日記と短歌
by papiko
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あいまいに君が示したさよならの型をとるため涙ながすの
 営業部窓際の鉢植えイチゴ、ひとつひとつがますます赤みを増して、フロア全体ほのかに、甘ったるい匂いが漂っています。どうするの、このイチゴ。無農薬で育てたのでちっちゃな虫が湧いてしまって、営業さんが殺虫効果のある液体を買ってきました。本当に、どうなるのだろう。みんなもう十分に、赤くなってしまって。パック詰めされていない食べ物の変化にこんなにも戸惑うとは、現代っ子で困ります。だれか素敵な人がジャムをつくってくれたら、家から食パンを持ってきて、お昼ごはんに頂きたいけど、なぁ。

 甘ったるい匂いのなか、今日は月末集計の日でした。忙しくて、そのうえイチゴの匂いのせいかやたらお腹もすいて、電卓をたたきながら、ゼロの数だけクラクラしました。月末はお得意先への請求書をたくさん郵送します。80円切手はまだ少年サンデー・マガジンの記念切手がたくさんあったのだけど、私が使う気満々だった「うる星やつら」は人気があったみたいで、もうなくなってしまっていました。切手を使うのがほとんど事務員なので、タッチやパーマンなど可愛げのあって女の子も好きなタイプの漫画ほど数が少なくなっており、明日のジョーとか、タイガーマスクとか、巨人の星などの、筋肉質で劇画チックで男くさい漫画は、どっさり残っているのです。私もまた、その手の筋肉を慎重に避け、わずかに余っている可愛い系の切手を選んで貼りました。でも、この前ぐちぐち怒られた人には、明日のジョーを貼りました。くらえ真っ白燃え尽きパンチ。

 そんな、甘ったるくて忙しい営業部に、ふたりの人が、今日までで会社を辞めますのでこれまでお世話になりましたと、挨拶に来ました。二人とも別部署の人でそこまで深い関わりはなかったとはいえ、それでもやっぱり、寂しかったです。春の出会いは目まぐるしくて、くたくたに疲れるけれど、春の別れは穏やか過ぎて眩しくて、気だるいな。もう会うこともないのだなぁと思いながら、「おつかれさまでした、ありがとうございました、これからもがんばってください」と、みんなと同じ程度のテンションで、ふたりの人に言いました。数日前に色紙が回ってきて、そのときは一生懸命に考えながら書いたはずなのに、何色のペンをつかったのかも、もう思い出せません。

 今日も夫の帰りが遅いので、テレビはつけず、音楽を流して、ぼんやりしています。椎名林檎を聴いています。椎名林檎の私生活は、働く私の平日の、テーマソングです。夜ごはんのメニューはもう決めていて、昨日切りすぎたキャベツを味噌汁に入れるのと、昨日焼いたけど食べなかったホッケのひらきと、納豆と、それからジャガイモをダシとしょうゆで煮て鰹節をかけたものというイメージでいます。ジャガイモうまくやれるかな。
by papiko-gokko | 2009-03-31 22:49 | Diary
ぼくは街をたいらげる
 仕事をしているあいだ、ポケットに入れている携帯に、夫から「今日は遅くなるから先ごはん食べなさい」というメールがあり、母から「このTシャツいらない?かあさんには似合わないの」という写真付きメールがあり、それからしばらくして上の妹から「これ、生協でおかあさんが買ってた。こわい!」と、ムーミンビスケット(パッケージは可愛いけど、ビスケットのムーミンが目を見開きすぎていて不気味)の写真つきメールが届き、三つのメールに想いを馳せているうちに、仕事の時間が終わりました。
 帰りがけ、無性にミスドのクリームドーナツが食べたくてしかたなくなり、ハチミツのやら砂糖たっぷりのやら、四つも買いました。次のお客さんが気になりついつい焦って選んでしまうので、ミスドではいつも、幾つ買ったときでも、なにか本当に食べたい味のドーナツを選び損ねたような、もったいないことをしたような気持ちが残ります。全部買い占めない限り、完璧なセレクション!とは思えないようにできているのかもしれません。
 クリームドーナツは、駅のホームでベンチに腰かけ食べました。お行儀悪いと思ったけれど、電車がくるまで十分近くもあって、我慢ができなかったのです。分かりやすい生クリームの味と、淡く染まった春の夕焼けは、どちらかというと不似合いで、それゆえに、自分がとてもいけないみっともないことをしているように感じて、心細く、痒みを引き起こす風に苛立ちました。昨日はぴんっと立ち直ったかに思えた肌でしたが、今日はやっぱり、痒いです。時期的に春の花粉のせいだとは思うのですが、東京よりはるかに草木の多い実家ではよくなるし、昨日も森林の中ではよくなって、街だと痒いというのは、一体どういうことだろう。土がないから?
 家に帰ってお風呂に入り、それから昨日義母がお茶を飲みながら教えてくれた、納豆ドリアをつくってみました。グラタン皿にバターを塗って、ご飯を入れて、普通の納豆ひとパックを備え付けのダシと混ぜあわせてからごはんの上に乗せて、そのうえからとろけるチーズをかけて、粉チーズ(夫の実家では、パルメザンチーズと呼ぶ!)をかけて、オーブンで焼くだけ。出来立てのアツアツを食べたら、香ばしくて、とても美味しかったです。子供のころ、テレビで「卵かけ焼き」というのを見て妹と挑戦してみたら、卵かけごはんがただちょっと焦げて苦くなっただけだったという切ない思い出がありますが、これは、ただの納豆ごはんが焦げて苦くなったやつじゃありませんでした。ナイス納豆ドリアでした。
 美味しかったので、夫が帰ってきたら、夫のぶんもつくります。昨日もドリアで、今日もドリアですが、作ってみたかったのだから、いいや。もうひとつ、簡単なカボチャドリアの作り方も教えてもらったので、明日はカボチャドリアにしようかな。そしてドリアンぱぴこに改名しようかな。
 そんな一日でした。相対性理論と、エレファントカシマシを聴いています。先日「伊東家の食卓」のスペシャルでやっていた、魚焼きグリルに片栗粉を入れてきれいにするのを試してみたり、定額給付金どうしようかなぁとわくわく考えたり、私どこまでも小市民。私はこれからも小市民なりに町や国のルールを守って暮らすので、えらい人たちは、どうか私たちの生活の基盤を、守ってください。
by papiko-gokko | 2009-03-30 23:30 | Diary
サクラ咲け素朴さよりも演出を私はここで恋に落ちるの
 楽しかった!今日は横浜へ行き、夫と義母と三人で、気の早いお花見をしてきました。場所は、「こどもの国」という、ひろいひろい自然公園。夫は子供のころによく来ていたようで、行く前から「懐かしいなぁ」と連発していました。買ったデジカメ初活躍記念に、今日は写真満載の日記にしたいと思います。

