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日記と短歌


by papiko

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 安売りのクッキーを食べながら、音楽を聴いていました。時間を無駄にしてしまうのが恐いときは、とりあえず音楽をかけます。音楽は、過ぎる時間に起伏を与えて、少し上等にしてくれます。今日は主に、東京事変と相対性理論とスピッツを聴きました。気だるさと心細さと苛立ちが、ほどよくあって、好きだなぁ。

 その後クッキーを食べ終わっても、聴きたい音楽を一通り聴き終っても、どうも元気がでなくて、座椅子にぐでんと転がり小説を読んでいたら、主人公がお酒に酔って「十五銭で接吻しておくれよ」と言ったりして、読み進めるうちに自分も無性にお酒が飲みたくなり、ひさびさのひとり酒をすることにしました。大学生のころなどは、たまに缶チューハイを買ってきてひとりで飲んだりしたものですが、夫と暮らすようになってからは、お酒に強い彼が毎日おいしそうにゆっくりビールと日本酒を飲むので、そんな人のそばでご飯を食べていると、なんだか自分まで飲んだような気分になれてしまって、実際にはほとんど飲んでいなかったのでした。
 夫がいつもそうするように、蕎麦猪口に日本酒をなみなみと注いでレンジで温め、熱燗にします。おつまみは、夫が買い貯めしている柿の種。一口二口含んだだけで、たちまち心臓の位置をぽうっと実感して、元気がでてきました。あぁ私は、お洒落なカッフェのカプチーノより、コタツで頂く日本酒が好き。断然好き。
 クッキーのあとで日本酒なんて、順序としては変だけれど、食べたいものややりたいことのひとつひとつ、いちいち辻褄が合って美しく繋がり続けていることなんて、そんなのは理想で、嘘だもの。クッキーの気分と日本酒の気分が、両立してしまうから、内を向いても外を向いても、人の世は複雑。

 元気は湧いてきながら、湧いてくるにつれ、悠長にお酒を飲んでいい場合ではないような気もしてきました。実際しなくてはならないことはあって、結婚式の準備が全然進まないままだし、それから、さしあたってはもうそろそろ、夜ごはんも作らなくては。例えば自分のしなければならないことが、地球防衛だったとしても、私はこうして、しなければしなければと思いながら、コタツで頬づえをついている気がするなぁ。
by papiko-gokko | 2009-01-31 20:01 | Diary | Comments(0)

雨と健康診断


 朝から雨が降っています。雨が降ると、空と街と風景がひとつに繋がって、絶え間ない雨音が、優しい人をますます優しく、冷たい人をいよいよ冷たくかたどりながら、繋がっても繋がっても混ざり合うことのできない世界の様子を、強調していきます。

 そんな雨のなか、今日は健康診断の日でした。会社の近くのクリニックで、診療時間の始まる前に受けるため、いつもより早く起きなければならないのですが、今日に限って携帯電話がマナーモードになっており目覚ましのアラームが機能せず、いつもより十分遅く起きてしまいました。猛スピードで準備して、走って走って走りまくって、なんとか規定の時間には間に合ったものの、クリニックに到着してすぐに着替えて診察に入り、走ったせいでまだ心臓のバクンバクンしている状態で血圧を測ったり聴診器をあてられたりしたため、「脈が早いなぁ。さては、走ってきましたね?」と、先生に苦笑いされてしまいました。正常な数値が、測れなかったのだろうなぁ・・・。一年に一度の貴重な診察なのに、無念です。
 検査のなかには採血もあり、一年ぶりの注射針に身を固くしつつ、そういえば私は注射の針を見ることのできる人だったっけどうだったっけと刺される直前まで思いだせずにいましたが、刺される瞬間に、ぴっと目をそらしました。針からそらした目で、注射器にだんだんと溜まっていく血を見ていました、驚くほどに紅く濃い血が、自分の内部から外部へと摂取されていくのを見ているうちに、本能的なものなのでしょう、親切な看護師さんに対して、敵意のようなものが湧いてきました。検査のためにしてくれているのだと頭ではわかっていても、自分の大事な大事な、たぶんもっとも色の濃く鮮やかな血液を奪われるのは、心底不快で恐ろしいことです。四歳のころ入院をして、採血のたび「いやだ!病気のままでいい!」と泣き叫んで病院中を逃げ回ったと母から何度か聞きましたが、そんなふうに言いたくなる気持ち、今でもわかるなぁ。下の妹は二歳児検診のときの注射で、まったく泣かずそのかわり、「痛いじゃんか!」とお医者さんに向かってぶち切れたそうです。それも、なんだかわかる。
 心電図は、楽にしてくださいと言われたとたん、緊張して、呼吸が乱れてしまいました。あんなにぎくしゃくした呼吸をしていたのに、正しく測れただろうか、心配です。もう一度、注射以外のすべての検査を受け直したい気分です。どうか健康でありますように。
by papiko-gokko | 2009-01-31 00:51 | Diary | Comments(0)

