日記と短歌
by papiko
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素敵なひととき。
 予定通り、母方の祖父母と上野駅で待ち合わせ、お昼御飯を一緒に食べました。母の弟の息子、つまり私にとっての従弟が今年の春に大学を卒業して就職し、一年間ほど研修を受けるために岡山から東京に出てきているので、その子も一緒に、四人でのお食事となりました。

 祖父母の佇まいは相変わらず、丸くて小さくて、可愛らしかったです。ふたりとも形の良い帽子をかぶり、祖父はリュックサックを、祖母は花柄の肩掛けバックを携えて、「ひさしぶりじゃのう」と、にこにこ笑顔で、あたふた駆けよった私をまっすぐたっぷり見つめてくれました。祖父母は年を重ねるごとに、刻むテンポがゆっくりやわらかくなり、可愛らしさを増していっている気がします。
 祖母はクリーム色の帽子をかぶっていて、それが祖母の醸し出す雰囲気にとてもあっていたので、「おばあちゃんその帽子すごく似合うね」と言ったら、「ほんと?最初は黒い帽子を買うたんじゃけど、おじいちゃんが、お前は黒いのは似合わんから、白いのをかぶりなさい言うて、それで白いのを買うたんじゃ」と、女学生のようにもじもじと、帽子をつけたりはずしたり私にかぶせてみたりしながら、話してくれました。
 祖母は、現役乙女です。いろいろなことを恥じらうし、それに祖父のことが大好きで、祖父がどこか遠くへ行くときには、絶対にどこへでもついていきます。今日も歩いている時に私の腕をふわっと組んできて、「あのなぁ、おじいちゃんにこうすると、かっこ悪いからやめなさいいうて、叱られるんじゃ。若い人は、みんなこんなんして歩きおるがなぁ」と、祖父に聞こえないように小声で訴えるのでした。見習いたいほど乙女です。祖母と話していると、母がしばしば現役乙女な発言をするのも、頷けます。母といえば、母は祖母に夫のことを、ものすごく優しくて素敵な男性であると伝えているらしく、祖母は「ぱぴこの彼に早よう会いたいわぁ」と、しきりに言っていました。本当は夫も一緒にいけたらよかったのですが、今日はお仕事で参加できなかったため、そのかわりに夫の写真を見せたら、「あらぁ男前じゃなぁ」と、言ってくれました。やったぁ男前。
 従弟は、この前にあったのが確か高校生ぐらいだったので、久々に会ったらすっかり垢抜けた好青年になっていて、まばたきの回数が増えました。子供のころから人見知りしない気さくな子でしたが、今日も昔からの呼び方で私を呼んで、軽やかにスムーズに話しかけてくれて、しゃべるのが苦手な私でも、ガチガチにならずに会話ができました。以前会った時より背も伸びて声もすっかり男性の声になり、シャツとジャンパーの合わせ方など、ほどよく個性的でありながらごく自然に彼の雰囲気に馴染んでいて、大変ファッションセンスがありそうです。まだ東京へ出てきて一年もたっていないのに、歩き方が私よりもずっとテキパキしていて頼もしく、この青年の声変わり以前の声を自分が知っているんだなぁと思うと、なんだか不思議な気持ちになりました。男の子って、すっかり変わるものなんだなぁ。

 無事に会うことができてほっとしたところで、目星をつけておいたお店に向かって私が先頭きって歩き出したものの、思いきり逆方向に歩いてしまい、あれ?あれ?あれ?ときょろきょろしているうちに、従弟が素早く近くの地図で現在地を確認して、「こっちじゃないかな?」と、案内してくれました。従弟がいてくれて、本当によかった!自分が、情けないです。ちょっとここらで、本格的に反省をしようと思います。
 お食事は、お寿司を頂きました。お腹がいっぱいになりすぎて後ほど腹痛に襲われましたが、おいしかったなぁ。お寿司を食べながら、従弟のお仕事の話や、私の住んでいる町の話や、祖父の趣味の話などをしました。従弟は営業職で、日々外回りをがんばっているようです。社会人一年目でいきなり東京一人暮らし、大変だろうなぁ。だけどあの子の雰囲気ならば、たくさんの人に好かれながら、折れることなくしなやかにやっていけそうな気がします。がんばれ。
 私が文章を書くことを何より好きなのを知っている祖父は、子供のころからいつも会うたびに、「ぱぴこは文章がうまいんじゃ。今はどんなん書きおるん?」と、言ってくれます。それを子供のころは得意に感じていましたが、今はなんとなく、申し訳ない気持ちになってしまいます。今日も、「ぱぴこは短歌を詠みおるんじゃ。どがなん?ええのができおるん?」と、尋ねられ、「詠んどるけど、なかなかいいのはできんわぁ」と、なんとなく言葉を濁してしまいました。どんなレベルのものをどれぐらい書いたり詠んだりしていれば、胸を張っていいのだろう。できることなら私はもっともっと逞しく貪欲に、書いたり詠んだりしたいです。
 そういえば祖父も最近、俳句を学び始めたのだと話していました。自分の撮った写真に俳句を添えてみたら素敵だろうと思いついて、始めたのだそうです。川柳と俳句とどっちがいいかなぁと迷ったけれど、季節感があるのがいいと、俳句を選んだのだとか。うん、祖父の撮る写真には季節感があるから、俳句を添えるのがぴったりだと思います。自分の写真を眺めつつ歳時記をめくる祖父、素敵だなぁ。そんな話をしていたら、従弟が、「短歌が57577だっけ?あれ、それは和歌?俳句が575?川柳は?」と、初々しいハテナを浮かべていて、私ももう一度そこから始められたらなぁなんて、思ってしまいました。初めての57577は、どんな歌だったのだろう。
 
