黒ビールを気に入っていたようです。チーズとあう味だとか、なんとか。
 飲み比べをしたら、飲みたい気分に勢いがつき、ガーデンプレイス内にあるビアガーデンへ行きました。ネットでこのお店を見つけたとき、人数分のサッポロビール一杯無料という素晴らしいクーポン券を手に入れたのです。恵比寿で頂くサッポロビールは、美味しかった!私はクーポン券でもらえた一杯だけしか飲まなかったけれど、父と夫はその後も3杯ぐらいおかわりして、休日の昼間からビールを飲むという贅沢な幸福感についてなど語り合っていました。食べ物もおいしくて、ジンギスカンも、ウインナーも、豚肉の脛を柔らかく煮たものも、フライポテトも、どれもビールに最高に合う味つけでした。

 お腹いっぱいになって恵比寿を後にし、池袋のデパ地下で、夜にお酒を飲みながら食べるものをいくつか買いました。あれだけたっぷり飲んでこれからまだ飲むつもりでいる二人に驚きます。夕方ごろ家に戻り、夫も父もしばらくテレビをみてから、寝てしまいました。ふたりが寝たので、私は日記を書いています。明日には父が出雲へ帰るので、父の愛する妻のために、お土産を一緒に選ぶ予定です。
by papiko-gokko | 2009-04-25 20:14 | Diary | Comments(0)

 昨日と今日の日記。

 昨日は友達の家にいって、荷造りの手伝いをしました。なんとか5箱ぐらい作ったと思うけど、少しは役に立てたかな。友達の子供(あと半年でもう2歳!)が、相変わらず可愛いです。私のことを、ほんの少しだけれど、「ちゃーちゃん」と、呼んでくれました。私の名前の一番呼びやすいあだ名が「ちーちゃん」で、友達がそれを子供に覚えさせてくれているみたいなのです。なにもう、可愛い・・・。私と友達が段ボールを作るたびにその中に入り、詰めてガムテープで止めると今度はそのうえに乗っかり、始終ハイテンションでした。引っ越しが終わって新しいお家にいってからも、またちゃーちゃんと遊んでね。あと半年で2歳だなんて、ちゃーちゃんは君に会うたび、成長というものの神秘に驚いてしまうよ。

 今日は仕事でミスをしてトイレ泣きをしました。泣いているのに涙はほとんどでなくて、鼻水ばかりじゅだじゅだとでて、ただただ汚らしかったです。26歳にもなってなにやってんだろうと思うとますます泣けてきて、鼻水洪水でした。年を重ねるということは、そのぶんだけ自分の世界が広がり豊かになっていくものだと思っていたけれど、私みたいな成長のない人間には、それはまるであてはまらないみたいで、年を重ねれば重ねるほどに、積み重なっていく時間とか年齢に、考え方や生き方を圧迫されていく感じがします。26歳にもなって、社会人4年目にもなって、成人してから6年も経って、私はトイレで鼻水をずんだらたらしている。トイレをでても鼻水がなかなかおさまらず、ティッシュをもっていなくて、上の妹が誕生日にくれたふわふわのハンドタオルを、鼻の下にあてていました。お姉ちゃんはかっこ悪いんだよ。

 そんな今日でしたが、仕事が終わる時間のころに事務員の先輩が赤ちゃんをつれてきて、二時間ほど事務員だけの飲み会があったおかげで、今は気持ちが切り替わっています。一杯飲むだけで、ふうっと気持ちがやわらかくなって、スムーズに言葉が口からでるようになって、一緒に飲んでいる人たちのことが愛おしくなるのでした。お酒を飲んでいるときは、飲んでいないときの倍ぐらい、他者の存在を好きになり、深く知り合いたくなります。人と関わりながら生きていくことは楽しいんじゃないだろうかという大らかな気持ちになってきます。お酒を飲みながら仕事ができれば、私もう少し、うまく楽しくやれるかもしれないな。
 先輩の連れてきた赤ちゃんはとにかく可愛くて、だっこさせてもらいながら、あぁ私もはやくそっちの人になりたいなぁーと思いました。けれども、「次はぱぴこちゃんだね」「つくるんでしょ?」「できたら辞めるの?」とみんなから口ぐちに言われちゃうと、何か、自分が結婚しているということが恐くなってきて、なんと答えればいいのかわからなくて、ぎくしゃくしながら、「まじめにかんがえたことなかったなぁ、どうしようかなぁ、」とか、もぞもぞ言いました。自分が言われる立場になって初めて気づいたけれど、子供をつくるとかつくらないとか、できるとかできないとかって、当事者にとっては、デリケートなことなんだなぁ。本当に、どんなふうに答えたらいいんだろう。
by papiko-gokko | 2009-04-23 01:29 | Diary | Comments(0)