 眼鏡を拭いてばかりいます。よほど特別のお出かけや出会いの日でない限り、最近はもっぱら眼鏡で過ごしていて、家用と会社用のふたつを常備しているのですが、家でも会社でもすぐに汚れが気になって、拭いても拭いても、視界がスカッとしません。両方ともフレームのネジが弛んでずりやすくなっているため、頻繁に手でくいくい位置を直すので、そのときレンズにガサツな指がちょっとあたって、どんどん汚れてしまうのだと思います。
 コンタクトレンズならばそんなことで気をもまなくて済むけれど、私の目は潤い成分が少ないらしく、冬場など特にまばたきをいくらしても足りないほど乾くので、乾いた視界よりは汚れた視界のほうがいくらかマシかと、眼鏡をつけています。毎日コンタクトでがんばったのは、中高時代だけだったなぁ。先天性の遠視があって、四歳のころから眼鏡とともに生きてきたけれど、それだけ長く付き合っていても、眼鏡は顔の一部じゃなくて、私の生まれた瞬間にもっていたものだけが、いつまでも私の体の一部です。
 次に眼鏡をはずしてコンタクトレンズをつけるのは、特に予定が入らなければ、花嫁さんになる日です。ごめんね眼鏡。七五三のときも、成人式のときも、厄介物みたいにはずして写真を撮っちゃって。あなたは私の一部じゃないけど、あなたは私の視界きっての大親友。あぁ、それにしたってやっぱり、汚れやすくて困ったな。メガネ屋さんに売っている眼鏡専用の洗浄液を買って、そのときフレームのネジも直してもらおうか。よし、そうしよう。

***

 ですます調の日記と、である調の文語体で書く日記と、自分にとってはどちらのほうがいいのか、ここのところずっと考えているのだけれど、答えがでません。どちらの文体で書くのも好きだけど、どちらがいいのだろう。難しい問題!なので、思い切って、私はここで、質問をします。どちらがよいと、思いますか。あぁ、質問は、緊張する。対話の発生。
by papiko-gokko | 2009-01-29 22:18 | Diary | Comments(0)

 昨日の夜から、夫の元気がありません。夏を愛する彼は恐らく、続く寒さに疲れたのだと思います。
 夫の元気がないと、心細くなってムカムカします。そんな日もあるよねと優しく労わりたい気持ちと、しっかりしろ!と厳しく根性を叩きなおしてやりたい気分とが同時に湧いてきて、とても不安定になります。今朝は厳しい気持ちが勝って「もーうだうだせんで!」と辛く当たってしまい、家をでてから後悔したので夜は元気の出そうな料理をつくりました。カボチャとほうれん草とブロッコリーと豚肉と納豆、これだけ食べれば、元気がでるはずです。夫によれば、外出したため昨日の夜ごはんを吉野家で済ませたのが、元気の出ない理由とのことです。ぜいたくだなぁ。
 普段は「生きるの楽しい」と朗らかに言い放つほど愉快に心地よく生きているようで、あまり元気のなくならない夫なので、たまに元気がなくなると、いつもはっとして、そして子供のころ大好きだったアニメらんま1/2の『ド・ン・マ・イ来々少年』という歌を思い出します。当時小学生低学年だった私は乱馬のカッコよさに夢中になり、このアニメから男女関係のいろはを学びました。そのせいか、世の中に恋愛の歌はいくらでもあふれているというのに、夫のことを考えて思い浮かぶのは、らんま1/2の主題歌やエンディング曲が多いです。
 ともあれ、なやむけどくじけないを座右の銘にしている人だから、明日には元気になることでしょう。
by papiko-gokko | 2009-01-29 00:42 | Diary | Comments(0)