 ゲートを抜けてすぐ、地面に目を奪われました。アスファルトじゅう、カラフルな落書きだらかねのです。広場の真ん中に箱いっぱいのチョークが用意されていて、子供達が自由に落書きできるスペースにしてあるのでした。さすがこどもの国!夢のよう!こどもの頃の私を連れて来てやりたくなりました。
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 アスファルトの広場を抜けると、芝生が広がっていて、子供達が駆け回っていました。ローラースケートやボールなど遊具を持ってきて遊んでいる子もたくさんいます。広場の中心には色とりどりのパンジーが植えられていて、もう少ししたら、チューリップもたくさん咲くようでした。芝生でお弁当を食べている人達もたくさんいたので、私たちもここでお弁当を広げることにしました。
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 お昼ご飯は、義母の手づくりお弁当!出来たてのおにぎり(土鍋で炊いたご飯!)とから揚げ、それからポテトサラダにアスパラのベーコン巻きを、私と夫で大きなお弁当箱に詰め込んできたのです。日なたの芝生に、行きがけに買ったビニールシートをひろげ、靴を脱いでシートに座ると、おしりのでこぼこする感じから、懐かしさがこみ上げてきました。シートに座ってお弁当なんて、まったくいつぶりのことだったろう。お弁当をパカリを開くと、おにぎりのお米が日光を浴びてつやつや光り、一層おいしそうに見えました。夢中で遊び回る子供を眺め、こどもの遊びは変わらないんだねぇ、ローラーブレード流行ったよねぇ、なんて話ながら、のどかで健やかな時間を過ごしました。大人だけのピクニックというのも、なかなか悪くありません。
 お弁当をきれいに平らげ、義母手づくりのおはぎ(小豆から手づくり!)を頂いて、すっかり満腹になったところで、さていきますかと三人よっこら立ち上がり、ばさばさ風に煽られながらシートをたたんで、お弁当を食べたぶんだけ軽くなった荷物をさげて、えっちらおっちら、お散歩開始。やはり桜はまだほとんどつぼみだったけれど、桜以外にも様々な木々が植えてあり、野生の草花ものびのび育っていて美しく、十分に春を感じることが出来ました。
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 園内には牧場があり、そこのソフトクリームが美味しいから食べようということで、木々や草花を楽しみながら、牧場を目指してひたすら歩きました。もっと近い行き方もあったのかもしれませんが、私たちは外周道路を通ったため、一時間近く歩いていたと思います。人の声はせず、鶯がホーホケキョと甲高く、青空にクイッとひっかけるように鳴いていました
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山の中だけあって坂道も多く、運動不足の私は息切れしたけれど、いい空気をいっぱい吸い、写真も思う存分撮りながら、楽しく歩きました。カメラをもっていると、綺麗な景色に対して貪欲でいられます。
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 ようやく牧場についたころには、三人とも十分体が温まり、少し汗ばむぐらいで、ソフトクリームを食べたい気分が盛り上がっていました。途中、牛やひつじがいたけれど、夫と義母が「くっさい」「きっつい」としきりに眉をひそめるので、足早に通り過ぎました。まったく、これだから都会の人は。牧場にはなぜだか、満開の桜が一本ありました。名前を義母が言っていたのに、忘れてしまったなぁ。花の名前って、実に覚えられません。義母は草花の名前をとてもよく知っていて、「これはなんだろ」と言うたびサラリと花の名前がでてきて、感心するばかりでした。
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 ソフトクリーム屋さんには、行列ができていました。最初はその長さにげんなりしたけれど、並んで買って食べてみて、これは行列ができるだろうと納得。ぽってり甘くて濃厚で、大変美味しいクリームです。三人ベンチに腰掛けてソフトクリームを舐めているすぐそばのスピーカーからは、子供のころに聴き馴染んだ童謡が流れていて、遊びに連れていってもらう先々でソフトクリームを買ってもらっては、手と口の周りをべとべとにして叱られていた幼いの頃を思い出し、ひと舐めごとに子供の私に戻って行くような錯覚をしました。味と匂いと音楽があれば、人の心はあっという間に時空を越えます。あのころは横浜の公園でソフトクリームを食べる日が来るだなんて、思いもよらなかった。