 お寿司をお腹いっぱい食べたあとは、私も従弟も一緒に東京駅へ向かいました。まだ電車の時間までは時間がありましたが、祖父母は歩くのがゆっくりだし、東京駅はややこしくてスムーズに辿りつけるとは限らないので、早めに向かったのでした。
 東京駅は、大混雑していました。一体どこでお土産を買えばいいんだろうと祖父母と私がきょろきょろ途方にくれていたら、「これが東京で一番人気のあるお土産じゃ」と、従弟が迅速に東京バナナのお店を見つけて指さしました。さすがです。眩しいです。東京バナナはなんとも美味しくて好きなので、食べたいなぁ買って帰ろうかなぁとひそかに思っていたら、祖父が私と従弟のぶんも買ってくれました。「ぱぴこにも買うてやるけえよう」と言う祖父の口調が、なんだか子供のころ祖父におもちゃを買ってもらうことになったときの口調そのままで、あのころのワクワク感がよみがえってきました。
 お土産を買った後は、しばらくカフェでゆったりくつろぎ、十五分前ぐらいになってから、改札のほうへ向かいました。私と従弟も入場券を買うことにして、ここでまた、手こずってしまいました。以前にも入場券を東京駅で買おうとして手こずったのは覚えているのに、なぜどのような理由で手こずってどうすればよかったのか、その肝心なところは忘れてしまっているのだから、そんな自分にため息が出ます。となりで従弟もちょっと手こずっていましたが、私よりはスムーズに買っていました。なぜだろう、おかしいなぁ、私は東京に七年も、実はいなかったような気がしてきた・・・一昨日ぐらいから住み始めたような気がしてきた・・・あれ?

 駅のホームへ上がり、ベンチを見つけて腰掛けてから、祖父母が私と従弟に、おこずかいをくれました。二十五歳なのに、おこずかい。ありがたいです。結婚式貯金の一部にしようと思います。間もなくのぞみ新幹線が到着し、祖父母は私と従弟に「元気でがんばってな」「また今度会おうなぁ」と繰り返し言い、ゆるやかに手を振って、よいしょよいしょと乗り込んでいきました。
 席につくまで従弟と二人でハラハラ眺めていたら、無事席についた祖父がこちらに気づき、祖母に合図をして、ふたりとも屈託のない笑顔で、こちらに手を振ってくれました。子供のころ、メリーゴーランドに乗る私にカメラを向けながら何度も手を振ってくれたあのころと、まったく同じ笑顔です。私も従弟も大人になって、そんな大人の私たちに、メリーゴーランドのころと同じ笑顔を向けてくれる人がいることに、喜びと切なさを覚えます。いつまでもいつまでもずっとずっと、いてくれたらいいのに・・・と、一瞬想い、すぐに打ち消しました。祖父母はいつだって私たち孫を甘やかしてくれるけれど、その願い事に関してだけは、甘やかしてくれません。
 祖父も祖母も、会って間もなく、「きれいになったなぁ」と言ってくれました。子供のころ「大きゅうなったなぁ」と言ってくれたのと同じ口調で、しっかり見つめながら、しみじみ言ってくれました。結婚式の前に一度、こうして会えてよかったです。絶対、素敵な結婚式の日にしよう。

 祖父母を見送り、そのあと従弟とも東京駅で別れました。別れ際、携帯電話の番号を交換しました。ひさびさに登録が増えた!嬉しい!また何か機会があれば会おうと言ってくれたので、東京がますます好きになりました。父の妹の娘にあたる従妹も今年から勉強のため東京に来ているし、東京からいなくなる人よりも、東京へ新たにやってくる人の数のほうが、今のところ圧倒的に多くて、東京に対する思い入れは、温まっていく一方です。