 夫の仕事が早く終わる日だったので、ふたりで池袋ジュンク堂へ行きました。目的は、引き出物選び。書籍は重たいし趣味も様々だからやめようと一度は選択肢からはずしたのですが、それからいくら考えてもこれといったものが思い浮かばず、やっぱりふたりで選ぶなら本しかないでしょうということで、見に行ってみることになったのでした。

 ジュンク堂のスケールには、訪れるたび圧倒されます。横断歩道を渡った先にそびえたつ、全面ガラス張りの美しい九階建てビル(地下を含めると十階!)全部が、本で埋め尽くされているのだと思うと、息をのむやら溜息が洩れるやら、入るまえから脈拍が乱れます。ビル正面側にはジグザグとエスカレーターが設置されており、夜はそのエスカレーターの輪郭が緑色に光るため、建物全体がますます魅惑的な雰囲気を増します。ガラスなのでエスカレーターを上り下りする人の影が見えて、一刻も早く自分もあの人たちの仲間入りをしたい!と、気持ちが焦ります。中へ入ってさっそくエスカレーターに乗ると、今度はガラス張りの内側から池袋の街を眺めることができて、わくわくは最高潮になります。観光で東京へきて池袋へ立ち寄ったならば、絶対の絶対に、行かなくては損です。

 いつもそうするように、今日も一番上まで一気に上がって、そこから順番に降りて行きました。八階では、自分たちの大学の赤本を見つけてニヤニヤしたり、絵本のコーナーで夫が「三びきのかわいいオオカミ」という絵本に興味を示したりしていました。
 そんな感じで七階、六階、五階とご機嫌に下っている途中、夫が急にしょぼんとした声で、「ジュンク堂とかくると、へこむ・・・」とつぶやきました。理由を問うと、「世の中には、読みたい本がいくらでもありすぎて・・・なんかぐったりする・・・」と、今度はため息交じりに答えます。あぁなんかすごくわかるわぁと、私もため息交じりに頷きました。普段の生活では目にすることのできない本が、こんなにもこの世に存在しているなんて、なんだかもう、どこから手をつけていいのか、なにを知ろうとすればいいのか、どこから諦めたらいいのか、あまりのまばゆさに、うろたえて、自分は今まで何してたんだろうと、苦しくなってしまいます。お菓子の家を発見して頬張りながら目を回す子供の気分です。

 これだ!という本は、三階文芸コーナーの、奥のほうにありました。その名も、『百年小説』。森鴎外から太宰治までの百年に活躍した作家の短編が、ぎゅうっと一冊に詰め込まれている、素晴らしすぎるまばゆさを放つ一冊です。広辞苑ほどの厚みがあり、臙脂色の布張りで装丁も美しく、きれいな絵の描かれた化粧箱に入っています。総ルビなのがちょっと難点ではあるけれど、文字の大きさや字間も読みやすいように工夫されていて、音読したくなります。夫はジュンク堂へ来るまえから、自分の働く書店でその存在を知っていてひそかに目をつけていたようで、ジュンク堂で私も初めて実物を見て、これしかない!と思いました。というか、自分がほしい!送料が高くつきそうですが、これにしようと思います。
by papiko-gokko | 2009-01-27 22:31 | Diary | Comments(0)