 雨の中で聴くエレファントカシマシは、強くて凛々しくて、今日はエレカシばかり聴いて帰りました。途中、だんだんと雨足が強まり、ザンザカビシャバシャトントテ、周りの音を全部かき消すほどになったので、傘に隠れて、小さく口ずさみながら歩きました。自分の声が聞こえないほどの音にまみれて歌うのは、気負いがなくて気持ちよく、ズボンの裾が濡れてきて、靴にも染み込んできていたのに、ずっとご機嫌でした。

 だけどこの雨、一刻も早くからりと止んでほしいです。これから数日は、私にしては珍しく予定が立て込んでいるからです。明日は週末に引っ越しを控えた友達の家に荷造り手伝いに行くことになっているし、明後日は出産を機に去年の九月までで辞めた営業事務の先輩(美人で憧れ)が、赤ちゃんをつれて営業部に遊びにやってきて、事務員だけでちょっとご飯を食べることになっています。そして金曜日には、父が東京に出張できて我が家に二泊することが決まっており、土曜日には神宮球場へ、父と夫と三人でヤクルト対横浜の試合を見に行くことになっているのです。
 父が東京へくるのはこれで二度目で、ちょうど二年前に一度来た時には、歴史の場所をいろいろと回りました。今回はどうしようかと夫と話していて、神宮球場でちょうどヤクルトの試合がやっているということに夫が気づいた時は、私も夫も、これしかない!と思いました。父は私の生まれるよりもずっと前からヤクルトの大ファンで、母へのプロポーズもヤクルトの優勝で決めたほどの熱い想いをもっているのです(プロポーズするかしないか父が迷っていた年にヤクルトが優勝していなかったら、私は私として生まれなかった・・・?)。さっそくチケットをとって父に「神宮球場にヤクルトの試合を見に行こう」と話したら、「それはグレイト!!」と、父はいきなり英語が飛び出るほどに大喜びしていました。だから、雨は絶対に困る!中止になったら、父がどれほどがっかりすることか・・・。どうかどうか、曇り程度ですように。26歳だけど、てるてる坊主でもつくってみようかな。晴れてくれとはいわない!雨をこぼさないでお願い!

 先ほどまで夫に、うる星やつらのビューティフルドリーマーを見せていました。「いやぁ~面白かった。ただこりゃあ、原作者は怒るだろうね。」と言っていました。夫が面白いといったので、ともかく満足。
by papiko-gokko | 2009-04-22 00:06 | Diary | Comments(0)

 昨夜、布団のなかで『ドラえもん』を読んでいた夫が、はぁ・・・とため息をつきながらゆっくりコミックを閉じ、「ドラえもんに何か、してあげたいなぁ・・・」と、想いをかみしめるようにつぶやきました。してあげたい? してもらいたいの間違えかしらと不思議に思い、私は思わず自分の読んでいた『ドラえもん』を中断して、「ええ?」と聞き返しました。すると彼は、「おれはドラえもんに、いろいろなものをもらった気がする。だからドラえもんに、お礼がしたいなぁ。」と、真剣な面持ちで切なげに言ったのです。
 衝撃でした。ドラえもんに、してもらいたいじゃなくて、してあげたい、だなんて。そんな風に思ったことが私には、いまだかつて、あったでしょうか。あれが欲しいとかあんなことしてもらいたいとかいった願いは事あるごとにいくらでも繰り返し思い続けてきたけれど、のび太ではなく自分がドラえもんからいろいろもらっているのだという考えは、まったく思いもよらぬことでした。
 確かに思い返してみれば、ドラえもんは、数え切れないほどのいろいろなものをくれたのです。物心ついたころにはすでに当たり前に「未来からきたネコ型ロボットのドラえもん」が私たちのまえにいて、私たちが子供としての日々を過ごすのに欠かせない存在になっていました。ドラえもんの道具は未来の世界に夢を抱くことを存分にさせてくれたし、「ドラえも~ん」と泣きすがる情けなさを許してくれたし、それに、いろんなすごい道具でもって、それまで見たこともなかった昔の世界(ジュラ紀だったり孫悟空の世界だったり)へも連れて行ってくれました。のび太の成長やしずかちゃんとの結婚やセワシくんの存在などを通して、人が生まれて育ち大人へと成長していくことの面白おかしさや不思議さや喜びを一番最初によくわかる形で示してくれたのも、ドラえもんでした。
 あぁ、今まで、こんな素敵な素晴らしいことに、気づかないままドラえもんを愛していたなんて。ドラえもんはのび太にばっかりかまけてちっとも私のとこへや来てくれやしないじゃないかと思っていたけれど、それはとんでもない思い違いだった!ドラえもんは、私のところにもちゃんといたんだ。そう思うと、あれが欲しいなぁしてもらいたいなぁばかり思っていたときの何倍も、幸せで優しい気持ちでドラえもんと向き合えます。
 私がもし夫と昨日初めて出会って彼のドラえもんお礼発言を聞いていたとしたら、なんてピュアな人・・・!と、恋に落ちていたかもしれません。普段の彼はかなりのひねくれ者で斜に構えている人なのに、そんな彼がドラえもんを前にすると、こんなにもピュアな心になるとは。夫に対してもドラえもんに対しても、泣きたいような笑いたいような強烈な愛しさがこみ上げてきて、えらいなあと頭をなでました。なでながら、あぁ私はこの人の心をなるべく傷つけないようにしなくてはいけないなぁと、なぜだか切実に想いました。ありがとう、とっても大好きドラえもん。 
by papiko-gokko | 2009-04-21 00:20 | Diary | Comments(0)