 
by papiko-gokko | 2008-11-30 23:30 | Diary
見えないよ泣くなら今のうちにほら僕はメガネをしていないから
 前々から目をつけていた近所の居酒屋が半額セールをしていたので、夫とふたりで、居酒屋へいきました。普段、夕食を外で済ますことは月に何度かありますが、居酒屋というのは、かなり久々です。カウンターに通され並んで座り、いつもよりほんの少しだけテンションの高い会話をしながら、生ビールとリンゴサワーと、それから日本酒の熱燗をふたりで二合頂き、ほどよく酔って帰りました。熱燗のあと頬に触れる冬の夜風は、歌いだしたくなるほど気持ちがよくて、歌いだしたいのを我慢しているうちに、なんだか泣きたくなってきます。
 日本酒を飲んだら無性に梅干しが食べたくなって、スーパーでたっぷり入っているパックを買いました。梅干しはスーパーで買うとそれなりのお値段がついている場合が多いので、酔っていなければ、なかなかたっぷり入ったパックなんて買えません。買ってきた梅干しはご飯のうえにのせ、お茶漬けにして食べました。美味しすぎる・・・明日の朝も、梅干しのお茶漬けを食べることに決めています。考えただけで、おなかがすいてきます。お米ってすばらしい。カレーライスも美味しいし。
 そういえば帰り道の夜空に、傾いたオリオン座をみつけました。今年の冬、はじめて見つけた星座です。東京でみるオリオン座は、出雲でみるそれよりも、いくらか大きく堂々として感じます。見える星の数が少ないからなのか、高い建物があるからなのか、理由はよくわかりませんが、オリオン座は建物のある空によく似会う星座だと思います。ちょっと浮かれた気分で、「おーオリオン座ほらオリオン座」と指をさしながら夫に訴えたら、ほんの一瞬だけ空のほうを見やってから、「言っとくけど、ぼくは今メガネをしていない」と、ゆっくりはっきり言い放たれ、そこで星座鑑賞は終わってしまいました。彼は私を黙らせたいときいつも、言い放つ、という感じの言い方をします。それでよく、喧嘩になるのです。言い放たれると、言い包めたくなるので。

 明日は急きょ、母方の祖父母と、上野で食事をすることになりました。用事で岡山から東京へ出てきており、せっかくの機会だから一緒にランチでもしようということになったのです。
 東京に七年も暮らしていると、さすがにもういろいろ東京のことに詳しくなっているだろうと誰もが思うらしく、祖父からも「待ち合わせ場所やら、食べる場所やらは、ぱぴこに任せるけえ」と、言われてしまいました。こんなにも大抵の休日を、家で過ごすというのに。明日の夕方には新幹線で岡山へ帰るということなので、東京駅に行きやすい上野駅で待ち合わせることにしました。東京駅周辺は二度ぐらいしか歩いたことがなくて道順などさっぱりわからないし、東京駅構内で何度か待ち合わせを試みて痛い目を見ているので、とてもじゃありませんが、食事をする場所なんてスムーズに案内できそうにありません。東京駅よりは分かりやすく、何度も街を歩いたこともある上野でならば、なんとか道案内できるのではないかと思い、今、近くて美味しいお店を探そうと、必死で検索をかけているところです。祖父も祖母もひざが弱くて長くは歩けないため、待ち合わせ場所から徒歩三分以内で探そうとしています。困ったなぁ。どこのお店がおいしいとかおいしくないとか、全然わからない・・・
 お店選びは途方に暮れますが、祖父母に会えるのは、とても嬉しいです。ふたりとも、大好きなので。何を話そうかな。
by papiko-gokko | 2008-11-29 17:17 | Diary
春を背に芽生えた君の屈折をゆるく肯定する坂の道
 目のまわる一日でした。集計で忙しい月末だというのに、集計とは無関係の細々とした依頼やら問い合わせが立て続けにあったりして、ひさびさの大幅な残業となりました。なんとか間に合って、よかったよかった。

 うちへ帰ってからは上の妹と、二時間ぐらい長電話をしていました。好きなことや愉快なことについても話しましたが、それより今日はむしろ、嫌いなことや不愉快なことについて多く話し、わかるわかると言い合っては笑いころげ、おかげで、もやもやがケラケラに代わって、軽い心になりました。嫌いなことや不愉快なことは、一緒にいるだけで愉快になる大好きな人とのみ、ケラケラ笑い飛ばすことができます。好きなことや愉快なことだけ穏やかに話したいなら、それなりに仲良くやっていきたい人たちと、ニコニコといくらでも話せばいいのです。お正月が、待ち遠しいなぁ。
by papiko-gokko | 2008-11-29 00:55 | Diary
安全な平均台に腰かけて数えるものはいくらでもある
 夢中でブログのデザインをいじっていたら、あっという間に寝る時間になってしまいました。タグはようやく、今年の七月まで設定し終えたところです。せっかくタグを設定しても、これまでのデザインだと見えにくいなぁと思ったので、メニューの表示位置を変えてみました。どうだろう、自分のパソコンではふつうに表示されているのですが、あちこち数値をいじったので、どのパソコンでもちゃんと見えているか不安です。

 手紙を書く文体と、同じだからでしょうか。ですます調で書いていると、自然と何かを問いかけたくなってきます。でもそこはぐっとがまん。これはあくまでも私の日記。手紙ではないことを、くれぐれも忘れないように、気をつけようと思います。