 私の「好き」は、二種類あります。ひとつは波のように高くなったり低くなったりを繰り返しながらも決してとまることのない半永久的な「好き」、もうひとつは、ぱっと一瞬あたりを明るくする稲光のような、瞬間的な「好き」。
 波のような好きは、家族や友達であったり、聴き続けている歌手であったり、読み続けている作家であったり、書くことや歌うことであったりと、自分の生命や精神を支えている人や物事に対して抱きます。波に寄り添う浜辺のように、好きのリズムに心を濡らされ模様をつくられ、さまざまな発見を打ち上げられながら、絶えずその存在を感じています。
 もうひとつの、稲光のような好きに対しては、自分でも驚くほどに、薄情です。それは例えば、食べ物であったり、役者の表情であったり、何かのデザインだったりするのですが、見たり食べたりした瞬間に、ビリッと衝撃が走って世界がひっくりかえるくらいに光って、好きだなぁ!と感じ、「これとても好き」とそのままの激しさで誰かに伝えたりするのだけれど、そのくせ、その稲妻の時を過ぎると、嵐のあとの穏やかに澄ました空のように、自分のなかを駆け抜けた稲妻のことなど、けろっと忘れてしまうのです。
 そんなふうに自分は好きといったことをけろっと忘れていても、稲妻発生時の激しい情熱でもって私から「これ好きだ」と伝えられた相手は、私がそれを好きだと言ったことを、次に会う時まで覚えてくれていたりするので、そこで私は自分の発した言葉に対する無責任と薄情ぶりに、ぎくっと気づかされます。ついこのまえも友達が、「これぱぴこ好きっていってたよね」、と、可愛いお菓子を買ってきてくれて、稲妻のすぎた私はしばらく思い出せずキョトンとなり、「えー好きって言ってたよー」とがっかりさせてしまい、あまりにも申し訳なくて、自分が嫌になりました。
 好きという言葉が好きで、自分の好きを好きと伝えることが好きで、好きだ好きだと、なにかのおまじないのように多用してしまう自分を、恥ずかしく思い反省します。好ましさの度合いを表す言葉がスムーズに見つからない時、とにかくつまり好きなんだ!と、せっかちな気持ちでそのまま「好きだ」という言葉を口にし、その響きに満足してそれきり放置してしまうから、こんなことになるのだと思います。
 「好き」という、一見前向きで明るいような響きの言葉で、自分の暗い汚い部分を覆い隠そうとしているのだとすれば、それはまったくの逆効果で、「好き」の数だけその裏には「嫌い」があるはずで、好きといえばいったぶんだけ、好きの発する光によって嫌いの陰影がはっきりするということを、その陰影に吐き気を催す人がいることを、忘れてはいけないんだ。

 いろいろなものを好きでいながら、同時にこっそり嫌いでいながら、身の回りの誰に対しても薄情じゃない生き方なんて、私にはできそうもなくて、せめて自分の薄情の後始末ぐらいしていこうと思ってみるけれど、思うばかりで、ますます薄情。
by papiko-gokko | 2009-01-27 00:35 | Diary | Comments(0)

 穏やかな日曜日。もったり起きてリビングへいくと、一足早く起きていた夫がカーテンをめいっぱいに開けていて、ベランダに反射する日差しと真っ青な空が、寝起きの瞼に染みました。どこかへ出かけないともったいないなぁという気分と、今日も乾燥していそうだから加湿器をつけようという考えを、ほぼ同時に抱きながら、パジャマのままコタツにもぐりこみ、ぼんやりもたもた、休日の始まりをかみしめます。なるべくゆっくり時間が流れますように、なるべく月曜を思い出さずに過ごせますように・・・と、私が休日をかみしめている間に、夫がてきぱきと準備してくれた今朝の朝ごはんは、おにぎりふたつずつ。平日私がご飯をつくる代わりに、休日のご飯は、三食とも夫の担当なのです。自分でつくったご飯より、夫のつくったご飯のほうが、断然好きだなぁ。熱くて柔らかくて、美味しいおにぎりでした。

 パジャマを着替えてからは、カーテンの向こうの青空を無視して、ほぼ一日中、加湿器のそばで本を読んだり書類を書いたりして過ごしました。冬は、コタツにはまって加湿器のそばで何かしているのが、一番幸せです。私はそんな感じで一日中青空完全無視の姿勢を貫くつもりでいたのだけれど、昼過ぎになってから、夫がでかけようと言い出して、自転車で近くの図書館まで出かけました。私はここのところ、インターネットで読みたい本を予約をしてカウンターで受け取るという借り方ばかりしていたので、本棚を眺めて本を探すということが新鮮に思えて、背表紙を目でなぞり手に取るごとに楽しくなりました。ただ、図書館の暖房がむわっときつくひどく乾燥していて、換気も不十分で空気のこもっている感じが息苦しく、あまり長くはいられなかったのが残念です。図書館は受験生もたくさん集まるだろうに、あんな風邪ウイルスの喜びそうな環境、いいんだろうか。
 昼間の太陽は眩しくて、位置がはっきりしすぎていて、平日朝と夜しか外を歩かない私には、やけに攻撃的な光線に感じられ、鋭い真昼の光のなかを、浴びるというより切り抜けるようにして、目を細めっぱなしで進みました。日差しはあるのに風は冷たく、日陰にはいるとますますひんやりとして、ふいに春が恋しくなりました。はやくはやく春。