 ソフトクリームを食べ終わり、満たされた気持で少し歩くと、100円で動く動物の乗り物や、バネで動いたり二人で漕いだりするおもしろ自転車や、レールの上を人力で走る乗り物などといった、子供が大好きそうな遊具のある遊び場があり、夫が「なつかしい!」と叫びました。子供の頃、ここへ遊びに来るたびに、おもしろ自転車で遊んでいたのだそうです。子供のころ夫がどの自転車を気に入っていたのかなど聞きながらゆっくりそこを通り過ぎ、すると45メートルほどのトンネルがありました。トンネルの向こうにはもうまもなく、最初くぐった出入り口ゲートの広場があるのです。「あぁ、ここのトンネル通る時はもう、いっつも遊び疲れてて、最後のほうなんだよね」と夫の語る懐かしい思い出が、真新しい風景として私の中に吹き込み、今日一日に見た景色と混ざり合って、記憶をまぶしくやわらかくしました。夫の懐かしい場所で、夫の思い出を聞くのって、とても好きです。思い出の場所なんて誰とでもいけるものじゃないし、思い出話となるとますます簡単に聞けるものではなく、だから自分が夫にとって、特別に許された距離にいるんだなぁという気持ちになれるから。
 最後は、ゲート広場のアスファルトに、記念のチョークお絵描き。舌の写真は夫の絵です。私も描いたけれど、あまりにもつまらない絵だったので、写すのをやめました。チョーク、久しぶりに握って、きゅんとしたなぁ。反射的に、相合傘とか書きたくなります。書けばよかったな。
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 絵を描き終え、三人とも充実した気持ちでゲートを出ました。太陽をたっぷり浴びて、緑をいっぱい眺めて、充電完了!という気分でした。日光と緑で、人はどうしてこんなにも、心身ともに満ち足りた気分になれるのだろう。日常的に不足しているということなのかな。どんな歌でも歌えそうな、どんな本でも読めそうな、浮遊しそうな眠気と疲労感が体中にあふれていました。
 夫の実家へ戻ると、義母がすぐ、私と夫が持って帰って食べる用の夜ごはんを作ってくれました。夫のリクエストで、ドリアです。くたくたなのに、すぐに台所へ立てるなんて、なんてすごいんだろう!私にはとてもじゃないけれど、真似できません。帰ってすぐにできることといえば、猛然と日記を書くことぐらいです。
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 義母がドリアをつくってくれている間に、私と夫は犬の散歩に出かけました。この犬さんが、夫によく似て気難しく警戒心が強く頑固で臆病で、なんとも愛すべきおじいちゃんなのです。義母とでなければ散歩にいきたくないと家の前で踏ん張りまくり、連れ出すのが大変でした。それでもクッキーにつられて歩きだすところが、ナイスミドルなところです。始終びくびく歩き続けていましたが、途中で気持ちよさそうに放尿なさったので、安心しました。
 散歩を終え、ドリアとカラ揚げとポテトサラダをもらって、お茶を一杯いただいてから、夫の実家をお暇しました。あぁ、夫の実家に行くたび、朗らかな暮らしっていいなぁと思います。私も朗らかな暮らしを心掛けたいと思います。
 家に帰ってから頂いたドリアは、素晴らしく美味しく、今日の締めくくりとして最適でした。すごいなぁ。どうすればあんなに朗らかに、お料理やお菓子をどんどこ作ったり部屋を綺麗に保ったり、できるんだろう。最初はそのすごさを警戒していましたが、今はもう、自分には到達し得ない存在として、ただただ素直に憧れます。私は、あんなふうには朗らかになんでもこなせないけれど、そのかわり、自分でやろうと思ったことに対しては、踏ん張り奮闘する妻でいよう。
 今、お風呂からあがって顔に化粧水をつけたら、なんだかひさびさにいい調子になっている!私の肌は、自然が好きなんだなぁ。大きな観葉植物なんかを家に置くと、いいのだろうか。
 桜がまだ咲いていなかったぶん、かえってじっくり自然そのものを満喫できました。気持ちのいいお花見でした。
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by papiko-gokko | 2009-03-29 22:53 | Diary
ケンカするまえに笑顔で火にかけたシチューが煮えていい匂いだね
 無頓着な正直モノよりも、心を痛めながら嘘をついてしまう人間のほうが、あたたかい。私はそういう人と、話がしたい。そう思ったら、なんだか気が楽になった。自分を正直だと感じる時には、その中に潜む嘘を見つけるために、自分を嘘つきだと感じる時には、あふれすぎた声から本当の気持ちを探し出すために、いつでも私は私の言葉に、実直でいよう。