 手紙といえば、私は中学生のころ、「アンネの日記」のスタイルに憧れて、心のなかの友達に手紙をかくという設定で、毎晩黙々と語り口調の日記をかいていました。それと時をほぼ同じくして、ひとりで交換日記をしているツワモノ中学生が横浜に存在していたということを、つい最近になってから知りました。私とその人は、奇遇にも同じ大学の同じ学科へと進み、友達関係はおろかろくに会話も交わしたことのないままある日突然に付き合い始め、五年交際ののち結婚するに至ったわけですが、本人からそのエピソードを聞いた時、あぁ私たちは、出会うべくして出会ったんだなぁと、しみじみ思いました。私たちの子供にはどうか、架空でない友達ときちんと向かい合えるよう育ってほしいと、今はそれだけが気がかりです。

 今日は、雲が空を覆い隠して青白く反射し、今にも雪の降り出しそうな、冬らしい気候の一日でした。月末前で仕事はそれなりに忙しく、時間があっという間に過ぎていきました。あっという間に過ぎた日も、長ったらしく感じた日も、どちらにしても平日は、なにかやり残したような気持ちがつきまといます。満足の数を不満の数が上回らないように、埋め尽くさないように、とりあえずそれだけ一番に注意しながら、細くも太くもないちょうど安全な程度の平均台を歩くように、一日を過ごしました。
by papiko-gokko | 2008-11-28 00:54 | Diary
差し出した手をそのままに震え出す私は何が欲しいのですか
 エキサイトブログの「タグ」という機能を、利用してみることにしました。「カテゴリー」が、ひとつの記事につきひとつしか設定できないのに対し、タグは、ひとつの記事につき3つまで設定することができます。私は一日の日記にふたつかみっつの事柄を書くことが多くあるので、これをうまくつかえば、過去の記事を読みやすく整理できるのではないかと考えました。
 すでに、このブログの下のほうに幾つか連なっているメニューに、「タグ」という項目が追加され、20個の言葉が並んでいると思います。その言葉をクリックすると、クリックした言葉を設定してある記事一覧に飛ぶしくみとなっています。ただ、現時点でまだようやく、今年の九月までタグをつけ終えたところなので、クリックしても最近のものしかでてきません。あと四年半もあるのか・・・地道にやろう。カテゴリー分けだけでもすごいと感じていたのに、さらに細かく分類できるとは、便利になったものだなぁ。

 タグ機能を利用するにあたって、整理の一環として今、過去の日記を2004年からずっと読み返しています。こんなにしっかり目をそらさずに一日一日読み返しているのは、実は初めてのことです。これまでも何度か試みたことはありましたが、幾つか読んだところで、いつも叫びだしたいほどの気恥ずかしさに襲われ、途中放棄してしまうのでした。しかし今回は、どんな記事に出くわしても、がんばって客観的な視点を心がけ、読み進めるつもりでいます。当時からほとんど毎日飽きもせず書き続けているものだから、とにかく量だけは多くて、今やっと、2005年を読み終わろうとしているところです。
 2005年は、読みかえしてみると、バイトと卒業制作と就職活動の1年でした。当時の自分はもやもや不安まみれで暗かったような気がしていたのですが、日記の雰囲気が思いのほかタフで前向きで、驚きました。それに今より、文章が素直で軽快で、読みやすい気もしました。そのころほとんどの記事をですます調で書いていたことも関係していると思うし、それに学生時代はいくらでも時間があり、じっくり考えたっぷり感じゆったり文章にすることができたので、文章にもその時間的余裕が、表れているのかもしれません。その証拠に、内容から察するところ、三年前の私は、今の私に比べてずっと、外の世界に対して、丁寧な目をもっていました。丁寧でいられる時間が、十分にあったのでしょう。ですから、フルタイムで働いている今と当時とを比べるのは、間違っているのかもしれません。
 しかし、だからといって、これから先、時間がないからという理由に甘えて、ふてぶてしくガサツな文章を書き続けることに、なんの意味がありましょうか。私は、そんな姿勢で文章を書きたくありません。どんなにくだらない日を過ごそうと、部屋がだらしなく散らかっていようと、文章を書くときだけは、丁寧な心でいたいのです。それに、言葉の持つ優しさを、忘れたくないのです。
 そこで、一旦自分の文章を見つめ直し整えるために、これから数日間、この日記を、一時期のようにですます調で書いてみようと決めました。ですます調で語ることで、この日記を読んでくださっている人と自分との距離を、改めて認識し直すこともできる気がします。なるべくならば、正しい距離を保ちたいと思います。