 図書館から帰ったあとはまた加湿器のそばを陣取って、コタツで本を読んだり文字を書いたり、そんなふうにして、今日も終わった日曜日でした。夫とふたりで過ごす休日があんまり心地よくて、子供はまだいいかなぁと思ったり、でも、ここに子供がいたらなおさら楽しいのかなぁとも、想像したり。
 ふたりで静かに過ごしながら、先週の日曜日は、うちに大学時代の友達が遊びにきてにぎやかだったことを思い出し、しかしそれほど友達と遊んだという感覚は残っておらず、変ったんだなぁと、思いました。少し前までは、友達に会って話すたび、大学時代の感覚がついこの間のことのように蘇ってきたものだけれど、先週会った時には、返って、大学時代が遠い遠い昔のことのように感じました。実際時は流れているし、この三年で、誰もの立場がぐんぐん変ったのだから、当然といえば当然なのかもしれません。そういえば今年のお正月に中学時代の友達に会った時も、少し前までのように、中学時代に戻ったような感覚にはなりませんでした。子供を連れている友達がいるということが、大きかったように思います。母親になった友達といると、当時への懐かしさや親しみよりもむしろ、もうあのころとは違うんだなぁという想いのほうが強まってしまいます。母親になるということは、淡い青春の面影との訣別なのか。
by papiko-gokko | 2009-01-25 23:19 | Diary | Comments(0)

 ひとりの休日。昼前までたっぷり眠り、起きてからは掃除洗濯を黙々と済ませ、その後しばらくコタツでぼーっと天井を眺め、のどが渇いたついでに起き上がって、それからは本を読んだり、結婚式のことで電話をしたり書類を書いたりして過ごしました。
 ひとりでいるとき、私は、夢中か無気力です。ひとりでなにかに打ち込むことは好きだけれど、ひとりで過ごす時間そのものを満喫するということ自体は、とても苦手なのです。掃除でも読書でも、何か我を忘れて取り組めることがなくては、ただ豊かに時間だけがあってすることがないと、不安で退屈でけだるくて淋しくて、ぼーっとしたりうろうろしたり、ただ共に過ごす人の帰りを待つという行為のなかに、時間を捨ててしまいます。
 今日の場合は、天井を眺めていた数分間を除いては、ほとんど待つことに時間を捨てず、自分に浴びせることのできた休日でした。うん、それなりに満足。

***

 ここのところ、林芙美子にはまっています。会社では短編を、家では長編を読んでいるのですが、短編も長編も、いい。感情が高まっていく場面の描写や、予想をふっと裏切る比喩表現、切実で艶めかしい会話、適度に冷めている文体など、酔いしれる要素満載の文章です。林芙美子の作品からは、この人の生きた過去や物事の感じ方や好き嫌いが色濃く感じられて、作家の人となりや自意識がむわっと匂ってくるような作品を書く人に惹かれる私は、この作家に関しても、作品から立ち昇ってくる作者の匂いに惚れました。

 この人好きだ!という気持ちを決定づけたのは、「浮雲」の中盤あたりにでてくる会話文です。戦時中、派遣された印仏で出会い、その駐屯地で与えられた穏やかで贅沢な暮らしのなかで恋におぼれたゆき子と富岡が、終戦によって日本へ戻ってくると、そこには敗戦という現実があり、再び背負うべき各々の家族や過去があり、町の様子も人の価値観も、がらりと変わり果てていました。ふたりはその後も逢引きを繰り返しますが、以前のような情熱も、十分なお金もなく、かといって互いの存在を見捨てるには、印仏での熱い幻と敗戦という冷たい現実によってかき乱されたふたりの心は、あまりにも孤独で空虚でした。離れることも愛し合うこともできないまま、ふたりは大みそかまじかのころ伊香保へいきます。富岡はこのとき、ゆき子との心中を思いつめていましたが、しかし結局それも果たせないまま終わり、ゆき子が住まいとして借りている池袋のボロ小屋で酒をあおりながら、富岡が言った言葉が、次の通りです。