***

 今日は何時間もかけて、家の掃除をがんばりました。これから暖かくなって長いゴキブリシーズンが始まるので、念入りにやらねば。なんとかあの黒光りを見ることなく一年を過ごしたいものです。
 明日は、夫と義母と、横浜のどこかでお花見をする予定です。まだつぼみが多そうだけど、来週は夫と私の休みが合わなくて、今週決行することになりました。ついにデジタルカメラの出番。練習に部屋でパシャパシャやっているけれど、変化のある被写体が夫しかいないので、いまいち面白くありません。きれいな桜を撮れますように。
 それにしても一日中、もったり眠たい、チカチカ痒い。春だなぁ。生き物の一員として、もっともっと全身で春を喜び愛したいのだけれど、今年の春はなかなか、私にとって手ごわいです。B'zを聴いて元気をだそう。
by papiko-gokko | 2009-03-28 18:35 | Diary
向かい合うほどに言葉は愛よりも卑怯な嘘とたやすく馴染む
 書くということについて、今はまた、立ち止まりどきのよう。私はしょっちゅう立ち止まるなぁ。
 正直に、偽りなくと、思えば思うほど、言葉は扱いづらくなり、口を閉ざしてしまいたくなって、読むことのほうに逃げ込んでみる。そうしてよい文章を少し読むとまた、むらむらと自分も何か書きたくなって、自分に書けることはなんだろうと見渡したとき、結局それは自分の出会ったことや感じたこと意外に考えられず、だからまた、正直に、偽りなくと、繰り返し唱えながら、必死で言葉をたぐり寄せる。
 言葉は正直者よりも、嘘つき上手の舌とのほうが、馴染んで仲良くなりやすい。私は嘘つきだから、言葉が好きで仕方ない。嘘つきだから言葉を好きなのに、それなのに言葉を書きたいという気持ちは正直な欲望として存在しているから、なんだかややこしいのだ。食べることが私を生き物として成立させ、眠ることが私に人間らしい意識を与え、愛することが私に女性であることを自覚させるように、書くことが、私を私たらしめる。
 あぁ、書いていたい、書いていたい、書いていたいという思いばかりが先行して、いつも使える言葉と真実が足りない。書きたいことは、大それた思想でも大いなる発見でもなく、ただ、私が生きた今日という日が確かにあったということ。それすら満足に書ききれなくて、書ききれないから書くことが、毎日のように気持ちいい。