 そんなわけで、さっそく今日の日記。と、いっても、出来事は、ないのです。仕事にいって、朝夕の帰り道に、何かを見つけかけては落っことして歩き、最終的に思い返すと、やっぱりなにもなかったのです(落としたと言えば、手袋が片方なくなってしまいましたが、それを悲しいとか切ないとかしみじみ思う余裕もないような、忙しない時間帯だったのでした)。
 ただひとつ、お昼休み中に読んだ本の中で、これを書き留めておきたい、ということには、めまぐるしく出会いました。今日はその本のことについて少し、書きたいと思います。
 今日読んでいたのは、尾崎翠。鳥取県出身の作家さん。同じ山陰出身だからでしょうか、風と雲の描き方が印象的で、強く惹かれました。今日読んだなかでは、こんな文章。
太陽、月、その軌道、雲などからすこし降って火葬場の煙がある。そして、北風。南風。夜になると、火葬場の煙突の背後は、ただちに星につらなっている。あいだに何等ごみごみしたものなく、ただちに星に続いている地球とは、よほど変なところだ。」(地下室アントンの一夜)
忘れようと思う人のおもかげというのは、雲や風などのある風景の中ではよけい、忘れ難いものになってしまう。」(歩行)
 心のひっかかる対象が、青空でもなく、花の美しさでも、波の白さでもなく、風と雲であることに、親近感を得ました。山陰の景色にはいつも、風と雲が、大きな力で駆け回っています。
 自分がどれだけ文字を並べ立ててもいえなかったことを、二、三行で、さくっとみごとに表現した文章に出会った時、私はその作家を好きになります。尾崎翠も、そういう作家のひとりだと感じました。今日出会ったその二、三行をここに抜き出して、この日記を終わります。あら、なんだか、演説みたい。ですます調って、難しいなぁ。だけど新鮮で気持ちいいので、しばらくたぶん、このままで。
恋とは、一本の大きな昆虫針です。針は僕をたたみに張っつけてしまいました。僕の部屋はまるで標本箱です。」(地下室アントンの一夜)
土田九作は、踏幅のひろい階段を、一つ一つ、ゆっくりと踏んで降りた。数は十一段あった。人間とは、自ら非常に哀れな時と、空白なまで心の爽やかな時に階段の数を知っている。」(地下室アントンの一夜)
by papiko-gokko | 2008-11-26 21:18 | Diary
まもなく開演です
 都内某所の小劇場へ、親戚の出演する演劇舞台を見に行ってきた。彼女を含め、今回が初舞台という人の多く出演する、役者やダンサーのタマゴを中心とした舞台だ。二ヶ月の間、日々練習に励んでいる様子がブログで公開されていて、今日までそれを見ながら一体どんな舞台なのだろうかと、楽しみにしていた。

 開演五分前の合図から幕開け瞬間までの高まりこそが、演劇鑑賞の醍醐味だと思う。それまでリラックスしてパンフレットなどめくっていたのが、五分前の合図が鳴ったとたん、びんっと背筋が伸び、急激に鼓動が速くなり、舞台袖から役者の緊張が伝わってくるのか、観客席にいながら掌に冷たい汗などかき始め、一分一分を、非常に長く感じるようになるのだ。
 開演直前まで抑えめの音で流れていたBGMがすっとやみ、それとほぼ同時に照明が落とされ、期待と緊張が最高潮に高まったところで、舞台に注目した観客全員の現実を突風のごとく巻き上げて、物語の幕があけるのだ。それまで空箱だった舞台の上で未知なる物語が転がり出すその瞬間、私の魂は、ぐわぁっととてつもない引力に引っ張られ、みるみる世界を作り出していく照明や音響や役者の足音に五感が震え、心臓が強く打ち、血管が泡立ち、細胞核が浮遊する。この、開演直後独特の興奮は、舞台でしか味わえない。

 上演中、親戚の子がダンスで登場したときには、そのたびに、わぁがんばっているなぁ!と、涙線が緩んだ。幼いころからダンスを頑張っていたのを知っているから、そんな彼女が眩しい場所に立って踊っているのを見ると、愛しさが込み上げてくる。それだけで、観に来てよかったと思った。

 ただ、暗い社会問題を詰め込んだ物語の内容に関しては、正直なところ、私の好みではなかった。難解というより、小賢しい。複雑というより、ややこしい。抽象的というより、まどろっこしい。そんな混雑した印象を受けた。自分があの台本で演技をしたいとは、思わない。舞台で表現するならば、私はもっと、クリアでダイレクトな伝え方が好きだ。
 それから舞台を見ていてもうひとつ強く感じたのが、舞台慣れしている人とそうでない人の違いだ。何度も舞台を踏んでいる人と初舞台の人が同じ舞台に立つと、その差が歴然とする。これは、高校時代に演劇部で身をもって感じたことでもあるのだが、人を惹き込む演技をできる人とそうでない人の差は、声の操り方と、それからセリフがない時の立ち方に現れると思う。まず、演技が上手い人は、どんなセリフも声の強弱や高低を巧みに使い分けながら発するから、短いセリフのなかにも感情を読み取ることができるし、長いセリフであっても退屈せずに聞き入ることができる。それに比べるとまだ慣れていない人は、よく通る声を出すためについ同じ声質のままでしゃべり続けてしまうので、聴きとるのが難しい。それから慣れていない人は、自分にセリフのないとき、つい素に戻って直立してしまう。普通の生活で人はそんなに直立しないのだ。その点、舞台に慣れている人は、セリフがないときも演じているキャラクターによくあった立ち方で立っているから、そのときしゃべっていなくても、「今セリフのない人」という印象を与えない。