生きたいから、死ぬことも考えるンだよ。伊香保へ行った時の気持ちは、その気だったから行ったのさ……。東京へ戻ったのは、生きて、何とかなるかも知れないと思ったから戻って来たンだ。――死ぬのは淋しいと考えたから、こうして酒を飲むンだよ。己れに勇気のない事を見破ったから、あきらめたままでなンだ。誰だって、一生のうちに、死を考えないものはなかろうじゃないかね……。ただ僕達は、死ぬにしても、邪魔っけな意識がぶらさがってて中々単純にはやっつけられない。天界からみたら粟粒ほどの人間なンだが、やっぱりひとかどの理屈がついて、うぬぼれも、みえもあるしね……。人間には仙人になる方法もないンだ。矛盾だらけのゴミを吸いこんで、何とか生きの愉しみを自分でつくっているまでの事だよ。その矛盾のゴミのなかには、事業もあろう、女もあろうし、政治も法律もスポーツもあるンだ。――矛盾のゴミの吸いかげんで、運のいい奴と、悪い奴が出来て来る。

 このころの富岡の、不安定で投げやりな様子は私に、太宰治の「トカトントン」や、吉行淳之介がエッセイに書いていた、敗戦直後にとらわれた虚無感に関する話を思い出させました。戦争と敗戦を知っている作家は、当時に味わったその現実とそのなかで抱いた想いを文章に書くことで、「生きるとは何か、人間とは何か」という問いを、これ以上ないぐらいに剥き出しにして読者に突き付けます。私がこの時期の作家に惹かれやすいのは、この剥き出しの問いに、ぶつかりたいからなのかもしれません。

 一人の作家を知ることは、その人の生きた時代を知ることにつながります。小説やエッセイは、主人公や作者に感情移入して読んでいるぶん、第三者としてではなく、当事者に近い感覚でその現実を味わうことができ、どんな優秀なドキュメント番組よりも、その時代を生々しく教えてくれます。
 一か月に本を何十冊読むだとか、そんなふうに読書家を主張する人はきらいだし、宿題をしましょうというような感じで本を読みましょうと大人からいわれるのもきらいだけれど、しかし、自分の知らない現実の感触を、直に意識で味わいたいのであれば、なによりもまず、その時代を生きた作家、その現実を知っている作家の書いた本を読むべきだと、林芙美子を読んでいて強く思いました。
 
 そういえば、林芙美子と太宰治はまさに同じ時代の文壇を生きていて、面識もあったそうです。太宰治の「眉山」のなかに、林芙美子という名前だけだけれど出てくるし、太宰治が心中した直後、太宰治の子を養子にしたいと申し出たこともあったのだとか。それを知って、にやにや嬉しくなりました。作家同士が仲良しだったり、逆にいがみ合っていたりすると、あぁ作家さんたちもまた、そうしたしがらみのなかであれこれ会話をしたりしながら毎日を生きていたんだなぁと、不思議な親しみを感じて、にやにやします。
 
by papiko-gokko | 2009-01-24 21:52 | Diary | Comments(0)

ワインレッド


 自分の生活に直接的には関わりのない、三面記事的なニュースだとか芸能人のブログだとかを、夫を相手になんだかやたらぺらぺらと批判して、そんな自分を急激に醜く卑しく感じました。自分に直接関わりのあることは、批判できません。批判する勇気も意志も責任感も、もてないのです。

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 人間が丸くなるってこういうことを言うのか・・・と、驚いています。子供ができてからというもの、担当の営業さんときたら、人が変ったように優しく朗らかなのです。ちょっと面白いようなことがあったときなど、以前はフッと片頬でしか笑わなかったのに、最近は、アハハッと、体操のお兄さんみたいな声で笑うのです。あの、クールでスパルタな営業さんは、どこへいってしまったのだろう。営業さんが優しくなって、もちろん嬉しいのだけれど、しかしなにか、拍子抜けというか、物足りません。私のダメなところには、ニコニコよりも、イライラされていたいです。子供ができて変わるのは、女性だけではないのだなぁ。