***

 朝早く、夫の携帯アラームで半分ぐらい目を覚まし、あぁ夫がでかける時間ということは私もじきに起きる時間なのだなぁと思いながらとうとうとしていると、意識の中にうっすらと電子音が入り込んできて、次第にはっきり聞こえ始めました。夫のアラームでも私のアラームでもなければ、うちにあるどの電子機器のものでもない、甲高くて聴きなれない、何か不安を煽る音です。ピルルル、ピルルル、少し間をおいてまた、ピルルル、ピルルル。その繰り返し。
 今から思えばあれは、几帳面な鳥のさえずりだったのかもしれないし、そうでないにしても、明らかに外から聞こえてくる我が家とは無関係の音でした。しかしそのときの私は、やはり寝ぼけていたのでしょう。その奇妙な音を、窓に取り付けてある防犯アラームに違いないと、瞬時に思い込みました。私の家のすべての窓には市販の防犯アラームを設置しており、硝子を割られたり外から勝手に開けられたりすると、けたたましいアラームが鳴るようになっているのです。泥棒が部屋にいるのかもしれない。意識は恐怖にゆすぶられ、みるみる覚醒していきました。ふとんのなかで体を硬くし、どうしよう逃げるか、でも逃げるにしたって、今相当眠いし、顔も洗ってないしおなかすいたし、第一むやみに音をたてては殺されるかもしれん、あー、どうしよう、どうしよう、どうしようと思いながら、気づくと夫の携帯電話をならしていました。
 しばらく鳴らしても出ないので時計をみると、まだ、夫のアラームが鳴った時刻から十五分しかたっていません。なんだまだ家にいるじゃないかと安心して、今度は何度も名前を呼びました。すると少ししてから、ジャーとトイレを流す音がして、夫が部屋に入ってきました。夫の顔を見ると同時に自分が馬鹿な思い込みをしたと気づきつつも、「あの、へんなアラームなに。泥棒は入ってないの?」と聞くと、夫はきょとんとした顔で「入ってないよ。外の音でしょう。」と答えました。そして私の頭に触れ、「あたま、あったかーい」といって、出て行きました。いつも、私が「どうしよう」と途方に暮れているときには、なぜだか夫はのんきな様子で、反対に、夫が「どうしよう」と縮みあがっているときには、どういうわけだか私が平気な気持ちです。どちらかが落ち着いていられる世界であるうちは、大丈夫なのだな。どうかいつまでも。
 泥棒がいないと知って安心したあったかい頭で、私は再びうとうと眠りにつき、けれどもまだ恐怖感が体の中に残っていたようで、恐い不快な夢を見ました。いつも決まった曜日に会社へくるおばちゃんが、なぜか我が家にまで侵入してきて、強引に掃除をしようとする夢です。自分の家に人が入ってくる夢というのは、割と頻繁に見ます。夫と私だけの空間だと思い込んでいたのに、実は玄関とトイレとお風呂は他の人間と共同だったと気づいて急に居心地が悪くなる夢とか、いろいろな人がうちの合鍵をもっていて当たり前に出入りする落ち着かない夢とか。そんな夢を見たときはいつも、不愉快極まりない気持で目覚めます。この家は、「誰も触れない二人だけの国」でなければ絶対にいやで、家の中では夫以外の他者を感じたくないから(友達が遊びに来たのとかはもちろん除いて)、その想いが強すぎて、こんな夢を頻繁にみるのかもしれません。

 早朝に恐い思い込みをして、そのあと恐い夢までみたせいで、会社へ到着してから、家の鍵をしっかりかけたかどうか、猛烈に不安になりました。我が家の玄関には市販の二重ロックを買って取りつけてあり、手間はかかるけれど安心です。本当は窓も、防犯ブザーだけでなく二重ロックもつけてガラス割り防止シートも貼りまくりたいと思っているのですが、防犯グッズは高いので、そこまではまだできていません。しかし子供ができて家にいる時間が増えたら絶対に、それもしようと思っています。夫はそんな防犯グッズ好きの私を、「どんだけ危険な地域に住んでるつもりでいるの」と笑うけれど、子供のころテレビニュースが東京を知る一番の情報手段だった私にとって、東京は毎日恐いことの起こる相当危険な地域です。できることなら、毎日よろいを着て出かけたいぐらいです。
 鍵のことが気になって会社をでたので忘れものをして、会社に慌てて戻ったら、「忘れ物の女王ぱぴこさん今日は何を忘れたの?」とみんなが笑ってこちらを見ていました。忘れ物の女王!なんという称号!しょっちゅう忘れ物をしては取りに戻るので、そんなすごい地位までのぼりつめてしまいました。一度など、ポケットに鍵を入れたコートを着て帰ることを忘れて家の前までついてから気付いて引き返し、残業をしていた営業さんたちにすごく驚かれたこともあります。なぜここまで注意力が散漫なのだろう。こんなことではいつか取り返しのつかない事になりそうだ、と思いながら、25年間なんとか無事にやってきました。私と同じく忘れ物が趣味のような母も、50年間なんとか無事にやってきたので、私も母を目指してがんばろうと思います。
 とんだ女王になってしまったけれど、家の鍵はかかっていて、どろぼうも入ってなかったので、よかった、よかった。気の休まらない一日でした。
by papiko-gokko | 2009-03-27 21:10 | Diary
優しくはいられない街ゴミの日の朝はカラスの低空飛行
 去年の暮れ頃、お調子者の営業さんが取引先の社長さんからもらってきた鉢植えのイチゴが、営業部の窓際で今、食べごろを迎えようとしています。もらいたての時は雑草がちょこんと生えているような感じで、そこからイチゴができるとはとても思えなかったのに、ブラインド越しの日を浴びてどんどん葉が広がりツルが伸び、そして三月の初めごろ、葉っぱの間に小指の先ほど小さな緑色のイチゴが一粒できているのを見つけた時には、まるで奇跡みたいだと感心しました。今では七粒ぐらい実っていて、そのうちの半分はもうすっかりよく見かけるイチゴのサイズにまで成長し、色もほんのり赤くなっています。植物の生命力って、すごいなぁ。埃っぽい営業部の窓際で、こんなにちゃんと育つとは。鉢植えのイチゴは、パック詰めされているのよりも、ずっと甘く濃厚な匂いを放っています。味はどんなのだろう。誰か食べてみないのかな。
 イチゴに感動したので、今日は営業部での出来事ふたつ。