 上演二時間の間、そんな感じで、えらそうに批判的なこともちびちび思いつつ鑑賞していたのだが、カーテンコールになり、登場した役者さんが数名ずつ舞台にでてきて深々と礼をするときには、批判的な気持ちなどすっかり忘れて、わーよかったよー!という、熱い思いで拍手を送っていた。カーテンコールも、幕開けと同じぐらいテンションが上がる。たった先ほどまで物語のなかにいた人たちが、ちょっと緊張の緩んだ顔でこちらに向かって手を振ってくれると、遠い夢の花吹雪がふいにこちらまで舞ってくるような感じがして、嬉し恥ずかし胸がときめく。
 舞台の始まりから終わりなかで、自分の感情が最も高ぶっているのは、開演直後と、カーテンコールのときだと思う。未知の世界が目の前に開かれることへの期待と緊張、観終わったあと再び現れる役者さんたちに対して自分のなかに芽吹いている、真新しい親近感や憧れ。私を舞台の虜にする二大要素だ。

 舞台を見た後は、ぐったり疲れるけれど、なにか新しいものをとりいれたような気持ちになれる。もっと頻繁に見に行きたいのだが、なかなか、高くて、お金がないなぁ。子供ができたら、たくさん人形劇などへ連れて行き、自分が楽しもう。
by papiko-gokko | 2008-11-24 21:37 | Diary
カーテンを大きくひらき無防備な部屋を横切る日暮の気配
 カーテンをあけると、向かいの庭の大きな木が、すっかり小金色の葉に変わっていた。その傍らの小さな木には、立派な柿がいくつも生っていて、「あ、11月なんだなぁ」と、ようやくしっくり季節を感じた。平日は朝カーテンを開けないまま家を出て、帰ったころにはもう日が落ちているので、ついつい、向かいの庭の紅葉にさえ気づかないまま過ごしてしまう。小金色の葉っぱは、秋の青空によく映えていて、洒落た絵画のようだった。先々週ぐらいにカーテンをあけたときには、赤茶色の小さな実のようなものがついていたが、あれは一体、なんの木なのだろう。

 カーテンをあけていると、日暮の気配が部屋の中まで等しく横切っていく。毎日ちゃんとカーテンをあけて過ごせば、季節の横切っていくのも感じることができるのだろう。部屋の掃除は昨日一生懸命やったので、今日は思う存分コタツでもたもたしながら、時たま窓の外の青空と小金色の木と柿の木を眺め、あぁ横切って行くなぁと長閑に感じつつ、カーテンを閉める時間まで、ほとんどコタツから出ずにいた。今はただただ、コタツが好きである。
 カーテンを閉める時間になってから、同じくコタツでもたもたしていた夫と共に、夜ごはんの材料を買いに出かけ、途中、近所の書店に少しだけ寄った。夫は書店へ行くと、いつも頭が書店員モードになって、熱心に全体を見て回る。今日は主に雑誌コーナーを見て回り、「これうちも二冊だけ入荷した」とか、「こんなのとか置けて、いいなぁ」とか、しみじみつぶやいていた。
 夫によると、本屋に置く本の半分以上は出版社から「売ってください」と送られてきた本で、よほど敷地面積がある書店でないかぎり、なかなか自分の注文した本ばかりを置けるものでもないらしい。書店員、憧れの職業だけれど、やはり現実は大変なんだなぁ。しかしそういった制約があるからこそ、さり気ないところに自分の書店らしさを出す方法を考えたりすることができて、それはまたそれで楽しいだろうし、そうして社会の仕組みと上手く折り合いをつけていく方法も、身についていくのだろう。これは書店に限ったことではないが、店員の自分らしさ全開のお店より、一般的な感覚のなかにこそっと自分らしさのひそませてあるような、ほとんどありふれて見えるお店のほうが、居心地よくて私は好きだ。