***

 今日は仕事帰り、池袋へ行きました。結婚式後の食事会で着るドレスを買うためです。ドレスといっても、ウエディングドレスのような本格的なものではなく、友人の披露宴二次会や謝恩会などへも着ていけるような所謂パーティードレスなので、普通のデパートにもたくさん売れていました。最初は、食事会だしいつもよりちょっとお洒落な普通の洋服ぐらいでいいかなぁとも思っていたのですが、親戚の人たちは結婚式に参加した着物を着替えないままお食事するかもしれないし、それに下の妹がはりきって水玉模様の可愛いパーティードレスを買ったと写真が届いたので、バランスを考えた結果、結局買うことにしたのでした。
 一応ドレスの売っているお店をインターネットで調べてはいたものの、どれぐらいの値段がするのかは想像もつかず、五万以上するようであればレンタルにしようとびくびくしていたのだけれど、思いのほか、お手頃のお値段で気に入ったのを見つけることができました。選んだのは、えんじ色のドレスです。悲しくなるほど胸がないので、首のところでぎゅっとリボンを結んで、上半身全体のラインがてるてる坊主みたいにストンと隠れるような形のものに決めました。妹にメールを送ったら、上の妹が「ワインレッド色で可愛いー」と言ってくれました。えんじ色というよりワインレッド色といったほうが、ゴージャスなイメージで素敵。これからはえんじ色のこと、ワインレッド色って言おう。
 ドレスを買った後、好きな洋服のお店『earth music&ecorogy』にいってみたら、なんと70%OFFセールの開催中で、これは買うしかないだろう!と、ドレスの何倍も夢中で選びました。元値が六千円のワンピースを二枚、群青色のカーディガンを一枚、それから薄手のタートルネックを二枚、これだけ買って、七千円ほどです。素晴らしい買い物。

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 昨日は、予約した歯医者へ行ってきました。医院のスリッパというのは、どうしてあんなに、心細さを誘うのだろう。ひやりとした感触のそれを手にとってぺたんと床に置き、平静を装いつつ足をすべりこませると、あぁもう逃げられないんだ診察を受けるしかないんだ・・・と、体中がまな板の上の鯉モードに突入します。
 先生は、確かにクマのような人でした。体はずんぐり大きく、それでいて妙につぶらな瞳だったりするところも、クマっぽかったです。夜中に親知らずがとても痛んだ話をして、レントゲンをとり、それから先生は、もさもさと親知らずの説明をしてくれました。抜いたほうがいいにはいいが、私の親知らずは微妙に頬の骨のようなところへ一部分が食い込んでいるため、よほど慎重に抜かなければ蓄膿症になる恐れがあり、たまにしか痛まないのならば、今はあまり抜かないほうがいいかもしれない、とのことでした。そんなことになっているのなら、絶対抜かない!
 今日は炎症があるのでどちらにしても抜くことはできないということで、抗生物質の薬を三日分ほどもらって帰りました。小さな虫歯がひとつ見つかったので、来週の水曜日に、もう一度行くことになっています。そういえば、今日診察室で先生が来られるのを待っている間、時計をぼんやり見ていて気づいたのですが、歯医者さんの診察室にある時計って、からくり時計の場合が多いような気がします。なぜだろう。
by papiko-gokko | 2009-01-23 01:06 | Diary | Comments(0)

 真夜中、眠りの沼からずるずる引きずり出されるような、不気味な速度で目を覚ましました。意識がはっきりするより先に、ずきぃんずきぃんとした重苦しい痛みが、感覚を埋め尽くします。その不快感に意識をゆすられて、あぁぁこれは歯だ歯が痛いんだ・・・と、私の頭は急速に覚醒していきました。
 実は数日前から、左側の親知らず周辺の歯茎にもやっとした痛みを感じていたのです。常に痛み続けているわけではなかったし、我慢できないというほどでもなかったので、時たま思い出したようにぼやんぼやんと痛んでも、気のせい気のせいと自分に言い聞かせながら、歯医者に行くという選択肢を避けていました。しかし、昨夜寝る前あたりから、その痛みはいよいよ顔をしかめずには居られない程度の痛みになりはじめました。それでも私は現実を受け入れがたく、寝てしまえば神経も落ち着きを取り戻して直るだろうという前向きな予想で痛みをねじ伏せ、一旦、眠りに付いたのでした。