 今日の出来事。外回りに出かけた担当営業さんから電話がかかってきて「手形と領収書がぼくのカバンに入ってると思うんで、それ昨日私忘れてたんで、経理に渡しといてもらえます?」といわれ、はじめて営業さんの黒いビジネスバックを開けました。いつもは持って出かけるのですが、今日はなぜか持って出かけていなかったのです。
 営業さんはさらりと指示をしたけれど、私はカバンを開けるどころか触るのも初めてで、持ち上げたらずしっと想像以上に重く、緊張が走りました。人のカバンを開けるのって、なんだか非常にどきどきします。男の子が女の子のブラウスのボタンをはずす気分はこういうものかしらと思うような妙な高まりを感じながら(変態なのかもしれません)、おそるおそるファスナーをすべらせると、中には書類やファイルや封筒が整然と入っていて、かすかにタバコのにおいがしました。私のカバンとは比べ物にならないくらいきれいだったので、すぐに手形も見つかって、それだけさっと抜き取ると、無意味にあわててチャックを閉めました。そして几帳面なほどきっちりと、元の位置に戻しておきました。
 カバンの中は、なんとなく、夫のでさえ、探ってはいけない気がしています。私のカバンの中があまりにごっちゃりしていて人に見せられるものじゃないから、というのもおおいにあるし、それにカバンは、心の影の部分と身近な距離にあるものだと感じるからです。その人にとっての必要なものや、持ち歩いていたいものが入っている、その中をぐわりと開けて目の当たりにするのは、なんだか取り返しのつかないことを知ってしまいそうで、恐ろしいのです。書類しかなくて、よかったよかった。

 昨日の出来事。営業部では、80円切手だけいつも記念切手をつかっています。身に付けるものの趣味がよくてお洒落な営業さんが、ある日切手箱を見ながら「もうこのはとぽっぽの絵は見飽きたよー、なんかおもしろい記念切手を買ってきてー」と、切手購入担当の事務員さんに言ったのがきっかけでした。それからというもの記念切手が導入され、12月には全国各地の雪祭りの様子だったり、お正月には牛だったりと毎回絵柄が変わっていくので、切手箱を開けるのがひそかな楽しみになっています。
 昨日は切手箱を開けて、「あー!」と思わず声をあげてしまいました。80円切手のところに『タッチ』のイラスト入り切手が入っていたのです。これは少年サンデーとマガジンの50周年切手だ!とすぐに気づき、80円切手を全部机の上にだして並べてみると、私の大好きな「うる星やつら」ももちろんあったし、「おそ松くん」「バカボン」「パーマン」「ゲゲゲの鬼太郎」「サイボーグ009」「カムイ伝」「明日のジョー」「巨人の星」などなど、読んだことはなくてもよく知っている漫画が勢ぞろいでした。仕事中にこんな楽しいものにばったり出会えるなんてとすっかりテンションが上がって、しばらく仕事そっちのけで、並べた切手を眺めながらウフウフニヤニヤしてしまいました。そして出す書類には、どれにしようか思う存分迷った結果、結局一番最初目に入ったタッチの切手を貼りました。
 そういえば記念切手買ってきてと言っていたお洒落営業さんが数日前、自分の担当事務員さんに「じゃあさー、○○支店には鬼太郎っぽい人がいるから、鬼太郎ね。○○営業所にはザ・タッチにそっくりな人がいるから、タッチで決まりね。」と話していたのが聞こえてきて、あだ名をつけているのかなぁと思っていたけれど、記念切手のことだったのか!もうすぐ月末で大量の請求書を郵送するので、私も誰にどの切手で出すか、今から考えておこうと思います。いつも優しい対応をしてくれる会社には、うる星やつらにしよう。いつもこわいおじさんの会社には、巨人の星とか明日のジョーとか、血気盛んっぽいやつにしよう。
by papiko-gokko | 2009-03-26 21:25 | Diary
恥じらいと不誠実からカタカナで送る『ゴメンネ』 許さないでね
 寒い朝。スプリングコートでは心もとなくて、しぶしぶ冬のコートで出かけたけれど、お寺の雑木林近くを通れば、冬のような冷たい風のなかにも、草花の匂いがふんだんに含まれていて、やっぱり季節は春でした。よかった、春がきた。花粉で肌が痒くても、心を不安に揺すぶられても、それでも春は、私の愛する季節です。

 最近ふとんを愛しています。夫の出勤時刻が早まった影響で、私もつられてなんとなく早めにふとんに入るようになり、ふとんの中で過ごす時間が増えました。寝付きのいいほうではないけれど、眠れない時間も近頃は少しも苦痛ではありません。体と一体化していく掛け布団の温もりといい、体の動きに合わせて寄るシーツのしわといい、枕の耳障りといい弾力といい、なんて気持がいいのだろう。お昼休み中に読んだ小説のなかに、体を横たえ重力に逆らっていない面積が広くなることを「地球と仲良くなる」と表現している場面があって、なるほどだからこんなに気持がいいわけかと、納得しました。地球と仲良くすればするほど、人は意識が遠のいて、眠ってしまうのか。