 本といえば、直筆で読む「人間失格」、手に入れた。生原稿、戸惑うほどに生々しい。修正部分もすべて載っているのだ。例えば、「です」を「でした」に修正していたり、「天ぷら丼」を「天丼」にしていたり、修飾語を付け加えたり削ったり、「だろう」を「じゃないか」に変えていたり。あぁ、太宰治ほどのすごい有名作家でも、語尾で迷ったり、修飾語を使う度合いを書き換えたり、名詞をより具体的にしたり抽象的にしたり、自分がこうして文章をかくときにつまづき悩むところと、同じようなところで悩んで繰り返し書きなおすんだなぁと、畏れ多くも親近感を抱き、同時になにか厳粛な気持ちにもなった。プロの作家が原稿を完成させるのは、大仕事だろうと思う。なにしろ文章のよしあしに明確な完成ラインはなく、自分で「これで完成というこよにしよう」、と決めるしかないのだから。太宰治が原稿の上で、修正したり削ったり付け足したりを繰り返し、そうした苦労の末に完成したものなのだと思うと、「人間失格」以外の作品も、一文字一文字が、ますます美しく見えてくる。もっともっと、一行一行を味わいながら、大事に読もうと思う。
by papiko-gokko | 2008-11-23 23:35 | Diary
かじかんだ指先きみのポケットが好きで手ぶくろ忘れてきたの
 今日は金曜日なので、上機嫌。お鍋にいっぱい、カレーライスを作った。冬がくると、お鍋にいっぱいカレーライスを作りたくなり、それから、童話にはまりたくなる。去年の冬は、片時も手放せないほどムーミンシリーズのとりこになったなぁ。今年の冬は、松谷みよ子さんの作品を、いろいろ読んでみようと思う。
 『いないないばあ』などの「あかちゃんの本」シリーズは物心つく前から家にあったし、それから『小さいモモちゃん』のシリーズも、小学生のころ、母が妹たちを寝つけるために毎日少しずつ読み聞かせていたのを、ひそかに夢中で聴いていた。けれど私は、この人の作品を、自力で読んだことがない。大学のころ児童文学の授業で、一番最初に取り扱ったのが確か『小さいモモちゃん』の冒頭で、そのとき初めて文字に触れ、あぁかわいくて心地よい日本語だなぁと感じたのを覚えているが、それきりになっていた。だから今年の冬、モモちゃんシリーズや他の読んだことがない物語にも、触れてみようと思う。区立図書館の予約がネットでもできるので、さっそく二冊予約してみた。楽しみだ。

***

 今日会社で、いいなぁと感じた、女のひとたち、三名のこと。

 一人目。先輩事務員さんのデスクにファックスを置きに行ったとき、ふわっと甘い匂いが漂ってきて、「なんだろういいにおい」と、うっとりくんくんつぶやいたら、先輩が手に持っていた紅茶を私のほうへ近づけ、「これかな、ブルーベリーの紅茶だよ」と、教えてくれた。そして、「飲んでみる?」と、引き出しから紅茶のパックをひとつ取りだして、私にくれたのだった。優しい先輩。
 味にあまり敏感でない私には、ブルーベリーの味はよくわからなかったけれど、湯気とともに立ち上ってくる甘い香りがとにかく優雅で安らいで、紅茶の香りのおかげで、面倒な仕事も、カリカリせず穏やかな心で進めることができた。匂いのもたらす効果って、すごいんだなぁ。
 紅茶をくれた先輩は、いつでも甘い香りを漂わせている感じがする。印象深い香水をつけているわけでも、匂いの強い整髪料をつけているわけでもないのに、なにか、身体を少し動かすごとに、ふわっふわっと、漂ってくる。雰囲気そのものが、香りの性質に近いのかもしれない。先輩のように、いい匂いの紅茶や食べ物を日々摂取していたら、私も、香り立つような女になれるのだろうか。

 二人目。私よりふたつほど若い同僚の子が、彼女の担当する営業さんとしていた防寒に関する会話のなかで、「私、家では、もこもこ着てます、寝る時も、もこもこしてますよー!」と、いつものキャピキャピボイスで言っているのを聞き、その響きにきゅんきゅんした。「もこもこ」の発音が、なんともいえず可愛かったのだ。私が「もこもこ」というと、あらまた今度は何を口ごもってらっしゃるんだろうと思われるだけのような気がするけれど、いつもキャピキャピハキハキしゃべる彼女が発する「もこもこ」は、なんだか冬限定チョコレートみたいな、特別な感じがする。彼女が最近会社ではいているスリッパも実際にもこもこしていて、それがまたよく似合い、可愛い。来週は、もっと彼女にもこもこを言わせたいが、自然に言わせるような話術を持たないので、「もこもこって、言ってほしい」と、素直に言おうと思う。

 三人目。仕事を終え、会社をでてしばらくしたところで、いきなり、「ぱぴこちゃん!」と声をかけられた。そのとき私は、ちょうど短歌になりそうな言い回しにありついたところで心が忙しくて全く周りが見えておらず、突然の呼びかけにハッとして顔をあげると、別の部署で働く同い年の子(勤務年数では彼女のほうが先輩)が、ほんの二、三メートルほど前方からこちらへ向かって歩いてきていたのだった。慌ててヘッドフォンをはずし、「おつかれさまです!」と挨拶をすると、彼女は擦れ違いざまに少し体をかがめ私の顔を覗き込んでニコッと笑い、「おつかれ!」と、顔の横で小さく手をふり、そのまま軽やかに通り過ぎて行った。
 そのほんの一瞬の、ニコッの、可愛らしさときたら。彼女が今日一日に見つけた楽しいことの全部が、外側へ向かって飛び散るような笑顔だった。色白なのもあってか、暗がりのなかで彼女の顔の部分だけが一瞬、ぱぁっと、発光したようにさえ見えた。初めて目にしたコート姿も、シンプルな形が小柄な体系をくるりと包みこんでいてとても似会っていたし、ためらいなく元気いっぱいの声で私の名を呼んでくれた声の響きは、しばらく寒さを忘れるほど温かかった。
 彼女は若い男性社員に人気があって、噂によればいろいろな人から告白されて付き合ったりしているらしい。そんな噂を聞いても、これまでは、へー男の子に好かれるタイプの子なのだなぁーと思う程度で、それ以上彼女について特に深く考えたこともなかった。しかし、今日あの屈託のない笑顔をみて、彼女の人気がわかった。私が男性だったら、あの瞬間、間違いなく恋に落ちたと思う。あぁ僕はこの子とツリーを見上げたい!何としても二人きりで! と、燃え上がったに違いない。私は女性だけれど、またあの笑顔が見たくて、今度すれ違うときにはこちらから声をかけてみたいなぁなんて、もじもじ思っている。