 気だるい一日。もうそろそろ半そでを出したいと夫が言うので、ふたりのセーター類を全部洗って、夫のタンスだけ少し早い衣替えをしました。寒がりの私の衣替えは、まだ当分さきになりそうです。
 衣替えが済んでしまうと特にやることもなくなって、なんとなくそばにあった『ドラえもん』の漫画を開いたら、のび太が「いっしょうけんめいのんびりしよう」と言ってごろりと横になっていて、おおなんという名案!と感銘を受け、ごろんと横になっていっしょうけんめいのんびりしました。だけどあんまりいっしょうけんめいにのんびりしすぎたものだから、なんだか頭が重たいです。年かな。

 ごろごろすればするほど頭の重みは増すばかりで、さすがに少し運動が必要だと感じ、午後4時すぎに買い物へ出かけたら、とても気持ちいい陽気でした。風はゆるく柔らかく、青葉が日光に照り輝き、キャベツ畑を蝶が舞い、近所のグラウンドのほうから少年達の声が響いて、道行く人の表情も優しく、なにもかもが春らしく尖っているものがひとつもなくて、生命の維持に必要なすべてが視界の中にあるような、満ち足りた風景のなか、あまりの心地よさにいつも必ず聴いている音楽さえ止めて歩きました。行き先が会社じゃない春の道とは、なんて気持ちがいいものだろう。無論、仕事があってこその、気持ちよさなのだろうけれども。

 外の空気は気持ちよかったものの頭が重いのは治らず、ごろごろといっしょうけんめいのんびりし続けている私をよそに夫は、「おれは今、あらゆる面において、脱皮中のような予感がする」と言って、じたばた書いたり描いたり縫ったり塗ったりしています。私は脱皮中の表現者と結婚したのか。蝶になっても逃がさないよ。

 水曜のレッドシアターと昨日のレッドカーペットを見て、数多くいるお笑い芸人さんのなかで、私はこれから、バカリズムと柳原可奈子の活躍を一途に応援していこうと決めました。二人とも、他の人には真似のできない芸を持っておられるからです。いつもテレビで見るたび大いに笑わせてもらっています。あぁ、芸術家にしろ芸人にしろミュージシャンにしろ、なにか他の人には真似できないものを創作して表現できるって、素晴らしい。私もなにか、素敵に魅力的に、表現したいなぁ。なにを表現したいのか、まずそれを見つけなくては。創作と表現への憧れは、死ぬまで手放さない。捨てない。
by papiko-gokko | 2009-04-19 22:19 | Diary | Comments(0)

 夫がにわかにユーミンの古いアルバムを借りてきたので、夫が仕事にでている間、そのアルバムを流しながら、めぞん一刻を猛烈な勢いで読み返しました。めぞん一刻、すばらしい・・・バイブル漫画。めぞんの世界にどっぷりつかりながらユーミンを聴いていると、今が2009年であることを忘れそうでした。
 ユーミンは私と夫が一緒に聴ける数少ないアーティストのひとりですが、好きな歌の種類はまったく違います。夫の好きなのは、「守ってあげたい」「ANNIVERSARY」「やさしさに包まれたなら」など、今ここにある愛をうたった、柔らくて優しい曲。一方私が好きなのは、「リフレインが叫んでる」「最後の嘘」「あの日にかえりたい」「Hello, my friend」「翳りゆく部屋」など、今ここにはない愛、ここから消えゆこうとしている愛をうたった、強くて寂しい曲。どの時期の歌を聴いても、不思議なくらい好きな曲が合いません。きっと私と夫は、歌を聴いてかみしめたいものが違うのでしょう。夫はユーミンのほかに、海援隊のCDも借りていました。海援隊って、あんまり聴いたことがないから、私も聴いてみようと思います。でも夫が好きということは、私には合わない可能性が高いなぁ・・・

 その夫が帰ってきてからは、youtubeで不二子・F・不二雄アニメを中心に子供のころみていたアニメの主題歌をいろいろ探して聴いて、懐かしい!と言いあいました。日曜は「キテレツ」みて、そのあと「ごっつええ感じ」見て寝たら、あっというまに月曜なんだよねぇ・・・とか、そんな会話をしみじみしたりして、なんだか今日は、懐古的な一日だったなぁ・・・。明日はちゃんと、今を生きようと思います。
by papiko-gokko | 2009-04-19 01:03 | Diary | Comments(0)