 ふとんごろごろを愛する一方で、なにか運動がしたいとも思っています。会社でも家でもまったく運動をしないので、このままでは体がなまる一方で、体によくない気がするからです。利用する駅にあるジムなど少し興味があるけれど、きっとそういう施設は高いのだろうし、どうも窓から見える様子から察するにエンジョイマッチョ的運動ばかりで疲れそうだし、なにかもっと、毎日ゆるやかなテンポで体を動かせることがいいです。ヨガなんか全身が伸びて気持よさそうだけれど、独学では難しいそうだし、かといって習い事は、子供のころ中途半端な濃度の人間関係に擦り切れたという記憶しかないから、かなり抵抗があります。とりあえず、お風呂上りのストレッチと徒歩通勤から、始めようかな。あとは、腕立て伏せと腹筋背筋なんかも、習慣にできるようがんばってみよう。

 それからもうひとつ、お腹から声を出すことをしたいです。中学高校と声を出す部活で、これは私の精神状態によい効果を与えていました。お腹から声を出している時は、粘つく思考が瞬間的にさらりとする気がします。ひとりカラオケもいいけれど、どちらかといえば趣味としてではなく、仕事としてやってみたいです。単に快楽や楽しみのためではなく、真剣勝負の心で、相手に届けねばらならないのだという義務感を持って、声を出したいのです。よし、次に仕事を選ぶときは、このことを念頭に入れておこう。

 WBCで日本が優勝して、夫が大喜びです。チャンネルをまわしてはWBCの特番を見まくり、ひゃっひゃと笑っています。イチロー選手のスター性に憧れるそうです。私はダルビッシュ選手のほうが好みだけど、イチロー選手に憧れる男の人の思考回路は好ましいなぁと思いました。
by papiko-gokko | 2009-03-24 21:58 | Diary
憧れを夏に焼かれて僕達は過ぎた祭りのうちわで扇ぐ
 三連休明け、憂鬱な月曜の朝を乗り切り、三月に入ってからというものほとんどそっちのけになっていた読書も再開し、心身ともに、ようやく日常の感覚が戻ってきた気がします。昨日までは日常に戻ることが残念でならず、明日へ明日へと流れる時の仕組みを恨めしく感じていましたが、戻ってしまえば日常も、悪いものではありません。昨日、体に食い込むほどイヤでイヤで仕方ないものに思えた仕事も、いざ電車に乗ってタイムカードを押して席についてしまえば、なんてことなくがんばれます。電話を取ったりファックスを送ったりするうち、家にいては得られない、程よい攻撃性を含んだ元気が沸いてきました。

 それにしても私ときたら、周りの人からちやほや特別扱いしてもらうことが、こんなに好きだったなんて。これは母から聞いた話ですが、二歳の頃に従妹が生まれて親戚で集まったとき、みんなの注目が自分ではなく従妹に向けられたとたん、私はものすごい癇癪を起こして大蛇と化し、窓硝子に額をこすりつけながら泣き喚いたそうです。その恐ろしい様を目の当たりにした両親は、その一年後に妹が生まれたとき、くれぐれも注目が妹だけにいかないよう、いかなるときも父だけは常に私の相手をするという決まりを作ったのでした。
 成長するにしたがって、自分を抑えおとなしく生きる術を会得したつもりでいたけれど、それでも結局私のちやほやされたい欲は、二歳児の頃から根本的には変わっていないのかもしれません。久々に親戚の大人達からちやほやされて、二歳児の心がむくっと目覚め有頂天になってはしゃぎ、再び日常の自分に戻るのに少し、苦労してしまいました。でもやっともう、大丈夫。いい夢みさせてもらったわと冷静に思っています。

 当たり前のことながら、私の日常は別に誰からもちやほやなんてされなくて、自分の気分は自分で鼓舞していくしかなくて、だから私は、自分の日常を自分でちやほやするために、こうして日記を書くのかもしれません。
 心が再び日常の自分になじんでいくにつれて、非日常の中にいたときの何倍も強い吸収力でもって、いろいろな音楽が、心に染み込んできます。音楽を聴くことは日記を書くのとはまた違った力で、私の日常風景を、ちやほや盛り上げ酔わせ鮮やかにしてくれます。こんなに音楽が染み込んでくるのならば、やっぱり私は、非日常よりも日常が好きだなぁ。
 今日一番染み込んできた曲は、音速ラインの「青春色」。音速ラインの歌は、メロディがとても好きです。スピッツに近い、それよりもっと自信がなくて心細い種類のきゅんきゅんを感じます。
 