 まったく、いい匂いの紅茶の湯気が似合う先輩といい、もこもこボイスの可愛い同僚といい、ひかる笑顔をもつ別部署の子といい、冬の女の子は、殊更に可愛い。可愛いなぁ。夏に女の子らしさを発揮するタイプの女性より、冬に女の子らしさを発揮するタイプの女性のほうが、個人的に好みのタイプが多い。夏の女の子より、冬の女の子のほうが、実は、ずっとキュートで扇情的だと思う。
by papiko-gokko | 2008-11-22 00:17 | Diary
働くというよりこなす毎日の魔法が弱まる給料日前
 毎日外に出ているのに、不思議なくらい、上手に秋を見つけられないまま、朝夕の冷え込みばかりが身にしみる。日が短くて、帰宅時間にはすっかり暗くなっているが、空気の澄んでいる割に、星はほとんど見えない。まだ夜が浅いからだろうか。もう、山は紅葉しているのかな。帰り道、あちらこちらから銀杏のにおいは漂ってくるけれど、どこにあるのか、探そうともせず家路を急ぐので、わからない。
 会社の給湯室の窓から、再沸騰中ポットの湯気ごしに青空を眺め、東京の冬の青空を、自分はあまり好きではないかもしれないと、改めて思った。わざとらしいほど真っ青に晴れていながら、その青がそのまま空気中にめり込んでいるような硬く冷たい風が吹く。空気が薄っぺらいように感じて、一生懸命に呼吸をしすぎて、ここのところ、なんだか肺が痛いみたいだ。寒いのだから、正直に、曇れ、曇れ、と思う。馴染めないなぁ。

 ぐったりとしていて、何処かへ行きたくて、ずっとコタツで寝ていたい。深まる秋に、まばたきが軋む。会いに行きたい気持ちと、疎遠になってしまいたい気持ち、半々ぐらいで、マフラーを編む。このマフラーは、完成しないような気がする。完成させる気がない。

 テレビを、夫が帰ってきてつけた。テレビに映るほとんどの人の顔と名前が、どれほど見ていても一致しない。自分に直接関係のない人に関しては、よほど好きか嫌いにならなければ、覚えることができない。テレビの中の人を覚えていなくても、別段困らないけれど、ただ、人との会話で、有名人の名を挙げられてもぱっとわからなかったりすることが多くて、申し訳ない。申し訳ないけれど、人と会話するために覚えよう思うほど、人との関係に熱心にもなれない。怠惰。
 夫の帰ってくるまでは、コタツで本を読んだり、絵を描いたり、電話をかける妄想をしたり、日記に何かこうかなぁと考えたりしていた。十分ぐらい、かくんかくんとうたたねもした。自分の明確な思想とか思考、嗜好、というものが、見当たらないので、何をしていても、なんだか眠たい。

 
by papiko-gokko | 2008-11-20 23:46 | Diary
手を振って振ったその手でしがみつく思い出ぼくを裏切らぬもの
 人生は、小説のようではなく、絵本のように進んでいくなぁと思う。それも、自分で読み進めるようにではなく、まだ文字の読めないころ、文字の読める誰かに読み聞かせてもらった絵本のように、否応なしに進んでいく。読み進められていく物語を、絵本の呼吸のように聞きながら、そのあいだじゅう、目では開かれているページを眺め、そこに描かれた風景の色合いにうっとりしたり、状況について考えたり、小さなことを発見したり、だんだん絵に飽きて早く次のページにいかないかなぁと気が急いたりする。そしてそのうち、ふいに読む声がやんで、パラリとページがめくられ、あっと思う間もなく、まったく違う絵のなかに投げ出されている。その繰り返しだ。前のページに残した謎や気持ちを取り戻したくても、絵本を読み進めることのできるのは私じゃないから、ページを戻すこともできない。
 絵本のページがパラリとめくられるきっかけは、進学や結婚などの節目であったり、親しい人の変化であったり、誰かの何気ない一言であったり、いろいろありすぎて予想しきれない。そのときがいつやってくるのかはわからないことのほうが多く、次のページに備えて、今の自分にできることといえば、情報収集に励んだり、保険に入ったり、こうして日記をつけて日々の変化を記録することぐらいだ。新しいページはいつだって、思いがけなくおっかなびっくり。これが、私の今日この頃の人生観。
by papiko-gokko | 2008-11-19 23:26 | Diary


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