 ところがそれからほんの一時間ほどで痛みによって目が覚めてしまい、私はようやく現実を受け入れました。ここ数日頻発していた痛みは余震に過ぎず、今夜ついに本震がきたのだと。寒さで布団から出るのは辛く、なんとかこのまま再び眠ってしまおうとしばらく試みましたが、痛みの衝撃ですっかり目は冴えてしまい、意識がはっきりしてくるにしたがってずきぃんずきぃんと痛みをますます強く感じ始め、とても眠れるような状態ではなくなりました。
 仕方なく頬を抑えながらベッドを這い出し、冷え切った台所の水道水で、頭痛や生理痛のときに飲む薬を飲んで、それから再び眠りにつくまでの数分、私には一時間にも二時間にも感じられたその間の苦痛は、まったく、筆舌に尽くしがたいものでした。真っ暗の真夜中にひとりで痛みと向き合うことが、こんなにも心細くて恐いことだったなんて。病院には毎日あんな心細さや恐怖と戦っている人がたくさんおられるのだと思うと、夜を呪いたいような、夜に祈りたいような、ずんとした気持になります。闇と静けさが痛む歯茎に食い込んできて、ぐわんぐわん痛みの存在感を膨らませていき、私は少しでも気を紛らわしたくて、「あぁぁ歯がぁぁ痛いぃぃ痛いよぉぉぉ親知らずのぉぉぉ奥歯のぉぉぉ・・・」と、能役者のような声でうなり続けていました。すると、横で寝ている夫が一瞬だけおきて、「痛み止めを、飲みなさいよ」と、それだけ妙にはっきりいい、またすぐ、ふしゅるするんと眠りの中へ落ちていきました。
 しっかり起きてくれればいくらか慰めになるのにと、心のなかで夫に八つ当たりをして恨みがましい気持で寝返りを打ち、それからはひたすら少しでも痛くない方向を探して布団の中でうごめいていました。痛いのは左奥歯だけのはずなのに、だんだんと左顔面全体が痛くてだるくなってきて、左半身がぎしぎしとこわばっていくのを感じました。時は午前二時すぎ、ちょうどオバマ新大統領の誕生でアメリカを中心に世界が沸いていた時間帯ですが、そのとき、私にとっての全世界は左奥歯の神経でした。

 薬が効いたのか、眠気が痛みにかぶさったのか、それでもやがて眠ったようで、朝、今度はいつものように目覚ましが五回ぐらい鳴ってからもたもたと目を覚ましました。歯の痛みは、ほとんど引いていて、朝ごはんももぐもぐと食べることができました。
 その後一日現時点まで、昨晩ほどの痛みに襲われることはありませんでしたが、しかしたまに、思い出したようにじぃんと少しだけ痛んだりします。神経が、活火山のマグマのようにくすぶっていて、現在痛くはないもののなんとなくぞわぞわとした歯がゆさがあり、いつまた活動を再開するかわからない状態といった感じです。
 痛みの原因はおそらく親知らずだと思うのですが、全部抜くしか有りませんといわれたら、どうしよう。恐いです。しかし、またあんな痛みがきたらと思うとそれはそれでぞっとするので、今日はお昼休み歯医者さんに電話をして、明日に予約を入れてもらいました。あぁ、恐い。「もう大丈夫、あの痛みは、よい歯特有の成長痛です」とか言って、痛いことなにもなしに終われば、いいのにな。この街に越してきてから歯医者さんへ行くのは初めてなので、余計に緊張します。数か月前この街の歯医者さんへかかった夫曰く、お医者さんは熊っぽい人なのだそうです。熊、恐い!彼のいうクマはたぶん、テディベア的なそれではないのだろうし。恐いです。
by papiko-gokko | 2009-01-21 19:39 | Diary | Comments(0)