 一日をそれなりにがんばって、毎週月曜限定の99円のシャケの切り身を二切れ買って家に帰ると、ポストにB'zのファンクラブから、新しい一年会員カードが届いていました。嗚呼、日常に戻って強く強く思うことといえば、B'zのライブに行きたい!B'zのライブは日常の粒子を、スポットライトで結晶に変えてくれるから、だから好きだ。大好きだ。大好きだ。
by papiko-gokko | 2009-03-23 21:56 | Diary
正当な前売り券を持つ人に嫉妬しながら闇を横切る
 連休がもうすぐ終わってしまうよとそればかり思いながら、ぼんやり過ごした日曜日。夫は仕事に出かけていて、外では春の強い風。あぁ、先週の今頃、私は花嫁さんだったのだなぁと思うと、なんとも、うらやましくて、時間を戻したくなります。準備はあんなに大変だったのに、終わってしまうと、もう一度やりたいような気分です。うわのそら開設以来最長の日記を書いてしまうほど、結婚式は私にとって、最高にいい気分の一日でした。あれだけ周りからちやほやもてはやされる日は、今後もうないのだろうなぁ。
 結婚式のあと、すぐさま新婚旅行へ出発する夫婦の多い理由が、今は非常によくわかります。翌日からいきなり日常に戻るには、花嫁の一日は、あまりに華やか過ぎるのです。もう少し、あと三日間ぐらいでいいから、非日常のなかで、自分たちの恋の成就こそが世界の中心であるかのような錯覚をひきずったまま、幸せいっぱい花嫁気分を、味わっていたかったなぁ。一度の結婚で何度も派手な披露宴をする芸能人の気持ちも、これまでは散々バカにしていたけれど、今は少しわかります。花嫁さんって、たった一日じゃ味わいきれないぐらい、いい気分だもの。
 実家から少しずつ、いろいろな人が撮ってくれた結婚式の日の写真が届いており、今はそれを、終わった祭りのチラシでも眺めるような気分で、ぼんやりしみじみ眺めています。一日ずっとビデオをまわしてくれていた人もいて、それももうじき届くので、楽しみにしているところです。結婚式をする前、ビデオを誰かに撮ってもらうよう頼もうかと親に尋ねられたときは、そんなの絶対あっても見ないだろうと思い生返事をしていましたが、式を終えた今は、一刻も早く見たくてしかたありません。ちやほやされて夢見心地だった私が、一体どんな花嫁さんだったのか、確認したくてうずうずします。そんな自分に、自分で若干ひいています。

 しかし、新婚旅行へいかなかった以上、もう夢に浸ってばかりはいられません。洗濯物が山のよう。これからそれをたたみつつ、夫の帰りを待つことにします。またお金と時間ができたら、ふたりで別の夢を見に、旅行へ行くぞ。絶対行くぞ。夫がなんと言おうと行くぞ。
by papiko-gokko | 2009-03-22 16:19 | Diary
街じゅうに春がきている大げさなあくびの後にため息が出る
 結婚式のことでドタバタしている間に、すっかり春になっていました。怠けと焦りが、頭の中で喧嘩を始める季節です。あくびのあとに、ため息のでる季節です。外を歩くと、あらゆる匂いが強く押し寄せて来るのを感じました。

 春分の日の金曜は、夫と二人でひさびさに吉祥寺へ行きました。吉祥寺は、相変わらず、お洒落で面白い街です。お昼は井の頭公園でたこ焼きを食べて、商店街であちこち買い物をしました。私は春に向けて、新しいキャスケットを買いました。大人になってからというもの、毎年春になると帽子を買っているような気がします。夜はハモニカ横町にあるイタリア料理屋さんで、少し贅沢な食事をしました。結婚式おつかれさまの御馳走です。なにやら難しい名前のものばかりで覚えていないけれど、美味しかったなぁ。最初、注文の前にテーブルに置かれていたアルコールランプに火を灯されて、テーブルの真ん中でゆらゆら揺れる炎を眺めながら、デート気分でした。都会の隠れ家的な雰囲気で、母を連れてきたら「東京ならではのお店だわ」と喜んでくれそうなので、今度来た時には是非連れてこようと思いました。

 今日は思い立って、近所の電気屋さんまで、デジタルカメラを買いにいきました。結婚式で頂いたお祝いの一部で、今お金があるうちに買っておこう!と、決意したのです。今のところ特にこれといって写すものがなくて、自分と夫のどうでもいい写真しか写していませんが、これから桜の季節になるし、そのうち旅行にも行きたいし、活躍すると思います。東京の良さをいっぱい写そう。
 夜には急きょ、友達一家が遊びにくることになりました。用事で近所まできているんだよと、電話があったのです。ちょうど数日前にお祝いで上等のお肉を頂いていたのがあったので、みんなで焼き肉をして食べました。味の違いのあまりわからない私の舌でもピカンとわかるほどに、このお肉は、美味しかった!はふはふもりもり食べました。一歳半の子は相変わらず愛らしくて、この前会った時にはあまり好かれなかったけれど、今日はそれなりに懐いてくれて、幸せでした。会うたびに、しゃべる言葉が増えていきます。会話ができるようになるまで、あと一歩。がんばれ。
by papiko-gokko | 2009-03-22 00:06 | Diary


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